マイテ・アルベルディの『イン・ハー・プレイス』*ネットフリックスで鑑賞2024年10月19日 14:45

        アルベルディの初ドラマ『イン・ハー・プレイス』のテーマは居場所探し

 

       

 

マイテ・アルベルディ『イン・ハー・プレイス』(仮題「他人の家」)を期待して鑑賞しました。第97回アカデミー賞とゴヤ賞2025のチリ代表作品に選ばれたということ、1950年代に実際に起きた作家マリア・カロリナ・ヘールの動機が明らかでない犯罪にインスパイアされたということなどからでした。しかしドキュメンタリー『83歳のやさしいスパイ』(20)ほど楽しめなかった。というのも肝心の恋人殺害の動機の分析は語られず、その理由は次第に分かってくるのだが、実在しない架空の登場人物たちが右往左往する。要するに殺人犯である作家の複雑な心理解明がテーマでなく、社会的弱者である裁判所の女性書記メルセデスの居場所探しの話なのでした。メルセデスは当時のチリの男性社会から無視されている多くの女性の代弁者の一人、監督は70年後の現在でも「状況はそれほど変わっていないじゃないか」と主張している。従って映画はメルセデスの視点で進行する。サンセバスチャン映画祭のコンペティションでプレミアされた折に作品紹介をしておりますが、便宜上キャスト紹介とストーリーをアップします。

         

     

     (マイテ・アルベルディ、サンセバスチャン映画祭2024のフォトコール)

   

キャスト紹介:エリサ・スルエタ(メルセデス)、フランシスカ・ルーウィン(ペンネーム、マリア・カロリナ・ヘール/実名ヘオルヒナ・シルバ・ヒメネス)、マルシアル・タグレ(アリロ判事)、パブロ・マカヤ(夫エフライン)、ガブリエル・ウルスア(書記ドミンゴ)、ニコラス・サアベドラ(被害者ロベルト・プマリノ・バレンスエラ)、クリスティアン・カルバハル(弁護士コンチャ)、パブロ・シュヴァルツ(被害者弁護士モンテロ)、ネストル・カンテリャノ(作家の友人ルネ)、ロサリオ・バハモンデス(ロサ・ヘネケオ・サーベドラ)、ほか証言者多数

 

ストーリー1955414日の午後、サンティアゴ市の豪華ホテル・クリヨンのカフェで、作家マリア・カロリナ・ヘールがベルギー製リボルバーで恋人ロベルト・プマリノ・バレンスエラに5発の銃弾を浴びせて殺害した。この事件を担当することになった裁判所の内気な書記官メルセデスは、判事から容疑者のサポートを命じられる。作家のアパートを訪れたメルセデスは、そこに自由のオアシスを見つけると、自分の理不尽な人生、アイデンティティ、社会における女性の地位の低さに疑問を抱くようになる。実際に起きた殺人事件にインスパイアされてドラマ化された。

 

      

            (被害者と容疑者になる前のシーンから)

 

          マリア・カロリナ・ヘール事件はドラマの背景

 

A: 作品紹介で述べたように本作は、アリア・トラブッコ・セランの著作 Las homicidas 、英語題 When Women Kill” にインスパイアされて映画化されたフィクションです。20世紀にチリ女性によって犯された象徴的な4つの殺人事件が分析考察されており、その一つが本作に登場する作家マリア・カロリナ・ヘールの殺人事件です。

B: フランシスカ・ルーウィンが演じたマリア・カロリナ・ヘールはペンネームで、実名はヘオルヒナ・シルバ・ヒメネス、劇中でもシーンによって使い分けされている。

  

          

             (マリア・カロリナ・ヘールことヘオルヒナ・シルバ・ヒメネス)

  

          

        (劇中小道具として使用される銀のブレスレットをした作家)

 

A: 事件前に数冊の小説を上梓している他、1949年に女性が手掛けるのは初めていう Siete escritoras chilenas(仮題「7人のチリの女性作家」)という文芸評論を出版しており、彼女が徹底して作品を読みこんだことが実証された。7人のなかにはノーベル文学賞を受賞したガブリエラ・ミストラル、映画にも恋人射殺事件をおこした作家として登場するマリア・ルイサ・ボンバル、ほかに親交のあったアマンダ・ラバルカ、マリア・モンベルなどが含まれている。有名な作家の作品でも批判的に読むことの重要性を指摘しているそうです。

    

           

         (射殺後に救けを呼ぶという矛盾した行動に出る作家)

  

B: 小説の特徴は、登場人物を通じて女性の内面性に焦点を当て、女性の知的、社会的自由を求めて闘う姿勢を示している。

A: 家父長主義、男性優位が当たり前の社会、女性解放、ウーマンリブという言葉さえなかった時代ですから、どの作品も評価は分かれたでしょう。映画は当時の社会階級の相違、容疑者も被害者も共に経済的に何不自由なく暮らしている中流階級に属しており、陽ざしの届かない狭苦しいアパートにひしめき合って暮らすエリサ・スルエタ演じるメルセデスのような庶民からすれば、どちらも同情に値しない。

  

B: メルセデスは、家族、なかでも鈍感な夫に対してフラストレーションを抱え、精神的な逃げ道というか息抜きを必要としていた。偶然にしろ手にした自身の自由を少しでも長く享受したいから、上司である判事が厳罰で臨むことを願っている。

A: 容疑者の弁護士は、精神錯乱を理由に無罪に持ち込もうと画策するが、作家は翌1956年、自分が体験している女子刑務所を舞台にした Cárcel de mujeres **(「女性刑務所」)というタイトルの小説を発表して、弁護士の計画を断ち切った。自ら精神錯乱を否定したわけだが、女性蔑視の報道に終始したメディアが「動機は文学的キャリアを高めるためだ」という方向に向かう危険をはらんでいた。

   

      

          (代表作となった小説 Cárcel de mujeres の表紙)

 

      

             (小説を手にしているメルセデス)

 

B: この本の出現は軽い制裁で済まそうとしていた判事のメンツをつぶした。判事の事情聴取には黙秘権を行使しておきながら、収監中に小説を執筆して堂々と刊行するなど到底許しがたい。しかし思いがけず手にした自由を手放したくないメルセデスは密かにほくそ笑む。

A: 実際がどうだったか分かりませんが、映画では1956711日、懲役541日の判決を下す。実際は約2倍の3年ですが、変えた理由は何でしょうか。取り立てて落ち度のなさそうな誠実な人間を射殺しておきながら、この刑の軽さは現在の常識では理解しがたい。

 

B: 現在の司法制度では、判決を下す際に犯罪の動機、被害者への謝罪は重要ですが、作家は謝罪どころか後悔の素振りもなかった。

A: 映画でも彼女の真意は謎のままで、殺害の動機については一貫して沈黙しつづけ、結局墓場までもって行った。作家は1913年生れ、数年前に発症していたアルツハイマー病で自分の名前すら分からなくなって旅立つのが199611日、享年82歳でした。

 

B: 真昼間、衆人環視のもとで公然と行われた衝撃的な殺害事件はドラマの背景にすぎなかったというわけでしょうか。

A: 一方、ニコラス・サアベドラが演じた被害者のロベルト・プマリノ・バレンスエラは、1925年サンティアゴ生れ、12歳年下でした。同じ職場である公務員ジャーナリスト基金で知り合ったときは既婚者でしたが、彼女の虜になってからは二人の関係を不倫にしたくないということで離婚しています。

 

B: カフェのウェイターが「彼は指輪をしていなかった」と証言している。兄弟や同僚の証言からもロベルトが律儀で誠実な男性だったことが窺えるが、作家がロベルトに望んでいたことではなかった。

A: 所詮、ヘオルヒナ・シルバという女性は、彼の手に負える女性ではなく、お金を貢いでくれる取り巻きの一人でしかなかった。独立していて、性的に自由で、文学界である程度の評価を得ていても、ほかの女流作家ほど高くなかったということですから、より名声を求めていたのは確かでしょう。

 

B: 彼がプレゼントした当時の主婦の憧れの床掃除機を、彼女が「マポチョ川に投げ入れた」という証言が事実なら、やはり激情しやすい、どこかが壊れていた女性です。

A: 才能ある自分が普通の女と一緒くたにされて、プライドを傷つけられたわけです。メルセデスが愛用した赤いガウンをプレゼントした自称詩人ルネが「床掃除機を贈っていたら今頃は僕の追悼式だった」と自嘲するシーンがありましたね。

  

       50年代のチリに精神錯乱でもなく動機もない犯罪は存在しなかった

 

B: さらに彼女に朗報が届く。ニューヨークに在住していたミストラルなどが、時の大統領カルロス・イバニェス・デル・カンポに恩赦の嘆願書を送った。

A: 映画のエンディングに挿入された嘆願書の日付は、判決の約1カ月後の813日でした。ミストラルは「友人である作家」の赦免を求めている。反体制派には厳罰で臨んだ軍事独裁者も、政治的な発言は生涯剥奪したものの自由を認めた。

B: 結果、服役は1年足らずです。残念なことにメルセデスの自由は束の間に終わってしまった。ミストラルは半年後に膵臓癌でニューヨークで客死するから間一髪でした。遺族にしてみれば不条理だったに違いない。

   

    

           (オスカーとゴヤ賞のチリ代表作品に選ばれた)

 

A: チリの50年代には、動機のない犯罪、挑発もなく女性が犯す殺人の可能性は考えられなかったことも作家には幸いしたが、これが正義だったとは思えない。ロベルト・プマリノは浮かばれないし、遺族や弁護士はさぞ歯噛みしたことでしょう。被害者サイドの弁護士モンテロが、容疑者が刑務所でなくホテル住まいだと息まくシーンもありました。判事からブエン・パストールの女子修道院だと宥められるが、司祭以外の「男性お断り」の女子修道院では男性のモンテロにはお手上げです。修道院が刑務所の一端を担っていた。

 

B: 作家の出所は、メルセデスを突き放す。もうセンスある衣装を身にまとうことも、イヤリングなどの装身具も、マニキュア、化粧品とも別れなければならない。

A: 作家と同じ髪型に変え、トレードマークのロングコート、ブレスレッドを付けて変身していく大胆さに、観客はこれはヤバいとドキドキする。しかし、メルセデスが想像のなかで作家と一体化して現実を侵食していくシーンは少し冗漫に感じました。実際のところ弁護士が預かれない容疑者の鍵を担当書記官が自由に使用できる設定は「あり」でしょうかね。

  

B: 作家の鍵を持っていて、アパートでメルセデスと鉢合わせする自称詩人のルネも自分の居場所がないと嘆いていましたが、居場所探しは女性に限らない。

A: 出所した作家をタクシーで迎えに行った取り巻きの一人がこのルネでした。詩を書いて生計を立てるのは、いつの時代でも厳しい。2回登場させていますが、パラルにいるという姉も含めて多くの証言者が冒頭で消えてしまうのと対照的です。

B: それぞれ視点を変えれば、どんどん実像から離れていくという駒として登場させている。


         前例のあった殺人事件――「エウロヒオ射殺事件」

  

A: 前述の詩人で小説家のマリア・ルイサ・ボンバル(191080)の恋人射殺事件を取り入れることで、ストーリーにふくらみをもたせている。1941年、ボンバルはかつて熱烈な恋愛関係にあったエウロヒオ・サンチェスの腕に3発の銃弾を浴びせるという事件を起こしている。場所も同じホテル・クリヨンでした。裁判になったがサンチェスが彼女の罪をいっさい問わなかったので裁判官もボンバルを無罪にした。

B: 前例があるわけですね。シルバがこの射殺事件を念頭において模倣した可能性がある。

 

A: ウイキペディア情報ですが、二人の作家は作風が似ているようです。ボンバルはボルヘスやネルーダとも親交のあった作家だそうで、エロティック、シュールレアリスト、フェミニズムのテーマを取り入れ、いわゆる男性らしさを否定している。サンティアゴ市文学賞を受賞するなどシルバより評価は高そうです。

B: 実在したモデルのある人物と架空の登場人物がうまく噛み合っていない印象でした。

  

A: 公式サイトで、エリサ・スルエタが演じたメルセデスを「内気」と紹介していますが、内気どころか少々大胆で、保身に汲々している上司を翻弄している。当ブログ初登場です。

B: 2人のハイティーンの息子がいるから、事件当時42歳だった作家と同年齢か少し年下に設定されていますが、若く見えました。複雑な作家を演じたフランシスカ・ルーウィンも初登場。

A: ルーウィンは1980年サンティアゴ生れ、彼女も映画よりTVシリーズ出演が多い。

 

エリサ・スルエタは、1981年サンティアゴ生れ、映画、TV、舞台女優、脚本家、演出家でもある。マルティン・ドゥプァケットの「El Fantasma」(23)に主演、共同で脚本を執筆、ルネ役のネストル・カンテリャノと共演している。TVシリーズ出演が多い。ノミネートはあるが受賞歴はない。

フランシスカ・ルーウィンは、1980年サンティアゴ生れ、TVシリーズ出演が多く、「Los Capo」(全124話)でアート・エンターテインメント批評家2005助演女優賞を受賞している。

     

     

   

  (ともにサンセバスチャン映画祭は初めてという、スルエタとルーウィン、9月23日)

   

El mundo dormido de Yenia1946、イェニアの眠りの世界)、Extraño estío1947、奇妙な夏)、Soñaba y amaba al adolescente Perces1949、ペルセスの思春期の夢と愛)、仮題を付記しました。

**フィクション、証言、自伝を織りまぜており、通行不能な世界である刑務所に収監された女性たちと彼女たちを取り巻く状況を描いた画期的な小説、ほかに女性同士の欲望、今でいうレズビアンを描いた部分が当時としては独特な位置を占めている。「省略と脱線の繰り返しは、裁判官や弁護士の協力を防ぐために巧妙に配されている」とトラブッコ・セランは評している。

   

原作者、作品紹介は、コチラ20240814

監督の主な紹介は、コチラ2020102220240118


オリソンテス・ラティノス部門第4弾*サンセバスチャン映画祭2024 ⑮2024年08月29日 15:11

         アルゼンチン在住のドイツ人監督ネレ・ヴォーラッツの第2作

 

★オリソンテス・ラティノス部門の最終回は、変わり種としてアルゼンチン在住のドイツ人監督ネレ・ヴォーラッツが中国人の移民を主役にしてブラジルを舞台にした「Dormir de olhos abertos / Sleep With Your Eyes Open」、イエア・サイドの「Los domingos mueren más personas / Most People Die on Sundays」、ソフィア・パロマ・ゴメス&カミロ・ベセラ共同監督の「Quizás es cierto lo que dicen de nosotras / Maybe Its True What They Say About Us」の3作、いずれも長いタイトルです。

 

 

                オリソンテス・ラティノス部門 

 

12)「Dormir de olhos abertos / Sleep With Your Eyes Open

 ブラジル=アルゼンチン=台湾=ドイツ 

 イクスミラ・ベリアク 2018 作品

 2024年、ポルトガル語・北京語・スペイン語・英語、コメディドラマ、97分、撮影地ブラジルのレシフェ。脚本ピオ・ロンゴ、ネレ・ヴォーラッツ、撮影ロマン・カッセローラー、編集アナ・ゴドイ、ヤン・シャン・ツァイ、公開ドイツ613

監督ネレ・ヴォーラッツ(ハノーバー1982)は、監督、脚本家、製作者。アルゼンチン在住のドイツ人監督。長編デビュー作「El futuro perfecto」がロカルノ映画祭2016銀豹を受賞している。アルゼンチンに到着したばかりの中国人少女のシャオビンが新しい言語であるスペイン語のレッスンを受ける課程でアイデンティティを創造する可能性を描いている。第2作は前作の物語にリンクしており、主人公が故郷の感覚を失った人の目を通して、孤立と仲間意識の物語を構築している。3作目となる次回作はドイツを舞台にして脚本執筆に取りかかっているが、監督自身もドイツを10年前に離れており、母国との繋がりを失い始めているため距離の取り方に苦労していると語っている。新作に製作者の一人として『アクエリアス』のクレベール・メンドンサ・フィーリョが参加、偶然ウィーンで出合ったそうで、撮影地が『アクエリアス』と同じレシフェになった。

映画祭・受賞歴:ベルリンFF2024「エンカウンターズ部門」のFIPRESCI賞受賞、韓国ソウルFF、カルロヴィ・ヴァリFF、(ポーランド)ニューホライズンズFFSSIFFオリソンテス・ラティノス部門出品

 

キャスト:リャオ・カイ・ロー(カイ)、チェン・シャオ・シン(シャオシン)、ワン・シンホン(アン・フー)、ナウエル・ペレス・ビスカヤール(レオ)、ルー・ヤン・ゾン(ヤン・ゾン)ほか多数

ストーリー:ブラジルの或るビーチリゾート、カイは傷心を抱いて台湾から休暇をとって港町に到着する。故障したエアコンをアン・フーの傘屋に送ることにする。友達になれたはずなのに雨季がやってこないので店はしまっている。アン・フーを探しているうちに、カイは高級タワーマンションでシャオシンと中国人労働者のグループの存在を知る。カイは、シャオシンの話に不思議な繋がりがあるのに気づきます。ヒロインは監督の外国人の視点を映し出す人物であり、帰属意識を失う可能性のある人の物語。

  

   

 
    

  

 


 

13)「Los domingos mueren más personas / Most People Die on Sundays

 アルゼンチン=イタリア=スペイン

 WIP Latam 2023 作品

 2024年、スペイン語、コメディドラマ、73分、デビュー作、WIP Latam 産業賞&EGEDA プラチナ賞受賞、公開スペイン2024年104日、アルゼンチン1031

監督Iair Said イエア(イアイル)・サイド(ブエノスアイレス1988)は、監督、脚本家、キャスティングディレクター、俳優。2011年俳優としてスタートを切り、出演多数。監督としては短編コメディ「Presente imperfecto」(17分)がカンヌFF2015短編映画部門ノミネート、ドキュメンタリー「Floras life is no picnic」がアルゼンチン・スール賞2019ドキュメンタリー賞受賞。長編デビュー作は監督、脚本、俳優としてユダヤ人中流家庭の遊び好きで無責任なゲイのダビを主演する。

映画祭・受賞歴:カンヌFF 2024 ACIDクィアパーム部門でプレミア、グアナフアトFF国際長編映画賞ノミネート、SSIFFオリソンテス・ラティノス部門出品

 

キャスト:イエア・サイド(ダビ)、リタ・コルテス(母親)、アントニア・セヘルス(従姉妹)、フリアナ・ガッタス(姉妹)

ストーリー:ダビは叔父の葬儀のためヨーロッパからブエノスアイレスに帰郷する。母親が、長い昏睡状態にある父親ベルナルドの人工呼吸器のプラグを抜く決心をしたことを知る。ダビは、夫の差し迫った死の痛みに錯乱状態の母親との窮屈な同居と、自身の存在の苦悩を和らげるための激しい欲望とのあいだでもがいている。数日後、彼は過去と現在を揺れ動きながら、また最低限の注意を向けてセクシュアルな関係を保ちながら、車の運転を習い始める。さて、ダビは父親の死を直視せざるをえなくなりますが、呼吸器を外すことは適切ですか、みんなで刑務所に行くことになってもいいのですか。家族、病気、死についてのユダヤ式コメディドラマ。

    



 

 

 

14)「Quizás es cierto lo que dicen de nosotras / Maybe Its True What They Say About Us

 チリ=アルゼンチン=スペイン

 WIP Latam 2023 作品

 2024年、スペイン語、スリラー・ドラマ、95分、脚本カミロ・ベセラ、ソフィア・パロマ・ゴメス、撮影マヌエル・レベリャ、音楽パブロ・モンドラゴン、編集バレリア・ラシオピ、美術ニコラス・オジャルセ、録音フアン・カルロス・マルドナド、製作者&製作カルロス・ヌニェス、ガブリエラ・サンドバル(Story Mediaチリ)、Murillo Cine / Morocha Films(アルゼンチン)、b-mount(スペイン)、公開チリ2024年530日(限定)、インターネット67日配信。

監督カミロ・ベセラ(サンティアゴ1981)とソフィア・パロマ・ゴメス(サンティアゴ1985)の共同監督作品。ベセラは監督、脚本家、製作者。ゴメスは監督、脚本家、女優。前作「Trastornos del sueño」(18)も共同で監督、執筆している。意義を求めるような宗教セクト、口に出せないことの漏出、男性がいない家族、ヒメナのように夫を必要としない女性、これらすべてがこの家族を悲惨な事件に追い込んでいく。「私たちの映画は、どのように生き残るか、または恐怖にどのように耐えるかを描いており」、「この事件の怖ろしさがどこにあるのかを考えた」と両監督はコメントしている。

映画祭・受賞歴SSIFFオリソンテス・ラティノス部門出品

   

キャスト:アリネ・クッペンハイム(ヒメナ)、カミラ・ミレンカ(長女タマラ)、フリア・リュベルト(次女アダリア)、マリア・パス・コリャルテ、アレサンドラ・ゲルツォーニ、ヘラルド・エベルト、マカレナ・バロス、他

アリネ・クッペンハイムについては、マヌエラ・マルテッリのデビュー作『1976』が東京国際映画祭2022で上映され女優賞を受賞した折に、キャリア&フィルモグラフィーを紹介しています。 コチラ20221106

   

ストーリー:成功した精神科医のヒメナは、長らく或る宗派のコミュニティに入り疎遠だった長女タマラの思いがけない訪問をうける。タマラが母親と次女アダリアが暮らしている家に避難しているあいだ、タマラの生まれたばかりの赤ん坊がセクト内部の奇妙な状況で行方不明になったというので、ヒメナは赤ん坊の運命を知ろうと政治的な調査を開始する。実際に起きた「アンタレス・デ・ラ・ルス」事件にインスパイアされたフィクション。

  

アンタレス・デ・ラ・ルスAntares de la Luz」事件とは、2013年、キリスト再臨を主張した宗教指導者ラモン・グスタボ・カステージョ(19772013)が、世界終末から身を守る儀式の一環としてバルパライソの小村コリグアイで、女性信者の新生児を生贄として焼いていたことが発覚した事件。当局の調査着手に身の危険を察知したカステージョは、逮捕に先手を打って逃亡先のクスコで首吊り自殺をした。チリ史上もっとも残忍な犯罪の一つとされる事件は、ネットフリックス・ドキュメンタリー『アンタレス・デ・ラ・ルス:光のカルトに宿る闇』(24)として配信されている。

   

   




 

     

  (ネレ・ヴォーラッツ、イエア・サイド、ソフィア・パロマ・ゴメス、カミロ・ベセラ)

 

★オリソンテス・ラティノス部門は、以上の14作です。スペイン語、ポルトガル語がメイン言語で監督の出身国は問いません。ユース賞の対象になり、審査員は18歳から25歳までの学生150人で構成されています。


オリソンテス・ラティノ部門14作ノミネート発表*サンセバスチャン映画祭2024 ⑫2024年08月20日 15:14

        オリソンテス・ラティノス部門14作、最多はアルゼンチンの5

   

       

 

88日、オリソンテス・ラティノス部門のノミネート14作が一挙発表になりました。スペイン語、ポルトガル語に特化した部門、例年だと1012作くらいなので多い印象です。ラテンアメリカの映画先進国アルゼンチンの監督が5人と最多、チリ、メキシコ、ブラジル、パナマ、ベネズエラ、ペルーと満遍なく選ばれています。3回ぐらいに分けてアップします。オープニングはチリのホセ・ルイス・トーレス・レイバの「Cuando las nubes esconden las sombras」、クロージングはアルゼンチンのセリナ・ムルガの「El aroma del pasto recién cortado」です。新人登竜門の立ち位置にある部門ですが、「Pelo malo」で2013年の金貝賞を受賞したマリアナ・ロンドンの新作もノミネートされております。作品賞にあたるオリソンテス賞には副賞として35.000ユーロが与えられます。 

 

            オリソンテス・ラティノス部門

 

1)Cuando las nubes esconden las sombras / When Clouds Hide The Shadow

チリ=アルゼンチン=韓国

 オープニング作品 2024年、スペイン語、ドラマ、70

監督ホセ・ルイス・トーレス・レイバ(サンティアゴ1975)は、監督、脚本家、編集者。「El cielo, la tierra, la lluvia」がロッテルダムFF2008FIPRESCI賞、ヒホン、ナント、サンタ・バルバラ、トライベッカ、全州チョンジュFFほか多くの国際映画祭にノミネートされている。「Verano」はベネチアFF2011オリゾンティ部門でプレミアされている。本祭関連ではSSIFF2019の「Vendrá la muerte y tendrá tus ojos」で金貝賞やセバスティアン賞を争った他、マル・デル・プラタ映画祭でスペシャル・メンションを受賞している。サバルテギ-タバカレア部門には、「El viento sepa que vuervo a casa」(16、カルタヘナFFドキュメンタリー賞)、短編「El Sueño de Ana」(17)、「Sobre cosas que me han happens」(18)が紹介されている。新作でセクション・オフィシアルに戻ってきた。

映画祭・受賞歴:全州チョンジュ市映画祭プレミア、SSIFFオリソンテス・ラティノス部門

 

キャスト:マリア・アルチェ

ストーリー:マリア・アルチェは、映画で主人公を演じるために世界最南端の港町プエルト・ウィリアムズを訪れている女優です。激しい暴風雨が予定通りの撮影クルーの到着を阻んでおり、一人で待つしかありません。背中のひどい痛みの手当てを探しに、彼女は世界南端の村々を歩き回ることになるでしょう。彼女の人生で気がかりな物語の一つ、と同時に希望の物語であり、マリアと大陸の最南端の自然とその村人たちの間に起きる思いがけない出会いの物語である。

   

       

 

2)El aroma del pasto recién cortado / The Freshly Cut Grass

アルゼンチン=ウルグアイ=米国=メキシコ=ドイツ

 クロージング作品 2024年、ヨーロッパ=アメリカ・ラテン共同製作フォーラム 2020

 ドラマ、114分、脚本ガブリエラ・ララルデ、セリナ・ムルガ、ルシア・オソリオ、他

映画祭・受賞歴:トライベッカFF 2024脚本賞受賞(6月)、SSIFFオリソンテス・ラティノス部門

監督セリナ・ムルガ(アルゼンチンのパラナ1973)は監督、脚本家、製作者。1996年映画大学で映画監督の学位を取得、制作会社「Tresmilmundos Cine」の共同設立者、映画研究センターで後進の指導に当たっている。本祭との関連では、話題のデビュー作「Ana y los otros」がオリソンテス2003、ボゴタFF作品賞、リオデジャネイロFFFIPRESCI賞、ほか国際映画祭での受賞歴多数、「Una semana solos」がシネ・エン・コンストルクション2007、ミュンヘンFF2009 ARRI/OSRAM賞を受賞している。「The Side of The River」がオリソンテス・ラティノス2014にノミネートされている。

 

キャスト:ホアキン・フリエル(パブロ)、マリナ・デ・タビラ(ナタリア)、ルチアナ・グラッソ(ベレン)、アルフォンソ・トルト、ベロニカ・ヘレス(ルチアナ)、ロミナ・ペルフォ(カルラ)、オラシオ・マラッシ(ロベルト)、クリスティアン・フォント(マルセロ)、ロミナ・ベンタンクール(ソニア)、ほか多数

   

ストーリー:ブエノスアイレス大学の教授であるパブロは結婚していて2人の息子がいる。彼の学生であるルチアナと不倫関係にある。浮気が発覚すると仕事と家族を失うと脅されます。ここから同じ大学の教授であるナタリアの物語が始まります。彼女も結婚していて2人の娘がいる。彼女も生徒のゴンサロと不倫関係を始めます。二つの物語は、同じコインのウラオモテであり、男女間で確立された力関係と、事前に確立された性別の解体に向けた新たな道を問いかけることになる。ありきたりの倦怠期夫婦の危機が語られるが、新味がないのにパブロとナタリアの不倫が交差することはなく、その独創的な構成と達者な演技で上質のドラマになっている。

 

   

    

 

     (左から、ホアキン・フリエル、ムルガ監督、マリナ・デ・タビラ)

 

 

3)「Reas」アルゼンチン=ドイツ=スイス

 WIP Latam 2023 作品 ドキュメンタリー、ミュージカル、82分、 

映画祭・受賞歴:ベルリンFF2024フォーラム部門ドキュメンタリーでプレミア、テッサロニキ・ドキュメンタリーFF金のアレクサンダー賞&マーメイド賞、ルクセンブルク市FFドキュメンタリー賞、シネラティノ・トゥールーズ2024ドキュメンタリー部門観客賞受賞、ほかノミネート多数、SSIFFオリソンテス・ラティノス部門

 

監督ロラ・アリアス(ブエノスアイレス1976)は、監督、脚本家、戯曲家、シンガーソングライター、舞台女優、演出家と多才、キャリア&フィルモグラフィーはドキュメンタリーのデビュー作「Teatro de guerra」(18)がサバルテギ-タバカレア部門にエントリーされた折、作品紹介とキャリアを紹介しています。新作は長編2作目で昨年のWIP Latamに選出され完成が待たれていた。

監督キャリア&フィルモグラフィーは、コチラ20180805

 

キャスト:ヨセリ・アリアス、イグナシオ・ロドリゲス(ナチョ)、カルラ・カンテロス、ノエリア・ラディオサ、エステフィー・ハーキャッスル、パウラ・アストゥライメ、シンティア・アギーレ、パト・アギーレ、ハデ・デ・ラ・クルス・ロメロ、フリエタ・フェルナンデス、ラウラ・アマト、ダニエラ・ボルダ、ほか多数

 

ストーリー:麻薬密売が発覚して空港で逮捕された若いヨセリは、背中にエッフェル塔のタトゥーをしている。ヨーロッパ旅行を夢見ていたからだが、規則、制約、友情、連帯、愛で構成されたチームに参加することにした。ナチョは詐欺罪で逮捕されたニューハーフでロックバンドを結成している。もう使用されなくなっているブエノスアイレスの刑務所の敷地が、ドキュメンタリー、ミュージカル、ドラマを組み合わせた本作の舞台となる。過去に収監されていた人々が刑務所での記憶をフィクション化して再現します。控え目な人も荒っぽい人も、ブロンドも剃毛も、長期囚も最近入所した人も、シスもトランスも、ここには自分の居場所があります。このハイブリットなミュージカルでは踊り、歌い、フィクション化して自分の人生を追体験し、自身の可能性のある未来を創造します。

   

   


 

  

4)Querido Trópico / Beloved Tropic」パナマ=コロンビア

 2024年、スペイン語、ドラマ、108分、脚本アナ・エンダラ、ピラール・モレノ

映画祭・受賞歴:トロントFF2024「コンテンポラリー・ワールド・シネマ」部門でプレミア(97日)、SSIFFオリソンテス・ラティノス部門

監督アナ・エンダラ・ミスロフ(パナマシティ1976)は、ドキュメンタリーを専門とする監督、脚本家、製作者。フロリダ州立大学で社会学を専攻、キューバの国際映画テレビ学校で映画を学んでいる。2001年、ドイツのケルンにある芸術メディア・アカデミーの奨学金を得る。広告代理店のプロとして、ドキュメンタリーやオーディオビジュアルのプロジェクトを制作している。2013年コメディ・ドキュメンタリー「Reinas」でトロントFFグロールシュ・ディスカバリー賞、2016年「La Felicidad de Sonido」でコスタリカFFの審査員賞、イカロFF2017のドキュメンタリー賞を受賞している。マドリード女性映画祭2023の審査員を務めている。本作が最初のフィクションです。

 

キャスト:パウリナ・ガルシア、ジェニー・ナバレテ、フリエタ・ロイ

ストーリー:トロピカルな庭園は、時を共にすることになる二つの孤独の出会いの舞台になります。過去のすべてが奪われていく裕福だが認知症を患う女性、その介護者はたった一人で怖ろしい秘密から逃れてパナマに移民してきた女性、監督は二人の孤独を痛烈に解き明かします。

    

   

(コロンビア女優ジェニー・ナバレテ、チリのベテラン女優パウリナ・ガルシア)

   

 

    

     

(左から、ホセ・ルイス・トーレス・レイバ、セリナ・ムルガ、ロラ・アリアス、

 アナ・エンダラ・ミスロフ)


★トロント映画祭2024は、95日から15日までとSSIFFに先行して開催されます。


マイテ・アルベルディの『イン・ハー・プレイス』*サンセバスチャン映画祭2024 ⑩2024年08月14日 18:28

    アルベルディの「El lugar de la otra」の邦題は『イン・ハー・プレイス』

       

           

            (メルセデス役のエリサ・スルエタ)

 

★サンセバスチャン映画祭の公式発表では、ネットフリックス作品についての記載はありませんでしたが、マイテ・アルベルディ監督自身のバラエティ誌などのインタビュー記事から周知のことでした。先日ネットフリックスから邦題『イン・ハー・プレイス』と配信日(1011日)が発表になりましたので、最初から邦題での作品紹介にしました。オスカー賞2021ドキュメンタリー部門ノミネートの『83歳のやさしいスパイ』や「La memoria infinita」(23)のドキュメンタリー作家として、イベロアメリカのみならず国際的にも認知度をあげています。新作「El lugar de la otra」でフィクションにデビューしました。もっとも監督自身はドキュメンタリーとフィクションを区別しておりませんが、製作の規模や方法の違いには苦労したようです。

  

   

   (監督を挟んで二人の主役、エリサ・スルエタとフランシスカ・ルーウィン

 

 『イン・ハー・プレイス』

  (原題El lugar de la otra」、英題「In Her Place 

製作:Fabula

監督:マイテ・アルベルディ

脚本:マイテ・アルベルディ、イネス・ボルタガライ、パロマ・サラス

原作:アリア・トラブッコ・セランの Las homicidas

音楽:ホセ・ミゲル・ミランダ、ホセ・ミゲル・トバル

撮影:セルヒオ・アームストロング

編集:アレハンドロ・カリージョ・ペノビ、ハビエル・エステベス、ヘラルディナ・ロドリゲス

プロダクションデザイン:ロドリゴ・バサエス・ニエト

衣装デザイン:ムリエル・パラ

メイクアップ:カロリナ・フェルナンデス

録音:ミゲル・オルマサバル

美術:パメラ・チャモロ

プロダクション・マネジメント:ジョナサン・ホタ・オソリオ

製作者:フアン・デ・ディオス・ラライン、パブロ・ラライン、ロシオ・ハドゥエ、(エグゼクティブ)マリアンヌ・ハルタード、(共同)セルヒオ・カルミー、クリスティアン・ドノソ

 

データ:製作国チリ、2024年、スペイン語、歴史ドラマ、90分、撮影地サンティアゴ・デ・チレ、SSIFF上映後、チリで劇場公開され、その後 Netflixでストリーミング配信される(1011日)

映画祭・受賞歴:サンセバスチャン映画祭2024セクション・オフィシアル作品、923日上映

 

キャスト:エリサ・スルエタ(メルセデス)、フランシスカ・ルーウィン(作家マリア・カロリナ・ヘール)、マルシアル・タグレ(判事)、パブロ・マカヤ(メルセデスの夫エフライン)、ガブリエル・ウルスア(書記ドミンゴ)、ニコラス・サアベドラ(ロベルト・プマリノ)他

  

ストーリー1955年チリ、人気作家マリア・カロリナ・ヘールが恋人を殺害したとき、この容疑者の保護を担うことになった裁判官の内気な書記メルセデスは、この事件に夢中になった。作家のアパートを訪れた後、メルセデスはその家に自由のオアシスを見つけると、自分の人生、アイデンティティ、そして社会における女性の地位役割について疑問をもつようになる。このエキサイティングなドラマは、実際にあった殺人事件に基づいているが、メルセデス自身の居場所探しの物語でもある。

     

       

       (マリア・カロリナ・ヘール役のフランシスカ・ルーウィン)

   

 

      架空の登場人物メルセデスの視点で描くチリ社会の階級主義

 

★今作のベースになったアリア・トラブッコ・セラン Las homicidas(仮題「殺害する女性たち」)は、20世紀にチリの女性によって犯された4つの象徴的な殺人事件を分析している。殺人事件そのものだけでなく、社会、メディア、権力者たちがどのように反応したかを詳述したノンフィクション。その一つホテル・クリヨンの衆人環視のなかで行われた殺害事件を扱った、人気作家マリア・カロリナ・ヘールの恋人殺害事件にインスパイアされて映画化された。殺害に至るまでとその後の出来事、当局による逮捕、裁判、司法手続き、メディアの報道の仕方などが語られている。作家が加害者であることは明白であるが、同時により陰湿な種類の暴力の被害者、犠牲者であることが語られる。

 

        

   (英語版の表紙)

 

★トラブッコ・セラン(チリ1983)は、フルブライト奨学金を得て、ニューヨーク大学でクリエイティブライティングの修士号を取得する。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのスペイン語とラテンアメリカ研究の博士号を取得、2018年のデビュー作 La restaThe Remainder)は批評家から高く評価され、2019年のマン・ブッカー国際賞の最終選考に残った。2作目が Las homicidas2019年刊)です。現在サンティアゴとロンドンの両方に在住している。

 

★メルセデスは架空の人物で、アルベルディ監督によると「メルセデスの視点は、私たち女性の視点でもあります。彼女は夫と子供2人と狭いアパートで暮らしている。犯罪者である作家のアパートは自宅では得られない静けさの漂うオアシスだった・・・メルセデスは進化し創造するための自身の居場所を見つけようとする。この映画はチリ社会に蔓延し続ける階級主義と家父長制についても描いています」とコメントしている。存在さえ無視されていた50年代のチリ女性の居場所探しがテーマの一つのようです。


★また今回初めてタッグを組むラライン兄弟の制作会社「Fabula」とネットフリックスについては、「私の初めてのフィクションで素晴らしいパートナーになってくれた。彼らは私の視点、ビジョンを尊重して、この新しい世界を巧みに導いてくれた」と語っている。

    

      

  (左から、トラブッコ・セラン、マリア・カロリナ・ヘール、アルベルディ監督)

 

★ドキュメンタリーとフィクションの違いについては「ドキュメンタリーは少人数だが数年がかりとなる。フィクションは短期間の撮影で終わったが、俳優が約50人、スタッフを含めるとチーム全体は80人にもなり大変だった」とその違いに苦労したそうです。

   

       

     

            (メルセデス役のエリサ・スルエタ)

 

SSIFFで上映後、1011日にはストリーミング配信されますので、映画祭新情報、キャスト&スタッフ紹介は鑑賞後にアップしたいと思います。


スペイン移住を決意したアルフレッド・カストロ*チリの才能流出2024年05月23日 09:57

            チリではプラチナ賞なんか誰も気にかけない!」

     

      

     (ズームでインタビューに応じるカストロ、2024425日、メキシコ・シティ)

 

★先月、4個めのイベロアメリカ・プラチナ賞TV部門男優賞)を受賞したアルフレッド・カストロのスペイン移住のインタビュー記事に接しました。ニコラス・アクーニャの「Los mil días de Allende」(全4話、仮題「アジェンデの1000日」)でサルバドール・アジェンデ大統領(197073)を体現した演技で受賞したのですが、このドラマ出演とスペイン移住がやはりリンクしているようです。ラテンアメリカ諸国のなかでは、チリは経済こそ比較的安定していますが、文化軽視が顕著で芸術にはあまり敬意を払いません。多くのシネアストがヨーロッパやアメリカを目指す要因の一つです。インタビュアーは2022年からチリに在住するエルパイスの記者アントニア・ラボルデ、メキシコのプロダクションのための撮影が終了したばかりのカストロとズームでインタビュー、以下はその要約とカストロのキャリア&フィルモグラフィーを織り交ぜて紹介したい。

         

           

     (アジェンデ大統領に変身するためのメイクに毎日3時間を要した)

    

★チリだけでなくアルゼンチンを筆頭にラテンアメリカ諸国やスペインなどの映画に出演していることもあって、当ブログでも記事にすることが多い俳優の一人です。しかしその都度近況をアップすることはあっても纏まったキャリア紹介をしておりませんでした。パブロ・ララインの長編デビュー作「Fuga」、続く「ピノチェト政権三部作」(『トニー・マネロ』『ポスト・モーテム』『Noノー』)、『ザ・クラブ』や『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』、『伯爵』と監督の主要作品で存在感を示しているパフォーマーです。

   

      

         (観客を震撼させた『トニー・マネロ』のポスター)

 

アルフレッド・アルトゥール・カストロ・ゴメスは、1955年サンティアゴ生れの68歳、俳優、舞台演出家、映画監督、その幅広い演技力でラテンアメリカを代表する俳優の一人、特にチリの舞台芸術ではもっとも高く評価されている演技者及び演出家と言われています。5人兄弟でサンティアゴで育った。母親を10歳のとき癌で失っている。ラス・コンデスのセント・ガブリエル校、プロビデンシアのケント校、ラス・コンデスのリセオ・デ・オンブレス第11校で学んだ。1977年チリ大学芸術学部演劇科卒、同年APESエンターテイメント・ジャーナリスト協会賞を受賞する。同じくイギリスのピーター・シェイファーの「Equus」で舞台デビュー、専門家から高い評価を得る。

 

1978年から1981年のあいだ、創設者の一人でもあったテアトロ・イティネランテで働く。1982年、チリ国営テレビ制作の「De cara al mañana」でTVでのキャリアをスタートさせた。翌年ブリティッシュ・カウンシルの奨学金を得てロンドンに渡り、ロンドン音楽演劇アカデミーで学んだ。1989年にはフランス政府の奨学金を受け、パリ、ストラスブール、リヨンで舞台演出の腕を磨き、帰国後テアトロ・ラ・メモリアを設立したが、2013年資金難で閉鎖した。彼は、チリの舞台芸術で高く評価されている演技者であり演出家ではあるが、大衆向けではない。傾向として登場人物に複数の人格をあたえ、それを厳密に具現化すること、比喩に満ちた演出で知られています。「私は、2000人が見に来てくれる劇場を作っているわけでも、起承転結のある物語を作っているわけでもありません」と語っている。

 

★その後フェルナンド・ゴンサレス演劇アカデミーの教師及び副理事長として働く。カトリック大学の演劇のため、ニカノール・パラが翻案した「リア王」、ホセ・ドノソの小説にインスパイアーされた「Casa de luna」他を上演した。2004年にサラ・ケインの戯曲「Psicosis 4:48」を演出、翌年、チリのアーティストに与えられるアルタソル賞演劇部門で受賞、主演のクラウディア・ディ・ジローラモも女優賞にノミネートされた。2014年、テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』を演出、キャストはチリ演劇界を牽引するアンパロ・ノゲラマルセロ・アロンソルイス・ニエッコパロマ・モレノを起用した。2020年3月日刊紙「エル・メルクリオ」によって2010年代の最優秀演劇俳優に選ばれている。

  

1998年、チリ国営テレビ局に入社、ビセンテ・サバティーニ監督と緊密に協力し、TVシリーズの黄金時代(19902005)といわれたシリーズに出演して絶大な人気を博した。2006年、上述したパブロ・ララインの長編デビュー作「Fuga」に脇役で出演、2008年「ピノチェト政権三部作」の第1部となる『トニー・マネロ』に主演、その演技が批評家から絶賛された。第2部『ポスト・モーテム』、第3部『No /ノー』」と三部作すべてに出演、以後ララインとのタッグは『ザ・クラブ』から『伯爵』まで途絶えることがない。

   

  

   (女装に挑戦したロドリゴ・セプルベダの「Tengo miedo torero」のフレームから)

 

2015年、初めて金獅子賞をラテンアメリカにもたらしたロレンソ・ビガスの『彼方から』に主演したこともあってか、その芸術的キャリアが評価されて、2019年にベネチア映画祭からスターライト国際映画賞が授与された。以下にTVシリーズ、短編以外の主なフィルモグラフィーをアップしておきます。(ゴチックは当ブログ紹介作品、主な受賞歴を付記した)

    

  

  (金獅子賞を受賞したロレンソ・ビガスの『彼方から』で現地入りしたカストロ


主なフィルモグラフィー 

2006年「Fuga」監督パブロ・ラライン

2008年「La buena vida」(『サンティアゴの光』)同アンドレス・ウッド

2008年「Tony Manero」(『トニー・マネロ』「ピノチェト三部作」第1部)

   同パブロ・ラライン

   アルタソル2009男優賞、金のツバキカズラ2008男優賞、ハバナFF2008男優賞、他

2010年「Post Mortem」(『ポスト・モーテム』「ピノチェト三部作」第2部)同上

   グアダラハラ映画祭2011男優賞

2012年「No」(『No/ノー』「ピノチェト三部作」第3部)同上

2013年「Carne de perro」監督フェルナンド・グッゾーニ

2015年「Desde allá」(『彼方から』ベネチアFF金獅子賞)

   同ロレンソ・ビガス(ベネズエラ)  テッサロニキ映画祭2015男優賞

2015年「El club」(『ザ・クラブ』ベルリンFFグランプリ審査員賞)同パブロ・ラライン

   フェニックス主演男優賞、マル・デル・プラタFF男優賞

2016年「Neruda」(『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』カンヌFF「監督週間」)同上

2017年「La cordillera」(『サミット』)同サンティアゴ・ミトレ(アルゼンチン)

2017年「Los perros」(カンヌFF「批評家週間」)同マルセラ・サイド

   イベロアメリカ・プラチナ2018主演男優賞

2018年「Museo」(ベルリンFF)同アロンソ・ルイスパラシオス(メキシコ)

2019年「El principe」(ベネチアFF批評家週間クィア賞)同セバスティアン・ムニョス

   イベロアメリカ・プラチナ2021助演男優賞

2019年「Algunas bestias / Some Beasts」(サンセバスチャンFF

   同ホルヘ・リケルメ・セラーノ

2020年「Tengo miedo torero / My Tender Matador」同ロドリゴ・セプルベダ

   グアダラハラFF2022メスカル男優賞&マゲイ演技賞、カレウチェ2022主演男優賞

2020年「Karnawal」同フアン・パブロ・フェリックス

   グアダラハラFF2020男優賞&メスカル男優賞、銀のコンドル2022助演男優賞、

   マラガFF2021銀のビスナガ助演男優賞、イベロアメリカ・プラチナ2022助演男優賞

2021年「Las consecuencias」(マラガFF批評家審査員特別賞)

   同クラウディア・ピント(ベネズエラ)

2022年「El suplente」(『代行教師』サンセバスチャンFF

   同ディエゴ・レルマン(アルゼンチン)

2022年「La vaca que canto una cancion hacia el futuro」同フランシスカ・アレグリア

2023年「Los colonos」(『開拓者たち』カンヌFF「ある視点」)同フェリペ・ガルベス

2023年「El viento que arrasa」同パウラ・エルナンデス

2023年「El conde」(『伯爵』)同パブロ・ラライン

 

★フランコ没後半世紀が経っても多くの信奉者がいるように、チリのピノチェト信奉者はしっかり社会に根付いている。社会主義者アジェンデ大統領の最後の3年間(197073)を描いたTVミニシリーズ「Los mil días de Allende」で大統領に扮した俳優を攻撃したり、一部のメディアがタイトルを無視したりしたことがチリ脱出の引き金になっているようです。要約すると、まずはスペインに部分的に軸足を移し、本格的な移住は来年早々になる。このことが吉と出るかどうか分からないが、チリとの関係は今後も続ける。スペイン国籍は民主的記憶法のお蔭で既に取得している。母方の祖父がカンタブリア出身であったこと、ゴメス家の歴史を書いたスペインの従兄弟と知り合いだったことが取得に幸いした。母方の苗字がゴメスということで、ルーツを徹底的に調べることができた。

      

   

       (『ポスト・モーテム』右は共演者アントニア・セへルス

 

TVシリーズ「アジェンデ」はベルギー、フランス、スペインでの放映が決定しており、国内より海外での関心の高さが顕著です。アウグスト・ピノチェト陸軍大将が犯した軍事クーデタから約半世紀が経つが、チリでの総括は当然のことながら終わっていない。両陣営の対立は相変わらずアンタッチャブルな側面を持っている。「パンを買いに出かけたら無事に帰宅できる、通りが憎しみに包まれていないところで暮らしたい」と、チリで最も多い受賞歴を持つカストロはインタビューに応えている。〈ボット〉はネガティブなコメントを集め、プレスはそっぽを向く。チリでは文化など不愉快、海外で評価される人は無価値、「4個のプラチナ賞など誰も重要視しない!」とカストロ。

    

       

        (パブロ・ララインの『ザ・クラブ』のフレームから

    

★移住を決意した理由の一つに68歳という微妙な年齢もあるようです。「私はもう若くない」と、引退するには若すぎるがチリで仕事を続けるのはそう簡単ではない。スペインにいるエージェントたちから「アルフレッド、もしそのうち考えるよなら、来るチャンスはないよ」と言われた。しかし「私にとってチリは常に私を育ててくれ、楽しんだところだ。良きにつけ悪しきにつけ、チリは私の祖国なんです」と。

 

60代というのは興味ある世代です。「スペイン語を母語とするコンテストの機会はそんなに多くない。私の世代には素晴らしい俳優がいるが、56人くらいです。自分は壁の隙間に入っている」。世間に〈高齢者〉と一括りされているが、旅をして、恋をして、仕事をして、SNSを自由に操作しているアクティブな〈60代の若者〉もいる。「このコンセプトが気に入った。自分にピッタリだよ」。幸運を祈りますが、わくわくするような映画を待っています。

 

主な関連記事

「ピノチェト政権三部作」の紹介記事は、コチラ20150222

『ザ・クラブ』の紹介記事は、コチラ20151018

『彼方から』の紹介記事は、コチラ20160930

『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』の紹介記事は、コチラ20160516

『サミット』の紹介記事は、コチラ20170518

Los perros」の紹介記事は、コチラ20170501

Museo」の紹介記事は、コチラ20180219

Algunas bestias / Some Beasts」の紹介記事は、コチラ20190813

Tengo miedo torero / My Tender Matador」の関連記事は、コチラ20190218

Karnawal」の紹介記事は、コチラ20210613

Las consecuencias」の紹介記事は、コチラ20210701

『代行教師』の紹介記事は、コチラ20220809

『開拓者たち』の紹介記事は、コチラ20230515

  

マイテ・アルベルディの新作ドキュメンタリー*ゴヤ賞2024 ⑤2024年01月18日 21:48

    マイテ・アルベルディの「La memoria infinita―イベロアメリカ映画

     

       

 

★サンダンス映画祭2024でワールドプレミアされ、ワールドシネマ審査員グランプリ受賞を皮切りに始まった、ドキュメンタリー作家マイテ・アルベルディの「La memoria infinita」の快進撃は、ベルリン、マイアミ、グアダラハラ、リマ、サンセバスチャン、アテネと世界を駆け巡りました。第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた前作83歳のやさしいスパイ』20El agente topo」)の知名度だけではなかったでしょう。当ブログはラテンビート2020でオンライン上映された折りの邦題『老人スパイ』でアップしています。

『老人スパイ』の作品紹介、監督キャリア&フィルモグラフィ紹介は、

コチラ20201022同年1122

    

 

 

★サンダンスに続くベルリン映画祭では観客のほとんどが感涙にむせんだという。というわけでパノラマ部門の観客賞(ドキュメンタリー部門)を受賞したのでした。昨年は国際映画祭での受賞ラッシュの1年でしたが、1217日に開催されたホセ・マリア・フォルケ賞ガラにはアルベルディ自身が登壇してラテンアメリカ映画賞のトロフィーを手にいたしました。サンセバスチャン映画祭ペルラス部門にノミネートされながら未紹介でしたので、ゴヤ賞ガラに間に合うようアップいたします。

    

     

   (トロフィーを手にして受賞スピーチをする監督、フォルケ賞ガラ117日)

 

★本作の主人公は、アウグスト・ゴンゴラパウリナ・ウルティア、二人がパートナーとして一緒に暮らした25年間の物語です。ゴンゴラはジャーナリスト、プロデューサー、ニュースキャスター、ウルティアは女優として有名ですが、第一次ミシェル・バチェレ政権下(200610)では文化芸術大臣を務めた政治家でもあり、つまり二人はチリではよく知られた著名人のカップルでした。8年前の2014年、ゴンゴラはアルツハイマー病と診断されました。その後二人は、20161月に正式に結婚しました。アルベルディ監督との出会いは5年前、撮影期間はコロナ禍を挟んで5年間に及びました。監督が二人に接触できずにいたときにはパウリナにカメラを渡して撮影してもらった部分、家族のアーカイブ映像も含まれている。

    

          

  (左から、パウリナ・ウルティア、アウグスト・ゴンゴラ、アルベルディ監督)

 

 

 La memoria infinita(英題「The Eternal Memory」)

製作:Fabula / Micromundo Producciones / Chicken And Egg Pictures

監督・脚本:マイテ・アルベルディ

音楽:ミゲル・ミランダ、ホセ・ミゲル・トバル

撮影:ダビ・ブラボ、パブロ・バルデス

編集:カロリナ・シラキアン

プロダクション・マネージメント:マルコ・ラドサヴリェヴィッチRadosavljevic

製作者:マイテ・アルベルディ、ロシオ・JadueFabula)、フアン・デ・ディオス・ラライン(同)、パブロ・ラライン(同)、アンドレア・ウンドゥラガ(同)、(エグゼクティブ)マルセラ・サンティバネス、クリスティアン・ドノソ、他多数

 

データ:製作国チリ、2023年、スペイン語、ドキュメンタリー、85分、撮影期間2018年から2022年、配給権MTV Entertainment Films(パラマウント・メディア・ネットワークス部門)、公開チリ824日 

  

映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭2023ワールドシネマ(ドキュメンタリー部門)審査員大賞、ベルリン映画祭パノラマ(ドキュメンタリー部門)観客賞、サンセバスチャン映画祭ペルラス部門上映、全米審査委員会ナショナル・ボード・オブ・レビューのベスト51つに選ばれ、ニューヨーク映画批評家オンライン賞、フォルケ賞ラテンアメリカ映画賞など受賞、他2023年のフロリダ、マイアミ、グアダラハラ、リマ、トロント、アテネ、ヒューストン、ミネアポリス・セントポール、ダラス、ストックホルム、各映画祭にノミネートされた。112日発表のシネマアイ栄誉賞2024では、監督賞記憶に残る映画賞Unforgettablesを受賞、ゴヤ賞の結果待ち。

 

キャスト アウグスト・ゴンゴラ(1952~2023)、パウリナ・ウルティア(1969~)、(以下アーカイブ)グスタボ・セラティ(アルゼンチンの俳優・作曲家1959~2014)、ペドロ・レメベル(チリの脚本家1952~2015)、ハビエル・バルデム(スペインの俳優・製作者1969~)、ラウル・ルイス(チリの監督・脚本家1941~2011)他

 

解説:アウグスト・ゴンゴラとパウリナ・ウルティアは25年間一緒に暮らしています。8年前、アウグストがアルツハイマー病と診断されました。二人とも、彼がパウリナを認識できなる日を怖れています。アウグストはかつてピノチェト軍事独裁政権下のレジスタンス運動の記録者であり、その残虐行為を忘れないようにすることに専念しています。しかしアルツハイマー病が彼の記憶を侵食していきます。パウリナとの日常生活も蝕まれていきますが自分のアイデンティティを維持しようとしています。パウリナは二人に降りかかる困難に直面しながらも、介護と優しさとユーモアを忘れません。二人の人生の記憶と、チリという国家の記憶を監督は再構成しようとしています。

    

         

★アウグストはベルリン映画祭後の2023519日に鬼籍入りしましたが、パウリナのことは最後まで認識できたということです。監督は自身がパンデミックで二人に接触できなかったときに、パウリナが撮影した少し焦点のあっていない映像も取り入れています。そのなかに重要な瞬間があるということです。個人と集団の記憶についての物語のなかで、記憶を失うということが何を意味するのか、記憶を維持するということがどうして重要なのか、そしてその喪失の悲しみなどが敬意をもって語られている。

     

       
   

        

★ドラマではジュリアン・ムーアがアカデミー賞主演女優賞を手にした『アリスのままで』(14)、アンソニー・ホプキンスが同じく主演男優賞を受賞した『ファザー』(20)など記憶に残る作品があります。しかしドクドラ、ドキュメンタリードラマは多数あっても本作のような作品は多くないように思います。信友直子監督が自身の両親を撮り続けた『ぼけますから、よろしくお願いします。』(18)、当ブログで紹介した女優カルメ・エリアスを追ったクラウディア・ピントの「Mientras seas tú, el aquí y ahora de Carme Elias」などが例に挙げられると思います。4年前にアルツハイマー病の診断を受けた女優の「今」を記録しつづけているドキュメンタリーです。本作はゴヤ賞2024ドキュメンタリー部門にノミネートされており、前者は4年後に家族が母親を看取るまでの続編が撮られています。

Mientras seas tú, el aquí y ahora de Carme Elias」の紹介記事は、

  コチラ20230911

 

★話をアウグスト・ゴンゴラとパウリナ・ウルティアに戻すと、アルツハイマー病はゆっくり進行していく治療の困難な病です。二人も同じプロセスを辿るわけですが、どのように葛藤を解決しようとしたのか、自分たちの人生や愛について語りあい、それは「禍福は糾える縄のごとし」という諺に行きつくことになります。チリで824日に公開されるやドキュメンタリーにもかかわらず、第1週目の観客動員数が5万人を超え、興行成績は『バービー』や『オッペンハイマー』、『グランツーリスモ』などを抜いたということです。

    

  

*追加情報『エターナル・メモリー』の邦題で劇場公開になりました。2024年8月23日

チリのクリストファー・マレーの『魔術』*東京国際映画祭20232023年10月16日 16:48

          正義を求める少女の物語『魔術』はファンタジー・ドラマ

    

       

 

★ワールド・フォーカス部門(ラテンビートFF共催)で上映されるクリストファー・マレー『魔術』は、1880年、チリのレクタ・プロビンシア団体のメンバーが使ったという〈魔術〉が告発された実話にインスパイアされた映画です。18世紀から20世紀初頭まで実際に存在していた組織のようです。チリの先住民はペルーやメキシコのように多くありませんが、マプチェ・ドゥングン語を話すマプチェ族が現在でも減少したとはいえ約70万人を数え、これは全人口の4%に当たります。本作でもスペイン語、ドイツ語の他にマプチェ・ドゥングン語が使用されている。その抵抗の歴史は現在でも息づいており、チリの文化や政治の多様性に影響を与えている。2021年から「先住民の日」(620日)が設けられ、日本の「山の日」や「スポーツの日」のように日曜日と重なるとずれる移動祝日となった。

 

★ジャンルはファンタジーに分類されているようですが、上記のような背景を頭に入れて観ると、また違った見え方があるのではないかと思います。本作の舞台チロエはロス・ラゴス州に属するチリでも2番目に大きな島です。今回コンペティション部門で上映される、フェリペ・ガルベス『開拓者たち』の舞台になるティエラ・デル・フエゴが最大の島、こちらは先住民セルクナム(またはオナス)族のジェノサイドが語られ、チリ共和国の歴史の一端が描かれている。これは偶然ではなく、若い監督たちが自国の負の歴史に目を向け始めているのかもしれません。

 

 『魔術』(「Sorcery / Brujería」)

データ:製作国チリ=メキシコ=ドイツ、2023年、スペイン語・マプチェドゥングン語・ドイツ語、ファンタジー・ドラマ、100分、製作はBord Cadre FilmsFabulaMatch Factory Productions

映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭2023ワールド・フィルム・ドラマ部門でプレミア、ヨーテボリFF国際コンペティション正式出品、トゥールーズ(シネラティノ)FF作品賞受賞、富川(プチョン)ファンタスティックFF作品賞受賞、シッチェスFFファンタスティック部門正式出品、ミュンヘンFF、

  

監督:クリストファー・マレー(マーレイ、サンティアゴ1985)、脚本はパブロ・パレデスとの共同執筆、長編3作目。製作者にはFabulaパブロ&フアン・デ・ディオス・ラライン兄弟が参画している。撮影マリア・セッコ、編集パロマ・ロペス、音楽レオナルド・ハイブルム。監督キャリア&フィルモグラフィーについては、デビュー作『盲目のキリスト』(ラテンビートFF2016)で紹介しています。

監督キャリア&フィルモグラフィー紹介記事は、コチラ20161006

 

キャスト:バレンティナ・ベリス・カイレオ(ロサ)、ダニエル・アンティビロ(マテオ・コニュエカル)、セバスティアン・ヒュルク(TIFF表記フールク、農場主ステファン)、フランシスコ・ヌニェス(ロサの父親フアン)、ダニエル・ムニョス(副代理人アセベド)、ネディエル・ムニョス・ミラロンコ(アウロラ・キンチェン)、アニック・ドゥラン(ステファンの妻アグネス)、イケル・エチェベルス(ステファンの息子フランツ)、他

 

ストーリー1880年、チリの離島チロエ、先住民の少女ロサはドイツ人の入植者が経営する農場に父親と一緒に住み込みで働いている。ある日のこと、農場主が不手際を理由に父親を無残な方法で殺害したとき、ロサは正義を求めて、強力な魔術師の組織の王に助けを求めに出発します。

    

                 

                 (ロサ)

     

    

    (農場主ステファン)

 

    

              (ステファンの家族)

  

        

                     (ロサと副代理人アセベド)

   

      

            (ロサとアウロラ・キンチェン)


オリソンテス・ラティノス部門③*サンセバスチャン映画祭2023 ⑪2023年08月31日 11:11

       ルシア・プエンソの新作「Los impactados」がノミネート

 

★オリソンテス・ラティノス部門の最終グループで、SSIFF がプレミアというのはアルゼンチンのルシア・プエンソの5作目「Los impactados」のみ、他はベルリンとかカンヌでプレミアされている。本祭は三大映画祭と言われるカンヌ、ベネチア、ベルリンのほか、トロントの後ということもあって、どうしても新鮮味に欠けます。ルシア・プエンソは4作目「La caída」(22)がプライムビデオで『ダイブ』という邦題で目下配信中です。2007年に『XXY』で鮮烈デビューを果たして以来、問題作を撮り続けている監督の成長ぶりが見られる力作です。新作は本祭がプレミアということもあり賞に絡むのではないかと予想しています。他にリラ・アビレスの「Tótem / Totem」は、世界の映画祭巡りで受賞歴多数です。

 

 

          オリソンテス・ラティノス部門

 

9)Heroico / Heroic」メキシコ

監督ダビ・ソナナ(メキシコ・シティ1989)は、2019年デビュー作「Mano de obra / Workforce」がセクション・オフィシアルにノミネートされている。今回2作目「Heroico / Heroic」がオリソンテス・ラティノス部門にノミネートされた。サンダンス映画祭でプレミア、ベルリン映画祭パノラマ部門正式出品のあとSSIFFにやってきました。より良い未来を求めて軍人学校に入学した反戦主義者の青年を軸にドラマは展開します。現代メキシコに蔓延する体系的な暴力が語られる。

     

       

     

 (ダビ・ソナナ監督、サンセバスチャン映画祭2019にて)

  

データ:製作国メキシコ、2023年、スペイン語・ナワトル語、ミステリードラマ、88

キャスト:サンティアゴ・サンドバル・カルバハル(ルイス)、フェルナンド・クアウトル、モニカ・デル・カルメン、エステバン・カイセド、カルロス・ヘラルド・ガルシア、イサベル・ユディセ

 

ストーリー:アメリカ先住民のルーツをもつルイス・ヌメズは18歳、よりよい未来を確実にするため軍人学校への入学を申し込む。彼と同じような新入生は、やがて完璧な兵士に変身させようと設計された、暴力が日常的である残酷なヒエラルキー・システムに自分たちが放り込まれたことを理解するだろう。

    

  

 

10)「Los colonos / The Settlers」チリ=アルゼンチン=オランダ=フランス=イギリス=デンマーク=台湾=スウェーデン、8ヵ国合作映画

監督フェリペ・ガルベス(サンティアゴ1983)のデビュー作。1901年から1908年のパタゴニアを舞台にしたティエラ・デル・フエゴ島の先住民セルクナム虐殺が物語られる。

★本作はカンヌ映画祭2023「ある視点」でプレミアされたおり、作品&監督紹介を既にアップ済みです。オスカー賞2024のチリ代表作品。

作品&監督紹介記事は、コチラ20230515

   

      

      

     (フェリペ・ガルベス監督)

   

 

11)Los impactados」アルゼンチン

監督ルシア・プエンソ(ブエノスアイレス1976)は、監督、脚本家、作家、製作者。父ルイス・プエンソは、『オフィシャル・ストーリー』(85)でアルゼンチンに初めてオスカーをもたらした監督。ルシアは2001年脚本家としてキャリアをスタートさせる。2013年のオリソンテス・ラティノス部門に長編3作目「El médico alemán  Wakolda」(邦題『ワコルダ』)がノミネートされている。第2次世界大戦中、多くのユダヤ人をアウシュビッツで人体実験を繰り返して「死の天使」と恐れられていたナチスの将校ヨーゼフ・メンゲレ医師の実話を映画化した作品。久しくTVシリーズに専念していて、4作目が待たれていたのが上述の『ダイブ』でした。メキシコで起きた実話に着想を得て製作された。製作にも参画している主役のカルラ・ソウサの魅力もさることながら、性加害者のコーチにエルナン・メンドサを迎えるなどかなり見ごたえがあります。勝利が究極の夢である高飛込競技の少女がコーチから性被害を受けていた実話をもとに、ヒロインの栄光と挫折、最後に勝ち取る解放が語られる。

 

★今回の5作目「Los impactados」は、嵐で雷に打たれことで心身に変化をきたした少女の物語という定義は表層的で、かなり政治的なメッセージが込められているサイコスリラーです。プエンソに影響を与えた監督は、デイヴィッド・リンチを筆頭に、フランソワ・オゾン、オリヴィエ・アサイヤス、ミヒャエル・ハネケ、クレール・ドニなどの作品ということです。主役アダのキャラクターは複雑で、超自然的な要素が設定されており、彼女を苦しめる幻覚や爆発が心的外傷後に起きるストレスなのかどうかは明らかにされない。プエンソの当ブログ登場は、以下にアップしています。

監督キャリア&『ワコルダ』(ラテンビート2013)紹介は、コチラ20131023

『フィッシュチャイルド』(ラテンビート2009)紹介は、コチラ20131011

   

 

        

                        (ルシア・プエンソ監督)

 

データ:製作国アルゼンチン、2023年、スペイン語、サイコスリラー、90

キャスト:マリアナ・ディ・ジロラモ(アダ)、ヘルマン・パラシオス(フアン)、ギジェルモ・プフェニング(ジャノ)、オスマル・ヌニェス(コーエン)、マリアナ・モロ・アンギレリ(オフェリア)

 

ストーリー:アダが野原で雷に打たれた5週間後に昏睡から目覚めると、彼女はすっかり変わってしまっていた。身体的にも精神的にもバランスを崩して苦しんでいます。さらに目に見える明らかな後遺症があり、制御できない一連の奇妙な症状、例えば視覚や聴覚を通しての幻覚、時間の混乱は、彼女を以前の生活から遠ざけ、彼女が愛する人々からの孤立へと駆り立てます。落雷の衝撃を受けた人たちのグループの支援、落雷によって引き起こされる身体的精神的な影響を理解することに専念する医師との信頼を通して、アダはリターンできない旅に誘い出されることになるだろう。

 

 

      

  (アダ役で飛躍的な成長を遂げたと高評価のマリアナ・ディ・ジロラモ)

 

 

12)Tótem / Totem 」メキシコ

監督リラ・アビレス(メキシコ・シティ1982)は、監督、脚本家、製作者。2018年ニューディレクターズ部門に「La camarista / The Chambermaid」が選ばれている。2020年オリソンテス賞の審査員として現地入りしている。脚本リラ・アビレス、音楽トマス・ベッカ、撮影ディエゴ・テノリオ、編集オマール・グスマン。ドイツを皮切りに、米国、アジア、アフリカ諸国の映画祭巡りをしている。

*受賞歴:ベルリン映画祭2023コンペティション部門、エキュメニカル審査員賞受賞、香港映画祭ヤングシネマ部門金の火の鳥賞、北京映画祭監督賞・音楽賞、エルサレム映画祭監督賞、リマ映画祭作品賞・撮影賞などの受賞歴多数。

   

   

 (リラ・アビレス監督と主役のナイマ・センティエス、ベルリン映画祭2023

    

 

 

データ:製作国メキシコ=デンマーク=フランス、2023年、スペイン語、ドラマ、95分、撮影地メキシコシティ

キャスト:ナイマ・センティエス(ソル)、モンセラト・マラニョン(叔母ヌリア)、マリソル・ガセ(叔母アレハンドラ)、サオリ・グルサ(エステル)、マテオ・ガルシア(父トナティウ)、テレサ・サンチェス(クルス)、イアスア・ラリオス(ルチア)、アルベルト・アマドル(ロベルト)、フアン・フランシスコ・マルドナド(ナポ)、他多数

 

ストーリー7歳になるソルは、父親を驚かすびっくりパーティーの準備を手伝うため、祖父の家に来ています。日が経つにつれ、状況はゆっくりと不思議なカオスの大混乱の雰囲気に包まれ、家族の絆をたもつ土台が砕かれていく。ソルは彼女の世界が劇的な変化を遂げるところにちょうどさしかかっていることをやがて理解するでしょう。人生を祝うことで神秘的な道が開かれていく。7歳の少女の視点で生と死、時間が語られる。

 

       

      

        (ソルを演じたナイマ・センティエス、フレームから)

 

 

     

 (左から、ダビ・ソナナ、フェリペ・ガルベス、ルシア・プエンソ、リラ・アビレス)


フェリペ・ガルベスのデビュー作が「ある視点」に*カンヌ映画祭20232023年05月15日 11:36

   「ある視点」にフェリペ・ガルベスのデビュー作「Los colonos」がノミネート

   

     

 

★チリのフェリペ・ガルベスのデビュー作「Los colonos」が「ある視点」に正式出品、チリ、アルゼンチン、オランダ、フランス、デンマークなど8ヵ国との合作、ガルベス監督は1983年チリのサンティアゴ生れ、監督、脚本家、フィルム編集者。「ある視点」ノミネートは2011年のクリスティアン・ヒメネスの「Bonsai」以来12年ぶりです。本作は東京国際映画祭2011ワールド・シネマ部門で『Bonsai~盆栽』としてアジアン・プレミアされた。「Los colonos」の舞台は20世紀初頭のチリ南端ティエラ・デル・フエゴ島、先住民族セルクナム(またはオナス)のジェノサイドをテーマにした歴史物、彼らがチリの正史から消されてきた過程を探求している。

 

 「Los colonos / Les colons / The Settlers」(仮題「入植者たち」) 

製作:Quijote Films(チリ)、Rei Cine(アルゼンチン)、Quiddity Films(英)、Volos Films(台湾)、共同製作:Cine Sud Promotion(仏)、Snowglobe(デンマーク)、Film I Vast(スウェーデン)、Sutor Kolonko(独)

監督:フェリペ・ガルベス

脚本:フェリペ・ガルベス、アントニア・ヒラルディ

音楽:Harry Allouche

撮影:Simone DArcangelo

編集:Mattieu Taponier

プロダクション・デザイン:セバスティアン・オルガンビデ

衣装デザイン:ナタリア・アラヨン、ムリエル・パラ

メイクアップ&ヘアー:ダミアン・ブリッシオ

製作者:ジャンカルロ・ナシ、ステファノ・センティニ、ベンジャミン・ドメネク、サンティアゴ・ガレッリ、エミリー・モーガン、マティアス・ロベダ、ティエリー・ルヌーベル、(エグゼクティブ)コンスタンサ・エレンチュン、エイミー・ガードナー、ほか共同製作者多数 

 

データ:製作国アルゼンチン、チリ、イギリス、台湾、ドイツ、スウェーデン、フランス、デンマーク、スペイン語・英語、2023年、歴史ドラマ、97

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2023「ある視点」部門正式出品、初長編監督作品賞カメラドールにもノミネートされている。

 

キャスト:カミロ・アランシビア(メスティーソのセグンド)、ベンジャミン・ウェストフォール(アメリカ人傭兵ビル)、マーク・スタンリー(イギリス人マクレナン中尉)、サム・スプルエル(マルティン大佐)、アルフレッド・カストロ(スペイン人地主ホセ・メネンデス)、マリアノ・リナス(フランシスコ・モレノ)、ルイス・マチン(司教)、マルセロ・アロンソ(大統領勅使ビクーニャ)、アグスティン・リッタノ(アンブロシオ大佐)、ミシェル・グアーニャ(キエプジャ)、アドリアナ・ストゥベン(ホセフィナ・メネンデス)、ほか

 

ストーリー19世紀末に羊牧場はチリのパタゴニア地方の領土を拡大していきました。1901年、裕福な地主ホセ・メネンデスは先住民の土地を開拓し、大西洋への道を開くために3人の男を雇いました。最終的な目的は当時の白人の使命に従って、この広大で肥沃な領土を文明化することでした。メスティーソのセグンド、元ボーア戦争のイギリス人船長のマクレナン、アメリカ人傭兵ビルの3人は、国家がメネンデスに与えた土地の境界を定める遠征に乗り出していった。最初は行政上の遠征のように見えたものが、次第に先住民に対する暴力的な狩猟へと変質していった。1901年から1908年のあいだにティエラ・デル・フエゴ島での先住民セルクナム虐殺を描き、先住民が被った植民地化、暴力、不正義というテーマを探求しています。

 

        

    

      

 

★ガルベス監督談によると「誰が歴史を書くのか、どのように書かれるのか、その過程で映画の立ち位置はどのように占めるのかを考えさせてくれる」映画だとコメント。チリの正史から消されてきた先住民虐殺の事実が、如何にして闇に葬られてきたのか、その過程がどうして可能だったのか、メネンデス一家がどのように資金調達をしたのかが語られる。「この映画は、内なる旅とその登場人物の精神の崩壊を通して、強制的に文明化されたモデルを反映させた」とプレスリリースで語っている。チリが建国(1818年)100周年を迎えようとしていた頃の過去にさかのぼり、現在にまで及ぶ理念が語られる。

   

        

★監督紹介:フェリペ・ガルベスFelipe Galvez Haberle)、1983年サンティアゴ生れ、監督、脚本家、フィルム編集。2008年フィルム編集者としてキャリアをスタートさせる。2009年の短編「Silencio en la sala」(12分)がBaficiブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭に正式出品されベスト短編賞を受賞。2018年「Rapaz」(13分)がカンヌ映画祭併催の「批評家週間」にノミネートされたことで、その後ウルグアイ映画祭2018、ダウンタウン・ロスアンゼルスFF、ノーステキサスFF、ダラスFF2019のグランプリを受賞、バレンシアFFCinema Joveにノミネートされた。本作は携帯電話の盗難で告発された十代の少年の市民拘留を描いている。フィルム編集ではクラウディオ・マルコネの「En la Gama de los Grises」(15)、マルティン・ロドリゲス・レドンドのデビュー作「Marilyn」(18)など受賞歴のある映画を多数手掛けている。

   

    

              (短編「Rapaz」のポスター)

 

★カンヌFF2000「ある視点」にノミネートされたミゲル・リティンの「Tierra del Fuego」は、ティエラ・デル・フエゴを舞台にしている。セルクナム虐殺をリードした一人であるルーマニア人ジュリアス・ポッパーを主人公にしたクロニカである。他に先住民ジェノサイドに言及している作品にパトリシオ・グスマンのドキュメンタリー「El botón de nácar」(15)があり、この作品は『真珠のボタン』の邦題で公開されています。

監督作品は以下の通り:

2009年「Silencio en la sala」短編12分、監督、脚本、編集

2011年「Yo de aqui te estoy mirande」短編、監督、脚本、編集

2018年「Rapaz」短編13分、監督、脚本、編集

2023年「Los colonos」長編デビュー作、監督、脚本

      

Marilyn」の作品紹介は、コチラ20180225

『真珠のボタン』の作品紹介は、コチラ20151116

   

*追加情報:本作は『開拓者たち』の邦題で、東京国際映画祭2023にノミネートされた。

セクション・オフィシアル(コンペ部門)①*マラガ映画祭2023 ④2023年03月03日 18:26

              26回マラガ映画祭2023ノミネーション長編映画全20

 

        

★コンペティション部門セクション・オフィシアルは全20作、新人発掘の映画祭でもあるのでデビュー作が多いのは当然として、最近はベテラン監督の多さが気になります。すでに既発の国際映画祭(ベルリン、ベネチアなど)でプレミアされたもの、中には受賞作もあるようです。作品数が多いので何回かに分けてアップする予定です。スペイン単独作品が8作と多く、メキシコ、ブラジルは別として、市場が狭く単独では製作できないアルゼンチン、チリ、コロンビアなどのラテンアメリカ諸国は合作です。ブラジルのポルトガル語映画は字幕入り上映、セッションは各3回ずつと例年通りです。

 

     26回マラガ映画祭セクション・オフィシアル全20

 

120.000 especies de abejas (仮題「2万種のミツバチ」)

データ:製作国スペイン、2022年、スペイン語・バスク語・フランス語、ドラマ、129分、長編デビュー作 

映画祭・受賞歴:ベルリン映画祭2023コンペティション部門でプレミア(222日)。ギルデ・ドイツ・フィルムアートシアター賞、バリナー・モルゲンポスト紙読者賞、主演のソフィア・オテロ(9歳)が銀熊主演賞を受賞という快挙、過去の受賞者は故フェルナンド・フェルナン≂ゴメスの2回、2012年にビクトリア・アブリルが『アマンテ』で受賞しているだけである。

   

        (銀熊主演賞のソフィア・オテロ、ベルリンFF授賞式)

  

監督紹介エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン1984年バスク自治州アラバ生れ、監督、脚本家、製作者。バスク公立大学視聴覚コミュニケーションの学位を取得、フィルム編集の制作理論、ESCAC(カタルーニャ映画視聴覚上級学校)で映画監督の修士号と映画ビジネスの修士号を取得、マーケティング、配給、国際販売などを学ぶ。2019年制作会社「Sirimiri Films」を設立。

フィルモグラフィー2012短編「Adri」、2016長編ドキュメンタリー「Voces de papel」(サンセバスチャン映画祭プレミア)、2018短編「Nor nori nork」、2020短編「Polvo somos」、2022短編「Cuerdas」はカンヌ映画祭「批評家週間」に正式出品、受賞歴多数、フォルケ賞短編部門受賞。

    

     

          (エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン監督)

   

キャスト:ソフィア・オテロ(アイトル/ルシア)、パトリシア・ロペス・アルナイス(母親アネ)、アネ・ガバライン(ルーデス)、イツィアル・ラスカノ(リタ)、サラ・コサル(レイレ)、マルチェロ・ルビオ(ゴルカ)、ウナックス・ヘイデンHeyden、他

ストーリー8歳になる少女ルシアは他人の期待に添わない。母親のアネは夏休みを利用して3人の子供たちと養蜂をしている実家に帰郷します。アネの母親リタ、叔母ルルド、3世代の女性たちが直面する疑いと怖れは、彼女たちの人生を変えてしまうだろう。性同一性を求めているルシアの物語。

 

       

    (ベルリンFFで絶賛されたルシア役のソフィア・オテロ、フレームから)

    

       

  

2)Bajo terapia (仮題「セラピー中」)

データ:製作国スペイン、2022年、スペイン語、コメディドラマ、93分、マティアス・デル・フェデリコの同名小説の映画化。

監督紹介ヘラルド・エレーロ1953年マドリード生れ、製作者、監督。1987年、制作会社「Tornasol Media」設立、国際的に活躍している大物プロデューサー、手がけた作品はドキュメンタリー、エグゼクティブを含めると150作を超える。うち2009年製作の『瞳の奥の秘密』は、アカデミー賞外国語映画賞を受賞、アルゼンチンにオスカー像をもたらした。ロドリゴ・ソロゴジェンの「El reino」ではゴヤ賞2019の監督賞以下7冠を制した。監督作品としては、実話をベースにした「Heroína」でマラガ映画祭2005の銀のビスナガ監督賞を受賞している。続く2006年には「Los aires dificiles」で金のビスナガ作品賞を受賞した。ほかに『戦火の沈黙、ヒトラーの義勇兵』(11)など。

 

     

  

キャスト:マレナ・アルテリオ、アレクサンドラ・ヒメネス、フェレ・マルティネス、アントニオ・パグド、エバ・ウガルテ、フアン・カルロス・ベリィド

ストーリー3組の夫婦が珍しいグループ・セラピーのセッションを受けに集まった。心理学者はカップルが一緒に対処しなければならないスローガンを同封した封筒を渡しました。提案されたメカニズムは、誰もが自分の意見を述べ、話し合い、最終的にありのままの自身をさらけ出すことを奨励します。ユーモアを主なツールとして、出会いは予想もしない限界まで複雑になるでしょう。

      

                       

      

 

3Desperté con un sueño (仮題「夢で目覚めた」)

データ:製作国アルゼンチン=ウルグアイ、2022年、ドラマ、76分、長編3作目

映画祭・受賞歴:ベルリン映画祭2023ジェネレーションKplus部門でプレミアされた。

監督紹介パブロ・ソラルス1969年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、俳優、教師。ブエノスアイレス演劇学校に入学、コロンビア大学シカゴ校で映画を学んだ後帰国、母国でキャリアを積む。脚本家として、カルロス・ソリンの「Historias minimas」、アリエル・ウィノグラードの「Sin hijos」、フアン・タラトゥトなどとタッグを組んでいるほか脚本執筆多数。2011年「Juntos para siempre」で長編デビュー、2017年、名優ミゲル・アンヘラ・ソラを主役に起用した2作目「El último traje」が、『家へ帰ろう』の邦題で劇場公開された。SKIP映画祭上映の折来日している。新作が3作目になる。当ブログで「Sin hijos」の作品紹介をしています。

   

      

 

キャスト:ルーカス・フェロ(フェリペ)、ミレリャ・パスクアル、ロミナ・ペルフォ、マリアナ・スミレビテス、エマ・セナ

ストーリー:フェリペの日常は、湯治場の閑散とした通りを友人たちと自転車に乗ったり、フリースタイルでラップしたり、母親に隠れて演劇のクラスに行ったりして過ごしている。彼の情熱は夢のようなものだが、目覚めると直ぐ内容を書き留めておく。ある映画のオーディションの可能性に直面して、父親が亡くなった8歳のとき以来一度も会ったことのない父方の祖母を頼って首都に脱出する。フェリペは過去の断片をかき集め、自分が何になりたいかを考え始める。

 

      

   

                     (再会した祖母、フレームから)

    

      

  

4El castigo(仮題「罰」)

データ:製作国チリ=アルゼンチン、スペイン語、2022年、ドラマ、86

監督紹介マティアス・ビセ1979年サンティアゴ・デ・チリ生れ、監督、製作者、脚本家。2003年にデビュー作「Sábado」を若干23歳で撮った。マンハイム・ハイデルベルク映画祭のライナー・ヴェルナー・ファスビンダー賞を受賞した。2005年の2作目「En la cama」がバジャドリード映画祭2005の作品賞金の穂を受賞、『ベッドの中で』の邦題でミニ映画祭で上映された。5作目「La vida de los peces」はベネチア映画祭2010監督週間でプレミアされ、ゴヤ賞2011イベロアメリカ映画部門で受賞、ブニュエル賞ほか受賞歴多数。6作目「La memoria del agua」はウエルバ映画祭2015銀のコロン賞ほかを受賞、『水の記憶』としてNetflixで配信されている。2022年の「Mensajes Privados」はマラガ映画祭にノミネートされ、ニコラス・ポブレテが助演男優賞を受賞した。新作は9作目になる。

Mensajes Privados」の紹介記事は、コチラ20220314

   

    

        (マティアス・ビセ、マラガ映画祭2022のプレス会見)

 

キャスト:アントニア・セヘルス(アナ)、ネストル・カンティリャナ(マテオ)、カタリア・サアベドラ、ジャイル・フリ Yair Juri、サンティアゴ・ウルビナ(ルーカス)

ストーリー:アナとマテオは、悪さをしたので罰として数分間放っておいた息子が行方不明になってしまった。必死の捜索は、リアルタイムで森の中や自動車道などで行われる。80分間というもの夫婦は、恐怖、罪悪感、壊れやすい彼らの繋がり、最も厳しい発覚に直面する。アナがどこかで息子が見つからないよう願っているのは、彼が生れてからずっと幸せでなかったからだ。

   

       

     (息子を探すアナとマテオ)