コロンビア映画 『猿』 鑑賞記*ラテンビート2019 ⑮ ― 2019年12月06日 17:35
アレハンドロ・ランデスの第3作目『猿』――背景はコロンビア内戦
★アレハンドロ・ランデスの第3作目『猿』は、年初に開催されるサンダンス映画祭2019「ワールド・シネマ・ドラマ」部門で審査員特別賞を受賞して以来、国内外の映画祭にノミネートされ作品賞または観客賞などのトロフィーを手にしている。当ブログではサンセバスチャン映画祭SSIFF「ホライズンズ・ラティノ」部門にノミネートされた折り、原題「Monos」で監督及び作品紹介をしております。製作国はコロンビアの他、アルゼンチン、オランダ、デンマーク、スウェーデン、独、ウルグアイ、米の8ヵ国。第92回米アカデミー賞国際長編映画賞、ゴヤ賞2020イベロアメリカ映画賞のコロンビア代表作品。
*「Monos」のオリジナル・タイトルでの紹介記事は、コチラ⇒2019年08月21日
(アレハンドロ・ランデス監督)
主なキャスト:ジュリアンヌ・ニコルソン(ドクター、サラ・ワトソン)、モイセス・アリアス(パタグランデ、ビッグフット)、フリアン・ヒラルド(ロボ、ウルフ)、ソフィア・ブエナベントゥラ(ランボー)、カレン・キンテロ(レイデイ、レディ)、ラウラ・カストリジョン(スエカ、スウェーデン人)、デイビー・ルエダ(ピトゥフォ)、パウル・クビデス(ペロ、ドッグ)、スネイデル・カストロ(ブーンブーン)、ウィルソン・サラサール(伝令、メッセンジャー)、ホルヘ・ラモン(金探索者)、バレリア・ディアナ・ソロモノフ(ジャーナリスト)、他
ストーリー:一見すると夏のキャンプ場のように見える険しい山の頂上、武装した8人の若者ゲリラ兵のグループ「ロス・モノス」が、私設軍隊パラミリタールの軍曹の監視のもと共同生活を送っている。彼らのミッションは唯一つ、人質として拉致されてきたアメリカ人ドクター、サラ・ワトソン逃亡の見張りをすることである。この危険なミッションが始まると、メンバー間の信頼は揺らぎ始め、疑心暗鬼が芽生え、次第にサバイバルゲームの様相を呈してくる。(102分)
自国の内戦を描く――『蠅の王』にインスパイアーされて
A: アレハンドロ・ランデスはサンパウロ生れ(1980)ですが、父親はエクアドル出身、母親がコロンビア人ということです。コロンビア公開(8月15日)時に監督自身が語ったところによると「戦争映画はベトナムは米国が、アフリカはフランスが撮っているが、自分たちはコロンビアの戦争をコロンビア人の視点で作る必然性があった」と語っていました。
B: コロンビアの戦争というのは、20世紀後半から半世紀以上も吹き荒れたコロンビア内戦のこと、南米で最も危険なビオレンシアの国と言われた内戦のことです。
A: この内戦は、反政府勢力コロンビア革命軍FARC誕生の1966年から和平合意の2016年11月までの約半世紀を指しますが、麻薬密売が資金源だったことで麻薬戦争とも言われています。現在でも500万人という国内難民が存在しているという。
B: 丁度ノーベル賞の季節ですから触れますと、和平合意に尽力したことでサントス大統領が2016年のノーベル平和賞を受賞した。随分昔のように感じますが、ついこないだのことです。
A: ラテンビート上映後、フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』の原作となったジョセフ・コンラッドの『闇の奥』(1902刊)を思い出したとツイートしている方がおられました。しかしコンラッドの原作にあるような「心の闇」は皆無とは言わないが希薄だったように思いました。
B: 社会と隔絶された山奥、登場人物を若者グループにするなど、舞台装置はウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』(1954刊)を思い起こさせた。しかし少年たちは飛行機事故をきっかけに偶然太平洋上の無人島でサバイバルゲームを余儀なくされるわけで、そもそもの発想が異なる。
A: 対立や裏切り、一見民主的に見えるリーダーの選出法、殺人機械になるための訓練など、閉塞された空間にいる人間の暗部を描いている点は同じです。あちらは豚の生首、こちらは乳牛シャキーラと異なるけど。(笑)
B: 大切な乳牛の世話もできない幼稚さ愚かさ、それが引き金になってリーダーのロボ(フリアン・ヒラルド)の自殺、伝令(ウィルソン・サラサール)への保身の嘘が始りで、グループは崩壊への道を歩むことになる。
A: ナンバー2のパタグランデ(モイセス・アリアス)の出番、リーダーを2人設定したのも小説と似ています。監督は影響を認めつつも「インスパイアーされた」と語っている。以前から「若者を主役にして戦闘やメロドラマを盛り込んだ目眩を起こさせるようなセンセショーナルな作品を探していた。私たちの映画にはあまり観想的ではなくてもアドレナリンは注入したかった。ジャンル的には戦闘とアクションを取り込んで、観客は正当性には駆られないだろうから、皮膚がピリピリするようなものにしたかった」とランデス監督は語っていた。
B: 目眩は別としてアドレナリンはどくどくだった。メロドラマというのはリーダーのロボ(ウルフ)とレディ(カレン・キンテロ)の結婚、ウルフ亡き後のランボーとの性愛などですか。
(新リーダーになるパタグランデ役のモイセス・アリアス)
(レディ役のカレン・キンテロ)
A: ランボーを演じた丸刈りのソフィア・ブエナベントゥラは映画初出演、まだ大学生とのこと。男性に偽装しているレズビアンか、両性具有なのか映画からはよく分からなかった。ベルリン映画祭パノラマ部門で上映されたとき受賞はならなかったがLGBTを扱った映画に贈られる「テディー賞」の対象作品だった。サンセバスチャン映画祭では同じ性格の賞「セバスチャン賞」を受賞している。
B: ブエナベントゥラは、ニューポート・ビーチ映画祭で審査員女優賞を受賞している。8人の中で心の闇を抱えている複雑な役柄を演じて、記憶に残るコマンドだった。彼女のように戦闘に疑問を感じる逃亡者は当然いたわけで、拾われた金探索者の家族とテレビを見るシーンが印象的だった。この家族のように紛争に巻き込まれた犠牲者はあまたいたわけで、その象徴として登場させていた。
(ランボー役のソフィア・ブエナベントゥラ)
(左から、ウィルソン・サラサール、モイセス・アリアス、ランデス監督、
ソフィア・ブエナベントゥラ、ベルリン映画祭2019のフォトコールから)
A: 人質の米人サラ・ワトソンの救出劇は、2008年のヘリコプター使用のイングリッド・ベタンクールと3人のアメリカ人救出劇を彷彿とさせた。FARC側の短波通信網に偽の情報を流して混乱させ救出を成功させた。国土はブラジルに次いで広く、多くが険しい山岳やアマゾンのジャングル地帯、有効なのは短波通信だけでした。
B: パタグランデたちが従っている自分たちには顔の見えない指令機関からの独立を宣言する。通信手段のラジオを破壊して通信網を遮断するが、それが命取りになる。戦闘部隊は細分化され小型化され、彼らのように消滅していった。
脚本を読んだ瞬間に魅せられコロンビアにやって来た――J.ウルフ撮影監督
A: 映画はコロンビア中央部のクンディナマルカ県、アンデス山系東部に位置する標高4020メートルのパラマ・デ・チンガサ頂上の雲の上から始まり、カメラはジャングルの奥深く移動する。冒頭で二つの舞台でドラマが展開することを観客に知らせる見事な導入でした。ジャスパー・ウルフの映像は批評家のみならず観客をも魅了した。
B: その厳しさ険しさから現地に撮影隊が入ったのは初めてだそうです。
A: ゲリラ兵の掩蔽壕があるパラモ・デ・チンガサは美しく別世界のようであったが、荒々しく寒く、天候は気まぐれで、目まぐるしく晴、雨、霧の繰り返し、反対にサマナ・ノルテ川のジャングル地帯は高温多湿で蒸し暑く、流れも早かったとウルフは語っています。
B: スエカ(ラウラ・カストリジョン)と彼女の監視下に置かれた人質ドクター(ジュリアンヌ・ニコルソン)が激流の中で争うシーンから想像できます。
(人質サラ・ワトソン役のジュリアンヌ・ニコルソン)
A: あのシーンの「視覚的なインパクトは象徴的な力から得られます」とウルフは語っている。かなりの急流で演じるほうも残酷な条件だったろうと思います。
(視覚的なインパクトのあった水中シーンから)
B: コロンビア人ではなくオランダ人の撮影監督ということですが、キャリアとかランデス監督との接点は?
A: 生年は検索できませんでしたが、アムステルダム大学(1994~96)とオランダ映画アカデミー(1997~01)で撮影を学んでいますから1970年代後半の生れでしょうか。本作がニューポート・ビーチFFで審査員撮影賞を受賞していますが、既にオランダ映画祭2011でポーランド出身ですがオランダで活躍しているUrszula Antoniakの「Code Blue」でゴールデンCalf賞を受賞している。二人の接点は、同じ年のワールド・シネマ・アムステルダムにランデス監督が出品した長編劇映画としてはデビュー作になる「Porfirio」が、審査員賞を受賞している。
B: あくまで憶測の域を出ませんね。脚本を読んだ瞬間に魅せられて、ジャスパー・ウルフは即座にコロンビアへの旅を決心したと語っています。ランデスがあらかじめ準備したショットリストを土台にして進行し、「私たちは大胆で、怖れ知らず」だったとも。
A: 最初に考えていたステディカムの使用を再考して、構図も厳格に、俳優にできるだけ近づき彼らの目や体から放射されるエネルギーを吸収することに専念した。
B: 山頂のシーンでは、広角シネマスコープで撮影しており、暗い場所での撮影ではレンズの絞りを調整していた。これからの活躍が楽しみな撮影監督でした。
(山頂で戦闘訓練をする8人のコマンドと伝令のウィルソン・サラサール)
若いゲリラ兵の視点と感情で描いた主観的な戦争寓話
A: 極寒の地の厳しささのなかで、武器を持たされ軍事訓練を受ける若者のグループは、ついこの間までコロンビアに吹き荒れていた内戦のドラマ化と容易に結びつく。
B: あくまでフィクション、監督の主観的な戦争寓話として提出されている。
A: 音楽のミカ・レビはロンドン生れ。ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭BAFICI でオリジナル音楽賞を受賞している。パブロ・ララインの『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』を手掛けており、バイオリニストでもある。
B: ベルリン映画祭にはスタッフも大勢参加しており、監督を含めて4人のプロデューサー、編集も手掛けるベテランのフェルナンド・エプスタイン、長編デビューのサンティアゴ・サパタ、本作デビューのクリスティナ・ランデス、などがフォトコールされていた。
A: これからも受賞歴が追加されていくでしょう。ゴヤ賞2020もポルトガルを含めてイベロアメリカ映画賞部門の各国代表作品は出揃いましたが、現在のところ最終候補は発表されておりません。今年は例年より早まって、1月25日(土)マラガ開催、総合司会は昨年と同じシルビア・アブリル&アンドレウ・ブエナフエンテのカップルがアナウンスされています。
訂正:12月2日ノミネーションが発表になっていました。ラテンビート上映からは、『猿』と『蜘蛛』が入りました。次回全体をアップします。
追加情報:2021年10月30日『MONOS 猿と呼ばれし者たち』の邦題で公開されました。
アンドレス・ウッドの新作 『蜘蛛』 鑑賞記*ラテンビート2019 ⑭ ― 2019年12月01日 17:49
「1972年はそんなに遠い昔ではありません」とアンドレス・ウッド監督
★サンセバスチャン映画祭SSIFF 2019「ホライズンズ・ラティノ部門」で作品・監督・キャスト紹介はアップ済みですが、今回ラテンビートで実際に『蜘蛛』(原題「Araña」チリ・アルゼンチン・ブラジル、105分)を観て、「1972年はそんなに遠い昔ではありません」とアンドレス・ウッド監督が語っていたことが納得できました。また主役のイネス役にチリ人ではなく、スペインのマリア・バルベルデと、アルゼンチンのメルセデス・モランを起用したには何か訳があるのかと考えさせられました。監督はスペイン公開(11月22日)に合わせて来西、エル・パイス紙以下多くのメディアからインタビューを受けていました。スペイン人は40年という長きにわたって独裁政権を体験しているので、興味深いテーマだったようです。この年月はピノチェト独裁の倍になりますから、観客の受け止め方も世代によって違いがあるようでした。 (管理人10月16日鑑賞)
*「Araña」の紹介記事は、コチラ⇒2019年08月16日
主なキャスト:イネス(マリア・バルベルデ&メルセデス・モラン)、フスト(ガブリエル・ウルスア&フェリペ・アルマス)、ヘラルド(ペドロ・フォンテーヌ&マルセロ・アロンソ)
ストーリー:1970年代初頭のチリ、イネス、夫フスト、友人ヘラルドの3人は、1971年11月成立したサルバドル・アジェンデ政権の打倒を旗印にした国粋主義的な極右グループ「祖国と自由」のメンバーだった。イネスをめぐる危険な三角関係のもつれや裏切りにより3人は袂を分かつことになる。40年後、ねじけた社会正義のため復讐に燃えるヘラルドが起こしたセンセーショナルな事件により、安穏を満喫していたイネスとフストは、社会的名声と豊かさを脅かされることになる。ブルジョア階級のエリート子息たちが、自分たちの特権を守るために陰で画策した闇が語られる。(105分)
「私の国チリは、今でも過去の亡霊が彷徨っている国です」
A: 東京会場第2週目の最初に観た作品、長尺ではありませんでしたが体力が要求される映画でした。南米の「優等生」と言われるチリでは、10月6日に発表された30ペソ(約4.5円)の地下鉄運賃値上げをきっかけにした反政府デモで混乱していました。しかし値上げはきっかけでしかなく、国内の所得格差、高い失業率、年金・教育などに関する政策に関する国民の異議申し立てでした。
B: デモ隊を抑え込もうとして、軍部隊を出動させ、夕方から早朝までの外出禁止令を出したことが、国民にピノチェト時代を思い起こさせたようですね。混乱の鎮静化を図ったことが反対に国民の怒りを買ってしまった。
A: 結果、サンティアゴで開催されるはずだった「APEC」の首脳会談と地球温暖化対策会議「COP25」を、ピニェラ大統領は断念せざるを得ませんでした。監督が本作製作の意図を「私たちは民主主義を失うことへの恐怖をもち続けています」と述べているのと相通じるものがあります。
B: 70年代当時、監督も含めて若者だった世代は納得できないことでも声をあげることをしなかった。しかし今の若者は、「連帯して抗議の意思表示として払わない」と決めてデモを始めた。
A: 公開に先立って来西した折り、「私たちの頭の中は、目の前にニンジンをぶら下げられて走る馬のようでしたが、突然のごとく蜂起して政府を当惑させた」と、チリ国民が起した反政府デモについて語っていた。
B: ウッドの新作『蜘蛛』は、チリの政治システムの不名誉となった過去の泥まみれの恥を説明するのに役に立ちそうです。
(自作を語るアンドレス・ウッド監督、2019年11月20日マドリードにて)
A: イネスたちが所属していた極右グループ<祖国と自由>は、ピノチェト将軍の軍事クーデタが成功した2日後の9月13日にあっさり解散した。何故かというと軍事クーデタのお蔭でブルジョア階級がアジェンデ政権成立前に持っていた有利な権益を回復することができたからです。
B: 彼らはどんな犠牲を払ってでもエリート階級の特権を回復させたかった。安物パイのエンパナーダと赤ワインではなく、高級ウィスキーとキャビアのある生活が必要だった。
A: 彼らのテロリズムや破壊活動が、<ウィスキーとキャビア革命>と言われる所以です。
B: この<祖国と自由>の起源は、リーダーのパブロ・ロドリゲス・グレスが1970年9月10日に結成、翌年4月1日に、社会主義政策を掲げるサルバドル・アジェンデ現政権打倒のためテロリズムと破壊活動を選択したファシストのグループです。
A: 資金は南米の赤化を食い止めたい米CIAからもらっていた。映画の登場人物のモデルは同定できるメンバーもいるようですがフィクションです。クーデタ成功後はピノチェト政権内で活動、民主化後も勿論親玉が裁かれなかったのだから罪は帳消し、今日でも現役で活躍している人もいる。
(形が蜘蛛に似ている祖国と自由のマーク)
B: グループのリーダー的な女性として登場させたイネスのモデルになった人もいますが、お化粧がほどこされているのは当然です。
A: イネスを演じたマリア・バルベルデ(マドリード1987)のキャリアは、作品紹介記事に戻っていただくとして、映画デビューは2003年15歳でしたから結構長い芸歴です。イネスは1970年当時22歳ぐらいに設定されており大分若返りしたことになります。夫フストはかなり年上の28歳、ヘラルドが23歳ということでした。
(イネスとフスト役のガブリエル・ウルスア、背後に祖国と自由のポスター)
B: サンセバスチャン映画祭にはウッド監督の姿は見かけませんでしたが、映画祭開催前にチリでは公開されており、普通このようなケースは賞に絡まない。
A: 赤絨毯を踏んだのはベルベルデと2017年2月に結婚したばかりのベネズエラの指揮者グスタボ・ドゥダメルでした。彼は再婚、2015年に<和解できない意見の相違>で離婚したばかりでした。彼については、その天才ぶりがつとに有名、紹介不要でしょうか。
B: 彼女にとってイネスのような役柄は難しかったのではないですか。
A: 同じスペイン語でもチリ弁独特の訛りがあり、「よく聞き取れないから字幕を入れて」と冗談が言われる。先ず「役作りよりチリのアクセントを学んだ。役作りでもっとも難しかったのは複雑なイネスの人格で、イネスを理解するために自分自身を捨て、イネスを裁かないようにした」と語っていました。
(アツアツぶりを披露したバルベルデとドゥダメルのカップル、SSIFF 2019にて)
B: 名声とお金をほしいままにしている40年後のイネスを演じたメルセデス・モラン(サン・ルイス1955)は、昨年のLBFF、アナ・カッツの『夢のフロリアノポリス』でお馴染みになっている。
A: 冒頭から権勢をほしいままに振る舞う女性実業家を演じて貫禄をしめしていた。40年前に消えたはずのヘラルドが突然現れ、現在の地位を脅かすようになる。孫はともかく息子とは上手くいっていない。過去の秘密を共有する夫は、今や役立たずになっている。
B: むしろ重荷になっている。しかし築いた裏の人脈がものを言う。
(ヘラルド出現に動揺するイネス役のメルセデス・モラン)
A: チリはピノチェトの後、21世紀に入ってからは中道左派のラゴス大統領の後を受けて当選したバチェレが2006年から10年まで、中道右派のピニェラが2010年から14年まで、第2期バチェレが2014年から18年まで、再び第2期ピニェラという具合に左派と右派が交代で政権を執っている。
B: 40年後というのは中道右派である第1期のピニェラ政権時代に相当します。
A: そういう時代背景を知って本作を観ると、イネスの画策が成功するのも分かりやすくなる。2006年12月に死去したピノチェトの葬式を、その年の3月に就任したばかりのバチェレ大統領は国葬にすることを断固拒否したが、陸軍による葬式は認めざるを得なかった。
B: 葬式には極右グループ<祖国と自由>の元メンバーも参列したということでした。チリとはそういう国です。
A: 上述したラゴス大統領は、1987年12月にピノチェトの軍政継続を問う国民投票を実施した立役者の一人です。いわゆる「イエス」か「ノー」選挙です。
B: それをテーマにしてパブロ・ララインが製作したのが『NO』(12)でした。ガエル・ガルシア・ベルナルが出演したこともあって、ラテンビート上映後公開もされた。
A: 『NO』はララインの「ピノチェト政権三部作」の最終編でした。彼の父親はチリでは有名な保守派の大物政治家、母親は第1期ピニェラ政権の閣僚を務めている。つまりラライン一族はチリ富裕層に属している。
B: 40年後のヘラルドを演じたマルセロ・アロンソはチリの俳優、彼は3人の中で唯一エリート階級に属していない登場人物でした。自分たちの手はなるたけ汚さずにすませたいブルジョアの子息たちに利用される役目。
A: 『トニー・マネロ』や『ザ・クラブ』、『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』などラライン映画の常連です。狂気の目が印象的でしたが、実際にこういう立ち位置のメンバーがいたのかどうか。
(40年間持続しつづけていた復讐と狂気の人、ヘラルド役のマルセロ・アロンソ)
B: チリ映画の躍進は目覚ましいものがありますが、才能流失は今も昔も続いている。経済格差にも拘わらず不寛容な社会が続いている。
A: アンドレス・ウッドの久々の長編映画ですが、本作を手掛ける前の数年間はプロデューサーとしてTVドラマシリーズ「Mary y Mike」(18、メアリとマイク)を製作していた。ピノチェト時代に組織されたDINA(チリの国家情報局)のエリート諜報員マリアナ・カジェハスと元CIAスパイの米国人マイケル・タウンリーという実在した夫婦の物語でした。
(「Mary y Mike」のポスター)
B: 反ピノチェト派の殺害を子供も暮らしていた自宅の隠し部屋で遂行したという大胆不敵なカップルだった。ウッド監督は『マチュカ―僕らの革命―』(04)だけでなく軍事政権時代に拘っている監督。
A: このTVドラマも『蜘蛛』同様、独裁政権側の視点から描いている。ベルリン映画祭2018「ドラマ・シリーズ・デイ」で上映された。チリのTVドラマがベルリンで紹介される第1号でした。
*「Mary y Mike」の紹介記事は、コチラ⇒2018年03月04日
(『マチュカ―僕らと革命―』 のポスター)
B: チリで起こっていることは多くの要因が重なっている。過去の影が今日でも浮遊していることがチリを分かりにくくさせている。チリの独裁政権を糾弾し続けているパトリシア・グスマンの『光のノスタルジア』(10)『真珠のボタン』(15)も忘れるわけにいきません。
A: 才能流失組の大物、老いを感じさせないドキュメンタリー作家グスマンの最新作「La Cordillera de los sueños」は、カンヌ映画祭2019で特別上映された。ウッド監督が「気をつけて、政治的ライバルを見誤ることは重大な誤りです。私たちはピノチェトの知性を軽視しました。それは間違いでした」と警告したことを忘れないでおこう。
アメナバルの 『戦争のさなかで』 鑑賞記*ラテンビート2019 ⑬ ― 2019年11月26日 14:38
過去の歴史ではなく現在について語っている映画
★アレハンドラ・アメナバルの新作『戦争のさなかで』は、スペインの作家にして哲学者、詩人、劇作家、ラテン語やギリシャ語を教える大学人、政治にもコミットした、ミゲル・デ・ウナムノの最晩年6ヵ月間を描いた作品。1936年7月17日勃発したスペイン内戦から12月31日の彼の死に至るまでを、彼の夢をフラッシュバックで挿入して描いている。2018年6月サラマンカでのクランクインからご紹介してきた本作を、今年のラテンビートで見ることができました。当時アメナバルが「過去の歴史に基づいているにもかかわらず、現在について語っている」作品と述べていたことが納得できる仕上りでした。戦争やファシズムは私たちのすぐそばにあり、勇気は戦いの中でだけ見せるものではない。
★ミゲル・デ・ウナムノにカラ・エレハルデを起用したことを周囲から危惧されたと監督は明かしていましたが、見れば分かる通り取りこし苦労でした。当ブログに度々登場させているエレハルデのフィルモグラフィーは、2014年エミリオ・マルティネス=ラサロのコメディ「Ocho apellidos vascos」で、コメディでゴヤ賞を取るのは難しいと言われながら助演男優賞にノミネートされた折にご紹介しています。結果はめでたく受賞しました。もう一人の主役ホセ・ミリャン・アストライを演じたエドゥアルド・フェルナンデスも、エレハルデ以上にご登場願っています。アルベルト・ロドリゲスの『スモーク・アンド・ミラーズ』の実在している元諜報員フランシスコ・パエサ役(SSIFF銀貝賞に当たる男優賞受賞)、最新作の愛娘グレタ・フェルナンデスと親子を演じた、ベレン・フネスの「La hija de un ladlón」では主役の泥棒になった。12月に入るとノミネーションが発表になるゴヤ賞2020では主演男優賞ノミネートは確実と予想しますので、追って別個にご紹介したい。
* カラ・エレハルデの主なキャリア紹介は、コチラ⇒2015年01月28日
★他のキャスト陣を便宜上分かる範囲でアップしておきます。過去の作品紹介、監督キャリアはオリジナル・タイトル「Mientras dure la guerra」でアップしております。脚本はアレハンドロ・エルナンデスが共同執筆しています。
*「Mientras dure la guerra」の紹介は、コチラ⇒2018年06月01日/2019年09月27日
* 脚本共同執筆者アレハンドロ・エルナンデス紹介は、コチラ⇒2018年06月01日
◎ 主なキャスト紹介(G体が主要登場人物)◎
カラ・エレハルデ(ミゲル・デ・ウナムノ、1864~1936年12月31日死去)
エドゥアルド・フェルナンデス(ホセ・ミリャン・アストライ将軍、1879~1954)
サンティ・プレゴ(フランシスコ・フランコ将軍、1892~1975)
ナタリエ・ポサ(アナ・カラスコ・ロブレド、サラマンカ市長夫人、1883~1958)
ティト・バルベルデ(ルイス・バルデス・カバニリェス将軍、1874~1950)
ルイス・ベルメホ(ニコラス・フランコ、フランコの兄弟)
パトリシア・ロペス・アルナイス(ウナムノの次女マリア、1902?~1983)
インマ・クエバス(ウナムノの三女フェリサ)
カルロス・セラノ(ウナムノの教え子、アラビア語研究家サルバドル・ビラ・エルナンデス、1904~36年10月22日に銃殺)
ルイス・サエラ(アティラノ・ココ、福音教会牧師、ウナムノの友人、1902~36年12月9日銃殺)
アイノア・サンタマリア(アティラノ・ココの妻エンリケタ・カルボネル)
ミレイア・レイ(フランコの妻カルメン・ポロ)
ルイス・カジェホ(エミリオ・モラ・ビダル将軍、1937年6月事故死)
ホルヘ・アンドレウ(ウナムノの孫ミゲリン)
ぺプ・トサール(エンリケ・プラ司教)
イジアル・アイツプル(家政婦アウレリア)
ミゲル・ガルシア・ボルダ(アルフレッド・キンデラン将軍)
マリアノ・リョレンテ(サラマンカ市長カスト・プリエト・カラスコ、1886~1936年7月29日に暗殺)
マルティナ・カリディ(青春時代のウナムノの妻コンセプシオン、コンチャ)
ミケル・イグレシアス(青春時代のウナムノ)
アルバ・フェルナンデス(フランコの娘ネヌカ)
ミゲル・デ・ウナムノの最晩年――観客に感動を強制しない
A: 東京国際映画祭TIFFの共催作品だったので、そちらで先に観られた方が多かったかもしれない。ラテンビート上映前に既に毀誉褒貶入り混じった記事を目にしました。過去の歴史がベースになっているのでネタバレ云々はありません。主な登場人物もスペイン内戦でお馴染みの歴史上の人物、ウナムノは実に複雑な性格で、ドキュメンタリーこそ製作されておりましたが、2015年にマヌエル・メンチョンが撮った「La isla del viento」が初めてのビオピック映画でした。しかし、これはフィクションを交えているので正確には伝記映画とは言えません。ですからウナムノの晩年に絞っておりますが、アメナバルの本作が最初の伝記映画となります。
*「La isla del viento」では作品紹介の他、ウナムノの経歴、著作などもアップしております。コチラ⇒2016年12月11日
(サラマンカ大学講堂で反戦を説くミゲル・デ・ウナムノ役のカラ・エレハルデ)
B: 善悪の二元論、観客に感動を強制しないのが先ずよかった。登場人物が大勢でしたが、なかで歴史書には登場しないウナムノの身近な家族、娘のマリア、フェリス、孫のミゲリンなども登場させている。
A: 特にウナムノの9人の子供のうち、民主主義に移行した1983年3月、脳溢血のため80歳で亡くなった次女マリアは、父親の「手厳しく、辛辣」という性格を強く受け継いだ子供として有名でした。米国テネシー州のナッシュビル大学でスペイン文学の教鞭を執った。生涯独身で晩年は、映画には登場しなかった長男フェルナンドや次男パブロ、長女サロメの子供たちとサラマンカで暮らしていたそうです。
B: ミゲリンと呼ばれていたウナムノの孫が1933年鬼籍入りしたサロメの息子のようでした。
A: 当ブログ初登場のマリアに扮したパトリシア・ロペス・アルナイスは、1981年バスク州ビトリア生れ、ジョン・ガラーニョ&ホセ・マリ・ゴエナガの「80 egunean」(10、バスク語)でデビュー、フリオ・メデムの「El árbol de la sangre」(17)他、TVシリーズ「La otra mirada」(18~19、21話)のテレサ・ブランコ役、同「La peste」(18、12話)など人気ドラマに出演、お茶の間でも知名度があります。アメナバル映画のキャスト陣はオール初出演、同じ俳優は起用しないやり方です。
B: フリオ・メデムもバスク出身の監督、上記の「El árbol de la sangre」は、『ファミリー・ツリー 血族の秘密』の邦題でNetflixで配信されています。
(マリア・デ・ウナムノに扮したパトリシア・ロペス・アルナイス)
A: ウナムノの夢の中に出てくる妻コンセプシオン(愛称コンチャ)は幼馴染の女性、父が亡くなった1970年ごろに出会い、結婚は1891年です。その後9人の子供が2年間隔で生まれています。長女サロメに続いてコンチャも1934年に亡くなるという不幸が続いていたが、同年サラマンカ大学終身総長の称号を送られている。
B: 禍福は糾える縄の如しでしょうか。時の権力者の思惑により作中でも終身総長を罷免されたり回復されたり目まぐるしかった。
A: 内戦の泥沼化を避けようとしてとった、彼のどっちつかずの態度も原因の一つ、1936年7月内戦勃発、その後、混迷を続ける共和国政府を批判したことで、アサーニャ大統領により8月に罷免、ところが批判したことで反乱軍の中心人物だったティト・バルベルデ扮するルイス・バルデス・カバニリェス将軍によって回復されている。
B: ところが10月12日「民族の日」(現ナショナルデー)にサラマンカ大学講堂に集まった反乱軍兵士たちの集会で反戦を説いたことで、新しく反乱軍最高司令官に就任したフランシスコ・フランコ総統によって剥奪され、自宅軟禁のまま生涯を閉じた。
(ティト・バルベルデ扮するルイス・バルデス・カバニリェス将軍)
現在も引きずる「カタルーニャとバスクはスペイン国家の二つの癌!」
A: この10月12日の演説の録音が残っており、作中でエドゥアルド・フェルナンデス扮するミリャン・アストライ将軍が「カタルーニャとバスクはスペイン国家の二つの癌!」とウナムノに反撃したのも事実だそうです。ウナムノを毛嫌いするミリャン・アストライ将軍とウナムノの一騎打ちが本作の山場の一つです。
B: モロッコ-スペイン戦争で左腕と右目を失ったミリャン・アストライ将軍の単細胞ぶりが対照的だった。モロッコ-スペイン戦争時の上官がフランコで、いわば生死を共にして戦った戦友の間柄、二人とも中央からすれば辺境になるガリシア州ア・コルーニャ出身なのでした。
(隻眼片腕のホセ・ミリャン・アストライ役のエドゥアルド・フェルナンデス)
A: サンティ・プレゴ扮するフランコ総統は良く似ていました。慎重というより本能的に狡猾で、冷酷冷静、気難しいキツネぶりを発揮していた。フランコは最初から反乱軍の指揮官ではなく、ルイス・バルデス・カバニリェス将軍や1937年6月事故死したエミリオ・モラ・ビダル将軍(ルイス・カジェホ)のほうが軍歴も長く先輩だった。映画では周りを警戒させないよう凡庸を演じながら、その実、二人を策略を凝らして排除していくさまが描かれていたが、40年間にも及ぶ独裁政権を維持した力量は、善悪は別として並のものではなかった。
(フランコ総統に似ていたサンティ・プレゴ)
B: カバニリェスはフランコの狡猾さを見抜いていたが、自身がフリーメイソンのメンバーであるという弱みを握られていた。反乱軍のスローガンは、反自由主義、反フリーメイソン、反ユダヤ、反マルクス主義などでした。
A: フリーメイソンは16世紀後半から17世紀初めに起源がある友愛結社(秘密結社)、諸説あるので深入りしないが、カトリック教との対立関係が長く、1738年時のローマ法王クレメンス12世がフリーメイソンを破門している。カトリック教国スペインではメンバーであることは極秘情報だった。
B: しかしその後も、カバニリェスは会合には出席していたようですね。同じ理由で目を付けられたのが福音教会の牧師アティラノ・ココ(ルイス・サエラ)でした。
(アティラノ・ココを演じたルイス・サエラ)
A: ウナムノの友人というだけでは逮捕できないから、かつてイギリスにいたときフリーメイソンと関係していたとして拉致、裁判もなく12月9日銃殺された。ルイス・サエラが演じたことで本人より年長に見えましたが、まだ34歳でした。
B: 妻のエンリケタ・カルボネル(アイノア・サンタマリア)は、赤ん坊を抱いていた。
不寛容な時代を生き抜くための処方箋はあるのか?
A: 裁判もなく銃殺されたのがウナムノの教え子で友人サルバドル・ビラ・エルナンデス(カルロス・セラノ)でした。サラマンカ生れですがマドリード中央大学(現コンプルテンセ大学)で学位を取得しています。その後サラマンカ大学のウナムノのもとで哲学と文学を学んでいる。非常に優秀なアラビア語研究家でしたが、プリモ・デ・リベラの独裁政府を批判して逮捕されたりしている。
B: 映画では家族は出てきませんでしたが、妻も子供もおりました。
A: 1928年から29年にかけてドイツに留学、そこで知り合ったゲルダ・ライムドルファーと結婚しています。父親がベルリンのユダヤ系新聞の編集長だったことも不利にはたらいたと思いますね。サルバドル同様逮捕された妻はカトリックの洗礼を強要されている。
B: 映画ではウナムノの優秀な教え子として書生っぽい印象でしたが、1935年12月には若くしてグラナダ大学の哲学と文学学部の臨時学部長に任命されていた俊才でした。
(ウナムノと議論するサルバドル・ビラ・エルナンデスを演じたカルロス・セラノ)
A: 1936年、学年度の終わりにサラマンカに休暇で家族で戻っていた7月17日に内戦が勃発、グラナダ大学の学部長を解雇されている。ウナムノが二人の友人の自由を求めてフランコに会いにいくが焼け石に水ですよね。フランコは唯の将軍ではなく、国家元首カウディーリョ、総統の地位を手に入れていたのですから、勝負はついていました。
B: 一介の老いぼれ哲学者など意に介しない。サルバドルはグラナダに移送され他の28人と一緒にビスナルで銃殺され、バランコ・デ・ビスナルの共同墓地に投げ込まれた。彼のように生かしておいても実害があるとは思えない人物でも、自分たちと考えが同じでないという理由で殺害された不寛容な時代でした。
A: ウナムノとの強い絆が殺害の理由の一つですが、このような不寛容は現在まで連綿として絶えることがない。アメナバルが「過去の歴史に基づいているにもかかわらず、現在について語っている」と語っていたことが思い出されます。カラ・エレハルデも「スペインはこの83年間、1ミリも前進しておりません」と語っていた。
B: サラマンカ市長夫人アナ・カラスコ・ロブレドを演じたナタリエ・ポサは、アルモドバルの『ジュリエッタ』やセスク・ゲイの『しあわせな人生の選択』に脇役で出演しています。
A: リノ・エスカレラの「No sé decir adiós」(17)の主役を演じ、ゴヤ賞2018主演女優賞を受賞しています。その年のフォルケ賞、フェロス賞などスペインの主だった演技賞を総なめにした実力者です。
B: 本作は、セルバンテス文化センターで開催された「スペイン映画祭2019」で『さよならが言えなくて』の邦題で上映されました。
*「No sé decir adiós」の作品紹介は、コチラ⇒2017年06月25日
(アナ・カラスコ・ロブレドに扮したナタリエ・ポサ)
A: 夫のサラマンカ市長カスト・プリエト・カラスコ(マリアノ・リョレンテ)は、ウナムノと同じ大学人でサラマンカ大学の医学部長、政治的には共和制支持者でした。市長だったのは1931年12月から1936年2月まで、ですから内戦が勃発した7月には正確には市長ではなかった。
B: 反乱軍に共和国支持者と目をつけられると、蜂起者たちによって暗殺されてしまった。作中でも道端に死骸が折り重なっているシーンが映しだされていた。昼日中でも大きな音がすれば死骸が転がった、これが内戦の恐怖です。
A: 国と国が戦う戦争ではあり得ないことです。戦争犯罪人として国際裁判所で裁かれる心配もありません。親子兄弟が敵味方に分かれて戦うのが内戦の悲惨です。フランコ総統の家族も兄は反乱軍、弟たちは共和国軍だったそうです。
B: サンセバスチャン映画祭2019の受賞予想はみごとに外れました。
A: 金貝賞は別として何かの賞に絡むと予想したのですが、全く当たりませんでした。審査委員長がニール・ジョーダンだったのを忘れていたと言い訳します(笑)。まさかパックストン・ウィンターズの『ファヴェーラの娘』になるとはね。男優賞も「複雑を極めたウナムノの人格をコインの裏と表のように演じ分け、注目に値する出来栄え」とエレハルデの評価は高かったのに素通りしました。
(撮影中の監督とカラ・エレハルデ、福音教会の門前のシーン)
B: 年明けに次々と結果が発表になる、フォルケ賞、フェロス賞、ゴヤ賞など、ノミネーションに限るなら大いに期待できます。一番手のフォルケ賞は発表になり(11月21日)、作品賞・男優賞にノミネートされている。今回はアルモドバルの新作「Dolor y gloria」が控えているから受賞がほぼ決定しているカテゴリーもありそうです。
A: 政治的な力学がはたらくから分かりません。しかしゴヤ賞の作品賞・脚本賞・撮影賞・主演男優賞あたりのノミネーションはありでしょう。本作を観て、つくづくスペイン内戦をテーマにした映画はこれからも作られ続けるだろうと実感したことでした。
B: 同じ SSIFF のコンペティション部門で上映された、バスクのトリオ監督、ジョン・ガラーニョ、ホセ・マリ・ゴエナガ、アイトル・アレギの「La trinchera infinita」も、内戦終結後30年間、自宅に隠れ住んでいた共和国軍兵士の物語でした。こちらは3人が揃って監督賞(銀貝賞)を受賞した。
A: 今作もフォルケ賞に作品賞・男優賞(アントニオ・デ・ラ・トーレ)がノミネートされています。では、これから横浜や大阪の会場でご覧になる方、お楽しみください。
『ファイアー・ウィル・カム』鑑賞記*ラテンビート2019 ⑫ ― 2019年11月21日 14:23
山火事の映画ではないオリベル・ラシェの『ファイアー・ウィル・カム』
(ベネディクタを配したガリシア語版ポスター)
★前作「Mimosas」(16)以来、オリベル・ラセ、オリベル・ラシェ、なんと今回はオリヴァー・ラクセと混乱の極みだった監督名表記も、オリベル・ラシェとガリシア語表記に統一することができました。LBFF第2回目上映となった11月9日(土)のQ&Aで確認され、一件落着の運びとなりました。聞くところによれば、先発した東京国際映画祭との共催作品ということもあって訂正が難しかったということでした。東京会場は第2週目の上映も終了、横浜、大阪へと続きますのでお楽しみを。以下のお喋りは、Q&Aを挟みながら若干ネタバレしていますので、ご注意ください。
* カンヌ映画祭2016での「Mimosas」の紹介記事は、コチラ⇒2016年05月22日
*『ファイアー・ウィル・カム』の紹介記事は、コチラ⇒2019年04月28日/05月29日
(母の故郷ナビア・デ・スアルナのトレードマークの石橋をバックにラシェ監督)
★簡単なキャスト&プロット紹介:放火の罪で2年間服役していたアマドール・コロ(アマドール・アリアス)が仮釈放され、母ベネディクタ(ベネディクタ・サンチェス)の待つ山間の村に帰郷する。母と3頭の牛を飼育しながら穏やかな日々を過ごしていたが、それも新たな山火事が起きるまでのことだった。悪人に仕立て上げられ蔑まれている人間を救済するために、許しと受容、慈悲と愛、寛容と家族が語られる。
母や祖母へのオマージュ、自分の根っこへ回帰する
A: Q&Aでは先ず司会者カレロ氏から、風景(自然)と監督の関係について、その重要性が指摘された。ラシェ監督からは「撮影地は母の故郷で、自分の根っこがある場所です」と応じていた。具体的な撮影地は紹介記事にも書いたように、ルゴ市近郊の町ナビア・デ・スアルナからはいった山間の村です。
B: 主人公アマドールは、ナビアの刑務所から母が待っている山間の村に帰郷する。表向きはさておき、放火犯という村八分同然の村に何故、監督はアマドールを戻すことにしたのか。
A: 他に選択肢があったのではないか、世間が自分の過去を知らない場所のほうが普通ではないかという問いですね。監督が「母や祖母へのオマージュ」として撮ったからだと思います。母ベネディクタは実に聡明な女性ですが、いかにせん年齢は争えない。アマドールは一度傷ついた人間だが、母も自分のせいで疎外され独り老躯を駆っている。自分が帰るべき場所は母の家しかない。
B: ベネディクタにガリシア地方の母や祖母の世代を代表させている。この映画は森林火災の映画ではなく、監督のメッセージは人は間違う存在あるというものです。つまり物語の中心テーマは許しと受容です。
A: 悪者扱いされているユーカリの樹について母と息子が語るシーン、自然が人間をつくる、人間は小さな存在、嫌われ者のユーカリも苦しんでいる、自然も苦しんでいます。ここでユーカリの樹を話題にするのは、新たな森林火災の伏線になっているからでしょう。
B: ユーカリはオーストラリア原産で世界各地に移植されている。スペインでは成長が早く紙の原料になるので、フランコ時代には経済的効果を優先して無計画に植林された。しかし非常に燃えやすく、根を深くまで伸ばすので地下水を大量に吸い上げ土地を乾燥させるデメリットがあった。悪いのはユーカリですか、無計画に植林して生態系を壊した人間ですか。
(嫌われ者のユーカリについて語り合う母と息子)
A: 自然の雄大さと厳しさ、人間の小ささと愚かさなども鮮明で、猛り狂う炎の前では、人間はなす術を知らない。ブルドーザーで樹木をなぎ倒していくシーンも挟み込まれ、自然に寄り添って生きる二人の姿と対照的であった。
B: 傷ついた人に心が動かされるという監督から、会場の出席者に質問があった。「最後にアマドールが消防隊員のイナシオに反撃しなかったことをどう思いましたか」というものでした。
A: 日本人の受け止め方、理解してもらえたかどうか、が気になったのしょう。痛みの鎖を断ち切れない困難な世界にいる人が主人公です。彼が有罪か無罪かは無関係でしょう。
B: 逆質問にはびっくりしましたが、答えは本作のテーマが何であるかを考えれば、自ずと分かることでしょう。自然は小さな存在である人間を賢くする、それが最後のヘリコプターのシーンまで繋がっていく。悲しいフィナーレではなかった。
よりクラシックに、と同時に前衛的に撮った「辛口のメロドラマ」
A: ラシェ監督は「自分は映像重視の監督だが、今回はよりクラシックに、と同時に前衛的に撮ったと思う。様々な二分法、例えば明暗、単純と複雑、円熟と未熟という具合にです」とカンヌFFのインタビューに答えていた。
B: また「円熟とは愛が必要でないと気づくとき、それは既に愛に囲まれているからです」とも語っていた。なるほどと思います。
A: 前作の「Mimosas」からすると分かりやすく、観客に妥協しすぎかもしれない印象です。山火事のシーンは、ガリシア州南部の県都オーレンセ一帯で実際に起きた山火事を15日間にわたって撮影した。
B: ドキュメンタリーとして撮影した部分です。撮影班は前もって消防訓練を受けて撮影に臨んだということでした。待っていた山火事だったとか。
A: これはいささか物騒な話ですが、実は本作のアイデアは2006年に体験した大火災がベースになっている。翌年には本作の構想を固めていた、ということでした。「Mimosas」が先に完成しましたが、同時進行でした。ユーカリが多いポルトガルやガリシア地方では森林火災は珍しくない。
B: 地球温暖化で緑の多いガリシア地方も乾燥地帯が広がり、自然発火、雷雨、強風、焼き畑、など原因は複雑だということ、火の不始末、政治的な放火もありでしょう。
(2017年10月の森林火災を撮影するスタッフ)
A: 他の会場でのQ&Aでは、使用された宗教音楽についての質問があったようです。宗教と自然は深く結びついています。映像だけでなく、音、音楽にも力を入れたとカンヌで語っていた。その一例が、2016年鬼籍入りしたレナード・コーエンの「スザンヌ」でした。
B: 獣医のエレナとアマドールが同乗した車内で流れていた曲、業火は勿論ですが、雨の音、風の音など、自然が生み出す音が印象的だった。ガリシアは雨の多い地域です。
A: Q&Aの最後に2回目の逆質問、「新藤兼人のモノクロ映画『裸の島』(60)を見た人はおられますか」、一人二人、三人くらいの方が挙手された。さぞかし少なくて驚いたことでしょう。瀬戸内海の無人島、宿禰島に暮らす親子4人の日常を描いた半世紀以上も昔の作品、国内に止まらず国際的にも評価された。
B: 妻を乙羽信子、夫を殿山泰司が演じた。監督の遺骨の一部が埋葬されている。挙手を躊躇されたオールドファンが多かったでしょう。
A: 新藤監督のファンだというベニチオ・デル・トロが島を訪れたことが話題になりました。ラシェ監督も自転車で島めぐりをする予定とか。
B: 彼が二人目のシネアストになるのかな。
早いですがゴヤ賞2020のノミネーション予想
A: 2019年も残り少なくなりましたが、世界各地から本作受賞のニュースが伝わってきます。今年のスペイン語映画マイ・ベスト10もはぼ決定です。『ファイアー・ウィル・カム』は5本の指に入ります。スペイン映画の魅力を伝えたくて続けておりますが、本作のような切り口で自然と人間を語った作品は稀でしょう。これからノミネーションが発表になるゴヤ賞2020が待たれます。
B: 長編第2作となる「Mimosas」が国際的な評価が高かったにも拘わらず、スペイン映画アカデミーが無視したことで物議を醸しました。
A: 言語がアラビア語というハンディがあったようですが、今回は4つあるスペイン公用語のガリシア語ですから、作品賞は分かりませんが、母子を演じた二人の主演者、アマドール・アリアス、ベネディクタ・サンチェスの新人賞ノミネートは確実でしょう。
B: 特にベネディクタの演技は賞賛されていい。あのパンに群がる蠅を追いながらナイフで切って食べるシーンは忘れられない。
(カメラマンのリクエストで踊りを披露するベネディクタさん、カンヌFF フォトコール)
A: 過去にアントニア・グスマンという93歳の新人女優賞候補者がおりました。ダニエル・グスマン監督の実のお祖母さん、可愛い孫のためにデビュー作「A cambio de nada」に出演した。グスマン自身は新人監督賞を受賞しましたが、アントニアさんは受賞なら最高齢者でしたが残念でした。仮にベネディクタさん受賞なら、最年長受賞者記録を更新します。(笑)
異色のSF映画 『神の愛』*ラテンビート2019 ⑪ ― 2019年11月16日 11:35
未来のブラジル国民は本当に救世主を待っているのか?
★第2部ブラジル映画の第1作目、ガブリエル・マスカロの『神の愛』は、なかなか示唆に富んだ映画でした。多分、3作のうちでもっとも地味な作品だと思われますが、フィナーレまで引きずり込まれたのは撮影監督ディエゴ・ガルシアの映像の力だったか。監督以下主演のジョアナ役ジラ・パエスとダニロ役ジュリオ・マシャードを含めて、キャリア紹介はアップしております。
*『神の愛』作品&監督フィルモグラフィーは、コチラ⇒2019年11月08日
(ガブリエル・マスカロ監督、ベルリン映画祭2019プレス会見にて)
A: 舞台がブラジルでなくても、キリスト教福音派が社会や政治を左右している国なら、どこでも起こりうる物語です。しかし「聖書の権威を第一とする」以外に福音派の定義は複雑で、国により学者により異なっています。
B: 世界を掻きまわすアメリカでは、大統領選挙が近づくと「○○政権を支える福音派」というような大見出しが目に付きだし、昨今では侮れない存在となっています。
A: 何よりもブラジルがカトリック教国だということ、統計では減少したとはいえ今でも70%前後が信者だということです。しかし有権者の27%が福音派だとなると様相は大分違ってきます。映画にあるように白人中間層が支えているからです。また日本では福音派が政治を牛耳っているという実態がないので、退屈だった観客もいたのではないかと思います。
B: ブラジルと言えばリオのカーニバルにサンバ、男性優位の暴力にスラム街、日本に届いてくるのは極右政党の党首ミニ・トランプが政権を掌握したなどのニュースだったり、アマゾンの森林を焼き払って地球温暖化を推進しているとかです。
A: ジャンル分けとしては近未来のSF映画と銘打っていますが、設定を2026年でも28年でもなく2027年にしたのには、何か深い意味があるのか知りたいところです。
B: 2027年にブラジル国民の多くが救世主の再来を待っているという状態が呑み込めない。
A: 再来したときの心の準備ができているのかどうかが、大きなテーマです。
(究極の愛は存在するのか、ジョアナとダニロ)
B: パンフレットでの紹介では、ブラジル人の性に切り込んだ作品という触れ込みでしたが、アクロバットのようなセックスシーンの繰り返しが気にかかった。
A: 繰り返しの必要性は最後に分かる仕掛けがしてあった。精子の濃度を高める装置は現在でも笑い事ではないかもしれない。妊婦だけが座れる椅子、またスーパーの出入り口に設置された、万引き探知機のような妊娠探知機など空恐ろしく、買い物できなくなる人も出てきそうです。
B: 医学の進歩は目覚ましいから、必要性はともかく可能性はあります。
A: 誰にもお薦めできる映画でないのは確かですが、前作の「Bio Neon」(15)をスクリーンで見たいと思った観客もいたはずです。一歩前を歩いているような印象がありましたが、半歩前ぐらいがいいのではないか。大きな可能性を秘めた若手監督であることには違いない。
B: ディエゴ・ガルシアのカメラも凝りすぎと感じたかもしれませんが、観客の好みも十人十色、すべての人を満足させることはできません。しかしスクリーンで見たほうがいい映画でした。
A: ナレーターが何者かは途中から察しがつくのですが、明かされるのは最後です。
(撮影監督ディエゴ・ガルシア、ベルリン映画祭2019プレス会見にて)
笑えないブラック・コメディ『列車旅行のすすめ』*ラテンビート2019 ⑩ ― 2019年11月15日 13:37
アリッツ・モレノの『列車旅行のすすめ』――マトリョーシカ風ブラックコメディ
★頭の体操を強いられたのがアリッツ・モレノの『列車旅行のすすめ』、ラテンビート共催ではないが、東京国際映画祭TIFFでも上映された。アントニオ・オレフド・ウトリジャのベストセラー、同名小説の映画化です。ワールド・プレミアしたシッチェス映画祭のインタビューで「原作を尊重して、オブセッション、性的倒錯、多重人格、嫌味、皮肉、精神錯乱に娯楽性をたっぷり振りかけて映画化した」と監督。作家も脚本に参画しています。作品紹介記事では原作者のキャリアも紹介しています。
*『列車旅行のすすめ』の紹介記事は、コチラ⇒2019年10月14日
A: TIFFにはアリッツ・モレノ監督と原作者のアントニオ・オレフド・ウトリジャ氏がQ&Aに登壇した。原作者が脚本にコミットしていたので脚本家として来日したのでしょうか。
B: ブラックコメディでもあるし、サイコスリラー、メロドラマでもあり、ジャンル分けのできないハイブリッド映画、嘘八百と見せかけて戦争批判もするなど、なかなか奥が深い。とにかく結末を書くとネタバレになる。
(モレノ監督と原作者オレフド・ウトリジャ、TIFF 2019のQ&Aに登壇)
A: ロシアの民芸品マトリョーシカ人形のように入れ子になっている。一応ストーリー紹介をしておきましたが、紹介そのもは間違っていないと思うが、間違っているとも言えるのだ。本当の人格障害者が誰なのか、最悪の臨床例であるという危険なパラノイア患者のマルティン・ウラレス・デ・ウベダの姿が二転三転する。このマルティンを怪演したのがルイス・トサール、彼の七変化が楽しめます。
(こんな格好もマルティンです。ルイス・トサール)
B: 冒頭から登場するエルネスト・アルテリオ演じる精神科医アンヘル・サナグスティンの挙動が怪しげで、にわかには信用できない。自分の患者の病歴は㊙のはずなのにオシャベリがすぎる。この男は実はニセ医者なのではないか、と聞き手も観客も半分疑いの目を向ける。
(ゴミ山に佇む精神科医アンヘル・サナグスティン、エルネスト・アルテリオ)
A: アンヘルの話を聞かされるはめになったのが、ピラール・カストロ扮する出版社の編集者エルガ・パトである。北スペインの精神科クリニックに心を病んだ夫を入院させてきたばかり、マドリードへ帰る列車で偶然にも席が隣り合わせになった。
B: 実は偶然ではなくエルガをクリニックで見かけたとアンヘル、ここからドラマが動き出す。
(アンヘルの話を聞かされるエルガ、ピラール・カストロ)
A: この出会いが不幸だったエルガの人生を予測不可能な未来に誘い込んでいく。この主要3人を軸にして、フラッシュバックを挿入しながら何層にも重ね合わせてクライマックスまで観客を翻弄する。
B: 観客は「あれ、そういうことだったの?」と納得するそばから、ひっくり返される。だんだん疑心暗鬼になって、どれも本気にしたくなくなる。どうせまたひっくり返すだろうから。
A: エルガの夫エミリオを演ずるキム・グティエレスも、こんな演技を求められたのは初めてでしょう。ダニエル・サンチェス・アレバロの『漆黒のような深い青』(06)で一躍有名になり、細身のイケメンとしてコメディもこなしているが、こんなクレイジーな役は初めてか。
B: しかし、エミリオを小型にしたような人なら、昨今では珍しくなくなっているからぞっとするわけです。
(エルガとエミリオ役のキム・グティエレス)
A: マルティンの妹役アメリアを演じるベレン・クエスタは、若手女優のなかでも成長著しいものがある。本作では準主役だが、今年のサンセバスチャン映画祭のセクション・オフィシアルにノミネートされたバスクの3監督、アイトル・アレギ、ホセ・マリ・ゴエナガ、ジョン・ガラーニョの「La trinchera infinita」では、アントニオ・デ・ラ・トーレと夫婦役、28歳から60歳までを演じわけている。
B: 受賞は難しそうだが、ゴヤ賞2020の主演女優賞候補の一人になるのは間違いない。
*「La trinchera infinita」の作品紹介記事は、コチラ⇒2019年07月23日
(撮影中のベレン・クエスタとモレノ監督)
A: 原作と映画は入れ子の入れ具合が同じではない。アンヘルがエルガのために何か食べ物と飲み物を調達してくると言って、途中の駅で下車したままレストランに入って戻ってこない。列車は当然のこと発車、エルガは精神科医のカルテが入った紙ばさみと車内に取り残される。
B: この紙ばさみが重要、ここでエルガの職業を編集者にした意味がはっきりする。
A: エルガは実に不幸な人生を歩んできたのですが、編集者として成功したいという野心を秘めている。小説ではエルガが主人公のようですね。彼女の上司がアルベルト・サン・フアン扮する「W」でした。作品紹介の段階では分からなかったところです。
(W役のベテラン、アルベルト・サン・フアン)
B: なかなか制作会社が見つからなくて5年も掛かったが、視覚に訴えるビジュアルブックを作って説得に回ったことが功を奏したという。
A: ベストセラー小説でも映画化の困難さが予想される場合には、キャストが決まらないと制作会社の食指を動かすことはできない。映画界ではそれなりの知名度があっても長編映画の実績がない場合は尚更です。
B: 軸になる3人の他、出番は少なくてもサン・フアンのようなベテランの出演は大きい。
A: 他にも身長が伸びすぎて防具なしでは立てないガラテ(ハビエル・ボテット)と右脚が左より短いのでコルセットで調整しないと歩けないロサ(マカレナ・ガルシア)のカップル、ロサの空回りでラブロマンスとは言えませんが。
B: ハビエル・ボテットは、5歳のときに発症したマルファン症候群という難病を抱えています。身長204センチに対して体重45キロしかない。ガラテは守られることで逆に人生の選択肢を奪われている。ボテットはガラテとは違ってハンディキャップを逆手にホラーやSF映画で活躍している。
(ロサ役のマカレナ・ガルシアとガラテ役のハビエル・ボテット、テーブル上にコルセット)
A: ジャウマ・バラゲロの『REC/レック』のメデイロスは有名、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『気狂いピエロの決闘』や『スガラムルディの魔女』など、公開作品が多い。
B: マカレナ・ガルシアはパブロ・ベルヘルのモノクロ・サイレント映画『ブランカニエベス』の主人公を演じてゴヤ賞2013新人女優賞を受賞したシンデレラ・ガール、ロス・ハビスのミュージカル『ホーリー・キャンプ!』で、上記のベレン・クエスタと共演している。
A: ロス・ハビスの一人、ハビエル・アンブロッシは、マカレナの実兄です。シッチェスFFで「こんな素晴らしい俳優と撮れるなんて考えてもいなかった」と、監督が感激していたのも納得のキャスト陣でした。
*『ホーリー・キャンプ!』の紹介記事は、コチラ⇒2017年10月07日
B: サイコではあるが、ホラーじゃない。エログロの部分もあるが、くそも噛みしめると味が出るという作品でした。
A: エンディングに日本語の歌詞の曲が流れますが、監督は日本大好き人間で毎年訪れる由、TIFFのQ&Aで、パートナーは日本女性とか。そういえばパブロ・ベルエルのパートナーも日本女性でした。取りあえず、列車での旅行はお薦めできません、敢えてするなら隣席の乗客にはご用心。
『8月のエバ』 鑑賞記*ラテンビート2019 ⑨ ― 2019年11月13日 12:33
ホナス・トゥルエバの『8月のエバ』――30代女性のロメリア巡り
★東京会場土曜日(9日)、東京国際映画祭TIFF共催上映の『戦争のさなかで』『ファイアー・ウィル・カム』、2回目の上映となる『8月のエバ』の3作、翌日曜日にはTIFFでも上映された『列車旅行のすすめ』、ブラジル若手監督の『神の愛』の計5作を楽しんできました。『戦争のさなかで』と『ファイアー・ウィル・カム』は、まだ咀嚼中なので後回しにするとして、他の3作を鑑賞順にお喋りしたい。先ずはカルロヴィ・ヴァリ映画祭 FIPRESCI と審査員スペシャル・メンションを受賞した『8月のエバ』から。
*『8月のエバ』の紹介記事は、コチラ⇒2019年06月03日
(ホナス・トゥルエバ監督とイチャソ・アラナ、カルロヴィ・ヴァリ映画祭2019)
A: ホナス・トゥルエバの『8月のエバ』には、監督第2作「Los ilusos」(13)以来、全作品を手掛けてきた制作会社「Los Ilusos Films」の製作者ハビエル・ラフエンテのQ&Aがありました。
B: 第2作を撮るために監督と一緒に起ち上げた制作会社です。
A: デビュー作「Todos las canciones hablan de mi」(10)は、母クリスティナ・ウエテの制作会社「フェルナンド・トゥルエバP.C.S.A.」製作でしたが、「親の七光り」に頼りたくなかったのかもしれない。翌年のゴヤ賞新人監督賞にノミネートされた。
B: 父フェルナンド・トゥルエバは勿論だが、叔父ダビ・トゥルエバも「フェルナンド・トゥルエバP.C.S.A.」で『「ぼくの戦争」を探して』を撮っている。
A: ゴヤ賞2014の作品賞以下6冠に輝いた作品、LBFFで上映された。父の『チコとリタ』と『ふたりのアトリエ~ある彫刻家とモデル』がLBFFで上映されているから、トゥルエバ一家3監督の作品が本映画祭で上映されたことになります。
B: ラフエンテさんによると、「8月のマドリードの酷暑は半端でなく、多くの人はバカンスに逃げ出す。しかし出かけられない人々や観光客のためにフィエスタや祝祭日の前夜野外で催される祭りがある」ということでした。
A: 「ベルベナス」と言ってましたね。マドリードの下町では、ロメリアという巡礼祭のなかでも最も重要な三大祭り、サン・カジェタノ祭、サン・ロレンソ祭、パロマの聖母祭が8月1日から15日にかけて順繰りに祝われる。ミサに行く人は激減しているけれど、フィエスタ好きのマドリっ子の人気は色あせていない。日記体で8月1日から15日まで15のエピソードを追ってカメラは移動していく。
(背後に伝統衣装を着て祭を楽しむマドリっ子。エバがルイスと偶然再会するシーンから)
B: クライマックスがマドリードの守護聖女パロマを祝うパロマの聖母祭(ビルヘン・デ・ラ・パロマ)で締めくくられる。
A: 8月15日は、聖母被昇天の祝日、聖母マリアが肉体と霊魂を伴って天国に昇っていく。カトリックの国の多くが祝日です。いろんな奇跡が起きる日でもあり、エバにも起きたわけです。
B: エバ役のイチャソ・アラナのために撮った作品で、女性の目線を取り入れて脚本を手直ししながら撮影していったとラフエンテさんは語っていた。
A: 彼女は脚本の共同執筆者でもあり今回脚本家デビューを果たした。トゥールーズ・シネエスパーニャで監督と一緒に脚本賞を受賞、女優賞もゲットした。
(水に全身を委ねるエバ、イチャソ・アラナ)
B: 彼女は4作目「La reconquista」のヒロインで初めてトゥルエバ映画に起用された。
A: Netflixで邦題『再会』で配信されました。相手役は新作では重要な役だがスクリーンには少ししか登場しなかったフランセスコ役のフランセスコ・カリルだった。エバとは3ヵ月前に別れたばかりという元カレらしく、エバが動揺する様子がきめ細やかに描かれていた。エバが酷暑のマドリードで過ごすことにした理由の一つです。フランセスコ・カリルはトゥルエバ映画の常連の一人です。
*『再会』の紹介記事は、コチラ⇒2016年08月11日
B: イチャソ・アラナの次にクレジットされながら、なかなか登場しなかったアゴス役のビト・サンスも常連の一人、8歳になる娘の父親役ということで、かなりオジサンだったのでびっくりした。
A: 演技の幅が広がったように思いました。もっともなくてもよかったシーンもありましたが、サンスもアラナも頑張りました(笑)。マラガ映画祭2018の目玉の一つだったマテオ・ヒルの『熱力学の法則』でちょっとノイローゼ気味の物理学者役で主役を好演した。
B: 邦題はNetflixが配信したときに付けられた。
*『熱力学の法則』の紹介記事は、コチラ⇒2018年04月02日
(ビト・サンスとイチャソ・アラナ)
A: もう一人の常連が国立考古学博物館でばったり出会うルイス役のルイス・エラス、女優陣の常連がボヘミアンのオルカ役イサベル・ストフェルです。子育て中ということで唯一現実感のあった女性ソフィアを演じたのがミケレ・ウロスで、第2作目「Los Ilusos」に出演している。というわけで「気の合った仲間が集まって自由に撮りかった」と語っていた通りのファンタジックな作品に仕上がっている。まあ、スペイン映画では珍しい作品、若い女性観客からはエバが何がしたいのかワカンナイという不満が聞こえてきそうです。
(左から、アラナ、イサベル・ストフェル、ミケレ・ウロス、ジョー・マンジョン)
青春時代は終わったのにモラトリアムを続行中の群像劇
B: 2時間越えは忙しい日本人には厳しいかもしれないね。エリック・ロメールの『緑の光線』(86)を思い起こした観客が多かった。プロットの立て方が似てますからね。
A: むしろドラマの推進役として、バルセロナ派の監督が使用した群像劇、例えばセスク・ゲイの『イン・ザ・シティ』(03)を思い出しました。今まで全く無関係だった複数の人物が繋がってドラマが進行していく。ロバート・アルトマンが生みの親と言われるアンサンブル劇、スペインでは合唱劇と言ってます。
B: 中核になる人物、ここではエバですが、偶然出会うオルカやアゴスがドラマの推進役で、元カレのフランセスクは別として、かつての友人ルイスは消えてもいい。
A: ロメールに戻ると、あちらの主人公デルフィーヌは20歳半ば、こちらはもうすぐ33歳になると開きがありますが、孤独と不安を抱え込んでいる女性、フィナーレで二人に奇跡が起きるのは同じでした。大きな違いはデルフィーヌのケースは、友達がギリシャ行きのバカンスを突然キャンセルしたからで、エバとは動機がまったく異なる。エバは「信徳」としてバカンスに行かなかった。このあたりは日本の観客には分かりづらいかもしれない。
B: どちらも女性のほうから見ず知らずの男性に話しかけてドラマを完結させた。エバはソレア・モレンテが歌う「Todavía」が気に入って話しかけたいが躊躇している。アゴスに促されて勇気を出して言いに行く。如何にもトゥルエバ風のシーンでした。
A: 「しばしば自分が嫌になる、ここからどこかへ行ってしまいたい、でも私にはまだ時間があるよ~」というような歌詞でしたが、エバの気持ちにぴったりでした。これはモレンテが2015年にリリースした曲で、ここら辺はアラナのアイディアかもしれない。
(「Todavía」を熱唱するソレア・モレンテ、映画から)
B: エバが受けるセラピーのチャクラの挿入もアラナの提案かもしれない。日本でも健康維持や自己啓発の一つとして女性たちに受け入れられている。
A: 長寿時代になったとはいえ、20代の10年間、30代の10年間は今も昔も同じ、病んだ老後が増えただけ、愛と青春時代は早く過ぎ去るのです。
ブラジルSF映画 『神の愛』*ラテンビート2019 ⑧ ― 2019年11月08日 12:04
ブラジルの若手ガブリエル・マスカロの近未来映画『神の愛』
★ラテンビート2019、作品紹介が最後になったガブリエル・マスカロの『神の愛』(「Divino Amor」)は、近未来2027年のブラジルが舞台、真の愛は決して裏切らないかどうかが語られる。サンダンス映画祭2019「ワールドシネマ・ドラマ」部門でスタート、以来毎月のように世界のどこかの映画祭で上映されている。2月のベルリン映画祭パノラマ部門、3月にはマイアミ、グアダラハラ、香港など、なかでグアダラハラ映画祭では、FEISALを受賞しているほか、南アメリカ共和国のダーバン映画祭では、監督賞、ディエゴ・ガルシアが撮影賞を受賞している。ドキュメンタリーで出発、短編を含めて受賞歴多数。
(左から、編集者フェルナンド・エプスタイン、同リヴィア・セルパ、ディエゴ・ガルシア、
ジラ・パエス、ガブリエル・マスカロ監督、ベルリン映画祭2019フォトコール)
『神の愛』(「Divino Amor」、英題「Divine Love」)
製作:Desvia / Malbicho Cine / Snoeglobe Films / Jiraja / Mer Film / Bord Cabre Films / Canal Brasil 他
監督:ガブリエル・マスカロ
脚本:ガブリエル・マスカロ、Rachel Daisy Ellis、Esdras Bezerra、ルカス・パライソ
音楽:フアン・カンポドニコ、サンティアゴ・モレロ、オタヴィオ・サントス
撮影:ディエゴ・ガルシア
編集:リヴィア・セルパ、エドゥアルド・セラーノ、フェルナンド・エプスタイン、George Cragg
プロダクション・デザイン、美術:ターレス・ジュンケイラ
キャスティング:ガブリエル・ドミンゲス
衣装:リタ・アセベド
録音:ファビアン・オリヴェル
メイクアップ:Tayce Vale
製作者:レイチェル・デイジー・エリス、他共同製作者多数
データ:製作国ブラジル、ウルグアイ、デンマーク、ノルウェー、チリ、スウェーデン合作、ポルトガル語、2019年、SFドラマ、101分。公開ブラジル6月、ロシア8月、ウルグアイ9月、ポルトガル10月、以下予定ノルウェー12月、オランダ2020年1月、他
映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭2019「ワールドシネマ・ドラマ」部門出品、ベルリン映画祭パノラマ部門でワールドプレミア、マイアミFF正式出品、グアダラハラFF FELSAL賞、ダーバンFF(南アフリカ共和国)監督賞・撮影賞(ディエゴ・ガルシア)、イスタンブールFF、ミネアポリス・セント・ポールFF、ブエノスアイレスFF(BAFICI)、モスクワFF、ウルグアイFFイベロアメリカ部門、シドニーFF、メルボルンFF、リマFF、ワールドシネマ・アムステルダムFFスペシャル・メンション、チューリッヒFF、バンクーバーFF、ロンドンFF、ラテンビートFF、他多数
キャスト:ジラ・パエス(ジョアナ)、ジュリオ・マシャード(ダニロ)、テカ・ペレイラ(ダルヴァ師)、エミリオ・デ・メロ(牧師)、クライトン・マリアノ(郵便配達人ホドリゴ)、スージー・ロペス(洗浄者アマンダ)、マリアナ・ヌネス(リジーア)、トニー・シルバ(洗礼師)、カルム・リオ(ジョアナの息子、ナレーター)、ガブリエル・マスカロ(郵便配達人)、以下多数
ストーリー:2027年ブラジルは、福音派の教会が国民の日常生活のあらゆる分野を組み込んでいた。天上の愛のレイブが開催され、信仰の相談が日常化している。42歳になるジョアナは、結婚の危機を離婚で解決しようとする夫婦を救済するために設置された公証人事務所で働いている。更に夫婦関係をたもてるよう援助している宗教グループ「神の愛」のメンバーでもあった。しかしジョアナも夫ダニロも、夫婦の危機という問題を抱えこんでいた。最後の手段として神に近づいていくが、その努力に神の恩寵はまだ届かない。2027年は目の前に差し迫っている。マスカロが警告するブラジル人の信仰、愛、性が語られる。 (文責:管理人)
(ジョアナ役ジラ・パエス、ダニロ役ジュリオ・マシャード)
差し迫った警告的な寓話――ブラジル人の信仰心、愛、性が語られる
★ガブリエル・マスカロは、1983年生れ、監督、脚本家、撮影監督、製作者、俳優、ビジュアルアーティスト。ドキュメンタリー作家として出発、2008年の「KFZ -1348」に続いて撮った「Um Lugar ao Sol」(09)では、アルゼンチンBAFICIでFEISAL賞・スペシャル・メンションを受賞、「Avenida Brasília Formosa」(10)、「Doméstica」(12)などを撮る。長編映画第1作「Ventos de agosto」(ブラジル・ウルグアイ・オランダ)がロカルノ映画祭2014のスペシャル・メンション、ブラジル映画祭では自身が手掛けた撮影で、撮影賞を受賞した。本作で俳優デビューもしている。
★国際的な注目を集めたのが第72回ベネチア映画祭2015オリゾンティ部門に出品された第2作目「Boi Neon」(「Neon Bull」)、特別審査員賞を皮切りに数々の受賞歴を誇る。トロント映画祭では「今年のトロントのA級ランクの作品」と絶賛され、オナラブル・メンションを受けた。他カルタヘナFF作品賞、ハンブルクFF批評家賞、ハバナFF特別審査員賞、リマFF撮影賞(ディエゴ・ガルシア)、リオデジャネイロFF作品・監督・脚本・撮影賞、サンパウロ芸術批評家協会賞APCAトロフィー、トランシルベニアFFFIPRE、マラケシュFF監督賞、アデレードFF国際ヒューチャー賞、イベロアメリカ・フェニックス賞2016では脚本・撮影賞を受賞(本賞は資金難で2019年度は中止)した他ノミネーション多数。第3作「Divino Amor」が国際映画祭巡りをしているのは、第2作目の成功が寄与している。ブラジルの若手監督として、同世代のなかでも最も大胆で才能ある監督の一人。監督は新作に俳優として出演している。
(第2作目「Boi Neon」のポスター)
(特別審査員賞のトロフィーを手にした監督、第72回ベネチア映画祭2015ガラにて)
★撮影監督ディエゴ・ガルシアは、マスカロ監督の第2作目「Boi Neon」で、先述したように各映画祭で撮影賞を受賞している他、タイのアピチャッポン・ウィーラセタクンの『光りの墓』(15)、メキシコのカルロス・レイガダスの『われらの時代』(18、共同)、俳優ポール・ダノの監督デビュー作『ワイルドライフ』(18)なども撮っている。今年7月公開されたばかりのアメリカ映画、キャリー・マリガンとジェイク・ギレンホールが夫婦役を演じている。国境を越えて活躍するのが若手シネアストのトレンドらしい。
(ディエゴ・ガルシア、ベルリン映画祭2019プレス会見にて)
★プロダクション・デザインと美術を手掛けたターレス・ジュンケイラもクレベール・メンドンサ・フィリオの『アクエリアス』(16、共同)、続いて今年の米アカデミー賞ブラジル代表作品の最終候補だった「Bacurau」、アナ・ミュイラートの『セカンドマザー』(15)と話題作に起用されている若手です。
★レイチェル・デイジー・エリスは、イギリス生れ、2004年にブラジルに移住してきた製作者、脚本家、監督。マスカロ監督とはドキュメンタリー「Um Lugar ao Sol」以来タッグを組んでいる。2012年の「Doméstica」、フィクション全3作と、マスカロ映画の殆どを手掛けている。他の監督ではアルゼンチンのベンハミン・ナイシュタットのミステリー「Rojo」を共同で製作している。サンセバスチャン映画祭2018でナイシュタットが監督賞、主演のダリオ・グランディネッテイが男優賞を受賞した話題作。『神の愛』では脚本も共同執筆、2018年に短編ドキュメンタリー「Mini Miss」を監督している。
*ベンハミン・ナイシュタットの「Rojo」紹介記事は、コチラ⇒2018年07月16日
★主人公ジョアナを演じたジラ・パエスは、1996年、ローゼンベルグ・カリリーの「Corisco & Dadá」で主役のダダを演じ注目された。ブラジリアFFやフロリアノポリスFFなどで主演女優賞を受賞した。公開作に、クラウディオ・アシスの『マンゴー・イエロー』(03)でブラジリアFF審査員特別賞、ブレノ・シウヴェイラの『フランシスコの2人の息子』では、若くして7人の子持ちになった母親を演じ、ポルトガルのシネポートで女優賞を受賞、他クアリダーデ・ブラジル賞、コンチゴ映画賞などを受賞しているベテラン女優。
(ジョアナ役のジラ・パエス、映画から)
(ジラ・パエス、ベルリン映画祭2019プレス会見にて)
★ジュリオ・マシャードは、2006年タタ・アマラルの「Antonia」でデビュー、主にTVシリーズに出演している。代表作はマルセロ・ゴメスの「Joaquim」(17)で主人公のジョアキン・ジョゼ・ダ・シルバ・シャヴィエルを演じた。ブラジル独立運動の先駆者で宗主国ポルトガル政府に逮捕され処刑された、ブラジルの英雄ジョアキン(別名チラデンテス)を虚実織り交ぜて描いたビオピック。続いてガブリエラ・アマラルの「A Sombra do Pai」(18)に出演、リオ・ファンタジック・フェスティバル2018で審査員賞を受賞している。
(本作撮影中のジュリオ・マシャードと撮影監督のディエゴ・ガルシア)
★既にラテンビートは開幕しております。人名表記などに誤りがあれば、鑑賞後に訂正したいと考えております。
ブラジル映画『見えざる人生』*ラテンビート2019 ⑦ ― 2019年11月03日 14:15
カリン・アイヌーズの『見えざる人生』――オスカーを狙う
★カリン・アイヌーズの『見えざる人生』(「A vida invisível」)は、第2部ブラジル映画部門で上映されます。カンヌ映画祭2019「ある視点」作品賞受賞作品、第92回米アカデミー国際長編映画賞のブラジル代表作品にも選ばれています。マルタ・バターリャの同名小説の映画化、正確には「ユリディス・グスマンの見えざる人生」(”A vida invisível de Eurídice Gusmao” 2016年刊)です。1950年代のリオデジャネイロを舞台に、男性支配に抗して自由を得ようとする姉妹の物語。ヒロインのユリディスにカロル・ドゥアルテ、姉ギーダにジュリア・ストックラー、ユリディスの晩年を『セントラル・ステーション』のフェルナンダ・モンテネグロが演じる。
(原作者マルタ・バターリャと同名小説の表紙)
(ジュリア・ストックラー、監督、カロル・ドゥアルテ、カンヌFF2019のフォトコール)
『見えざる人生』(「A vida invisível」英題「The Invisible Life」)
ブラジル=ドイツ合作
製作:Canal Brasil / Pola Pandora Filmproduktions / RT Features / Sony Picture
監督:カリン・アイヌーズ
脚本:ムリロ・ハウザー、イネス・ボルタガライ、カリン・アイヌーズ
原作:マルタ・バターリャ
撮影:エレーヌ・ルヴァール(仏)
音楽:ベネディクト・シーファー (独)
プロダクション・デザイン&美術:ホドリゴ・マルティレナ
衣装デザイン:マリナ・フランコ
製作者:ミヒャエル・ベバー(独)、ホドリゴ・テイシェイラ、他多数
データ:製作国ブラジル=ドイツ、ポルトガル語、2019年、ドラマ、139分、第92回米アカデミー国際長編映画賞ブラジル代表作品。公開ブラジル11月21日、イタリア(9月12日)、他ポーランド、スペイン、オランダ、フランス、ロシア、トルコなどの公開がアナウンスされている。
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2019「ある視点」作品賞受賞、リマ・ラテンアメリカ映画祭APRECI賞、Honorableオナラブル・メンション、ミュンヘン映画祭CineCopro賞、バジャドリード映画祭銀のスパイク賞、FIPRESCI、女優賞(カロル・ドゥアルテとジュリア・ストックラー)ほか受賞、他ノミネーションは多数につき割愛、ラテンビート映画祭上映作品
キャスト:カロル・ドゥアルテ(ユリディス・グスマン)、ジュリア・ストックラー(ギーダ、グスマン)、フェルナンダ・モンテネグロ(晩年のユリディス)、グレゴリオ・デュヴィヴィエ(夫アンテノル)、フラヴィオ・バウラキ(刑事)、アントニオ・フォンセカ(マヌエル)、マルシオ・ヴィト(オズワルド)、クリスティナ・ペレイラ(セシリア)、フラヴィア・グスマン(母アナ・グスマン)、マリア・マノエラ(ゼリア)、ニコラス・アントゥネス(Yorgus)、他
ストーリー:長く離れていた姉からの古い手紙は、80歳になるユリディスを驚かせる。1950年代のリオデジャネイロ、ユリディス・グスマンは18歳、クラシックのピアニストになる夢を抱いてウィーン音楽学校を目指していた。しかし、2歳年上の姉ギーダがギリシャ人の船乗りとヨーロッパへ駆け落ちして、間もなく身重の体で秘かにリオに戻ってくる。残酷な家族の嘘によって切り離された姉妹は、都会の雑踏に揉まれ、それぞれの道を前進することになる。ユリディスは愛のない結婚を強いられる。男性優位の社会の仕来りに支配され分断された女性たちの人生が語られる。マルタ・バターリャの同名小説の映画化、マルタを独りで育ててくれた母親と、108歳まで生きた祖母を讃えるために、作家は女性に声を与えることにした。 (文責:管理人)
(手紙を読むユリディス、フェルナンダ・モンテネグロ、映画から)
監督のリオへの愛――国際的なスタッフ陣に注目
★リオデジャネイロが舞台だが、『ファヴェーラの娘』はリオ・オリンピック後の現代、こちらは1940年代後半から50年代と半世紀以上も時代を遡る。ヨーロッパは第二次世界大戦で焦土と化していた頃です。ラテンアメリカ諸国は戦場にならなかった。どんなリオが見られるのだろうか。先ず監督紹介から、カリン・アイヌーズ(セアラ州フォルタレザ1966)は、監督、脚本家、製作者(カリム・アイノーズとも表記される)。2006年の『スエリーの青空』(ブラジル=ポルトガル=独=仏合作、「O Céu de Suely」)が公開されている。シネポート-ポルトガル映画祭で作品・監督賞、ハバナ映画祭初監督部門サンゴ賞、リオデジャネイロ映画祭作品・監督賞、他を受賞したことで公開された。
(『スエリーの青空』のポスター)
★2002年の長編デビュー作「Madame Satã」はカンヌ映画祭「ある視点」に正式出品された。カポエイラ*のパフォーマーだったジョアン・フランシスコ・ドス・サントス(1900~76)の伝記映画、芸名のマダム・サタで知られている。シカゴ映画祭作品賞、ハバナFF特別審査員賞、サンパウロ映画祭APCAトロフィーなどを受賞した。ゲイをテーマにした「Praia do Futuro」は、サンセバスチャン映画祭2014でセバスチャン賞を受賞した他、サンパウロFFのAPCAトロフィーを受賞するなど、かなりの受賞歴がある。
*カポエイラはアフリカ系黒人の護身術がもとになっている。アクロバティックな技に音楽とダンスの要素が組み合わさっている。2014年にユネスコの無形文化遺産に登録された。
(長編デビュー作「Madame Satã」のポスター)
★最新作『見えざる人生』は、審査委員長がナディーヌ・ラバキだったこともあり、女性審査員の票が集まったとも言われた。10月26日閉幕したバジャドリード映画祭では、金賞こそ逃したが銀のスパイク賞、主演の二人の姉妹役が女優賞を受賞するなどした。カンヌには監督以下大勢で参加したが、バジャドリードにはアカデミー賞のプロモーションで忙しく授賞式を欠席したのか、写真は入手できなかった。短期間で終わる映画祭では、139分という長尺はどうしても敬遠されるが、長く感じるかどうかです。1940年代から50年代のリオの風景や雑踏も興味深そうだが、カリン・アイヌーズ監督のリオデジャネイロに寄せる愛も語られるのではないか。
(カリン・アイヌーズ、カンヌFF2019「ある視点」授賞式にて)
★撮影監督がフランスのエレーヌ・ルヴァールに驚いた。アニエス・ヴァルダの『アニエスの浜辺』(08)、ヴィム・ヴェンダースの『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(11)のドキュメンタリーを撮っている他、イタリアのアリーチェ・ロルバケルの『幸福なラザロ』(18)、最近ではハイメ・ロサーレスの『ペトラは静かに対峙する』など話題作を撮っている。これは大いに楽しみでです。音楽を手掛けたのはドイツの作曲家ベネディクト・シーファー、彼は目下開催中の東京国際映画祭コンペティションで話題になっているドミニク・モルの『動物だけが知っている』も担当している。
★メインの製作者ミヒャエル・ベバーは国際派、クリスティアン・ペッツォルトの『東ベルリンから来た女』(12)、『あの日のように抱きしめて』(14)や『未来を乗り換えた男』(18)のドイツ映画だけでなく、イスラエルのサミュエル・マオスの『運命は踊る』(17、ベネチアFF審査員賞)、タイのアピチャッポン・ウィーラセタクンの『光りの墓』(16)、ダニス・タノビッチの『汚れたミルク あるセールスマンの告発』(16)、『幸福なラザロ』、メキシコのアマ・エスカランテの『触手』(17)など公開作品が多い。スペインのイシアル・ボリャインの「Yuli」も手掛けている。
★もう一人、リオデジャネイロ出身の若手プロデューサーホドリゴ・テイシェイラは、イタリアのルカ・グァダニーノの『君の名前で僕を呼んで』(17)、ブラッド・ピット主演で話題になっているジェームズ・グレイの『アド・アストラ』(19)、クリスタル・モーゼルの『スケート・キッチン』(16)に共同プロデューサーとして参画している。
『セントラル・ステーション』のフェルナンダ・モンテネグロが出演
★フェルナンダ・モンテネグロ(リオデジャネイロ1929)は90歳、映画では80代という実際より若いユリディス・グスマンを演じる。出番は少なそうだが扇子の要でしょう。TVシリーズを含めるとIMDbによれば81作とある。1954年TVシリーズでデビューしている。彼女を一躍スターにしたのはウォルター・サレスの『セントラル・ステーション』(98)、中年女性に扮したが既に70歳に近かった。ベルリン映画祭金熊賞、モンテネグロも主演女優賞を受賞、米アカデミーにノミネートされた唯一人のブラジル女優。リアルタイムで見た人は感無量でしょうか。
(フェルナンダ・モンテネグロ、『セントラル・ステーション』から)
★その他、ブルーノ・バレット『クアトロ・ディアス』(97)に出演、1969年9月4日、実際にリオで起きたアメリカ大使誘拐事件を事件の犯人の一人だったフェルナンド・ガベイラが書いた自伝をベースに映画化された。モンテネグロは犯人を目撃した主婦役だった。ガルシア・マルケスの小説をマイク・ニューウェルが映画化した『コレラの時代の愛』(07)では、トランシト・アリーサを演じた。未見だが『リオ、アイラブユー』(13)にも出演している。本作はブラジル映画祭2015で上映された。ワールド・デビューが遅かったことで、若い頃の作品は1作も見ていない。
(フェルナンダ・モンテネグロと監督)
★ヒロインのユリディス・グスマンを演じたカロル・ドゥアルテは1992年サンパウロ生れ、姉のギーダを演じたジュリア・ストックラーは1988年生れ、共に短編、TVシリーズの出演はあるが、長編映画は初出演。ユリディスが愛のない結婚をするアンテノル役のグレゴリオ・デュヴィヴィエ(リオ1986)は、Ian Sbtのコメディ「Porta dos Fundos:Contrato Vitalicio」(16)で主役を演じている。
(グレゴリオ・デュヴィヴィエ、「Porta dos Fundos:Contrato Vitalicio」から)
★ラテンビートは間もなく開催されます。続きは鑑賞後に譲ります。
タイムテーブルが発表*第3弾発表がなかったラテンビート2019 ⑥ ― 2019年10月25日 13:58
上映作品10作は寂しすぎでは?
★首を長くして第3弾追加発表を待っておりましたが、本日タイムテーブルが発表になり、第3弾は期待外れになりました。塚本信也の『六月の蛇』(02)を除くと9作品、ここ5~6年遡っても10作割れはなかったはずです。しかし、お目当てのオリヴァー・ラクセの『ファイアー・ウィル・カム』が2回上映、東京国際映画祭共催作品ということで監督も来日、Q&Aがもたれます。アメナバルの『戦争のさなかで』、アレハンドロ・ランデスの『猿』など粒揃い、アリッツ・モレノの『列車旅行のすすめ』では、ルイス・トサールの怪演ぶりが楽しみです。第2部ブラジル映画も今年の金貝賞受賞作品、米アカデミー賞国際長編映画ブラジル代表作品を含めて無駄がない選択、「あれこれ迷わなくていいや」です。
★Netflix オリジナル作品でなければ、ダニエル・サンチェス・アレバロの新作「Diecisiete」はラテンビート上映だったはず、なぜなら彼のデビュー作『漆黒のような深い青』、第2作『デブたち』そして第3作『マルティナの住む街』は、ラテンビートで上映されたのでした。既に『SEVENTEEN セブンティーン』の邦題で配信が開始されています。未だ始まったばかりですが、次回にアップ予定。
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