第11回D'Aバルセロナ映画祭2021 ― 2021年04月17日 18:02
オープニング作品はアルベール・デュポンテルの辛口コメディ
★D'Aバルセロナ映画祭の正式名はFestival internacional de Cinema d’Autor de Barcelonaと長たらしいので当ブログでは略してD'Aバルセロナ映画祭として紹介しています(副賞は1万ユーロ)。バルセロナで11年前から始まった作家性に富んだインディペンデント映画祭で、映画とTVシリーズを配信するFilmin(月額7.99ユーロ)が主な母体ですが、バルセロナ現代文化センターCCCB、カタルーニャ・フィルモテカ(フィルムライブラリー)他で上映されます。特に今年はコンペティション以外はコロナ禍で多くがFilminで配信されるようです。ドキュメンタリーを含む長編62作、短編26作です。日本や台湾、韓国を含めたアジア作品も上映されますが、欧米が主力、半分ほどがスペイン映画です。今年は4月29日~5月13日まで、その後マドリードで5月7日~13日限定で12作品上映が予定されていますが、あくまで予定は未定です。
(映画祭の準備が進むバルセロナ市街)
★オープニング作品はギャスパー・ノエやジャン=ピエール・ジュネの映画でお馴染みの俳優で監督のアルベール・デュポンテルの「Adios, idiotas」(原題「Adieu les cons」、英題「Bye Bye Morons」)、いずれも「さよなら、おバカさん」でしょうか。今年のフランスのアカデミー賞と言われるセザール賞7部門(作品・監督・脚本・撮影など)制覇した辛口コメディです。監督自身が脚本も書き主役を演じています。共演はヴィルジニー・エフィラ、訳あって別れたとき15歳だった息子を探すクレージーなロードムービーのようですが、本邦でも多分公開されるでしょう。今年のセザール賞ガラは衣装賞のプレゼンターを務めた女優コリンヌ・マジエロが、映画は「必要不可欠でない」という理由で映画館を閉鎖した政府に「文化なしに未来はない」とヌードの抗議をしたことでフランスじゅうが騒然となった。ワクチン接種が予定通り進まないマクロン政権、コロナ収束の道のりは各国とも厳しい。
(アルベール・デュポンテルとヴィルジニー・エフィラ、映画から)
★クロージング作品は、イタリアのスザンナ・ニッキアレッリの「Miss Marx」(原題「Miss Eleanor Marx」)、カール・マルクスの娘エリノアにロモラ・ガライが扮した。第77回ベネチア映画祭2020の話題作でしたが、賞には絡めませんでした。ということで開幕閉幕とも新作ではありません。日本からは河瀨直美の『朝が来る』、諏訪敦彦の『風の電話』、西川美和の『すばらしき世界』(英題「Under the Open Sky」で上映)などがアナウンスされていますが、それぞれ他の映画祭で既にエントリーされた作品です。
(エリノア役のロモラ・ガライ、ニッキアレッリ監督の「Miss Marx」から)
★スペイン語映画では、アルゼンチンのソル・ベルエソ・ピチョン=リビエレの「Mamá, mamá mamá」(才能部門)、本作はサンセバスチャン映画祭2020で簡単にご紹介している。地元バルセロナからはマルク・フェレールのコメディ「¡Corten!」(監督部門、21、ワールドプレミア)、ボルハ・デ・ラ・ベガのデビュー作「Mía y Moi」(才能部門、21,スペイン)がノミネートされています。本作には『悲しみに、こんにちは』で母親を演じたブルナ・クシ、『アルツォの巨人』の主人公を演じたエネコ・サガルドイなどが出演しており、タイトル「ミアとモイ」は姉弟の名前です。他にオンラインで上映されたラテンビート2020の目玉だったダビ・マルティン・ロス・サントスの『マリアの旅』が特別上映されるようです。
*「Mamá, mamá mamá」の紹介記事は、コチラ⇒2020年09月07日
*『マリアの旅』の作品紹介は、コチラ⇒2020年10月27日/同年11月29日
(「Mamá, mamá mamá」のポスター)
(姉役ブルナ・クシ、弟役リカルド・ゴメス、彼の恋人役エネコ・サガルドイ、
「Mía y Moi」から)
★2019年中に完成していた作品がコロナ禍で公開が2020年に延期されたり、2020年作品が今年にずれ込んだりしています。今年はなんとか開催できても来年はどうなるのでしょうか。文化は必要不可欠ではないとして切り捨てられるのでしょうか。今年のベルリン映画祭も史上初のリモート開催、スクリーンはどんどん遠のくばかりです。
第26回ホセ・マリア・フォルケ賞2021*ノミネーション発表 ― 2021年01月10日 13:53
2021年からTVシリーズ部門 3カテゴリー増えて10カテゴリーに
★文化は不要不急か悩んで巣ごもりしていると、何をするにも億劫になり、出るのは溜息ばかり、心も自然と沈滞気味になっていきます。今年はゴヤ賞だけにしようと思っていましたが、TVシリーズの作品賞、男優&女優賞の3部門が新設されたこともあり、気を取り直してノミネーションからアップいたします。フォルケ賞はゴヤ賞とは視点も若干異なり、もともと映画の裏方に光を当てることが目的で始まった映画賞でした。従って最初は俳優賞などはなく、現在でも監督賞はありません。副賞として賞金が出るのも特色の一つです。授賞式は1月16日、場所は昨年サラゴサから戻ってきて開催されたIFEMAマドリード市庁舎のイベント会場です。コロナは怖いが経済効果の大きさを考えると無視できないということです。
*第26回ホセ・マリア・フォルケ賞ノミネーション*
◎作品賞(フィクション&アニメーション)副賞30,000ユーロ
Adú 製作 Ikiru Films / Un Mundo Prohibido,A.I.E. / ICAA 他 *
Akelarre 製作 Sorgin Films 他 *
La boda de Rosa 製作 Hally Production / La Boda de Rosa La Película、A.I.E. 他 *
Las niñas 製作 BTEAM Pictures / Las Niñas Majicas, A.I.E. 他 *
◎長編ドキュメンタリー映画賞 副賞6,000ユーロ
Antonio Machado, Los días azules 監督ラウラ・ホイマン 製作 Summer Films,A.I.E.
Cartas mojadas 監督パウラ・パラシオス 製作 Morada Films
El año del descubrimiento 監督ルイス・ロペス・カラスコ 製作Lacima Producciones,S.L.
El drogas 監督ナチョ・レウサ 製作 Narm Films
◎短編映画賞 副賞3,000ユーロ
A la cara (13分) 監督ハビエル・マルコ・リコ
Yalla (10分) 監督Carlo D'Ursi カルロ・ドゥルシ
Yo (13分) 監督ベゴーニャ・アロステギ
◎TVシリーズ作品賞(新設)副賞6,000ユーロ
Antidisturbios (監督ロドリゴ・ソロゴジェン、ボルハ・ソレル)
La casa de papel 『ペーパー・ハウス』(監督ヘスス・コルメナル、アレックス・ロドリゴ他)
Patria (監督フェリックス・ビスカレッド、オスカル・ペドラサ) *
Veneno (監督ハビエル・アンブロッシ、ハビエル・カルボ、イサベル・トーレス、他)
◎男優賞 副賞3,000ユーロ
ダビ・ベルダゲル (Uno para todos) 監督ダビ・イルンダイン *
ハビエル・カマラ(Sentimental) 監督セスク・ゲイ
フアン・ディエゴ・ボトー(Los europeos)フランスとの合作、監督ビクトル・ガルシア・レオン
マリオ・カサス(No matarás)2019年、監督ダビ・ビクトリ
◎女優賞 副賞3,000ユーロ
アンドレア・ファンドス (Las niñas) 監督ピラール・パロメロ
カンデラ・ペーニャ (La boda de Rosa) 監督イシアル・ボリャイン
キティ・マンベール (El inconveniente) 監督ベルナベ・リコ
パトリシア・ロペス・アルナイス (Ane) 監督ダビ・ペレス・サニュド
◎TVシリーズ男優賞(新設) 副賞3,000ユーロ
アレックス・ガルシア(Antidisturbios) 監督ロドリゴ・ソロゴジェン、ボルハ・ソレル
Hovik Keuchkerian (Antidisturbios)
ハビエル・カマラ(Vamos Juan) 監督ボルハ・コベアガ、ビクトル・ガルシア・レオン、他
ラウル・アレバロ(Antidisturbios)
◎TVシリーズ女優賞(新設) 副賞3,000ユーロ
アネ・ガバライン (Patria)
ダニエラ・サンティアゴ (Veneno)
エレナ・イルレタ (Patria)
ビッキー・ルエンゴ (Antidisturbios)
◎ラテンアメリカ映画賞 副賞6,000ユーロ
El agente topo (チリ『老人スパイ』)監督マイテ・アルベルディ *
El olvido que seremos (コロンビア) 監督フェルナンド・トゥルエバ *
El robo del siglo (アルゼンチン) 監督アリエル・ウィノグラド
Nuevo Orden (メキシコ=フランス) 監督ミシェル・フランコ
◎ Cine en Educacion y Valores
Las niñas
La boda de Rosa
Adú
Uno para todos *
(*印は当ブログで紹介している作品)
★以上10カテゴリー、栄誉賞ほか特別賞は授賞式でご紹介の予定。
『マリアの旅』のペトラ・マルティネスが女優賞*セビーリャ・ヨーロッパFF ― 2020年11月19日 13:50
ルーマニア映画「Malmkrog」が金のヒラルディージョ賞を受賞
(金のヒラルディージョ受賞作のポスター)
★去る11月14日、第17回セビーリャ・ヨーロッパ映画祭2020(11月6日~)がルーマニアの監督・脚本家クリスティ・プイウの「Malmkrog」(20、201分)を金のヒラルディージョ賞に選んで閉幕しました。監督は脚本賞とのW受賞でした。「偉大な監督の可能性と19世紀のロシアを舞台にしたストーリーの展開に感銘を受けた。本作はパンデミックの時代に生きている私たちについて語ってもいる」が授賞理由。前作『シエラネバダ』(173分、東京国際映画祭2016上映)や公開もされたブラック・コメディ『ラザレスク氏の最期』(05、151分)などルーマニアの<ニュー・ウェーブ>を代表する監督、受賞作は3時間21分と長尺、長すぎてスペインでの配給元が見つからないと嘆いていましたが、本邦も同じでしょうか? なんとか滑り込みセーフで開催できたベルリン映画祭2020の「Encounters部門」でワールドプレミアされ、監督賞を受賞しています。
(ベルリン映画祭の監督賞受賞で登壇したときのフォト、2020年2月)
★セビーリャ・ヨーロッパ映画祭は、「空白の年があってはならない」という、セビーリャ市長フアン・エスパダスの意向で、他の映画祭がオンライン上映に切りかわるなか、午後6時には上映終了という過酷な条件のもとで開催されました。スペインの午後6時は子供の時間、これから大人の時間が始まる時刻ですから、スケジュールが大変、それでも300作を上映できたということです。欧米のコロナの脅威は留まることがありません。関係者の現地入りは難しく、クリスティ・プイウもビデオ出演でした。
(中央がフアン・エスパダス市長、右端が映画祭ディレクターのホセ・ルイス・シエンフエゴス)
★第2席に当たる審査員大賞グランプリは、スペインのルイス・ロペス・カラスコの2作目ドキュメンタリー「El año del descubrimiento」(200分)、こちらも3時間以上に及ぶ長尺でした。スペインの過去、現在、未来に関する壮大なドキュメンタリー <スペイン発見の年> は、バルセロナ・オリンピック、セビーリャ万博、新大陸発見500周年の1992年、スペイン南東部地中海に面したムルシア州の軍港カルタヘナの労働者たちのインタビューによる証言、夢と無力感で綴られている。ロッテルダム映画祭でプレミア、マル・デル・プラタFF、ボゴタFFでは作品賞を受賞している。 スペインでは既に公開が始まって絶賛されている。ゴヤ賞2021ドキュメンタリー部門の先頭を走っている。
(ルイス・ロペス・カラスコ、ロッテルダム映画祭2020にて)
★監督賞はドイツのクリスティアン・ペツォールトの「Ondine」(「Undine」)、さらに編集賞を受賞した。『東ベルリンから来た女』でベルリン映画祭2012の銀熊監督賞を受賞している。ほかに公開作品も多い。撮影賞はイタリア映画「Notturno」のジャンフランコ・ロージ、エリトリア出身の監督、脚本家、製作者でもあり、ドキュメンタリー『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』は、ベネチア映画祭2013で金獅子賞を受賞しているベテラン。マルガリタ・レドのドキュメンタリー「Nación」がスペイン映画監督特別賞を受賞した。初めて目にする監督なので検索して驚きました。1951年ガリシア州ルゴ生れ、サンティアゴ・デ・コンポステラ大学で哲学を専攻した作家、詩人、ジャーナリスト、大学教授、王立アカデミー会員になった最初のガリシア女性、映画の本数は少ないが監督、脚本の他プロデューサーでもある。いずれきちんとご紹介したいドキュメンタリーです。
(「Ondine」「Undine」のポスター)
(マルガリタ・レド、「Nación」のポスター)
★男優賞はフランス映画「Gagarine」のアルセニー・バティリー、女優賞は『マリアの旅』のペトラ・マルティネスの手に渡りました。昨年はロドリゴ・ソロゴジェンの「Madre」のマルタ・ニエトが受賞しているので連続スペイン女優が受賞したことになる。本邦では『おもかげ』という思わせぶりな邦題で公開された。ラテンビート・オンライン上映作品『マリアの旅』は、11月26日から配信が開始されます。
(ペトラ・マルティネス)
リノ・エスカレラの第1作 『さよならが言えなくて』*スペイン映画祭2019 ⑤ ― 2019年07月15日 15:31
家族の最期を受け入れることの困難さ――カルラの場合
★リノ・エスカレラのデビュー作『さよならが言えなくて』(「No sé decir adiós」)は、マラガ映画祭2017の審査員特別賞、脚本賞、主演のナタリエ・ポサが女優賞、フアン・ディエゴが助演男優賞、その他を受賞した作品。ナタリエは翌年のゴヤ賞主演女優賞にも輝いた。1972年マドリード生れのナタリエ・ポサにとって40代半ばでの主演女優賞は思い出深いものがあった。マラガでも「私のような年齢になって、自分の経験やパッションが活かされるような類まれな美しい脚本に出会えることは滅多にありません」と語っていた。観客の評価は分かれると思いますが、故郷を捨て都会で働く独身キャリアウーマンの孤独と苛立が切なかった。本作は既に作品、監督フィルモグラフィー、キャスト&スタッフのフィルモグラフィーと経歴紹介をしております。
*「No sé decir adiós」の作品&キャリア紹介は、コチラ⇒2017年06月25日
右はプレゼンターのモンチョ・アルメンダリス)
(ゴヤ賞2018主演女優賞受賞のナタリエ・ポサ)
『さよならが言えなくて』2017年、スペイン、スペイン語・カタルーニャ語、96分
主なキャスト:ナタリエ・ポサ(カルラ)、フアン・ディエゴ(父親ホセ・ルイス)、ロラ・ドゥエニャス(姉妹ブランカ)、パウ・ドゥラ(ブランカの夫ナチョ)、ミキ・エスパルベ(カルラの同僚セルジ)、ノア・フォンタナルス(ブランカの娘イレネ)ほか多数
物語:人生のエピローグは、早かれ遅かれ誰にも訪れる。しかし「どうして今なの?」「どうして私の父親なの?」、まだ娘には心の準備ができていない。バルセロナで暮らすカルラは、数年前故郷アルメリアを後にして以来帰郷していない。姉妹のブランカから突然電話で父親の末期ガンを知らされる。カルラは子供時代を過ごした家に帰ってくるが、医師団の余命数ヵ月をなかなか受け入れられない。カルラは失われた時を取り戻すかのように、周囲の反対を押し切って医療の進んだバルセロナで治療を受けさせようと決心する。ずっと父に寄り添ってきたブランカは、地元の病院での緩和治療を望み、現実を直視できないカルラと対立する。ブランカの目には、コカインを手放せないカルラが現実逃避をしているとしかうつらない。父は自分を取りまく状況をできれば知らないでいたい。避けられない別れの言葉「さよなら」は難しい。 (文責:管理人)
各自が抱える過去の傷痕は伏せられる
A: 避けられない親の最期に直面したとき、子供はどうするのだろうか。何時かは誰にも起きる身近なテーマながら、たいてい心の準備はできていない。親子関係の距離的あるいは心理的な温度差で対応は違ってくるだろう。ナタリエ・ポサ(マドリード1972)が演じたカルラは、故郷を離れて以来、長らく音信の途絶えていた40代のキャリアウーマン、その理由はともあれ自責の念に駆られて動揺する。
B: 一方、ロラ・ドゥエニャス(バルセロナ1971)演ずるブランカは、母親亡きあと地元に残って頑固な父親の面倒をみてきた。彼女は静かに現実を受け入れようとしている。
A: アメナバルの『海を飛ぶ夢』でいきなりゴヤ賞2005主演女優賞を受賞したドゥエニャスは、現在ではルクレシア・マルテルの『サマ』出演など海外の監督からも注目されており、ゴヤ賞ノミネートの常連さんである。劇中に登場しない母親の死が、家族に深い傷を負わせていることが暗示される。数年前に父親を見送ったばかりのリノ・エスカレラ(マドリード1974)は、父親の場合は本作のような状況ではなかったが、自身はブランカ・タイプの人間だと洩らしていた。
B: 各自が抱えてきた過去の傷痕については語られることはなく、観客に委ねられるから、それぞれ受け止め方で評価は異なります。
(リノ・エスカレラ監督)
A: 監督は「2009年に脚本を共同執筆したパブロ・レモンと知り合った。そのときは共に病いを抱えている父親と娘の物語、一方は身体的な、もう一方は精神的な病、父は死からの逃避、娘は受け入れの拒否というだけであった。それを膨らませてくれたのがパブロ、彼の協力なくして完成はできなかった」と語っている。
B: 彼にスペインで「大人のための映画を作るのはとても難しい」と言われたそうですね。監督はパブロ・レモンを「スペインの優れた脚本家の一人」と信頼を寄せている。
A: 2010年に執筆開始、完成までに2年半かかり、それから文化省にプレゼンツに行き、なんやかんやで2013年にやっとゴーサインがでた。クランクインが2016年ですから長い道のり、それでも幸運なほうでしょう。舞台をアルメリアにしたのは「製作費が節約できること以外に、以前短編を撮って気に入っていたからだが、登場人物の家族にぴったりの美しさと同時に厳しさもある土地だった」ことを挙げていた。
B: カタルーニャのプロダクションも気に入り、勿論バルセロナやジローナでも撮影した。カルラが父親を入院させた病院は実際にあり、本物の医者や患者たちも含めて撮影した。
A: 過去にカルラ姉妹の家族に何があったかに触れなかったのは、各自が抱える複雑な傷は語る必要がないと考えたからで、それは母親の死が家族間の不和の始りという手掛かりだけで充分だと思ったからだと語っている。
B: セリフの端々からある程度は察することができます。
A: 過去にあったことを「ヒントとして示したが、それを深く掘り下げたくなかった。登場人物が現実を拒否できる、あるいは動揺しない、その可能性に興味があった。誰でも苦しんでいるのは見たくないから」と監督は述べている。
B: 死が待ったなしになったとき、家族間のコミュニケーションはどうなるか。やがては誰にもやってくることなのに私たちは準備ができていない。
「さよなら」を言うタイミングは誰にも分らない
A: カルラもブランカも解決策を見いだせないでいる。つまるところそんなマニュアルは存在しないからです。最新医療ができるバルセロナの病院に転院することにブランカが賛成しないのは、多分正しいのであろうが、それは日々、男性社会で闘っているカルラには敗北主義にしかうつらない。
B: 反対に地方の病院を信用せず、都会の病院なら治せると力むカルラは、ブランカには現実逃避のゴリ押しにしかうつらない。
A: フアン・ディエゴ(セビーリャ1942)演じる父親は、嫌な事実はできれば知りたくない。二人の娘のどちらにも加担したくない。家族の不和の原因が定かではないが彼にあるのかもしれない。監督はフアンの自宅で初めて彼に会った途端に引き込まれ、一緒に仕事ができることを誇りに思ったと。
B: 夕食までご馳走になってしまった(笑)。難しい役柄ですが、ユーモア部分の少ない作品ながら彼がスクリーンに現れると、その飄々とした演技で引きしまる。
(自分の体の異変に気付く父親ホセ・ルイス)
(再会した父と娘たち、父親、カルラ、ブランカ)
A: 日本流に言うと喜寿、これから何本新作を見られるかとつい考えてしまいます。観客は冒頭部分の彼の咳込みに不安を覚えるが、彼は病院に設置されている自動販売機に八つ当たりして壊しそうになったり、病院を勝手に抜け出してビンゴをしたり、無口な老人の頑固さや時代遅れをコミカルに演じていた。
B: 自動車教習所の教官のようでしたが、先生より生徒のほうがお喋りだった。セリフが少ない役柄がもっとも難しいと言われるのは、目の演技が求められるからです。
(興味のないテレビを見る父と娘)
(カルラと対立するブランカ)
A: ブランカは若いときからの女優になる夢を封印してきた。今は地域の演劇サークルに所属しているが、やはり本格的な指導を受けたい。父親と同じ自動車教習所の仕事の合間をぬってマドリードに出掛けたいのだ。
B: 夫は失業中なのも悩みのタネ、娘が勉強ばかりしているのも気がかり、家族からの解放を願っている。食べるのに困るほどではないが、カルラのような自由が羨ましい。
A: 孤独と競争にさらされ精神的に病んでいるカルラも、自分のしていることに半分は懐疑的だが、じっとしていられない。問題は父親の病気ではなく、彼女自身の心の病なのだ。コカインの影響もあってか周りに攻撃的になり、歯止めが利かなくなるのがフィナーレでした。
B: バルセロナやマドリードでは、老若男女を問わずドラッグ使用者の増加にブレーキがかからない。カルラのような例は決して珍しいことではない。都会ではドラッグはみんなの大好物、一度ハマると止められるのは死んだときなのだ。
A: 本作のテーマではありませんが、スペインに運ばれてくるコカインの殆どがコロンビア産、厳格な分担作業によりメデジンで精製されたコカインは、ボートでウラバ湾のトゥルボに運ばれたあと、バナナの大型コンテナ船に隠されてスペインに届けられる。
B: 夏のバカンス時期には観光客を装った大型ヨットでも運ばれてくる。運よくカディス港に到着できたブツは、夜の闇に紛れてセビーリャ、メリダ経由でマドリードに運ばれてくる。
A: 当然、原産地より遠くなればなるほど価格は跳ね上がる。1キロ5000ドルだったブツは3万ドルになる。売人は1グラム35ユーロ前後で仕入れ、倍のおよそ60で売る。危険な橋を渡るが簡単には止められない。
B: カルラが手に入れているのは多分ガリシア・ルートでしょうか。ガリシアは麻薬王国、地元の財界人には麻薬で財を成した人が慈善事業をカモフラージュにして尊敬されている。
A: ナタリエ・ポサによると役作りは「ものすごく厳しかったが、全く不満はなかった。しかし衝突が起きそうになると、ぐっと傾聴するようにした。創造的な過程に勢いがあるのは珍しいことですから」と。
B: カルラは自己否定のなかで窒息しそうになっていた。自分を肯定できないと他人に厳しくなる。同僚のセルジに八つ当たりしていた。
(会社の同僚セルジとカルラ)
A: セルジ役のミキ・エスパルベ(バルセロナ1983)は、コメディもできる若手の有望株です。当ブログでも何回か登場してもらってキャリア紹介もしております。ナチョ役のパウ・ドゥラ(バレンシア1972)は、俳優の他、何作か短編を撮った後、2018年、ベテランのホセ・サクリスタンを主役に老いたヒッピーを演じさせた「Formentera Lady」で長編映画デビューしています。マラガ映画祭2018のコンペティションに正式出品された折り、作品紹介をしています。
(ミキ・エスパルベ、監督、ナタリエ・ポサ、フアン・ディエゴ、パウ・ドゥラ)
B: デビュー作にもかかわらず、以上のような演技派揃えで撮れたのは、長い努力と短編の実績があったからでしょう。
A: 30代後半から40代のシネアストは、そろそろ親を見送る世代になっているから、重いテーマとはいえ切実なことなのではないか。カルラ役のナタリエ・ポサも8年前に癌の父親を看取ったから、本作に出会ったことで、もう一度「さよなら」の過程を復習したと語っていた。人生100年など馬鹿げていると思っている親の世代も心せねばなりません。
◎キャリア紹介◎
*フアン・ディエゴの主なキャリア紹介は、コチラ⇒2014年04月21日/2015年08月01日
*ナタリエ・ポサの主なキャリア紹介は、コチラ⇒2017年06月25日
*ロラ・ドゥエニャスの主なキャリア紹介は、コチラ⇒2017年10月20日/2019年01月06日
*ミキ・エスパルベの主なキャリア紹介は、コチラ⇒2016年05月05日/2018年04月27日
*パウ・ドゥラの主なキャリア紹介は、コチラ⇒2018年04月17日
イサキ・ラクエスタの『二筋の川』*スペイン映画祭2019 ③ ― 2019年07月06日 12:26
サンフェルナンドの現実を切りとったラクエスタの新作『二筋の川』
(挨拶に登壇したイサキ・ラクエスタ、本映画祭にて、6月25日)
★スペイン映画祭2019のオープニング作品だったイサキ・ラクエスタの『二筋の川』、想像通り作家性の強い映画でした。初日ということもあってインスティトゥト・セルバンテス東京館長の挨拶、家族同伴で初来日したラクエスタ監督の挨拶と前座が長かった。作品そのものも2時間16分という長尺で、長い緊張が強いられました。12年前の『時間の伝説』(「La leyenda del tiempo」)にストーリーがリンクしているので、未見の観客には分かりにくかったのではないでしょうか。上映後にラクエスタ監督のQ&Aがもたれましたが管理人は不参加、Marysolさんがブログにアップして下さいましたので、了解のうえ参考にして以下の記事を纏めました。マリソルさん、ありがとうございました。
★本作は、第66回サンセバスチャン映画祭2018のセクション・オフィシアル部門にノミネートされ、大方の予想を裏切って、2011年の「Los pasos dobles」に続く2度目の金貝賞を勝ち取りました。金貝賞2回受賞のスペイン人監督では、マヌエル・グティエレス・アラゴン、イマノル・ウリベに次ぐ3人目となったことでも話題になりました。既に作品&監督フィルモグラフィーを紹介しております。当時はキャスト名のクレジットは主役のゴメス・ロメロ兄弟、スタント・コーディネーターのオスカル・ロドリゲスのみでしたので、以下キャスト紹介欄に分かる範囲で追加しておきます。
*「Entre dos aguas」の作品&監督フィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2018年07月25日
* サンセバスチャン映画祭2019 金貝賞授賞式の記事は、コチラ⇒2018年10月03日
『二筋の川』(「Entre dos aguas」)2018、スペイン、スペイン語、ドラマ、映倫G16
製作:La Termita Films / All Go Movies / Mallerich Films / Bord Cadre Films /
Studio Indie Productions / Paco Poch AV
監督:イサキ・ラクエスタ
脚本:フラン・アラウホ、イサ・カンポ、イサキ・ラクエスタ
音楽:ラウル・フェルナンデス・ミロ(Refree)、キコ・ベネノ
撮影:ディエゴ・ドゥスエル Dussuel
編集:セルジ・ディエス
美術:ダビ・ヒメネス
プロダクション・マネージメント:アイトル・マルトス
プロデューサー:アルバロ・アロンソ、イサ・カンポ、アレックス・ラフエンテ、イサキ・ラクエスタ(以上エグゼクティブ)、パコ・ポシェPoch、他
スタント・コーディネート:オスカル・ロドリゲス
映画祭・受賞歴:サンセバスチャン映画祭2018コンペティション部門正式出品(金貝賞受賞)、ガウディ賞2019(9部門ノミネーション、カタルーニャ語以外の作品賞・監督賞以下7冠)、アセカンASECAN 2019(作品賞・新人賞イスラエル・ゴメス・ロメロ、オリジナル作曲賞)、フォトグラマス・デ・プラタ作品賞、マル・デ・プラタ映画祭2018(インターナショナル部門作品賞、男優賞イスラエル・ゴメス・ロメロ)、他ノミネーション多数、ゴヤ賞2019(作品・監督賞)とフォルケ賞は無冠。
(ガウディ賞2019受賞のイスラエル・ゴメス・ロメロとイサキ・ラクエスタ監督)
キャスト:イスラエル・ゴメス・ロメロ(イスラ)、フランシスコ・ホセ・ゴメス・ロメロ(チェイト)、ロシオ・レンドン(イスラの妻)、ヨランダ・カルモナ、ロレイン・ガレア、オスカル・ロドリゲス(スタント)、イスラの3人娘ダニエラ、エリカ、マヌエラなど、ほか多数
ストーリー:異なった道を歩んできたイスラとチェイトのロマ兄弟の物語。イスラは麻薬密売の廉で刑に服している。一方チェイトは海軍に志願して入隊している。イスラは刑期を終えて出所、チェイトも長期のミッションを終えて、二人はカディスの生れ故郷サンフェルナンド島に帰ってきた。再会したとき二人は今まで以上にかけ離れていることに気づくが、まだ二人が幼かったときに起きた父親の悲劇的な死に思いを馳せる。兄弟が負った過去の傷痕は開いたままであり、彼らは文字通りの社会的な孤児であった。イスラは妻と娘たちとの関係を取り戻すために帰郷したのだが、スペインで最も失業率の高い地域でいかにして人生を立て直そうとするのか。本作は暗い未来に抗して人生をやり直そうとする兄弟の物語である。ラクエスタの『時間の伝説』から12年、成人したイスラとチェイト兄弟の現在がゴメス・ロメロ兄弟によって演じられる。 (文責:管理人)
12年間の傷痕を放浪する旅――自分自身との和解を求めて
A: 監督は『時間の伝説』から二人の登場人物を引っ張り出して、現実とフィクションが混在する作品を撮った。下準備をして臨んだのですが、やはり集中力を保つのが難しかった。
B: 評価が分かれる理由が分かりましたね。二人の兄弟は異なった道を歩いて来て、大人になって再会したとき、自分たちが今まで以上に離れてしまっていることに気づく。
A: 当夜の監督挨拶から始めようと思いますが、「父に連れられて初めて見た映画が、黒澤明の『デルス・ウザーラ』だった。学生時代には小津安二郎、溝口健二、成瀬巳喜男、今村昌平などの作品を見た」とスピーチしました。
B: 『デルス・ウザーラ』(ソ連=日本合作)は1975年のアカデミー外国語映画賞を受賞したのでスペインでも上映されたようですね。
A: スペイン公開は1976年10月ですが、監督は1975年生れだから公開時に見たはずはありません。何歳ごろ見たんでしょうか。舞台は1900年初頭のシベリア、言語はロシア語と中国語、キャストも日本人はゼロ、2部構成で2時間越え、しかし少数民族の猟師デルス・ウザーラが素晴らしく、これは間違いなく黒澤映画でした。
B: 本作は何回か上映される機会があったので若い方もご覧になっているかと思います。『影武者』などを貶すファンもこの時代のクロサワ作品は評価しているのではないか。
A: さて、プロデューサーで脚本を共同執筆した監督夫人のイサ・カンポ、彼女の初監督作品『記憶の行方』完成時にはまだ生まれていなかった娘さんも一緒に来日しました。マラガ映画祭2016で評価された『記憶の行方』でも夫妻のキャリア紹介をしています。その際に新作でリンクさせていた12年前の『時間の伝説』にも触れています。こちらは4年後の2010年6月に、当時はセルバンテス文化センターという名称だったインスティトゥト・セルバンテス東京で上映されました。
*『記憶の行方』の作品&共同監督フィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2016年04月29日
B: 当夜のQ&Aで、『時間の伝説』のタイトルの由来は、カマロンの歌からとったと答えています。確かにストーリーより、アーカイブ映像で登場したカマロン・デ・ラ・イスラやトマティトのほうが記憶に残っています。
A: 物語はフラメンコ歌手カンタオールの家系に生まれたイスラは、父の悲劇的な死以来、歌えなくなってしまう。一方、カンタオーラを目指して日本からやって来たマキコは、父の訃報を受け取る。同じ父親の喪失という現実を共有した二人を交錯させてドラマは進行する。
B: カマロンはサンフェルナンド出身、1992年に41歳という若さで亡くなった、文字通り伝説的な天才カンタオール、生れ故郷サンフェルナンドに眠っています。
A: 一方『二筋の川』はパコ・デ・ルシアの曲からとった。<Entre dos aguas>をググると、こちらが先にでてくる。マリソルさんブログを拝借すると、監督は「川というより水域であり、地中海と大西洋を指す。また、二人の子供時代と大人になったときも意味する」と由来を語っている。
B: 二つの海洋を隔てるジブラルタル海峡はすぐそばにある。兄弟がそれぞれ選ぶ生き方の違いを指していると思っていた。
A: 二人は共に人生を再建しようとしている点では同じ、過去の傷口が癒えていないことでも同じだから、方向も違うようで違わない。違いはイスラが自身との和解ができていないことです。
B: ハンサムな男の子であったイスラ(イスラエル・ゴメス・ロメロ)は、帰郷しても妻から歓迎されず、家族から追放されて心身ともに路頭に迷っている。環境の悪化と人生を見通す力に欠けており、復讐と屈服の狭間で揺れている。
A: 一方ハンサムではなかったチェイト(フランシスコ・ゴメス・ロメロ)は、確実に大人としての着地点を見つけている。他人に寛容で優しく、今や幸福であることのモデルになっている。
(3人とも若かった『時間の伝説』撮影時のイスラエル、監督、フランシスコ)
境界が曖昧なフィクションとドキュメンタリーに戸惑う
B: 現実とフィクションの境界が曖昧で戸惑いますが、それは作品的に問題ではない。
A: 前作より境界は希薄化され、フィクションが勝っている。二人は演技しているわけです。ただ冒頭のイスラの娘マヌエラの衝撃的な出産シーンはドキュメンタリー、イスラエルの奥さんロシオ・レンドンも本人です。これはプレミアされたサンセバスチャン映画祭 SSIFFのインタビューで語っていた。本映画祭にはイスラエルの3人の娘、来日した監督夫妻の娘も赤絨毯を一緒に歩いた。チェイト役のフランシスコ・ゴメス・ロメロは参加できなかったようでガラではスマホで感謝のスピーチをしていた。
(イスラエルの家族と監督、サンセバスチャン映画祭2018にて)
B: 登壇したイスラエルは感激の涙でスピーチできなかった。Q&Aで出産のシーンは「そのときでしか撮れないので、5年前に取りあえず撮っていた・・・入れ墨シーンもドキュメンタリー」と語っていました。
A: 過去の苦しみから解放されたくて、父の死を自身の背中に刻み付ける。衝撃的なシーンのもう一つは、チェイトと妻のセックスシーンです。スペインでは16歳以下保護者同伴の制限がついて公開されたのでした。
(本物だったイスラエルの刺青)
B: チェイトは軍人になり、家族の責任ある父親になっている。イスラは麻薬取引の廉で服役、出所しても妻から拒絶されている。しかしイスラエルは一度も刑務所に入っていない。
A: 子供だった頃の二人は、いろいろ将来の夢を描くことができた。しかし大人になった二人の道は狭まり、特にイスラは夢とはほど遠い現実に閉じ込められている。誰も彼を助けてくれないし、誰も彼らが直面している現実を見たくないし、知りたくない。もっと別の方向を見たい。
B: しかし彼らは排除されても、将来が見通せない時代を生きねばならない。
A: この映画はここ海抜ゼロメートル地帯のカセリアの浜辺で、二人の兄弟のキャラクターでしか撮れなかったという意味で、これはドキュメンタリーなのかもしれない。しかしイスラはイスラエルではない。彼は子供のときから映画俳優になること、ジャッキー・チェンのようになることが夢だった。
B: 『時間の伝説』の俳優募集を見て真っ先にオーディション会場に馳せつけた。
(舞台になったカセリアの浜辺を散策するイスラエル・G・ロメロ、2019年3月)
A: 400人の応募の列の一番前だった(笑)。意気込みが伝わりますよ。ラクエスタ監督との出会いは12歳のとき、父親は映画通りで亡くなっていたそうです。出会いからしてドラマだった。SSIFFで感涙にむせんだのも当然でした。
B: イスラが貝取りをしている浜辺は、泥の沼沢地のようだった。彼は子供のころ貝取りの名人、仕事は漁師になるか魚関係の仕事しかないところで、麻薬取引は隠れてやるというよりヘリを利用した大掛りなものでした。
A: これが監督の言う現実を刻みつけるということなのでしょう。
イスラとチェイトに尊厳をあたえたい――三部作の構想
B: 同じ人物を起用して、時間をおいて製作された作品には、フランソワ・トリュフォーの「アントワーヌ・ドワネル」シリーズが先ず思い出される。
A: ジャン=ピエール・レオを主人公に1959年に発表された『大人は判ってくれない』で始まる自伝的なシリーズ、1978年の『逃げ去る恋』で締めくくられた5作。すべてが自伝的とは言えなかったと思いますが。サンセバスチャンで「トリュフォーが映画は時間を捉えるのに役立つということを私に教えてくれた」と語っていた。
B: 前者はカマロンのファンタズマが音楽を通して常にコラボしているが、後者は音楽担当のラウル・レフェレとキコ・ベネノのバンドが語ってくれている。
A: とにかく社会的なポートレートは描きたくないようで、ホセ・ルイス・ゲリン、イランのアッバス・キアロスタミ、アルベルト・セラなどが好きな方には本作はお薦めかな。
(音楽を手掛けたラウル・レフェレとキコ・ベネノ、製作者アレックス・ラフエンテ
サンセバスチャン映画祭 2018 プレス会見にて)
B: 『二筋の川』に続く第3作目を構想中、三部作にしたいようですね。
A: インドの監督サタジット・レイの「オプー三部作」*のように登場人物に尊厳をあたえたい。完結編では二人はハッピーエンドになるだろうとも語っている。
B: 当夜のQ&Aでは、プロデューサーであり共同脚本家でもあるイサ・カンポには質問がなかったのでしょうか。
A: 彼女なくして作品は完成しなかった。本作の制作会社の一つLa Termita Films は、2011年に二人が設立した制作会社、主にイサ・カンポが担っている。
*「オプー三部作」とは、インドのベンガル出身の映像作家サタジット・レイ(1921~92)が、ベンガルの貧しい下級官吏の息子オプー少年の成長課程を追った作品。1955年の『大地のうた』、56年の『大河のうた』、59年の『大樹のうた』三部作。
スペイン映画祭2019開催*インスティトゥト・セルバンテス東京 ① ― 2019年06月06日 14:14
ハビエル・フェセル『チャンピオンズ』ほか、話題の最新作9作
★6月下旬、スペイン映画祭2019がインスティトゥト・セルバンテス東京にて開催がアナウンスされました。うち当ブログにてご紹介しておりました最新作を含む9作がエントリーされておりました。ラテンビート2018上映作品(『アナザー・デイ・オブ・ライフ』)や既にインスティトゥト・セルバンテス東京で上映された作品(『フリア・イスト』)の他、中編ドキュメンタリー(『イン・ビトゥイーン・デイズ』)も含みますが、日本語字幕入りでこれだけ纏め見できる機会はこれまでなかったことです。作品により早い時間帯もありますが、入場料は無料、申込みが必要です。トークなど詳細は、ゲストの都合で変更になることも考えられますので、インスティトゥト・セルバンテス東京のサイトをご確認ください。また当ブログではオリジナル・タイトルでのご紹介になっています。
*開催日:6月25日(火)~7月2日(火)
*場所:インスティトゥト・セルバンテス東京、地下1階オーディトリアム
*入場料無料・申込み先着順
◎6月25日(火)17:00~
『二筋の川』「Entre dos aguas」2018年、ドラマ、監督イサキ・ラクエスタ
*当ブログ紹介記事は、コチラ⇒2018年07月25日
◎6月26日(水)19:00~ (トーク予定アナ・シュルツ)
『内通者』(「Mudar la piel」)2018年、ドキュメンタリー、89分
監督クリストバル・フェルナンデス&アナ・シュルツ
◎6月27日(木)17:00~ (トーク予定イサキ・ラクエスタ)
『イン・ビトゥイーン・デイズ』(「Correspondencia fílmica」)2011年、
ドキュメンタリー、44分、監督イサキ・ラクエスタ&河瀨直美
◎6月28日(金)16:00~
『マリアとその家族』「María (y los demás)」2016年、ドラマ、監督ネリー・レゲラ
*当ブログ紹介記事は、コチラ⇒2016年08月14日
◎7月2日(火)18:30~ (トーク予定コバヤシ・オサム)
『アナザー・デイ・オブ・ライフ』(「Another Day of Life」)2018年、アニメーション&
実写、監督ラウル・デ・ラ・フエンテ&ダミアン・ネノウ
*当ブログ紹介記事は、コチラ⇒2018年10月08日/11月19日
★『内通者』と『イン・ビトゥイーン・デイズ』は未紹介、うち前者は共同監督のアナ・シュルツの父親フアン・グティエレスが主人公のドキュメンタリー。彼は1990年代、ETAとスペイン政府の和平交渉を忍耐強く仲介した物静かな碩学として尊敬されている。脚本アナ・シュルツ、撮影クリストバル・フェルナンデス。ロカルノ映画祭2018、サンセバスチャン映画祭2018出品作品、フェロス賞2019ドキュメンタリー部門ノミネーション。
(左から、アナ・シュルツ、クリストバル・フェルナンデス、フアン・グティエレス)
(サンセバスチャン映画祭2018にて)
第63回バジャドリード映画祭SEMINCI 2018*結果発表 ― 2018年11月02日 14:58
作品賞はカナダ映画、スペイン語映画は鳴かず飛ばずの結果でした
★カナダのフィリップ・ルサージュ監督の「Genese」(「Genesis」)が最高賞の「金の穂」(ゴールデン・スパイク賞)、監督賞にあたるリベラ・デル・ドゥエロ賞、さらにThéodore Pellerinが男優賞と3賞を受賞しました。ロカルノ映画祭からの注目作品、モントリオール・ニューシネマ・フェス2018の作品賞受賞作品。3人のティーンエイジャーの性の目覚めをめぐる物語、過去の作品「Les démons」同様、監督の自伝的な要素を含んでいるようです。カナダといってもフランス語圏なので言語はフランス語です。
(作品賞・監督賞のトロフィーを手に喜びのフィリップ・ルサージュ監督)
(男優賞受賞のTheodore Pellerinとガールフレンド役のノエ・アビタ、映画から)
★スペイン語映画としては、『笑う故郷』(「名誉市民」)のアルゼンチン監督ガストン・ドゥプラットのコメディ「Mi obra maestra」が観客賞を受賞しました。ベネチア映画祭2018のコンペティション外で上映された作品。ブエノスアイレスにギャラリーをもつ楽天的なインチキ画商アルトゥーロ(ギジェルモ・フランセージャ)と、彼とは対照的に人づきあいが苦手な画家レンソ(ルイス・ブランドニ)の二人は竹馬の友。
(出演者に挟まれたガストン・ドゥプラット監督)
★新設された「ドゥニア・アヤソ賞」(スペイン映画部門)に『カルメン&ロラ』の監督アランチャ・エチェバリアが受賞しました。開催中のラテンビート2018にエントリーされている作品です(来日中)。ドゥニア・アヤソ(カナリア諸島ラスパルマス1961~2014)は、夫君のフェリックス・サブロソと二人三脚で映画作りをしていましたが、若くして癌に倒れた。公開には至りませんでしたが意外と映画祭等で紹介されています。『ごめん、でもルーカスは僕が好きだったんだ』(97)『チュエカタウン』(07、脚本)が東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映、『チル・アウト!』、ラテンビート2009でも『ヌード狂時代/S指定』が上映されている。社会の暗部を炙り出すシリアス・コメディ映画が得意だった。アヤソ=サブロソ映画の常連だったカンデラ・ペーニャやアルベルト・サン・フアン、ジェラルディン・チャップリンなどを起用して撮った「La isla interior」(09)が遺作となった。
(アランチャ・エチェバリアと『カルメン&ロラ』のポスター)
(ラテンビート2018に来日したアランチャ・エチェバリア監督、
左はプログラミング・ディレクターのアルベルト・カレロ氏)
★名誉賞受賞者は、イランのモハマド・ラスロフ監督、ドイツのマルガレーテ・フォン・トロッタ監督、スペインからはイシアル・ボリャイン監督、フアン・アントニオ・バヨナ監督、俳優のエドゥアルド・フェルナンデスの5名。
(中央がJ.A. バヨナ、左側フェルナンデス、ボリャイン、右側フォン・トロッタ、ラスロフ)
(トロフィーを手に登壇した名誉賞受賞者たち)
★モハマド・ラスロフMohamad Rasoulof 監督は、カンヌ映画祭「ある視点」の常連、なかでカンヌ2017の「Lerd (A Man of Integrity)」が作品賞を受賞、第62回SEMINCIでは監督賞を受賞した。全て未公開のようですが、第12回東京フィルメックスに『グッドバイ』がコンペティション部門に正式出品されている。今回は来バジャドリードはなく、ビデオでの参加だったようです。
★マルガレーテ・フォン・トロッタ Margarethe von Trotta(ベルリン1944)は、ジャーマン・ニューシネマのリーダーの一人、『ローザ・ルクセンブルク』(西ドイツ86)はマルクス主義者ローザ・ルクセンブルクの伝記映画、翌年公開された。ほか東京国際映画祭2012コンペティション部門に出品された後、公開された『ハンナ・アーレント』が代表作、後者は第57回SEMINCIでシルバー・スパイク賞を受賞している。
★スペイン人シネアストについては、既に当ブログではご紹介済みにつき割愛します。下の写真はカジェタナ・ギジェン・クエルボの司会で国営テレビ出演のスペインの3人。
(左から、ボリャイン、バヨナ、ギジェン・クエルボ、フェルナンデス)
★前回アップしたオープニング作品だったミゲル・アンヘル・ビバスの「Tu hijo」や、アルゼンチンのパブロ・トラペロの「La Quietud」(フランス合作)は残念でした。
第63回バジャドリード映画祭2018*マット・ディロンにスパイク栄誉賞 ― 2018年10月27日 15:04
ミゲル・アンヘル・ビバスの「Tu hijo」で開幕
(映画祭総ディレクターのハビエル・アングロ、市長オスカル・プエンテ、
トロフィーを手にしているのが文化担当議員のアナ・レドンド)
★去る10月20日(~27日)、通称SEMINCI(Semana Internacional de Cine de Valladolid、1956年設立、バジャドリード市が後援)で親しまれているバジャドリード映画祭2018がミゲル・アンヘル・ビバスの「Tu hijo」で開幕しました。17歳の息子を殺された父親の復讐劇、その父親にホセ・コロナドが扮します。最優秀作品賞は「Espiga de Oro金の穂」、日本ではゴールデン・スパイク賞と紹介されている。今回スパイク栄誉賞が米国の俳優・監督マット・ディロンに贈られることになって現地はファンで盛り上がっているようです。今年で63回とスペインではサンセバスチャン映画祭に次ぐ老舗の映画祭、過去にはスタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』(71)、ビリー・ワイルダーの『フロント・ぺージ』(74)、ミロス・フォアマンの『カッコーの巣の上で』(75)、リドリー・スコットの『テルマ&ルイーズ』(91)など、伝説に残るような作品が受賞しています。
*SEMINCIの紹介記事は、コチラ⇒2016年11月15日
(本映画祭はレッドではなくグリーンカーペット、マット・ディロン、10月20日)
(ホセ・コロナドからスパイク栄誉賞を受け取るマット・ディロン、10月21日)
★国際映画祭ですが、やはり自国の映画に話題が集中、セクション・オフィシアルのオープニング作品「Tu hijo」のミゲル・アンヘル・ビバス監督以下、主演のホセ・コロナド、その息子になる若手ポル・モネンなどキャスト陣が脚光を浴びているようでした。ホセ・コロナドは昨年4月に心臓のステント手術を受けたばかりですが、仕事をセーブする気配もなく、マドリード暗黒街のドンに扮したTVシリーズ「Gigantes」(8話)出演など、強面が幸いして引っ張りだこ状態です。
(左から、シンボルマークを囲んでポル・モネン、ビバス監督、ホセ・コロナド)
(共演のアナ・ワヘネル、エステル・エクスポシトも加わり、グリーンカーペットに勢揃い)
★映画国民賞にプロデューサーのエステル・ガルシアが受賞したこともあって、初めて女性プロヂューサー27人が一堂に会しました(写真下、前列左がエステル・ガルシア)。日本と比較して多いのか少ないのか分かりませんが壮観です。女性シネアストの機会均等、作品を裏から支えるだけでなく、製作者の可視化も必要ということもあるようです。
(開会式が行われるカルデロン劇場に会した女性プロデューサーたち、10月20日)
★10月26日、今年は以前ジャーナリストであったレティシア王妃が現地を表敬訪問され、サイレント喜劇『ロイドの要人無用』(1923)を鑑賞された(フレッド・ニューメイヤー&サム・テイラー監督の無声映画「Safety Last !」)。主演は三大喜劇俳優の一人ハロルド・ロイド。日本でも無声映画のファンが増え、ロイド喜劇シリーズはDVDで鑑賞できる。
(映画祭関係者に囲まれて記念撮影に臨んだレティシア王妃、10月26日)
(『ロイドの要心無用』のスペイン題「El hombre mosca」のポスター)
★間もなく受賞結果が発表になりますが、いずれアップいたします。以下の写真は主な出席者。
(開会式で挨拶するカルロス・サウラ)
(ファンの求めに応じてスマホにおさまるバルバラ・レニー、グリーンカーペットで)
ウエルバ映画祭2017結果発表*アルゼンチンの「La novia del desierto」 ― 2017年11月24日 14:05
二人の女性監督のデビュー作が「金のコロン」作品賞を受賞
★第43回を迎えたイベロアメリカ・ウエルバ映画祭2017の結果発表がありました(11月18日)。本映画祭紹介は初めてですが、今年は当ブログで紹介したアルゼンチンのセシリア・アタン&バレリア・ピバトの長編デビュー作「La novia del desierto」(アルゼンチン=チリ合作)が最優秀作品賞「金のコロン」(ゴールデン・コロンブス賞)、主演のパウリナ・ガルシアが女優賞「銀のコロン」、同じく共演者のクラウディオ・リッシが男優賞、さらに合作映画に与えられる共同製作賞などの大賞を独り占めしたのでアップいたします。カンヌ映画祭2017「ある視点」ノミネーション作品。
*「La novia del desierto」の紹介記事は、コチラ⇒2017年5月14日
(パウリナ・ガルシアとクラウディオ・リッシ)
(二人の監督、セシリア・アタンとバレリア・ピバト)
★授賞式には両監督は欠席、主役のパウリナ・ガルシアがメッセージを代読、配給元のプロデューサーロレア・エルソが「世界のすべてのテレサたちに捧ぐ」とコメントした(テレサとはパウリナが演じた54歳になる身寄りのない家政婦の名前)。プレゼンテーターは今回の審査委員長メキシコの監督ルシア・カレーラス、日本では『うるう年の秘め事』(マイケル・ロウ、LB2011)や『金の鳥籠』(ディエゴ・ケマダ=ディエス、難民映画祭2014)の脚本家として認知されているが、2011年「Nos vemos, papa」で監督デビューを果たし、2016年の第2作「Tamara y la Catarina」は評価も高く、今回の審査委員長指名になった。
(左から、ルシア・カレーラス、パウリナ・ガルシア、ロレア・エルソ、授賞式にて)
★ウエルバ市はアンダルシア州ウエルバ県の県都、隣県セビーリャ、カディス、バダホス、ポルトガルに接し、南はカディス湾に面している。どちらかというと芸術文化には縁の薄い産業と農業の町です。作品賞に命名された「コロン」は、1492年にコロンブスが最初の航海に出た港がウエルバ県のパロス・デ・ラ・フロンテラだったからです。まだフランコ体制だった1974年設立、第1回開催が1975年、インターナショナルではなくスペイン語とポルトガル語映画に特化した映画祭、イベロアメリカの発展振興を世界に向けて発信するのが目的です。今年の受賞国アルゼンチンが10回、続くブラジルとチリが7回、他スペイン、ポルトガル、メキシコ、キューバ、ウルグアイなどが各3~5回、時代によってかなり変化があります。
★オフィシャル・セレクションはドキュメンタリーを含む長編と短編に分かれ、長編部門の最高賞が「金のコロン」、短編が「銀のカラベラ」です。カラベラcarabelaは15~6世紀の航海時代に使用された3本マストの快速小型帆船のことで、コロンブスの第1回航海に使用されたことに因んで命名された。従って金賞は長編作品賞のみです。他にコンペティション部門とは関係なく選ばれる、栄誉賞にあたる「ウエルバ市賞」(1998年より)、アンダルシア出身の監督作品に与えられる「フアン・ラモン・ヒメネス賞」、新人監督賞、観客賞(El eco de los aplausos)他があります。
★今年は12作がノミネートされ、そのうち当ブログで紹介した作品は、受賞作の他、ベルリン映画祭2017の銀熊脚本賞に輝いたセバスティアン・レリオの「Una mujer fantástica」(チリ)、カンヌ映画祭併催の「批評家週間」に正式出品されたマルセラ・サイドの第2作「Los perros」(チリ)、エベラルド・ゴンサレスのメキシコの闇を切り取った問題作「La libertad del díablo」(メキシコ、ドキュメンタリー)などがあります。賞に絡んだのは、マルセラ・サイドの「Los perros」が「イベロアメリカの現実を反映した映画」として、ラジオ・エクステリアRadio Exterior de España賞、主役を演じたダニエラ・ベガが女優賞を取るかと予想した、セバスティアン・レリオの「Una mujer fantástica」は観客賞を受賞した。既にベルリンやカンヌでワールド・プレミアした作品ですが、チリの躍進が目立った印象でした。
*「Una mujer fantástica」の紹介記事は、コチラ⇒2017年1月26日/同年2月22日
*「Los perros」の紹介記事は、コチラ⇒2017年5月1日
*「La libertad del diablo」の紹介記事は、コチラ⇒2017年2月22日
(アントニア・セヘルスとアルフレッド・カストロ、ポスターから)
(女性に性転換したマリアを演じたダニエラ・ベガ、映画から)
(「La libertad del díablo」のエベラルド・ゴンサレス監督)
★栄誉賞「ウエルバ市賞」をアルゼンチンの俳優ダリオ・グランディネッティが受賞、登壇したハイメ・チャバリにエスコートされたアナ・フェルナンデスの手からトロフィーを受け取った。1959年サンタ・フェ生れの58歳、アルモドバルの『トーク・トゥ・ハー』や『ジュリエッタ』、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』で知名度を高めている。2016年の受賞者はキューバのホルヘ・ぺルゴリア、2015年はベレン・ルエダ、アイタナ・サンチェス=ヒホンの複数、年によって数がまちまちです。他にアルゼンチンからは、アドルフォ・アリスタライン監督、ベテラン俳優のフェデリコ・ルッピ、レオナルド・スバラグリア、エルネスト・アルテリオなどが受賞者。
(トロフィーを手にダリオ・グランディネッティ)
第14回セビーリャ映画祭2017*結果発表 ― 2017年11月15日 15:46
「金のヒラルダ賞」はポルトガルの “A fábrica de nada”
★映画祭最終日の11月11日夜にロペ・デ・ベガ劇場で結果発表がありました。審査員はトーマス・アルスラン、アガート・ボニゼール、フェルナンド・フランコ、パオロ・モレッティ、バレリエ・デルピエレの6人。スペインのメイン映画祭としては締めくくりとなるセビーリャ映画祭の金のヒラルダ賞 Giraldillo de Oro を制したのは、ポルトガルのペドロ・ピニョ Pedro Pinho の “A fábrica de nada”(The Nothing Factory)でした。カンヌ映画祭併催の「監督週間」の FIPRESCI 受賞作品。ドキュメンタリーとフィクションさらにミュージカルを大胆にミックスさせ、現代ポルトガルの複雑な経済状況をレトリックを排した詩的な視点で切り取り、そのオリジナル性が評価された。スペイン語映画ではありませんが、これは公開が待たれる映画の一つです。
★上映時間3時間に及ぶミュージカル・ドラマ “A fábrica de nada” 完成の道のりは困難を極めたと監督、本国ポルトガルでも9月下旬に公開できたのは映画祭の評価のお蔭とも語っていた。ヨーロッパといってもフランスのような映画大国とは異なり、ポルトガルの現状は厳しい。「経済危機は全ヨーロッパで起きている普遍的なテーマだから、海外の観客にも容易に受け入れられてもらえると思う」と、受賞の喜びを言葉少なに語っていた。また「ペドロ・コスタやセーザル・モンテイロのような同胞が道を開いてくれたお蔭」と先輩監督への感謝も述べていた。若いが謙虚な人だ。映画祭上映以外では、目下のところアルゼンチンとフランスが公開を予定している。
◎審査員大賞:ドイツ映画 “Western”(監督ヴァレスカ・グリーゼバッハの第3作)カンヌ映画祭コンペティション外出品、多くの国際映画祭に出品されている。
◎審査員スペシャル・メンション:ルクレシア・マルテルの『サマ』(アルゼンチン、スペイン他合作)、ベネチア映画祭コンペティション外出品、話題作ながら過去の映画祭受賞歴がなく、やっと審査員賞に漕ぎつけました。アカデミー賞外国語映画賞アルゼンチン代表作品。
*『サマ』の紹介記事は、コチラ⇒2017年10月13日&10月20日
◎監督賞:フランスのマチュー・アマルリックの “Barbara”、カンヌ映画祭「ある視点」出品、シネマ・ポエトリー賞受賞作品。「映画はこの上なく強力になっている。(ヨーロッパ)映画の寿命が尽きたというのは間違いだ。私は楽観主義者なんだ」とアマルリック監督。彼は映画の将来性を信じているネアカ監督、独立系の制作会社で苦労したペドロ・ピニュとは対極の立場、互いの置かれた状況が鮮明です。「以前のようにはいかないが」カンヌ映画祭の後、15ヵ国で公開されたとも。新しい技術の導入でコストも下げられることを上げていた。
(ヨーロッパ映画は死んでいないと語る、マチュー・アマルリック、セビーリャ映画祭にて)
◎男優賞:イタリアのジョナス・カルピニャーノの第2作目 “A Ciambra” で14歳の主人公を演じたピオ・アマトが男優賞を受賞しました。カルピニャーノの同名短編 “A Ciambra”(2014、16分)、数々の受賞歴のあるデビュー作『地中海』(2015)にも出演しており、こちらはイタリア映画祭2016で上映された。家族の団結が最優先のシチリア島のチャンブラを舞台に、ロマの少年ピオと家族が遭遇する困難が語られる。キャスト陣も重なっており、いわば短編とデビュー作のスピン・オフ的作品。シチリア系移民の家庭に育ったマーティン・スコセッシがエグゼクティブ・プロデューサーを務めている。個人的に金賞を予想していたのが本作でした。カンヌ映画祭併催の「監督週間」でラベル・ヨーロッパ映画賞受賞、アカデミー賞外国語映画賞イタリア代表作品。
(男優賞受賞のピオ・アマト、映画から)
★その他、女優賞はイタリア映画 “Pure Hearts” の Selene Caramazza セレネ・カラマツァ、脚本賞はフランス映画 “A Violent Life” のティエリー・ド・ペレッティ、撮影賞はデンマーク=アイスランド合作映画 “Winter Brothers” の Maria von Hausswolff など、主要な賞はそれなりにばらけました。
◎アンダルシア・シネマライターズ連合ASECAN作品賞には、カルロス・マルケス=マルセの “Tierra firme”(Anchor and Hope)が受賞した。スペイン公開11月24日。
* “Tierra firme” の簡単な紹介記事は、コチラ⇒2017年11月7日
(左から、ナタリエ・テナ、ウーナ・チャップリン、ダビ・ベルダゲル、映画から)
◎「Las nuevas Olas」いわゆるニューウエーブ部門はセビーリャ大学の関係者6名が審査に当たる。スペイン語映画をピックアップすると、作品賞にはアドリアン・オルのドキュメンタリー “Niñato” が受賞した。
* “Niñato” の紹介記事は、コチラ⇒2017年5月23日
(アドリアン・オルのドキュメンタリー “Niñato” のポスター)
◎オフィシャル・コンペティション・レジスタンス部門の作品賞には、パブロ・ジョルカの “Ternura y la tercera persona” が受賞した。この受賞者にはDELUXEとして次回長編プロジェクトのためのマスターDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)最高6000ユーロが提供される。
◎DELUXE賞には、マヌエル・ムニョス・リバスの “El mar nos mira de lejos” が受賞した。マスターDCPが提供される。
★主なスペイン語映画の受賞作は以上の通りです。1年で360日はどこかで開催されているのが映画祭、現在でもスペインではウエルバ映画祭が開催中、インディペンデントの映画祭がなければ埋もれてしまう作品が多数、受賞して運よく公開されても1週間で打ち切りになるケースもあるとか、映画の平均寿命は年々短くなっているというのが、映画祭関係者の悩みのようです。スクリーンでは観ないという観客が増えていく傾向にあり、鑑賞媒体の変化に対応する工夫が必要な時代になったのは確かです。
最近のコメント