ロドリゴ・ガルシアのメキシコ映画『逸す』*Netflix 鑑賞記2025年12月13日 11:54

         ロドリゴ・ガルシアのスペイン語映画「Las locuras / The Follies

  

          

 

★コロンビア生れのメキシコシティ育ちの監督、脚本家、製作者、撮影監督と多才なロドリゴ・ガルシア・バルチャに生涯ついて回るだろう「ノーベル賞作家『百年の孤独』のガボの息子」、有名な父親を誇りにも重荷にも思っているに違いない。長編デビュー作「Things You Can Tell Just by Looking at Her」が、サンダンス映画祭1999NHK賞を受賞、翌年カンヌ映画祭「ある視点」でグランプリを受け、お蔭で『彼女を見ればわかること』の邦題で公開され話題となった。

  

     

         (スペイン語版『彼女を見ればわかること』のポスター)

 

監督紹介:映画に絞って駆け足でキャリアを紹介すると、1959年コロンビアのボゴタ生れのメキシコ育ち、コロンビアの映画・TV監督、脚本家、製作者。現在米国在住のようだが国籍はコロンビア、父親はガブリエル・ガルシア・マルケス、母親はメルセデス・バルチャ・パルド、ハーバード大学で中世史を専攻、後アメリカン・フィルム・インスティチュートで映画を学ぶ。


1989年、撮影監督としてキャリアをスタートさせる。『彼女を見ればわかること』の後、2005年「Nine Lives」(『美しい人』)でロカルノ映画祭の金豹・ユース審査員賞ほか、2008年には、「Passengers」(『パッセンジャーズ』)、「Mother and Child」(09、『愛する人』)、2010年メキシコ革命100周年を記念して製作された若手監督10人による『レボリューション』に参画、「Albert Nobbs」(11、『アルバート氏の人生』)でサンセバスチャンFFセバスティアン賞、「Last Days in the Desert」(12、『ユアン・マクレガー 荒野の誘惑』)、「Four Good Days」(20、『フォー・グッド・デイズ』)、「Raymond & Ray」(22、『レイモンド&レイ』)など。TVシリーズ化された『百年の孤独』(24、全16話)の製作者の一人として参画、昨年半分の8話がNetflixで配信されている。メキシコ現大統領クラウディア・シェインバウムは義姉に当たる。

 

         

           (父親に似てきたロドリゴ・ガルシア監督)

       

★第1作から英語で撮りつづけてきたが、メキシコの名優ダニエル・ヒメネス=カチョを主役に、オリーブ農園の或る個性的な家族を描いた「Familia」(23)というスペイン語映画をNetflixで撮った。同年12月からFamilia 我が家』の邦題でストリーミング配信されている。キャストに、イルセ・サラス、カサンドラ・チャンゲロッティ、ナタリア・ソリアン、アンヘレス・クルス、ナタリア・プラセンシア、ヴィッキー・アライコなどが、スペイン語映画2作目となる『逸す』Las locuras / The Folliesに重なって出演している。以下にキャスト紹介をしていますが、メキシコを代表する演技派をこれほど大勢起用できたことに驚きました。

     

        

          (ネットフリックスFamilia 我が家』のポスター

 

 

 『逸す』Las locuras / The Follies 

製作:Panorama

監督・脚本:ロドリゴ・ガルシア

撮影:イゴル・ハドゥエ(ジャドゥエ)・リロ

音楽:ハビエル・ヌーニョ、トマス・バレイロ

キャスティング:ルイス・ロサレス

美術・プロダクションデザイン:サンドラ・カブリアダ

衣装デザイン:マリア・エステラ・フェルナンデス

メイクアップ:イツェル・ペニャ・ガルシア

音響:ラウル・ロカテリ

製作者:ヘラルド・ガティカ・ゴンサレス、パブロ・シンブロン・アルバ、(エグゼクティブ)ヒメナ・カルボ、フアネロ・エルナンデス

 

データ:製作国メキシコ、2025年、スペイン語、ドラマ、121分、配給Pimienta Films、公開メキシコ1113日限定、20251120Netflix配信開始

映画祭・受賞歴:第23回モレリア映画祭FICM 20251011日)、第40回マル・デル・プラタ映画祭(1115日)

 

キャスト:カサンドラ・チャンゲロッティ(レナタ136話)

アルフレッド・カストロ(レナタ父イスマエル、16話)

ヴィッキー・アライコ(イスマエルのパートナー、カード占い師アルバ、136話)

ナイアン・ゴンサレス・ノルビンド(ペネロペ/ペニー、動物病院の獣医、12話)

ラウル・ブリオネス(アウレリオ・ガメス、同上、12話)

モニカ・デル・カルメン(犬の飼主リタ、2話)

ダニエル・トバル(リタの夫ガストン、2話)

イルセ・サラス(レナタの恋人ミランダ13話)

アドリアナ・バラサ(ミランダの母イレネ、3話)

フアンキ・ドゥラン(タクシー運転手、3話)

アンヘレス・クルス(イルランダ精神科医セラピスト、14話)

ルイサ・ウエルタス(イルランダの母パス、4話)

ロベルト・ソサ(イルランダの元夫ファクンド、4話)

メルセデス・エルナンデス(イルランダの妹イタリア、4話)

テレサ・サンチェス(イルランダの妹ガリシア、4話)

ガビノ・ロドリゲス(ガリシアの夫オメロ、4話)

アナ・ソフィア・フェリックス(パウリナ、4話)

ナタリア・ソリアン(レナタの妹ソレダード舞台女優、15話)

フェルナンド・カットリ(バレンティン舞台俳優、5話)

ナタリア・プラセンシア(マルティナ演技指導者、5話)

フェルナンダ・カスティーョ(金融仲介業者セレナ・ロペス・レナ6話)

他多数

 

ストーリー:メキシコシティに突然降り出した雨の一日、個人が自分に課した制約、社会的圧力、家族の期待に彩られた自己発見の旅を歩む6人の女性が語られる合唱劇。人間の感情が限界まで追い込まれたときの強烈さと本物らしさを受け入れるとき、本当の自由とは、勇気とは何かという問いが生まれます。個人のアイデンティティ、不安、自由が、予期せぬ困難に直面するなかで試される。

 

 

           1話『罪と罰』レナタの罪と罰

 

A: 全体が6話に分かれ、それぞれ著名な書籍のタイトルが付けられている。第1話はドストエフスキーの『罪と罰』、その他シェイクスピア、フローベール、カルペンティエルなどの代表作のタイトルがついている。それぞれ独立しているようだがレナタを通じて繋がっている。ロバート・アルトマンが生みの親と言われる群像劇またはアンサンブル劇、スペイン語映画では合唱劇と称している。

B: 無関係だった複数の登場人物が出たり入ったりして複雑に絡み合って展開していく。前作と同じようにセリフの多い映画です。

 

A: 合唱劇とはいえ核になる人物がいて、本作ではカサンドラ・チャンゲロッティが演じた躁鬱混合状態のレナタと、アルフレッド・カストロ扮する父親イスマエルの父娘である。サン・ミゲル・チャプルテペック地区にあるイスマエルの家のメインルームで始り最後には戻ってくる円環的な物語でもある。深い喪失を生きているレナタの右足にはGPS端末が装着されている。アクセルを踏み続けるレナタの罪が分かるのは最後の6話まで待たねばならない。

   

    

          (カサンドラ・チャンゲロッティ扮するレナタ)

 

B: サン・ミゲル・チャプルテペックは、メキシコシティのチャプルテペック公園の南に位置する旧市街、歴史的な建造物が残っており、主に中産階級が住んでいる。第1話には「忙しくしてないと、おかしくなる」という金融仲介業のやり手セレナ以外の5人が手際よく登場する。

   

       

        (躁状態で一睡もしないレナタの逃亡を心配するイスマエル)

 

A: 監督がモレリア映画祭で「この物語は、自分の友人たちが双極性障害の躁状態を経験していることに触発された」と語っているように、レナタの家族が核になっている。3歳年下の妹ソレダード(5話)、獣医のペネロペ(2話)、精神科医のイルランダ(4話)、レナタの恋人ミランダ(3話)と手際よく出揃う。

B: 双極性障害発症の原因は現在でもはっきりしないが、ラテンアメリカ映画に特徴的な「父親不在」でなく、「母親不在」が一因らしきことが暗示されている。精神的な病を抱えているレナタが他の女性を巻き込んでいくが、それは〈狂う〉でなく〈乱れる〉である。

 

A: チャンゲロッティは「レナタに対して抱く共感は、彼女が小さいときに母親が出て行ったという事実です」と語っているように、少なくとも彼女はそう解釈して演技したということです。一度壊れてしまった人間関係の修復は容易でない。

B: チャンゲロッティは、『Familia 我が家』でも、三姉妹のうち精神が不安定な次女を演じていたが、イルセ・サラス主演の『グッド・ワイフ』でも共演している。

 

A: 監督の一部が投影されているような父親を演じたアルフレッド・カストロについては、既にキャリア&フィルモグラフィーを紹介しております。本作の撮影終了後、文化に敬意をはらわないチリに愛想をつかして軸足をスペインに移した。チリの映画のみならず舞台芸術を牽引していただけに残念です。スペイン国籍も取得済みです。

B: 才能流出は止められないが、パブロ・ララインとのコラボは続けてほしい。イスマエルのパートナー役アルバに扮したヴィッキー・アライコの自然体の演技も魅力の一つ、前作では出番が少しで残念でしたが、本作では総じて脇役に重量級を起用している。

アルフレッド・カストロのキャリア紹介は、コチラ20240523

 

        2話『眠れる森の美女』、危機がエネルギーのペネロペ

 

A: 監督もカストロも70歳という年齢の壁を前にして、自身を解放する必要に迫られている。さて第2話、獣医のペネロペとアウレリオは恋人同士、開業資金を溜めるため死期の迫った動物の安楽死に走り回っている。アウレリオを演じたラウル・ブリオネスも重量級の脇役なら、飼い犬ペニーの安楽死を依頼したリタ役モニカ・デル・カルメンと夫役のダニエル・トバルも重量級です。

B: この日本贔屓らしい飼い主夫婦もかなり変わっていて、リタに手こずる夫ガストンも同類のようだ。我が子のように可愛がるのは分かるとして、自分たちが飼い犬の〈パパとママ〉とは尋常じゃない。しかしスター犬ペニーの名演技に感心した。

   

       

          (愛犬ペニーを手離せないリタを宥めるペネロペ)  

 

A: どんな名優も子供と動物には勝てません。今泣いたガラスよろしく、ライオンキングの仮装で浮き浮き出かける夫婦にぎょっとします。本作は女性の視点で描かれていますが、それは「最初からの意図ではなく、脚本執筆の過程で自然とそうなった」と監督。しかし「女性中心のアプローチになったが、登場する人物たち全員がたどる旅路についての映画だ」とも語っている。

B: モニカ・デル・カルメンの「アリガト、マタネ」は、なんの皮肉か。おかしな日本贔屓に笑ったけど複雑な気分です。男性優位が国是のメキシコもマッチョな男性は流行おくれなのか、見た目は〈婦唱夫随〉の家族に乾杯しよう。

 

A: 劇中、仮装した夫ガストンにはライオンの仮面を被らせて表情を視聴者に想像させている。写真のような笑顔でしょうか。ダニエル・トバルは、ロドリゴ・プラのデビュー作「La zona」(07)に少年役で出演した。スリリングな階級憎悪を描いた本作は、今のメキシコでは現実味を帯びてきている。

B: ガストンは中年男性だが、トバル本人は1989年生れです。

   

     

       (リタ手作りのライオンキングの仮装の二人に挟まれた監督)

 

A: レナタに「生き物を楽にすることで死の不安を抑えている」と図星を指されたペネロペ、これから処置しようとする犬の名前が偶然自分と同じと分かってバランスを崩す。あまりに刺激的すぎる。レナタに「犬は最後に何を思う?」と尋ねられたことを思い出す。「私なら何を思うのだろうか」と。危機をエネルギーにしているペニーを演じたナイアン・ゴンサレス・ノルビンドもミシェル・フランコの『ニューオーダー』の主役を射止めて以来引っ張り凧。1992年メキシコシティ生れだが、ノルウェー系メキシコ人で教育はソルボンヌ大学、ロンドン音楽演劇アカデミーで学んでいる。メキシコでは異色の経歴、飛躍が期待できそう。因みに『或る終焉』に出演しているナイレア・ノルビンドは実母です。

   

      

              (放心状態で座り込むペネロペ)

 

B: 『ニューオーダー』は、毀誉褒貶あるなかでベネチアFF2020銀獅子賞の審査員グランプリを受賞した作品、モニカ・デル・カルメンも出演している。最悪の偶然にアウレリオも動揺を隠せない。先ほどのレナタの分析が頭から離れないペネロペは、アウレリオに八つ当たり、我慢強い恋人も「またぞろ始まった」堂々巡りにうんざりする。でも二人は離れられない運命共同体。

A: ブリオネスは、デル・カルメンと共演したアロンソ・ルイスパレシオの『コップ・ムービー』(21)で紹介しているが、同監督の「La cocina」(24)が『ラ・コシーナ/厨房』の邦題で公開された。この2作でアリエル主演男優賞を受賞している。

   

      

    

            (運命共同体のペネロペとアウレリオ)

 

モニカ・デル・カルメンとラウル・ブリオネスのキャリア紹介は、コチラ20210828

『ニューオーダー』の紹介記事は、コチラ20220613

 

         3話『感情教育』メンタルヘルスは恥ではない

 

B: 第3話のタイトルは、フローベールの『感情教育』、イルセ・サラス演じる仲介業者の妻ミランダ、母親とも家族とも上手くいってない。

A: 適応障害とは言えないが、夫の仕事関係のパーティで数日知り合ったばかりのレナタに執着している。レナタがペネロペの携帯から助けを求めていたお相手です。午前中に白内障のオペをしたばかりの病院帰りの母親とのあけすけなバトルが見もの。もう片方のオペがすんだら離婚して自由になるつもり、キューバかドミニカに出掛けてやり直したい。髪を金髪にしてまだ人生を諦めていない母親役のアドリアナ・バラサの人格設定も切実だから笑えない。バラサはアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『バベル』(06)出演で、オスカー賞とゴールデングローブ賞助演女優賞にノミネートされた。

         

                

              (イルセ・サラス扮するミランダ)

  

      

   (ミランダの母親役のアドリアナ・バラサ)

 

B: 夫の悪口に娘であるミランダもやりきれないが、レナタに早く会いたいミランダにはどっちでもいい。イルセ・サラスは、前作では麻酔医師をしている三姉妹の長女を演じていた。

A: アレハンドラ・マルケス・アベジャの公開作品『グッド・ワイフ』や、撮影監督ロドリゴ・プリエトの監督デビュー作『ペドロ・パラモ』など、カストロに次いで知名度が高い。当ブログでも紹介している作品が多く、他に夫アロンソ・ルイスパレシオスのデビュー作『グエロス』にも出演している。彼との間に子供が2人いる。

   

  

                (レナタとミランダ)

 

B: 馬鹿げた金持ち母娘に悪乗りして、ちゃっかり稼いでいるタクシー運転手役フアンキ・ドゥランも笑えます。レナタ、ミランダ、イスマエルのほか、イルランダとアルバも登場、イルランダはアルバを見て火花を散らす伏線が張ってある。

A: 作品によっては回収されない伏線もありますが、ここは次の第4話で回収される。アルバは気づかないが、イルランダの元夫ファクンドとアルバは、かつて性的関係にあったことが暗示される。性的アイデンティティの抑圧が語られるわけですが、タブー視されてきたメンタルヘルスは誰にでも起こりうる。

    

『グッド・ワイフ』の作品紹介は、コチラ20190414

『グエロス』の作品紹介は、コチラ20141003

『ペドロ・パラモ』作品紹介は、コチラ20241204

 

     4話『種への旅』人生は死から誕生へと反対に語ったほうがいい

 

B: 第4話のタイトルは、アレホ・カルペンティエルの短編集『時との戦い』の1編「種への旅」、人生は死から誕生へと反対に語ったほうがいい。時は逆行して老人は若くなり、壮年時代、少年時代を経て幼児になり胎児となる。

A: 本エピソードの主人公はイルランダ、精神科医、今は症状が軽い患者のセラピーをしている。今日は生きてれば99歳になる父親の誕生日、母親が娘や知人を自宅に招いて食事会が行われる。しかし招待客のなかにイルランダのロベルト・ソサ扮する元夫ファクンドがいたことで不穏な空気になる。彼は『ペドロ・パラモ』で神父役を演じていた。

   

      

         (かつての姑の信頼を受けているファクンド役、監督とのツーショット)

 

B: ファクンドが犯した罪の数々が暴露され、さらにイルランダと二人の妹との軋轢やら母親の一方的な非難など、彼女の家族の禁忌の過去に遡って行く過程で食事会は台無しになる。

A: 知的で成功した人々が冷静さを失う可能性が語られるわけですが、一番強烈なのは、愛されていたと思っていた父親が、実は「必死で愛しているフリをしていた」だけ、今日イルランダを招いたのも「慈悲の心から」という母親の言葉でしょう。

   

   

             (頭がよい努力家、誰からも愛されないイルランダ)

 

B: 上から目線に苛立つのは分かるとして、「生意気で横柄、傲慢で自分勝手、親切心などかけらもない」などと責め立て、「結婚前からアルコール依存症だった」と追い打ちをかける。まるでファクンドの裏切りの責任が、あたかもイルランダだけにあると断罪する。母親が娘に対してこれほど残酷になれるものかと驚く。

    

      

          (妹ガリシア、イルランダ、妹イタリア、母親)

 

A: 母や妹ガリシアの怒りの対象はイルランダ個人でないように感じますね。メキシコに根を下ろした人種差別、女性蔑視、同じ姉妹でも「勉強のできた」イルランダだけが大学教育を受けられたことへの不満、家族のお蔭で医者になれたのに偉そうに自分たちを見下している高慢さ、白人でない彼女たちの屈辱感や恨みは、対象が大きすぎるために社会ではなく身近な個人に向かっていく。

B: 自分たちが心のなかに溜めこんだ不満の捌け口を誤っている。いずれメキシコにはびこるマチスモやレイシズムは最終エピソードで語られることになる。                                                                           

 

A: 家族の過剰な期待は、時として敵となりえます。重要なセリフが凝縮されている章でもあり、衝撃的な結末にやりきれないが、こんな復讐の仕方でよかったのでしょうか。私たちは「光のない暗闇で生きている」から、普通の人でも「悲しみや怒りを強く持つ人」にはセラピーは救いになる。それに「セラピーは自己発見に役立つ」と、イルランダは先ほど語っていたではないか。

B: 彼女は社会的弱者とはいえないが、6人のなかで唯一のメスティーソの女性です。前作ではオリーブ農園の家事を一手に引き受けて、農園主だけでなく家族全員の信頼を受けている役柄を好演していた。

 

          5話『響きと怒り』支配されることへの恐怖

 

A: タイトルはウィリアム・フォークナーの人生の虚無を描いた『響きと怒り』、シェイクスピアの戯曲『マクベス』にある彼の独白「愚か者の話は〈騒々しさと激しさ〉はなはだしく、他愛のないことです」から採られている。

B: ナタリア・ソリアン扮するレナタの妹ソレダードは女優で、今日はポスト・スタニスラフスキーのワークショップに参加している。演技指導者マルティナを演じたのは、ナタリア・プラセンシアです。

        

       

         (舞台女優に扮したナタリア・ソリアン、フレームから)

 

A: 二人とも前作に続いての出演、ソリアンは妊婦の三女、プラセンシアはその恋人役でした。もう一人重要な登場人物が、飛び入り参加という設定のフェルナンド・カットリ演ずるバレンティン、彼はモニ・ヤキムに師事していたという聾啞者の俳優役を演じた。

B: ワークショップは「異質な人はいない」の唱和で始まる。マルティナは「舞台芸術の重要な要素は、予測していなかった事態への素直な反応」だと語る。

 

A: マルティナはソレダードとバレンティンに即興の仮面劇を演じさせる。二人は反対の性別で演技するが、ソレダードはバレンティンに組み伏せられレイプされる演技に怒って途中で演技を投げ出してしまう。なぜ投げ出したか、ソレダードはそれは「恐怖だ」と応じる。どういう恐怖か、それは「制御を失うこと」だ、制御を失うと、「支配されるのを好きになる」からである。

B: マルティナは彼女が「騒ぎすぎ」で「何かに縛られている」と分析していたが、マルティナの言う予測していなかった事態にソレダードは反応できなかった。それは彼女がバレンティンに惹かれているからでしょう。

    

  

                    (仮面劇で男性に扮したソレダード)

    

          

              (バレンティンとソレダード)

 

A: 植民地時代の扇子言葉が生きてるなら、女性役のバレンティンは「わたくし、恋人募集中です、あなたが気に入りました」というサインを送っている。最近ソレダードのようなタイプの女性が増えたと思います。ナタリア・ソリアンは、先述したように前作の他、『グッド・ワイフ』、主役を演じたミシェル・ガルサ・セルベラのホラー「Huesera」では、アリエル賞2023女優賞にノミネートされた。ベネチア映画祭2022でプレミアされたカルロス・アイチェルマン・カイザーの「Zapatos rojas」は、マラガ映画祭でも正式出品されました。フェルナンド・フリアス・デ・ラ・パーラのコメディ「No voy a perdirle a nadie que me crea」は、日本語の字幕なしですがNetflixで配信されています。

       

B: メキシコ人俳優とはタイプの違うフェルナンド・カットリは、人気急上昇中とか。 

A: 彼はメキシコシティを拠点にアメリカやヨーロッパでコラボレーションをしている監督、俳優、脚本家。ミュージックビデオ「Rubio: Nacimos llorando」(23、監督)、映画出演はウンベルト・イノホサの犯罪ドラマ「Principes salvajes」(24)でデビュー、米国のTVシリーズにも出演するなど多才なアーティストのようです。

   

Zapatos rojas」の紹介記事は、コチラ20230314

モニ・ヤキム Moni Yakim は、イスラエル出身のフランス人演技指導者、1968年ジュリアード音楽院の演技部門創設メンバーの一人、50年以上〈ムーブメント〉の指導を続けている。1987年、映画『ロボコップ』シリーズでは、ピーター・ウェラー扮するサイボーグの動きを指導して、映画の成功に貢献した。ドキュメンタリー「Creating a Character: The Mori Yakim Legacy」(20)で彼の指導方法が紹介されている。有名なハリウッドスターが指導を受けている。

 

          第6話『テンペスト』内なる家父長制が語られる

 

B: 第6話のタイトル『テンペスト/あらし』は、シェイクスピア単独の執筆としては最後の戯曲と言われる作品。

A: 主役はフェルナンダ・カスティージョ扮するセレナ、父親の援助なしで事業を成功させている実力者。イスマエルのパートナーであるカード占い師アルバの顧客の一人、舞台は巡り巡って第1話のレナタが閉じ込められている居間に戻ってくる。

        

         

        (男に頼らず成功を手にした実業家セレナ・ロペス・レナ)

     

B: レナタの右足首に装着されているGPS端末の経緯がやっと語られます。レナタの長い独白を「痛い」と感じた視聴者もいたはず。

A: レナタがスーパーマーケットの放火犯として逮捕された具体的な経緯が語られる。先住民差別というレイシズムが語られるわけですが、まだ「インディアン」という侮蔑語で先住民を差別する現実に視聴者は誘導される。

B: レナタは放火したことを「後悔していない」し、「差別主義者は地獄に落ちろ」と叫んでいる。本作で一番印象に残ったのは、興奮する娘を諫めるどころか「もっと激しく、燃やすべきだった」というイスマエルのセリフでした。彼には監督が投影されていると思う。

           

A: レナタとセレナは同じ「嘘と偽りに満ちた」クソのような金融業界で働いている。シカゴの大学で博士号を取ったセレナは、バックアップなしでリスク管理の仲介会社を起ち上げた。「忙しくしていないと落ち着かない」という強迫観念に駆られており、イスマエルが祖父母から受け継いだヴィンテージ感のある家を法外の値段で購入したい。そうやって「忙しくしているのが好きだから」である。

B: 思い通りの結果が出るまでアルバに3回もカードをきらせる。お金も知性もあるが、それだけでは人生の意味は分からない。

 

A: レナタの指摘通りセレナは自分が「内なる家父長制」に無意識に縛られていることを認めている。老境の入口に立って文無しになっているイスマエルも、アルバの経済的な支えは拒否している。本作は男に頼らず生きようとして傷つく女たちの物語ですが、自分に残された時間の少なさに立ちすくむ男の物語でもあります。

     

      

       (自分たちの「内なる家父長制は許せない」セレナとレナタ)

 

B: 寝室が6部屋、5ヵ所のシャワールームは今や無用の長物、イスマエルはやり残したことの多さに愕然としている。70歳はもう目の前、監督も前作のダニエル・ヒメネス=カチョ扮するオリーブ農園主も同世代です。 

   

A: 何世紀も続いた家父長制は手強い、私たちも内なる家父長制に無意識に縛られていることを認めざるをえません。さてセレナを演じたフェルナンダ・カスティージョ紹介、1982年メキシコシティ生れ、TVシリーズ出演で知名度高く、ファビアン・コレスの「Encontrando el Fin del Mundo」やラファエル・モンテロの「Rumbos paralelos」、Netflix配信中のサルバドル・エスピノサのコメディ、出番は少ないが『僕と、パパと、ホントのパパを見つけるまで』(原題「Lo mejor del mundo」)などに出演している。


『そして彼女は闇を歩く』Netflix 鑑賞記*SSIFF2025 ㉓2025年11月23日 11:44

        アグスティン・ディアス・ヤネスの新作「Un fantasma en la batalla

  

    

 

★サンセバスチャン映画祭2025アウト・オブ・コンペティションで上映された、アグスティン・ディアス・ヤネス7年ぶりの新作「Un fantasma en la batalla / She Walks in Darkness」(『そして彼女は闇を歩く』)は政治スリラードラマ、「バスク祖国と自由」ETAの解体のために組織に潜入して無事生還できた唯一人の女性潜入捜査官エレナ・テハダ(偽名アランサス・ベラドレ・マリン)の実話に着想をえて製作されたフィクションです。2024年、アランチャ・エチェバリアが同一人物を主役に据えた「La infiltrada / Undercover」を撮っており、今年のゴヤ賞で作品賞と潜入捜査官を演じたカロリナ・ジュステが主演女優賞を受賞したばかりです。『アンダーカバー 二つの顔を持つ女』の邦題でWOWOWが放映した。両作ともフィクションですが、先行したエチェバリアのほうがエレナ・テハダの伝記に近いようです。基本データは作品紹介記事に譲り、キャスト陣とストーリー紹介だけアップします。本祭には監督、製作者、主要キャストが「ジェノサイド・ストップ」のバッチをつけて参加しました。

  

Un fantasma en la batalla」の紹介記事は、コチラ20250716

La infiltrada」の作品とエレナ・テハダの紹介記事は、コチラ20250115

     

      

     (監督と出演キャスト、サンセバスチャン映画祭、9月24日フォトコール)

 

キャスト

スサナ・アバイトゥア(偽名アマイア・ロペス・エロセギ/アマヤ・マテオス・ヒネス)

アンドレス・ヘルトルディクス(フリオ・カストロ中佐)

イライア・エリアス(ベゴーニャ・ランダブル、バスク語学校校長)

ラウル・アレバロ(アリエタ/ソリオン

アリアドナ・ヒル(ギプスコア1961、ソレダード・イパラギレ・ゲネチュア/通称アンボト

ミケル・ロサダ(ギプスコア1954、イグナシオ・グラシア・アレギ/

   筆名イニャキ・デ・レンテリア)

アナルツ・スアスア(サンセバスティアン1961、アンボトのパートナー、ミケル・アルビス・イリアルテ/ミケル・アンツァ)

ハイメ・チャバリ(チキTxiki /エル・ビエホ)

クリス・イグレシアス(治安警備隊員アデラ、アマイアの連絡係)

アンデル・ラカリェ(アンドニ

ディエゴ・パリス(エスケルティア

フェルナンド・タト(ビスカヤ1966、フランシスコ・ハビエル・ガルシア・ガステル/

  チャポテ)

ミケル・ララニャガ(ダゴキ)

アルフォンソ・ディエス(イスンツァ)

エドゥアルド・レホン(内部告発者)

イニャキ・バルボア(ヨス・ウリベチェベリア・ボリナガ)

エネコ・サンス(チェリス)

アルマグロ・サン・ミゲル(アマイアの恋人アントニオ)、フアナ・マリア(アマイアの偽の母親)、イゴル・スマラベ(ホセ・マリア・ムヒカ、フェルナンド・ムヒカの息)、ほか多数

 

ETA による誘拐&殺害された政府要人など

アルベルト・サンチェス(グレゴリオ・オルドニェス、国民党PPバスク州議会議員、

1995123日、享年36歳)

ホルヘ・ウエルゴ(ホセ・アントニオ・オルテガ・ララ、刑務官、

   1996年から532日間幽閉後救出)

フアン・モントーヤ(フェルナンド・ムヒカ、弁護士、活動家、社会労働党PSOE党員、

   199626日、享年62歳)

ホセ・マリア・エルナンデス(フランシスコ・トマス・イ・バリエンテ、法学教授、

   元憲法裁判所長官、歴史家、1996214日、享年63歳)

ウィリアム・モンラバル・クック(ミゲル・アンヘル・ブランコPP議員、

   1997710日誘拐、13日死去、享年29歳)

ベナン・ロレヒ(フェルナンド・ブエサ・ブランコ、政治家、PSOEバスク社会党PSE-EE

   2000222日、享年53歳)

 

ストーリー1990年、バスク祖国と自由(ETA)の解体に寄与した潜入捜査官アマイアの恐怖の10年間が語られる。アマイアのミッションは、ETAがフランス南西部バスクに武器弾薬などを隠し持つ重要な秘密のアジト(スロ)を突き止めることであった。フランコ没後激化した実際に起きた要人暗殺、自動車爆破事件の数々を背景に、スペインの歴史的、政治社会的文脈に根ざした捜査官たちに触発されたフィクション。90年代後半から21世紀初頭の治安部隊による「サンクチュアリ作戦」をベースにしている。

 

       生還できた唯一人の女性潜入捜査官の人生に触発されたフィクション

 

A: まだ進行中の事案ですから評価は別れます。ジャンルとしては実際に起きた殺害事件をドラマ化して挟みこんだドキュメンタリー・フィクションです。ヒロインの潜入捜査官アマイアのモデルは、アランサス・ベラドレ・マリンという偽名をもつ国家警察所属の警官エレナ・テハダと思われますが、ドラマでは治安警備庁の隊員になっています。人物造形もかなり違っていて、アマイアの上司カストロ中佐も当然違うわけです。

B: アマイアは実在しません。冒頭で「これはある捜査員の物語かもしれない」と、フィクションだと予防線を張っています。しかしETA側の主だった登場人物は虚構の人もいますが、多くは同じ名前(通称、あるいはニックネーム)や行動から本人と同定できるケースが多いから混乱します。

 

A: 先行して製作されたアランチャ・エチェバリアの『アンダーカバー』(「La infiltrada / Undercover」)を視聴した人は混乱するかもしれません。あちらは同じフィクションでもドキュメンタリー・ドラマに近く、よりテハダの実像にそっている。当時の治安警備庁は警察庁と同じ内務省に所属していましたが、どちらかというと国防省所属の三軍統合本部(陸海空)に近い仕事をしており、現在では国防省に所属しています。

B: 実際は二つの組織が手柄を競い合って反目していた部分があった。プライドが高いといえば聞こえがいいが、スペイン人の妬み深さは定評がある。先行作品はゴヤ賞作品賞とカロリナ・ジュステが主演女優賞をゲットしたばかり、まだ余韻が残っているからタイミングが悪かったかもしれない。

 

A: テロリスト・グループ「コマンド・ドノスティ(サンセバスティアン)」というのは、ETAのなかでも最も過激な集団だったということです。バスク自治州ギプスコアの県都サンセバスティアンの責任者であったアリアドナ・ヒル扮する通称アンボトは実在しており、以下チャポテイニャキ・デ・レンテリアミケル・アンツァなどのテロリストたちも実在の人物です。

B: チャポテ、本名フランシスコ・ハビエル・ガルシア・ガステルは、劇中でも再現されたグレゴリオ・オルドニェスの暗殺者、ミゲル・アンヘル・ブランコやフェルナンド・ムヒカの暗殺などにも関与している。

    


                          (アンボトの沈黙にビビるアマイア)

  

A: 劇中、数本の短編映画を撮り、脚本家、ミュージシャンでもあるフェルナンド・タト扮するチャポテは、サンセバスティアンの旧市街のレストラン「ラ・セパ」で食事中のオルドニェスを殺害したとき、赤いカッパを着用していたが、実際も赤いカッパだったということです。ミゲル・アンヘル・ブランコ議員誘拐の後に起きたスペイン全土で200万人とも250万人とも言われる抗議デモのシーンも、アーカイブ映像とそっくりでした。

B: 死刑廃止のスペインでは、殺害件数が多すぎて刑期はトータルすると三桁と寿命より長い。ギプスコアの幹部アンボトは冷静沈着、美人で風雅なのも実像に近いとか。

   

  

        (殺害決行日は雨が降っていたので赤いカッパでも怪しまれなかった)

 

A: アンボトの通称は1994年秋ごろから使用、スペインとフランスを往復して「血なまぐさい」メンバーの一人と言われ、多くの殺害に積極的に関わっています。ETA中央委員会の二人目となる女性執行委員、軍事作戦を担当する4人のメンバーの一人でもあり、部下にも厳しかったそうです。2004年フランスで、1999年からパートナーだった筆名ミケル・アンツァことミケル・アルビス・イリアルテと共に逮捕された。アンツァはETA の創設者の一人ラファエル・アルビスの長男でETA メンバーでしたが作家でもあり、現在は執筆活動をしている。劇中ではアナルツ・スアスアが扮している。

  

B: 治安部隊が2004年に決行した「サンクチュアリ作戦」でアンボトとアンツァは逮捕されるのですが、映画はもっと前の印象でした。現実に起きた部分とフィクション部分が入れ子になっています。これはドラマであってドキュメンタリーではない。

A: アマイアが結婚を諦めて現場に復帰するのは、1997年夏のミゲル・アンヘル・ブランコ議員の誘拐、続く殺害の後ですからズレを感じました。商業映画ですから観客サービスも必要です。ただ埋め草的なシーン、ウエディングドレスを着せるなどやりすぎ、諸所に挟みこまれた二人の逢瀬も緊張が途切れて、個人的には残念でした。ただ起こらなかった事件のでっち上げはしていない。

 

B: 実際に起きたグレゴリオ・オルドニェスやブランコ議員の殺害シーンなどいやにリアルな部分がある半面、アマイアとカストロ中佐の密会シーンもかなり無防備でした。ミケル・ロサダ演じるイニャキ・デ・レンテリアも実在の人ですか。

A: 詳細が分からないようですが、グループのイデオロギー指導者ミケル・アンツァに次ぐリーダーと言われ、アルジェリアでゲリラ訓練を受けた。20009月フランス南西部のバスクで逮捕されている。

B: アンボトが二重スパイではないかとアマイアの身元確認を依頼したハイメ・チャバリ扮する「チキ/エル・ビエホ」は架空の人物でしょうか。

    

     

              (ハイメ・チャバリ、2022年頃)

 

A: フェロス栄誉賞2025の受賞者チャバリ監督がスクリーンに登場しました。自作にも出演する他、ベルランガやアルモドバル作品にも小さな役ですが出演している。本作の「チキ/エル・ビエホ」は、ETA の象徴的な人物で、フランコ総統が死去する直前の19759月、21歳の若さで銃殺刑になったフアン・パレデス・チキ1954)をシンボライズしているように思いました。他にも同定できない登場人物としてイスンツァがいる。19961月、ログローニョの刑務官オルテガ・ララを誘拐してギプスコアのモントラゴンに幽閉、翌年夏に彼が救出されるまでの532日間の監視役を務めた人物でした。

B: イライア・エリアス扮するバスク語学校の校長ベゴーニャは実在しませんね。

   

     

        (エタ組織に入った理由をアマイアに問い詰めるベゴーニャ)

 

A: アマイアと同じようにベゴーニャに近いモデルはいるそうです。来年のゴヤ賞助演女優賞ノミネートは期待できます。同じくラウル・アレバロのアリエタも架空の人物に思われますが、指導部の一人に同名の人がいるようです。アリエタはバスク語で「石の多い場所」をさし、慎重で猜疑心のかたまりのような人物造形にぴったりです。しかし隙のないアマイアの身辺を探るため彼女のアパートに同居したのに、盗聴器を発見できないなんてあり得ない。

B: 治安警備隊の上層部がエタの動きを探るため彼を同居させるようアマイアに指示していたわけですから、狐と狸の化かし合いです。アレバロは視聴者を不安にさせることに成功していた。誘拐したブランコ議員の処遇を決める指導部の会議でも、殺害に迷わず挙手したリーダーでした。

   

         

              (アマイアを監視するアリエタ)

 

A: アマイアの身辺警護のため多くの治安警備隊員が張り込んでいる。時間稼ぎのためエレベーターを故障に見せかけたり、クリス・イグレシアスのアデラも危険な連絡役を受け持っている。

B: エレベーターを修理するふりをしていたのは仲間ですね。エレナ・テハダを守っていた12人の警察官は「十二使徒」と呼ばれていたそうですが、テハダは顔を知らなかったと語っている。怪しまれないようにわざとそうしていた。

  

A: 劇中でも空軍大尉の身元がバレて、彼女が運転している車中で射殺されたり、アマイア自身が知らずに同僚を撃ってしまったりなど、用心のため互いに知らされていない。 

B: アンドレス・ヘルトルディクスが演じたフリオ・カストロ中佐のモデルは、何人かがミックスされている印象です。

  

   

            (アマイアの情報を受け取るカストロ中佐)

 

A: 『アンダーカバー』でルイス・トサールが演じたアンヘル・サルセド警部のモデルは、国家警察のフェルナンド・サインツ・メリノ長官だそうです。1990年初頭にはギプスコアのスペイン警察の指揮を任されていた。取り調べには拷問も辞さなかったそうです。長官は『アンダーカバー』の脚本作成に参加しており、中佐の造形には彼が部分的に取り入られているように感じました。ETAに顔が割れているエレナ・テハダは、19993月、任務終了後スペイン内をあちこち移動させられ、最終的にアンドラ公国大使館の治安機関に配属され慎重な活動をしている。

B: 塀の中とはいえ未だほとんどが存命、裁判が続行中ですから、映画にするにはどちら側にも不満が残ります。

  


 (先行作品『アンダーカバー』

 

A: スペイン内戦ものとは訳が違う。映画の冒頭部分でフランコ将軍の腹心で後継者だったルイス・カレロ・ブランコ首相暗殺のアーカイブ映像が流れました。197312月、ETA が得意とした自動車爆破で即死、彼の乗っていた車は20メートル空中に飛びあがり6階建てのビルを飛び越えて隣りのビルの2階屋根部分のパティオというか3階のバルコニーに落ちた。

B: 凄い破壊力です。1979年、この爆破テロ事件は『アルジェの戦い』で金獅子賞を受賞したジッロ・ポンテコルヴォが「Operación Ogro」(「鬼作戦」)として映画化した。

 

A: フランコ没後4年足らずの映画化で物議を醸したが、これはフランコ政権時代のテロ事件であり、バスク語使用も自治権も復権した90年代のテロとは区別して考えるべきです。かつて長いあいだ自分たちを容赦なく苦しめたスペイン人を懲らしめる目的のテロに民主化も正義の欠片もないでしょう。監督が冒頭に入れた目的は何かです。

B: 後継者を失ったフランコ政権はETA弾圧の強化に拍車をかけ、犠牲者を増やしていった。彼らは自分たちはバスク人でスペイン人ではないと考えている。

 

A: 『鬼作戦』以外にも、エタラを描いた作品は量産されている。本作にも挿入された2000222日に起きたPSOEフェルナンド・ブエサ・ブランコ殺害事件をバスクの監督エテリオ・オルテガがドキュメンタリー「Asesinato en febrero」(01、「2月の暗殺」)のタイトルで撮った。製作者のエリアス・ケレヘタもギプスコア県エルナニ出身(1934)です。カンヌ映画祭併催の「批評家週間」でプレミアされ、マラガ映画祭でドキュメンタリー賞を受賞している。

B: ケレヘタは、カルロス・サウラやビクトル・エリセ、モンチョ・アルメンダリス、レオン・デ・アラノアなどを国際舞台に連れ出したスペインを代表する製作者でした。

 

A: 監督、脚本家でもあった。当ブログでは、その他ルイス・マリアスの「Fuego」(発砲)、ボルハ・コベアガのコメディ仕立ての「Negociador」(交渉人)、アイトル・ガビロンドのTVミニシリーズ「Patria」(祖国)、イシアル・ボリャインの「Maixabel」(マイシャベル)などをアップしています。

B: ボリャイン映画のモデルになったマイシャベル・ラサは、20007月に暗殺された政治家フアン・マリア・ハウレギの未亡人です。どうやらディアス・ヤネスの新作がお気に召さなかったようでした。

 

A: エタ犠牲者の当事者ですから商業映画は受け入れがたいでしょう。真実も正義もどちらの目線に立つかで意見は別れる。すべて真実、すべて虚偽です。冒頭の「これはある捜査員の物語かもしれない」を空々しく思った人がいて当然です。本作は、自分の身元が割れることへの恐怖、自分が誰であるかを忘れることへの恐怖を描いているわけです。ベゴーニャに組織に入った理由を問い詰められて「居場所探し」と応じていたが、ベゴーニャがそんな理由を納得したとは思われない。

 

B: 当時の女性の居場所は決まっていた。ミーナの「あまい囁き」(「Parole, parole」)が小道具として使用されていたが、劇中で「パロール、パロール」と歌っていたのはミーナでなく、フランス語版のダリダ&アラン・ドロンのデュエットの「Paroles, paroles」でした。歌うのはダリダでドロンは語りです。 

A: 「口先だけの甘い言葉では騙されないわよ」と手強いのは、登場人物の誰でしょうか。

 

★アグスティン・ディアス・ヤネス監督、スサナ・アバイトゥア、アンドレス・ヘルトルディクス、イライア・エリアスのキャリア紹介はアップしています。以下のフォトは本作がSSIFFでプレミアされたときのもです。

  

     

     


      

      

        

* ハイメ・チャバリのキャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ20250202

Fuego」の作品紹介は、コチラ20140320同年1211

Negociador」の作品紹介は、コチラ20150111

Patria」の作品紹介は、コチラ20200812

Maixabel」の作品紹介は、コチラ20210805


アルゼンチンのコメディ『27夜』鑑賞記*SSIFF2025 ㉒2025年11月06日 16:19

       ダニエル・エンドレルの『27夜』ネットフリックスで配信開始

   

     

★第73回サンセバスチャン映画祭セクション・オフィシアル開幕作品、ダニエル・エンドレルの長編4作め「27 noches / 27 Nights」が『27夜』の邦題でストリーミング配信が始まりました。エンドレル監督はモンテビデオ生れのウルグアイ出身ですが、主にアルゼンチン映画で俳優として活躍しています。本作では脚本も手掛け、さらに主役マルタ・ホフマンを演じるマリル・マリニに振り回される司法調査官役で出演、三面六臂の大活躍です。今年はオリソンテス・ラティノス部門にノミネートされた3作め「Un cabo suelto」がオリソンテス賞(スペシャル・メンション)を受賞するなど大忙しでした。纏まった監督キャリア&フィルモグラフィー、キャスト紹介を後述します。

 

     

  (ダニエル・エンドレル、サンセバスチャン映画祭2025919日フォトコール)

 

 「27 noches / 27 Nights

製作:La Unión de los Ríos

監督:ダニエル・エンドレル

脚本:ダニエル・エンドレル、マルティン・マウレギ、アグスティナ・リエンド、

      マリアノ・リナス

原作:ナタリア・シトの小説Veintisiete noches202111月刊)

撮影:フリアン・アペステギア

編集:ニコラス・ゴールドバード

音楽:ペドロ・オスナ

録音:サンティアゴ・フマガリィ

メイク&ヘアー:マリサ・アメンタ

衣装デザイン:ロベルタ・ペスシ

製作者:アグスティナ・ジャンビ・キャンベル、サンティアゴ・ミトレ

 

データ:製作国アルゼンチン、2025年、スペイン語、コメディドラマ、108分、配給元ネットフリックス(ストリーミング配信1010日)、公開アルゼンチン109

映画祭・受賞歴:第73回サンセバスチャン映画祭セクション・オフィシアル開幕作品

 

キャスト:マリル・マリニ(マルタ・ホフマン)、ダニエル・エンドレル(レアンドロ・カサレス)、ウンベルト・トルトネーゼ(ベルナルド・ヒルベス)、フリエタ・ジルベルベルグ(アレハンドラ・コンデ)、カルラ・ペテルソン(マルタの長女ミリアム)、パウラ・グリンシュパン(マルタの次女オルガ)、エル・ルイサ・リベラ(家政婦デリア)、リカルド・メルキン(レアンドロの父親)、エゼキエル・ディアス(Dr. オルランド・ナルバハ)、ヘルマン・デ・シルバ(フリオ)、ロベルト・スアレス(カサレスの上司ボローニャ判事)、ロシオ・ムニョス(バネ/バネッサ)、マリアナ・ショード(Dra. グロリア・フスコ)、アレハンドラ・フレヒナー(マルタの精神科医ロトマン)、アラン・サバグ(クリニック所長)、他多数

 

ストーリー:風変わりで裕福な83歳になるマルタ・ホフマンの物語。マルタは認知症を患っていると主張する二人の娘たちの要請で突然精神科クリニックに入院させられる。一方、司法調査官レアンドロ・カサレスは、マルタが本当に病気なのか、それとも残された人生を単に自由奔放に生きたいためだけなのか調査するよう裁判所から派遣される。調査を始めたカサレスは、入院が保護行為のためというより、ただ母親の財産をコントロールしたいだけなのではないかと疑い始める。アルゼンチンの造形アーティストで作家のナタリア・コーエンが、2005年ピック病(前頭側頭型認知症)と誤って診断され、自分の意思に反して精神科クリニックに入院させられた実話に基づいて書かれたナタリア・シトのフィクション小説にインスパイアされている。

 

          「正気とは何か?」――奇行と狂気の境界線

 

A: 2005年のナタリア・コーエン事件の経緯は、彼女の娘たちが神経科医で急進市民連合党の議員でもあるファクンド・マネスの「ピック病を患っているという診断書」を添えて精神科クリニックに入院させた事案。その後の司法手続きにより、コーエンの健康状態が良好であると判断された。

B: 映画は退院後に直ぐ始まった自称アーティストたちを招いてのパーティ三昧や散財に業を煮やした娘たちが、再度の入院申立てをしたところから始まる。

   

   

            (ミリアム、マルタ、オルガ、母娘バトルの勝敗は?)

 

A: カサレスの調査とマルタの27日間に及んだ入院中のシーンが往ったり来たりするので、分かりにくいかもしれない。マルタの老化は否めないが、奇行と狂気は別、正常なのは冒頭で分かってしまうから、正気かどうかがテーマじゃない。

B: 高齢者の自立と尊厳、意思決定権、社会的偏見、壊れてしまった親子関係のドタバタが語られます。親の健康より相続できる財産の多寡を心配する子供たちは万国共通、国籍を問わない。

 

A: 自由を満喫している自称芸術家が、パトロンの援助を受けるのは正当なことだと豪語するブエノスアイレスでは、財産の目減りを怖れる相続者は生きた心地がしない。マルタの二人の子供たちも例外ではない。

B: 夫の死後、再婚もしかねないぶっ飛んだ母親とあっては、なまじ財産があるだけに娘たちにも同情する。背景には親子の対立、他人が母親の財産を横取りしているという不安や不満がある。認知症にして病院送りにするとはやりすぎです。

 

        ナタリア・シトの小説Veintisiete nochesに着想をえる

 

A: 前述したように2005年、メンドサ出身の造形アーティストで作家のナタリア・コーエン19192022)の身に降りかかった実話をもとにしている。精神分析医でもある作家のナタリア・シト(ブエノスアイレス1977)が、この実話に着想を得た小説Veintisiete noches2021年に上梓した。それを映画化したのが27 nochesです。小説とはいえ、作家は1年半がかりで約50人に取材した証言をもとに執筆したが、勿論取材拒否をした人もいた。

B: コーエンの享年は103歳、刊行時には存命していたことになるが、作家はモデル保護のため「サラ・カッツ」の偽名で登場させている。

   

     

 

              (原書と作家ナタリア・シト)

 

A: さらに映画では「マルタ・ホフマン」になり、その他の登場人物、娘たちや精神科医たちもすべて仮名のようです。特にピック病の診断書を提出したナルバハ医師など実名では名誉棄損になりかねない。取材拒否をした人です。

 

        ホフマン姉妹の正義 vs 母親マルタの意思決定権

 

B: 映画では今年のサンセバスチャン映画祭に監督と参加していたカルラ・ペテルソン1974)扮する気の強い長女ミリアムが主導権を握っているが、実際はダリの彫刻を盗み出していた妹クラウディア(映画ではオルガ)とその夫が主に画策して、看護師たちも加担していたという。

 

A: ミリアム役のペテルソンはTVシリーズのコメディ出演が多く、受賞歴もテレビに偏っているが、 サンセバスチャン映画祭2023でドロレス・フォンシが監督デビューした「Blondi」に共演している。本作では他人が母親に取り入って財産を横取りするので、日に日に目減りしていくのが耐えられない。ましてや再婚などされたら万事休すである。

B: 二言目に口にする「ママのためよ」が空虚に聞こえるが、子供のときから母親に愛されていないと思っていて、自由奔放に生きるマルタが許せない。夫婦仲もイマイチらしく幸せそうでない。

   

   

                    長女ミリアム役のカルラ・ペテルソン

 

A: ドイツのコンテンポラリーダンスの振付師で舞踊家のピナ・バウシュの経歴を調べて、マルタのお気に入りベルナルド・ヒルベスの作り話を突いたりして利口ぶりを発揮するのは、そちらの知識には不案内な調査員カサレスの鑑定結果を有利にしようとする作戦らしい。

B: 劇中アルゼンチン人の軽薄ぶりを随所に振りまき笑わせてくれる。ピナ・バウシュはパリではなくニューヨークのジュリアード音楽院ダンスコースで学んでいるからミリアムの言う通りかも。アルモドバルの『トーク・トゥ・ハー』に出演して日本でもファンは多い。

    

     

    (右から、カサレス役のエンドレル、ヒルベス役のウンベルト・トルトネーゼ)

 

A: TVシリーズでは、人気ラブコメ「Lalola」(200708)でブレイク、クラリン賞やマルティン・フィエロ賞を受賞しているベテランです。「Guapas」(14)では、マリル・マリニと共演している。一方、妹オルガを演じたパウラ・グリンシュパンの猫かぶりぶりが随所に見られて楽しめた。主に脇役が多いので出演本数は多いが、当ブログにアップしたディエゴ・レルマンのUFOを愛した男』ではテレビ局職員アリシア役を演じていた。

  

      

                     (次女オルガ役のパウラ・グリンシュパン)

 

B: 威勢のいいミリアムの陰に隠れているが、担保としてダリの彫刻をちゃっかり失敬している。自分のほうが賢いと思っている姉と、長女より優しく母親想いと勘違いしているマルタの両方を騙しているのが可笑しい。

A: 本作ではオルガが盗んだダリの彫刻をミキサーの空き箱に入れて返しにきたり、挙句落として折れた腕を接着剤でくっつければバレないとカサレスに言わせたり、ヒルベスに「ダリの作品など興味がないから盗むなどありえない」など、元の宗主国スペインをおちょくっている。「私は悪くない、悪いのはお前」というアルゼンチン気質がちりばめられている。ウルグアイ人監督は、常に上から目線のアルゼンチン人をチクチクやらずにいられない。

 

B: 肝心のマルタ役のマリル・マリニ(マル・デル・プラタ1940)は、当ブルグ初登場、モデルとなったナタリア・コーエンに見事に化けていた。

A: コンテンポラリーダンサーとして、アルゼンチンとフランスで人生のスタートをきる。1975年パリに居を移し、サミュエル・ベケット、ジャン・ジュネ、ユキオ・ミシマなどの舞台に立っている。映画はどれも未見ですが70年代からで、フランスではクレール・ドニとタッグを組んでいる。映画出演は今世紀に入ってからに限ると、代表作としてディエゴ・サバネスの「Mentiras piadosas」(08)に主演している。エンドレル監督と共演した「Los sonámbulos」は、オスカー賞2020のアルゼンチン代表作品になった。

 

     

    

     (モデルになったナタリア・コーエンとコーエンに化けたマリル・マリニ)

 

B: 演劇、映画、TVシリーズの受賞歴も多く、ナタリア・コーエンに負けず劣らずのキャリアです。加齢とともに評価が高くなるというのは、祖父母世代にこれほどチャンスは巡ってこないから、ハリウッドや日本では考えにくい。

 

A: カサレスの助手として資料調べや事情聴取に参加する、カサレスより有能なアレハンドラ・コンデ役のフリエタ・ジルベルベルグは、字幕入りで観られる女優の一人です。

B: ルクレシア・マルテルの2作め『ラ・ニーニャ・サンタ』の脇役でデビューしている。

A: ディエゴ・レルマンが主役に抜擢して撮った『隠れた瞳』が東京国際映画祭2010コンペティション部門にノミネートされた折り、監督と来日してQ&Aに参加している。翌年、銀のコンドル賞を受賞した。『人生スイッチ』にも出演、ダニエル・ブルマンの「El rey del Once」に新作でクリニック所長を演じたアラン・サバグとタッグを組んだ。

   

    

         (アレハンドラ・コンデ役のフリエタ・ジルベルベルグ)

 

B: ダニエル・エンドレル扮するもう一人の主役、真面目だが不器用、凝り性で調査に深入りしすぎて停職をくらう司法調査官レアンドロ・カサレス、マルタに翻弄されながらも最終的には信頼されていたらしく失業を免れる。マリル・マリニとは「Los sonámbulos」で共演している。

A: ウルグアイはブラジルとアルゼンチンに挟まれて「ボカディージョのツマ」などと揶揄される小国、ほとんどの俳優が市場の狭い自国だけでは食べていけないからアルゼンチンに出稼ぎに行く。エンドレルもダニエル・ブルマンの「アリエル三部作」の第1『救世主を待ちながら』でデビューしている。主人公アリエルはブルマン監督の分身と言われている。

  

    

         (弥次さん喜多さんのエンドレルとマリル・マリニ)

 

B: 第2部の『僕と未来とブエノスアイレス』、第3部は未公開の「Derecho de familia」でした。

A: 第2部でベルリン映画祭2004銀熊主演男優賞を受賞した。アドリアン・カエタノの犯罪スリラー『キリング・ファミリー』にレオナルド・スバラリアやアンヘラ・モリーナと共演、簡単なキャリア紹介をしています。また「アリエル三部作」についても「El rey del Once」で紹介しています。

 

B: 経歴をみると、建築家になりたかったのでウルグアイ建築大学で5年も学ぶが、かたわら演劇にのめり込み、さらにミュージシャンを目指したりしている。

A: 逡巡するカサレスのキャラクターに似ているところがある。結局俳優になったわけですが、それには1998年、ウルグアイでのブルマンとの出会いがあるのではないか。ウルグアイ製作の映画は少ないが、モンテビデオのシネマテークには格安のパスがあって世界の映画が見放題だったから、シネマニアの目は肥えていた。

 

B: エンドレルが主演したコメディ『25ワッツ』や『ウィスキー』を観た日本人は、ウルグアイ映画のレベルの高さにびっくりした。

A: フアン・パブロ・レベージャ&パブロ・ストールの名コンビ、国際映画祭での数々の賞に輝きながらもレベージャは2年後自死してしまった。エンドレルは『ウィスキー』に後に結婚することになったアナ・カッツと出演している。以後、両国で引っ張りだこになりラプラタ河を往復する人生が始まった。キャリア&フィルモグラフィーは以下に紹介しておきますが、既に70作を越えているので代表作品に限ります。

   

監督紹介:ダニエル・エンドレル(モンテビデオ1976)。司法調査官レアンドロ・カサレス役。映画、TV、舞台俳優、監督、脚本家、ユダヤ系ウルグアイ人、ウルグアイ建築大学で学ぶかたわら演劇活動にのめり込む。2007年、アルゼンチンの監督アナ・カッツと結婚したが、2018年離婚してしまった。国籍はウルグアイのみ、ブエノスアイレス在住だが取得していない。

フィルモグラフィーは主な作品に限ります(ゴチックが監督作品)

2000Esperando al mesias」『救世主を待ちながら』ダニエル・ブルマン、

  クラリン新人賞受賞

200125 Watts」『25ワッツ』フアン・パブロ・レベージャ&パブロ・ストール

  BAFICI男優賞受賞

2003El fondo del mar」ダミアン・シフロン、銀のコンドル賞主演男優賞ノミネート、

  リェイダ・ラテンアメリカFF男優賞

2004El abrazo partido」『僕と未来とブエノスアイレス』ダニエル・ブルマン、

  ベルリンFF銀熊主演男優賞、クラリン賞、銀のコンドル賞ノミネート

2004Whisky」『ウィスキー』フアン・パブロ・レベージャ&パブロ・ストール

2006年「Derecho de familia」ダニエル・ブルマン、スール賞、銀のコンドル賞ノミネート

2009Los paranoicos」ビアリッツFF男優賞、リマ・ラテンアメリカFF男優賞受賞

2010Fase 7」ニコラス・ゴールドバード、CinEuphoria賞主演男優賞受賞

2011Norberto apenas tarde」監督デビュー作、脚本

   BAFICIシグニス賞スペシャル・メンション、メキシコ市FF脚本賞受賞、

   イベロアメリカ作品銀のコンドル賞ノミネート他

2015El candidato」監督2作目、マイアミFF監督賞、ニューヨーク・ハバナFF脚本賞受賞

2017El otro hermano」『キリング・ファミリー 殺し合う一家』イスラエル・カエタノ

2019Los sonámbulos」パウラ・エルナンデス

2020El Prófugo」ナタリア・メタ、アルゼンチンのアカデミー賞助演男優賞ノミネート

2025Un cabo suelte」監督3作目、ベネチアFF観客賞ノミネート、SSIFFオリソンテス賞受賞

202527 noches」監督4作目、脚本、出演

 

『キリング・ファミリー 殺し合う一家』紹介は、コチラ20170220

El rey del Once」の作品紹介は、コチラ20160829

El Prófugo」の作品とエンドレル紹介は、コチラ20200227

 

キャスト紹介

マリル・マリニ(マル・デル・プラタ1940)主人公マルタ・ホフマン役、ブエノスアイレスでコンテンポラリーダンスを学び、1970年代からアルゼンチンとフランスで舞踊家として人生のスタートを切る。1975年にパリに居を移し、フランスで活躍していたアルゼンチンの舞台演出家アルフレッド・アリアスの劇団の舞台にたつ。1986年モリエール賞を受賞している。

映画出演では、ディエゴ・サバネスがフリオ・コルタサルの短編La salud de los enfermosを映画化した「Mentiras piadosas」(09)に主演、銀のコンドル賞にノミネート、スペインのビリャベルデ映画祭で女優賞を受賞している。またビオイ・カサレスの同名小説を映画化したアレハンドロ・マチの政治スリラー「Los que aman, odian」(17)では助演にもかかわらず銀のコンドル賞を受賞した。続いて2019年、SSIFFにエントリーされたパウラ・エルナンデスの「Los sonámbulos」ではエンドレル監督と共演、アルゼンチンのアカデミー賞助演女優賞にノミネートされている。本作はオスカー賞のアルゼンチン代表作品に選ばれた話題作。ゴンサロ・カルサダのホラーサスペンス「Nocturna: La noche del hombre grande」がブラジルのファンタスポア映画祭2021主演女優賞を受賞、銀のコンドル賞にノミネートされている。

 

カルラ・ペテルソン(ピーターソン、1974)マルタの長女ミリアム・ホフマン役、最近ではドロレス・フォンシのデビュー作「Blondi」(23)でアルゼンチン映画芸術科学アカデミーの助演女優賞にノミネート、過去にはディエゴ・カプランの「Dos más dos」(12)では主演女優賞にノミネートされた。後者はヌード・シーンのサービスが功を奏したラブコメディだったせいか『愛と情事のあいだ』という邦題でDVDが発売された。コメディ出演が多く、TVシリーズの人気ラブコメ「Lalola」で2007年と2008年、連続でクラリン主演女優賞を受賞、マルティン・フィエロ賞2008に受賞、主演したテレノベラ「Guapas」がマルティン・フィエロ2015年の金賞を受賞している。

Blondi」の作品紹介は、コチラ20230721

 

パウラ・グリンシュパン(グリュンシュパン、19)マルタの次女オルガ・ホフマン役、UFOを愛した男』の他、違いを受け入れる人々の友情を語ったサンティアゴ・ロサの「Breve historia del planeta verde」のダニエラ役、ダミアン・シフロンの辛口コメディ『人生スイッチ』(第6話「死がふたりを分かつまで」)での花嫁の友人役など。このオムニバス映画は各国際映画祭巡りをしたヒット作、受賞歴で一番多かったのが観客賞、SSIFF 2014でも受賞しています。

UFOを愛した男』の作品紹介は、コチラ20241031

Breve historia del planeta verde」の作品紹介は、コチラ20190219

『人生スイッチ』の主な作品紹介は、コチラ20150729

 

フリエタ・ジルベルベルグ(シルベルベルク、ブエノスアイレス1983)カサレスの助手アレハンドラ・コンデ役。1995年、子役としてキャリアをスタートさせる。映画、TV、舞台女優、ルクレシア・マルテルの「La na santa」(04)でデビュー、ラテンビートで『ラ・ニーニャ・サンタ』の邦題で上映された。ディエゴ・レルマンの「La mirada invisible」(TIFF 2010『隠れた瞳』)に主演、翌年、銀のコンドル賞を受賞した。ダミアン・シフロンのヒット作「Relatos sarvajes」(14、『人生スイッチ』)の第2話に出演、アナ・カッツの「Mi amiga del parque」(15)と「El perro que no calla」(21)に出演、前者にはエンドレル監督が共演している。2016年、ダニエル・ブルマンの「El rey del Once」に新作でクリニック所長を演じたアラン・サバグとタッグを組んだ。2023年、ブエノスアイレス大学の哲学部を舞台にしたマリア・アルチェ&ベンハミン・ナイシュタットの「Puan」など。

『隠れた瞳』の紹介記事は、コチラ20140511

『人生スイッチ』の主な作品紹介は、コチラ20150729

El rey del Once」の作品紹介は、コチラ20160829

Puan」の作品紹介は、コチラ20230715

チリ映画『そこから泳いで、私の方へ』鑑賞記*SSIFF2025 ㉑2025年10月24日 15:33

       ドミンガ・ソトマヨールの新作「Limpia」のストリーミング配信始まる

    

             

 

★第73回サンセバスチャン映画祭オリソンテス・ラティノス部門オープニング作品「Limpia」が、予告通りそこから泳いで、私の方への邦題で配信が始まりました。ドミンガ・ソトマヨールの第4作め、良し悪し、白黒がはっきりする映画を好む人には不向きです。伏線やメタファー、謎解きがお好きな方にはお奨めします。以前、簡単ですが監督のキャリア&フィルモグラフィーとして、デビュー作『木曜から日曜まで』と、第2作め「Mar」の紹介記事をアップしています。新作はサンセバスチャン映画祭オリソンテス・ラティノス部門のオープニング作品です。映画祭には監督以下、主役のマリア・パス・グランジャン、製作者のフアン・デ・ディオス・ラライン、ロシオ・ハドゥエ、脚本家ガブリエラ・ララルデ、子役の演技指導者マリア・ラウレ・バーチなど大勢が参加した。

    

       

         (ドミンガ・ソトマヨール、SSIFF2025、フォトコール


『そこから泳いで、私の方へ』の作品紹介は、コチラ20250916

『木曜から日曜まで』と「Mar」の紹介記事は、コチラ20150304

   

     

  (左から、ロシオ・ハドゥエ、ガブリエラ・ララルデ、ソトマヨール監督、

マリア・パス、マリア・ラウレ・バーチ、フアン・デ・ディオス・ラライン、SSIFF25)

 

★作品紹介でも書きましたように、アリア・トラブッコ・セラン2022年に刊行されたベストセラー小説 Limpia にインスパイアされて映像化されました。小説と映画の構造の大きな違いは、小説が6歳の少女フリアの悲劇から始まっていることです。チリの階級社会を背景に「見えない存在である」家政婦エステラと両親から「見捨てられている」と思っているフリアの孤立と依存、親密で不穏な世界が語られます。基本データとして、キャストとストーリーを再録しておきます。

 

       

   

        (小説の表紙と原作者アリア・トラブッコ・セラン)

 

キャスト:マリア・パス・グランジャン(グランジーン、家政婦エステラ)、ロサ・プガ・ヴィッティニ(フリア)、イグナシア・バエサ・イダルゴ(フリアの母マラ)、ベンハミン・ウェストフォール(父クリストバル)、ロドリゴ・パラシオス(カルロス)、オティリオ・カストロ(警備員イバン)、マリア・トーレス(エステルの母親)、他多数

   

ストーリー:チリ南部チロエ出身のエステラは、首都サンティアゴの裕福な家族のメイドとして働くため家族を残してやってきた。エステラは家事労働のほか乳母として6歳のフリアを昼夜を問わず世話しなければならない。二人の絆が強まるにつれ、関係は複雑になり、依存しあう秘密の世界を築くことになる。エステラの孤独はやがて避けられない結果を招くことになるだろう。現代のチリ社会の階級社会、文化と社会システムの暗い大きな傷のメタファーが語られる。

 

      「他人のために生きる人」と「自分のために生きる人」の相克    

 

A: アリア・トラブッコ・セランの原作 Limpia にインスパイアされた映画ですが、サンセバスチャン映画祭でのプレス会見によると、そもそもの始りはラライン兄弟の制作会社「Fabula ファブラ」からの働きかけであった。ソトマヨール監督は未読だったらしく「小説を読んで、小説に隠されているものが私の映画に合うかどうか判断したい」と返事した。

B: 気に入って映像化を決心したが、小説を脚色して映画化するつもりはなかった。

 

A: 小説と映画はそもそも別の形式のものだから、最初にストーリーの大幅な変更を原作者にも伝えたという。監督は「ファブラ」に先ず共同脚本家が必要だと話し、その結果、ガブリエラ・ララルデと共同で執筆することになった。アナイ・ベルネリの「Elena sabe」(TVドラマ、23Netflix『エレナは知っている』)や、SSIFF2024オリソンテス・ラティノス部門ノミネートの「El aroma del pasto recién cortado」をセリナ・ムルガ監督と執筆している。

B: 監督は今まで自身のオリジナル脚本で撮っていたので、共同執筆は初めてのようです。

 

A: 小説のエステラは、既にこのブルジョア階級の家庭で7年間の人生を送っていて、小説は映画とは反対に「フリアの悲劇」から始まっている。

B: 雇用主は自分たちに子供が生まれるので〈nana ナナ〉としてエステラを雇ったように推測します。

 

A: チリと言わず南米全般に言えることですが、〈nana〉という職業は、家事労働者としてのメイドと四六時中子供の世話をしなければならない乳母を兼ねている。時代によって仕事の内容は少しずつ変化しているようですが、ナナは映画でも垣間見られるように自由度が少なく、自分が属していない世界に閉じ込められている

B: 主に地方出身の貧しい家庭の女性たちが担っている。エステラも故郷に一人暮らしの母親を残して出稼ぎに来ている。その母親の怪我の手術にも帰郷できないで苛々している。帰られては困る雇用主夫婦の上から目線の尤もらしい言い分にナナの置かれている厳しさが分かります。

 

A: 従って「他人のために生きる人」であるエステラと、「自分のために生きる人」たちである夫婦の対立の物語でもある。他人の家庭に入り込むわけだから、当然秘密を知ることになるが、「守秘義務」を契約させられている。

B: フリアの母親であるイグナシア・バエサ扮するキャリアウーマンのマラは、学歴のないエステラを見下している。実家の母親の大したことのない病気でも帰ることができた。

    

           

               (マラ、フリア、エステラ)

 

           似た者同士のエステラとフリア、ボスはフリア

 

A: 夫婦の邸宅は「保護された居住区」にあり、入り口では警備員が目を光らせている。城壁や電気柵で囲まれているわけではないから侵入しようと思えば可能です。

B: 実際、劇中でも強盗事件が挿入されていた。アルゼンチンやメキシコの映画に出てくるブルジョア階級の居住区は、もっと厳重にテロや強盗を遮断していた。

A: マルセロ・ピニェイロのサスペンス『木曜日の未亡人』(09)では居住区は高い城壁で囲まれていたし、ロカルノ映画祭2008で金豹賞を受賞したエンリケ・リベロの『パルケ・ヴィア』では、上流階級の邸宅は高い石塀の上に電気を流した鉄条網が張り巡らされていた。主人公はこの邸宅を一人で守る警備員でナナと同じように「自分が属していない世界」に閉じ込められていた。

 

B: 唐突な結末に衝撃を受けた『パルケ・ヴィア』と同じく、本作の結末に戸惑った人が多いと思う。

A: ドラマは不穏な雰囲気ながらゆっくりしたペースで進み、最後の数分で急展開、唐突に終わる。巧みに張られた伏線を見落とさなければ、ある程度予測できますが唐突です。エステラとフリアが属している階級格差がテーマの一つですが、監督はチリの上流階級を批判する映画を作ることに興味がない。つまり二人の権力構造、依存、絆と孤立という複雑な人間関係に焦点を合わせている

  

B: エステラを演じたマリア・パス・グランジャンは、プレス会見にも監督と同席してチリの女性たちが置かれている現状を語っていた。彼女の母親は子供の学費のために働いていたというから監督とは別の階級のようです。チリには仕事を持つ母親をフォローする制度はないとも語っている。 

A: 達者な演技でエステラと対峙したフリア役のロサ・プガ・ヴィッティニを、どうやって探したのか。

難しい役柄だからキャスティングには苦労したそうです。「ファブラ」が行った公開オーディションで沢山の少女に会ったが見つからず、結局監督の母親の友人のお孫さんロシータに決まった。監督のお母さんは女優だそうで、彼女の映画のキャスティングは「ほぼ母親です」と語っている。父親も俳優、フィルム編集者、助監督とシネアスト一家です。

   

        

       (マリア・パスとソトマヨール監督、SSIFF2025、フォトコール)

 

B: 劇中のマリア・パスとロシータは息があって、特にロシータが時折り見せる大人のような複雑な表情に驚いた。

A: 監督も「背の高い少女と背の低い少女二人」の演技を賞賛している。背の高い少女マリア・パスも「とても若くて才能のある女優との共演は勉強になった」と、若いライバルを褒めている。

       

B: 親密だが常に不穏な空気が漂っている。二人は秘密を共有し、エステラは雇用主に、フリアは両親に尤もらしい嘘でガードしている。

A: エステラは「見えない存在」で、当然「不満を抱えている」が、一方フリアも両親から「見捨てられている」と思って「不安を抱えている」少女、二人は似た者同士ということになるが、あくまでも上位者はフリアである。プレス会見でマリア・パスは、エステラは「毎日上司のもとで上司の世話をしている。友好関係にあるが、フリアがボスであることに変わりない。彼女を世話することで給料を貰っている。少女が助けを必要としているのは、両親に置き去りにされているから」とナナと少女の関係を分析している。

  

    

       

            (秘密を共有しているエステラとフリア)

  

B: エステラも複雑な人物だが、フリアはもっと複雑な子供、他の子供と遊べない、大人であるエステラといるほうがいい。お隣りからピザパーティの誘いを受けても断る、他の子供は煩いだけ。

A: だからエステラに予期せぬボーイフレンドが現れると不安になり嫉妬する。このカルロスの登場はドラマに不穏な空気を呼び込んできます。

  

       カルロスとダドゥの登場――「恋に落ちない」お守りの神通力

 

B: ロドリゴ・パラシオス演じるカルロスというボーイフレンドができると、二人の関係に微妙な亀裂が走るようになる。さらにカルロスにまとわりつくダドゥという野良犬のおまけつき。

A: エステラは恋に落ちては仕事が続けられないから、「恋に落ちないお守り」を持っている。彼女の仕送りで辛うじて生きている母親のために仕事を失うわけにいかない。しかし神通力が衰えたのか偶然カルロスに出会ってしまう。ダドゥも重要な登場人物の一人というか一匹です。二人の登場で、ゆったりしたストーリーが動き出す。

   

        

                (カルロスとエステラ)

 

B: ナナは了解なしに勝手に他人を自室に入れることはできない。ましてや野良犬などもってのほか、エステラはナナの基本を少しずつ逸脱していく。

A: ダドゥの事故死がきっかけでドラマは破局に向かうわけですが、〈死〉は常に見え隠れしていた。例えば、小児外科医らしい父親クリストバルの患者の少女がオペの甲斐なく死亡する、エステラの母親、ダドゥなど。

 

B: 母親の死でエステラの我慢が爆発する。エステラの帰郷が分かるとフリアは動揺する。

A: 少女はエステラと共有していた秘密を母親マラに漏らす。母親が亡くなってエステラもこの家でナナを続ける理由がなくなり妥協しない。マラもクリストバルもナナは必要だが、エステラでなくてもいい。

    

     

          (撮影監督バルバラ・アルバレスが手掛けた映像美)

 

B: 映画だけにあるのがポピュラーソング、フリアが恋の歌を歌っている。

A: エステラが聴いている歌を意味も分からず覚えて歌っている。上流階級はクラシック一辺倒でポピュラーソングなど論外、両親は勿論知らない。監督はカミラ・モレノのミュージックビデオを制作しているプロ、ポピュラーソングが大好きで挿入したようです。

B: エステラの孤独や優しさが分かる仕掛けでもあるようです。

 

          チリ映画の展望――映画製作センターの設立

 

A: 監督が映画を学んでいた頃は、チリの人はチリ映画など誰も見なかったという。映画製作センター CCC が創設され、そこで作られた映画が注目されるようになり観客も増えてきている。1年に100作くらい製作され、なかで上映の可能性がなくても若い女性監督やプロデューサーが輩出してきているという。そうなると観客の目も肥えてくる。

B:「ファブラ」の存在が大きいですね。本祭でもメキシコより話題作が多く、チリ映画はディエゴ・セスペデスの「La misteriosa mirada del flamenco」と、未紹介でしたがナイラ・イリッチ・ガルシアの「Cuerpo Celeste」の3作がノミネートされていた。

 

A: しかし政治的しめつけは変わりなく戦々恐々としてるのが現状のようです。国家が文化にお金を払いたくないのは万国共通、監督も「チリで映画を作るのは、実のところ波瀾の連続」と語っている。

B: 差別と不寛容の国と揶揄されるチリ、今後も才能流失は避けられません。


★参考作品

セリナ・ムルガのEl aroma del pasto recién cortado」は、コチラ⇒2024年08月20日

セバスティアン・シルバの『家政婦ラケルの反乱』は、コチラ⇒2013年09月27日

 

開幕作品はドミンガ・ソトマヨールの「Limpia」*SSIFF2025 ⑫2025年09月16日 19:02

   オリソンテス・ラティノス開幕作品――ドミンガ・ソトマヨールの「Limpia

   

      

 

★第73SSIFF 2025オリソンテス・ラティノス部門オープニング作品は、チリのドミンガ・ソトマヨールの「Limpia」、久しぶりの登場です。デビュー作『木曜から日曜まで』が東京国際映画祭2012ワールド・シネマで上映されています。既に英語題「Swim to Me」から採った『そこから泳いで、私の方へ』という邦題で1010日からNetflix 配信が決定しています。ラライン兄弟の制作会社「Fabulaファブラ」が製作しています。アリア・トラブッコ・セランの同名ベストセラー小説の映画化、作家自身も脚本に参加しているようです。アリア・トラブッコは、マイテ・アルベルディ監督の『イン・ハー・プレイス』(原題「El lugar de la otra」)の原作者、チリの人気作家です。新作は現代のチリの文化と社会システムに対する批判がテーマの一つかと想像します。詳細は Netflix 配信後を予定しており、今回はデータ、キャスト、ストーリーを簡単にアップいたします。

『木曜から日曜まで』の紹介記事は、コチラ20150304

『イン・ハー・プレイス』の紹介記事は、コチラ20241019

 

     


    (表紙とアリア・トラブッコ)


 「Limpia

製作:Fabula

監督:ドミンガ・ソトマヨール

脚本:ガブリエラ・ララルデ、ドミンガ・ソトマヨール、(原作)アリア・トラブッコ・セラン

撮影:バルバラ・アルバレス

編集:フェデリコ・Rotstein

美術:アゴスティナ・デ・フランセスコ

録音:レアンドロ・デ・ロレド、ナウエル・パレンケ、他

音楽:カルロス・カベサス

衣装デザイン:クリスティアン・ゴメス、フリオ・ムニサガ

製作者:ロシオ・ハドゥエ、フアン・デ・ディオス・ラライン、パブロ・ラライン、(エグゼクティブ)ソフィア・カステルス

 

データ:製作国チリ、2025年、スペイン語、心理スリラー、97分、Netflix 配信(20251010日、邦題『そこから泳いで、私の方へ』)

映画祭・受賞歴:サンセバスチャン映画祭2025「オリソンテス・ラティノス」部門オープニング作品(919日上映)

 

キャスト:マリア・パス・グランジャン(エステラ)、ロサ・プガ・ヴィッティニ(フリア)、イグナシア・バエサ・イダルゴ(マラ)、ベンハミン・ウェストフォール(クリストバル)、ロドリゴ・パラシオス(カルロス)、他多数

 

ストーリー:チリ南部のチロエ出身のエステラは、裕福な家庭のメイドとして働くため家族を残して首都サンティアゴへ旅立つ。家事労働のほかに昼夜を問わず世話をしなければならない6歳の娘フリアとの複雑な関係は、二人の絆が強くなるにつれて、避けられない結果に導かれる依存しあう秘密の世界を築くことになる。現代のチリの文化と社会システムの暗い大きな傷のメタファーが語られる。

 

★監督、スタッフ、キャスト紹介は、Netflix 鑑賞後に纏めてアップしますが、撮影監督がデビュー作『木曜から日曜まで』と同じバルバラ・アルバレス、少女の目線にこだわる巧みなカメラワークも楽しみです。

 



 

アグスティン・ディアス・ヤネスの新作はNetflix*SSIFF2025 ①2025年07月16日 10:49

   Un fantasma en la batalla」の主役は1990年代のETA潜入捜査官

    

 

 

アグスティン・ディアス・ヤネスの新作Un fantasma en la batalla / She Walks in Darkness」が、Netflix で配信されるニュースに接しデータを集めていたところにサンセバスチャン映画祭のノミネーション発表が飛び込んできました。まだスペイン映画に限定した部分的な発表ですが、アウト・オブ・コンペティション部門上映が決まったようです。セクション・オフィシアルのスペイン映画には、ホセ・マリ・ゴエナガアイトル・アレギのコンビがタッグを組んだ「Maspalomas」と、サンセバスチャンに25年ぶりに戻ってきたホセ・ルイス・ゲリンの「Historias del buen valle / Good Valley Stories」、アルベルト・ロドリゲスの「Los  Tigres」の3 作がノミネートされていました。追い追いアップしていく予定です。

 

★アグスティン・ディアス・ヤネスの新作は、1990年代からおよそ10年間を、ETAバスク愛国主義のテロ組織に潜入して諜報活動をした若い治安警備隊員の実話に触発されて製作されました。19951月、サンセバスティアン市長選挙に国民党PPから立候補していたグレゴリオ・オルドーニェスが投票前日に暗殺される前から始まるようです。5年前からの構想ということで、今春クランクイン、フランス側バスクで撮影が開始されています。ヒロインのアマイアにスサナ・アバイトゥアが扮しますが、架空の人物です。ETAのテロリスト・グループに潜入した女性捜査官はアランサス・ベラドレ・マリン(偽名、本名はエレナ・テハダ)たった一人で、彼女をベースに人物造形をしたそうです。この女性潜入捜査官を主役にした、アランチャ・エチェバリアの「La infiltrada」ではカロリナ・ジュステが演じて、ゴヤ賞2025主演女優賞を受賞、エチェバリア監督もマルセル・バレナの「El 47」と作品賞を分かち合いました。

La infiltrada」の作品紹介記事は、コチラ20250115

   

       

            (スサナ・アバイトゥア、フレームから)

 

★製作スタッフは、『雪山の絆』を手掛けた、J. A. バヨナベレン・アティエンサ、サンドラ・エルミダ、ラウル・ギベルトなどが全員集合しています。

    

      

            (監督、製作者、メインキャストが勢揃い)

 

 「Un fantasma en la batalla / She Walks in Darkness

 (邦題『そして彼女は闇を歩く』)

製作:Producción de Bayona / Netflix

監督・脚本:アグスティン・ディアス・ヤネス

撮影:パコ・フェメニア

音楽:アルナウ・バタリェル

美術:ハイメ・アンドゥイサ

プロダクションデザイン:アライン・バイネー

キャスティング:フアナ・マルティネス

衣装デザイン:サイオア・ララ

メイクアップ:ベアトリス・ブスタマンテ

製作者:J. A. バヨナ、ベレン・アティエンサ、サンドラ・エルミダ、ラウル・ギベルト

 

データ:製作国スペイン、2025年、スペイン語、歴史、政治サスペンス、テロリズム、105分、撮影地ギプスコア県、フランス領バスク地方イパラルデ Iparralde、スペイン公開103日、Netflix 配信1017日が決定

映画祭・受賞歴:サンセバスチャン映画祭2025アウト・オブ・コンペティション上映

 

キャスト:スサナ・アバイトゥア(アマイア)、アンドレス・ゲルトルディクス(カストロ中佐)、イライア・エリアス(ベゴーニャ)、ラウル・アレバロ(アリエタ)、アリアドナ・ヒル(アンボト)、エドゥアルド・レホン、アントン・ソト(エタラ)、イニャキ・バルボア(ボリナガ)、エネコ・サンス(チェリス)、アンデル・ラカジェ(アンドニ)

 

ストーリー:若い治安警備隊員アマイアがETAテロ組織に潜入した約10年間が語られる。舞台は1990年代から2000年にかけての南フランスのバスク、アマイアのミッションはテロ組織が隠し持つ秘密兵器のアジト(スロス)を突き止めることでした。テロとの直接の闘いに関与し、スペインの歴史的、政治社会的文脈に根ざした捜査官たちの生活と経験に触発されて製作された。

 

アグスティン・ディアス・ヤネス監督紹介1950年マドリード生れ、監督、脚本家、作家。本作は7年ぶりの監督作品になる。本祭関連の映画として、1995年のデビュー作「Nadie hablara de nosotras cuando hayamos muerto」があり、審査員特別賞を受賞したほか、主役のビクトリア・アブリルが銀貝女優賞を受賞した。翌年のゴヤ賞でも8冠を制した。1997年『死んでしまったら私のことなんか誰も話さない』の邦題で劇場公開されている。

     

    

            (アグスティン・ディアス・ヤネス)

   

2001年「メイド・イン・スペイン」部門で2作目「Sin noticias de Dios」(『ウェルカム!ヘヴン』)、本作は当時のスペインで破格の製作費を費やして製作され、ペネロペ・クルス、ビクトリア・アブリル、ガエル・ガルシア・ベルナル、エルサ・パタキーなどが出演、撮影費の高いパリでも撮影された。そして2006年、ビゴ・モーテンセンをリクルートしたヒット作「Alatriste」は、ベストセラー作家アルトゥーロ・ペレス=レベルテの小説の映画化、2年後の2008年にはアブリル、新作出演のアリアドナ・ヒル、ピラール・ロペス・デ・アヤラ、エレナ・アナヤ、ディエゴ・ルナなどスターを起用して撮った「Solo quiero caminar」(『4人の女』DVD)、2017年「Oro」は、16世紀のアマゾン熱帯雨林に伝説の黄金都市を探し求めるアドベンチャー歴史ドラマ、ホセ・コロナド、オスカル・ハエナダ、新作出演のラウル・アレバロ、バルバラ・レニーなどが出演した。

    

    

            (邦題『アラトリステ』の最後のシーン)

  

当ブログ初登場のキャスト紹介

スサナ・アバイトゥア(バスク自治州ビトリア1990)、エレナ・タベルナの「La buena nueva」でトゥールーズ・シネスパニャ2008で新人女優賞受賞、ロドリゴ・ソロゴジェン「Stockholm」(13)、アンヘル・ゴンサレスのホラー「Compulsión」でタブロイド・ウォッチ賞助演女優賞受賞、アイトル・ガビロンドの「Patria」(20)でTVシリーズ助演女優賞ノミネート、ダニ・デ・ラ・オルデンの「Loco por ella」(21『クレイジーなくらい君に夢中』)、アラウダ・ルイス・デ・アスアのラブコメ「Eres tú」(23『だから、君なんだ』)、TVシリーズ「Farad」(23『華麗なるファラド家』8話)、サルバドール・カルボの「Valle de sombras」(23)、ダニ・ロビラと共演したイボン・コルメンサナの「El bus de la vida」(24)、マラガ FF2025コンペティションのダニエル・グスマン「La deuda」(25)など、ラブコメとシリアスドラマが演じられる若手女優。

    

      

 

アンドレス・ヘルトルディク(マドリード1977)、J. A. バヨナ『永遠のこどもたち』、最近ではホナス・トゥルエバの「Volvereis」、アバイトゥアと共演した「El bus de la vida」、アルベルト・モライスの「La terra negra」など出演のベテラン。マラガ映画祭2007短編部門「Verano o Los defecos de Andrés」で銀のビスナガ男優賞受賞、「Morir」でゴヤ賞2018主演男優賞ノミネート、2018年メディナ映画祭21世紀の俳優に選ばれる。

   

  

   (アンドレス・ヘルトルディクスとスサナ・アバイトゥア、フレームから)

 

イライア・エリアス1980)、アシエル・アルトゥナの「Amama」でゴヤ賞2016新人女優賞とシネマ・ライターズ・サークル賞にノミネート、コルド・アルマンドスがサンセバスチャン映画祭2018でバスク映画賞イリサル賞を受賞した「Oreina / Ciervo」に出演している。

   

     

          (イライア・エリアス、デビュー作「Amama」から)

 

  

 (ラウル・アレバロ、フレームから)

   

   

      (アリアドナ・ヒルとスサナ・アバイトゥア、フレームから)

 

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カルロス・セデスの『ヴューダ・ネグラ 黒蜘蛛の企み』*Netflix配信2025年06月26日 19:13

     実話にインスパイアされた犯罪ドラマ――カルメン・マチが刑事役

   

      

 

★バレンシア州パトライスで2017816日に起きたアントニオ・ナバロ・セルダン刺殺事件をベースにしている。計画犯が被害者の若い未亡人、実行犯が冴えない中年の愛人というお膳立て、メディアの視聴率アップに貢献した事件でした。TV局は特集を組んだり、ドキュメンタリーを制作するなどしたので、スペインでは「パトライスの邪悪な未亡人」(La viuda negra de Patraix)として誰もが知っている殺人事件でした。Netflix は「サスペンス、ミステリー」ドラマと宣伝していますが、犯罪ドラマには違いありませんが、サスペンスやミステリーなど期待しないほうがいい。

 

★オリジナル・タイトルは「La viuda negra」ですが、邦題は思わせぶりな『ヴューダ・ネグラ 黒蜘蛛の企み』となり、なんともはや恐れ入ります。カルメン・マチやトリスタン・ウジョアがクレジットされていなければ多分見ない邦題です。英語題「A Widows Game」も感心しませんが、こちらのカタカナ起こしのほうが余程ましです。タイトルは自由に付けてよい決まりですが作品の顔でもあるので、無い知恵を絞らないでもらいたい。基本データ、スタッフ&キャスト、ストーリーは以下の通り。

 

 「La viuda negura

製作:Bambú Producciones / Netflix

監督:カルロス・セデス

脚本:ラモン・カンポス、ジェマ・R・ネイラ、ジョン・デ・ラ・クエスタ、リカルド・ジョルネ、ダビ・オレア、ハビエル・チャカルテギ

撮影:ダニエル・ソサ・セグラ

音楽:アドリアン・フォルケス、フェデリコ・フシド

編集:ディエゴ・ファハルド、アンドレス・フェデリコ・ゴンサレス

キャスティング:コンチ・イグレシアス

美術:アンヘル・アマロ

衣装デザイン:アントニオ・M・サンチェス・デ・ディオス

メイクアップ&ヘアー:イサベル・アウエルンハイマー、アリシア・ブランコ、他

製作者:ラモン・カンボス、ビクトル・ファンディーニョ

 

ストーリー2017816日バレンシア、マンション駐車場内で男性の血みどろの刺殺体が発見される。6ヵ所に及ぶ深い刺し傷から男性の怨恨による殺人事件と考えられた。ベテランの警部エバを筆頭にバレンシア殺人捜査課の調査が開始された。彼らは誰も予想しなかった容疑者に導かれていくことになる。若くして未亡人になってしまった〈優しくて親切な〉看護師マヘ、夫アルトゥーロとの新婚生活は1年未満であった。

 

データ:製作国スペイン、2025年、スペイン語、サスペンス、犯罪ドラマ、122分、撮影地バレンシア州パトライス、2025530Netflix 配信開始。

 

キャスト紹介:実話ではあるがプライバシー保護のため殺人犯以外は仮名である。さらに殺人犯は事実に即しているが、それ以外の人物造形は脚色が施された別バージョンです。本作は捜査開始から3週間後の912日、別件で殉職したバレンシア殺人捜査課警部補ブラス・ガメス・オルティスに捧げられている。

 

カルメン・マチ(バレンシア殺人捜査課主任エバ・トーレス/実名エステル・マルドナド)

イバナ・バケロ(マヘMaje、実名マリア・ヘスス・モレノ・カント

トリスタン・ウジョア(サルバSalva、実名サルバドール・ロドリゴ・ラピエドラ

パブロ・モリネロ(トゥリ、トゥリエンテス)

ペペ・オシオ(ベルニ、ベルナルド/実名ブラス・ガメス・オルティス)

ラモン・ロデナス(新任刑事ハビエル・ヒル)

アレックス・ガデア(アルトゥーロ・フェレル/実名アントニオ・ナバロ・セルダン)

以下、ジョエル・サンチェス(マヘの愛人ダニエル)、ペドロ・カサブランク(判事)、パウ・デュラ、ベルタ・イバラ(エバの娘サンドラ)、タニア・フォルテア(マヘの友人ソニア)、アンパロ・フェルナンデス(アルトゥーロの母親)、ホセ・アントニオ・バヤゲス(アルトゥーロの父親)、ミケル・マルス(アルトゥーロの兄ビクトル)、インマ・サンチョ(マヘの母親)、ヘスス・カストロ(マヘの元恋人アンドレス)、テレサ・ロサノ(サルバの母親)、シスコ・ロメロ(アルトゥーロの同僚ルイス)、オスカル・パストール(サルバの友人フランセスク)、他

 

スタッフ紹介カルロス・セデスア・コルーニャ1973)、監督、TVシリーズのクリエーター、代表作は、ロマンチックコメディ「El curb de los incomprendidos」(14)、ブランカ・スアレスとハビエル・レイを起用した「El verano que vivimos」(20)、クリエーターとして「Las chicas del cable」(1720、『ケーブル・ガールズ』41話)、イバナ・バケロが主演した「Alta mar」(1920、『アルタ・マール:公海の殺人』18話)、カルメン・マウラがイベロアメリカ・プラチナ賞の助演女優賞を受賞した「Tierra de mujeres」(243話)、カンデラ・ペーニャに同じイベロアメリカ・プラチナ賞主演女優賞をもたらした「El caso Asunta」(24、『アスンタ・バステラ事件』6話)などがある。

    

      

  

        (トリスタン・ウジョアが主演した『アスンタ・バステラ事件』

 

Bambú Producciones 2007年、製作者で脚本家のラモン・カンボス(ア・コルーニャ1975が中心になって設立した制作会社、他にテレサ・フェルナンデス=バルデス、主にTVシリーズのドラマや犯罪ドキュメンタリーを手掛けている。以下受賞歴のある話題作を挙げると、Netflixが初めてスペイン語のTVシリーズとして製作したのが「Las chicas del cable」(1720、『ケーブル・ガールズ』41話)、「El caso Asunta」(24、『アスンタ・バステラ事件』6話)、「Tierra de mujeres」(243話)、「Gran hotel」(1113、『グラン・オテル』38話)、「Velvet」(1316、『ベルベット』56話)、「Fariña」(1810話)、「Alta mar」(1920、『アルタ・マール:公海の殺人』18話)など。

   


     

★ドキュメンタリーではスペインで起きた未解決殺人事件も含めて犯罪物を多く製作している。「El caso Alcasser」(19、『アルカセルの惨劇 少女3人殺害事件』5話)、「El caso AsuntaOperación Nenúfar」(174話)、「800 metros」(22、『800メートルの恐怖:バルセロナ・テロ事件』3話)、映画ではアルベルト・ピントのMalasaña 32」(20、『スケアリー・アパートメント』)、カルロス・セデスの「El verano que vivimos」(20)、ハコボ・マルティネスの「13 Exorcismos」(22)、イサキ・ラクエスタの「Un año , una noche」(22)、最新作が「La viuda negra」である。

 

     怪物は人里離れた廃屋には住んでいない――犯人は平凡なあなたの隣人

 

A: クレジットによると脚本家が6人と多く、「船頭多くして船山に上る」が危惧されたが、どうでしょうか。3部構成になっており、第1部がカルメン・マチ扮するエバ・トーレスの視点、第2部がイバナ・バケロ扮する夫殺害を計画するマヘの視点、第3部がトリスタン・ウジョア扮する実行犯サルバの視点プラス総括、犯罪ドラマにしては2時間は長すぎた。

 

      

     (バレンシア殺人捜査課所属のエバ:トーレス役のカルメン・マチ)

   

      

            (夫殺害の計画犯マヘ役のイバナ・バケロ)

 

B: 特に第2部のマヘの夫殺害の動機の掘り下げが雑で、映画というよりTVミニシリーズのような印象を受けた。早い段階でマヘがゴミ女であることは分かるが、もっと複雑な性格なのではないか。

A: まるで欲しい獲物を狙い撃つニンフォマニアのような描き方で、両親に強制された厳格な宗教的な背景への反発、スペインの地方都市に暮らす女性の息苦しさが描ききれていなかった。

B: マヘがなぜ好きでもないアルトゥーロと結婚したのか、アルトゥーロがなぜ結婚式1ヵ月前に発覚したマヘの浮気を受け入れたのか、映画からは見えてこない。

 

      

     (アントニオ・ナバロ・セルダンとマリア・ヘスス・モレノ・カント)

  

     

          (左アントニオとマリア、右アルトゥーロとマヘ)

          

  

    (サルバ役のトリスタン・ウジョアとサルバドール・ロドリゴ・ラピエドラ)

 

A: 本事件は2017816日に自宅マンションの駐車場で遺体が発見され、翌2018110日に容疑者が逮捕されるまでを描いている。最初から犯人は未亡人マヘと割れていて難事件というほどではなかった。マヘのアリバイも稚拙で直ぐ嘘とばれてしまうものであり、6ヵ所の深い刺し傷から女性の単独犯説は初期の段階で消えた。ただ実行犯の割り出しに時間が掛かり、結果捜査班は意外な人物に辿りつく。分かってみれば、あまりの「悪の凡庸さ」に一同驚きを隠せない。

B: 実行犯サルバは、マヘが働いている病院の年配の同僚でした。同じ職場で働く看護師の妻、18歳になる息子、介護が必要な母親という〈平凡〉を絵に描いたような家庭でした。日ごろ憎からず思っていた若い女性から愛を囁かれ有頂天になって殺人を犯すには、もっと長い心の道程を描く必要があったのではないか。

   

    

                  (サルバとマヘ)

 

A: 憎しみや絶望から犯行に及ぶわけではない。実直な中年男性の心に流れる静かな隙間風、男の身勝手な正義感や見当違いの忠誠心から、いやいや犯行に引きずり込まれていく悲哀をトリスタン・ウジョアが演じていた。

B: 友人フランセスクにマヘの写真を見せておきながら、自分に捜査の手が及ぶことはないと確信している愚かさが信じられない。

A: サルバはマヘの夫アルトゥーロを実際にはよく知らないわけで、マヘからの一方的な情報で殺害を決心する。恋は盲目とはいえ、その陳腐さに呆れる。人は「自分が信じたいことだけを信じる」の見本みたいです。

      

     事件「その後」もなかなかユニーク、マヘは刑務所内で男児を出産

 

B: 映画は犯人逮捕までで裁判シーンは描かれないし、メディアを喜ばせたマヘのその後も描かれない。サルバは最初、自分の単独犯を主張してマヘを庇うが、結局マヘに利用されていただけと知って共謀を認める。

A: エンディングで実際の法廷シーンが挿入され、裁判の供述前に前言を翻したことが観客に知らされます。逮捕後マヘは、男女混合のピカセンテ刑務所に収監されるのですが、入所以来相変わらず多くの男性と関係している。それを知ってやっと目が覚める。

B: 受刑者間のセックスが容認されているわけだ。

 

A: 2020828日の裁判でマヘに唆されて殺害したことを正式に認める。金銭の授受がない「請負殺人」でした。同年11月にマヘに禁固22年、サルバに禁固17年の刑が申し渡され結審する。教唆罪は実行犯と同じ罪が科されるのですが、マヘがサルバより5年加重されたのは「親族殺人」だからです。映画の字幕ではサルバが捜査に協力的だったから減刑されたとありましたが。

B: 教唆罪も重い、マヘは司法の手が自分に及ぶとは思っていないが、事件当時既に26歳でしたから賢いのかバカなのか首を捻る。

       

A: 横道にそれますが、殺人事件そのものも衝撃ですが、「その後」も興味深いのです。マヘは収監中に妊娠する。子供の父親は殺人の罪で2008年から同じ刑務所に収監されているダビという受刑者。それで出産設備のある別のアリカンテ刑務所に移送され、20237月に総合病院で男児を出産する。出産後はアリカンテ刑務所内にある男子禁制の母子寮で、子供が3歳になる2026年まで一緒に過ごせる。現在そこにいます。

 

B: 生まれてくる子に罪はないというわけですね。

A: 同じ塀の中でも母子寮のほうが自由度も高く待遇もいいので、妊娠を希望する女子受刑者がいるのかもしれません。一方、ダビは既に刑期を終えて出所していますが、当然マヘとの関係は終わらせている。

 

B: 実話を下敷きにしているとはいえ、フィクションとして見たほうがいいですね。人々の記憶が鮮明な直近の事件ですから、映像化にはそれなりの配慮が必要です。第2部のイバナ・バケロのヌードなど本当に必要だったとは思えません。

A: 脚本執筆の分担がどうなっているのか知りたいところです。第1部の警部補ベルニ殉職のサイドストーリーなど、エンディングまで意味不明でした。「ブラス・ガメス・オルティスを偲んで」の字幕が出て、初めて分かった。主役はタイトルになった「邪悪な未亡人」マヘではなく、エバ・トーレス率いる事件解決98パーセントの「バレンシア殺人捜査班」です。

   

     

     (2017912日、51歳で殉職したブラス・ガメス・オルティスの葬儀)

     

  

                          (エバとベルニ)
     

B: 大分たっぷりめのマチがスクリーンに登場すると画面が生きいきしてくる。最初にTVミニシリーズの話があったそうですが。

A: 冒頭に出てくるマヘの遊び友達ソニア役でタニア・フォルテアの起用がアナウンスされたのです。ですから4話ぐらいのミニシリーズかと思っていました。事情はあくまで憶測でしかありませんが、何らかの理由により途中で変更されたのではないでしょうか。映画の台本を6名で執筆するなど異例です。それにソニアの描き方もステレオタイプで、わざわざ出演をアナウンスするほどではなかった。

  

B: 今回のネット配信で寝た子を起こされた、事件とは全く無関係のサルバの息子(実際は娘)や妻、元夫の親族のプライバシーがどうなっているのか気になります。かなりのお化粧直しはプライバシー保護の観点からも当然です。

A: そんなこんながネックになって、TVシリーズ化がおじゃんになったか。描けるのは逮捕劇までですね。捜査班の3人がマヘとサルバのプリペイド式携帯の通話記録を聞くシーンはコミカルでちょっと笑えた。マチによると「女性の観客は実話に基づいた殺人事件が好き」だそうで、ターゲットは女性のようです。「劇場に来てくれるのは70パーセント以上が女性」ともエル・パイス紙に語っている。

   


        (捜査班の3人、トゥリ、エバ、ベルニ、フレームから

  

  

 (ベルニ亡きあとに配属されたハビエル・ヒルとエバ)

 

B: マヘを演じたバケロが「マヘはとても複雑で、心に闇を抱えているように思える」と、インタビューに応えていますが、スクリーンからは見えてこなかった。

A: エバのセリフに「尽くしてくれる男を求めるタイプ」とあったが、それに「お金」をプラスしなければならない。ダニエルのようにお金持ちで未来に目を向けることのできる男性が理想的、因習が支配的な故郷ノベルダから精神的に離れられないアルトゥーロなどお呼びでなかった。殺人の決意を加速させた一因は、ダニエルとの偶然の出会いでしょうか。

  

B: 引き金です。殺さずとも離婚すればすむはずなのに「離婚するより未亡人に見られるほうがマシなタイプ」、バレなければ遺産も遺族年金も受け取れる。理想を言えば、夫の同僚ルイスのように交通事故死してくれることでした。夫の葬儀の空涙の名演技も実話通りなら褒めてやりたい。

A: しかし仕事もせずラクして金持ち男に寄生するタイプではない。病院と介護施設を掛け持ちして夜勤もこなす〈優しくて親切な〉看護師なのです。殺人の三大動機「ドラッグ、お金、アモール」、ドラッグはやっていなかった。マヘのなかには複数の人格が存在しているように思えます。

B: サルバのように殺人など犯しそうでない人が、いとも簡単に一線を越える恐怖、道徳的な自己欺瞞がどのように機能するのか、裁判シーンがあったら浮かび上がってきたように思った。

 


キャスト紹介

カルメン・マチについては、マラガ映画祭2025の大賞マラガ―スール賞を受賞した折にキャリア&フィルモグラフィー紹介しています。コチラ20250406

     

     

  (エル・パイスのインタビューを受けるカルメン・マチ、2025年5月6日、マドリード)


イバナ・バケロ1994年バルセロナ生れ、ギレルモ・デル・トロの『パンズ・ラビリンス』(06)の赤い靴を履いた可憐な少女を演じ、子役ながらゴヤ新人女優を受賞した。大人になってからは前述したカルロス・セデスの『アルタ・マール:公海の殺人』、カタルーニャ語はもちろん英語もできるので、イサベル・コイシェのホラー「Another Me」(13)に起用されている。ほか米国コメディ『ブラックフライデー』(22DVD)にも出演している。目標は同じ子役出身のジョディ・フォスター、ナタリー・ポートマンの由、これからです。

  

      

      (夫の死に泣き崩れるマヘ)

    

     

                  (新任刑事ハビエル・ヒルに手錠をかけられるマヘ

 

トリスタン・ウジョア1970年、当時両親が亡命していたフランスのオルレアンで生まれた。俳優、監督、脚本家、フランス語、スペイン語、カタルーニャ語、英語ができる。主にスペイン映画で出演している。代表作は、ジャウマ・バラゲロのホラー『ネームレス無名恐怖』(99)、フリオ・メデムの『ルシアとSEX01、ゴヤ賞主演男優賞ノミネート)、アントニオ・チャバリアスの「Volverás」(02、マル・デル・プラタ映画祭スペシャル・メンション、アリエル賞ノミネート)、マヌエル・ウエルガの『サルバドールの朝』(06)、イシアル・ボリャインの「Mataharis」(07、ゴヤ主演ノミネート)、フアン・マルティネス・モレノのスリラー「Un buen hombre」(09)、最新作はカルラ・シモンの「Romería」(25)。

TVシリーズでは「Fariña」(1810話)、『シスター戦士』(2022、英語、Netflix 配信)、先述したカルロス・セデスの『アスンタ・バステラ事件』でフォトグラマス・デ・プラタ賞受賞、フェロス賞とスペイン俳優連盟賞にノミネートされた。2002年、弟ダビ・ウジョアと共同で短編「Ciclo」を監督する。ついで共同で監督した「Pudor」(07)がカルロヴィ・ヴァリ、ワルシャワ、マラガ、シカゴ、各映画祭にノミネートされ、翌年のゴヤ賞新人監督賞と脚色賞にノミネートされた。現在ダビ・ウジョアは主にTVシリーズの監督として活躍している。

     

    

              (犯行のチャンスを窺うサルバ)

      

ロドリゴ・プリエトの『ペドロ・パラモ』④*キャスト紹介2024年12月04日 13:09

                PG13では撮れなかった『ペドロ・パラモ』

   


            

★メキシコで『ペドロ・パラモ』を読むのは大体高校生から、早い子供で中学生くらいから手にする。ネットフリックスからプリエト監督にオファーがきたときは「PG13」だった(担当者は原作を読んでいない?)。それでは殺人、近親相姦、ヌードは撮れない。R指定を条件に引き受けたと監督。こうしてスサナ・サン・フアンを演じたイルセ・サラスのヌードが可能になったようです。

 

★ハリスコ州の架空の田舎町コマラを舞台に、20世紀初頭に起きたメキシコ革命とクリステロ反乱を時代背景にした『ペドロ・パラモ』のキャスト・プロフィール、並びに各登場人物の立ち位置を含めてアップします。映画では採用されなかった語り手の重要なモノローグ、コマラは「去る人には上り坂、来る人には下り坂」(断片1)の町、閉じ込められてもがく人、不幸を予感しながら再び戻る人も描かれる。

 

マヌエル・ガルシア=ルルフォ(ペドロ・パラモ役)

1981年グアダラハラ生れ。初期にはアメリカ映画出演が多いので、ネットフリックス配信を含めると字幕入りで鑑賞できる作品多数。黒澤明の『七人の侍』他のリメイク版『マグニフィセント・セブン』(米、16)、ケネス・ブラナーの『オリエント急行殺人事件』(17)、トム・ハンクスと共演した『オットーという男』(21)、『スイートガール』(21)、最近公開されたカルロス・サウラの『情熱の王国』(西=メキシコ合作、21)で演出家マヌエルを主演、メキシコのマノロ・カーロの『巣窟の祭典』(24)と本作でも主演している。

★ペドロ・パラモ:コマラの繁栄と没落を象徴する権力者にして渇望と絶望の語り手、男性性の賛美、言葉による妻への暴力、家父長制主義の加害者にして犠牲者。荒んだペドロの唯一の救いだったスサナ・サン・フアンへの不毛の愛、彼はスサナを迎え入れるために絶大な権力を求めるが、彼女がどういう世界に住んでいたかを永遠に理解できない不幸な孤独者。ペドロはギリシャ語の pétros「石」より派生、パラモは「荒地」を意味する。

 

      

          (ペドロ・パラモ役のマヌエル・ガルシア=ルルフォ)

 

テノッチ・ウエルタ・メヒア(フアン・プレシアド役、ペドロの息子)

1981年メヒコ州エカテペック生れ、ガエル・ガルシア・ベルナルの『太陽のかけら』(07)、キャリー・フクナガの『闇の列車、光の旅』(09)、エベラルド・ゴウト『クライム・シティ』(11)に主演、エドゥビヘス役のドロレス・エレディアと共演、スペインのマヌエル・マルティン・クエンカの『小説家として』(17)、ベルナルド・アレジャノのホラー『闇に住むもの』(20)、ライアン・サラゴサのホラ―『マードレス、闇に潜む声』(21,米)、再びゴウトに起用されサスペンス・ホラー『フォーエバー・パージ』(21)、ライアン・クーグラーの『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(22)ではタロカン帝国の王に扮した。公開こそされなかったが、東京国際映画祭2014で上映されたアロンソ・ルイスパラシオスのデビュー作『グエロス』に主演、監督夫人であるイルセ・サラスと共演している。本作では出会うことはなかったが父親役のマヌエル・ガルシア=ルルフォと同じ年に生まれている。かつて交際していたマリア・エレナ・リオスへの性的暴行疑惑という残念なニュースも浮上している。

『グエロス』の作品紹介は、コチラ20141003

★フアン・プレシアド:前半の主な語り手、ペドロとドロリータスの息子、赤ん坊のときメディア・ルナを母親と去り、母との約束により父親から略奪された財産の代償を求めるという希望をもって、下るべきでない坂を下りて来る。やがてフアンは、権力と富への渇望が痛みと絶望の遺産を残した父親の正体に近づいていく。幻視と幻聴に悩まされ死者と交流するうち、自分が生きてるのか死んでるのか分からず、やがて絶望に至る。彼の罪は幻を求めて故郷を離れて坂を下ったことである。

   

  

           (フアン・プレシアド役のテノッチ・ウエルタ)

 

ドロレス・エレディア(エドゥビヘス・ディアダ)

1966年、バハ・カリフォルニア・スル州の州都ラパス生れ、UNAMで演劇を学んだ本格派、1990年デビューしている。アレハンドロ・スプリンガル「Santitos」で、アミアンFF1999、カルタヘナFF2000女優賞を受賞、カルロス・キュアロン『ルド and クルシ』(08)でルド&クルシ兄弟の母親役を演じた。ロドリゴ・プラがキルケゴールの日記にインスパイアされた「Decierto adentro」(仮訳「内なる砂漠」)でグアダラハラFF2008主演女優賞を受賞した。クリス・ワイツ『明日を継ぐために』(11)、テノッチ・ウエルタと共演した『クライム・シティ』、エイドリアン・グランバーグの『キック・オーバー』(11)、カール・フランクリン『ウルティマ、ぼくに大地の教えを』(13)、ラシッド・ブシャールの『贖罪の街』(14)はフランス映画『暗黒街の二人』のリメイク版、アレハンドラ・マルケス・アベジャ『虚栄の果て』(22)、GGベルナルの監督2作めシリアスコメディ「Chicuarotes」(19)などTVシリーズ出演も含めて国際的に活躍している。ネット配信中の作品もあるが、受賞歴のある作品は見られない。

Chicuarotes」の作品紹介は、コチラ20190513

エドゥビヘス・ディアダ:コマラで売春宿を兼ねたバルを営んでいた女性、フアンの母ドロリータスの親友。パラモ家の管理人フルゴルに部屋の鍵を渡したことで、図らずも殺人に手を貸してしまう。神の許しを得るために善行を積んだが、耐えきれなくて自ら命をたつ。姉マリアが死後の救済をレンテリア神父に頼むが拒まれ、まだ此の世をさまよって死者と交流する。

  

      

            (エドゥビヘス役のドロレス・エレディア)

 

イルセ・サラス(スサナ・サン・フアン)

1981年メキシコシティ生れ、映画、TV 、舞台女優。国立演劇学校で演技を学ぶ。夫のアロンソ・ルイスパラシオスの『グエロス』でテノッチ・ウエルタと共演、アレハンドラ・マルケス・アベジャの『グッド・ワイフ』に主演、既にキャリア紹介をしています。

『グッド・ワイフ』での紹介記事は、コチラ20190414

スサナ・サン・フアン:ペドロのこども時代からの憧れの人であり、彼が愛した唯一人の女性。肺結核を患っていた母親の死後、父バルトロメ・サン・フアンとコマラを去る。革命前夜、母親の葬儀に誰一人として弔問に訪れなかった大嫌いなコマラに戻ってくる。父親との理不尽な性的関係で死後の救済を諦めている。神父も父も共に「パードレ」、パードレはスサナにとって権力者の象徴である。父とのトラウマ克服のため狂気の世界に逃げ込んでフロレンシオという謎の夫をつくりだしている。トラウマによる想像が記憶となっている。フアンの墓の近くに埋葬されており、二人は死後の世界で繋がっている。

  

    

          (狂気の世界に安住を求めるスサナ・サン・フアン)   

 

エクトル・コツィファキス(フルゴル・セダノ、パラモ家の管理人)

1971年コアウイラ州トレオン生れ、映画、TV ,舞台俳優。UNAMの演劇学校であるCUT(大学演劇センター、1962年設立)で学ぶ(19962000)。TVシリーズ出演が多いが、主な代表作はルイス・エストラダの『メキシコ 地獄の抗争』(10)、ダビ・ミチャンのアクションドラマ「Reacciones adversas」(11)で主演、ディエゴ・コーエンのホラー「Luna de miel」(15)で主演、ベト・ゴメスのコメディ「Me gusta, pero me asusta」(17)と「Bendita Suegra」(23)、ナッシュ・エドガートンのダークコメディ『グリンゴ最強の悪運男』(18)、アレハンドロ・イダルゴのホラー「El exorcismo de Dios」とアクション、ホラー、コメディとこなす。TVシリーズ『ナルコス メキシコ編』に出演している。

フルゴル・セダノ:先代ルカス・パラモ以来の未婚の管理人、ペドロに代替わりしたとき54歳と年齢が分かる悪徳管理人。借金地獄のペドロを大地主にした立役者。彼の視点は重みがある。ペドロの指示によって不動産鑑定士トリビオ・アルドルテをエドゥビヘスの店で縛り首にして殺害する。しかしペドロの土地を貰いに来たという革命軍のリーダーにあっさり射殺される。ペドロからは「役に立つ男だったが、もう老いぼれの用なし」と一顧だにされなかった。

   

  

        (フルゴル・セダノ役のエクトル・コツィファキス)

   

ロベルト・ソサ(レンテリア神父役)

1970年メキシコシティ生れ、俳優、TVシリーズのを監督を手掛けている。1976年に子役としてスタートを切り、TVシリーズ、短編含めると166作に出演。代表作は、セバスティアン・デル・アモのヒット作、ガリシア生れながらキューバに渡り、後にメキシコにやって来てB級映画の巨匠になるフアン・オロルの伝記映画「El fantástico mundo de Juan Orol」に主役を演じ、アリエル賞2013主演男優賞、ACE2014主演男優賞、ドン・ルイス映画祭2013男優賞などを受賞、アレックス・コックスの「El patrullero」(日本との合作、『PNDCエル・パトレイロ』1993公開)でサンセバスチャン映画祭1992男優賞、フランシスコ・アティエの「Lolo」でシカゴ映画祭1993男優賞、他受賞歴多数。

レンテリア神父:コマラの町の唯一人の神父。神父としての誓いを果たせるという希望をもっていたが、ペドロの金貨に負けて彼の愚息ミゲルに祝福を与えてしまう。反対に自死したエドゥビヘスには与えない。父親をミゲルに殺されたうえ、レイプされた姪と暮らしている。クリステロ内戦では反乱軍に身を投じる。本作はメキシコにおける来世に関する一連の信仰を探求しており、彼のモノローグは重要である。

  

     

             (レンテリア神父役のロベルト・ソサ)

 

マイラ・バタジャ(ダミアナ・シスネロス役)

1990年メキシコシティ生れ、女優、短編だが脚本を執筆している。2021年タティアナ・ウエソのデビュー作、もらえる賞をすべて制覇したという問題作「Noche de fuego」で、アリエル賞2022助演女優賞、ソニア・セバスティアンの短編「Above the Desert with No Name」(2317分)で、ロスアンゼルス映画賞2024女優賞を受賞している。TVシリーズのダークコメディ「El Mantequilla」(238話)では女刑事に扮する。これからが楽しみな女優の一人。

Noche de fuego」の作品紹介は、コチラ20210819

ダミアナ・シスネロス:メディア・ルナのパラモ家の女中頭、赤ん坊のフアン・プレシアドを一時育てていた。コマラに戻って来たフアンをメディア・ルナから迎えに来る。ペドロをあの世に招き入れる女性でもある。原作と映画の違いの一つは、原作に登場するサン・フアン家の女中、フスティナ・ディアスを省いていることです。彼女は父娘とずっと行を共にしていて、スサナの育ての親でもあった。メディア・ルナで狂気のスサナを介護していたのは、映画のようにダミアナでなくフスティナである。ジャンルが違うのですから、この程度の変更は問題ありませんが、二人は同じ女中でも本質が異なる。フスティナも幻聴に怯えているが、ダミアナのように生死の境を超えられるわけではない。

   

      

           (ダミアナ・シスネロス役のマイラ・バタジャ)

 

ジョバンナ・サカリアス(ドロテア〈ラ・クアラカ〉)

1976年メキシコシティ生れ、女優、監督。19歳のときクラシックバレエを止め演劇を学び始め、舞台女優としてスタートする。2001年ハイメ・ウンベルト・エルモシージョの「Escrito en el cuerpo de la noche」で映画デビュー。代表作は、2018年アレハンドロ・スプリンガルのウエスタン「Sonora」で主演、ドロレス・エレディアと共演、揃ってアリエル賞にノミネートされた。マーティン・キャンベルの『レジェンド・オブ・ゾロ』(25)でバンデラスと共演、ウォルター・サレスの『オン・ザ・ロード』(12)、ブレッド・ドノフー他「Salvation」でロスアンゼルス映画祭2013の女優賞を受賞している。監督作品としては、2015年コメディ「Ramona」(10分)でアリエル賞2013短編賞、2020年長編デビュー作「Escuela para Seductores」がある。

ドロテア〈ラ・クアラカ〉:コマラにたどり着いたフアンにエドゥビヘスの店を教える語り手。産んでもいない赤ん坊を探してコマラをうろついている。神父は天国の門は閉じられているが、主は許されると諭す。教会の広場で倒れていたフアン・プレシアドを葬り、自分も一緒の墓に眠っており、フアンの語りを聞く。施し物欲しさにミゲル・パラモに売春斡旋をしていた罪人、ミゲル亡き後、神父に懺悔する。

   

       

            (ドロテア役のジョバンナ・サカリアス)

 

イシュベル・バウティスタ(ドロレス・プレシアド)

1994年メキシコシティ生れ、ベラクルサナ大学演劇学部卒、国立美術館演技賞受賞、2018年バニ・コシュヌーディの「Luciernagas」で映画デビュー、2023年ルイス・アレハンドロ・レムスの「El sapo de cristal」でノエ・エルナンデスと共演、TVシリーズでは征服者エルナン・コルテスを主人公にした歴史時代劇「Hernan」(8話、19)にマリンチェ役で出演している。

ドロレス・プレシアド、ドロリータス:メディア・ルナの女あるじ、ペドロの最初の妻、フアンの母親。借金を帳消しにするためのペドロの求婚を愛と錯覚して全財産を失う。夫の言葉によるDVに耐えかね、コリマにいる姉を頼ってコマラを去り、再び戻ることができなかった。露の滴る緑豊かなコマラを息子に言い残して失意のうちに旅立つ。

   

      

           (ドロリータス役のイシュベル・バウティスタ)

 

ノエ・エルナンデス(アブンディオ・マルティネス、ペドロの息子)

1969年イダルゴ生れ、アリエル賞主演男優賞を4回受賞するなど受賞歴多数。ホルヘ・ペレス・ソラノの「La tirisia」(14)、ガブリエル・リプスタインの『600マイルズ』(15)、セルヒオ・ウマンスキー・ブレナーの「Eight Out of Ten」(18)、2020年に製作されたヘラルド・ナランホの「Kokoloko」が大分遅れて今年受賞した他、トライベッカ映画祭2020主演男優賞も受賞している。2018年グアダラハラ映画祭のメスカル賞を受賞している。脇役だが東京国際映画祭2015で上映されたロドリゴ・プラの『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』、ラテンビートFF2011で上映されたヘラルド・ナランホの『MISS BALA/銃弾』に出演している。父親ペドロを演じたマヌエル・ガルシア=ルルフォより一回りも年上ということもあって、個人的にはキャスティングに違和感があった。

アブンディオ・マルティネス:ペドロが認知しない大勢の私生児の一人、ロバ追いを生業とする。フアンをコマラに案内する。主な出番は最初と最後に現れるだけと少ないが、父親を殺害する重要人物、事故で耳が不自由になる設定は何を意味するか。アブンディオの造形は、短編集『燃える平原』収録の「コマドレス坂」のレミヒオ・トリコ殺しの語り手を彷彿とさせ、彼の原型は短編にある。

   

  

              (アブンディオ・マルティネス役のノエ・エルナンデス右)

 

サンティアゴ・コロレス(ミゲル・パラモ)

TVシリーズ、チャバ・カルタスの「El gallo de oro」(232420話)レミヒオ役で18話に出演。本作で映画デビューを果たした。

ミゲル・パラモ:ペドロが気まぐれで認知した息子、母親はお産で亡くなる。愛馬コロラドに振り落とされて17歳で死去。レンテリア神父の兄弟を殺害、レイプ魔と父親の悪の部分を受け継いだ愚息。

   

        

         (マルガリータ、ダミアナ・シスネロス、ミゲル・パラモ)

 

★その他、スサナの父親バルトロメ・サン・フアン役のアリ・ブリックマン(チアパス州1975)は俳優、作曲家、代表作はマリアナ・チェニーリョのコメディ「Todo lo invisible」(20)で、主演、音楽、脚本も監督と共同執筆している。同監督のヒット作「Cinco dias sin Nora」にも出演、本作はアリエル賞2010作品賞以下を独占した。フアンの死の恐怖がつくりだした幻覚と思われるドニスの妹役のヨシラ・エスカルレガ1995)は、アマゾンプライムで配信が開始されたばかりの『戦慄ダイアリー 屋根裏の秘密』に出演している。ペドロの祖母を演じたフリエタ・エグロラは、娘ナタリア・ベリスタインが監督した『ざわめき』(22)に主演している。ネットフリックスで配信されている。古くはアルトゥーロ・リプスタインの『深紅の愛』に出演している。

   

          

          (穴だけの母親の写真を見つめるフアン・プレシアド)

    

      

 (コマラを去るサン・フアン父娘を見送るペドロ・パラモ)

  

      

          (エドゥビヘスに初夜の務めを頼むドロリータス)

    

  

                (レンテリア神父にミゲルの許しを金貨で支払うペドロ)

   

    

    (レンテリア神父の姪アナ)

 

        

         (スサナのメディア・ルナ到着を待つペドロとダミアナ)

   


                             (スサナとレンテリア神父)

   

ロドリゴ・プリエトの『ペドロ・パラモ』③*監督&スタッフ紹介2024年11月26日 16:09

          『ペドロ・パラモ』で監督デビューしたロドリゴ・プリエト

   

      

      (Deadline のインタビューを受けるプリエト監督、20241124日)

 

ロドリゴ・プリエトといえば、一般的にはマーティン・スコセッシの『沈黙―サイレンス』(16)、『アイリッシュマン』(19)、最新作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(23)、アン・リーの『ブロークバック・マウンテン』(05)、ベネチア映画祭2007の金のオゼッラ賞受賞作『ラスト・コーション』、ベン・アフラックの『アルゴ』(12)、グレタ・ガーウィグの『バービー』とアメリカ映画の撮影監督として知られています。上記のデッドラインのインタビューで、『バービー』と『キラーズ~』の撮影の合間を縫って『ペドロ・パラモ』を何回も読み返し推敲したと語りました。

  

      

       (『沈黙―サイレンス』撮影中のマーティン・スコセッシと)

 

★しかしスペイン語映画ファンとしては、もうアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥのデビュー作『アモーレス・ぺロス』に尽きます。2000年、カンヌ映画祭併催の「批評家週間」で鮮烈デビュー、作品賞を受賞した。第1話に主演したガエル・ガルシア・ベルナルは、メディアのインタビュー攻めに「天地がひっくり返った」と語ったのでした。その後の快進撃は以下のフィルモグラフィーの通りです。2009年、ペドロ・アルモドバルの『抱擁のかけら』でタッグを組み、アルモドバル嫌いからは「どこを褒めたらいいか分からない」と酷評されましたが、プリエトの映像美は高い評価を受け、スペインのシネマ・ライターズ・サークル賞を受賞した。

   

     

 (『BIUTIFULビューティフル』撮影中のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥと)

  

キャリア紹介1965年メキシコシティ生れ、撮影監督、映画監督。国籍はメキシコと米国、ロサンゼルス在住。祖父はサンルイス・ポトシ市長、メキシコシティ知事、下院議長を務めた政治家、政治的対立で迫害されテキサスに亡命、後ロサンゼルスに移る。父はニューヨークで航空工学を専攻、結婚後メキシコに戻りロドリゴが誕生した。彼は1975年設立された国立機関の映画養成センターCCCCentro de Capacitación Cinematográfica)で学んでいる。2021年ヴィルチェク財団が選考するヴィルチェク映画賞を受賞、2023年にはモレリア映画祭の審査員を務めている。監督として、2013年、製作国米国の短編「Likeness」(9分、英語)をトライベッカ映画祭に正式出品、2019年には「R&R」(6分、米、英語)を撮っている。『ペドロ・パラモ』で長編監督デビューした。

   

      

  (金のオゼッラ賞を受賞した『ラスト、コーション』撮影中のアン・リーと)

 

フィルモグラフィー(本邦公開作品、短編、TVシリーズ、ミュージックビデオは割愛)

1991El jugador」メキシコ、デビュー作、監督ホアキン・ビスナー

1996Sobrenatural」メキシコ、監督ダニエル・グルーナー、1997アリエル賞初受賞

1996『コロンビアのオイディプス』(「Oedipo alcalde」邦題はキューバFF2009による)

   コロンビア・スペイン合作、監督ホルヘ・アリ・トリアナ

作品紹介記事は、コチラ20140427

1998Un embrujo」メキシコ、監督カルロス・カレラ、

   1999アリエル賞サンセバスチャンFF受賞

2000『アモーレス・ぺロス』メキシコ、監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

   2001アリエル賞、ゴールデン・フロッグ賞受賞

2001『ポワゾン』米国、監督マイケル・クリストファー

20028 Mile』ミュージカル、米国・独、監督カーティス・ハンソン

200225時』米国、監督スパイク・リー

2002『フリーダ』米国・カナダ合作、監督ジュリー・テイモア

2002『彼女の恋から分かること』米国、監督ロドリゴ・ガルシア

 

200321グラム』米国、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

2004『アレキサンダー』米国、監督オリバー・ストーン

2005『ブロークバック・マウンテン』米国、監督アン・リー、アカデミー賞ノミネート

   シカゴFFダラス・フォートワースFFフロリダFF、各映画批評家協会賞受賞

2006『バベル』米国、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、

2007『ラスト、コーション』米国、監督アン・リー、ベネチアFF金のオゼッラ賞受賞

 

2009『抱擁のかけら』スペイン、監督ペドロ・アルモドバル、

   シネマ・ライターズ・サークル賞受賞

2009『消されたヘッドライン』米国、監督ケヴィン・マクドナルド

2010BIUTIFULビューティフル』スペインとの合作、スペイン語、

   監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、アリエル賞受賞

2010『ウォール・ストリート』米国、監督オリバー・ストーン

2011『恋人たちのパレード』米国、監督フランシス・ローレンス

 

2012『アルゴ』米国、監督ベン・アフラック

2013『ウルフ・オブ・ウォールストリート』米国、監督マーティン・スコセッシ

2014『ミッション・ワイルド』米国・フランス合作、トミー・リー・ジョーンズ

2014『夏の夜の夢』米国、監督ジュリー・テイモア

2015『沈黙-サイレンス』米国、監督マーティン・スコセッシ、アカデミー賞ノミネート

 

2016『パッセンジャー』SF、米国、監督モルテン・ティルドゥム

2019『アイリッシュマン』米国、監督マーティン・スコセッシ、アカデミー賞ノミネート

2020『グロリアス 世界を動かした女たち』米国、監督ジュリー・テイモア

2023『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』米国、監督マーティン・スコセッシ、

   アカデミー賞ノミネート、サンディエゴFFサンタ・バルバラFFダブリンFF

   各映画批評家協会賞受賞

2023『バービー』米国、監督グレタ・ガーウィグ、

   ナショナル・ボード・オブ・レビュー、他多数

2024『ペドロ・パラモ』メキシコ、監督、共同撮影ニコ・アギラル

 

★以上、公開作品、受賞作品を中心に列挙しました。映画祭ノミネートがトータル129という驚異的な数には恐れ入ります。ノミネートはオスカー賞4作(スコセッシ3作、アン・リー1作)のみアップしました。イニャリトゥがオスカーを受賞した『バードマン~』と『レヴェナント 蘇えりし者』の撮影監督はエマニュエル・ルベッキでした。プリエトと同世代の彼はオスカー像を3個も貰っています。「賞を貰うために仕事をしているわけではない」ですけど。

 

★脚本を共同執筆したマテオ・ヒル・ロドリゲス Mateo Gilは、1972年カナリア諸島のラス・パルマス生れ、スペインの監督、脚本家、製作者。アレハンドロ・アメナバルのデビュー作『テシス、次に私が殺される』(96)の共同脚本家、助監督としてスタートした。長編デビュー作「Nadie conoce a nadie」(99)が東京国際映画祭2000に『ノーバディ・ノウズ・エニバディ』の邦題で正式出品され、翌年『パズル』で公開された。『アモーレス・ぺロス』が作品賞を受賞した年でした。

  

★2004年のアメナバルの『海を飛ぶ夢』では、監督と脚本を共同執筆、ゴヤ賞オリジナル脚本賞を受賞、さらに本作はアカデミー賞2005の外国語映画賞受賞作品でした。ネットフリックスTVシリーズ『ミダスの手先』(206話)のクリエーター、脚本も執筆している。

(写真下は視聴覚媒体におけるアーティストの福利厚生及びプロモーションを援助する財団AISGE のインタビューを受けたときの最新フォト)

   

      

      (AISGEのインタビューを受けるマテオ・ヒル、2024114日)

 

★かつて「ペドロ・パラモ」を監督する企画があり脚本も執筆した。しかし資金が底をついて実現に至らなかった。舞台となるコマラの町のセットも二つ必要でしたから、ネットフリックスの資金援助がなければ難しかったと思われます。その際の脚本がたたき台になったようですが、監督と脚本家もそれぞれ異なるビジョンがあり、削除したいシーン、追加したいシーンを徹底的に議論したようです。今回は脚本を手掛けているので、脚本に絞ってキャリアを紹介したい。

(短編は割愛しました)

 

1996『テシス、次に私が殺される』監督アレハンドロ・アメナバルとの共同執筆

1997『オープン・ユア・アイズ』同上

1999『パズル』(TIFFタイトル「ノーバディ・ノウズ・エニバディ」)監督、

   脚本はフアン・ボニジャとの共同執筆

2001『バニラ・スカイ』(『オープン・ユア・アイズ』のリメイク版

   監督、脚本キャメロン・クロウ、原案アレハンドロ・アメナバル&マテオ・ヒル

2004『海を飛ぶ夢』監督アメナバル、監督との共同執筆、

   ゴヤ賞2005オリジナル脚本賞受賞

2005El método」アルゼンチン・伊・西、監督マルセロ・ピニェイロ、監督との共同執筆

   ゴヤ賞2006脚色賞受賞、アルゼンチン映画アカデミー賞脚色賞受賞

2009『アレクサンドリア』監督A・アメナバル、監督との共同執筆、

   ゴヤ賞2010オリジナル脚本賞受賞

2016RealiveSF、監督&脚本マテオ・ヒル、ファンタスポルト作品賞&脚本賞受賞

2018『熱力学の法則』監督&脚本マテオ・ヒル、マイアミFF監督賞受賞、Netflix配信

2024『ペドロ・パラモ』監督ロドリゴ・プリエト

  

2011『ブッチ・キャシディ―最後のガンマン―』は監督のみで、脚本はミゲル・バロスが執筆した。トライベッカFFでプレミア、トゥリア賞2012新人監督賞受賞、ゴヤ賞2012監督賞にノミネートされた。

 

El método」の紹介記事は、コチラ20131219

『熱力学の法則』の紹介記事は、コチラ20180402

 

★音楽を手掛けたグスタボ・サンタオラジャ(ブエノスアイレス1951)は、アルゼンチンのミュージシャン、『バベル』と『ブロークバック・マウンテン』でオスカー像をゲットしたほか、オンライン映画テレビ協会賞、ほかラスベガスとサンディエゴ映画批評家協会賞など受賞歴多数。『アモーレス・ぺロス』とBIUTIFULビューティフル』ではアリエル賞、ウォルター・サレスの『モーターサイクル・ダイアリーズ』(04)とダミアン・シフロンの『人生スイッチ』(14)でアルゼンチン映画批評家協会賞など活躍の舞台は国際的です。

『人生スイッチ』での紹介記事は、コチラ20150119同年0729

  

    

               (グスタボ・サンタオラジャ)

  

★次回はキャスト紹介を予定しています。

  

ロドリゴ・プリエトの『ペドロ・パラモ』②*原作者紹介2024年11月22日 19:25

            フアン・ルルフォの『ペドロ・パラモ』の映画化

 

★前回ロドリゴ・プリエトが監督した『ペドロ・パラモ』の鑑賞記をアップしましたが、原作者並びに監督以下のスタッフ、キャスト紹介が積み残しになっていました。原作者の詳細な紹介までしないのですが、今回は作家の人生が映画(小説は勿論)と深く関わっているのでアップすることにしました。日本語版ウイキペディアからも情報を得られますが、生まれた年に1917年と1918年の2説あることもあり、また過去に製作された『ペドロ・パラモ』、短編集『燃える平原』に収録された短編のなかから選ばれて映画化された短編映画などを紹介したい。

 

       

 (ヘビースモーカーだったフアン・ネポムセノ・カルロス・ペレス・ルルフォ・ビスカイノ)

 

フアン・ルルフォ Juan Nepomuceno Carlos Perez Rulfo Vizcaino1917516日(1918年説あり)、メキシコのハリスコ州のサユラ地区アプルコ生れ(198617日、メキシコシティ没)、作家、写真家、歴史家、会社員。1922年、ホセフィナ学校に入学、初等教育を受ける。翌年6月、牧場主であった父親が殺害され、母親も4年後の192711月に亡くなった。学校がクリステロの反乱192629)で閉鎖されたため、1927年、叔父の判断でグアダラハラのルイス・シルバ学校に入学する。1929年、母方の祖母が住んでいたサン・ガブリエルに移り一緒に暮らすことになったが、その後グアダラハラのルイス・シルバ孤児院に預けられる。両親の死、続いて起きたクリステロの恐怖を目撃するという幸せとはほど遠い少年時代を送ったことになる。

 

クリステロGuerra Cristeraの反乱:1917年メキシコ憲法第130条でカトリック教会の権力制限が強化され、政教分離に基づき国家が宗教に優先することが決定される。教会や神学校の閉鎖が相次いだ。19266月カジェス大統領が第130条に違反した聖職者および個人に対して特定の罰則を定めた「刑法改正法」(カジェス法)に署名、同年8月にグアダラハラで暴動が発生、内戦状態になった。多くの司祭が追放並びに殺害されたが、1929年カジェスの傀儡だったエミリオ・ボルテル・ヒル臨時大統領が譲歩して、1929年、一応の終結を見た。193812月、ラサロ・カルデナス大統領によりカジェス法は廃止された。他国と戦った戦争ではない内戦だったので反乱とした。

 

1930年、雑誌「メキシコ」に参加する。1933年、グアダラハラ大学への入学を考えていたが、大学がストライキ中であったため、メキシコシティのコレヒオ・デ・サン・イルデフォンソ(メキシコ自治大学UNAMの大学予備校)の聴講生になり、1934年から4年間、UNAMのメキシコ哲学文学部での講義に出席した。大学進学過程を終了していなかったので入学資格はなかった。

 

1937年、内務省の文書係に採用され、同年詩人のエフレン・エルナンデスと親交をもち友情を築いた。後には作家フアン・ホセ・アレオラと出合い終生友情を育んだ。翌年には内務省の委託を受けてメキシコの各地を巡る視察の旅をするという幸運に恵まれた。これはその後の彼の作品に生かされることになる。1934年ころから書き始めていた短編を雑誌に発表し始め、1941年からはグアダラハラの出入国移民局に勤務し、次いで1947年から5年間、グッドリッチ・エウスカディ社の職長として働いている。ほか1962年から没するまで、メキシコシティの国立先住民協会のエディターを務めました。1944年に知り合ったクララ・アパリシオ1947年(英語版ウイキペディア1948年)に結婚、4人の子供の父親になった。因みに1964年に生まれた末子フアン・カルロス・ルルフォ・アパリシオが、後述するように映画監督として現在活躍中である。

 

         文学的なキャリアとレガシー、写真集の出版

 

★作家としては、1945年から1951年にかけて雑誌「パン・イ・アメリカ」などに発表した短編15作を収録した『燃える平原』を1953年に上梓した。なかで1950年に発表された El llano en llamas がタイトルに選ばれ、妻クララに捧げられている。1953年から翌年にかけて、1955年に中編小説『ペドロ・パラモ』として出版されることになるオリジナル原稿を3つの異なる雑誌に発表、1つ目のタイトルは Una estrella junto a la runa(仮訳「月のかたわらの星」)、2つ目は Los murmullos(同「ささめき」)、3つ目が小説の舞台である田舎町の名前 Comala でした。しかし最終的には主人公の名前 Pedro Páramo で刊行されたが、真の主人公はコマラです。

      

     

              (『ペドロ・パラモ』の初版表紙)

 

★『燃える平原』の翻訳書は、アンデスの風叢書の1冊として、199011月に刊行され、のち文庫化された。以下の邦題は訳者杉山晃の邦訳によった。代表作は1945「おれたちのもらった土地」1946「マカリオ」1947「おれたちは貧しいんだ」1948「コマドレス坂」1950「タルパ」とタイトルになった「燃える平原」、1951「殺さねえでくれ」、先述したように1953年に『燃える平原』として刊行している。最初のオリジナル版のタイトルは、Los cuentos del tío Celerino(仮訳「セレリノおじさんの寓話」)で15作でした。セレリノ叔父は実在の人でルルフォを旅に連れだして見聞を広めてくれた人だと後年語っている。1971年に「犬の声は聞こえんか」「マティルデ・アルカンヘルの息子」2編が追加され、現在の17作になった。またフレディ・シソが映画化した「殺さねえでくれ」は、メキシコ革命時代にあった実話をベースにしているということです。

 

       

                (『燃える平原』の表紙)

 

★『燃える平原』と『ペドロ・パラモ』の2冊だけでラテンアメリカ文学を代表する作家になったわけですが、ほかに短編集に入らなかった初期の作品、語り手が女性という Un pedazo de noche(仮訳「夜の断片」、1980年刊 El gallo de oro y otros relatos に収録)などがある。さらに1956年から1958にかけて2番目となる小説 El gallo de oro を書いた。ガルシア・マルケスカルロス・フエンテスが脚本を共同執筆したことで知られる、ロベルト・ガバルドン1964年に監督した『黄金の鶏』(邦題は「メキシコ映画祭1997」による、未公開)である。映画の台本として書かれたという理由で小説と見なされなかった。

  
  

                           (2017年刊のソフトカバー版の表紙)

 

★しかしルルフォによると「印刷される前に、ある映画プロデューサーがこの小説に興味をもち、映画の台本用に脚色されたのです。この作品も以前の作品同様、そのような目的で書かれたのではありません。要するに、台本としてしか私の手に戻っこず、再構築するのは容易でなくなった」。台本として書いたのではなく、これまでと同様、小説として書いたということです。この小説は1980年まで出版されなかったが、ずさんな版だったようで、本作のほかに、短編集に選ばれなかった初期作品など14編が含まれている。スペイン語版ウイキペディアによると、2010年版で多くの誤りが訂正され、独語、伊語、仏語、ポ語への翻訳が行われた。

     

        

★写真家として、6000枚のネガを残しました。作家の死後、遺族によって設立されたルルフォ財団が所蔵しており、選ばれた一部が刊行されている。El Mexico de Juan Rulfo 1980)、"100 Fotografias de Juan Rulfo"2010)など。また私たちは私たちの過去を知ることが必要であると、ハリスコ州の征服と植民地化についての書籍もあり、彼は歴史家でもあった。

 

           映像作家を刺激し続けるルルフォの作品たち

 

★ルルフォの作品は、短編を含むと結構の数が映画化されている。玉石混淆ですが、以下に年代順に列挙します。映像は保証の限りではありませんが、YouTubeで見ることができるものもあります。本作『ペドロ・パラモ』も、1967年にカルロス・ベロがペドロにジョン・ギャビンを起用して撮ったモノクロ版があり、カンヌ映画祭1967のコンペティション部門に選ばれている。撮影監督がメキシコ映画黄金期を代表するガブリエル・フィゲロアで、先述のガバルドンの『黄金の鶏』も彼が手掛けている。メキシコ時代のルイス・ブニュエルと『忘れられた人々』、『ナサリン』、『砂漠のシモン』など何作もタッグを組んだ撮影監督としても有名です。

 

      

     

              (ペドロの二人の息子の出合い、フアンとアブンディオ)

 

        

        

        (ドロレスに求婚するようフルゴル・セダノに指示するペドロ)

        

★ルルフォの創作の主軸には、父親の不在と憎悪があり、背景にはメキシコ革命とクリステロの反乱の結果がある。革命によって土地所有者の権利がなくなったわけでもなく、ルルフォに限らず多くの家族の崩壊をもたらした。特別なことを何も持たない「普通の人々」を登場人物にしたルルフォの作品には、孤独が付きまとう、彼にとって書くことは苦しみであったに違いない。作家が寡作なのは、2冊ですべてを書ききったからでもあるでしょうが、この絶対的な孤独の存在も理由の一つだろうと思います。

  

1956年「タルパ」長編、監督、短編集『燃える平原』収録作品の脚色

1964年『黄金の鶏』(邦題メキシコFF1997による)長編、監督ロベルト・ガバルドン

1965年「La fórmula secreta」中編42分、監督ルベン・ガメス、

    1980年刊の El gallo de oro に含まれた詩がベース

1967年「ペドロ・パラモ」監督カルロス・ベロ、カンヌFF1967正式出品

1972年「El Rinn de las Vírgenes」監督アルベルト・アイザック、

    短編集収録の「アナクレト・モローネス」と「大地震の日」の脚色

1985年「殺さねえでくれ」ベネズエラ製作、監督フレディ・シソ、短編集収録作品の脚色

1986年「El imperio de la fortuna」監督アルトゥーロ・リプスタイン、

            “El gallo de oro がベース

1991年「ルビーナ」監督ルシンダ・マルティネス、短編集収録作品の脚色

1996年「Un pedazo de noche」短編30分、監督ロベルト・ロチン、初期短編の脚色

2008年「Burgatorio」(仮訳「煉獄/苦悩」)短編23分、監督ロベルト・ロチン、

    短編集収録「北の渡し」、初期短編「Un pedazo de noche」、「Cleotilde」を脚色、

    アリエル賞2000短編賞を受賞

2014年「マカリオ」短編24分、監督ジョエル・ナバロ、短編集収録作品の脚色

2024年『ペドロ・パラモ』監督ロドリゴ・プリエト

(以上、TVシリーズは割愛)

 

★映画監督になった末子フアン・カルロス・ルルフォ・アパリシオは、ドキュメンタリー映像作家として、パートナーのバレンティナ・ルダック・ナバロと二人三脚で活躍している。IMDbによると、代表作は監督が父親ルルフォを探してハリスコを旅する「Del olvido al no me acuerudo」(99)で、アリエル賞のオペラプリマ賞、編集賞ほか、モントリオールFFの初監督作品賞など多数の受賞歴がある。作家で親友だったフアン・ホセ・アレオラ、母クララなどが出演している。父親に関係する作品は本作だけのようです。2006年に撮った「En el hoyo」は、国際映画祭巡りをした話題作、アリエル賞2007のドキュメンタリー賞他、サンダンス、カルロヴィ・ヴァリ、グアダラハラ、リマ、マイアミ、各映画祭の受賞歴多数。メキシコ先住民のサンダル履きのマラソンランナーを描いた、『ロレーナ:サンダル履きのランナー』201928分)が、ネットフリックスで鑑賞できる。100キロのウルトラマラソンの勝者、美しい風景と民族衣装、感動します。

 

★次回は監督以下、スタッフ、キャスト紹介を予定しています。