アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ新作*サンセバスチャン映画祭2022 ⑬2022年09月08日 15:02

     イニャリトゥの新作Bardo」はノスタルジック・コメディ?

     

 

   

★ペルラス部門最後のご紹介は、メキシコのアレハンドロ・G・イニャリトゥの「Bardo, Falsa crónica de una cuantas verdades」、監督の分身とおぼしきジャーナリストでドキュメンタリー映画作家のシルベリオ・ガボにダニエル・ヒメネス=カチョが扮します。しかしコメディで観客の忍耐力をテストするような174分の長尺なんてあり得ますか? 脚本は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』14)の共同執筆者ニコラス・ジャコボーネ、監督と一緒に翌年のアカデミー賞ほか国際映画祭の授賞式行脚をいたしました。サンティアゴ・ミトレの「Argentina, 1985」同様、第79回ベネチア映画祭コンペティション部門で既にワールド・プレミアされています(91日)。さて、評判はどうだったのでしょうか。

   

   

(グリセルダ・シチリアーニ、イケル・サンチェス・ソラノ、A. G. イニャリトゥ監督、

ダニエル・ヒメネス=カチョ、ヒメナ・ラマドリッド、ベネチア映画祭202291日)

 

 「Bardo, Falsa crónica de una cuantas verdades / Bardo, False Chronicle of a Handful of Truths」メキシコ

製作:Estudios Churubusco Azteca SA / Redrum

監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ

脚本:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ニコラス・ジャコボーネ(ジャコボーン)

音楽:ブライス・デスナー

撮影:ダリウス・コンジ

編集:モニカ・サラサール

キャスティング:ルイス・ロサーレス

プロダクション・デザイン:エウヘニオ・カバジェロ

衣装:アンナ・テラサス

メイク&ヘアー:タリア・エチェベステ(メイク)、クラウディア・ファンファン(ヘアー)他

製作者:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ステイシー・ペルキー(ペルスキー)、(エグゼクティブ)カルラ・ルナ・カントゥ、(ラインプロデューサー)ヒルダルド・マルティネス、ミシェル・ランヘル、他

 

データ:製作国メキシコ、2022年、スペイン語、コメディ・ドラマ、174分、撮影地メキシコシティ、配給 Netflix2022114日アメリカ限定公開、1216Netflixにて配信開始

映画祭・受賞歴:第79回ベネチア映画祭2022コンペティション部門正式出品(91日上映)、第70回サンセバスチャン映画祭2022ペルラス部門正式出品

 

キャスト:ダニエル・ヒメネス=カチョ(シルベリオ・ガボ)、グリセルダ・シチリアーニ(ルシア)、ヒメナ・ラマドリッド(カミラ)、イケル・サンチェス・ソラノ、アンドレス・アルメイダ(マルティン)、マル・カルラ(ルセロ)、他多数

 

ストーリー:シルベリオは国際的に権威のある賞の受賞者であるが、ロスアンゼルス在住のメキシコ人ジャーナリストでドキュメンタリー作家として知られている。彼は生れ故郷に戻るべきと思っているが、このような旅は、おそらく実存の限界をもたらすだろう。彼が実際に直面している不条理な記憶や怖れ、漠然とした感じの混乱と驚嘆が彼の日常生活を満たしている。激しいエモーション、度々襲ってくる大笑い、シルベリオは普遍的な謎と闘うだろうが、他にもアイデンティティ、成功、死すべき運命、メキシコ史、家族の絆、分けても妻や子どもたちとの親密な結びつきについても乗りこえるだろう。結局、現代という特殊な時代においては、人間という存在は本当に忍耐で立ち向かうしかないのだろう。彼は危機を乗りこえられるだろうか。ヨーロッパとアメリカの入植者によって侵略され、搾取され、虐待されてきたメキシコ、その計り知れない損失は返してもらっていない。

   


              (ダニエル・ヒメネス=カチョ)

    

   

           (ヒメネス=カチョとヒメナ・ラマドリッド、フレームから)

 

★どうやらシルベリオ・ガボは監督の分身で間違いなさそうですが、いささか胡散臭いでしょうか。プレス会見では「ピオピックを撮るのが目的ではありませんが、自身について多くのことを明かしています」と語っていました。各紙誌の評判が芳しくないのは長尺もさることながら、主人公のナルシシストぶりがハナにつき、テーマの詰め込み過ぎも視聴者を迷子にしているのではないかと推測します。監督は「前作以来7年間も撮っていなかった、プランが思い浮かばなかった」とも応えている。前作とは『レヴェナント 蘇えりし者』16)のことで、アカデミー監督賞を受賞、主役のディカプリオも念願の主演男優賞をやっと手にした。前年の『バードマン』で作品・監督・脚本の3冠に輝いたばかりで、連続監督賞は長いハリウッド史でも珍しい快挙だった。カンヌ映画祭アウト・オブ・コンペティションでプレミアされた「Carne y Arena」(17)は、7分間の短編、他はドキュメンタリーをプロデュースしていただけでした。

 

      

     (レッド・カーペットに現れた、夫人マリア・エラディア・ハガーマンと監督)

 

★ダニエル・ヒメネス=カチョによると監督からは、「何も準備するな!」というお達しがあって撮影に臨んだそうです。こういう映画の場合、先入観をもたずに役作りをするのは結構きついかもしれない。11月の公開後、1216日から Netflix で配信が決定しています。アメリカ、スカンジナビア諸国を含めたヨーロッパ、オーストラリア、アルゼンチン、ブラジル他、アジアでは日本と韓国が入っています。後は観てからにいたします。

    

        

          (ダニエル・ヒメネス=カチョとA. G. イニャリトゥ監督)

 

『バードマン』の記事は、コチラ20150306

『レヴェナント』の記事は、コチラ20160302

Carne y Arena」の記事は、コチラ20170416


*追加情報:第35回東京国際映画祭2022に『バルド、偽りの記録と一握りの真実』の邦題でガラ・コレクション部門で上映されることになりました。


マリリンにアナ・デ・アルマス*『ブロンド Blonde』Netflix 配信2022年07月10日 11:04

          ジョイス・キャロル・オーツの同名小説の映画化――『ブロンド』

 

       

★スペインでは自分が目指したような作品に恵まれず焦っていたアナ・デ・アルマスは、数年前にスペインを見限り、英語もままならないのにハリウッドに飛び込んだ。以来着々とキャリアを築いてきたが、遂にこの度マリリン・モンローの伝記映画『ブロンド』(原題Blonde」)でヒロインのマリリンに命を吹きこむことになりました。2019年の『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』の看護師マルタ役でゴールデン・グローブ賞(コメディミュージカル部門)主演女優賞にノミネートされましたが、本作はダニエル・クレイグ扮する探偵ブランが目玉でした。しかし今度はすべてのシーンに出ずっぱりの正真正銘の主役になる。アーサー・ミラーに扮するエイドリアン・ブロディもディマジオ役のボビー・カナヴェイルも脇役に回るでしょう。ハリウッド映画ですが、キューバ出身の頑張り屋さんがヒロインということでご紹介する次第。

 

★本作はジョイス・キャロル・オーツ1938の同名小説の映画化、監督は『ジェシー・ジエームズの暗殺』(07)や『ジャッキー・コーガン』(12)のオーストラリア出身のアンドリュー・ドミニク、脚本は監督と作家が共同執筆、Netflixオリジナル映画として2022923日配信が予告されました。小説は2000年に刊行されるとベストセラーになり、翌年ピュリッツァー賞と全米図書賞にノミネートされた。作家によると「本作と Them が最も記憶に残る」作品ということです。原作は『ブロンド―マリリン・モンローの生涯』(上下巻、2003年刊)として単行本が出版されている。ノーベル文学賞候補の常連のようですが。後者Them 1970年の全米図書賞を受賞しています。映画はマリリンの詳細なエピソードとフィクションの要素で構成されています。刊行の翌年、CBSTVミニシリーズとして放映されたときのマリリン役は、オーストラリア出身のポピー・モンゴメリーでした。

 

       

     (自作の映画化を「気に入った」と語るジョイス・キャロル・オーツ)

 

     

          (新作の出来栄えに自信を見せるアンドリュー・ドミニク

 

アナ・デ・アルマスは、1988年ハバナ生れ、キューバとスペインの二重国籍を持っている。2002年キューバ国立演劇学校に入学、在学中に「まだ演技が未熟」という学校側の反対を押し切って、マヌエル・グティエレス・アラゴン『カリブの白い薔薇』06、製作スペイン)に出演した。その後、本校を自主退学してスペイン在住の祖父母を頼ってキューバを脱出、マドリードに移住した。スペイン時代の出演作には、ラテンビート映画祭2009上映のお茶の間アイドル総出演の『セックスとパーティーと嘘』(アルフォンソ・アルバセテ&ダビ・メンケス共同監督)に主演した。原題「Mentiras y gordas」には、「これはあり得ない」という意味があるようですが、英語タイトルがそのまま翻訳された。さらにコメディと紹介されたが、居場所を見つけられない若者たちの〈痛い〉ドラマでした。

 

        

     (居場所が見つけられない若者たちの群像劇「Mentiras y gordas」から)

 

2014年にはダビ・メンケスの『秘密のキッス』14)やTVシリーズで人気を得ていたが、それでは満足できない女優は、オスカー女優を夢見てロスアンゼルスに飛び立った。そこからの快進撃は日本語ウイキペディアに詳しい。先述の作品以外でイーライ・ロスの『ノック・ノック』15)、『ブレードランナー 204919)では主役レプリカントに抜擢され、当ブログでもアップしたオリヴィエ・アサイヤスのWASP ネットワーク』では、WASPのメンバーの一人をスパイと知らずに結婚する役柄だった。また今年公開されたダニエル・クレイグが最後のボンドを演じる007シリーズ『ノー・タイム・トゥ・ダイ』21)では、華麗なアクションを披露した。女優はキューバ訛りの英語の特訓を受けて矯正したということですが、ノーマ・ジーンとマリリン・モンローという二つの人格に引き裂かれたダークな人生を演じるのは冒険だったことでしょう。とにかくオスカー像を狙えるスタートラインに立ったわけですが、マリリンの壊れた内面を演じられたかどうかが評価の鍵になる。

WASP ネットワーク』の作品紹介は、コチラ20200629

 

     

Blonde」のプロジェクトの企画はおよそ12年前、紆余曲折の連続だった。2019年にアナ・デ・アルマスに最終的に決定するまで、ナオミ・ワッツやジェシカ・チャスティンなどベテランの名前が候補に挙がっていた。最終的にブラッド・ピットの独立系制作会社であるPlan B Entertainment の資金提供をうけ、『ノック・ノック』のアナ・デ・アルマスの演技を記憶していたドミニクが決心したということです。この映画は、カンヌ、トロント、ベネチアなどの各映画祭で上映される予定でした。カンヌの主任ディレクターであるティエリー・フレモーがアウト・オブ・コンペティション上映を提案したが、Netflix は断ったということです。真偽のほどは分かりませんが、両者の過去の確執を考えると、まんざら嘘でもないでしょうか。ノーカットの代わりにNC-17指定、子供は見られません。

 

     

   

心理的スペイン・ホラー『荒れ野』*ネットフリックス2022年01月20日 16:01

    評価が分かれるダビ・カサデムントのデビュー作『荒れ野』

    

 

   

16日、ダビ・カサデムントのデビュー作『荒れ野』(原題El páramo)のNetflix 配信が始まった。本作は昨年10月開催されたシッチェス映画祭2021でデビューを飾ったのだが、評価は大きく分かれていた。映画祭にはカサデムント監督、3人の主演者、インマ・クエスタ、ロベルト・アラモ、子役アシエル・フローレスも現地入りした。最初のタイトルは内容に近い「La bestia」(獣)であったが、8月にシッチェスFFにノミネートが決まったさいに現在のタイトルに変更したそうです。製作者によると〈荒れ野〉は「歴史を掘り下げるための重要な要素であり、撮影地としてアラゴン州のテルエルを選んだ」ということです。

 

     

(アシエル・フローレスとダビ・カサデムント、シッチェス映画祭、フォトコール)

 

  

(左から、ロベルト・アラモ、アシエル少年、インマ・クエスタ、監督、同上)

 

 『荒れ野』El páramo / The Wasteland

製作:Rodar y Rodar Cune y Televisión / Fitzcarraldo Films

監督:ダビ・カサデムント

脚本:ダビ・カサデムント、マルティ・ルカス、フラン・メンチョン

音楽:ディエゴ・ナバロ

撮影:アイザック・ビラ

編集:アルベルト・デ・トロ

キャスティング:ペップ・アルメンゴル

プロダクション・デザイン:バルテル・ガリャル

美術:マルク・ポウ

セット:タイス・カウフマン

衣装デザイン:メルセ・パロマ

メイクアップ:(特殊メイク)ナチョ・ディアス、ヘスス・ガルシア、(アシスタント)ミリアム・ティオ・モリナ

特殊効果:The Action Unit

プロダクション・マネージメント:エドゥアルド・バリェス

製作者:ジョアキン・パドロ、マル・タルガロナ、マリナ・パドロ・タルガロナ

 

データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、ホラー・ミステリー、92分、撮影地アラゴン州テルエル、期間6週間、配給Netflix、配信202216

映画祭・受賞歴:シッチェス映画祭2021正式出品

 

キャスト:アシエル・フローレス(ディエゴ)、インマ・クエスタ(母ルシア)、ロベルト・アラモ(父サルバドール)、アレハンドロ・ハワード(父の妹フアナ)、マリア・リョプ(獣ビースト)、ビクトル・ベンフメア(ボートで流れ着いた男)

 

ストーリー19世紀のスペイン、ディエゴの家族3人は打ち続く戦禍を逃れて、社会から遠く離れた荒れ野に住んでいる。この小さな家族は訪問者を受け入れず、ただ平和に暮らすことが願いだった。ある日のこと、瀕死の重症を負った一人の男がボートで流れ着く。突如として家族の平穏は破られる。一命を取りとめたにもかかわらず男が自ら命を絶つと、父サルバドールは母ルシアの反対を押しきり遺体を家族のもとに届けると荒れ野を出て行く。残された二人はひたすら帰りを待つのだが、この小さな家に暴力的な謎の生き物が出没しはじめる。成長していくディエゴの視点を通して、社会からの逃避と孤立、深い孤独と恐怖、監禁、喪失、父親の不在、心の脆さ、母の狂気と別れが描かれる。私たちは果たして現実と決別して生きられるのか。

   

          

           (母ルシア、ディエゴ、父サルバドール)

 

監督紹介ダビ・カサデムントは、19844月バルセロナ生れ、監督、脚本家、編集者、作曲家、製作者。2006年カタルーニャ映画視聴覚上級学校 ESCAC を卒業、2007年から助監督や短編、ビデオショート、ドキュメンタリーを撮り、5年の準備期間を費やしEl páramo」で長編デビューする。2014年の「La muerte dormida」(15分)がファンタスティック・シネマ・フェスティバル2015で監督部門の審査員賞、短編映画賞2015ドラマ部門SOFIEを受賞した他、ノミネーション多数。本作は現在でもYouTubeで英語字幕入りで鑑賞できる。主な短編映画は以下の通り:

2007年「Jingle Bells

2009年「Paliza a Pingu

2012年「Te he echado de menos」(ビデオショート、共同監督)

2014年「La muerte dormida

2014年「Una vida M.

2016年「Rumba Tres: De ida y vuerta」(ドキュメンタリー、共同監督)

2016年「Compta amb mi

2021年「El páramo」(長編デビュー作)

 

 

      コロナウィルスのパンデミックが脚本に変化をもたらした

 

A: ジャンル的にはホラー映画ですが、これは心理的なスリラー、ディエゴ少年のイニシエーション、多分に監督の自伝的な痕跡を感じさせます。19世紀のスペインの家族という設定が、そもそも信頼性にかけているようにも思えます。

B: 19世紀の戦争といえば、ナポレオンの侵略に反対するスペイン独立戦争(180814)、いわゆるナポレオン戦争をイメージしますが、遡りすぎます。19世紀半ばの3回にわたって繰り返されたカルリスタ戦争(183376)でしょうね。

 

A: どちらもスペイン全土に広がりましたが、特に後者は撮影地となったスペイン北部やカタルーニャ地方が戦場になった。厳密には内戦です。それより永遠に続くと思われるコロナウイリスのパンデミックをイメージした視聴者が多かったのではないか。監督も2年間のパンデミック体験を新たに脚本に取り入れたとコメントしています。

 

B: ホラーとしてはあまり怖くないのでがっかりしたホラーファンも多そうです。視聴者の「時間の無駄だった」というコメントには笑いを禁じえません。恐怖より孤立、孤独、喪失感、監禁状態の不安が強かった。

A: ディエゴ少年の視点で描かれているから、素直に少年の成長物語とも読めます。そのためには先ず庇護者であるが若干抑圧的な父親を追い出す必要があります。自立のためには父親の不在と母親との別れが求められるから、これらの要素は前半で充分予測可能なことでした。

 

     

            (ルシアに別れを告げるサルバドール)

 

B: 愛する家族を残し、見ず知らずの男の家族のためという強引な追い出し方でした。父サルバドールは息子に越えてはいけないと諭した自らつくった境界線を越えて、かつての危険な場所に戻っていく。荒れ野には二度と戻ってこないだろう。

A: 監督は15歳のとき父親を病で失っており、立ち直りに時間がかかり今でもトラウマになっていると、シッチェス映画祭のインタビューで語っています。本作は「私の一種のセラピーであって、映画が狂気から私を救ってくれた。父親はシネマニアでハリウッドのクラシック映画ファンでした。90年代には『ジュラシックパーク』『フォレストガンプ』『ブレイブハート』『タイタニック』などを父親と一緒に観のです」と語っている。

 

     

    (案山子のようなオブジェで仕切られた境界線を越えていくサルバドール)

 

B: 「映画が私を育て、人生を理解させ、幸せになることを教えてくれた」とも語っている。

A: 監督は映画を映画館で愉しむ最後の世代かもしれない。劇中のルシアと実際の母親が重なるかどうか分かりませんが、彼女の場合、夫を失うことへの不安が鬱を招き、謎のビーストの出現はルシアの絶望による幻覚かもしれない。

B: 獣は彼女自身の精神が投影されているようで、ビーストの力は本質的に心理的なものであり、本物でないことを示唆してもいる。

 

     

               (影に怯えるディエゴ)

 

A: 監督は「父親が亡くなるまでのゆっくりした衰えは永遠にあるように感じた。一緒に『エクソシスト』や『ポルターガイスト』のような古典的ホラー映画も観ました。ゴーストたちがスクリーンを駆け抜けるのが魅力だった」と。

B: 『シックス・センス』のM・ナイト・シャマランや『永遠のこどもたち』のフアン・アントニオ・バヨナのファンだそうです。しかし本作は母と息子の物語で、父親は姿を消していきます。

 

        現実との決別、狂気との闘い、純粋な暗闇

 

A: 本作はスクリーンで見るほうが奥行きが実感できそうです。いくら大型テレビに転送しても、明るい茶の間では純粋な暗闇や茫漠とした荒れ野を実感するには限界があります。監督は「スクリーンで愉しむために設計された映画がテレビで成功すること」が理想と語っていますが、本作はどうでしょうか。

B: 暗闇の中で物語は進行し、蝋燭の灯り、暖炉で燃えさかる炎、野外の撮影でも自然光で照明は極力抑えられている。光の遊びという点でロバート・エガースのホラー『ウィッチ』15)を連想した人が多かったようですが。

 

   

    (蝋燭の灯りのもと、自殺した妹フアナの話をするサルバドール)

 

A: サンダンス映画祭で監督賞を受賞している。17世紀を舞台にした魔女裁判に絡めたホラー映画、予告編しか見てないのですが、テーマは異なっています。影に隠されているものが何か、闇は恐怖であり、孤独感や喪失感かもしれない。ロベルト・アラモインマ・クエスタが、永遠の恐怖に悩まされている夫婦に命を吹き込んでいる。

B: 真っ暗闇の恐怖と、開けられた窓から射しこむ光、風と樹々の音のあいだで、私たちの緊張は和らげられる。本作は時代や出身地と関係なく、私たち全員に等しく関係する普遍的な物語です。


A: 主役ディエゴを演じたアシエル・フローレス20113月)は、ペドロ・アルモドバル『ペイン・アンド・グローリー』19)で映画デビュー、何本かTVシリーズに出演している。アルモドバル映画では、アントニオ・バンデラスが扮したサルバドールの少年時代を演じた。そこではペネロペ・クルスラウル・アレバロが両親になるという幸運に恵まれた。

 

     

 (アシエル、ペネロペ・クルス、ラウル・アレバロ、『ペイン・アンド・グローリー』)

 

B: 本作撮影当時は10歳くらいだったが、6週間に及ぶテルエルの監禁生活によく耐えた、と監督以下スタッフから褒められている。

A: 子役が大人の俳優として成功するのは難しい。現在小学校の高学年、本格的な教育はこれからです。髪も目の色もブラウン、彼の大きく開いた目に映る人影は何のメタファーか。

 

    

              (ディエゴの目に映る人影)

 

B: もう一人の子役、父サルバドールの妹フアナ役のアレハンドラ・ハワード20102月)は、バルセロナ生れ。

A: 父親はカリフォルニア生れの俳優スティーブ・ハワードでアサイヤスの『WASPネットワーク』や、TVシリーズに出演している。母親はカタルーニャ出身ということで、アレハンドラは英語、スペイン語、カタルーニャ語ができる。従って英語映画やアニメのボイスなどで活躍できる基礎ができている。

         

              

                      (フアナ役のアレハンドラ・ハワード)

 

B: 今回は小さい役でしたが、第一次世界大戦のポルトガルのファティマを舞台にしたマルコ・ポンテコルボFatima20『ファティマ』)では生き生きしている。プライム・ビデオ他で配信されている。

A: 1917年のファティマの聖母の史実を元にしたアメリカ映画です。他にマリベル・ベルドゥが主演のTVシリーズAna Tramel. El juego21)に出演、将来的には大人の女優を予感させます。

 

B: ベテラン演技派のインマ・クエスタとロベルト・アラモは、何回も登場させているので今回は割愛します。クエスタはダニエル・サンチェス・アレバロの『マルティナの住む街』11)がラテンビートで上映されたとき、一番光っていた俳優でした。期待を裏切らない女優です。

 

    

       (夫から贈られた赤いドレスを着て闘うルシアとディエゴ)

クラウディア・リョサの『悪夢は苛む』*Netflix2021年11月03日 10:35

       好き嫌いがはっきり分かれるホラー「救える距離」の不穏

 

   

 

★サンセバスチャン映画祭2021セクション・オフィシアルに初めてノミネートされたクラウディア・リョサDistancia de rescateが、『悪夢は苛む』の邦題でネットフリックスで配信が始まりました。邦題の陳腐さはさておき字幕入りでの鑑賞を喜びたい。フラッシュバックや伏線多様のミックスの隙間を埋める想像力が要求される作品です。しかし不可解で象徴性に満ちていますが、注意深く登場人物の警告を聞き逃さなければ、理解できないというわけではありません。ジャンル的にはサイコスリラー、ホラー・ファンタジーなどと簡単に括れない。というのも形が見えない母性の怖れと不安、生態系の危機、民間療法による魂の転移、やや終末論的な言説もあり、現実と非現実を行ったり来たりするからです。

 

     

  (クラウディア・リョサ監督、サンセバスチャン映画祭2021フォトコール)

 

★監督キャリア&フィルモグラフィー、主演者マリア・バルベルデドロレス・フォンシ、原作者で脚本も手掛けたサマンタ・シュウェブリンについては、以下にご紹介しています。ここでは便宜上ストーリーとキャストを再録しておきます。

Distancia de rescate」の紹介記事は、コチラ20210728

  

    

     (主演者マリア・バルベルデとドロレス・フォンシ、同上)

 

キャストマリア・バルベルデ(アマンダ)、ドロレス・フォンシ(カロラ)、ギジェルモ・フェニング(アマンダの夫マルコ)、ヘルマン・パラシオス(カロラの夫オマール)、エミリオ・ヴォダノヴィッチ(カロラの息子、少年ダビ)、ギジェルミナ・ソリベス・リオッタ(アマンダの娘ニナ)、クリスティナ・バネガス(民間療法師)、マカレナ・バロス・モンテロ(ニナ保育ママ)、マルセロ・ミキノー(幼児ダビ)

 

ストーリーアマンダは家から遠く離れた診療所のベッドで死に瀕していた。少年のダビが傍らで問いかけているが、アマンダは彼の母親ではなく、ダビも彼女の息子ではない。アマンダの時が尽きようとしているので、ダビは記憶すべき事柄を矢継ぎばやに彼女に質問をしている。大人と子供という二つの声が対話しているが、物事をよく知っている声は子供、大人の声は逆に頼りなく不確かである。アルゼンチンの田園地帯小さなコミュニティを舞台に、汚染された生態系、壊れた精神の不安、待ち伏せしている未知の恐怖、子に対する母の愛の力、親と子を結びつけている細い糸についてが語られる。短編作家サマンタ・シュウェブリンが、初めて上梓した長編小説「Distancia de rescate」の映画化。

 

 

      <救える距離> が壊れたとき、私たちはどうするか?

 

A: サンセバスチャン映画祭でワールドプレミアされたのですが、当然の如く批評家の評価は割れたそうです。紙誌の評は概ねポジティブでしたが、なかにはエルパイスのカルロス・ボジェロ氏のように「退屈で全く理解できません」とけんもほろろ、評価は1つというのもありました。

B: かつて『抱擁のかけら』でアルモドバルと熾烈なバトルを展開した批評家ですね。

A: エルパイスの文化部が団結して彼の味方にまわり監督と大論戦となりました。確かに面白くなかったですが、大手メディアの個人攻撃は慎むべきことです。とにかく二人は犬猿の仲、新作の「Madres paralelas」も、1つでした。

 

B: サマンタ・シュウェブリン2014年に刊行された同名小説の映画化です。

A: 短編作家でこれが長編デビュー作、作品紹介で触れたようにホラー短編集『口のなかの小鳥たち』15編、Pájaros en la boca『七つのからっぽな家』Siete casas vacias)が翻訳されており、コアな読者がいるようです。長編は前者の1編と繋がっており、海外では短編を推す人が多いようです。リョサ監督は「知人から薦められて読みはじめ、読み終わらないうちに作家に連絡しなければと思った。それからのプロセスが大変でした」と、映画化の経緯を述懐しています。

 

    

          (サマンタ・シュウェブリンと原作の表紙)

 

B: 作家はリョサからの手紙を受け取ったとき驚いた。

A: 興味はそそられたが「小説が壊れるかもしれないと感じた。しかしリョサ映画のファンだったので会うことに躊躇いはなかった。いろいろ変更を提案されたとき、変更ではなく改善と思えた。それで4本の手で書くことになった」と、共同執筆の動機を語っている。

B: 監督はバルセロナ、作家はベルリンと地続きで生活していたから都合がよかった。

 

A: パブロ・ララインと弟のフアン・デ・ディオスの制作会社「Fabulaファブラ」が参画したことで、ロケ地がアルゼンチンではなくチリ南部のプコンとプエルと・バラスになり、コロナ前の2019年にクランクアップしていた。「言語はスペイン語、舞台はラテンアメリカでなければならない」というのが、スクリプトを見せられた米国サイドのメインプロデューサー、マーク・ジョンソンの指示だったそうです。

B: 本作では自然も登場人物の一人です。自然は元来、子供にとっても大人にとっても危険な場所になる可能性があります。

 

      

          (チリ南部でのロケ、監督と作家、2019年)

 

A: 迷信と神秘主義が日常と混じりあっている世界が舞台である必要があった。ギリシャ神話では故人の魂を小舟で冥界に運ぶ渡し守はカロンですが、アマンダが遠景で初めて少年を目撃するシーンは小舟に乗ったダビで象徴的でした。映画はカロンのようなシンボリズムを少年に与えています。

B: カロンは老人ですがダビは少年ながらある種の老獪さを感じさせ、実際のところ、その正体はよく分からない。

 

A: 本作はホラーといってもショッキングなシーンやゾンビが登場するわけではなく、目に見えないが恐ろしい何かです。恐怖は物陰に隠れているが、予想外の形で予想外の場所に現れるとダビの声は警告します。

B: 本作はアマンダの悪夢で始り、彼女と少年の二つのボイスがナレーションとなって進行する。語り手はアマンダ、語らせるのはダビです。

 

   

            (ダビとアマンダ、フレームから)

 

A: ダビの声はアマンダの潜在意識の声でしょうか。少年は「どこを見るべきか、どこに注意を払うべきか」しきりに警告している。娘ニナを愛しているアマンダが未知の危険地帯に足を踏み入れてしまったことを視聴者はやがて理解することになる。

B: ホラー映画で母性の問題が提示されるのは珍しい。「救える距離」は母と子の関係だけでなく、地球との関係にもあてはめている。私たちは既にその距離を破ってしまったわけです。

 

     

       (少年ダビ役のエミリオ・ヴォダノヴィッチ、フレームから

 

A: ダビはアマンダと観客に「あなたはそれを見ていますが理解していません」と警告する。ダイズ畑を襲う害虫を殺すための農薬が人間をも殺す。速度の遅い環境劣化は形がないので直ぐには目に見えない。

B: ここではダビの母親カロラの絶望、モンスターに変身してしまった息子についても語られる。

 

      私たちは主人公アマンダの混乱と怖れを共有する

 

A: 夏のバカンスを愉しむため都会からやってきたアマンダ母子が滞在することになった貸し別荘に、隣人カロラが「この辺りでは水道水が時々飲めなくなる」と、両手に水を張ったバケツを下げてやってくる。二人の出会いはこうして始まる。一見長閑に見える田園地帯に危険が潜んでいることをうすうす感じ始めていたアマンダは、隣人の訪問を喜ぶと同時に不安にかられる。

B: アマンダと親和性を覚えたカロラは「私はニナがダビと遊ぶことを望みなせん。ダビはかつては私の息子でしたが今はそうではない」と、7年前に息子の身におきた異常な体験を語り警告する。

 

      

          (カロラ役のドロレス・フォンシ、フレームから)

 

A: 子供たちに何か恐ろしいことが不意にやってくるのを心配しているアマンダは、ニナを救える距離を常に推しはかっている。アマンダはカロラを信じないが、私たちは健常な子供の少なさ、貸し別荘の仲介者ガセルの家で見た足が欠損したイヌ、種馬の突然の死、川に浮かんでいたアヒルの死骸などを見ているので恐怖を共有することになる。

B: ダビの突然の発熱に動転したカロラが運んだ <緑の家casa verde> 施された <移しmigración> の治療のシーンで、視聴者は一挙に幻想の世界に放り込まれる。

 

     

       (ドロレス・フォンシとマリア・バルベルデ、フレームから)

 

A: クリスティナ・バネガスが演じた民間療法師が施術した移しとは、ダビの魂を健康な体に移せば、ダビにとりついた毒の一部も魂についていく。ダビの命は二つの体に分かれて生き延びるが、別の息子になってしまう。それでも親としての責任が残るとカロラに説明される。

B: カロラの覚悟が決まらないうちに施術は終わる。ダビの魂と毒が誰に移行したかは分からない。モンスターに変身したダビを母親は以前のように愛せない。

 

A: ダビの発熱は長靴を失くしたせいで汚染された水溜りに入ったことが原因、彼女は夫の留守中に逃げ出した種馬捜しに気を取られ、子供の安全を二の次にしたことで自分を罰することになる。

B: 湖の対岸にある緑の家にはボートで渡るのも示唆的です。メタファーや謎解きが好みの方に向いている。

 

A: 総じて本作では父親の不在が顕著で、仕事のせいでアマンダの死後1年経ってから現地を訪れた夫のマルコ(ギジェルモ・フェニング)も、カロラの夫でダビの父親オマール(ヘルマン・パラシオス)の存在も希薄です。マルコはニナが自分の知っていた娘でないことに衝撃を受け、原因を求めて訪ねてくる。ここで熱に浮かされたアマンダに、カロラがニナを緑の家に連れていく許可を求めていたことを視聴者は思い出す。 

 

     

   (恐怖にかられ別荘を離れるアマンダ、モグラの縫いぐるみを抱いたニナ)

 

B: ニナが魂の一部を転移させ別人となって生きていることを知るわけだが、ニナの魂が誰に転移したかは想像の域を超えない。ダビの可能性もある。

A: 魂をもたない体に移行したとも考えられる。ダビがニナのモグラの縫いぐるみを抱きしめて、マルコの車に乗り込んで笑みを浮かべているシーンは、何を暗示しているのか。

 

B: アマンダに土地の秘密を告げたカロラが、家族を捨て別の土地に移ったことを知る。映画には初めと終わりがあると思っていると梯子を外される。別々に書かれたエピソードをシャッフルしてから纏めた印象を持ちました。

A: 冒頭のアマンダが本当にいた場所が分かるのは終盤になってからでした。時系列の映画では、フレームに「1週間前」または「3日前」などの説明が流れるから、ここからはフラッシュバックだと一目瞭然です。しかし本作は不親切ですから伏線やメタファーを見逃さないようにしなければならない。

 

B: 環境への配慮の欠如は緑の惑星を破壊している。カロラの職場が農薬製造会社だったのもやりきれないプロットでした。

A: 管理も制御もできない世界に直面して現れる恐怖の感覚を予測しています。私たちは既に突入しているのかもしれません。「醜悪なこと、悲劇的なこと、そして取り返しのつかないことは、日常ではありふれたことである」と作家は書いている。

 

クラウディア・リョサの「Distancia de rescate」*サンセバスチャン映画祭2021 ④2021年07月28日 11:58

      サマンタ・シュウェブリンの同名小説「Distancia de rescate」の映画化

 

   

 (クラウディア・リョサ、主演のマリア・バルベルデとドロレス・フォンシ)

 

クラウディア・リョサの長編4作目Distancia de rescate(仮題「救える距離」)は、監督初となるNetflix 作品、年内に鑑賞できる可能性が出てきました。リョサ監督は2作目La teta asustadaがベルリン映画祭2009の金熊賞と国際批評家連盟賞を受賞、一躍国際舞台に躍りでた。日本では同じ年に開催された <2009 スペイン映画祭> 『悲しみのミルク』の邦題で上映された。さらにアカデミー賞外国語映画賞(現在の国際長編映画賞)のペルー初のノミネーション作品となった。当時は未だノーベル文学賞作家ではなかったが、伯父のマリオ・バルガス=リョサの知名度も幸いしたのか国際映画祭で引っ張り凧になった。

    


      

          

     (ベルリナーレ2009の金熊を手にしたクラウディア・リョサ監督) 

 

★サンセバスチャン映画祭SSIFFのセクション・オフィシアル部門にノミネートされるのは、Distancia de rescate」が初めてですが、リョサはSSIFF 2010の審査員を体験している。2006年『マデイヌサ』で長編デビュー、3作目のNo llores, vuelaは英語映画で、原題はAloftでした。本作はマラガ映画祭2014に正式出品されています。そして4作目となる本作でスペイン語に戻りました。リョサはマラガ映画祭2017の特別賞の一つ、現在は <マラガ才能賞―ラ・オピニオン・デ・マラガ> と改称されている <エロイ・デ・ラ・イグレシア賞> を受賞しています。1976年リマ生れ、国籍はペルーですが、2000年からバルセロナに拠点をおいています。キャリア&フィルモグラフィーは既に以下の項でアップしています。

エロイ・デ・ラ・イグレシア賞&フィルモグラフィーは、コチラ20170316

No llores,vuela / Aloft」の紹介記事は、コチラ20140413

 

      

     (エロイ・デ・ラ・イグレシア賞のトロフィーを手にしたリョサ監督)

 

 「Distancia de rescate(英題「Fever Dream」)

製作:Gran Via Productions / Fabula / Wanda Films

監督:クラウディア・リョサ

脚本:クラウディア・リョサ、(原作)サマンタ・シュウェブリン

音楽:ナタリエ・ホルト

撮影:オスカル・ファウラ

編集:ギジェルモ・デ・ラ・カル

キャスティング:ロベルト・マトゥス

プロダクション・デザイン:エステファニア・ラライン

セット・デコレーション:アゴスティナ・デ・フランチェスコ

衣装デザイン:フェリペ・クリアド

メイクアップ:マルガリタ・マルチ

製作者:マーク・ジョンソン、トム・ウィリアムズ、(エグゼクティブ)サンドラ・エルミダ、ケン・メイヤー、ナターシャ・セルヴィ、(共同)フアン・デ・ディオス・ラライン、パブロ・ラライン、(ライン)エドゥアルド・カストロ

 

データ:製作国ペルー=スペイン=チリ=米国、スペイン語、2021年、ミステリー・ドラマ、93分、撮影チリ、期間20191月から3月、Netflix オリジナル作品

映画祭・受賞歴:サンセバスチャン映画祭2021コンペティション部門ノミネーション

 

キャスト:マリア・バルベルデ(アマンダ)、ドロレス・フォンシ(カロラ)、ギジェルモ・フェニング(アマンダの夫マルコ)、ヘルマン・パラシオス(カロラの夫オマール)、エミリオ・ヴォダノヴィッチ(カロラの息子、少年ダビ)、ギジェルミナ・ソリベス・リオッタ(アマンダの娘ニナ)、クリスティナ・バネガス(民間療法師)、マカレナ・バロス・モンテロ(幼女のママ)、マルセロ・ミキノー(幼児ダビ)

 

ストーリー:アマンダは家から遠く離れた病院のベッドで死に瀕していた。少年のダビがかたわらに付き添っている。アマンダは彼の母親ではなく、ダビも彼女の息子ではない。彼女の時が尽きようとしているので、少年は記憶するため矢継ぎばやに女性に質問をしている。アルゼンチンの片田舎の共同体を舞台に、壊れた精神の不安、待ち伏せしている未知の恐怖、子に対する母の愛の力、親と子を結びつけている細い糸についてが語られる。短編作家サマンタ・シュウェブリンが、初めて上梓した長編小説「Distancia de rescate」の映画化。

 

2018年、Netflix 2021年中に配信予定の70作の一つとして本作を選んだ。原作「Distancia de rescate」(2014年ペンギンランダムハウス刊)は、2015年にティグレ・フアン文学賞を受賞している。母と子の間に広がる暗い隔たり、母と子を繋ぐピーンと張った糸、母子関係の暗闇は、作家が最も頻繁に取り上げるテーマということです。物語の舞台はアルゼンチンの地方の静かなコミューンであるが、実際の撮影はラライン兄弟の制作会社「Fabula」の参加でチリで行われた。主人公のアマンダとカロラ(小説ではカルラ)の目を通して、母性に包囲されている共同体の恐怖を掘り下げる。

1977年に創設されたスペイン語で書かれた作品に与えられる文学賞、賞名ティグレ・フアンは、オビエド出身の作家ラモン・ぺレス・デ・アヤラ(18801962)の小説 Tigre Juan y El curandero de su honra からとられている。

 

キャスト紹介

アマンダ役のマリア・バルベルデ(マドリード1987)のキャリア&フィルモグラフィーについては、既にチリの監督アンドレス・ウッドAraña19、『蜘蛛』ラテンビート)、マリア・リポルのロマンティック・コメディAhora o nunca15、『やるなら今しかない』Netflix)で紹介済みです。私生活では、2017年にベネズエラの指揮者グスタボ・ドゥダメルと結婚した。

『蜘蛛』の紹介記事は、コチラ20190816

『やるなら今しかない』の紹介記事は、コチラ20150714

 

カロル役のドロレス・フォンシ(アルゼンチンのアドログエ1978)のキャリア&フィルモグラフィーについては、サンティアゴ・ミトレLa Patota15『パウリーナ』ラテンビート)とLa cordillera」(17『サミット』同)で紹介しています。ミトレ監督とは『パウリーナ』撮影中は恋人関係だったが、完成後に結婚した。セスク・ゲイ『しあわせな人生の選択』(16)では、リカルド・ダリンの従妹役を演じた。

『パウリーナ』の紹介記事は、コチラ20150521

『サミット』の紹介記事は、コチラ20170518

 

    

       (マリア・バルベルデとドロレス・フォンシ、20192月)

 

マルコ役のギジェルモ・フェニング(アルゼンチンのコルドバ1978)は、俳優、監督、脚本家。1998年俳優デビュー、映画、TVシリーズを含めると83作に及ぶ。代表作としては、カンヌ映画祭2013に出品されたルシア・プエンソWakolda(『ワコルダ』ラテンビート)で、アルゼンチン・アカデミー賞の助演男優賞、アルゼンチン映画批評家連盟賞2014助演男優銀のコンドル賞を受賞、フリア・ソロモノフNadie nos miraでトライベッカ映画祭2017のインターナショナル部門の審査員男優賞などを受賞している。イサベル・コイシェTVシリーズFoodie Love198話、HBO Europe配信)主演でスペインのファンを獲得している。監督作品としては、ミトコンドリア病(全身の筋肉疾患や心臓機能低下)の兄弟ルイス(愛称カイ)を主人公にしたドキュメンタリーCaito(短編04、長編12)を撮っている。

 

      

                          (『ワコルダ』でカンヌ入りしたギジェルモ・フェニング)

 

       

       (「Nadie nos mira」で審査員男優賞を受賞したフェニングと

       フリア・ソロモノフ監督、トライベッカ映画祭2017授賞式)

 

少年ダビ役のエミリオ・ヴォダノヴィッチは、エドゥアルド・ピントフェルナンダ・リベイスのホームドラマ「Natacha, la pelicura」(17)でデビュー、ミゲル・コーハンのスリラー「La misma sangre」(19)でドロレス・フォンシと共演している。

 

★原作者サマンタ・シュウェブリンは、1978年ブエノスアイレス生れの小説家、ブエノスアイレス大学で現代芸術論を専攻した。現在はベルリン在住。短編集Pájaros en la boca2010年刊)が、『口のなかの小鳥たち』の邦題で翻訳されており(2014年)、解説によると「Distancia de rescate」はその一部と繋がっているということです。少年ダビが女性アマンダに質問するという対話形式で始り、大人と子供という二つの好奇心旺盛な声が対話している。物事をよく知っている声は大人でなく子供、大人は逆に無邪気である。少年は女性と話しているのだが、同時に私たちにも語りかけて読み手を不安にさせる。アマンダはどうして幼い娘のニナから切り離され、自分が死の床にあるのか理解できないので、記憶を辿り始める。他にSiete casas vacias15)が『七つのからっぽな家』として翻訳されている。

 

      

          (小説「Distancia de rescate」の表紙と作家)


*追加情報『悪夢は苛む』の邦題で、2021年10月13日よりネットフリックスで配信開始。

 

メキシコ代表作品 「Ya no estoy aqui」*ゴヤ賞2021 ⑨2021年02月07日 17:28

      メキシコのアカデミー賞アリエル賞10部門制覇の「Ya no estoy aquí

 

      

                 (スペイン語版ポスター)

 

★ゴヤ賞イベロアメリカ映画賞にノミネートされたフェルナンド・フリアスの長編デビュー作Ya no estoy aquíは、先月末第93回米アカデミー賞2021国際長編映画賞メキシコ代表作品にも選ばれました。昨年のアリエル賞10部門制覇の勢いが続いているようです。20205月、Netflixでストリーミング配信された影響かもしれませんが、それだけでは選ばれません。メキシコのオスカー賞監督、ギレルモ・デル・トロやアルフォンソ・キュアロンの温かい賛辞が功を奏していることもあるかもしれません。メキシコのモレリア映画祭2019で幸先よく作品賞と観客賞を受賞しています。モレリアFFはメキシコの映画祭の老舗グアダラハラFFより若い監督の力作が集まる映画祭と評価を上げています。本作はコロンビアからの移民が多く住んでいるメキシコ北部ヌエボ・レオン州の州都モンテレイが舞台です。

 

       

     (トロフィーを披露するフェルナンド・フリアス監督、モレリアFF2019にて)

 

★監督紹介:フェルナンド・フリアス・デ・ラ・パラ(メキシコシティ1979)は、監督、脚本家、製作者。父は弁護士、母はパンアメリカン航空に勤務していた。メキシコで情報学と写真撮影を学び、フルブライト奨学金を得て、ニューヨークのコロンビア大学修士課程で脚本と映画演出を専攻した。2008年ドキュメンタリーCalentamiente local52分)を、第6回モレリア映画祭FICMに出品、最優秀ドキュメンタリー賞を受賞、2012年、長編デビュー作となるRezeta85分)FICMのセレクション・オフィシアル上映、ミラの映画祭2014監督賞受賞、ユタ州で開催されるスラムダンス映画祭2014で審査員大賞受賞、他ノミネーション多数、レゼタはコソボ生れの若いモデルでメキシコにやってくる。主人公の名前がタイトルになっている。本作Ya no estoy aquíが長編第2作目となる。他にTVシリーズのコメディも手掛けている。

  

          

                              (長編デビュー作のポスター)

 

★主人公ウリセス役のフアン・ダニエル・ガルシア・トレビーニョ(モンテレイ2000)は、ミュージシャン、本作で俳優デビューした。モンテレイで開催された音楽フェスティバルでフリアス監督の目にとまりスカウトされた。クンビア・レバハールのダンスは出演決定後に学んだという。本作でカイロ映画祭2019の男優賞、アリエル賞2020新人男優賞を受賞した。次回作はブカレスト出身の監督テオドラ・ミハイの長編デビュー作「La Civil」(ベルギー・ルーマニア・メキシコ合作、スペイン語)に出演しており、どうやら二足の草鞋を履くようです。

 

     

          

    (クンビア・レバハーダを無心に踊るウリセス、映画から)

 

    

  (ダニエル・ガルシア、監督、製作者アルベルト・ムッフェルマン、FICMプレス会見にて)

 

 

Ya no estoy aquí(英題「I'm No Longer Here」、邦題『そして俺は、ここにいない』)

製作:Panorama Global / PPW Films / Margate House Films

監督・脚本:フェルナンド・フリアス(・デ・ラ・パラ)

撮影:ダミアン・ガルシア

編集:Yibran Asuad

美術プロダクション・デザイン:ジノ・フォルテブオノGino FortebuonoTaisa Malouf

衣装デザイン:マレナ・デ・ラ・リバ、ガブリエラ・フェルナンデス

メイクアップ&ヘアー:ラニ・バリー、エレナ・ロペス・カレオン、イツェル・ペナItzel Pena

録音;ハビエル・ウンピエレス、オライタン・アグウOlaitan Agueh

キャスティング:ベルナルド・ベラスコ、エスラ・サイダム

製作者:アルベルト・ムッフェルマンMuffelmann、ゲリー・キム、ヘラルド・ガティカ、フェルナンド・フリアス、他

 

データ:製作国メキシコ=米国、スペイン語・英語・北京語、2019年、ドラマ、112分、Netflix配信(日本語字幕あり)2020527

映画祭・受賞歴:モレリア映画祭2019正式出品(1021日上映)作品・観客賞受賞、カイロ映画祭2019ゴールド・ピラミッド作品賞、男優賞(ダニエル・ガルシア)受賞、マル・デ・プラタ映画祭、トライベッカ映画祭、スウェーデンのヨーテボリ映画祭2020、他ノミネート多数。アリエル賞2020作品・監督・脚本・撮影・編集・美術・メイクアップ・録音・衣装デザイン・新人男優賞10部門受賞。ゴヤ賞2021イベロアメリカ映画賞とオスカー賞2021ノミネーション、他

 

キャスト:ダニエル・ガルシア(ウリセス・サンピエロ)、コラル・プエンテ(チャパラ)、アンジェリーナ・チェン(リン)、ジョナサン(ヨナタン)・エスピノサ(友人ジェレミー/イェレミー)、レオ・サパタ(イサイ)、レオナルド・ガルサ(ペケシージョ)、ヤイル・アルダイYahir Alday(スダデラ)、ファニー・トバル(ネグラ)、タニア・アルバラド(ウェンデイ)、ジェシカ・シルバ(パトリシア)、アドリアナ・アルベラエス(NYバルのホステス、グラディス)、ソフィア・ミトカリフ(Ice Agent)、ブランドン・スタントン(NYのカメラマン)、チョン・タック・チャンChung Tak Cheung(ミスター・ロー、リンの祖父)、他多数

 

ストーリー2011年、17歳のウリセスはメキシコ北東部ヌエボ・レオン州の州都モンテレイの貧困家庭が暮らすバリオに住んでいる。コロンビアを代表する音楽、スロー・テンポのクンビア・レバハーダのファナティックなグループ「ロス・テルコス」のリーダーである。仲間のチャパラ、ネグラ、ペケシージョ、スダデラたちと一緒に、地元ラジオ局から聞こえてくるクンビアに合わせて踊るのが楽しみである。麻薬密売のカルテルの抗争に巻き込まれ、家族を救うためアメリカへの逃亡を余儀なくされる。居場所を見つけられない若者ウリセスの物語。

クンビアの語源はアフリカ・バントゥー語群(中央から東アフリカで話されている言語)のクンベcumbeからきている。宴とかお祭り騒ぎという意味、クンビア・レバハーダはクンビアをスロー・テンポにしている。ゆったりしているが膝を曲げ中腰の姿勢のまますり足て踊るから体力がいる。

 

 

       機会均等を奪われた若者の物語、コロンビア移民=犯罪者?

 

A: ウリセスが暮らすバリオの住民は、コロンビアからの移民が多い。彼は故郷の舞曲クンビアをスロー・テンポにした<クンビア・レバハーダ>を聴きながら踊るのが日常。地元のラジオ局が朝早くからどうでもいい誰も聞いていないニュースを挟みながらリクエストを受け付けている。ロス・テルコスLos TERKOSは、頑固な人を意味するtercoからきている。

 

B: 生き方を簡単には変えないことから、モンテレイでクンビアを踊ることは一種の抵抗の意味もあるという。時代を麻薬戦争が激化する少し前の2011年に設定している。モンテレイはドラッグ消費国アメリカの国境に近いことからカルテルの抗争が絶えない。本作の構想は2013年と語っているから7年間温めていたということです。

 

A: 昨年東京国際映画祭やラテンビート・オンラインで上映されたフェルナンダ・バラデスの『息子の面影』に登場した母親の一人が「息子はモンテレイの友人に会いに行く」と言ったきり行方不明になったように、モンテレイは危険と隣り合わせだった。

B: 映画は「ロスF」と「ロス・ペロネス」の2大カルテルの対立を背景にしている。テルコスはロス・ペロネスの下部組織ではないが守ってもらっている。ロス・ペロネスPelonesは髪の薄いペロンpelónの複数形、従って剃髪したスキンヘッドがトレードマークです。Netflix 配信が始まると、視聴者からモンテレイは映画のようではないと苦情が寄せられたとか。

   

       

                  (ウリセスとスキンヘッドのロス・ペロネスのメンバー)

 

A: モンテレイは日本の企業も多く進出しているメキシコ第三の大都市ですから気持ちは分かります。監督は「これはモンテレイを代表する映画ではなく、文化の多様性に価値があることを理解できない、人と違っていることを差別する社会に生きている青年の物語だ」と反論している。メキシコではコロンビア移民イコール犯罪者という偏見が存在しているようです。

B: ウエストの下がったぶかぶかのズボン、「頭に鶏がのっかっている」ような髪型だけで差別する「偏見や汚名」について語りたかった。

 

          

        (クンビア・レバハーダを踊るウリセスとテルコスの仲間たち)

 

A: 入り組んだ狭い坂道に折り重なるように家が建っている。スラムというのはリオデジャネイロでもそうだが上に行くほど貧しい。下から家が建っていき上しか行き場がないから、つまり天国に近いところが一番貧しい。ロス・テルコスの仲間は上のほうに住んでいる。夜になるとモンテレイの夜景が一望できる。ウリセスには赤ん坊の弟がいるから父親はいるのだろうが姿は見えない。カルテルのメンバーである兄は刑務所にいる。ここではムショが一番安全なのだ。

   

B: 典型的な父親不在、どうやって生活費を得ているのか語られない。カルテルから見つけしだい家族も殺害すると脅され母親と妹弟を連れて、坂道を転げ落ちるようにして親戚の家に逃げ込む。ウリセスは言葉の分からない北の隣国へ逃亡するしか生きる道がない。

 

A: リックサックにはチャパラ(コラル・プエンテ)から渡されたMP3プレイヤーに故郷の記憶を全て押し込んで出立する。このプレイヤーは500ペソ値切って1500で買ったテルコス全員の財産なのだ。

B: 「私用でこれは売り物ではない。バジェナート、アルゼンチンやペルーのクンビアも収録している」とお店の主がもったい付けていた代物。バジェナートもクンビアとともにコロンビアで人気の民謡。

 

       

       (仲間と愛するクンビアを捨て、母親と最後の別れをするウリセス)

  

 

      祖国喪失のオデュッセイア――モンテレイからNYへ、再びモンテレイへ

 

A: ウリセスという名前はギリシャ神話の英雄オデュッセウスの英語読みユリシーズ、ホメロスの『オデュッセイア』の主人公でもある。つまりモンテレイへ戻ることが暗示されている。密行の方法は終盤に明かされるが、ウリセスはニューヨークはクイーンズ地区、ジャクソンハイツで日雇い仕事をしている。この地区はヒスパニック系やアジア系の移民が多く住んでいる。雇い主のミスター・ローも中国からの移民という設定でした。

B: 好奇心旺盛な16歳の孫娘リン(アンジェリーナ・リン)がウリセスに絡んでくるが、スペイン語を解さないリンと英語がちんぷんかんなウリセスとの言葉の壁もテーマの一つのようです。

 

       

           (シュールな会話で難儀するウリセスとリン)

 

A: テーマは大別すると移民問題とアイデンティティとしての音楽でしょう。移民が新参者の移民を差別する構図が描かれ、ウリセスは元の生活スタイルを頑固に守ろうとするので、仕事仲間に痛めつけられて巷に放り出される。監督によると、よくモンテレイのスラムにカメラを持ち込められたとびっくりされたが、撮影が大変だったのはジャクソンハイツだったと語っている。

B: フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリー『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』15、公開2019)を見て、最初からここに決めていたようです。ヒスパニックやアジア系の他、ユダヤ教徒、167の言語が飛び交う多様なアイデンティティをもつ人々を紹介している。

 

A: 多様性を大切にするジャクソンハイツでも、ウリセスのような根なし草は生きていけない。コロンビアからの移民、クラブでホステスをするグラディス(アドリアナ・アルベラエス)から、このままでは刑務所行きになると諭されるが、その通りになる。

B: ずっと抵抗して切らなかった髪を切るシーンは切なかった。後半の山場の一つでした。リンにもグラディスにも見放されると、行き着く先は路上生活者、警官に逮捕というお決まりのコースで、数ヵ月後に強制送還される。

 

   

       (自分で鋏を入れ、大切にしてきた髪型を変えたウリセス)

  

 

         aqui とはどこ? アメリカ、あるいは故郷モンテレイ?

 

A: 英語題I'm No Longer Hereはオリジナル版と同じですが、邦題は少し違和感がありますね。それはさておき、「ここ」とはどこか。モンテレイかアメリカかです。

B: 本作はフラッシュバックで二つの場所を行ったり来たりする。ウリセスは夢のなかではバリオで踊っている。しかし自分は現実には「もはやここモンテレイにはいない」。

A: または、実際には米国にいるが本当の自分は「もはやここアメリカにはいない」とも解釈できる。アメリカに止むなく逃亡してきたウリセスのような移民にとって、米国は決していたいところではない。そう考えるとaqui とは米国をさすことになる。

 

B: 強制送還されてモンテレイに戻ってきても彼には居場所がない。半年ほどしか経っていないのにバリオは様変わり、バリオはロスFに支配され、テルコスの仲間も彼らに取り込まれている。かつての仲間の一人イサイ(レオ・サパタ)の葬列に出くわす。

     

     

               (イサイの葬儀のシーンから)

    

A: 友人イェレミー(ジョナサン・エスピノサ)に会いに行くと、いまではキリスト教に改宗してラップ形式で伝道者としての日々を送っている。ウリセスは一人ぼっちであることを受け入れ、MP3の電池が無くなるまで一人でクンビア・レバハーダを踊り続ける。

 

        ギレルモ・デル・トロとアルフォンソ・キュアロンの後方支援

 

B: 麻薬戦争時代を背景にしながらドンパチは一度切り、全体はゆっくりと静かに進む。クンビアをスローテンポで踊るのは、そうすると「深い味わいがあるからだ」と劇中でウリセスが言うように、見終わると、深い余韻が残る。

A: フリアスは基本的にカメラの位置を固定している。カメラを動かすときもゆっくり、取り込み方がすぐれている。前作Rezeta」もNetfixで配信されたようだが日本は外されたようです。

 

       

     (ロス・テルコスのサイン、星のマークを実演する監督、モレリアFFにて)

 

B: 前述したように、大先輩監督のギレルモ・デル・トロアルフォンソ・キュアロンが大いに関心を示してくれたとか。米アカデミー賞「国際長編映画賞」メキシコ代表作品にも選ばれた。ロスでのロビー活動のノウハウを伝授してもらえるでしょうか。

A: メキシコ人なら「メキシコの現実が描かれているから是非見て欲しい」と後方支援をしてくれた。しかしモレリアFFで感動してくれた観客に借りができている。自分たちもナーバスになったが、観客にモラル的な恩義を受けたと語っている。何本かシナリオを手掛けている由、今後に期待しましょう。

  

      

               (評価をしてくれたギレルモ・デル・トロ)

  

サルバドール・カルボの 「Adú」*ゴヤ賞2021 ⑥2021年01月24日 13:26

                3本の軸が交差するサルバドール・カルボのスリラー「Adú

    

             

            (少年アドゥを配したポスター)

 

★ゴヤ賞2021のノミネーション発表では、サルバドール・カルボ(マドリード1970)のAdúが最多の13カテゴリーとなりました。Netflix 配信という強みを活かしてアカデミー会員の心を掴むことができるでしょうか。本作はデビュー作1898:スペイン領フィリピン最後の日』16)に続く第2作目になります。Netflixで日本語字幕入りで配信され幸運な滑り出しでしたが、第2作目は残念ながら日本語字幕はありません。第1作より時代背景も舞台も今日的ですが、アフリカ大陸、特に舞台となるカメルーンやモーリタニア、モロッコの位置関係に暗いと、登場人物がそれぞれ移動する都市に振り回される。安全な日本で暮らしていると、やはりアフリカは遠い世界と実感しました。監督キャリア&フィルモグラフィーはデビュー作でアップ済みです。

1898:スペイン領フィリピン最後の日』の作品紹介は、コチラ20170105

   

    

(左から、アナ・カスティーリョ、アダム・ヌルー、監督、ルイス・トサール、118日)

 

★アンダルシア人権協会APDHAの調査によると、2018年、国境を越えてスペインへ到着した違法移民は、陸路海路を含めて64,120人に上る。翌2019年は33,261人と減少したが、子供の数は7,053から8,066人と反対に増加した。不法移民の約30%はモロッコの若者と子供であったという。これが監督の製作の意図の一つとしてあったようです。エンディングに2018年の難民7千万人のテロップが流れる。この数は移民できずに国内に止まっている難民を含めている。スペイン語、ほかに元の宗主国であるフランスやイギリスの言語が飛び交う複雑さが、現代のアフリカを象徴している。第2作目とはいえ、20年前からTVシリーズを手掛けているベテランです。主人公はルイス・トサールではなく、アドゥ少年を演じた当時6歳だったムスタファ・ウマル君と思いました。

      

Adú2020

製作:Ikiru Films / Telecinco Cinema / La Terraza Films / Un Mundo Prohibido / Mediaset España

     協賛 ICAA / Netlix

監督:サルバドール・カルボ

脚本:アレハンドロ・エルナンデス

音楽:ロケ・バニョスCherif Badua

撮影:セルジ・ビラノバ 

美術:セサル・マカロン

編集:ハイメ・コリス

録音:エドゥアルド・エスキデハマイカ・ルイス・ガルシ、他

プロダクション:アナ・パラルイス・フェルナンデス・ラゴ

メイクアップ:エレナ・クエバスマラ・コリャソセルヒオ・ロペス

衣装デザイン:パトリシア・モネ

キャスティング:エバ・レイラ、ヨランダ・セラノ

編集者:アルバロ・アウグスティン、ジスラン・バロウ(Ghislain Barrois)、エドモン・ロシュ、ハビエル・ウガルテ、他多数

 

データ:製作国スペイン、言語スペイン語・フランス語・英語、2020年、ドラマ、119分、撮影地ムルシア、ベナン共和国、モロッコ他、公開スペイン131日、インターネット配信630日(アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、フランス、イギリス、イタリア、他)、スペイン映画2020年の興行成績第2

映画祭・受賞歴:ホセ・マリア・フォルケ賞2021作品賞とCine en Educación y Valores賞、2ノミネーション、フェロス賞2021オリジナル音楽賞(ロケ・バニョス)ノミネーション、ゴヤ賞省略。

 

キャスト:ルイス・トサール(環境活動家ゴンサロ)、アルバロ・セルバンテス(治安警備隊員マテオ)、アンナ・カスティーリョ(ゴンサロの娘サンドラ)、ムスタファ・ウマル(アドゥ6歳)、ミケル・フェルナンデス(マテオの同僚ミゲル)、ヘスス・カロサ(マテオの同僚ハビ)、アダム・ヌルー(マサール)、Zayiddiya Dissou(アドゥの姉アリカ)、アナ・ワヘネル(パロマ)、ノラ・ナバス(カルメン)、イサカ・サワドゴ(ケビラ)、ヨセアン・ベンゴエチェア(治安警備隊指揮官)、エリアン・シャーガス(Leke)、ベレン・ロペス(国連職員)、マルタ・カルボ(マテオの弁護士)、Koffi Gahou(マフィアのネコ)バボー・チャム(カメルーンの青年)、カンデラ・クルス(NGO職員)、ほか多数

*ゴチック体はゴヤ賞にノミネートされたシネアスト。

 

ストーリー:アリカとアドゥの姉弟は自転車で散歩中に象の密猟の現場を偶然に目撃してしまう。現場に置き忘れた自転車がもとで二人は地元ボスから追われることになり、故郷を後にする。飛行機の貨物室に忍びこんでカメルーンからヨーロッパに脱出しようと、滑走路の傍にうずくまっている。ここからそう遠くないジャー自然保護区では環境保護活動家のゴンサロが、密猟者に牙を抜かれた痛ましい象の死骸と向き合っている。間もなくスペインからやって来る娘サンドラとの問題も抱えている。北へ数千マイル先のメリリャでは治安警備隊員マテオのグループが、国境線のフェンスを攀じ登ってくるサハラ以南の群衆を押しとどめる準備をしていた。彼らは交差する運命であることを未だ知らないが、元の自分に戻れないことを知ることになる。国境を越えてヨーロッパに押し寄せるサハラ以南の難民問題を軸に、3本の糸が絡みあう群像劇。 (文責:管理人)

 

          アフリカの現実を照らしだす3本の軸

 

A: 日本では評価がイマイチだったデビュー作1898:スペイン領フィリピン最後の日』よりテーマが今日的なこと、認知度のあるルイス・トサールやアナ・カスティーリョの出演もあって受け入れやすいと思っていましたが、目下Netflix配信はオリジナル作品ながら日本語字幕はありません。

B: スペイン人にとって1898という年は、キューバ独立に続くフィリピン、プエルトリコという最後の植民地を喪失する忘れられない屈辱の年でした。経済的よりスペインの没落を象徴する精神的な打撃のほうが大きかったから、海外の視聴者の受け止め方とは事情が異なっていました。

 

A: 第2作は貧困や民族対立を抱えるサハラ以南からヨーロッパに押し寄せる爆発的な難民や違法移民の流入、地元マフィアが支配する動物密猟などが背景にあります。スペインはアフリカに最も近い国ですから、難民の受入れ窓口になっているという事情があります。

B: 姉アリカとアドゥ少年が暮らしていたのは、カメルーン人民共和国のムブーマMboumaでカメルーン唯一の世界遺産に登録されているジャー自然動物保護区に隣接している。この少年を軸に物語は進行する。

 

A: この保護区で絶滅の危機にある象の保護活動をしているのがルイス・トサール扮するゴンサロです。彼には常に不在な父親を理解できないアンナ・カスティーリョ扮する娘サンドラがいて、間もなくカメルーンに到着することになっている。これが2本目の軸。

 

       

    (平生は疎遠な父娘に隙間風が吹く、ルイス・トサールとアンナ・カスティーリョ)

 

B: 3本目がアフリカ大陸にあるスペインの飛地の一つメリリャで治安警備隊員として国境を守る任務についているマテオ、ミゲル、ハビのグループ、この3本の軸が最後にメリリャとモロッコの国境に集結することになる。

A: 主任らしいマテオを演じるアルバロ・セルバンテスが助演男優賞にノミネートされている。身体を張って危険な任務についているのに、6メートルの金属フェンスを攀じ登ってくる越境者の事故死が原因でグループは訴訟を起こされてしまう。セルバンテスは裁判に勝訴するまでの複雑な心の動きを表現できたことが評価された。米国とメキシコの国境の壁には及びませんが、二重に張り巡らされた金属フェンスの高さがアフリカとヨーロッパの現実を語っています。

  

                

    (マテオ役のアルバロ・セルバンテス)

 

       

              (左から、訴訟を起こされた治安警備隊員マテオ、ハビ、ミゲル)

 

B: トサールもそうですが、彼もカルボ監督のデビュー作に兵士の一人として出演しているほか、フェルナンド・ゴンサレス・モリーナの「バスタン渓谷三部作」の2部と3部に医師役で出演している。他にTVシリーズ出演が多いのでお茶の間の認知度は高い。 

 

          

           アリカとアドゥの出演料は16歳までの教育資金援助

 

A: アドゥが移動する都市名の位置関係が先ず描けない。あっという間に字幕が変わるから1回目は字幕を無視してストーリーを掴み、2度目に気になった個所をおさえることにした。分からなくても楽しめるが、分かったほうがメッセージがより届きやすい。

B: カメルーンの首都はヤウンデYaunde、姉弟はムブーマに住んでいる。しかしカメルーンでは撮影していないから、多分二人の出身国ベナン人民共和国でしょうか。

 

A: 撮影当時6歳だったアドゥ役のムスタファ・ウマルはカメルーン人ではない。監督談によると、キャスティング監督がベナン北部、首都ポルトノボから遠く離れた町の街路で出会った少年だそうで、何か惹きつけられてスカウトした。勿論まだ読み書きはできないし、象など見たこともなかった。

B: 映画出演料は姉アリカ役のZayiddiya Dissouを含めて、16歳までの教育費援助を条件に契約した。これは素晴らしい。

        

           

  (7歳になったムスタファ・ウマル少年と監督)

 

A: 恐ろしい密猟を目撃してしまったことで自転車を置いたまま逃げ帰る。それが災いして地元のボスから脅される。母親を殺された二人は行き場を失い親戚を頼って故郷を出る。アドゥが密猟者の顔を見てしまっている。密猟者は外部からやってくるのではなく地元の人なのだ。二人は父親がいるというヨーロッパを目指すことになる。

B: しかしカメルーンから何千キロ先のヨーロッパに如何にして二人を脱出させるか。脚本家アレハンドロ・エルナンデスは、飛行機での密航というとんでもないことを思いついた(笑)。ちょっとあり得ないストーリー展開でした。

 

           

          (象の密猟を偶然に目撃してしまうアリカとアドゥ)

 

A: エルナンデスはカルボ監督のデビュー作を手掛けたほか、当ブログでは度々登場させています。キューバ出身、2000年にスペインに亡命以来、ベニト・サンブラノの『ハバナ・ブルース』(05)以外は故国とは関係ない作品を手掛けています。ゴヤ賞ノミネートは本作が5回目、2014年にはマリアノ・バロッソTodas las mujeresで共同執筆した監督と受賞、もっぱらマヌエル・マルティン・クエンカとタッグを組んでいる他、アメナバル『戦争のさなかで』19)に起用されノミネートされた。

B: 最近は映画よりTVシリーズに専念している。

 

A: 映画に戻ると、公式サイトのストーリー紹介文では、どうして子供二人が飛行機の貨物室に忍び込んでヨーロッパを目指すのか分からなかった。また実際は貨物室ではなく、驚いたことに車輪格納庫だった。神のご加護があっても99パーセント生き延びられない設定です。

B: 生存は上空の極寒と低酸素状態で不可能ではないかと思いますが、皆無ではないそうです。専門家によると生存者の多くは仮死状態だったという。姉アリカは到着時には凍死しており、着陸のため開いた車輪格納庫から転落してしまう。このシーンは前半の見せ場の一つでした。

 

       違法移民を企てるマサールとの出会い――セネガルの首都ダカール

 

A: 到着したのはパリでもマドリードでもなく、なんとセネガルの首都ダカール空港、一気にメリリャに近づいた。保護された警察でアダム・ヌルー扮するマサールと出会い、姉を失ったアドゥは彼と二人三脚でメリリャを目指すことになる。青年は時々軽い咳をしているので、観客は結核かエイズを疑いながら不安に駆られて見ることになる。

B: 途中から予測つきますが、エイズ問題も重いテーマです。未だコロナがアジアの他人事であった当時では一番厄介な病気でした。新人男優賞にノミネートされているが、いつもながら新人枠は予測不可能ですね。

  

              

           (いつも腹ペコのアドゥとマサール、映画から)

       

A: ダカールから陸路を北上、泥棒をしながらモーリタニアの首都ヌアクショットに、さらにトラックを乗り継いで、遂にモロッコの北岸モンテ・グルグーの難民キャンプに到着する。メリリャの灯りが見える小高い岬、マサールはここで医師の診察を受ける。

B: 国境なき医師団のマークとは違うようでしたが、欧米ではこういうボランティア活動が当たり前に行われている。マサールの病状は進行していて検査入院を勧められるが時間の余裕がない。目指すメリリャは目の前なのだ。

    

      

        (メリリャの灯りを見つめながら絶望の涙にくれるサマール)

       

A: この難民キャンプには金網フェンス越えに失敗した死者、怪我人が運び込まれてくる。子供連れのフェンス越えを断念したマサールは、古タイヤを体に巻きつけて海を泳いで渡る決心をする。脚本家エルナンデスは、再びとんでもないことを思いつきました。

B: その昔、キューバ人のなかには筏でマイアミに渡った人々がいたのを思い出しました。二人は離れ離れになりながらも対岸に辿りつく。治安警備隊員マテオのグループが乗った巡視艇が二人を発見して救助する。ここで初めてアドゥとマテオが交錯する。アドゥを抱きかかえたマテオは、もう以前のマテオではない。

 

      「パパはわたしの友達ではなく、父親」とサンドラ、和解のときが訪れる

 

A: サンドラは長いことスペインに帰国しない父親にわだかまりをもっている。ゴンサロは「私たちは今までも友達同士として上手くやってきたではないか」と言う。しかし娘が求めているのは友達ではなく父親の存在、「パパはわたしの友達ではなく、父親よ」とサンドラ

B: もう大人だと思っていた娘が親の愛に飢えていたとは気づかなかった。しかし娘には別の仕方で愛を注いでいたのだ。それを最後に娘は気づいて大粒の涙を流すことになる。愛とは難しい。

 

         

         (父娘を演じたカステーリョとトサール、公開イベントにて)

 

A: ゴンサロは愛情こまやかタイプではなく、絶滅の危機にある象の保護で頭がいっぱい。いま手を打たないと明日では手遅れになる。「カメルーンに来て2ヵ月しか経たないが、4頭の象が殺害された」と嘆く。

B: しかし地元の人々はそうは考えていない。欧米の価値観をストレートに持ち込んでも理解されない。お金になる密猟はやめられないし、象の保護など白人のお節介。かつての支配者への不信は何代にもわたって続く。

A: 互いの乖離は埋めがたい。活動家は常に身の危険と背中合わせですね。次の派遣地がアフリカ南部、インド洋に面したモザンビークというのも驚きです。

 

B: メリリャの検問所までサンドラを送ってきたゴンサロは、少年センターに送られる途中のアドゥとすれ違う。登場人物全てがここメリリャに集合したことになる。

A: サンドラが押している自転車は姉弟が密猟現場に残してきた自転車、常に2本の軸は知らずに繋がっていたのでした。ゴンサロは以前カメルーンでヒッチハイクをする姉弟とすれ違っていた。本作では父娘の和解以外、何も解決していない。しかし観客は何かを学んだはずです。ニュースと映画の違いかもしれません。

 

B: アナ・ワヘネルノラ・ナバスは特別出演、出番こそ少ないが二人の演技派女優が映画に重みをもたせている。両人とも監督たちの信頼は厚い。受賞に関係ないと思いますが、ナバスは映画アカデミーの副会長です。

 

A: 監督によると、1月公開作品はゴヤ賞では不利にはたらく。というのも1年前の映画など皆忘れてしまうからです。しかし昨年は3月からは映画館も閉鎖、公開できただけでも幸運だったと言う。収束の目途が立たない現状で一番恐れているのは、映画館が消滅してしまうことだという。それは映画製作者というより観客としてだそうです。

B: TVと映画は本質的に異なるというのが持論、TV界出身なのだから映画館が減っても困らないだろうというのは間違いだと。コロナは経済や医療を直撃していますが、文化も破壊している。2020年に撮影が始まった作品は少ないから、今年はともかく来年のゴヤ賞はどうなるのか。   


オリヴィエ・アサイヤスの『WASPネットワーク』*Netflix 配信始まる2020年06月29日 05:45

       東西冷戦後のキューバ現代史の1ページ、群像劇でも主役はいます

 

       

              (スペイン語版ポスター)

 

619日から、オリヴィエ・アサイヤスWASPネットワーク』19)のNetflix 配信が始まりました。爆発的な新型コロナウイルス感染がなければ公開するはずだったかもしれない。ベネチア映画祭2019コンペティション部門でワールド・プレミアされましたが、評価が得られず賞には絡めませんでした。続いてトロント、サンセバスチャン、チューリッヒ、ニューヨーク、ロンドン他、各映画祭で上映こそされましたが似たり寄ったりの結果でした。東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門でも上映されましたが、登場人物が出たり入ったりの群像劇、ガエル・ガルシア・ベルナル目当ての観客にはなかなか本人が登場せず、やっと現れるや額がかなり広くなっていてショック、旧ソ連邦崩壊後のキューバの実情に疎いと少々分かりづらく、更に的外れのストーリー紹介も手伝って、スパイ・スリラー『カルロス』10)や『パーソナル・ショッパー』16)のアサイヤス・ファンもがっかりだったかもしれません。

 

      

   (監督、ペネロペ・クルス、エドガー・ラミレスなどが一堂に会したベネチア映画祭)

 

オリヴィエ・アサイヤス(パリ1955)、監督、脚本家。アサイヤスは生まれたときから映画に関わっている。というのも父親のレイモンド・アサイヤスはイスタンブール生れのユダヤ系フランス人の脚本家、ペンネームのジャック・レミーのほうで知られ、第2次世界大戦中は南米のチリやアルゼンチンで映画に関わり戦後フランスに戻ってきたという経歴のシネアスト。オリヴィエ自身はパリ生まれですが、アジアやラテンアメリカにシンパシーがあるのは父親の影響かもしれません。スタートは父と一緒に脚本を執筆、監督デビューは1986年と30歳を過ぎていた。長編6作目となる『イルマ・ヴェップ』(「Irma Vep96)に香港女優マギー・チャンを起用して国際的な評価を得た。1998年に結婚したが長続きせず2001年離婚、その後も『クリーン』04)のヒロインに起用するなど公私は区別するタイプ、本作はカンヌ映画祭に出品、彼女に女優賞をもたらした。

 

             

                 (オリヴィエ・アサイヤス)

 

★その後『夏時間の庭』08)、ベネズエラ生れの伝説上のテロリスト、イリイチ・ラミレス・サンチェス、別名ジャッカルを主人公にした、TVミニシリーズ『コードネーム:カルロス』10)を短縮した『カルロス』を撮った。この実在した国際テロリストを演じたのが『WASPネットワーク』出演のエドガー・ラミレスでした。彼は翌年セザール賞の新人男優賞を受賞した。4回目のパルムドールを狙った『アクトレス 女たちの舞台』14)は好評を博し、ジュリエット・ビノシュが演じる女優のマネージャー役に扮したクリステン・スチュワートが絶賛された。そして5回目のカンヌとなるサイコ・スリラー『パーソナル・ショッパー』(16)でアサイヤスは初の監督賞を受賞した。2018年の『冬時間のパリ』は、お気に入りのジュリエット・ビノシュが主演した大人のラブコメでした。コメディからスリラー・アクションまで守備範囲は広い。

    

          

         (エドガー・ラミレス、映画『カルロス』から)

 

 

 WASPネットワーク』(オリジナル「Wasp Network」、スペイン版「La Red Avispa」)2019

製作:Orange Studio / RT Features / CG Cinéma / Nostromo Pictures

監督・脚本:オリヴィエ・アサイヤス

原作:フェルナンド・モライス Os Ultimos Soldados da Guerra Fria2011年刊)

   英語版タイトルThe Last Soldiers of the Cold War「冷戦の最後の戦士たち」

音楽:エドゥアルド・クルス

撮影:ヨリック・ル・ソー、ドゥニ・ルノワール

編集:シモン・ジャケ

製作者:シャルル・ジルベール、ホドリゴ・テイシェイラ、(以下エグゼクティブ)シルヴィー・バルテ、ミゲル・アンヘル・ファウラ、フェルナンド・フライア、アドリアン・ゲーラ、ソフィー・マス、リア・ロドリゲス、アラン・テルピンス、セリナ・トレアルバ

 

データ:製作国スペイン=ブラジル=フランス=ベルギー、スペイン語・英語、ロシア語、実話に基づくスリラー・アクション、123分、撮影地ハバナ、グランカナリア島、他、撮影期間2019218日~54日、配給メメント・フィルムズ、公開フランス2020129日、他ハンガリー、リトアニア、エストニア、ロシア、ギリシャ、コロナ感染拡大で以下は2020619日 からのNetflix 配信となる。

映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2019正式出品、トロント、ドーヴィル(仏)グランプリ受賞、サンセバスチャン、チューリッヒ、ニューヨーク、釜山、ロンドン、サンパウロ、東京、リオ、各映画祭で上映された。

 

主なキャスト紹介

ペネロペ・クルス:オルガ・サラヌエバ・ゴンサレス、レネ・ゴンサレスの妻、後に娘を連れてマイアミで夫と合流する。夫逮捕後にオルガも3ヵ月間収監される

エドガー・ラミレス:レネ・ゴンサレス(シカゴ1956)パイロット、WASPのメンバー、キューバン・ファイブの1人、1990128日潜入、1998912日逮捕、2011107日仮釈放、米国市民権放棄を条件に2013422日に帰国、刑期12

ガエル・ガルシア・ベルナル:ヘラルド・エルナンデス(ハバナ1965、別名マヌエル・ビラモンテス)WASPのリーダー、キューバン・ファイブの1人、プエルトリコ人として偽パスポートで199112月潜入、1998912日逮捕、囚人交換で20141217日釈放

ワグネル・モウラ:フアン・パブロ・ロケ、パイロット、WASPのメンバー、19922月潜入、身分を偽ってアナ・マルガリータと結婚、その後秘かに帰国、1998年の逮捕を免れた4名のなかの一人。

アナ・デ・アルマス:アナ・マルガリータ・サンチェス、ロケがスパイと知らずに結婚

レオナルド・スバラグリア:ホセ・バスルト、<救助に向かう同胞> のリーダー

ノーラン・ゲーラ:ラウル・クルス・レオン、エルサルバドール人。1997年反カストロ派にリクルートされたテロリスト、ハバナの複数のホテルに仕掛けた爆薬C-4でイタリア人が犠牲になる。同日キューバ警察により逮捕され、禁固30年の刑で収監中

トニー・プラナ:ルイス・ポサーダ・カリレス、元CIAエージェント、亡命キューバ人の活動家、別名ラモン・メディナ、2018年に死去、享年90

フリアン・フリン:PUNDのパイロット、通称エル・ティグレ・ビラモンテ

オマール・アリ:CANF財団会長ホルヘ・マス・カノサ、反カストロ活動の黒幕、1997年没

カロリナ・ペラサ・マタモロス:イルマ(6歳)、オスデミ・パストラナ(10歳前後)

フリオ・ガベイ:マイアミに亡命しているロケの従兄弟、FBIに情報を提供している

アネル・ペルドモ:ヘラルド・エルナンデスの妻アドリアナ

アドリア・キャリー・ぺレス:レナード連邦裁判官

アマンダ・モラド:マイアミに移住したイルマとイベットの祖母テテ

他、WASPのメンバーのうち <キューバン・ファイブ> のメンバーなど多数

 

ストーリー1990年ハバナ、パイロットのレネ・ゴンサレスは妻のオルガ、娘のイルマをハバナに残したままアメリカに亡命、新しい人生を始める。旧ソ連邦崩壊後の90年代のキューバは、観光業による経済再建を計画していたが、フロリダに亡命したキューバ人の反カストロ勢力のテロ行為に苦悩していた。そこでキューバ政府は男性12名、女性2名からなる通称WASPネットワークを結成、フロリダに潜入させることにした。このグループを統率するのがヘラルド・エルナンデス、別名マヌエル・ビラモンテスだった。ゴンサレスが盗んだソ連製の複葉機アントノフ2で秘密裏にマイアミに飛んだのは、彼らと合流して反カストロのテロ行為を未然に封じることだった。しかし何も知らされていなかったオルガと娘は、裏切り者、売国奴の汚名を着せられていた。(文責:管理人)

 

本作を楽しむための豆知識

WASPネットワーク:マイアミを中心に反カストロ宣伝活動をする組織 <CANFFNCA> 及び <救助に向かう同胞> に送り込まれたヘラルド・エルナンデスを長とする14名のキューバのスパイ・グループ。英語WASP、西語Avispaはススメバチの意、映画では「狩蜂」とあった。

CANFFNCA:キューバ系アメリカ人財団または全米キューバ米国人財団。Cuban American National Foundation / La Fundación Nacional Cubano Americana の頭文字。1981年フロリダ州マイアミにおいて、カストロ社会主義政権の打倒を目指すホルヘ・マス・カノサらが設立した。亡命キューバ人の反カストロの組織としては最大の規模を有しているが、1997年カノサ没後は強硬路線を修正している。

救助に向かう同胞:または <救援の兄弟たち> Brothers to the Rescueブラザーズ・トゥ・ザ・レスキュー、スペイン語Hermanos al Rescate 19915月、ホセ・バスルトをリーダーにマイアミで設立された。キューバから筏などで脱出する亡命者を救助するのが目的だが、他にハバナ上空での反カストロ打倒のビラ撒き、麻薬や武器の密輸を仲介している。

キューバン・ファイブ/マイアミ・ファイブ19989月に逮捕されたWASPのメンバー10人のうち、無実を主張して司法取引に応じなかった5人を称賛して付けられた。ヘラルド・エルナンデス、レネ・ゴンサレスの他、本作には少ししか登場しなかった、エコノミストでキーウェストに移ってサルサの教師をしていたラモン・ラバニーノ、土木技師でカラテ教師アントニオ・ゲレーロ、フェルナンド・ゴンサレスの5人。彼らは全員キューバのDGI(諜報機関)に所属していた。本作の主人公レネ・ゴンサレスの2011107日仮釈放、フェルナンド・ゴンサレスの2014227日釈放、残るヘラルド・エルナンデスら3人も20141217日に囚人交換で釈放、全員キューバに英雄として帰国している。

 

     

            (自由の身になったキューバン・ファイブ)

 

       

     (左から、ラモン・ラバーニ、アントニオ・ゲレーロ、レネ・ゴンサレス、

  フェルナンド・ゴンサレス、ヘラルド・エルナンデスのキューバン・ファイブ、映画から)

 

 

                 親カストロでも反カストロでもないと言うけれど・・・

 

A: 『カルロス』の監督アサイヤスにブラジルの作家フェルナンド・モライス2011年に上梓した Os Ultimos Soldados da Guerra Fria の映画化を提案したのは、ブラジル・サイドの製作者ホドリゴ・テイシェイラだそうです。監督が政治的に特定のイデオロギーの支持者でないことが理由として挙げられるかと思います。

B: 監督の意図はどうあれ、WASPネットワークの主要メンバーの一人、レネ・ゴンサレスの妻オルガの視点で多くが語られるから、マイアミ在住の反カストロ派の亡命キューバ人は憤慨した。

 

A: どちらかに加担するプロパガンダ映画ではないにしても、まだ進行中の現代史を題材にするときには、それなりの覚悟が必要です。実際に起ったエピソードだけを公平につなげただけでは、観客を満足させることはできません。それが評価されなかった一つの理由かもしれない。

B: 本作には大雑把に3つのグループが登場する。WASPメンバー、FBIに代表されるアメリカ政府、反カストロ派の亡命キューバ人に分けられます。

 

A: CANFという組織は、レーガン時代にアメリカ政府の肝煎りで設立されているので、現在でも共和党寄りです。設立者のホルヘ・マス・カノサは亡くなりましたが、彼はブラザーズ・トゥ・ザ・レスキューにも資金を出しており、祖国キューバに民主主義をもたらすことに執念を燃やしていた人物です。

B: 強行な手段は非難されて然るべきですが、マイアミ・サイドから見れば英雄です。

 

A: フアン・パブロ・ロケは、社会主義の国から脱走するために泳いでグアンタナモ海軍基地に到着、政治亡命を求めます。マイアミに着くとアナ・マルガリータと打算的な結婚をしますが、アメリカ政府のWASP包囲網を察知すると秘かに帰国、テレビで政府とは無関係、麻薬密売やテロ活動に関与したくなかったので戻った、マイアミのキューバ人移民の不寛容さを批判、また心残りは運んでこられなかった「愛車のチェロキー」などと語り、インタビュアーを煙に巻く。

B: 持ち帰れたロレックスは、後日談としてお金に困ってネットで売りさばいた(笑)。ロケがスパイだったことを初めて知り煮えくり返るアナ・マルガリータは、後日談としてキューバ政府に損害賠償2700万ドルを請求するが、20万ドルしか手にしていない。

 

     

(挙式した教会のファサードに整列した花嫁と花婿、レネ・ゴンサレスやホセ・バスルトも出席)

 

       オルガ・サラヌエバの視点で進行するファミリー物語

 

A: マイアミの司令塔だったガエル・ガルシア・ベルナル演じるヘラルド・エルナンデスは、2度の終身刑を受けたが、オバマ時代の両国の関係正常化政策の一環として行われた囚人交換で20141217日に帰国した。スクリーンの出番も少なく、ガエルのファンは物足りなかったのではないか。

B: ペネロペ・クルス演じるオルガ・サラヌエバが主役ですが、かなり複雑な人物です。どうして裏切り者の夫とマイアミで合流しようとしたのか。映画によれば、夫に置き去りにされても、娘には父親が必要とアメリカ亡命を決心するのは少し不自然だった。ヘラルドから真相を明かされるのは、亡命直前のことでした。

  

A: 子連れでスパイの夫と合流するのはかなり危険だったはずです。しかしハバナで裏切り者の妻として後ろ指さされながら生きていくのも大変だったのではないか。劇中ではグサーノgusano という単語が使われていましたが、虫けらのように価値のない人を指す侮蔑語です。旧ソ連邦崩壊後、援助を絶たれた90年代のキューバはナイナイ尽くしで石器時代に逆戻りしたと揶揄されたほどです。 

 

B: オルガは夫レネが逮捕された後に、娘イルマから「英雄の父親より普通の父親のほうがよかった」と批判されるが、ハバナでもマイアミでも居場所のないイルマも犠牲者です。

A: 夫が逮捕されたとき、まだ赤ちゃんだった次女イベットが名女優でした(笑)。クルスの扱いも自然で本当の娘のようだった。アサイヤスはクルスが直ぐに子役たちと繋がり、それが撮影をスムーズにしたとクルスを絶賛しています。この映画はオルガとレネ夫婦、その2人の娘たちの家族物語なのです。ハバナ映画祭で鑑賞したレネ・ゴンサレスによると、実際のオルギータとは少し違うと語っていた。

  

    

                    (オルガとオスデミ・パストラナ扮する長女イルマ)

 

        

      (マイアミで生まれた次女イベットを連れて夫の面会に訪れたオルガ)

 

B: よく子供と動物には勝てないと言われますが本当です。レネ・ゴンサレスは、映画からの印象ではスパイとしては、盗聴器が仕掛けられているのにも気づかず、オルガとの私語を含めて、情報が FBI に筒抜けだった。本当にスパイとしての訓練を受けていたのかと呆れました。妻子を残して大切な小型飛行機を乗っ取っての派手な亡命劇を演じれば目を付けられるのは分かりきったこと、彼が諜報機関 DGI にいたことは直ぐバレるわけです。

     

A: シカゴ生まれで米国の市民権を持っていたこと、アントノフ 2 を操縦して潜入できることがあったからではないか。刑期も12年と一番軽く、2011107日に仮釈放されている。仮釈放中に父親が亡くなり、葬式参列のため一時帰国を許され、そのまま米国市民権放棄を条件に釈放されている。WASPのメンバー10人を一網打尽にする計画のアメリカ政府は、1998912日までわざと泳がしていた。14名のうち危険を察した4人は帰島して逮捕を免れている。

 

B: 最初カストロ議長はスパイ行為をさせていたことを否定していましたが、劇中に挿入されたように3年後のインタビューでは関与を認めている。フィデルの「スパイ行為はお互い様、そちらのほうが悪質」という主張はその通りです。

A: 冷戦中にラテンアメリカ諸国の赤化を食い止めるべく、CIAからラ米諸国に送り込まれた諜報員の破壊活動は、キューバに限らず南米全域に及んでいました。これは後の歴史が証明していることです。

B: WASPの目的は、アメリカ政府に打撃を与えるためではなく、CANF<救助に向かう同胞> などがキューバで行っていた破壊工作を未然に防ぐためだった。

   

         最初の構想ではハビエル・バルデムが出演するはずだった!

 

A: 家族の別れで幕を開ける本作のキャスト選考は、ジグザグ続きだったという。アサイヤス監督によると、最初はハビエル・バルデムを起用したくてマドリードに会いに出かけた。しかし彼のスケジュールがいっぱいでやりくりがつかない。連れ立ってディナーに現れたペネロペ・クルスと話しているうちに「主役のオルガをやれるのは彼女しかいない」と。そこでオルガとレネの夫婦、彼らの子供たちを中心に構成することにしたようです。

B: しかし、彼女は2人の子供の養育を人任せにできないタイプですよね。

A: ハバナでの撮影が予定されていたので、それがネックだった。それにバルデムは、シュナーベル監督の『夜になるまえに』というレイナルド・アレナスの伝記映画でキューバ訛りができるが、クルスは初めてだから、そこから出発しなければならなかった。

 

B: ウイキペディアによると、20185月にゴンサレス役にベネズエラのエドガー・ラミレス、ホセ・バスルト役にペドロ・パスカルがアナウンスされた。

A: しかしペドロ・パスカルが降りて、アルゼンチンのレオナルド・スバラグリアに変更、同年9月にペネロペ・クルス、メキシコのガエル・ガルシア・ベルナル、ブラジルのワグネル・モウラ(ヴァグネル)起用が発表され、翌年218日にクランクイン、54日に撮り終えた。

 

B: 夫婦役のラミレスとクルスは、既にファッションデザイナーのジャンニ・ヴェルサーチ暗殺のTVシリーズ『アメリカン・クライム・ストーリー ヴェルサーチ暗殺』(18)でヴェルサーチ兄妹役で共演している。

A: アナ・マルガリータ・サンチェス役のアナ・デ・アルマスはキューバ出身、マヌエル・グティエレス・アラゴンの『カリブの白い薔薇』(06)で映画デビューした。ICAICがアナはまだ演技の勉強中で出演はダメと反対したのを無視して出た。それで関係が悪くなり島を脱出した。その後ボンド・ガールに選ばれるなど出世街道を驀進中だが努力の人でもありますね。キューバ人の他、ベネズエラ人、アルゼンチン人、スペイン人、メキシコ人、ブラジル人がキューバ人を演じるわけです。そして監督はフランス人ですから実に国際色豊かです。

 

          

      (アナ・マルガリータ・サンチェス役のアナ・デ・アルマス、映画から)

 

B: <救助に向かう同胞> のリーダー、ホセ・バスルト役のレオナルド・スバラグリアとWASPのリーダー、ヘラルド・エルナンデス役のガエル・ガルシア・ベルナルは、当ブログでは既にキャリア紹介をしています。

 

          

        (ガエル・ガルシア・ベルナルとペネロペ・クルス、映画から)

 

A: 初登場のフアン・パブロ・ロケ役のワグネル・モウラは、ブラジル映画のジョゼ・パジーリャのアクション・クライム『エリート・スクワッド』(ベルリンFF2008金熊賞)、続編『エリート・スクワッド ブラジル特殊部隊』(10)で主役ナシメントを演じてブレークした。

 

B: 『ナルコス』(15)のパブロ・エスコバル役、『セルジオ:世界を救うために戦った男』(20)はNetflix で配信されている。若いファンが多いのではないでしょうか。若者に最も人気があるのが、彼とアナ・デ・アルマスかもしれない。

A: ファン・サービスのためフィットネスまがいの愛のないセックスシーンを入れた。

      

B: 最後になるが、レネ・ゴンサレス役のエドガー・ラミレスは、1977年ベネズエラのサン・クリストバル生れ、父親が駐在武官だったせいで各国で暮らす。スペイン語の他、英伊独仏語ができる。大学では社会情報学を専攻したが役者の道を選んだ。

 

         

           PUNDのパイロット役のフリアン・フリンとラミレス、映画から)

 

A: ハリウッド映画出演が多いが、上記の『カルロス』の他、ベネズエラ映画ではアルベルト・アルベロの『解放者ボリバル』(13、スペイン合作)があり、シモン・ボリバルの伝記映画とはいえ、虚実織り交ぜた、観客が望んだ英雄像を描いている。トロント映画祭2013、ラテンビート2014上映のさいラミレス&作品紹介をしています。

B: 最新作は Netflix オリジナル作品、悪評さくさくの『ラストデイズ・オブ・アメリカン・クライム』(20)です。オファーは脚本を吟味しないといけない。

 

ペネロペ・クルスの主な紹介記事は、コチラ20190520

ガエル・ガルシア・ベルナルの主な紹介記事は、コチラ2016091620190513

レオナルド・スバラグリアの主な紹介記事は、コチラ20200111

ラミレス&『解放者ボリバル』紹介記事は、コチラ2013091620141027

 

 

        「コロナ時代の映画製作は一変する」とアサイヤス監督

 

A: Netflix配信が始まった後のエル・パイス記者の電話インタビューで、コロナ後は「コロナ以前のような映画作りできない。撮影方法もテーマさえ違うものになる」と語っています。観客が映画館に行くことを躊躇しているからだという。

B: 映画は映画館で観る世代は減少しつづけており、それをコロナが一気に加速させてしまった。

 

A: パンデミアになってから、アサイヤスは10歳になる娘と田舎暮らしをしている。学校がない日は自分が勉強を見てやる。それに買い物、料理、掃除などをしている。パリが日常を取り戻しつつあるのでいずれ戻りたい。今は今後の映画作りのガイドになるような、ごく少数の人で作った、登場人物も2人か3人の作品、ベルイマン、ロメール、ルノワールの映画などを観ているようです。

B: 『WASPネットワーク』の対極にある作品です。

 

A: 本作のキューバでの撮影は大変だった由、先ず当時のハバナを再現するロケ地探しにも監視がついて回り、プレッシャーに苦しんだ。ここではもう撮影できないと思った日もあった。当局が圧力をかけたわけではありませんが、ストレスのかたまりだったそうです。

B: キューバ当局の実情を知らなすぎだったのではないか。スペインの監督なら先刻ご承知のことです。いくらドルを落としてくれても、反カストロ映画を作られたらお目玉食らいます。

A: コロナの収束があるのかないのか誰にも分かりませんが活路を見出さねばなりません。今後は撮影システムやテーマの変更も視野に入れると語っているので、次回作を待ちましょう。

 

パストール兄弟の第3作目『その住人たちは』*マラガ映画祭2020 ⑥2020年03月31日 16:27

           ダビ&アレックス・パストール兄弟の新作Hogar」は心理サスペンス

 

   

 

ダビ&アレックス・パストール兄弟の新作Hogarはサスペンス、第23回マラガ映画祭202013日~22日)コンペティション部門に選ばれている。今回は映画祭が開催されていないのでスクリーンでは観られなかったが、既に326日からNetflix 配信が始まっている。スペインでは珍しくない見栄っ張りな計算高い男の納得いかない成功物語。愚かな登場人物が出たり入ったりして、後半にかけて心がザラザラしてくるが、主人公ハビエル・ムニョスの鬼気迫る眼光に目が離せなくなる。これほどユーモア無しでは観客は救われないが、1980年代から90年代にかけて急速に民主化が行われたスペイン社会の、いささか図式的とはいえ、強い男を強制される社会の病んだ一面を切りとっている。競争社会の敗北者なら主人公の中に「本当はオレもこうしたかった」と夢想する自分を発見するのではないか。批評家と観客の評価が真っ二つに分かれる作品の好例。

 

     

   (左から、アレックス・パストール、ハビエル・グティエレス、ダビ・パストール)

 

 Hogar(「Occupant」)2020

製作:Nostromo Pictures

監督:ダビ・パストール、アレックス・パストール

脚本:アレックス・パストール、ダビ・パストール

撮影:パウ・カステジョン

音楽:ルカス・ビダル

編集:マルティ・ロカ(AMMAC

キャスティング:アンナ・ゴンサレス

衣装デザイン:イランツゥ・カンポス

メイク:ルシア・ソラナ(特殊メイク)

プロダクション・マネージメント:ダビ・クスピネラ

製作者:ヌリア・バルス、マルタ・サンチェス、アドリアン・ゲーラ、(ライン)マグダ・ガルガリョ

 

データ:製作国スペイン、スペイン語、2019年、スリラー・ドラマ、103分、撮影地バルセロナ、配給ネットフリックス(326日配信開始)

映画祭・受賞歴:第23回マラガ映画祭2020セクション・オフィシアル正式出品

 

キャスト:ハビエル・グティエレス(ハビエル・ムニョス)、マリオ・カサス(トマス・ブラスコ)、ルス・ディアス(ハビエルの妻マルガ)、ブルナ・クシ(トマスの妻ララ)、イリス・バリェス・トレス(トマスの娘モニカ)、クリスティアン・ムニョス(ハビエルの息子ダニ)、ダビ・ラミネス(庭師ダミアン)、ダビ・ベルダゲル(広告会社役員ラウル)、ヴィッキー・ルエンゴ(ナタリア)、ダビ・セルバス(広告会社役員ダリオ)、ラウル・フェレ(ダリオの部下ルカス)、ヤネス・カブレラ(家政婦アラセリ)、サンティ・バヨン(受付係)、エルネスト・コリャド(教師)、エリ・イランソ(断酒会指導者アンパロ)、その他断酒会メンバー多数

 

ストーリー:かつては有名な広告会社の役員だったハビエル・ムニョスの物語。1年前から失業しており、家族は豪華なマンション生活を断念しなければならなくなった。もう若くはないハビエルにとって再就職は難しく、もはや自尊心は打ち砕かれていた。ある日のこと、かつてのマンションの鍵を持っていることに気づくと、ある怖ろしい計画を思いつく。失った栄光を取り戻すために新しい住人をスパイし始めるが、次第に新入居者の人生に深く侵入していく。しかしそれは破滅への道でもあったのだが・・・

   

(策略を練る病んだ主人公ハビエル)

   

           

 

            自分は変えられないが、社会は変化していく

 

A: 正義感の強い人には耐えられない映画でしょうか。ハビエルのようなクソ野郎は小型なら世間にごまんといるでしょう。しかし想像するだけで実際にはやらないだけの話です。

B: しかし、脚本が少しザツすぎませんか。格差社会は万国共通ですが、シリアス・ドラマとして人物造形が単純、例えば広告会社面接官の慇懃無礼な態度、応募者を下にみる横柄さ、小市民を隠れ蓑にしている小児性愛者、アルコール依存症患者、断酒会の指導者、夫を信頼できない妻、言葉の暴力、自分を同定できる登場人物が一人も出てこない。

 

A: そうではなく、自分に同定したくない人物ばかりなのです。自分はあれほどワルじゃないしバカじゃないと。ハビエルは社会は変化しているのに自身を変えられないの典型です。過去の栄光を手放せない虚栄心の強い、自分が前世紀に制作したBMWや大手電機会社のコマーシャルに固執している。

B: 現在の自分は、かつて制作したCMあなたにふさわしい暮し」をしていない。「自分にふさわしくない妻や息子」のいる<仮の我が家>が我慢ならない。

 

A: <真の我が家>占拠している新しい住人は、元来ならここにいるべき人間ではなく排除しても許されると。しかし正義を行う相手が間違っていた。「目には目を歯には歯を」から逸脱していることが観客をいらいらさせる。それにしてもユーモアが少し欲しかったですね。

B: 屋外に出られなくなるパンデミックで社会が崩壊した世界を描いた『ラスト・デイズ』でさえありましたからね。

 

A: 他人の人生を乗っ取ろうとする話と言えば、最近話題になっているポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』ですが、こちらはブラック・コメディ。「観客に大いに笑ってもらおうとして撮った」と監督。前半は笑えますが、後半は恐ろしくて静まり返ります。

B: パラサイトしている家族は、果たして上階に暮らす金持ちか、半地下に暮らす失業者か、そのどちらかが問われている。

 

           アイディアの誕生は旧居の鍵だった!

 

A: 世界の映画祭で高評価を得た短編映画La ruta natural05)の後、2009年に世界終末を描いた『フェーズ6(原題「Carries」)で長編デビューした。しかしこれは監督と脚本を担ったアメリカ映画、2006年に完成していたがリリースされたのは2009年という経緯がある。第2作が2013年に撮ったパニック・スリラーSFLos últimos díasで、スペイン語映画の長編デビュー作でした。本邦では『ラスト・デイズ』の邦題で公開され、『フェーズ6』同様アマゾン・プライムで配信されている。

 

     

               (日本語版ポスター、2013年公開)

 

B: 電気が通じてないのにエスカレーターが動いていたり、マドリード動物園の熊が出てきたり、無理に付け足したような唐突なエンディングなど脚本にアラが目立ったが、『フェーズ6』やホセ・コロナドキム・グティエレスマルタ・エトゥラレティシア・ドレラなど、日本でも少しは知られた俳優を起用できたお蔭で公開された。

A: ガウディ賞受賞作品ということもあったかもしれない。2作とも現在世界を恐怖に陥れている新型コロナウイルス感染症 COVID-19を予見したような内容なので、今見ると当時とは感想が変わるかもしれない。パンデミック物は終りにしたのか、第3作目は人間の心に巣食う闇をテーマに選んだ。しかしプロット運びに観客を納得させない部分が目立ち、相変わらず足を引っ張っている。

 

B: 本作のアイディアの誕生は、ほったらかしにしていた以前住んでいた古い家の鍵を保存していたことだそうです。

A: この鍵で我々が以前住んでいた家に入れると気づいたことでした。それが「元は自分が住んでいたが今は他人が住んでいる家に侵入する」というアイディアに発展した。解雇を切り出された家政婦のアラセリが雇い主のハビエルに鍵を投げつけるシーンを伏線にした。

 

B: このシーンには違和感を覚えたが、試行錯誤の結果だったのかな。新入居者トマスがピーナッツ・アレルギーを口走るシーンも不自然だった。

A: スリラー好きなら直ぐピーンとくるセリフですね。ハビエル・グティエレスマリオ・カサスの一騎打ちをもっと期待していた観客は消化不良を起こしているかも。主人公を怒らせる広告会社の面接官ラウルを演じたダビ・ベルダゲルは、カルラ・シモン『悲しみに、こんにちは』で少女の養父となった叔父を演じた俳優、養母を演じたのが、今回はおバカなトマスの妻ララ役のブルナ・クシでした。

 

    

            (ハビエル・グティエレスとマリオ・カサス)

 

      

   (夫トマスを信じきれない妻を演じたブルナ・クシとモニカ役のイリス・バリェス)

 

B: 表面は夫の失業に理解を示す良き妻を装いながら、その実、夫を優しく責め立てる看視者マルガを演じたのが、ラウル・アレバロ『物静かな男の復讐』でベネチア映画祭女優賞受賞者のルス・ディアスでした。

A: 彼女とマリオ・カサスはサム・フエンテス『オオカミの皮をまとう男』17)で共演している。落とせないのが小児性愛者の庭師ダミアン役のダビ・ラミレス1971年バルセロナ出身、ホセ・コルバチョ&フアン・クルスの『タパス』05)で映画デビューしたが、もっぱらTVシリーズに出演、映画は他に [REC] 312)に出ている。

 

    

          (夫を優しく責め立てるマルガ役のルス・ディアス)

 

 

B: 画面構成には斬新とまでは言えないが、若い監督たちが好きそうなスタイリッシュな、鏡を利用した構図が多用されていた。しかし筋運びとアンバランスの印象を受けた。

A: 監督はプロットで勝負するタイプではないのかもしれない。撮影監督のパウ・カステジョンは、クリスチャン・ベールが主演した『マシニスト』の撮影助手でキャリアをスタートさせ、イギリス、イタリア映画、カタルーニャTVシリーズなどを手掛けている。

 

           批評家と観客の乖離――真っ二つに分かれた評価

 

B: 冒頭シーンに出てくるフリジスマート電機のアメリカンドリームを皮肉ったようなコマーシャルと、計画通りトマスに入れ替わったハビエルの実人生をエンディングでダブらせている。冒頭とエンディングは円環的で、これはスペイン語映画の特徴の一つでした。

A: どちらも子供は女の子で、ハビエルの理想の子供はモニカのような愛らしい少女であって、肥満でイジメられっ子のダニではない。「自分にふさわしくない」息子、洗剤の臭いが残る清掃員のマルガも「自分にふさわしくない」妻として、視界から消去してしまっている。本作では、CMのリード「あなたにふさわしい暮らし」La vida que merecesを受け取るために許される限界はどこまでかが問われている。

 

B: 不愉快な映画と感じた観客はスペインでも結構いて、「今までの人生で見たサイテーの映画、否、チョーサイテー」なんていうコメントもあった。

A: 制裁を加える相手が、自分を愚弄した広告会社の面接官、受講生の面前で恥をかかせた教師、規則規則を連呼する受付係ならまだしも、罪があるとは全然思えないトマスに向かったからでしょう。トマスの不運は、何も知らずにハビエルの<我が家>の占拠者になってしまったことだけでした。

 

B: 批評家と観客の乖離はよくあることで、あっち良ければこっちダメ、こっち良ければあっちダメ、両方揃うのは難しい。

A: 批評家は概ねポジティブな評価です。だからマラガ映画祭のセクション・オフィシアルに選ばれたわけでしょう。映画祭が開催されていればプレス会見の様子も伝わってきたのですが、コロナの猛威は収束の兆しもなく、スペインは政治経済文化オール息をひそめています。

 

B: 最後になりましたが、パストール兄弟の簡単なキャリア紹介。

A: ダビ・パストール1978年バルセロナ生れ、監督、脚本家、コロンビア大学の監督マスターコース卒。アレックス・パストール1981年バルセロナ生れ、監督、脚本家、カタルーニャ映画視聴覚上級学校ESCACで脚本を専攻する。上記に紹介した作品の他、ターセム・シンSFアクション『セルフレス/覚醒した記憶』15米、ライアン・レイノルズ、ベン・キングズレー主演)の脚本を二人で執筆している。これは2011年度ハリウッド優秀脚本リスト入りしていたもの。

 

ハビエル・グティエレスのキャリア&フィルモグラフィは、コチラ20190325

マリオ・カサスのキャリア&フィルモグラフィは、コチラ201903030305


『SEVENTEEN セブンティーン』配信開始*ネットフリックス2019年10月29日 17:12

          邦題SEVENTEEN セブンティーン』でネットフリックス配信開始

 

      

    (ダニエル・サンチェス・アレバロ監督、サンセバスチャン映画祭フォトコール)

 

ダニエル・サンチェス・アレバロ(マドリード1970)が6年ぶりに新作Diecisieteを撮るということで、昨年秋のクランクインからご紹介してきました。第67回サンセバスチャン映画祭2019でもセクション・オフィシアル部門で特別上映されました。予告通り先日Netflixのストリーミング配信が開始され、邦題はSEVENTEEN セブンティーン』と、余計な修飾語がつかない原題と同じになりました。監督以下スタッフ&キャスト紹介は既にアップ済みですが、便宜上主なキャストとストーリーだけ再録しておきます。ネタバレ部分を含みます。

 

サンセバスチャン映画祭2019セクション・オフィシアル927日特別上映、バルセロナ限定劇場公開103日、スペイン限定104日、Netflix 配信1018

作品、キャスト、監督キャリア紹介は、コチラ20181029

 

          

         ロラ・コルドンもオベハも現地入りしていた、SSIFFフォトコール) 

 

 SEVENTEEN セブンティーン』(原題Diecisiete2019年、コメディドラマ、99 

キャストビエル・モントロ(エクトル)、ナチョ・サンチェス(兄イスマル)、ロラ・コルドン(祖母クカ)、カンディド・ウランガ(司祭)、イチャソ・アラナ(センター職員エステル)、ホルヘ・カブレラ(センター教官)、チャニ・マルティン(従兄弟イグナシオ)、イニャゴ・アランブル(ドッグシェルター所員ラモン)、マメン・ドチ(裁判官)、カロリナ・クレメンテ(従姉妹ロサ)、アーロン・ポラス(パイサノ)、ハビエル・シフリアン(自動車解体業者)、ダニエル・フステル(ガソリンスタンド員)、パチ・サンタマリア、他

 

ストーリー17歳になるエクトルが少年センターに入所して間もなく2になる。非社交的で他人と上手く関係が結べないエクトルは一人でいるのが好きだ。しかし間もなく社会復帰の日が近づいてきて、動物を利用してのセラピーを受けることになる。ドッグシェルターに保護されたばかりの内気で不愛想な牝犬と出会い心が動く。羊という意味のオベハと名づけてしだいに繋がりをもてるようになる。しかし数ヵ月後オベハはいなくなる、それは飼い主が見つかったからだ。エクトルはこの現実を受け入れることができない。あと2ヵ月で入所期間が終わるというのに、オベハ探しに21回目となる脱走を決心する。連絡を受けた法廷後見人である兄イスマルは、祖母が入所している古い老人施設に潜んでいたを見つけ出す。しかしオベハに執着するエクトル、連れ帰らなければならないイスマルは窮地に陥る。2エクトルは18歳になってしまう、もう少年ではいられない。死にそうな祖母を巻き込んで、三人はオベハ探しの旅に出る。

   

 

     知的で優しく、少し風変わりな、コメディタッチで描く良質の家族再生物語

 

A: 6年のブランクの後メガフォンを手にしたダニエル・サンチェス・アレバロの新作Diecisieteは、サンセバスチャン映画祭SSIFFのセクション・オフィシアル部門でコンペ外とはいえ上映された。ネットフリックス・オリジナル作品が特別上映されるのは本作が初めてだった。SSIFFはカンヌFFのように除外しません。カンヌもお高くとまっているわけではなく法律に縛られています。フランスでもより規模の小さいビアリッツFF やトゥールーズFFでは除外していません。根本的な解決が待たれます。

 

B: 本作もトゥールーズ・シネエスパーニャ2019観客賞を受賞した。フィナーレのシーンを撮るために兄弟喧嘩をさせたり、お迎えが来そうで来ない祖母ちゃんをあっちこっち引っ張りまわした。こんなに笑えるとは予想外で、観客は幸せな気分で席を立つことができたことが受賞に繋がった。

 

A: 映画祭だけでなくネット配信される前にスペイン限定でしたが劇場公開もされた。イサベル・コイシェ『エリサ&マルセラ』と同じケースです。

B: キュアロンROMAローマ』なんか、日本ではネット配信後でさえ複数の映画館で繰り返し上映されました。

A: ネットフリックスも競争相手が複数参入してきた状況から、転換を迫られているという印象を受けます。

 

          

               (スペインでの公開都市名と公開日が入ったポスター)

 

B: SSIFFのインタビューで「共感と分かりやすさ」を心掛けたと語っていた。

A: もっとも難しいのが分かりやすく描くこと、平易とは質が低いことと同じではない。本作に限らず「私の映画は非常に雑多な要素を取り込んでいます。私のホラーヴァクイhorror vacuiは、交差するストーリーを並行させた。そうすることは私に多くのことをもたらした」と本作誕生の経緯を述べていた。

B: ホラーヴァクイというのは、余白があることの恐怖ということですかね。空間があると不安になり、隙間を埋めたくなる。

 

A: 「いいかい、ダニ、同じことが二人の登場人物に、一つのプロット、一つのプロット・ラインをシンプルに物語り、信頼するんだ」と自分に言い聞かせた。それは厳しく困難だったということです。出演者も彼の他の作品と比較すると多くありません。

B: 本作には2つのカウントダウンがあります。一つは弟エクトルHéctor(字幕はヘクトル)が2日後に18歳になってしまうこと、つまり成人として裁かれるということ。もう一つが兄弟の事実上の育ての親である今にも死にそうな祖母を祖父の墓に一緒に葬ってやること。二つとも焦眉の急だ。

 

A: クトルと呼んでるのに字幕はクトル、これじゃギリシャ神話の英雄だね。何はともあれ祖母ちゃん連れで兄弟は生れ故郷に戻ることになる。しかし、そもそもの兄弟の旅の目的は<僕の犬オベハ>の飼い主を探すことだったはず。それが映画の進行とともに微妙にズレていく可笑しさ。兄イスマエルもフツウじゃない、妻マルタと別居しており、寝泊まりしているのが販売中のキャンピングカーなんだから。

B: 弟が兄夫婦のこじれた仲の修復を画策する可笑しさ、いずれエクトルも観客も知ることになるのだが、別居の原因の素がエクトルに関係している。張りめぐらされた伏線の多さに舌を巻く。

 

A: 他人にはイスマエルの内面の葛藤は見えにくいが、エクトルは見抜く。自身以外に関心が向かないエクトルが、捨て犬に興味を示し心を開いていくのも、エクトルが幼かった頃の兄との関係に行き着く。オベハとイスマエルは深いところで重なるのです。

B: それをフィナーレで締めくくる巧みさ、サンチェス・アレバロが愛される所以です。

 

    

       兄弟再生のロード・ムービー――『レインマン』のカンタブリア版

 

A: オールドファンの中にはバリー・レヴィンソン『レインマン』88)を思い出した方がおられるでしょう。ダスティン・ホフマンとトム・クルーズが兄弟を演じたロード・ムービー。

B: 映画の中では語られないが、エクトルはアスペルガー症候群でしょうね。他人とのコンタクトが上手く取れないが、物事の良し悪しは分かる。ただ自分の都合のいいように考える。記憶力は抜群です。

  

A: 皮肉や冗談が理解できない代わり、超能力の持ち主、裁判官から二度と罪を犯さないよう渡された『刑法』の全文を暗記して数字にはめっぽう強い。他の少年のいじめでページを破られると拾い集めてセロテープで貼り合わせる集中力は普通じゃない。監督自身も精神分析を16年間受けていたようですが、その過程で正しい診断がされていない若者が沢山いることを知ったという。彼の場合セラピーはあまり効果がなく、創作することで快方に向かったと語っている。

    

B: 精神状態が最悪だったときに撮ったのが、観客に分かりにくかった『マルティナの住む街』だった。主人公3人の心の悩みが見えにくかった。彼は悩みを克服するために映画を作っている。

A: つまり、兄弟の旅は、結局、監督の旅なんです。一番良かったのは「ビエル・モントロとナチョ・サンチェスの相性の良さ」、悪かったのは「彼らのキャンピングカーに同乗できないこと」なんて記事もありましたが。

   

B: 少し気の早い話ですが、エクトルを演じたビエル・モントロのゴヤ新人賞ノミネーションは確実、演劇界の最高賞マックス賞受賞者のナチョ・サンチェス(アビラ1992)は映画初出演だから新人賞枠だが、ぶつかるから助演でしょうか。受賞はともかく二人のノミネーションは確実です。

     

ビエル・モントロとナチョ・サンチェスの紹介は、コチラ⇒2019年09月29日

 

                     

      (和解できたイスマエルとエクトル、カンタブリア海を見下ろす崖で)

 

A: カンタブリアの風景を撮った撮影監督セルジ・ビラノバもノミネーション確実かな。オベハも3本脚のワンちゃんも訓練されたプロの犬ではなく、家庭で飼われていた犬だそうです。特にオベハは演技力がありました。(笑)

 

     

    (僕の犬オベハと信頼関係を結べるようになったエクトル、映画から)

 

 

   変化していく家族のかたち――祖母ちゃんのセリフは「タラパラ」だけ

 

B: セリフが「タラパラtarapara」だけだったお祖母ちゃん役のロラ・コルドンもとぼけた味を出していた。

A: バレンシア生れ、女優歴50年以上というから80代でしょう。パリやロンドンで暮らしていた時期が長かったそうです。この世代だと少女時代にスペイン内戦に遭遇しているから国外に出た人は多い。舞台女優として出発、映画はフランコ時代の60年代半ばから。TVシリーズが多く、現在では祖母役が殆どだが現役です。ただし映画は久しぶりでしょうか。彼女の出演はキャスティング発表のときから話題になっていた。

B: タラパラは家族にしか通じない単語らしく、「喧嘩しないで」とか「分かったよ」「大丈夫」「ありがとう」など、好きに訳せばいい。エクトル「帰るまで死なないで」、祖母ちゃん「タラパラ(分かったよ)」と。

   

       

   (タラパラ祖母ちゃんに「墓地が見つからないから、まだ死なないでよ」とエクトル)

 

A: 故郷を捨て都会に出て行った人は、故郷では異邦人です。先進国ではどこも似たり寄ったりですが、北スペインには過疎になった村が増えている。監督はマドリード生れですが、イラストレーターで図案家の父親ホセ・ラモン・サンチェスの故郷、カンタブリアのサンタンデールでも過ごしている。カンタブリアへの愛着は強い。

B 3作『マルティナの住む街』の舞台コミーリャスもカンタブリア、ガウディ設計のエル・カプリチョは観光客に人気のレストランになっている。

 

A: 母親は女優のカルメン・アレバロ90年代に両親は離婚していたのですが、デビュー作『漆黒のような深い青』『デブたち』と第4作目のLa gran familia españolaに出演している。離婚後アルゼンチン出身の俳優エクトル・コロメと再婚したので、2015年に亡くなるまで義理の父親であった。

B: 義理の父親の名前がエクトルなんだ。イニャゴ・アランブルが演じたドッグシェルターの責任者が父親と同じラモンだった。

 

 

           テーマの一つは失うこと、負け方を学ぶこと」

 

A: 少年センターの保護司のような役柄だったイチャソ・アラナは、今年のラテンビートで上映される『八月のエバ』のヒロイン、ホナス・トゥルエバ監督の信頼が厚い。こちらの映画もお薦めです。

B 犬を飼うことは「自分自身の感情をコントロールできるようにすること」とエクトルに教えていた。エクトルのような若者の良き理解者の一人。

 

        

    (イニャゴ・アランブル、イチャソ・アラナも参加した、SSIFF 2019927日)

 

A 『マルティナの住む街』に比較すると、セリフの少なさが際立っています。なかで記憶に残るのが「失うこと、負け方を学ぶこと」というセリフでした。何かを失うことで再生ができるというメッセージが伝わってきた。少ないセリフを補うようにナレーションがはいり、当然それは訳されていません。

B: 映像で充分分かりますけど。何はともあれセックスシーンがなくても楽しめることを証明した作品、カンタブリアの海のシーンをスクリーンで見られた方が羨ましい。