イサキ・ラクエスタの新作は西仏合作映画*ベルリン映画祭2022 ― 2022年01月31日 14:48
2015年パリ同時多発テロ〈バタクラン劇場〉襲撃事件の生存者の実話
★イサキ・ラクエスタの新作「Un año, una noche」は、スペインとフランスの合作、両国の若手演技派が集合しました。2015年11月13日の夜、パリ11区にある伝説的なコンサートホール「バタクラン劇場」で起きたISILメンバーによるパリ同時多発テロ事件の一つの実話がベースになっています。事件当夜の生存者ラモン・ゴンサレスの ”Paz, amor y Death Metal” の映画化。襲撃された6ヵ所の死亡者130名のうちバタクラン劇場だけで89名、負傷者300名という最も多い犠牲者を出している。既に6年以上の歳月が流れましたが今でも記憶に残るテロ事件でした。原作者のラモン・ゴンサレスには『BPM ビート・パー・ミニット』(17)のアルゼンチン出身だがフランスで活躍するナウエル・ぺレス・ビスカヤート、そのガールフレンドのセリーヌにフランスの『燃ゆる女の肖像』(19)で主役の画家を演じたノエミ・メルランが扮します。両作ともカンヌFFを沸かせた作品でした。
(撮影中のノエミ・メルランとナウエル・ぺレス・ビスカヤート)
★イサキ・ラクエスタ(ジローナ1975)については、前作『二筋の川』(19、Entre dos aguas)他でご紹介しております。邦題はスペイン映画祭2019(インスティトゥト・セルバンテス東京、6月25日~7月2日)で上映されたときのものです。本作の脚本家で製作者のイサ・カンポと二人のあいだの愛娘揃ってオープニングに来日、Q&Aに参加いたしました。
*『二筋の川』の監督&作品紹介は、コチラ⇒2018年07月25日/2019年07月06日
*『記憶の行方』作品紹介は、コチラ⇒2016年04月29日
(イサキ・ラクエスタとイサ・カンポ、マラが映画祭2016、フォトコール)
「Un año, una noche」(One Year, One Night)
製作:Bambú Producciones / Mr. Fields and Friends / Noodles Production /
La Termita Films
監督:イサキ・ラクエスタ
脚本:フラン・アラウホ、イサ・カンポ、イサキ・ラクエスタ
原作:ラモン・ゴンサレスの ”Paz, amor y Death Metal”
音楽:ラウル・フェルナンデス・ミロ
撮影:イリーナ・リュプチャンスキ
編集:セルジ・ディエス、フェルナンド・フランコ
キャスティング:ピエール・フランソワ・クレアンシエル、ロサ・エステベス
美術:ミケル・フランシスコ、セバスティアン・ゴンデク
衣装デザイン:Alexia Crisp-Jones
メイクアップ:アルマ・カザル、ミロウ・サナー
特殊効果:The Action Unit
製作者:ディエゴ・ポロ、ライア・コル、モニカ・タベルナ
データ:製作国スペイン=フランス、フランス語、2022年、ドラマ、言語フランス語、撮影地バルセロナ、配給Studio Canal、Eurimages 他から資金援助を受けて製作された。
映画祭・受賞歴:第72回ベルリン映画祭2022コンペティション部門
キャスト:ナウエル・ぺレス・ビスカヤート(ラモン)、ノエミ・メルラン(セリーヌ)、キム・グティエレス、アルバ・ギレラ(ルーシー)、ナタリア・デ・モリーナ、C.タンガナ、Miko Jarry、マイク・F. パンフィール(カリム)、ホセ・ハビエル・ドミンゲス(友人)、ジャン=ルイ・ティルバーグ(教育家)、アレックス・モリュー・ガリガ、エドワード・リン(バルのオーナー)、イゴール・マムレンコフ、他
ストーリー:2015年11月13日の夜、パリ11区にある伝説的なコンサートホール「バタクラン劇場」に、武器を携えたISLLジハーディストのテロリスト4人が突然襲撃した。6ヵ所のパリ同時多発テロのうち最大の犠牲者89名を出した。スペイン人のラモン、フランス人のガールフレンドのセリーヌは、生存者としてテロ襲撃のトラウマと闘う人生を生きることになる。ラモン・ゴンサレスの ”Paz, amor y Death Metal” の映画化。Death Metalは当夜出演していたアメリカのロックバンド〈イーグルス・オブ・デス・メタル〉から採られている。
(テロ生存者のラモンとセリーヌ、フレームから)
バタクラン劇場への悲劇的な襲撃からトラウマに直面したカップル
★ラクエスタ監督は、バタクラン劇場への悲劇的な襲撃から1年後の2016年、倫理的な問題、人間関係、トラウマに直面しなければならなかった若いカップルをフォローする本作に取り組んだ。上記のように出演者はスペイン、フランスからキャスティングされている。
★主演のナウエル・ぺレス・ビスカヤートはフランスで活躍しているが、1986年ブエノスアイレス生れ、舞台と映画俳優、国籍はアルゼンチン。映画デビューは2004年から、エドゥアルド・ラスポの「Tatuado」で2005年銀のコンドル新人賞を受賞、ブノワ・ジャコの『肉体の森』(10)出演を機に、その後フランス語を学ぶため3ヵ月パリに留学した。アルゼンチンに戻り、ルイス・オルテガの「Lulú」(14)で、銀のコンドル主演男優賞にノミネートされている。しかし国際的な成功は、カンヌ映画祭2017出品のロバン・カンピヨの『BPM ビート・パー・ミニット』出演でした。本作はグランプリ、国際批評家連盟賞、クィア・パルム他を受賞、従ってカンヌの1作品1賞のルールにより、最優秀男優賞を逃しました。しかし2018年にはセザール新人賞、リュミエール男優賞などを受賞、ヨーロッパ映画賞にもノミネートされ、国際的な名声を手に入れた。
(日本語版のチラシから)
★ノエミ・メルランは、1988年パリ生れ、女優、監督、脚本家。モデルとしてスタートしたが、パリの演劇学校で学んでいる。2011年より女優として活躍しているが、監督として2本の短編を撮った後、既に長編映画にデビューして評価を得ている。ルー・ジュネの『不実な女と官能詩人』(19)、セリーヌ・シアマ監督の『燃ゆる女の肖像』(19)の画家役で女性映画批評家協会WFCC賞、リュミエール女優賞ほかを受賞、ノミネート多数の話題作。長編監督デビュー作「Mi iubita, mon amour」は自作自演、カンヌ映画祭2021でゴールデンカメラにノミネート、サンセバスチャン映画祭のサバルテギ-タバカレラ部門でも上映されている。
(ノエミ・メルラン、『燃ゆる女の肖像』から)
★スペインサイドのキム・グティエレス、ナタリア・デ・モリーナについては度々登場させているので割愛しますが、ミュージシャンのC. タンガナ(本名アントン・アルバレス・アルファロ1990)が俳優デビューを飾ったことが話題になっています。
(C. タンガナ)
★共同脚本家のフラン・アラウホは製作者、脚本家、監督。イサキ・ラクエスタ&イサ・カンポの『記憶の行方』でガウディ賞(作品・脚本)、続く『二筋の川』でも作品賞を受賞している。TVシリーズのヒット作を数多く手掛けており、なかでイサベル・ペーニャ&ロドリゴ・ソロゴジェンの「Antidisturbios」(20)でイリス賞(プロダクション)とペペ・コイラの「Hierro」(19)で脚本賞、他にメストレ・マテオ賞(脚本)を共同で受賞している。
★音楽は『二筋の川』を手掛けたラウル・フェルナンデス・ミロ、撮影監督はフランスの名匠アルノー・デプレシャンの青春映画『あの頃エッフェル塔の下で』(15)のイリーナ・リュプチャンスキ、フィルム編集のセルジ・ディエスは『二筋の川』でガウディ賞を受賞、もう一人のフェルナンド・フランコはデビュー作「La herida」(13)がサンセバスチャン映画祭で審査員特別賞を受賞、翌年のゴヤ賞2014で新人監督賞やフォルケ賞作品賞を受賞するなどしている。スタッフは西仏合作らしく両国の実力者が支えている。
カルラ・シモンの第2作目「Alcarras」*ベルリン映画祭2022 ― 2022年01月27日 11:56
「死にかけている」 家族経営の農業――舞台はリェイダの桃農園
★第72回ベルリン映画祭2022(2月10日~20日)コンペティション部門にノミネートされたカルラ・シモンの新作「Alcarras」は、アマチュアを起用しての今や瀕死の状態にある小さな家族経営の桃農園が舞台です。本作はベルリン映画祭2019開催中に行われた第16回ベルリン共同製作マーケットにおいて、アバロンPC がEurimages Co-production Development 賞(2万ユーロ)を受賞しておりましたので、完成すればコンペティションに選ばれる筋道はたっておりました。受賞のニュースについては既に記事をアップしております。共同製作はイタリアのKino Produczioni で、2018年のトリノ・フィルムラボで賞金8000ユーロを獲得しています。更にカンヌのシネフォンダシオン・レジデンス2019で特別メンションを受賞するなど国際的にも期待が高かったようです。新型コロナウイリス感染拡大によるパンデミックで遅れに遅れましたが、やっと姿を現しました。
*ベルリン共同製作マーケット2019の記事は、コチラ⇒2019年02月24日
(シモン監督と製作者マリア・サモラ、ベルリンFF 2019)
「Alcarras」
製作:Avalon Productora Cinematografica / Vilaut Films / Kino Produczioni / ICEC /
ICAA / TV3 / RTVE / Movistar+ / リェイダ県から15万ユーロの資金提供
監督:カルラ・シモン
脚本:カルラ・シモン、アルナウ・ピラロ
撮影:ダニエラ・カジアスCajías
キャスティング:ミレイア・フアレス
美術:モニカ・ベルヌイ
セット:マルタ・バサコ
衣装デザイン:アンナ・アギラ
プロダクション・マネージメント:ベルナト・リョンチ
音響:エバ・バリニョ
特殊効果:エリック・ニエト
製作者:マリア・サモラ、ステファン・シュミッツ、ジョヴァンニ・ポンピリ、(ライン)エリサ・シルベント、(アシスタント)アルフォンソ・ビリャヌエバ・ガルシア、他
データ:製作国スペイン=イタリア、カタルーニャ語、2022年、ドラマ、120分、撮影地カタルーニャ州リェイダ(レリダ)県のアルカラス、Sucs ほか数ヵ所、期間2021年6月1日~7月末まで、配給フランスMK2
映画祭・受賞歴:第72回ベルリン映画祭コンペティション部門ノミネート、金熊賞受賞。
キャスト:ベルタ・ピポ、ジョセプ・アバド、アルベルト・ボッシュ、カルレス・カボス、Ainet Jounou(アイネト・ジョウノウ)、アンナ・オティン、ジョルディ・プジョル・ドルセト、他アルカラスの農業者やエキストラ多数
ストーリー:長年にわたって桃農園で働いていた一族ソレ家の物語。土地のオーナーが亡くなったことで一族は大きな転機をむかえる。後継者の息子が広大な土地にソーラーパネルを設置するため、桃の木を根こそぎにしたいと思っているからだ。監督の養母の家族が暮らしている〈アルカラス〉をタイトルにした本作は、属している土地と場所についての物語だが、永続的な世代間の衝突、古い伝統の克服、危機に際しての家族の団結の重要性についてのドラマでもある。
(収穫した桃を食べる出演者やスタッフ、2021年夏撮影)
深刻な家族の危機を生み出すジレンマ
★『悲しみに、こんにちは』は監督の自伝的要素が色濃いドラマでしたが、新作も養母の家族が住んでいるアルカラスをタイトルにした、多分に自伝的な要素を含んでいるようです。2020年クランクインが予定されていましたが、新型コロナウイリスのパンデミックで、そもそものキャスティングができず、延期と再開の繰り返しでした。結局1年遅れの2021年の6月1日に撮影が開始されました。というのも完熟した桃が樹にぶら下がっている必要があり、桃の完熟期である夏しか撮影は考えられなかったからです。ビクトル・エリセのドキュメンタリー『パルメロの陽光』(92)の撮影風景が思い起こされます。
★監督は「小さい家族農業は死にかけている」とヨーロッパプレスに語っていますが、土地所有者の後継者である息子が農業部門への投資より、もっと効率の良い太陽光発電事業に変えたいというのも決して非難できません。昨今の地球温暖化対策として再生可能エネルギー事業への投資は悪いことではないはずです。「非常に難しい仕事」と監督も述懐しています。ソレ家の長老である祖父が突然声を失くしてしまうようで、イシアル・ボリャインの『オリーブの樹は呼んでいる』(16、ラテンビート上映)の祖父を思い出してしまいましたが、こちらの舞台はバレンシア州のカステリョンでした。
(桃農園で撮影中のシモン監督)
★デビュー作と大きく異なるのは、プロの俳優を起用しなかったことです。監督は「プロではない俳優と一緒に仕事をするのが好き」と語っていますが、監督の母方の祖父や叔父、2人の従兄たちの協力もあったようです。「彼らは自然や経済をよく知っている人々なのです」と、彼らから多くのことを学んだと語っています。「私の祖父と二人の従兄は、アルカラスで桃農園を経営しています。ここは私の第二の故郷のようなもので、クリスマス、夏のバカンスには必ず訪れています。家族は約10年ほど前に80パーセントの土地を失いました」とトリノ・フィルムラボで製作の意図を語っていた。先進国の農業は、どこでも転換期に差しかかっている。
(言葉を失ってしまう祖父と孫娘)
★監督紹介:1986年バルセロナ生れ、監督、脚本家、フィルム編集、製作者。バルセロナ自治大学オーディオビジュアル・コミュニケーション科卒、その後カリフォルニア大学で脚本と映画演出を学び、ロンドン・フィルム学校に入学、在学中に製作したドキュメンタリーやドラマの短編が評価された。以下にフィルモグラフィーを列挙しておきます。
(デビュー作がゴヤ賞2018監督賞を受賞したカルラ・シモン)
2009年「Women」ドキュメンタリー短編
2010年「Lovers」短編
2012年「Born Positive」ドキュメンタリー短編
2013年「Lipstick」短編
2015年「Las pequeñas cosas」短編
2016年「Llacunes」短編
2017年「Estiu 1993 / Verano 1993」長編デビュー作『悲しみに、こんにちは』
2019年「Después también」短編
2020年「Correspondencia」ドキュメンタリー短編
2022年「Alcarras」長編第2作目
★ドキュメンタリー短編「Correspondencia」は、チリの若手監督ドミンガ・ソトマヨル・カスティリョ(サンティアゴ1985)とのビデオ・レターです。アバロン、TV3製作、言語はスペイン語とカタルーニャ語、モノクロ、19分、2020年ニューヨークFFほか、サンセバスチャンFFサバルテギ-タバカレラ部門、ウィーンFF、国際女性監督FFなどで上映されている。アルゼンチンのマル・デル・プラタ映画祭2020ではラテンアメリカ短編賞を受賞している。シモン監督と同世代のドミンガ・ソトマヨルは、2012年のデビュー作『木曜から日曜まで』が東京国際FFで紹介され、そのレベルの高さに驚かされた。第2作目の「Mar」がベルリンFF2015フォーラム部門にノミネートされた折りに紹介記事をアップしております。
*ドミンガ・ソトマヨル・カスティリョ紹介記事は、コチラ⇒2015年03月04日
(「Correspondencia」のポスター)
カルラ・シモン、イサキ・ラクエスタが金熊を競う*ベルリン映画祭2022 ― 2022年01月23日 16:11
コンペティション部門に2作ノミネートは初めて!
★1月19日、第72回ベルリン映画祭2022のノミネーション発表がありました(2月10日~20日)。カルラ・シモンの第2作め「Alcarras」、イサキ・ラクエスタの第7作め「Un año, una noche」が揃ってセクション・オフィシアルに選ばれました。もともとスペイン映画はベルリンFFを目指している監督が多くないこともあって、同時に2作はニュースです。ノミネーションは2019年のイサベル・コイシェの『エリサ&マルセラ』以来です。コイシェは『死ぬまでにしたい10のこと』(03)、「Nadie quiere la noche」(15)と最多の3回、公開されたラモン・サラサールの『靴に恋して』(02)、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『クローズド・バル』(17)などが記憶に残ります。
★シモンは自伝的なデビュー作「Estiu 1993」(17、『悲しみに、こんにちは』)に続いてのノミネートですが、第1作はコンペではなくジェネレーション K-Plus 部門、グランプリと新人監督賞を受賞するという幸運に浴しました。マラガ映画祭では作品賞を含む5賞、2018年には3個のゴヤ賞、5個のガウディ賞、4個のフェロス賞と続き、国際映画祭の受賞は数えきれず、スペイン映画界に旋風を巻き起こしました。
*『悲しみに、こんにちは』の作品紹介は、コチラ⇒2017年02月22日
(候補作「Alcarras」から)
★一方、来日経験もある「Entre dos aguas」(18、『二筋の川』)のベテラン監督イサキ・ラクエスタは、ベルリンは今回が初めて、ラクエスタといえばゴヤ賞には恵まれませんが、金貝賞3個とサンセバスチャン映画祭の申し子です。新作には『ビート・パー・ミニット』主演のナウエル・ぺレーズ・ビスカヤートを起用しています。いずれ両作とも作品紹介を予定しています。
*『二筋の川』の作品紹介は、コチラ⇒2019年07月06日
(候補作「Un año, una noche」から)
★他のノミネーション18作には、オープニング作品のフランソワ・オゾンの「Peter von Kant」や、イタリアのパオロ・タヴィアーニの「Leonora addio」、ホン・サンスの「The Novelist’s Film」、ボリビア出身だが20年前からメキシコに移住して、フィルム編集や映画製作をしているナタリア・ロペス・ガリャルドのデビュー作「Robe of Gems」(メキシコ、アルゼンチン、米国合作)が、意外な結果を生むかもしれない。目下詳細が掴めませんが麻薬がらみの3人の女性の物語のようです。その他カナダやオーストリアの『パラダイス』三部作のウルリヒ・ザイドルなど鬼才監督の新作が金熊賞を競います。ほかパノラマ部門にもスペイン映画選ばれている。
(ナタリア・ロペスの「Robe of Gems」から)
★金熊栄誉賞にはフランスのイザベル・ユペールがアナウンスされ、授与式は2月15日です。
(イザベル・ユペール)
マティアス・ピニェイロの「Isabella」*ベルリン映画祭2020 ― 2020年03月11日 21:00
マティアス・ピニェイロの「Isabella」はシェイクスピア・シリーズ第5作目
★マティアス・ピニェイロの「Isabella」は、今年新設された「エンカウンター部門」で上映された作品の一つ、スペシャル・メンションを受賞した。前回紹介したカミロ・レストレポ監督とマティアス・ピニェイロの二人は、ノミネーション段階からラテンアメリカの有望な監督として紹介されており、受賞は意外でなかったかもしれない。特にピニェイロ監督は、アテネ・フランセとアップリンク渋谷が共催したミニ映画祭が2014年9月と2017年6月に開催されており、監督来日もあった。「イザベラ」は彼のシェイクスピア・シリーズの第5作目に当たります。四大悲劇の一つ『オセロー』と同じ1604年に発表された『尺には尺を』(「Measure for Measure」)がベースになっている。監督は現在ニューヨーク在住のため、撮影は飛び飛び、2018年1月にクランクインしたものの最終は2019年8月だったそうです。
*「マティアス・ピニェイロ映画祭2017」の記事は、コチラ⇒2020年03月02日
(製作者メラニー・シャピロとマティアス・ピニェイロ、ベルリン2020年2月26日)
★マティアス・ピニェイロ、1982年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、アルゼンチン・ニューシネマの一人。国立映画大学で学び、後に同校で映画史、映画製作について教鞭をとる。2011年ハーバード大学のラドクリフ奨学金を得て渡米、現在は新たにニューヨーク大学の奨学金を受けてニューヨークに軸足をおいている。従ってコペンハーゲン・ドキュメンタリー・ラボでのスペインのロイス・パティーニョとの共同プロジェクトは断念している。
(マティアス・ピニェイロ、2月26日)
★2003年短編デビュー、数年助監督を務めたあと、2007年の「El hombre robado」で長編デビュー、チョンジュ映画祭でグランプリを受賞、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭 BAFICI ではスペシャル・メンションを受賞した。本作は2014年のミニ映画祭で『盗まれた男』の邦題で上映された。主なフィルモグラフィーは以下の通り。
(デビュー作のポスター)
*フィルモグラフィー&主な受賞歴*(邦題は映画祭2017を使用)
2007「El hombre robado」チョンジュ映画祭グランプリ受賞、ラス・パルマスFF第1回作品賞
2009『みんな嘘つき』BAFICIスペシャル・メンション
2010『ロサリンダ』中編43分、シェイクスピア・シリーズ第1作、『お気に召すまま』
2012『ビオラ』シェイクスピア・シリーズ第2作、『十二夜』
BAFICI の国際映画批評家連盟賞FIPRESCI を受賞、バルディビアFF特別審査員賞
2014『フランスの王女』シェイクスピア・シリーズ第3作、『恋の骨折り損』
BAFICIアルゼンチン映画賞、カトリックメディア賞SIGNISなど受賞
2016『エルミア&エレナ』シェイクスピア・シリーズ第4作、『夏の夜の夢』
2020「Isabella」シェイクスピア・シリーズ第5作、『尺には尺を』
ベルリン映画祭2020エンカウンター部門スペシャル・メンション
(以上、他にロカルノやトロント映画祭などのノミネーションは割愛)
「Isabella」2020
製作:Trapecio Cine
監督・脚本:マティアス・ピニェイロ
撮影:フェルナンド・ロケット
編集:セバスティアン・Schjaer
音楽:ガブリエラ・サイドン、サンティ・グランドネ(ン)Grandone
録音:メルセデス・テンニナTennina
プロダクション・デザイン&衣装デザイン:アナ・カンブレ
製作者:メラニー・シャピロ
データ:製作国アルゼンチン、フランス、スペイン語、2020年、ドラマ、80分、撮影地ブエノスアイレス、コルドバ、クランクインは2018年1月、2019年8月にクランクアップ。
映画祭・受賞歴:第70回ベルリン映画祭2020エンカウンター部門(2月26日)スペシャル・メンションを受賞。
キャスト:マリア・ビジャール(マリエル)、アグスティナ・ムニョス(ルシアナ)、パブロ・シガル(ミゲル)、ガブリエラ・サイドン(ソル)他
ストーリー:ブエノスアイレス生れの女優マリエルは、シェイクスピアのコメディ劇『尺には尺を』のヒロイン、イザベラ役の獲得に挑戦している。マリエルはオーディションで何度も、避けられない運命のように、ルシアナを見かけます。ルシアナは影のように振舞うが、同時に彼女を照らし魅了する。シェイクスピア喜劇における女性の役割について、現代の欲望の定義の難しさについて、ピニェイロ映画常連のマリア・ビジャールとアグスティナ・ムニョスが火花を散らす。
(マリア・ビジャールとアグスティ・ムニョス、映画から)
★新作「Isabella」の情報は少なく、シェイクスピア劇『尺には尺を』の知識が若干あったほうが楽しめそうです。マリエル役のマリア・ビジャール(1980)は、ピニェイロ映画には長編デビュー作以来、シェイクスピア・シリーズ全5作は勿論のこと、ほぼ全作に出演している。国立芸術大学演技科卒、同窓にマリア・オネットやリカルド・バルティスがいる。カルメン・バリエロがコーディネートする音楽グループのメンバー、他監督作品ではアレホ・モギジャンスキーの話題作「La vendedora de fosforos」やハビエル・パジェイロの「Respirar」に出演しているほか、舞台女優としても活躍している。同じくピニェイロ映画出演の多いロミナ・パウラとは親しく、最近彼女は監督デビューも果たした。
*ロミナ・パウラの紹介記事は、コチラ⇒2019年09月10日
★もう一人の主演者、ルシアナ役のアグスティナ・ムニョスは、女優、舞台演出家、劇作家と才色兼備。女優としては、2005年イネス・デ・オリベイラ・セサルの「Cómo pasan las horas」で映画デビュー、「Extranjera」ほか同監督の作品に出演、マティアス・ピニェイロとのコラボはシェイクスピア・シーリーズ第1作からすべてに出演している。第2作目『ビオラ』ではマリア・ビジャールやロミナ・パウラとBAFICIの最優秀女優賞を一緒に受賞している。他監督作品では、サンティアゴ・パラベシノの「Algunas chicas」が第70回ベネチア映画祭で上映され、監督と共演者たちと現地入りした。
(アグスティナ・ムニョス『フランスの王女』から)
(共演者アゴスティナ・ロペス、パラベシノ監督、ムニョス、ベネチアFFフォトコール)
★他にペパ・サン・マルティンの「Rara」に主演、本作は第66回ベルリン映画祭2016のゼネレーションKplus部門にエントリーされ審査員賞、ハバナFF特別審査員賞、バルデビアFF観客賞、サンセバスチャンFFホライズンズ・ラティノ部門グランプリを受賞した。ストーリーは2人の娘がいる女性とパートナーの4人家族、普通に見えながらフツーでないのはパートナーも女性であるから。主役が子供たち、特に長女の視点で語られる。
(サンセバスチャンFF「ホライズンズ・ラティノ」グランプリ受賞作「Rara」から)
★ピニェイロ監督によると、第5作目に『尺には尺を』を選んだのは「女性を主役にして映画を撮る場合、シェイクスピアの喜劇はテーマが豊富だからだが、原作はコメディの要素が少なく問題劇の要素を持っているので、トーンを変えるのに適切だった」と語っている。さらに「一般的に悲劇は男性の権力を取り扱っているが、コメディは女性たちの英知が物を言うからです」とも語っている。イザベラは修道院で修練者として暮らしている。ところが兄が婚前交渉で恋人を妊娠させてしまい裁判官から死刑の宣告を受けてしまう。正義、慈悲、真実、プライドと屈辱が語られる。罠がかけられて、結局兄は助かるが大団円とは違うようです。
(自作を紹介するマティアス・ピニェイロ監督、2月26日)
★2013年、シェイクスピア・シリーズの第2作目『ビオラ』でベルリン映画祭のフォーラム部門に参加している。「今回はカルロ・チャトリアンやマーク・ペランソンの手に委ねられたエンカウンター部門にノミネートされた。とても興味をそそられる部門で興奮している。受賞というのは少し審査員の独断もはいるから、3人とか5人とかの人が決める一種の福引のようなものです」と受賞前に語っていましたが、運よく当たりました。またアルゼンチンでは独立系の映画が映画館に届くことは難しく、1週間とか10日間とか日数を限ってラテンアメリカ・アート美術館や国立映画協会の映写室で限定上映をしてもらっているということでした。
(元ロカルノ映画祭ディレクターのカルロ・チャトリアンと監督、2月26日)
(プログラミング主任のマーク・ペランソンと監督)
(スペシャル・メンションの受賞スピーチをするメラニー・シャピロ、2月29日)
第1回作品賞はコロンビアのカミロ・レストレポ*ベルリン映画祭2020 ― 2020年03月05日 17:09
カミロ・レストレポの長編デビュー作「Los conductos」
(ピンキー役のルイス・フェリペ・ロサ)
★新設された「エンカウンター部門」(15作品)は、話題作が多かったことで観客にも評判がよかった。今年の第1回作品賞は同部門にエントリーされていたカミロ・レストレポの「Los conductos」(コロンビア、ブラジル、フランス)が受賞した。全セクションから選ばれるから結構大きな賞になります。レストレポはコロンビア北西部アンティオキア県都メデジン出身の監督、脚本家、編集者、メデジンは首都ボゴタに次ぐ大都市だが、かつては麻薬密売の中心地として有名だった。キャリア紹介は後述するが、短編数本撮った後、主演に新人2人を起用した長編第1作で、第1回作品賞を受賞した。
(トロフィーを手にしたカミロ・レストレポ、ベルリン映画祭2020、2月29日ガラ)
「Los conductos」2020
製作:5 a 7 Films / If You Hold a Stone / Mutokino
監督・脚本・編集:カミロ・レストレポ
音楽:アーサー・B・ジレットArthur B. Gillette
撮影:Guillaume Mazloum
録音:Mathieu Farnarier、ホセフィナ・ロドリゲス
製作者:エレナ・オリーブ、フェリペ・ゲレーロ、マルティン・ベルティエ、(以下共同製作者)グスタボ・ベック、アンドレ・ミエルニク
(左から、アンドレ・ミエルニク、エレナ・オリーブ、レストレポ監督、
グスタボ・ベック、ベルリナーレ2020フォトコール)
データ:製作国コロンビア、ブラジル、フランス、スペイン語、2020年、ドラマ、70分、
映画祭・受賞歴:ベルリン映画祭2020エンカウンター部門正式出品、第1回作品賞受賞、以後、リトアニアのスプリング映画祭(3月19日上映)、米国ニュー・ディレクター/ニュー・フィルム(3月28日)がアナウンスされている。
キャスト:フェルナンド・ウサガ・イギタ(デスキーテ)、ルイス・フェリペ・ロサの(ピンキー)
ストーリー:逃亡中のピンキーの物語。夜になると街路は黙示録のにおいが充満して来るのは、町が火に包まれているからだろうか。麻薬は地下水と空気を通して渦を巻いている。ある<パードレ>に導かれたセクトの手から解放され、自分の運命を自らの手に委ねる決心をする。彼は今、塗料やスローガン、プレス機が散乱する不法なシャツ工場の中に隠れています。ピンキーには、トンネルの先の明かりが見えていますが、ゴーストに追い詰められています。彼は自分の人生のために走っています。コロンビアは火に包まれていますが、生きています。ネオ・ドキュメンタリー作品。
本当に和平は調印できたのか――コロンビア内戦の傷痕と希望が語られる
★カミロ・レストレポは、1975年メデジン生れの監督、脚本家、編集者。1999年以来パリに軸足をおいている。映画研究所L'Abominable のメンバー。2011年「Tropic Poket」で短編デビュー、2015年の「La impresión de una guerra」(26分「Impression of a War」)が第68回ロカルノ映画祭短編部門の銀豹賞を受賞、続く2016年「Cilaos」(13分、仏)も同賞を受賞した。「La bouche」(19分「The Mouth」)がカンヌ映画祭2017「監督週間」のイリー短編映画賞部門にノミネートされ、その後ヒホン映画祭2017ではアストゥリアス賞を受賞した。長編同様、短編も内容が重く、特に最後の短編は娘婿に娘を殺害された父親のリベンジが語られている。
(銀豹受賞の「La impresión de una guerra」のポスター)
(銀豹受賞の「Cilaos」のポスター)
(第69回ロカルノ映画祭2016の銀豹のトロフィーを手にしたカミロ・レストレポ)
★ストーリーからも想像できるように物語はヘビー、コロンビア内戦が国民に残した傷痕は、何代にもわたって癒えることがないでしょう。製作者の一人、フェリペ・ゲレーロはデビュー作「Osculo animal」(16)の監督、脚本家、編集者、レストレポと同世代の1975年生れ。今回は製作にまわったが、本作も数々の受賞歴をもつ作品、テーマはコロンビアにはびこる暴力ラ・ビオレンシアを取り扱っている。もう一人の製作者、マルティン・ベルティエは、五十嵐耕平&ダミアン・マニヴェルの『泳ぎすぎた夜』(17、無声、日仏合作)の製作者の一人、第74回ベネチア映画祭に出品され、翌年劇場公開されている。撮影監督の Guillaume Mazloum は、「Cilaos」も手掛けている。
*「Osculo animal」の紹介記事は、コチラ⇒2016年03月19日
★キャスト陣については、今のところ情報を入手できていませんが、IMDbでは主演者2人とも本作がデビュー作のようです。フェルナンド・ウサガ・イギタが演じる「デスキーテ」は仕返しあるいは報復という意味です。
(長編「Los conductos」から)
金熊賞はイランのモハマド・ラスロフ*ベルリン映画祭2020 ― 2020年03月02日 17:40
コロンビアのカミロ・レストレポの「Los conductos」が第1回作品賞を受賞
(金熊賞のトロフィーを手にしたバラン・ラスロフとプロデューサー)
★第70回ベルリナーレがあっという間に閉幕してしまいました。金熊賞は下馬評通りイラン映画「There is No Evil」のモハマド・ラスロフ監督の手に渡りました。とはいえ例のごとく監督は政府により拘留中で出国できず、2人のプロデューサーと監督の娘で女優のバラン・ラスロフが登壇して受け取りました。第2席に当たる特別審査員賞(銀熊賞)には、エリザ・ヒットマンの「Never Rarely Sometimes Always」が受賞、「これがベルリナーレかな」と感じたことでした。
(特別審査員賞のエリザ・ヒットマン)
★コンペティション部門のスペイン語映画は、ナタリア・メタの第2作「El prófugo」(アルゼンチン=メキシコ)1作のみでしたが無冠でした。パノラマ部門、フォーラム部門を見回しても、大きな賞に絡む作品はなく、全セクションを通じて選ばれるオペラ・プリマの第1回作品賞に、コロンビアの監督カミロ・レストレポの「Los conductos」(コロンビア=ブラジル=仏)が受賞、副賞の5万ユーロをゲットしました。批評家のあいだでは注目されていた作品でした。
(カミロ・レストレポ監督)
★映画の新たな可能性を模索するのが目的で新設されたエンカウンター部門(今年は15作品)で上映されたアルゼンチンのマティアス・ピニェイロの「Isabella」がスペシャル・メンションを受けました。作家性の強いアート作品を撮る監督で、日本でもコアなファンが多い。2017年にはアップリンク渋谷とアテネ・フランセ文化センター共催の「マティアス・ピニェイロ映画祭」が開催され、監督も来日してファンのQ&Aに応じている。当時最新作であった『エルミア&エレナ』(16)を含めて5作が字幕付きで上映されるというミニ映画祭でした。「イザベラ」は彼のシェイクスピア劇シリーズの第5作目に当たり、喜劇「Measure for Measure」がベースになっている。邦訳としては野上弥生子の『尺には尺を』が有名だが、木下順二訳の『策には策を』もある。かつては喜劇に分類されていたが、現在では問題劇なのではないかと言われている。筋が込み入って必ずしもハッピーエンドではない。本作はもう少し情報が欲しいところですが、いずれ監督インタビューなどをご紹介したい。相変わらずフェルナンド・ロケットの映像が素晴らしい。主演は常連のマリア・ビジャールとアグスティナ・ムニョス。
(左マリア・ビジャール、アグスティナ・ムニョス)
(右から2人目がマティアス・ピニェイロ監督、ビエンナーレ2020フォトコール)
ピラール・パロメロの第1作「Las niñas」――90年代スペインを覆う社会的な陰
★フォーラム部門の「Tagesspiegel Readers審査員賞」を受賞したのがウルグアイはモンテビデオ生れのアレックス・ピペルノ監督デビュー作「Chico ventana también quisiera tener un submarino」(「Window Boy Would Also Like to Have a Submarine」ウルグアイ=アルゼンチン=ブラジル=オランダ=フィリピン合作)という長たらしいタイトルの映画、ジャンルはコメディ、ファンタジー、ロマンスです。船員の主人公が船室のドアを開けるとフィリピンの村に入り込むというわけで、スペイン語以外にフィリピン語も話される。これは心惹かれる作品、アップしたい。
(船室のドアの向こうは・・・映画から)
★同じフォーラム上映だが賞には絡めなかった、スペインの若い監督3人の作品。まずガリシア出身のロイス・パティニョの「Lúa vermella」、ビルバオ出身のハビエル・フェルナンデス・バスケスの「Anunciaron tormenta」、最後がセウタ出身のイレネ・グティエレスの「Entre perro y lobo」の3作。
(「Lúa vermella」から)
(「Anunciaron tormenta」から)
(「Entre perro y lobo」から)
★その他「ゼネレーションKplus」でピラール・パロメロの「Las niñas」が上映された。1992年のサラゴサが舞台、宗教学校に通う父親を知らない11歳の少女セリアが主人公、シングルマザーとしてセリアを育てている母親にナタリア・デ・モリーナ、セリア役のアンドレア・ファンドスの演技が評判になっている。カルラ・シモンの『悲しみに、こんにちは』(17)を製作した、バレリー・デルピエールが手掛けている。
(母親役のナタリア・デ・モリーナとセリア役のアンドレア・ファンドス)
★ヒラリー・クリントンの半生を描くドキュメンタリーが特別上映され、ヒラリー自身も現地入りして、混迷を深める民主党大統領候補選びに言及するなど、ヒラリー人気は依然として高い。ドキュメンタリーのプロモーションのみならず、民主党の宣伝にも尽力していました。評判がイマイチだったサリー・ポッターの「The Roads Not Taken」に主演しているハビエル・バルデムもニューヨークから現地入り、プレス会見では現在撮影中のTVシリーズ、メキシコ征服のエルナン・コルテス役についても語ったようです。
(ヒラリー・クリントン)
(お疲れ気味のハビエル・バルデム)
(ハビエル・バルデムとその娘を演じるエル・ファニング、映画から)
ナタリア・メタの第2作「The Intruder」*ベルリン映画祭2020 ― 2020年02月27日 08:48
ベルリン映画祭2020開幕、アルゼンチンからサイコ・スリラー
★2月9日から始まっていたベネチアのカーニバルが途中で中止になりましたが、2月20日、ベルリン映画祭2020は開幕しました(~3月1日)。ドイツも新型コロナウイルスが無縁というわけではありませんが予定通り開幕しました。ドイツは19日、フランクフルト近郊のハーナウで起きた連続銃乱射事件で8名の犠牲者がでたりと、何やら雲行きがあやしい幕開けでした。天候もあいにくの雨続きのようですが既に折り返し点にきました。
(左から、セシリア・ロス、ナタリア・メタ、エリカ・リバス)
(出演者とメタ監督、ベルリン映画祭2020、フォトコールにて)
★コンペティション部門18作のうち、スペイン語映画はアルゼンチン=メキシコ合作の「El prófugo」(映画祭タイトルは英題「The Intruder」)1作のみです。監督は『ブエノスアイレスの殺人』(ラテンビート2014)のナタリア・メタの第2作目です。ある外傷性の出来事によって現実に起きたことと想像上で起きたことの境界が混乱している女性の物語、悪夢や現実の概念の喪失がテーマのようですが、審査委員長ジェレミー・アイアンズ以下審査員の心を掴むことができるでしょうか、ちょっと難しそうですね。
*『ブエノスアイレスの殺人』の作品&監督紹介は、コチラ⇒2014年09月29日/11月01日
(ナタリア・メタ、プレス会見にて)
「El prófugo」(英題「The Intruder」)2020
製作:Rei Cine / Barraca Producciones / Infinity Hill / Picnic Produccionas / Piano / Telefe
監督・脚本:ナタリア・メタ
原作:C. E.フィーリング「El mal menor」(1996年刊)
撮影:バルバラ・アルバレス
音楽:Luciano Azzigotti
編集:エリアネ・カッツKatz
視覚効果:ハビエル・ブラボ
製作者:ベンハミン・ドメネチ、サンティアゴ・ガジェリGallelli、マティアス・ロベダ、他
データ:製作国アルゼンチン=メキシコ、スペイン語、2020年、サイコ・スリラー、90分、撮影地ブエノスアイレス、メキシコのプラヤ・デル・カルメン、他。ベルリン映画祭2020コンペティション部門でワールド・プレミア。
キャスト:エリカ・リバス(イネス)、セシリア・ロス(母マルタ)、ナウエル・ぺレーズ・ビスカヤート(アルベルト)、ダニエル・エンドレル(レオポルド)、アグスティン・リッタノ(ネルソン)、ギジェルモ・アレンゴ(マエストロ)、他
ストーリー:女優のイネスは歌手として合唱団で歌っている。パートナーのレオポルドと一緒に出掛けたメキシコ旅行で受けたひどい外傷性の出来事により、現実に起きたことと想像上のことの境界が混乱するようになり、悪夢と日常的に襲ってくる反復的な音に苦しんでいる。イネスはコンサートのリハーサルで若いアルベルトと知り合うまで母親マルタと暮らしていた。彼とは問題なく過ごしているようにみえたが、ある危険な予感から逃れられなかった。夢からやってくるある存在が、彼女の中に永遠に止まりたがっていた。 (文責:管理人)
豪華なキャスト陣を上手く泳がすことができたでしょうか
★主役イネスにエリカ・リバス(ブエノスアイレス1974)は、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(14)で、結婚式当日に花婿の浮気を知って逆上する花嫁を演じた。若い女性役が多いが実際は既に40代の半ば、銀のコンドル賞(助演『人生スイッチ』、女優賞「La luz inncidente」)、スール賞、クラリン賞、マルティン・フィエロ賞、イベロアメリカ・プラチナ賞などを受賞、映画以外にもTVシリーズ出演は勿論のこと、舞台でも活躍しているベテランです。フォード・コッポラのモノクロ映画『テトロ』(09)、サンティアゴ・ミトレの『サミット』(17)では、リカルド・ダリン扮するアルゼンチン大統領の私設秘書を演じた。2作ともラテンビート映画祭で上映されている。
(母親役のセシリア・ロスとエリカ・リバス、映画から)
★イネスの恋人レオポルドには監督デビューも果たしたダニエル・エンドレル(モンテビデオ1976)が扮した。ウルグアイとアルゼンチンで活躍、『夢のフロリアノポリス』のアナ・カッツ監督と結婚している。アドリアン・カエタノの『キリング・ファミリー 殺し合う一家』(17)他で何回かキャリア紹介をしている。彼も銀のコンドル賞、スール賞以下、アルゼンチンのもらえる賞は全て手にしている。
*キャリア&フィルモグラフィーの紹介は、コチラ⇒2017年02月20日/04月09日
(レオポルド役のダニエル・エンドレル、映画から)
★イネスの新しい恋人アルベルト役のナウエル・ぺレーズ・ビスカヤート(ブエノスアイレス州1986)は、アルゼンチンとフランスで活躍している(スペイン語表記ナウエル・ペレス・ビスカヤルト)。ロバン・カンピヨの『BPMビート・パー・ミニット』(17)がブレイクしたので、フランスの俳優と思っている人が多いかもしれない。彼自身もセザール賞やルミエール賞の男優賞を受賞したことだし、公開されたアルベール・デュポンテルの『天国でまた会おう』(17)もフランス映画だった。最初は俳優になるつもりではなかったそうですが、2003年アドリアン・カエタノのTVミニシリーズ「Disputas」に17歳でデビュー、2005年にはエドゥアルド・ラスポの「Tatuado」で銀のコンドル新人賞を受賞している。アルゼンチンではTVシリーズ出演がもっぱらだが、トロント映画祭2014年で上映されたルイス・オルテガの「Lulú / Lu-Lu」に主役ルカスを演じた。2016年に公開されるとヒット作となり、彼も銀のコンドル賞にノミネートされた。家庭の愛をうけることなく成長した車椅子のルドミラLudmiraとルカスLucasの物語、タイトルは二人の名前から取られた。
(アルベルト役のナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)
(アルベルトとイネス、映画から)
★ラテンアメリカ映画、特にラプラタ地域では悪夢や分身をテーマにすることは珍しくない。さらに特徴的なのが <移動> した先で事件が起きること。本作でも主人公はアルゼンチンからメキシコに旅行している。資金調達のために合作が当たり前になっているラテンアメリカでは都合がいい。原作はブエノスアイレス市内で起きた事件なのに、舞台をスペイン北部に移してしまう作品だって過去にはあった。賞に絡むことはないかもしれないが、『ブエノスアイレスの殺人』の監督、ナタリア・メタの第2作ということでご紹介しました。
ベルリン映画祭2019落穂拾い&米アカデミー賞結果発表 ― 2019年02月25日 15:37
金熊賞はイスラエルのナダブ・ラピドの「Synonymes」
★落穂拾いで金熊賞もなんですが、イスラエルのナダブ・ラピドの「Synonymes」(仮題「シノニムズ」仏・イスラエル・独の合作)が受賞しました。1975年テルアビブ生れ、母親のエラ・ラピドが息子の作品の編集を手掛けている。フランスに帰化したいイスラエル人の若者が、国情の違いに呻吟する日常を皮肉たっぷりに描いた映画ということです。
(審査委員長ジュリエット・ビノシュからトロフィーを受取るナダブ・ラピド)
★審査員グランプリ(銀熊)は、フランソワ・オゾンの「By The Grace of God」でした。フランスのカトリック教会が長年にわたって組織的に黙認というか隠蔽してきた児童性的虐待事件がテーマ。子供のときに受けた性的虐待を大人になった当事者たちが集団で教会を告発した実話に基づいている。現在も裁判が続行中ということです。オゾン監督としては珍しいテーマではないでしょうか。スペインでも宗教系の男子校マリスト会に通っていた人たちが、子供のときに受けた性的虐待を親にも信じてもらえず、人生を台無しにされた当事者たちが重い口を開きはじめている。シリーズ・ドキュメンタリー『良心の糾明:聖職者の児童虐待を暴く』(Netflix)で見ることができる。現在では教会が事実を認め謝罪しているが、バチカンを悩ませている性的虐待は今後とも告発が続くのではないでしょうか。
★男優賞・女優賞(銀熊)は中国のワン・シャオシュアイの「So Long, My Son」(「地久天長」『さらば、息子よ』)、一人っ子の息子を失った夫婦を演じた、ヨン・メイとワン・ジンチェンが揃って受賞しました。3 時間にも及ぶ長尺らしく覚悟して見る必要がありそうです。イサベル・コイシェの「Elisa y Marcela」に出演したナタリア・デ・モリーナの受賞を期待していましたが残念でした。
★「ジェネレーションKplus」部門の短編部門に出品されていたカルロス・フェリペ・モントヤ「El tamaño de las cosas」(12分、コロンビア)が、短編賞国際審査員特別賞スペシャル・メンションに選ばれました。他に漏れがあるかもしれませんが、そろそろ終りにします。
『ROMA/ローマ』が下馬評通り外国語映画賞を受賞しました!
★映画賞しんがりの米アカデミー賞2019も終わりました。これで大きな2018年度の映画賞は終了したことになります。作品賞は下馬評通りジム・バーク、チャールズ・B・ウェスラー他の『グリーンブック』、作品賞と外国語映画賞にダブルノミネートされていたアルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』は、これまた下馬評通り後者を受賞しました。プロデューサーのガブリエラ・ロドリゲスは、初参加初受賞でした。キュアロンは他に監督賞・撮影賞も受賞しましたから上出来ではなかったでしょうか。是枝裕和監督も細田守監督も参加することに意味ありとなり、短編映画賞にノミネートされていたロドリゴ・ソロゴジェンの「Madre」(「母」19分)も残念賞でした。
(外国語映画賞を受賞したアルフォンソ・キュアロン)
カルラ・シモンの第2作「Alcarras」*ベルリン映画祭2019 ― 2019年02月24日 17:37
アバロンPC がベルリナーレ共同製作マーケットのEurimages de Desarrollo賞受賞
★第16回「ベルリナーレ共同製作マーケット」でカルラ・シモンの第2作目「Alcarras」を製作するアバロン Avalon PC が Eurimages de Desarrollo 賞を受賞しました(副賞20,000ユーロ)。第16回というわけで結構歴史があるようですが、今回初めて知りました。Eurimages は映画産業に携わるヨーロッパ諸国の共同製作、配給、上映のための欧州評議会(1949年設立の国際機関)基金です。受賞者アバロンPCは、直近のではシモン監督の『悲しみに、こんにちは』(17)、カルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』(13)、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『メッシ』、Netflix配信や海外作品、例えばカンヌ映画祭のグランプリ受賞作品ロバン・カンピヨの『BPMビート・パー・ミニット』やパルム・ドールを受賞したリューベン・オストルンドの『ザ・スクエア思いやりの聖域』などにも共同製作しており、スペインでは老舗の制作会社です。
(『悲しみに、こんにちは』の監督と製作者バレリー・デルピエール、ベルリンFF2017)
★カルラ・シモンは、前作『悲しみに、こんにちは』の成功後、新作「Alcarras」の資金作りに奔走していたが、アバロンPCが前作同様手掛けることになった。新作は2018年11月 TorinoFilmLab トリノフィルムラボ・フェスティバルの ScriptLabtima プログラム最優秀プロジェクトに選ばれている(副賞8,000ユーロ)。更にカンヌ映画祭の「シネフォンダシオン部門」にも選ばれ、10月から4ヵ月間、脚本完成のための専門的な助言を受けられる予定。下の写真は前作のエグゼクティブ・プロデューサーだったマリア・サモラ、新作をプロデュースします。
(カルラ・シモンと製作者のマリア・サモラ)
★どんなストーリーかというと、2008年真夏、カタルーニャ西部リェイダ(西語レリダ)のアルカラスの小さな村は、あたり一面に桃畑が広がっている。ちょうど桃の収穫の季節で、ソレの家族も揃って今年が最後となる取り入れに専念している。祖父が無口になっていたが誰も本当のことは分からなかった。祖父母、伯父伯母、従兄弟、甥姪たちが混乱に陥る一族の姿を、子供や若者たちの目をとして描いている。
(収穫した桃を食べる新作の出演者一同)
★シモン監督の祖父母は2人の息子とカタルーニャの果樹園で桃を育てていた。その土地は監督にとって第二の故郷と言うべきところで、クリスマスや夏季休暇はそこで過ごした。10年ほど前、大農場ビジネスが進出して、桃畑の80%を失った。前作同様自伝的な要素が土台となっているようです。エキストラを含めてキャストはオール土地のアマチュアが演じている由。脚本は監督とArnau Vilaró アルナウ・ビラロとの共同執筆、まだIMDbにアップされていませんので詳細はこれからです。
短編銀熊賞にアルゼンチンの「Blue Boy」*ベルリン映画祭2019 ― 2019年02月21日 17:20
マヌエル・アブラモヴィチの短編「Blue Boy」が銀熊賞
★短編部門の銀熊賞と審査員賞を受賞した「Blue Boy」(19m)の監督マヌエル・アブラモヴィチ(ブエノスアイレス、1987)は、ドキュメンタリーの監督、脚本家、撮影監督、製作者。ブエノスアイレスの国立映画制作学校卒、撮影監督としてそのキャリアをスタートさせている。サンセバスチャン映画祭2018(SSIFF)「サバルテギ-タバカレラ」部門でご紹介したロラ・アリアスの「Teatro de guerra」で撮影を手掛けました。本作によりイベロアメリカ・フェニックス賞2018の撮影賞にノミネートされています。先にベルリン映画祭「フォーラム」部門でワールドプレミアされ、エキュメニカル審査員賞とC.I.C. A.E.アート・シネマ賞の受賞作でもありました。
*「Teatro de guerra」の作品紹介は、コチラ⇒2018月08月05日
★マヌエル・アブラモヴィチが国際舞台に登場したのは、2013年の短編ドキュメンタリー、カーニバルのクイーンになりたい少女を追った「La Reina」(19m「The Queen」)で、監督、撮影、脚本、製作のオールランドを担当、多くの国際映画祭で短編賞を受賞しました。うち代表的なものは、アブダビ、フライブルク、グアダラハラ、ハンプトン、カルロヴィ・ヴァリ、ロスアンゼルス、シアトルほか、各映画祭で短編ドキュメンタリー賞を受賞しました。
★長編ドキュメンタリーの代表作は、第67回ベルリン映画祭2017「ジェネレーション14plus」に出品された「Soldado」(72m「Soldier」)、上記の「Teatro de guerra」同様SSIFFの「サバルテギ-タバカレラ」部門に出品されました。コロンビアのカリ映画祭で審査員特別賞、マル・デル・プラタ映画祭でFIPRESCIを受賞。軍事独裁から民主化されて30数年、戦争のないアルゼンチンで志願兵士になるとはどういうことか、という青年を追ったドキュメンタリー。
★『サマ』(17)撮影中のルクレシア・マルテル監督の姿を追ったドキュメンタリー「Años luz」(72m「Light Years」)は、ベネチア映画祭2017ドキュメンタリー部門に出品され、Venezia Classici Awardにノミネートされた。『サマ』もコンペティション外ではありましたが出品された。アブラモヴィチによると「『サマ』撮影中のマルテル監督を主人公にしたドキュメンタリーを撮るアイデアをメールしたら」、マルテルから「私が主人公になるの?」と返ってきた。最初は俳優にあれこれ指示している監督を誰が見たいと思うかと乗り気でなかった。マルテルは凝り性で『サマ』も大幅に遅れ、春の一大映画イベントのカンヌには間に合わなかった。彼女がどの部分に拘り、どんな方法で撮るかは、アブラモヴィチだけでなく後進の映画作家には参考になったのではないか。『サマ』出演のダニエル・ヒメネス=カチョ、ロラ・ドゥエニャスなども登場する。
(中央がマルテル、左側にサマ役のダニエル・ヒメネス=カチョ)
★今回受賞した「Blue Boy」の舞台はドイツの首都ベルリン、まだIMDbにはアップされていないので詳細はアップできないが、ベルリンにあるバー「ブルー・ボーイ」でセックス・サービスを稼業にしている、ルーマニア出身の7人の青年たちを追ったドキュメンタリー。彼らはビジネスや旅行で訪れるお客様を満足させるために役者に変身する。彼らの目は鏡のように私たちの社会を照射する。セックス労働者の自立、都会の孤独が語られるようです。(字幕英語)
監督・撮影・製作:マヌエル・アブラモヴィチ、
メイン・プロデューサー:Bogdan Georgescu
録音:フランシスコ・ペデモンテ
キャスト:フローリン、ラズヴァン、ステファン、マリウス、ミハイル、ラファエル、ロベルト
(左から、短編銀熊賞のマヌエル・アブラモヴィチと製作者Bogdan Georgescu)
(誰か同定できないが出演者の青年、映画から)
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