シモン・メサ・ソトの「Un poeta」が「ある視点」に*カンヌ映画祭2025 ― 2025年05月14日 17:11
コロンビア映画「Un poeta」はシモン・メサ・ソトの長編2作目

★「ある視点」にノミネートされたシモン・メサ・ソトの「Un poeta」は、最初のアナウンスにはなく追加発表の中にありました。コロンビア映画がノミネートされるのは、2015年のホセ・ルイス・ルヘレスの戦争の不条理を描いた「Alias Maria」以来となります。コロンビア内戦中に女性兵士となったマリアの物語でした。話題になっていたハリウッド女優クリステン・スチュワートのデビュー作も同時にノミネートされました。20作を越えましたのでもう追加はないと思います。同じハリウッド女優のスカーレット・ヨハンソンもノミネートされていますので、今年はコンペティション部門よりこちらのほうが面白そうです。もともと「ある視点」のほうが大物監督がいないだけ意外性のある力作が多く、楽しみにしているシネマニアが多い。

(新作「Un poeta」の主人公オスカル・レストレポ役のウベイマル・リオス)
★シモン・メサ・ソトは、短編「Leidi」(16分、イギリス合作)がカンヌ映画祭2014のパルムドールを受賞しており、その節、作品&監督キャリアを紹介しています。また短編「Madre」(14分、スウェーデン合作)もカンヌにノミネート、長編デビュー作「Amparo」は、カンヌ併催の「批評家週間」にノミネートされ(女優賞受賞)、その後カルロヴィ・ヴァリ、リマ、イスラエル、トロント、サンセバスチャンなど各映画祭に出品され、着実に地歩を固めています。タイトルの「レイディ」も「アンパロ」もヒロインの名前です。タイトルが1語なのも歓迎です。
*「Leidi」の作品&監督キャリア紹介記事は、コチラ⇒2014年05月30日
*「Madre」の作品&監督キャリア紹介記事は、コチラ⇒2016年05月12日
*「Amparo」の作品紹介記事は、コチラ⇒2021年08月23日

(短編パルムドール受賞の「Leidi」)

(長編デビュー作「Amparo」)
「Un poeta / A Poet」
製作:Ocúltimo / Medio de Contención Producciones(コロンビア)/
Das kleine Fernsehspiel ZDF/ARTE /Ma ja de Fiction(ドイツ)/
Film i Väst / Momento Film(スウェーデン)
監督・脚本:シモン・メサ・ソト
音楽:マッティ・バイ
撮影:フアン・サルミエント G.
編集:リカルド・サライヴァ
キャスティング:ジョン・ベドヤ
製作者:フアン・サルミエント G.、マヌエル・ルイス・モンテアレグレ、シモン・メサ・ソト(以上コロンビア)、(共同プロデューサー)カタリナ・ベルクフェルト、ヘイノ・デッカート(以上ドイツ)、デビッド・ハーディーズ、マイケル・クロトキェフスキ(スウェーデン)
データ:製作国コロンビア=ドイツ=スウェーデン、2025年、スペイン語、風刺ドラマ、撮影地メデジン、期間5週間、16ミリフィルム。配給権フランス Epicentre films、ワールド Luxbox
映画祭・受賞歴:第78回カンヌ映画祭2025「ある視点」ノミネート(5月19日プレミア)
キャスト:ウベイマル・リオス(オスカル・レストレポ)、レベッカ・アンドラーデ(ユレディ)、ギジェルモ・カルドナ、ウンベルト・レストレポ、マルガリタ・ソト、アリソン・コレア
ストーリー:詩に執着しているが詩人としての栄光を彼にもたらさなかった苦悩するオスカル・レストレポの物語。老いが近づきつつあるオスカルは、詩への執着も冷えて詩の追求に行き詰っています。しかし才能に恵まれながらも謙虚な10代の少女ユレディに出会い、彼女の才能を育てることに生きがいを見いだします。彼の日々に光が差し込んできますが、彼女を詩の世界に引きずり込むことは賢明なことではないかもしれません。

(オスカル・レストレポ役ウベイマル・リオス、ユレディ役レベッカ・アンドラーデ)
★スタッフ紹介:シモン・メサ・ソト(メデジン1986)、監督、脚本家、製作者。キャリア&フィルモグラフィーは、既に紹介ずみです。本作には監督の先輩でもあるコロンビア国立大学UNALの歴史学教授、映画テレビジョン学校でも教鞭をとっているマヌエル・ルイス・モンテアレグレ(ボゴタ1975、製作者、監督、歴史家)が参画している。さらに同大学の卒業生であるクリスティアン・ヌニェスとガブリエラ・クビリョスが参加している。ルイス教授によると、「脚本は深いエモーションと同じくらい笑いを誘うものにしたいと考えていました。シモンは確かなストーリーを組み立て、ビジュアル的には非常に慎重です」と指摘しています。もう一人の製作者フアン・サルミエント G.(1984生れ)は、撮影監督を兼ねていますが、デビュー作でも撮影を手掛けている盟友です。

(製作者マヌエル・ルイス・モンテアレグレ)
★監督は、本作が非常に個人的なプロジェクトだったことをプレス会見で述べています。「コロンビアで映画を作るのは信じてもらえないほど難しい。デビュー作(「Amparo」2021年)の後、もう諦めようと思いました。私は50歳になった自分を想像すると、教師として生計を立て、実際には現在もそうして生活費を稼いでいますが、芸術における過去の理想化された記憶で生きのびている、そういう自分を想像しました」と。オスカル・レストレポは監督自身が投影されているようです。「しかし、芸術を内側から探求したかった。芸術とは何か、それが課す制限、それが要求する妥協は何か。芸術は高貴なものと思われがちですが、独立していても産業でもあります。特に映画では、観客が何を期待しているかを決定する市場があり、特にラテンアメリカ映画では、特定のパターンが繰り返されます。アーティストとして外部の要求に応えるか、あるいは自分を突き動かすものは何かという問いに答えねばなりません。本作は、業界という組織に対するある種の疲労感から、そしてまるでパンク調に感じられる気迫をもって、自由で形を成していないものを作りたいという切望から生まれた」と述べていました。(IndieWire 5月12日付)

(シモン・メサ・ソト)
ディエゴ・セスペデスのデビュー作が「ある視点」に*カンヌ映画祭2025 ― 2025年05月12日 11:23
ディエゴ・セスペデスのデビュー作「La misteriosa mirada del flamenco」

★今年のカンヌ映画祭「ある視点」には、チリの若手監督ディエゴ・セスペデスの「La misteriosa mirada del flamenco」と、コロンビアのシモン・メサ・ソトの「Un poeta」がノミネートされました。セスペデスはカンヌ映画祭2018短編部門で上映された「El verano del león eléctrico」(22分)でシネフォンダシオン賞を受賞しています。後者のメサ・ソト監督は、2021年カンヌ映画祭併催の「批評家週間」に「Amparo」がノミネートされ、サンセバスチャン映画祭「オリソンテス・ラティノス」部門でも上映された。その節、作品並びに監督キャリア&フィルモグラフィーを紹介しているので、まずディエゴ・セスペデスからアップしたい。
*セスペデスのシネフォンダシオン賞の記事は、コチラ⇒2018年05月20日
*「Amparo」の紹介記事は、コチラ⇒2021年08月23日
「La misteriosa mirada del flamenco / The Mysterious Gaze of the Flamingo」
製作:Quijote Films(チリ)/ Les Valseurs(仏)/ Weydemann Bros. GMBH(独)/
Irusoin(西)/ Wrong Men(ベルギー)
監督・脚本:ディエゴ・セスペデス
音楽:フロレンシア・ディ・コンシリオ
撮影:アンジェロ・ファッチーニ
衣装デザイン:パウ・アウリ
メイクアップ:アンドレア・ディアス、フランシスカ・マルケス
プロダクションマネージャー:カミロ・イニゲス
製作者:ジャンカルロ・ナシ、ジャスティン・ペックパーティ、(共同)ブノワ・ローラン、アンデル・サガルドイ、ヨナス&ヤコブ・ヴェイデマン、シャビエル・ベルソサ、他共同製作者
データ:製作国チリ=フランス=ドイツ=スペイン=ベルギー、2025年、スペイン語、コメディ・ドラマ、104分、撮影地チリのサンティアゴ、アタカマ砂漠、クランクイン2024年5月20日
映画祭・受賞歴:第78回カンヌ映画祭2025「ある視点」正式出品、カメラドールにノミネート
キャスト:タマラ・コルテス(リディア12歳)、マティアス・カタラン、パウラ・ディナマルカ(ボア)、クラウディア・カベサス、ルイス・デュボ、他
ストーリー:1980年代初頭のチリの砂漠、12歳になるリディアは荒れ果てた小さな鉱山の町で、愛情あふれたクィアの家族に見守られて暮らしています。しかし謎めいた未知の病気が町に蔓延し始めます。ある男性が別の男性に恋をすると一瞥しただけで感染するという噂です。リディアの優しくて母親のような兄アレショや彼のゲイの友人たちは、保菌者として町の恐怖の標的になります。リディアは憎しみと不寛容に悩まされた世界で、かけがえのない家族を守るためにホモフォビア俗説の探求に乗り出します。家族は彼女の唯一の避難所だからです。

(リディア役のタマラ・コルテス)
30年前のチリで起きた不寛容なバイオレンスを描く現代の神話
★未知の病気がかつて世界中を震撼させたHIVエイズであることが分かります。ハグなどもってのほか、握手しただけで感染すると怖れられました。無知がはびこり死亡率が100%と噂され、感染者への心的暴力が許された時代でした。チリのケースで言うと、保菌者への暴力が未だ顕著でなかったころに子供たちが学校で質問した。その答えの多くが無知からくるもので伝達の方法に問題があった。それで子供の視点を取り入れてストーリーにレアリティをもたせ、共感が得られるのではと考えた、とコメントしている。映画ではリディアの友達が出演している。チリでは長い軍事独裁政権の負の遺産が沈殿しており、現在でも多くの頭脳流失をもたらしている。

(「視線で感染するとでもいうの」と詰め寄るクィアの友人)

(感染しないよう目隠ししている?)
★監督紹介:ディエゴ・セスペデス、1995年サンティアゴ・デ・チリ生れ、監督、脚本家、撮影監督。チリ大学で映画を学ぶ。アンドレア・カスティーリョの「Non Castus」(22分、ロカルノ映画祭2016スペシャル・メンション受賞)と「Bilateral」(16分、SANFIC 2017出品)の撮影を手掛ける。2018年まだ大学在学中に撮った短編「El verano del león eléctrico / The Summer of the Electric Lion」(22分)がカンヌ映画祭シネフォンダシオン賞、サンセバスチャン映画祭パナビジョン賞、モロディスト・キエフ映画祭2019学生映画部門審査員特別賞を受賞する。サンダンス映画祭2019、ビアリッツ映画祭にもノミネートされた。2022年、フランスとの合作短編「Las criaturas que se derriten bajo el sol / The Melting Creatures」(17分)は、カンヌ映画祭、トロント映画祭に出品された。製作をジャンカルロ・ナシとジャスティン・ペックパーティが手掛けている。

(ディエゴ・セスペデス監督)

(短編デビュー作「El verano del león eléctrico」の英語版ポスター)
★本作制作の経緯は、2019年にセスペデスがシネフォンダシオン・レジデンスに参加して製作の土台を練る。翌年のサンセバスチャン映画祭の期間中、イクスミラ・ベリアクにも参加、トリノ・フィルムラボでTFL プロダクション賞を受賞、副賞として50.000ユーロの製作助成金を受け取ることができた。翌年のサンダンス・インスティテュートの製作者サミットに参加、フランスの制作会社「Les Valseurs」 の協力が報じられ、2024年にはドイツの制作会社「Weydemann Bros. ヴェイデマン・ブラザーズ・フィルム」の共同製作が決まった。初めにシネフォンダシオン・レジデンスありきでした。どこの映画祭も一度受賞すると、後々も面倒をみてくれるようです。多分イクスミラ・ベリアクにも参加しているのでサンセバスチャン映画祭にもノミネートされる可能性が高くなっている。
★キャストのうち、パウラ・ディナマルカは「Las criaturas que se derriten bajo el sol」に、ルイス・デュボは「El verano del león eléctrico」に出演している。最初のシナリオと完成版には結構違いがあり、例えばリディアの年齢も7歳から12歳までと幅がある。まだ正確な情報が入手できていないので、追い追い追加訂正していく予定です。
カルラ・シモンの新作「Romeria」*カンヌ映画祭2025 ― 2025年05月08日 20:06
「Romería」はカルラ・シモン「家族三部作」の完結編

★第78回カンヌ映画祭2025コンペティション部門ノミネート作品は、前回アップしたオリベル・ラシェの「Sirat」とカルラ・シモン(バルセロナ1986)の「Romería」の2作。ラシェ監督はカンヌの常連ですが、シモン監督は長編は初めてです。ただデビュー作『悲しみに、こんにちは』と2作目『太陽と桃の歌』が公開されているから、日本での認知度はシモンのほうが高いかもしれない。マラガ映画祭2023のマラガ才能賞を受賞したときのインタビューで、次回作「Romería」で「自分の家族についての三部作を完結します」と述べていた通りになりました。デビュー作で監督自身を、2作目で母方の家族を、そして今回の新作で父方の家族を語ります。6歳のときに両親を薬物依存のエイズで失うという複雑な事情から、監督を取り巻く大人たちの善意の嘘でフラストレーションを抱えながら育ちました。新作では『悲しみに、こんにちは』の少女フリーダは18歳になり、マリナとなって登場します。

(本作撮影中のシモン監督)
*『悲しみに、こんにちは』の紹介記事は、コチラ⇒2017年02月22日
*『太陽と桃の歌』の作品紹介記事は、コチラ⇒2022年01月27日
*マラガ映画祭2023マラガ才能賞受賞記事は、コチラ⇒2023年03月19日
*映画国民賞2023受賞記事は、コチラ⇒2023年06月12日

(第2作『太陽と桃の歌』)
★長編3作の他に短編数編を撮っており、なかでベネチア映画祭2022短編部門に出品した短編「Carta a mi madre para mi hijo」(25分、仮題「息子のために母に宛てた手紙」)は、新作に繋がっている印象を受けていますが、どうでしょうか。マリナは母親が書き残した日記を携えて、父方の家族、祖父母、叔父叔母が暮らしている大西洋岸の港湾都市ビゴを目指して旅に出ます。時代は2004年に設定されています。マリナには本作でデビューを飾るリュシア・ガルシアを起用、ボーイフレンドになる若者ヌノにミッチ・ロブレス、若い二人をトリスタン・ウジョア、ホセ・アンヘル・エヒド、サラ・カサスノバス、ジャネット・ノバスなどベテラン演技派が固めています。製作者のメインは、昨年の映画国民賞2024を受賞したマリア・サモラ、デビュー作からタッグを組んでいます。
*マリア・サモラの映画国民賞受賞&キャリア紹介記事は、コチラ⇒2024年06月16日

(アンヘラ・モリーナ主演の「Carta a mi madre para mi hijo」)
★審査委員長ジュリエット・ビノシュ以下審査員全員の発表があり、間もなくカンヌ映画祭も開幕します。審査員のなかにメキシコのカルロス・レイガダス監督の名前がありました。
「Romería」
製作:Elástica Films / Romería Vigo AIE / Dos Soles Media / Ventall Cine / 3Cat
協賛Comunidad de Madrid / ICEC / RTVE / Movistar Plus+/ Netflix / Vodafone /
Xunta de Galicia 他
監督・脚本:カルラ・シモン
撮影:エレーヌ・ルヴァール
キャスティング:マリア・ロドリゴ
衣装デザイン:アンナ・アギラ
製作者:マリア・サモラ(Elástica Films)
データ:製作国スペイン、2025年、スペイン語・カタルーニャ語、フランス語、ドラマ、104分、撮影地ガリシア州ポンテベドラ県ビゴ、他ポンテベドラ各地、2024年8月20日クランクイン、ガリシア政府Xunta de Galiciaより300.000ユーロの助成金を得ている。公開スペイン2025年9月5日(予定)
映画祭・受賞歴:第78回カンヌ映画祭2025コンペティション部門ワールドプレミア、第72回シドニー映画祭2025(6月14日)
キャスト:リュシア・ガルシア(マリナ)、ミッチ・ロブレス(ヌノ)、トリスタン・ウジョア、ホセ・アンヘル・エヒド、サラ・カサスノバス、ジャネット・ノバス、ミリアム・ガジェゴ、セリーヌ・ティル、ダビ・サライヴァ(ポルトガルの警察官)、セルヒオ・キンタナ(ポルトガルの警察官)、ミッチ・マルティン
ストーリー:少女時代に両親を亡くしたマリナは、まだ一度も会ったことのない父方の祖父母が暮らしている大西洋岸の港湾都市ビゴに行かねばなりません。大学の奨学金申請書の署名が必要だからです。父方の家族が自分を受け入れてくれるのか抵抗されるのか不安を抱え、母親が残した日記を携えて旅立ちます。叔父叔母やいとこたちとの出会いを通じて、父の物語と父が母と共有していた愛を繋ぎ合わせようとしますが、マリナの出現は長いあいだ封印していた若い夫婦の薬物問題の辛い記憶を呼び起こし、家族が秘密にしていた恥を掻き立ててしまいます。優しさを蘇らせ、過去に結びついた言葉にならない傷を癒しながら、マリナはほとんど覚えていない両親の断片的で、しばしば矛盾する記憶を繋ぎ合わせます。いとこヌノとの10代の恋が彼らとの繋がりを可能にするでしょうか。

(マリナとヌノ)
「ロメリア」はカルラ・シモンのルーツを探す巡礼物語
★時代は2004年、ヒロインのマリナは18歳という設定(1986年生れの監督と同年齢)、何度か訪れて気に入ったバルセロナとは反対側の大西洋岸に面したガリシアのビゴが舞台です。前述したように本作は監督の「家族三部作」の完結編です。ビゴでクランクインしたおり、「自分の家族にインスパイアされて撮った作品です。多くの対立やトラウマを抱えた複雑な家族ですが、深いところで愛と信頼、誠実が存在する家族です」と語っている。フィクションですが、マリナには監督が色濃く投影されており、「極めて個人的な」ストーリーになっているそうです。さらに撮影セットは20年前の雰囲気を出すように設え、両親の物語を再構築できるようにした。「この場所で自分たちは愛についての映画をつくっているのだ」とも語っている。
★「ロメリア」の物語は、ある意味で現在のシモン監督、過去の両親についての物語である。10年前のこと監督は、両親がビゴで過ごしていた人生を知りたいと思うようになった。それ以来、明らかにしようと手動カメラを手に度々ビゴにやってきた。シモンは母が近親者に宛てて書いた数通の手紙を見つけたことも後押ししたようです。「いつも物語には、何が真実で何が真実でないかという視点があります。だから物語はとても主観的なものです」、視点を変えると、突然別の顔が現れる。撮影中に面白いことがあった。ある婦人が近づいてくると、彼女の祖母の友達だった女性の娘さんだったことが分かった。「こんなことが起こるのは本当に感動的」と語っている。

(シモン監督、リュシア・ガルシア、ミッチ・ロブレス)
★郊外を散歩している隣人たちやオリーブ栽培都市にやってきた訪問客も見落とせないチャンスをくれる。撮影を始めようとすると、直ぐに通行人が通りを塞いでしまう。中を覗くためにセットの柵を越えてガードレールを押しのけテラスまで入ってしまう。「ここで何しているの?」「映画撮ってるの」の繰り返し。ある女性がタイトルの〈Romería〉に興味がわいたのか、撮影のために集められたミュージシャンたち、証明器具、飾りつけられた小旗、カウンターに並べられた食べ物や飲み物をチラッと見て、「ロメリアね、そうね、ぴったりだわ」と。この言葉は監督にとって、自身が生きてきた神秘的な旅を呼び出したのだが、今はマリナに引き継がれている。
*スペイン語の〈Romería〉は、聖地巡礼、巡礼祭の意味で、祝祭日には大勢の信者や観光客でごった返す。それとセットがそっくりだったからでしょう。スペインではサンティアゴの巡礼が有名ですが、ウエルバ州アルモンテのロシオ村で行われる「Romería de El Rocío」も有名です。聖週間が終わった50日目の精霊降臨ペンテコステスの日にエル・ロシオ礼拝堂でミサが行われる。従って年によって移動しますが大体5月下旬から6月初めになります。「Virgen del Rocío」(ブランカ・パロマ)に捧げる巡礼祭。この日を目指してスペイン各地から、または海外から、馬車や牛車、あるいは徒歩で、人口23.000人の村に100万人以上が訪れる。
★キャスト紹介:マリナ役のリュシア・ガルシアは、街路を散歩しているところを偶然目にして引き止め、キャスティングに来るよう誘った。とても素晴らしかった。決まった候補は未だいなかった。彼女にとっては冒険でした。実際こんなプロセスで決まることもあるんですね。ヌノ役のミッチ・ロブレスは、短編出演、ホアキン・オリストレル制作の高校を舞台にしたTVシリーズ「Hit」(20~22)に出ていると紹介されているが確認できなかった。

(リュシア・ガルシア)

(ミッチ・ロブレス)
★トリスタン・ウジョア(フランス1970)は、俳優、監督、フリオ・メデムの『ルシアとSEX』主演、アレハンドロ・アメナバルの『オープン・ユア・アイズ』、TVシリーズ『情熱のシーラ』でスペイン俳優組合2014助演男優賞、同『アスンタ・バステラ事件』でフォトグラマス・デ・プラタ2025俳優賞を受賞している。最近はTVにシフトしている。ジャネット・ノバスはハイオネ・カンボルダの『ライ麦のツノ』でゴヤ賞2024新人女優賞を受賞したばかりです。この映画の製作者も本作と同じ Elástica Films のマリア・サモラです。撮影はフランスのトップクラスの撮影監督エレーヌ・ルヴァールと文句なし。スペインではハイメ・ロサーレスとタッグを組んでいる。また今回「ある視点」ノミネートのスカーレット・ヨハンソンの「Eleanor the Great」も手掛けている。

(撮影中のトリスタン・ウジョア)

(エレーヌ・ルヴァールと監督)
オリベル・ラシュ「Sirat」の主役はセルジ・ロペス*カンヌ映画祭2025 ― 2025年05月03日 18:12
セルジ・ロペスはロマンチックコメディも得意!

(失踪した娘を探す父親と息子)
★前回オリベル・ラシュ「Sirat」の作品&監督フィルモグラフィーを紹介しました。今回は続編として、モロッコのサハラ砂漠で行方不明になった娘を探す父親を演じたセルジ・ロペスの紹介。セルジ・ロペスと言えば、ギレルモ・デル・トロのダークファンタジー『パンズ・ラビリンス』の冷酷無比なサイコパスの大尉ビダル(実際監督がロペスの悪役ぶりに惚れ込んで人物造形をしたという曰くつきのキャラクター)、ドミニク・モルのスリラー『ハリー、見知らぬ友人』の不気味な男ハリー、アグスティ・ビリャロンガの『ブラック・ブレッド』では、主人公の母親に横恋慕する悪徳町長、と日本で公開された映画からは悪役のイメージが強い。しかし、実はロマンチックコメディが得意で以下に示すように多くのコメディに出演している。またカタルーニャ語映画マルク・レチャの「Un dia perfecte per volar」では、小さな息子と凧あげをする優しい父親を演じて観客を魅了した。スペイン語は当たり前として、流暢なフランス語、英語と語学に堪能なことから3桁に上る作品に出演している。

(『パンズ・ラビリンス』のビダル大尉)

(マルク・レチャの「Un dia perfecte per volar」から)
★父親ルイス役のセルジ・ロペス、1965年12月22日バルセロナ生れ、映画、舞台、TV俳優。16歳で学業を止め、アマチュア劇団に入り俳優の第一歩を踏み出す。その後フランスに渡り、パリのジャック・ルコック国際演劇学校に入学、演技を学んだ。スペイン映画デビューは1991年、ヘスス・フランコの「Ciudad Baja(Downtown Heat)」、フランス語のオーディションに合格して、1992年マニュエル・ポワリエの「La Petite amie d'Antonio」でフランス映画にデビューしてミシェル・シモン賞を受賞している。その後も『ニノの空』など8作に起用されるというポワリエ映画の常連となる。『ニノの空』でセザール賞有望俳優にノミネートされた。主にスペインとフランスの両国でキャリアを築いている。
★共演した国際的な女優連にも目を瞠る、「Lisboa」ではカルメン・マウラ、『スカートの奥で』でビクトリア・アブリル、『堕天使のパスポート』でオドレイ・トトゥ、『シェフと素顔と、おいしい時間』でジュリエット・ビノシュ、『記憶の行方』でエンマ・スアレス、DV男を演じた「Sólo mía」でパス・ベガ、『熟れた本能』ではクリスティン・スコット・トーマス、そして『パンズ・ラビリンス』ではマリベル・ベルドゥとアリアドナ・ヒル、「La boda de Rosa」でカンデラ・ペーニャとナタリエ・ポサと共演している。

(マラガ映画祭2020「La boda de Rosa」のフォトコール)
◎主なフィルモグラフィー◎
1991「Ciudad Baja(Downtown Heat)」ヘスス・フランコ、デビュー作
1992「La Petite amie d'Antonio」(仏語)マニュエル・ポワリエ
1993年若手有望俳優に与えられるミシェル・シモン賞
1997「Western」『ニノの空』(仏語)マニュエル・ポワリエ
シッチェスFF 1997グランアンギュラー主演男優賞、セザール賞1998有望俳優ノミネート
1998「Caresses / Carícies」(カタルーニャ語)コメディ、ベントゥーラ・ポンス
1999「Entre las piernas」『スカートの奥で』マヌエル・ゴメス・ペレイラ
1999「Lisboa」クライム・スリラー、アントニオ・エルナンデス
マラガFF 1999主演男優賞
1999「Une liaison pornographique」『ポルノグラフィックな関係』(仏語)
フレデリック・フォンテーヌ
ベネチアFF 1999パシネッティ主演男優賞、サンジョルディ賞2001スペイン俳優賞
2000「Harry, un ami qui vous veut du bien」『ハリー、見知らぬ友人』(仏語)スリラー、
ドミニク・モル
セザール賞2001主演男優賞、ヨーロッパ映画賞2000ヨーロッパ俳優賞
2001「El cielo abierto」ロマンチックコメディ、ミゲル・アルバラデホ
シネマ・ライターズ・サークル2002主演男優賞、ブタカ賞2001カタルーニャ俳優賞
2001「Sólo mía」ハビエル・バラゲル
フォトグラマス・デ・プラタ2002映画俳優賞、ゴヤ賞2002主演男優賞ノミネート
2002「Dirty Pretty Things」『堕天使のパスポート』(イギリス映画)犯罪
スティーヴン・フリアーズ
2002「Decalage horaire」『シェフと素顔と、おいしい時間』(仏語)ダニエル・トンプソン
2003「Janis et John」『歌え!ジャニス★ジョプリンのように』(仏語)コメディ
サミュエル・ベンチェトリット
2006「El laberinto del fauno」『パンズ・ラビリンス』ダーク・ファンタジー、
ギレルモ・デル・トロ ファンタスポルト2007国際ファンタジー映画賞主演男優賞、
ブタカ賞カタルーニャ俳優賞、トゥリア賞主演男優賞
ゴヤ賞2007主演男優賞ノミネート、ほかノミネート多数
2007「La Maison」(仏語)マニュエル・ポワリエ
2009「Ricky」『Ricky リッキー』(仏語)コメディ、フランソワ・オゾン
2009「Map of the Sounds of Tokyo」『ナイト・トーキョー・デイ』イサベル・コイシェ
2009「Partir」『熟れた本能』(仏語)カトリーヌ・コルシニ
2010「Pa negra」『ブラック・ブレッド』(カタルーニャ語)ダークミステリー、
アグスティ・ビリャロンガ、ゴヤ賞2011助演男優賞ノミネート
2011「Le moine / El monje」『マンク 破戒僧』(仏語)ドミニク・モル
2012「Tango lible」『タンゴ・リブレ 君を想う』フレデリック・フォンテーヌ
2014「El Niño」『エル・ニーニョ』&『ザ・トランスポーター』ダニエル・モンソン
2015「A Perfect Day」『ローブ/戦場の生命線』(英語・西語・ルーマニア語)
シリアスコメディ、フェルナンド・レオン・デ・アラノア
2015「Vingt et une nuits avec Pattie」『パティ―との二十一夜』(仏語)コメディ
アルノー・ラリュー & ジャン=マリー・ラリュー
2015「Un dia perfecte per volar」(カタルーニャ語)マルク・レチャ
アミアンFF 2015主演男優賞、ガウディ賞2016主演男優賞ノミネート
2016「La propera pell」『記憶の行方』(カタルーニャ語)
イサ:カンポ & イサキ・ラクエスタ
2018「Lazzaro Felice」『幸福なラザロ』(伊語)アリーチェ・ロルヴァケル
2019「La inocencia」(カタルーニャ語・西語)ルシア・アレマニー
2020「Josep」『ジュゼップ 戦場の画家』(アニメーション、ボイス、仏語)オーレル
2020「La boda de Rosa」コメディ、イシアル・ボリャイン
ゴヤ賞2021助演男優賞、フェロス賞、ディアス・デ・シネ賞、各ノミネート
2020「Rifkin's Festival」『サン・セバスチャンへ、ようこそ』(英語)ウディ・アレン
2021「Mediterráneo」『地中海のライフガードたち』ビオピックドラマ、マルセル・バレナ
第17回難民映画祭2022オンライン配信
2022「Pacifiction」『パシフィクション』(仏語)アルベルト・セラ
2022「La manzana de oro」コメディ、ハイメ・チャバリ
2023「La francée du poéte」『詩人の花嫁』(仏語・英語)ヨランド・モロー
2023「El viento que arrasa」(アルゼンチン・ウルグアイ)パウラ・エルナンデス
2025「La terra negra / La tierra」(カタルーニャ語・西語)アルベルト・モライス
2025「Sirat」オリベル・ラシュ
★邦題は公開、ミニ映画祭、DVDスルー、ネットフリックス、プライムビデオなどの配信による。TVシリーズ、「Mano de hierro」(24、8話)が『鉄の手』の邦題でネット配信されている。他にカタルーニャ語TV3シリーズ『あなたに出会っていなければ』(10話)にも出演している。年々父親役が多くなってきている。
◎主な関連記事◎
*『ブラック・ブレッド』の紹介記事は、コチラ⇒2023年04月14日
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パルムドールを競うオリベル・ラシェの4作目「Sirat」*カンヌ映画祭2025 ― 2025年05月01日 10:38
オリベル・ラシェの新作はモロッコの砂漠を旅するロードムービー

★カンヌは5月の風に吹かれて到来する。第78回カンヌ映画祭2025が5月13日から24日の日程で開催されます。今年はオリベル・ラシェの長編4作目「Sirat」と、カルラ・シモンの3作目「Romeria」がパルムドールを競うコンペティション部門にノミネートされました。シモンの新作のテーマは、監督が6歳のときエイズで亡くなった父親の家族に会う旅を描いた極めて個人的なものということです。まず気になるラシェ監督の新作からアップしたい。前作『ファイアー・ウィル・カム』(19)の主言語はガリシア語でしたが、今作はスペイン語です。主役にカタルーニャ出身のセルジ・ロペスを起用、撮影はアラゴン州の氷点下のテルエルでクランクイン、クランクアップは酷暑のサハラ砂漠だった由、かなり挑戦的な撮影だったようです。撮影監督のマウロ・エルセは前作でゴヤ賞2020撮影賞を受賞しています。今回はスーパー16ミリで撮影された。

(撮影中のラシェ監督とセルジ・ロペス)
「Sirat」
製作:4 A 4 Productions / El Deseo / Filmes da Ermida / Uri Films / Movistar Plus+
/ Los Desertores 協賛ICEC / ICAA / RTVE / TV3、他
監督:オリベル・ラシュ
脚本:オリベル・ラシュ、サンティアゴ・フィロルFillol
撮影:マウロ・エルセ
音楽:カンディング・レイ
キャスティング:マリア・ロドリゴ
プロダクションデザイン&美術:ライア・アテカ
衣装デザイン:ナディア・アシミ
メイクアップ&ヘアー:サイラ・エバ・アデン、ミカエラ・ピメンテル、ルシア・ソラナ
製作者:アグスティン・アルモドバル、ペドロ・アルモドバル、ハビ・フォント、オリベル・ラシュ、オリオル・マイモー、マニ・モルタサビ、アンドレア・ケラルト、(エグゼクティブ)エステル・ガルシア
データ:製作国フランス=スペイン、2025年、スペイン語、ドラマ、115分、撮影地アラゴン州のテルエル、サラゴサ、モロッコのサハラ砂漠、期間2024年5月~6月、ワールド販売配給:The Match Factory、スペイン配給はBTeam Ficturesにより2025年6月6日公開予定
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2025コンペティション部門ノミネート
キャスト:セルジ・ロペス(ルイス)、ブルノ・ヌニェス(息子エステバン)、ジェイド・オウキッド、リチャード・ベラミー、ステファニア・ガッダ、ジョシュア・リアム、トニン・ジャンヴィエ、他アマチュア多数
ストーリー:ルイスとその息子エステバンは数ヵ月前に失踪した娘マリナを探しに、モロッコの乾燥した幻想的な山塊で迷っている或るレイブに到着する。マリナはこのような過激なパーティの一つに参加したのち行方不明になっていたからです。娘に会えることを信じて、サハラ砂漠で開催される最後のフィエスタを求めてレイバーたちのグループの後を追うことに決める。社会の埒外で生きようとする人々の風変わりなロードムービーでもある。

〈Sirat〉はアラビア語の「まっすぐな道」というイスラム教の概念
★最初のタイトルは「After」だったので、記事によってはこちらで紹介されている。〈Sirat〉はアラビア語で「道」を意味する。ラシェ監督が繰り返し探求する超越的な緊張を反映して「まっすぐな道」というイスラム教の概念から影響を受けているらしい。監督によると、登場人物は「人生に挑戦し、過激で厳しい方法で試練に耐える。重要な質問が投げかけられ、内面を見つめ直し、人生の意味を考え、・・・生と死の境界が曖昧になるほどの極端な冒険を体験する」。「セルジ・ロペスは、ブルノ・ヌニェスとプロでない出演者のグループを伴って、この過酷な旅に出発します」とコメントしていますが、ラシェ映画はあれこれ予測しても始まりません、観るしかないでしょう。

(プロではないが国際的な俳優のグループ、フレームから)
★監督紹介:オリベル・ラシュ、1982年パリ生れ、5~6歳のころ家族でガリシア州のア・コルーニャに戻る。長編デビュー作は自身も出演している「Todos vós sodes capitáns / Todos vosotros sois capitanes」(10)、スペイン=モロッコ合作、モノクロ、78分、「監督週間」にノミネートされ、国際映画批評家連盟FIPRESCI賞受賞した。2作目「Mimosas」(16)が「批評家週間」でグランプリ受賞、3作目「O que arde / Lo que arde」(『ファイアー・ウィル・カム』)が、「ある視点」審査員賞受賞、4作目がコンペティション部門と全てがカンヌでプレミアされている。2作目と3作目は以下で作品紹介をしています。
*「Mimosas」の作品&キャリア紹介は、コチラ⇒2016年05月22日
*「O que arde / Lo que arde」の紹介記事は、コチラ⇒2019年04月28日/同年11月21日




★キャスト紹介:主役ルイスを演じるセルジ・ロペス(バルセロナ1965)のキャリア&フィルモグラフィーは、次回アップいたします。ルイスの息子エステバンを演じるブルノ・ヌニェスは、ロス・ハビスことハビエル・アンブロッシ&ハビエル・カルボが監督したTVミニシリーズ「La Mesías」(23、全7話のうち4話出演)でデビュー、ロジェール・カザマジョールが扮するエンリックの子供時代の好演が今回の抜擢に繋がりました。このシリーズは2023年のフォルケ賞、2024年のフェロス賞、イベロアメリカ・プラチナ賞、スペイン俳優連盟賞、オンダス賞などを軒並み制覇した話題作でした。

(セルジ・ロペスとブルノ・ヌニェス)
ミゲル・ゴメスの「Grand Tour」が監督賞*カンヌ映画祭2024受賞結果 ― 2024年06月07日 10:48
ポルトガルのミゲル・ゴメスの「Grand Tour」が監督賞

(トロフィーを手にしたミゲル・ゴメス、カンヌ映画祭2024ガラにて)
★カンヌ映画祭2024は、コンペティション部門の監督賞に「Grand Tour」(ポルトガル=伊=仏ほか)のミゲル・ゴメスを選びました。初期の短編、ドキュメンタリーを含めると既に17作を数えますが、劇場公開は第3作『熱波』1作のみ、今回カンヌFFの監督賞受賞作が『グランド・ツアー』の邦題で2025年公開が決定しています。先輩監督ペドロ・コスタ(『ヴァンダの部屋』『ホース・マネー』他)の後押しもあって、ミニ映画祭で特集が組まれるほどシネマニアのあいだでは人気の監督です。しかしスペイン語以上にマイナーなポルトガル語映画、公開に先立ってキャリア&フィルモグラフィーの予習をしてみました。


(左から、クリスタ・アルファイアチ、ゴメス監督、ゴンサロ・ワディントン、
カンヌ映画祭2024レッドカーペット、5月23日)
★簡単なストーリー:『グランド・ツアー』の舞台は1917年、公務員のエドワード(ゴンサロ・ワディントン)は、ヤンゴンでの結婚式の当日、婚約者のモリー(クリスタ・アルファイアチ)からの逃亡を企てます。しかし彼との結婚を決意したモリーは夫の逃亡を面白がり、シンガポール、バンコク、サイゴン、マニラ、大阪、上海とアジアの各都市を横断する彼の冒険を尾行することにします。
*ヤンゴンは2006年までミャンマー(旧称ビルマ)の首都だった大都市、英語風に訛ってラングーンで知られる。旧称サイゴンはベトナムのホーチミン市。


★というわけで監督と撮影隊は、ミャンマー、シンガポール、タイ、ベトナム、フィリピン、日本の各都市を移動した。コロナ禍で予定されていた中国上海での撮影は中止となったが、封鎖ぎりぎりセーフだった日本の京都鴨川での撮影はできフォトが公開されている。カラー&モノクロ、コダックフィルム16mmで撮影され、撮影監督は『ブンミおじさんの森』(10)のサヨムプー・ムックディプロム、ゴメス監督お気に入りの『自分に見合った顔』、『私たちの好きな八月』や『熱波』のルイ・ポサス、初参加のGui Liang 桂亮グイ・リャン、クランクインは2020年初頭、監督によると4年の歳月を要したということです。

(右端が京都の鴨川で撮影中のゴメス監督、2020年2月)
★日本側製作者として今夏7月に公開されるサスペンス・ドラマ『大いなる不在』の近浦啓監督が参画しています。本作はサンセバスチャン映画祭2023で藤竜也が銀貝賞の最優秀主演俳優賞、監督もギプスコア学芸協会賞を受賞した作品、藤竜也の受賞スピーチが絶賛されたことは当ブログで紹介しています。間もなく封切られます。
★ミゲル・ゴメス Miguel Gomes は、1972年リスボン生れ、監督、脚本家、フィルム編集者。リスボン映画演劇上級学校(Escola Superior de Teatro e Cinema di Lisbona)で学び、映画評論家としてキャリアをスタートさせる。イタリアのネオリアリズムとフランスのヌーベルバーグの影響を受けたニューシネマ運動の世代に属している。短編デビューは1999年の「Entretanto」(仮題「合い間」)以下9編、2004年の「A Cara que Mereces」で長編デビュー、第2作『私たちの好きな八月』は、カンヌFF2008併催の「監督週間」に正式出品され注目される。2010年、日本ポルトガル修好通商条約150周年を記念して、東京国立近代美術館フィルムセンターが企画した「マノエル・ド・オリヴェイラとポルトガル映画の巨匠たち」で、ジョアン・セーザル・モンテイロ、ペドロ・コスタ、パウロ・ローシャなどと並んで若手監督の一人として本作が紹介された。この映画祭は当時ちょっとしたポルトガル映画旋風を巻き起こした。

(ゴメス監督、カンヌFF2024,フォトコール)
★カンヌ映画祭2015併催の「監督週間」にノミネートされた「アラビアン・ナイト三部作」(6時間21分)は、「第2回広島国際映画祭2015」(11月20日~23日)で特集が組まれ、3分割された第1部~第3部が一挙上映された。ゴメス監督も来日してQ&Aに参加、前作の『熱波』もエントリーされた。後に「イメージフォーラム・フェスティバル2019」が企画され、東京初上映となったが、その他ミニ映画祭での上映もあり、マイナーながら日本語字幕入りで鑑賞できた監督。公開作品は上記したように『熱波』のみ、2025年の「グランド・ツアー」が待たれるところである。2012年ポルトガルは、スペイン同様経済危機に見舞われ、EUのお荷物といわれた。監督によると「貧乏であることの唯一のメリットは、大ヒット作を放つ義務から解放され、少し自由が得られることです」と皮肉っている。

(公開された『熱波』ポスター)
*因みにアントワーン・フークアの『サウスポー』(15)にジェイク・ギレンホールの対戦相手として共演しているミゲル・ゴメス(Gómez)は、1985年コロンビアのカリ生れの俳優です。米国のTVシリーズに出演している。またホラーコメディ『パラノーマル・ショッキング』(10)の監督は、コスタリカのミゲル・アレハンドロ・ゴメス(Gómez / Gomez サンホセ1982)で別人です。メジャーな名前なのでネットでの紹介記事に混乱が見られます。以下に主なフィルモグラフィーをアップしておきます。目下配信されている動画は見つかりませんでした。
*主なフィルモグラフィー(短編割愛、主な受賞歴)
2004「A Cara que Mereces」『自分に見合った顔』ポルトガル、108分、監督・脚本
インディリスボア・インディペンデントFF作品・批評家賞
2008「Aquele Querido Mes de agosto」『私たちの好きな八月』同上、147分、監督・脚本
BAFICIブエノスアイレス国際インディペンデントFF2009作品賞、
バルディビアFF国際映画賞、ポルトガルのゴールデングローブ2019作品賞、
グアダラハラFF特別審査員賞、サンパウロFF2008批評家賞、
ビエンナーレ2008FIPRESCI賞、カンヌFF2008併催の「監督週間」正式出品
2012「Tabu」『熱波』ポルトガル・独・ブラジル、118分、公開2013、監督・脚本・編集
ベルリンFF2012、FIPRESCI賞&アルフレッド・バウアー賞受賞、ゲントFF作品賞、
ポルトガルのゴールデングローブ2013作品賞、ラス・パルマスFF2012観客賞他、
ポルトガル映画アカデミー ソフィア賞2013編集賞、他多数
2015「As Mil e Uma Noites: Volume 1, O Inquieto」
『アラビアン・ナイト 第1部休息のない人々』ポルトガル・仏・独・スイス、
125分、監督・脚本
「As Mil e Uma Noites: Volume 2, O Desolado」
『アラビアン・ナイト 第2部孤独な人々』同上、132分、監督・脚本
「As Mil e Uma Noites: Volume 3, O Encantado」
『アラビアン・ナイト 第3部魅了された人々』ポルトガル・仏・独、125分、同上
*以上「三部作」はカンヌFF2015併催の「監督週間」正式出品された。
ポルトガルのゴールデングローブ2016作品賞、シドニーFF2015作品賞、
コインブラFF2015監督・脚本賞、セビーリャ・ヨーロッパFF作品賞、
シネヨーロッパ賞2016トップテン入り、他
2021「Diários de Otsoga」『ツガチハ日記』モーレン・ファゼンデイロとの共同監督、脚本
ポルトガル・仏、102分、カンヌFF2021併催の「監督週間」正式出品、
マル・デル・プラタFF2021監督賞、イメージフォーラム・フェスティバル2022上映
2024「Grand Tour」『グランド・ツアー』ポルトガル・仏・伊・独・日本・中国、129分、
監督・脚本、カンヌFF2024監督賞、2025公開予定
*2023年にスペインのヒホン映画祭の栄誉賞を受賞している。
女優賞は「エミリア・ぺレス」の4女優の手に*カンヌ映画祭2024受賞結果 ― 2024年06月04日 14:10
4人を代表してカルラ・ソフィア・ガスコンが登壇!

(カルラ・ソフィア・ガスコンとプレゼンターの前男優賞受賞者役所広司)
★第77回カンヌ映画祭2024は、パルムドールにショーン・ベイカーの「Anora」(米国)、グランプリにパヤル・カパディアの「All We Imagine as Light」(インド)を選んで閉幕しました。両受賞者ともカンヌ初参加、世代交代を歓迎する半面、コンペティション部門の質低下が話題になった今年のカンヌでした。大物監督たちコッポラ、クローネンバーグ、ソレンティーノなどは無冠に終わりました。

(カンヌに集合したスタッフ&キャスト陣、カンヌ5日目の5月18日)
★当ブログ関連受賞作品は、審査員賞(ジャック・オーディアール)と女優賞(アドリアナ・パス、ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレナ・ゴメス)をダブルで受賞した「Emilia Pérez」(仏=米=メキシコ)、オーディアール監督はカンヌの常連として紹介不要ですが、受賞者4名はアメリカのスーパースターのセレナ・ゴメス、「アバター」のゾーイ・サルダナ(サルダーニャ)は別として、メキシコのアドリアナ・パス、スペインのカルラ(カーラ)・ソフィア・ガスコンは、メキシコ、スペインでこそ知名度がありますが、カンヌのような国際的な大舞台で脚光を浴びたのは恐らく今回が初めてのことでしょう。カンヌ5日目の5月18日に上映された。


(カルラ・ソフィア・ガスコンとジャック・オーディアール、カンヌ映画祭2024ガラ)
★フォトコールには4人揃ってカメラにおさまりましたが、授賞式までカンヌに留まった、エミリア・ぺレス役を演じたカルラ・S・ガスコンが登壇、昨年の男優賞受賞者の役所広司の手からトロフィーを受けとりました。トランスジェンダー女性としてカンヌで「初めて女優賞を受賞した」と報道されたガスコンは、壇上から「苦しんでいるすべてのトランスジェンダーの人々に捧げる」とスピーチしたということです。これには後日談があって、このスピーチを聞いた国民戦線の創設者ジャン≂マリー・ルペンの孫娘で極右政治家マリオン・マレシャル・ルペンが早速Xに「性差別的な侮辱」文を投稿、すかさずガスコンが告訴の手続きをしたということです。

(左から、アドリアナ・パス、カルラ・S・ガスコン、ゾーイ・サルダナ、セレナ・ゴメス)
★「犯罪ミュージカル・コメディ」と作品の紹介文にありましたが、どんな作品なのでしょうか。
*ストーリーをかいつまんで紹介しますと、舞台は現在のメキシコ、弁護士のリタ(ゾーイ・サルダナ)は、彼女のボスから思いもかけない申し出を受けます。周囲から怖れられているカルテルのボスが麻薬ビジネスから引退して、彼が長年夢見ていた女性になって永遠に姿を消すのを手伝わねばならなくなります。リタは正義に仕えるよりも犯罪者のゴミ洗浄に長けた大企業で働くことで、その才能をあたら浪費していましたが・・・

★カルテルのボスことフアン・”リトル・ハンズ”・デルモンテ役にガスコン、その妻にセレナ・ゴメスが扮する〈麻薬ミュージカル・コメディ〉のようです。上映後のスタンディングオベーション9分間は、オーディアール映画でも2番目に長かった由、性別移行に固執せず、家族、愛、メキシコに蔓延する暴力の犠牲者というテーマを探求したことで批評家からは高評価を受けていた。そして〈9分間〉のスタンディングオベーションで観客からも受け入れられたことが証明された。いずれ日本語字幕入りで鑑賞できる日が来るでしょう。
★カルラ・ソフィア・ガスコン・ルイスは、1972年マドリードのアルコベンダス生れの52歳、フアン・カルロス・ガスコン→カルラ・ソフィア→カルラ・ソフィア・ガスコンと、時代と作品によってクレジット名が変わる。2018年9月、自叙伝 ”Karsia. Una historia extraordinaria” を出版、性別適合手術を受けてカルラ・ソフィア(Karla Sofía)になったことを発表した。ECAM(マドリード映画オーディオビジュアル学校)の演技科卒、1994年「La Tele es Tuya Colega」でヴォイス出演、映画デビューは1999年、アレックス・カルボ・ソテロの「Se buscan fulmontis」のクラブのジゴロ役、エンリケ・ウルビスの『貸金庫507』(02)、フアン・カルボの「Di que sí」(04)、アントニ・カイマリ・カルデスの「El cura y el veneno」(13)の神父役、映画よりTVシリーズ出演が多い。


(感涙にむせぶカルラ・ソフィア・ガスコンカンヌ映画祭2024ガラ)
★国籍はスペインだが2009年にメキシコに渡り、サルバドール・メヒア製作の「Corazón salvaje」(09~10)にヒターノのブランコ役で出演、テレノベラ賞の新人男優賞にノミネートされた。以来両国のTVシリーズ(9作)や映画(8作)で活躍している。メキシコ映画では、ゲイリー・アラスラキのコミックドラマ「Nosotros, los Nobles」(13)にペドロ・ピンタド、愛称ピーター役で出演している。本作は公開当時、メキシコ映画史上における興行収入ナンバーワンとなったヒット作。2021年、Netflixが英語でリメイク版の製作を発表している。カルラ・ソフィア・ガスコンとして出演したメキシコのTVシリーズ「Rebelde」(22、16話)は、『レベルデ~青春の反逆者たち~』の邦題でNetflixが配信している。
★アドリアナ・パスは、1980年メキシコ・シティ生れの44歳、メキシコ自治大学哲学部で劇作法と演劇を専攻、キューバのロスバニョス映画学校で脚本を学ぶなど、女優でなく監督、脚本家を志望していた。東京国際映画祭2013コンペティション部門にノミネートされ最優秀芸術貢献賞を受賞した、アーロン・フェルナンデスの第2作『エンプティ・アワーズ』(「Las horas muertas」)でヒロインを演じた。カルロス・キュアロンの『ルドとクシ』(09)ほか、マヌエル・マルティン・クエンカの「El autor」(17、「小説家として」)、新しいところではNetflixで配信されている、ロドリゴ・グアルディオラ&ガブリエル・ヌンシオの『人生はコメディじゃない』(21、「El Comediante」)に出演している。『エンプティ・アワーズ』でキャリア紹介をしています。
*アドリアナ・パスのキャリア&フィルモグラフィーは、コチラ⇒2013年11月07日

(アドリアナ・パス、カンヌ映画祭2024フォトコール)
★セレナ・ゴメス(テキサス州1992)は、女優、歌手、ダンサー、ソングライター、モデル、ユニセフ親善大使とすこぶる多才、31歳ながら出演本数も受賞歴も書ききれない。日本語版ウイキペディアに詳細な紹介文があり割愛しますが、オーディアール監督が本作で起用するまでセレナの活躍をご存じなかったことが話題になっています(笑)。ゾーイ・サルダナ(本名ソエ・サルダーニャ、ニュージャージー州1978)は、2009年ジェームズ・キャメロンの『アバター』のネイティリ役で一躍有名になった。『アバター』の続編、「アバター3」(仮題、24)、「アバター4」(26)にも起用されている。映画にテレビに、ヴォイス出演も含めて活躍している。多くが吹き替え版で鑑賞でき、日本語版ウイキペディアあり。

(セレナ・ゴメスとゾーイ・サルダナ、カンヌ映画祭2024フォトコール)
★監督賞のミゲル・ゴメスの「Grand Tour」(ポルトガル)、来年「グランド・ツアー」で公開がアナウンスされている。
★追加情報:『エミリア・ぺレス』の邦題で2025年3月28日公開決定。
ホナス・トゥルエバの新作「Volveréis」*カンヌ映画祭併催の「監督週間」 ― 2024年05月27日 18:00
愛の終わりを盛大に祝う離婚式?

★「監督週間」と「批評家週間」はカンヌ映画祭の公式部門ではないので正確にはカンヌではない。しかし運営母体が違ってもカンヌの一部ではあるので、当ブログでは併催と但し書きを入れている。今回は長編21作と短編を含めると30作がノミネートされた。本体のコンペティション部門にはスペイン映画はゼロでしたが、こちらにはホナス・トゥルエバの10作目となるコメディドラマ「Volveréis」が選ばれた。フランス語タイトルは「Septembre sans attendre」、英題は「The Other Way Around」として紹介されている。波乱万丈な事件は何も起こらないようですが、ヨーロッパ映画賞受賞のニュースが入ってきましたのでアップします。昨年エレナ・マルティン・ヒメノがカタルーニャ語で撮った「Creatura」が受賞した賞で、ガウディ賞2024を席巻したのでした。
★もう一つの「批評家週間」は新人登竜門的な立ち位置で、監督作品2作までが対象、今年は7作選ばれ、中にアルゼンチンのフェデリコ・ルイス(ブエノスアイレス1990)のデビュー作「Simon of the Mauntain」がエントリーされています。新人監督とはいえ短編などで高い評価を得ている監督作品から選ばれることが多い。
「Volveréis」(「Septembre sans attendre」・「The Other Way Around」)
製作: Los Ilusos Films / Alte France Cinéma / Les Films du Worso
監督:ホナス・トゥルエバ
脚本:イチャソ・アラナ、ビト・サンス、ホナス・トゥルエバ
撮影:サンティアゴ・ラカ
編集:マルタ・ベラスコ
音楽:イマン・アマル、アナ・バリャダレス、ギジェルモ・ブリアレス
プロダクション・マネジメント:アンヘレス・ロペス・ゲレーロ
プロダクション・デザイン:ミゲル・アンヘル・レボーリョ
製作者:アレハンドロ・アレナス、シルヴィ・ピアラ、オリヴィエル・ペレ
データ:製作国スペイン=フランス、2024年、言語スペイン語、ロマンティックコメディ、114分、撮影地マドリード郊外ほか、2023年の晩夏から初秋の11月上旬。配給:Elasticaエラスティカ(スペイン)、Arizonaアリゾナ(フランス)、公開:スペイン2024年8月30日、フランス8月28日
映画祭・受賞歴:第77回カンヌ映画祭併催の「監督週間」ノミネート、ヨーロッパ映画賞ヨーロッパ・シネマズ・ラベル受賞
キャスト:イチャソ・アラナ(映画監督のアレ)、ビト・サンス(映画俳優のアレックス)、フェルナンド・トゥルエバ(アレの父親)、ジョン・ヴィアル(脚本家)、他
ストーリー:アレとアレックスのカップルは、15年間の関係を解消して円満に別れることを決意しています。二人はアレの父親のアドバイスにそって、夏の終わりに家族や友人、隣人を招待して結婚式のような盛大なお別れパーティを企画しました。しかしこのニュースは周囲を唖然とさせ、二人が別れる可能性を受け入れられません、何故かというと二人はうまくやってるようだからです。ばかげていて、もの悲しく、ちょっぴり笑えて、古風な優しさに満ちている。観光地から外れたマドリード郊外を舞台に、映画業界の隅っこで働く人々を活写している。

(冷静で賢いアレと少し迷子になっているアレックス、フレームから)
カンヌ初出品でヨーロッパ映画賞受賞!
★パルムドールより一足先に「監督週間」の受賞者が発表されましたが、もともと監督週間自体はコンペティションではないので審査員がいるわけではありません。賞は外部機関によって授与されます。フランスの劇作家・作曲家協会が授与するSACD賞に昨年若くして鬼籍入りしたフランスのソフィー・フィリエールの「This Life Of Mine」が受賞、オープニング作品で評価が高かったようです。欧州映画ネットワークが選ぶヨーロッパ映画賞ヨーロッパ・シネマズ・ラベルにホナス・トゥルエバ、既に日本では報道されている国際映画批評家連盟が選ぶFIPRESCI賞に山中瑤子の『ナミビアの砂漠』が受賞しました。

(受賞を喜ぶ左から、イチャソ・アラナとホナス・トゥルエバ)
★カンヌでのプレス・インタビューでは、「お別れパーティのアイデアは、何年も前から構想していましたが、結局のところ、悲しみが多すぎて、実際にこんなことをする人はおりません。映画は実生活では敢えてできないことをさせてくれます。イチャソ・アラナとビト・サンスの起用は最初から決まっていたので、二人に創作プロセスに参加してもらうことを提案しました。彼らを共犯者として映画全体の構成、キャラクター、セリフに協力してもらい、結局3人共同で脚本を執筆することになった」と語っている。
★マドリードを舞台に選んだのは、自分のよく知っている場所で撮影するのが好きなこと、何かが終わり、何か新しいことが起こっていることが感じられる夏の終わりの雰囲気が重要でした。40度の酷暑のなかでクランクイン、まだ秋だというのにコートを着用、雨が降り氷点下になってしまったと語っている。
★フランスとの合作は初めてだそうで、ハビエル・ラフエンテと共同で設立した制作会社「Los Ilusos Films」とシルヴィ・ピアラのパートナーであるアレハンドロ・アレナスのお蔭で、自然に実現した。パリに本社を置くピアラの制作会社「Les Films du Worso」の協力を得ることができたのは、「とても贅沢なことでした」とも語っている。カンヌに選ばれた一因かもしれない。 因みにスペイン語の〈Iluso〉は、夢想家または騙されやすい人をさします。
★ホナス・トゥルエバ(マドリード1981)は、父フェルナンド・トゥルエバ監督と製作者の母クリスティナ・ウエテの息、ダビ・トゥルエバ監督、ドキュメンタリー作家ハビエル・トゥルエバは叔父にあたる。父親が監督した『泥棒と踊り子』(09)で脚本家デビュー、「Todas las canciones hablan de mí」で監督デビュー、ゴヤ賞2011新人監督賞にノミネートされた。マラガ映画祭2015で審査員特別賞を受賞した「Los exiliados románticos」、ラテンビート2019で上映された『8月のエバ』、ゴヤ賞2022長編ドキュメンタリー賞を受賞したドク・ドラマ4部作「Quien lo impide」などで、キャリア&フィルモグラフィーを紹介をしています。

(仲睦まじいホナス・トゥルエバとイチャソ・アラナ、カンヌにて)
*「Los exiliados románticos」の紹介記事は、コチラ⇒2015年04月23日
*『8月のエバ』の紹介記事は、コチラ⇒2019年06月03日
*「Quien lo impide」の紹介記事は、コチラ⇒2021年08月16日

(イチャソ・アラナ、『8月のエバ』のフレームから)
★2022年の「Tenéis que venir a verla」が、EUフィルムデーズ2023で『とにかく見にきてほしい』という邦題で上映された。これには新作の主役二人イチャソ・アラナとビト・サンスも共演しています。若手ながら日本語字幕入りで鑑賞できる幸運な監督の一人です。
★『8月のエバ』で脚本家デビューした主演のイチャソ・アラナ(1985)は、監督のパートナーで新作でも脚本を共同執筆しています。Netflixで配信された初期の作品「La reconquista」(16、邦題『再会』)、ダニエル・サンチェス・アレバロの『最後列ガールズ』(TVミニシリーズ6話)に出演しています。同じくダビ・トゥルエバ作品の常連でもあるビト・サンスも今回脚本執筆に参画、直近ではマラガ映画祭2024出品のダビ・トゥルエバの「El hombre bueno」に出ている。アレの父親を演じている実父フェルナンド・トゥルエバはIMDbにはクレジットされているが、スクリーンには現れないようです。現れるのは古びたガウンだったり、バスローブらしい(笑)。二人を取り巻く登場人物は、映画業界の端っこで働く人々です。
*『再会』の紹介記事は、コチラ⇒2016年08月11日
*「El hombre bueno」の紹介記事は、コチラ⇒2024年03月08日

(ビト・サンスと共演のホルヘ・サンス、「El hombre bueno」フレームから)
★撮影監督のサンティアゴ・ラカは、「Los ilusos」、『再会』、『8月のエバ』、『とにかく見にきてほしい』ほか、当ブログ紹介のカルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』、カルラ・シモンの『悲しみに、こんにちは』、リノ・エスカレラの『さよならが言えなくて』など、慎重なフレーミングと落ち着いたトーンで観客を魅了している。まだ予告編はアップされていないが楽しみである。また本作には40年代のハリウッド再婚コメディ、例えばケーリー・グラントが早口でまくしたてるハワード・ホークスの『ヒズ・ガール・フライデー』の2024年版と紹介されているから、離婚式ではなく再婚式のリハーサルでしょうか。
A.J. バヨナ監督がパルムドールの審査員に*カンヌ映画祭2024 ― 2024年05月07日 16:25
審査委員長は『バービー』のグレタ・ガーウィグ監督に!

★間もなく開催される第77回カンヌ映画祭2024(5月14日~25日)のコンペティション部門の審査団が発表になっています。日本からも是枝裕和監督が選出されたことがニュースになっていました。審査団の委員長に『バービー』や『レディ・バード』のグレタ・ガーウィグ監督(1983)が選ばれ、女性監督が委員長を統べるのはジェーン・カンピオン以来とか。女優、脚本家としての豊富なキャリアの持ち主だが長編映画としては『バービー』が3作目になり、40歳の委員長は最年少ではないがいかにも若い。以下の9名がパルムドールを選ぶ重責を担うことになりました。
★審査委員長グレタ・ガーウィグ(米の監督・脚本家・女優)、オマール・シー(仏の俳優・製作者)、エブル・ジェイラン(トルコの脚本家・写真家)、リリー・グラッドストーン(米の女優)、エヴァ・グリーン(仏の女優)、ナディーン・ラバキー(レバノンの監督・脚本家・女優)、A.J. バヨナ(西の監督・脚本家・製作者)、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ(伊の俳優)、是枝裕和(監督・脚本家)

(審査委員長グレタ・ガーウィグ監督)

★バヨナ監督は、長編デビュー作『永遠のこどもたち』(07)がカンヌ映画祭と併催の「批評家週間」にノミネートされた以外、本祭との関りは薄く、最近イベロアメリカ・プラチナ賞6冠の『雪山の絆』もベネチア映画祭でした。オマール・シーは、東京国際映画祭2011のさくらグランプリ受賞作『最強のふたり』で刑務所から出たばかりで裕福な貴族の介護者を演じた俳優、ナディーン・ラバキーは、2018年の審査員賞を受賞した『存在のない子供たち』の監督、2018年は是枝監督が『万引き家族』でパルムドールを受賞した年でした。

(A.J. バヨナ監督、ベネチア映画祭2023年9月10日)
★興味深いのがトルコのエブル・ジェイランで、カンヌの常連監督である夫ヌリ・ビルゲ・ジェイランの共同脚本家として活躍している。2003年のグランプリ『冬の街』、2008年の監督賞『スリー・モンキーズ』、2011年のグランプリ『昔々、アナトリアで』、そして劇場初公開となった2014年のパルムドール『雪の轍/ウィンター・スリープ』などの脚本を共同で執筆している。2014年の審査委員長がジェーン・カンピオン監督でした。
★また異色の審査員がリリー・グラッドストーン、先住民の血をひく女優で、2016年のケリー・ライヒャルトの群像劇『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』で、複数の助演女優賞を受賞している。またスコセッシ監督の『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で、先住民出身の女優として初めてゴールデングローブ賞2024主演女優賞を受賞したばかり、今年の審査団はコンペティションの作品以上に興味が尽きない。
★スペインからは、カンヌ本体とは別組織が運営する「批評家週間」(5月15日~24日)の審査員に、『ザ・ビースト』(公開タイトル『理想郷』)のロドリゴ・ソロゴジェンが選ばれています。本作は2022年カンヌ・プレミェール部門で上映されました。彼にしろバヨナにしろ、比較的若手ながらバランス感覚の優れたシネアストが審査員に選ばれるようになりました。

(本作でセザール外国映画賞を受賞したロドリゴ・ソロゴジェン、2023年2月24日)
カンヌ映画祭欠席に関するエリセ監督の公開書簡*カンヌ映画祭2023 ― 2023年05月30日 14:16
泥沼化の様相を示しはじめた両者の言い分

(特別ゲストのジェーン・フォンダからトロフィを受けとったジュスティーヌ・トリエ)
★5月27日、カンヌ映画祭はパルムドールにジュスティーヌ・トリエのスリラー「Anatomy of a Fall」(仏)を選んで閉幕しました。女性監督の受賞は76回にして3人目(!)。是枝チームの『怪物』も脚本賞(坂元裕二)とクィア・パルム賞(是枝裕和)を受賞、ヴィム・ヴェンダースの「Perfect Days」(日本)に公衆トイレの清掃員役で主演した役所広司が男優賞を受賞するなど、日本勢には収穫のあるカンヌでした。坂元氏は帰国しており、監督が代理で受け取った。スペインはコンペティション部門ノミネートはありませんでしたが、カンヌFF併催の「監督週間」にノミネートされていたエレナ・マルティン・ヒメノの「Creatura」が、2003年に新設された「最優秀ヨーロッパ映画賞」を受賞しました。
*「Creatura」の作品紹介は、コチラ⇒2023年05月22日

(脚本賞を代理で受け取った是枝監督と男優賞受賞の役所広司)

(帰国した監督からトロフィを受け取った坂元裕二)

(赤いドレスがエレナ・マルティン・ヒメノ監督、カンヌFF5月22日)
★スペインでは5月24日に、ビクトル・エリセ監督のカンヌ欠席の続報がエル・パイス紙に掲載され、何やら不穏な空気が漂っています。誰もが予想したように矢張り見解の相違というか舞台ウラのゴタゴタがあったようです。というのもエリセ監督が「カンヌ映画祭欠席についての公開書簡」をエル・パイスに寄稿したことで明るみに出ました。書簡の大要は、選考システムに疑問を呈しているのではなく、「Cerrar los ojos」(スペイン、アルゼンチン)がどのセクションで上映されるのかについてのカンヌ側の、具体的には総代表ティエリー・フレモーの情報不足を問題にしています。しかしカンヌの主催者はエリセとの対話の欠如を否定して、公開書簡に「私たちは驚いています」と反応した。

★書簡の要点は以下の通り(文責&ゴチック体は管理人):
*カンヌへの欠席は、4月28日にティエリー・フレモー宛に手紙で伝えている。
*コンペティション関係者の情報筋の話として、「Cerrar los ojos」をコンペに含めなかったのは、本作が「完成していなかったから」というものでした。しかしそれは間違いです。
*3月24日、映画の最終カットを含む QuickTime でカンヌの選考委員会に作品を送ったが、etalonaje digital(作品全体のトーン決定や前後のカットの色味を合わせること)に対応する補正は行われていなかった。・・・これは進行中の作品においては一般的なことで、選考委員会によって受け入れられた。
*その後、DCP(デジタル・シネマ・パッケージ、デジタルで上映する際の標準的な配信形式)が収録され、パラシオ・デ・フェスティバルで上映された。従って、数日前まで「完成」していなかったため委員会が見ることができなかったと断言したり、それが理由でコンペに入らなかったと言うのは誤りです。カンヌ・プルミェール部門上映が準備できていたなら、どうしてコンペ部門に間に合わなかったのかと疑問に思う人は少なくないでしょう。
管理人:4月13日、コンペティション部門とカンヌ・プルミェール部門は同日発表された。以上が書簡の前半部分です。しかしエリセの主張するように対話不足があっても選ばれていたら・・・と考えると心境は複雑です。
*コンペティション部門の決定を待っていた3月から4月にかけて、「監督週間」の総代表ジュリアン・レジル氏とフランス専門批評学部長ジャン・ナルボーニ氏から「監督週間」の特別セッションでの上映を提案された。直ぐにティエリー・フレモーに手紙を認め、コンペに選ばれない場合には、他の選択肢を検討できるよう事前に知らせてくれと伝えました。これは慣例です。カンヌの「監督週間」、またはカンヌ以外のロカルノ、ベネチア映画祭を検討したいからです。しかし一向に梨のつぶてでした。
*最終的な結果を4月13日朝の公式プレス会見で私は初めて知りました。最初に書いた通り4月28日、プレゼンテーションに出席しない理由を説明した手紙でフレモーに伝えました。
*コンペティション部門に選ばれなかったことに対する抗議や拒絶とはほとんど無関係です。
★エリセは「監督週間」にも作品を送っていたことになり、当委員会が数週間も「プロトコルの時間がなくなるまで、提案を保ち続けた」とも書いている。「この特別セッションには前例があり、それはフランシス・フォード・コッポラである」ともエリセは書いている。カンヌ側の公式発表は、コンペティションに含めないという決定は「通常のルート内で行われた」と回答し、エリセが主張している対話の欠如はなかったとした。論点がずれて嚙み合いませんね、監督は選考システムに疑問を呈しているわけではないからです。こういう泥仕合は楽しくありませんから終わりにしますが、今後に禍根を残さないか、特にこれから始まるサンセバスチャン映画祭SSIFFが気になります。ここ数年フレモー氏はこのスペインの映画祭に欠かさず足を運んでいるからです。
★カンヌのセクションには、コンペティション、特別セッション、コンペティション外、カンヌ・プルミェール、新人枠の「ある視点」などに分かれていますが、コンペとコンペ以外では数段の差があります。ですから4月13日の発表前にエリセの新作を観ていたスペインの批評家、海外メディア関係者に動揺が走ったそうです。当然コンペに選ばれると思っていたからでしょうか。ノミネートされた「カンヌ・プルミェール」部門は、2021年新設されたもので上映回数もたったの2回、ワールドプレミアこそドビュッシー劇場でしたが、2回目は車での移動が必要だったそうです。
★SSIFFの代表ディレクターのホセ・ルイス・レボルディノス氏は、「選考プロセスは、監督でなく製作者と話し合います。映画祭のプログラマーは、映画の販売権を持っている人物と必ず面会する。その人物が監督であることは殆どない。しかしエリセのケースでは彼も共同プロデューサーであるから、この言い訳は通用しません」と、エル・パイスに語っている。選考委員会は映画祭の規模によりさまざまだそうで、SSIFFの場合は「12人で構成」されている。レボルディノス氏は、カンヌが受け取った作品の数を知るには、「昨年SSIFFで3990本、そのうち短編が600本だったと言えば十分でしょう」とコメントした。コロナ下でもすごい数です。カンヌは桁が違うのでしょう。
★コンペに選ばれる作品は「フランスとの強い繋がりがあるのは明らか、フランスとの共同製作か、フランスの販売代理店が背後にいるかのどちらか」とアルベルト・セラ。昨年コンペ入りした彼の新作『パシフィクション』は、フランスとの共同製作、言語もフランス語と英語でした。ロドリゴ・ソロゴジェンの『ザ・ビースト』は、フランスとの合作でしたが、エリセと同じカンヌ・プルミェール部門でした。因みに前回のパルムドールは、スウェーデンのリューベン・オストルンドの『逆転のトライアングル』、これもフランスとの合作、芸術性が大切なのは当たり前ですが産業も考慮しなければ勝ち残れません。個人的には鑑賞できればよいのですが、時間が少しかかるかもしれません。カンヌは終わりにしてサンセバスチャン映画祭(9月22日~30日)の情報を発信する予定です。
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