ロドリゴ・プラの新作『もうひとりのトム』*東京国際映画祭20212021年10月21日 11:25

        ロドリゴ・プラ&ラウラ・サントゥリョの新作「The Other Tom

 

     

              (スペイン語版のポスター)

 

★東京国際映画祭 TIFF コンペティション部門に、ロドリゴ・プララウラ・サントゥリョ夫妻デュオ監督のThe Other TomEl otro Tom)が『もうひとりのトム』の邦題でノミネートされました。第78回ベネチア映画祭2021オリゾンティ部門正式出品作品です。プラ監督は前作『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』TIFF 2015で上映された折に、プロデューサーのサンディノ・サラビア・ビナイと来日してQ&Aに出席しております。彼は新作でも製作者の一人として参加しています。前作はラウラ・サントゥリョの同名小説の映画化、自身も脚本を手掛けています。二人ともウルグアイ出身ですが、主にメキシコで映画製作に携わっております。新作もサントゥリョの同名小説の映画化、今回、監督デビューを果たしました。

 

     

 (ロドリゴ・プラ、ラウラ・サントゥリョ、ベネチア映画祭2021フォトコール)

  

 

 『もうひとりのトム』The Other Tom El otro Tom

製作:BHD Films / Buenaventura

監督・脚本:ロドリゴ・プラ、ラウラ・サントゥリョ

原作:ラウラ・サントゥリョの The Other Tom

撮影:オディ・サバレタ

編集:ミゲル・シュアードフィンガー

美術:アナ・べリード

 

データ:製作国メキシコ=米国、英語・スペイン語、2021年、ドラマ、111

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2021コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門、ベネチア映画祭2021オリゾンティ部門、ワルシャワ映画祭監督賞受賞、東京国際映画祭コンペティション部門、各正式出品作品

 

キャスト:フリア・チャベス(エレナ)、イスラエル・ロドリゲス・ベルトレッリ(息子トム)、リア・ミラー(バルバラ医師)、ホルヘ・カストロ(体育教師)、ソフィア・プリエト(カルラ)、ミシェル・フローレス(救急看護師)、マリシア・ドミンゲス(リタ)、フランコ・リコ(バルの男)、マリナ・カルバレナ(サビナ先生)、グロリア・カルデン(学校の保健婦)、アレハンドラ・ドサル(精神科医)、ハコ・ロドリゲス(トムの代理人)、他多数

 

ストーリー:テキサス州エル・パソで社会福祉に頼っているシングルマザーのエレナと息子トムの物語。トムは落ち着きのない多動性のため学校では <問題児> の烙印をおされている。父親の不在が二人の関係を一層複雑にしている。精神科医はトムを多動性障害ADHDと診断して薬を処方する。しかし母親のエレナは、その強い副作用を怖れて投薬治療を拒み、ゴミ箱に捨ててしまう。魂のこもった目とウェーブのかかった長い髪の子どもが怪我をしたことで、エレナは窮地に追い込まれる。観客は <もうひとり> のトムを目にすることができるでしょうか。

 

       

               (トムを演じたイスラエル・ロドリゲス、フレームから)

 

           

        (母エレナを演じたフリア・チャベス、フレームから)

 

★今年のTIFFでは、コンペティション部門とワールド・フォーカス部門(『箱』)でメキシコ=米国合作映画が2本上映されます。しかし監督は本作が両監督ともウルグアイ、『箱』のロレンソ・ビガスがベネズエラと、自国では映画製作のできない南米の出身者です。2作ともカンヌではなくベネチアでワールドプレミアされたのも意味深いことと思います。このコロナ禍のなかでも『もうひとりのトム』のクルーは、『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』以来6年ぶりとなるベネチアに大挙してやってきました。中南米諸国のシネアストはベネチアを目指しているようです。

 

       

 (左から、製作者アレハンドロ・デ・イカサ、同ガブリエラ・マルドナド、デュオ監督、

    美術アナ・べリード、撮影オデ・サバレタ、ベネチアFF 2021 フォトコール)

 

★前作『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』はラウラ・サントゥリョの同名小説の映画化、実態が見えない官民の医療制度のもとで、一般の人々が押しつぶされていくメキシコ社会の脆弱性と闘う母子を描いていました。新作も作家の同名小説にもとづいており、医学や教育を <よく知っている> と思われている専門家のアドバイスの危険性を本能的に察知して抵抗する若い母親とその息子を描いています。粗末な家での母と息子が共有する優しい穏やかな時間、トムは本当に ADHD なのかどうか。落ち着きのない騒々しい子供は学校や教師から歓迎されない、鎮静化する必要があります。ホワイトでない、つまりヒスパニックであること、父親不在の家庭、夜遅くまで残業しなければならない母親、エル・パソを流れるリオグランデ川の向こうはメキシコです。

 

     

       (フリア・チャベスとイスラエル・ロドリゲス、フレームから)

 

『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』(Un monstruo de mil cabezas)の作品紹介と監督フィルモグラフィーは、チラ20151103

   

    

              (英語版のポスター)

 

スペイン映画 『ザ・ドーター』*東京国際映画祭20212021年10月16日 15:03

     マヌエル・マルティン=クエンカの新作「La hija」はスリラー

     

 

    

★東京国際映画祭TIFF 20211030日~118日)のコンペティション部門でアジアン・プレミアされる、マヌエル・マルティン=クエンカの新作La hija『ザ・ドーター』)は、トロント映画祭でワールド・プレミアされ、サンセバスチャン映画祭SSIFF ではアウト・オブ・コンペティションで上映されたスリラー。SSIFFの上映後に、多くの人からセクション・オフィシアルにノミネートされなかったことに疑問の声が上がったようです。選ばれていたら何らかの賞に絡んだはずだというわけです。SSIFFでのマルティン=クエンカ作品は、2005年のMalas temporadas2013年の『カニバル』2017年のEl autor3回ノミネートされており3作とも紹介しております。新作スリラーはEl autorで主人公を演じたハビエル・グティエレスと、Aneでゴヤ賞2021主演女優賞を受賞したばかりのパトリシア・ロペス・アルナイス、新人イレネ・ビルゲスを起用して、撮影に6ヵ月という昨今では珍しいロングロケを敢行しています。

 

        

 (ロケ地アンダルシア州ハエン県のカソルラ山脈にて、左端が監督、201911月)

  

『不遇』(Malas temporadas)の作品紹介は、コチラ201406110702

『カニバル』の作品紹介は、コチラ20130908

El autor」の作品紹介は、コチラ20170831

 

 

  『ザ・ドーター』(原題 La hija

製作:Mod Producciones / La Loma Blanca / 参画Movister+ / RTVE / ICCA / Canal Sur TV

      協賛Diputación de Jaén

監督:マヌエル・マルティン=クエンカ

脚本:アレハンドロ・エルナンデス、マヌエル・マルティン=クエンカ、フェリックス・ビダル

撮影:マルク・ゴメス・デル・モラル

音楽:Vetusta Moria

編集:アンヘル・エルナンデス・ソイド

美術:モンセ・サンス

プロダクション・マネージメント:ロロ・ディアス、フラン・カストロビエホ

製作者:(Mod Producciones)フェルナンド・ボバイラ、シモン・デ・サンティアゴ、(La Loma Blanca)マヌエル・マルティン=クエンカ、(エグゼクティブ)アラスネ・ゴンサレス、アレハンドロ・エルナンデス、他

 

データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、スリラー・ドラマ、122分、撮影地アンダルシア州ハエン県、カソルラ山脈、期間201911月~20204月、約6ヵ月。配給Caramel Films、販売Film Factory Entertainment、公開スペイン1126

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2021、サンセバスチャン映画祭2021アウト・オブ・コンペティション(9/22)、東京国際映画祭2021コンペティション(10/30

 

キャスト:ハビエル・グティエレス(ハビエル)、パトリシア・ロペス・アルナイス(ハビエルの妻アデラ)、イレネ・ビルゲス(イレネ)、ソフィアン・エル・ベン(イレネのボーイフレンド、オスマン)、フアン・カルロス・ビリャヌエバ(ミゲル)、マリア・モラレス(シルビア)、ダリエン・アシアン、他

 

ストーリー15歳になるイレネは少年院の更生センターに住んでいる。彼女は妊娠していることに気づくが、センターの教官ハビエルの救けをかりて人生を変える決心をする。ハビエルと妻のアデラは、人里離れた山中にある彼らの山小屋でイレネと共同生活をすることにする。唯一の条件は、多額の金銭と引き換えに生まれた赤ん坊を夫婦に渡すことだった。しかしイレネが、胎内で成長していく命は自分自身のものであると感じ始めたとき、同意は揺らぎ始める。雪の山小屋で展開する衝撃的なドラマ。

 

     

                   (イレネ役イレネ・ビルゲス、フレームから)

 

     

          (ハビエルとアデラの夫婦、フレームから)

  

 

 サンセバスチャン映画祭ではコンペティション外だった『ザ・ドーター』

 

★サンセバスチャン映画祭ではセクション・オフィシアルではあったが、賞に絡まないアウト・オブ・コンペティションだったのでご紹介しなかった作品。SSIFFには、上記の3作がノミネートされ、2005年に新人監督に贈られるセバスティアン賞を受賞しているだけで運がない。というわけで今回の東京国際映画祭に期待をかけているかもしれない。今年の審査委員長はイザベル・ユペールがアナウンスされているが、どうでしょうか。

 

     

 (マヌエル・マルティン=クエンカとハビエル・グティエレス、SSIFFフォトコール)

 

3人の主演者、ハビエル・グティエレスについては、「El autor」のほか、アルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』14)、イシアル・ボリャインの『オリーブの樹は呼んでいる』(16)、ハビエル・フェセルの『だれもが愛しいチャンピオン』(18)、ダビ&アレックス・パストールの『その住人たちは』(20)などで紹介しております。バスク州の州都ビトリア生れのパトリシア・ロペス・アルナイスは、ダビ・ペレス・サニュドのバスク語映画「Ane」で、ゴヤ賞2021主演女優賞のほか、フォルケ賞、フェロス賞などの女優賞を独占している。アメナバルの『戦争のさなかで』では、哲学者ウナムノの娘マリアを好演している。難航していたイレネ役にはオーディションでイレネ・ビルゲスを発掘できたことで難関を突破できたという。監督は女優発掘に定評があり、当時ただの美少女としか思われていなかった14歳のマリア・ベルベルデを起用、ルイス・トサールと対決させて、見事女優に変身させている。

   

     

 (主役の3人、グティエレス、ビルゲス、ロペス・アルナイス、SSIFFフォトコール)

 

★共同脚本家のアレハンドロ・エルナンデスは、「Malas temporadas」以来、長年タッグを組んでいる。彼はアメナバルの『戦争のさなかで』やTVシリーズ初挑戦のLa fortunaも手掛けている。他にマリアノ・バロッソやサルバドル・カルボなどの作品も執筆している。キューバ出身だが20年以上前にスペインに移住した、いわゆる才能流出組の一人です。撮影監督のマルク・ゴメス・デル・モラルは、ストーリーの残酷さとは対照的な美しいフレームで監督の期待に応えている。既に長編映画7作目の監督がコンペティション部門にノミネートされたことに若干違和感がありますが、結果を待ちたい。

 

                       

    

              

 

ハビエル・グティエレスのキャリア紹介は、コチラ20190325

パトリシア・ロペス・アルナイスのキャリア紹介は、コチラ20210127


クララ・ロケの『リベルタード』*ラテンビート20212021年10月12日 17:36

             『リベルタード』――東京国際映画祭との共催上映

 

          

 

★前回触れましたように今年18回を迎えるラテンビート2021は、バルト9での単独開催及びデジタル配信もなく、東京国際映画祭との共催上映3作のみになりました。しかし、日本未公開のスペイン語圏の名作を中心に紹介する通年の配信チャンネル《ラテンビート・クラシック》(仮題)を準備中ということです。いずれ公式のサイトが発表になるようです。3作のうち当ブログ未紹介のクララ・ロケのデビュー作『リベルタード』のご紹介。カンヌ映画祭と併催の第60回「批評家週間」でワールドプレミアされています。1988年バルセロナ出身のロケ監督は、既に脚本家として実績を残しており、自身も「監督より脚本を構想するほうが好き」と、インタビューで語っています。

  

『リベルタード』(原題 Libertad

製作:Bulletproof Cupid / Avalon / Lastor Medíaº

監督・脚本:クララ・ロケ

音楽:Paul Tyan ポール・タイアン

撮影:グリス・ジョルダナ

編集:アナ・プファフPfaff

キャスティング:イレネ・ロケ

プロダクション・デザイン:マルタ・バザコ

衣装デザイン:Vinyet Escobar ビンジェ・エスコバル

メイクアップ&ヘアー:(メイクアップ)バルバラ・ブロック Broucke、(ヘアー)アリシア・マチン

プロダクション・マネージメント:ジョルディ・エレロス、ゴレッティ・パヘス

製作者:セルジ・モレノ、ステファン・シュミッツ、マリア・サモラ、トノ・フォルゲラ、

 

データ:製作国スペイン=ベルギー、スペイン語、2021年、ドラマ、104分、撮影地バルセロナ、公開スペイン20211119日予定

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭併催の第60回「批評家週間」2021作品賞・ゴールデンカメラ賞ノミネーション、アテネ映画祭、ヘント映画祭、エルサレム映画祭国際シネマ賞、第66回バジャドリード映画祭2021Seminci)オープニング作品、各ノミネート

 

キャスト:マリア・モレラ・コロメル(ノラ)、ニコル・ガルシア(リベルタ―ド)、ノラ・ナバス(ノラの母テレサ)、ビッキー・ペーニャ(ノラの祖母アンヘラ)、カルロス・アルカイデ(マヌエル)、カロル・ウルタド(ロサナ)、マチルデ・レグランド、オスカル・ムニョス、マリア・ロドリゲス・ソト、ダビ・セルバス、セルジ・トレシーリャス、他

 

ストーリー:ビダル一家は、進行したアルツハイマー病に苦しむ祖母アンヘラの最後の休暇を夏の家で過ごしている。14歳のノラは、生まれて初めて自分の居場所が見つからないように感じている。子供騙しのゲームは卒業、しかし大人の会話には難しくて割り込めない。しかし祖母の介護者でコロンビア人のロサナと、ノラより少し年長の娘リベルタードが到着して、事情は一変する。反抗的で魅力的なリベルタードは、ノラにとって別の玄関のドアを開きます。二人の女の子はたちまち強烈で不均衡な友情を結んでいく。家族の家がもっている保護と快適さから二人揃って抜け出し、ノラはこれまで決して得たことのない自由な新しい世界を発見する。カタルーニャの裕福な家族出身のノラ、コロンビアで祖母に育てられたリベルタード、異なった世界に暮らしていた二人の少女の友情と愛は、不平等な階級の壁を超えられるでしょうか。

 

       

           (ノラとリベルタード、フレームから)

 

 

    先達の存在に勇気づけられる――私は脚本家だと思っています

 

★監督紹介:クララ・ロケは、1988年バルセロナ生れ、バルセロナ派の脚本家、監督。ポンペウ・ファブラ大学で視聴覚コミュニケーションを専攻、奨学金を得てコロンビア大学で脚本を学んだ。自身は脚本家としての部分が多いと分析、脚本家デビューはカルロス・マルケス=マルセ10.000 Km14)、またハイメ・ロサーレス『ペトラは静かに対峙する』(原題Petra18)を監督と共同執筆している。監督としては、長編デビュー作とも関連する終末ケアをする女性介護者をテーマにした、短編El adiós(バジャドリード映画祭2015金の麦の穂受賞)やLes bones nenes16)、TVミニシリーズ「Tijuana」(193話)、「Escenario 0」(201話)を手掛けている。『リベルタード』が長編デビュー作。

   

10.000 Km」の作品紹介は、コチラ20140411

『ペトラは静かに対峙する』の作品紹介は、コチラ20180808

      

        

     

 (短編El adiós」で金の麦の穂を受賞したクララ・ロケ、バジャドリードFF授賞式

 

★カンヌにもってこられたのは「本当に夢のようです。上映を待っていたのですが、パンデミアの最中だったので難しかった。カンヌが2021年の映画祭で上映することを提案してくれた」と監督。スペイン映画としてノミネートは本作だけでした。「カタルーニャでは、女性シネアストが多く、イサベル・コイシェのような存在が大きかった。映画の世界は男性だけのものではないという希望を私に与えてくれたからです」と。他にイシアル・ボリャイン、アルゼンチンのルクレシア・マルテルフリア・ソロモノフ、オーストラリアのジェーン・カンピオン、バルセロナ出身の先輩ベレン・フネスなどを挙げている。男性では、上記のロサーレスとマルケス=マルセの他に、『ライフ・アンド・ナッシング・モア』のアントニオ・メンデス・エスパルサを挙げている。マリア・ソロモノフ監督はコロンビア大学の彼女の指導教官、現在は映画製作と並行して、ブルックリン大学シネマ大学院で後進の指導に当たっている。

 

 

  少女から大人の女性へ――揺れ動くアイデンティティ形成段階の少女たち

 

★カンヌ映画祭には運悪くコロナに感染していて自身でプレゼンができなかった。シネヨーロッパのインタビューも電話でした。タイトルの Libertad は、主人公の名前から採られていますが、それを超えています。「この映画の中心テーマです。自由とは何かということです。本当に自由を選ぶ手段をもっている人だけのものか、自由はもっと精神的な何かなのか。劇中にはいろいろなやり方で自由を模索する登場人物が出てきます」と監督。

 

    

         (マリア・モレラに演技指導をするクララ・ロケ監督)

 

★ノラの祖母を介護しているロサナはコロンビアからの移民、幼い娘リベルタードを母に預けてスペインに働きに来ていた。そこへ10年ぶりに15歳になった娘がやってくる。裕福なノラの家族、貧困で一緒に暮らせなかった家族という階級格差、移民によって提供されるケアの問題が浮き彫りになる。両親から受け継いだアイデンティティ、特に母から娘に受け継がれたパターンから逃れるのはそう簡単ではない。子供から大人の女性への入口は、アイデンティティが形成される段階にあり、多くの女性監督を魅了し続けている。「自分を信頼することが一番難しい。自身を信頼することが重要」と監督。

 

    

        (ノラの母親役ノラ・ナバス、リベルタードの母親役カロル・ウルタド)

 

★「キャスティングの段階で、介護者となるプロでない女優を探していた。そのとき出身国に自分の子供たちを残して他人のケアをしている人には大きなトラウマがあることに気づきました。10年間も母親に会っていない娘が突然現れたらというアイデアが浮かびました」と、本作誕生の経緯をシネヨーロッパのインタビューで語っている。インタビュアーからブラジルのアナ・ミュイラート『セカンドマザー』15)との類似性を指摘されている。サンダンス映画祭でプレミアされ、ベルリン映画祭2015パノラマ部門の観客賞を受賞、本邦でも20171月に公開されている。監督は「既に脚本を書き始めていて、(コロンビア大学の指導教官の)フリア・ソロモノフから観るように連絡を受けた。異なるプロフィールをもっていますが、どちらも進歩的と考えられる中産階級やブルジョア社会に奉仕することで生じてくる不快感が語られています。これを語るのは興味深いです」とコメントしている。

 

★最初は別の2本のスクリプトを書いていた。一つは母と娘が再会する移民の話、もう一つは祖母、母、娘が最後の夏休暇を過ごす話でした。「アンディ・ビーネンから単独では映画として機能しないから、一つにまとめる必要があると指摘された」とアンディ・ビーネンはコロンビア大学の指導教官で、キンバリー・ピアーズが実話をベースにして撮った『ボーイズ・ドント・クライ』(99)を監督と共同執筆した。観るのがしんどい映画でしたね。こうして2つのスクリプトが合流して、バックグランドに流れる牧歌的な平和を乱す『リベルタード』は完成した。

  

     

           (子役出身のマリア・モレラ)

 

★リベルタ―ド役のニコル・ガルシアは本作でデビュー、ノラ役のマリア・モレラは長編2作目、生まれも育ちも異なる対照的な性格の女の子を好演した。脇を固めるのがベテランのノラ・ナバスビッキー・ペーニャ、最近TVミニシリーズの出演が多いマリア・ロドリゲス・ソトは、2019年にカルロス・マルケス=マルセの「Els dies que vindran」で主演、マラガFF銀のビスナガ女優賞を受賞しているほか、ベレン・フネスの「La hija de un ladrón」、カルレス・トラスの『パラメディック-闇の救急救命士』(Netflix 配信)にも出演している。3作とも当ブログにアップしておりますが、今回は脇役なので割愛します。

  

   

          (本作デビューのニコル・ガルシア)


第18回ラテンビート2021*東京国際映画祭共催上映2021年10月08日 15:41

      今年のラテンビートは東京国際映画祭共催上映の3作品のみ

 

   


★残念ながら、ラテンビート2021は危惧していた通りになってしまいました。東京国際映画祭TIFF1030日~118日)共催上映の3作品のみとなりました。せめてオンライン上映だけでもと思っていましたが叶いませんでした。3作のうちロレンソ・ビガス『箱』(原題 La caja)と、アレックス・デ・ラ・イグレシア『ベネシアフレニア』(原題 Veneciafrenia)は、既に原題でご紹介しています。クララ・ロケ『リベルタード』(原題 Libertad)は次回アップします。

 

            TIFF 共催上映の3作品

 

『箱』(原題 La caja2021、製作国メキシコ=米国、スペイン語、スリラー・ドラマ、92

監督:ロレンソ・ビガス(ベネズエラ)

トレビア:『彼方から』がベネチア映画祭2015金獅子賞を受賞している。ベネチア映画祭2021コンペティション部門、トロント映画祭、サンセバスチャン映画祭2021ホライズンズ・ラティノ部門ノミネート作品。

紹介記事は、コチラ20210907

    

 

  

 

『ベネシアフレニア』(原題 Veneciafrenia2021、製作国スペイン、スペイン語、スラッシャー・ホラー、100

監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア(スペイン)

トレビア:デビュー作『ハイル・ミュタンテ 電撃XX作戦』以来タッグを組んでいる脚本家ホルヘ・ゲリカエチェバリアと共同執筆、痛みのジェットコースター、エモーションと凍りついた笑い満載、現地ベネチアにて撮影。

作品紹介は、コチラ20211006

 

     

 

 

『リベルタード』(原題 Libertad2021、製作国スペイン=ベルギー、スペイン語、ドラマ、104

監督:クララ・ロケ(スペイン)

トレビア:カンヌ映画祭「批評家週間」にノミネートされた監督デビュー作。

 監督キャリア&作品紹介予定

作品紹介は、コチラ⇒2021年10月12日

    

  

  

 

★以上3作です。その他、コンペティション部門にベテラン監督と称してもいいマヌエル・マルティン=クエンカ『ザ・ドーター』(原題 La hija)が選ばれていました。トロント映画祭でワールドプレミアされた関係で、サンセバスチャン映画祭ではアウト・オブ・コンペティション枠でした。TIFFのコンペティション部門はデビュー作から23作目までと聞いておりましたが、コロナ禍の昨年から幅が広がっています。また、共にウルグアイ出身でメキシコで製作しているロドリゴ・プララウラ・サントゥリョ夫妻が手掛けた『もうひとりのトム』(原題 The Other Tom)の言語は英語です。反対に言語はスペイン語、メキシコでオールロケしたというルーマニアの監督テオドラ・アナ・ミハイ『市民』(原題 La civil)も選ばれており、今年の国際映画祭の話題作がノミネートされています。ロドリゴ・プラはTIFF 2015『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』で来日しています。次回からアップしていく予定です。

東京国際映画祭のチケット発売は、1023です。

     

  

         (マヌエル・マルティン=クエンカの『ザ・ドーター』から)

 

デ・ラ・イグレシアの新作ホラー「Veneciafrenia」*シッチェス映画祭2021年10月06日 17:35

    恐怖コレクション第1作目はベネチアを舞台におきる連続失踪事件の謎

 

      

 

★暫く静観気味だったアレックス・デ・ラ・イグレシアの新作Veneciafreniaが、第54回シッチェス映画祭2021107日~17日)でワールドプレミアされます。The Fear Collection(恐怖コレクション)全5作の第1作目、デ・ラ・イグレシアとカロリナ・バング夫妻が設立した制作会社 <Pokeepsie Films> とソニー・ピクチャーズ、アマゾン・スタジオが共同で製作します。既に2作目以降も準備中ということです。第1作の舞台は観光都市ベネチアを訪れた仲良しグループが次々に失踪するというホラー・サスペンスのようです。脚本はデビュー作『ハイル・ミュタンテ!電撃XX作戦』からタッグを組んでいるホルヘ・ゲリカエチェバリアとの共同執筆です。シッチェス映画祭上映は109日、スペイン公開は1126日に決定しています。いずれプライム・ビデオで見られるのでしょうか。

 

      

         (デ・ラ・イグレシア監督と製作者カロリナ・バング)

 

 Veneciafrenia2021

製作:Pokeepsie Films / Sony Picuures España / Amazon Studios / Eliofilm /

   TLM The Last Monkey

監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア

脚本:ホルヘ・ゲリカエチェバリア、アレックス・デ・ラ・イグレシア

音楽:ロケ・バニョス

撮影:パブロ・ロッソ

編集:ドミンゴ・ゴンサレス

美術:ホセ・ルイス・アリサバラガ、ビアフラ Biaffra

衣装デザイン:ラウラ・ミラン

メイクアップ:クリスティナ・アセンホ、アントニオ・ナランホ

製作者:カロリナ・バング、アレックス・デ・ラ・イグレシア、(エグゼクティブ)リカルド・マルコ・ブデ、イグナシオ・サラサール=シンプソン、アリエンス・ダムシ、他

 

データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、ホラー・サスペンス、100分、撮影地マドリード、ベネチア、期間202010月クランクイン、約7週間。The Fear Collection1作目。スペイン公開20211126

映画祭・受賞歴:第54回シッチェス映画祭2021正式出品(ワールドプレミア109日)

 

キャスト:イングリッド・ガルシア=ヨンソン、シルビア・アロンソ、ゴイセ・ブランコ、ニコラス・イロロ(ブランコのパートナー)、アルベルト・バング(ガルシア=ヨンソンの弟)、コジモ・ファスコ(暗殺者)、カテリーナ・ムリノ、エンリコ・ロ・ヴェルソ(タクシー運転手)、アルマンド・デ・ラッサ、ニコ・ロメロ、アレッサンドロ・ブレサネッロ(Colonna)、ディエゴ・パゴット(セールスマン)、ジュリア・パニャッコ(ジーナ)、ジャンカルロ・ユディカ・コルディーリア(ベネチア大使)、他

 

ストーリー:自然界には美と死のあいだに不可解な繋がりがあります。明るい灯台に引き寄せられる蛾のように、観光客が美しい都市ベネチアに押しよせ、灯りを少しずつ消していきます。ベネチアの人々は、過去数十年にわたる苦しみに怒りを爆発させ、侵略者を撃退するため生存本能を解き放ち、一部の人々がエスカレートさせていきます。そんなこととは露知らず、私たちの主人公、スペインの無邪気な観光客一行は、ベネチアを愉しむためにやってきました。しかしグループの一人が姿を消します。固い友情に結ばれていた友人たちが捜索を始めますが、やがて亀裂がおこり仲間割れが生じるようになる。彼らは自身の生き残りをかけて闘うことを余儀なくされることになるでしょう。

 

      

          (ベネチアでのクランクイン、2020109日)

 

 

      観光客にうんざりしている友好的でないベネチアの住民たち

 

アレックス・デ・ラ・イグレシアは「本作は、30人のスペイン観光客がベネチアに到着し、姿を消し始める、古典的なスラッシャー映画です」とコメント。スラッシャー映画というのは、にわか勉強ですが、殺人を含むホラー映画の非公式な総称、スプラッター映画や心理的ホラーなど他のホラーサブジャンルと区別するためできた用語で、イタリアの60年代のジャッロ映画に影響を受けているということです。

 

        

           (監督とVeneciafrenia」のポスター)

 

★脚本を共同執筆したホルヘ・ゲリカエチェバリアも「70年代から80年代にかけて流行したイタリアのジャッロ映画を再解釈したものです」と説明している。ジャッロ・スリラーはエロティシズムと心理的恐怖を織り交ぜた殺人ミステリー、正体不明の殺人者が登場し、壮大なやり方で殺害していくのが特徴ということです。3期に分かれていて古典期は197493年までの作品、例えば『悪魔のいけにえ』(74)、『暗闇にベルが鳴る』(74)、『エルム街の悪夢』(84)などが挙げられる。「コロナウイリスの前に、ラグーンで毎日下船する大きな船やクルーズ船に対する地元住民の大きな抗議がありました。それはベネチアの都市崩壊やディズニーランド化に繋がり、持続可能性を危険に晒すからというものでした」と、動機を語っている。上述したように監督のデビュー作からPerfectos desconocidos17)まで、TVシリーズ30 monedas30 Coins 2021)も含めて、殆どの作品でタッグを組んでおり、ブランカ・スアレスを起用した次回作El cuarto pasajeroも言うまでもない。

 

     

       (デ・ラ・イグレシア監督とホルヘ・ゲリカエチェバリア)

 

キャスト紹介:スペインサイドは、イングリッド・ガルシア=ヨンソンシルビア・アロンソゴイセ・ブランコTVシリーズ『ミダスの手先』)の30代の仲良し3人組を軸にしている。主役のガルシア=ヨンソンによると「回りくどいことは嫌いだが、不安定で脆いところがある。結婚しているが、夫が同行しない友人たちとのベネチア旅行に参加する」役柄と説明している。シルビア・アロンソは1992年サラマンカ生れ、TVシリーズ出演後、クララ・マルティネス=ラサロの「Hacerrse mayor y otros Problemas」(18)で主役に起用された新人、ゴイセ・ブランコはマテオ・ヒル他の『ミダスの手先』(206話)がNetflixで配信されている。

イングリッド・ガルシア=ヨンソンのキャリア紹介は、コチラ20190329

 

 

  

      

   (別人のようにスマートになった監督の指示を受ける出演者たち、ベネチアにて)

 

TVシリーズ「30 Coins」出演のガルシア=ヨンソンの弟役アルベルト・バング、ゴイセ・ブランコのパートナー役ニコラス・イロロが加わる。1983年カセレス生れのニコ・ロメロTVシリーズ「La fortuna」『ケーブル・ガールズ』)、アルマンド・デ・ラッサ(『ビースト 獣の日』)など。

 

★イタリアサイドは、1977年サルディーニャ生れ、96年のミスイタリア4位のボンド・ガールの一人カテリーナ・ムリノ(『007/カジノ・ロワイヤル』、ネットフリックス配信の新作『マイ・ブラザー、マイ・シスター』)、コジモ・ファスコ(「30 Coins」)、エンリコ・ロ・ヴェルソ(『アラトリステ』)、1948年ベネチア生れのベテラン、アレッサンドロ・ブレサネッロ(『007スペクター』の神父役)、ジュリア・パニャッコなど出演者が多い。

 

★観光都市ですから多くの住民が観光で生計を立てているわけですが、全部の住民が観光客に頼っているわけではない。いずれ温暖化の影響で地盤沈下で住めなくなるとしても、それは今ではない。観光客を歓迎しない住民もいるということです。Veneciafrenia」が恐怖コレクションの第1作、既に「ジャウマ・バラゲロによるものと、ボルハ・コベアガが脚本を手掛けるエウヘニオ・ミラの作品が始動している」とデ・ラ・イグレシア監督、ベネチアはこのジャンルとうまく調和しているとも語っている。エウヘニオ・ミラは『グランドピアノ 狙われた黒鍵』(13)が公開されている。シッチェス映画祭も間もなく開幕しますが、ホラー大好き人間の評価は得られるでしょうか。痛みのジェットコースター、エモーションと凍りついた笑い満載ということです。


*追加情報:第34回東京国際映画祭2021「ワールド・フォーカス」部門で『ベネシアフレニア』の邦題で上映決定。第18回ラテンビート2021共催上映

  

ロレンソ・ビガスの新作「La caja」*サンセバスチャン映画祭2021 ⑲2021年09月07日 17:33

            5弾――『彼方から』6年ぶりの新作「La caja

   

        

   

★ホライズンズ・ラティノ部門ノミネートのロレンソ・ビガス(ベネズエラのメリダ1967)のLa cajaは、ベネチア映画祭2021のコンペティションでワールドプレミアされます(結果発表は911日)。監督は2015年のDesde allá金獅子賞を受賞、ラテンアメリカにトロフィーを運んできた最初の監督になりました。ラテンビート2016では『彼方から』の邦題で上映されています。ラテン諸国のなかでもベネズエラは、当時も現在も変わりませんが政情不安と貧困が常態化しており、映画産業は全くといっていいほど恵まれていません。受賞作はメキシコとの合作、新作はメキシコと米国の合作、監督は20年前にメキシコにやって来て映画製作をしており、ベネズエラは監督が生まれた国というだけです。メキシコのミシェル・フランコとは製作者として互いに協力関係にあります。新作の舞台はメキシコ北部のチワワ州の大都市シウダー・フアレス、アメリカと国境を接しているマキラドーラ地帯を背景にしています。キャリア&フィルモグラフィーは、『彼方から』でアップしています。

『彼方から』関連記事は、20150808同年100920160930

 

    

  (左から、エルナン・メンドサ、監督、ハッツィン・ナバレテ、ベネチアFF2021

 

 

 La caja / The Box

製作:Teorema(メキシコ)/ SK Global Entertainment / Labodigital(メキシコ)

監督:ロレンソ・ビガス

脚本:パウラ・マルコビッチ、ロレンソ・ビガス

撮影:セルヒオ・アームストロング

編集:パブロ・バルビエリ・カレーラ、イザベラ・モンテイロ・デ・カストロ

プロダクション・デザイン:ダニエラ・シュナイダー

プロダクション・マネージメント:サンティアゴ・デ・ラ・パス、マリアナ・ラロンド

衣装デザイン:ウルスラ・シュナイダー

視覚効果:エドガルド・メヒア、ディエゴ・バスケス・ロサ

キャスティング:ビリディアナ・オルベラ

音楽:マウリシオ・アローヨ

製作者:ミシェル・フランコ、ホルヘ・エルナンデス・アルダナ、ロレンソ・ビガス(以上はTeorema)、(エグゼクティブ)マイケル・ホーガン(SK Global Entertainment)、チャールズ・バルテBartheLabodigital)、ジョン・ペノッティ、ブライアン・コルンライヒ、キリアン・カーウィン、他多数

 

データ:製作国メキシコ=米国、スペイン語、2021年、スリラー・ドラマ、92分、撮影地チワワ州(シウダーフアレス、クレエル、サンフアニート、他)、パナビジョンカメラ(35ミリ)使用

映画祭・受賞歴:第78回ベネチア映画祭コンペティション部門ノミネーション(96日)、トロント映画祭2021上映、第69回サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門ノミネーション

   

キャスト:ハッツィン・ナバレテ(ハッツィン・レイバ)、エルナン・メンドサ(父親に似た男性)、クリスティナ・スルエタ(ノリタ)、エリアン・ゴンサレス、ダルス・アレクサ・アル・ファロ、グラシエラ・ベルトラン

  

ストーリー:死んだと信じている父親を探す13歳の少年ハッツィンの物語。メキシコシティ生れのハッツィンは、父親の遺骨を引き取るための旅に出ます。メキシコ最北部の広大な空だけに囲まれた共同墓地で発見されたからです。遺骨の入った箱を渡されるが、街中で父親と体形が似ている男を偶然目撃したことで、彼の父親の本当の居場所についての疑問と希望が少年を満たしていきます。ラテンアメリカ諸国に共通している父の不在、父性の問題、行方不明者の問題に踏み込んだスリラー。箱の中身は何でしょうか。<父性についての三部作> 最終章。

 

      

      (メキシコ最北部の砂漠で少年と父に似た男性、フレームから)

 

 

      La caja / The Box」は<父性についての三部作>の最終章

 

★デビュー作の早い成功は、多くの監督に次回作に大きなプレッシャーをもたらします。ロレンソ・ビガスも例外ではなかったでしょう。何しろ三大映画祭の一つ金獅子賞でしたから、「受賞にとらわれないようにすることに苦労した」と明かしている。『彼方から』のフィルモグラフィーでも述べたように、本作は2004年にカンヌ映画祭併催の「批評家週間」でプレミアされた短編映画Los elefantes nunca olvidan13分、製作ギジェルモ・アリアガ)を第1部、『彼方から』を第2部、新作が最終章とする三部作、監督にとっては必要不可欠な構想だったから、完結できたことを喜びたい。前2作と角度が違うのは、本作では父親の欠如がもたらす結果に踏み込んでいること、家族を維持するための父親をもつために、少年に何ができるかを掘り下げている。また90歳で死ぬまで描き続けたという父親で画家だったオスワルド・ビガスを描いたドキュメンタリーEl vendedor de orquídeas1675分)も、同じテーマなのでリストに入れてもいいということです。

 

       

       (父親を配したEl vendedor de orquídeas」のポスター

 

★キャストは、舞台演出家でベテラン俳優のエルナン・メンドサを起用、ミシェル・フランコの『父の秘密』12)の凄みのある演技でアリエル賞にノミネート、アミル・ガルバン・セルベラほかのLa 4a Compañia16)でマイナー男優賞を受賞している。「ハッツィン・ナバレテと出会えたことが幸運だった」と語る監督は、主人公の少年探しは簡単ではなかったという。時間をかけて全国の学校を回り、犯罪率の高さで汚名を着せられているメヒコ州シウダー・ネツァワルコヨトルで彼を見つけるまで時間が掛った。ベネチアまで来られたのは彼の隠れた才能のお蔭だと言い切っている。またメキシコで出会った友人たちに感謝を忘れず「今回はメキシコを代表してやってきました」と述べた。以前から「自分はメキシコで生まれていなくてもメキシコ人です」と語っており、故国ベネズエラは遠くなりにけりです。

 

     

     (少年とエルナン・メンドサ扮する偶然出会った男性、フレームから)

 

★撮影地にはメキシコ北部としか決めていなかったが、チワワ州に到着して「ここでなければならない」と思った。それは風景の圧倒的な美しさと、そこにある現実の美しさと恐ろしさのコントラストが決め手だったようです。ビデオではなく35ミリ撮影に拘ったのは「35ミリは光がフィルムと目を通過するため、依然として人間の目に近い。ビデオは電子的に生成されるから、映画館で見るとき、技術的な進歩にもかかわらず画像を知覚する感情的な方法は依然として35ミリです」とエル・パイス(メキシコ版)のインタビューに応えている。テキサス州エル・パソと国境を接するシウダー・フアレスからクレエルまでチワワ州の10ヵ所で撮影した。クレエルではメキシコでは滅多に見られない降雪があり「とても印象的でした」と。私たちは映画の中で美しい降雪に出会うでしょう。

 

      

            (撮影中のロレンソ・ビガス監督)

 

1990年代からシウダー・フアレスで出現し、現在も続いている女性連続失踪事件に踏み込んだのは、メキシコに来て最初に直面した衝撃の一つだったからで、脚本に自然に登場したと述べている。<フアレスの女性の死者たち>と呼ばれる殺人事件で、犠牲者は2万人にのぼる。ロベルト・ボラーニョの遺作となった小説『2666』にも登場する。小説ではサンタテレサという架空の名前になっているがシウダー・フアレスがモデルである。犠牲者の多くがマキラドーラの多国籍企業の下請けで低賃金で働く女性労働者であり、映画では少年をマキラドーラ産業の或る製品組立工場に導いていく。国家公安機構事務局の統計によると、2020年で最も多かった自治体はシウダー・フアレス市だったという。

 

         

(マキラドーラ産業の或る製品組立工場、フレームから)

 

      

                  (林立する犠牲者の十字架、シウダー・フアレス)

 

★脚本を監督と共同執筆したパウラ・マルコビッチ(ブエノスアイレス1968)は、ビガス同様メキシコで映画製作をしていますが、アルゼンチン出身の監督、脚本家、作家、自身の小説が映画化されている。メキシコの監督フェルナンド・エインビッケの『ダック・シーズン』や『レイク・タホ』の脚本を監督と共同執筆して、もっぱらメキシコで仕事をしているのでメキシコ人と思われていますがアルゼンチン人です。監督デビュー作El premioは故郷に戻って、自身が生れ育ったサン・クレメンテ・デル・トゥジュという湯治場を舞台に軍事独裁時代を女の子の目線撮った自伝的要素の強い作品です。ベルリン映画祭2011でプレミアされ、アリエル賞2013初監督作品賞オペラ・プリマ賞以下、国際映画祭での受賞歴が多数あります。

   

    

              (El premio」のポスター

 

マキラドーラは、製品を輸出する場合、原材料、部品、機械などを無関税で輸入できる保税加工制度、1965年に制定された。この制度を利用しているのがマキラドーラ産業で、低賃金で若い労働力を得られることで、メキシコに進出して日本企業も利用している。


*追加情報:第34回東京国際映画祭2021「ワールド・フォーカス」部門で『箱』の邦題で上映決定になりました。第18回ラテンビート2021共催上映

  

『ファイアー・ウィル・カム』*ラテンビート2019 ⑤2019年10月23日 15:46

        悪人と蔑まれている人間を救済するための許しと家族愛の物語

 

              

          (オリジナル版ガリシア語ポスターO que arde

 

カンヌ映画祭2019「ある視点」審査員賞受賞、以来カルロヴィ・ヴァリ、エルサレム、ポーランドのニュー・ホライズンズ、サラエボ、トロント、サンセバスティアン、テッサロニキ、モスクワ、チューリッヒ、ニューヨーク、釜山、ロンドン、シカゴ、などの各映画祭をめぐって、東京&ラテンビートへやってきました。秋の映画祭上映を期待して、かなり詳しい記事をアップしてきた甲斐がありました。タイトルもガリシア語、スペイン語「Lo que arde」、フランス語、英語と、その都度二転三転しながら紹介してきましたが、英語タイトル『ファイアー・ウィル・カム』に落ち着きました。しかし監督名Oliver Laxe のカタカナ表記がオリヴァー・ラクセ(パリ1982)はどうでしょうか(当ブログではオリベル・ラセまたはオリベル・ラシェで紹介)。苗字のLaxe(西語Lage)はルゴ出身の母親の姓で、ガリシア語ではラシェ、パリ生れですが56歳ごろに母親の故郷に戻っているガジューゴです。

ガリシア語題O que ardeで作品紹介、コチラ201904280529

   

 

        

 (監督、アマドール・アリアス、ベネディクタ・サンチェス、カンヌFF 2019のフォトコール)

 

★フランスの9月公開に続いて、スペインでも1011日に公開された。各紙のコラムニストからは「これはいったい我々は何を見てるんだ、あんぐり口を開けたまま、鳥肌が立ち、心臓がバクバクした」と、その映像の力に驚いたコメントが寄せられている他、監督インタビュー記事も掲載された。「私と仲間は、既にロシア、イスラエル、トロント、サンセバスティアンなどで上映してきました。既にフランスでは公開され、スペインでも好意的な反応が得られた作品だと思います。それは本作がスペインで撮影した最初の映画ということ、前の2作にあった複雑さ、多義性、曖昧さを回避してバランスをとり、より多くの人々に開かれたものとしたからです。観客の心に残る長続きするエモーショナルな映画を心掛けてきましたが、現在ではよりクラシカルな物語性を付け加えました。それで正解でした」と語った。

 

           

               (放火犯アマドール、映画から)

 

★ロシアのガレージ・ミュージアム・モスクワで特別上映したとき、観客は祖母について語り、カナダのトロントFFではパン切りについて語った。それぞれ観客は映画の中に何かを捕まえることができた。それは知識人が持っていない何かです。監督は軌道修正したことが正しかったと確信したようです。放火魔アマドールが告白した愛は、出所した後に故郷に戻って老いた母親と一緒に暮らすことだった。「私たちのうち何人が85歳になる母親の世話に戻るでしょうか、少ないです」と監督。これは前にも書いたように「辛口のメロドラマ」なのでしょう。

 

          

      (撮影中のアマドール・アリアス、ベネディクタ・サンチェス、監督)

 

 

       山火事のシーンはオーレンセで実際に起きた山火事のドキュメンタリー

 

★予告編からも山火事のシーンは鳥肌が立ちますが、これは2017年ガリシア州の中央部に位置する県都オーレンセ(西語オレンセ)で実際に起きた山火事を、本作のためにドキュメンタリーとして撮影したということです。撮影は15日間に及んだ。気候温暖化のせいもあって、スペインに止まらずポルトガル、米国、世界各地で規模の大きい山火事が起きている。

  

      

     (撮影班を組んで15日間にわたって撮影したオーレンセの山火事)

 

★およそ2メートルという長身の監督の人生も変わりました。ルゴに戻り、コミュニティと協力して教育や演劇のプロジェクトを立ち上げている。次の脚本、モロッコである祭りを探している人々を主人公にしたロードムービーを構想中だそうです。『イージーライダー』や『マッドマックス』の中間だそうで、今度はプロの俳優を起用する由、ハイカルチャーとポピュラー・カルチャーのカクテルのような映画が好きだし、「傷ついた」人に心が動かされるとも語っている。

 

             

           (撮影中の監督と主役のアマドール・アリアス)

 

★東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門上映2回。ラテンビート未定。

  

グアテマラ映画 『ラ・ヨローナ伝説』 *東京国際映画祭2019 ④2019年10月20日 18:25

    ハイロ・ブスタマンテの第3作『ラ・ヨローナ伝説』がコンペティション部門上映

 

       

 

★デビュー作『火の山のマリア』(15)が公開され、本邦でも幸運なスタートを切ったハイロ・ブスタマンテの第3作目ラ・ヨローナ伝説La Llorona)がコンペティション部門にノミネートされました。当ブログではサンセバスチャン映画祭2019「ホライズンズ・ラティノ部門」で第2作目Tembloresを紹介、第3作はクロージング作品ではあったがコンペ外ということで割愛しました。ラテンアメリカ諸国で現在に至るまで語り継がれてきた「ラ・ヨローナ(泣く女)」の伝説を取り込んで、1980年代グアテマラに吹き荒れた先住民ジェノサイドを告発する社会派スリラーです。いわゆるファンタジー・ホラーではないが、その要素を内包しながら、30年後によみがえる先住民女性たちの復讐劇でもあるようです。

   

    
    

      (ハイロ・ブスタマンテ監督、ベネチア映画祭2019「ベニス・デイズ」にて)

 

デビュー作『火の山のマリア』の作品紹介は、コチラ201508281025

2Temblores」の監督キャリア&作品紹介は、コチラ20190819

 

 ラ・ヨローナ伝説La LloronaThe Weeping Woman2019

製作:El Ministerio de Cultura Y Deportes de Guatemala / La Casa de Producción / Les Films du Volcan

監督・脚本:ハイロ・ブスタマンテ

撮影:ニコラス・ウォン

音楽:パスクアル・レイェス

編集:ハイロ・ブスタマンテ、グスタボ・マテウ

プロダクション・デザイン:セバスティアン・ムニョス

助監督:メラニー・ウォルター

製作者:ハイロ・ブスタマンテ、グスタボ・マテウ、その他

 

データ:製作国グアテマラ=フランス合作、スペイン語、マヤ語(カクチケル、イシル)、2019年、スリラードラマ、97

映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2019「ベニス・デイズ」出品、作品賞Fedeora賞、GdA監督賞受賞、トロントFF、ミラノFF、エル・グーナFF(エジプト)、ベルゲンFFシネマ才能賞受賞、サンセバスティアンFF「ホライズンズ・ラティノ部門」ヨーロッパ⋍ラテンアメリカ協業作品賞受賞、チューリッヒFF「ヒューチャー・フィルム部門」、ロンドンFF、ヘントFF、シカゴFF、東京国際FFコンペティション部門、ストックホルムFFなど各映画祭に出品または出品予定。

 

キャスト:マリア・メルセデス・コロイ(アルマ)、サブリナ・デ・ラ・ホス(ナタリア)、マルガリタ・ケネフィック(カルメン)、フリオ・ディアス(退役将軍エンリケ・モンテベルデ)、マリア・テロン(バレリアナ)、フアン・パブロ・オリスラガーOlyslager(レトナ)、アイラ・エレア・ウルタド(サラ)、ペドロ・ハビエル・シルバ・リラ(警察官)、他

 

ストーリー:「お前が泣けば殺してしまうよ」という言葉が耳に響いてくる。アルマと彼女の子供たちはグアテマラの武力紛争で殺害された。そして30年後、ジェノサイドを指揮した退役将軍エンリケに対する刑罰訴訟の申立てが開始された。しかし裁判は無効となり、彼は無罪放免となった。ラ・ジョローナの魂は解き放たれ、生きている人々のあいだを彷徨い歩く亡霊のようになった。ある夜のこと、エンリケは泣き声を耳にするようになる。妻と娘はエンリケがアルツハイマー認知症になったのではないかと疑い始める。新しく雇われた家政婦アルマは、正義がなされなかった復讐を果たすためエンリケの家にやって来たのだ。1982年から83年にかけて、1ヵ月に3000人のペースでマヤ族を殺害したという先住民ジェノサイドを告発する社会派スリラー。

   

         グアテマラ先住民ジェノサイドとジョローナ伝説のメタファー

 

36年間吹き荒れたグアテマラの武力抗争(19601996)は、最初はイデオロギー対立で始まったのだが、ある時期からマヤ先住民ジェノサイドに変容する。それが1970年代終りから80年代前半にあたり、当時の指揮官がリオス・モント将軍、作品ではエンリケ・モンテベルデ将軍、約20万人とも調査が進むなかで25万人ともいわれる犠牲者のうち15万人が、この時期に集中して殺害されたという。うち女性が5分の4というのが何を意味するのか、ジェノサイドといわれる所以です。30年後というのが現在を指すようです。同胞セサル・ディアスNuestras madres(カンヌFFカメラドール受賞)も同時代を背景に同じテーマを扱っている。まだ真相は解明されたとは言えず、真の意味の和解はできていない。社会再生への道程は長い。

セサル・ディアスの「Nuestras madres」紹介記事は、コチラ20190507

 

      

        (エンリケの自宅前で抗議の声を上げる女性たち、映画から)

 

★マヤ語は21種類あり、本作で使用されたカクチケル語は、『火の山のマリア』でも使用されていた比較的話者の多いマヤ語の一つ。マヤ語使用者が人口の60%あるというのもジェノサイドの遠因の一つかもしれない。ラテンアメリカ諸国に生き残っている <ラ・ヨローナ伝説> は、メキシコから南米のアルゼンチン、チリまで、国によって、地域によって少しずつ異なるが存在する。表記は <ジョローナ伝説> のほうが一般的かと思われる(llo-の発音は地域によって違いがあるが、リョあるいはジョに近い)。ストーリーにも違いがあり、共通項は女性が高位の男性に思いを寄せ子供を生むが、いずれ捨てられて子供を水辺に沈めて自分も死のうとするが死にきれず、後悔と自責の念に駆られて彼の世と此の世を亡霊のように彷徨うというもの。水辺は川、湖、海などのバリエーションがあり、女性は先住民、女性より高位の男性とはヨーロッパから来た白人というケースが多い。この伝説のメタファーは簡単ではない。

 

      

              (映画『ラ・ヨローナ伝説』から)

 

★キャスト陣に触れると、アルマ役のマリア・メルセデス・コロイは、『火の山のマリア』で主役のマリアを演じたほか、メキシコのTVシリーズMalincheで征服者コルテスの通訳マリンチェを演している。メキシコではマリンチェは同胞を裏切りスペイン側についた極悪人の烙印を押されていたが、昨今では当然のことながら再評価が行われている。マリンチェはコルテスに献上された贈り物で、裏切りの代名詞とはかけ離れている。アステカ王国のナワトル語、マヤ語、スペイン語を駆使した聡明な女性で、コルテスとのあいだに男児を設けているが認知されていない。彼女も子殺しはしなかったがラ・ジョローナの一人である。他にこの秋公開されるポール・ワイツ『ベル・カント とらわれのアリア』18、米国)でテロリストの一人になる。渡辺謙やジュリアン・ムーアとの共演はプラスに働くだろう。

   

       

          (アルマ役のマリア・メルセデス・コロイ、映画から)

    

★『火の山のマリア』でマリアの母親を演じたマリア・テロンは、数少ないプロの女優の一人だった。先住民の知識に乏しかったブスタマンテ監督にマヤの文化や伝統を伝える役目を果たして脚本の書き直しに寄与している。またカクチケル語とスペイン語ができたことから、監督とスペイン語を解さない出演者たちのまとめ役でもあった。第2作目Temblores」とブスタマンテ全作に出演している。

 

           

     (家政婦アルマのマリア・メルセデス・コロイとマリア・テロン、映画から)

 

       

     (マリア・テロンとマリア・メルセデス・コロイ、『火の山のマリア』から

 

★「Temblores」の主任司祭役で映画デビューしたサブリナ・デ・ラ・ホスは、そのスタニスラフスキー・メソッド仕込みの演技力で注目を集めている。エンリケの娘ナタリアは教養の高い医師、父親の過去を知って苦しむ。プロの体操選手になることが夢だった少女は、長じてアートに目覚め体操を断念、ジョージア州のサヴァンナ大学で芸術史を専攻、かたわら写真、グラフィックデザインも学ぶ。ジョージア、アトランタ、グアテマラ、パナマなどでデザイナーの仕事をしているが、スタニスラフスキー・メソッドも学んでいる。2作品の出演だから評価はこれから。

 

      

       (エンリケの娘ナタリア役のサブリナ・デ・ラ・ホス、映画から)

 

    

  (ベルリン映画祭2019Temblores」のフォトコールのサブリナ・デ・ラ・ホス)

 

★エンリケ・モンテベルデ将軍役のフリオ・ディアスは本作で映画デビュー、フアン・パブロ・オリスラガーは、「Temblores」の主役パブロを演じた俳優、ペドロ・ハビエル・シルバ・リラも「Temblores」にバーテンダー役で出演しているなど、両作に出演している俳優が多い。

 

       

          (エンリケ将軍役フリオ・ディアスを採用したポスター)

 

★編集と製作を監督と共同で手掛けたグスタボ・マテウは、監督、脚本家、編集者、製作者。『火の山のマリア』の配給を手掛けている。本作の製作を担当した La Casa de Producciónの総マネジャーとして、ブスタマンテ監督と共に働いている。ベネチア映画祭2019「ベニス・デイズ」に授賞式まで残り、GdAGiornate degli Autori監督賞受賞(副賞2万ユーロ)のトロフィーを代わりに受け取った。

 

         

        (GdA監督賞受賞のトロフィーを手にしたグスタボ・マテウ)

 

TIFF での上映は3回、1031日、113日、115日、チケット発売中。ハイロ・ブスタマンテ監督が来日、Q&Aがアナウンスされている。

   

追記:2020年7月、『ラ・ヨローナ~彷徨う女~』の邦題で公開されました。


『列車旅行のすすめ』*ラテンビート2019 ③2019年10月14日 16:49

        アリッツ・モレノのデビュー作『列車旅行のすすめ』はサイコ・スリラー

 

    

★今年のラテンビートLBFFは東京国際映画祭TIFF1028日~115日)との共催上映が3作あるようです。TIFFワールド・フォーカス部門に、アレハンドロ・アメナバル『戦争のさなかで』オリヴァー・ラクセ『ファイアー・ウィル・カム』2作、コンペティション部門にはアリッツ・モレノデビュー作『列車旅行のすすめ』が入っています(LBFFでは共催作品としていないが、とにかく両方で上映される)。TIFFでは他にハイロ・ブスタマンテ『ラ・ヨローナ伝説』(サンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」のコンペ外作品)もエントリーされている。LBFFはまだ全作が発表になっておらず途中経過です。

 

★さて、『列車旅行のすすめ』はジャンル分けが不可能な映画、一応サイコ・スリラーとしましたが、ブラックコメディでもあり、ホラーの要素もあり、一風変わったラブロマンスも絡まって、まるでロシアの民芸品マトリョーシカ人形のように入れ子になっています。アントニオ・オレフド・ウトリジャOrejudo Utrilla(マドリード1963)のベストセラー小説 Ventajas de viajar en tren2000年刊)の映画化、アンダルシア小説賞を受賞、ハードカバーの他、ソフトカバー、Kindleキンドルでも読めます。160ページほどの中編、翻訳書は出てないようです。映画は閉幕したばかりのシッチェス(・カタルーニャ)映画祭2019でプレミアされました(105日)。

 

      

            (作家、文芸評論家、大学教授のアントニオ・オレフド・ウトリジャ)

     

    

       (Ventajas de viajar en tren 2015年刊のソフトカバー)

    

 『列車旅行のすすめ』「Ventajas de viajar en tren

製作:Morena Films / Logical Pictures / Consejería de Cultura Gobierno Vasco /

    Movister/ EITB

監督:アリッツ・モレノ

脚本:ハビエル・グジョンGullón (原作)アントニオ・オレフド・ウトリジャ

撮影:ハビエル・アギーレ・エラウソ

音楽:クリストバル・タピア・デ・ベール

編集:ラウル・ロペス

プロダクション・デザイン:ミケル・セラーノ

衣装デザイン:ヴィルジニー・アルバ

メイクアップ&ヘアー:セシリア・エスコ、カルメレ・ソレル、ルベン・サモス(メイク)、オルガ・クルス、(ヘアー)、他

プロダクション・マネージメント:イツィアル・オチョア、ペドロ・サンス、他

録音:アラスネ・アメストイAlazne Ameztoy、イニャーキ・ディエス

特殊効果:マリアノ・ガルシア、ジョン・セラーノ

視覚効果:セリーヌ・ゴリオCeline Goriot

製作者:レイレ・アペジャニス、メリー・コロメル、フアン・ゴードン、他

 

データ:製作国スペイン=フランス、スペイン語、2019年、サイコ・スリラー、103分、撮影2018年秋クランイン、公開スペイン118日、ロシア202019日、配給Filmax

映画祭・受賞歴:シッチェス映画祭2019コンペティション部門、ラテンビートFF上映、東京国際映画祭コンペティション部門出品

 

キャスト:ルイス・トサール(マルティン・ウラレス・デ・ウベダ)、ピラール・カストロ(編集者エルガ・パト)、エルネスト・アルテリオ(精神科医アンヘル・サナグスティン)、ベレン・クエスタ(アメリア・ウラレス・デ・ウベダ)、キム・グティエレス(エミリオ)、マカレナ・ガルシア(ロサ)、ハビエル・ボテット(ガラテ)、アルベルト・サン・フアン(W)、ハビエル・ゴディノ(クリストバル・デ・ラ・ホス)、ジルベール・メルキ(レアンドロ・カブレラ)、ラモン・バレラ(マルティンの父親)、ステファニー・マグニン・ベリャ(ドクター・リナレス)、イニィゴ・アランブル(兵士)、他

 

        

        (4人の主演者、アルテリオ、カストロ、クエスタ、トサール)

 

ストーリー:編集者エルガ・パトは、心を病んでいる夫をスペイン北部の精神科クリニックに入院させ、列車でマドリードへ戻る途中だった。アンヘル・サナグスティンと名乗る見知らぬ乗客、人格障害を分析するという精神科医と同じ車両に偶然隣り合わせた。膝の上に赤表紙の紙ばさみを載せた精神科医は、自分が扱った特異な患者の症例、ゴミに執着する非常に危険なパラノイア患者の例を饒舌に語った。アンヘルとの偶然の出会いが、エルガの人生を、いや登場人物全員の人生を取り返しのつかないものにしていく。強迫観念、妄想、倒錯、精神錯乱、凝り性などが何層にも重なり合う一連の予測不可能なプロット、不気味な話を聞けるのが「列車で旅する利点の一つ」、お薦めする次第です。

 

         

       (精神分析医アンヘル・サナグスティンの話を怪しむエルガ・パト)

 

     

             (饒舌男アンヘル・サナグスティン医師)

 

★本作にはいわゆるフツウの人間は登場しない。精神科医が語る患者はフラッシュバックで挿入され、症例も多いから場面展開が目まぐるしいということです。下のポスターからはホラーがイメージされ、予告編では、可笑しな登場人物からブラックコメディが連想できる。エルネスト・アルテリオ演ずるアンヘルは、エルガが夫を入院させたクリニックの医師らしく偶然を装っていたようだ。小説だとピラール・カストロ演ずるエルガが軸になっているようだが、映画ではコソボ戦争に従軍して左腕を失って帰還したパラノイア患者マルティンを怪演するルイス・トサールのようだ。彼のこんなヘアー・スタイルは見たことがない。その妹になるのが演技に磨きのかかったベレン・クエスタ、父親がバスク映画の重鎮ラモン・バレラ、役柄が分からない、アルベルト・サン・フアンマカレナ・ガルシアキム・グティエレスなど何かの作品で既にご紹介しています。ホラー映画で活躍するハビエル・ボテット、フランスからはジルベール・メルキが出演している。

 

   

 (上段左から、ルイス・トサール、ピラール・カストロ、エルネスト・アルテリオ

  下段左から、ベレン・クエスタ、キム・グティエレス、マカレナ・ガルシア)

 

                  

                 (ゴミの山に思案するアンヘル・サナグスティン医師)

 

     

(マカレナ・ガルシアとハビエル・ボテット)

   

    

        (役回りが目下分からないアルベルト・サン・フアン)

 

★監督アリッツ・モレノTIFFアリツ)Aritz Morenoは、1980年サンセバスティアン生れ、監督、脚本家、編集者、製作者、カメラと何でもこなす39歳。2004年、短編デビュー作Portal mortal9分)が、アルメリア・ショートFFでビデオ賞を受賞、2009年ファンタジーCotton Candy11分)、2010¿Por que te vas ?8)、犯罪スリラーCólera / Cholera7)がシッチェスFF 2003短編ファンタジック部門に正式出品、MADホラー・フェスでは審査員賞を受賞、ルイス・トサールが主演している。長編デビュー作「Ventajas de viajar en tren」は、2回目のシッチェスFF出品作となった。

 

      

                 (アリッツ・モレノ監督)

 

    

    (左から、マカレナ・ガルシア、ルイス・トサール、アリッツ・モレノ監督、

  エルネスト・アルテリオ、ベレン・クエスタ、シッチェスFF 2019フォトコール)

 

★モレノ監督談によると「こういうお気に入りの小説を映画化することが夢だった。映画の絶対的な狂気、独創的な脚本を得て、テクニック面でも素晴らしいクルー、自分のデビュー作にこれ以上はないと考えるキャスト陣にも恵まれ、自分の夢を叶えることが出来た」と語った。キャスト陣を一瞥すれば、あながち大袈裟とは言えない。脚本のハビエル・グジョンは、ダニエル・カルパルソロの『インベーダー・ミッション』(12)を共同執筆している。撮影監督のハビエル・アギーレ・エラウソは、Cólera / Cholera」を手掛けている。

    

   

                (ルイス・トサールと監督) 

     

(ベレン・クエスタと監督)

    
TIFF上映は、112日、4日、5日の3回上映、LBFF東京会場11月10日

 

アメナバル新作の評判は上々*サンセバスチャン映画祭2019 ㉕2019年09月27日 16:54

      心に響く語り口で二つに分断された1936年のスペインへ私たちを連れ戻す

 

     

 

★開幕2日目の921日、アレハンドロ・アメナバルの新作Mientras dure la guerraが上映されました。監督以下、主役ミゲル・デ・ウナムノのカラ・エレハルデ、フランコ陣営の陸軍将官ホセ・ミリャン・アストレイのエドゥアルド・フェルナンデス、フランコ将軍のサンティ・プレゴナタリエ・ポサパトリシア・ロペス・アルナイスなどが赤絨毯を踏みました。上映後の評価は高く、心に響く語り口、ウナムノとアストレイとのサラマンカ大学講堂での歴史的な一騎打ち、常に思慮分別をもちながらも大胆で、私たちを驚かせ楽しませてくれるアメナバル映画が何かの賞に絡むのは間違いない。

Mientras dure la guerra」の紹介記事は、コチラ20180601

 

      

        (アレハンドロ・アメナバル、SSIFFのフォトコール、921日)

 

       

(左からナタリエ・ポサ、エドゥアルド・フェルナンデス、監督、カラ・エレハルデ、

 カルロス・セラノ、パトリシア・ロペス・アナイス、サンティ・プレゴ)

 

★舞台はスペインの学術都市サラマンカ、時代はスペイン内戦勃発の1936717日から、ミゲル・デ・ウナムノ(ビルバオ1964)が軟禁されていた自宅で失意の最期を迎える1231日までに焦点が当てられている。なぜアメナバルがこのカオス状態だった暗い時代を選んだのか、矛盾に満ち、辛辣で疑い深く、誠実で正直な、知の巨人の晩年に惹きつけられたのか、興味は尽きない。秋の映画祭を期待したい。

 

     

     (左から、エドゥアルド・フェルナンデス、カラ・エレハルデ、監督、他)

 

★エル・パイスのコラムニストとして辛口批評で有名なカルロス・ボジェロによると、アメナバルの構想には、スペインが二つに分断された20世紀最大の「悲劇に誇張や善悪の二元論を持ち込まなかった。感動も強制しない。アメナバルが見せる節度は非常に考え抜かれている。フラッシュバックや夢が多用されており、なかには不必要と思われるケースもあったが」と述べている。更にウナムノのロマンスについては、哀惜を込めた描き方が平凡でお気に召さなかったようだ。観客への甘いサービスは不要ということでしょうか。

 

★キャスト評は、ウナムノを演じたカラ・エレハルデについては「複雑を極めたウナムノの人格をコインの裏と表のように演じ分け注目に値する出来栄えだった」と評価は高い。カラ・エレハルデ自身は「スペインはこの83年間、1ミリも前進しておりません」と手厳しい。同感する人が多いと思いますね。

   

       

        (サラマンカ大学講堂で演説するミゲル・デ・ウナムノ) 

 

  

  (撮影中の監督とカラ・エレハルデ、20185月末、サラマンカでクランクイン)

    

★フランコ軍の陸軍将官ホセ・ミリャン・アストレイに扮したエドゥアルド・フェルナンデスについては「絶えず変化を求めてスクリーンに現れる彼は、輝いて信頼に足る役者」とこちらも高評価、アストレイはフランコの友人でスペイン・モロッコ戦争で右目と左腕を失っている。フェルナンデスは同じ金貝賞を競うセクション・オフィシアルにノミネートされているベレン・フネスLa hija de un ladronに実娘のグレタ・フェルナンデスと出演していて、今年は両方のフォトコール、プレス会見と大忙しである。

 

      

  (フランコ役のサンティ・プレゴとアストレイ役のエドゥアルド・フェルナンデス)

 

★本作以外のウナムノのビオピック作品は、マヌエル・メンチョンLa isla del vientoをご紹介しています。かなりフィクション性の高い作品ですがこちらのウナムノ役は、ホセ・ルイス・ゴメスでした。独裁者ミゲル・プリモ・デ・リベラを批判してカナリア諸島のフエルテベントゥラに追放された1924年と最晩年の1936年の2部仕立てです。

La isla del viento」の作品&監督紹介は、コチラ20161211

 

 

★映画とはまったく関係ありませんが、アメナバルは2年半パートナーだったダビ・ブランコとの結婚を解消した由。ブランコによると、2月からは24歳の医師セサルが新恋人、3人の関係は良好だそうで、つまり幸せということです。3人揃っての写真がインスタグラムされている。時代は変わりました。

 

  

         (左から、アメナバル、ダビ・ブランコ、セサル)

    

追加情報:ラテンビート2019で『戦争のさなかで』の邦題で上映が決定しました。

        東京国際映画祭2019 「ワールド・フォーカス部門」 共催上映です。