残念ながら『老人スパイ』は受賞ならず*第93回アカデミー賞結果2021年04月28日 15:53

     長編ドキュメンタリー賞は『オクトパスの神秘 海の賢者は語る

   

     

(三つ編みのお下げにエルメスのドレスと白のスニーカー、監督賞受賞のクロエ・ジャオ)


★視聴率過去最低の記録になった第93回アカデミー賞授賞式、従来の対面方式でしたがアーティストなどのライブもなく、死ぬほど退屈だったと酷評する向きもありましたが、クロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』が作品賞・監督賞・主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)の主要大賞を制して終了しました。下馬評通りの結果でしたが、主演男優賞が本命視されていた『マ・レイニーのブラックボトム』の故チャドウィク・ボーズマンではなかったことで衝撃が走ったとか。それはそうでしょう、どの映画賞も大トリは作品賞と決まっているのに、順番を主演男優賞と入れ替えてガラを盛り上げようとしていたのですから。アカデミーもさぞかしガックリしたことでしょうが、Netflixもガックリだったようです。受賞はないと思っていたか、あるいは高齢のせいか欠席していた『ファーザー』フロリアン・ゼレールアンソニー・ホプキンスがレクター博士以来29年ぶり、2回目のオスカー像を手にしました。しかし彼は少しも悪くありません。

    

       

(フランシス・マクドーマンドとジャオ監督、ピーター・スピアーズほかの製作者たち)

 

★期待の長編ドキュメンタリー賞、マイテ・アルベルディの『老人スパイ』は残念でした。受賞するに越したことはありませんが、今年7月には邦題83歳のやさしいスパイ』シネマカリテ他で公開されることになりました。これもひとえにノミネートのお蔭です。監督、主演のドン・セルヒオ以下チリの皆さん、お疲れさまでした。下馬評ではギャレット・ブラッドリーの『タイム』でしたが、ピッパ・エアリック他の『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』(原題「My Octopus Teacher)が受賞しました。受賞作はスランプに陥っていた映像作家クレイグ・フォスターが偶然出会った1匹のタコとの1年間にわたる交流を軸にしたドキュメンタリー。海中の映像美に止まらずタコの未知の生態への興味、疎遠だった息子との共同作業を通してフォスター自身が再生していくドラマが、会員の心を打ったのかもしれません。

 

Netflix7冠を獲得、うち短編アニメーション賞『愛してるって言っておくね』もシンプルだが余韻が残る作品だった。他『Mank(マンク)』の美術・撮影、『マ・レイニーのブラックボトム』は、上記のように主演男優賞は逃しましたが、メイクアップ&ヘアー賞と衣装デザイン賞の2冠、前者の受賞者セルヒオ・ロペス=リベラはスペイン出身、二番目のオスカー受賞者となりました。最初のオスカー賞は、ギレルモ・デル・トロ『パンズ・ラビリンス』06)のダビ・マルティモンセ・リベの二人でした。

        

       

         (受賞者の3人、右端セルヒオ・ロペス=リベラ)

 

★国際長編映画賞は、トマス・ヴィンターベアの「Druk」(デンマーク)、英題のカタカナ起こし『アナザーラウンド』として新宿武蔵野館ほかの公開が決定しています。短編ドキュメンタリー賞では、『ラターシャに捧ぐ 記憶で綴る15年の生涯』をご紹介しましたが、受賞作はアンソニー・ジアッチーノColette米国、24分)でした。ナチ占領下のフランス、75年間記憶を封印してきたコレット・マリン・キャサリンが、歴史を学ぶ学生ルーシーに説得されて過去の忌まわしい亡霊と向き合うことを決心する。当時レジスタンスとして共に戦った兄ジャン=ピエールの最期の地、ナチ強制収容所を訪れる。言語は仏語と独語ですが英語字幕入りYouTubeで鑑賞できます。

   

        

           (オスカー像を手にしたトマス・ヴィンターベア)


第93回アカデミー賞ノミネーションの記事は、コチラ⇒2021年03月21日

 

チリのジェームズ・ボンド、ハリウッドへ*米アカデミー賞20212021年04月23日 20:17

            ドン・セルヒオ、重装備で初めての海外旅行

   

    

 (第93回オスカー賞ドキュメンタリー部門ノミネートの『老人スパイ』のポスター)

 

チリのジェームズ・ボンドことセルヒオ・チャミーが、93回アカデミー賞授賞式(425日)出席のため監督マイテ・アルベルディ監督、代表プロデューサーのマルセラ・サンティバネスなど「老人スパイ」の御一行と一緒に現地入りできたようです。コロナ・ワクチンの2回接種(チリは南米の優等生で30%の接種率、ただし最近感染者が急増している)、何回も受けたPCR検査を合格して、写真のようなマスク&フェイスシールドの重装備で搭乗、これが初の海外旅行とか。2017年撮影時には御年83歳でしたが既に87歳、人生死ぬまで何があるか分かりません。

アカデミー賞ドキュメンタリー部門ノミネートの記事は、コチラ20210321

『老人スパイ』の紹介記事は、コチラ202010221122

 

      

   (少し緊張気味のドン・セルヒオ)

   

  

            (アルベルディ監督とドン・セルヒオ)

 

★本作の製作国は、チリのほか米国=ドイツ=オランダ=スペインと大所帯、スペインはマリア・デル・プイ・アルバラド(エグゼクティブ、サンセバスティアン生れ42歳)とマリサ・フェルナンデス・アルメンテロス(共同製作者、サンタンデール生れ45歳)の二人、前者はロドリゴ・ソロゴジェンの短編Madreを手掛けている。これは第91回アカデミー賞短編部門のノミネート作品です。

 

    

(左マリア・デル・プイ・アルバラドとマリサ・フェルナンデス・アルメンテロス、マドリード)

 

★「1年前は公開できるかどうかさえ分からず、袋小路に入っていました。しかしサンセバスチャン映画祭で息を吹き返しました」とフェルナンデス・アルメンテロス。1月にサンダンスでプレミアされ、9月にサンセバスチャン、観客の反応はとても違っていた。オランダだけリリースされたが、それも「10日後にはロックダウン」で市民は自宅監禁されたわけです。だからオスカー賞ノミネートのニュースには「涙が止まらなかったし、部屋の中を走り回りました」とも語っている。「チリのアルベルディに会いに行くことはできませんから、地球の反対側から朝の9時だというのにシャンペンで祝いました」と。「20パーセントの確率はあるわけだから、ガラは我が家かマリアの家かどちらかで見守ることになる」とフェルナンデス。

 

★アルバラドは「ダイヤローグはそのままで手を加えずに自然さを捉えるようにした。もっとも重要な質問は個人的なものでした。つまり、私たちの老後はどうなるの?老人ホームで暮らすようになるの?私たちは老人に何をしたらいいの?」と語っている。老人問題ではなく自分自身の問題だったのでしょう。「セルヒオは自分にあるルールを課した。重要なのはスパイすることや盗聴することではなく、相手の話を聞くことだと気づいたのです」とフェルナンデスは当時を思い出して語っている。アルベルディ監督も「老人たちは私たちがなりたい老人について決して尋ねません」と。

 

コロナ禍の最中に開催されるオスカー賞、87歳という高齢を考えて授賞式が行われるドルビー・シアター近くのホテルが準備された由、ガラではトム・クルーズやマット・デイモンのクルーの近くの席とか、チリ政府もアメリカ側も気づかっているようです。人生終盤近くにこんな夢にも見なかっただろう晴れ舞台が準備されていたとは、ドン・セルヒオも想像していなかったでしょう。日本では26日月曜日午前中、WOWOWの独占生中継です。

 

メンデス・エスパルサの3作目 『家庭裁判所 第3H法廷』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑭2020年12月07日 15:50

             前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』に繋がるドキュメンタリー

 

       

 

アントニオ・メンデス・エスパルサの第3作目になるドキュメンタリー『家庭裁判所 3H法廷(「Courtroom 3H」)は、既に終了した第33回東京国際映画祭TIFF との共催作品3作の一つ、当ブログでは第68回サンセバスチャン映画祭SSIFFセクション・オフィシアル部門でプレミアされた折りにアウトラインをご紹介しています。また前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』17)で作品&監督キャリア紹介をしております。

『家庭裁判所 3H法廷』の作品紹介は、コチラ20200805

『ライフ・アンド・ナッシング・モア』の作品&監督紹介は、コチラ20170910

『ライフ・アンド・ナッシング・モア』のTIFF Q&A の記事は、コチラ20171105

 

 

  (監督、ペドロ・エルナンデス・サントスほか制作会社「AQUÍ Y ALLÍ FILMS」の製作者たち、

  サンセバスチャン映画祭2020922日フォトコール)

 

TIFF上映後に企画された「トーク・サロン」を視聴する機会があり、以下のことが確認できました。撮影は2ヵ月間、300ケースを視聴し、180時間撮影した中から撮影中に結審したケースを選んだ。新型コロナの影響で編集はリモートでやったので6ヵ月間を費やした。米国では法廷は公的な場所だからカメラを入れることに支障はない。公開するにあたり当事者たちの許諾を受け、裁判所も社会貢献として許可が下りた。以下に作品紹介時点では分からなかった、主な出演者を列挙しておきました。

 

主な出演者ジョナサン・スジョストロームJonathan Sjostrom判事、ニューリン弁護士、ジョンソン弁護士、シェパード弁護士、ブラウン弁護士、バッタグリア児童家族局員、その他ケースマネージャー、里親、訴訟後見人など多数、当事者は仮名、未成年の子供にはぼかしが入っている。

 

        

        (観客に感動をもたらしたジョナサン・スジョストローム判事)

 

解説:フロリダ州レオン県タラハシーにある統合家庭裁判所は、虐待、育児放棄などされた未成年者に特化した事案を解決するために設立された裁判所である。こじれた親子関係の修復を扱う米国唯一の裁判所の目的は、できるだけ迅速に信頼できるやり方で、親子関係をもとに戻すことである。実際の法廷にカメラを入れて、20192ヵ月間に渡って撮影した180時間のフィルムを編集したものである。本作は、米国の作家で公民権運動にも携わったジェイムズ・ボールドウィンの「もしこの国でどのように不正を裁くか、あなたが本当に知りたいと望むなら、保護されていない人々に寄り添って、証言者の声に耳を傾けなさい」という言葉に触発されて作られた。(文責:管理人)

 

 

      前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』に繋がるドキュメンタリー

 

A: ボールドウィンの言葉は「国の正義は弱者の声に表れる」と訳されていた。前作『ライフ・アンド・ナッシング・モア』を見ている観客には、アイディア誕生のヒントは想定内です。前作はフィクションでしたが、主人公の未成年の息子が法廷で裁かれるシーンがあり、そのシーンがここで撮影され、その際に判事と親しくなったようですね。

  

B: TIFF のトークで髪の薄さが話題になった。サンセバスチャン映画祭に現れた監督の髪に驚いたのですが、それがここではずっと鮮明でした。

A: まだ髪のあった3年前の写真を見せられて「懐かしい写真ありがとう」と恥ずかしがっていた。誠実でユーモアに富んだ穏やかな人柄はそのまま、アイディアは予想通り前作から生まれた。法廷シーンで裁判官と親しくなり、第2作完成後1年半ぐらい経って撮影に入った。

 

     

     (メンデス・エスパルサ監督、サンセバスチャン映画祭2020プレス会見にて)

 

B: 撮影は2ヵ月間、300ケースを視聴した中から選んだようだが、殆どの家庭が崩壊している印象だった。両親は別居あるいは離婚しており、母親が親権放棄したが父親が異議を申し立てたケース、実の親と里親が係争しているケース、父親が誰か分からない乳飲み子を抱えた母親、エトセトラ。  

A: 両親に育てる意思がなく、子供も親と暮らしたくないケースでは、判事は親権終了を認め、養子縁組の段階に入る。親なら誰でも子供を愛しているとは限らないから、自分の限界を認めることも必要、スジョストローム判事が「自分の限界を認めてくれたことを感謝する」と親に語りかけるのは、これで子供に安定を与えられるからです。

 

        

         (左から、子供の養育権をめぐって対立する母親と里親)

 

B: レズビアン・カップルが2人の子供の養子縁組を成立させたケースは日本ではとても考えられないことです。365日以内の迅速な結審が基本なのは、長期の裁判で子供を不安定な状態にしておくのは子供を傷つけることになるという、あくまでも子供本位の方針でした。

A: 期間が既に過ぎているケースが多い印象でしたが、結審に持っていくのは並大抵のことではないということです。審理部分が2部に分かれており、なかで結審に辿りつけた二つのケースに焦点を絞るという構成でした。

 

B: 両親がそれぞれセラピーを受けて子供と再出発できたケースは、両親の努力は勿論だが、弁護士、児童家族局員双方の地道な努力と判事の適切な助言の成果です。

A: 審理が始まったときの不安定な様子の母親と険しい表情の父親、結審したときの母親と父親の笑顔をうまく切り取っていた。当事者の努力は当然ながら、関係者の援助なくして解決できなかった。父親は薬物依存症の治療中でしたが、完治まで親子を離しておくのは子供が板挟みになると再出発させた印象でした。

  

          

              (薬物治療中の険しい表情の父親)

    

          

                    

                   (審理開始時の母親、結審時の母親、まるで別人です)

 

 

        米国が多民族国家、移民国家であることを実感するエリアスのケース

 

B: 両親がグアテマラ国籍の子供の親権終了のケースでは、娘がアメリカに残って教育を受けさせたいので親権を放棄した。放棄するのは子供を愛していないからではなく愛しているからという理由なのが、アメリカと近隣諸国との関係であるのが浮き彫りになった。

A: 貧富の差がありすぎ、それは暴力的です。特に中南米諸国でもグアテマラは最貧国ですから。父親も故郷に帰っても娘に教育を与えることはできないと語っていた。

 

             

         (グアテマラ人の父親の弁護をするとニューリン弁護士)

 

B: 後半は撮影中に結審した2例、エリアスエラのケースが紹介された。前者の例は父親がベネズエラ国籍、ブラジル在住、英語を解せず特別にスペイン語の通訳2人が出廷した極めて特殊な事案だった。

A: エリアスの母親は出産当時未婚、児童虐待の疑いで子供とは切り離されている。既に親権を放棄している。問題は父親が自分の息子とは知らずにベネズエラに帰国、後にDNA検査で息子と判明した。児童家族局の依頼で訴訟後見人から父親の親権終了が申し立てられたが、父親は異議を唱えているというケースです。

 

B: もうすぐ3歳になるエリアスの親権を求めている。審議に出廷するためブラジルからやって来た。というのも他に子供がブラジルにいて、その子供とはネットで繋がっている。今回6年ぶりにその子と会った。8ヵ月のときから育てているエリアスの里親にすれば、父親の言い分は何を今頃になってということでしょう。

 

A: 所用か出稼ぎか不明だが多民族移民国家ならではの事案です。父親サイドの弁護士は、先述したニューリン弁護士、なかなか辣腕で、いろいろな困難を乗り越えて父親がブラジルから出廷できるよう手配した、その力量に驚かされた。対する里親サイドのバッタグリア児童家族局員と訴訟後見人は、父親が今まで顧みなかった息子を本当に育てる意思があるのかどうか疑っている。

B: エリアスは今のまま里親と一緒に暮らすのが最適、父親が親権を放棄すれば養子にする考えだった。しかし判事は、訴訟後見人から出されていた父親の親権終了の申立てを却下した。里親はエリアスと養子縁組はできなくなった。

         

A: 判事も苦渋の選択をした。両方の努力に食い違いがあった。しかし親に育てる意思があるならば、親が育てるべきという本来の方針に沿った。本当に育てる意思がなければ、父親はこの法廷にはいなかったからです。このような結審は里親には辛いはず。「里親に課せられた義務は過酷だけれども、これからも協力していただけますか」と、傍聴していた里親たちに語りかけていました。

B: 本当に素晴らしい判事でした。里親たちも「イエス、勿論です」と応えていたのが同じように素晴らしかった。ドキュメンタリーのもつ力は大きく怖い。それは「これはフィクションと逃げられないから」と監督は語っていた。

 

            

               (バッタグリア児童家族局員)

 

A: ドラマで撮る案もあったようですが、嘘っぽくなるのでやめたとも。初めてのドキュメンタリーは怖かったとも語っていた。ただエリアスのケースは、個人的には納得できなかった。ニューリン弁護士の熱意や努力を認めるとしても、昨今のベネズエラとアメリカのぎくしゃくした関係を考えると、反対のほうがベターだったのではないか。

 

         母親の過去ではなく、更生しつつある現在の姿を考慮して欲しい  

 

B: もう一つが3歳になるエラのケース、母親は幾度か逮捕歴のある激昂タイプの女性、ある事件をきっかけにエラは両親から引き離された。女性は現在は夫とも絶縁して、エラを取り戻したい一心で更生に励み、今では仕事をして金銭的にも育てられる。

A: 一方里親エイミーは17ヵ月のときからエラを預かりとても安定していると証言。父親は親権終了しているが、母親は終了したくないというケースです。

 

B: 母親サイドはジョンソン弁護士、里親サイドはエリアスと同じバッタグリア児童家族局員、このケースでは、母親とケースマネージャーの対立が問題をこじらせている。前者の問題行動ははっきりしているが、に後者にも問題がありそうだった。 

A: 母親への公的支援が遅かったことも一因のようでした。母親に児童虐待の事実はないが、そのカッとしやすい性格が問題、しかしセラピーのお蔭でそれも快方に向かっていることは、女性の母親アモーレも証言している。

 

        

            (母親を親身に弁護するジョンソン弁護士)

 

B: ジョンソン弁護士の努力も実らず、母親の親権終了で結審する。弁護士は「母親の過去ではなく、更生しつつある現在の姿を考慮して」判断して欲しいと述べるが、判事の判断は親権終了だった。これも迷った末の判断です。

A: 家族の再統合が目的とはいえ、やはり母親の今後に不安が残り、母娘の再統合は叶わなかった。ジョンソン弁護士の無念の涙には心打たれたが、弁護士の信念がこれほど凄いとは驚きだった。このケースは多分認められている30日間以内の控訴をするかもしれない。

B: 当事者用に用意されたティッシュの箱が彼女にも必要なのではないかと思った。得てして対立しがちな両者の言い分に耳を傾け、できるだけ公平に扱おうとする判事の態度に心打たれた。稀に見る高潔な人柄に尊敬の念さえ覚えた。

 

A: 監督も「撮影中にこのケースを最後にしようと思った」とトークで語っていたし、判事ほか弁護士などの人格を取り入れたい意向だった。ジョナサン・スジョストローム判事ありきの映画でしょうね。撮影は180時間に及んだということですが、長ければいいわけではなく、前半の次々に現れる別件の羅列は一度見ただけでは分かりにくく、全体の構成に疑問を感じた。最初からどのような事案が撮れるか分からないから、撮りながら執筆していったような印象でした。

B: このようなドキュメンタリーでは、共同脚本家が必要なのかもしれない。

 

A: エンディング・クレジットで気づいたのですが、本作はホセ・マリア・リバに捧げられていた。彼は1951年バルセロナ生れのジャーナリスト、映画プログラマー、パリ在住、今年52日に鬼籍入り、享年69歳でした。多くのシネアストが世話になっていた。

B: サンクス欄にもありました。さて、次回作もドキュメンタリーですか。

 

A: 4作目はフィクション、それもベルランガ流のクラシック・コメディだそうです。フアン・ホセ・ミリャスの小説 Que Nadie Duerma の映画化、製作者はペドロ・エルナンデス、キャストは主役のルシアに、アルゼンチン出身のマレナ・アルテリオが決定している。現在、脚本をクララ・ロケと執筆中ということです。お楽しみに。

 

金獅子賞はギレルモ・デル・トロの手に*ベネチア映画祭2017 ③2017年09月11日 15:10

          金獅子賞はメキシコのギレルモ・デル・トロが受賞

 

★先週土曜日(現地時間)に授賞式があり、金獅子賞はメキシコのギレルモ・デル・トロ The Shape of Water(「ザ・シェイプ・オブ・ウォーター」)が受賞しました。製作国はアメリカ、言語は英語、オスカーを狙えるスタートラインに立ちました。時代背景は冷戦時代の1963年ですが、勿論現在のトランプ政権下のアメリカを反響させていますね。ある政府機関の秘密研究所で清掃員をしている孤独な唖者エリサが、カプセルに入れられて搬入されてきた半漁人に恋をするという一風変わったおとぎ話。または隠された政治的メッセージが込められたSF仕立ての寓話ということです。エリサに英国の演技派サリー・ホーキンス(『ハッピー・ゴー・ラッキー』)、半漁人にデル・トロ映画の常連さん、凝り性のダグ・ジョーンズが扮する。『パンズ・ラビリンス』で迷宮の番人パンになった俳優。

 

     

        (金獅子賞のトロフィーを手にして、ギレルモ・デル・トロ) 

 

★水に形はないわけですから「水のかたち」というタイトルからして意味深です。水は入れられた容器で自由に変化する。アマゾン川で捕獲されたという半漁人と言葉を発しないエリサとの恋、水は恋のメタファーか、「私たちの重要なミッションは、愛の存在を信じること」です。どうやら愛の物語のようです。現在52歳、痩せたとはいえ130キロはある巨体から発せられる言葉に皮肉は感じられない。「すべての語り手に言えることだが、何か違ったことをしたいときにはリスクを覚悟するという、人生にはそういう瞬間があるんです」と監督。メキシコに金獅子賞をもたらした最初の監督でしょうか。本作は10作目になる。スペインでは、20181月、La forma del agua のタイトルで公開が決定しています。

 

     

               (エリサと半漁人、映画から)

 

 

        「国際批評家週間」の作品賞にナタリア・グラジオラのデビュー作

 

★ベネチア映画祭併催の「国際批評家週間」の最優秀作品賞に、アルゼンチンのナタリア・グラジオラの長編デビュー作 Temporada de caza が受賞しました。パタゴニアを舞台にした父と息子の物語です。ベネチアだけでなく、サンセバスチャン映画祭「ホライズンズ・ラティノ」部門にもノミネートされており、その他、シカゴ、ハンブルク各映画祭にも出品されることが決まっています。 

   

     (ポスターを背にナタリア・グラジオラ監督、リド島にて、2017年97

 

★「上映が終わると凄いオベーションで、みんな感激して泣いてしまいました。全員ナーバスになって、人々のエネルギーに押されて・・・何しろこんなに大勢の観客の前で上映するのは初めてだったし・・・」と、手応えは充分感じていたようです。最後のガラまで残っていたのは「私と母と代母だけで、あとはブエノスアイレスに戻ってしまった」とホテル・エクセルシオールでインタビューに応じていた。映画祭期間中は代金が3倍ぐらいに跳ね上がるから、最後までいるのは相当潤沢なクルーでないと無理ですね。何しろリド島なんて不便だもんね。

 

★息子ナウエル役を「見つけるまでに300人ぐらい面接した。ラウタロを一目見て、この子にする、と即決した。これが正解だったの、彼しかいなかった」と監督。こういう出会いが重要、「デビュー作というのは何につけ困難を伴いますが、ヘルマン・パラシオス(父親役)とボイ・オルミが出演を快諾してくれたことが大きかった」、運も実力のうちです。既に監督キャリアを含めた作品紹介をしております。次回作は女医を主人公にしたドラマとか。

 

 

    (息子役のラウタロ・ベットニと父親役のヘルマン・パラシオス、映画から)

 

 Temporada de caza の記事は、コチラ2017812

 

『ヒア・アンド・ゼア』の監督作品*サンセバスチャン映画祭2017 ⑦2017年09月10日 17:07

     オフィシャル・セレクション第4弾、5年ぶりメンデス・エスパルサの新作

 

アントニオ・メンデス・エスパルサが、新作 Life And Nothing More 5年ぶりにサンセバスチャンにやってきます。彼のデビュー作 Aquí y allá は『ヒア・アンド・ゼア』の邦題で、東京国際映画祭TIFF2012「ワールド・シネマ」で上映されました。スペインの若手監督ですが、もっぱら米国、メキシコで仕事をしています。前作はアマチュアを起用してフィクションともドキュメンタリーとも、両方をミックスさせたような作品でした。あるメキシコ移民がアメリカから故郷に戻ってくる。家族と再会した幸福感や安堵感が、時間がゆったり流れるなかで、やがて喪失感に変化していくさまをスペイン語とナワトル語で描いた。今回はフロリダを舞台にしての英語映画ですがマドリード生れの将来有望な若手ということでご紹介いたします。『ヒア・アンド・ゼア』がTIFFで上映されたときには、当ブログは存在していなかったので初登場です。

 

         

        (英題ポスター、左から、ロバート、リィネシア、レジーナ)

  

  Life And Nothing More La vida y nada más2017

製作:Aqui y alli Films

監督・脚本:アントニオ・メンデス・エスパルサ

撮影:バルブ・バラショユ(『ヒア・アンド・ゼア』)

編集:サンティアゴ・オビエド

美術・プロダクション・デザイナー:クラウディア・ゴンサレス

録音:ルイス・アルグエジェス

プロダクション・ディレクター:ララ・テヘラ

キャスティング:Ivo Huahua、サンティアゴ・オビエド

プロデューサー:ペドロ・エルナンデス・サントス(『ヒア・アンド・ゼア』『マジカル・ガール』)、アルバロ・ポルタネット・エルナンデス、アマデオ・エルナンデス・ブエノ

(エグゼクティブ)ポール・E・コーエン、ビクトル・ヌネス

 

データ:製作国スペイン=米国、英語、ドクフィクション、113分、撮影地フロリダ、20161031日クランクイン、約6週間。製作資金50万ユーロ。トロント映画祭2017「コンテンポラリー・ワールド・シネマ」正式出品(98日ワールドプレミア)、サンセバスチャン映画祭セクション・オフィシアル部門出品。

 

キャスト:レジーナ・ウィリアムズ(母親)、アンドリュー・ブリーチングトン(長男14歳)、リィネシア・チェンバース(長女3歳)、ロバート・ウィリアムズ(ロバート)

 

プロット:シングルマザーのレジーナはフロリダ北部の町でウエイトレスをして2人の子供を育てている。町では日常的にいざこざが起きている。思春期を迎えたアンドリューは、現在のアメリカでアフリカ系アメリカ人としてのより良い生き方を模索している。レジーナは絶え間ない闘いを余儀なくされ、さらに息子の問題行動と周囲に溶け込む余裕のないことで社会との軋轢を深めていく。不在の父に会いたいというアンドリューの思いが、彼を危険な十字路に立たせることになる。

 

  

              (スペイン語題ポスター)

 

       多角的な視点で描いた長編デビュー作 Aquí y allá

 

アントニオ・メンデス・エスパルサ1976年マドリード生れ、監督脚本製作。マドリードのコンプルテンセ大学法学部卒、その後ロスアンゼルスに渡UCLA映画を学んだ後、さらにニューヨークのコロンビア大学映画制作マスターコースを終了。ここでメキシコ移民のペドロ・デ・ロス・サントスと知り合い2009年、彼を主役にした短編 Una y otra vez を撮る。TVE短編コンクール賞、ロスアンゼルス映画祭短編作品賞、オスカー賞プレセレクションに選ばれるなど、受賞歴多数。現在はアメリカに仕事の本拠地をおいている。

 

   

      (新作 La vida y nada más 撮影中のメンデス・エスパルサ監督)

 

★カンヌ映画祭2012批評家週間」で長編デビュー作 Aquí y allá(スペイン=米国=メキシコ)グランプリを受賞したときは36、資金不足から監督脚本製作とでもこなし作の主人公にも Una y otra vez ペドロ・デ・ロス・サントスを起用、ペドロの妻テレサも実際の奥さん、ただし2人の娘さんは別人です。当時「彼や彼の家族、友人、隣人との出会いと応援がなかったらこの映画は生まれなかった」と監督は語っている。彼自身は舞台となるメキシコに住んだことはなく、キャスティングはペドロを通じて知り合った移民たち、聞き書き、ドキュメンタリーの手法を採用したが、あくまでもフィクションである。上記したように故郷のゲレーロの山村に戻った当座は、妻も依然と変わりなく温かく迎えてくれ、幸福感と安堵感に満たされるが、あまりの静寂さにやがて喪失感に襲われるようになる推移がゆったりと描かれていた。バルブ・バラショユ撮影監督の映像美、アメリカから見たメキシコ、メキシコから見たアメリカ、という二つの視点が光った作品。

 

  

           (デビュー作『ヒア・アンド・ゼア』のポスター)

 

     

          (緑に囲まれた山間を親子4人で散策、映像が素晴らしかった)

 

       アフリカ系アメリカ人に対する社会的不公正と人種差別、父親の不在

 

★第89回アカデミー賞作品賞受賞の『ムーンライト』を例に持ち出すまでもなく、アフリカ系アメリカ人の差別をテーにした映画は枚挙に暇がありません。勿論、メインテーマはそれぞれ違いますが、どうしてもステレオタイプ的な描かれ方になりがちです。それを避けるには『ラビング 愛という名前のふたり』のように実話をベースにすることが多い。5年ぶりとなる長編2作目 Life And Nothing More は、大きく括ると、いわゆるドクフィクションdocuficciónというジャンルに属している。ドキュメンタリーの父と言われるロバート・フラハティの『モアナ』に始まり、他作品では、ルキノ・ヴィスコンティの『揺れる大地』、ポルトガルのペドロ・コスタの『ヴァンダの部屋』、同名小説がベースになっていますが、フェルナンド・メイレレスの『シティ・オブ・ゴッド』などを挙げることができます。

 

★前作『ヒア・アンド・ゼア』同様ノンプロの俳優を起用、撮影はアメリカ大統領選挙中の熱気に包まれたフロリダで、1031日にクランクインした。製作者のペドロ・エルナンデス・サントスは、「不確実な空気を取り込むには、これ以上の好機はないからだ」と語っている。掛け持ちで仕事に追われて不安定な母親レジーナと口達者なロバートとの会話も自然なアドリブの部分があり、それが非常にエモーショナルなものを呼び起こしたと監督。子供たちの父親は刑務所に収監中だが、14歳になるアンドリューは会いたいと思っている。しかしそれは母親から禁じられており、本作でも父親の不在がキイポイントの一つになっているようだ。特権と組織全体的な人種差別が複雑に入り組んでいるアメリカ社会の今が語られる。

  

 (リィネシア・チャンバース)

    

(レジーナ・ウィリアムズ)

    

追記:東京国際映画祭2017「ワールド・フォーカス」部門に『ライフ・アンド・ナッシング・モア』の邦題で上映されます。          

  

アントニオ・バンデラス「国民映画賞2017」受賞*その他いろいろ2017年08月25日 14:06

          バンデラスがサンセバスチャン映画祭にやってくる

 

★「国民映画賞」の授賞式は、サンセバスチャン映画祭で行われるのが恒例、アントニオ・バンデラスが久しぶりにサンセバスチャンにやってきます。昨年はアンヘラ・モリーナで盛り上がりましたが、なかには2015年のフェルナンド・トゥルエバのように「今更もらっても・・・」と受賞をごねる監督もいたりして、受賞者の選考は難しい。今回も「もう上げちゃうの、どうして?」と疑問を呈するシネアストもいるようでした。今年の126日に心筋梗塞で倒れ、その後ジュネーブの有名な心臓外科病院で3本のステント手術を受けており、健康不安というトラブルを抱えるようになっています。

 

 

          (心臓手術後のアントニオ・バンデラス、20174月)

 

2015年には最年少の受賞者としてゴヤ栄誉賞をもらったばかり、2008年にはサンセバスチャン映画祭の栄誉賞ドノスティア賞2004金のメダル、シッチェス映画祭2014栄誉賞、マラガ映画祭2017では名誉金のビスナガ賞、イベロアメリカ・プラチナ賞2015栄誉賞などなど、海外も含めて50代にして数々の栄誉賞に輝いています。まだ受賞歴のないゴヤ賞主演男優賞あるいは助演男優賞が待たれるところです。

 

ゴヤ賞2015栄誉賞の記事は、コチラ2014115

マラガ映画祭2017名誉金のビスナガ賞の記事は、コチラ201741

 

 

       アカデミー賞2018外国語映画賞のスペイン代表は・・・

 

★先日、アカデミー賞2018外国語映画賞のスペイン代表候補3作がスペイン映画アカデミー会長イボンヌ・ブレイクの口から発表になりました。今年の話題作、カルラ・シモンのデビュー作 Verano 1993(ラテンビート2017の邦題『夏、1993)、パブロ・ベルヘルの第3作コメディ Abracadabra (仮題「アブラカダブラ」)、サルバドル・カルボの戦争歴史物 1898, Los ultimos de Filipinas 以上3作に絞られました。カルラ・シモンの Verano 1993 は、オデッサ映画祭2017のインターナショナル部門の作品賞を受賞したばかり、ヨーロッパ映画賞2017の候補に選ばれています。

 

  

   (カルラ・シモンの Verano 1993

 

              

            (パブロ・ベルヘルの Abracadabra

 

  

                    (サルバドル・カルボの 1898, Los ultimos de Filipinas

 

Verano 1993 の紹介記事は、コチラ2017222

Abracadabra の紹介記事は、コチラ201775

1898, Los ultimos de Filipinas の紹介記事は、コチラ201715

 

 

       ヨーロッパ映画賞2017にスペインから3作が残りました

 

★ヨーロッパ映画賞エントリー51作が発表になりました。うちスペインからは次の3作が選ばれています。スペイン映画界に多大な貢献をしているフアン・アントニオ・バヨナ『怪物はささやく』(劇場公開になっています)、ラウル・アレバロ『物静かな男の復讐』Netflix放映)、カルラ・シモン『夏、1993(ラテンビート2017上映予定)の3作です。51作のなかから、114日開催のセビーリャ・ヨーロッパ映画祭でノミネーションが正式に確定します。11作品が恒例ですから選ばれるとしてもどれか1作です。授賞式は例年通り129日にベルリンで行われます。

 

  

 (フアン・アントニオ・バヨナ『怪物はささやく』)

 

     

                                (ラウル・アレバロの『物静かな男の復讐』)


米アカデミー新会員に招待されたイベロアメリカのシネアスト2017年07月03日 11:09

         新会員候補者774人のなかで断るシネアストは何人くらい?

 

★ホワイト男性の牙城ハリウッドも国内外からの批判を浴びて、重い腰を上げたということでしょうか。2016年「♯OscarsSoWhite」の政治的キャンペーン以来、従来のアカデミー会員規則の変更を迫られた。会員の92%以上が白人男性で平均年齢が62歳という具体的な数字を挙げられてみれば、これはやはり異常な「老人クラブ」だと今更ながら驚きます。シェリル・ブーン・アイザック会長によれば、昨年は683人、今年は59か国774人に招待状を送ったということです。新会員のうち非白人が30%、女性が39%、一番若い会員はエル・ファニングの19歳、これで少しは平均年齢が下がるでしょうか(笑)。勿論会員になりたくなければ招待を断ってもいいわけですが、世界で最も選り抜きの映画クラブですから損得を計算する必要がありそうです。90年前に設立者293人で始まった米アカデミーの会員は、約7500を数える大所帯になったわけです(アカデミーはこれまでも正確な構成員数は明らかにしていない)。

 

★日本からも三池崇史監督、真田広之、昨年母親になった菊地凛子など、米国で比較的認知度のある人の名前が報道されていましたが、スペイン、ラテンアメリカ諸国でも同じ傾向のようです。スペイン映画出演では、エレナ・アナヤパス・ベガヴィゴ・モーテンセンダニエル・ブリュールエドガー・ラミレス、ロドリゴ・サントロなどの俳優、当ブログ未紹介のロドリゴ・サントロはブラジルで絶大な人気を誇る大スター、ウォルター・サレスの『ビハインド・ザ・サン』、エクトル・バベンコの『カランジル』や最近ではパトリシア・リヘンの『チリ33人の希望の軌跡』ほか、米国映画にも多く出演している。

 

(エレナ・アナヤ)

  

 

★撮影監督では、ホセ・ルイス・アルカイネアフォンソ・ベアトキコ・デ・ラ・リカエルネスト・パルドなど。アフォンソ・ベアトは、ブラジル出身ですがアルモドバルの『ライブ・フレッシュ』や『オール・アバウト・マイ・マザー』を手掛けている。メキシコのエルネスト・パルドは主にドキュメンタリーを撮っている撮影監督、最近ではタティアナ・ウエソの "Tempestad" でフェニックス賞ドキュメンタリー部門の撮影賞を受賞、これから発表になるアリエル賞2017でもノミネートされています。

 

(エルネスト・パルド)

 

 

★監督では、アドルフォ・アリスタラインパトリシア・カルドソアレハンドロ・ホドロフスキーエクトル・オリベラアルトゥーロ・リプスタインパブロ・トラペロなど、当ブログに登場してもらった名前を挙げておきます。アドルフォ・アリスタライン2003年にスペイン国籍を取得、アルゼンチンとの二重国籍です。サンセバスチャン映画祭やゴヤ賞のノミネーションでよく目にする監督、オスカーでは1992年のUn lugar en el mundo が最終候補に選ばれた。2004年の『ローマ』がラテンビートで上映されている。アルトゥーロ・リプスタインはメキシコ出身だが、アリスタライン同様2003年にスペイン国籍をとり、現在は夫人で脚本家のパス・アリシア・ガルシア・ディエゴとサンセバスチャン在住。『真紅の愛』(96)や『大佐に手紙は来ない』(99)などが公開されている。友人でもあったルイス・ブニュエルの後継者と言われている。

 

   

     (アルトゥーロ・リプスタインと夫人パス・アリシア・ガルシア・ディエゴ)

 

パトリシア・カルドソも当ブログ未紹介の監督(日本表記はカルドーゾ)、コロンビアのボゴタ出身だが、1987年米国に移住している。2002年のサンダンス映画祭で Real Women Have Curves が観客賞・審査員賞を受賞しており、2010年の Lies in Plain Sight が『見えない真実』という邦題で紹介されているようだが未見です。米国での活躍が選定の一つになっている。

 

                メキシコはハリウッドを目指す?

 

★メキシコは隣国ということもあって、上記のアルトゥーロ・リプスタイン、エルネスト・パルドを含めて6人が招待を受けました。メキシコはますますハリウッドを目指すのでしょうか。ほかの4人は、『エリ』のアマ・エスカランテ監督、カナナ・フィルムの中心的プロデューサー、『選ばれし少女たち』や『ミス・バラ』を企画したパブロ・クルスベルタ・ナバロ(日本表記はバーサ・ナヴァッロ)、デル・トロのホラー『クロノス』(93)、『デビルズ・バックボーン』(01)、続いて『パンズ・ラビリンス』などをプロデュースしている。監督・脚本家のナタリア・アルマダは、第40代メキシコ大統領プルタルコ・エリアスの曽孫、ドキュメンタリー作家としてスタートした。代表作は、Al otro lado05)、曾祖父の足跡をたどったEl general09)、El Velador11)など。最新作の初フィクションTodo lo demas16)が高評価、ヒロインのアドリアナ・バラッサがアリエル賞女優賞にノミネートされている。2012年にマッカーサー奨学資金を受けている。メキシコの6人は既に招待受諾の意思を表明している。

 

(アマ・エスカランテ)

 

              

  (パブロ・クルス)

 

 (ベルタ・ナバロ)

          

 

(ナタリア・アルマダ)

           

 

★昨年既に招待されている監督に、カルロス・レイガダスカルロス・カレラパトリシア・リヘンがいる。ブニュエルの『ビリディアナ』や『皆殺しの天使』で知られるシルビア・ピナル1931)は、まだTVシリーズに出演している現役だが投票の権利を行使しないと表明している。いずれにしてもシネマニアには大して関係ないことですから、ここいらへんで。


イーサン・ホークがドノスティア栄誉賞*サンセバスチャン映画祭 ⑬2016年09月12日 06:39

            今度こそサンセバスチャンに現れます!

 

   

 

★第64回サンセバスチャン映画祭の栄誉賞はシガニー・ウィーバーイーサン・ホークに決定しました。シガニー・ウィーバーは早々とアナウンスされましたが、イーサン・ホークは時間がかかりました。結局今年の栄誉賞は米国俳優2人になり、ハリウッド抜きで映画祭は成り立たない印象を受けました。昨年アメナバルRegression(“Regresión”)がオープニング上映された時には、“The Magnificent Seven”撮影中で残念ながら来西を果たせませんでした。今回は917日にスペイン語題“Los siete magníficos上映前に栄誉賞が手渡されます。米国封切りが923日ですから本映画祭上映がワールド・プレミアでしょうか。日本でも『マグニフィセント・セブン』の邦題で2017127日公開が決定しています。黒澤明の『七人の侍』(54)をリメイクした『荒野の七人』(60)、この2本を原案にして更にリメイクしたようです。ハリウッドの人気俳優7人が勢揃いした活劇です。

 

   

        (中央がイーサン・ホーク、右隣りがデンゼル・ワシントン)

 

1970年テキサス州オースティン生れ、監督、脚本、作家と幾つもの顔をもつ俳優。「ビフォアー」シリーズの他、『ガタカ』97)、6才のボクが、大人になるまで』14)など殆どが公開されている。アカデミー賞はノミネーションだけに終わっているが、未だ45歳、これからですね。小説は4作、2作目となる“The Hottest State”は、自ら脚本も手がけて監督した(『痛いほどきみが好きなのに』2007)。4作目の“Inden”(16)が「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラー・リストに初めて登場した。

 

シガニー・ウィーバーの紹介記事は、コチラ⇒2016722

 

ハビエル・バルデム*古典ホラー『フランケンシュタイン』のリブートに出演?2016年07月25日 15:33

         フランケンシュタイン博士、あるいはモンスター役?

 

★ショーン・ペンのアフリカ内戦もの『ザ・ラスト・フェイス』(“The Last Face”)が今年のカンヌ映画祭でワールド・プレミア、シャーリーズ・セロンと共演(公開が予定されている)、今年夏公開が予定されていた「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズ第5は遅れて来年になる由、久々のスペイン語映画フェルナンド・レオン・デ・アラノアのEscobar(麻薬王パブロ・エスコバルのビオピック、妻ペネロペ・クルスと共演)、ダーレン・アロノフスキーの新作ジェニファーローレンスと出演、更にイランのアスガル・ファルハディの新作に夫婦で出演、来年夏にはスペインでのクランクインが予定されている。

 

★“Escobar”は、コロンビアのメデジン・カルテルの麻薬王パブロ・エスコバルの伝記映画。エスコバルの1980年代の愛人、元ジャーナリストのビルヒニア・バジェッホの同名回想録“Amando a Pablo, odiando a Escobar”(2007年刊)の映画化。バルデムがエスコバル、クルスが愛人ビルヒニアになります。

 

    

             (ハビエル・バルデムとペネロペ・クルス)

 

★そして今回アナウンスされたのが、1930年代にユニバース・ピクチャーズが製作した一連のホラー映画の一つ『フランケンシュタイン』のリブート出演のニュースです。本作はイギリスのメアリー・シェリー(17971851)が、1818年に匿名で発表したゴシック小説『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』を、1931年にジェイムズ・ホエールが映画化したもの(当時の女性作家は匿名)。ボリス・カーロフが扮した怪物の造形イメージが今日でもモンスター像として定着している。小説と映画の人物造形にはかなりの違いがあり、新作が原作重視か、あるいは映画重視かは分からない。そもそもバルデムがフランケンシュタイン博士になるのかモンスターになるのかさえ不明である。今後も紆余曲折がありそうです。製作は2019年と大分先になるようだ。

 

  

       (ボリス・カーロフ、1931年映画版のフランケンシュタインの怪物)

 

★ジェイムズ・ホエールは1935年に『フランケンシュタインの花嫁』も監督しており、モンスターは同じくボリス・カーロフが扮した。こちらには原作者のメアリー・シェリーまで登場するというもので、ますます原作から離れてしまっている。新作「フランケンシュタイン」には、両作を合体させるのかもしれない。資金力はあっても企画力が乏しくなっているせいか、リブートだのリメイクだの新鮮味に欠けるニュースのご紹介です。

 

★新作は、昨年の夏以来、アレックス・カーツとクリス・モーガンを主軸に、ユニバース・ピクチャーズが「古典モンスター映画」のリブートを企画した第3作目に当たる。第1作は『ミイラ再生』(1932)の“The Mummy”、トム・クルーズが主役のタイラー・コルトに、ラッセル・クロウがジキル博士を演じた。このジキル博士役のオファーをバルデムが断ったと聞いている。20176月公開予定。第2作が『透明人間』(1933)、ジョニー・デップが主役を演じる。

 

アスガル・ファルハディの新作の記事は、コチラ⇒2016年06月06


『エルヴィス、我が心の歌』 *アルマンド・ボー ②2016年06月26日 12:56

           根っこのない人間、インパーソネーターの危機

 

A: 誰でもある程度は他人を真似て生きているわけですが、主人公カルロスのようにピッタリ重なってしまうと救済できない。恐ろしい社会派ドラマです。自分で拵えた壁だから壊すこともできたのだが、愛が壊れると残るのは喪失感だけです。孤独には幻滅も付いてくるから、現実は地獄と化す。

B: アイデンティティーの喪失とか自己否定とかではすまない。「そっくりさん」をやっているうちに誇大妄想に陥り、コチラとアチラの境界が消滅してしまう。

 

A: かろじてコチラに踏みとどまっていられたのは、妻や娘への愛だった。最初カルロスは、エルヴィスとして自分を完結させるか家族を選ぶか、二つの間で揺れていた。しかし家族が壊れてしまえばコチラに未練はない。プレスリーは妻プリシラが娘のリサ・マリーを連れて新しい男に走ってから急激に崩れていった。

B: 監督はモデルの人生に、そっくりさんの人生を重ねていく。

A: モデルは妻が新しい男に走ったことで苦しむが、そっくりさんの方は、妄想にとり憑かれ現実を受け入れない夫に同情しながらも一緒に暮らすことができなくなった妻の方が苦しむ。ここが二人の大きな違いです。

 

B: 自分に根っこがないと境界は無きが如しだから、行き来している自覚もやがて消えてしまうことになる。

A: 自分も含めて周りはそういう人が溢れている。アルマンド・ボー監督もこの映画は「狂気のメタファー」だと語っています。

 

B: インパーソネーターはただの「そっくりさん」ではなく、モデルの内面に深く入り込み、完全一体化していかなければならない。カルロスはそれを実践した。

A: スペイン語映画ファンなら、『トニー・マネロ』08)を思い出す観客が多かったはず、主役を演じたアルフレッド・カストロの狂気にショックをうけた。パブロ・ララインの「ピノチェト政権三部作」の第一部を飾った作品、監督、俳優とも二人をおいて現代チリ映画は語れない。

B: 大抵の方はハーモニー・コリンの『ミスター・ロンリー』07)でしょうか。パリに住むアメリカ青年役にディエゴ・ルナが扮し、マイケル・ジャクソンのそっくりさんを演じた。マリリン・モンロー、マドンナ、ジュームス・ディーンなどのそっくりさんも登場する。結末は本作とは異なりますが。 

  

               (『トニー・マネロ』のポスター)

 

A: マイケル・ジャクソンのインパーソネーターNo.1NAVIは、マイケル自身のお墨付きをもらっていた。本人没後はツアーを組んで大忙しだとか。しかしエルヴィスにしろマイケルにしろ、若くして亡くなっているから、モデルの享年が近づくにつれインパーソネーターに危機がやってくる。

B: まさにカルロスがそうでした。カルロスにとって42歳の誕生日は、41歳とはまるで違う。

 

        ちりばめられた伏線の貼り方、メタファーとしての選曲

 

A: 昼は「お前の代わりなんか直ぐ見つかる」と馘首をちらつかせ、カルロスの誇りをズタズタにする現場主任のもとで働いている。ここは自分の居場所ではない。夜はエルヴィスのトリビュート・アーティストとして取替不可能な存在、大きな野心が生れてくる。

B: ここでは自分を〈エルヴィス〉と呼ばせ、音響設備が悪いとぶちギレしてステージを下りてしまう。「俺は神様から素晴らしい声を授けられたエルヴィス」なのだから。

A: このとき歌っていたのが最後のシーンに流れる「アメリカの祈り」、だからゆめ疎かにできないのです。それが最後に分かる。しかし出演料は安く、おまけに滞りがち、これでは間に合わない。映画の早い段階で帰宅途中に飛行場の側を通るシーンが映りますが、これもいずれメンフィスにあるエルヴィスの聖地に飛ぶ伏線でしょう。

 

    

             (「ザ・キング」エルヴィス・プレスリー)

 

B: 老母が入所しているケアハウスでギターを手に弾き語る「オールウェイズ・オン・マイ・マインド」は、喪失感を象徴する曲、母に最後の別れを告げる伏線になっている。

A: シンガーの田中タケル氏が「カタログ」に寄せた紹介文によると、カルロスが決行前夜クラブでピアノの弾き語りをしながら熱唱する「アンチェインド・メロディ」は、死別を象徴する曲、カルロスが着ていた衣装もエルヴィスにとっては死装束だそうです。

B: エルヴィス・ファンには、選曲のすべてがメタファー、伏線だと分かる仕掛けになっている。勿論、そんな知識がなくてもジョン・マキナニーの歌に酔うことができます。

 

         奇跡は結構起きる、ジョン・マキナニーとの出会い

 

A: 工場の制服を焼却し、スケート場で親子三人の最後の時を過ごす。準備万端整ったところで、妻が交通事故で意識不明の重体となる。ここから実は本当のドラマが始まると思う。

B: これ以前は予想通りの筋書き、しかし疎遠だった娘との距離が次第に縮まるにつれ、もしかして娘の愛の力で正気に戻るのか。不安で眠れない娘に子守唄代わりにカルロスが歌った「ハワイアン・ウェディング・ソング」は心に沁みた。

 

  

           (妻アレハンドラ、娘リサ・マリー、カルロス)

  

A: プレスリーが主演した『ブルー・ハワイ』で歌われた曲、娘との距離の縮め方は自然でとてもよかった。奇跡的にアレハンドラの意識が戻り、二人で面会にいくシーンでは、監督は二人に手を繋がせていた。奇跡はめったに起こらないと言いますが、結構起きるのです(笑)。

 

B: プレスリーの音源は一切使用されていない、すべてジョン・マキナニーが歌っている。

A: ボー監督がトリビュート・バンド「エルビス・ビベ」のジョン・マキナニーに接触したのは、当時構想していた主役の演技指導を打診するためだった。ところが会った瞬間、主役が目の前に立っていた、というわけです。奇跡は起こるのですね。

B: しかし、この逸話は眉唾だね。マキナニーはエルヴィスのトリビュートとして有名だったから、最初から彼に白羽の矢を立てていたにちがいない。声や体型は言わずもがな、マイクを握る太い指、歌唱中に吹きでる汗までそっくりだった。

 

    

     (トリビュート・バンド「エルビス・ビベ」で歌うジョン・マキナニー)

 

A: どちらにしろ彼の人生は変わってしまった。テレビのトーク番組のゲストに呼ばれたり、ガストン・ポルタルが監督したTVミニシリーズ“Babylon”(12)に1話だけですが出演した。

B: エルヴィスとはまったく関係ない刑事ドラマでした。

 

              親の「七光り」もラクではない

 

A: 前回アルマンド・ボーのキャリアについては簡単にご紹介しましたが、祖父と姓名が同じのため二人はごちゃまぜに紹介されています。父親のビクトルがミドルネームを付けなかったせい、アルゼンチンでは「nieto孫」を付けて区別しています。ミューズだったイサベル・サルリが出演している作品は祖父の監督作品です

 

B: ボー監督は現在6歳になる長男にも同じアルマンドを付けた。日本では戸籍法があるからこういう自体はあり得ない(笑)。

A: 有名人の「○○の子供」「××の孫」は七光りの反面重荷になることもある。彼は勉強嫌いだったらしく、特に数学がダメだった。16歳から広告業界で働き始めたのもそれがあるね。ニューヨーク・フィルム・アカデミーも父親に行かされたと語っている。たったの4ヶ月在籍しただけ、縛られるのが嫌いなのでしょう。

B: 本作を共同執筆したニコラス・ヒアコボーネはエルサルバドル大学で学んでいる。アルマンド・ボーの長女の子供、というわけで従兄弟同士です。

 

A: 前回も書きましたが、現在はロスアンゼルスの閑静なベニス地区に転居している。理由はコマーシャルの仕事にはアメリカのほうがいいから。それもあるでしょうが、何につけ祖父や父親と比較されるのが重荷になっているのかもしれない。

B: 脚本を共同執筆した『バードマン』がアカデミー賞を受賞したことも大きい。ガラではジョージ・クルーニーと一緒にコーヒーを飲み、ミック・ジャガーと歓談し、ベッカムが「見たなかではバードマンが一番面白かったよ」と言うために近寄ってきたとか。

A: 「受賞したから言うわけじゃないが、息子を誇りに思う」父親も我が子の晴れ舞台にアルゼンチンから駆けつけた。「私の父も私も成し遂げなかった快挙」と興奮気味のビクトル、妻ルチアナともどもボー一家は興奮の渦に巻き込まれた。たかが映画ですが、これがオスカーなのです。

 

B 他にも祖父のミューズだったイサベル・サルリの逆鱗が理由の一つだったのでは?

A: 「私のことを祖父のアマンテだったと言ったけど、私は彼の祖父のアモールだったのよ。彼の祖父が死んだとき、孫は赤ん坊だった。私についてよくも知らず、あんな発言をするのは恩知らずの碌でなしがすること。ボー一族について話すのは気分が良くない。私にはボーという姓はアルマンドの死とともに終わったの。まったく○×△☆・・・」

B: もう女優は引退していると思うが意気軒昂、やはりボー一族とは確執があったようですね。

A: 孫も悪気があって言ったわけではないが、口は禍いの門、狭い世界です。

 

         映画だけでは食べていけない―今後の活躍

 

B: 一生制作するとは思わないが、コマーシャルを制作するのは映画だけでは食べていけないから。映画は34年かかる。両方やってみて分かったことだが、映画とコマーシャルを同時に進行させるのは無理だと語っている。

A: 広告と映画はとても異なった世界、素晴らしい広告を制作できたからといって素晴らしい映画が作れるわけではない。すべての映画監督に当てはまるわけではないけど、その逆も同じ、とインタビューに答えている。

 

B: 家では映画があふれていたけど、若い時は映画を見なかった。見ていたのはサッカーだったとか。アルゼンチンの普通の若者像です。

A: 無意識のうちに祖父や父の重圧に反発していたのかも。好きだった映画は196070年代のハリウッドやヨーロッパ映画、コッポラの『ゴッド・ファーザー』、キューブリックの『2001年宇宙の旅』や『時計じかけのオレンジ』、キューブリックは今でも無敵を誇る存在とか。

B: 『2001年宇宙の旅』に使用されたリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」が本作にも登場していた。

 

A: より若い監督作品では、ポール・トーマス・アンダーソンの群像劇『マグノリア』、スパイク・ジョーンズ『マルコヴィッチの穴』、スティーブン・ソダーバーグ『セックスと嘘とビデオテープ』を挙げている。ベン・スティーラーが自作自演した『ズーランダー』も大好きだそうです。

B: 自国の映画はお呼びでないようです。

 

A: 新作Lifeline16)は30分の中短編、来年には『バードマン』のスタッフが再びチームを組んで10話構成のTVミニ・シリーズThe One Percent(“1%”)が始まる。エド・ハリスやエド・ヘルムズ、ヒラリー・スワンクなどが出演する。ボー監督は脚本と製作の一翼を担うことになる。

  

『女体蟻地獄』(1958El trueno entre las hojas”、1962公開)、脚本をアウグスト・ロア・バストスが執筆したもので高評価だった。またミス・ユニヴァースのアルゼンチン代表、セックス・シンボルだったイサベル・サルリ(1935~)のデビュー作でもある。『裸の誘惑』(1966Naked Temtation”、1967公開)はイギリス映画、『獣欲魔地獄責め』(1973Furia infernal”、1974公開)には、息子ビクトルが初めて出演した。祖父の映画はセックスを売り物にしたploitation映画と言われ、邦題もそれに準じて付けられておりますが、かなり表層的な見方と思います。最後の作品となる“Una viuda descocada”(仮題「厚かましい未亡人」80)は、エロティック・コメディながら裏に皮肉な社会批判が込められている。豊かな胸を武器に次々にエロおやじを餌食にして墓石のコレクターになる未亡人にサルリが扮した。当時のアルゼンチンは「恐怖の文化」が支配した軍事独裁政権時代、こういう映画を見ると複雑です。翌年脳腫瘍のため67歳で没したとき、孫アルマンドは未だ2歳でした。