ゴヤ賞2015新人女優賞はイングリッド・ガルシア≂ヨンソンで決まり? ― 2014年06月26日 18:41
★まだ年後半が始まっていない段階で来年のゴヤ賞予想は早すぎますが、ハイメ・ロサーレスの“Hermosa Juventud”の主人公イングリッド・ガルシア=ヨンソンが注目を集めています。5月30日に封切られてから、「ゴヤ賞新人女優賞はイングリッド・ガルシア=ヨンソンで決まり」みたいな記事まで登場しました。カンヌ映画祭「ある視点」にノミネートされ、「エキュメニカル審査員賞スペシャル・メンション」を受賞した作品。既に二度にわたってUPしておりますが(05月04日/05月26日)、新しい記事も加えて再構成しておきます。まずは作品、監督紹介から。
(笑みを絶やさないイングリッド、カンヌ映画祭にて)
*“Hermosa Juventud”(“Beautiful Youth”)*
製作:Fresdeval Films /
監督:ハイメ・ロサーレス
脚本(共同):ハイメ・ロサーレス/エンリク・ルファス
撮影:パウ・エステベ・ビルバ
編集:ルシア・カサル
★キャスト:イングリッド・ガルシア=ヨンソン(ナタリア)/カルロス・ロドリゲス(カルロス)/インマ・ニエト(ナタリアの母ドロレス)/フェルナンド・バロナ(ラウル)/フアンマ・カルデロン(ペドロ)/特別出演トルベ
データ:製作国スペイン、スペイン語・ドイツ語、2014年、撮影地マドリード(約5週間)、102分
受賞歴:カンヌ「ある視点」正式出品、エキュメニカル審査員賞スペシャル・メンション受賞
★ストーリー:経済的危機から一向に抜け出せないでいる現代スペインが舞台、恋人カルロスとアマチュアのポルノ・ビデオ撮影を決心するナタリアの物語。二人は共に二十歳、美しいが運に見放されたナタリアに特別な野心はないが、生き延びるにはお金を稼がねばならない。ナタリアはカルロスの子を心ならずも身ごもっており、やがて二人は娘フリアの親になってしまう。ナタリアの両親は離婚、他に二人の姉妹もおり、母親はナタリアに援助できない。失業中のカルロスには体が不自由で世話を必要としている母親がいる。かなり厳しい現実に直面しているが、愛を語れないほど悲惨ではない。
(カルロスになるカルロス・ロドリゲス)
★ハイメ・ロサーレス Jaime Rosales :1970年バルセロナ生れ、監督、脚本家、製作者。同市のフランス系高校で学ぶ。経営学の学士号を取得している。映画はハバナの映画学校サンアントニオ・デ・ロス・バニョスで3年間学ぶ。その後オーストラリアに渡り、シドニーのAFTRSBE(Australian Film Television and Radio School
Broadcasting Enterteinment)で学ぶ。影響を受けた監督としてフランスのロベール・ブレッソンと小津安二郎の二人を上げています。
①2003 Las
horas del día カンヌ映画祭「監督週間」正式出品、国際映画批評家連盟賞を受賞。バルセロナ・フィルム賞(ガウディ賞の前身)、ブエノスアイレス映画祭特別審査員賞、トゥリア映画祭第1回作品賞などを受賞、ノミネート多数
②2007 La
soledad 『ソリチュード:孤独のかけら』 カンヌ「ある視点」正式出品、ゴヤ賞2008監督賞、トゥリア映画祭観客賞、サン・ジョルディ賞(スペイン語部門)など受賞。
(詳細コチラ)
③2008 Tiro en la cabeza サンセバスチャン映画祭正式出品
④2012 Sueño y silencio カンヌFF併催の「監督週間」に正式出品
⑤2014 Hermosa Juventud 省略
*他、1997年に 短編“Virginia no dice mentira” を発表、ビデオ・ドキュメンタリー、短編多数
★小さな町で衣料品店を営む物静かな青年の本当の姿を誰も知らない。異常な殺人者のアイデンティティを描いた“Las horas del día”で鮮烈デビューして以来、ロサーレスは1作ごとにスタイルを変えている。第2作は、理不尽なバス爆弾テロで赤ん坊を失った母親の凄味のある静穏さを描いた“La soledad”、第3作はETAのテロリストを主人公にした無声映画、これはドキュメンタリーの手法を使用したフィクションだが、テーマがテーマだけにサンセバスチャン映画祭は紛糾した。
(主役のアレックス・ブレンデミュール“Las horas del día”より)
★カンヌに持っていった第4作“Sueño
y silencio”はモノクロ、キャスト陣はアマチュアを起用した。二人の娘に恵まれ、パリで暮らす夫婦が夏のバカンスを過ごそうとエブロ川のデルタにやってくる。そして事故が起き突然長女を失ってしまう。夫婦のあいだに亀裂がはしり修復できそうにない。彼の映画には「死」が描かれることが多いが、それは「生」を際立たせるためのようです。構図の取り方は『ソリチュード:孤独のかけら』を受け継いでおり、ここでもドキュメンタリーの手法を多用、ラストシーンはモノクロを活かして素晴らしい。ブレッソンの影響を感じさせる作品。
未来が描けないスペインの若者
★5作目となる最新作はロサーレスによると、現代のスペインの若者には良くも悪くも未来が描けないという。「勿論、皆なが皆そうだとは言ってない、たくさんの青春があり、現実がある。そのなかで私たちは将来に行き詰まった状況を変えられずにいる、未来は黒一色に染め上げられている若者たちに焦点を当てた」。今年2月に撮影、3月にミキシングを終えたばかりでカンヌに間に合わせたという。「ほんとに小さな映画、若い人と一緒に仕事をして、自分は教師でもあり生徒でもあった」と語っています。「教えることは学ぶこと」は真理です。日本から見ると20代の失業率60%は想像できない。経験を積むチャンスがなければ、自らアクションを起こすしかない。スペインに伝統的にある移民、または豊かなドイツに出稼ぎに行くのも悪くないか。
(帰国後RNEスペイン国営ラジオのインタビューを受ける監督とイングリッド)
★「今現在、ここに存在している物語」を語りたいから、「公園や繁華街にいるたくさんの若者にインタビューして取材を重ねていった。まるでダイナミックなパズルを嵌めこむようにして脚本を組み立てた」と監督は語っています。彼らが一様に口にしたのが<お金>と失業のこと、交通費の高さ、賃金の安さ、どうやって節約するか、と話題はすぐお金の話に舞い戻っていく。スペインの若者は出口の見えない袋小路に迷い込んでいて、映画やファッションどころではないという現実だった。「政治的な映画をつくるつもりはなく、ただスペインの若者の現実を語りたいと思っただけ」、これが理解できないと日本の観客は多分登場人物のなかに入れないのではないか。
今までのチームを入れ替えて
★ダルデンヌ兄弟、ケン・ローチ、アブデラティフ・ケシシュの映画が頭にあったというロサーレスは、「今までのチームをすっかり入れ替えて、若い人たちと撮影をした。私を惹きつけた若者の不確かな世界を通して、私を不安にさせていた何かと繋がろうとした」。映画のなかの若者も世界を自分たちに引き寄せるため、現実の活力を捕まえるため、より激しく、より美しくデリケートに、しかし真正面から挑んでいる。それがこの映画の強みである。若い観客は鏡に映った自分の姿と向き合うことになり、彼らが負った深い傷を発見することになる。
★プロの撮影監督が80%、残り20%の撮影をアマチュアに任せた、ポルノ映画の部分ですね。そのコントラストに興味が湧きます。前述したようにロサーレスは1作ごとに冒険するタイプ、ここではポルノ・ビデオ界の帝王ことトルベに協力を要請した。本名イグナシオ・アジェンデ・フェルナンデス(またはナチョ・アジェンデ)、1969年バスク州のビスカヤ生れ、サンティアゴ・セグラの『トレンテ』(シリーズ2・3・4)で既に日本に紹介されています。
「スペインのアデル」
★「スペインのアデル・エグザルコプロス」と言われているのが、本作の主人公イングリッド・ガルシア・ヨンソン。アデル・エグザルコプロスとは、アブデラティフ・ケシシュの『アデル、ブルーは熱い色』のヒロインを演じた女優。2013年のカンヌ映画祭で監督と主演女優2人が壇上に、「パルムドールが3人の手に!」と話題になった。ケシシュはチュニジア出身のフランスの監督。ロサーレスも彼のことは頭にあったようです。
★長編映画の主役は初めてというイングリッド・ガルシア=ヨンソン Ingrid Garcia-Jonsson は、スウェーデンのシェレフテオ市生れのスウェーデン女優。しかし幼少時はセビーリャで育ち、のちマドリードに居を定めている。2006年から舞台俳優としてデビュー、映画はヘスス・プラサの短編 Manual for Bored Girls(2011)でブロンドの少女役が初出演、代表作はマヌエル・バルトゥアルの長編Todos tus secretos(2014)、アルバロ・ゴンサレスの短編 El jardinero(2013)など。スペイン語の他、英語、仏語、勿論スウェーデン語ができる。
★自分が「スペインのアデル」と言われているのは知らなかったようで、家族が記事を読んで教えてくれたそうです。映画のなかのナタリアとはうって変わってにこやかで冗談好きの女性。トルベと監督が一緒だったホーム用ポルノ・ビデオ撮影は、「寒くて尻込みした。トルベはずっと話し続けていて、本当に感じが良く、当たり前だが普通の人です」と。「映画のなかでヌードになることは、今日では珍しいことではなく、よく目にすることですよ」、確かにその通り、不必要なヌードもありますね。
(娘フリアをあやすナタリアのイングリッド)
★イングリッドとナタリアには共通していることがある、性格でなく状況のことだが。「1ヵ月400ユーロで暮らしているが、16歳のときからこの道に入り学んでいる」と語るイングリッドは、女優だけでなく製作助手をしながら映画の裏方をも学んでいる。マヌエル・バルトゥアルの長編“Todos tus secretos”のようなローコストのプロダクションが手掛けた作品にも出演しているからだ。「時間が足りない。私の集中力を途切れさせないよう、ハイメ (監督) はスタッフが私に話しかけるのを禁じていた」とも。ロサーレスが好きな女優のタイプを知っているとも語っている。ロサーレスによると、「オーディションを受けに来て知り合ってナタリアに起用したのだが、磨きをかける必要がありそれで相当口論した。互いに憎みあいもしたが、結局彼女は私を求め、私も彼女が大好きだったのだ」と。「女優になるためには苦労しなきゃとは思わないが、この映画からは沢山のことを学んだ」ようです。
★来年のゴヤ賞新人女優賞を疑う人はいないと思うがと、記者が水を向けられると、「本気でそんなことが起こると思う?」と冗談めかしていたが、そうだといいね。とにかく雇用が不安定な若い世代に見て欲しいということです。
『月曜日にひなたぼっこ』は・・・
★フェルナンド・レオンの『月曜日にひなたぼっこ』(2002)と本作が大きく異なるのが登場人物の世代。同じ流浪の民でも、あちらの失業者は概ね中年から退職間近のひと、一番若そうなハビエル・バルデムでも30代後半だった。こちらは若く見せようと白髪を染める必要がないかわり、働いてないので当然失業保険も貰えない。従って不要の烙印を押されてしまった熟練者としての誇りや失業の恐怖と疎外感を払いのけるために飲みつぶれるお金もない。共通するのは、普通の人々が、つまりちゃらんぽらんに生きているわけではないのに、お金がない、することがない、夢がない、息が詰まるような悲しみに向き合っていることだけ。
(ルイス・トサールとハビエル・バルデム)
★日給10ユーロがポルノ・ビデオ出演に同意すれば1時間で300とか500ユーロとか貰える。これが信じられる状況だというから考えさせられます。ロサーレスの映画は好き嫌いがはっきり分かれるが、彼の独創性は常に俳優の自然な演技を引き出すことに長けていることです。第3作“Tiro en la cabeza”にはついていけなかったが、本作は置いてきぼりをくわないのではないか。
最近のコメント