ロドリゴ・プラの新作『もうひとりのトム』*東京国際映画祭20212021年10月21日 11:25

        ロドリゴ・プラ&ラウラ・サントゥリョの新作「The Other Tom

 

     

              (スペイン語版のポスター)

 

★東京国際映画祭 TIFF コンペティション部門に、ロドリゴ・プララウラ・サントゥリョ夫妻デュオ監督のThe Other TomEl otro Tom)が『もうひとりのトム』の邦題でノミネートされました。第78回ベネチア映画祭2021オリゾンティ部門正式出品作品です。プラ監督は前作『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』TIFF 2015で上映された折に、プロデューサーのサンディノ・サラビア・ビナイと来日してQ&Aに出席しております。彼は新作でも製作者の一人として参加しています。前作はラウラ・サントゥリョの同名小説の映画化、自身も脚本を手掛けています。二人ともウルグアイ出身ですが、主にメキシコで映画製作に携わっております。新作もサントゥリョの同名小説の映画化、今回、監督デビューを果たしました。

 

     

 (ロドリゴ・プラ、ラウラ・サントゥリョ、ベネチア映画祭2021フォトコール)

  

 

 『もうひとりのトム』The Other Tom El otro Tom

製作:BHD Films / Buenaventura

監督・脚本:ロドリゴ・プラ、ラウラ・サントゥリョ

原作:ラウラ・サントゥリョの The Other Tom

撮影:オディ・サバレタ

編集:ミゲル・シュアードフィンガー

美術:アナ・べリード

 

データ:製作国メキシコ=米国、英語・スペイン語、2021年、ドラマ、111

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2021コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門、ベネチア映画祭2021オリゾンティ部門、ワルシャワ映画祭監督賞受賞、東京国際映画祭コンペティション部門、各正式出品作品

 

キャスト:フリア・チャベス(エレナ)、イスラエル・ロドリゲス・ベルトレッリ(息子トム)、リア・ミラー(バルバラ医師)、ホルヘ・カストロ(体育教師)、ソフィア・プリエト(カルラ)、ミシェル・フローレス(救急看護師)、マリシア・ドミンゲス(リタ)、フランコ・リコ(バルの男)、マリナ・カルバレナ(サビナ先生)、グロリア・カルデン(学校の保健婦)、アレハンドラ・ドサル(精神科医)、ハコ・ロドリゲス(トムの代理人)、他多数

 

ストーリー:テキサス州エル・パソで社会福祉に頼っているシングルマザーのエレナと息子トムの物語。トムは落ち着きのない多動性のため学校では <問題児> の烙印をおされている。父親の不在が二人の関係を一層複雑にしている。精神科医はトムを多動性障害ADHDと診断して薬を処方する。しかし母親のエレナは、その強い副作用を怖れて投薬治療を拒み、ゴミ箱に捨ててしまう。魂のこもった目とウェーブのかかった長い髪の子どもが怪我をしたことで、エレナは窮地に追い込まれる。観客は <もうひとり> のトムを目にすることができるでしょうか。

 

       

               (トムを演じたイスラエル・ロドリゲス、フレームから)

 

           

        (母エレナを演じたフリア・チャベス、フレームから)

 

★今年のTIFFでは、コンペティション部門とワールド・フォーカス部門(『箱』)でメキシコ=米国合作映画が2本上映されます。しかし監督は本作が両監督ともウルグアイ、『箱』のロレンソ・ビガスがベネズエラと、自国では映画製作のできない南米の出身者です。2作ともカンヌではなくベネチアでワールドプレミアされたのも意味深いことと思います。このコロナ禍のなかでも『もうひとりのトム』のクルーは、『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』以来6年ぶりとなるベネチアに大挙してやってきました。中南米諸国のシネアストはベネチアを目指しているようです。

 

       

 (左から、製作者アレハンドロ・デ・イカサ、同ガブリエラ・マルドナド、デュオ監督、

    美術アナ・べリード、撮影オデ・サバレタ、ベネチアFF 2021 フォトコール)

 

★前作『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』はラウラ・サントゥリョの同名小説の映画化、実態が見えない官民の医療制度のもとで、一般の人々が押しつぶされていくメキシコ社会の脆弱性と闘う母子を描いていました。新作も作家の同名小説にもとづいており、医学や教育を <よく知っている> と思われている専門家のアドバイスの危険性を本能的に察知して抵抗する若い母親とその息子を描いています。粗末な家での母と息子が共有する優しい穏やかな時間、トムは本当に ADHD なのかどうか。落ち着きのない騒々しい子供は学校や教師から歓迎されない、鎮静化する必要があります。ホワイトでない、つまりヒスパニックであること、父親不在の家庭、夜遅くまで残業しなければならない母親、エル・パソを流れるリオグランデ川の向こうはメキシコです。

 

     

       (フリア・チャベスとイスラエル・ロドリゲス、フレームから)

 

『モンスター・ウィズ・サウザン・ヘッズ』(Un monstruo de mil cabezas)の作品紹介と監督フィルモグラフィーは、チラ20151103

   

    

              (英語版のポスター)

 

ロレンソ・ビガスの新作「La caja」*サンセバスチャン映画祭2021 ⑲2021年09月07日 17:33

            5弾――『彼方から』6年ぶりの新作「La caja

   

        

   

★ホライズンズ・ラティノ部門ノミネートのロレンソ・ビガス(ベネズエラのメリダ1967)のLa cajaは、ベネチア映画祭2021のコンペティションでワールドプレミアされます(結果発表は911日)。監督は2015年のDesde allá金獅子賞を受賞、ラテンアメリカにトロフィーを運んできた最初の監督になりました。ラテンビート2016では『彼方から』の邦題で上映されています。ラテン諸国のなかでもベネズエラは、当時も現在も変わりませんが政情不安と貧困が常態化しており、映画産業は全くといっていいほど恵まれていません。受賞作はメキシコとの合作、新作はメキシコと米国の合作、監督は20年前にメキシコにやって来て映画製作をしており、ベネズエラは監督が生まれた国というだけです。メキシコのミシェル・フランコとは製作者として互いに協力関係にあります。新作の舞台はメキシコ北部のチワワ州の大都市シウダー・フアレス、アメリカと国境を接しているマキラドーラ地帯を背景にしています。キャリア&フィルモグラフィーは、『彼方から』でアップしています。

『彼方から』関連記事は、20150808同年100920160930

 

    

  (左から、エルナン・メンドサ、監督、ハッツィン・ナバレテ、ベネチアFF2021

 

 

 La caja / The Box

製作:Teorema(メキシコ)/ SK Global Entertainment / Labodigital(メキシコ)

監督:ロレンソ・ビガス

脚本:パウラ・マルコビッチ、ロレンソ・ビガス

撮影:セルヒオ・アームストロング

編集:パブロ・バルビエリ・カレーラ、イザベラ・モンテイロ・デ・カストロ

プロダクション・デザイン:ダニエラ・シュナイダー

プロダクション・マネージメント:サンティアゴ・デ・ラ・パス、マリアナ・ラロンド

衣装デザイン:ウルスラ・シュナイダー

視覚効果:エドガルド・メヒア、ディエゴ・バスケス・ロサ

キャスティング:ビリディアナ・オルベラ

音楽:マウリシオ・アローヨ

製作者:ミシェル・フランコ、ホルヘ・エルナンデス・アルダナ、ロレンソ・ビガス(以上はTeorema)、(エグゼクティブ)マイケル・ホーガン(SK Global Entertainment)、チャールズ・バルテBartheLabodigital)、ジョン・ペノッティ、ブライアン・コルンライヒ、キリアン・カーウィン、他多数

 

データ:製作国メキシコ=米国、スペイン語、2021年、スリラー・ドラマ、92分、撮影地チワワ州(シウダーフアレス、クレエル、サンフアニート、他)、パナビジョンカメラ(35ミリ)使用

映画祭・受賞歴:第78回ベネチア映画祭コンペティション部門ノミネーション(96日)、トロント映画祭2021上映、第69回サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門ノミネーション

   

キャスト:ハッツィン・ナバレテ(ハッツィン・レイバ)、エルナン・メンドサ(父親に似た男性)、クリスティナ・スルエタ(ノリタ)、エリアン・ゴンサレス、ダルス・アレクサ・アル・ファロ、グラシエラ・ベルトラン

  

ストーリー:死んだと信じている父親を探す13歳の少年ハッツィンの物語。メキシコシティ生れのハッツィンは、父親の遺骨を引き取るための旅に出ます。メキシコ最北部の広大な空だけに囲まれた共同墓地で発見されたからです。遺骨の入った箱を渡されるが、街中で父親と体形が似ている男を偶然目撃したことで、彼の父親の本当の居場所についての疑問と希望が少年を満たしていきます。ラテンアメリカ諸国に共通している父の不在、父性の問題、行方不明者の問題に踏み込んだスリラー。箱の中身は何でしょうか。<父性についての三部作> 最終章。

 

      

      (メキシコ最北部の砂漠で少年と父に似た男性、フレームから)

 

 

      La caja / The Box」は<父性についての三部作>の最終章

 

★デビュー作の早い成功は、多くの監督に次回作に大きなプレッシャーをもたらします。ロレンソ・ビガスも例外ではなかったでしょう。何しろ三大映画祭の一つ金獅子賞でしたから、「受賞にとらわれないようにすることに苦労した」と明かしている。『彼方から』のフィルモグラフィーでも述べたように、本作は2004年にカンヌ映画祭併催の「批評家週間」でプレミアされた短編映画Los elefantes nunca olvidan13分、製作ギジェルモ・アリアガ)を第1部、『彼方から』を第2部、新作が最終章とする三部作、監督にとっては必要不可欠な構想だったから、完結できたことを喜びたい。前2作と角度が違うのは、本作では父親の欠如がもたらす結果に踏み込んでいること、家族を維持するための父親をもつために、少年に何ができるかを掘り下げている。また90歳で死ぬまで描き続けたという父親で画家だったオスワルド・ビガスを描いたドキュメンタリーEl vendedor de orquídeas1675分)も、同じテーマなのでリストに入れてもいいということです。

 

       

       (父親を配したEl vendedor de orquídeas」のポスター

 

★キャストは、舞台演出家でベテラン俳優のエルナン・メンドサを起用、ミシェル・フランコの『父の秘密』12)の凄みのある演技でアリエル賞にノミネート、アミル・ガルバン・セルベラほかのLa 4a Compañia16)でマイナー男優賞を受賞している。「ハッツィン・ナバレテと出会えたことが幸運だった」と語る監督は、主人公の少年探しは簡単ではなかったという。時間をかけて全国の学校を回り、犯罪率の高さで汚名を着せられているメヒコ州シウダー・ネツァワルコヨトルで彼を見つけるまで時間が掛った。ベネチアまで来られたのは彼の隠れた才能のお蔭だと言い切っている。またメキシコで出会った友人たちに感謝を忘れず「今回はメキシコを代表してやってきました」と述べた。以前から「自分はメキシコで生まれていなくてもメキシコ人です」と語っており、故国ベネズエラは遠くなりにけりです。

 

     

     (少年とエルナン・メンドサ扮する偶然出会った男性、フレームから)

 

★撮影地にはメキシコ北部としか決めていなかったが、チワワ州に到着して「ここでなければならない」と思った。それは風景の圧倒的な美しさと、そこにある現実の美しさと恐ろしさのコントラストが決め手だったようです。ビデオではなく35ミリ撮影に拘ったのは「35ミリは光がフィルムと目を通過するため、依然として人間の目に近い。ビデオは電子的に生成されるから、映画館で見るとき、技術的な進歩にもかかわらず画像を知覚する感情的な方法は依然として35ミリです」とエル・パイス(メキシコ版)のインタビューに応えている。テキサス州エル・パソと国境を接するシウダー・フアレスからクレエルまでチワワ州の10ヵ所で撮影した。クレエルではメキシコでは滅多に見られない降雪があり「とても印象的でした」と。私たちは映画の中で美しい降雪に出会うでしょう。

 

      

            (撮影中のロレンソ・ビガス監督)

 

1990年代からシウダー・フアレスで出現し、現在も続いている女性連続失踪事件に踏み込んだのは、メキシコに来て最初に直面した衝撃の一つだったからで、脚本に自然に登場したと述べている。<フアレスの女性の死者たち>と呼ばれる殺人事件で、犠牲者は2万人にのぼる。ロベルト・ボラーニョの遺作となった小説『2666』にも登場する。小説ではサンタテレサという架空の名前になっているがシウダー・フアレスがモデルである。犠牲者の多くがマキラドーラの多国籍企業の下請けで低賃金で働く女性労働者であり、映画では少年をマキラドーラ産業の或る製品組立工場に導いていく。国家公安機構事務局の統計によると、2020年で最も多かった自治体はシウダー・フアレス市だったという。

 

         

(マキラドーラ産業の或る製品組立工場、フレームから)

 

      

                  (林立する犠牲者の十字架、シウダー・フアレス)

 

★脚本を監督と共同執筆したパウラ・マルコビッチ(ブエノスアイレス1968)は、ビガス同様メキシコで映画製作をしていますが、アルゼンチン出身の監督、脚本家、作家、自身の小説が映画化されている。メキシコの監督フェルナンド・エインビッケの『ダック・シーズン』や『レイク・タホ』の脚本を監督と共同執筆して、もっぱらメキシコで仕事をしているのでメキシコ人と思われていますがアルゼンチン人です。監督デビュー作El premioは故郷に戻って、自身が生れ育ったサン・クレメンテ・デル・トゥジュという湯治場を舞台に軍事独裁時代を女の子の目線撮った自伝的要素の強い作品です。ベルリン映画祭2011でプレミアされ、アリエル賞2013初監督作品賞オペラ・プリマ賞以下、国際映画祭での受賞歴が多数あります。

   

    

              (El premio」のポスター

 

マキラドーラは、製品を輸出する場合、原材料、部品、機械などを無関税で輸入できる保税加工制度、1965年に制定された。この制度を利用しているのがマキラドーラ産業で、低賃金で若い労働力を得られることで、メキシコに進出して日本企業も利用している。


*追加情報:第34回東京国際映画祭2021「ワールド・フォーカス」部門で『箱』の邦題で上映決定になりました。第18回ラテンビート2021共催上映

  

アロンソ・ルイスパラシオスの第3作*サンセバスチャン映画祭2021 ⑮2021年08月28日 11:49

 3弾――アロンソ・ルイスパラシオスの第3作「Una pelícla de policías

    

 

  

★ホライズンズ・ラティノ部門の作品紹介3作目は、メキシコのアロンソ・ルイスパラシオスの第3作目Una pelícla de policíasです。「警察の映画」とまことにシンプルなタイトルですが、どうやら内容はタイトルとは裏腹に別の顔をしているようです。ドキュメンタリーとフィクションのテクニックを組み合わせて、メキシコ警察の現在の課題を提供するという大きな賭けに出たようです。「バラエティ」誌のコラムニストは「不必要に複雑に見えるが、最終的にはその構想の輝きが明確になる」と絶賛しているが、各紙誌とも概ねポジティブ評価です。モノクロで撮った第1『グエロス』で鮮烈デビュー、Museoが第2作目の監督は、崩壊の危機に瀕しているメキシコ社会を二人の警官に予測不可能な旅をさせる。第71回ベルリン映画祭2021でワールドプレミア、イブラン・アスアド銀熊フィルム編集賞を受賞した。

『グエロス』(原題Gúeros」)の作品とキャリア紹介は、コチラ20141003

Museo」の作品紹介は、コチラ20180219

 

   

 (銀熊を手にしたイブラン・アスアドとルイスパラシオス監督、ベルリンFF 20216月)


   

Una pelícla de policías / A Cop Movie

製作:No Ficción

監督:アロンソ・ルイスパラシオス

脚本:アロンソ・ルイスパラシオス、ダビ・ガイタン

撮影:エミリアノ・ビリャヌエバ 

編集:イブラン・アスアド

キャスティング:ベルナルド・ベラスコ

プロダクション・デザイン:フリエタ・アルバレス・イカサ

衣装デザイン:ヒメナ・バルバチャノ・デ・アグエロ

メイクアップ:イツェル・ペーニャ・ガルシア

プロダクション・マネージメント:フアン・マヌエル・エルナンデス

視覚効果:エリック・ティピン・マルティネス

録音:イサベル・ムニョス・コタ、(サウンド・デザイン)ハビエル・ウンピエレス

製作者:エレナ・フォルテス、ダニエラ・アラトーレ

 

データ:製作国メキシコ、スペイン語、2021年、ドクドラマ、107分、ネットフリックス・オリジナル作品(海外販売Netflix)、スウェーデン2021115日インターネット

映画祭・受賞歴:第71回ベルリン映画祭2021正式出品、イブラン・アスアドが銀熊フィルム編集賞を受賞、メルボルン映画祭、第25回リマ映画祭(ドキュメンター部門)、第69回サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門正式出品、ほか

 

キャスト:ラウル・ブリオネス(モントーヤ)、モニカ・デル・カルメン(テレサ)、ほか

 

ストーリー:家族の伝統に従って、テレサとモントーヤは警察で働き始めるが、機能不全のシステムによって、二人の信念と希望が押しつぶされていくのを感じるだけでした。自分たちが晒されている敵意を前にして、避難所としての愛の絆にすがっているだけでした。本作は革新的なドキュメンターとフィクションの限界を超え、観客をいつもと異なる空間へ導きだします。メキシコと世界で最も物議を醸している組織の一つである警察の内部にスポットライトを当て、司法制度に影響をあたえる不処罰の危機の原因を分析しています。フィクション、ドキュメンタリー、アクション、コメディ、ロマンスのカクテル。

 

          

        (モントーヤ役のラウル・ブリオネス、フレームから) 

 

アロンソ・ルイスパラシオス(メキシコシティ1978)は、デビュー作Gúerosがベルリナーレ2014のパノラマ部門にノミネート、初監督作品賞(銀熊)、第2作目の「Museo」は同映画祭2018のコンペティション部門に昇格して、最優秀脚本賞(銀熊)を受賞、第3作目となる本作もベルリナーレでワールドプレミア、クマとは相性がいいらしい。警察をテーマに新プロジェクトを立ち上げたとき、メキシコの警察内部の腐敗と不処罰の連鎖を探求したかったが、「警察のように外側からは不透明な組織の内部に入るにはどうすればよいか。まずドキュメンタリーは無理、それでフィクションを利用することにした」と語っている。つまり両方の要素を組み合わせて、テレサとモントーヤに旅をさせるという賭けに出た。

 

    

        (アロンソ・ルイスパラシオス、ベルリン映画祭2021にて)

 

★前作「Museo」で示された、1985年のクリスマスに実際に起きたメキシコ国立人類学博物館のヒスパニック以前の文化遺産盗難事件が如何にして可能だったのかが本作にヒントを与えたのではないか。テオティワカン、アステカ、マヤの重要文化財140点の窃盗犯は、大規模な国際窃盗団などではなく、行き場を見失った二人の青年だった。この事件はメキシコ社会に衝撃を与えたが、ルイスパラシオスの映画は事件の正確なプロセスの再現ではなく、「青年の自分探しの寓話を描こうとしたら、この盗難事件の犯人がひらめいた」と語っている。現実を飲み込んでしまうフィクションのアイディアは前作と繋がっているように見える。正確なカメラの動きとナレーションは、マーティン・スコセッシのギャング映画を参考にしているということです。

 

★本作は共謀的な沈黙を強いる、あるいは沈黙は金に報いるシステムに対して、異を唱えようとする人々を罰する社会を改革することの必要性、警察の腐敗に従ってきたことへの反省と議論を生み出すことを目的として製作された。2年前からの専門家との面会、さまざまな警察官へのインタビュー、その真摯な調査の結果が実った。それからキャスティングを行った。二人の主人公には雰囲気をキャッチするため警察学校に2週間の体験入学をした。「この映画は非常に愛情のこもった二人の主人公の肖像画でもあります」と監督。警察には親戚もなく、知識も一般の人と同じだったから、監督にとって完全な新しい旅であった。モニカ・デル・カルメンラウル・ブリオネスのプロの俳優が演じたテレサとモントーヤを追って進行します。二人は社会に役立ちたいという意欲をもっていますが、直ぐに存在する腐敗と公共の安全を維持しなければならないという厳しい現実に直面します。カップルである二人の信念は揺らいでいきます。

 

       

      (ラウル・ブリオネスとモニカ・デル・カルメン、フレームから)  

 

ラウル・ブリオネスは、メキシコシティのクアヒマルパ市生れ、映画と演劇の俳優。メキシコ自治大学 UNAM の演劇大学センター CUT で演技を学んだ。演劇では本作監督のアロンソ・ルイスパラシオス、脚本を監督と共同で手掛けたダビ・ガイタンほか、ルイス・デ・タビラ、ダニエル・ヒメネス=カチョ、マリオ・エスピノサなどの演出で舞台に立つ。ルイスパラシオスの『グエロス』で長編映画デビュー、代表作は、2020年にアリエル賞ディオサ・デ・プラタ助演男優賞をもたらしたケニア・マルケスAsfixia(仮題「窒息」19)とアントニオ・チャバリアスEl elegido(『ジャック・モルナール、トロツキー暗殺』16)、TVシリーズのコメディにも出演している。モレリア映画祭2018 Ojito 男優賞を受賞している。アマゾンプライム・オリジナル作品TVシリーズLa templanza9話、スペイン、21)に脇役で出演、アンダルシアで撮影された本作は『ラ・テンプランサ~20年後の出会い』の邦題で配信されている。コメディもやれるプロ意識と力強い演技力で期待のスターとして注目されている。

    

      

      (モレリア映画祭2018男優賞のトロフィーを手にしたラウル・ブリオネス)


   

 

       (アリエル賞助演男優賞を受賞したラウル・ブリオネス)

 

モニカ・デル・カルメン(本名モニカ・カルメン・マルティン・ルイス)は、1982年オアハカ州ミアワトラン生れ、映画と舞台で活躍する女優、14歳でオアハカ市に移り、演劇教育センターで本格的に演技を学んだ。2000年から4年間メキシコシティのINBA国立美術研究所で演技コースを受講する。2003年舞台女優としてスタート、2006年に映画デビューした。オーストラリア系メキシコ人の監督マイケル・ロウAño bisiestoがカンヌ映画祭2010で衝撃デビュー、主役を演じたことで一躍有名になる。監督は新人監督に与えられるカメラドールを受賞、彼女自身はアリエル賞2011女優賞を受賞した。ラテンビート2011『うるう年の秘め事』の邦題で上映された。

 

    

      (モニカ・デル・カルメン、『うるう年の秘め事』のフレームから

 

★アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『バベル』(06)、2011年コメディ・アニメーション「La leyenda de la Llorona」のボイス、ミシェル・フランコ2作目「Después de Lucía」(公開『父の秘密』)の教師役、3作目A los ojosでは眼病の子供を抱えた母親役で主演、5作目「Las hijas de Abril」(公開『母という名の女』)の家政婦役、ベネチア映画祭2020で審査員グランプリを受賞した政治的寓話Nuevo ordenなどフランコ監督のお気に入りでもある。他にラウル・ブリオネスと共演して共にアリエル賞2020助演女優賞を受賞したAsfixia」などがある。ガブリエル・リプスタインの6 millas15)など、社会的にシステム化された抑圧を批判する作品には欠かせない存在感を示している。舞台女優としてはメキシコだけでなくスペインやフランスでも舞台に立っている。ジェンダー差別、中絶の権利、HIV感染予防などに対して社会的な発言をする物言う女優の一人、慈善活動もしている。

『父の秘密』「A los ojos」『母という名の女』については、当ブログで紹介しています。

     


 (Nuevo orden」で赤絨毯を踏むモニカ・デル・カルメン、ベネチアFF2020)

 

★製作はNo Ficciónの二人の女性プロデューサー、エレナ・フォルテスダニエラ・アラトーレです。ネットフリックス・オリジナル作品ということなので、いずれ配信されることを期待したい。ベルリナーレにはエレナ・フォルテスが出席していました。

  

     

          (エレナ・フォルテスとダニエラ・アラトーレ)

   

     

         (ビエンナーレに参加したエレナ・フォルテス

 

★フィルム編集賞を受賞したイブラン・アスアドは、フィルム編集者、監督、脚本家。長編監督デビューの「El caco」(06)では編集も兼ねている。ルイスパラシオスの『グエロス』以下全作を手掛けている。他にNetflix配信のフェルナンド・フリアスYa no estoy aquí19『そして俺は、ここにいない。』)では、アリエル賞2020編集賞を監督と受賞したほかイベロアメリカ・プラチナ賞にノミネートされている。同じくNetflix配信のマヌエル・アルカラPrivate Network: Who killed Manuel Buendía21『プライベートネットワーク:誰がマヌエル・ブランディアを殺したのか?』)などオンラインで鑑賞できる。監督・脚本・編集を兼務したTodas las pecas del mundoは、フォトフィルム・ティフアナ2019の観客賞にノミネートされた。

 

  

       (銀熊フィルム編集賞を受賞したイブラン・アスアド、ベルリン映画祭2021にて)


タティアナ・ウエソのデビュー作「Noche de fuego」*サンセバスチャン映画祭2021 ⑬2021年08月19日 15:17

   ホライズンズ・ラティノ部門――タティアナ・ウエソの「Noche de fuego

 

      

 

★前回でセクション・オフィシアルのスペイン語映画は全作アップしましたので、今回からホライズンズ・ラティノ部門の作品紹介に移ります。10作のうち第1弾としてドキュメンタリー作家として実績のあるタティアナ・ウエソの劇映画デビュー作Noche de fuegoから。カンヌ映画祭2021「ある視点」審査員スペシャル・メンション受賞作、コロナ禍で作品数が少ないのかワールドプレミアでない作品が増えています。ウエソ監督は1972年エルサルバドル生れだがメキシコで活躍しており、両国の国籍をもっている。ベルリン映画祭特別審査員賞、アリエル監督賞ほかを受賞したTempestad16)で、既に国際的評価を受けている。カンヌ受賞作なので何かの賞に絡むかどうか分かりませんが、長編劇映画デビュー作ということで、まず紹介いたします。

 

    

(マイラ・バタリャ、ウエソ監督、マルヤ・メンブレニョ、カンヌFF 2021、フォトコール)

 

 Noche de fuego / Player for the Stolen

製作:Pimienta Films / Match Factory Productions / Bord Cadre Films

監督:タティアナ・ウエソ

脚本:タティアナ・ウエソ、原作者ジェニファー・クレメント

撮影:ダリエラ・ルドロー

音楽:ハコボ・リーバーマン、レオナルド・ハイブルムHeiblum

編集:ミゲル・シュアードフィンガー

プロダクション・デザイン:オスカル・テリョ

製作者:ニコラス・セリス(Pimienta Films)、ジム・スターク(Bord Cadre Films

 

データ:製作国メキシコ=ドイツ=ブラジル=カタール、スペイン語、2021年、ドラマ、110分、撮影地ケレタロ州シエラ・ゴルダ、海外販売The Mactch Factory

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2021「ある視点」部門、スペシャル・メンション受賞、サンセバスチャン映画祭2021「ホライズンズ・ラティノ」部門正式出品

 

キャスト:アナ・クリスティナ・オルドニェス・ゴンサレス(アナ、8歳)、マルヤ・メンブレニョ(アナ、13歳)、マイラ・バタリャ(アナの母リタ)、ノルマ・パブロ(ルス)、オリビア・ラグナス(スルマ)、ギセレGiselle・バレラ・サンチェス、アレハンドラ・カマチョ、ブランカ・イツェルItzel・ペレス、カミラ・ガール、エモ・ビジェガス、ほか

 

物語・解説:シエラ・デ・メヒコに暮らすアナ、パウラ、マリアの三人の少女の物語。ある町では家族が逃亡して住んでいない空き家に三人の若者が入り込んで暮らしている。三人は誘拐やレイプを逃れるため髪を切って男装した少女たちだった。誰も見ていないときはこの隠れ家で少女に戻る。しかし暴力の暗いエコーは避けられない警告になろうとしていた。少女たちの目を通して、特にアナの目を通して、ジェンダーにもとづくメキシコの暴力、麻薬密売人によって管理された共同体、女性の友情や誠実さ、更には愛が語られる。父親は出稼ぎ労働者として不在の母子家庭では、母親は危険から娘たちを守るために奔走する。犯罪組織によってコントロールされている町で生きのびることを探している少女たちのフィクション。

 

    

           (まだ長い髪のままでいられた頃の3人)

 

    

     

    

                    (初潮をむかえてしまった3人)



      (アナ役のマルヤ・メンブレニョをバックにしたポスター)

 

2年ぶりのカンヌで、最も拍手喝采を浴びた映画が本作でした。上映後のスタンディングオベーションは最高の10分間だったそうです。「私たちの映画を受け入れてくれてありがとう。とても幸せです。この作品は、多大な労力と旅に同行してくれたトップレベルのアーティストたちのお蔭です」と監督、洞察に満ちた観察がなされ、少女たちが経験する葛藤に敏感な作品と高評価され、審査員スペシャル・メンションを受賞した。ラテンアメリカ諸国から審査員が選ばれることも少なく、実力がないと受賞は難しいから快挙です。今年に限らずメキシコ映画にとってカンヌの敷居は高い。ここ10年の受賞者は、カルロス・レイガダス、アマ・エスカランテ、ミシェル・フランコの顔が思い浮かぶくらい。今回はルーマニアの監督テオドラ・アナ・ミハイLa Civil(メキシコ=ルーマニア=ベルギー)にミシェル・フランコが製作者の一人として参画しており、こちらはCourage勇気賞を受賞、期せずして二人の女性監督が受賞した。

 

★原作はアメリカ系メキシコ人のジェニファー・クレメント(コネチカット州グリニッジ1960)の小説 Ladydi2014年刊)がベースになっている。タイトルは主人公の名前、作家は1歳のときにメキシコシティに移住したがニューヨーク大学で英文学と人類学を専攻、現在はメキシコシティに在住している。2009年から12年まで、メキシコ初となる女性のペンクラブ会長を務めている

    

     

             (原作 Ladydi の表紙

 

★小説では舞台はゲレロ州でしたが、映画はメキシコ中部のケレタロ州シエラ・ゴルダの小さな村で撮影した。監督によると「ここに決定するまでたくさんの山地を訪ね歩きましたが、この村に着いたときすっかり魅了されてしまいました。自然は主人公に付随するもので、音、光、風、嵐、日の出日の入りの魔法の時間に恋をしてしまった。それらはキャラクターの感情をともなう大きな要素だからです」と、エルパイス紙の取材に答えている。これは予告編を見ただけで、よく分かります。フェミニンな映画ですが「フェミニストや過激派の映画を作ることを目指していません」とも語っている。世界に疑問を投げかけ、現実に影響を与えられるような、本物の女性を生み出せるような映画を求めている。

 

     

           (タティアナ・ウエソ監督の近影)

 

タティアナ・ウエソは、1972年エルサルバドルのサンサルバドル生れ、4歳のとき家族とメキシコに移住、メキシコに在住している。映画養成センターCCC卒、2004年バルセロナのポンペウ・ファブラ大学でドキュメンター制作を学ぶ。主なフィルモグラフィーは以下の通り:

1997 Tiempo cáustico 短編10

2001 El ombligo del mundo 中編30

2011 El lugar más pequeño  ドキュメンタリー、100

2015 Ausencia  短編27

2016 Tempestad  ドキュメンタリー、105、イベロアメリカ・フェニックス賞2016

  アリエル賞2017監督賞受賞

2021 Noche de fuego  長編映画、110

 

2011年のEl lugar más pequeñoは、生れ故郷エルサルバドルの内戦についてのドキュメンタリー、国際映画祭での受賞歴は、アリエル賞2012長編ドキュメンタリー賞、エルサレムFF、リマFF、マル・デル・プラタFF、モンテレイFF、モレリアFF、パルマ・スプリングFFほか、ソフィア、ミュンヘン、サンディエゴ、カタルーニャ・ラテンアメリカ映画祭など多数。2016年の正義が行われず暴力が無処罰なメキシコの現状に立たされた2人の女性のドキュメンタリーTempestadは、アリエル賞2017監督賞・作品賞、ハバナFF、リマFF以下、モレリア、ソフィアの映画祭で受賞、イベロアメリカ・フェニックス賞2016では、ドキュメンタリー賞、音楽賞、撮影賞などを受賞、ゴヤ賞2018イベロアメリカ映画賞にノミネートされた。

       

    

            (「Tempestad」のポスター)

 

★ウエソ監督が「トップレベルのアーティストたち」と呼んだプロデューサーのニコラス・セリスは、アルフォンソ・キュアロンの『ROMA/ローマ』を手掛けたことで有名だが、ウエソ監督とは10年来の知己、「El lugar más pequeño」や「Tempestad」でタッグを組んでいる。ジム・スタークは「Tempestad」のエグゼクティブプロデューサー、ジム・ジャームッシュの『ミステリー・トレイン』や『コーヒー&シガレッツ』のプロデューサーとして知られている。

   

★音楽を担当したハコボ・リーバーマンレオナルド・ハイブルムの両人は、「Tempestad」のほか、当ブログで作品紹介をしたディエゴ・ケマダ=ディエスの「La jaula de oro」、クリスティナ・ガジェゴ&チロ・ゲーラの『夏の鳥』、G.G. ベルナルの監督2作目「Chicuarotos」などを手掛けているベテラン、編集のミゲル・シュアードフィンガーは、ルクレシア・マルテルのサルタ三部作や『サマ』、ガジェゴの『夏の鳥』、ディエゴ・ルナの『アベル』、ダビ・パブロスの『選ばれし少女たち』など、フィルム編集者としてラテンアメリカ諸国の監督たちから信頼されている。

 

セクション・オフィシアル作品*マラガ映画祭2021 ⑥2021年05月13日 11:50

★前回に続いてセクション・オフィシアル作品の紹介。511日にはマラガ映画祭の最高賞マラガ―スール賞にアレハンドロ・アメナバルの発表があり慌ただしくなってきました。開幕まであと3週間となりましたので作品列挙を優先して、その後時間が許す範囲で作品紹介をいたします。メキシコからはオスカー監督アルフォンソ・キュアロンの実弟カルロス・キュアロンの長編第3作となるブラック・コメディ「Amalgama」がノミネートされています。

 

        セクション・オフィシアル

 

③「Destello bravío」(英題「Mighty Frash」)スペイン 2021

製作:Tentación Cabiria / Eddie Saeta

協賛:バダホス地方自治体、カセレス地方自治体、エストレマドゥーラ女性協会、

   エストレマドゥーラ農村基金、エストレマドゥーラ・チャンネル、他

監督・脚本:アイノア・ロドリゲス(マドリード1982

製作者:ルイス・ミニャロ、(エグゼクティブ)アイノア・ロドリゲス

撮影:ウィリー・ハウレギ

編集:ホセ・ルイス・ピカド

キャスト:グアダルペ・グティエレス、カルメン・バルベルデ、イサベル・マリア・メンドサ、

    

       

               (アイノア・ロドリゲス監督)

 

解説:過疎化の進む南スペインの小さな町の女性たちは、特別なことは何も起こらない日常の無関心と、自分たちは幸せであると信じこんでいる場所から解放されたいと願っている。イサ、シタ、マリアの3人の中年女性を焦点にして、美しさの探求と子供のころの憧れが語られる。悪の根源としての家父長制と押しよせるグローバリゼーション、人々が自分の存在の意味を見つけるための寓話。アマチュアの女優を起用して、ドキュメンタリーの手法を採用している。長編デビュー作。

ロッテルダム映画祭2021セクション・オフィシアルのタイガー部門上映(22日)、メキシコのFicuname映画祭(326日)上映、ミステリアス・ドラマ、98分、ティエラ・デ・バロスで撮影。後日作品&監督紹介予定。

 

    

   

     (孤独を抱えた女性たちがスイーツを味わいながら恐怖を語る。映画から)

 

 

④「Las mejores familias」ペルー=コロンビア合作 2020

製作:El Caivo Films / Dynamo

監督:ハビエル・フエンテス=レオン

キャスト:タティアナ・アステンゴ(ルスミラ)、ガブリエラ・ベラスケス(ペタ)、グラシア・オラヨ(カルメン)、グラパ・パオラ、ジェリー・レアテギ、ソニア・セミナリオ、ジョバンニ・Ciccia、セサル・リッター、マルコ・スニノ、ロベルト・カノ、バネッサ・サバ、ヒメナ・リンド、他

 

解説:ルスミラとペタの姉妹は、ペルーの貴族階級のアリシアとカルメンの家で使用人として働いている。彼女たちはファミリーの一員と見なされていた。或る日のこと、町なかでは暴力的な抗議行動が起きているさなかに誕生会が開かれた。ファミリーのメンバー全員がお祝いに集まった。両方のファミリーによって長らく封印されていた秘密が明らかになると、完璧だったはずの貴族階級の世界が泡のように永遠に砕け散った。ペルー社会の構造上の問題、階級主義や人種差別に取り組んだブラック・コメディ。

  

 

      

    

   

            (誕生会に集まった二つの家族)

 

監督紹介ハビエル・フエンテス=レオンは、1968年ペルーのリマ生れ、監督、脚本家、製作者。大学では医学を専攻、映画はロスアンゼルスのカリフォルニア芸術学院で学んだ。デビュー作Contracorriente09)は、サンセバスチャン映画祭2010で新人監督に贈られるセバスティアン賞、サンダンスFF、マイアミ各映画祭観客賞を含む50以上の映画祭で受賞、ゴヤ賞2011ノミネート、オスカー賞2011のペルー代表作品に選ばれている。東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で『波に流れて』の邦題で上映された。主役を演じたのがタティアナ・アステンゴ、第2作アクション・スリラーEl elefante desaparecido14)にもバネッサ・サバと出演している。トロントFFを皮切りに映画祭巡りをした。本作のブラック・コメディが第3作目になる。他にコロンビアを舞台にしたゲリラをテーマにしたTVシリーズDistrito salvaje186話)を手掛けている。

   

   

        (ローマ映画祭2020でのフォトコール、1017日)

 

 

 

⑤「Amalgama」メキシコ 2020

製作:Besos Cosmicos / 11:11 films / LOKAL

監督:カルロス・キュアロン

脚本:カルロス・キュアロン、ルイス・ウサビアガ

撮影:アルフレッド・アルタミラノ

編集:ソニア・サンチェス

製作者:フアンチョ・カルドナ、マノロ・カルドナ、カルロス・キュアロン、(エグゼクティブ)フランシスコ・カルドナ、ホルヘ・ロンバ

 

キャスト:マノロ・カルドナ(ホセ・マリア・チェマ・ゴメス医師)、ミゲル・ロダルテ(ウーゴ・ベラ医師)、トニー・ダルトン(サウル・ブラボ医師)、スティファニー・カヨ(エレナ・ドゥラン医師)、フランシス・クルス(アベリノ・マガニャ医師)、アレハンドロ・カルバ(オマル)、ヒメナ・エレラ(タマラ)、他

   

    

       

    

      (悩み多き4人の歯科医)

 

解説:ゴメス、ベラ、ブラボ、ドゥランの4人の歯科医は、メキシコ有数のリゾート地リビエラ・マヤで開催される歯科学会で偶然出会うことになる。彼らは彼女に惹きつけられるが、彼女は胸中に何か問題を抱えているようだった。もっとも全員がそれぞれの痛みから逃れようとしていた。こうしてカリブの小さな島で、嫉妬、妬みなど、理性を失った週末を一緒に過ごした彼らは、それぞれの人生に深い傷あとを残すことになる。

18回モレリア映画祭2020正式出品(1031日上映)

 

監督紹介:カルロス・キュアロン(クアロン)1966年メキシコシティ生れ、監督、脚本家、製作者。メキシコ国立自治大学で英文学を専攻した。TV、映画、舞台の脚本家としてスタート、実兄アルフォンソの長編デビュー作Sólo con tu pareja91)を共同執筆、アリエル賞脚本賞を揃って受賞した。同じくアルフォンソの『天国の口、終りの楽園』01Y tu mamá también」)で脚本をコラボしている。他にホセ・ルイス・ガルシア・アグラスの「El misterio del Trinidad」(03)の脚本、カルロス・マルコヴィッチのドキュメンタリー「¿ Quién diablos es Juliette ?」(97)を監督とコラボしている。監督長編デビュー作『ルド and クルシ』は、『天国の口、終りの楽園』でブレークしたガエル・ガルシア・ベルナルとディエゴ・ルナのコンビを起用して大ヒット、アリエル賞8部門ノミネーション、メキシコ映画史上第3位となる興行成績を打ち立てた。

   

   

      

          

      (GG・ベルナルとディエゴ・ルナに挟まれたカルロス・キュアロン監督)

  

以下に短編・TVシリーズを除く監督作品を列挙すると、

2008Rudo y Cursi」(『ルド and クルシ』)監督、脚本、

   ニューポートビーチ映画祭2009観客賞受賞、

2013Besos de Azúcal」監督、脚本(ルイス・ウサビアガとの共同執筆)、

   ファンタスポルト2014監督賞受賞

2020Amalgama」監督、脚本、製作

   

メキシコ代表作品 「Ya no estoy aqui」*ゴヤ賞2021 ⑨2021年02月07日 17:28

      メキシコのアカデミー賞アリエル賞10部門制覇の「Ya no estoy aquí

 

      

                 (スペイン語版ポスター)

 

★ゴヤ賞イベロアメリカ映画賞にノミネートされたフェルナンド・フリアスの長編デビュー作Ya no estoy aquíは、先月末第93回米アカデミー賞2021国際長編映画賞メキシコ代表作品にも選ばれました。昨年のアリエル賞10部門制覇の勢いが続いているようです。20205月、Netflixでストリーミング配信された影響かもしれませんが、それだけでは選ばれません。メキシコのオスカー賞監督、ギレルモ・デル・トロやアルフォンソ・キュアロンの温かい賛辞が功を奏していることもあるかもしれません。メキシコのモレリア映画祭2019で幸先よく作品賞と観客賞を受賞しています。モレリアFFはメキシコの映画祭の老舗グアダラハラFFより若い監督の力作が集まる映画祭と評価を上げています。本作はコロンビアからの移民が多く住んでいるメキシコ北部ヌエボ・レオン州の州都モンテレイが舞台です。

 

       

     (トロフィーを披露するフェルナンド・フリアス監督、モレリアFF2019にて)

 

★監督紹介:フェルナンド・フリアス・デ・ラ・パラ(メキシコシティ1979)は、監督、脚本家、製作者。父は弁護士、母はパンアメリカン航空に勤務していた。メキシコで情報学と写真撮影を学び、フルブライト奨学金を得て、ニューヨークのコロンビア大学修士課程で脚本と映画演出を専攻した。2008年ドキュメンタリーCalentamiente local52分)を、第6回モレリア映画祭FICMに出品、最優秀ドキュメンタリー賞を受賞、2012年、長編デビュー作となるRezeta85分)FICMのセレクション・オフィシアル上映、ミラの映画祭2014監督賞受賞、ユタ州で開催されるスラムダンス映画祭2014で審査員大賞受賞、他ノミネーション多数、レゼタはコソボ生れの若いモデルでメキシコにやってくる。主人公の名前がタイトルになっている。本作Ya no estoy aquíが長編第2作目となる。他にTVシリーズのコメディも手掛けている。

  

          

                              (長編デビュー作のポスター)

 

★主人公ウリセス役のフアン・ダニエル・ガルシア・トレビーニョ(モンテレイ2000)は、ミュージシャン、本作で俳優デビューした。モンテレイで開催された音楽フェスティバルでフリアス監督の目にとまりスカウトされた。クンビア・レバハールのダンスは出演決定後に学んだという。本作でカイロ映画祭2019の男優賞、アリエル賞2020新人男優賞を受賞した。次回作はブカレスト出身の監督テオドラ・ミハイの長編デビュー作「La Civil」(ベルギー・ルーマニア・メキシコ合作、スペイン語)に出演しており、どうやら二足の草鞋を履くようです。

 

     

          

    (クンビア・レバハーダを無心に踊るウリセス、映画から)

 

    

  (ダニエル・ガルシア、監督、製作者アルベルト・ムッフェルマン、FICMプレス会見にて)

 

 

Ya no estoy aquí(英題「I'm No Longer Here」、邦題『そして俺は、ここにいない』)

製作:Panorama Global / PPW Films / Margate House Films

監督・脚本:フェルナンド・フリアス(・デ・ラ・パラ)

撮影:ダミアン・ガルシア

編集:Yibran Asuad

美術プロダクション・デザイン:ジノ・フォルテブオノGino FortebuonoTaisa Malouf

衣装デザイン:マレナ・デ・ラ・リバ、ガブリエラ・フェルナンデス

メイクアップ&ヘアー:ラニ・バリー、エレナ・ロペス・カレオン、イツェル・ペナItzel Pena

録音;ハビエル・ウンピエレス、オライタン・アグウOlaitan Agueh

キャスティング:ベルナルド・ベラスコ、エスラ・サイダム

製作者:アルベルト・ムッフェルマンMuffelmann、ゲリー・キム、ヘラルド・ガティカ、フェルナンド・フリアス、他

 

データ:製作国メキシコ=米国、スペイン語・英語・北京語、2019年、ドラマ、112分、Netflix配信(日本語字幕あり)2020527

映画祭・受賞歴:モレリア映画祭2019正式出品(1021日上映)作品・観客賞受賞、カイロ映画祭2019ゴールド・ピラミッド作品賞、男優賞(ダニエル・ガルシア)受賞、マル・デ・プラタ映画祭、トライベッカ映画祭、スウェーデンのヨーテボリ映画祭2020、他ノミネート多数。アリエル賞2020作品・監督・脚本・撮影・編集・美術・メイクアップ・録音・衣装デザイン・新人男優賞10部門受賞。ゴヤ賞2021イベロアメリカ映画賞とオスカー賞2021ノミネーション、他

 

キャスト:ダニエル・ガルシア(ウリセス・サンピエロ)、コラル・プエンテ(チャパラ)、アンジェリーナ・チェン(リン)、ジョナサン(ヨナタン)・エスピノサ(友人ジェレミー/イェレミー)、レオ・サパタ(イサイ)、レオナルド・ガルサ(ペケシージョ)、ヤイル・アルダイYahir Alday(スダデラ)、ファニー・トバル(ネグラ)、タニア・アルバラド(ウェンデイ)、ジェシカ・シルバ(パトリシア)、アドリアナ・アルベラエス(NYバルのホステス、グラディス)、ソフィア・ミトカリフ(Ice Agent)、ブランドン・スタントン(NYのカメラマン)、チョン・タック・チャンChung Tak Cheung(ミスター・ロー、リンの祖父)、他多数

 

ストーリー2011年、17歳のウリセスはメキシコ北東部ヌエボ・レオン州の州都モンテレイの貧困家庭が暮らすバリオに住んでいる。コロンビアを代表する音楽、スロー・テンポのクンビア・レバハーダのファナティックなグループ「ロス・テルコス」のリーダーである。仲間のチャパラ、ネグラ、ペケシージョ、スダデラたちと一緒に、地元ラジオ局から聞こえてくるクンビアに合わせて踊るのが楽しみである。麻薬密売のカルテルの抗争に巻き込まれ、家族を救うためアメリカへの逃亡を余儀なくされる。居場所を見つけられない若者ウリセスの物語。

クンビアの語源はアフリカ・バントゥー語群(中央から東アフリカで話されている言語)のクンベcumbeからきている。宴とかお祭り騒ぎという意味、クンビア・レバハーダはクンビアをスロー・テンポにしている。ゆったりしているが膝を曲げ中腰の姿勢のまますり足て踊るから体力がいる。

 

 

       機会均等を奪われた若者の物語、コロンビア移民=犯罪者?

 

A: ウリセスが暮らすバリオの住民は、コロンビアからの移民が多い。彼は故郷の舞曲クンビアをスロー・テンポにした<クンビア・レバハーダ>を聴きながら踊るのが日常。地元のラジオ局が朝早くからどうでもいい誰も聞いていないニュースを挟みながらリクエストを受け付けている。ロス・テルコスLos TERKOSは、頑固な人を意味するtercoからきている。

 

B: 生き方を簡単には変えないことから、モンテレイでクンビアを踊ることは一種の抵抗の意味もあるという。時代を麻薬戦争が激化する少し前の2011年に設定している。モンテレイはドラッグ消費国アメリカの国境に近いことからカルテルの抗争が絶えない。本作の構想は2013年と語っているから7年間温めていたということです。

 

A: 昨年東京国際映画祭やラテンビート・オンラインで上映されたフェルナンダ・バラデスの『息子の面影』に登場した母親の一人が「息子はモンテレイの友人に会いに行く」と言ったきり行方不明になったように、モンテレイは危険と隣り合わせだった。

B: 映画は「ロスF」と「ロス・ペロネス」の2大カルテルの対立を背景にしている。テルコスはロス・ペロネスの下部組織ではないが守ってもらっている。ロス・ペロネスPelonesは髪の薄いペロンpelónの複数形、従って剃髪したスキンヘッドがトレードマークです。Netflix 配信が始まると、視聴者からモンテレイは映画のようではないと苦情が寄せられたとか。

   

       

                  (ウリセスとスキンヘッドのロス・ペロネスのメンバー)

 

A: モンテレイは日本の企業も多く進出しているメキシコ第三の大都市ですから気持ちは分かります。監督は「これはモンテレイを代表する映画ではなく、文化の多様性に価値があることを理解できない、人と違っていることを差別する社会に生きている青年の物語だ」と反論している。メキシコではコロンビア移民イコール犯罪者という偏見が存在しているようです。

B: ウエストの下がったぶかぶかのズボン、「頭に鶏がのっかっている」ような髪型だけで差別する「偏見や汚名」について語りたかった。

 

          

        (クンビア・レバハーダを踊るウリセスとテルコスの仲間たち)

 

A: 入り組んだ狭い坂道に折り重なるように家が建っている。スラムというのはリオデジャネイロでもそうだが上に行くほど貧しい。下から家が建っていき上しか行き場がないから、つまり天国に近いところが一番貧しい。ロス・テルコスの仲間は上のほうに住んでいる。夜になるとモンテレイの夜景が一望できる。ウリセスには赤ん坊の弟がいるから父親はいるのだろうが姿は見えない。カルテルのメンバーである兄は刑務所にいる。ここではムショが一番安全なのだ。

   

B: 典型的な父親不在、どうやって生活費を得ているのか語られない。カルテルから見つけしだい家族も殺害すると脅され母親と妹弟を連れて、坂道を転げ落ちるようにして親戚の家に逃げ込む。ウリセスは言葉の分からない北の隣国へ逃亡するしか生きる道がない。

 

A: リックサックにはチャパラ(コラル・プエンテ)から渡されたMP3プレイヤーに故郷の記憶を全て押し込んで出立する。このプレイヤーは500ペソ値切って1500で買ったテルコス全員の財産なのだ。

B: 「私用でこれは売り物ではない。バジェナート、アルゼンチンやペルーのクンビアも収録している」とお店の主がもったい付けていた代物。バジェナートもクンビアとともにコロンビアで人気の民謡。

 

       

       (仲間と愛するクンビアを捨て、母親と最後の別れをするウリセス)

  

 

      祖国喪失のオデュッセイア――モンテレイからNYへ、再びモンテレイへ

 

A: ウリセスという名前はギリシャ神話の英雄オデュッセウスの英語読みユリシーズ、ホメロスの『オデュッセイア』の主人公でもある。つまりモンテレイへ戻ることが暗示されている。密行の方法は終盤に明かされるが、ウリセスはニューヨークはクイーンズ地区、ジャクソンハイツで日雇い仕事をしている。この地区はヒスパニック系やアジア系の移民が多く住んでいる。雇い主のミスター・ローも中国からの移民という設定でした。

B: 好奇心旺盛な16歳の孫娘リン(アンジェリーナ・リン)がウリセスに絡んでくるが、スペイン語を解さないリンと英語がちんぷんかんなウリセスとの言葉の壁もテーマの一つのようです。

 

       

           (シュールな会話で難儀するウリセスとリン)

 

A: テーマは大別すると移民問題とアイデンティティとしての音楽でしょう。移民が新参者の移民を差別する構図が描かれ、ウリセスは元の生活スタイルを頑固に守ろうとするので、仕事仲間に痛めつけられて巷に放り出される。監督によると、よくモンテレイのスラムにカメラを持ち込められたとびっくりされたが、撮影が大変だったのはジャクソンハイツだったと語っている。

B: フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリー『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』15、公開2019)を見て、最初からここに決めていたようです。ヒスパニックやアジア系の他、ユダヤ教徒、167の言語が飛び交う多様なアイデンティティをもつ人々を紹介している。

 

A: 多様性を大切にするジャクソンハイツでも、ウリセスのような根なし草は生きていけない。コロンビアからの移民、クラブでホステスをするグラディス(アドリアナ・アルベラエス)から、このままでは刑務所行きになると諭されるが、その通りになる。

B: ずっと抵抗して切らなかった髪を切るシーンは切なかった。後半の山場の一つでした。リンにもグラディスにも見放されると、行き着く先は路上生活者、警官に逮捕というお決まりのコースで、数ヵ月後に強制送還される。

 

   

       (自分で鋏を入れ、大切にしてきた髪型を変えたウリセス)

  

 

         aqui とはどこ? アメリカ、あるいは故郷モンテレイ?

 

A: 英語題I'm No Longer Hereはオリジナル版と同じですが、邦題は少し違和感がありますね。それはさておき、「ここ」とはどこか。モンテレイかアメリカかです。

B: 本作はフラッシュバックで二つの場所を行ったり来たりする。ウリセスは夢のなかではバリオで踊っている。しかし自分は現実には「もはやここモンテレイにはいない」。

A: または、実際には米国にいるが本当の自分は「もはやここアメリカにはいない」とも解釈できる。アメリカに止むなく逃亡してきたウリセスのような移民にとって、米国は決していたいところではない。そう考えるとaqui とは米国をさすことになる。

 

B: 強制送還されてモンテレイに戻ってきても彼には居場所がない。半年ほどしか経っていないのにバリオは様変わり、バリオはロスFに支配され、テルコスの仲間も彼らに取り込まれている。かつての仲間の一人イサイ(レオ・サパタ)の葬列に出くわす。

     

     

               (イサイの葬儀のシーンから)

    

A: 友人イェレミー(ジョナサン・エスピノサ)に会いに行くと、いまではキリスト教に改宗してラップ形式で伝道者としての日々を送っている。ウリセスは一人ぼっちであることを受け入れ、MP3の電池が無くなるまで一人でクンビア・レバハーダを踊り続ける。

 

        ギレルモ・デル・トロとアルフォンソ・キュアロンの後方支援

 

B: 麻薬戦争時代を背景にしながらドンパチは一度切り、全体はゆっくりと静かに進む。クンビアをスローテンポで踊るのは、そうすると「深い味わいがあるからだ」と劇中でウリセスが言うように、見終わると、深い余韻が残る。

A: フリアスは基本的にカメラの位置を固定している。カメラを動かすときもゆっくり、取り込み方がすぐれている。前作Rezeta」もNetfixで配信されたようだが日本は外されたようです。

 

       

     (ロス・テルコスのサイン、星のマークを実演する監督、モレリアFFにて)

 

B: 前述したように、大先輩監督のギレルモ・デル・トロアルフォンソ・キュアロンが大いに関心を示してくれたとか。米アカデミー賞「国際長編映画賞」メキシコ代表作品にも選ばれた。ロスでのロビー活動のノウハウを伝授してもらえるでしょうか。

A: メキシコ人なら「メキシコの現実が描かれているから是非見て欲しい」と後方支援をしてくれた。しかしモレリアFFで感動してくれた観客に借りができている。自分たちもナーバスになったが、観客にモラル的な恩義を受けたと語っている。何本かシナリオを手掛けている由、今後に期待しましょう。

  

      

               (評価をしてくれたギレルモ・デル・トロ)

  

アイ・ウェイウェイの『ビボス』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑯2020年12月21日 12:33

         政府を信用しない国民、加害者が罰せられない国メキシコ

 

     

 

オンライン上映は終わってしまいましたが、滑り込みで鑑賞できた『ビボス~奪われた未来~』は、2014926日の夜、メキシコ南西部ゲレロ州イグアラ市で起きたアヨツィナパ教員養成学校学生43名の集団失踪事件をめぐるドキュメンタリーです。監督は自身も中国政府から北京の自宅監禁を余儀なくされた経験をもつ、現代美術家、社会評論家、人権活動家としても有名なアイ・ウェイウェイ、本作は、パコ・イグナシオ・タイボ二世2019年に撮った『アヨツィナパの43人』192部構成、Netflix配信)と同じ事件をテーマにしていますが、若干方向性が異なります合わせてご覧になると理解しやすい。本作はサンダンス映画祭2020でプレミアされました。

  

    

               (アイ・ウェイウェイ監督)

 

 

 『ビボス~奪われた未来~』(原題Vivos

製作:AWW Germany / No Ficción

監督:アイ・ウェイウェイ

撮影:アイ・ウェイウェイ、エルネスト・パルド、カルロス・ロッシーニ、ブルノ・サンタマリア・ラソ、マ・ヤン

音楽:Jens Bjorn Kjaer

編集:Niels Pagh Andersen

プロダクション・マネージメント:ラウラ・ベロン、エンリケ・Chuck

製作者:アイ・ウェイウェイ、(ユニット)エルネスト・パルド、(顧問)マリア・ルイサ・アギラール・ロドリゲス、(共同)ダニエラ・アラトーレ、エレナ・フォルテス、(ライン)エンリケ・Chuck、フリーダ・マセイラ

 

データ:製作国ドイツ=メキシコ、2020年、言語スペイン語・英語、ドキュメンタリー、112分、撮影期間20183月~20193月、配給Cinephil

映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭ドキュメンタリー・プレミア部門、ベルゲン映画祭(ノルウェー)、コペンハーゲン・ドキュメンタリー映画祭(CPHDOX)、ミュンヘン・ドキュメンタリー映画祭、他ノミネーション、ラテンビート・オンライン上映

 

失踪者家族の証言者:一人息子マウリシオ(・オルテガ・バレリオ)の父親、(生存者、脳死)アルド(・グティエレス・ソラノ)の両親・兄弟、ドリアン&ホルヘ・ルイス(・ゴンサレス・パラル)兄弟の両親・祖母、クリスティアンの父親・祖母・姉妹、(死亡者)教師フリオ(・セサル・モンドラゴン)の妻、その他名前が伏せてある家族多数、生存者エンリケ・ガルシア(仮名?)

★失踪者に顔をもたせるため、分かる範囲で実名を入れました。

   

重要協力者

フランシスコ・コックス(米州人権委員会のGIEIメンバー、チリ出身の弁護士)

テモリス・グレコ(ジャーナリスト、The Historic Lieの著者)

ケイト・ドリル(国家安全保障文書館のラテンアメリカ政策シニア・アナリスト、米国人)

ジョン・ギブラー(ジャーナリスト、That They Would Kill us他の著者)

ヒメナ・アンティロン・ナイリス(心理学者、アヨツィナパに関する心理学的なリポートの著者)

エルネスト・ロペス・P・バルガス(人権・都市治安プログラムNPO代表者、メキシコ人)

印はNetflix配信の『アヨツィナパの43人』にも出演している人。

GIEIGrupo Interdisciplinario de Experto y Experto Independientes、米州人権委員会がアヨツィナパ事件の失踪者43名を捜索するための技術的支援を目的とした第三者委員会専門家グループ。フランシスコ・コックスを含めて、チリ、コロンビア(2名)、グアテマラ、スペイン出身の弁護士、判事、医学者5名の専門家で構成されていた。

 

    

 (アヨツィナパの住民に調査打切り報告をするGIEIメンバー、左から2人目がコックス弁護士)

 

解説2014926日の2130分、ゲレロ州イグアラ市でアヨツィナパ教員養成学校の活動家学生を乗せた5台の長距離バスを警察が襲撃した。5人が死亡、数十人が負傷、43名が行方不明者となった。学生たちは1968102日に起きたトラテルロコ大虐殺事件の学生弾圧追悼デモに参加するためメキシコシティに向かう途中であった。数日前からバス数台をチャーターして参加するのが恒例だった。先住民の多くが通うこの教員養成学校は、歴史的にも連邦政府、地方自治体の抑圧の対象となっており、この強制失踪事件はイグアラ市、地元警察、連邦検察庁、陸軍、麻薬カルテル「ゲレロス・ウニドス」やペーニャ・ニエト大統領を頂点にした国家権力が結束して、捏造と隠蔽を繰り返した国家的犯罪です。上記の『アヨツィナパの43人』は事件の背景並びに経緯を時系列的に追って製作されておりますが、本作は事件4年後の行方不明者や死亡者の家族、重篤な負傷者ほか生存者の怒りと悲しみに寄り添って製作されています。          (文責:管理人)

 

       「歴史的真実」とは何か、「あったことはなかったことにできない」

 

A: アイ・ウェイウェイ監督の過去の『ヒューマン・フロー 大地漂流』17)をご覧になった方は、23ヵ国40ヵ所の悲惨な難民キャンプ地を巡ったドキュメンタリーながら、その映像美に心打たれたのではないでしょうか。新作も同じ印象をもちますが、何故バスが襲撃され、かくも多くの学生が強制的に失踪者になったか、事件の前段階の知識がないと分かりにくのではないか。

B: 『アヨツィナパの43人』を見ていたり、6年前世界に衝撃を与えたニュースを多少とも聞きかじっていないと、冒頭に流れたテロップだけでは事件の全体像はつかめない。

 

        

       (2019年に公開された『ヒューマン・フロー 大地漂流』のポスター)

 

A: 926日の夜930分ごろ最初の発砲があり翌朝にかけて何回か繰り返された。死亡者は全体では8名、その内訳は5名が学校関係者、そのほかサッカーの試合が終り帰途についていたチームのバスが間違われて発砲を受け、選手、バス運転手、たまたまタクシーに乗っていた民間女性の3人が巻き込まれて犠牲になった。

B: 43名というのも正確には、麻薬カルテルによってゴミ集積所コクラで焼却された灰の中に入っていた1名を含めている。死者の数はウィキペディアでもスペイン語版、英語版、日本語版とも錯綜していて、どれが正確なのか迷います。

 

A: 後にオーストリアのインスブルック大学に DNA 鑑定を依頼して判明したことなので、最初の43名をスローガンとして踏襲している。学生アレクサンデル・モラ・ベナンシオの家族が納得しないこともありますが、そもそも43人を一晩で焼却することは不可能という専門家の指摘を政府は黙殺している。

B: 高温になるゴミ焼却炉ではない、灰にするには最も不向きな森の中では、60時間という長時間、薪にしろ古タイヤにしろ膨大な量が必要ということ、しかも当夜は一晩中土砂降りだった。ある父親は「にわとり1羽でも灰にするのは簡単ではない」と証言していた。ひらたく言えば「バカにするな」ということです。

 

A: 国の公式発表は「警察が学生43人を地元の麻薬組織に引き渡し、組織が彼らを殺害、遺体は森の中で焼いて近くの川に遺棄した」と断定、連邦検察庁はこれを「歴史的真実」(la verdad histórica)と宣言した。拷問の末に無実の罪を着せられた人々も言わば被害者です。

B: 政府も最初は本当のところを把握していなかったのではないか、といわれていますね。

 

A: しかし、どうしてこんな稚拙な嘘をついたのか気がしれないが、灰になってしまうとDNA鑑定が難しいからでしょう。袋詰めにして近くのサンフアン川に流した。その袋に入っていた骨が一致したのは「歴史的真実だから、43人は焼却された」と、あくまで当局は主張する。

B: とにかくできるだけ早く終止符を打って「あったことをなかったことにしたい」焦りが見え見えです。政権の中枢に批判が波及しないよう隠蔽工作に奔走した。

 

A: 責任逃れをしたい州警察や連邦検察庁の誤算は、教養のない先住民を騙すのは簡単と勘違いしたことです。時間が経てば泣き寝入りするだろうと捏造を繰り返したことが、家族だけでなく多くの国民の怒りに火をつけた。

B: 家族たちの強い絆や諦めないパワーに押されて後手後手に回ってしまった。1989年、米国のCIAをお手本にして設立されたメキシコ国家安全調査局 CISENもグルになって指揮したと言われていますが、お粗末です。

 

A: 内務省に所属している情報機関ですが、バス襲撃に27歩兵大隊が関与していたことを掴んでいたからではないでしょうか。メキシコ陸軍となるとこれは大ごとですから。学生たちの携帯電話の発信地が陸軍基地からだったことが、電話会社の追跡で確認されている。

B: バスを降ろされ連行されていった所が軍基地だったことを意味している。

 

A: 軍部には国家機密保持のため、外部からの調査を拒否する権利があって踏み込めないことが、調査の壁になった。この拒否権が米州人権委員会GIEI が調査打ち切りを決定した大きな要因でした。

B: 本作でもメンバーの1フランシスコ・コックス弁護士が語っていました。『アヨツィナパの43人』のなかで、調査打ち切りの報告集会の席上、家族から「帰らないでください!」という悲痛な叫び声に涙が隠せなかったと語っていました。GIEI は行方不明者家族にとって、いわば最後の砦だった。

  

      「乗ってはいけないバスに乗ってしまった」アヨツィナパの学生たち

 

A: 学生たちの乗った長距離バス5台は、正規にバス会社と契約していたわけではなく、いわばハイジャックした。その中にはイグアラからシカゴに運ぶ麻薬カルテルのヘロインが多量積み込まれていたバスがあった。だから学生たちが乗った時点からずっと追跡されていたようです。

B: 5台のうち襲撃された2台から犠牲者が出た。学生たちはバスではなく霊柩車という「乗ってはいけないバスに乗ってしまった」と言われる所以です。

 

A: 最初の犠牲者はフリオとして登場していた引率教師、「仲間をおいて逃げられない」と妻に携帯で電話、夫の最後の言葉は「娘のことをよろしく頼む」だった。その女の子は34歳に見えたから当時は赤ちゃんだったでしょう。屈託なさそうな娘さんを見るのが辛いシーンでした。

B: 最初の証言者、一人息子マウリシオの父親は「息子の夢をよくみます。4年の時が経ちましたが、心は止まったまま」と物静かに語る。

 

     

            (マウリシオ・オルテガ・バレリオの父親)

 

A: 夫が失踪してアメリカに働きに行き115時間も働きづめだった母親に「必ず恩返しするから」と語っていた息子、母親は彼の無事を信じて今では家族会のリーダー役を務めている。他のグループとの共闘を示唆したのが、心理学者のヒメナ・ナイリス、本事件に関するインパクトのある著書がある。トラテルロコ大虐殺事件当時ラテンアメリカ政策担当者だったケイト・ドイル(現国家安全保障文書館シニア・アナリスト)やジャーナリストなど、抵抗の運動を応援する識者に支えられている。

 

B: 2人の息子ドリアンホルヘ・ルイスが行方不明になっている父親は、妻は「体調を崩して病気になっている」と。ある家族の「犯人が政府でないなら死体は見つかる。なぜなら麻薬カルテルが犯人なら死体は放置したままにするからだ」という指摘は的を射る。

 

      

            (強制失踪者のリーダーとして活動する母親)

 

A: カルテルなら灰にして川に流すような面倒な手間暇をかけない。フェルナンダ・バラデスの『息子の面影』にあったように遺体は見つかる。あの映画の燃え上がる炎のシーンは、アヨツィナパ事件の遺体がコクラで焼却されたというニュースに着想を得ているとバラデス監督は語っている。『息子の面影』はこの事件とリンクしています。

 

          アヨツィナパ事件はペーニャ・ニエト政権最大の汚点

 

B: 本作では行方不明の学生たちは、写真のみに存在している。監督は第三者の視点をできるだけ排除して家族の悲しみと怒りに寄り添うことにしている。そのため監督を含めて5人のカメラマンが現地入りしている。難を逃れた生存者の証言は多くない。

A: 負傷者の1人は「正義と権利を求めると弾圧される」と語っており、なかで脳死状態のアルド・グティエレス・ソラノの家族は、院内感染を怖れて息子を引き取るため自宅を新築した。母親は「何年後か分からないが息子が目覚めるときを待っている」と。

 

        

      (行方不明者の拡大写真を手にメキシコシティで怒りのデモ行進をする家族たち)

 

B: デモ行進中に「ペーニャ・ニエトはくそったれ」とシュプレヒコールされていた前大統領、任期中(201218)の最大の汚点と称されるのがアヨツィナパ事件です。

A: 2006年から始まった麻薬戦争で、25万人以上が殺害、4万人が行方不明となっているメキシコで、彼らと<アヨチィナポ/教養のない人>と陰で差別されている「アヨツィナパの43人」の違いは何か。それは固い絆で結束して、行方不明者を可視化したことだと思います。

 

         

       

                       (写真を手にした行方不明者の家族たち)

 

B: 階級間格差や地域間格差はどこでも見られることですが、その他にメキシコは人種間格差を抱えている。ハンスト、座り込み、人間の鎖などは、権力者の目に入らないが、国民の目には入った。政府の繰り返される捏造に家族は苦しめられたが屈しなかった。そのことが多くの国民の賛同を得たのではないか。

A: アヨツィナパ事件の真実と正義を解決すると強調していた現大統領ロペス・オブラドールは、当選3日目に連邦裁判所の判決に従って「真実と正義委員会」を設立した。アレハンドロ・エンシナスを長とするこの委員会には、学生の家族、市民団体の代表者が含まれている。

 

B: これとは別に国家検察庁(FGR)は、検察チームが率いる行方不明者捜索に焦点を絞った特別部隊も設立して、少しずつながら進展がみられるようになった。ドキュメンタリーの撮影は20183月からの1年間ですから、当然触れられない。

A: 重要な進歩が見られるようになったのは、20203月、事件に関わった政府高官、軍人を司法妨害で逮捕、5名中4名が現在も拘束されている。6月には麻薬カルテルのゲレロス・ウニドスの指導者、46名に及ぶ自治体職員も逮捕され、捜査は進んでいる。

 

B: しかし当時、事件の証拠隠滅、犯罪現場の変更、拷問に関与したと言われる司法長官トマス・セロンには捜査の手が及んでいない。現在逃亡中のイスラエル政府に引き渡しを要請している。しっぽ切りにならないことを祈りたい。

 

A: 家族の諦めない団結が、43人のみならず行方不明者全体の捜索に寄与している。行方不明者4万人と先述しましたが、国家捜索委員会(CNB)のリストによると、2006年以降20207月までの総数は73,000と倍近い。この数は近年増加傾向にあるということですが、危機が国内のより広範な地域にわたっていることを物語っている。その原因解明も検証しなければならない。

B: それには予算が必要、この圧倒的な数に対処するには増やした予算では足りないでしょう。アメリカに運び込まれるコカインの90%は、コロンビアからメキシコを経由している。強大な隣国アメリカに最も近い国メキシコの悲劇です。

 

A: 捜査の進展は、学生の家族を筆頭に、家族を支える組織、特別検察官オマル・ゴメス、真実と正義委員会などの努力によります。ドキュメンタリーその後に触れたのは、まだ緒に就いたばかりとはいえ、少しだが光が射してきたことを述べたかったからです。


フェルナンダ・バラデスの 『息子の面影』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑪2020年11月26日 10:20

            豊かなアメリカに一番近い国メキシコの苦悩――メタファーを読みとく

 

    

 

フェルナンダ・バラデス『息子の面影』は、北の豊かな大国アメリカに一番近い国メキシコの不幸と苦悩を静かに訴えている。バラデス監督が主役マグダレナにメルセデス・エルナンデスを念頭に脚本を書きすすめていき、メルセデスも台本を見ることなしにオーケーしたという信頼関係が伝わってくる秀作でした。自然の静寂と人間の暴力のコントラスト、秩序の崩壊、自分探しの若者たち、麻薬密売カルテルの恐怖、母親の揺るぎない子供への愛、苦悩するメキシコから届いた苦いクリスマス・プレゼント。2014926日の夜に起きた、メキシコ南部ゲレロ州イグアラ市アヨツィナパ教員養成学校の学生たち43名の謎の失踪事件や、20186月に起きたオカンポ市長選挙候補者の射殺事件などが背景にあるようです。本日から配信が開始されたアイ・ウェイウェイのドキュメンタリー『ビボス~奪われた未来』は前者がテーマ、この世界の注目を集めた未解決事件の不条理が今日のメキシコを象徴している。

 

 

 『息子の面影』(原題Sin señas particulares、英題「Identifying Features」)

製作:Corpulenta Producciones / Avanti Pictures

監督:フェルナンダ・バラデス

脚本:フェルナンダ・バラデス、アストリッド・ロンデロ

撮影:クラウディア・べセリル・ブロス

美術:ダリア・レイェス

編集:フェルナンダ・バラデス、アストリッド・ロンデロ、スーザン・コルダ

録音:ミサエル・エルナンデス、(サウンド・デザイン)オマル・フアレス

音楽:クラリス・ジェンセン(オリジナル・ミュージック)

製作者:フェルナンダ・バラデス、アストリッド・ロンデロ、ジャック・サガ・カバビエ、ヨシー・サガ・カバビエ、ほか

 

データ:製作国メキシコ=スペイン、スペイン語・サポテコ語・英語、2020年、ドラマ、97分、公開スペイン1127日、ドイツ1210日、フランス1216

   

映画祭・受賞歴SSIFF2019「シネ・エン・コンストルクシオン36」受賞、サンダンス映画祭2020ワールド・シネマ部門観客賞特別審査員脚本賞、トゥールーズFFシネラテン部門オフィシャル・セレクション、MOOOVE映画祭(ベルギー)ユース賞、カルロヴィ・ヴァリFFオフィシャル・セレクション、平昌ピョンチャンFFグランプリ、サンセバスチャンFFホライズンズ・ラティノ部門オリソンテス・ラティノス賞スペイン協力賞、ロンドンFF、東京国際FFワールド・フォーカス部門、チューリッヒFF作品賞ゴールデン・アイ賞、モレリアFF観客賞女優賞作品賞、テッサロニキFFコンペティション部門、ストックホルムFFコンペティション部門、トリノFFオープニング作品、他インターネット、バーチャルシネマ多数

 

    

   (オリソンテス・ラティノス賞&スペイン協力賞の賞状を手にした監督、SSIFF2020授賞式

 

キャスト:メルセデス・エルナンデス(マグダレナ)、ダビ・イジェスカス(ミゲル)、フアン・ヘスス・バレラ(メルセデスの息子ヘスス)、アナ・ラウラ・ロドリゲス(オリビア)、アルマンド・ガルシア(リゴ)、ラウラ・エレナ・イバラ(リゴの母チュヤ)、シコテンカティ・ウジョア(リゴの父ペドロ)、ジェシカ・マルティネス・ガルシア(看護師)、リカルド・ルナ(国家公務員)、フリエタ・ロドリゲス(検視官)、ベルタ・デントン・カシーリャス(レヒス)、カルメン・ラモス(レヒスのボイス)、マヌエル・カンポス(アルベルト・マテオ)、アルカディオ・マルティネス・オルテガ(マテオのボイス)、ナルダ・リバス(マテオの孫)、ほか宿泊施設やバス会社の職員、麻薬カルテルのシカリオなどエキストラ多数

 

ストーリー:マグダレナは2ヵ月前、国境行きのバスに乗ってアメリカに向かったまま連絡の途絶えた息子を探す旅に出る。一緒に出掛けた友人が無言の帰宅をしたからだ。メキシコの寂れた町や静かな自然の中を旅するなかでミゲルと名乗る青年に出会う。アメリカから強制退去されたばかりの青年は、長い不在のあと、母親との再会を求めて故郷オカンポを目指していた。道連れになった二人、一人は愛する息子を探す母親マグダレナ、もう一人は故郷の母親に許しを求めたい青年ミゲル、二人の犠牲者は危険な加害者たちが蔓延している危険地帯を一緒にさまようことになる。たとえ罪びとになろうとも母の深い愛に変わりはない。                      (文責:管理人)

  

★監督紹介:フェルナンダ・バラデス1981年グアナフアト生れ、監督、脚本、製作、編集。2006年メキシコの映画養成センターCCCに入学、既に26歳とかなり遅い出発だった。2014年、アストリッド・ロンデロと制作会社EnAguas Cineを設立する。ロンデロは本作の共同脚本家・編集者、また美術を手掛けたダリア・レイェスChulada Films ともコラボしている。製作者としては自身の3作を含めて7作ほどプロデュースしている。代表作がアストリッド・ロンデロのデビュー作Los días más oscuros de nosotras17)である。ボゴタ映画祭2018の作品賞、ロス・カボス映画祭2017のメキシコ賞を受賞している。ロンデロもバルデスの長編デビュー作や短編2作をプロデュースしている。女性作家輩出の胎動を予感させる。現在はメキシコシティに住んでいる。

  

     

   (バラデス監督と脚本&編集を手掛けた盟友ロンデロ監督、サンダンス映画祭2020にて)

 

★短編映画デビューは、2010De este mundo26分)監督、脚本、製作、編集。長編デビュー作のもとになった短編第2作目400 Maletas1423分、CCC製作)でも監督、脚本、製作、編集を担当、サンティアゴ短編映画祭、サンパウロ・ラテンアメリカ映画祭に出品された。メルセデス・エルナンデスが母親マグダレナ、長編で合衆国から退去させられるミゲルを演じたダビ・イジェスカスが行方不明になるマグダレナの息子に扮している。短編完成後に起きたアヨツィナパ失踪事件に着想を得て脚本を推敲、完成させたのが長編デビュー作である。

 

               

                 (本作とリンクする短編2作目400 Maletas」のポスター

 

メルセデス・エルナンデスは舞台女優と二足の草鞋を履いている。ラテンビートで上映されたフランシスコ・バルガスの『バイオリン』05)、ホルヘ・ペレス・ソラノのLa tirisiaではアリエル賞2015の助演女優賞ノミネート、本作でモレリア映画祭2020女優賞を受賞している。ほかTVシリーズ出演、アニメのボイス出演もしている。ダビ・イジェスカスは、ビューティフル・ロードムービーと言われた、ディエゴ・ルナの『ミスター・ピッグ』16)に出ている。これからの俳優です。  

   

               (ある決心をしてミゲルの家に戻ろうと帰路を急ぐマグダレナ)

    

        

            (ミゲルの家の前に佇むマグダレナ、窓際にミゲルの姿、本作から)

  

 

             2014年のアヨツィナパの謎の集団失踪事件が背景にある

 

A: 本作はスクリーンで見たい映画、多分印象がかなり変わると感じました。裏で繰り広げられている暴力を無視したように進行のテンポはゆったり、荒涼としたグアナフアトの自然は、母親マグダレナの心象風景のようでした。彼女を取りまく空虚感に胸が塞がる。

B: 静寂そのもののオカンポのダム湖を飛び立つ自由な鳥、風にそよぐ木々や草、人間の不自由さや愚かさが迫ってきます。

  

A: 本作には上記したように2014926日に突発したアヨツィナパ教員養成学校の学生43名の失踪事件が絡んでいます。真相と称されるものが一転二転して、謎は深まるばかり今もって未解決の事件、政府は解決済みとしたいところだが、犠牲者の家族のみならず国民の大半は納得していない。

B: 配信開始のドキュメンタリー『ビボス~奪われた未来』と合わせてご覧になると、現代メキシコの傷痕の深さが浮き彫りになります。

 

A: もう一つ、20186月のメキシコ中西部ミチョアカン州オカンポ市長選挙中に候補者が射殺された事件もヒントになっている。オカンポという地名は何か所かあり、ミゲルの故郷のオカンポとは別のようです。本作には何本もの柱があって、中心は母親の息子への変わらぬ愛ですが、メキシコが抱える苦悩を背景にしている。

 

B: 母親は生死が分からなくては生きていくことができない。生きているなら連絡があり、連絡がないならば死んでいると当局は言うが、証拠がなくては受け入れられない。息子ヘススと一緒に国境に向かったリゴは無言の帰宅をした。一緒に死んだなら遺体があるはずだ。ないならどこかで生きてるはず。

 

A: リゴの父親ペドロは、暮しに困っていたわけでもないのに「自分の人生を探し」に北に行きたいという息子に激怒して、親身に話し合わなかった自分を責める。息子を探しに行くマグダレナを車で国境まで送ってくれる。

B: 母親チュヤは、マグダレナに必要なら使ってとお金を渡す。麻薬密売組織の残虐性と対照的に、市井の人々の優しさが丁寧に挿入されていて、希望のほのかな明かりを感じさせた。

  

   

                       (アリゾナ行を母親に告げるヘスス)

     

      

 (母親に別れの手を振るヘススとリゴ)

   

      

                   (軽トラで国境までメルセデスを送っていくペドロ)

 

A: メキシコ人の連帯感は強い。バス会社の受付の年配の男性、移民用の宿泊施設の係官、ボートでダムの対岸まで運んでくれた漁師など、記憶に残る人物を多々登場させている。

B: それに対して若者たちはどうでしょうか。北に向かう理由は経済的理由だけでない、今より少しでも良くなりたい、自分には違う人生があるはずだ、という若者が抱く願望が不幸を呼び込んでいる。常に危険が待ち受けていることを無視している。

  

A: 最初は身の危険を感じてマグダレナを故郷に帰そうとする人々も、結局は情報を与えてマグダレナを助ける。例えばヘススと同じバスに乗り合わせて生き残った老人マテオの居場所を教えるレヒナの例、カメラは後ろ姿を映すだけで会話は声だけでした。レヒナもさりげなくお茶をすすめるなどゲイが細かい。

B: 風景描写だけでなく室内シーンでも、撮影監督クラウディア・べセリル・ブロスのフレームは素晴らしかった。ボイスにしたのは「壁に耳あり障子に目あり」で、職務上知りえた事実も知らなかったことにする。他言は直ちに危険が身に及ぶという事実を示唆している。

 

A: 国境地帯では他人を信用してはならないのです。マグダレナはレヒナにとって他人です。次々に身元不明の遺体が運び込まれてくるのが現状です。因みにレヒナのボイス出演をしたカルメン・ラモスは、短編400 Maletas」に出演、他に当ブログでご紹介したアロンソ・ルイスパラシオスのデビュー作『グエロス』(16)に出ている。

 

        マグダレナ、チュヤ、オリビア、息子を探す3人の母親と父親の不在

 

B: 冒頭部分で白内障の手術をしているシーンがあり、思わずブニュエルの『アンダルシアの犬』を思い出してしまった。この眼科医が4年前にモンテレイの友人を訪ねると言い残したまま行方不明になった息子ディエゴの母親であることが分かってくる。

A: 眼科医オリビアを演じたアナ・ラウラ・ロドリゲスについては、本作では重要な役柄ですが、IMDbにも載っていなかった。冒頭の45分で行方不明の息子を探す3人の母親が出揃う。白内障手術のメタファーは、国民が目を覚ましてほしいという願望がこめられているようだが、シカリオの残虐をとどめるのは、利害が複雑に絡まって絶望的です。

 

        

           (字の読めないマグダレナを手助けするオリビア)

 

B: 政治家と警察がカルテルから雁字搦めにされている。アヨツィナパ然り、オカンポ市長候補者殺害然り、調査に入った世界も沈黙させられてしまっている。隣国の大国が絡んでいるから複雑です。

A: ディエゴのように何かの事件に巻き込まれて突然姿を消すことは、ここメキシコでは珍しくない。消息不明のケースもさまざま、合衆国への越境だけが理由ではない。

 

B: オリビアは、検視官から「2週間前のバス襲撃事件の犠牲者の一人」と説明されるが、焼け焦げた息子の遺体からは識別は難しい。

A: しかしDNA判定が一致したことで自身を納得させるしかない。そうしないと息子を弔うことすらできないからです。マグダレナにもオリビアにも、夫の存在が希薄でした。最後にマグダレナが法的に独身だった事実を観客は知るのですが。

B: ヘスス、ディエゴ、さらにいえばミゲルにも父親が不在だった。父親不在はラテンアメリカ映画の特徴の一つです。

   

       

              (米国からメキシコに帰国するミゲル)

 

A: マグダレナが非識字者なのは早い段階で観客に知らされるが、襲撃されたバスに乗り合わせた老人マテオはスペイン語を解さなかった。先住民の言語サポテコ語しか分からない。

B: 主にオアハカ州で話されている言語のようですが地理的には離れている。スペイン語を解さない人口が3%以上いるということですから、相当な数です。

A: ナワトル、マヤ、ミシュテカなどが有名ですが、時間とともに消滅していく言語もある。サポテコ語は国民同士の意思疎通の困難さのメタファーとして挿入されている。

 

B: 本作では森の中で死体を焼く炎の中から現れる悪魔のシルエットなどメタファーが多い。悪魔は悪の象徴として登場させているのでしょうが、残虐性、秩序の崩壊のシンボルでもある。最後にマグダレナが見る悪魔はどう理解したらよいか、観客に委ねられる。

A: 映画のなかで暴力をただの暴力として描くのは避けたい。私たちはあまりに多くの暴力を目にしていますからストレートな暴力は見たくない。勢い観客の想像力に頼ることになる。

 

B: 本作では焚火の炎、蝋燭の炎、暖房の炎、車のライトや懐中電灯の灯り、月光などが効果的に使われていました。全体が暗い色調なのでコントラストが際立っていた。半月から満月に移り変わることで時間の流れを表現しているなど、本作は見る人によって感想が違うかもしれない。

 

         

         (炎の中から立ち現れる悪魔は何を意味しているのか?)

 

A: 衝撃の結末については、配信中ですからさすがに書けない。しかし注意深くダイヤローグに耳澄ませば、伏線が張ってあるので想像できなくはありません。

 

 

ルイス・ブニュエルの『ビリディアナ』*スペインクラシック映画上映会2020年05月29日 17:47

          ヨーロッパ回帰の第1作目『ビリディアナ』をスペインで撮る

 

   

★メキシコで映画を撮っていたルイス・ブニュエルが、ヨーロッパ、それもスペインで撮ることにした『ビリディアナ』61メキシコ合作)は、デビュー作『アンダルシアの犬』28仏)から数えて23作目、スペイン映画としては、1932年、スペインでも最も貧しいラス・ウルデス地方に入って撮ったドキュメンタリー『糧なき土地』(短編27分、公開37)以来、およそ29年ぶりの2作目でした。ブニュエルと言えばスペイン映画を代表する監督ですが、スペイン映画としてはトレドを舞台にして撮った『哀しみのトリスターナ』70仏伊西、ベニト・ぺレス・ガルドスの短編の映画化)と『欲望のあいまいな対象』77仏西)を含めて生涯に4本だけ、スペイン単独としてはドキュメンタリー1作のみでした。

『糧なき土地』(Las Hurdes. Tierra sin pan)撮影の経緯を描いたサルバドール・シモーのアニメーションBuñuel en el laberinto de las tortugas18)の紹介記事は、

コチラ20200205

 

★本作はカンヌ映画祭1961のグランプリ(現在のパルムドール)受賞作品、公開作品の一つということで字幕入りで鑑賞でき、DVDも発売されている。ブニュエルのキャリア&フィルモグラフィについては多くのことが書かれ語られているので紹介は不要と思います。また今回の上映会の解説者である金谷重朗氏のコンパクトながら実に適切な作品紹介では、ビリディアナ事件にまで及んでおり、これで充分と思えますが、映画より事件の顛末のほうが面白いので補足したい。一応例のごとく作品データを以下にアップしておきます。

 

Viridiana1961『ビリディアナ』

製作:Uninci-Films 59

監督:ルイス・ブニュエル

脚本:フリオ・アレハンドロ、ルイス・ブニュエル(原案ベニト・ぺレス・ガルドス Harma 1895

助監督:フアン・ルイス・ブニュエル、ホセ・プヨル

撮影:ホセ・フェルナンデス・アグアヨ

美術:フランシスコ・カネト

音楽(選曲):グスタボ・ピッタルガ

編集:ペドロ・デル・レイ

録音:アウレリオ・ガルシア・ティヘラス

製作者:グスタボ・アラトリステ、リカルド・ムニョス・スアイ、ペレ(ペドロ)・ポルタベリャ

 

データ:製作国スペイン=メキシコ、スペイン語、1961年、ドラマ、90分、撮影地トレド、マドリード(アルガンダ・デル・レイ)、マドリードのスタジオC.E.A. Ciudad Lineal、撮影19611月、スペイン公開マドリード197749日、バルセロナ530日。日本公開は1964101日、再上映198181日、20171223日。

 

映画祭・受賞歴:第14回カンヌ映画祭1961出品517日上映、グランプリ(現在のパルムドール)受賞、ベルギー批評家協会賞1962を受賞した。

 

キャスト:シルビア・ピナル(ビリディアナ)、フェルナンド・レイ(伯父ドン・ハイメ)、フランシスコ・ラバル(ハイメの庶子ホルヘ)、マルガリータ・ロサノ(家政婦ラモナ)、テレサ・ラバル(ラモナの娘リタ)、ビクトリア・シニー(ホルヘの愛人ルシア)、ホセ・カルボ(物乞いドン・アマリオ)、ルイス・エレディア(同マヌエル、エル・ポカ)、ホセ・マヌエル・マルティン(同エル・コホ)、ホアキン・ロア(同セニョール・セキエル)、フアン・ガルシア・ティエンドラ(同ホセ、エル・レプロソ)、ホアキン・マヨール(同)、ロラ・ガオス(同エネディナ)、マリア(マルハ)・イスベルト(同、歌い手)、アリシア・ホルヘ・バリガ(同)、パルミラ・ゲーラ(同)、ミラグロス・トマス(同)、フランシスコ・レネ(執事モンチョ)、ロシータ・ヤルサ(マザー修道院長)、他多数

 

ストーリー:若く美しい見習い修道女ビリディアナは、誓願式を数日後に控えている。経済的援助をしてもらっている後見人である伯父ドン・ハイメから館を訪れるよう通知を受けとるが、日頃疎遠な伯父に会うことは気がすすまなかった。しかし修道院長の強い勧めでしぶしぶ館に向かった。一方ドン・ハイメは、その昔、結婚式の夜にビリディアナの伯母である妻を心臓発作で亡くして以来、家政婦のラモナ、その娘リタ、執事のモンチョなどと、広大な領地に隠棲していた。しかし久しぶりに会った亡き妻そっくりのビリディアナに、ドン・ハイメは激しく心動かされ、修道院に戻さず手元に置きたいと願うようになる。

 

       19世紀の文豪ベニト・ぺレス・ガルドスの小説 Harma に材をとる

 

A: 冒頭から予想通りのフェティシストぶりに苦笑を禁じえませんが、反復して現れます。それはさておき、タイトルの由来から入りましょうか。ブニュエル監督によると「ビリディアナの名前の由来は、ラテン語の緑の場所 <ビリディウム> からきているが、実際に存在した聖女ビリディアナから取った。映画に出てくるように十字架、棘の冠、釘をもっている肖像がメキシコ市博物館にある」と語っています

B: 解説者の金谷重朗氏がベニト・ぺレス・ガルドスHarma を下敷きにしていると話されていましたが。

         

             (フェティシストぶりを発揮した極めつきシーン)

 

A: IMDbにも作品名まではクレジットされておりませんが、ガルドスの小説とあります。上記のインタビューでは監督自身は「脚本は、フリオ・アレハンドロと私のオリジナル」と応じている。彼は3人いるブニュエル映画の共同執筆者の一人、他に『砂漠のシモン』63)、上記の『哀しみのトリスターナ』などを手掛けています。スペイン版の映画紹介では、ガルドスの Harma をベースにしているとあります。しかしあらすじを読むと人格造形は似ているが、3年前にメキシコで撮った『ナサリン』58)のような相似性はないようです。

B: 『ナサリン』は、ガルドスの小説 Nazarin の映画化と明記されていますね。本作の脚本を手掛けたのもアラゴン州はウエスカ生れのアラゴネスのアレハンドロでした。

 

A: 深入りしませんが、ナサリンは主人公の名前、アルマはアルマ-ローテンバーグ伯爵夫人カタリナ・デ・アルタルのアルマから取られています。しかしalma(魂、精神)が隠れているのは想像できる。ヒロインのカタリナとナサリンは対になっている。貧しい人に慈悲を施しても結局裏切られて破局を迎える。

 

B: 例のインタビューでブニュエルは「ビリディアナはスカートを履いたドン・キホーテ」と語っていますが。

A: ビリディアナは乞食や浮浪者のグループに食事を与え保護しますが裏切られ、なおかつエル・コホから暴行を受ける。彼女は現実に目覚め、ありのままを受け入れようとする。ドン・キホーテも正気に戻って現実を受け入れる。 Harma が上梓されたとき、『裁判官夫人』の著者レオポルド・アラス(筆名クラリン)が、ナサリンとアルマのカタリナのドン・キホーテ相似性を指摘しました。多分そこからきているのかもしれません。

 

B: ブニュエルはガルドスの小説の映画化を温めていた。Nazarin はガルドスの代表作ではないが、映画化権をガルドスの娘ドーニャ・マリアから買っており、それはメキシコ国籍を取得する1951年より前のことです。

A: 実現しませんでしたが、他にDoña Perfecta1876「ドーニャ・ペルフェクタ」)も買っていた。ガルドスの Tristana が原作の『哀しみのトリスターナ』は、1952年に一度計画されたが実らず、実際の完成は1970年でした。『ビリディアナ』の脚本が全くのオリジナルか否かは別として、記憶は年とともに想像と夢想に侵されるから、何が本当だったか曖昧になる。いずれにしても、ガルドスの Harma と無縁ではなかったでしょう。

 

             個性的に描き分けられた人格造形

       

A: フェルナンド・レイ扮するドン・ハイメが伯父か叔父か映画からは類推するしかありませんが、映画紹介記事でも混在しています。ビリディアナの両親は亡くなっており、ドン・ハイメは身寄りのないビリディアナの後見人として学費の援助をしている。亡き妻の姉妹の子供だから伯父姪の関係とはいえ血は繋がっていない。

B: ドン・ハイメは老人というほど年寄りには見えないが、既に人生を半分諦めている。片やビリディアナは数日後に修道女誓願式を控えている若い女性で20歳未満に設定されているようです。

 

A: フェルナンド・レイ(ラ・コルーニャ1917)については、前回の『ようこそ、マーシャルさん』で少し触れましたが、ブニュエル作品では、『哀しみのトリスターナ』の他に『ブルジョワの秘かな愉しみ』72)と、最後の作品となる『欲望のあいまいな対象』に主演している。当時ガラン俳優として、仲介役をしたバルデム監督のCómicos54役者たち)やSonatas59ソナタ)に出演していた。主役を演じるようになるのは、『ビリディアナ』以降、ゴヤ賞やサンセバスチャン映画祭の銀貝男優賞を取るのは、ずっと後の話です。

  

B: シルビア・ピナル1931年生れで撮影当時は30歳になっていたから、美貌ではあるが初々しさに欠けていた。大金を提供した製作者のグスタボ・アラトリステが夫君で、彼女の起用が前提だった。アラトリステはスペインで撮ることを希望していたそうですね。

 

          

 (ドン・ハイメから亡き妻の花嫁衣裳を着せられるビリディアナ、共犯者の家政婦ラモナ)

 

A: ブニュエルのヨーロッパ回帰の転機となった作品ですが、当時スペインとは距離をおいていたので可能性の点でクエスチョンでした。とにかくフランコ政権から嫌われていた。橋渡しをしてくれたのがブニュエルの親友で闘牛士のルイス・ミゲル・ドミンギンと『恐怖の逢びき』の監督フアン・アントニオ・バルデムでした。

B: ドミンギンはバルデムの『恐怖の逢びき』のヒロイン、ルチア・ボゼーと結婚していた。

 

A: 検閲を通すための脚本チェックを、『ようこそ、マーシャルさん』の助監督リカルド・ムニョス・スアイがしてくれた。当時の文化局長ホセ・マリア・ムニョス・フォンタンが結末の一部を変更させたが無事通過した。変更の経緯は後述しますが、スペインの検閲は脚本段階からで、これが通らないとクランクインできない。カンヌ映画祭ではフランス側の強い要請でスペイン映画の代表として出品された。

B: 資金はメキシコ側が出したのにね。

 

A: 合作とはいえ、メキシコからはアラトリステ夫妻と監督、実子の助監督の一人フアン・ルイス・ブニュエル、彼は既に『ナサリン』でも助監督を務めていた。キャストもシルビア以外はスペイン人です。ブニュエルは『ビリディアナ』以後も、アラトリステ夫妻と組んでメキシコ映画の『皆殺しの天使』62)や『砂漠のシモン』65)を手掛けていますが、それでもフランスやイタリア、スペインとの合作が主流でした。

 

B: ドン・ハイメの自死後、愛人ルシアを伴って館に現れるホルヘ役のフランシスコ・ラバルは、神父ナサリン役や『昼顔』66などに出演している。ブニュエルのお気に入りで、ラバルも「おじさん」と呼んで慕っていたそうです。

A: ホルヘはドン・ハイメの庶子で遺産の半分を相続する人物。何十年も手入れされなかった領地の整備に余念がない。何百万もいるだろう浮浪者の何人かに慈悲をほどこすなど愚かな行為とビリディアナに批判的だが、荷車の心棒に繋がれた犬が可哀そうだと買い取る。しかし繋がれたまま道路を走らされる犬は山ほどいるわけだから1匹助けても意味がない。この象徴的なシーンはビリディアナの浮浪者救済と同じ構図です。

     

B: 愛人がいながらビリディアナにも家政婦のラモナにも秋波を送る自信家です。彼の愛人ルシアを演じたビクトリア・シニーは、もともと退屈な田舎暮らしはしたくない、ホルヘがビリディアナに関心を寄せるのも気に入らないとさっさと館を後にするが、なかで一番まとも人物です。

 

       

        (ホルヘ、愛人ルシアのビクトリア・シニー、ブニュエル監督)

 

A: 家政婦を演じたマルガリータ・ロサノは、フランシスコ・ロビラ=ベレタ『バルセロナ物語』63)に出演している。「ロミオとジュリエット」バルセロナ版と言われた本作は翌年公開された。日本はフラメンコ愛好家が多く、当時からフラメンコ物は人気があったのです。カルロス・サウラでさえ最初に公開された映画は、あまり評価の高くない『カルメン』(83)でした。

 

        

       (既に関係ができているホルヘとラモナ役のマルガリータ・ロサノ)

 

B: ルシアが消えるとホルヘを手に入れる。ここからラモナ、ホルヘ、ビリディアナの三角関係が暗示される。ラモナの娘リタを演じたテレサ・ラバルは、ペペ・ラバルと同じ姓ですが。

A: ラバルと女優のアスンシオン・バラゲルの娘で1952年バルセロナ生れ、本作でデビューした。二人は1950年に結婚、2001年のラバルの死まで半世紀も長続きした、スペインでは珍しいカップルでした。テレサはその後女優になり、現在でもテレビ司会者として活躍している。あと残るのが放浪者14人ですが、本当に乞食をしていたのは一人で、他は俳優が演じました。リタの縄跳びの縄が重要なオブジェとして登場する。

 

           

            (ドン・ハイメと縄跳びが大好きなリタ)

 

 

           悪夢だったパルムドール <ビリディアナ事件>の顛末

 

B: 本作はスペイン公開が16年後の19774月と極めて遅い。

A: フランコ時代(193676)には上映できなかった。上記したようにメキシコとの合作でしたがスペイン映画の代表作品としてカンヌで上映され、スペインに初めてグランプリをもたらした。ところが映画祭にドメニコ会派の神父がバチカンの「オッセルバトーレ・ロマーノ」紙の通信員として派遣されていた。彼が宗教を冒瀆しているとか、道徳的に堕落していると非難したことが発端でした。

 

B: それがスペインに伝わると、まだ映画を観てもいないのに、これはスペイン映画ではないとした。それは次々に連鎖反応を起こしていった。

A: 映画祭に出席していた文化総局長ホセ・マリア・ムニョス・フォンタンは罷免され、製作会社は解散の憂き目にあい、マスコミも記事にすることを一切禁じられた。原盤を破壊されるのを怖れたシルビア・ピナルが秘かにメキシコに持ち帰ったお蔭で私たちは鑑賞できているのです。

B: スペイン側の参加者は、帰国の途次、追放されたとか。

 

A: 映画以上に面白いのがビリディアナ事件の顛末です。バチカンは映画関係者を破門さえしたそうです。本作のスペイン側のプロデューサーペレ・ポルタベリャが、後に語ったところによると、映画祭が始まってもコピーは完成ぜず、上映は映画祭最終日だった。

B: 監督も息子で助監督だったフアン・ルイスがコピーを持って到着したのは「二、三日前」と言ってます。ぶっつけ本番、誰もスクリーンでは見ていなかったわけですね。

 

A: 会場で映画を観終わった総局長は、恐怖のあまりホテルの部屋に逃げ込んでしまった。しかし本当の悪夢は翌日に待っていた。パルムドールを受賞してしまったからです。当のブニュエルは仮病を使って偽の咳をしながら現れない。さて、誰がこの毒入り饅頭を貰いに登壇するか。突然、ドミンギンがポルタベリャに「ムニョス・フォンタンの部屋に行きましょう、私が話すから、君は黙っていていい」と。

B: ドミンギンはマタドールというよりある意味政治家ですね。

 

A: ドミンギンは「これはスペインにとって名誉なことだし、スペイン映画の名のもとに受け取って欲しい」と説得し、結局彼が登壇した。激怒した政権が即刻罷免したから、これが彼の最後の仕事になった。

B: そもそもあのブニュエルを帰国させ、検閲を通過させたこと自体が槍玉に挙がった。

A: 驚愕したのだから、脚本と作品には大きな違いがあったのでしょう。脚本段階での判断は難しい。特にブニュエルは「人生はすべてが気まぐれ」という人ですから。亡命共和派からは裏切り者となじられ、スキャンダルを待ち焦がれていたシュールレアリストたちは大喜びした(笑)。

 

B: ポルタベリャは本作で初めてブニュエル映画に参加した。

A: 二人の接点もカンヌでした。ポルタベリャはカルロス・サウラの「ならず者」60)をプロデュースし、デビュー作ながらカンヌに出品できた。そこでブニュエルと初めて会い、それが機縁で『ビリディアナ』に参画したようです。

   

B: ブニュエルはこの映画が「フランコ政権の好みでないことは承知していたが、かくも長き上映禁止が続くとは思っていなかった」とインタビューで語っていた。

A: しかし監督の意思はどうあれ、ドン・ハイメの自死、フェティシストであるばかりでなく女装趣味者で窃視主義者、さらに嘘つきです。夢想するだけでなくバージンのビリディアナを犯そうとさえする。また女性の胸を露出させることは禁止されていたのに無視した。なおかつ8歳ぐらいの少女に盗み見させている。ドメニコ修道会ならずとも眉を顰めるに充分だった。

 

B: 問題は他にもありそうです。浮浪者たちが乱痴気騒ぎの果てに、イタリアの至宝、ダヴィンチの「最後の晩餐」をパロディ化したことも許せなかったでしょうね。

A: 盲人のキリスト役を中心に12人の弟子役が、31組で並び、4つのグループに等間隔に分けられている。おまけにイエスの右側の女乞食は、ダヴィンチが描いたトマスのように右手の指を1本立てている。ここにはカメラマン役のエネディアだけが入っていない。

 

           

            (ダヴィンチの「最後の晩餐」のパロディ)

 

B: ダヴィンチの壁画のように全員座っていないので台形にはなっていないが、ワイングラスは13個です。登場する浮浪者は14人いたが、13人にするためエネディアをカメラマンにして外した。

A: 『ブニュエル、ロルカ、ダリ』の著者アグスティン・サンチェス・ビダルは、ダリが1955年に発表した「最後の晩餐」との関連を述べている。翌年ワシントンのナショナル・ギャラリーに出品された。

B: イエスを中央にして12人の弟子が6人ずつ分かれ、シンメトリーに描かれている。

 

A: 画家はこれはロルカへのオマージュでもあると書いている。ロルカ、ブニュエル、ダリの確執は複雑にもつれている。結果、ダリはフランコにお目通りを許され、2年後ガラとカトリックの儀式に則って結婚、翌年にはヨハネ23世にも謁見した。だから関係がこじれていたダリを皮肉ったのではないか。

B: ブニュエルは撮影中にパロディ化することを思いついた。「私は憤ることがわからないよ。乞食が晩餐していて、たまたま、レオナルドの絵のように構図をとった」と韜晦している(笑)。

A: 他にもキューバのトマス・グティエレス・アレアが、そのものずばりのタイトル『最後の晩餐』(La ultima cena 75)を撮っている。

 

         本当の物乞いはレプラ患者役のエル・レプロソだけだった  

 

B: 薄汚い浮浪者の区別は難しいが、だんだんきちんと描き分けられていることが分かってくる。

A: 最後の晩餐に唯一人映っていないエネディア役のロラ・ガオスは、『哀しみのトリスターナ』にも出演している。ベルランガ&バルデムが共同監督したデビュー作「幸せなカップル」51)やアンヘリーノ・フォンス『探求』66)に出ています。特異な容貌から区別しやすい女優です。盲人ドン・アマリオ役のホセ・カルボは、セルジオ・レオーネ『荒野の用心棒』64)にイーストウッドと共演している。

 

            

                (ロラ・ガオスとホセ・カルボ)

 

B: 1人いるという本当の乞食は誰ですか。

A: エル・レプロソ役、つまりレプラ患者を演じたフアン・ガルシア・ティエンドラ、マラガ生れでマドリードで物乞いをしていた。アルコール漬けで撮影後亡くなったということです。一番役にハマって見えたのは、演技というより地だったのかもしれない。

 

        

         (ウエディングドレスを着て浮かれ踊るエル・レプロソ)

 

B: ビリディアナを暴行しようとするエル・コホ(ホセ・マヌエル・マルティン)を、お金欲しさに暖炉のスコップで殴打して殺してしまう乞食ですね。エル・コホからイジメを受けていた。エル・コホに画家の真似をさせていたが、何か意味がありそうです。エル・ポカのルイス・エレディア、歌い手のマリア・イスベルトにしろ、総じて女浮浪者たちは品がありすぎた。

 

           夢遊病者だったビリディアナ、オブジェの謎解き

 

A: 夜中にビリディアナが毛糸の入った籠を抱えてドン・ハイメの部屋に現れる。驚く伯父には目もくれず暖炉に毛糸を投げ入れ、代わりに灰を掴んで籠に入れる。その灰を伯父のベッドの上に置く。これはインタビューによると、ドン・ハイメの死を暗示しているシーンだそうです。

B: カトリックの慣例では灰は死を意味する。旧約聖書の創世記にある「汝、塵なれば、塵に戻るものなり」を引用している。

 

       

           (ドン・ハイメのベッドに灰を播くビリディアナ)

 

A: ビリディアナが館に携えてきた十字架棘の冠3点セットは聖女ビリディアナのオブジェ、最後に冠は少女リタの手で焚き火にくべられてしまう。このシーンを神を汚すと不快に思った人もいた。

     

           (3点セットを並べて祈りを捧げるビリディアナ)

         

B: ブニュエルは古くなった教会の品物は、よく燃やされると言ってますが(笑)。ホルヘが父親の遺品を整理しているなかにあったキリスト受難の像のようなナイフも非難された。

A: 偶然アルバセテの店で見つけたもので面白いからオブジェとして挿入したので他意はないと。事件の後スペインでは使用が禁止されたと語っているが、どれくらい守られたか怪しい。

 

           

       (田舎暮らしが不満なルシア、遺品のナイフを手にしているホルヘ)

 

B: リタが縄跳びしていた縄でドン・ハイメは首を吊る。その縄は三度現れる。それは浮浪者たちの乱痴気宴のあと、縄を偶然見つけた乞食が腰ひもにするシーンです。

A: 監督は縄は知的な伏線ではなく「明らかに欲望と関連のある、潜在的な無意識の線はある」と言っているだけです。ドン・ハイメの視線は、少女の顔ではなく足と縄に注がれている。主人公と監督が重なる部分です。

 

B: ドン・ハイメが姪に結婚を強く拒絶され、遺言を認めるシーンで微笑というか苦笑いをすのは、どう判断したらいいのか。

A: 観客は微笑しながら何か書いているドン・ハイメを見ている。ところが翌日彼は枝に吊るした縄で首を吊る。観客がどんなに驚くか知りたかった。彼は自分の死で姪が修道院を出て館に留まること、つまり現実を受け入れることに期待をかけた。確信できなかったが結果はそうなった。微笑は自身を嘲笑しているととることもできると語っている。

    

          フィナーレの変更は検閲者の怪我の功名?

 

B: あれこれ分析しても仕方がない。ドン・ハイメと監督、ホルヘと監督、それぞれ好みや性格が一脈通じている。最後に総局長ムニョス・フォンタンが書き直させたフィナーレのトランプ遊びの部分、元はどうだったのか。

A: 最初は「ビリディアナがホルヘの部屋のドアをノックする。ホルヘが出てきてビリディアナが入るとドアを閉める」だけだった。製作者のポルタベリャが語るところによると、撮影に入る前にムニョス・フォンタンから私たちは大臣室に呼び出された。「他は問題ないんだが、この最後の部分が気に入らない――しばし沈黙の後――そうだ、3人にしたらどうだろう」と。私とブニュエルは当惑して顔を見合わせた。するとブニュエルが、即座に「いいでしょう、とてもいいアイディアです」と。

B: 3人になったのは、総局長のアイディアだった?

 

        

  (トランプをしながら互いに真意を探り合う、ホルヘ、ビリディアナ、ラモナの3人)

 

A: 大臣室を辞したエレベーターの中ではみんな笑いが止まらなかったという。「ルイスは『三角関係にするなんて、実に素晴らしい』と言い続けた」とポルタベリャは経緯を説明している。

B: ホルヘ、ビリディアナ、ラモナの3人がトランプ遊びをしているシーンは検閲のお蔭だった。

A: 検閲前より深みができて、観客の想像力を刺激することになった。この三角関係は大ヒット作になったビリー・ワイルダーの『アパートの鍵貸します』(60)へのオマージュでもあったそうです。

 

インタビュー『ルイス・ブニュエル 公開禁止令』(LUIS BUÑEL Prohibido Asomarse Al Interior 1986)、インタビュアー:トマス・ぺレス・トレント(メキシコのシネアスト)、ホセ・デ・ラ・コリーナ(スペインの脚本家、雑誌編集者)。翻訳書は1990年刊行。

 

アルトゥーロ・リプスタインの「El diablo entre las piernas」*マラガ映画祭2020 ⑧2020年04月11日 17:20

      アルトゥーロ・リプスタインの「El diablo entre las piernas」はモノクロ映画

 

      

 

アルトゥーロ・リプスタインは、マラガ映画祭2020の特別賞の一つ「レトロスペクティブ賞―マラガ・オイ」の受賞者で来マラガの予定でした。直前に延期が発表になり急遽キャンセルしたのでした。開催なら320日上映になるはずだったのが、最新作El diablo entre las piernasでした。昨年のトロント映画祭2019「マスターズ部門」でワールドプレミアされました。長年連れ添い老境に入った夫婦の憎みあいながら離れない衝撃的な内容の物語、ベテランのアレハンドロ・スアレスシルビア・パスケルが夫婦を演じます。他にメキシコを代表するダニエル・ヒメネス=カチョや若手のグレタ・セルバンテスがクレジットされています。

 

 「El diablo entre las piernasDevil Between the Legs2019

製作:Alebrije Cine y Video S.A. / Oberon Cinematográfica S.A. / Carnaval Films S.A. /

      Fina Films S. de R.L. / Fidecine / Estudios Churubusco

監督:アルトゥーロ・リプスタイン

脚本:パス・アリシア・ガルシアディエゴ

音楽:デビッド・マンスフィールド

撮影:アレハンドロ・カントゥ

編集:マリアナ・ロドリゲス

プロダクション・デザイン:アレハンドロ・ガルシア

メイク&ヘアー:マリ・パス・ロブレス

プロダクション・マネージメント:ロドリゴ・ルイス・デ・チャベス

製作者:モニカ・ロサノ、ミゲル・ネコエチェア、アントニオ・チャバリアス、マルコ・ポロ・コンスタンデセ、(ライン)クラウディア・バルデス

 

データ:製作国メキシコ、スペイン語、2019年、ドラマ、142分(映画祭データ、147分もあり)、撮影地メキシコシティ、配給Wanda Vision S. A.

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2019マスターズ部門上映912日、モレリア映画祭2019上映1021日、マラガ映画祭2020セクション・オフィシアル正式出品、他サン・ディエゴ・ラテン映画祭など。

 

キャスト:シルビア・パスケル(ベアトリス)、アレハンドロ・スアレス(夫エル・ビエホ/オールド・マン)、グレタ・セルバンテス(メイドのディノラ)、ダニエル・ヒメネス=カチョ(タンゴ教室のパートナー兼教師)、エランド・ゴンサレス、マル・カレラ、パトリシア・レイェス・スピンドラ(イサベル)、他

 

ストーリー:メキシコシティで老齢期を迎えたベアトリスとエル・ビエホの物語。ホメオパシーの薬剤師を引退したエル・ビエホは、部屋着のままベアトリスを侮辱しながら、家の中をぶらぶらして退屈しのぎをしている。二人は衝突に疲れはて平安な日常とはほど遠いが、彼女はもう他の生き方を諦めてしまっている。互いに依存しあっているからだ。しかし猜疑心の強い夫の非難の矛先に耐えられなくなると、こっそりタンゴ・レッスンに抜け出す。自分より若いタンゴの教師でパートナーに会いに行く。二人の子供たちは既に家を出ており、メイドのディノラがいるだけだった。ある晩のこと、行き先も定めずに或るたった一つの目的をもって外出する。帰宅すると大惨事が起きていた。

   

   4年ぶりスクリーンに戻ってきたアルトゥーロ・リプスタイン――老人の性を語る

 

アルトゥーロ・リプスタイン(メキシコシティ1943)については、本映画祭の特別賞の一つ「レトロスペクティブ賞―マラガ・オイ」の欄のほか、ガルシア・マルケス小説の映画化の記事を紹介したおり、『大佐に手紙は来ない』で少し触れただけでした。話題作としては公開された『ディープ・クリムゾン 深紅の愛』(「Profundo carmesí)と『大佐に手紙は来ない』(「El coronel no tiene quien le escriba」)、ミニ映画祭で上映された『夜の女王』(「La reina de la noche」)など、1990年代の作品が多い。『ディープ・クリムゾン~』はアリエル賞1997では多数のカテゴリーにノミネートされたが自身は受賞を逃した。他にイギリスとの合作映画『フォックストロット』75、西語・英語)が、ピーター・オトゥールやシャーロット・ランプリングを起用したことで公開された。

 

    

      (『ディープ・クリムゾン深紅の愛』のオリジナル・ポスター)

 

1966年のTiempo de morir(モノクロ)がデビュー作、これはガルシア・マルケスの小説『死の時』の映画化でした。他にもコロンビア映画だがマルケスの『大佐に手紙は来ない』を映画化、カンヌ映画祭1999のコンペティション部門にノミネートされている前世紀のメキシコでは珍しいカンヌ映画祭の常連者の一人として、受賞こそありませんが6回もノミネートされている。また脚本家のパス・アリシア・ガルシアディエゴは監督夫人、1986年以来の作品を手掛けている。バジャドリード映画祭2017エスピガ栄誉賞を受賞している。

 

主な監督フィルモグラフィTVシリーズ・短編は割愛)

1966Tiempo de morir デビュー作

1974El Santo oficio カンヌ映画祭コンペティション部門初出品

1986EL imperio de la fortuna ゴールデン・アリエル賞・シルバー・アリエル監督賞受賞

1991La mujer del puerto カンヌ映画祭「ある視点」初出品、グアダラハラ映画祭FIPRESCI受賞

1993Principio y fin サンセバスチャン映画祭金貝賞、グアダラハラ映画祭FIPRESCI受賞

   ゴールデン・アリエル賞受賞

1994La reina de la noche(『夜の女王』メキシコ)カンヌ映画祭コンペティション部門出品

1996Profundo carmesí(『ディープ・クリムゾン 深紅の愛』メキシコ)

   ハバナ映画祭グラン・サンゴ賞・監督賞、トゥリア賞観客賞ほか多数

1998El evangelio de las maravillas カンヌ映画祭「ある視点」出品

1999El coronel no tiene quien le escriba(『大佐に手紙は来ない』コロンビア)

   カンヌ映画祭コンペティション部門出品、東京国際映画祭出品、

   サンダンス映画祭ラテンアメリカ・シネマ賞

2000La perdición de los hombres サンセバスチャン映画祭金貝賞受賞

       Así es la vida... カンヌ映画祭「ある視点」出品

2002La virgen de la lujuria ベネチア映画祭サンマルコ賞スペシャル・メンション他

2005Los héroes y el tiempo (ドキュメンタリー)

2012Las razones del corazón サンセバスチャン、モレリア、アブダビ、ワルシャワ各映画祭出品

2015La calle de la amargura ヒホン映画祭監督賞受賞

2019El diablo entre las piernas

 

レトロスペクティブ賞の記事紹介は、コチラ20200318

ガルシア・マルケス作品映画化の記事は、コチラ20140427

   

      

  (主演者フェルナンド・ルハン、マリサ・パレデス、サルマ・ハエックを配した、

   『大佐に手紙は来ない』のオリジナル・ポスター)

 

★かつてのキャストやスタッフの多くが監督から呼ばれて参加している。上述したように脚本を執筆したのは、監督夫人のパス・アリシア・ガルシアディエゴ1986年のEL imperio de la fortuna以来タッグを組んでいる。本作はフアン・ルルフォが1960年代に映画のプロットとして執筆したEl gallo de oro(「金鶏」)をもとに映画化された。メキシコ映画祭1997で『黄金の鶏』の邦題で上映された。ルルフォは生涯に『燃える平原』と『ペドロ・パラモ』の2作しか書かなかった、というか書く必要がなかったというメキシコを代表する作家。1986年は奇しくもルルフォが鬼籍入りした年であった。

 

      

 (パス・アリシア・ガルシアディエゴ、監督、出演者のダニエル・ヒメネス=カチョ)

 

★音楽を担当したのがアメリカの作曲家デビッド・マンスフィールド、過去には『ディープ・クリムゾン 深紅の愛』や「El evangelio de las maravillas」、『大佐に手紙は来ない』、Así es la vida...などを手掛けている。撮影監督のアレハンドロ・カントゥは、La calle de la amargura15)を本作同様モノクロで撮っている。リプスタイン監督はカラー全盛時代にもモノクロを手放さない監督の一人、そのエレガントな映像の評価は高い。本作にはイサベル役のパトリシア・レイェス・スピンドラが主演している。彼女は『夜の女王』のヒロインでもあるが、La virgen de la lujuriaにも出演している。

 

     

        (本作と関係が深い「La calle de la amargura」のポスター)

  

 

        「大きな挑戦だった」とベアトリス役のシルビア・パスケル

 

★ベアトリスを演じたシルビア・パスケル(ソノラ1949)は、最近ではTVシリーズ出演がもっぱらだが、リプスタイン映画には、パトリシア・レイェス・スピンドラ同様La calle de la amarguraに出演している。モレリア映画祭のプレス会見では「完成した映画を観て、どうやってこんな力強い演技ができたのだろうと思った。詩的で明るくリラックスしている。女優としてこんな体験は二度とないだろう多くのことを学んだ、素晴らしい経験だった。これまでの私の女優人生で一番の映画」と、猜疑心の強い夫による愚弄と侮辱を耐えているタンゴ愛好家の女性を演じたパトリシア・パスケルは語った。

 

   

          (インタビューに応じるシルビア・パスケル)

 

★今回オファーを受けて脚本を読んだが、ヌードになるということで逡巡したという。「撮影中はとてもナーバスになった。女優としてのキャリアは長いが今までヌードになったことはなかった。それでもう若くないし美しくも魅力的でもないとアルトゥーロに言ったのよ。というわけで自分のキャリアを高めるために演じた。とても大きな挑戦だった」と70歳になるシルビア。この映画を観た孫たちがどんな感想を述べるか不安だった。しかし彼女たちは心を動かされ「これは仕事だから」と好意的だった由。シルビア自身もロマンティックで心優しい無垢なベアトリスが好きになったと語っている。

 

      

            (ベアトリスとエル・ビエッホ、映画から)

 

★一方、夫になるアレハンドロ・スアレス(メキシコシティ1941)は、シルビア・パスケルやパトリシア・レイェス・スピンドラと同じくLa calle de la amargura」に出演の他、リプスタイン映画ではLas razones del corazónに出演している。他に最近では70代の老人3人がかつて青春時代を過ごした思い出のアカプルコに出かける、アルフォンソ・セラノ・マトゥリノの少し辛めのコメディAcapulco La vida va17)に出演、善良な老人の一人を演じている。『アカプルコ 人生は続く』の邦題で Netflix で配信されている。

 

   

       (エル・ビエッホ役のアレハンドロ・スアレス、映画から)

 

★ベアトリスのタンゴのパートナーになるダニエル・ヒメネス=カチョは、マドリード生れ(1961)ということもあるのか『バッド・エデュケーション』『ブランカニエベス』のようなスペイン映画出演も多い。リプスタイン映画では、『ディープ・クリムゾン 深紅の愛』の禿げているが鬘をすればハンサムになるジゴロ役でアリエル男優賞を受賞した。『大佐に手紙は来ない』、「La virgen de la lujuria」、に出ている。メキシコの男優としてはガエル・ガルシア・ベルナル以上に認知度が高い。他にアルゼンチン映画ではルクレシア・マルテル『サマ』の主役、サンティアゴ・ミトレ『サミット』では、抜け目のないメキシコ大統領を演じている。

 

    

 (ヒメネス=カチョとコラル看護師役のレジナ・オロスコ、『ディープ・クリムゾン~』から)