カンヌ・プルミェール部門の追加作品*カンヌ映画祭2023 ― 2023年05月17日 11:19
アマ・エスカランテの7年ぶりの新作「Perdidos en la noche」

★カンヌ・プルミエール部門に3作の追加発表があり、うち2作がラテンアメリカから選ばれました。一つはメキシコのアマ・エスカランテのサスペンス「Perdidos en la noche」、もう一つがアルゼンチンのリサンドロ・アロンソの「Eureka」です。前者は『触手』(16)以来7年ぶり、後者は『約束の地』(14)以来9年ぶり、コロナ・パンデミアを挟んでいるとはいえ空きすぎでしょうか。詳細アップは時間的に間に合いませんが、2 回に分けてアウトラインだけ紹介しておきます。

(撮影中のアマ・エスカランテ監督)
★「Perdidos en la noche / Lost in the Night」
製作:Pimienta Films / Bord Cadre Films / Cárcava Cine / Match Factory Productions / Snowglobe Films
監督・脚本:アマ・エスカランテ
撮影:エイドリアン・デュラソ
編集:フェルナンド・デ・ラ・ペサ
メイクアップ:ホルヘ・フエンテス・ロンキージョ
プロダクション・マネージメント:フアン・ガルバ
製作者:ニコラス・セリス、フェルナンド・デ・ラ・ペサ、アマ・エスカランテ、(エグゼクティブ)ベアトリス・エレナ・エレラ・ボールズ、ロドリゴ・マチン、アレハンドロ・マレス、グスタボ・モンタードン、フリエタ・ペラレス、ハビエル・サルガド、ほか共同製作者多数
データ:製作国メキシコ=オランダ=ドイツ、2023年、スペイン語、サスペンス、120分、撮影地グアナファト、メキシコシティ、期間2021年10月から11月末、
映画祭・受賞歴:第76回カンヌ映画祭2023「カンヌ・プルミェール」部門ノミネート、5月18日上映予定
キャスト:フアン・ダニエル・ガルシア・トレビーニョ(エミリアノ)、エステル・エスポシート(モニカ・アルダマ)、バルバラ・モリ(カルメン・アルダマ)、フェルナンド・ボニージャ(リゴベルト・デュプラス)、ジェロ・メディナ(ルベン)、マイラ・エルモシージョ(ビオレタ)、ヴィッキー・アライコ(エミリアノの母パロマ)他
ストーリー:教師で活動家でもあったパロマは、地元の鉱山産業に対して抗議活動を行っていた。その直後、彼女は跡形もなく姿を消してしまう。それから5年後、二十歳になった正義感の強い息子エミリアノは、犯人を探し始める。司法制度の無能さのせいで、正義は彼らの手に握られている。エミリアノは、あるメモを切っ掛けに裕福でエキセントリックなアルダマ家の夏の別荘にたどり着く。一族は著名な女家長カルメン・アルダマによって統率されています。彼は一族に表面化しない秘密が隠されていることに次第に気づいていく。真実を求めてエミリアノは、秘密、嘘、そして復讐だらけの暗い世界に沈潜していくことになる。

(エミリアノ役のフアン・ダニエル・ガルシア・トレビーニョ)
★アマ・エスカランテ(バルセロナ1979)の長編5作目となる本作は、正義の無能さに直面した青年が正義の行動を起こす決意をする物語だが、相変わらず厳しいテーマに挑んでいる。当ブログでは第2作「Los bastardos」(08、『よそ者』)、3作目「Heli」(13、『エリ』)を紹介しています。デビュー作「Sangre」(05、『サングレ』)が東京国際映画祭にノミネートされた折には、若干観客に戸惑いがありましたが、現在ではラテンアメリカ諸国の映画も多数公開されるようになり、少しずつ戸惑いも解消されているのではないかと思います。しかし、4作目「La región salvaje」(16、『触手』)はどうだったでしょうか。ファンタジーと恐怖をミックスさせて社会的暴力を描いたものでした。寡作な監督ですが、幸いなことに日本語字幕入りで観ることのできる幸運な映画作家の一人です。Netflix で配信されている『ナルコス:メキシコ』(18~21、7話)も手掛けています。

(カンヌFF監督賞受賞の「Heli」ポスター)
*フィルモグラフィーは以下の通り(短編、オムニバスは除く):
2005年「Sangre」カンヌFF「ある視点」国際批評家連盟賞FIPRESCI 受賞
2008年「Los bastardos」カンヌFF「ある視点」ノミネート
2013年「Heli」カンヌFFコンペティション部門、監督賞受賞
2016年「La región salvaje」ベネチアFFコンペティション部門、監督賞受賞
2023年「Perdidos en la noche」カンヌFFカンヌ・プルミェール
*『よそ者』の作品紹介は、コチラ⇒2013年10月10日
*『エリ』の作品 & 監督キャリア紹介は、コチラ⇒2013年10月08日
★エミリアノを演じるフアン・ダニエル・ガルシア・トレビーニョは、2000年モンテレイ生れ。フェルナンド・フリアス・デ・ラ・パラの「Ya no estoy aqui」(19、『そして俺は、ここにいない』)に起用されたのが切っ掛けで俳優の道を歩くことになったミュージシャン。ルーマニアの監督テオドラ・アナ・ミハイの東京国際映画祭審査員特別賞を受賞した「La civil」(21、『市民』、公開タイトル『母の聖戦』)、アレハンドラ・マルケス・アベジャのモレリア映画祭作品賞を受賞した「El norte sobre el vacío」(22、『虚栄の果て』)、ケリー・モンドラゴンの「Wetiko」(22)、ソフィア・アウサの「Adolfo」(23)など立て続けにオファーを受けている。

(主役を演じた「Ya no estoy aqui」のポスター)
★当ブログ紹介記事は以下の通り:
*『そして俺は、ここにいない』の作品 & キャスト紹介は、コチラ⇒2021年02月07日
*『母の聖戦』の主な作品紹介は、コチラ⇒2021年10月25日
*『虚栄の果て』のモレリア映画祭の紹介記事は、コチラ⇒2022年11月10日
★次回はリサンドロ・アロンソの「Eureka」紹介の予定。
セクション・オフィシアル(コンペ部門)⑤*マラガ映画祭2023 ⑧ ― 2023年03月14日 15:43
17)Una vida no tan simple(仮題「それほど容易でない人生」)
データ:製作国スペイン、2022年、スペイン語、ドラマ、107分、撮影地・期間2021年末にビルバオ
監督紹介:フェリックス・ビスカレト、1975年パンプローナ生れ、監督、脚本家、製作者。2007年「Bajo las estrellas」で長編デビュー、マラガ映画祭金のビスナガ作品賞受賞作品、ビスカレトも銀のビスナガ監督賞、第1作脚本賞を受賞、ゴヤ賞2008では脚色賞を受賞した。2022年「No mires a los ojos」は、バジャドリード映画祭PIC賞とシネマ・ライターズ・サークル賞にノミネートされている。2020年バスク語のTVシリーズ「Patria」(8話)のうち4話を手がけている。ドキュメンタリー『サウラ家の人々』(17)などでキャリアを紹介しています。
*監督キャリア&フィルモグラフィーは、コチラ⇒2017年11月11日/2020年08月12日


(ビスカレト監督以下主演者たち、マラガ映画祭2023フォトコール)

(デビュー作「Bajo las estrellas」ポスター)
キャスト:ミキ・エスパルベ(イサイアス)、アレックス・ガルシア(同僚ニコ)、アナ・ポルボロサ(知人ソニア)、オラヤ・カルデラ(妻アイノア)、フリアン・ビジャグラン、ラモン・バレア
ストーリー:40歳のイサイアスは受賞歴のある有望な建築家でした。現在、彼は建築スタジオと子供たちが放課後遊ぶ公園の間を行ったり来たりの日々を過ごしています。どこにいても自分がいるべき場所にいないと感じています。彼の妻アイノアとの関係では月日の経過を感じ、幼い頃の子供たちが如何に大人を疲れさせるかを痛感しています。イサイアスはいつもへとへとの生活のなかで、別の子供の母親であるソニアと友情を深めますが、彼女は子供を育てて大人の生活に送り込むのは、それほど簡単でないことを彼に教えます。40代父親の危機が語られる。

(イサイアスとソニア)

(イサイアスとニコ)

18)Unicorns(Unicornios 仮題「ユニコーン」)
データ:製作国スペイン、2023年、ドラマ、93分、カタルーニャ語・スペイン語、字幕上映、長編映画デビュー作。脚本を監督と『スクールガールズ』のピラール・パロメロほかが共同執筆、同じく製作をバレリー・デルピエールが手がけている。
監督紹介:アレックス・ロラ・セルコス、1979年バルセロナ生れ、監督、脚本家、フィルム編集者、ニューヨークを拠点にしている。バルセロナのラモン・リュユ大学で映画製作、脚本、演出の学位を取得、2011年フルブライト奨学生として渡米、シティ・カレッジ・オブ・ニューヨークでメディアアート・プロダクションを修了、オスカー学生アカデミー賞の最終候補になった。数多くの映画祭に参加、特にニューヨーク・エミー賞を受賞、サンダンスFF公式出品2回、ガウディ賞の受賞歴がある。2014年バラエティのカンヌ・エディションで注目すべき有望な監督トップテンに選ばれ、ベルリナーレ・タレントキャンパス、カンヌ・ショート・フィルム・コーナーには3回参加している。受賞歴はトータルで76賞と驚異的な数字である。
*主なフィルモグラフィーは、2011年ドキュメンタリー短編「Odysseus’Gambit」は、サンダンス映画祭ノミネート、2013年の同「Godka Cirka」もサンダンスFF、その他マラガFFに出品され、ガウディ賞2014短編賞を受賞している。2015年長編ドキュメンタリー「Thy Father’s Chair」、2019年同「El cuarto reino」(The Fourth Kingdom)は、グアダラハラ映画祭2019イベロアメリカ部門受賞、ガウディ賞2020ドキュメンタリー賞受賞、フェロス賞にノミネートされた。


(ドキュメンタリー「El cuarto reino」のポスター)
キャスト:グレタ・フェルナンデス(イサ)、ノラ・ナバス、エレナ・マルティン、パブロ・モリネロ、ソニア・ニニャロサ、アレハンドロ・パウ、リディア・カサノバ、ホルヘ・カブレラ、アグスティン・スリバン、ほか
ストーリー:イサはすべてをもっている。それは知性であり、美しさであり、自信です。フェミニストでコミットすることを拒否するポリアモリーのイサは、情熱をもって自分の人生を守っている。ギレムが一夫一妻のカップルになることを提案したとき、自分の人生を変えたいかどうか確信がもてず決定できない。ギレムは二人の関係を壊すことにした。外見と快適さの世界に住んでいると、矛盾がはっきりし、宇宙はネットワークがなったウェブでの好き嫌いやモラルの判断が打撃を受け崩壊してしまう。

(イサ役のグレタ・フェルナンデス)

(ノラ・ナバス)

19)Upon Entry(La llegada 仮題「入場」)
データ:製作国スペイン、2022年、スペイン語、ドラマ、74分、英語、字幕上映、共に長編デビュー作。タリン・ブラックナイツ映画祭FIPRESCI賞受賞(2022年11月)、コルカタ映画祭ゴールデンロイヤル・ベンガルタイガー賞受賞(2022年)、サウス・バイ・サウスウエスト映画祭(2023年3月)、公開スペイン6月16日予定
監督紹介:アレハンドロ・ロハス、1976年ベネズエラのカラカス生れ、監督、脚本家、フィルム編集。映像ジャーナリストとして、カンヌ、ベネチア、ベルリン、トロント、サンダンスなど各映画祭で取材している。HBO、Netflix、などの仕事をしている。本作で監督デビューした。
フアン・セバスティアン・バスケス、1981年カラカス生れ、HBOのコピー製作者としてキャリアをスタートさせる。撮影監督としてカルレス・トラスの「Callback」を手がけ、本作はマラガFF2016の作品・脚本・男優賞(マルティン・バシガルポ)を受賞している。2020年には同監督の「El practicante」で再びタッグを組んだ。『パラメディック~闇の救急救命士』の邦題でネットフリックスが配信した。またシッチェスFF2020のニュービジョン部門の審査員を務めている。
*「Callback」の作品紹介は、コチラ⇒2016年05月03日

(アレハンドロ・ロハス)

(フアン・セバスティアン・バスケス)
キャスト:アルベルト・アンマン(ディエゴ)、ブルーナ・クシ(エレナ)、ベン・テンプル、ラウラ・ゴメス、ジェラルド・オムス(旅客)
ストーリー:ベネズエラの都市計画家であるディエゴとバルセロナ出身のコンテンポラリーダンサーのエレナは、プロとしてのキャリア向上、チャンスの地で家族を作ることにする。新生活を始めるにあたって米国の正式なビザを取り移住することにした。ところがニューヨーク空港の入国審査場に入ると、二人は二次検査室に連れていかれた。待ち受けていた2人の国境警備員が検査プロセスと心理的に激しい尋問をかけ、カップルが何か隠蔽しているものがあるのではないかと発見に務めます。

(ディエゴとエレナ)

(二人を尋問する国境警備員)

20)Zapatos rojos(Red Shoes 仮題「赤い靴」)
データ:製作国メキシコ=イタリア、2022年、スペイン語、ドラマ、83分、長編デビュー作、第79回ベネチア映画祭2022公式出品、モロッコ・マラケシュFF(2022)、インド・ゴアFF(2022)、米国サンタバーバラFF(2023)、ブルガリア・ソフィアFF(2023)、その他モレリアFF、サンディエゴFF出品
監督紹介:カルロス・アイチェルマン・カイザー、1980年サンルイス・ポトシ生れ、監督、製作者、脚本家。マドリードで映画監督と製作を学んだ。2006年から2010年までTVシリーズのプロデュースをする。2011年製作会社「Wabi Productions」設立、2016年トリシャ・ジフ監督の長編ドキュメンタリー「The Man Who Saw Too Much」を製作、アリエル賞を受賞した。2018年マイケル・ロウの文学ワークショップで「赤い靴」の脚本を執筆した。同年「Feral」の製作に参画し、ロスカボス映画祭2018で受賞、2021年EFICINEの援助をを受け、デビュー作を監督した。

キャスト:エウスタシオ・アスカシオ(アルテミオ)、ナタリア・ソリアン(ダミアナ)、ファニー・モリーナ(アレハンドラ)、ロサ・イリヌ・エレーラ(ルベン)
ストーリー:年配の農民アルテミオは、メキシコ山地の忘れられた村で暮らしている。首都から娘の訃報という衝撃的なニュースが届くまでは、彼の人生はゆっくりと順調に進んでいた。彼は贖罪を求めて町に出発する決心をしますが、残忍で未知の世界に踏み出したことに気づきます。



メキシコ映画『ざわめき』鑑賞記*ネットフリックス配信 ― 2023年01月28日 16:25
「暴力の恐怖や痛みに直面しても、私たちは独りではない」

★第70回サンセバスチャン映画祭SSIFF 2022ホライズンズ・ラティノ部門でワールドプレミアされた、ナタリア・ベリスタインの「Ruido」が、邦題『ざわめき』としてネットフリックスで配信が開始されました。万人受けする映画ではなく重たい内容ですが、毎日平均11人の女性が女性であるという理由だけで殺害される国メキシコの事実に基づいた今日が語られています。当ブログでは同じテーマの作品を少なからず紹介しておりますが、それは女性に限らず「誰にでも起りえること」だからです。
★ドラマと劇的描写で賭けをする映画、エレガントで詩的な作品ではありません。しかしこの映画を観ることで、海の向こうで社会的暴力と闘うメキシコの女性グループとの連帯を表明したい。また難しくてタフな映画でありますが、演技は常にこの作品の核心であり、現実的で残酷なキャラクターを定義するフリエタ・エグロラの素晴らしい演技のお蔭で成功しています。アリエル賞2022作品賞を受賞したタティアナ・ウエソの「Noche de Fuego」も類似作品です。
*ナタリア・ベリスタイン監督のキャリア&作品紹介は、コチラ⇒2022年08月18日
*タティアナ・ウエソの「Noche de Fuego」作品紹介は、コチラ⇒2021年08月19日

(フリエタ・エグロラ、ベリスタイン監督、共演のテレサ・ルイス、SSIFF 2022 フォトコール)
★ナタリア・ベリスタイン・エグロラ監督紹介:1981年メキシコシティ生れ、監督、脚本家、キャスティングディレクター、製作者。父親は俳優のアルトゥーロ・ベリスタイン、母親は女優のフリエタ・エグロラ・ベリスタイン、俳優で作曲家のペドロ・デ・タビラ・エグロラは義兄、3人とも本作に出演している。メキシコの映画養成センターCCC(1975設立)卒業、2009年制作会社「Chamaca Films」を設立した。2006年、CCC製作の「Peces plátano」(18分)で短編デビュー、モレリア映画祭でメキシコ短編賞を受賞している。
★長編デビュー作「No quiero dormir sola」(83分)は、ベネチア映画祭2012「批評家週間」に正式出品、同年モレリア映画祭でメキシコ作品賞、主演のアドリアナ・ロエルがアリエル女優賞を受賞、2013年のロッテルダム映画祭でイエロー・ロビンを受賞している。父アルトゥーロ・ベリスタインが出演、ペドロ・デ・タビラが音楽監督を務めている。
★2017年、長編第2作「Los adioses / The Eternal Feminine」は、メキシコ20世紀で最も重要な作家の一人、詩人でジャーナリストのロサリオ・カステリャノス(1925~74)のオートフィクション。外交官でもあったカステリャノスは、1971年イスラエル大使として赴任していたテルアビブで49歳の若さで客死している。現代はカステリャノスの詩編から採られた。モレリア映画祭2017でプレミアされ、観客・女優(カリナ・ギディ)・フューチャー・フィルム賞を受賞、第12回ローマ映画祭2017に正式出品、マラガ映画祭2018イベロアメリカ部門ノミネート、アリエル賞2018では、ヒロインを演じたカリナ・ギディが女優賞を受賞、ほか監督・美術・撮影・男優賞などがノミネートされた。ドゥランゴ・ニュー・メキシコ映画祭でも観客賞を受賞。第3作目が『ざわめき』(「Ruido」)になる。

(主演者4人を配した「Los adioses / The Eternal Feminine」のポスター)
★他に短編、ドキュメンタリー、TVシリーズを手掛けている。うち1994年ティフアナ市、メキシコ大統領候補ルイス・ドナルド・コロシオが演説後に銃撃された前代未聞の暗殺事件を描いた『犯罪アンソロジー:大統領候補の暗殺』(19、Netflix 配信)4話を手掛けている。

(ナタリア・ベリスタイン、モレリアFF2022にて)
『ざわめき』(原題「Ruido」英題IMDb「Noise」)メキシコ=アルゼンチン
製作:Woo Films / Agencia Bengala / Chamaca Films / Pasto / Pucara Cine 協賛INCAA
監督:ナタリア・ベリスタイン
脚本:ナタリア・ベリスタイン、ディエゴ・エンリケ・オソルノ、アロ・バレンスエラ
音楽:パブロ・チェモル
撮影:ダリエラ・ラドロー
編集:ミゲル・シュアードフィンガー
キャスティング:ベルナルド・ベラスコ
美術:アリエル・マルゴリス
セット・デコレーション:アレハンドラ・ドゥリソッティ
衣装デザイン:アナイ・ラモス
プロダクション・デザイン:ルイサ・グアラ
音響:チェマ・ラモス・ロア、ギド・ベレンブェム ASA
製作者:カルラ・モレノ・バディリョ、マリア・ホセ・コルドバ、ガブリエラ・マルドナド、ナタリア・ベリスタイン、ラファエル・レイ、(共同)バルバラ・フランシスコ、フェデリコ・Eibuszyo
データ:製作国アルゼンチン=メキシコ、スペイン語、2022年、ドラマ、105分、配給Netflix、公開アルゼンチン2022年10月18日、メキシコ限定2023年1月5日、Netflix配信2023年1月11日
映画祭・受賞歴:第70回サンセバスチャン映画祭2022ホライズンズ・ラティノ部門正式出品、スペイン協同賞受賞(ナタリア・ベリスタイン)、シカゴ映画祭2022ゴールド・ヒューゴ賞ノミネート、第20回モレリア映画祭2022コンペティション部門出品
キャスト:フリエタ・エグロラ(フリア・ベラスケス・ノリエガ)、テレサ・ルイス(ジャーナリストのアブリル・エスコベド)、ケニア・クエバス(アメリカ)、ヒメナ・ゴンサレス(リズ)、アドリアン・バスケス(検察官サムディオ・ロドリゲス)、マリアナ・ヒメネス(署長)、ニコラサ・オルティス・モナステリオ(愛称ヘル、ヘルトルディス・ブラボー・ベラスケス)、アルトゥーロ・ベリスタイン(ヘルの父親アルトゥーロ・ブラボー)、ペドロ・デ・タビラ(フリアの息子ペドロ)、エリック・イスラエル・コンスエロ(検事アシスタント)、モニカ・デル・カルメン(キャス、拉致専門弁護士カサンドラ)、ガブリエラ・ヌニェス(失踪したミッツィーの母アドリアナ)、アルフォンソ・エスコベド(ホテルの男性)、プリセラ・イスキエルド(抗議者ボイス)、マウリシオ・カルデロン・モラ(秘書カサンドラ)、ソフィア・コレア(エミリア)、ブレンダ・ジャニェス(母親を探しているパオラ)、マリアナ・ビジェガス(オクパの代表者)、セイラ・トーレス・シエラ、ほか支援グループ、警察官、予備隊員など多数
ストーリー:フリアは9ヵ月前、突然行方不明になった娘ヘルを探し続けている母親である。より正確には、この国では珍しくもない、暴力によって人生をずたずたに引き裂かれた多くの母親たち、姉妹たち、娘たち、女友達の一人と言ったほうがいい。ジャーナリストのアブリル・エスコベドの助けを借りて、娘を見つけるための独自の道を歩み始める。フリアの恐怖の旅は私たちを秘密墓地の地下に案内するが、女性たちの団結に勇気づけられ、暴力の恐怖と痛みに直面しても、自分独りの闘いでないことを実感するだろう。

(娘ヘルを探し続けるフリアと協力者のアブリル・エスコベド、フレームから)
事実から構想された『ざわめき』は政治的問題についての物語
A: 本作はフリアの顔のクローズアップで始まる。そこへ製作国、制作会社とスタッフ、主なキャストの名前が被さってくる。舞台背景はメキシコの現代だが、1970年代後半の軍事独裁時代には約30,000人の行方不明者を出したアルゼンチンとの合作であることを視聴者に印象づけている。
B: 出演者はメキシコ人、スタッフもメキシコ側ですから、アルゼンチンは資金的な連帯でしょうか。アルゼンチンの行方不明者もまだ未解決、人権問題に終りはないと実感します。
A: 娘の突然の失踪によって心が砕けた女性の物語ですが、社会的暴力についての、政治的問題についての、基本的人権についての物語です。監督によると「フィクションですが、すべて事実です」と語っています。メキシコの行方不明者の問題は、1990年代後半から麻薬カルテルの勢力拡大が激しくなった2006年ごろ顕著になってきますが、約10万人と言われています。
B: エンディングでも9万人とありましたから尋常ではない数字です。しかし届けない人もいるので氷山の一角という指摘もあります。実際の行方不明者20数人の実名を写真入りでエンディングでクレジットしている。
A: 女性だけでなく男性も多いというのが分かります。本作の成功は主人公フリアを演じた監督の実母でもあるフリエタ・エグロラの圧倒的な演技によるものです。ドラマと劇的描写で賭けをする映画、フリエタ・エグロラがこの賭けに乗りだした。彼女は人権問題に敏感で長年支援グループとも関係をもち、そのことが娘である監督に影響を与えていた。監督によると本作の構想は当時のカルデロン大統領が麻薬カルテル戦争に軍隊を動員した2006年ということです。

(検察で捜索状況を聞くアルトゥーロとフリア、フレームから)
B: ヘルの父親アルトゥーロになったアルトゥーロ・ベリスタインは監督の実父、劇中でも夫婦役を演じているが、フリアのフルネームから察して別居ではなく離婚している設定になっている。しかしニコラサ・オルティス・モナステリオ扮するヘルの父親であることに変わりない。目覚めると体に激痛が走るとフリアに訴え、ヘルの遺体が見つかって捜索が終了することを願っている。

(失踪9ヵ月めに支援グループの会合で娘の失踪した経緯を話すフリア)
A: フリアの息子ペドロに扮したミュージシャンでもあるペドロ・デ・タビラは、ペドロ・デ・タビラ・エグロラの別称も使用しているように、母親はフリエタ・エグロラだが父親は舞台演出家のルイス・デ・タビラ、監督とは異父兄妹になる。監督の長編デビュー作「No quiero dormir sola」には音楽監督として参加、第2作目の「Los adiosos」では主人公ロサリオ・カステリャノスが結婚した哲学教授リカルド・ゲーラ・テハダの若い頃を演じた。
B: ローマ映画祭では監督をエスコートしてレッドカーペットを歩いた。特に3作目となる『ざわめき』では、監督一家が一丸となって勝負に出ている印象です。

(ペドロ・デ・タビラ、監督、カステリャノス役のカリナ・ギディ、ローマFF2017)
A: フリエタ・エグロラは演劇大学センター出身の女優で、TVシリーズを含めると出演本数は70本と多いが、どちらかというと舞台に軸足を置いている。アルトゥーロ・リプスタインの犯罪スリラー『深紅の愛』(96)に出演、アリエル助演女優賞を受賞、マリア・デル・カルメン・ララのコメディ「En el páis de no pasa nada」(00)でグアダラハラ映画祭の女優賞を受賞している。他に1995年から始まった芸術貢献賞であるMedalla Bellas Aetes(芸術勲章)を2018年に授与されている。


(息子ペドロと娘ナタリアに囲まれてMedalla Bellas Aetesを手にしたエグロラ)
女性シネアストが協力して製作、負の連鎖が断ち切れないメキシコの現実
B: 『ざわめき』でキャスと呼ばれていた拉致専門弁護士を演じたモニカ・デル・カルメンは、アリエル賞2022女優賞は受賞している実力派。一ヵ所に止まっていると危険なので常に移動していると語らせていた。弁護するのも命がけがメキシコの現実です。
A: 人権弁護士殺害も大袈裟でなく事実、本作はフィクションですが事実がベースになっている。もう少し出番があるかと思いましたが存在感のある女優です。受賞作はアロンソ・ルイスパラシオスの「Una película de policías」で監督自身も監督賞を受賞した。以下でデル・カルメンのキャリア&フィルモグラフィーを紹介しています。
*A・ルイスパラシオスの「Una película de policías」の作品紹介は、コチラ⇒2021年08月28日

(アリエル賞2022女優賞受賞のモニカ・デル・カルメン)
B: テレサ・ルイスが演じたジャーナリスト、アブリル・エスコベドが、突然バスに乗り込んできた〈彼ら〉に拉致される。同乗していたフリアは恐怖で声も出ない。関わりたくない運転手も乗客も沈黙する。〈連中〉は自分たちの周りをブンブン飛び回るうるさい蠅を早々に取り除きたい。
A: 批判記事を書く記者は早い段階で芽を摘みとる必要があり、アブリルのような無防備な若いジャーナリストが狙われる。結局彼女も「ミイラ取りがミイラにな」り、行方不明者としてファイル化されてしまう。独自の捜索を始めたフリアも夜道で不信な車に付け狙われ脅されるシーンがあった。アブリルの正義感は報われないが、そもそも連中と一般市民の思考回路には接点がない。
B: テレサ・ルイスはネットフリックスのオリジナル・シリーズ『ナルコス:メキシコ編』(18~20、13話)でカルテルの女王と言われたイザベラ・バウティスタを演じており、本作では一番知名度があるのではないでしょうか。
A: 1988年オアハカ生れ、ロスアンゼルス育ちの女優で製作者、メキシコと米国の国籍をもっていて、両国で活躍している。アクターズ・スタジオのメソッド演技を学んでいる本格派です。まだ34歳と若いが受賞歴や公開作品も多いので別途紹介したい。

(支援グループの会合で家族の証言に聞き入るアブリル・エスコベド)
B: アブリルと対極にあるのが、ガセネタをちらつかせ賄賂を臆せず要求するマリアナ・ヒメネス扮する地方の警察署長、女性というキャスティングが意外でした。すべて事実ということですから時代の流れを感じさせます。
A: 女に指示されるのが嫌いな土地柄なのに逞しいの一言です。被害者だけでなく国民全体が政府と警察を信用しないのは、腐敗が国全体に蔓延しているからです。無能で無関心なのは、資金不足が人材不足に拍車をかけている。暴力はお金が大好きなのです。賄賂を払えない被害者は泣き寝入りするか、支援グループに入って先鋭化するしかない。仮にフリアのように払える人もどぶにお金を捨てることになる。
B: エンディングで捜索支援グループの名前がクレジットされていましたが、劇中で「9年間で4人の子供」が揃って行方不明になった母親のグループは〈ブスカドーラスGrupo Buscadoras〉というグループ、捜索者という意味です。
A: 180団体以上結成されているという記事も目にしましたから、大変な数です。フリアに「連中は調理してドラム缶で焼却する」と語っていた。調理するとは遺体をばらばらに切り刻むことです。殺害され、切り刻まれ、焼却され、投棄される。投棄されたとおぼしい野原から衣服の切れ端や黒焦げの残骸が発見される。
B: 最後のデモ行進のシーンで、暗紫色の洋服を着ていた若い女性たちのグループは〈モラドーレスMoradores〉という団体、デモは違法ではないから警官はメディアがいるあいだは手出しをしないが、引き揚げるのを待って警棒を振り上げる。
A: アポジャ・オクパ Apoyo Okupa というフェミニスト・グループも参画している。女性の権利を否定して何万人もの行方不明者を出しているにもかかわらず国家が対策を取らないことに抗議している。ラストのデモ・シーンでバルコニーから演説していた女性が代表者、マリアナ・ビジェガスが扮していた。
B: デモはメキシコでは驚くほど一般的だということです。体系的な汚職、道徳的腐敗、無力者の苦悩が語られますが、本作では孤立して悲しむだけではなく、コミュニティ内で団結して何かをする必要性も語られているわけです。それがラストシーンに繋がります。
A: 本作には出番こそ少ないがトランスジェンダーの人権活動家ケニア・クエバス(1973)も友情出演している。マッチョが支配する世界では、クエバスのような LGBTQ は抹殺対象になる。
B: 実際にクエバスのパートナーは2016年に殺害されており、メキシコはトランスの死亡率が世界で2番目に高い国ということです。

(トロフィーを手にしたケニア・クエバス、2021年11月)
A: クエバスは、トランスジェンダーの犠牲者を保護するテイレシアスの家、La Civil Casa de las muñecas Tiresias(2019設立)の代表者、麻薬密売という虚偽の密告で10年以上も収監されていた活動家です。2021年に人権擁護者としてのキャリアが評価され文化鍛造財団からForjadores de México賞を貰っています。また詩人のヒメナ・ゴンサレス(2000)が、支援グループの一人リズ役で出演していました。フリアは彼女たちが走り回って正義を叫び、広場に抗議アートを描いているのを見て或る決心をするわけです。

(ヒメナ・ゴンサレス)
魅惑的なラストシーン、フリアの幻想
B: アドリアン・バスケス(1980)扮するフリアの3人目となる担当検事サムディオ・ロドリゲスは、まだ良心的なほうですね。個人では埒のあかない法の壁に苦悩している。
A: ベラクルサナ大学卒、演出、演技、ドラマトゥルギーを学ぶ。1998年デビュー、TVシリーズ出演が多いが、代表作はホセ・マリア・ヤズピックの話題作「Polvo」(19)でアリエル賞2020助演男優賞にノミネートされた。アベ・ローゼンバーグのアクション・コメディ「Placa de Acero」(19)では、警察官に扮した。
B: 担当検事が9ヵ月で3人めというのも珍しくないのでしょうか。とにかくヘル誘拐の実行犯までたどり着いた。犯人が分かっても逮捕はできないのが現実、ヘルの行方は依然として不明のままです。
A: 誘拐した理由の陳腐さにフリアも唖然としていた。大統領が右にしろ左にしろ、口約束だけで実行した例がない。希望はないのか。
B: 本作は一貫してリアリズムで進行するが、フリアは痛みに麻痺するのか幻想の世界に入る。娘が消えた場所のようだが、一人ぽつんと平原に立っている。
A: 一貫したリズミカルな雰囲気を作り出すために、長い沈黙とスローショットのゆっくりしたリズムを守り、視覚的にはハッとする瞬間です。4~5回繰り返されますが、最後のシーンの受け取り方は視聴者それぞれに委ねられますが、評価も分かれると思います。

(連帯して闘うフリア)

(幻想の世界に入り込むフリア)
★テレサ・ルイス紹介:1988年オアハカ生れ、メキシコ系アメリカ人の女優、製作者。ロバート・ローレンツの『マークスマン』(21、米)でリーアム・ニーソンと共演している。他にロザリンド・ロスの『ファーザー・スチュー/闘い続けた男』(22、米)に主演、TVシリーズ『Mo/モー』(22、米Netflix配信8話)にも出演している。本邦でも公開されたグレゴリー・ナヴァの『ボーダータウン 報道されない殺人者』(07)にマキラドーラの工場で働く労働者役で出演している。メキシコ映画ではヘラルド・トルトの「Viaja redondo」でアメリカとの国境地帯に暮らす貧困家庭の女性を好演し、カルタヘナ映画祭2009とグアダラハラ映画祭の女優賞を受賞、翌年アリエル女優賞にノミネートされた。ガエル・ガルシア・ベルナルが創作者の一人であるTVシリーズ犯罪スリラー「Aqui en la Tierra」(18~20、9話)に脇役出演、マノロ・カロの『ハウス・オブ・フラワーズ』(18~20、Netflix配信5話)にも出演している。

*最近の類似作品*
*フェルナンダ・バラデスの『息子の面影』作品紹介は、コチラ⇒2020年11月26日
*アイ・ウェイウェイの『ビボス~奪われた未来~』の作品紹介は、コチラ⇒2020年12月21日
*テオドラ・アナ・ミハイの『市民』の作品紹介は、コチラ⇒2021年10月25日
第20回モレリア映画祭2022*映画祭沿革と受賞結果 ― 2022年11月10日 16:05
アレハンドラ・マルケスの「El norte sobre el vacío」が作品賞

★今年二十歳の誕生日を迎えることができたモレリア国際映画祭2022は、無事10月29日に終幕しました。アレハンドラ・マルケス・アベジャの「El norte sobre el vacío」が作品賞、脚本賞、男優賞(ヘラルド・トレホルナ)の大賞3冠を受賞しました。監督賞は「Manto de gemas」のナタリア・ロペス・ガジャルド、女優賞は「Dos estaciones」のテレサ・サンチェス、観客賞はミシェル・ガルサ・セルベラのホラー「Huesera」、ドキュメンタリー賞はマーラ&エウヘニオ・ポルゴフスキーの「Malintzin 17」などでした。作品賞を受賞した「El norte sobre el vacío」は、『虚栄の果て』の邦題でプライムビデオで配信が始まっています(10月28日)。主な受賞結果は以下の通りです。審査委員長はポーランドのパヴェウ・パヴリコフスキ、『イーダ』(13)でアカデミー外国語映画賞を受賞したオスカー監督です。

(受賞を手にした女性シネアストたち、左からテレサ・サンチェス、
アレハンドラ・マルケス・アベジャ、ナタリア・ロペス・ガジャルド)
*第20回モレリア映画祭2022受賞結果*
作品賞:「El norte sobre el vacío」 アレハンドラ・マルケス・アベジャ
監督賞:ナタリア・ロペス・ガジャルド「Manto de gemas」
脚本賞:ガブリエル・ヌンシオ、アレハンドラ・マルケス・アベジャ
「El norte sobre el vacío」
男優賞:ヘラルド・トレホルナ「El norte sobre el vacío」
女優賞:テレサ・サンチェス「Dos estaciones」 監督フアン・パブロ・ゴンサレス
ドキュメンタリー賞:「Malintzin 17」 マーラ&エウヘニオ・ポルゴフスキ
観客賞-メキシコ長編部門:「Huesera」 監督ミシェル・ガルサ・セルベラ
観客賞-インターナショナル部門:「Close」(ベルギー) 監督ルーカス・ドン
観客賞-長編ドキュメンタリー部門:「Ahora que estamos juntas」
監督パトリシア・バルデラス・カストロ
女性監督ドキュメンタリー賞:「Ahora que estamos juntas」 同上
他に短編映画・ドキュメンタリー・アニメーションなど
★世界三大映画祭の流れに沿ってか女性監督の活躍が目立ったモレリアでした。作品賞の「El norte sobre el vacío」は、上述したように既にNetflixで『虚栄の果て』の邦題で配信中、アレハンドラ・マルケス・アベジャ監督は「私がこれまで作った映画のなかで、あらゆる面でもっとも自由な映画でした。自らに自由を与えたのです」と語った。監督については長編第2作「Las niñas bien」がマラガ映画祭2019で金のビスナガ賞(イベロアメリカ部門)を受賞した折りにキャリア&フィルモグラフィーをご紹介しています。本作もモレリアFF正式出品され、本邦では2020年7月に『グッド・ワイフ』の邦題で公開された。後日新作紹介を予定していますが、男優賞を受賞したヘラルド・トレホルナより、女性の名ハンター役を演じたパロマ・ペトラの生き方が光った印象でした。二人とも欠席でしたが、トレホルナはビデオメッセージで「多様性がスクリーンに持ち込まれた映画が勝利した」と監督を讃えていた。
*「Las niñas bien」(『グッド・ワイフ』)紹介記事は、コチラ⇒2019年04月14日

(受賞スピーチをするアレハンドラ・マルケス・アベリャ監督)

(新作「El norte sobre el vacío」のポスター)
★デビュー作が監督賞を受賞したナタリア・ロペス・ガジャルドは、1980年ボリビアのラパス生れだが、2000年前後にメキシコに渡っている。フィルム編集者として夫カルロス・レイガダス(『静かな光』『闇のあとの光』)、アマ・エスカランテ(『エリ』)、アロンソ・リサンドロ(『約束の地』)、ダニエル・カストロ・ジンブロン(「The Darkness」)他を手掛けている。レイガダスの『われらの時代』では夫婦揃って劇中でも岐路に立つ夫婦役に挑戦した。不穏な犯罪ミステリー「Manto de gemas」は、ベルリン映画祭2022で金熊賞を競い、異論もあったようだが審査員賞(銀熊賞)を受賞していた。
*監督キャリアと『われらの時代』紹介記事は、コチラ⇒2018年09月02日

(ナタリア・ロペス・ガジャルド監督)

★女優賞受賞のテレサ・サンチェスはフアン・パブロ・ゴンサレスの「Dos estaciones」で、男性たちが君臨するテキーラ工場経営を女性経営者として立ち向かう役を演じた。キャリア&作品紹介は、サンセバスチャン映画祭2022ホライズンズ・ラティノ部門で上映された折りにアップしております。
*テレサ・サンチェス紹介記事は、コチラ⇒2022年08月22日

(テレサ・サンチェス)

★女性へのハラスメントをテーマにしたデビュー作「Ahora que estamos juntas」(「Now that we are together」)で観客賞-長編ドキュメンタリー部門、女性監督ドキュメンタリー賞の2冠達成のパトリシア・バルデラス・カストロ監督、若い女性シネアストの台頭を印象づけた。一人で監督、脚本、撮影、編集、製作を手掛けたというクレジットに驚きを隠せません。

(パトリシア・バルデラス・カストロ)

★フィクション部門の観客賞も超自然的な体験をし始める妊婦のタブーを描いたホラー「Huesera」のミシェル・ガルサ・セルベラとこちらも女性監督が受賞した。監督はモレリアFFのほか、シッチェス、トライベッカ、各映画祭で新人監督賞や作品賞を受賞している。インターナショナル部門の観客賞には、3年ぶりに5月開催となったカンヌFF2022でグランプリを受賞したルーカス・ドンの「Close」が受賞した。

(主役のナタリア・ソリアンとミシェル・ガルサ・セルベラ監督)

★映画祭に姿を見せたのはオープニング作品に選ばれた『バルド』のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ストップモーション・アニメーションで描くピノッキオ「Pinocho」*のギレルモ・デル・トロ、海外勢の招待客には、メキシコ映画出演もあるスペインのマリベル・ベルドゥ、2回目のパルム・ドールを受賞したリューベン・オストルンド、「Fuego」でタッグを組んだクレール・ドゥニ監督とジュリエット・ビノシュが参加するなどした。ビノシュはサンセバスチャン映画祭のドノスティア栄誉賞を受賞したばかりでした。
*『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』の宣伝文句は「誰も見たことがないピノッキオ」の由、今年のクリスマスはもう決りです。11月25日公開、12月9日からNetflixで配信予定。
カンヌやベネチアをめざしていません――モレリア映画祭の沿革
★確かなテーマをもたずに唯メキシコ映画を広める目的で始まったモレリア映画祭 FICM が「当初このように長く続くとは思えなかった」と、創設者の一人建築家のクアウテモック・カルデナス・バテルは語っている。現在では大方の予測を裏切って、20年も続くメキシコを代表する国際映画祭となっている(国際映画製作者連盟に授与されるカテゴリーAクラスの映画祭)。どうしてメキシコシティではなくミチョアカン州のモレリア市だったのか、それは偶然かどうか分かりませんが、米国外でもっとも重要な映画館チェーンであるシネポリスの本社があったからでした。そして誕生に立ち合ったのは、女優サルマ・ハエックとフリア・オーモンド、製作者ヴェルナー・ヘルツォークとバーベット・シュローダー、作家のフェルナンド・バレホなどでした。
★当時の政党PANのフォックス大統領は映画学校や撮影スタジオの廃校廃止を画策しており、メキシコ映画界は危機的状況にあった。しかしアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『アモーレス・ぺロス』(00)、アルフォンソ・キュアロン(クアロン)の『天国の入口、終りの楽園』(01)、カルロス・カレラの『アマロ神父の犯罪』(02)などがカンヌやオスカー賞など国際舞台で脚光を浴びるようになっていた。そんななかで、2003年第1回モレリア映画祭が開催され、ウーゴ・ロドリゲスの「Nicotina」が作品賞を受賞した。本作は第1回ラテンビート映画祭(ヒスパニックビート2004)のメキシカン・ニューウェーブ枠で『ニコチン』の邦題で上映された。人気上昇中のディエゴ・ルナが主演していた。
★設立者は、メキシコ短編映画会議をコーディネートした映画評論家のダニエラ・ミシェル、シネポリスの現ディレクターのアレハンドロ・ラミレス、上述の建築家クアウテモック・カルデナス・バテルなど。最初のコンペティション部門は短編映画だけだったそうで、その後ドキュメンタリーや長編を参加させていった。今では灰のなから蘇えった不死鳥のように、メキシコでもっとも前衛的な作品が観られる映画祭に育った。
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ新作*サンセバスチャン映画祭2022 ⑬ ― 2022年09月08日 15:02
イニャリトゥの新作「Bardo」はノスタルジック・コメディ?

★ペルラス部門最後のご紹介は、メキシコのアレハンドロ・G・イニャリトゥの「Bardo, Falsa crónica de una cuantas verdades」、監督の分身とおぼしきジャーナリストでドキュメンタリー映画作家のシルベリオ・ガボにダニエル・ヒメネス=カチョが扮します。しかしコメディで観客の忍耐力をテストするような174分の長尺なんてあり得ますか? 脚本は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(14)の共同執筆者ニコラス・ジャコボーネ、監督と一緒に翌年のアカデミー賞ほか国際映画祭の授賞式行脚をいたしました。サンティアゴ・ミトレの「Argentina, 1985」同様、第79回ベネチア映画祭コンペティション部門で既にワールド・プレミアされています(9月1日)。さて、評判はどうだったのでしょうか。

(グリセルダ・シチリアーニ、イケル・サンチェス・ソラノ、A. G. イニャリトゥ監督、
ダニエル・ヒメネス=カチョ、ヒメナ・ラマドリッド、ベネチア映画祭2022、9月1日)
「Bardo, Falsa crónica de una cuantas verdades / Bardo, False Chronicle of a Handful of Truths」メキシコ
製作:Estudios Churubusco Azteca SA / Redrum
監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
脚本:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ニコラス・ジャコボーネ(ジャコボーン)
音楽:ブライス・デスナー
撮影:ダリウス・コンジ
編集:モニカ・サラサール
キャスティング:ルイス・ロサーレス
プロダクション・デザイン:エウヘニオ・カバジェロ
衣装:アンナ・テラサス
メイク&ヘアー:タリア・エチェベステ(メイク)、クラウディア・ファンファン(ヘアー)他
製作者:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、ステイシー・ペルキー(ペルスキー)、(エグゼクティブ)カルラ・ルナ・カントゥ、(ラインプロデューサー)ヒルダルド・マルティネス、ミシェル・ランヘル、他
データ:製作国メキシコ、2022年、スペイン語、コメディ・ドラマ、174分、撮影地メキシコシティ、配給 Netflix、2022年11月4日アメリカ限定公開、12月16日Netflixにて配信開始
映画祭・受賞歴:第79回ベネチア映画祭2022コンペティション部門正式出品(9月1日上映)、第70回サンセバスチャン映画祭2022ペルラス部門正式出品
キャスト:ダニエル・ヒメネス=カチョ(シルベリオ・ガボ)、グリセルダ・シチリアーニ(ルシア)、ヒメナ・ラマドリッド(カミラ)、イケル・サンチェス・ソラノ、アンドレス・アルメイダ(マルティン)、マル・カルラ(ルセロ)、他多数
ストーリー:シルベリオは国際的に権威のある賞の受賞者であるが、ロスアンゼルス在住のメキシコ人ジャーナリストでドキュメンタリー作家として知られている。彼は生れ故郷に戻るべきと思っているが、このような旅は、おそらく実存の限界をもたらすだろう。彼が実際に直面している不条理な記憶や怖れ、漠然とした感じの混乱と驚嘆が彼の日常生活を満たしている。激しいエモーション、度々襲ってくる大笑い、シルベリオは普遍的な謎と闘うだろうが、他にもアイデンティティ、成功、死すべき運命、メキシコ史、家族の絆、分けても妻や子どもたちとの親密な結びつきについても乗りこえるだろう。結局、現代という特殊な時代においては、人間という存在は本当に忍耐で立ち向かうしかないのだろう。彼は危機を乗りこえられるだろうか。ヨーロッパとアメリカの入植者によって侵略され、搾取され、虐待されてきたメキシコ、その計り知れない損失は返してもらっていない。

(ダニエル・ヒメネス=カチョ)

(ヒメネス=カチョとヒメナ・ラマドリッド、フレームから)
★どうやらシルベリオ・ガボは監督の分身で間違いなさそうですが、いささか胡散臭いでしょうか。プレス会見では「ピオピックを撮るのが目的ではありませんが、自身について多くのことを明かしています」と語っていました。各紙誌の評判が芳しくないのは長尺もさることながら、主人公のナルシシストぶりがハナにつき、テーマの詰め込み過ぎも視聴者を迷子にしているのではないかと推測します。監督は「前作以来7年間も撮っていなかった、プランが思い浮かばなかった」とも応えている。前作とは『レヴェナント 蘇えりし者』(16)のことで、アカデミー監督賞を受賞、主役のディカプリオも念願の主演男優賞をやっと手にした。前年の『バードマン』で作品・監督・脚本の3冠に輝いたばかりで、連続監督賞は長いハリウッド史でも珍しい快挙だった。カンヌ映画祭アウト・オブ・コンペティションでプレミアされた「Carne y Arena」(17)は、7分間の短編、他はドキュメンタリーをプロデュースしていただけでした。

(レッド・カーペットに現れた、夫人マリア・エラディア・ハガーマンと監督)
★ダニエル・ヒメネス=カチョによると監督からは、「何も準備するな!」というお達しがあって撮影に臨んだそうです。こういう映画の場合、先入観をもたずに役作りをするのは結構きついかもしれない。11月の公開後、12月16日から Netflix で配信が決定しています。アメリカ、スカンジナビア諸国を含めたヨーロッパ、オーストラリア、アルゼンチン、ブラジル他、アジアでは日本と韓国が入っています。後は観てからにいたします。

(ダニエル・ヒメネス=カチョとA. G. イニャリトゥ監督)
*『バードマン』の記事は、コチラ⇒2015年03月06日
*『レヴェナント』の記事は、コチラ⇒2016年03月02日
*「Carne y Arena」の記事は、コチラ⇒2017年04月16日
*追加情報:第35回東京国際映画祭2022に『バルド、偽りの記録と一握りの真実』の邦題でガラ・コレクション部門で上映されることになりました。
ホライズンズ・ラティノ部門②*サンセバスチャン映画祭2022 ⑧ ― 2022年08月22日 13:43
*ホライズンズ・ラティノ部門 ②*
5)「Un varón」コロンビア
WIP Latam 2021作品
データ:製作国コロンビア=フランス=オランダ=ドイツ、2022年、スペイン語、ドラマ、81分、製作Medio de Contención Producciones コロンビア/ Black Forest Filmsドイツ / Fortuna Filmsオランダ / In Vivo Films フランス/ RTVC Play 他、脚本ファビアン・エルナンデス、撮影ソフィア・オッジョーニ、音響イサベル・トレス他、音楽マイク&ファビアン・クルツァー、編集エステバン・ムニョス、プロダクション・デザイン、フアン・ダビ・ベルナル、製作者マヌエル・ルイス・モンテアレグレ、クレア・シャルル=ジェルヴェ、他。撮影地ボゴタ。カンヌ映画祭2022「監督週間」(英題「A Male」)でプレミア、グアダラハラ映画祭インターナショナル部門出品、
監督:ファビアン・エルナンデス(ボゴタ1985)監督、脚本家、公立学校で映画の教鞭をとる。本作は長編デビュー作。2015年、制作会社Niquel Films 設立、自身の短編「Mala maña」(15)、「Tras la montña」(16)、「Golpe y censura」(18)、「Las ánimas」(20)を撮る。監督「わたしの作品は、コロンビアの他の映画とはアプローチの仕方が異なり、より深いです。人々や地域を尊重しています」と語っている。

(カンヌで使用された英題「A Male」のポスター)
キャスト:ディラン・フェリペ・ラミレス(カルロス)
ストーリー:カルロスはボゴタの中心街にある青少年の保護施設に住んでいる。クリスマスには家族と一緒に過ごしたいと切望している。休暇に向けて施設を出ると、カルロスは最強のアルファ・マッチョの法則が支配するバリオの暴力に向き合うことになります。また彼は、自分がそういう人物になれることを証明しなければなりません。彼の内面はこれらの男らしさと矛盾していますが、ここで生き延びるためには決心しなければなりません。カルロスの心はこの狭間でぶつかり合っています。自分の感受性、脆弱性を認め、本当の男らしさとは何かを求めている。



(路上で銃の取り扱い方を伝授されるカルロス、フレームから)
6)「Dos estaciones」メキシコ
Foro de Coproducción Europa-América Laten 2019 WIP Latam 2021作品
データ:製作国メキシコ=フランス=アメリカ、2022年、スペイン語、ドラマ、99分、脚本フアン・パブロ・ゴンサレス、アナ・イサベル・フェルナンデス、イラナ・コールマン、音楽カルミナ・エスコバル、撮影ヘラルド・ゲーラ、編集フアン・パブロ・ゴンサレス、リビア・セルパ、製作者イラナ・コールマン、ブルナ・ハダッド、ジェイミー・ゴンサルベス他、製作In Vivo Filmsフランス / Sin Sitio Cine、配給Luxbox。 サンダンス映画祭ワールド・シネマ部門でプレミア、主役テレサ・サンチェスが審査員特別賞を受賞、その他、ボストン・インディペンデントFF審査員大賞、ロスアンゼルス・アウトフェス審査員大賞、サンディエゴ・ラティノ、ヒューストン・ラティノ、シカゴ・ラティノなど映画祭出品多数。テレサ・サンチェスは、有望な若手監督ニコラス・ペレダの「Minotauro」(15)、「Fauna」(20)などの常連です。

監督:フアン・パブロ・ゴンサレス(ハリスコ1984)監督、脚本家、本作は長編デビュー作、短編デビュー作「The Solitude of Memory」(14)はモレリア映画祭でプレミアされた。「Las nubes」(17)、瞑想的なスタイルを確立したと評価されたドキュメンタリー「Caballerango」(18)他。デビュー作のフィクションの感性とノンフィクションの要素の融合は、前作のドキュメンタリーの手法を受け継いでいるようです。
キャスト:テレサ・サンチェス(マリア・ガルシア)、ラファエラ・フエンテス(ラファエラ)、マヌエル・ガルシア・ルルフォ、タティン・ベラ(トランスジェンダーの美容師タティン)
ストーリー:ロス・アルトス・デ・ハリスコにある伝統的なテキーラ工場の相続人であるセニョーラ・マリアは、外国企業の進出が強まる市場で受け継いだ工場の存続に努力しています。彼女は新しい管理者にラファエラを雇い、危機を乗り越えようと情熱を傾けている。しかし、長びく大災害と予期せぬ洪水がプランテーションに取り返しのつかない損害を与えたとき、マリアは地域コミュニティの富と誇りを救うため、彼女が手にしているすべてをかけて対応せざるを得なくなる。マッチョ文化が長いあいだ支配されてきた場所にも、社会的な変化のいくつかが語られる。


(断髪したセニョーラ・マリアの目、フレームから)
7)「Mi país imaginario / My Imaginary Country」チリ
オープニング作品
データ:製作国チリ、2022年、スペイン語、ドキュメンタリー、83分、撮影サミュエル・ラフ、編集ローレンス・マンハイマー、音楽Miranda & Tobal、製作者レナーテ・ザクセ、アレクサンドラ・ガルビス、製作Arte France Cinéma / Atacama Productions、配給Market Chile、販売 Pyramide International。カンヌ映画祭2022コンペティション部門セッション・スペシャル特別上映、エルサレム映画祭(ベスト・ドキュメンタリー賞)を経て、サンセバスチャン映画祭上映となった。フランスでは8月にリミテッド上映だがチケット売れ切れの盛況だったが、チリのサンティアゴでのプレミア上映は、観客全員がマスクを着用、十数人を超えることはなかったという。

(製作者レナーテ・ザクセ、監督、製作者アレクサンドラ・ガルビス、カンヌFF2022にて)
監督:パトリシオ・グスマン(サンティアゴ1941)は、監督、脚本家、フィルム編集、撮影監督、ドキュメンタリー作家、現在はパリ在住。キャリア&フィルモグラフィー紹介、特に「チリ三部作」は以下にアップしています。本祭との関りは、2015年ホライズンズ・ラティノ部門に『真珠のボタン』、2019年に『夢のアンデス』(「La cordillera de los Suños」)が正式出品されています。
*『光のノスタルジア』(10)の紹介記事は、コチラ⇒2015年11月11日
*『真珠のボタン』(15)の紹介記事は、コチラ⇒2015年02月26日/同年11月16日
*『夢のアンデス』(19)の紹介記事は、コチラ⇒2019年05月15日

主な女性出演者:女優で劇作家ノナ・フェルナンデス、撮影監督ニコル・クラム、ジャーナリストのモニカ・ゴンサレス、政治学者クラウディア・ハイス、チェス競技者ダマリス・アバルカ、元憲法制定会議議長エリサ・ロンコンほか多数
解説:「2019年10月、予想外の革命、社会的激動、150万人の民衆がサンティアゴの街頭で、もっとデモクラシーな社会、誇りのもてるより良い生活、より良い教育と医療制度、そして新しい憲法を要求してデモ行進をしました。チリはかつての記憶を取り戻したのです。1973年の学生闘争以来、私が待ち望んでいた出来事が遂に実現したのです」と語ったグスマンは、抗議行動を記録するために、在住しているフランスからチリに撮影クルーを組織しました。1年後、監督はインタビューを実施し、新憲法のための国民投票を撮影するため故国に戻ってきました。半世紀の間の時代の変化を体験した監督は、新作では著名な女性作家、ジャーナリスト、シネアストなどの視点を多く取り入れました。海外での評価は高かったが、故国では厳しかったようです。内からと外からの視点は違うということでしょうか。
◎賞には絡まないと思いますが、いずれ詳しい紹介記事を予定しています。

(闘いを決心した目出し帽着用の20代の女性、フレームから)

(「2019年10月18日バンザイ」のステッカーを掲げるデモ参加者)
8)「Vicenta B.」キューバ
WIP Latam 2021 EGEDAプラチナ賞受賞作品
データ:製作国キューバ=フランス=米国=コロンビア=ノルウェー、2022年、スペイン語、ドラマ、75分、脚本カルロス・レチュガ、ファビアン・スアレス、撮影デニセ・ゲーラ、編集ジョアンナ・モンテロ、音楽サンティアゴ・バルボサ、ハイディ・ミラネス、音響ベリア・ディアス、製作・製作者Cacha Films(キューバ)クラウディア・カルビーニョ、ROMEO(コロンビア)コンスエロ・カスティーリョ、Promenades Films(フランス)サミュエル・ショーヴァン、Dag Hoel Filmproduksjon(ノルウェー)ダグ・ホエル、販売Habanero(ブラジル)。トロント映画祭2022正式出品。

監督:カルロス・レチュガ(ハバナ1983)監督、脚本家、本作は長編3作目、WIP Latam 2021 EGEDA(視聴覚著作権管理協会)プラチア賞受賞作品。また第2作目「Santa y Andrés」は2016年のホライズンズ・ラティノ部門に選出されている。本作は第38回ハバナ映画祭で上映するよう選出されていたにも拘らず、ICAIC のお気に召さず拒否された。当ブログで作品紹介記事をアップしています。
*「Santa y Andrés」の作品、監督キャリア紹介は、コチラ⇒2016年08月27日

(WIP Latam 2021 EGEDAプラチア賞、サンセバスティアンFF2021授賞式にて)
◎監督によると「ビセンタは、孤独な母親が多い国の物語です。現在キューバには考え方が違うという理由だけで多くの若者が投獄されています」と、昨年7月11日に同時多発的に起きた大規模な抗議デモで拘束された人々の脱出劇について言及した。またハバネロ・フィルム・セールスのパートナーであるパトリシア・マルティンは、本作のように「政治について明確に語っていない場合でも、根本的に政治的です」と述べている。
キャスト:リネット・エルナンデス・バルデス(ビセンタ・ブラボ)、ミレヤ・チャップマン、Aimee Despaigne、アナ・フラビア・ラモス、ペドロ・マルティネス
ストーリー:ビセンタ・ブラボは、人の運勢をカードで占ったり将来を洞察できる特殊な才能をもっているサンテラである。毎日、悩みを抱えた人々が解決を求めてやってくる憩いの場になっている。ビセンタは一人息子とは上手くやっていたが、それもこれも彼がキューバを出たいと決心するまでのことでした。これがすべての崩壊の始りだった。自分のまわりで何が起きているのか、解決の糸口が見つからないまま危機に陥ってしまう。天賦の贈り物を失ったビセンタは、誰もが信仰を失ったように思われる国の内面への旅に出発するだろう。黒人や貧しい女性の実存が脅かされるとどうなるか、魂の探求、信仰の危機、家族の孤立に光が当てられている。


(フレームから)

(左から、ファビアン・エルナンデス、フアン・パブロ・ゴンサレス、パトリシオ・グスマン、カルロス・レチュガ)
ホライズンズ・ラティノ部門12作*サンセバスチャン映画祭2022 ⑦ ― 2022年08月18日 10:58
ラテンアメリカ諸国から選ばれた12作が発表になりました

★8月11日、ホライズンズ・ラティノ部門12作(2021年は10作)が例年より遅れて発表になりました。オープニング作品はチリのドキュメンタリー作家パトリシオ・グスマンの「Mi país imaginario」、クロージングはエクアドルのアナ・クリスティナ・バラガンの「La piel pulpo」となりました。スペイン語、ポルトガル語に特化したセクションです。新人の登龍門的役割もあり、今回も多くは1980年代生れの監督で占められています。作品名、監督名、本祭との関りをアップしておきます。あまり選出されることのないエクアドル、コスタリカ、久しぶりにキューバの2作がノミネートされています。3分割して紹介、時間の許す限りですが、賞に絡みそうな作品紹介を別個予定しています。
*ホライズンズ・ラティノ部門 ①*
1)「La piel pulpo / Octopus Skin」エクアドル=ギリシャ=メキシコ=独=仏
クロージング作品、WIP Latam 2021作品、2022年、スペイン語、ドラマ、94分、脚本アナ・クリスティナ・バラガン。撮影地プンタ・ブランカ
監督:アナ・クリスティナ・バラガン(エクアドル、キト1987)、2021年、エリアス・ケレヘタ・シネ・エスコラの大学院課程で学ぶ。本祭との関りは、2016年のデビュー作「Alba」がホライズンズ審査員スペシャル・メンションを受賞しています。最新の「La hiedra」は、Ikusmira Berriakイクスミラ・ベリアク・レジデンス2022に選出されている。
*「Alba」の紹介記事は、コチラ⇒2016年09月09日

キャスト:イサドラ・チャベス(イリス)、フアン・フランシスコ・ビヌエサ(アリエル)、Hazel Powell、クリスティナ・マルチャン(母親)、アンドレス・クレスポ、マカレナ・アリアス、カルロス・キント
ストーリー:双子のイリスとアリエルは17歳、母親と姉のリアと一緒に、軟体動物や小鳥、爬虫類が棲息する島のビーチに住んでいます。10代の姉弟たちは大陸から孤立して育ち、普通の親密さの限界を超えた関係のなかで、自然との結びつきは超越的です。海のはるか向こうにかすかに見えるものを求めて、イリスは島を出て町に行こうと決心します。町のショッピングセンター、騒音、不在の父親探し、弟との別れ、母親の不在は、姉弟への愛と自然の中でのアイデンティティの重要性を明らかにしていく。

(イサドラ・チャベス、フレームから)
2)「Sublime」アルゼンチン
データ:ベルリン映画祭2022ジェネレーション14プラスのプレミア作品、製作国アルゼンチン、2022年、スペイン語、ドラマ、100分、音楽エミリオ・チェルヴィーニ、製作Tarea Fina / Verdadera Imagen、撮影地ブエノスアイレス
監督:マリアノ・ビアシン(ブエノスアイレス1980)のデビュー作、脚本、製作を手掛けている。本作は第10回Sebastiane Latino 賞受賞ほかが決定しており、別途に作品紹介を予定しています。

キャスト:マルティン・ミラー(マヌエル)、テオ・イナマ・チアブランド(フェリペ)、アスル・マッゼオ(アスル)、ホアキン・アラナ(フラン)、ファクンド・トロトンダ(マウロ)、ハビエル・ドロラス(マヌエルの父)、カロリナ・テヘダ(マヌエルの母)、ほか多数
ストーリー:マヌエルは16歳、海岸沿いの小さな町に住んでいる。彼は親友たちとバンドを組み、ベースギターを弾いている。特にフェリペとは小さい頃からの固い友情で結びついている。マヌエルがフェリペとの友情以外の何かを感じ始めたとき、二人の関係はどうなりますか、友情を危険に晒さず別の局面を手に入れられますか。二人は他者との絆が失われる可能性や他者からの拒絶に直面したときの怖れを共有しています。思春期をむかえた若者たちの揺れる心を繊細に描いた秀作。

3)「Ruido / Noise」メキシコ
データ:製作国メキシコ=アルゼンチン、スペイン語、2022年、ドラマ、105分、脚本ナタリア・ベリスタイン&ディエゴ・エンリケ・オソルノ、製作Woo Films、
監督:ナタリア・ベリスタイン(メキシコシティ1981)、長編3作目、デビュー作「No quiero dormir sola」は、ベネチア映画祭2012「批評家週間」に正式出品され、同年モレリア映画祭のベスト・ヒューチャーフィルム賞を受賞、アリエル賞2014のオペラプリマ他にノミネート、俳優の父アルトゥーロ・ベリスタインが出演している。2作目は「Los adioses」は、マラガ映画祭2017に正式出品されている。他TVミニシリーズ、短編多数。新作は行方不明の娘を探し続ける母親の視点を通して、現代メキシコの負の連鎖を断ち切れない暴力を描いている。母親を演じるフリエタ・エグロラは実母、アルトゥーロ・リプスタインの『深紅の愛』に出演している。

(ナタリア・ベリスタイン監督)
キャスト:フリエタ・エグロラ(フリア)、テレサ・ルイス(アブリル・エスコベド)、エリック・イスラエル・コンスエロ(検事アシスタント)
ストーリー:フリアは母親である、いやむしろ、女性たちとの闘いをくり広げている、この国では珍しくもない暴力によって人生をずたずたに引き裂かれた多くの母親たち、姉妹たち、娘たち、女友達の一人と言ったほうがよい。フリアは娘のヘルを探している。彼女は捜索のなかで知り合った他の女性たちの物語と闘いを語ることになるだろう。

(フリア役のフリエタ・エグロラ、フレームから)
4)「El caso Padilla / The Padilla Affair」キューバ
データ:製作国スペイン=キューバ、スペイン語、フランス語、英語、ノンフィクション、モノクロ、78分、脚本監督、製作Ventu Productions、(エグゼクティブプロデューサー)アレハンドロ・エルナンデス

監督:パベル・ジルー Giroud (ハバナ1973)は、サンセバスチャン映画祭2008「バスク映画の日」に「Omertá」が上映された。同じく「El acompañante」がヨーロッパ=ラテンアメリカ共同製作フォーラム賞を受賞した他、マラガFF、マイアミFF 2016で観客賞、ハバナFF(ニューヨーク)でスター賞を受賞している。新作は1971年春、キューバで起きたエベルト・パディーリャ事件を扱ったノンフィクション。

(エベルト・パディーリャ)
解説:1971年の春ハバナ、詩人のエベルト・パディーリャが、ある条件付きで釈放された。彼は約束を果たすためキューバ作家芸術家連盟のホールに現れ、彼自身の言葉で「心からの自己批判」を吐きだした。彼は反革命分子であったことを認め、彼の詩人の妻ベルキス・クサ=マレを含む、会場に参集した同僚の多くを名指しで共犯者であると非難した。1ヵ月ほど前、パディーリャはキューバ国家の安全を脅かしたとして告発され妻と一緒に逮捕された。これは全世界の革命に賛同していたインテリゲンチャを驚かせた。革命の指導者フィデル・カストロへの最初の書簡で、パディーリャの自由を要求した。彼の唯一の罪は、詩的な作品を通して異議を唱えたことでした。作家の過失の録画が初めて一般に公開される。ガブリエル・ガルシア・マルケス、フリオ・コルタサル、マリオ・バルガス=リョサ、ジャン=ポール・サルトル、ホルヘ・エドワーズ、そしてフィデル・カストロの証言があらわれる。表現の自由の欠如や入手のための文化集団の闘争は、現在に反響する。キューバの過去を探求する驚くべきドキュメンタリー。
*「パディーリャ事件」の紹介記事は既にアップしておりますので割愛します。

(アナ・C.・バラガン、マリアノ・ビアシン、ナタリア・ベリスタイン、パベル・ジルー)
追加情報:ナタリア・ベリスタイン監督の「Ruido / Noise」が、2023年1月11日より邦題『ざわめき』でNetflix配信が開始されました。
公開中のメキシコ映画*『ニューオーダー』と『息子の面影』 ― 2022年06月13日 15:19
ミシェル・フランコのディストピア・スリラー『ニューオーダー』

★第77回ベネチア映画祭2020の審査員グランプリ(銀獅子賞)を受賞した『ニューオーダー』が公開されています。ミシェル・フランコは、当ブログでは『父の秘密』や『或る終焉』、『母という名の女』などで度々登場してもらっています。新作では極端な経済格差が国民を分断する社会秩序の崩壊ディストピアをスリラー仕立てで描いています。プレミアされたベネチアでは、その過激なプロットからメキシコから現地入りしていたセレブたちが騒然となり、初っ端から映画の評価は賛否が分かれています。プロットやキャスト紹介は公式サイトに詳しい。
◎ 原題「Nuevo orden」(英題「New Order」)メキシコ・フランス合作、2020年、
スリラー、36分
上映館:渋谷シアター・イメージフォーラム、2022年6月4日、ほか全国順次公開

(銀獅子賞のトロフィーを手にしたミシェル・フランコ、ベネチア映画祭2020)
★主役マリアン役に脚本家でもあるネイアン・ゴンサレス・ノルビンド(メキシコシティ1992)が扮している。「Leona」でモレリア映画祭2018女優賞受賞、母親は『或る終焉』出演のナイレア・ノルビンド、ティム・ロスが主役を演じた看護師の元妻を演じている。抗議運動側に立つマルタ役に、モニカ・デル・カルメン(1982)がクレジットされている。カンヌ映画祭2010で衝撃デビューしたマイケル・ロウの『うるう年の秘め事』で国際舞台に登場、アリエル賞女優賞を受賞している。翌年のラテンビートで上映されている。他に上記のフランコ映画の常連でもあり、今回のベネチアにも監督と出席している。物言う女優の一人です。
◎ミシェル・フランコ関連記事
*『父の秘密』の作品紹介は、コチラ⇒2013年11月20日
*『或る終焉』の作品紹介は、コチラ⇒2016年06月15日/同年06月18日
*『母という名の女』の主な作品紹介は、コチラ⇒2017年05月08日/2018年07月07日
*モニカ・デル・カルメンのキャリア紹介は、コチラ⇒2021年08月28日
フェルナンダ・バラデスのデビュー作『息子の面影』

★もう1作がフェルナンダ・バラデスのデビュー作『息子の面影』、メキシコ国境付近で行方知れずになった息子たちを探す3人の母親と、ラテンアメリカ映画に特有なテーマである父親不在が語られる。豊かな北の隣国アメリカに一番近い国メキシコの苦悩を描いている映画は本作に限らないが、『ニューオーダー』と同じく現代メキシコの現実を切りとっている佳作。サンダンス映画祭2020ワールド・シネマ部門観客賞と審査員特別脚本賞、サンセバスチャン映画祭オリソンテス・ラティノス部門の作品賞、ほか受賞歴多数。ラテンビート2020で同タイトルで上映されている。作品紹介は公式サイトに詳しいが、当ブログでも監督のキャリア&フィルモグラフィー、作品とキャスト紹介を以下にしています。
*監督キャリアと作品紹介は、コチラ⇒2020年11月26日

(オリソンテス・ラティノス賞を受賞したバラデス監督、SSIFF2020授賞式)
◎ 原題「Sin señas particulares」(英題「Identifying Features」)
メキシコ・スペイン合作、スペイン語・サポテコ語・英語、2020年、99分、ドラマ
上映館:新宿武蔵野館、渋谷ユーロスペース、2022年5月27日、ほか全国順次公開中
続セクション・オフィシアル作品*マラガ映画祭2022 ② ― 2022年03月14日 15:25
*セクション・オフィシアル作品ノミネーション続*
★3年ぶりに3月開催となったマラガ映画祭、ソーシャルディスタンスを守って責任ある準備をして臨むと、総ディレクターのフアン・アントニオ・ビガルは挨拶した。セルバンテス劇場のレッドカーペットにお越しの節は、「必ずマスク着用を」とも付け加えた。記者会見の会場はアルベニス館、開催資金は200万ユーロだそうです。
13)Llegaron de noche スペイン、2021年、107分
監督:イマノル・ウリベ(エルサルバドール1950)、製作:Nunca digas nunca AIE / Bowfinger International Picturas SL / Tornasol SL / 64 A Films SL 脚本:ダニエル・セブリアン、撮影:カロ・べリディ、音楽:バネッサ・ガルデ、編集:テレサ・フォント
キャスト:フアナ・アコスタ、カラ・エレハルデ、カルメロ・ゴメス、フアン・カルロス・マルティネス、アンヘル・ボナニー、エルネスト・コリャソ、ベン・テンプル、ほか多数


14)Lo invisible エクアドル、フランス、2021年、85分
監督:ハビエル・アンドラーデ、製作:Punk SA / La Maquinita / Promenades Films、脚本:Anahi Hoeneisen & ハビエル・アンドラーデ、撮影:ダニエル・アンドラーデ、音楽:マウロ・サマニエゴ & パオラ・ナバレテ、編集:フェルナンド・エプスタイン
キャスト:アナイ・ヘーナイゼンAnahi Hoeneisen、マティルデ・ラゴス、ジェルソン・ゲーラ、パオラ・ナバレテ、フアン・ロレンソ・バラガン、レイディ・ゴメス・ロルダン


15)Mensajes privados チリ、2021年、77分
監督:マティアス・ビセ、製作:Ceneca Producciones、脚本:マティアス・ビセ、ニコラス・ポブレテ、ネストル・カンティジャナ、ビセンタ・ウドンゴ、ベロニカ・インティル、撮影;アントニア・セヘルス、ニコラス・ポブレテ、ネストル・カンティジャナ、アレックス・ブレンデミュール、ほか多数、音楽:[Me llamo] セバスティアン&ロドリゴ・ハルケ、編集:ロドリゴ・サケ
キャスト:アントニア・セヘルス、ニコラス・ポブレテ、ネストル・カンティジャナ、ブランカ・レウィン、ビセンタ・ウドンゴ、アレックス・ブレンデミュール、、ベロニカ・インティル、[Me llamo] セバスティアン




16)Mi vacío y yo スペイン、2022年、89分
監督・編集:アドリアン・シルベストレ、製作:Testamento / PromalfiFuturo / AlbaSotorra SL、脚本:アドリアン・シルベストレ、ラファエレ・ぺレス、カルロス・マルケス=マルセ、撮影:ラウラ・エレロ・ガルバン
キャスト:ラファエレ・ペレス、アルベルト・ディアス、マルク・リベラ、イサベル・ロカティ、カルメン・モレノ、カルロス・フェルナンデス・ジュアGiua


17)Nosaltres no ens matarem amb pistoles (Nosotros no nos mataremos con pistolas)(字幕) スペイン、2022年、85分
監督:マリア・リポル、製作:Un Capricho de Producciones / Turanga Films、脚本:ビクトル・サンチェス&アントニオ・エスカメス、撮影:ジョアン・ボルデラ、音楽:シモン・スミス、編集:フリアナ・モンタニェス
キャスト:イングリッド・ガルシア=ジョンソン、エレナ・マルティン、ロレナ・ロペス、ジョー・マンジョン、カルロス・トロヤ


18)The Gigantes メキシコ、米国、2021年、94分 (字幕)
監督:ベアトリス・サンチス、製作:Animal de Luz Films / Cazador Solitario Films / Cebolla Films / Godius Films / Índice、脚本:ベアトリス・サンチス&マーティ・ミニッチ、撮影:ニコラス・ウォン・ディアス、音楽:アーロン・ルクス、編集:ベアトリス・サンチス、セルヒオ・ソラレス・アルバレス
キャスト:サマンサ・ジェーン・スミス、アンドレア・サット、レヒナ・オロスコ、アナ・ライェブスカ、ペドロ・デ・タビラ・エグロラ


19)Utama ウルグアイ、2022年、87分、デビュー作
監督・脚本:アレハンドロ・ロアイサ・グリシ(ボリビア1985)、製作:Alma Films、撮影:バルバラ・アルバレス、音楽:セルシオ・プルデンシオ、編集:フェルナンド・エプスタイン
キャスト:ホセ・カルシナ、サントス・チョケ、ルイサ・キスペ


★以上7作のうちには、イマノル・ウリベやマリア・リポルのようなベテラン監督が新人監督に混じってノミネートされている。女性監督は5人でした。アウト・オブ・コンペティション部門の2作は次回にまわします。ロベルト・ブエソの「Llenos de gracia」はクロージング作品、カルラ・シモンの「Alcarràs」はベルリン映画祭コンペティション正式出品作品。
『箱』のロレンソ・ビガス監督インタビュー*TIFFトークサロン ― 2021年11月16日 16:50
『箱』は「父性についての三部作」の第3部、風景は主人公の一人

★TIFFトークサロン、ワールド・フォーカス部門上映のロレンソ・ビガスの『箱』(The Box、La caja)は、メキシコ=米国合作映画、第78回ベネチア映画祭2021コンペティション部門でワールドプレミアされた。ロレンソ・ビガスといえば、『彼方から』(15、Desde allá)で金獅子賞のトロフィーを初めてラテンアメリカに運んできた映像作家という栄誉が常に付いて回る。栄誉には違いないが重荷でもあったのではないか。メキシコの作品が続くが、ビガス監督はベネズエラ(メリダ1967)出身、『もうひとりのトム』のデュオ監督ロドリゴ・プラ&ラウラ・サントゥリョはウルグアイ、『市民』のテオドラ・アナ・ミハイはルーマニアと、全員メキシコ以外の出身者だったのは皮肉です。ここはメキシコの懐の深さとでも理解しておきましょう。
★『箱』及び『彼方から』の作品紹介、キャスト、スタッフ、監督キャリア&フィルモグラフィーは、既に紹介しております。特に『彼方から』は監督メッセージで「是非ご覧になってください」と話されていましたので関連記事も含めました。チリの演技派俳優アルフレッド・カストロの目線にご注目です。
*『箱』の作品紹介は、コチラ⇒2021年09月07日
*『彼方から』の作品紹介、監督キャリア&フィルモグラフィーは、
コチラ⇒2015年08月08日/同年10月09日/2016年09日30日

(金獅子賞のトロフィーを手にしたロレンソ・ビガス、ベネチアFF2015)

(マリオ役のエルナン・メンドサ、監督、ハッツィン・ナバレテ、ベネチアFF2021)
★以下はトークの流れに沿っていますが、作品紹介で書きました内容と重なっている部分は端折っております。観客から寄せられた質問を中心にして展開されました。モデレーターは前回同様、映画祭プログラミング・ディレクター市山尚三氏。
Q: メキシコの闇の部分が描かれていたが、本作のアイディア誕生は何か。
A: 私はベネズエラ生れですが、メキシコの友人とコラボするつもりで21年前に訪れ、結局ここに居つくことになりました。長く滞在しておりますと、ニュースなどでメキシコの現実を見ることは避けられない。メキシコ北部のニュースが多く、例えば多くの女性たちの行方不明事件などです。あるときメキシコ北部の共同墓地のニュースを見ていたとき、少年が父の遺骨を取りに行く→箱の中には父の遺骨が入っている→街中で父と瓜二つの男性を見かける→箱の中の遺骨か目の前の男性か、どちらが本当の父親なのか、というストーリーがひらめいた。

(箱の中に入っているのは何か)
Q: メキシコ北部、治安は悪いと聞いている危険なチワワ州を舞台に選んだ理由は何か。
A: チワワ州はメキシコで最大の面積をもつ州です。国境に接している州なので危険地帯です。場所選びに1年間かけました。なかで舞台の一つになったシウダー・フアレスにはマキラドーラ産業の部品工場が多くあり、この工場も物語の登場人物の一人ということがありました。またハッツィン少年の孤独を象徴しているような広大な砂漠地帯、風景も登場人物だったのです。風景もマキラドーラの工場も揃っているチワワを撮影地に決定したのです。
(管理人補足:チワワ州の州都はチワワ市だが、舞台となるシウダー・フアレスが最大の都市であり、周囲はチワワ砂漠に囲まれている。麻薬のカルテル同士の抗争が絶えない危険地帯。『箱』の作品紹介でチワワに決定した理由、シウダー・フアレスの他、35ミリで撮影した理由、マキラドーラ産業について触れています)

(空虚さがただよう共同墓地のある砂漠地帯)
Q: 撮影期間はどのくらいか、犯罪の多いシウダー・フアレスで撮影中、危険を避けるために具体的にしたことはあるか。
A: 準備期間は約1年間です。撮影期間は普通は6~8週間ですが、本作では10週間かかりました。というのも撮影地がシウダー・フアレスから遺骨が埋まっている砂漠地帯まで、そのほか数ヵ所の撮影地を含めると広範に渡っていたのでの移動に時間が掛かったからです。確かに治安は悪かったのですが、撮影数週間前に土地の麻薬密売のカルテルに「迷惑をかけることはない撮影です」と根回しをして、撮影許可をとりました。ロケ地ごとにカルテルが違っていたので大変でした。チワワ州知事が協力してくれたことも大きかった。
A: 1年間、撮影を許可してくれる工場を探しましたが、工場同士の競争が激しく実現しませんでした。それは会社の実態を知られたくない、特に労働者の労働環境を知られたくないという思惑があったからです。使用した工場は破産したばかりの会社で、3日間貸しきりにして労働者も実際働いていた人々です。既に解雇されていたので、賃金はプロダクションが支払いました。

(マキラドーラ産業の破産したばかりの工場シーン)
Q: ハッツィン少年のキャスティングについて、時に覗かせる笑顔が素晴らしく心に残りました。
A: キャスティングは極めて難航しました。演技をできる子役はいたのですが、13歳ぐらいだと演技はできても自分の声をもっていない、本作に必要なアイデンティティをもっていない。私は演技をしない子供を探していた。3か月間、数えきれない学校巡りをして何百人もの子供に会い、ワークショップもしましたが見つからなかった。それで一時キャスティングを中断して準備に取りかかった。すると撮影1週間前に「オーディション会場に行くお金がなくて行けなかった」という少年のビデオが送られてきた。ビデオを見て、どうしても会いたくなった。リハーサルを繰り返すうちに「この子は他の子と違うな」と思いました。特に目、視線が良かった。父親との辛い体験をもっており、この個人的経験が役柄に活かされると思った。

(ハッツィン役のハッツィン・ナバレテ)
Q: 役名と実名を同じにしたのは意図的か。
A: 脚本は最初アルトゥーロでした。内向的でしたが撮影に入って暫くすると、セットでの存在感が出てきて、アルトゥーロより本名のハッツィンのほうがぴったりしてきた。それで途中から変えました。
Q: 家族の話をテーマにしたかったのでしょうか。
A: 本作は家族というより父と子の関係性を描いています。ラテンアメリカ映画の特徴の一つ、父親不在が子供に何をもたらすかに興味がありました。実は本作は <父性についての三部作> の第3部に当たります。第1部は短編「Los elefantes nunca olvidan」(04、仮題「象たちは決して忘れない」13分)、第2部が『彼方から』です。5年前に亡くなった父親と自分の関係は近く、自身のことではありません。
(管理人補足: 父親オスワルド・ビガスは90歳で死ぬまで描き続けたという画家。彼を描いたドキュメンタリー「El vendedor de orquídeas」(16、75分)も、父と子というテーマなのでリストに入れてもいいと、別のインタビューでは答えている)
Q: 色のトーンを意図的に変えているか。
A: 意図的ではない。前作の『彼方から』のほうはミステリアスな心理状態に合わせて意図的に修整した。新作は夏から冬へと季節が移り変わる、季節とマッチした、その移り変わっていくチワワの風景を忠実に撮影したかった。チワワの風景は35ミリでないと表現できないので、あまり修整しなかった。風景も重要な登場人物だからです。
Q: 製作者にミシェル・フランコ、反対に監督はフランコの「Sundown」のプロデューサーになっています。そちらでは国境を越えて協力し合うことが多いのですか。
A: そういうことではありません。あくまでも私とミシェルの個人的な特別な長い関係です。二人はだいたい同じ時期にデビューしています。スタイルは異なりますが、互いに意見を出しあい脚本を見せあっています。力を合わせることで強さ発揮できます。それにお互い尊敬しあっていて、二人でやるのが楽しいからです。
(管理人補足: ミシェル・フランコは1979年生れ、2009年長編「Daniel&Ana」がでカンヌ映画祭と併催の「監督週間」に出品された。「Sundown」は『箱』と同じベネチア映画祭2021コンペティション部門でワールドプレミアされた最新作)
Q: 娯楽映画ではないので資金調達が困難だったのではないでしょうか。
A: 半分はメキシコ政府が行っている映画特別予算が提供されました。これは提供した会社に税金の面で控除があるようです。他は自分たちの制作会社「テオレマTeorema」とアメリカの制作会社でした。
Q: カーラジオから流れてくる曲がエンドロールでも流れていた。どんな曲ですか。
A: 自分はスコアは使わない方針なのですが、今回は試しにミュージシャンに頼んでみました。しかしうまくいかなかった。チワワではラジオをよく聞く文化があって、たまたまラジオから聞こえてきたハビエル・ソリスを使った。彼はボレロ・ランチェーラというジャンルを開拓したミュージシャンです。曲は幸せになれないという失恋の歌でした。使用した理由は映画と上手くリンクすると考えたからです。
(管理人補足: ハビエル・ソリス、1931年生れの歌手で映画俳優。貧しい家庭の出身でしたが、その美声を認められて歌手となった。しかし患っていた胆嚢炎の手術が失敗して、1966年その絶頂期に34歳という若さで亡くなった。活動期間は短かったがアメリカでも多くのファンを獲得、今もってその美声の人気は衰えないようです)
Q: 最後に日本の観客へのメッセージをお願いします。
A: ハッツィンの気持ちを共有していただけて嬉しく思います。日本へは次の作品をもって東京に行けたらと思います。父親不在がどんな結果をもたらすかを描いた『彼方から』を是非ご覧になってください。
(管理人補足:『彼方から』は、ラテンビート2016とレインボー・リール東京映画祭、元の名称-東京国際レズビアン&ゲイ映画祭-で上映されました。DVDは残念ながら発売されていないようです)
★父親に似た男性マリオを演じたエルナン・メンドサについての質問がなかったのが、個人的に惜しまれました。作品紹介で触れましたようにミシェル・フランコの『父の秘密』(12)の主役を演じた俳優です。彼の存在なくして本作の成功はなかったはずです。

(エルナン・メンドサとハッツィン・ナバレテ、フレームから)
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