セクション・オフィシアル作品*マラガ映画祭2021 ⑥2021年05月13日 11:50

★前回に続いてセクション・オフィシアル作品の紹介。511日にはマラガ映画祭の最高賞マラガ―スール賞にアレハンドロ・アメナバルの発表があり慌ただしくなってきました。開幕まであと3週間となりましたので作品列挙を優先して、その後時間が許す範囲で作品紹介をいたします。メキシコからはオスカー監督アルフォンソ・キュアロンの実弟カルロス・キュアロンの長編第3作となるブラック・コメディ「Amalgama」がノミネートされています。

 

        セクション・オフィシアル

 

③「Destello bravío」(英題「Mighty Frash」)スペイン 2021

製作:Tentación Cabiria / Eddie Saeta

協賛:バダホス地方自治体、カセレス地方自治体、エストレマドゥーラ女性協会、

   エストレマドゥーラ農村基金、エストレマドゥーラ・チャンネル、他

監督・脚本:アイノア・ロドリゲス(マドリード1982

製作者:ルイス・ミニャロ、(エグゼクティブ)アイノア・ロドリゲス

撮影:ウィリー・ハウレギ

編集:ホセ・ルイス・ピカド

キャスト:グアダルペ・グティエレス、カルメン・バルベルデ、イサベル・マリア・メンドサ、

    

       

               (アイノア・ロドリゲス監督)

 

解説:過疎化の進む南スペインの小さな町の女性たちは、特別なことは何も起こらない日常の無関心と、自分たちは幸せであると信じこんでいる場所から解放されたいと願っている。イサ、シタ、マリアの3人の中年女性を焦点にして、美しさの探求と子供のころの憧れが語られる。悪の根源としての家父長制と押しよせるグローバリゼーション、人々が自分の存在の意味を見つけるための寓話。アマチュアの女優を起用して、ドキュメンタリーの手法を採用している。長編デビュー作。

ロッテルダム映画祭2021セクション・オフィシアルのタイガー部門上映(22日)、メキシコのFicuname映画祭(326日)上映、ミステリアス・ドラマ、98分、ティエラ・デ・バロスで撮影。後日作品&監督紹介予定。

 

    

   

     (孤独を抱えた女性たちがスイーツを味わいながら恐怖を語る。映画から)

 

 

④「Las mejores familias」ペルー=コロンビア合作 2020

製作:El Caivo Films / Dynamo

監督:ハビエル・フエンテス=レオン

キャスト:タティアナ・アステンゴ(ルスミラ)、ガブリエラ・ベラスケス(ペタ)、グラシア・オラヨ(カルメン)、グラパ・パオラ、ジェリー・レアテギ、ソニア・セミナリオ、ジョバンニ・Ciccia、セサル・リッター、マルコ・スニノ、ロベルト・カノ、バネッサ・サバ、ヒメナ・リンド、他

 

解説:ルスミラとペタの姉妹は、ペルーの貴族階級のアリシアとカルメンの家で使用人として働いている。彼女たちはファミリーの一員と見なされていた。或る日のこと、町なかでは暴力的な抗議行動が起きているさなかに誕生会が開かれた。ファミリーのメンバー全員がお祝いに集まった。両方のファミリーによって長らく封印されていた秘密が明らかになると、完璧だったはずの貴族階級の世界が泡のように永遠に砕け散った。ペルー社会の構造上の問題、階級主義や人種差別に取り組んだブラック・コメディ。

  

 

      

    

   

            (誕生会に集まった二つの家族)

 

監督紹介ハビエル・フエンテス=レオンは、1968年ペルーのリマ生れ、監督、脚本家、製作者。大学では医学を専攻、映画はロスアンゼルスのカリフォルニア芸術学院で学んだ。デビュー作Contracorriente09)は、サンセバスチャン映画祭2010で新人監督に贈られるセバスティアン賞、サンダンスFF、マイアミ各映画祭観客賞を含む50以上の映画祭で受賞、ゴヤ賞2011ノミネート、オスカー賞2011のペルー代表作品に選ばれている。東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で『波に流れて』の邦題で上映された。主役を演じたのがタティアナ・アステンゴ、第2作アクション・スリラーEl elefante desaparecido14)にもバネッサ・サバと出演している。トロントFFを皮切りに映画祭巡りをした。本作のブラック・コメディが第3作目になる。他にコロンビアを舞台にしたゲリラをテーマにしたTVシリーズDistrito salvaje186話)を手掛けている。

   

   

        (ローマ映画祭2020でのフォトコール、1017日)

 

 

 

⑤「Amalgama」メキシコ 2020

製作:Besos Cosmicos / 11:11 films / LOKAL

監督:カルロス・キュアロン

脚本:カルロス・キュアロン、ルイス・ウサビアガ

撮影:アルフレッド・アルタミラノ

編集:ソニア・サンチェス

製作者:フアンチョ・カルドナ、マノロ・カルドナ、カルロス・キュアロン、(エグゼクティブ)フランシスコ・カルドナ、ホルヘ・ロンバ

 

キャスト:マノロ・カルドナ(ホセ・マリア・チェマ・ゴメス医師)、ミゲル・ロダルテ(ウーゴ・ベラ医師)、トニー・ダルトン(サウル・ブラボ医師)、スティファニー・カヨ(エレナ・ドゥラン医師)、フランシス・クルス(アベリノ・マガニャ医師)、アレハンドロ・カルバ(オマル)、ヒメナ・エレラ(タマラ)、他

   

    

       

    

      (悩み多き4人の歯科医)

 

解説:ゴメス、ベラ、ブラボ、ドゥランの4人の歯科医は、メキシコ有数のリゾート地リビエラ・マヤで開催される歯科学会で偶然出会うことになる。彼らは彼女に惹きつけられるが、彼女は胸中に何か問題を抱えているようだった。もっとも全員がそれぞれの痛みから逃れようとしていた。こうしてカリブの小さな島で、嫉妬、妬みなど、理性を失った週末を一緒に過ごした彼らは、それぞれの人生に深い傷あとを残すことになる。

18回モレリア映画祭2020正式出品(1031日上映)

 

監督紹介:カルロス・キュアロン(クアロン)1966年メキシコシティ生れ、監督、脚本家、製作者。メキシコ国立自治大学で英文学を専攻した。TV、映画、舞台の脚本家としてスタート、実兄アルフォンソの長編デビュー作Sólo con tu pareja91)を共同執筆、アリエル賞脚本賞を揃って受賞した。同じくアルフォンソの『天国の口、終りの楽園』01Y tu mamá también」)で脚本をコラボしている。他にホセ・ルイス・ガルシア・アグラスの「El misterio del Trinidad」(03)の脚本、カルロス・マルコヴィッチのドキュメンタリー「¿ Quién diablos es Juliette ?」(97)を監督とコラボしている。監督長編デビュー作『ルド and クルシ』は、『天国の口、終りの楽園』でブレークしたガエル・ガルシア・ベルナルとディエゴ・ルナのコンビを起用して大ヒット、アリエル賞8部門ノミネーション、メキシコ映画史上第3位となる興行成績を打ち立てた。

   

   

      

          

      (GG・ベルナルとディエゴ・ルナに挟まれたカルロス・キュアロン監督)

  

以下に短編・TVシリーズを除く監督作品を列挙すると、

2008Rudo y Cursi」(『ルド and クルシ』)監督、脚本、

   ニューポートビーチ映画祭2009観客賞受賞、

2013Besos de Azúcal」監督、脚本(ルイス・ウサビアガとの共同執筆)、

   ファンタスポルト2014監督賞受賞

2020Amalgama」監督、脚本、製作

   

メキシコ代表作品 「Ya no estoy aqui」*ゴヤ賞2021 ⑨2021年02月07日 17:28

      メキシコのアカデミー賞アリエル賞10部門制覇の「Ya no estoy aquí

 

      

                 (スペイン語版ポスター)

 

★ゴヤ賞イベロアメリカ映画賞にノミネートされたフェルナンド・フリアスの長編デビュー作Ya no estoy aquíは、先月末第93回米アカデミー賞2021国際長編映画賞メキシコ代表作品にも選ばれました。昨年のアリエル賞10部門制覇の勢いが続いているようです。20205月、Netflixでストリーミング配信された影響かもしれませんが、それだけでは選ばれません。メキシコのオスカー賞監督、ギレルモ・デル・トロやアルフォンソ・キュアロンの温かい賛辞が功を奏していることもあるかもしれません。メキシコのモレリア映画祭2019で幸先よく作品賞と観客賞を受賞しています。モレリアFFはメキシコの映画祭の老舗グアダラハラFFより若い監督の力作が集まる映画祭と評価を上げています。本作はコロンビアからの移民が多く住んでいるメキシコ北部ヌエボ・レオン州の州都モンテレイが舞台です。

 

       

     (トロフィーを披露するフェルナンド・フリアス監督、モレリアFF2019にて)

 

★監督紹介:フェルナンド・フリアス・デ・ラ・パラ(メキシコシティ1979)は、監督、脚本家、製作者。父は弁護士、母はパンアメリカン航空に勤務していた。メキシコで情報学と写真撮影を学び、フルブライト奨学金を得て、ニューヨークのコロンビア大学修士課程で脚本と映画演出を専攻した。2008年ドキュメンタリーCalentamiente local52分)を、第6回モレリア映画祭FICMに出品、最優秀ドキュメンタリー賞を受賞、2012年、長編デビュー作となるRezeta85分)FICMのセレクション・オフィシアル上映、ミラの映画祭2014監督賞受賞、ユタ州で開催されるスラムダンス映画祭2014で審査員大賞受賞、他ノミネーション多数、レゼタはコソボ生れの若いモデルでメキシコにやってくる。主人公の名前がタイトルになっている。本作Ya no estoy aquíが長編第2作目となる。他にTVシリーズのコメディも手掛けている。

  

          

                              (長編デビュー作のポスター)

 

★主人公ウリセス役のフアン・ダニエル・ガルシア・トレビーニョ(モンテレイ2000)は、ミュージシャン、本作で俳優デビューした。モンテレイで開催された音楽フェスティバルでフリアス監督の目にとまりスカウトされた。クンビア・レバハールのダンスは出演決定後に学んだという。本作でカイロ映画祭2019の男優賞、アリエル賞2020新人男優賞を受賞した。次回作はブカレスト出身の監督テオドラ・ミハイの長編デビュー作「La Civil」(ベルギー・ルーマニア・メキシコ合作、スペイン語)に出演しており、どうやら二足の草鞋を履くようです。

 

     

          

    (クンビア・レバハーダを無心に踊るウリセス、映画から)

 

    

  (ダニエル・ガルシア、監督、製作者アルベルト・ムッフェルマン、FICMプレス会見にて)

 

 

Ya no estoy aquí(英題「I'm No Longer Here」、邦題『そして俺は、ここにいない』)

製作:Panorama Global / PPW Films / Margate House Films

監督・脚本:フェルナンド・フリアス(・デ・ラ・パラ)

撮影:ダミアン・ガルシア

編集:Yibran Asuad

美術プロダクション・デザイン:ジノ・フォルテブオノGino FortebuonoTaisa Malouf

衣装デザイン:マレナ・デ・ラ・リバ、ガブリエラ・フェルナンデス

メイクアップ&ヘアー:ラニ・バリー、エレナ・ロペス・カレオン、イツェル・ペナItzel Pena

録音;ハビエル・ウンピエレス、オライタン・アグウOlaitan Agueh

キャスティング:ベルナルド・ベラスコ、エスラ・サイダム

製作者:アルベルト・ムッフェルマンMuffelmann、ゲリー・キム、ヘラルド・ガティカ、フェルナンド・フリアス、他

 

データ:製作国メキシコ=米国、スペイン語・英語・北京語、2019年、ドラマ、112分、Netflix配信(日本語字幕あり)2020527

映画祭・受賞歴:モレリア映画祭2019正式出品(1021日上映)作品・観客賞受賞、カイロ映画祭2019ゴールド・ピラミッド作品賞、男優賞(ダニエル・ガルシア)受賞、マル・デ・プラタ映画祭、トライベッカ映画祭、スウェーデンのヨーテボリ映画祭2020、他ノミネート多数。アリエル賞2020作品・監督・脚本・撮影・編集・美術・メイクアップ・録音・衣装デザイン・新人男優賞10部門受賞。ゴヤ賞2021イベロアメリカ映画賞とオスカー賞2021ノミネーション、他

 

キャスト:ダニエル・ガルシア(ウリセス・サンピエロ)、コラル・プエンテ(チャパラ)、アンジェリーナ・チェン(リン)、ジョナサン(ヨナタン)・エスピノサ(友人ジェレミー/イェレミー)、レオ・サパタ(イサイ)、レオナルド・ガルサ(ペケシージョ)、ヤイル・アルダイYahir Alday(スダデラ)、ファニー・トバル(ネグラ)、タニア・アルバラド(ウェンデイ)、ジェシカ・シルバ(パトリシア)、アドリアナ・アルベラエス(NYバルのホステス、グラディス)、ソフィア・ミトカリフ(Ice Agent)、ブランドン・スタントン(NYのカメラマン)、チョン・タック・チャンChung Tak Cheung(ミスター・ロー、リンの祖父)、他多数

 

ストーリー2011年、17歳のウリセスはメキシコ北東部ヌエボ・レオン州の州都モンテレイの貧困家庭が暮らすバリオに住んでいる。コロンビアを代表する音楽、スロー・テンポのクンビア・レバハーダのファナティックなグループ「ロス・テルコス」のリーダーである。仲間のチャパラ、ネグラ、ペケシージョ、スダデラたちと一緒に、地元ラジオ局から聞こえてくるクンビアに合わせて踊るのが楽しみである。麻薬密売のカルテルの抗争に巻き込まれ、家族を救うためアメリカへの逃亡を余儀なくされる。居場所を見つけられない若者ウリセスの物語。

クンビアの語源はアフリカ・バントゥー語群(中央から東アフリカで話されている言語)のクンベcumbeからきている。宴とかお祭り騒ぎという意味、クンビア・レバハーダはクンビアをスロー・テンポにしている。ゆったりしているが膝を曲げ中腰の姿勢のまますり足て踊るから体力がいる。

 

 

       機会均等を奪われた若者の物語、コロンビア移民=犯罪者?

 

A: ウリセスが暮らすバリオの住民は、コロンビアからの移民が多い。彼は故郷の舞曲クンビアをスロー・テンポにした<クンビア・レバハーダ>を聴きながら踊るのが日常。地元のラジオ局が朝早くからどうでもいい誰も聞いていないニュースを挟みながらリクエストを受け付けている。ロス・テルコスLos TERKOSは、頑固な人を意味するtercoからきている。

 

B: 生き方を簡単には変えないことから、モンテレイでクンビアを踊ることは一種の抵抗の意味もあるという。時代を麻薬戦争が激化する少し前の2011年に設定している。モンテレイはドラッグ消費国アメリカの国境に近いことからカルテルの抗争が絶えない。本作の構想は2013年と語っているから7年間温めていたということです。

 

A: 昨年東京国際映画祭やラテンビート・オンラインで上映されたフェルナンダ・バラデスの『息子の面影』に登場した母親の一人が「息子はモンテレイの友人に会いに行く」と言ったきり行方不明になったように、モンテレイは危険と隣り合わせだった。

B: 映画は「ロスF」と「ロス・ペロネス」の2大カルテルの対立を背景にしている。テルコスはロス・ペロネスの下部組織ではないが守ってもらっている。ロス・ペロネスPelonesは髪の薄いペロンpelónの複数形、従って剃髪したスキンヘッドがトレードマークです。Netflix 配信が始まると、視聴者からモンテレイは映画のようではないと苦情が寄せられたとか。

   

       

                  (ウリセスとスキンヘッドのロス・ペロネスのメンバー)

 

A: モンテレイは日本の企業も多く進出しているメキシコ第三の大都市ですから気持ちは分かります。監督は「これはモンテレイを代表する映画ではなく、文化の多様性に価値があることを理解できない、人と違っていることを差別する社会に生きている青年の物語だ」と反論している。メキシコではコロンビア移民イコール犯罪者という偏見が存在しているようです。

B: ウエストの下がったぶかぶかのズボン、「頭に鶏がのっかっている」ような髪型だけで差別する「偏見や汚名」について語りたかった。

 

          

        (クンビア・レバハーダを踊るウリセスとテルコスの仲間たち)

 

A: 入り組んだ狭い坂道に折り重なるように家が建っている。スラムというのはリオデジャネイロでもそうだが上に行くほど貧しい。下から家が建っていき上しか行き場がないから、つまり天国に近いところが一番貧しい。ロス・テルコスの仲間は上のほうに住んでいる。夜になるとモンテレイの夜景が一望できる。ウリセスには赤ん坊の弟がいるから父親はいるのだろうが姿は見えない。カルテルのメンバーである兄は刑務所にいる。ここではムショが一番安全なのだ。

   

B: 典型的な父親不在、どうやって生活費を得ているのか語られない。カルテルから見つけしだい家族も殺害すると脅され母親と妹弟を連れて、坂道を転げ落ちるようにして親戚の家に逃げ込む。ウリセスは言葉の分からない北の隣国へ逃亡するしか生きる道がない。

 

A: リックサックにはチャパラ(コラル・プエンテ)から渡されたMP3プレイヤーに故郷の記憶を全て押し込んで出立する。このプレイヤーは500ペソ値切って1500で買ったテルコス全員の財産なのだ。

B: 「私用でこれは売り物ではない。バジェナート、アルゼンチンやペルーのクンビアも収録している」とお店の主がもったい付けていた代物。バジェナートもクンビアとともにコロンビアで人気の民謡。

 

       

       (仲間と愛するクンビアを捨て、母親と最後の別れをするウリセス)

  

 

      祖国喪失のオデュッセイア――モンテレイからNYへ、再びモンテレイへ

 

A: ウリセスという名前はギリシャ神話の英雄オデュッセウスの英語読みユリシーズ、ホメロスの『オデュッセイア』の主人公でもある。つまりモンテレイへ戻ることが暗示されている。密行の方法は終盤に明かされるが、ウリセスはニューヨークはクイーンズ地区、ジャクソンハイツで日雇い仕事をしている。この地区はヒスパニック系やアジア系の移民が多く住んでいる。雇い主のミスター・ローも中国からの移民という設定でした。

B: 好奇心旺盛な16歳の孫娘リン(アンジェリーナ・リン)がウリセスに絡んでくるが、スペイン語を解さないリンと英語がちんぷんかんなウリセスとの言葉の壁もテーマの一つのようです。

 

       

           (シュールな会話で難儀するウリセスとリン)

 

A: テーマは大別すると移民問題とアイデンティティとしての音楽でしょう。移民が新参者の移民を差別する構図が描かれ、ウリセスは元の生活スタイルを頑固に守ろうとするので、仕事仲間に痛めつけられて巷に放り出される。監督によると、よくモンテレイのスラムにカメラを持ち込められたとびっくりされたが、撮影が大変だったのはジャクソンハイツだったと語っている。

B: フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリー『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』15、公開2019)を見て、最初からここに決めていたようです。ヒスパニックやアジア系の他、ユダヤ教徒、167の言語が飛び交う多様なアイデンティティをもつ人々を紹介している。

 

A: 多様性を大切にするジャクソンハイツでも、ウリセスのような根なし草は生きていけない。コロンビアからの移民、クラブでホステスをするグラディス(アドリアナ・アルベラエス)から、このままでは刑務所行きになると諭されるが、その通りになる。

B: ずっと抵抗して切らなかった髪を切るシーンは切なかった。後半の山場の一つでした。リンにもグラディスにも見放されると、行き着く先は路上生活者、警官に逮捕というお決まりのコースで、数ヵ月後に強制送還される。

 

   

       (自分で鋏を入れ、大切にしてきた髪型を変えたウリセス)

  

 

         aqui とはどこ? アメリカ、あるいは故郷モンテレイ?

 

A: 英語題I'm No Longer Hereはオリジナル版と同じですが、邦題は少し違和感がありますね。それはさておき、「ここ」とはどこか。モンテレイかアメリカかです。

B: 本作はフラッシュバックで二つの場所を行ったり来たりする。ウリセスは夢のなかではバリオで踊っている。しかし自分は現実には「もはやここモンテレイにはいない」。

A: または、実際には米国にいるが本当の自分は「もはやここアメリカにはいない」とも解釈できる。アメリカに止むなく逃亡してきたウリセスのような移民にとって、米国は決していたいところではない。そう考えるとaqui とは米国をさすことになる。

 

B: 強制送還されてモンテレイに戻ってきても彼には居場所がない。半年ほどしか経っていないのにバリオは様変わり、バリオはロスFに支配され、テルコスの仲間も彼らに取り込まれている。かつての仲間の一人イサイ(レオ・サパタ)の葬列に出くわす。

     

     

               (イサイの葬儀のシーンから)

    

A: 友人イェレミー(ジョナサン・エスピノサ)に会いに行くと、いまではキリスト教に改宗してラップ形式で伝道者としての日々を送っている。ウリセスは一人ぼっちであることを受け入れ、MP3の電池が無くなるまで一人でクンビア・レバハーダを踊り続ける。

 

        ギレルモ・デル・トロとアルフォンソ・キュアロンの後方支援

 

B: 麻薬戦争時代を背景にしながらドンパチは一度切り、全体はゆっくりと静かに進む。クンビアをスローテンポで踊るのは、そうすると「深い味わいがあるからだ」と劇中でウリセスが言うように、見終わると、深い余韻が残る。

A: フリアスは基本的にカメラの位置を固定している。カメラを動かすときもゆっくり、取り込み方がすぐれている。前作Rezeta」もNetfixで配信されたようだが日本は外されたようです。

 

       

     (ロス・テルコスのサイン、星のマークを実演する監督、モレリアFFにて)

 

B: 前述したように、大先輩監督のギレルモ・デル・トロアルフォンソ・キュアロンが大いに関心を示してくれたとか。米アカデミー賞「国際長編映画賞」メキシコ代表作品にも選ばれた。ロスでのロビー活動のノウハウを伝授してもらえるでしょうか。

A: メキシコ人なら「メキシコの現実が描かれているから是非見て欲しい」と後方支援をしてくれた。しかしモレリアFFで感動してくれた観客に借りができている。自分たちもナーバスになったが、観客にモラル的な恩義を受けたと語っている。何本かシナリオを手掛けている由、今後に期待しましょう。

  

      

               (評価をしてくれたギレルモ・デル・トロ)

  

アイ・ウェイウェイの『ビボス』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑯2020年12月21日 12:33

         政府を信用しない国民、加害者が罰せられない国メキシコ

 

     

 

オンライン上映は終わってしまいましたが、滑り込みで鑑賞できた『ビボス~奪われた未来~』は、2014926日の夜、メキシコ南西部ゲレロ州イグアラ市で起きたアヨツィナパ教員養成学校学生43名の集団失踪事件をめぐるドキュメンタリーです。監督は自身も中国政府から北京の自宅監禁を余儀なくされた経験をもつ、現代美術家、社会評論家、人権活動家としても有名なアイ・ウェイウェイ、本作は、パコ・イグナシオ・タイボ二世2019年に撮った『アヨツィナパの43人』192部構成、Netflix配信)と同じ事件をテーマにしていますが、若干方向性が異なります合わせてご覧になると理解しやすい。本作はサンダンス映画祭2020でプレミアされました。

  

    

               (アイ・ウェイウェイ監督)

 

 

 『ビボス~奪われた未来~』(原題Vivos

製作:AWW Germany / No Ficción

監督:アイ・ウェイウェイ

撮影:アイ・ウェイウェイ、エルネスト・パルド、カルロス・ロッシーニ、ブルノ・サンタマリア・ラソ、マ・ヤン

音楽:Jens Bjorn Kjaer

編集:Niels Pagh Andersen

プロダクション・マネージメント:ラウラ・ベロン、エンリケ・Chuck

製作者:アイ・ウェイウェイ、(ユニット)エルネスト・パルド、(顧問)マリア・ルイサ・アギラール・ロドリゲス、(共同)ダニエラ・アラトーレ、エレナ・フォルテス、(ライン)エンリケ・Chuck、フリーダ・マセイラ

 

データ:製作国ドイツ=メキシコ、2020年、言語スペイン語・英語、ドキュメンタリー、112分、撮影期間20183月~20193月、配給Cinephil

映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭ドキュメンタリー・プレミア部門、ベルゲン映画祭(ノルウェー)、コペンハーゲン・ドキュメンタリー映画祭(CPHDOX)、ミュンヘン・ドキュメンタリー映画祭、他ノミネーション、ラテンビート・オンライン上映

 

失踪者家族の証言者:一人息子マウリシオ(・オルテガ・バレリオ)の父親、(生存者、脳死)アルド(・グティエレス・ソラノ)の両親・兄弟、ドリアン&ホルヘ・ルイス(・ゴンサレス・パラル)兄弟の両親・祖母、クリスティアンの父親・祖母・姉妹、(死亡者)教師フリオ(・セサル・モンドラゴン)の妻、その他名前が伏せてある家族多数、生存者エンリケ・ガルシア(仮名?)

★失踪者に顔をもたせるため、分かる範囲で実名を入れました。

   

重要協力者

フランシスコ・コックス(米州人権委員会のGIEIメンバー、チリ出身の弁護士)

テモリス・グレコ(ジャーナリスト、The Historic Lieの著者)

ケイト・ドリル(国家安全保障文書館のラテンアメリカ政策シニア・アナリスト、米国人)

ジョン・ギブラー(ジャーナリスト、That They Would Kill us他の著者)

ヒメナ・アンティロン・ナイリス(心理学者、アヨツィナパに関する心理学的なリポートの著者)

エルネスト・ロペス・P・バルガス(人権・都市治安プログラムNPO代表者、メキシコ人)

印はNetflix配信の『アヨツィナパの43人』にも出演している人。

GIEIGrupo Interdisciplinario de Experto y Experto Independientes、米州人権委員会がアヨツィナパ事件の失踪者43名を捜索するための技術的支援を目的とした第三者委員会専門家グループ。フランシスコ・コックスを含めて、チリ、コロンビア(2名)、グアテマラ、スペイン出身の弁護士、判事、医学者5名の専門家で構成されていた。

 

    

 (アヨツィナパの住民に調査打切り報告をするGIEIメンバー、左から2人目がコックス弁護士)

 

解説2014926日の2130分、ゲレロ州イグアラ市でアヨツィナパ教員養成学校の活動家学生を乗せた5台の長距離バスを警察が襲撃した。5人が死亡、数十人が負傷、43名が行方不明者となった。学生たちは1968102日に起きたトラテルロコ大虐殺事件の学生弾圧追悼デモに参加するためメキシコシティに向かう途中であった。数日前からバス数台をチャーターして参加するのが恒例だった。先住民の多くが通うこの教員養成学校は、歴史的にも連邦政府、地方自治体の抑圧の対象となっており、この強制失踪事件はイグアラ市、地元警察、連邦検察庁、陸軍、麻薬カルテル「ゲレロス・ウニドス」やペーニャ・ニエト大統領を頂点にした国家権力が結束して、捏造と隠蔽を繰り返した国家的犯罪です。上記の『アヨツィナパの43人』は事件の背景並びに経緯を時系列的に追って製作されておりますが、本作は事件4年後の行方不明者や死亡者の家族、重篤な負傷者ほか生存者の怒りと悲しみに寄り添って製作されています。          (文責:管理人)

 

       「歴史的真実」とは何か、「あったことはなかったことにできない」

 

A: アイ・ウェイウェイ監督の過去の『ヒューマン・フロー 大地漂流』17)をご覧になった方は、23ヵ国40ヵ所の悲惨な難民キャンプ地を巡ったドキュメンタリーながら、その映像美に心打たれたのではないでしょうか。新作も同じ印象をもちますが、何故バスが襲撃され、かくも多くの学生が強制的に失踪者になったか、事件の前段階の知識がないと分かりにくのではないか。

B: 『アヨツィナパの43人』を見ていたり、6年前世界に衝撃を与えたニュースを多少とも聞きかじっていないと、冒頭に流れたテロップだけでは事件の全体像はつかめない。

 

        

       (2019年に公開された『ヒューマン・フロー 大地漂流』のポスター)

 

A: 926日の夜930分ごろ最初の発砲があり翌朝にかけて何回か繰り返された。死亡者は全体では8名、その内訳は5名が学校関係者、そのほかサッカーの試合が終り帰途についていたチームのバスが間違われて発砲を受け、選手、バス運転手、たまたまタクシーに乗っていた民間女性の3人が巻き込まれて犠牲になった。

B: 43名というのも正確には、麻薬カルテルによってゴミ集積所コクラで焼却された灰の中に入っていた1名を含めている。死者の数はウィキペディアでもスペイン語版、英語版、日本語版とも錯綜していて、どれが正確なのか迷います。

 

A: 後にオーストリアのインスブルック大学に DNA 鑑定を依頼して判明したことなので、最初の43名をスローガンとして踏襲している。学生アレクサンデル・モラ・ベナンシオの家族が納得しないこともありますが、そもそも43人を一晩で焼却することは不可能という専門家の指摘を政府は黙殺している。

B: 高温になるゴミ焼却炉ではない、灰にするには最も不向きな森の中では、60時間という長時間、薪にしろ古タイヤにしろ膨大な量が必要ということ、しかも当夜は一晩中土砂降りだった。ある父親は「にわとり1羽でも灰にするのは簡単ではない」と証言していた。ひらたく言えば「バカにするな」ということです。

 

A: 国の公式発表は「警察が学生43人を地元の麻薬組織に引き渡し、組織が彼らを殺害、遺体は森の中で焼いて近くの川に遺棄した」と断定、連邦検察庁はこれを「歴史的真実」(la verdad histórica)と宣言した。拷問の末に無実の罪を着せられた人々も言わば被害者です。

B: 政府も最初は本当のところを把握していなかったのではないか、といわれていますね。

 

A: しかし、どうしてこんな稚拙な嘘をついたのか気がしれないが、灰になってしまうとDNA鑑定が難しいからでしょう。袋詰めにして近くのサンフアン川に流した。その袋に入っていた骨が一致したのは「歴史的真実だから、43人は焼却された」と、あくまで当局は主張する。

B: とにかくできるだけ早く終止符を打って「あったことをなかったことにしたい」焦りが見え見えです。政権の中枢に批判が波及しないよう隠蔽工作に奔走した。

 

A: 責任逃れをしたい州警察や連邦検察庁の誤算は、教養のない先住民を騙すのは簡単と勘違いしたことです。時間が経てば泣き寝入りするだろうと捏造を繰り返したことが、家族だけでなく多くの国民の怒りに火をつけた。

B: 家族たちの強い絆や諦めないパワーに押されて後手後手に回ってしまった。1989年、米国のCIAをお手本にして設立されたメキシコ国家安全調査局 CISENもグルになって指揮したと言われていますが、お粗末です。

 

A: 内務省に所属している情報機関ですが、バス襲撃に27歩兵大隊が関与していたことを掴んでいたからではないでしょうか。メキシコ陸軍となるとこれは大ごとですから。学生たちの携帯電話の発信地が陸軍基地からだったことが、電話会社の追跡で確認されている。

B: バスを降ろされ連行されていった所が軍基地だったことを意味している。

 

A: 軍部には国家機密保持のため、外部からの調査を拒否する権利があって踏み込めないことが、調査の壁になった。この拒否権が米州人権委員会GIEI が調査打ち切りを決定した大きな要因でした。

B: 本作でもメンバーの1フランシスコ・コックス弁護士が語っていました。『アヨツィナパの43人』のなかで、調査打ち切りの報告集会の席上、家族から「帰らないでください!」という悲痛な叫び声に涙が隠せなかったと語っていました。GIEI は行方不明者家族にとって、いわば最後の砦だった。

  

      「乗ってはいけないバスに乗ってしまった」アヨツィナパの学生たち

 

A: 学生たちの乗った長距離バス5台は、正規にバス会社と契約していたわけではなく、いわばハイジャックした。その中にはイグアラからシカゴに運ぶ麻薬カルテルのヘロインが多量積み込まれていたバスがあった。だから学生たちが乗った時点からずっと追跡されていたようです。

B: 5台のうち襲撃された2台から犠牲者が出た。学生たちはバスではなく霊柩車という「乗ってはいけないバスに乗ってしまった」と言われる所以です。

 

A: 最初の犠牲者はフリオとして登場していた引率教師、「仲間をおいて逃げられない」と妻に携帯で電話、夫の最後の言葉は「娘のことをよろしく頼む」だった。その女の子は34歳に見えたから当時は赤ちゃんだったでしょう。屈託なさそうな娘さんを見るのが辛いシーンでした。

B: 最初の証言者、一人息子マウリシオの父親は「息子の夢をよくみます。4年の時が経ちましたが、心は止まったまま」と物静かに語る。

 

     

            (マウリシオ・オルテガ・バレリオの父親)

 

A: 夫が失踪してアメリカに働きに行き115時間も働きづめだった母親に「必ず恩返しするから」と語っていた息子、母親は彼の無事を信じて今では家族会のリーダー役を務めている。他のグループとの共闘を示唆したのが、心理学者のヒメナ・ナイリス、本事件に関するインパクトのある著書がある。トラテルロコ大虐殺事件当時ラテンアメリカ政策担当者だったケイト・ドイル(現国家安全保障文書館シニア・アナリスト)やジャーナリストなど、抵抗の運動を応援する識者に支えられている。

 

B: 2人の息子ドリアンホルヘ・ルイスが行方不明になっている父親は、妻は「体調を崩して病気になっている」と。ある家族の「犯人が政府でないなら死体は見つかる。なぜなら麻薬カルテルが犯人なら死体は放置したままにするからだ」という指摘は的を射る。

 

      

            (強制失踪者のリーダーとして活動する母親)

 

A: カルテルなら灰にして川に流すような面倒な手間暇をかけない。フェルナンダ・バラデスの『息子の面影』にあったように遺体は見つかる。あの映画の燃え上がる炎のシーンは、アヨツィナパ事件の遺体がコクラで焼却されたというニュースに着想を得ているとバラデス監督は語っている。『息子の面影』はこの事件とリンクしています。

 

          アヨツィナパ事件はペーニャ・ニエト政権最大の汚点

 

B: 本作では行方不明の学生たちは、写真のみに存在している。監督は第三者の視点をできるだけ排除して家族の悲しみと怒りに寄り添うことにしている。そのため監督を含めて5人のカメラマンが現地入りしている。難を逃れた生存者の証言は多くない。

A: 負傷者の1人は「正義と権利を求めると弾圧される」と語っており、なかで脳死状態のアルド・グティエレス・ソラノの家族は、院内感染を怖れて息子を引き取るため自宅を新築した。母親は「何年後か分からないが息子が目覚めるときを待っている」と。

 

        

      (行方不明者の拡大写真を手にメキシコシティで怒りのデモ行進をする家族たち)

 

B: デモ行進中に「ペーニャ・ニエトはくそったれ」とシュプレヒコールされていた前大統領、任期中(201218)の最大の汚点と称されるのがアヨツィナパ事件です。

A: 2006年から始まった麻薬戦争で、25万人以上が殺害、4万人が行方不明となっているメキシコで、彼らと<アヨチィナポ/教養のない人>と陰で差別されている「アヨツィナパの43人」の違いは何か。それは固い絆で結束して、行方不明者を可視化したことだと思います。

 

         

       

                       (写真を手にした行方不明者の家族たち)

 

B: 階級間格差や地域間格差はどこでも見られることですが、その他にメキシコは人種間格差を抱えている。ハンスト、座り込み、人間の鎖などは、権力者の目に入らないが、国民の目には入った。政府の繰り返される捏造に家族は苦しめられたが屈しなかった。そのことが多くの国民の賛同を得たのではないか。

A: アヨツィナパ事件の真実と正義を解決すると強調していた現大統領ロペス・オブラドールは、当選3日目に連邦裁判所の判決に従って「真実と正義委員会」を設立した。アレハンドロ・エンシナスを長とするこの委員会には、学生の家族、市民団体の代表者が含まれている。

 

B: これとは別に国家検察庁(FGR)は、検察チームが率いる行方不明者捜索に焦点を絞った特別部隊も設立して、少しずつながら進展がみられるようになった。ドキュメンタリーの撮影は20183月からの1年間ですから、当然触れられない。

A: 重要な進歩が見られるようになったのは、20203月、事件に関わった政府高官、軍人を司法妨害で逮捕、5名中4名が現在も拘束されている。6月には麻薬カルテルのゲレロス・ウニドスの指導者、46名に及ぶ自治体職員も逮捕され、捜査は進んでいる。

 

B: しかし当時、事件の証拠隠滅、犯罪現場の変更、拷問に関与したと言われる司法長官トマス・セロンには捜査の手が及んでいない。現在逃亡中のイスラエル政府に引き渡しを要請している。しっぽ切りにならないことを祈りたい。

 

A: 家族の諦めない団結が、43人のみならず行方不明者全体の捜索に寄与している。行方不明者4万人と先述しましたが、国家捜索委員会(CNB)のリストによると、2006年以降20207月までの総数は73,000と倍近い。この数は近年増加傾向にあるということですが、危機が国内のより広範な地域にわたっていることを物語っている。その原因解明も検証しなければならない。

B: それには予算が必要、この圧倒的な数に対処するには増やした予算では足りないでしょう。アメリカに運び込まれるコカインの90%は、コロンビアからメキシコを経由している。強大な隣国アメリカに最も近い国メキシコの悲劇です。

 

A: 捜査の進展は、学生の家族を筆頭に、家族を支える組織、特別検察官オマル・ゴメス、真実と正義委員会などの努力によります。ドキュメンタリーその後に触れたのは、まだ緒に就いたばかりとはいえ、少しだが光が射してきたことを述べたかったからです。


フェルナンダ・バラデスの 『息子の面影』 鑑賞記*ラテンビート2020 ⑪2020年11月26日 10:20

            豊かなアメリカに一番近い国メキシコの苦悩――メタファーを読みとく

 

    

 

フェルナンダ・バラデス『息子の面影』は、北の豊かな大国アメリカに一番近い国メキシコの不幸と苦悩を静かに訴えている。バラデス監督が主役マグダレナにメルセデス・エルナンデスを念頭に脚本を書きすすめていき、メルセデスも台本を見ることなしにオーケーしたという信頼関係が伝わってくる秀作でした。自然の静寂と人間の暴力のコントラスト、秩序の崩壊、自分探しの若者たち、麻薬密売カルテルの恐怖、母親の揺るぎない子供への愛、苦悩するメキシコから届いた苦いクリスマス・プレゼント。2014926日の夜に起きた、メキシコ南部ゲレロ州イグアラ市アヨツィナパ教員養成学校の学生たち43名の謎の失踪事件や、20186月に起きたオカンポ市長選挙候補者の射殺事件などが背景にあるようです。本日から配信が開始されたアイ・ウェイウェイのドキュメンタリー『ビボス~奪われた未来』は前者がテーマ、この世界の注目を集めた未解決事件の不条理が今日のメキシコを象徴している。

 

 

 『息子の面影』(原題Sin señas particulares、英題「Identifying Features」)

製作:Corpulenta Producciones / Avanti Pictures

監督:フェルナンダ・バラデス

脚本:フェルナンダ・バラデス、アストリッド・ロンデロ

撮影:クラウディア・べセリル・ブロス

美術:ダリア・レイェス

編集:フェルナンダ・バラデス、アストリッド・ロンデロ、スーザン・コルダ

録音:ミサエル・エルナンデス、(サウンド・デザイン)オマル・フアレス

音楽:クラリス・ジェンセン(オリジナル・ミュージック)

製作者:フェルナンダ・バラデス、アストリッド・ロンデロ、ジャック・サガ・カバビエ、ヨシー・サガ・カバビエ、ほか

 

データ:製作国メキシコ=スペイン、スペイン語・サポテコ語・英語、2020年、ドラマ、97分、公開スペイン1127日、ドイツ1210日、フランス1216

   

映画祭・受賞歴SSIFF2019「シネ・エン・コンストルクシオン36」受賞、サンダンス映画祭2020ワールド・シネマ部門観客賞特別審査員脚本賞、トゥールーズFFシネラテン部門オフィシャル・セレクション、MOOOVE映画祭(ベルギー)ユース賞、カルロヴィ・ヴァリFFオフィシャル・セレクション、平昌ピョンチャンFFグランプリ、サンセバスチャンFFホライズンズ・ラティノ部門オリソンテス・ラティノス賞スペイン協力賞、ロンドンFF、東京国際FFワールド・フォーカス部門、チューリッヒFF作品賞ゴールデン・アイ賞、モレリアFF観客賞女優賞作品賞、テッサロニキFFコンペティション部門、ストックホルムFFコンペティション部門、トリノFFオープニング作品、他インターネット、バーチャルシネマ多数

 

    

   (オリソンテス・ラティノス賞&スペイン協力賞の賞状を手にした監督、SSIFF2020授賞式

 

キャスト:メルセデス・エルナンデス(マグダレナ)、ダビ・イジェスカス(ミゲル)、フアン・ヘスス・バレラ(メルセデスの息子ヘスス)、アナ・ラウラ・ロドリゲス(オリビア)、アルマンド・ガルシア(リゴ)、ラウラ・エレナ・イバラ(リゴの母チュヤ)、シコテンカティ・ウジョア(リゴの父ペドロ)、ジェシカ・マルティネス・ガルシア(看護師)、リカルド・ルナ(国家公務員)、フリエタ・ロドリゲス(検視官)、ベルタ・デントン・カシーリャス(レヒス)、カルメン・ラモス(レヒスのボイス)、マヌエル・カンポス(アルベルト・マテオ)、アルカディオ・マルティネス・オルテガ(マテオのボイス)、ナルダ・リバス(マテオの孫)、ほか宿泊施設やバス会社の職員、麻薬カルテルのシカリオなどエキストラ多数

 

ストーリー:マグダレナは2ヵ月前、国境行きのバスに乗ってアメリカに向かったまま連絡の途絶えた息子を探す旅に出る。一緒に出掛けた友人が無言の帰宅をしたからだ。メキシコの寂れた町や静かな自然の中を旅するなかでミゲルと名乗る青年に出会う。アメリカから強制退去されたばかりの青年は、長い不在のあと、母親との再会を求めて故郷オカンポを目指していた。道連れになった二人、一人は愛する息子を探す母親マグダレナ、もう一人は故郷の母親に許しを求めたい青年ミゲル、二人の犠牲者は危険な加害者たちが蔓延している危険地帯を一緒にさまようことになる。たとえ罪びとになろうとも母の深い愛に変わりはない。                      (文責:管理人)

  

★監督紹介:フェルナンダ・バラデス1981年グアナフアト生れ、監督、脚本、製作、編集。2006年メキシコの映画養成センターCCCに入学、既に26歳とかなり遅い出発だった。2014年、アストリッド・ロンデロと制作会社EnAguas Cineを設立する。ロンデロは本作の共同脚本家・編集者、また美術を手掛けたダリア・レイェスChulada Films ともコラボしている。製作者としては自身の3作を含めて7作ほどプロデュースしている。代表作がアストリッド・ロンデロのデビュー作Los días más oscuros de nosotras17)である。ボゴタ映画祭2018の作品賞、ロス・カボス映画祭2017のメキシコ賞を受賞している。ロンデロもバルデスの長編デビュー作や短編2作をプロデュースしている。女性作家輩出の胎動を予感させる。現在はメキシコシティに住んでいる。

  

     

   (バラデス監督と脚本&編集を手掛けた盟友ロンデロ監督、サンダンス映画祭2020にて)

 

★短編映画デビューは、2010De este mundo26分)監督、脚本、製作、編集。長編デビュー作のもとになった短編第2作目400 Maletas1423分、CCC製作)でも監督、脚本、製作、編集を担当、サンティアゴ短編映画祭、サンパウロ・ラテンアメリカ映画祭に出品された。メルセデス・エルナンデスが母親マグダレナ、長編で合衆国から退去させられるミゲルを演じたダビ・イジェスカスが行方不明になるマグダレナの息子に扮している。短編完成後に起きたアヨツィナパ失踪事件に着想を得て脚本を推敲、完成させたのが長編デビュー作である。

 

               

                 (本作とリンクする短編2作目400 Maletas」のポスター

 

メルセデス・エルナンデスは舞台女優と二足の草鞋を履いている。ラテンビートで上映されたフランシスコ・バルガスの『バイオリン』05)、ホルヘ・ペレス・ソラノのLa tirisiaではアリエル賞2015の助演女優賞ノミネート、本作でモレリア映画祭2020女優賞を受賞している。ほかTVシリーズ出演、アニメのボイス出演もしている。ダビ・イジェスカスは、ビューティフル・ロードムービーと言われた、ディエゴ・ルナの『ミスター・ピッグ』16)に出ている。これからの俳優です。  

   

               (ある決心をしてミゲルの家に戻ろうと帰路を急ぐマグダレナ)

    

        

            (ミゲルの家の前に佇むマグダレナ、窓際にミゲルの姿、本作から)

  

 

             2014年のアヨツィナパの謎の集団失踪事件が背景にある

 

A: 本作はスクリーンで見たい映画、多分印象がかなり変わると感じました。裏で繰り広げられている暴力を無視したように進行のテンポはゆったり、荒涼としたグアナフアトの自然は、母親マグダレナの心象風景のようでした。彼女を取りまく空虚感に胸が塞がる。

B: 静寂そのもののオカンポのダム湖を飛び立つ自由な鳥、風にそよぐ木々や草、人間の不自由さや愚かさが迫ってきます。

  

A: 本作には上記したように2014926日に突発したアヨツィナパ教員養成学校の学生43名の失踪事件が絡んでいます。真相と称されるものが一転二転して、謎は深まるばかり今もって未解決の事件、政府は解決済みとしたいところだが、犠牲者の家族のみならず国民の大半は納得していない。

B: 配信開始のドキュメンタリー『ビボス~奪われた未来』と合わせてご覧になると、現代メキシコの傷痕の深さが浮き彫りになります。

 

A: もう一つ、20186月のメキシコ中西部ミチョアカン州オカンポ市長選挙中に候補者が射殺された事件もヒントになっている。オカンポという地名は何か所かあり、ミゲルの故郷のオカンポとは別のようです。本作には何本もの柱があって、中心は母親の息子への変わらぬ愛ですが、メキシコが抱える苦悩を背景にしている。

 

B: 母親は生死が分からなくては生きていくことができない。生きているなら連絡があり、連絡がないならば死んでいると当局は言うが、証拠がなくては受け入れられない。息子ヘススと一緒に国境に向かったリゴは無言の帰宅をした。一緒に死んだなら遺体があるはずだ。ないならどこかで生きてるはず。

 

A: リゴの父親ペドロは、暮しに困っていたわけでもないのに「自分の人生を探し」に北に行きたいという息子に激怒して、親身に話し合わなかった自分を責める。息子を探しに行くマグダレナを車で国境まで送ってくれる。

B: 母親チュヤは、マグダレナに必要なら使ってとお金を渡す。麻薬密売組織の残虐性と対照的に、市井の人々の優しさが丁寧に挿入されていて、希望のほのかな明かりを感じさせた。

  

   

                       (アリゾナ行を母親に告げるヘスス)

     

      

 (母親に別れの手を振るヘススとリゴ)

   

      

                   (軽トラで国境までメルセデスを送っていくペドロ)

 

A: メキシコ人の連帯感は強い。バス会社の受付の年配の男性、移民用の宿泊施設の係官、ボートでダムの対岸まで運んでくれた漁師など、記憶に残る人物を多々登場させている。

B: それに対して若者たちはどうでしょうか。北に向かう理由は経済的理由だけでない、今より少しでも良くなりたい、自分には違う人生があるはずだ、という若者が抱く願望が不幸を呼び込んでいる。常に危険が待ち受けていることを無視している。

  

A: 最初は身の危険を感じてマグダレナを故郷に帰そうとする人々も、結局は情報を与えてマグダレナを助ける。例えばヘススと同じバスに乗り合わせて生き残った老人マテオの居場所を教えるレヒナの例、カメラは後ろ姿を映すだけで会話は声だけでした。レヒナもさりげなくお茶をすすめるなどゲイが細かい。

B: 風景描写だけでなく室内シーンでも、撮影監督クラウディア・べセリル・ブロスのフレームは素晴らしかった。ボイスにしたのは「壁に耳あり障子に目あり」で、職務上知りえた事実も知らなかったことにする。他言は直ちに危険が身に及ぶという事実を示唆している。

 

A: 国境地帯では他人を信用してはならないのです。マグダレナはレヒナにとって他人です。次々に身元不明の遺体が運び込まれてくるのが現状です。因みにレヒナのボイス出演をしたカルメン・ラモスは、短編400 Maletas」に出演、他に当ブログでご紹介したアロンソ・ルイスパラシオスのデビュー作『グエロス』(16)に出ている。

 

        マグダレナ、チュヤ、オリビア、息子を探す3人の母親と父親の不在

 

B: 冒頭部分で白内障の手術をしているシーンがあり、思わずブニュエルの『アンダルシアの犬』を思い出してしまった。この眼科医が4年前にモンテレイの友人を訪ねると言い残したまま行方不明になった息子ディエゴの母親であることが分かってくる。

A: 眼科医オリビアを演じたアナ・ラウラ・ロドリゲスについては、本作では重要な役柄ですが、IMDbにも載っていなかった。冒頭の45分で行方不明の息子を探す3人の母親が出揃う。白内障手術のメタファーは、国民が目を覚ましてほしいという願望がこめられているようだが、シカリオの残虐をとどめるのは、利害が複雑に絡まって絶望的です。

 

        

           (字の読めないマグダレナを手助けするオリビア)

 

B: 政治家と警察がカルテルから雁字搦めにされている。アヨツィナパ然り、オカンポ市長候補者殺害然り、調査に入った世界も沈黙させられてしまっている。隣国の大国が絡んでいるから複雑です。

A: ディエゴのように何かの事件に巻き込まれて突然姿を消すことは、ここメキシコでは珍しくない。消息不明のケースもさまざま、合衆国への越境だけが理由ではない。

 

B: オリビアは、検視官から「2週間前のバス襲撃事件の犠牲者の一人」と説明されるが、焼け焦げた息子の遺体からは識別は難しい。

A: しかしDNA判定が一致したことで自身を納得させるしかない。そうしないと息子を弔うことすらできないからです。マグダレナにもオリビアにも、夫の存在が希薄でした。最後にマグダレナが法的に独身だった事実を観客は知るのですが。

B: ヘスス、ディエゴ、さらにいえばミゲルにも父親が不在だった。父親不在はラテンアメリカ映画の特徴の一つです。

   

       

              (米国からメキシコに帰国するミゲル)

 

A: マグダレナが非識字者なのは早い段階で観客に知らされるが、襲撃されたバスに乗り合わせた老人マテオはスペイン語を解さなかった。先住民の言語サポテコ語しか分からない。

B: 主にオアハカ州で話されている言語のようですが地理的には離れている。スペイン語を解さない人口が3%以上いるということですから、相当な数です。

A: ナワトル、マヤ、ミシュテカなどが有名ですが、時間とともに消滅していく言語もある。サポテコ語は国民同士の意思疎通の困難さのメタファーとして挿入されている。

 

B: 本作では森の中で死体を焼く炎の中から現れる悪魔のシルエットなどメタファーが多い。悪魔は悪の象徴として登場させているのでしょうが、残虐性、秩序の崩壊のシンボルでもある。最後にマグダレナが見る悪魔はどう理解したらよいか、観客に委ねられる。

A: 映画のなかで暴力をただの暴力として描くのは避けたい。私たちはあまりに多くの暴力を目にしていますからストレートな暴力は見たくない。勢い観客の想像力に頼ることになる。

 

B: 本作では焚火の炎、蝋燭の炎、暖房の炎、車のライトや懐中電灯の灯り、月光などが効果的に使われていました。全体が暗い色調なのでコントラストが際立っていた。半月から満月に移り変わることで時間の流れを表現しているなど、本作は見る人によって感想が違うかもしれない。

 

         

         (炎の中から立ち現れる悪魔は何を意味しているのか?)

 

A: 衝撃の結末については、配信中ですからさすがに書けない。しかし注意深くダイヤローグに耳澄ませば、伏線が張ってあるので想像できなくはありません。

 

 

ルイス・ブニュエルの『ビリディアナ』*スペインクラシック映画上映会2020年05月29日 17:47

          ヨーロッパ回帰の第1作目『ビリディアナ』をスペインで撮る

 

   

★メキシコで映画を撮っていたルイス・ブニュエルが、ヨーロッパ、それもスペインで撮ることにした『ビリディアナ』61メキシコ合作)は、デビュー作『アンダルシアの犬』28仏)から数えて23作目、スペイン映画としては、1932年、スペインでも最も貧しいラス・ウルデス地方に入って撮ったドキュメンタリー『糧なき土地』(短編27分、公開37)以来、およそ29年ぶりの2作目でした。ブニュエルと言えばスペイン映画を代表する監督ですが、スペイン映画としてはトレドを舞台にして撮った『哀しみのトリスターナ』70仏伊西、ベニト・ぺレス・ガルドスの短編の映画化)と『欲望のあいまいな対象』77仏西)を含めて生涯に4本だけ、スペイン単独としてはドキュメンタリー1作のみでした。

『糧なき土地』(Las Hurdes. Tierra sin pan)撮影の経緯を描いたサルバドール・シモーのアニメーションBuñuel en el laberinto de las tortugas18)の紹介記事は、

コチラ20200205

 

★本作はカンヌ映画祭1961のグランプリ(現在のパルムドール)受賞作品、公開作品の一つということで字幕入りで鑑賞でき、DVDも発売されている。ブニュエルのキャリア&フィルモグラフィについては多くのことが書かれ語られているので紹介は不要と思います。また今回の上映会の解説者である金谷重朗氏のコンパクトながら実に適切な作品紹介では、ビリディアナ事件にまで及んでおり、これで充分と思えますが、映画より事件の顛末のほうが面白いので補足したい。一応例のごとく作品データを以下にアップしておきます。

 

Viridiana1961『ビリディアナ』

製作:Uninci-Films 59

監督:ルイス・ブニュエル

脚本:フリオ・アレハンドロ、ルイス・ブニュエル(原案ベニト・ぺレス・ガルドス Harma 1895

助監督:フアン・ルイス・ブニュエル、ホセ・プヨル

撮影:ホセ・フェルナンデス・アグアヨ

美術:フランシスコ・カネト

音楽(選曲):グスタボ・ピッタルガ

編集:ペドロ・デル・レイ

録音:アウレリオ・ガルシア・ティヘラス

製作者:グスタボ・アラトリステ、リカルド・ムニョス・スアイ、ペレ(ペドロ)・ポルタベリャ

 

データ:製作国スペイン=メキシコ、スペイン語、1961年、ドラマ、90分、撮影地トレド、マドリード(アルガンダ・デル・レイ)、マドリードのスタジオC.E.A. Ciudad Lineal、撮影19611月、スペイン公開マドリード197749日、バルセロナ530日。日本公開は1964101日、再上映198181日、20171223日。

 

映画祭・受賞歴:第14回カンヌ映画祭1961出品517日上映、グランプリ(現在のパルムドール)受賞、ベルギー批評家協会賞1962を受賞した。

 

キャスト:シルビア・ピナル(ビリディアナ)、フェルナンド・レイ(伯父ドン・ハイメ)、フランシスコ・ラバル(ハイメの庶子ホルヘ)、マルガリータ・ロサノ(家政婦ラモナ)、テレサ・ラバル(ラモナの娘リタ)、ビクトリア・シニー(ホルヘの愛人ルシア)、ホセ・カルボ(物乞いドン・アマリオ)、ルイス・エレディア(同マヌエル、エル・ポカ)、ホセ・マヌエル・マルティン(同エル・コホ)、ホアキン・ロア(同セニョール・セキエル)、フアン・ガルシア・ティエンドラ(同ホセ、エル・レプロソ)、ホアキン・マヨール(同)、ロラ・ガオス(同エネディナ)、マリア(マルハ)・イスベルト(同、歌い手)、アリシア・ホルヘ・バリガ(同)、パルミラ・ゲーラ(同)、ミラグロス・トマス(同)、フランシスコ・レネ(執事モンチョ)、ロシータ・ヤルサ(マザー修道院長)、他多数

 

ストーリー:若く美しい見習い修道女ビリディアナは、誓願式を数日後に控えている。経済的援助をしてもらっている後見人である伯父ドン・ハイメから館を訪れるよう通知を受けとるが、日頃疎遠な伯父に会うことは気がすすまなかった。しかし修道院長の強い勧めでしぶしぶ館に向かった。一方ドン・ハイメは、その昔、結婚式の夜にビリディアナの伯母である妻を心臓発作で亡くして以来、家政婦のラモナ、その娘リタ、執事のモンチョなどと、広大な領地に隠棲していた。しかし久しぶりに会った亡き妻そっくりのビリディアナに、ドン・ハイメは激しく心動かされ、修道院に戻さず手元に置きたいと願うようになる。

 

       19世紀の文豪ベニト・ぺレス・ガルドスの小説 Harma に材をとる

 

A: 冒頭から予想通りのフェティシストぶりに苦笑を禁じえませんが、反復して現れます。それはさておき、タイトルの由来から入りましょうか。ブニュエル監督によると「ビリディアナの名前の由来は、ラテン語の緑の場所 <ビリディウム> からきているが、実際に存在した聖女ビリディアナから取った。映画に出てくるように十字架、棘の冠、釘をもっている肖像がメキシコ市博物館にある」と語っています

B: 解説者の金谷重朗氏がベニト・ぺレス・ガルドスHarma を下敷きにしていると話されていましたが。

         

             (フェティシストぶりを発揮した極めつきシーン)

 

A: IMDbにも作品名まではクレジットされておりませんが、ガルドスの小説とあります。上記のインタビューでは監督自身は「脚本は、フリオ・アレハンドロと私のオリジナル」と応じている。彼は3人いるブニュエル映画の共同執筆者の一人、他に『砂漠のシモン』63)、上記の『哀しみのトリスターナ』などを手掛けています。スペイン版の映画紹介では、ガルドスの Harma をベースにしているとあります。しかしあらすじを読むと人格造形は似ているが、3年前にメキシコで撮った『ナサリン』58)のような相似性はないようです。

B: 『ナサリン』は、ガルドスの小説 Nazarin の映画化と明記されていますね。本作の脚本を手掛けたのもアラゴン州はウエスカ生れのアラゴネスのアレハンドロでした。

 

A: 深入りしませんが、ナサリンは主人公の名前、アルマはアルマ-ローテンバーグ伯爵夫人カタリナ・デ・アルタルのアルマから取られています。しかしalma(魂、精神)が隠れているのは想像できる。ヒロインのカタリナとナサリンは対になっている。貧しい人に慈悲を施しても結局裏切られて破局を迎える。

 

B: 例のインタビューでブニュエルは「ビリディアナはスカートを履いたドン・キホーテ」と語っていますが。

A: ビリディアナは乞食や浮浪者のグループに食事を与え保護しますが裏切られ、なおかつエル・コホから暴行を受ける。彼女は現実に目覚め、ありのままを受け入れようとする。ドン・キホーテも正気に戻って現実を受け入れる。 Harma が上梓されたとき、『裁判官夫人』の著者レオポルド・アラス(筆名クラリン)が、ナサリンとアルマのカタリナのドン・キホーテ相似性を指摘しました。多分そこからきているのかもしれません。

 

B: ブニュエルはガルドスの小説の映画化を温めていた。Nazarin はガルドスの代表作ではないが、映画化権をガルドスの娘ドーニャ・マリアから買っており、それはメキシコ国籍を取得する1951年より前のことです。

A: 実現しませんでしたが、他にDoña Perfecta1876「ドーニャ・ペルフェクタ」)も買っていた。ガルドスの Tristana が原作の『哀しみのトリスターナ』は、1952年に一度計画されたが実らず、実際の完成は1970年でした。『ビリディアナ』の脚本が全くのオリジナルか否かは別として、記憶は年とともに想像と夢想に侵されるから、何が本当だったか曖昧になる。いずれにしても、ガルドスの Harma と無縁ではなかったでしょう。

 

             個性的に描き分けられた人格造形

       

A: フェルナンド・レイ扮するドン・ハイメが伯父か叔父か映画からは類推するしかありませんが、映画紹介記事でも混在しています。ビリディアナの両親は亡くなっており、ドン・ハイメは身寄りのないビリディアナの後見人として学費の援助をしている。亡き妻の姉妹の子供だから伯父姪の関係とはいえ血は繋がっていない。

B: ドン・ハイメは老人というほど年寄りには見えないが、既に人生を半分諦めている。片やビリディアナは数日後に修道女誓願式を控えている若い女性で20歳未満に設定されているようです。

 

A: フェルナンド・レイ(ラ・コルーニャ1917)については、前回の『ようこそ、マーシャルさん』で少し触れましたが、ブニュエル作品では、『哀しみのトリスターナ』の他に『ブルジョワの秘かな愉しみ』72)と、最後の作品となる『欲望のあいまいな対象』に主演している。当時ガラン俳優として、仲介役をしたバルデム監督のCómicos54役者たち)やSonatas59ソナタ)に出演していた。主役を演じるようになるのは、『ビリディアナ』以降、ゴヤ賞やサンセバスチャン映画祭の銀貝男優賞を取るのは、ずっと後の話です。

  

B: シルビア・ピナル1931年生れで撮影当時は30歳になっていたから、美貌ではあるが初々しさに欠けていた。大金を提供した製作者のグスタボ・アラトリステが夫君で、彼女の起用が前提だった。アラトリステはスペインで撮ることを希望していたそうですね。

 

          

 (ドン・ハイメから亡き妻の花嫁衣裳を着せられるビリディアナ、共犯者の家政婦ラモナ)

 

A: ブニュエルのヨーロッパ回帰の転機となった作品ですが、当時スペインとは距離をおいていたので可能性の点でクエスチョンでした。とにかくフランコ政権から嫌われていた。橋渡しをしてくれたのがブニュエルの親友で闘牛士のルイス・ミゲル・ドミンギンと『恐怖の逢びき』の監督フアン・アントニオ・バルデムでした。

B: ドミンギンはバルデムの『恐怖の逢びき』のヒロイン、ルチア・ボゼーと結婚していた。

 

A: 検閲を通すための脚本チェックを、『ようこそ、マーシャルさん』の助監督リカルド・ムニョス・スアイがしてくれた。当時の文化局長ホセ・マリア・ムニョス・フォンタンが結末の一部を変更させたが無事通過した。変更の経緯は後述しますが、スペインの検閲は脚本段階からで、これが通らないとクランクインできない。カンヌ映画祭ではフランス側の強い要請でスペイン映画の代表として出品された。

B: 資金はメキシコ側が出したのにね。

 

A: 合作とはいえ、メキシコからはアラトリステ夫妻と監督、実子の助監督の一人フアン・ルイス・ブニュエル、彼は既に『ナサリン』でも助監督を務めていた。キャストもシルビア以外はスペイン人です。ブニュエルは『ビリディアナ』以後も、アラトリステ夫妻と組んでメキシコ映画の『皆殺しの天使』62)や『砂漠のシモン』65)を手掛けていますが、それでもフランスやイタリア、スペインとの合作が主流でした。

 

B: ドン・ハイメの自死後、愛人ルシアを伴って館に現れるホルヘ役のフランシスコ・ラバルは、神父ナサリン役や『昼顔』66などに出演している。ブニュエルのお気に入りで、ラバルも「おじさん」と呼んで慕っていたそうです。

A: ホルヘはドン・ハイメの庶子で遺産の半分を相続する人物。何十年も手入れされなかった領地の整備に余念がない。何百万もいるだろう浮浪者の何人かに慈悲をほどこすなど愚かな行為とビリディアナに批判的だが、荷車の心棒に繋がれた犬が可哀そうだと買い取る。しかし繋がれたまま道路を走らされる犬は山ほどいるわけだから1匹助けても意味がない。この象徴的なシーンはビリディアナの浮浪者救済と同じ構図です。

     

B: 愛人がいながらビリディアナにも家政婦のラモナにも秋波を送る自信家です。彼の愛人ルシアを演じたビクトリア・シニーは、もともと退屈な田舎暮らしはしたくない、ホルヘがビリディアナに関心を寄せるのも気に入らないとさっさと館を後にするが、なかで一番まとも人物です。

 

       

        (ホルヘ、愛人ルシアのビクトリア・シニー、ブニュエル監督)

 

A: 家政婦を演じたマルガリータ・ロサノは、フランシスコ・ロビラ=ベレタ『バルセロナ物語』63)に出演している。「ロミオとジュリエット」バルセロナ版と言われた本作は翌年公開された。日本はフラメンコ愛好家が多く、当時からフラメンコ物は人気があったのです。カルロス・サウラでさえ最初に公開された映画は、あまり評価の高くない『カルメン』(83)でした。

 

        

       (既に関係ができているホルヘとラモナ役のマルガリータ・ロサノ)

 

B: ルシアが消えるとホルヘを手に入れる。ここからラモナ、ホルヘ、ビリディアナの三角関係が暗示される。ラモナの娘リタを演じたテレサ・ラバルは、ペペ・ラバルと同じ姓ですが。

A: ラバルと女優のアスンシオン・バラゲルの娘で1952年バルセロナ生れ、本作でデビューした。二人は1950年に結婚、2001年のラバルの死まで半世紀も長続きした、スペインでは珍しいカップルでした。テレサはその後女優になり、現在でもテレビ司会者として活躍している。あと残るのが放浪者14人ですが、本当に乞食をしていたのは一人で、他は俳優が演じました。リタの縄跳びの縄が重要なオブジェとして登場する。

 

           

            (ドン・ハイメと縄跳びが大好きなリタ)

 

 

           悪夢だったパルムドール <ビリディアナ事件>の顛末

 

B: 本作はスペイン公開が16年後の19774月と極めて遅い。

A: フランコ時代(193676)には上映できなかった。上記したようにメキシコとの合作でしたがスペイン映画の代表作品としてカンヌで上映され、スペインに初めてグランプリをもたらした。ところが映画祭にドメニコ会派の神父がバチカンの「オッセルバトーレ・ロマーノ」紙の通信員として派遣されていた。彼が宗教を冒瀆しているとか、道徳的に堕落していると非難したことが発端でした。

 

B: それがスペインに伝わると、まだ映画を観てもいないのに、これはスペイン映画ではないとした。それは次々に連鎖反応を起こしていった。

A: 映画祭に出席していた文化総局長ホセ・マリア・ムニョス・フォンタンは罷免され、製作会社は解散の憂き目にあい、マスコミも記事にすることを一切禁じられた。原盤を破壊されるのを怖れたシルビア・ピナルが秘かにメキシコに持ち帰ったお蔭で私たちは鑑賞できているのです。

B: スペイン側の参加者は、帰国の途次、追放されたとか。

 

A: 映画以上に面白いのがビリディアナ事件の顛末です。バチカンは映画関係者を破門さえしたそうです。本作のスペイン側のプロデューサーペレ・ポルタベリャが、後に語ったところによると、映画祭が始まってもコピーは完成ぜず、上映は映画祭最終日だった。

B: 監督も息子で助監督だったフアン・ルイスがコピーを持って到着したのは「二、三日前」と言ってます。ぶっつけ本番、誰もスクリーンでは見ていなかったわけですね。

 

A: 会場で映画を観終わった総局長は、恐怖のあまりホテルの部屋に逃げ込んでしまった。しかし本当の悪夢は翌日に待っていた。パルムドールを受賞してしまったからです。当のブニュエルは仮病を使って偽の咳をしながら現れない。さて、誰がこの毒入り饅頭を貰いに登壇するか。突然、ドミンギンがポルタベリャに「ムニョス・フォンタンの部屋に行きましょう、私が話すから、君は黙っていていい」と。

B: ドミンギンはマタドールというよりある意味政治家ですね。

 

A: ドミンギンは「これはスペインにとって名誉なことだし、スペイン映画の名のもとに受け取って欲しい」と説得し、結局彼が登壇した。激怒した政権が即刻罷免したから、これが彼の最後の仕事になった。

B: そもそもあのブニュエルを帰国させ、検閲を通過させたこと自体が槍玉に挙がった。

A: 驚愕したのだから、脚本と作品には大きな違いがあったのでしょう。脚本段階での判断は難しい。特にブニュエルは「人生はすべてが気まぐれ」という人ですから。亡命共和派からは裏切り者となじられ、スキャンダルを待ち焦がれていたシュールレアリストたちは大喜びした(笑)。

 

B: ポルタベリャは本作で初めてブニュエル映画に参加した。

A: 二人の接点もカンヌでした。ポルタベリャはカルロス・サウラの「ならず者」60)をプロデュースし、デビュー作ながらカンヌに出品できた。そこでブニュエルと初めて会い、それが機縁で『ビリディアナ』に参画したようです。

   

B: ブニュエルはこの映画が「フランコ政権の好みでないことは承知していたが、かくも長き上映禁止が続くとは思っていなかった」とインタビューで語っていた。

A: しかし監督の意思はどうあれ、ドン・ハイメの自死、フェティシストであるばかりでなく女装趣味者で窃視主義者、さらに嘘つきです。夢想するだけでなくバージンのビリディアナを犯そうとさえする。また女性の胸を露出させることは禁止されていたのに無視した。なおかつ8歳ぐらいの少女に盗み見させている。ドメニコ修道会ならずとも眉を顰めるに充分だった。

 

B: 問題は他にもありそうです。浮浪者たちが乱痴気騒ぎの果てに、イタリアの至宝、ダヴィンチの「最後の晩餐」をパロディ化したことも許せなかったでしょうね。

A: 盲人のキリスト役を中心に12人の弟子役が、31組で並び、4つのグループに等間隔に分けられている。おまけにイエスの右側の女乞食は、ダヴィンチが描いたトマスのように右手の指を1本立てている。ここにはカメラマン役のエネディアだけが入っていない。

 

           

            (ダヴィンチの「最後の晩餐」のパロディ)

 

B: ダヴィンチの壁画のように全員座っていないので台形にはなっていないが、ワイングラスは13個です。登場する浮浪者は14人いたが、13人にするためエネディアをカメラマンにして外した。

A: 『ブニュエル、ロルカ、ダリ』の著者アグスティン・サンチェス・ビダルは、ダリが1955年に発表した「最後の晩餐」との関連を述べている。翌年ワシントンのナショナル・ギャラリーに出品された。

B: イエスを中央にして12人の弟子が6人ずつ分かれ、シンメトリーに描かれている。

 

A: 画家はこれはロルカへのオマージュでもあると書いている。ロルカ、ブニュエル、ダリの確執は複雑にもつれている。結果、ダリはフランコにお目通りを許され、2年後ガラとカトリックの儀式に則って結婚、翌年にはヨハネ23世にも謁見した。だから関係がこじれていたダリを皮肉ったのではないか。

B: ブニュエルは撮影中にパロディ化することを思いついた。「私は憤ることがわからないよ。乞食が晩餐していて、たまたま、レオナルドの絵のように構図をとった」と韜晦している(笑)。

A: 他にもキューバのトマス・グティエレス・アレアが、そのものずばりのタイトル『最後の晩餐』(La ultima cena 75)を撮っている。

 

         本当の物乞いはレプラ患者役のエル・レプロソだけだった  

 

B: 薄汚い浮浪者の区別は難しいが、だんだんきちんと描き分けられていることが分かってくる。

A: 最後の晩餐に唯一人映っていないエネディア役のロラ・ガオスは、『哀しみのトリスターナ』にも出演している。ベルランガ&バルデムが共同監督したデビュー作「幸せなカップル」51)やアンヘリーノ・フォンス『探求』66)に出ています。特異な容貌から区別しやすい女優です。盲人ドン・アマリオ役のホセ・カルボは、セルジオ・レオーネ『荒野の用心棒』64)にイーストウッドと共演している。

 

            

                (ロラ・ガオスとホセ・カルボ)

 

B: 1人いるという本当の乞食は誰ですか。

A: エル・レプロソ役、つまりレプラ患者を演じたフアン・ガルシア・ティエンドラ、マラガ生れでマドリードで物乞いをしていた。アルコール漬けで撮影後亡くなったということです。一番役にハマって見えたのは、演技というより地だったのかもしれない。

 

        

         (ウエディングドレスを着て浮かれ踊るエル・レプロソ)

 

B: ビリディアナを暴行しようとするエル・コホ(ホセ・マヌエル・マルティン)を、お金欲しさに暖炉のスコップで殴打して殺してしまう乞食ですね。エル・コホからイジメを受けていた。エル・コホに画家の真似をさせていたが、何か意味がありそうです。エル・ポカのルイス・エレディア、歌い手のマリア・イスベルトにしろ、総じて女浮浪者たちは品がありすぎた。

 

           夢遊病者だったビリディアナ、オブジェの謎解き

 

A: 夜中にビリディアナが毛糸の入った籠を抱えてドン・ハイメの部屋に現れる。驚く伯父には目もくれず暖炉に毛糸を投げ入れ、代わりに灰を掴んで籠に入れる。その灰を伯父のベッドの上に置く。これはインタビューによると、ドン・ハイメの死を暗示しているシーンだそうです。

B: カトリックの慣例では灰は死を意味する。旧約聖書の創世記にある「汝、塵なれば、塵に戻るものなり」を引用している。

 

       

           (ドン・ハイメのベッドに灰を播くビリディアナ)

 

A: ビリディアナが館に携えてきた十字架棘の冠3点セットは聖女ビリディアナのオブジェ、最後に冠は少女リタの手で焚き火にくべられてしまう。このシーンを神を汚すと不快に思った人もいた。

     

           (3点セットを並べて祈りを捧げるビリディアナ)

         

B: ブニュエルは古くなった教会の品物は、よく燃やされると言ってますが(笑)。ホルヘが父親の遺品を整理しているなかにあったキリスト受難の像のようなナイフも非難された。

A: 偶然アルバセテの店で見つけたもので面白いからオブジェとして挿入したので他意はないと。事件の後スペインでは使用が禁止されたと語っているが、どれくらい守られたか怪しい。

 

           

       (田舎暮らしが不満なルシア、遺品のナイフを手にしているホルヘ)

 

B: リタが縄跳びしていた縄でドン・ハイメは首を吊る。その縄は三度現れる。それは浮浪者たちの乱痴気宴のあと、縄を偶然見つけた乞食が腰ひもにするシーンです。

A: 監督は縄は知的な伏線ではなく「明らかに欲望と関連のある、潜在的な無意識の線はある」と言っているだけです。ドン・ハイメの視線は、少女の顔ではなく足と縄に注がれている。主人公と監督が重なる部分です。

 

B: ドン・ハイメが姪に結婚を強く拒絶され、遺言を認めるシーンで微笑というか苦笑いをすのは、どう判断したらいいのか。

A: 観客は微笑しながら何か書いているドン・ハイメを見ている。ところが翌日彼は枝に吊るした縄で首を吊る。観客がどんなに驚くか知りたかった。彼は自分の死で姪が修道院を出て館に留まること、つまり現実を受け入れることに期待をかけた。確信できなかったが結果はそうなった。微笑は自身を嘲笑しているととることもできると語っている。

    

          フィナーレの変更は検閲者の怪我の功名?

 

B: あれこれ分析しても仕方がない。ドン・ハイメと監督、ホルヘと監督、それぞれ好みや性格が一脈通じている。最後に総局長ムニョス・フォンタンが書き直させたフィナーレのトランプ遊びの部分、元はどうだったのか。

A: 最初は「ビリディアナがホルヘの部屋のドアをノックする。ホルヘが出てきてビリディアナが入るとドアを閉める」だけだった。製作者のポルタベリャが語るところによると、撮影に入る前にムニョス・フォンタンから私たちは大臣室に呼び出された。「他は問題ないんだが、この最後の部分が気に入らない――しばし沈黙の後――そうだ、3人にしたらどうだろう」と。私とブニュエルは当惑して顔を見合わせた。するとブニュエルが、即座に「いいでしょう、とてもいいアイディアです」と。

B: 3人になったのは、総局長のアイディアだった?

 

        

  (トランプをしながら互いに真意を探り合う、ホルヘ、ビリディアナ、ラモナの3人)

 

A: 大臣室を辞したエレベーターの中ではみんな笑いが止まらなかったという。「ルイスは『三角関係にするなんて、実に素晴らしい』と言い続けた」とポルタベリャは経緯を説明している。

B: ホルヘ、ビリディアナ、ラモナの3人がトランプ遊びをしているシーンは検閲のお蔭だった。

A: 検閲前より深みができて、観客の想像力を刺激することになった。この三角関係は大ヒット作になったビリー・ワイルダーの『アパートの鍵貸します』(60)へのオマージュでもあったそうです。

 

インタビュー『ルイス・ブニュエル 公開禁止令』(LUIS BUÑEL Prohibido Asomarse Al Interior 1986)、インタビュアー:トマス・ぺレス・トレント(メキシコのシネアスト)、ホセ・デ・ラ・コリーナ(スペインの脚本家、雑誌編集者)。翻訳書は1990年刊行。

 

アルトゥーロ・リプスタインの「El diablo entre las piernas」*マラガ映画祭2020 ⑧2020年04月11日 17:20

      アルトゥーロ・リプスタインの「El diablo entre las piernas」はモノクロ映画

 

      

 

アルトゥーロ・リプスタインは、マラガ映画祭2020の特別賞の一つ「レトロスペクティブ賞―マラガ・オイ」の受賞者で来マラガの予定でした。直前に延期が発表になり急遽キャンセルしたのでした。開催なら320日上映になるはずだったのが、最新作El diablo entre las piernasでした。昨年のトロント映画祭2019「マスターズ部門」でワールドプレミアされました。長年連れ添い老境に入った夫婦の憎みあいながら離れない衝撃的な内容の物語、ベテランのアレハンドロ・スアレスシルビア・パスケルが夫婦を演じます。他にメキシコを代表するダニエル・ヒメネス=カチョや若手のグレタ・セルバンテスがクレジットされています。

 

 「El diablo entre las piernasDevil Between the Legs2019

製作:Alebrije Cine y Video S.A. / Oberon Cinematográfica S.A. / Carnaval Films S.A. /

      Fina Films S. de R.L. / Fidecine / Estudios Churubusco

監督:アルトゥーロ・リプスタイン

脚本:パス・アリシア・ガルシアディエゴ

音楽:デビッド・マンスフィールド

撮影:アレハンドロ・カントゥ

編集:マリアナ・ロドリゲス

プロダクション・デザイン:アレハンドロ・ガルシア

メイク&ヘアー:マリ・パス・ロブレス

プロダクション・マネージメント:ロドリゴ・ルイス・デ・チャベス

製作者:モニカ・ロサノ、ミゲル・ネコエチェア、アントニオ・チャバリアス、マルコ・ポロ・コンスタンデセ、(ライン)クラウディア・バルデス

 

データ:製作国メキシコ、スペイン語、2019年、ドラマ、142分(映画祭データ、147分もあり)、撮影地メキシコシティ、配給Wanda Vision S. A.

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2019マスターズ部門上映912日、モレリア映画祭2019上映1021日、マラガ映画祭2020セクション・オフィシアル正式出品、他サン・ディエゴ・ラテン映画祭など。

 

キャスト:シルビア・パスケル(ベアトリス)、アレハンドロ・スアレス(夫エル・ビエホ/オールド・マン)、グレタ・セルバンテス(メイドのディノラ)、ダニエル・ヒメネス=カチョ(タンゴ教室のパートナー兼教師)、エランド・ゴンサレス、マル・カレラ、パトリシア・レイェス・スピンドラ(イサベル)、他

 

ストーリー:メキシコシティで老齢期を迎えたベアトリスとエル・ビエホの物語。ホメオパシーの薬剤師を引退したエル・ビエホは、部屋着のままベアトリスを侮辱しながら、家の中をぶらぶらして退屈しのぎをしている。二人は衝突に疲れはて平安な日常とはほど遠いが、彼女はもう他の生き方を諦めてしまっている。互いに依存しあっているからだ。しかし猜疑心の強い夫の非難の矛先に耐えられなくなると、こっそりタンゴ・レッスンに抜け出す。自分より若いタンゴの教師でパートナーに会いに行く。二人の子供たちは既に家を出ており、メイドのディノラがいるだけだった。ある晩のこと、行き先も定めずに或るたった一つの目的をもって外出する。帰宅すると大惨事が起きていた。

   

   4年ぶりスクリーンに戻ってきたアルトゥーロ・リプスタイン――老人の性を語る

 

アルトゥーロ・リプスタイン(メキシコシティ1943)については、本映画祭の特別賞の一つ「レトロスペクティブ賞―マラガ・オイ」の欄のほか、ガルシア・マルケス小説の映画化の記事を紹介したおり、『大佐に手紙は来ない』で少し触れただけでした。話題作としては公開された『ディープ・クリムゾン 深紅の愛』(「Profundo carmesí)と『大佐に手紙は来ない』(「El coronel no tiene quien le escriba」)、ミニ映画祭で上映された『夜の女王』(「La reina de la noche」)など、1990年代の作品が多い。『ディープ・クリムゾン~』はアリエル賞1997では多数のカテゴリーにノミネートされたが自身は受賞を逃した。他にイギリスとの合作映画『フォックストロット』75、西語・英語)が、ピーター・オトゥールやシャーロット・ランプリングを起用したことで公開された。

 

    

      (『ディープ・クリムゾン深紅の愛』のオリジナル・ポスター)

 

1966年のTiempo de morir(モノクロ)がデビュー作、これはガルシア・マルケスの小説『死の時』の映画化でした。他にもコロンビア映画だがマルケスの『大佐に手紙は来ない』を映画化、カンヌ映画祭1999のコンペティション部門にノミネートされている前世紀のメキシコでは珍しいカンヌ映画祭の常連者の一人として、受賞こそありませんが6回もノミネートされている。また脚本家のパス・アリシア・ガルシアディエゴは監督夫人、1986年以来の作品を手掛けている。バジャドリード映画祭2017エスピガ栄誉賞を受賞している。

 

主な監督フィルモグラフィTVシリーズ・短編は割愛)

1966Tiempo de morir デビュー作

1974El Santo oficio カンヌ映画祭コンペティション部門初出品

1986EL imperio de la fortuna ゴールデン・アリエル賞・シルバー・アリエル監督賞受賞

1991La mujer del puerto カンヌ映画祭「ある視点」初出品、グアダラハラ映画祭FIPRESCI受賞

1993Principio y fin サンセバスチャン映画祭金貝賞、グアダラハラ映画祭FIPRESCI受賞

   ゴールデン・アリエル賞受賞

1994La reina de la noche(『夜の女王』メキシコ)カンヌ映画祭コンペティション部門出品

1996Profundo carmesí(『ディープ・クリムゾン 深紅の愛』メキシコ)

   ハバナ映画祭グラン・サンゴ賞・監督賞、トゥリア賞観客賞ほか多数

1998El evangelio de las maravillas カンヌ映画祭「ある視点」出品

1999El coronel no tiene quien le escriba(『大佐に手紙は来ない』コロンビア)

   カンヌ映画祭コンペティション部門出品、東京国際映画祭出品、

   サンダンス映画祭ラテンアメリカ・シネマ賞

2000La perdición de los hombres サンセバスチャン映画祭金貝賞受賞

       Así es la vida... カンヌ映画祭「ある視点」出品

2002La virgen de la lujuria ベネチア映画祭サンマルコ賞スペシャル・メンション他

2005Los héroes y el tiempo (ドキュメンタリー)

2012Las razones del corazón サンセバスチャン、モレリア、アブダビ、ワルシャワ各映画祭出品

2015La calle de la amargura ヒホン映画祭監督賞受賞

2019El diablo entre las piernas

 

レトロスペクティブ賞の記事紹介は、コチラ20200318

ガルシア・マルケス作品映画化の記事は、コチラ20140427

   

      

  (主演者フェルナンド・ルハン、マリサ・パレデス、サルマ・ハエックを配した、

   『大佐に手紙は来ない』のオリジナル・ポスター)

 

★かつてのキャストやスタッフの多くが監督から呼ばれて参加している。上述したように脚本を執筆したのは、監督夫人のパス・アリシア・ガルシアディエゴ1986年のEL imperio de la fortuna以来タッグを組んでいる。本作はフアン・ルルフォが1960年代に映画のプロットとして執筆したEl gallo de oro(「金鶏」)をもとに映画化された。メキシコ映画祭1997で『黄金の鶏』の邦題で上映された。ルルフォは生涯に『燃える平原』と『ペドロ・パラモ』の2作しか書かなかった、というか書く必要がなかったというメキシコを代表する作家。1986年は奇しくもルルフォが鬼籍入りした年であった。

 

      

 (パス・アリシア・ガルシアディエゴ、監督、出演者のダニエル・ヒメネス=カチョ)

 

★音楽を担当したのがアメリカの作曲家デビッド・マンスフィールド、過去には『ディープ・クリムゾン 深紅の愛』や「El evangelio de las maravillas」、『大佐に手紙は来ない』、Así es la vida...などを手掛けている。撮影監督のアレハンドロ・カントゥは、La calle de la amargura15)を本作同様モノクロで撮っている。リプスタイン監督はカラー全盛時代にもモノクロを手放さない監督の一人、そのエレガントな映像の評価は高い。本作にはイサベル役のパトリシア・レイェス・スピンドラが主演している。彼女は『夜の女王』のヒロインでもあるが、La virgen de la lujuriaにも出演している。

 

     

        (本作と関係が深い「La calle de la amargura」のポスター)

  

 

        「大きな挑戦だった」とベアトリス役のシルビア・パスケル

 

★ベアトリスを演じたシルビア・パスケル(ソノラ1949)は、最近ではTVシリーズ出演がもっぱらだが、リプスタイン映画には、パトリシア・レイェス・スピンドラ同様La calle de la amarguraに出演している。モレリア映画祭のプレス会見では「完成した映画を観て、どうやってこんな力強い演技ができたのだろうと思った。詩的で明るくリラックスしている。女優としてこんな体験は二度とないだろう多くのことを学んだ、素晴らしい経験だった。これまでの私の女優人生で一番の映画」と、猜疑心の強い夫による愚弄と侮辱を耐えているタンゴ愛好家の女性を演じたパトリシア・パスケルは語った。

 

   

          (インタビューに応じるシルビア・パスケル)

 

★今回オファーを受けて脚本を読んだが、ヌードになるということで逡巡したという。「撮影中はとてもナーバスになった。女優としてのキャリアは長いが今までヌードになったことはなかった。それでもう若くないし美しくも魅力的でもないとアルトゥーロに言ったのよ。というわけで自分のキャリアを高めるために演じた。とても大きな挑戦だった」と70歳になるシルビア。この映画を観た孫たちがどんな感想を述べるか不安だった。しかし彼女たちは心を動かされ「これは仕事だから」と好意的だった由。シルビア自身もロマンティックで心優しい無垢なベアトリスが好きになったと語っている。

 

      

            (ベアトリスとエル・ビエッホ、映画から)

 

★一方、夫になるアレハンドロ・スアレス(メキシコシティ1941)は、シルビア・パスケルやパトリシア・レイェス・スピンドラと同じくLa calle de la amargura」に出演の他、リプスタイン映画ではLas razones del corazónに出演している。他に最近では70代の老人3人がかつて青春時代を過ごした思い出のアカプルコに出かける、アルフォンソ・セラノ・マトゥリノの少し辛めのコメディAcapulco La vida va17)に出演、善良な老人の一人を演じている。『アカプルコ 人生は続く』の邦題で Netflix で配信されている。

 

   

       (エル・ビエッホ役のアレハンドロ・スアレス、映画から)

 

★ベアトリスのタンゴのパートナーになるダニエル・ヒメネス=カチョは、マドリード生れ(1961)ということもあるのか『バッド・エデュケーション』『ブランカニエベス』のようなスペイン映画出演も多い。リプスタイン映画では、『ディープ・クリムゾン 深紅の愛』の禿げているが鬘をすればハンサムになるジゴロ役でアリエル男優賞を受賞した。『大佐に手紙は来ない』、「La virgen de la lujuria」、に出ている。メキシコの男優としてはガエル・ガルシア・ベルナル以上に認知度が高い。他にアルゼンチン映画ではルクレシア・マルテル『サマ』の主役、サンティアゴ・ミトレ『サミット』では、抜け目のないメキシコ大統領を演じている。

 

    

 (ヒメネス=カチョとコラル看護師役のレジナ・オロスコ、『ディープ・クリムゾン~』から)


キュアロンの『ROMA』にFIPRESCI*サンセバスチャン映画祭2019 ⑲2019年09月05日 10:36

      今年のFIPRESCI受賞はアルフォンソ・キュアロンの『ROMA/ローマ』

 

   

              (右端下がトロフィー)

 

829日、第67回サンセバスチャン映画祭のFIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞は、アルフォンソ・キュアロンROMA/ローマ』になりました。連盟の批評家のメンバー618名が投票に参加しました。201871日以降に公開された作品が対象、ファイナルにはアルモドバル「Dolor y Gloria」、ポン・ジュノ『パラサイト 半地下の家族』(20201月公開)、ヨルゴス・ランティモス『女王陛下のお気に入り』の3作が残っておりましたが、最終的に『ROMA/ローマ』に軍配が上がりました。

 

★サンセバスチャン映画祭のFIPRESCIは、1999年から始まり、過去にはアルモドバル、ハネケ、クリスティアン・ムンジウ、ゴダール、ポランスキー、エトセトラ。キュアロンの受賞は今回が初めてということでした。もう本人でさえトロフィーの数は多すぎて分からないでしょうし、飾る場所も・・・と要らぬ心配をしています。映画祭開催中のどこかで授賞式がある予定ですが、まだ未定です。


特別上映作品にG. G.ベルナルの第2作*カンヌ映画祭2019 ⑨2019年05月13日 15:42

           11年ぶりG. G. ガエルの監督第2作めは「Chicuarotes

 

       

★コンペティション部門他、追加作品や特別上映のアナウンスが五月雨式にアナウンスされています。中でスペイン語映画としては、特別上映部門にメキシコのガエル・ガルシア・ベルナルChicuarotesと、チリのパトリシオ・グスマンLa Cordillera de los Sueñosの上映が発表されました。ガルシア・ベルナルは自他ともに許す国際的俳優ですが、監督としては2007年の監督デビュー以来ブランクが長く11年ぶりの2作目となります。それにはそれなりの理由があると思います。一つには第1『太陽のかけら』の失敗が尾を引いていると考えられます。本国では「一体全体、ガエルは何を考えてんの?」と、肝心の若者からそっぽを向かれ、評価はイマイチでした。原タイトルはDEFICIT(欠乏・欠如)という邦題のつけにくいものでしたが、選りに選って<太陽のかけら>と意味不明となりました。本邦でもガエル人気をもってしてもファンから歓迎されませんでした。

 

★デビュー作はカンヌ映画祭併催の「批評家週間」に出品されたのが幸いして、ラテンビート2008「デフィシット」とカタカナ起こしの題名で上映されました。金も権力も有りあまる政治家の息子クリストバル(G.G.ガエル主演)が、別荘で金持ちぼんぼんを集めてどんちゃん騒ぎをした結果、思いもよらない事件が起こり、息子は一人取り残される。メキシコ社会に根づいてしまった経済文化の二極化、硬直化したメキシコ独特の政治システムに切り込んで、何が<欠如>していたのか、または<欠如>とは何かという重いテーマでした。しかし演出法にも問題があって観客の心を捉えるには至りませんでした。

 (デビュー作『太陽のかけら』

               

★第2Chicuarotes」は、生れ故郷を後にした10代の若者二人が、惨めな現状を打開してリッチになるための方策に着手するが、それは危険な世界に足を踏みだすことだった。今回は監督業に専念し、キャストは2人の青年役にベニー・エマニュエルガブリエル・カルバハル、ベニーのガールフレンドにレイディ・グティエレス、若い3人を支えるのがダニエル・ヒメネス=カチョドロレス・エレディアなどベテラン勢で脇を固めている

 

        

                             (本作撮影中のG.G.ガエル監督)

 

Chicuarotesメキシコ、2019

製作:Canana Films / La Corriente del Golfo / Pulse Films

監督:ガエル・ガルシア・ベルナル

脚本:アウグスト・メンドサ

撮影:フアン・パブロ・ラミレス

音楽:レオナルド・Heiblum、ハコボ・Lieberman

編集:セバスティアン・セプルベダ

美術:ロベルト・ピサロ

プロダクション・デザイン:ルイサ・グアラ

キャスティング:ルイス・ロサレス

衣装デザイン:アマンダ・カルカモ

メイクアップ:アントニオ・ガルフィアス

プロダクション・マネージメント:オスカル・エストラダ

製作者:ガエル・ガルシア・ベルナル、ディエゴ・ルナ、マルタ・ヌニェス・プエルト、(ライン・プロデューサー)マリアナ・ロドリゲス・カバルガ

 

データ・映画祭:製作国メキシコ、スペイン語、2019年、シリアス・コメディ、撮影地ソチミルコのサン・グレゴリオ・アトラプルコ、メキシコシティ、撮影期間201712月~20181月、公開メキシコ2019628日。カンヌ映画祭2019コンペティション部門の特別上映作品

 

キャスト:ベニー・エマニュエル(エル・カガレラ)、ガブリエル・カルバハル(エル・モロテコ)、ドロレス・エレディア(トンチ)、ダニエル・ヒメネス=カチョ(チジャミル)、ペドロ・ホアキン(ビクトル)、レイディ・グティエレス(スヘイリ)、サウル・メルカド(カリナ)、他

 

ストーリー:二人の若者エル・カガレラとエル・モロテコの物語。惨めな現状から抜け出すべく生れ故郷を後にする。友達から電気工シンジケートの中に潜り込める可能性を聞き出した二人は手始めに抜け道に着手する。カガレラのガールフレンドのスヘイリも一緒に、お金と権力をまとめて手に入れようとさまざまな方法を考える。それは犯罪の世界に足を踏みだす危険なアバンチュールでもあった。自由を手に入れようとする貧しい若者たちの姿がコメディタッチで語られる。

 

   

(ベニー・エマニュエルとガブリエル・カルバハル)

 

      

  (エル・カガレラのガールフレンド、レイディ・グティエレス扮するスヘイリ)

 

      

                                      (中央ダニエル・ヒメネス=カチョと若者たち)

   

★タイトルの《Chicuarotesの意味は二つあり、一つはメキシコ固有のチリトウガラシ、もう一つが「見栄っ張り、または頑固者で扱いにくい」という、映画の舞台となる町サン・グレゴリオ・アトラプルコ出身の住民の特徴を指す単語だそうです。サン・グレゴリオ・アトラプルコ(ナワトル語で泉の湧き出るの意)はメキシコシティ南東部、観光地としても有名なソチミルコに所属、「大きな問題を抱えた美しい町」と称されている。G.G.ガエル監督は、この町の歴史、人類学、観光、社会の成り立ちを調査するために、スタッフと共に67年前からしばしば現地の取材に訪れている。脚本家のアウグスト・メンドサはこの町の出身者ということです。

 

★サン・グレゴリオ・アトラプルコは、2017919日正午すぎ、メキシコを襲ったマグニチュード7.1のメキシコ中部地震で甚大な被害を被った都市の一つだそうです。メキシコ全体で約360名の人命が奪われ、日本からも救助隊が駆けつけるなど大きく報道された、記憶に新しい地震でした。

 

★表面的にはコメディタッチだが、深層的には「かなりダーク、不本意のコメディ」とエル・カガレラ役のベニー・エマニュエルは語っている。メキシコを代表するG.G.ガエルの監督第2作ということで情報は結構ありますが、コンペではないの簡単なご紹介とします。

 

      

     (クランクアップ前のG.G.ガエル、サン・グレゴリオ・アトラプルコ、2018115日)

 

ガエル・ガルシア・ベルナルの主な紹介記事は、コチラ20160916


審査員特別賞受賞作品「Esto no es Berlín」*マラガ映画祭2019 ⑮2019年04月17日 11:49

             Esto no es Berlín」は監督の半自伝的な作品

     

 

   

★イベロアメリカ金のビスナガに続いて審査員特別賞もメキシコのシネアスト、ハリ・サマEsto no es Berlínが受賞しました。ほかに批評家審査員特別賞アルフレッド・アルタミラノデラックス銀のビスナガ撮影賞マウロ・サンチェス・ナバロ銀のビスナガ助演男優賞4冠に輝きました。本映画祭でメキシコがこんなに評価された記憶はなく、そもそもノミネーション自体がありませんでした。舞台設定が80年代と「Las niñas bien」とほぼ同じですが、所属している社会階級が異なれば、見えてくる世界も全く別の姿を現すというわけです。映画祭には監督の分身カルロスを演じたハビアニ・ポンセ・デ・レオンと本作には出演のなかった俳優ダニエル・ビジャル3人で出席した。

 

      

(左から、ダニエル・ビジャル、サマ監督、ハビアニ・ポンセ・デ・レオン、マラガ映画祭にて)

 

ハリ・サマHari Sama(本名Carlos)、1967年メキシコシティ生れ。監督、脚本家、製作者、ミュージシャン。Hariは通称、デビュー作Sin ton ni Soniaのクレジットはカルロス・サマ、以降本名と通称を混在させている。メキシコシティの中流階級が多く住んでいるロマス・ベルデスの出身。映画養成センター(CCC)の映画科卒、メキシコシティの音楽研究スタジオセンター(CIEM)で作曲法を学んだ。若いときから映画と音楽に多くの情熱を注いでいる。彼の映画には痛みと居場所探し、衝動的な闇と光が混在している。作品の多くが自伝的な要素をもち、登場人物の造形には彼自身が投影されている。茶道や禅に魅せられており、ドキュメンタリー「Sunka Raku」を撮っている。グアダラハラやモレリアなどの国内映画祭のほか、サンセバスチャン、上海、ビアリッツ・ラテンアメリカ、各映画祭に出品、受賞している。フィルモグラフィーは後述。  


   

                 

Esto no es BerlínThis Is Not Berlin

製作:Catatonia Cine 共同La Palma de Oro Films

監督・脚本・編集・プロデューサー:ハリ・サマ

脚本:ロドリゴ・オルドニェス、マックス・スニノ

音楽:Joy DivisionRoxy MusicDevo他多数

撮影:アルフレッド・アルタミラノ(撮影賞受賞)

編集:ロドリゴ・リオス、ヒメナ・クエバス

美術:ディアナ・キロス

衣装デザイン:ガブリエラ・フェルナンデス

メイクアップ:カリナ・ロドリゲス

プロデューサー:アレ・ガルシア、アントニオ・ウルダピジェタ、ベロニカ・バラデス

 

データ:メキシコ、スペイン語、2019年、ドラマ、105分、公開スペイン6月予定

映画祭・受賞歴:第16回モレリア映画祭2018のインプルソ・モレリア Cinépolis Distribución賞特別メンションを受賞。サンダンス映画祭2019「ワールド・シネマ」ドラマ部門(125日)、マラガ映画祭正式出品(316日)審査員特別賞・批評家審査員特別賞・撮影賞・助演男優賞受賞、トライベッカ映画祭(428日予定)、マイアミ映画祭イベロアメリカ部門、モレリア映画祭もアナウンスされている。

     

キャスト:ハビアニ・ポンセ・デ・レオン(カルロス)、ホセ・アントニオ・トレダノ(親友ヘラ)、ヒメナ・ロモ(ヘラの姉リタ)、マウロ・サンチェス・ナバロ(ニコ)、クラウディア・ガルシア(マウド)、アメリコ・ホランダーHollander(ティト)、アリ・サマ(エステバン)、マリナ・デ・タビラ(カルロスの母カロリナ)、フアン・カルロス・レモリナ(エミリオ)、ルミ・カバソス(スサナ)、フェルナンド・アルバレス・レベイルRebeil、他多数

 

ストーリー1986年メキシコシティ、居場所の見つからない17歳の高校生カルロスの物語。うつ状態の母親、いつも不在の父親、退屈な友達、しかし有名なナイトクラブ<El Azteca>に足を踏み入れたことで世界が一変する。夜のアンダーグラウンドでは、ポストパンク、奔放なセックス、ドラッグが充満していた。親友ヘラ、パンクロックのヘラの姉リタへのプラトニックな愛、アートへのパッションなど、奥深いヒューマニズムと実存的なドラマが語られる。監督が辿った人生の一部がノスタルジックに語られる自伝的な要素を含んでいる。映画は眠り込んだ現代社会を目覚めさせるために激しく反逆的だった時代に観客を運んでいくだろう。      (文責:管理人)

 

   

   (退屈な高校生活をおくっていた頃のカルロス、ハビアニ・ポンセ・デ・レオン)

 

        

 (アートで生きる道を発見したカルロス)

 

        

                   (カルロスの親友ヘラ、ホセ・アントニオ・トレダノ)

 

       

★プレス会見のQ&Aでは「この映画はとても個人的な難解な映画で製作が難しかった。現代のスペインで評価してもらえてとても嬉しい」と監督。自分はとても保守的な環境で育ち、鬱ぎみの母親と父親はいつも不在の家庭でした。本質的な痛みを昇華させる方法をアートに求めた狂気の面白い人々と知り合うことで、私の人生は変わりました。つまりアートで生きる道があることを発見したのです。タトゥー、イヤリング、髪を染めること、同性愛が許される世界でした。自身はゲイでドラッグを常習していました。友人の多くが死んで、親友も90年代の初めにエイズで亡くなりました。この映画には当時の自分が投影されています。80年代のメキシコの若者の憧れの地は、ベルリン、ロンドンなどのヨーロッパ、メキシコの現実を考えないですむ美学や言語がとても必要だったのです。そこからタイトルが付けられました。

  

          

       (自伝的作品と語るサマ監督、マラガ映画祭プレス会見、316日)

 

★大体こんな内容でした。本作にはトレードマークの帽子を脱いで鬘を被って登場します。主役の青年に自分のクリスチャン・ネームを付けたことからも分かるように、主人公は当時の監督の等身大かと想像します。脚本にロドリゴ・オルドニェスの助けを借り客観性をもたせようとしたのも、自身を語ることの難しさを感じたからのようです。

 

 

キャスト紹介:主役のカルロスを演じたハビアニ・ポンセ・デ・レオンは当時16歳だった由。2011TVシリーズでデビュー、2013年からの長寿TVシリーズ「Violetta」(160話)に出演、映画は本作が初めて。マラガではかなり大人っぽい感じでしたが、細い鼻すじの美形で女性ファンが付きそうです。一体にイケメン揃いなのは監督の好みかもしれない。親友ヘラ役のホセ・アントニオ・トレダノは映画初出演、アニメーションのボイス出演がある。助演男優賞を受賞したマウロ・サンチェス・ナバロは、2010TVシリーズでデビュー以来テレビでの仕事が多く、お茶の間の人気度は高いようです。本作出演は2作目。

 

        

        (ニコ役で助演男優賞を受賞したマウロ・サンチェス・ナバロ)

 

★ヘラの姉リタを演じたヒメナ・ロモは、2008年「Voy a explotar」でデビュー、映画とTVシリーズにかなり出演しているが脇役に甘んじている。現在進行中のマリアナ・ゴンサレスのデビュー作「Fractal」には主演している。アルフォンソ・キュアロンの『ROMA/ローマ』の演技で一躍脚光を浴び、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされたマリナ・デ・タビラが,カルロスの鬱ぎみの母親役で出演している。

 

    

 (パンクロッカーのリタを演じたヒメナ・ロモ)

   

       

                (カルロスの母親を演じたマリナ・デ・タビラ、映画から)

 

       

 主なフィルモグラフィー

1996Una suerte de galleta」短編デビュー

2003Sin ton ni Sonia長編デビュー、グアダラハラ映画祭観客賞、モレリア映画祭出品

2005La cola entre las patas短編、グアダラハラ映画祭短編賞

2007Tiene la tarde ojos」短編

2011El sueño de Luモレリア映画祭栄誉メンション、上海映画祭正式出品

2013Despertar el polvo

2014La tiara vacía」短編

2015Sunka Raku: alegrñia evanescente」ドキュメンタリー

2015El espacio que buscas」アルバロ・フェルナンデスとの共同監督

2016Ya nadie toca el trombón」短編ドキュメンタリー

2017Pinocho

2019Esto no es Berlín省略

 (TVシリーズは割愛)

 

イベロアメリカ「金のビスナガ」受賞作品*マラガ映画祭2019 ⑭2019年04月14日 14:31

      メキシコを襲った経済危機をバックに上流階級の女性たちのカオスを描く

 

   

      

★イベロアメリカ諸国で製作された映画に贈られる「金のビスナガ」賞は、メキシコのアレハンドラ・マルケス・アベジャの第2Las niñas bienが受賞した。トロント映画祭2018でプレミアされて以来、国際映画祭での受賞歴をもつコメディ、何かの賞に絡むとは思っていましたが、金のビスナガは想定外でした。他に脚本賞・編集賞3冠、少し意外でした。サン・ルイス・ポトシ生れだがメキシコ・シティで育った。バルセロナのカタルーニャ映画スタジオ・センターの映画監督科で学ぶ。監督紹介によれば、2009年に撮った短編5 recuerdos」が140ヵ所の国際映画祭で上映されたとある。映画祭の多さにはあきれるばかりですが、2015年長編デビュー作Semana Santaがトロント映画祭に出品、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト映画祭)やカルロヴィ・ヴァリ映画祭でも上映された。

 

       

           (自作を語るアレハンドラ・マルケス・アベジャ)

 

★メキシコ公開日(322日)と重なったことから残念ながら来マラガはなく、上映後のプレス会見も検索できなかった。脚本賞のプレゼンターは、今回リカルド・フランコ賞を受賞した脚本家のラファエル・コボスであったが、マルケス・アベジャはビデオ参加にとどまった。

 

       

 (ビデオ参加のアレハンドラ・マルケス・アベジャ、右端にラファエル・コボス、ガラにて)

  

 

Las niñas bien(「The Good Girls」)

製作:Woo Films / LATAM & North America Distribution / Cinepolis

監督・脚本:アレハンドラ・マルケス・アベジャ

   原作グアダルーペ・ロアエサの同名小説

撮影:ダリエラ・ルドロー

編集:ミゲル・シュアードフィンガー

音楽:トマス・バレイロ

美術:クラウディオ・ラミレス・カステリ 

製作者:ロドリゴ・ゴンサレス、ラファエル・レイ、ガブリエラ・マイレ、マリア・コルドバ

 

データ:製作国メキシコ、スペイン語、2018年、コメディ・ドラマ、93分、公開メキシコ322

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2018、ローマ、シカゴ、モレリア、テッサロニキ、ストックホルム、マラケシュ、マカオ(観客賞)、ハバナ(女優賞イルセ・サラス)以上2018年開催。パームスプリングス映画祭2019Directors to Watch)、マラガ(作品賞・脚本賞・編集賞)、D'A映画祭、他

 

キャスト:イルセ・サラス(ソフィア)、フラビオ・メディナ(ソフィアの夫フェルナンド)、カサンドラ・シアンヘロッティ(アレハンドラ)、パウリナ・ガイタン(アナ・パウラ)、ヨハンナ・ムリージョ(イネス)、ヒメナ・ゲーラ(クリスティナ)、アナ・ホセ・アルドレテ(ロレナ)、パブロ・チェモル(ダニエル)、クラウディア・ロボ(マリルス)、ダニエル・アダッドHaddad(ベト)、アレハンドラ・マルドナド、ディエゴ・ハウレギ(ハビエル)、レベッカ・デ・アルバ(同)、ガブリエル・ヌンシオ、他多数

 

       

       (4人の良家の子女、ソフィア、アレハンドラ、アナ・パウラ、イネス)

 

ストーリー:時はホセ・ロペス・ポルティージョ政権の1982年、メキシコは重大な経済危機に陥っていた。想像だにしたこともない社会崩壊が起きるまで、ソフィアは魅力にあふれ、その上品さにおいても完璧な女性、友人グループのリーダー的存在だった。ソフィアは体面を保とうと腐心するが、夫の負債、世間の中傷に晒される。彼女の精神的ダメージは避けられず、金の切れ目は縁の切れ目であることに気づく。ソフィアを中心に社会的ピラミッドの頂点に立つ4人の女性たち、アレハンドラ、イネス、アナ・パウラが辿る救済ではなく成熟への旅が語られる。 (文責:管理人)

 

          

        (誕生会のドレスを綿密に点検するソフィア、冒頭シーンから)

 

 

      グアダルーペ・ロアエサの同名小説「良家の子女」をベースにして製作された

 

1987年に刊行されたグアダルーペ・ロアエサの小説「Las niñas bien」がベースになっている。作家によると「脚本にはタッチしていないが、私の小説の映画化では最もよくできている。セリフも衣装も当時の雰囲気を上手く再現できている。映画に登場する宝石類は、友人のデザイナーダニエル・エスピノサが制作したコレクションから提供されたものです」と語っている。

 

     

(メキシコのオープニングに駆けつけた作家ロアエサとデザイナーのエスピノサ、322日)

 

      

  (監督、原作者、パウリナ・ガイタン、カサンドラ・シアンヘロッティ、イルセ・サラス

 

<niñas bien>というのは、日本語の「良家の子女」に当たるだろうか。経済的に恵まれた上流階級の娘たちで、子供時代は祖母や母親から躾けられ、文化や伝統が優先される家庭環境で過ごしている。お金は天から降ってくるのであるから心配する必要がないはずだが実はそうではなかった。ヒロインのソフィアは、夫がどうやってお金を稼いでいるか知らないし知ろうともしない。興味があるのは自分たちエリート階級の特権的な生活を楽しむことである。お金を失うと、金持ちは何を失うのでしょうか。銀食器、シャネルのバッグ、ディオールのドレス、ジュエリー、シャンパン、エトセトラ。この映画は社会的不平等を批判的に見ているが告発しているのではなく、エリートが失う特権は何かを探す映画である。

 

   

      (豪華なジュエリー、シャンパン、贅沢は永遠に続くと思っていたソフィア)

      

      

 (ソフィアと夫のフェルナンデス)

   

1981年の石油価格の暴落が引き金となって、メキシコ・ペソは大暴落、海外の銀行は融資を拒絶する。翌年8月、ロペス・ポルティージョ大統領は利払いの一時停止を宣言するが時すでに遅し、国民は急激なインフレと失業の増大に苦しむことになる。階級差別と不平等が根づいた時代が背景になっている。「何が起ころうがメキシコは変わらない。そういうことを気づかせるために年代物の映画を作っている。この分析で分かったことは、自分が抑圧される代わりに抑圧者となることができるなら直ちにチャンスを掴むべきだという権力の理想がまだ浸透していないということだった」と監督。

 

★メキシコの階級主義は常に身近にあるが、現在では面と向かい合ってと同じくらいネットワーク上での関心が高まってきている。2018年総領選挙ではメキシコをこき下ろす隣国大統領に怒りが集中、「反トランプ」に掻き立てられた国民が団結して、新興左派政党を勝利させ、新大統領ロペス・オブラドールは得票率53%の歴史的勝利をおさめた。しかしこの政権交代の流れは欧米が望む左派政党の退潮の維持と矛盾している。階級主義と不平等は現在でも80年代と変わらずメキシコに根づいてしまっているが、映画も政治に無関心ではいられない。

 

★ソフィアを演じたイルセ・サラスは、1981年メキシコ・シティ生れ、映画、TV、舞台で活躍。国立演劇学校で演技を学んだ。舞台やTVシリーズ出演後、アントニオ・セラノ・アルグエジェスの「Hidalgo, La historia jamás contada」(10)のオーディションを受け映画デビューする。続いてセバスティアン・デル・アモの「Cantinflas」や本邦でも話題になったアロンソ・ルイスパラシオスがモノクロで撮ったデビュー作『グエロス』と第2作「Museo」に出演している。ロベルト・スネイデルの「Me estás matando Susana」には、G.G.ガエルと共演している。NetflixオリジナルのTVシリーズ「Historia de un criman: Colosio」(7話)が、『コロシオ 犯罪アンソロジー大統領候補の暗殺』という邦題で322日から配信されている。1994年にティフアナで起きたコロシオ暗殺事件をベースにした犯罪ドラマ。サラスはコロシオの妻ディアナ・ラウラを演じている。アロンソ・ルイスパラシオス監督とのあいだに2児、母親業も楽しんでいる。メキシコに根をおろしてしまった社会問題の解決を目指す文化芸術グループに参加している、物言う女優の一人でもある。

『グエロス』の作品紹介は、コチラ20141003

Museo」の作品紹介は、コチラ20180219

Me estás matando Susana」の作品紹介は、コチラ20160322

 

       

   (不治の病と闘っている大統領候補者の妻に扮したイルセ・サラス、TVシリーズから)

 

★アナ・パウラ役のパウリナ・ガイタン(メキシコ・シティ1992)は、キャリー・フクナガの『闇の列車、光の旅』で意志の強い女性を演じて好評だった。アレハンドラ役のカサンドラ・シアンヘロッティ(メキシコ・シティ1987)は、映画やTVシリーズのほか舞台女優としても活躍、サラス同様「Cantinflas」のほか、イシアル・ボリャインの『雨さえも、ボリビアの熱い一日』に出演している。イネス役のヨハンナ・ムリジョは、TVシリーズ出演が多く舞台でも活躍しているせいか、本邦公開作品は見つからなかった。映画ではディエゴ・ルナのロード・ムービー「Sr. Pig」に脇役ながら出演のほか、まだ未公開だが Axel Muños ムニョスの「Noches De Julio」では主役に起用されている。

『闇の列車、光の旅』の作品紹介は、コチラ20131110

 

★次回は、審査員特別賞のアリ・サマEsto no es Berlínを予定しています。こちらも1980年代のメキシコが舞台のようです。当時のメキシコ人の憧れの地は、ロンドンかベルリンだったそうです。

    

追加情報:『グッド・ワイフ』の邦題で2020年07月10日に劇場公開されました。