ベルランガの『ようこそ、マーシャルさん』*スペインクラシック映画上映会2020年05月22日 11:55

   2回目はルイス・ガルシア・ベルランガのコメディ「ようこそ、マーシャルさん」

       

 

 

ルイス・ガルシア・ベルランガ19212010「ようこそ、マーシャルさん」は、今まで「ようこそマーシャルさん」でご紹介してきました。こちらの邦題は198410月から11月にかけて開催された「スペイン映画の史的展望<19511977>」(全23作上映)という画期的な映画祭のときに付けられたものです。本作は映画祭で上映されただけで残念ながら未公開でした。今回の上映会を企画したセルバンテス東京がアップしたポスター(上記の写真)を見て、ビックリマークがついているので驚きました。映画は勿論Bienvenido Mister Marshallでした。しかし今回は企画者に敬意を表して句点を入れた上記のタイトルを採用しました。因みにIMDbを検索したところ、ポスターはオリジナルの他に幾つものバージョンがあるのでした。

    

★監督紹介は以前にNovio a la vista54「一見、恋人」)の作品紹介をした折りにアップしていますが、当時の検閲制度や「ようこそマーシャルさん」についても触れています。

「一見、恋人」の紹介記事は、コチラ20150621

 

     

              (ルイス・ガルシア・ベルランガ)

  

★本作は200212月、プロデューサーのエンリケ・セレソEGEDAオーディオビジュアル著作権管理協会)現会長の提案で、撮影地だったマドリード郊外のグアダリックス・デ・ラ・シエラ市(マドリード北方49キロ)で再公開され、25,260人が押しよせました。2016年の人口は6000人足らず、観客はマドリードや近郊から出向いたことになります。当時エキストラで出演していたスマートな若者がサンチョ・パンサのようにふくよかになって取材に応じていました。更にマドリードのグランビア100周年を記念して催行されたクラシック映画を特集した映画祭でもオマージュとして上映されたということです。

   

    

 (「ようこそ、マーシャルさん」の記念プレート、グアダリックス・デ・ラ・シエラ市)

  

★更に2015年、スクリーンでクラシック映画を観たことのない若者のために企画された上映会で再リリースされました(6館で1月~5月)。ラディスラオ・バフダの『汚れなき悪戯』(54)、フアン・デ・オルドゥーニャの「最後のクプレ」(57)、ハイメ・デ・アルミニャンの「お嬢さま」(72)、少し新しいがカルロス・サウラの『歌姫カルメーラ』(90)などと一緒に上映されました。スペイン人が最も愛した映画監督がベルランガと言われるだけあって没後も根強い人気を誇っています。

 

★上映前の解説者はチュス・グティエレス監督でした。当時の時代や舞台背景についての説明、監督紹介がありました。当ブログではコロンビア=スペイン合作『デリリオ~歓喜のサルサ』(ラテンビート2014上映)や公開されたドキュメンタリー『サクラモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』などでグティエレス監督をご紹介しています。

『デリリオ~歓喜のサルサ』の紹介記事は、コチラ20140925

『サクラモンテの丘~ロマの洞窟フラメンコ』の紹介記事は、コチラ20170201

  

 

Bienvenido Mister Marshall(『ようこそ、マーシャルさん』)

製作:UNINCIUnión Industrial Cinematográfica

監督:ルイス・ガルシア・ベルランガ

原案:フアン・アントニオ・バルデム、ルイス・ガルシア・ベルランガ

脚本:フアン・アントニオ・バルデム、ルイス・ガルシア・ベルランガ、ミゲル・ミウラ

音楽:ヘスス・ガルシア・レオス

歌曲:ホセ・アントニオ・オチャイタ、シャンドロ・バレリオ、フアン・ソラノ・ペドレロ

撮影:マヌエル・べレンゲル

編集:ペピータ・オルドゥーナ

美術:フランシスコ・カネト、フランシスコ・ロドリゲス・アセンシオ

衣装デザイン:エドゥアルド・デ・ラ・トーレ

メイクアップ&ヘアー:アントニオ・フロリド、ロサリオ・バケロ

プロダクション・マネージメント:ビセンテ・センペレ

助監督:リカルド・ムニョス・スアイ

美術:フェデリコ・デル・トーレ、エンリケ・ビダル

録音:アントニオ・アロンソ、ロレンソ・ライネス

カメラ:エロイ・メリャ

製作者:ビセンテ・センペレ

 

データ:製作国スペイン、スペイン語・ラテン語・英語、1953年、コメディ、78分、撮影地グアダリックス・デ・ラ・シエラ市、スタジオCEA他。公開マドリード195344日、バルセロナ同4月㎜日、フランス717

映画祭・受賞歴:第6回カンヌ映画祭1953出品、コメディ(ユーモア)脚本スペシャル・メンション受賞。第9回シネマ・ライターズ・サークル賞(音楽賞ヘスス・ガルシア・レオス、オリジナル脚本賞ルイス・ガルシア・ベルランガ、フアン・アントニオ・バルデム、ミゲル・ミウラ)

 

キャスト:ロリータ・セビーリャ(カルメン・バルガス)、マノロ・モラン(マノロ)、ホセ・イスベルト(村長ドン・パブロ)、アルベルト・ロメア(郷士ドン・ルイス)、エルビラ・キンティーリャ(小学校教師エロイサ)、ルイス・ぺレス・デ・レオン(司祭ドン・コスメ)、フェリックス・フェルナンデス(医師ドン・エミリアノ)、ニコラス・ベルチコト(薬剤師)、ホアキン・ロア(公示者フリアン)、フェルナンド・アギレ(秘書ヘロニモ)、マヌエル・アレクサンドレ(秘書)、ホセ・フランコ(使節団長)、ラファエル・アロンソ(使節)、ホセ・マリア・ロドリゲス(ホセ)、エリサ・メンデス(ドーニャ・ラケル)、マティルデ・ロペス・ロルダン(ドーニャ・マティルデ)、他グアダリックス・デ・ラ・シエラのエキストラなど多数、ナレーションはフェルナンド・レイ

 

ストーリー:カスティーリャの村ビリャール・デル・リオは、スペインならどこにでもあるのんびりした農村である。折しも村長ドン・パブロが経営するバルに出演すべく、美貌の歌姫カルメンとマネージャーのマノロが村営の定期バスで広場に到着する。村長が馬車で客人を案内している最中、今度は県庁のお偉方4人が2台のバイクに先導されて到着した。一体何事ならんと、小父さんたちは床屋談議に花を咲かせ、川で洗濯ちゅうのおかみさんたちも井戸端会議に熱中する。マーシャル・プランの生みの親、米国国務長官ミスター・マーシャルの使節がビリャール・デル・リオを通るという。このビッグニュースはたちまち村中を駆けめぐり、アメリカ人を感動させる準備が始まった。ボストンで過ごしたことのあるマノロのアドバイスで、道路沿いをアンダルシア風の街並みに変え、村民にはフラメンコ衣装を着せることにした。学校ではアメリカ史のにわか勉強、ローラー車がデコボコ道路を整備し、歓迎パレードのリハーサルまでして、マーシャル御一行さまを待ち受けることになった。果たして努力は報いられるでしょうか。

 

   

(左から、エロイサ、マノロ、カルメン、村長ドン・パブロ、本番並みのリハーサル風景)

 

 

       ロリータ・セビーリャ出演が前提だった「ようこそ、マーシャルさん」

 

A: 結構厳しい社会批判がオブラートに包まれているとはいえ出てきますが、よく検閲の目を潜り抜けました。制作会社UNINCIからは、ロリータ・セビーリャを主演に据えることが求められていた。1935年セビーリャ生れ、10歳でダンサーとしてデビューした。オファーが来たとき、ミュージカル映画に主演できると喜んだのに、実際は検閲逃れのパロディ映画であることに気がついたようです。

B: 歌って踊れる女優として映画界への足掛かりを得たと胸弾ませていたのに、どうやら主役はドン・パブロとマノロ。

A: カルメン・バルガスの主役を射止めたと思ったが、実は違った。しかしカンヌで本作が成功すると、ロリータも引っ張りだこになって結果的には大成功だったのでした。

 

B: 製作側としては、外貨を得るには外国人がイメージするスペインに、アンダルシア風やフラメンコは欠かせなかった。

A: 原案者のフアン・アントニオ・バルデムも監督もそれは承知の助、利用しない手はなかった。検閲逃れの極めつきは、本作にナレーションを入れて、ナレーターにフェルナンド・レイ(ラ・コルーニャ1917)を抜擢したこと、「昔むかし・・」で始まり、結びの常套句「Y colorín, colorado, este cuento se ha acabado」で映画を締めくくらせたことです。

B: 「これでおしまい、めでたしめでたし」、これは昔々のお話だから目くじら立てないでね。

 

A: フェルナンド・レイはスクリーンには現れませんが、当時スペイン人にも人気のあったタイロン・パワーローレンス・オリヴィエの吹替として知名度があった。彼については次回上映予定のブニュエルの『ビリディアナ』(61)でご紹介したいが、内戦の関りではベルランガとの共通点があるのです。

B: 内戦後、それぞれの父親が刑務所に収監されていたのです。

 

           舞台となったビリャール・デル・リオは実在の村

 

A: 舞台となるビリャール・デル・リオは、架空の村ではなくカスティーリャ-レオン自治州ソリア県の町、近くのビリャール・デル・カンポまでは鉄道が来ているが、デル・リオには通じていない。ドン・パブロはそれが悔しくてならない。

B: 鉄道を通すことが村長の宿願だった。県庁から派遣されてきた使節団長に「デル・カンポ」と何回も間違えさせている。村長はその度に「デル・リオ」と訂正して笑わせる。

A: デル・カンポへの対抗心が滲みでており、中央から忘れられた村の代表として選ばれている。実際の撮影は上述したように、マドリード近郊のグアダリックス・デ・ラ・シエラでした。

 

B: 最初はビリャール・デル・リオを予定していた。

A: しかし人口も少なく、村民はジャガイモやタマネギの農作業に忙しく、エキストラが集まらなかったらしい。それにマドリードから遠すぎることも一因かもしれない。

 

B: 現在の市庁舎のバルコニーには村長役ホセ・イスベルトそっくりのドン・パブロの銅像が建っています。

A: 2011年に建てられた比較的新しいもので、市庁舎は当時のままを使用しているが、1階にはバルと中国料理店が入っているそうです。写真にあるように、予算がなくて310分で止まったままの大時計は4時を指しているから、新品に変えたのかもしれない。2016年の人口調査によると、6000人足らずの町のようです。市民はグアダリックスで撮影されたことが知られていないことが残念だったようです。

 

B: ドン・パブロが演説するバルコニー付きの村役場が立派すぎたのは、グアダリックス・デ・ラ・シエラの市庁舎だったからですね。

A: 広場に集まった村民に「私は皆さんの村長です。だから村長としてご説明しなければなりません・・・」を延々と繰り返すだけで、説明しなければならない事案が一向に分からない。意味深な演説です。何を説明してもらいたかったかは、当時の国民にとってそれぞれ違ったはずです。

 

     

  (「私は・・・」と意味不明の演説をする村長、目立ちたがり屋マネージャーのマノロ)

 

        

   (バルコニーで熱弁をふるうドン・パブロの銅像、マノロと助役は割愛されている)

 

         マーシャル・プラン排除を逆手にとったパロディ映画

 

B: タイトルに使用されたミスター・マーシャルは、かの有名なマーシャル・プランの立案者、米国国務長官ジョージ・マーシャルを指す。第2次大戦後の1947年、疲弊したヨーロッパ経済の復興計画として1951年まで実施された。

A: ドイツとスペインは除外された。スペインは参戦しませんでしたが、民主国家ではないとして国際連合による<スペイン排斥決議>をうけていた。本作が完成したときには既に解除されていましたが、当時のスペイン人がマーシャル・プランに寄せる期待は大きかったという。

 

B: 歴史の浅い米国より伝統のあるスペインのほうがウエだと思いつつ、内戦から立ち直れない経済をアメリカに救済して欲しかった。その屈折した感情が本作を貫いている。

A: 対象国でもないのに、マーシャル・プランを主軸にしてストーリーを展開させた。それがカンヌ映画祭脚本賞受賞に繋がったのだと思います。

 

B: 反米的なシーンもありました。県庁の使節団長から「失礼のないようにしなさい」と言われたドン・パブロに「レモネードでもお出ししましょうか」なんて言わせたり、ロード・ローラーを走らせて一行が通る道路だけ整備させている。

A: 結局マーシャル使節団は村に立ち寄ることなく、あっという間に村を駆け抜けてしまい、後には溝に落ちてずたずたになった星条旗が残された。スペイン人の外国人嫌いというか恐怖症を描いていますが、カンヌでこのシーンを目撃したアメリカ人が怒り出したという。

 

B: 移民の寄り合い所帯の合衆国で一番重要なのが国旗、星条旗のパロディ化は御法度です。しかしこのシーンは、スペイン人のヒダリもミギにも共通した感情だった。

A: アメリカから経済援助を引き出したいフランコ政権の検閲がよく通したと思うのですが、フランコ政権は「ウチは検閲などしておりませんよ」と海外に知らせるために容認したとも。

B: マーシャルさんを歓迎するコメディだから、バルデムやベルランガたちが仕掛けた深慮遠謀に全体的に気づかなかったということもあった。

 

         登場人物のキャラクター、村長ドン・パブロは聴覚障害者

 

A: 登場する人物は当時のスペイン人のサンプルです。村長ドン・パブロが聴覚障害者なのは都合が悪くなると聞こえなくなる。司祭ドン・コスメ(ルイス・ぺレス・デ・レオン)は太っていて噂好き。飽食できたのは政治家と宗教関係者だけだったから、映画に現れる司祭は肥満が通り相場だった。懺悔の内容はマル秘でなければならない司祭を噂好きに設定した。

B: 知ったかぶりにアメリカの悪口を言いふらしたことで、マーシャル一行が到着する前日には、KKKに捕らえられたあげく、非米活動委員会裁判で絞首刑を言い渡される夢を見る。

 

          

    (聴覚障害者の村長ドン・パブロ)

 

        

         (司祭ドン・コスメを演じたルイス・ぺレス・デ・レオン)

 

A: 郷士イダルゴのドン・ルイス(アルベルト・ロメア)は、先祖がアメリカ大陸に初めて上陸した名誉ある家柄だから表向きには尊敬されている。しかし今は落ちぶれて先祖の肖像画や時代物の家具に囲まれて孤独に暮らしている。当然誰からも手紙はこない。マーシャル一行が到着する前日に見た夢は、先住民に捕らえられ海岸で釜茹でにされてしまう。

 

         

           (郷士ドン・ルイスを演じたアルベルト・ロメア)

 

B: ドン・パブロといえば、アメリカ西部で保安官になり、悪漢マノロと歌姫カルメンをめぐって酒場でドンパチやる夢を見る。村長は美人のカルメンにほの字のようだ。

A: 村長は、ボストンにいたことがあるというカルメンのマネージャーがアメリカ通ということで村長を差し置いて仕切りたがるので、悪漢をマノロにしている。

B: デル・リオの村民でもないのにバルコニーに登場してドン・パブロの演説の邪魔をしていた。マノロのような出しゃばりのアメリカ通は、えてして敬遠されていた。

  

          

                       (ドン・パブロは歌姫カルメンにほの字)

 

       

   (夢の中で悪漢にされたマノロ)

 

A: マーシャルさんが1人に1つだけ望みを叶えてくれると聞かされていた農夫のフアンも、アメリカ空軍機から念願の新型トラクターがパラシュートで落下してくる夢を見る。

B: 小学校教師のエロイサ(エルビラ・キンティーリャ)には眼鏡をかけさせ独身にした。大人にアメリカ史を教える授業では、クラスの優等生をアンチョコ代わりに教壇の下にもぐらせていた。女性の地位の低さを描いている。

A: 女性蔑視を皮肉っているが、優等生にも眼鏡をかけさせている。若い人の眼鏡は負のイメージか。現在の女性の社会進出をベルランガが知ったら驚くでしょう。

 

      

              (教師のエロイサを演じたエルビラ・キンティーリャ)

 

B: 村長役のホセ・イスベルト(マドリード18861966)は、今回のクラシック映画上映会では出番が多い。

A: ベルランガの『死刑執行人』63)の他に、マルコ・フェレーリ『車椅子』60)でも主演しています。小柄でガラガラ声、お世辞にもガランとは言えないが、1950年代60年代で最も活躍した俳優の代表格でした。キャリア紹介は次回にいたします。

      

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