アルフォンソ・キュアロンの新作『ROMA /ローマ』② ― 2018年12月21日 14:39

(モード雑誌『ヴォーグ』の表紙を飾ったヤリッツァ・アパリシオ)
★ゴヤ賞2019イベロアメリカ賞ノミネーション、アカデミー外国語映画賞プレセレクション9作品のなかに『夏の鳥』と一緒に選ばれたほか、ラスベガス映画批評家賞(作品・監督・撮影・編集)の4賞、女性映画批評家オンライン協会賞(作品・監督・撮影)の3賞など、続々と受賞結果が入ってきました。スペインではNetflix配信と同時に期間限定で劇場公開も始まったようです。Netflixと大手配給会社が折り合ったわけです。更にはクレオ役のヤリッツァ・アパリシオがなんと『ヴォーグ』の表紙になるなど、びっくりニュースも飛び込んできましたが、確かこの雑誌は映画雑誌ではなかったはずですよね(笑)。冗談はさておき、前回の続きに戻ります。
子供の記憶に残る「血の木曜日」事件
A: 1961年11月生れのキュアロンは、1971年6月10日に起きた「聖体の祝日の木曜日の虐殺」当時9歳半になっていた。反政府デモの虐殺事件としては、300人以上の死者を出した1968年メキシコオリンピック10日前に起きた「トラテルコ事件」(10月2日)のほうが有名です。
B: 当時メキシコは一党独裁の制度的革命党PRIが政権をとっており、時の大統領はルイス・エチェベリア、反政府運動が日常的な時代だった。スラムの水不足解消のため視察に来た政治家の演説の中に一度だけ名前が出てきた。

(政治家の演説も空しい水溜りだらけの水不足地域)
A: 皮肉なことに水溜まりが散在する土地柄だった。政府に批判的な学生や知識人などの動きを封じるため、政権が私設軍隊パラミリタールを組織し、そこにクレオの恋人フェルミンが加入していた。正規の軍隊とは別で、軍隊、警察、パラミリタールが民間人を殺害した。監督の「聖体の祝日の木曜日の虐殺」の記憶は鮮明のようです。

(1971年6月10日に起きた「聖体の祝日の木曜日の虐殺」を背景にしたポスター)
B: ソフィアの母テレサ夫人とベビーベッドを買いに家具屋を訪れていたクレオは、ここで民間人殺害に加担していたフェルミンと遭遇、衝撃で破水してしまう。
A: 本作ではスラムの水溜まりに限らず、タイル敷きの床を洗い流す汚水は排水口に上手く流れ込まない、水道栓からぽたぽた漏れる水、排水管が詰まっているのかシンクに溜まる水、森林火事の前時代的なバケツリレー、極め付きは子供たちに襲いかかる獰猛な高波、制御できない水が時代の流れを象徴するかのように一種のメタファーになっている。
飛行機、外階段、地震、森林火災、高波、犬の糞が象徴するもの
B: 水だけでなく、飼い犬の糞のメタファーは、メキシコが吐き出す悪の象徴ともいえる。久しぶりに帰宅した父親アントニオが糞の不始末に文句を言っていたが、彼の車の吸殻入れは満杯だ。
A: ファーストとラストカットに現れる飛行機は円環的な構成になっており、クレオとの関係も面白い。最初は洗剤の泡が混じった汚水に映る飛行機、ラストは外階段を上っていくクレオが見上げる飛行機。どちらもカメラは動かない。
B: カメラの位置は定点か、動いても回り灯篭のようにゆっくりと水平か斜めに動き、もっぱら動くのは被写体です。ロングショットが多く、したがってクローズアップは少ないのがいい。
A: 劇場公開を念頭において撮っていたからです。結果的にはNetflixプレゼンツになってしまったが、しつこく言いますがスクリーンで見たい映画です。
B: 日本の家屋に比べると、建物の構造が大分変わっている。門を開けると両側に建物があり、中央が車庫を兼ねた通路になっている。自家用車のフォードギャラクシーを止めるにはぎりぎりの幅しかなく、夫婦とも駐車に苦労している。
A: いわば身の丈に合わない生活をしているわけです。パティオというスペイン建築に典型的な中庭があり、母屋と使用人の住居が囲んでいる。洗濯場は3階の屋上にあって外階段で昇降している。中流家庭なのに洗濯機がないのにはびっくりした。
B: 日本では60年代後半には既に一般家庭に普及していましたね。

(ヤリッツァ・アパリシオに演技指導をする監督)
A: クレオが病院の新生児室を覗いているときに起きた小さな地震は、9500人の犠牲者を出した1985年のメキシコ大地震を予感させる。
B: ブルジョア家族たちが新年を過ごすトウスパン大農園の森林火災の意味はいろいろ想像できますが、大航海時代にやって来て以来、先住民を支配し続けている大農場主階級の終焉、さらにはこのアシエンダに集って新年を楽しむブルジョア階級の将来像でもあるでしょう。1970年代はメキシコの転換期でもあった。
やはり本作は乳母リボに捧げられたフィクション
A: 監督が生後9ヵ月のときにキュアロン家に乳母として雇われたリボ、リボリア・ロドリゲスに捧げられている。監督はあるインタビューで「ショットの90パーセントは自分の記憶だ」と語っている。記憶は時間とともに創作され変容していく。半自叙伝的と銘打っていますが、自分の幼少時代にインスパイアーされたフィクションでしょうね。
B: しかし、マリナ・デ・タビラが扮したソフィア夫人の人格は自分の母親に近いとも語っています。プロの俳優は少なく、彼女の他、クレオを侮辱した恋人、フェルミン役のホルヘ・アントニオ・ゲレーロ、武術の指導者ソベック先生のラテン・ラヴァーくらいでしょうか。
A: ビクトル・マヌエル・レセンデス・ヌニオが本名で、90年代から今世紀にかけてルチャリブレの人気プロレスラーだった人。引退後モデルになり、本作で映画デビューした。劇中では武術のほか力自慢のテレビ番組にも出演しているショットがありました。

(武術の先生ソベック役のラテン・ラヴァー)
B: 父親役のフェルナンド・グレディアガも新人、実父についての情報は検索できませんでした。
A: スペイン語ウィキペディアには名前だけしか載っていない。父親が原子物理学者で国際原子力機関に務めているという情報は英語版に載っていましたが、他に原子核医学を専門とする科学者と情報もあり、病院勤務をしていたのかもしれません。母親はクリスティナ・オロスコといい、今年3月に亡くなっています。1961年生れの監督は3人兄弟の長男ですが、劇中の長男トーニョに重ねていいのかどうかです。
B: 監督はトーニョであり、やんちゃなパコでもあり、末っ子のペペであるのかもしれない。
A: 主役はあくまでクレオ、つまり純粋で寛大だったリボ、時には生みの親より育ての親というように、彼女は家族にとっていなくてはならない存在だった。またセットに使った家具の70パーセントは自分の家にあったものをかき集め、残りはメンバーたちの家族のものだそうです。
B: あんな古いテレビがよくありましたね。ちゃんと映っていた。見ていた番組は「三馬鹿大将」シリーズですか。
A: 分かりませんでしたが、テレサお祖母さまとクレオに付き添われて子供たちが見に行った映画は、1964年にマーティン・ケイディンが発表した小説をもとに、ジョン・スタージェスが映画化したアメリカ映画『宇宙からの脱出』(69)、これが『ゼロ・グラビティ』(13)に繋がったのでしょう。
B: 売却することになったフォードギャラクシーで家族がベラクルス近くのトゥスパン村に旅行に出かける。そこで父親がケベックのオタワに住んでないことが子供たちに知らされる。
A: 次男のパコは電話の盗み聞きで、トーニョは映画を観に行ったとき、若い女性と手をつないでいる父親を偶然目撃して事実を知っていた。
B: 父親に愛されていると思っていた子供たちには辛すぎる話です。兄弟は互いに知っていることを秘密にしているが、口にできない辛さや父親への怒りは、取っ組み合いの兄弟喧嘩として発散される。

(子供たちに「パパはもう帰ってこない」と話すソフィア夫人)
A: こういう巧みな描写が至るところに散らばっている。プロットだけを読むと平凡すぎて食指が動きませんが、今年見たお薦め映画5本に入ります。監督が『ゼロ・グラビティ』の成功後、新作の構想を話しても誰も乗ってこなかったという。なかでカンヌ映画祭の総指揮者ティエリー・フレモーも首を傾げた一人ということでした。
B: 勿論映画ですから映像が良くなくては話になりませんが、モノクロなのに奥行きがあり、繰り返し見たくなります。その都度新しい発見がある。
B: 少ない台詞、ストーリーの流れの自然さ、対立する明るさと暗さ、残酷と優しさ、穏やかさと暴力、日常を淡々と描きながら突然襲う非日常が鮮やか。
A: シンプルのなのに複雑なのが人生というものでしょう。監督は自分が幼少期に過ごした家に帰る必要があったのだと思います。前述したように、アカデミー外国語映画賞プレセレクション9作に『ROMA/ローマ』と『夏の鳥』が残った。『万引き家族』も残った。多分『夏の鳥』は選ばれないと思いますが、他の2作は脈ありです。
B: しかし最近の米国アカデミー外国語映画賞は、初参加国が選ばれる傾向もあり分かりません。同じモノクロで撮ったポーランドのパヴリコフスキの「Cold War」も手強い。
A: キュアロンは既にオスカー監督ですが、メキシコ代表作品が受賞したことはありません。受賞すればメキシコ初となります。

(本作撮影中のアルフォンソ・キュアロン)
*監督の主なフィルモグラフィー*
1991『最も危険な愛し方』(「Sólo con tu pareja」スペイン語)
1995『リトル・プリンセス』
1998『大いなる遺産』
2001『天国の口、終りの楽園。』(「Y tu mamá también」スペイン語)
2004『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』
2006『トゥモロー・ワールド』
2013『ゼロ・グラビティ』
2018『ROMA/ローマ』(「ROMA」スペイン語)
* ベネチア映画祭金獅子賞受賞の記事は、コチラ⇒2018年09月12日
* ホナス・キュアロンに関する記事は、コチラ⇒2015年09月25日/2017年04月23日
アルフォンソ・キュアロンの新作『ROMA/ローマ』① ― 2018年12月17日 15:16
ビエンナーレ2018金獅子賞受賞作品「ROMA」を見る
★アルフォンソ・キュアロンの長編8作目になる「ROMA」は、第75回ベネチア映画祭の金獅子賞受賞作品、Netflixプレゼンツ作品が初金星という記念碑を打ち立てた。本邦では東京国際映画祭TIFFで邦題『ROMA/ローマ』で特別上映されただけです。メキシコでは9月1日メキシコシティのトナラ館でプレミア後、「ロス・カボス映画祭」(11月7日~11日)で11月8日に特別上映された。スペインではほんの短期間(12月5日~14日)マドリード、バルセロナ各2館、マラガの1館だけで上映された。

(金獅子賞のトロフィーを手にしたアルフォンソ・キュアロン)

(左から、ナンシー・G・ガルシア、ヤリッツァ・アパリシオ、監督、マリナ・デ・タビラ)
★4月にNetflixの配給権がアナウンスされると、フランス国内での公開ができない作品は、コンペティションから除外するという法律のためカンヌ映画祭は本作の上映を見送った。監督はカンヌを希望していたということでしたが、結果的にベネチア映画祭でプレミアされることになった。フランスではグラン・リヨン映画祭で10月15日上映されたが、カンヌが直面している問題は、公開後3年間はVOD(ビデオ・オンデマンド)での使用権を取得できないというフランスの法律の厳格さであり、これはいかにも長すぎるのではないか。Netflixで12月14日から世界同時配信されたが、190ヵ国、ユーザー1億3000万人という数字は、監督のみならず関係者にとって実に魅力的ではないだろうか。フランスとNetflixが共に合意点を見つける努力を拒否していないが、詳細は明らかになっていない。今や巨人となったNetflixのストリーミングと大手配給会社との闘いは、今後どうなっていくのだろうか。
『ROMA/ローマ』(原題「ROMA」)
製作:Esperanto Filmoj(メキシコ)/ Participant Media(米)
監督・脚本・製作・撮影・編集:アルフォンソ・キュアロン(クアロン)
編集:(共)アダム・ゴGough
キャスティング:ルイス・ロサーレス
美術:カルロス・ベナシーニ、オスカル・テジョ
プロダクション・デザイナー:エウヘニオ・カバジェロ
衣装デザイナー:アンナ・テラサス
音響:セルヒオ・ディアス、スキップ・リーヴセイ、クレイグ・ヘニガン
製作者:ガブリエラ・ロドリゲス、ニコラス・セリス、(以下エグゼクティブ)ジョナサン・キング、デヴィッド・リンド、ジェフ・スコール
データ:製作国メキシコ=米国、スペイン語・ミシュテカ語・英語、2018年、ドラマ、135分、モノクロ、撮影地メキシコシティ、ゴールデン・グローブ賞2019(作品・脚本・監督)ノミネーション、第91回アカデミー外国語映画賞メキシコ代表作品、Netflixプレゼンツ作品(配信開始2018年12月14日)
映画祭・映画賞:ベネチア映画祭2018金獅子賞、SIGNIS賞受賞、テルライド映画祭にて北米プレミア、トロント映画祭観客賞受賞、サンセバスチャン映画祭、アトランタ映画批評家サークル賞(トップテンフィルム・外国語映画・監督・撮影)受賞、ワシントンDC映画批評家協会賞(作品・監督・撮影・外国語映画)受賞、ハリウッド映画賞(ヤリッツァ・アパリシオがニューハリウッド賞)、ニューヨーク映画批評家サークル賞(作品・監督・撮影)受賞、パームスプリングス映画祭、TIFF特別上映、他多数
キャスト:
ヤリッツァ・アパリシオ(オアハカ出身の乳母クレオ・グティエレス)
マリナ・デ・タビラ(ソフィア夫人)
マルコ・グラフ(三男ペペ)
ダニエラ・デメサ(長女ソフィ)
ディエゴ・コルティナ・Autrey (長男トーニョ)
カルロス・ペラルタ(次男パコ)
ベロニカ・ガルシア(ソフィアの母テレサ夫人)
ナンシー・ガルシア・ガルシア(家政婦アデラ)
フェルナンド・グレディアガ(ソフィアの夫アントニオ氏)
ホルヘ・アントニオ・ゲレーロ(クレオの恋人フェルミン、ラモンの従兄弟)
アンディ・コルテス(使用人で運転手のイグナシオ)
ホせ・マヌエル・ゲレーロ・メンドサ(アデラの恋人ラモン)
エノック・レアニョ(政治家)
ラテン・ラヴァー(武術の先生ソベック)
ホセ・ルイス・ロペス・ゴメス(小児科医)
サレラ・リスベス・チノジャ・アレジャノ(ベレス産婦人科医)
パメラ・トレド(クレオの代役)
他、飼い犬ボラスなど
ストーリー:政治的混迷に揺れる1970年、メキシコシティのローマ地区に暮らす、ある裕福な医師家族の1年間が若い乳母クレオ――下層階級、先住民、女性という三重の社会的経済的圧力のなかで生きている――の視点を通して語られる。ローマ地区は中産階級が多く住んでおり、コミュニティの名前がタイトルになった。キュアロン映画に特徴的なテーマ、寛容、愛、感謝、孤独、別離、裏切り、移動、そして希望も語られるだろう。監督自身の記憶に基づく半自叙伝的な家族史であるが、同時にメキシコ現代史の一面が切りとられている。 (文責:管理人)
政治的混迷を深める1970年初頭のメキシコを描く
A: 開けてびっくり玉手箱とばかり、配信開始を首を長くして待っておりました。待ってる間に雑音が入りすぎてしまいましたが、待っただけの甲斐がありました。モノクロ映画の新作を見るのは、パブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』以来でしょうか。
B: 残念なニュースが目立った2018年でしたが、年の瀬にささやかなクリスマス・プレゼントが贈られてきました。
A: 『オクジャ』でも感じたことですが、こういう映画こそ最初は劇場で見たかった。チケットがアッという間に完売になった東京国際映画祭で鑑賞できた人が羨ましいかぎりです。
B: 特に冒頭のクレジット部分の静謐さは、さぞかし大画面だったら素晴らしかったろうと思いますね。長編映画としては、キュアロンが初めてカメラを回した作品でもありました。
A: 短編では数多く撮影を手掛けています。デビュー作「Sólo con tu pareja」(92『最も危険な愛し方』)以来、監督と二人三脚でカメラを回し続けているエマニュエル・ルベツキではなかった。モノクロで撮るには撮影期間が短すぎてスケジュールが合わなかったということでしたが、他にも事情があるらしい。前作の『ゼロ・グラビティ』(13)では、キュアロンが監督賞、ルベツキが撮影賞と両人ともオスカー像を手に、トータルで7個のオスカー像をゲットした。結果的にはキュアロンで良かったのではないか。
B: 前作からだと5年のブランクがありますが、大成功の後の次回作は、どの監督にとっても厳しい。
A: 監督によると、成功のあと、大きな製作会社からより多くの資金、大物スターのラインナップでオファーを受けたが、受けるべきではない考えた。「ROMA」が彼を待っていたからでした。
B: 賞は素晴らしいがそれなりの副作用がありますね。今度は故国メキシコに戻り、自分の記憶にある子供時代をスペイン語とミシュテカ語で、更にはモノクロで撮ると決めていた。
ミシュテカ生れの乳母リボに捧げられた『ROMA/ローマ』
A: 『ROMA/ローマ』は、生後9ヵ月のときから監督の乳母であったリボ、リボリア・ロドリゲスに捧げられています。本作は自分の人格形成に最も寄与してくれた女性の一人、体を張って育ててくれたリボへの謂わばラブレターです。メキシコでもっとも貧しいと言われるオアハカ州の先住民ミシュテカ出身、母語はミシュテカ語です。
B: ヤリッツァ・アパリシオが演じたクレオ・グティエレスのモデルというか分身です。劇中では同じ先住民の家政婦アデラとミシュテカ語で喋っていた。アパリシオ自身も村を出て、クレオの役を射止めてデビューしたということです。
A: アデラはクレオ同様使用人ですが、主に料理を担当する家政婦です。ブルジョア階級の家庭は必ず乳母nanaを雇っている。乳母というのは、掃除洗濯のような家事一般の他、笑顔を絶やさずに子供たちを躾け、忍耐強く世話をする、もう一人のママ、家じゅうで一番早く起き、一番最後に寝る人です。欧米の家政婦メイドとは違うのです。
B: クレオは家の戸締り、消灯をして最後に自室に戻っていた。まだ小さい末っ子のペペには母親より大事な人みたいで「クレオが大好き」を連発していた。

(幼稚園の帰り道、ランランのペペとクレオ)

(今「死んでるもん」とペペ、「死んでるのもイイね」とクレオ、印象深い洗濯場のシーン)
A: ミシュテカの子守歌を歌ってソフィを寝かしつけていたのもクレオでした。彼女は下層階級出身の先住民女性という三重の差別を受けている。女性であることがそもそも差別の対象なのです。マリナ・デ・タビラが扮した雇い主のソフィア夫人も、後ろ盾となっていた夫に捨てられたことで侮辱的なセクハラを受ける。
B: 男性の不実は許されている。上層階級の女性であるソフィア奥様も夫あっての存在でしかない。現代も半世紀前の1970年も大して変わっていないかもしれない。

(テレビを楽しむ最後の家族団欒シーン、翌日父親が家を去るのを知らない子供たち)

(走り去る夫アントニオの車を怒りを込めて睨むソフィア)
A: 貧しさに圧しつぶされてパラミリタールに入ったクレオの恋人フェルミン、クレオの妊娠を知った途端手のひらを返すようにクレオを捨てる。無責任に貧富の差は関係ない。
B: クレオの妊娠を受け入れたソフィア夫人、女性が子供を授かることは自然とクレオを咎めない先住民女性の大らかさ、総じて女性たちの強さ、勇気、優しい団結が印象的でした。
A: 一人として堕胎を強要しない。望まぬ妊娠でも生まれてくる子供に罪はない。それだけにクレオが最後に発する言葉「生まれて欲しくなかったの」は衝撃的、クレオがどんな心境で大きなお腹を抱えて過ごしていたのかと想像すると、その辛さの大きさに涙を禁じえなかった。本作の凄さは映像よりも、観客が見落としてしまうような台詞の巧みさです。ソフィア夫人も最後には新たなチャレンジを子供たちに宣言、希望を抱かせるラストでした。

(一番素晴らしかった海辺のシーンを使用したポスター)
B: 家族史だけでなく暴力が根幹にあるメキシコ社会についても映画は語っています。
A: マチスモ、不平等、偽善、パラミリタールという私設軍隊、特に1971年6月10日に起きた「聖体の祝日の木曜日の虐殺」を、記憶に残る事件として監督は挙げている。日本で「血の木曜日事件」といわれる反政府デモを軍隊が弾圧した事件、次回に回します。
マルティネス=ラサロが三度ダニ・ロビラとタッグを組んだ「Miamor perdido」 ― 2018年12月14日 15:10
二人は法的に結婚していませんが「事実上のカップル」です!

(ダニ・ロビラとミシェル・ジェンネルを配した「Miamor perdido」)
★エミリオ・マルティネス=ラサロ(マドリード、1945)の新作「Miamor perdido」は、「オチョ・アペリードス・バスコス」、『オチョ・アペリードス・カタラネス』と三部作の体裁をとっているようです。監督はステージでダニ・ロビラ(マラガ、1980)の2時間に及ぶ独演会を見てからというものぞっこんで、浮気もせずにひたすらダニを想っている。「私たちは映画では事実上のカップルです。それで(彼を主役に)長編3作をひたすら撮り続けています。つまり彼より私のほうが誠実だということです」。それなのにダニは「僕は、若気の至りというか、ちょっぴり尻軽で、あっちこっちつまみ食いが必要なんです」と自己分析。たくさんの監督からオファーを受けて、エミリオ一筋とはいかないのです(笑)。

(ミシェル・ジェンネル、エミリオ・マルティネス=ラサロ、ダニ・ロビラ)
★ロビラは Netflix で配信された『オチョ・アペリードス・カタラネス』のあと本作まで5作に出演しています。なかで先月下旬500館で封切られた、スーパーマンのパロディ「Superlópez」は20年ぶりの新バージョン、批評家の評価も高く、興行成績もバツグンとくれば言うことなしです。1973年Janによって造形されたコミックの映画化。監督は『SPY TIMEスパイタイム』のハビエル・ルイス・カルデラがメガホンをとりました。ルイス・カルデラもダニ・ロビラにご執心で、「オチョ・アペリードス・バスコス」撮影中から交渉していたと語っています。共演者にアレクサンドラ・ヒメネス、フリアン・ロペス、マリベル・ベルドゥ、ペドロ・カサブランクなど芸達者が勢揃い、脚本は「オチョ・アペリードス」の二人組ボルハ・コベアガ&ディエゴ・サン・ホセですから、面白くならないはずがありません。

(髭を生やしたスーパーロペスことフアン・ロペス役のダニ・ロビラ)
★一方「Miamor perdido」は、12月14日に封切られる。ダニ・ロビラのお相手はアルモドバルの『ジュリエッタ』に出演していたミシェル・ジェンネル(ジェナー)の他、コメディの大ベテランを自負しているアントニオ・レシネス、人気上昇中のビト・サンス、アントニオ・デチェント、ウィル・シェファード、ハビビ(『アブラカダブラ』)、エトセトラ。ビト・サンスはマテオ・ヒルのロマンティック・コメディ「Las leyes de la termodinámica」(Netflix 邦題『熱力学の法則』)で主役を演じているほか、ダビ・トゥルエバの新作「Casi 40」にも起用されている。ウィル・シェファードはラ・コルーニャ生れの黒人俳優、大御所フェルナンド・コロモが久々に撮ったコメディ「La tribu」(Netflix『ダンシング・トライブ』)に、パコ・レオンやカルメン・マチと共演している。パコの母親にカルメンが扮して両人とも達者なダンスを披露している。

(マリオ役のダニとオリビア役のミシェル)

(この飼い猫も主役らしい?)
★ミシェル・ジェンネルMichelle Jenner(1986)は、声優の父親がミゲル・アンヘル・ジェナーと表記されていることからジェナーが多く、『ジュリエッタ』の公式カタログではジェネール、バルセロナ出身なのでジェネ(ー)ルかジェンネル、日本語表記は定まっていない。父親同様アニメーション(「タデオ・ジョーンズの冒険」など)の声優として活躍しているほか、「ハリー・ポッター・シリーズ」や『美女と野獣』では、エマ・ワトソンの吹替を担当している。長編映画の主役としては、ダニエル・サンチェス・アレバロ&ボルハ・コベアガのSF「En tu cabeza」、ダニ・デ・ラ・トーレのサスペンス「La sombra de la ley」ではルイス・トサールと共演、アナーキストの活動家として登場している。本作は1920年代のバルセロナの銃社会の裏側を描いている。スペイン公開後直ぐに『ガン・シティ~動乱のバルセロナ~』の邦題で10月31日から Netflix 配信されている。シリアス・ドラマもコメディもこなせる女優として、将来が期待されている。

(スペイン題「La sombra de la ley」のポスター)

(父ミゲル・アンヘル・ジェナーと、2012年8月)
★「現代社会は誤解からくる怒りや傷つけられたと過度に感じやすくなっている。だからユーモアの限界について語るときにはよく検討しないといけない。・・・何がユーモアで何がそうでないか議論することはできますが、人に余裕がないときは直ぐ限界がきてしまう」と監督。ユーモアの匙加減が難しい時代になってきたようです。音楽はロケ・バニョス、撮影フアン・モリナ、編集は「オチョ・アペリードス」を手掛けたベテランのアンヘル・エルナンデス・ソイド。いよいよスペインで封切られます。
ゴヤ栄誉賞2019にナルシソ・イバニェス・セラドール*ゴヤ賞2019 ② ― 2018年12月03日 11:51
ホラーとファンタジー映画の草分けチチョ・イバニェス・セラドールに栄誉賞
★11月27日、ゴヤ栄誉賞に ’チチョ’ の愛称で親しまれている監督、脚本家、俳優のナルシソ・イバニェス・セラドール受賞をスペイン各紙が一斉に報じました。栄誉賞の便りが届くと「やれやれ今年も終わりか」と年の瀬を実感します。2017年はアナ・ベレンの9月初め、2018年はマリサ・パレデスの10月中頃と発表が早かったが、今年は例年に戻ったようです。女優が2年続きましたので今年は男性かなと予想していました。12月中頃にはゴヤ賞全体のノミネーションも発表になるでしょう。2019年のガラはマドリードを離れてセビーリャで2月2日開催が既に決定しています。

(ナルシソ・イバニェス・セラドール、2017年ごろ)
★スペインのホラー、ファンタジー映画に筋道をつけたシネアスト、後に続くフアン・アントニオ・バヨナ、ロドリゴ・コルテス、アレハンドロ・アメナバル、アレックス・デ・ラ・イグレシア、ジャウマ・バラゲロ、マテオ・ヒル、エンリケ・ウルビス、パコ・プラサほか多くの若手監督に影響を与えた。いずれも当ブログでもお馴染みのシネアストたちです。第4回フェロス賞2017栄誉賞を受賞した際には、車椅子で登場、デ・ラ・イグレシアからトロフィーを受け取りました。
*第4回フェロス賞2017の受賞の記事は、コチラ⇒2017年01月29日

(デ・ラ・イグレシアからフェロス賞栄誉賞のトロフィーを受け取るチチョ)
★ナルシソ ’チチョ’ イバニェス・セラドールNarciso ‘Chicho’ Ibañez Serradorは、1935年ウルグアイのモンテビデオ生れの監督、TVシリーズ製作者、脚本家(ペンネーム、ルイス・ペニャフィエル)、俳優。当時アルゼンチンで仕事をしていたスペインの舞台監督ナルシソ・イバニェス・メンタとアルゼンチン女優ペピータ・セラドールの一人息子。ウルグアイとスペインの二重国籍を持っている。幼少期は両親のラテンアメリカ諸国巡業について回り子役としてステージにも立っていたが、丈夫でなかったせいか本好きの子供だった。1940年両親が離婚、1947年スペインに渡りサラマンカの高校で学ぶ。50年代は母親が所属していた劇団で俳優として働き、テネシー・ウィリアムズのヒット戯曲『ガラスの動物園』で舞台演出家としてデビューを果たした。
★1957年アルゼンチンTVで仕事をしていた父親とのコラボを開始、エドガー・アラン・ポーやロバート・ルイス・スティーブンソンのTVシリーズを制作、舞台演出、ラジオなど共同で働いた。演劇は彼の学校であり大学でもあったが、次第に「役者より監督や脚本に魅了されていった」と語っている。1963年スペインに戻り、TV界で仕事を得る。ユーモアをちりばめたホラー・シリーズ「Historias para no dormir」(66)が1967年モンテカルロ・テレビ・フェスティバルで脚本賞を受賞、これはスペイン初のテレビ番組の国際賞だった。1968年、先輩監督ハイメ・デ・アルミニャンと共同執筆した「Historia de la frivolidad」が、最初はなかば秘密裏に放映されていたにも拘わらず批評家からも認められた。検閲制度をコミカルにパロディー化したもので、モンテカルロでも高評価だった。当時スペインはフランコ体制で、いかに検閲を潜り抜けるかに神経をすり減らしていた。ハイメ・デ・アルミニャンは、2014年にゴヤ賞栄誉賞を受賞している。
*ハイメ・デ・アルミニャンのゴヤ栄誉賞受賞の記事は、コチラ⇒2014年01月17日

(「Historias para no dormir」のポスター)

(「Historias para no dormir」撮影中のチチョ)
★ホラー・ファンタジー映画の代表作は、1969年の「La residencia」(英仏との合作)は、フアン・テバールの小説の映画化、ミステリー・ホラーということもあって邦題『象牙色のアイドル』として1972年6月に公開された。1976年の「¿ Quién puede matar a un niño ?」(「Who Can Kill A Child?」)は、2001年『ザ・チャイルド』の邦題でDVD化され、2008年に30周年特別版も発売されている。2013年にはメキシコでリメイクされているが、オリジナル版にあった政治的なテーマが消え、ホラー色が強くなっている。

(「La residencia」のポスター)

(オリジナル版「¿ Quién puede matar a un niño ?」のシーンから)
★また2006年TVムービー「Pelicula para no dormir」6作品の監修を手掛け、自身も「La culpa」(『産婦人科』)を監督した。このシリーズは「スパニッシュ・ホラー・プロジェクト」として全6作がWOWOWで放映され、スパニッシュ・ホラーのファンに歓迎された。因みに他の監督は、現在スペイン映画界を牽引している、アレックス・デ・ラ・イグレシア、エンリケ・ウルビス、ジャウマ・バラゲロ、パコ・プラサ、マテオ・ヒルの5人です。

(「La culpa」のポスター)
★愛煙家としてもつとに有名で、葉巻を常に手にしている。1970年制作会社「Prointel」を設立、今や伝説化している長寿TVゲームショー「Un dos tres.....responda otra vez」(1972~2004)をプロデュースした。上記のフェロス賞2017の他、2002年演劇賞ロペ・デ・ベガ賞、テレビ国民賞2010他、「Hablemos de sexo」で最優秀プログラム賞、金のアンテナ賞、アイリス賞など受賞歴は多数。

(葉巻を手放さないチチョ・イバニェス・セラドール)
★「チチョにとって何が怖い?」「仕事に挫折することだね」「じゃ、死は?」「もう怖くないよ」「生まれ変わったら何になりたい?」「同じ仕事を選ぶが、もっと良いのを作りたい」と「エル・ムンド」のインタビューに応えていた。
第63回バジャドリード映画祭2018*マット・ディロンにスパイク栄誉賞 ― 2018年10月27日 15:04
ミゲル・アンヘル・ビバスの「Tu hijo」で開幕


(映画祭総ディレクターのハビエル・アングロ、市長オスカル・プエンテ、
トロフィーを手にしているのが文化担当議員のアナ・レドンド)
★去る10月20日(~27日)、通称SEMINCI(Semana Internacional de Cine de Valladolid、1956年設立、バジャドリード市が後援)で親しまれているバジャドリード映画祭2018がミゲル・アンヘル・ビバスの「Tu hijo」で開幕しました。17歳の息子を殺された父親の復讐劇、その父親にホセ・コロナドが扮します。最優秀作品賞は「Espiga de Oro金の穂」、日本ではゴールデン・スパイク賞と紹介されている。今回スパイク栄誉賞が米国の俳優・監督マット・ディロンに贈られることになって現地はファンで盛り上がっているようです。今年で63回とスペインではサンセバスチャン映画祭に次ぐ老舗の映画祭、過去にはスタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』(71)、ビリー・ワイルダーの『フロント・ぺージ』(74)、ミロス・フォアマンの『カッコーの巣の上で』(75)、リドリー・スコットの『テルマ&ルイーズ』(91)など、伝説に残るような作品が受賞しています。
*SEMINCIの紹介記事は、コチラ⇒2016年11月15日

(本映画祭はレッドではなくグリーンカーペット、マット・ディロン、10月20日)

(ホセ・コロナドからスパイク栄誉賞を受け取るマット・ディロン、10月21日)
★国際映画祭ですが、やはり自国の映画に話題が集中、セクション・オフィシアルのオープニング作品「Tu hijo」のミゲル・アンヘル・ビバス監督以下、主演のホセ・コロナド、その息子になる若手ポル・モネンなどキャスト陣が脚光を浴びているようでした。ホセ・コロナドは昨年4月に心臓のステント手術を受けたばかりですが、仕事をセーブする気配もなく、マドリード暗黒街のドンに扮したTVシリーズ「Gigantes」(8話)出演など、強面が幸いして引っ張りだこ状態です。

(左から、シンボルマークを囲んでポル・モネン、ビバス監督、ホセ・コロナド)

(共演のアナ・ワヘネル、エステル・エクスポシトも加わり、グリーンカーペットに勢揃い)

★映画国民賞にプロデューサーのエステル・ガルシアが受賞したこともあって、初めて女性プロヂューサー27人が一堂に会しました(写真下、前列左がエステル・ガルシア)。日本と比較して多いのか少ないのか分かりませんが壮観です。女性シネアストの機会均等、作品を裏から支えるだけでなく、製作者の可視化も必要ということもあるようです。

(開会式が行われるカルデロン劇場に会した女性プロデューサーたち、10月20日)
★10月26日、今年は以前ジャーナリストであったレティシア王妃が現地を表敬訪問され、サイレント喜劇『ロイドの要人無用』(1923)を鑑賞された(フレッド・ニューメイヤー&サム・テイラー監督の無声映画「Safety Last !」)。主演は三大喜劇俳優の一人ハロルド・ロイド。日本でも無声映画のファンが増え、ロイド喜劇シリーズはDVDで鑑賞できる。

(映画祭関係者に囲まれて記念撮影に臨んだレティシア王妃、10月26日)

(『ロイドの要心無用』のスペイン題「El hombre mosca」のポスター)
★間もなく受賞結果が発表になりますが、いずれアップいたします。以下の写真は主な出席者。

(開会式で挨拶するカルロス・サウラ)

(ファンの求めに応じてスマホにおさまるバルバラ・レニー、グリーンカーペットで)
ウルグアイ映画「La noche de 12 años」*サンセバスチャン映画祭2018 ⑬ ― 2018年08月27日 15:48
「ホライズンズ・ラティノ」第1弾-「La noche de 12 años」

★サンセバスチャン映画祭より一足先にベネチア映画祭2018「オリゾンティ」部門で上映される、アルバロ・ブレッヒナーの「La noche de 12 años」は、簡単に言うと前ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカ(任期2010~15)のビオピックを軸にしているが、1970年代ウルグアイに吹き荒れた軍事独裁時代の政争史の色合いが濃い。物語は1973年から民主化される1985年までの12年間、刑務所に収監されていた都市ゲリラ組織トゥパマロスのリーダーたち、ホセ・ムヒカ、エレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロ、マウリシオ・ロセンコフの3人を軸に展開される。ウルグアイ前大統領ムヒカ、元防衛大臣で作家のウイドブロ、ジャーナリストで作家のロセンコフのビオピックでもある。
★獄中で「もし生きのびて自由の身になれたら、この苦難の事実を必ず書き残そう」と誓い合ったロセンコフとウイドブロの共著「Memorias del calabozo」*(「Memories from the Cell」)をベースに映画化された。
*「Memorias del calabozo」(3巻)1987~88年刊、1989年「バルトロメ・イダルゴ賞」を受賞。2013年に優れたジャーナリストで作家のエドゥアルド・ガレアノの序文を付して再刊された。

(本作のベースになった「Memorias del calabozo」の表紙)
★ホセ・ムヒカは大統領退任後の2016年4月5日に来日(~12日)、収入のあらかたを寄付、月1000ドルで質素に暮らしていることから「世界で最も貧しい大統領」と日本では報道された。愛称エル・ペペ、今年のベネチア映画祭にはコンペティション外ではあるが、ムヒカを主人公にした、鬼才エミール・クストリッツアが5年がかりで撮ったドキュメンタリー「El Pepe, una vida suprema」(ウルグアイ、アルゼンチン、セルビア、74分)もエントリーされ、思いがけず話題を集めている。このセクションには他に『笑う故郷』のガストン・ドゥプラット、『エル・クラン』のパブロ・トラペロの新作も上映され、ラテンアメリカが気を吐いている。
「La noche de 12 años」(ワーキングタイトル「Memorias del calabozo」)2018年
製作:Tornasol Films / Alcaravan AIE / Hernández y Fernández Producciones Cinematográficas(以上西)、Haddock Films(アルゼンチン)/ Salado Media(ウルグアイ)/ Manny Films(仏)、Movistar+参画
監督・脚本:アルバロ・ブレッヒナー
撮影:カルロス・カタラン
編集:イレネ・ブレクア
音楽:フェデリコ・フシド
美術:ダニエル・カルカグノ、ラウラ・ムッソ
プロダクション・デザイン:ラウラ・ムッソ
製作者:フェルナンド・Sokolowicz、マリエラ・ベスイエブスキー、フィリップ・ゴンペル、Birgit Kemner、(エグゼクティブプロデューサー)セシリア・マト、バネッサ・ラゴネ、他多数
データ:製作国スペイン、アルゼンチン、フランス、ウルグアイ、スペイン語、2018年、実話に基づくビオピック、撮影地モンテビデオ、マドリード、パンプローナ、2017年6月クランクイン、公開ウルグアイ9月20日、アルゼンチン9月27日、スペイン11月23日
映画祭:ベネチア映画祭2018「オリゾンティ部門」正式出品(9月1日上映)作品・監督・脚本ノミネート、サンセバスチャン映画祭2018「ホライズンズ・ラティノ部門」正式出品
キャスト:アントニオ・デ・ラ・トーレ(ホセ・ムヒカ)、チノ・ダリン(マウリシオ・ロセンコフ)、アルフォンソ・トルト(エレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロ)、セサル・トロンコソ(軍人)、ソレダー・ビジャミル(精神科医)、シルビア・ペレス・クルス(イヴェット)、ミレージャ・パスクアル(ムヒカの母親ルーシー)、ニディア・テレス(ロサ)、ルイス・モットーラ(軍人)、他多数
物語:1973年9月、ウルグアイは軍事クーデタにより独裁政権が実権を握った。都市ゲリラ「トゥパマロス」運動は勢いを失い壊滅寸前になって既に1年が経過していた。多くのメンバーが逮捕収監され拷問を受けていた。ある秋の夜、軍部の秘密作戦で捕えられたトゥパマロスの3人の囚人がそれぞれ独房から引き出されてきた。全国の異なった営倉を連れまわされ、死に関わるような新式の実験的な拷問、それは精神的な抵抗の限界を超えるものであった。軍部の目的は「彼らを殺さずに狂気に至らせる」ことなのは明らかだった。一日の大半を頭にフードを被せられ繋がれたまま狭い独房に閉じ込められた12年間だった。この3人の囚人とは、ウルグアイ前大統領ホセ・ムヒカ、元防衛大臣で作家のエレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロ、ジャーナリストで作家のマウリシオ・ロセンコフのことである。

(独房から引き出された3人の囚人、映画から)
1970年代ラテンアメリカ諸国を覆った軍事独裁の本当の黒幕
★ホセ・ムヒカ(モンテビデオ、1935)の最後になる逮捕は1972年、民政移管になった1985年4月釈放だから、大雑把に約12年間になるが(正確には11年6ヵ月7日間だそうです)、それ以前の収監を含めると約15年間に及ぶという。映画では3人に絞られているが、他にトゥパマロス(ツパマロス)のリーダー6人も収監されており、上述の「Memorias del calabozo」は全9人の証言で構成されているようです。
★冷戦時代の1970年代のラテンアメリカ諸国は、ウルグアイに限らずアルゼンチン、チリ、ブラジル、ペルーなどが米国の後押しで軍事独裁政権が維持されていた。アメリカは人権より我が家の裏庭の赤化を食い止めるのに必死だったというわけです。米国にとっては赤化より軍事独裁制のほうが国益に叶っていたからです。新式の拷問とは CIA がベトナム戦争で培ったノウハウを、領事館員やビジネスマンに偽装させて潜入させ伝授したことは、その後の資料、証言、調査で明らかになっている。

★エレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロ(モンテビデオ、1942~2016、享年74歳)は、1969年10月逮捕されたが、1971年9月110人の仲間と脱走に成功した。しかし1972年4月14日再逮捕、これが最後の逮捕となって以後1985年まで収監されている。ですから彼もトータルで刑期は15年くらいになるようです。釈放後は政治家としてムヒカ大統領のもとで防衛大臣、作家としては上記以外にプンタ・カレタス刑務所から110名の仲間とトンネルを掘って脱獄した体験を書いた「La fuga de Punta Carretas」(2巻、1990)、本作は1992年モンテビデオ市賞を受賞した。その他多数の著作がある。

★マウリシオ・ロセンコフ(本名Moishe Rosenkopf、ウルグアイのフロリダ、1933)は、ジャーナリスト、作家、脚本家、詩人、戯曲家。両親は1931年、ナチの迫害を逃れてポーランドから移民してきたユダヤ教徒。2005年からモンテビデオ市の文化部長を務め、週刊誌「Caras y Caretas」のコラムニストとして活躍している。2014年ウルグアイの教育文化に貢献した人に贈られる「銀のMorosli」賞を受賞。「Memorias del calabozo」の他、著作多数。

*キャスト紹介*
★アントニオ・デ・ラ・トーレは、1968年マラガ生れ、俳優、ジャーナリスト。本作でホセ・ムヒカを演じる。当ブログでは何回も登場させていますが、いずれも切れ切れのご紹介でした。大学ではジャーナリズムを専攻、卒業後は「カナル・スール・ラディオ」に入社、テレビのスポーツ番組を担当、かたわら定期的にマドリードに出かけ、俳優養成所「クリスティナ・ロタ俳優学校」**で演技の勉強を並行させていた。TVシリーズ出演の後、エミリオ・マルティネス・ラサロのコメディ『わが生涯最悪の年』(94)のチョイ役で映画デビュー、俳優としての出発は遅いほうかもしれない。
**クリスティナ・ロタ俳優学校は、アルゼンチンの軍事独裁政権を逃れてスペインに亡命してきた女優、プロデューサー、教師クリスティナ・ロタが1979年設立した俳優養成所。現在スペインやアルゼンチンで活躍中のマリア・ボトー、フアン・ディエゴ・ボトー、ヌル・アル・レビ姉弟妹の母親でもある。

(ホセ・ムヒカに扮したデ・ラ・トーレ、独房のシーンから)
★1990年代から2000年初めまでは、イシアル・ボリャインの『花嫁のきた村』『テイク・マイ・アイズ』、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『ビースト 獣の日』、『どつかれてアンダルシア』、『13 みんなのしあわせ』、サンティアゴ・セグラの「トレンテ」シリーズなど同じ年に掛け持ちで出演しているが、どんな役だったか記憶にないほどの脇役に甘んじていた。転機が訪れたのは、ダニエル・サンチェス・アレバロの短編デビュー作「Profilaxis」(03、仮題「予防法」)で主役を演じたことだった。バダホス短編映画祭2004で監督が作品賞、デ・ラ・トーレも男優賞を受賞した。

(33キロ体重を増やして臨んだ『デブたち』、義兄弟のサンチェス・アレバロ監督と)
★サンチェス・アレバロの家族が一丸となって資金集めに奔走して完成させた長編デビュー作『漆黒のような深い青』がブレーク、ゴヤ賞2007で新人監督賞、主役のキム・グティエレスが新人男優賞、彼も助演男優賞を受賞した他、俳優組合賞も受賞した。続いて体重を33キロ増量して臨んだ『デブたち』(09)、『マルティナの住む街』(11)と二人はタッグを組んでいる。監督と彼は義兄弟の契りを結んでおり、監督は彼を「兄さん」と呼ぶ仲、以上3作に共演したラウル・アレバロも親友、2016年アレバロが念願の監督デビューした『静かなる復讐』(Netflix『物静かな男の復讐』)では主役の一人を演じた。

(ラウル・アレバロの『静かなる復讐』から)
★その他、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『気狂いピエロの決闘』の悪役ピエロ(サン・ジョルディ賞・トゥリア賞)や『刺さった男』、アルモドバルの『ボルベール<帰郷>』『アイム・ソー・エキサイテッド!』、アルベルト・ロドリゲスの『ユニット7』と『マーシュランド』、今までで一番難役だったと洩らしたマヌエル・マルティン・クエンカの『カニバル』ではゴヤ賞こそ逃したが、フェロス賞2014の男優賞、シネマ・ライターズ・サイクル賞、俳優組合賞の男優賞を制したほか、「El autor」にも出演している。グラシア・ケレヘタのコメディ「Felices 140」、パブロ・ベルヘルのコメディ「Abracadabra」、ロドリゴ・ソロゴジェンの『ゴッド・セイブ・アス マドリード連続老女強盗殺人事件』、そして新作「El Reino」が今年のSSIFFコンペティション部門に正式出品され主役に起用されています。

(人肉を食するデ・ラ・トーレ、『カニバル』から)
★何しろトータルでは既に出演本数が100本を超えており紹介しきれないが、『カニバル』以下『マーシュランド』、「Felices 140」、「Abracadabra」、「El autor」などは、個別に紹介記事をアップしております。ゴヤ賞には嫌われてノミネーションのオンパレードで受賞に至らないが、マラガ出身ということもあってかマラガ映画祭2015で一番の大賞といわれる「マラガ賞」(現マラガ-スール賞)を受賞して、地中海を臨む遊歩道に等身大の記念碑を建ててもらっている。「La noche de 12 años」はウルグアイ映画なのでゴヤ賞の対象外になると思いますが、「El Reino」で7度目の正直で主演男優賞を受賞するかもしれません。
★マウリシオ・ロセンコフを演じるチノ・ダリンは、1989年ブエノスアイレスのサン・ニコラス生れ、俳優、最近父親リカルド・ダリンが主役を演じたフアン・ベラの「El amor menos pensado」で製作者デビューした。本作はSSIFF2018のオープニング作品である。映画デビューはダビ・マルケスの「En fuera de juego」(11)、本邦登場はナタリア・メタの『ブエノスアイレスの殺人』(「Muerte en Buenos Aires」14)の若い警官役、ラテンビートで上映された。翌年韓国のブチョン富川ファンタスティック映画祭で男優賞を受賞した。続いてディエゴ・コルシニの「Pasaje de vida」(15)で主役に抜擢されるなど、親の七光りもあって幸運な出発をしている。
*『ブエノスアイレスの殺人』の紹介記事は、コチラ⇒2014年09月29日


(フードを被せられていたロセンコフ)
★アルゼンチンのお茶の間で人気を博したのがパブロ・トラペロの『エル・クラン』のTVシリーズ版「Historia de un clan」での長男役でした。今年はルイス・オルテガのデビュー作「El Ángel」で早くもカンヌ入りを果たした。父親もアスガー・ファルハディの「Todos lo saben」でカンヌ入り、家族でカンヌを満喫した。今年のSSIFFにも多分ダリン一家は揃ってサンセバスチャン入りするでしょう。

(『ブエノスアイレスの殺人』のポスター)
★ウイドブロ役のアルフォンソ・Tort(トルト?)はウルグアイ出身、昨年のSSIFF「ホライズンズ・ラティノ」部門にノミネートされたアドリアン・ビニエスの「Las olas」で主役を演じた折に紹介したばかりです。アルバロ・ブレッヒナーのデビュー作「Mal dia para pescar」に出演している。2001年『ウィスキー』の監督コンビのデビュー作「25 Watts」で初出演、モンテビデオの3人のストリート・ヤンガーの1日を描いたもの、若者の1人を演じた。『ウィスキー』にもベルボーイ役で出演、イスラエル・アドリアン・カエタノの「Crónica de una fuga」(06)、主役を演じた「Capital (Todo el mundo va a Buenos Aiires)」(07)、他ビニエス監督の「El 5 de Talleres」 にも出演している。「ウイドブロ役はとても複雑で難しい役だった」と語っている。
*「Las olas」の紹介記事は、コチラ⇒2017年09月13日

(アルフォンソ・トルト、後ろはチノ・ダリン)
★女優陣のうち、精神科医役のソレダー・ビジャミルは、フアン・ホセ・カンパネラの『瞳の奥の秘密』で、リカルド・ダリンが思いを寄せる上司役を演じて一躍有名になった。ほかアナ・ピーターバーグのスリラー『偽りの人生』などが公開され、一卵性双生児を演じたヴィゴ・モーテンセンと夫婦役を演じた。本作では軍事政権の終焉をムヒカに耳打ちして「もう少しの辛抱」と励ます医師役。イヴェット役のシルビア・ペレス・クルス(ジローナ、1983)は、サウンドトラックを多く手掛けているミュージシャンで、エドゥアルド・コルテスのミュージカル「Cerca de tu casa」(16)でゴヤ賞オリジナル歌曲賞を受賞している。ルーシー役のミレージャ・パスクアル(モンテビデオ、1954)は、かの有名な『ウィスキー』でデビュー、淡々とマルタ役を演じて忘れられない印象を残した女優。本作では「信念をもって生きて帰ってくるよう」ムヒカを励ます気丈な母親役を好演している。男優女優ともスペイン、アルゼンチン、ウルグアイと満遍なく起用していることが分かる。

(精神科医役のソレダー・ビジャミル)
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★アルバロ・ブレッヒナー(ブレックナー?)Alvaro Brechner、1976年モンテビデオ生れ、現在マドリード定住のウルグアイの監督、脚本家、プロデューサー。ウルグアイのカトリック大学でメディア学の学位を取り、その後スペインに渡り、1999年バルセロナ自治大学マスターコースのドキュメンタリー制作の学位を取得した。ドキュメンタリー映画で出発、約10本ほど撮り、TVで放映された。のち2003年に短編「The Nine Mile Walk」、2005年「Sofia」、2007年「Segundo aniversario」などで評価を得る。

★長編映画デビュー作「Mal dia para pescar」(09、スペインとの合作)は、ウルグアイの作家フアン・カルロス・オネッティの短編「Jacob y el Otro」にインスパイアーされて製作された(オネッティも軍事独裁を嫌って1976年にスペインに亡命した)。カンヌ映画祭併催の「批評家週間」に正式出品、カメラドール対象作品に選ばれた。その後、モントリオール、マル・デ・プラタ、ワルシャワ、モスクワ、上海、ロスアンジェルス・ラテン、オースティン、釜山、ヒホン、リマ、サンパウロ他、世界各地の映画祭に出品され、受賞歴多数。本国のウルグアイでは、ウルグアイ映画賞を総なめにして、オスカー賞外国語映画賞ウルグアイ代表作品に選ばれた。
★第2作「Mr. Kaplan」(14、西・独との合作)はスリラー・コメディ。退職して年金暮らしのハコボ・カプランと運転手のコントレラスは、近所のドイツ人が逃亡ナチではないかと疑って身辺捜査を開始する。ミスター・カプランにチリのベテラン、エクトル・ノゲラ、ドイツ人にロルフ・ベッカーを起用し、本作もオスカー賞外国語映画賞ウルグアイ代表作品、ゴヤ賞2015のイベロアメリカ映画賞ノミネート、第2回イベロアメリカ・プラチナ賞2015では、作品賞、監督賞、脚本賞以下9部門にノミネートされたが、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』に敗れた。

★第3作が前作とはがらりと趣向を変えてきた「La noche de 12 años」、監督によると、2011年にプロジェクトを立ち上げたが、まだ前作の「Mr. Kaplan」の撮影中だった由。「どんな賞でも拒否はしないが、賞を取るために作っているわけではない。私にとって映画は旅であって観光旅行ではない」とインタビューに応えていた。2015年12月、米国のエンタメ雑誌「バラエティ」が選ぶ「ラテンアメリカ映画の新しい才能10人」の一人に選ばれた。

(撮影中のデ・ラ・トーレと監督)
*追記:『12年の長い夜』の邦題で2018年12月28日から Netflix 配信が開始されました。ゴヤ賞2019イベロアメリカ映画賞にノミネーション、他ムヒカ役のアントニオ・デ・ラ・トーレが助演男優賞にノミネートされました。
金貝賞を争うセクション・オフィシアル*サンセバスチャン映画祭2018 ④ ― 2018年07月25日 11:43
金貝賞にイシアル・ボリャイン、イサキ・ラクエスタなどが参入!

★去る7月20日、サンセバスチャン映画祭SSIFFの総ディレクター、ホセ・ルイス・レボルディノス、コミュニケーション責任者ルス・ペレス・デ・アヌシタにより、イシアル・ボリャイン、イサキ・ラクエスタ、ロドリゴ・ソロゴジェン、カルロス・ベルムトなどベテラン勢が、金貝賞を競うコンペティション部門に参入することがアナウンスされました。他にコンペティション外、サバルテギ-タバカレラ、ペルラス、前回アップのニューディレクターズを含めて、スペインの制作会社が手掛ける作品はトータルで19作品となりました。まず金貝賞を争うセクション・オフィシアルにノミネートされた4作品の基本データのご紹介です。4作というのは例年通りの本数、4監督ともコンペティション部門には複数回登場、金貝賞受賞者も混じっております。
*セクション・オフィシアル(コンペティション)*
◎ El Reino 監督:ロドリゴ・ソロゴジェン(スペイン)
キャスト:アントニオ・デ・ラ・トーレ(マヌエル・ロペス・ビダル)、モニカ・ロペス、ホセ・マリア・ポウ、ナチョ・フレスネダ(パコ)、アナ・ワヘネル、バルバラ・レニー、ルイス・サエラ、フランシスコ・レイェス、マリア・デ・ナティ、パコ・レビリャ、ソニア・アルマルチャ、ダビ・ロレンテ、アンドレス・リマ、オスカル・デ・ラ・フエンテ・マヌエル
物語:マヌエル・ロペス・ビダルは、ある政党の自治州副書記官として影響力をもっており、国政への飛躍が期待されていた。しかし親友の一人パコと共に汚職の陰謀に巻き込まれ、秘密漏洩から生き残りをかけての悪のスパイラルに陥っていく・・・
監督紹介:ロドリゴ・ソロゴジェン(ソロゴイェン、マドリード、1981)のノミネーションは、2016年の長編3作目『ゴッド・セイブ・アス マドリード連続老女強盗殺人事件』(「Que Dios nos perdone」)に続いて2回目、脚本賞を受賞している(イサベル・ペーニャとの共同執筆)。ゴヤ賞2017では主役のロベルト・アラモが主演男優賞を受賞した。短編「Madre」でゴヤ賞2018短編映画賞を受賞、マラガ映画祭2018「マラガ才能賞 エロイ・デ・ラ・イグレシア」に早くも選ばれるなど活躍が目立っている。4作目となる「El Reino」は、前作にも主演したアントニオ・デ・ラ・トーレを起用、汚職に巻き込まれていく政治家を演じる。本作の脚本もイサベル・ペーニャとの共同執筆。
*トロント映画祭2018「コンテンポラリー・ワールド・シネマ」正式出品作品
*「Que Dios nos perdone」の作品紹介は、コチラ⇒2016年08月11日
* キャリア&フィルモグラフィーについては、コチラ⇒2018年03月26日
* 短編「Madre」については、コチラ⇒2018年02月10日

◎ Entre dos aguas (「Between Two Waters」) 監督:イサキ・ラクエスタ(スペイン)
キャスト:イスラエル・ゴメス・ロメロ(イスラ)、フランシスコ・ホセ・ゴメス・ロメロ(チェイト)
解説:イスラとチェイトのロマ兄弟の物語。イスラは麻薬密売の廉で刑に服している。一方チェイトは海兵隊に志願して入隊している。イスラが刑期を終えて出所、チェイトも長期のミッションを終えて、二人はサンフェルナンド島に戻ってきた。再会を果たした兄弟は、まだ二人が幼かったときに起きた父親の変死に思いを馳せる。果たして兄弟のわだかまりは回復できるのか。イスラは妻と娘たちとの関係を取り戻すために帰郷したのだが、スペインで最も失業率の高い地方でどのようにして人生を立て直そうとするのか。ラクエスタの『時間の伝説』から12年後、成人したイスラとチェイト兄弟の現在がゴメス・ロメロ兄弟によって演じられる。
監督紹介:イサキ・ラクエスタ(ジローナ、1975)のセクション・オフィシアル部門ノミネーションは、コンペティション外(2014「Murieron por encima de sus posibilidades」)を含めると3回目になる。今作は100%フィクションのコメディだったがあまり評価されなかった。初ノミネーションの「Los pasos dobles」(11)がいきなり金貝賞を受賞、今回の「Entre dos aguas」は、上述したように「La leyenda del tiempo」(06、『時間の伝説』)のその後が語られるようです。当ブログではマラガ映画祭2016に出品され、妻イサ・カンポと共同監督した『記憶の行方』(16、「La próxima piel」)を紹介しています。エンマ・スアレスにゴヤ賞2017助演女優賞をもたらした作品(邦題はNetflixによる)。
*『記憶の行方』の紹介記事、監督フィルモグラフィーは、コチラ⇒2016年04月29日

◎ Quién te cantará 監督:カルロス・ベルムト(スペイン、フランス)
キャスト:ナイワ・ニムリ(リラ・カッセン)、エバ・リョラチ(ビオレタ)、ナタリア・デ・モリナ(マルタ)、カルメ・エリアス、フリアン・ビリャグラン(ニコラス)、他
解説:リラ・カッセンは1990年代に最も成功をおさめたスペインの歌手だったが、突然謎を秘めたまま姿を消してしまった。10年後リラは華々しい舞台復帰の準備をしていたが、待ち望んだ期日の少し前に事故にあって記憶を失ってしまった。一方ビオレタは、関係がぎくしゃくしている娘マルタの意のままに操られており、辛い現実を逃れるためにできる唯一のことは、毎夜働いているカラオケでリラ・カッセンに変身することだった。ある日ビオレタは、リラ・カッセンがもとの彼女に戻れるように教えて欲しいという魅惑的な申し出を受ける。
監督紹介:カルロス・ベルムト(マドリード、1980)のノミネーションは、金貝賞受賞の第2作目『マジカル・ガール』(14「Magical girl」)に続いて2回目。異例の作品賞・監督賞のダブル受賞をうけ、授賞式では驚きとブーイングが同時におきたことは記憶に新しい。国際映画祭での数々の受賞歴を誇るが、ゴヤ賞2017では主演のバラバラ・レニーが主演女優賞を取っただけに終わった。新作は5年間銀幕から遠ざかっていたナイワ・ニムリをヒロインに迎えて撮った長編3作目、舞台復帰を目前に事故にあって記憶喪失になってしまう歌手の物語が語られる。
*トロント映画祭2018「コンテンポラリー・ワールド・シネマ」正式出品作品
*『マジカル・ガール』の作品紹介の記事は、コチラ⇒2015年1月21日
* 本邦公開の記事は、コチラ⇒2016年02月15日

追記:『シークレット・ヴォイス』の邦題で、2019年1月4日公開になりました。
◎ Yuli 監督:イシアル・ボリャイン(スペイン、キューバ、イギリス、ドイツ)
キャスト:カルロス・アコスタ、サンティアゴ・アルフォンソ、ケヴィン・マルティネス、エディソン・マヌエル・オルベラ、ラウラ・デ・ラ・ウス、他
解説:タイトルの「ユーリ」はカルロス・アコスタの父親ペドロが付けた綽名から採られており、アフリカの戦いの神様オグンの息子という意味ということです。英国ロイヤル・バレエ団で黒人として初めてプリンシパル・ダンサーになったカルロス・ユニオル・アコスタ(キューバ、1973)の「No Way Home」に触発されて製作されたビオピック。アコスタ本人が出演しているがフィクションです。他にキューバの俳優が数多く出演している。アコスタのキャリアについては日本語ウイキペディアで読める。
監督紹介:イシアル・ボリャイン(マドリード、1967)のノミネーションは3回目、初ノミネーション『テイク・マイ・アイズ』(03「Te doy mis ojos」)では主演のライア・マルルとルイス・トサールがそれぞれ女優賞、男優賞を受賞した。第2回目の「Mataharis」(07)はナイワ・ニムリを主役にしたコメディだったが無冠に終わった。最新作「Yuli」は、2016年の『オリーブの樹は呼んでいる』(「El olivo」)に続いて、夫君でもあるイギリスの脚本家ポール・ラバディが執筆している。
*「El olivo」の作品紹介、監督、脚本家紹介は、コチラ⇒2016年07月19日

★以上ノミネーション4作のリストです。開幕までに気になる作品を順次アップしたいが、次回はコンペティション外で上映されるエンリケ・ウルビス&ホルヘ・ドラドの「Gigantes」(スペイン)です。
第33回ゴヤ賞2019授賞式はセビーリャ開催に決定 ― 2018年07月12日 18:52
ガラ会場がマドリードを出てセビーリャ開催に決定
★マドリード以外の都市開催が既にアナウンスされておりましたが、このほどセビーリャ市長フアン・エスパダスを交えて、マリアノ・バロッソ新会長、ラファエル・ポルテラ副会長から正式に発表になりました(7月10日、セビーリャ)。マドリード以外での開催は今回が2度目、第1回は2000年のバルセロナだったそうです。2回ぐらいバルセロナで開催されていたと思っていましたが、まったく記憶は当てになりません。マドリード中心の映画祭開催を不満に思っている都市は多く、ゴヤ賞ガラも変化の時、バロッソ新会長は「スペイン映画界も他の分野、例えばサッカーのように戦略的な努力をすべき」と考えているようです。

(カテドラルをバックに、セビーリャ市長フアン・エスパダスとマリアノ・バロッソ会長)
★2018年のゴヤ授賞式は、栄誉賞マリサ・パレデス、作品賞・監督賞・脚本賞イサベル・コイシェ、新人監督賞カルラ・シモンと女性軍が気を吐いた年でした。2019年はどんな新戦略で臨むのか。シモン監督の『悲しみに、こんにちは』は間もなく公開されます。コイシェ監督の「The Bookshop」は配給会社も決り年内公開がアナウンスされていますが、その後どうなっているのか。

(「もっと女性にチャンスを」の扇子を手にした主演女優賞受賞者ナタリエ・ポサ)
★セビーリャは「セビーリャ&ヨーロッパ映画祭」が開催される都市、経験もあり足の便も悪くありませんから選ばれたのでしょうか。今年は第31回ヨーロッパ映画賞2018の開催地でもあり、ガラは12月15日です。
★総合司会者は、アンドリュー・ブエナフエンテ(タラゴナ、1965)とシルビア・アブリル(バルセロナ、1971)夫妻に変更ありません。

フアナ・アコスタ、エルネスト・アルテリオとの別居を公表 ― 2018年07月11日 11:35
15年間のパートナー関係を解消、噂通りになりました
★訃報よりまだいいのが離婚報道、2003年、フアナ・アコスタの一目惚れで始まったパートナー関係も、彼女の「私たちはこれまで素晴らしい関係でした。娘も授かり上手くいっておりましたが、今はそれぞれ別の人生を歩むことにしました。変わる時なんです」という宣言で15年の関係に終止符が打たれました。お相手はエルネスト・アルテリオ、二人の間には12歳になるロラというお嬢さんがおります。正式には結婚していないので離婚というのは正確ではありません。アルテリオの言い分は当然異なりますが藪の中、願わくば子供のためにも節度ある対応が望まれる。大分前から噂が先行していましたが「火のない所に煙は立たぬ」というわけで現実になりました。アルテリオの激やせが取り沙汰されていますが、これが原因ではないとアコスタ、憔悴しているのは男、3ヵ月前に或る若い男性とマドリード郊外の新居に移り元気いっぱいな女、時代は変わりました。

(フォトグラマス・デ・プラタ賞授賞式に出席していた二人、2017年2月、マドリード)
★二人が出会った2003年当時、アルテリオはそれなりの実績があったが、アコスタはスペインでは駆けだしでした。活躍するのは関係を結んからの2005年以降でした。イタリア映画『おとなの事情』のリメイク版、アレックス・デ・ラ・イグレシアの「Perfectos desconocidos」(17)で危機を迎えた夫婦役を演じましたが、実は撮影時にはすでにぎくしゃくしていたようです。「フアナは仕事の不満を家まで持ち込んで・・」とアルテリオ、アコスタが猪突猛進タイプなのは間違いありません。デ・ラ・イグレシア監督もいささか複雑な心境とか。以下に駆け足でキャリア紹介をしておきます。

(アコスタとアルテリオ、「Perfectos desconocidos」から)
★エルネスト・フェデリコ・アルテリオ・バカイコア(1970、ブエノスアイレス、47歳)は、ルイス・プエンソがアルゼンチンに初のオスカー賞をもたらした『オフィシャル・ストーリー』(85)に出演したエクトル・アルテリオが父親。ファーストネームのエルネストはチェ・ゲバラ、セカンドネームのフェデリコはガルシア・ロルカに因んでつけられたが、子供によっては迷惑なこともあるでしょう。ブエノスアイレス生れだが、政治的に左派だった両親が軍事独裁制を嫌い、1975年、家族でスペインに渡ったからスペインが長い。国籍は父親同様アルゼンチンでは珍しくない二重国籍です。アルゼンチン映画よりもスペイン映画やTVシリーズ出演が多い。
★1990年代からスペインのTVシリーズに出演、映画ではフェルナンド・コロモの「Los años bárbaros」(98)でゴヤ賞新人賞にノミネートされた。続いてダビ・セラノ・デ・ラ・ペーニャの「Días de fútbol」(03)でゴヤ賞主演賞にノミネートされたが逃した。この年に父親がゴヤ栄誉賞を受賞、女優の妹マレナと一緒にトロフィーを手渡した。そのほかスペイン俳優組合主演男優賞のノミネーションも受けた。2005年マルセロ・ピニェイロの話題作「El método」でシネマ・ライターズ・サークル賞(スペイン)助演男優賞ノミネートされた。アルゼンチン・西・ブラジル合作、実話に基づいた軍時独裁時代の地下潜伏生活を少年の視点で描いた「Infancia clandestina」(11)では、アルゼンチン映画アカデミー賞スール主演男優賞を受賞、シルバー・コンドル賞にもノミネートされ、グアダラハラ映画祭2013では男優賞を受賞するなど高い評価をえた。マラガ映画祭2015に正式出品されたアレホ・フラのデビュー作「Sexo fácil, películas tristes」で銀のビスナガ男優賞を受賞した。

(アルテリオ、ビスナガ男優賞を受賞した「Sexo fácil, peliculas tristes」から)
★父エクトル・アルテリオはカルロス・サウラの『カラスの飼育』(75)、『アントニエッタ』(82)、ハイメ・デ・アルミニャンの『エル・ニド』(80)などの名作に出演して、ゴヤ賞2003栄誉賞を受賞するなど、父を超えるのは容易でない。同じ世界で仕事をする場合には、メリットとデメリットが常に共存して、「七光り」も時には厳しいものがある。

(父エクトル・アルテリオと、2005年12月のツーショット)
★フアナ・アコスタ(1976、コロンビアのカリ、41歳)は、最初から女優を目指していたわけではなく、コロンビアで美術を学んでいた。しかし間もなく女優に志望変更、フアン・カルロス・コラッサ(アルゼンチン出身)が1990年にマドリードで開校した「コラッサ俳優養成所」に入学、演技を学ぶ。コロンビアとスペインの二重国籍者。1996年、コロンビアTVシリーズ「Mascarada」でデビュー、映画はリカルド・コラルの「Es mejor ser rico que pobre」(99)でデビュー、続いてラウル・ガルシアの話題作「Kalibre 35」(00、コロンビア)に出演、2000年ごろに軸足をスペインに移し、スペインTVシリーズに起用されるようになる。特に2002年4月から放映が開始された長寿TVシリーズ「Hospital Central」(~2012年12月)38話に出演して認知度を高めた。
★2005年、フアン・ビセンテ・コルドバ「A golpes」、エミリオ・マルティネス=ラサロ「Los 2 lados de la cama」(『ベッドサイド物語』)にアルテリオと共演、2006年ダビ・トゥルエバ「Bienvenido a casa」、2015年には、アンドレス・ルケ&サムエル・マルティン・マテオス「Tiempo sin aire」とジャック・トゥールモンド・ビダル「Anna」(コロンビア・仏)の2作に主演した。後者ではマコンド賞2016女優賞を受賞、イベロアメリカ・プラチナ賞2017女優賞ノミネーションと高評価だったが、『ナチュラルウーマン』のダニエラ・ベガの強力パンチに敗れた。

(アコスタ、「Anna」のポスター)
★最近では、ロジャー・グアルの「7 años」(16)がネットフリックスに登場している。アレックス・ブレンデミュール、パコ・レオン、フアン・パブロ・ラバ、マヌエル・モロンなどの芸達者とわたり合うサイコ・サスペンス、途中からフィナーレが見えてしまうのだが、それなりに最後まで楽しめた。最新作は脚本家セルジオ・バレホンのデビュー作、コメディ「Jefe」、既に7月6日封切られた。ゴヤ賞2017で作品賞を受賞した『物静かな男の復讐』に出演、主演男優賞にノミネートされたルイス・カジェホを翻弄する役どころです。

(フアナ・アコスタと上司のルイス・カジェホ、「Jefe」ポスター)
*「Tiempo sin aire」の紹介記事は、コチラ⇒2015年04月26日
*「Perfectos desconocidos」の紹介記事は、コチラ⇒2017年12月17日
『日曜日の憂鬱』 ラモン・サラサールの新作*ネットフリックス ― 2018年06月21日 12:37
母と娘の対決はスシ・サンチェスとバルバラ・レニーの女優対決

★ベルリン映画祭2018「パノラマ」部門に正式出品されたラモン・サラサールの第4作目「La enfermedad del domingo」(「Sunday's Illness」)が、『日曜日の憂鬱』という若干ズレた邦題で資金を提供したネットフリックスに登場いたしました。三大映画祭のうち大カンヌは別として、ベルリナーレやベネチアはNetflixを排除していません。観て元気がでる映画ではありませんが、デビュー作『靴に恋して』同様シネマニア向きです。母娘に扮したスシ・サンチェスとバルバラ・レニーの女優対決映画でしょうか。以下に既に紹介しているデータを再構成してアップしておきます。
*「La enfermedad del domingo」の内容、監督キャリア紹介記事は、コチラ⇒2018年02月22日
「La enfermedad del domingo」(「Sunday's Illness」)
製作:Zeta Cinema / ON Cinema / ICEC(文化事業カタルーニャ協会)/
ICO(Instituto de Credito Oficial)/ICAA / TVE / TV3 / Netflix
監督・脚本:ラモン・サラサール
撮影:リカルド・デ・グラシア
音楽:ニコ・カサル
編集:テレサ・フォント
キャスティング:アナ・サインス・トラパガ、パトリシア・アルバレス・デ・ミランダ
衣装デザイン:クララ・ビルバオ
特殊効果:エンリク・マシプ
視覚効果:イニャキ・ビルバオ、ビクトル・パラシオス・ロペス、パブロ・ロマン、
クーロ・ムニョス、他
製作者:ラファエル・ロペス・マンサナラ(エグゼクティブ)、フランシスコ・ラモス
データ:製作国スペイン、スペイン語・フランス語、2018年、113分、ドラマ、撮影地バルセロナ、ベルリン映画祭2018パノラマ部門上映2月20日、ナント・スペイン映画祭フリオ・ベルネ賞、観客賞受賞、スペイン公開2月23日、Netflix本邦放映 6月
キャスト:バルバラ・レニー(キアラ)、スシ・サンチェス(母アナベル)、ミゲル・アンヘル・ソラ(アナベルの夫ベルナベ)、グレタ・フェルナンデス(ベルナベの娘グレタ)、フレッド・アデニス(トビアス)、ブルナ・ゴンサレス(少女時代のキアラ)、リシャール・ボーランジェ(アナベルの先夫マチュー)、デイビット・カメノス(若いときのマチュー)、Abdelatif Hwidar(町の青年)、マヌエル・カスティーリョ、カルラ・リナレス、イバン・モラレス、ほか牝犬ナターシャ
プロット:8歳のときに母親アナベルに捨てられたキアラの物語。35年後、キアラは変わった願い事をもって、今は実業家の妻となった母親のもとを訪れてくる。理由を明らかにしないまま、10日間だけ一緒に過ごしてほしいという。罪の意識を押し込めていたアナベルは、娘との関係修復ができるかもしれないと思って受け入れる。しかし、キアラには隠された重大な秘密があったのである。ある日曜日の午後、キアラに起こったことが、あたかも不治の病いのように人生を左右する。アナベルは決して元の自分に戻れない、彼女の人生でもっとも難しい決断に直面するだろう。長い不在の重み、無視されてきた存在の軽さ、地下を流れる水脈が突然湧き出すような罪の意識、決して消えることのない心の傷、生きることと死ぬことの意味が語られる。母娘は記憶している過去へと旅立つ。 (文責:管理人)
短編「El domingo」をベースにした許しと和解
A: 前回触れたように、2017年の短編「El domingo」(12分)が本作のベースになっています。キアラと父親が森の中の湖にピクニックに出かける。しかしママは一緒に行かない。帰宅するとママの姿がない。キアラは窓辺に立ってママの帰りを待ち続ける。出演はキアラの少女時代を演じたブルナ・ゴンサレスと父親役のデイビット・カメノスの二人だけです。ブルナ=キアラが付けているイヤリングをバルバラ=キアラも付けて登場する。不服従で外さなかったのではなく理由があったのです。
B: 多分家出した母親が置いていったイヤリング、アナベルなら一目で我が娘とわかる。スタッフはすべて『日曜日の憂鬱』のメンバーが手掛けており、二人は本作ではキアラが母親に見せるスライドの中だけに登場する。母娘はそれぞれ記憶している過去へ遡っていく。後述するがリカルド・デ・グラシアのカメラは注目に値する。

(キアラが規則を無視して外さなかったイヤリングを付けた少女キアラ、短編「El domingo」)
A: キアラの奇妙な要求「10日間一緒に過ごすこと」の謎は、半ばあたりから観客も気づく。お金は要らないと言うわけですから最初からうすうす気づくのですが、自分の予想を認めたくない。
B: 観客は辛さから逃げながら見ている。しかし、具体的には最後の瞬間まで分かりません。許しと和解は避けがたく用意されているのですが、歩み寄るには或る残酷な決断が必要なのです。
A: 二人の女優対決映画と先述しましたが、実際に母娘を演じたスシ・サンチェスとバルバラ・レニーの一騎打ちでした。ほかはその他大勢と言っていい(笑)。来年2月のゴヤ賞ノミネーションが視野に入ってきました。
B: 「その他大勢」の一人、霊園で働いている飾り気のない、キアラの数少ない理解者として登場するトビアス役のフレッド・アデニスが好印象を残した。

(撮影合間に談笑する、フレッド・アデニスとバルバラ・レニー、キアラの愛犬ナターシャ)
A: アデニスとベルナベの娘役グレタ・フェルナンデスは、イサキ・ラクエスタ&イサ・カンポの『記憶の行方』(「La próxima piel」16、Netflix)に出演している。二人ともカタルーニャ語ができることもあってバルセロナ派の監督に起用されている。グレタはセスク・ゲイの「Ficció」で長編デビュー、『しあわせな人生の選択』(「Truman」)にもチョイ役で出演していた。

(義母の過去を初めて聞かされるグレタ、グレタ・フェルナンデス)
B: フェルナンド・E・ソラナス作品やカルロス・サウラの『タンゴ』(98)などに出演したミゲル・アンヘル・ソラが、アナベルの現在の夫役で渋い演技を見せている。
A: アルゼンチン出身ですがスペイン映画の出演も多い。アルゼンチンの有名な映画賞マルティン・フィエロ賞を2回受賞しているほか、舞台でも活躍している実力者。フランスからアナベルの先夫マチュー役にリシャール・ボーランジェを起用、キャスト陣は国際色豊かです。
B: 本作と『記憶の行方』の導入部分は似てますね。ツララが融けていくシーンが音楽なしで延々と流れる。両作とも全体に音楽が控えめなぶん映像に集中することになる。
A: 音楽については後述するとして、マラガ映画祭2016の監督賞受賞作品です。カタルーニャ語映画でオリジナル題は「La propera pell」、作家性の強い、結末が予測できないスリラーでした。こちらもピレネーを挟んだスペインとフランスが舞台でした。
「あまりに多くのことを求めすぎた」ことへの代償
B: ストーリーに戻ると、冒頭のシーンはピレネーの山間らしく樹間に湖が見える。映像は写真のように動かず無音である。祠のような大穴のある樹幹が何かを象徴するかのように立っている。若い女性が現れ穴の奥を覗く、これが主役の一人キアラであることが間もなく分かる。
A: この穴は伏線になっていて、後に母親アナベラの夢の中に現れる。湖も何回か現れ、謎解きの鍵であることが暗示される。シーンは変わって鏡に囲まれたきらびやかな豪邸の広間を流行のドレスを身に纏った女性がこちらに向かって闊歩してくる。ハイヒールの留め金が外れたのか突然転びそうになる。伏線、悪夢、鏡、悪い予感など、不穏な幕開けです。

(樹幹の大きい穴を覗き込むキアラ)
B: 冒頭で二人の女性の生き方が対照的に描かれるが、最初はことさら不愛想に、無関心や冷淡さが支配している。なぜ母親は娘を置いて失踪したのか、なぜ娘は風変わりな願いを携えて、35年ぶりに唐突に母親に会いに来たのか、娘はどこに住んでいるのか、謎のまま映画は進行する。
A: 復讐か和解か、キアラの敵意のある眼差しは、時には優しさにあふれ、陰と陽が交互にやってくる。謎を秘めたまま不安定に揺れ動く娘、罪の意識を引きずってはいるが早く合理的に解決したい母、歩み寄るには何が必要か模索する。日曜日の午後、派手な化粧をして出ていったまま戻ってこない。それ以来、娘は窓辺に立って母を待ち続ける。娘にとって母の長い不在の重さは、打ち捨てられた存在の軽さに繋がる。
B: 母親が消えた8歳から溜め込んできた怒りが「お母さんにとって私は存在しない」というセリフになってほとばしる。「木登りが大好きだった」という娘のセリフから、帰宅する母親を遠くからでも見つけられるという思いが伝わってくる。ウソをつくことが精神安定剤だった。
A: アナベラは母よりも女性を優先させた。キアラが死んだことにしたマチューとの邂逅シーンで「あまりに多くのことを求めすぎた」と語ることになる。二人の青春は1960年代末、先の見えないベトナム戦争にアメリカのみならず世界の若者が反旗を翻し、大人の権威が否定された時代でした。
B: アナベラもマチューも辛い記憶を封印して生きてきた。「遠ざけないと生きるのに邪魔になる思い出がある」と、今は再婚してパリで暮らしているマチュー。
A: 記憶はどこかに押し込められているだけで消えてしまったわけではない。しかし辛い過去の思い出も作り直すことはできる。楽しかった子供の頃のフィルムを切り貼りして、別の物語を作ってキアラは生きてきた。

(光の当て方が美しかった、スライドを見ながら過去の自分と向き合う母娘)
B: 全体的に音楽が入るシーンは少なく、だからアナベラがママ・キャスのバラード「私の小さな夢」の曲に合わせて踊るシーンにはっとする。外にいると思っていたキアラが部屋の隅にいて、踊っている母を見詰めて笑っている。そして「楽しそうでよかった」というセリフが入る。
A: 緊張が一瞬ほどけるシーン、「私の小さな夢」は1968年発売のヒット曲、アナベラの青春はこの時代だったわけです。ママ・キャスは絶頂期の32歳のとき心臓発作で亡くなったが、父親を明かさない娘がいたことも話題になった。時代設定のためだけに選曲したのではなさそうです。
B: 1968年当時、アナベラがマチューと暮らしていただろうフランスでは、怒れる若者が起こした「五月革命」が吹き荒れた時代でもあった。キアラが母親を連れ帰った家は、ピレネー山脈の山間の村のようです。今はキアラが愛犬のナターシャと住んでいるが、35年前は親子三人で暮らしていた。
A: フランス側のバスクでしょうか。「ラ・ロッシュの先は迷うから危険」という村人のセリフから、レジオン的にはヌーヴェル=アキテーヌ地域圏かなと思います。実際そこで撮影したかどうか分かりませんし、この地名に何か意味があるのかどうかも分かりません。
キアラは「キアラ・マストロヤンニ」から取られた名前
B: キアラというイタリアの名前を付けた理由は「イタリアのナントカという苗字は忘れたが、その俳優の娘から取った」とアナベル。それでマルチェロ・マストロヤンニとカトリーヌ・ドヌーヴの娘キアラ・マストロヤンニから取られたと分かる。
A: フランスの女優キアラ・マストロヤンニのこと。二人の初顔合せはフェリーニの『ひきしお』(71)で、正式には結婚しませんでしたが、娘は1972年生れです。ですからキアラ誕生はそれ以降となり、現在は2016年頃の設定になっているようです。多分マチューとアナベルも籍は入れなかった設定でしょうね。アナベルが消えてしまう一つの理由が映画をやりたいからでした。
B: 残された娘はやれ切れない。情緒不安定、起伏の激しい人格を演じるのにバルバラ・レニーは適役です。非日常的な雰囲気をつくるのが得意です。
A: スシ・サンチェスは、もっと上背があると思っていましたが、意外でした。バルセロナの豪邸では大柄に見えましたが、だんだん小さくなっていくように見えた。その落差が印象的でした。来年の話で早すぎますすが、二人ともゴヤ賞2019女優賞ノミネートは確実ですね。

(自宅の客間を闊歩するアナベル)
B: ゴヤ賞ついでに撮影監督リカルド・デ・グラシア(1972年、マドリード)について触れると、こちらもゴヤ賞ノミネートは間違いないのではないか。心に残るシーンが多かった。
A: サラサール監督の第2作、コメディ・ミュージカル「20 centimetros」、第3作「10.000 noches en ninguna parte」ほか、本作のベースになった短編「El domingo」も手掛けています。ほかの監督では、アレックス・ピナの「KAMIKAZE」(14)、IMDbによればTVシリーズでも活躍している。

(山の斜面を急降下するアナベルとキアラ)
B: 冒頭のシーンから惹きつけられます。特に後半、母に抱かれたキアラが雪の積もった山の斜面に敷かれたレールを急降下してくるシーン、ジェットコースターに乗れない人は汗が出る。前方にカメラを積んで撮影したようです。
A: 夜の遊園地で回転木馬がゆっくり回る光のシーン、二人でスライドを見るシーン、最後の静謐な湖のシーン。ただ美しいだけでなく、カメラの目は二人の女優の演技を引き立たせようと周到に向けられている。総じて会話が少ない本作では、俳優の目の演技が要求されるからカメラの果たす役目は大きい。
B: 映像美という言葉では括れない。カメラが映画の質を高めていると感じました。

(撮影中のサラサール監督と撮影監督リカルド・デ・グラシア)
*主要キャスト紹介*
★バルバラ・レニーは、『マジカル・ガール』(14、カルロス・ベルムト)以来日本に紹介された映画、例えば『インビジブル・ゲスト悪魔の証明』(16、オリオル・パウロ)、『家族のように』(17、ディエゴ・レルマン)と、問題を抱えこんだ女性役が多い。サラサール作品に初出演、本作で着るダサい衣装でもその美しさは際立つ。彼女の普段着、母親アナベルの豪華な衣装は、母娘の対照的な生き方を表している。
*バルバラ・レニーのキャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2015年03月27日他

(35年ぶりに対面する母と娘、バルセロナの豪邸)
★スシ・サンチェス(1955、バレンシア)は、今まで脇役専門でトータル70作にも及ぶ。本作では8歳になる娘を残して自由になろうと過去を封印して別の人生を歩んでいる母親役に挑んだ。日本初登場は今は亡きビセンテ・アランダの『女王フアナ』(01、俳優組合賞助演女優賞ノミネート)のイサベル女王役か。他にもアランダの『カルメン』(04)、ベルリン映画祭2009金熊賞を受賞したクラウディア・リョサの『悲しみのミルク』(スペイン映画祭’09)、ベニト・サンブラノの『スリーピング・ボイス~沈黙の叫び』(11)、アルモドバル作品では『私が、生きる肌』(11、俳優組合賞助演女優賞ノミネート)、『アイム・ソー・エキサイテッド!』(13)、『ジュリエッタ』など、セスク・ゲイの『しあわせな人生の選択』(16)でも脇役に徹していた。『日曜日の憂鬱』で主役に初挑戦、ほかにサラサール作品では、『靴に恋して』以下、「10.000 noches en ninguna parte」(12)でゴヤ賞助演女優賞にノミネートされた他、俳優組合賞助演女優賞を受賞した。TVシリーズは勿論のこと舞台女優としても活躍、演劇賞としては最高のマックス賞2014の助演女優賞を受賞している。

(本当の願いを母に告げる娘、スシ・サンチェスとバルバラ・レニー)
*監督フィルモグラフィー*
★ラモン・サラサールRamón Salazarは、1973年マラガ生れの監督、脚本家、俳優。アンダルシア出身だがバルセロナでの仕事が多い。1999年に撮った短編「Hongos」が、短編映画祭として有名なアルカラ・デ・エナーレスとバルセロナ短編映画祭で観客賞を受賞した。長編デビュー作「Piedras」がベルリン映画祭2002に正式出品され、ゴヤ賞2003新人監督賞にもノミネートされたことで、邦題『靴に恋して』として公開された。2005年「20 centimetros」は、ロカルノ映画祭に正式出品、マラガ映画祭批評家賞、マイアミ・ゲイ&レスビアン映画祭スペシャル審査員賞などを受賞した。2013年「10.000 noches en ninguna parte」はセビーリャ(ヨーロッパ)映画祭でアセカン賞を受賞している。2017年の短編「El domingo」(12分)、2018年の「La enfermedad del domingo」が『日曜日の憂鬱』の邦題でNetflixに登場した。

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