アルフォンソ・キュアロンの新作『ROMA/ローマ』①2018年12月17日 15:16

                ビエンナーレ2018金獅子賞受賞作品「ROMA」を見る

 

アルフォンソ・キュアロンの長編8作目になるROMAは、第75回ベネチア映画祭の金獅子賞受賞作品、Netflixプレゼンツ作品が初金星という記念碑を打ち立てた。本邦では東京国際映画祭TIFFで邦題ROMA/ローマ』で特別上映されただけです。メキシコでは91日メキシコシティのトナラ館でプレミア後、「ロス・カボス映画祭」(117日~11日)で118日に特別上映された。スペインではほんの短期間(125日~14日)マドリード、バルセロナ各2館、マラガの1館だけで上映された。    

   

       (金獅子賞のトロフィーを手にしたアルフォンソ・キュアロン)

 

    

(左から、ナンシー・G・ガルシア、ヤリッツァ・アパリシオ、監督、マリナ・デ・タビラ)

 

4月にNetflixの配給権がアナウンスされると、フランス国内での公開ができない作品は、コンペティションから除外するという法律のためカンヌ映画祭は本作の上映を見送った。監督はカンヌを希望していたということでしたが、結果的にベネチア映画祭でプレミアされることになった。フランスではグラン・リヨン映画祭で1015日上映されたが、カンヌが直面している問題は、公開後3年間はVOD(ビデオ・オンデマンド)での使用権を取得できないというフランスの法律の厳格さであり、これはいかにも長すぎるのではないか。Netflix1214日から世界同時配信されたが、190ヵ国、ユーザー13000万人という数字は、監督のみならず関係者にとって実に魅力的ではないだろうか。フランスとNetflixが共に合意点を見つける努力を拒否していないが、詳細は明らかになっていない。今や巨人となったNetflixのストリーミングと大手配給会社との闘いは、今後どうなっていくのだろうか。

   

ROMA/ローマ』(原題ROMA

製作:Esperanto Filmoj(メキシコ)/ Participant Media(米)

監督・脚本・製作・撮影・編集:アルフォンソ・キュアロン(クアロン)

編集:(共)アダム・ゴGough

キャスティング:ルイス・ロサーレス

美術:カルロス・ベナシーニ、オスカル・テジョ

プロダクション・デザイナー:エウヘニオ・カバジェロ

衣装デザイナー:アンナ・テラサス

音響:セルヒオ・ディアス、スキップ・リーヴセイ、クレイグ・ヘニガン

製作者:ガブリエラ・ロドリゲス、ニコラス・セリス、(以下エグゼクティブ)ジョナサン・キング、デヴィッド・リンド、ジェフ・スコール

 

データ:製作国メキシコ=米国、スペイン語・ミシュテカ語・英語、2018年、ドラマ、135分、モノクロ、撮影地メキシコシティ、ゴールデン・グローブ賞2019(作品・脚本・監督)ノミネーション、第91回アカデミー外国語映画賞メキシコ代表作品、Netflixプレゼンツ作品(配信開始20181214日)

   

映画祭・映画賞:ベネチア映画祭2018金獅子賞SIGNIS賞受賞、テルライド映画祭にて北米プレミア、トロント映画祭観客賞受賞、サンセバスチャン映画祭、アトランタ映画批評家サークル賞(トップテンフィルム・外国語映画・監督・撮影)受賞、ワシントンDC映画批評家協会賞(作品・監督・撮影・外国語映画)受賞、ハリウッド映画賞(ヤリッツァ・アパリシオがニューハリウッド賞)、ニューヨーク映画批評家サークル賞(作品・監督・撮影)受賞、パームスプリングス映画祭、TIFF特別上映、他多数

 

キャスト

ヤリッツァ・アパリシオ(オアハカ出身の乳母クレオ・グティエレス)

マリナ・デ・タビラ(ソフィア夫人)

マルコ・グラフ(三男ペペ)

ダニエラ・デメサ(長女ソフィ)

ディエゴ・コルティナ・Autrey (長男トーニョ)

カルロス・ペラルタ(次男パコ)

ベロニカ・ガルシア(ソフィアの母テレサ夫人)

ナンシー・ガルシア・ガルシア(家政婦アデラ)

フェルナンド・グレディアガ(ソフィアの夫アントニオ氏)

ホルヘ・アントニオ・ゲレーロ(クレオの恋人フェルミン、ラモンの従兄弟)

アンディ・コルテス(使用人で運転手のイグナシオ)

ホせ・マヌエル・ゲレーロ・メンドサ(アデラの恋人ラモン)

エノック・レアニョ(政治家)

ラテン・ラヴァー(武術の先生ソベック)

ホセ・ルイス・ロペス・ゴメス(小児科医)

サレラ・リスベス・チノジャ・アレジャノ(ベレス産婦人科医)

パメラ・トレド(クレオの代役)

他、飼い犬ボラスなど

 

ストーリー:政治的混迷に揺れる1970年、メキシコシティのローマ地区に暮らす、ある裕福な医師家族の1年間が若い乳母クレオ――下層階級、先住民、女性という三重の社会的経済的圧力のなかで生きている――の視点を通して語られる。ローマ地区は中産階級が多く住んでおり、コミュニティの名前がタイトルになった。キュアロン映画に特徴的なテーマ、寛容、愛、感謝、孤独、別離、裏切り、移動、そして希望も語られるだろう。監督自身の記憶に基づく半自叙伝的な家族史であるが、同時にメキシコ現代史の一面が切りとられている。       (文責:管理人)

 

           政治的混迷を深める1970年初頭のメキシコを描く

 

A: 開けてびっくり玉手箱とばかり、配信開始を首を長くして待っておりました。待ってる間に雑音が入りすぎてしまいましたが、待っただけの甲斐がありました。モノクロ映画の新作を見るのは、パブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』以来でしょうか。

B:  残念なニュースが目立った2018年でしたが、年の瀬にささやかなクリスマス・プレゼントが贈られてきました。

A: 『オクジャ』でも感じたことですが、こういう映画こそ最初は劇場で見たかった。チケットがアッという間に完売になった東京国際映画祭で鑑賞できた人が羨ましいかぎりです。

 

B: 特に冒頭のクレジット部分の静謐さは、さぞかし大画面だったら素晴らしかったろうと思いますね。長編映画としては、キュアロンが初めてカメラを回した作品でもありました。

A: 短編では数多く撮影を手掛けています。デビュー作Sólo con tu pareja92『最も危険な愛し方』)以来、監督と二人三脚でカメラを回し続けているエマニュエル・ルベツキではなかった。モノクロで撮るには撮影期間が短すぎてスケジュールが合わなかったということでしたが、他にも事情があるらしい。前作の『ゼロ・グラビティ』13)では、キュアロンが監督賞、ルベツキが撮影賞と両人ともオスカー像を手に、トータルで7個のオスカー像をゲットした。結果的にはキュアロンで良かったのではないか。

 

B: 前作からだと5年のブランクがありますが、大成功の後の次回作は、どの監督にとっても厳しい。

A: 監督によると、成功のあと、大きな製作会社からより多くの資金、大物スターのラインナップでオファーを受けたが、受けるべきではない考えた。ROMAが彼を待っていたからでした。

B: 賞は素晴らしいがそれなりの副作用がありますね。今度は故国メキシコに戻り、自分の記憶にある子供時代をスペイン語とミシュテカ語で、更にはモノクロで撮ると決めていた。

 

         ミシュテカ生れの乳母リボに捧げられた『ROMA/ローマ』

 

A: ROMA/ローマ』は、生後9ヵ月のときから監督乳母であったリボリボリア・ロドリゲスに捧げられています。本作は自分の人格形成に最も寄与してくれた女性の一人、体を張って育ててくれたリボへの謂わばラブレターです。メキシコでもっとも貧しいと言われるオアハカ州の先住民ミシュテカ出身、母語はミシュテカ語です。

B:  ヤリッツァ・アパリシオが演じたクレオ・グティエレスのモデルというか分身です。劇中では同じ先住民の家政婦アデラとミシュテカ語で喋っていた。アパリシオ自身も村を出て、クレオの役を射止めてデビューしたということです。

 

A: アデラはクレオ同様使用人ですが、主に料理を担当する家政婦です。ブルジョア階級の家庭は必ず乳母nanaを雇っている。乳母というのは、掃除洗濯のような家事一般の他、笑顔を絶やさずに子供たちを躾け、忍耐強く世話をする、もう一人のママ、家じゅうで一番早く起き、一番最後に寝る人です。欧米の家政婦メイドとは違うのです。

B: クレオは家の戸締り、消灯をして最後に自室に戻っていた。まだ小さい末っ子のペペには母親より大事な人みたいで「クレオが大好き」を連発していた。

 

     

            (幼稚園の帰り道、ランランのペペとクレオ)

  

    

  (今「死んでるもん」とペペ、「死んでるのもイイね」とクレオ、印象深い洗濯場のシーン)

 

A: ミシュテカの子守歌を歌ってソフィを寝かしつけていたのもクレオでした。彼女は下層階級出身の先住民女性という三重の差別を受けている。女性であることがそもそも差別の対象なのです。マリナ・デ・タビラが扮した雇い主のソフィア夫人も、後ろ盾となっていた夫に捨てられたことで侮辱的なセクハラを受ける。

B: 男性の不実は許されている。上層階級の女性であるソフィア奥様も夫あっての存在でしかない。現代も半世紀前の1970年も大して変わっていないかもしれない。

 

     

(テレビを楽しむ最後の家族団欒シーン、翌日父親が家を去るのを知らない子供たち)

 

      

       (走り去る夫アントニオの車を怒りを込めて睨むソフィア)

 

A: 貧しさに圧しつぶされてパラミリタールに入ったクレオの恋人フェルミン、クレオの妊娠を知った途端手のひらを返すようにクレオを捨てる。無責任に貧富の差は関係ない。

B: クレオの妊娠を受け入れたソフィア夫人、女性が子供を授かることは自然とクレオを咎めない先住民女性の大らかさ、総じて女性たちの強さ、勇気、優しい団結が印象的でした。

A: 一人として堕胎を強要しない。望まぬ妊娠でも生まれてくる子供に罪はない。それだけにクレオが最後に発する言葉「生まれて欲しくなかったの」は衝撃的、クレオがどんな心境で大きなお腹を抱えて過ごしていたのかと想像すると、その辛さの大きさに涙を禁じえなかった。本作の凄さは映像よりも、観客が見落としてしまうような台詞の巧みさです。ソフィア夫人も最後には新たなチャレンジを子供たちに宣言、希望を抱かせるラストでした。

 

           

          (一番素晴らしかった海辺のシーンを使用したポスター)

 

B: 家族史だけでなく暴力が根幹にあるメキシコ社会についても映画は語っています。

A: マチスモ、不平等、偽善、パラミリタールという私設軍隊、特に1971610日に起きた「聖体の祝日の木曜日の虐殺」を、記憶に残る事件として監督は挙げている。日本で「血の木曜日事件」といわれる反政府デモを軍隊が弾圧した事件、次回に回します。