フェリペ・ガルベスのデビュー作が「ある視点」に*カンヌ映画祭2023 ― 2023年05月15日 11:36
「ある視点」にフェリペ・ガルベスのデビュー作「Los colonos」がノミネート

★チリのフェリペ・ガルベスのデビュー作「Los colonos」が「ある視点」に正式出品、チリ、アルゼンチン、オランダ、フランス、デンマークなど8ヵ国との合作、ガルベス監督は1983年チリのサンティアゴ生れ、監督、脚本家、フィルム編集者。「ある視点」ノミネートは2011年のクリスティアン・ヒメネスの「Bonsai」以来12年ぶりです。本作は東京国際映画祭2011ワールド・シネマ部門で『Bonsai~盆栽』としてアジアン・プレミアされた。「Los colonos」の舞台は20世紀初頭のチリ南端ティエラ・デル・フエゴ島、先住民族セルクナム(またはオナス)のジェノサイドをテーマにした歴史物、彼らがチリの正史から消されてきた過程を探求している。
「Los colonos / Les colons / The Settlers」(仮題「入植者たち」)
製作:Quijote Films(チリ)、Rei Cine(アルゼンチン)、Quiddity Films(英)、Volos Films(台湾)、共同製作:Cine Sud Promotion(仏)、Snowglobe(デンマーク)、Film I Vast(スウェーデン)、Sutor Kolonko(独)
監督:フェリペ・ガルベス
脚本:フェリペ・ガルベス、アントニア・ヒラルディ
音楽:Harry Allouche
撮影:Simone D’Arcangelo
編集:Mattieu Taponier
プロダクション・デザイン:セバスティアン・オルガンビデ
衣装デザイン:ナタリア・アラヨン、ムリエル・パラ
メイクアップ&ヘアー:ダミアン・ブリッシオ
製作者:ジャンカルロ・ナシ、ステファノ・センティニ、ベンジャミン・ドメネク、サンティアゴ・ガレッリ、エミリー・モーガン、マティアス・ロベダ、ティエリー・ルヌーベル、(エグゼクティブ)コンスタンサ・エレンチュン、エイミー・ガードナー、ほか共同製作者多数
データ:製作国アルゼンチン、チリ、イギリス、台湾、ドイツ、スウェーデン、フランス、デンマーク、スペイン語・英語、2023年、歴史ドラマ、97分
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2023「ある視点」部門正式出品、初長編監督作品賞カメラドールにもノミネートされている。
キャスト:カミロ・アランシビア(メスティーソのセグンド)、ベンジャミン・ウェストフォール(アメリカ人傭兵ビル)、マーク・スタンリー(イギリス人マクレナン中尉)、サム・スプルエル(マルティン大佐)、アルフレッド・カストロ(スペイン人地主ホセ・メネンデス)、マリアノ・リナス(フランシスコ・モレノ)、ルイス・マチン(司教)、マルセロ・アロンソ(大統領勅使ビクーニャ)、アグスティン・リッタノ(アンブロシオ大佐)、ミシェル・グアーニャ(キエプジャ)、アドリアナ・ストゥベン(ホセフィナ・メネンデス)、ほか
ストーリー:19世紀末に羊牧場はチリのパタゴニア地方の領土を拡大していきました。1901年、裕福な地主ホセ・メネンデスは先住民の土地を開拓し、大西洋への道を開くために3人の男を雇いました。最終的な目的は当時の白人の使命に従って、この広大で肥沃な領土を文明化することでした。メスティーソのセグンド、元ボーア戦争のイギリス人船長のマクレナン、アメリカ人傭兵ビルの3人は、国家がメネンデスに与えた土地の境界を定める遠征に乗り出していった。最初は行政上の遠征のように見えたものが、次第に先住民に対する暴力的な狩猟へと変質していった。1901年から1908年のあいだにティエラ・デル・フエゴ島での先住民セルクナム虐殺を描き、先住民が被った植民地化、暴力、不正義というテーマを探求しています。



★ガルベス監督談によると「誰が歴史を書くのか、どのように書かれるのか、その過程で映画の立ち位置はどのように占めるのかを考えさせてくれる」映画だとコメント。チリの正史から消されてきた先住民虐殺の事実が、如何にして闇に葬られてきたのか、その過程がどうして可能だったのか、メネンデス一家がどのように資金調達をしたのかが語られる。「この映画は、内なる旅とその登場人物の精神の崩壊を通して、強制的に文明化されたモデルを反映させた」とプレスリリースで語っている。チリが建国(1818年)100周年を迎えようとしていた頃の過去にさかのぼり、現在にまで及ぶ理念が語られる。

★監督紹介:フェリペ・ガルベス(Felipe Galvez Haberle)、1983年サンティアゴ生れ、監督、脚本家、フィルム編集。2008年フィルム編集者としてキャリアをスタートさせる。2009年の短編「Silencio en la sala」(12分)がBaficiブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭に正式出品されベスト短編賞を受賞。2018年「Rapaz」(13分)がカンヌ映画祭併催の「批評家週間」にノミネートされたことで、その後ウルグアイ映画祭2018、ダウンタウン・ロスアンゼルスFF、ノーステキサスFF、ダラスFF2019のグランプリを受賞、バレンシアFFのCinema Joveにノミネートされた。本作は携帯電話の盗難で告発された十代の少年の市民拘留を描いている。フィルム編集ではクラウディオ・マルコネの「En la Gama de los Grises」(15)、マルティン・ロドリゲス・レドンドのデビュー作「Marilyn」(18)など受賞歴のある映画を多数手掛けている。

(短編「Rapaz」のポスター)
★カンヌFF2000「ある視点」にノミネートされたミゲル・リティンの「Tierra del Fuego」は、ティエラ・デル・フエゴを舞台にしている。セルクナム虐殺をリードした一人であるルーマニア人ジュリアス・ポッパーを主人公にしたクロニカである。他に先住民ジェノサイドに言及している作品にパトリシオ・グスマンのドキュメンタリー「El botón de nácar」(15)があり、この作品は『真珠のボタン』の邦題で公開されています。
*監督作品は以下の通り:
2009年「Silencio en la sala」短編12分、監督、脚本、編集
2011年「Yo de aqui te estoy mirande」短編、監督、脚本、編集
2018年「Rapaz」短編13分、監督、脚本、編集
2023年「Los colonos」長編デビュー作、監督、脚本
*「Marilyn」の作品紹介は、コチラ⇒2018年02月25日
*『真珠のボタン』の作品紹介は、コチラ⇒2015年11月16日
*追加情報:本作は『開拓者たち』の邦題で、東京国際映画祭2023にノミネートされた。
「ある視点」にロドリゴ・モレノの犯罪コメディ*カンヌ映画祭2023 ― 2023年05月11日 15:09
アルゼンチンから自由と冒険を求める犯罪コメディ「Los delincuentes」

★「ある視点」部門にはスペインはノミネートなし、アルゼンチン、チリなどラテンアメリカ諸国が気を吐いている。アルゼンチンのニューシネマの一人ロドリゴ・モレノの長編4作目「Los delincuentes」(アルゼンチン、ブラジル、ルクセンブルク、チリ)は、ブエノスアイレスに支店をおく銀行の従業員2人が勤務先で強盗を計画するというコメディ仕立ての犯罪もの、彼らの運命は如何に。モレノ監督はドキュメンタリーや共同監督作品を含めると10作近くなる。なかで単独監督デビュー作の「El custodio」は、ベルリン映画祭2006でアルフレッド・バウアー賞を受賞、サンセバスチャン映画祭、マイアミ、グアダラハラ、ハバナなど国際映画祭の受賞歴は30以上に上りました。フィルモグラフィー紹介は後述するとして、新作のデータ紹介から始めます。
「Los delincuentes」(英題「The Delinquents」)
製作:(アルゼンチン)Wanka Cine / Rizona Films / Jaque Producciones / Compañia Amateur /(ブラジル)Sancho &Punta /(ルクセンブルク)Les Films Fauves /(チリ)Jirafa films 協賛INCAA
監督・脚本:ロドリゴ・モレノ
撮影:イネス・ドゥアカステージャ、アレホ・マグリオ
編集:カレン・アケルマン、ニコラス・ゴールドバート、ロドリゴ・モレノ
プロダクション・デザイン・美術:ゴンサロ・デルガド、ラウラ・カリギウリCaligiuri
衣装デザイン:フローラ・カリギウリ
音響:ロベルト・エスピノサ
製作者:エセキエル・ボロヴィンスキー(エグゼクティブ)、エセキエル・カパルド(プロダクション・マネジャー)、レナタ・ファルチェト(ヘッド)、フロレンシア・ゴルバクスGorbacz、Eugenia Molina、マティアス・リベラ・バシレ(アシスタント)、(以下ルクセンブルク)Jean-Michel Huet、Yahia Sekkil、Manon Santarelli、Alexis Schmitz
データ:製作国アルゼンチン、ブラジル、ルクセンブルク、チリ、2023年、スペイン語、コメディ、90分、撮影地ブエノスアイレス、コルドバの山地、期間2022年3月末~6月、配給マグノリア・ピクチャーズ・インターナショナル
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2023「ある視点」正式出品、シドニー映画祭(6月)
キャスト:エステバン・ビリャルディ(ロマン)、ハビエル・ソロ(モラン)、マルガリータ・モルフィノ(モランの恋人ノルマ)、ダニエル・エリアス、セシリア・ライネロ(モルナ)、ヘルマン・デ・シルバ、ラウラ・パレデス、ガブリエラ・サイドン(ロマンの妻フロール)、セルヒオ・エルナンデス、他
ストーリー:ロマンとモランは、ブエノスアイレスに小規模な支店をおく銀行の従業員です。二人は自由と冒険を探しています。モランは日ごとに彼らを灰色の人生に陥れるルーチンを振りはらうというそれだけの意図で、同僚と共謀して大胆な計画を実行することにします。彼らが定年まで稼ぐ給料に相当する金額を銀行から前もって頂くことにしました。どういうわけか彼の強盗計画は成功し、自分の運命を同僚ロマンの運命に委ねます。まず全額を彼に預け、その後土地を探すつもりでコルドバに逃れます。旅先で出会った女性ノルマに無分別にも夢中になります。彼女は姉と山地の分譲地販売をしている彼氏と同居している。数日間一緒に過ごし、必ず戻ってくるが、3年間待ってくれと頼みこむ。ノルマにはすべてが馬鹿げているとしか思えない。一方ロマンは銀行で働きつづけていますが、折悪しくお金の不足についての内部調査が始まりました。非常に多額のお金を隠しているロマンは恐怖に襲われます。同僚たちだけでなく妻フローラにも隠さねばなりません。計画を変更したらいいのでしょうか・・・

(混乱する銀行支店、左から3人目ヘルマン・デ・シルバ)


★モレノ監督によると「モランは犯罪を犯して代価を支払うとしても、解放感を得るために危険な計画を考案する。共犯者のロマンも働かずに義務から解放され自由のなかでより良い生活、つまり都会、仕事、家族から離れ、海とか山とかレジャーが楽しめる田舎暮らしを誰にも依存せずに送りたい。しかし夢を達成するには、どうやって生計を立てるかという実存的な障害が立ちはだかる」。じゃあ目標を追求するにはどうしますか、というお話です。モランの計画は刑務所暮らしも想定内なのです。



★監督紹介:ロドリゴ・モレノ、1972年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、製作者、ブエノスアイレスのシネ大学の監督プログラムを卒業、独創的なストーリーテリングを目指すアルゼンチンの若い世代のグループの一人です。1993年短編「Nosotros」(8分)で監督デビュー、ビルバオ・ドキュメンタリー短編映画祭で作品賞を受賞する。2012年制作会社「Compañia Amateur」を設立し、「Reimon」以降を製作している。脚本を執筆したルシア・メンドサの「Diarios de Mendoza」、コロンビアのフアン・セバスティアン・ケブラダの「Días extraños」を製作している。フアン・ビジェガスとMoVi cineを共有している。主なフィルモグラフィーは以下の通り:
1993年「Nosotros」短編(8分)、監督、脚本
1998年「Mala época」監督、脚本、マリアノ・デ・ロサ、ほか4名の共同作品
(マル・デル・プラタ、トリノ、シカゴ、サンセバスチャン、他)
2002年「El descanso」監督、脚本、ウリセス・ロセル、アンドレス・タンボルニーノ、
3名の共同作品(Bafici*、ロンドン、ベネチア、トゥールーズ)
2006年「El custodio」単独長編デビュー作、監督、脚本
(ベルリン、サンセバスチャン、マイアミ、ニューヨーク、グアダラハラ、ハバナ)
2007年「La señal」TV Movie、監督、脚本
2011年「Un mundo misterioso」第2作、監督、脚本
(ベルリン、トロント、サンパウロ、Bafici)
2014年「Reimon」第3作、監督、脚本、製作、72分
(ロッテルダム、ハンブルク、Bafici、サンパウロ、バルでビア)
2017年「Una ciudad de provincia」ドキュメンタリー、監督、脚本、製作、88分、IBAFF
(ロッテルダム、ビエンナーレ、Bafici)
2018年「Our Nighttime Story」ドキュメンタリー、監督、フアン・ビジェガス、
ほか3名の共同作品
2023年「Los delincuentes」第4作、監督、脚本
2014年、ルシア・メンドサの「Diarios de Mendoza」(55分)脚本、製作
2015年、フアン・セバスティアン・ケブラダの「Días extraños」(70分)脚本、製作
*Baficiは、1999年設立されたブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭

(ロドリゴ・モレノ)
★上述したように1993年に短編「Nosotros」でスタートした。オムニバス長編「Mala época」は、4名の共同作品ですが、マル・デル・プラタ映画祭1998で、若い映画製作者の視点で現代を切り取ったことが評価されてFIPRESCI賞とスペシャルメンションを受賞、その他トゥールーズ・ラテンアメリカ映画祭1999で観客賞を受賞、ノミネート多数。共同監督作品「El descanso」は、リェイダ・ラテンアメリカFFでICCI脚本賞を受賞した。

★ベルリン映画祭でアルフレッド・バウアー賞を受賞して国際的な評価を受けたのは、単独で監督したデビュー作「El custodio」だが、本作は前年のサンダンスFFに出品されラテンアメリカ部門のNHK賞を受賞している。その他ボゴタFFで作品賞、監督賞、サンセバスチャンFFホライズンズ・ラティノ部門でスペシャルメンションを受賞している。


(アルフレッド・バウアー賞のトロフィーを披露する監督)
★5月10日「ある視点」の審査団が発表になりました。審査委員長は俳優、コメディアンのジョン・C・ライリー、ほか俳優パウラ・ベーア、俳優エミリー・ドゥケンヌ、監督デイヴィー・チョウ、監督アリス・ウィノクールの5名です。
追加情報:邦題『ロス・デリンクエンテス』で2024年3月公開されました。
アルモドバルの英語映画第2弾「Strange Way of Life」*カンヌ映画祭2023 ― 2023年05月04日 15:53
ルシア・ベルリンの短編『掃除婦のための手引き書』の映画化を断念

(ペドロ・パスカルとイーサン・ホーク主演「Strange Way of Life」ポスター)
★ペドロ・アルモドバル英語映画2作目となる「Strange Way of Life」は、ネオウエスタン、ファッションブランドのサンローランが製作に参加するなど話題に事欠かない。長編新作はケイト・ブランシェット主演が予定されていたルシア・ベルリンの短編『掃除婦のための手引き書』の映画化のはずでしたが、どうやら本作を断念したようです。2022年に新設されたゴヤ賞国際ゴヤの第1回受賞者に選ばれたブランシェットのプレゼンターはアルモドバルでしたから、当時は少なくともまだ良好な関係だったのでしょうか。死後十年を経て「再発見」された作家の小説の映画化が立ち消えになったのは、個人的には非常に残念です。さて本題の「Strange Way of Life」は、主役二人を除いてスペインの若いガラン俳優たち、製作も『ペイン・アンド・グローリー』や『パラレル・マザーズ』の常連が手掛けており、どんなウエスタンに仕上がっているのでしょうか。
「Strange Way of Life / Extraña forma de vida」2023
製作:El Deseo / Saint Laurent /
監督・脚本:ペドロ・アルモドバル
撮影:ホセ・ルイス・アルカイネ
音楽:アルベルト・イグレシアス
編集:テレサ・フォント
プロダクション・デザイン:アンチョン・ゴメス
美術:マリア・クララ・ノタリ
セット・デコレーション:ビセンテ・ディアス
衣装デザイン:アンソニー・ヴァカレロ
メイクアップ&ヘアー:アナ・ロサノ(メイク)、ノエ・モンテス(ヘアー)
製作者:アグスティン・アルモドバル、エステル・ガルシア、アンソニー・ヴァカレロ
データ:製作国スペイン、2023年、英語、短編30分、ウエスタン、撮影:アルメリア県タベルナス、配給ソニーピクチャーズ・クラシックス、公開スペイン5月26日
映画祭・受賞歴:第76回カンヌ映画祭コンペティション外(特別上映)正式出品。
キャスト:ペドロ・パスカル(シルバ)、イーサン・ホーク(ジェイク保安官)、マヌ・リオス、ジェイソン・フェルナンデス(青年ジェイク)、ジョゼ・コンデッサ(青年シルバ)、ペドロ・カサブランク、ダニエル・リベド(保安官代理)、サラ・サラモ、エレニス・ローハン(クララ)、ジョージ・ステイン、ヴァシレイオス・パパテオカリス、他
ストーリー:ビタークリークから彼を遠ざける砂漠を馬に乗って横断する男シルバの物語、彼はジェイク保安官を訪ねてやって来た。25年前、保安官と牧場労働者のシルバの二人は、金で雇われたガンマンとして一緒に働いていた。シルバは青年時代の友との再会を口実にやってきた。実際、彼らは再会を喜びあうのだが、翌朝、ジェイク保安官は彼の旅の動機が昔の友情の思い出ではないとシルバに告げる。男性二人のラブストーリー。

(シルバとジェイク保安官)
アマリア・ロドリゲスの有名なファドが暗示するもの
★かつてセルジオ・レオーネがクリント・イーストウッドとタッグを組んだマカロニ・ウエスタン「ドル箱三部作」(『荒野の用心棒』64、『夕陽のガンマン』65、『続・夕陽のガンマン』66)の撮影用に建てられた町でクランクインした。スペイン南部アンダルシア地方のアルメリア県タベルナスのウエスタン村テキサス・ハリウッド、北にはシエラネバダ山脈がそびえ、南は地中海を臨む風光明媚なガタ岬、ヨーロッパ唯一の砂漠といわれるタベルナス砂漠がある。2002年にはイーストウッドをカメオ出演させたアレックス・デ・ラ・イグレシアの『800発の銃弾』(02)もここで撮影されている。かつてのアルメリア地方は格安マカロニ・ウエスタンの聖地であった。ウエスタンではないが、ガタ岬で撮影されたのがダビ・マルティン・デ・ロス・サントスの『マリアの旅』(20)である。


(撮影中のアルモドバル、2022年)
★本作のタイトルは、ポルトガルのファドの女王アマリア・ロドリゲス(リスボン1920~99)の有名なクラシック・ファド「Estranha forma de vida」(奇妙な生き方)から採られており、「あなた自身の欲望に背を向けて生きるものほど奇妙な存在はない」ことを示唆している。サンローランのアンソニー・ヴァカレロが製作だけでなく衣装デザインを兼ねている。撮影監督ホセ・ルイス・アルカイネは、『ペイン・アンド・グローリー』、『ボルベール〈帰郷〉』、『私が、生きる肌』などで監督お気に入り、ゴヤ胸像のコレクターと言われる音楽監督アルベルト・イグレシアスは、『私の秘密の花』(95)以来『パラレル・マザーズ』まで12作に参加している常連です。
★フィルム編集のテレサ・フォントとセット・デコレーションのビセンテ・ディアスは、共に『ペイン・アンド・グローリー』、『ヒューマン・ボイス』、『パラレル・マザーズ』を手掛けている。プロダクション・デザインのアンチョン・ゴメスは、バスク出身のベテランのアートディレクター、1997年の『ライブ・フレッシュ』から『パラレル・マザーズ』まで10作ほど手掛けている。ブエノスアイレス出身のアートディレクターマリア・クララ・ノタリは、2009年の『抱擁のかけら』からで『ペイン・アンド・グローリー』、『ヒューマン・ボイス』、本作が4作目だが、公開されたものではアルゼンチン映画でダミアン・シフロンのヒット作『人生スイッチ』や、アスガー・ファルハディの『誰もがそれを知っている』などがある。
★キャスト陣では、シルバ役のペドロ・パスカル(サンティアゴ1975)はチリ出身、TVシリーズ『ナルコス』(2019~23 Netflix)のDEA麻薬取締局の捜査官ハビエル・ペーニャ役で認知度は高い。実在する捜査官だがお化粧直しが多くて本人イコールとは言えない。1973年、もう一つの「9.11」と称されるピノチェト将軍率いるチリ・クーデタによりアジェンデ政権は崩壊した。アジェンデ支持派だった両親はペドロを連れてデンマークに亡命、後アメリカに渡りカリフォルニア、テキサスで育った。国籍はチリと米国、母語はスペイン語、ほかは英語である。オレンジ・カウンティ芸術学校、ニューヨーク大学ティッシュ芸術学校で学び、ニューヨーク在住。出演作はテレビ、短編を含めると60作以上、代表作は『ナルコス』以外では、『ワンダーウーマン』(11)、『ワンダーウーマン1984』(20)、『トリプル・フロンティア』(19)、TVシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』(14)、『ザ・マンダロリアン』(2019~23)、ホラーSFアドベンチャー「The Last of Us」(23)では主役を演じている。

(シルバ役のペドロ・パスカル、フレームから)
★イーサン・ホーク(オースティン1970)は、俳優、作家、脚本家、監督。1985年『エクスプロラーズ』でデビューしたが、学業に戻ってカーネギー・メロン大学で演技を学び、その後ニューヨーク大学でも学んだが、いずれも演技と両立せず中退している。ピーター・ウィアーの『いまを生きる』(89)で復帰、リチャード・リンクレイターの連作『恋人までの距離』(95)、『ビフォア・サンセット』(04)、『ビフォア・ミッドナイト』(13)に出演、2作目と3作目では脚本を監督と共演のジュリー・デルピーの3人で執筆、アカデミー脚色賞にノミネートされている。俳優としてはアカデミー賞は受賞していないが、『トレーニングデイ』(01)で助演男優賞に初ノミネート、2014年の『6才のボクが、大人になるまで』でもノミネートされた。アメナバルのサイコ・スリラー『リグレッション』(15)の刑事役、黒澤明の『七人の侍』をもとにした『荒野の七人』(60)のリメイク版『マグニフィセント・セブン』(16)では南北戦争で心に傷を負ったガンマン役で出演している。
★カトリーヌ・ドヌーヴが主演した是枝監督の『真実』(19)では、ジュリエット・ビノシュと夫婦役を演じ、ガルシア・マルケスの息ロドリゴ・ガルシアの『レイモンド&レイ』(22)では、ユアン・マクレガーと異母兄弟になった。マリベル・ベルドゥが共演している。2023年12月にNetflix 配信が決定しているサイコスリラー「Leave the World Behind」(リーブ・ザ・ワールド・ビハインド)に主演している。オスカー像を持っていなくても、サンセバスチャン映画祭2016ドノスティア栄誉賞を受賞しており、スペインでは知名度のあるハリウッドスターです。
*『リグレッション』の紹介記事は、コチラ⇒2015年01月03日
*ドノスティア栄誉賞&『マグニフィセント・セブン』紹介は、コチラ⇒2016年09月12日

(ジェイク保安官役のイーサン・ホーク)
★TVシリーズでお馴染みになっている若いガラン俳優が束になって出演する。大体90年代生れで子役出身が多い。マヌ・リオス(シウダレアル1998)は、俳優、歌手、モデル、9歳でデビュー、ピアノとギターが弾ける。『エリート』のパトリック役で知られているが、ミュージカルの舞台にも立っている。セクシュアリティーについては公にしていない。サンローラン、プラダ、ディオール、バレンシアガなどのモデルとして数多くの雑誌をカバーしている。米国ビバリーヒルズに本拠をおくタレント・エージェンシーWMEと正式に契約した。次回作はアイトル・ガビロンドのTVミニシリーズの犯罪ミステリー「El silencio」(8話)に出演している優良株、Netflixで配信されるようです。


(左端がマヌ・リオス)
★ジェイク保安官の青年時代を演じるジェイソン・フェルナンデスは、SFスリラー『エデンへようこそ』(22、16話)出演のほか、19世紀初頭のアンダルシアを舞台にしたエンリケ・ウルビスの「Libertad」(21)に女盗賊ラ・ジャネラの息子役で出演しており、今年公開予定のダビ・ガラン・ガリンドのコメディ「Matusalén」(仮訳「メトセラ 長寿の人」)にも主演する。共演者にアントニオ・レシーネス、ホルヘ・サンス、カルロス・アレセス、ロベルト・アラモとなんとも豪華版過ぎる。ダニエル・リベトはリュイス・ダネスの「La vampira de Barcelona」(20)他、ホラー映画に出ている。ジョゼ・コンデッサ(リスボン1997)はポルトガルの俳優、数多くのTVシリーズに出演、セルジオ・グラシアノの「O Som Que Desce na Terra」(21、仮訳「大地に降りそそぐ音」)でポルトガル映画アカデミーのソフィア男優賞ノミネート、同 Nico賞とCinEuphoria賞ほかを受賞している。4人とも今後の活躍が期待される。
*「Libertad」の作品紹介は、コチラ⇒2021年04月06日


(ダニエル・リベトとペドロ・パスカル)
追加情報:邦題『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』で東京国際映画祭2023で上映、その後劇場公開された。
ビクトル・エリセの長編4作目「Cerrar los ojos」*カンヌ映画祭2023 ― 2023年04月29日 10:13
カンヌに間に合ったエリセ監督30年ぶりの新作「Cerrar los ojos」
★長編4作目となるビクトル・エリセの「Cerrar los ojos」については、昨年7月に大まかな作品紹介をしておりましたが、秘密裏に制作しているということで、まだIMDbもアップされておらず、キャスト陣も撮影中に謎の失踪をする俳優役のホセ・コロナド、映画監督役のヒネス・ガルシア・ミリャン、立ち位置が分からないマリア・レオンの3人しかアナウンスされておりませんでした(最終的には監督役はマノロ・ソロが演じる)。カンヌを視野に入れて進行中ということでしたが、凝り性の監督ゆえ完成できるかどうか明確でなかったので、映画祭の芸術監督であるティエリー・フレモーの気配りも大変だったようです。パルムドールを競うコンペティション部門でなく、2021年新設されたカンヌ・プルミェール部門になったのが残念と言えば残念です。以下に1992年の『マルメロの陽光』後のエリセ監督のフィルモグラフィー、共同執筆者は『悪人に平穏なし』でゴヤ賞を受賞しているミシェル・ガスタンビデ、主演のホセ・コロナド、ヒネス・ガルシア・ミリャンの紹介などしています。
*「Cerrar los ojos」の記事紹介は、コチラ⇒2022年07月15日
*ビクトル・エリセのフィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2022年07月25日

「Cerrar los ojos」(映画祭タイトル「Fermer les yeux」「Close Your Eyes」)
製作:Tandem Films / Pecado Films / La mirada del adiós AIE / Pampa Films / Nautilus Films 協賛 R TVE / Movistar+/ Canal Sur / ICAA / EiTB Euskal Irrati Telebista /マドリード共同体 / アンダルシア評議会
監督:ビクトル・エリセ
脚本:ビクトル・エリセ、ミシェル・ガスタンビデ
撮影:バレンティン・アルバレス
音楽:フェデリコ・フシド
編集:アスセン・マルチェナ
美術:クル・ガラバル
音響:イバン・マリン、(ポストプロダクション)フアン・フェロ
キャスティング:ピラール・モヤ
衣装デザイン:エレナ・サンチス
製作者:クリスティナ・スマラガ、ホセ・アルバ、(エグゼクティブ)オディレ・アントニオ≂バエス
データ:製作国スペイン=アルゼンチン、スペイン語、2023年、ドラマ、撮影地グラナダのカステル・デ・フェロ、アルメリア、アストゥリアス、マドリード、クランクイン2022年10月。配給スペインはアバロン、国際はフィルム・ファクトリー独占配給
キャスト:ホセ・コロナド(失踪した俳優フリオ・アレナス)、マノロ・ソロ(ミゲル・ガライ監督)、ヒネス・ガルシア・ミリャン、アナ・トレント、マリア・レオン、ソレダード・ビジャミル、ジョセップ・マリア・ポウ、ペトラ・マルティネス、マリオ・パルド、フアン・マルガージョ、エレナ・ミケル、フェルナンド・ウスタロス(バニョス刑事)、他

(上段左から、監督、ホセ・コロナド、ソレダード・ビジャミル、
下段左から、マリア・レオン、アナ・トレント、マノロ・ソロ)
ストーリー:90年代活躍していたスペインの俳優フリオ・アレナスは、映画の撮影中に忽然と姿を消します。彼の遺体は発見されませんでしたが、警察は彼が海沿いの崖で事故にあったと結論づけます。30年もの後、謎を掘り起こすテレビ番組の結果として彼は現代に戻ってきます。彼の親友でもあるミゲル・ガライ監督が撮影した最後のシーンがスクープされます。未完成の映画の始まりと終わり。
★製作はタンデム・フィルムズ(パブロ・E・ボッシ)を介してラ・ミラダ・デル・アディオスのクリスティナ・スマラガがメインになり、アンダルシアのペカド・フィルムズのホセ・アルバとオディレ・アントニオ≂バエス、アルゼンチンのパンパ・フィルムズ、エリセ自身の制作会社ノーチラス・フィルムズが手掛けている。協賛は上記の通りですが数の多さに驚きました。
★主人公は、3年の年月をかけたプロジェクトが資金の関係で頓挫して、世界から引きこもった監督自身の分身とみなすこともできるわけです。ならば自分自身を克服するためのリベンジが必要ではないでしょうか。詳細は分かりませんが、マノロ・ソロがエリセの特殊なバージョンを演じるようなので、興味がそそられます。他に『海を飛ぶ夢』で神父役のジョセップ・マリア・ポウ、『だれもが愛しいチャンピオン』でソーシャルセンターの責任者を演じたフアン・マルガージョのベテラン演技派が脇を固めています。
★女性陣はオール立ち位置が目下分かりませんが、『スリーピング・ボイス~沈黙の叫び~』のマリア・レオン、アルゼンチンからは『瞳の奥の秘密』や『偽りの人生』のソレダード・ビジャミル、『マリアの旅』でフェロス主演女優賞を受賞したペトラ・マルティネス、彼女はマルガージョと結婚しており、別れていなければ夫婦で出演していることになる。そしてアナ・トレントのクレジットは、私たちを彼女の子供時代に引き戻し、『ミツバチのささやき』の美しいシーンを思い出させる。

(撮影中のエリセ監督とアナ・トレント)
ビクトル・エリセの新作「Cerrar los ojos」、カンヌ映画祭でプレミア ― 2023年04月26日 17:20
エリセの新作「Cerrar los ojos」がカンヌ・プルミェールにノミネート

(今年のメインビジュアルはカトリーヌ・ドヌーヴ、1968年の『別離』から)
★カンヌの季節が巡ってきました。第76回となるカンヌは昨年に続いて5月開催です(5月16日~27日)。今年はスペイン語映画はコンペティション部門には見当たりません。しかし2021年に新設された「カンヌ・プルミェール」部門にビクトル・エリセの「Cerrar los ojos」が選ばれました。このセクションには前年ロドリゴ・ソロゴジェンの『ザ・ビースト』が出品されていました。本作については昨年アウトラインを紹介しています。日本からは北野武6年ぶりとなる本能寺の変をテーマにした『首(KUBI)』(秋公開予定)が選ばれているように、コンペティション枠には漏れたが、そうかといって新人枠の「ある視点」部門にも該当しない、しかしどうしても落とせないベテラン監督の作品が選ばれるということです。エリセ82歳、北野76歳、老いても元気なのが嬉しい。

(撮影中のエリセ監督、ホセ・コロナド、マノロ・ソロ)
★ノミネート発表は現在も進行中らしく、4月24日に追加作品の発表がありました。なかにカンヌ・プルミェール部門に、『触手』以来沈黙していたメキシコのアマ・エスカランテの「Perdidos en la noche」と『約束の地』が公開されたアルゼンチンのリサンドロ・アロンソの「Eureka」が含まれていました。
★「ある視点」には、アルゼンチンのロドリゴ・モレノ(1972)の「Los delincuentes / The Delinquents」(アルゼンチン・ブラジル・ルクセンブルク・チリ)、カンヌは初参加ですがベルリン映画祭他での受賞歴をもつ中堅監督、脚本家。2006年の「El custodio」はベルリンFFでアルフレッド・バウアーを受賞、サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門スペシャルメンション、他ボゴタ、ハバナ、グアダラハラ、リマ各映画祭で監督賞を受賞している。もう一人がチリのフェリペ・ガルベス(サンティアゴ1983)の長編デビュー作「Los colonos / Les colons / The Settlers」(チリ・アルゼンチン・オランダ・フランス・デンマーク)の2作です。短編「Rapaz」(18)は、カンヌ映画祭併催の「批評家週間」に正式出品されている。他に「Silencio en la sala」(09)、既に短編で実績を残している若手監督、フィルム編集者である。


(上段ロドリゴ・モレノ、下段フェリペ・ガルベス)
★短編部門には、ペドロ・アルモドバルの短編「Strange Way of Life / Extraña forma de vida」(スペイン、30分)が選ばれています。アルモドバルの映画に出ることが夢だったというチリ出身のペドロ・パスカルとイーサン・ホーク主演のネオウエスタン、監督2作目となる英語劇。制作は監督自身の制作会社エル・デセオとファッションブランドのサンローラン・プロダクション、ということで衣装デザインはアンソニー・ヴァカレロによるサンローランが手掛ける。映画界に乗り出したようです。
★撮影監督はホセ・ルイス・アルカイネでアルメリアの砂漠で撮影されました。音楽は14作も監督とタッグを組んでいるアルベルト・イグレシアス、アルモドバル映画の常連さんが担当します。お互いに愛し合っている7人の男性が出てくる奇妙なウエスタンだそうです。タイトル「奇妙な生き方」はポルトガルのファドの女王アマリア・ロドリゲスの「Uma estranha forma de vida」から採られている。

(イーサン・ホーク、監督、ペドロ・パスカル)
★纏まった情報が入手でき次第、追加作品も含めて別途アップを予定しています。エリセ監督の新作は昨年ご紹介していますが、キャストも出揃いましたので、改めて加筆します。何しろ30年ぶりの長編4作目ですから公開を期待してアップしたい。『ミツバチのささやき』の少女、アナ・トレントもクレジットされています。
*「Cerrar los ojos」の紹介記事は、コチラ⇒2022年07月15日
第75回カンヌ映画祭2022*アルベルト・セラとロドリゴ・ソロゴジェン ― 2022年06月10日 11:05
スペイン映画は大賞に無縁だったカンヌ映画祭2022

★今さらカンヌでもありませんが、第75回カンヌ映画祭(5月17日~28日)は3年ぶりに5月開催に戻ってきました。パルムドールは5年前に『ザ・スクエア 思いやりの聖域』で同賞を受賞した、リューベン・オストルンドのコメディ「Triangle of Sadness」(スウェーデン・英・米・仏・ギリシャ)が受賞、言語は英語、富裕層への皮肉満載とか。グランプリは「Girl/ガール」のルーカス・ドンの「Close」(ベルギー・オランダ・仏)とクレール・ドゥニの「Stars at Noon」(仏)、後者はニカラグアが舞台とか。審査員賞はイエジー・スコリモフスキの「Eo」と、シャルロッテ・ファンデルメールシュほかの「Le otto montagne」の2作に、第75回記念賞はカンヌ常連のダルデンヌ兄弟の「Tori et Lokita」の手に渡った。

(喜びを爆発させたリューベン・オストルンド)
★監督賞にはカンヌの常連である『オールド・ボーイ』『渇き』のパク・チャヌクが、サスペンス「Dicision to Leave」で受賞、今月末に韓国での公開が決定、日本でも2023年に公開される。男優賞には是枝裕和が韓国で撮った「Broker ベイビー・ブローカー」出演のソン・ガンホ、是枝監督もエキュメニカル審査員賞を受賞した。韓流の勢いは続いているようです。韓国の尹錫悦大統領が二人に祝電を送ったとメディアが報じている。日本勢では「ある視点」ノミネートの早川千絵(「PLAN 75」)が、新人監督に与えられるカメラドールの次点である特別賞スペシャルメンションを受賞した。

(トロフィーを披露する、監督賞のパク・チャヌクと男優賞のソン・ガンホ)
★スペイン映画はコンペティション部門では、21世紀の鬼才と称されるアルベルト・セラの「Pacifiction」(22、165分、仏・西・独・ポルトガル)1作のみでした。スペインも製作に参加していますが言語はフランス語と英語、カタルーニャ人のセラにとってスペイン語は外国語です。舞台はフランスの飛び地タヒチ島、20世紀にポリネシアの島々に多大な被害を与えた核実験を政府は再開しようとしている。主演はフランス政府の高等弁務官役にブノワ・マジメルが扮している。フランスの部外者であり島の友人である主人公は、政治的個人的なバランスをとって役人と一般の人々の微妙な関係を維持している。プロットから分かるように前作よりは筋があるようです。妥協と無縁の監督が、ブノワ・マジメルに命を吹き込ませることができたかどうか。不穏な陰謀がにおってくるスリラー仕立て、スペインからはセルジ・ロペスがクレジットされている。


(セラ監督とブノワ・マジメル、カンヌFFのフォトコールから)
★セラ監督は、カンヌ映画祭を含めて海外の映画祭に焦点を合わせており、国際的に知名度がありながらスペインでの公開は多くない。批評家と観客の評価が乖離している作家性の強い監督です。新作の評価は、上映後の「スタンディング・オベーションが7分間」で分かるように、批評家やシネマニアはポジティブでしたが、一般観客に受け入れられるかどうか微妙です。少なくとも2019年の「ある視点」で上映されたフランス革命前夜を背景にした「Liberté」よりは分かりやすいでしょうか。本作については日本から取材に来た或るレポーターが「くだらなすぎる」と噛みついていたが、『万引き家族』や『パラサイト:半地下の家族』のようには分かりやすくない。日本ではミニ映画祭で特集が組まれたこともあるが、単独公開はジャン=ピエール・レオが太陽王に扮した『ルイ14世の死』(16)だけかもしれない。ゴージャスなヴェルサイユ宮殿の寝室に横たわるルイ14世の陳腐な死を描いている。
*アルベルト・セラのキャリアと「Liberté」紹介は、コチラ⇒2019年04月25日

(新作「Pacifiction」のフレームから)
★他にロドリゴ・ソロゴジェンのスリラー「As bestas」(22、137分、西・仏)が、コンペティション部門のカンヌ・プレミアセクションで上映された。『おもかげ』(19)以来、TVシリーズにシフトしていたがスクリーンに戻ってきた。言語はスペイン語・ガリシア語・フランス語。引退した中年のフランス人カップルがガリシアの村に移住してくる。二人の村への愛情と熱意は、しかし地元の住民の敵意と暴力に迎えられることになる。フランス人カップルにドゥニ・メノーシェとマリナ・フォイス、地元の住民にルイス・サエラとディエゴ・アニドが敵対する兄弟役で出演している。フランス公開7月20日、スペイン公開は11月11日がアナウンスされています。いずれアップしたい。


(マリナ・フォイス、監督、ドゥニ・メノーシェ、カンヌFFフォトコール)
*追加情報:アルベルト・セラ新作は『パシフィクション』の邦題で、ロドリゴ・ソロゴジェン新作は『ザ・ビースト』の邦題で、第35回東京国際映画祭2022のワールド・フォーカス部門、コンペティション部門での上映が決定しました。
ジョディ・フォスターに栄誉パルムドール*プレゼンターはアルモドバル ― 2021年07月09日 11:18
2年ぶりのカンヌ映画祭、アルモドバルがジョデイ・フォスターにトロフィーを

★2年ぶりの第74回カンヌ映画祭2021が2ヵ月遅れで開幕した。開幕宣言は、栄誉パルムドール受賞者ジョデイ・フォスター、栄誉パルムドールのプレゼンターのペドロ・アルモドバル、審査員委員長スパイク・リー(去年と同じ)、2019年のパルムドール受賞のポン・ジュノの4人でした。

(アルモドバルとジョデイ・フォスター、2021年7月6日)
★ジョディ・フォスター(ロスアンゼルス1962)は、「『タクシードライバー』がパルムドールを受賞したのは45年前、私のキャリアを変えてくれたカンヌにとても感謝しています」。だから彼女にとってここに戻ってくることはとても重要。「未来が私たちに期待していることを皆さんと一緒に見られるよう望んでいます」と完璧なフランス語でスピーチした。彼女はロスにあるフランス人学校のリセに在籍、バカロレアの国家試験に合格している。マーティン・スコセッシの『タクシードライバー』(76)に娼婦役で出演したのはなんと13歳でした。

(トロフィーを披露するジョディ・フォスター)
★フォスターにとって、この1年で多くの映画館が閉鎖され、時には耐えがたい苦しみに直面している人々が増えているとしても、すべてが映画への愛に絞られる。「映画館が閉鎖されているけれども、映画は常に存続していきます。今年、映画は私の救命具でした」と語った。また52年間のキャリアを通して思うのは「映画は人を感動させ、人と繋がり、変化させる。だから映画に対する感謝をなくすことは決してない」と締めくくった。
★プレゼンターのペドロ・アルモドバルは、女優が2019年にロスアンゼルスで『ペイン・アンド・グローリー』をプレゼンスしたときのことを思い出したが、それよりずっと以前から彼女を身近に感じていた。それは「Bugsy Malone」の可愛い歌姫役で、『タクシードライバー』より数ヵ月前に制作された映画でした。アルモドバルは「女性の映画人が珍しかった時代に、彼女は役選びにも賢明だった。弱さを隠すことなく強さを見せる女性像の創造を知っていた」と、この類いまれな才能の受賞者を彼流に絶賛した。アラン・パーカーのデビュー作は、『ダウンタウン物語』の邦題で翌年公開された。禁酒法時代のニューヨークはダウンタウンを舞台に、抗争を繰りひろげる二大ギャング団を描いたミュージカル。全員子役が大人に扮して出演、マシンガンから飛びだすのは弾丸ではなくパイ、最後はみんなパイだらけになって終わる。フォスターはボスの情婦でキャバレーの妖艶な歌姫になった。
★コロナが収束したわけではないので、メイン会場には、ワクチン2回接種の証明書のある人、あるいは48時間ごとのPCR検査(無料)合格者とガードは厳しい。結果が分かるには最低でも6時間ほど必要だからどうなるのか。レッドカーペットに登場したシャネルやプラダのドレスに身を包んだマスク無しのセレブたちは、合格してるということですね。因みにフォスターのドレスはジバンシィだそうです。パートナーの写真家で監督のアレクサンドラ・ヘディソンも出席、アツアツぶりの映像が配信されています。
★オープニング作品はレオス・カラックスのミュージカル「Annette アネット」(2021、英語、140分)は、5分間のスタンディングオベーションだった由、監督よりスタンダップ・コメディアンを演じたアダム・ドライバーに注目が集まったとか。本作はアマゾン・オリジナル作品、ネットフリックスとの話合いは平行線でノミネーションはNO、一方でアマゾン・プライム・ビデオ、アップルTVはYES、観客の一人としては違和感を覚えるが、将来的に問題を残すのではないか。ピンクのダブルの背広上下にサングラス、スニーカーで現れた審査委員長のスパイク・リーは「ストリーミングのプラットホームは共存する」とインタビューに応えて、新型コロナが世界を、映画産業をも変えてしまったことを印象づけた。
フェルナンド・トゥルエバの「El olvido que seremos」*カンヌ映画祭 ― 2020年06月14日 17:23
コロンビアの作家エクトル・アバド・ファシオリンセの同名小説の映画化

★第73回カンヌ映画祭2020は例年のような形での開催を断念した。マクロン大統領の「7月19日まで1000人以上のイベントは禁止」というお達しではどうにもならない。6月3日、一応オフィシャル・セレクション以下のノミネーションが発表になりました。開催できない場合は、ベネチア、トロント、サンセバスチャンなど各映画祭とのコラボでカンヌ公式映画として上映されることになりました。それでカンヌでのワールドプレミアに拘っている監督たちは来年持ち越しを選択したようです。赤絨毯も、スクリーン上映も、拍手喝采もないカンヌ映画祭となりました。
★フェルナンド・トゥルエバの「El olvido que seremos」(「Forgotten We'll Be」)は、コロンビアのカラコルTVが製作したコロンビア=スペイン合作映画、コロンビアはアンティオキアの作家エクトル・アバド・ファシオリンセのノンフィクション小説「El olvido que seremos」(プラネタ社2005年11月刊)の映画化です。作家の父親エクトル・アバド・ゴメス(1921~87)の生と死を描いた伝記映画です。医師でアンティオキアのみならずコロンビアの人権擁護に尽力していた父親は、1987年メデジンの中心街で私設軍隊パラミリタールの凶弾に倒れた。1980年代は半世紀ものあいだコロンビアを吹き荒れた内戦がもっとも激化した時代でした。アバド家は子だくさんだったが作家はただ一人の男の子で、父親が暗殺されたときは29歳になっていた。

(主人公ハビエル・カマラを配した「El olvido que seremos」のポスター)
アバド家の痛み、コロンビアの痛みが語られる
★エクトル・アバド・ファシオリンセ(メデジン1958)の原作は、2005年11月に出版されると年内に3版まで増刷され、コロンビア国内だけでも20万部が売れたベストセラーです。先ずスペインでは翌年 Seix Barral から出版、メキシコでも出版された他、独語、伊語、仏語、英語、蘭語、ポルトガル語、アラビア語の翻訳書が出ている。21世紀に書かれた小説ベスト100に、コロンビアでは唯一本作が選ばれている。ポルトガルの Casa da América Latina から文学賞、アメリカのラテンアメリカの作品に贈られるWOLA-Duke Book 賞などを受賞している。

(アバド・ファシオリンセの小説の表紙)

(父と息子)
★タイトルの「El olvido que seremos」は、ボルヘスのソネット ”Aqui, hoy” の冒頭の1行目「Ya somos el olvido que seremos」から採られた。父親が凶弾に倒れたとき着ていた背広のポケットに入っていた。あまり知られていない出版社から友人知人に贈る詩集として300部限定で出版されたため公式には未発表だった。そのため小説がベストセラーになると真偽のほどが論争となり、作家の捏造説まで飛びだした。調査の結果本物と判明したのだが、スリルに満ちた経緯の詳細はいずれすることにして、目下は映画とかけ離れるので割愛です。

(ボルヘスのソネット ”Aqui, hoy” のページ)
★コロンビアの作家とスペインの監督の出会いは、カラコルCaracol TVの会長ゴンサロ・コルドバが仲人した。スペイン語で書かれた小説を映画化するにつき、先ず頭に浮かんだ監督は「オスカー監督であるフェルナンド・トゥルエバだった」とコルドバ会長。主役エクトル・アバド・ゴメスにスペインのハビエル・カマラを起用することは、作家のたっての希望だった。「父親の面影に似ていたから」だそうです。映画化が夢でもあり悪夢でもあったと語る作家は、出来上がった脚本を読むのが怖かったと告白している。手掛けたのは監督の実弟ダビ・トゥルエバ、名脚本家にして『「ぼくたちの戦争」を探して』の監督です。

(作家エクトル・アバド・ファシオリンセと監督フェルナンド・トゥルエバ)
★最初トゥルエバ監督はこのミッションは不可能に思えたと語る。その一つは「小説は個人的に親密な記憶だが、映画にそれを持ち込むのは困難だからです」と。しかし「二つ目のこれが重要なのだが、良い本に直面すると臆病になるからだった」と苦笑する。カラコルTVの副会長でもある製作者ダゴ・ガルシアの説得に負けて引き受けたということです。スペイン側は脚本、正確には脚色にダビ・トゥルエバ、主役にハビエル・カマラ、編集にトゥルエバ一家の映画の多くを手掛けているマルタ・ベラスコの布陣で臨むことになった。キャスト陣はハビエル以外はコロンビアの俳優から選ばれた。

(撮影中の監督とハビエル・カマラ)
★作家の娘で映画監督でもあるダニエラ・アバト、アイダ・モラレス、パトリシア・タマヨ(作家の母親セシリア・ファシオリンセ役)、フアン・パブロ・ウレゴがクレジットされている。母親も人権活動家として夫を支えていたエネルギー溢れた魅力的な女性だったということです。当ブログ初登場のダニエラ・アバドは作家の娘、主人公の孫娘に当たり、映画は彼女の視点で進行するようです。今回は女優出演だが、祖父暗殺をめぐるアバド家の証言を集めたドキュメンター「Carta a una sombra」(15)は、マコンド賞にノミネートされ、続くドキュメンタリー「The Smiling Lombana」(18)は、マコンド賞受賞、トゥールーズ映画祭ラテンアメリカ2019で観客賞を受賞している。バルセロナで映画は学んだということです。

(父エクトル・アバド・ファシオリンセと語り合うダニエラ・アバド、2015年)
★スタッフ陣も編集以外はコロンビア側が担当、撮影監督はセルヒオ・イバン・カスターニョ、撮影地は家族が暮らしていたメデジン、首都ボゴタを中心に、イタリアのトリノ(作家は私立のボリバリアーナ司教大学で学んだ後、トリノ大学でも学んでいる)、マドリードなどで行われた。モノクロとカラー、136分と長めです。音楽をクシシュトフ・キェシロフスキの『ふたりのベロニカ』や「トリコロール愛の三部作」を手掛けたポーランドの作曲家ズビグニエフ・プレイスネルが担当することで話題を呼んでいた。彼はトゥルエバの「La reina de España」(16)の音楽監督だった。プロダクション・マネージメントはイタリアのマルコ・ミラニ(『ワンダーウーマン』)と、コロンビア映画にしては国際色豊かです。
★本作はまだ新型コロナが対岸の火事であった2月1日、カルタヘナで毎年1月下旬に4日間行われるヘイ・フェスティバルHay Festival Cartagenaという文学祭で、作家と監督が出席しての講演イベントがありました。もともとは1988年、ウェールズ・ポーイスの古書店街が軒を連ねるヘイ・オン・ワイで始まったフェスティバルが世界各地に広がった。コロンビアではカルタヘナ、スペインはアルハンブラ宮殿で開催されている。現在は文学講演、サイン会、書籍販売の他、音楽や女性問題などのイベントに発展している。YouTubeを覗いたら150名の招待者のなかにマリベル・ベルドゥとか、作家のハビエル・セルカスも出席していました。下の写真は映画の宣伝も兼ねた講演会に出席した両人。フェスティバル期間中にトゥルエバの『美しき虜』が上映されていた。

(アバド・ファシオリンセとトゥルエバ監督、2月1日、アドルフォ・メヒア劇場)
★現在の中南米諸国のコロナ感染状況は、コロンビアを含めてレベル3(渡航は止めてください)だから滑り込みセーフのフェスティバルでした。スペインも渡航中止対象国ですから、サンセバスチャン映画祭(9月18日~26日)が予定通り開催できるかどうか分かりません。開催された場合はカンヌ映画祭公式セレクション作品としてワールド・プレミアされる可能性が高いと予想しています。
追加情報:英題でラテンビート2020のオープニング作品に選ばれました。
追加情報:『あなたと過ごした日に』の邦題で2022年7月劇場公開されました。
カンヌ映画祭2020の開催は秋?*監督週間&批評家週間は中止が決定 ― 2020年04月18日 14:24
世界は変わってしまった、ベネチア、サンセバスチャン各映画祭はどうなる?

★4月13日、マクロン大統領の封鎖措置延期を受け(5月11日まで)、音楽祭、映画祭などいかなるイベントも7月中旬まで開催することができなくなりました。目下の死者数15,000人以上ですから、ある程度予想されたことながら現実となりました。カンヌ映画祭併催の「監督週間」と「批評家週間」は中止が決定、肝心のコンペティション部門他、「ある視点」や短編、クラシック各部門は未定ですが、いつものような開催はできないことがはっきりしました。映画祭代表ディレクターのティエリー・フレモー氏はぎりぎりまでタオルを投げることに抵抗しています。「フィガロ」紙に「秋開催」をほのめかしていますが、秋はベネチア(9月3日~12日)、トロント(9月10日~20日)、サンセバスチャン(9月18日~26日)などが控えていますから、その兼ね合いはどうなるのでしょうか。

(カンヌのマークがペイントされているメイン会場パレ・デ・フェスティバル前を
愛犬と散歩する女性、3月18日)
★ 4月16日にフレモー氏が「フィガロ」のインタビューに応じ、「マスク着用で(映画祭会場の)階段を昇ることを含めて、いろんなフォーマットを考えているところです」と、秋9月開催に望みをつないでいるようですが、準備期間を考慮すると10月さえ厳しいのではないでしょうか。ベネチア映画祭との連携を視野に入れているようですが、イタリアの現状をみれば、こちらの開催もあやしくなっている。「コロナ危機が始まって以来、私たちはロカルノやサンセバスチャン、ドーヴィルなどを招待してやるプランも考えていた」と、唯の思い付きでないことを強調している。ドーヴィルはノルマンディ海岸の女王と謳われるリゾート地でアジア映画祭、アメリカ映画祭が開催されている。
★他の映画祭が採用を決定しているオンラインは考えておらず、映画は映画館で観るというカンヌ本来のポリシーに揺らぎはないと断言しています。そうでないとNetflixオリジナル作品などを排除している理由がなくなってしまうからでしょう。しかしながら「専門家たちの売買契約はデジタル・バージョンで6月22日から26日まで行いたい」との意向を示した。さらに6月末までコンペティション部門の作品選考を続行することがアナウンスされている。とにかく映画産業も生き残らなければならないから今後も模索は続くことでしょう。ペストの例を持ち出すまでもなく、ウイルスが世界を変えてしまったのは初めてではありません。ウイルスは根絶できない、ならば共存していくしか人類は生き延びることはできない。
★フランスの写真週刊誌「パリ・マッチ」が、ジョークでノミネーションをツイートした。先ず以前からカンヌ映画祭でプレミアが囁かれていたフェス・アンダーソンの「The French Dispatch」がノミネート、ソフィア・コッポラのアドベンチャー・コメディ「On the Rocks」、ナンニ・モレッティの3家族が繰りひろげるコメディ「Tre piani」、ポール・バーホーベンの「Benedetta」などが続いた。予告編が解禁されているアンダーソンの「The French Dispatch」を除くと、監督常連のビル・マーレイやティルダ・スウィントンなどが出演しているようだ。
★4月15日は本来ならコンペティション部門のノミネーション発表があるはずでした。一寸先は闇を実感させられることです。メイン会場となるパレ・デ・フェスティバルは、3月20日以来、ロックダウンで行き場を失ったホームレスの臨時宿泊先になっている。

(ホームレスの臨時宿泊所になったカンヌ映画祭メイン会場パレ・デ・フェスティバル)
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