タイムテーブルが発表*第3弾発表がなかったラテンビート2019 ⑥ ― 2019年10月25日 13:58
上映作品10作は寂しすぎでは?
★首を長くして第3弾追加発表を待っておりましたが、本日タイムテーブルが発表になり、第3弾は期待外れになりました。塚本信也の『六月の蛇』(02)を除くと9作品、ここ5~6年遡っても10作割れはなかったはずです。しかし、お目当てのオリヴァー・ラクセの『ファイアー・ウィル・カム』が2回上映、東京国際映画祭共催作品ということで監督も来日、Q&Aがもたれます。アメナバルの『戦争のさなかで』、アレハンドロ・ランデスの『猿』など粒揃い、アリッツ・モレノの『列車旅行のすすめ』では、ルイス・トサールの怪演ぶりが楽しみです。第2部ブラジル映画も今年の金貝賞受賞作品、米アカデミー賞国際長編映画ブラジル代表作品を含めて無駄がない選択、「あれこれ迷わなくていいや」です。
★Netflix オリジナル作品でなければ、ダニエル・サンチェス・アレバロの新作「Diecisiete」はラテンビート上映だったはず、なぜなら彼のデビュー作『漆黒のような深い青』、第2作『デブたち』そして第3作『マルティナの住む街』は、ラテンビートで上映されたのでした。既に『SEVENTEEN セブンティーン』の邦題で配信が開始されています。未だ始まったばかりですが、次回にアップ予定。
『SEVENTEEN セブンティーン』配信開始*ネットフリックス ― 2019年10月29日 17:12
邦題『SEVENTEEN セブンティーン』でネットフリックス配信開始
(ダニエル・サンチェス・アレバロ監督、サンセバスチャン映画祭フォトコール)
★ダニエル・サンチェス・アレバロ(マドリード1970)が6年ぶりに新作「Diecisiete」を撮るということで、昨年秋のクランクインからご紹介してきました。第67回サンセバスチャン映画祭2019でもセクション・オフィシアル部門で特別上映されました。予告通り先日Netflixのストリーミング配信が開始され、邦題は『SEVENTEEN セブンティーン』と、余計な修飾語がつかない原題と同じになりました。監督以下スタッフ&キャスト紹介は既にアップ済みですが、便宜上主なキャストとストーリーだけ再録しておきます。ネタバレ部分を含みます。
*サンセバスチャン映画祭2019セクション・オフィシアル9月27日特別上映、バルセロナ限定劇場公開10月3日、スペイン限定10月4日、Netflix 配信10月18日
*作品、キャスト、監督キャリア紹介は、コチラ⇒2018年10月29日
(ロラ・コルドンもオベハも現地入りしていた、SSIFFフォトコール)
『SEVENTEEN セブンティーン』(原題「Diecisiete」)2019年、コメディドラマ、99分
キャスト:ビエル・モントロ(エクトル)、ナチョ・サンチェス(兄イスマエル)、ロラ・コルドン(祖母クカ)、カンディド・ウランガ(司祭)、イチャソ・アラナ(センター職員エステル)、ホルヘ・カブレラ(センター教官)、チャニ・マルティン(従兄弟イグナシオ)、イニャゴ・アランブル(ドッグシェルター所員ラモン)、マメン・ドゥチ(裁判官)、カロリナ・クレメンテ(従姉妹ロサ)、アーロン・ポラス(パイサノ)、ハビエル・シフリアン(自動車解体業者)、ダニエル・フステル(ガソリンスタンド員)、パチ・サンタマリア、他
ストーリー:17歳になるエクトルが少年センターに入所して間もなく2年になる。非社交的で他人と上手く関係が結べないエクトルは一人でいるのが好きだ。しかし間もなく社会復帰の日が近づいてきて、動物を利用してのセラピーを受けることになる。ドッグシェルターに保護されたばかりの内気で不愛想な牝犬と出会い心が動く。羊という意味のオベハと名づけてしだいに繋がりをもてるようになる。しかし数ヵ月後オベハはいなくなる、それは飼い主が見つかったからだ。エクトルはこの現実を受け入れることができない。あと2ヵ月で入所期間が終わるというのに、オベハ探しに21回目となる脱走を決心する。連絡を受けた法廷後見人である兄イスマエルは、祖母が入所している古い老人施設に潜んでいた弟を見つけ出す。しかしオベハに執着するエクトル、連れ帰らなければならないイスマエルは窮地に陥る。後2日でエクトルは18歳になってしまう、もう少年ではいられない。死にそうな祖母を巻き込んで、三人はオベハ探しの旅に出る。
知的で優しく、少し風変わりな、コメディタッチで描く良質の家族再生物語
A: 6年のブランクの後メガフォンを手にしたダニエル・サンチェス・アレバロの新作「Diecisiete」は、サンセバスチャン映画祭SSIFFのセクション・オフィシアル部門でコンペ外とはいえ上映された。ネットフリックス・オリジナル作品が特別上映されるのは本作が初めてだった。SSIFFはカンヌFFのように除外しません。カンヌもお高くとまっているわけではなく法律に縛られています。フランスでもより規模の小さいビアリッツFF やトゥールーズFFでは除外していません。根本的な解決が待たれます。
B: 本作もトゥールーズ・シネエスパーニャ2019で観客賞を受賞した。フィナーレのシーンを撮るために兄弟喧嘩をさせたり、お迎えが来そうで来ない祖母ちゃんをあっちこっち引っ張りまわした。こんなに笑えるとは予想外で、観客は幸せな気分で席を立つことができたことが受賞に繋がった。
A: 映画祭だけでなくネット配信される前にスペイン限定でしたが劇場公開もされた。イサベル・コイシェの『エリサ&マルセラ』と同じケースです。
B: キュアロンの『ROMAローマ』なんか、日本ではネット配信後でさえ複数の映画館で繰り返し上映されました。
A: ネットフリックスも競争相手が複数参入してきた状況から、転換を迫られているという印象を受けます。
(スペインでの公開都市名と公開日が入ったポスター)
B: SSIFFのインタビューで「共感と分かりやすさ」を心掛けたと語っていた。
A: もっとも難しいのが分かりやすく描くこと、平易とは質が低いことと同じではない。本作に限らず「私の映画は非常に雑多な要素を取り込んでいます。私のホラーヴァクイhorror vacuiは、交差するストーリーを並行させた。そうすることは私に多くのことをもたらした」と本作誕生の経緯を述べていた。
B: ホラーヴァクイというのは、余白があることの恐怖ということですかね。空間があると不安になり、隙間を埋めたくなる。
A: 「いいかい、ダニ、同じことが二人の登場人物に、一つのプロット、一つのプロット・ラインをシンプルに物語り、信頼するんだ」と自分に言い聞かせた。それは厳しく困難だったということです。出演者も彼の他の作品と比較すると多くありません。
B: 本作には2つのカウントダウンがあります。一つは弟エクトルHéctor(字幕はヘクトル)が2日後に18歳になってしまうこと、つまり成人として裁かれるということ。もう一つが兄弟の事実上の育ての親である今にも死にそうな祖母を祖父の墓に一緒に葬ってやること。二つとも焦眉の急だ。
A: エクトルと呼んでるのに字幕はヘクトル、これじゃギリシャ神話の英雄だね。何はともあれ祖母ちゃん連れで兄弟は生れ故郷に戻ることになる。しかし、そもそもの兄弟の旅の目的は<僕の犬オベハ>の飼い主を探すことだったはず。それが映画の進行とともに微妙にズレていく可笑しさ。兄イスマエルもフツウじゃない、妻マルタと別居しており、寝泊まりしているのが販売中のキャンピングカーなんだから。
B: 弟が兄夫婦のこじれた仲の修復を画策する可笑しさ、いずれエクトルも観客も知ることになるのだが、別居の原因の素がエクトルに関係している。張りめぐらされた伏線の多さに舌を巻く。
A: 他人にはイスマエルの内面の葛藤は見えにくいが、エクトルは見抜く。自身以外に関心が向かないエクトルが、捨て犬に興味を示し心を開いていくのも、エクトルが幼かった頃の兄との関係に行き着く。オベハとイスマエルは深いところで重なるのです。
B: それをフィナーレで締めくくる巧みさ、サンチェス・アレバロが愛される所以です。
兄弟再生のロード・ムービー――『レインマン』のカンタブリア版
A: オールドファンの中にはバリー・レヴィンソンの『レインマン』(88)を思い出した方がおられるでしょう。ダスティン・ホフマンとトム・クルーズが兄弟を演じたロード・ムービー。
B: 映画の中では語られないが、エクトルはアスペルガー症候群でしょうね。他人とのコンタクトが上手く取れないが、物事の良し悪しは分かる。ただ自分の都合のいいように考える。記憶力は抜群です。
A: 皮肉や冗談が理解できない代わり、超能力の持ち主、裁判官から二度と罪を犯さないよう渡された『刑法』の全文を暗記して数字にはめっぽう強い。他の少年のいじめでページを破られると拾い集めてセロテープで貼り合わせる集中力は普通じゃない。監督自身も精神分析を16年間受けていたようですが、その過程で正しい診断がされていない若者が沢山いることを知ったという。彼の場合セラピーはあまり効果がなく、創作することで快方に向かったと語っている。
B: 精神状態が最悪だったときに撮ったのが、観客に分かりにくかった『マルティナの住む街』だった。主人公3人の心の悩みが見えにくかった。彼は悩みを克服するために映画を作っている。
A: つまり、兄弟の旅は、結局、監督の旅なんです。一番良かったのは「ビエル・モントロとナチョ・サンチェスの相性の良さ」、悪かったのは「彼らのキャンピングカーに同乗できないこと」なんて記事もありましたが。
B: 少し気の早い話ですが、エクトルを演じたビエル・モントロのゴヤ新人賞ノミネーションは確実、演劇界の最高賞マックス賞受賞者のナチョ・サンチェス(アビラ1992)は映画初出演だから新人賞枠だが、ぶつかるから助演でしょうか。受賞はともかく二人のノミネーションは確実です。
*ビエル・モントロとナチョ・サンチェスの紹介は、コチラ⇒2019年09月29日
(和解できたイスマエルとエクトル、カンタブリア海を見下ろす崖で)
A: カンタブリアの風景を撮った撮影監督セルジ・ビラノバもノミネーション確実かな。オベハも3本脚のワンちゃんも訓練されたプロの犬ではなく、家庭で飼われていた犬だそうです。特にオベハは演技力がありました。(笑)
(僕の犬オベハと信頼関係を結べるようになったエクトル、映画から)
変化していく家族のかたち――祖母ちゃんのセリフは「タラパラ」だけ
B: セリフが「タラパラtarapara」だけだったお祖母ちゃん役のロラ・コルドンもとぼけた味を出していた。
A: バレンシア生れ、女優歴50年以上というから80代でしょう。パリやロンドンで暮らしていた時期が長かったそうです。この世代だと少女時代にスペイン内戦に遭遇しているから国外に出た人は多い。舞台女優として出発、映画はフランコ時代の60年代半ばから。TVシリーズが多く、現在では祖母役が殆どだが現役です。ただし映画は久しぶりでしょうか。彼女の出演はキャスティング発表のときから話題になっていた。
B: タラパラは家族にしか通じない単語らしく、「喧嘩しないで」とか「分かったよ」「大丈夫」「ありがとう」など、好きに訳せばいい。エクトル「帰るまで死なないで」、祖母ちゃん「タラパラ(分かったよ)」と。
(タラパラ祖母ちゃんに「墓地が見つからないから、まだ死なないでよ」とエクトル)
A: 故郷を捨て都会に出て行った人は、故郷では異邦人です。先進国ではどこも似たり寄ったりですが、北スペインには過疎になった村が増えている。監督はマドリード生れですが、イラストレーターで図案家の父親ホセ・ラモン・サンチェスの故郷、カンタブリアのサンタンデールでも過ごしている。カンタブリアへの愛着は強い。
B: 第3作『マルティナの住む街』の舞台コミーリャスもカンタブリア、ガウディ設計のエル・カプリチョは観光客に人気のレストランになっている。
A: 母親は女優のカルメン・アレバロ、90年代に両親は離婚していたのですが、デビュー作『漆黒のような深い青』『デブたち』と第4作目の「La gran familia española」に出演している。離婚後アルゼンチン出身の俳優エクトル・コロメと再婚したので、2015年に亡くなるまで義理の父親であった。
B: 義理の父親の名前がエクトルなんだ。イニャゴ・アランブルが演じたドッグシェルターの責任者が父親と同じラモンだった。
テーマの一つは「失うこと、負け方を学ぶこと」
A: 少年センターの保護司のような役柄だったイチャソ・アラナは、今年のラテンビートで上映される『八月のエバ』のヒロイン、ホナス・トゥルエバ監督の信頼が厚い。こちらの映画もお薦めです。
B: 犬を飼うことは「自分自身の感情をコントロールできるようにすること」とエクトルに教えていた。エクトルのような若者の良き理解者の一人。
(イニャゴ・アランブル、イチャソ・アラナも参加した、SSIFF 2019年9月27日)
A: 『マルティナの住む街』に比較すると、セリフの少なさが際立っています。なかで記憶に残るのが「失うこと、負け方を学ぶこと」というセリフでした。何かを失うことで再生ができるというメッセージが伝わってきた。少ないセリフを補うようにナレーションがはいり、当然それは訳されていません。
B: 映像で充分分かりますけど。何はともあれセックスシーンがなくても楽しめることを証明した作品、カンタブリアの海のシーンをスクリーンで見られた方が羨ましい。
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