サバルテギータバカレラ*サンセバスチャン映画祭2018 ⑥ ― 2018年08月01日 14:52
サバルテギは「何でもありの部門」です!

★サバルテギZabaltegiは、バスク語で「自由」という意味で、その名の通り言語やジャンルを問わない。従って本数も多く今年はスペイン語映画は、長編3本、短編2本で、バスク語は見当たりません。タバカレラTabakaleraは、かつてのスペイン煙草専売公社だった建物を2010年から5年がかりで大改装、現在ではサンセバスチャンの現代文化国際センターに生まれ変わりました(開館は2015年9月11日)。展覧会などができる展示場のほか、常設の映画館、レストラン、ホテル、博物館のような機能も兼ね備えており、市の観光スポットになっています。サンセバスチャン映画祭SSIFFは2016年からサバルテギ部門の映画を上映しています。映画国民賞の授賞式は当映画祭が恒例ですが、昨年の受賞者アントニオ・バンデラスの授賞式はタバカレラで行なわれました。

(現代文化国際センターに生まれ変わったタバカレラ全景)
★長編は、ガリシアはルゴ出身のシャシオ・バーニョの「Trote」、フェデリコ・ベイローの「Belmonte」、アルゼンチンのロラ・アリアス「Teatro de guerra」の3本、短編はパンプローナ出身(1988)のマディ・バルベルの「592 metroz goiti」、アリカンテのオリウエラ出身(1982)のエレナ・ロペス・リエラの「Los que desean」の2本です。
◎「592 metroz goiti」短編ドキュメンタリー(24分)製作国スペイン 2018
*監督・脚本・撮影:マディ・バルベル(バーバー?)Maddi Barber
物語:土地の姿が完全に変わってしまったとき、人生にはどんな可能性が残されるのだろうか。1990年代にナバラ州のピレネー山腹にイトイツ・ダムの建設が始まり、7つの村と3つの自然保護区が水没した。むき出しの帯状地帯に標高592メートルの外観が谷の景観を二分している。下では水が流れ、上では人生が続いている。建設予定当初から現在まで建設の是非が問われている。イトイツの名称は水没した村の名前から取られている。


(イトイツ・ダムの遠景)
◎「Los que desean」短編ドキュメンタリー(24分)、製作国スイス、スペイン、2018
*監督:エレナ・ロペス・リエラ Elena López Riera
スイスのジュネーブ大学、マドリードのカルロスⅢ大学で学ぶ。本作はロカルノ映画祭にエントリーされている。短編「Pueblo」(15)がカンヌ映画祭併行開催の「監督週間」にエントリーされている。
物語:スペイン南部、手書きで彩色された小バトのレースについての映画。変わっているのはスピードを競うのではなく、小バトの可愛らしさと滞空時間の長さを競うレースである。


(それぞれ彩色された小バト)
◎「Trote」(「Trot」、スペイン、リトアニア)シャシオ・バーニョ
キャスト:マリア・バスケス(カルメ)、セルソ・ブガーリョ(父ラモン)、ディエゴ・アニド(兄ルイス)、タマラ・カノサ(兄嫁マリア)、フェデリコ・ぺレス、他
物語:カルメはガリシア内陸部の山村のパン屋で働きながら両親と暮らしている。父親ラモンとの会話は少なく、母親は病に伏している。この息のつまるような生活から逃げ出したいが、いつも今一歩のところで邪魔がはいる。週末には村伝統の祭り、馬と人間が闘う「ラパ・ダス・ベスタス」が開催される。村では祭りの準備が始まり、カルメの兄ルイスも妻マリアを伴ってマドリードから帰郷、数日間過ごすことになるだろう。トロット、逃亡、人間と馬の、理性と本能の闘いが語られるだろう。

監督:シャシオ(サシオ?)・バーニョXacio Baño(ルゴ、1983)の長編デビュー作。レオン大学の映画学科で学ぶ。短編では既に数々の受賞を得ており、なかで2012年の「Anacos」は、マラガ映画祭2012の短編部門の審査員特別賞「銀のビスナガ」を受賞したほか、メディナ・デ・カンポ映画週間2013でも「もう一つの視点」賞を受賞している。続く2014年の短編ドキュメンタリー「Ser e voltar」(バルセロナ・インディペンデント映画祭審査員スペシャル・メンション)、2015年の「Eco」(同映画祭観客賞)ほか受賞歴多数。SSIFFより一足早く8月初旬に開催されるロカルノ映画祭の「現在のシネアストたち」部門に正式出品が決定しています。

(撮影中の監督とマリア・バスケス)
スタッフ:脚本はディエゴ・アメイシェイラス(ホルヘ・コイラの『朝食、昼食、そして夕食』)との共同執筆、撮影はルシア・C・パン、主に港湾都市ポンテべドラで撮影され、製作はFrida Filmsのルイサ・ロメオ、ガリシアTVの協力を受けている。

(左から、マリア・バスケス、監督、ルイサ・ロメオ、ノミネーション発表会場、7月20日)
★主役のカルメを演じたマリア・バスケス(ビゴ、1979)は、イシアル・ボリャインの「Mataharis」(07)でゴヤ賞2008の助演女優賞にノミネートされ、シネマ・ライターズ・サークル賞では助演女優賞を受賞した。公開作品ではホルヘ・コイラの『朝食、昼食、そして夕食』(10)に小さい役で出演している。SSIFF関連では、ニューディレクターズ部門に正式出品されたネリー・レゲラの「María (y los demás)」(16)に出演している。主役のマリアを演じたバルバラ・レニーがフェロス賞の女優賞を受賞した作品、バスケスは2002年から始まったガリシア映画に特化した映画賞メストレ・マテオ賞2017の助演女優賞にノミネートされた。
★父親を演じたセルソ・ブガーリョ(ポンテべドラ、1947)は、実話を素材にしたアメナバルの『海を飛ぶ夢』(04)の主人公ラモン・サンペドロ(ハビエル・バルデム)の兄役で一躍有名になった。閉鎖的で頑固なガリシア気質の人物を演じてゴヤ賞2005助演男優賞を受賞した。1970年代に舞台俳優として出発、映画デビューはホセ・ルイス・クエルダの『蝶の舌』(99)の司祭役ということですから既に50歳を過ぎていた。他にフェルナンド・レオン・デ・アラノアの『月曜日にひなたぼっこ』(2002)の失業のため妻に逃げられ孤独死する老人を演じた。脇役が多いが、東京国際映画祭2008でEarth Grand Prix賞を受賞したホセ・アントニオ・キロスのコメディ『フェデリコ親父とサクラの木』(原題「Cenizas del cielo」)では主役のフェデリコになった。また レオン・デ・アラノアの「Amador」(10)でもアマドールを主演した。TVシリーズや短編出演のほか声優としても活躍している。

(カルメ役のマリア・バスケスと父親ラモン役のセルソ・ブガーリョ)
★デビュー作「El Apóstata」がSSIFF2015コンペティション部門にノミネートされたフェデリコ・ベイローの「Belmonte」と、アルゼンチンのロラ・アリアス「Teatro de guerra」は次回にアップします。前者は『信仰を捨てた男』の邦題でNetflixで放映されている。
サバルテギ-タバカレラ部門 2*サンセバスチャン映画祭2018 ⑦ ― 2018年08月03日 13:29
フェデリコ・ベイローの第4作「Belmonte」
★サバルテギ部門の長編2本目は、フェデリコ・ベイローの第4作目「Belmonte」です。長編デビュー作「Acné」(08)が邦題『アクネACNE』として4年後に、第2作「La vida útil」(10)が『映画よ、さようなら』として2016年に公開された。時間が経ちすぎて公開した頃にはすっかり忘れれていましたが、とにかくスクリーンで見ることができました。さらに3作目「El Apóstata」(15)がNetflixで『信仰を捨てた男』の邦題で放映されるなど幸運な監督と言えるかもしれない。それだけ魅力的な監督ということでしょうか。まだ新作の情報がわずかしか入手できていませんが、取りあえずご紹介いたします。
◎「Belmonte」(ウルグアイ、メキシコ、スペイン合作)フェデリコ・ベイロー
キャスト:ゴンサロ・デルガド(ベルモンテ)、オリビア・モリナロ・エイホ(娘セレステ)、トマス・ワーマン(Wahrmannヴァールマン?)
物語:小さい娘と暮らしている造形アーティストのベルモンテの物語。肖像画を描くことに関心があり、モンテビデオのビジュアルアート美術館に収蔵されている絵画を手本に接近していく。しかし最近家族に起きた変化が気がかりで専念できない。別居している妻は妊娠しているが、お腹の子供の父親は別の男である。娘のセレステは気づいている。弟が生まれれば父と過ごす時間は少なくなるだろう。ベルモンテはできるだけ多く娘と過ごそうと昼食の用意をして、学校に送りとどける。娘はそれなりに相応しい大人になるだろうが、とにかく内面の心配事を隠さないで、娘と気持ちを分かち合おうとする。

*監督紹介*
★フェデリコ・ベイロー Federico Veiroj(綽名 Cote Veiroj)は、1976年モンテビデオ生れ、監督、脚本家、製作者、俳優。現在はスペインの国籍も取得して両国で撮っている。ウルグアイ・カトリック大学でコミュニケーション学を専攻した。デビュー作「Acné」は、第23回ゴヤ賞2009イスパノアメリカ(現イベロアメリカ)映画賞にノミネートされたが、チリ代表アンドレ・ウッドの「La buena vida」(『サンティアゴの光』)に敗れた。2作目、3作目は上記の通りですが、最も成功した「El Apóstata」は第63回 SSIFF 2015「コンペティション部門」にノミネートされ、国際映画批評家連盟賞 FIPRESCI、審査員特別メンションを受けた。カトリックの信仰を捨てたい男ゴンサロ・タマヨの有為転変が語られる。批評家受けのするブニュエル風の人を食った作品だが、観客も現代の寓話として楽しめる映画になっている。2000年から6年間ほどマドリードで暮らしていたこともあってマドリードで撮影した。


(ゴンサロ役アルバロ・オガーリャ、棄教したいゴンサロを諭すホルヘ司教フアン・カロ)
★俳優歴は短編を含めると5~6本あるが、有名なのは『ウィスキー』(04、ウルグアイ、アルゼンチン、独、西)の監督コンビ、パブロ・ストール&フアン・パブロ・レベージャのデビュー作「25 Watts(25ワッツ)」(01)のヘラルディートと呼ばれる少しぼうっとした若者役でした。小国ウルグアイの映画市場は狭く、1国だけの製作は難しく、監督以下、掛け持ちで役割を複数担当することになる。国土の広い隣国ブラジルとアルゼンチンに挟まれているので、ボカディージョ(フランスパンのサンドイッチ)に挟まれたパセリなどと悪口を言われる。自国だけでは食べていけないので同じ言語のアルゼンチンに出稼ぎに行く。それで本邦紹介がアルゼンチン映画だったりすると、アルゼンチン人と間違われることになる。

(フェデリコ・ベイロー監督)
*キャスト紹介*
★「Belmonte」の主役ゴンサロ・デルガド Gonzaro Delgado Galiana は、1975年モンテビデオ生れ、脚本家、アートディレクター、監督、俳優。パブロ・ストールやフアン・パブロ・レベージャと同じウルグアイ・カトリック大学の映画仲間で、同じコミュニケーション学を専攻した。『ウィスキー』では、脚本を監督と共同執筆、美術も担当している。他に「Acné」やミニ映画祭として短期間公開されたアルゼンチンのアドリアン・カエタノの「El otro hermano」(邦題『キリング・ファミリー 殺し合う一家』2017、アルゼンチン、ウルグアイ、西、仏)でも美術を担当、『映画よ、さようなら』と『信仰を捨てた男』では脚本を共同執筆している。初監督はベロニカ・ぺロタと共同で監督したファミリー・コメディ「Las toninas van al Este」(16)、ブラジル南部の都市グラマドで開催されるグラマド映画祭(第1回1973年)で主演のベロニカ・ぺロタが女優賞を受賞した。デルガドも出演している。当時デルガドは、「役者になりたかった。それも主人公を演りたかった」とインタビューで語っていた。

(ゴンサロ・デルガドとベロニカ・ぺロタ)

(ゴンサロ・デルガド、「Las toninas van al Este」から)
★ベイロー監督は「ゴンサロは私の映画には欠かせない才能の一人、本作(「Belmonte」)も彼のために書かれた映画です。ベルモンテを中心に据え、中年にさしかかった男の危機が語られます」とインタビューに応えている。というわけでデルガドも今回は主人公を演じることができて念願が叶いました。
★製作は、ウルグアイ(Nadador Cine / Cinekdoque)、メキシコ(Corazon Films / Charles Barthe-Labo Digital)、スペイン(Ferdydurke Films)、SSIFFなどの映画祭のほか、年内のウルグアイ公開が予定されている。
★第5作目となる「El cambista」の撮影の準備も始まっている。偶然目にしたフアン・エンリケ・グルベルの小説「Así habló el cambista」が下敷きになっているようです。ベネズエラ出身だがモンテビデオで死去している(1924~81)。主役の両替商にダニエル・エンドレルほか、ドロレス・フォンシ、ベンハミン・ビクーニャ、ルイス・マチン、ホルヘ・ボラニなど、2019年完成を目指している。両替商ということですからアンチヒーローでしょうか。主人公を演じるダニエル・エンドレルは、1976年モンテビデオ生れ、アルゼンチンのダニエル・ブルマン監督の「アリエル三部作」(『救世主を待ちながら』『僕と未来とブエノスアイレス』など)の主役アリエルを演じたことから、アルゼンチン出身と思われているシネアストの一人です。「25 Watts」や『ウィスキー』に出演している。
サバルテギ-タバカレラ部門 3*サンセバスチャン映画祭2018 ⑧ ― 2018年08月05日 16:00
サバルテギの3作目はアルゼンチンのドキュメンタリー「Teatro de guerra」

★ロラ・アリアスの「Teatro de guerra」は、1982年に勃発したマルビナス(フォークランド)戦争に従軍したアルゼンチンとイギリスのかつての兵士6人の個人的な記憶に基づいたドキュメンタリー。両陣営合わせて約1000名の犠牲者を出した戦争は、旧型兵器の在庫一掃、兵器開発国にとっての巨大な実験場とも称された。イギリス軍の圧勝に終わった戦争だが、アルゼンチンではマルビナス諸島の統治権についての論争は未だに続いている。戦争終結35周年の節目に両国のユニークなコラボレーションで製作された。本作は既にベルリン映画祭2018「フォーラム」部門でワールドプレミアされ、エキュメニカル審査員賞とC.I.C.A.E.Art Cinema賞を受賞している。

「Teatro de guerra」(「Theatre of War」)ロラ・アリアス
キャスト:ダビ・ジャクソン、ルベン・オテロ、マルセロ・バジェッホ、ルー・アーマーLou Armour、ガブリエル・サガストゥメSagastume、スクリム・ライSukrim Rai

(前列、マルビナス諸島の地図をもつ、左からマルセロ・バジェッホ、ルー・アーマー、
後列、ガブリエル・サガストゥメ、ダビ・ジャクソン、スクリム・ライ、ルベン・オテロ)
監督・脚本:ロラ・アリアス
撮影:マヌエル・アブラモヴィチ
製作者:ジェマ・フアレス・アジェン(Gema Films代表者)、アレハンドラ Grinschpum、ベティナ・ワルター、他
データ:製作国(制作会社)アルゼンチン(Gema Films)、スペイン(BWP)、ドイツ(Sutor Kolonko)、スペイン語・英語、2018年、ドキュメンタリー、73分、撮影地ブエノスアイレス、ロンドンのロイヤル・コート・シアター、製作資金約23万ユーロ、アルゼンチン配給INCAA、公開アルゼンチン2018年4月2日
映画祭・受賞歴:ベルリン映画祭2018フォーラム部門(ワールドプレミア)エキュメニカル審査員賞とC.I.C.A.E.Art Cinema賞を受賞、SXSW米国サウス・バイ・サウス映画祭出品、イスタンブール映画祭、エルサレム映画祭(ベスト・ドキュメンタリー賞)他

(C.I.C.A.E.Art Cinemaのトロフィーを手に、ジェマ・フアレス・アジェン、ベルリン映画祭)
解説:1982年3月、アルゼンチンとグレートブリテンは、大西洋上のフォークランド(マルビナス)諸島の領有権をめぐって軍事衝突した。約3か月後の6月14日、両陣営合わせて約900名の犠牲者を出して終結した。イギリスの圧倒的な勝利に終わった戦争だが、アルゼンチンではマルビナス諸島の統治権についての論争は未だに続いている。出演者6名は、オーディションに応募してきたマルビナス戦争の従軍兵士から各3名ずつ選ばれた。彼らが戦った戦争の記憶の掘り起こしに数か月間かけて再構築した。このドキュメンタリーはかつての敵同士を出合わせて、戦争で深い傷を負った元兵士たちの個人史を語らせるという社会的な実験でもある。彼らの記憶の掘り起こしの舞台となった空間は、それぞれスイミングプール、建設中の工事現場、軍の連隊であったりした。すべてのシーンは、本物であると同時に人工的につくられたものでもある。戦争終結35周年に際して、アルゼンチンとイギリス両国のユニークなコラボレーションで製作された。

(プールサイドで記憶を再構築する元兵士たち)
★ドキュメンタリーというより、ドキュメンタリーとフィクションがミックスされた印象を受ける。かなり革新的な手法で撮られており、これからのドキュメンタリーの方向性を占う参考にもなりそうです。この戦争については優れたドキュメンタリーもあり(ヨークシャーTV「The Farkland War」1987)、字幕入りで放映されたものが、部分的にYouTubeで見ることができる。湾岸戦争の先駆け、旧型兵器の在庫一掃、兵器開発国にとっての巨大な実験場などと称されるが、死傷者654名を出したアルゼンチン兵士の多くは、にわか仕立ての訓練が不十分な若者だったと言われています。戦場と帰還した本国のギャップに苦しみ、自殺した兵士の数は戦死者と同数だったともいわれている。

(国民の不満を逸らすためマルビナスに軍隊を派遣した軍事独裁者ガルティエリ大統領、
国連の勧告を無視して機動艦隊と原子力潜水艦を派遣、人気挽回を図った鉄の女サッチャー首相)
★トリスタン・バウエルの「Ilminados por el fuego」(05『火に照らされて』アルゼンチン)は、18歳でマルビナスの戦場に放り込まれた青年エステバンが20年後に戦争の記憶を辿る物語。サンセバスチャン映画祭2005の審査員特別賞を受賞したほか、ゴヤ賞2006スペイン語外国映画賞(現イベロアメリカ映画賞)を受賞している。戦争の記憶は生きている限り消えることはない。
監督紹介:ロラ・アリアス Lola Arias は、1976年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、作曲家、女優、舞台演出家。ブエノスアイレス大学卒。舞台演出家としてのキャリアが長く、長編ドキュメンタリー「Teatro de guerra」が42歳でのデビュー作。プロジェクト・チームの立ち上げは2013年、準備に時間をかけている。その間、同じテーマで劇化した「Minefield」(地雷敷設区域)は既に何回も上演されているようです。キャストもマルビナス戦争に従軍した6人の元兵士です。今年10月に開催される京都国際舞台芸術2018に『記憶の地雷原』(100分)の邦題で3回の上演が決定しています。アリアスは5年前に『憂鬱とデモ』で当京都国際舞台芸術祭に参加しているそうで、演劇界では実績のある演出家。

(「Minefield」に出演のマルセロ・バジェッホ、ロイヤル・コート・シアター、2016年)
★お気に入りの監督は、ベルギーの故シャンタル・アケルマン、特に「Je, tu, il, elle」(75、モノクロ)は「独創的で、センシティヴ、詩的で美しい。女性同士のセックスシーンの美しさは今まで見たことがなかった」と。本邦では第19回カイエ・デュ・シネマ週間「シャンタル・アケルマン追悼特集」で『私、あなた、彼、彼女』として上映された。ジャム・ジャームッシュ以下影響を受けた監督は数多い。私生活では作家のアラン・パウルスと結婚、2児の母親。パウルスの小説で映画化されたものは、先年鬼籍入りしたエクトル・バベンコの『失われた肌』(07)があり、他にフィト・パエスの『ブエノスアイレスの夜』(07)、当ブログでもご紹介したグスタボ・タレットの『ブエノスアイレス恋愛事情』(11)などの脚本を手掛けている。

(ロラ・アリアス、ベルリン映画祭2018にて)
ペルラス部門にハイメ・ロサーレス新作*サンセバスチャン映画祭2018 ⑨ ― 2018年08月08日 16:01
3 作ともカンヌ映画祭2018のノミネーション作品です!

★ペルラス(パールズ)部門は、かつてはサバルテギ部門に含まれていたセクションでした。今年はアルゼンチンとの合作、ルイス・オルテガの「El Ángel」、ハイメ・ロサーレスの「Petra」と、スペイン人とポーランド人の監督ラウル・デ・ラ・フエンテ&ダミアン・Nenowのアニメーション「Un día más con vida」(ポーランド合作)の3作がエントリーされました。うち「El Ángel」はカンヌ映画祭2018「ある視点」部門に、「Petra」はカンヌ映画祭と同時期に併催される「監督週間」に正式出品された作品で、最後のアニメーションはカンヌのコンペティション外上映でした。「El Ángel」はカンヌで既にアップしておりますので割愛いたしますが、「死の天使」と恐れられた美貌の青年殺人鬼カルロス・ロブレド・プッチのビオピックです。
◎「El Ángel」(アルゼンチン、スペイン)2018 ルイス・オルテガ

*「El Ángel」の記事・監督紹介は、コチラ⇒2018年05月15日
◎「Un día más con vida」/「Another Day of Life」(西、ポーランド)2018 アニメ
ラウル・デ・ラ・フエンテ&ダミアン・Nenow

5度目のカンヌに挑戦したハイメ・ロサーレスの新作「Petra」

◎「Petra」(スペイン、フランス、デンマーク)ハイメ・ロサーレス 2018
キャスト:バルバラ・レニー(ペトラ)、ジョアン・ボテイ(造形芸術家ジャウマ)、マリサ・パレデス(ジャウマの妻マリサ)、アレックス・ブレンデミュール(ジャウマの息子ルカス)、ペトラ・マルティネス(ペトラの母フリア)、カルメ・プラ(テレサ)、オリオル・プラ(パウ)、チェマ・デル・バルコ(フアンホ)、ナタリエ・マドゥエニョ(マルタ)、ほか
スタッフ:監督・脚本ハイメ・ロサーレス、共同脚本ミシェル・ガスタンビデ、クララ・ロケ、製作者(エグゼクティブプロデューサー)ホセ・マリア・モラレス、(プロデューサー)アントニオ・チャバリアス、カトリン・ポルス、音楽クリスティアン・エイドネス・アナスン、撮影エレーヌ・ルバール、編集ルシア・カサル、美術ビクトリア・パス・アルバレス、衣装イラチェ・サンス
物語:ペトラの父親の素性は彼女には全て秘密にされていた。母親の死をきっかけにペトラは危険な探索に着手する。真相を調べていくうちに、権力をもつ無慈悲な男、著名な造形芸術家ジャウマ、ジャウマの息子ルカスと妻マリサに出会う。次第に登場人物の人生は、ぎりぎりの状況にまで追いこまれ、悪意、家族の秘密、暴力のスパイラルに捻じれこんでいく。運命は希望と贖罪のための窓が開くまで、残酷な筋道を堂々巡りすることだろう。カタルーニャのブルジョア家庭の暗い内面が語られるが、悲劇は避けられるのでしょうか。
データ:製作国スペイン(Fresdeval Films / Wanda Visión / Oberón Cinematográfica)、フランス(Balthazar Productions)、デンマーク(Snowglobe Films)、言語スペイン語・カタルーニャ語、2018年、107分、協賛TVE、TV3、Movistar+他。スペイン公開2018年10月19日
映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2018併催「監督週間」正式出品、サンセバスチャン映画祭2018「ペルラス」部門上映

(ペトラ役のバルバラ・レニー)

(ペトラとルカス役のアレックス・ブレンデミュール)
★「監督週間」では時間切れでご紹介できなかったハイメ・ロサーレスの第6作「Petra」のご紹介。もっぱらカンヌに焦点を合わせているカンヌの常連ハイメ・ロサーレス監督(バルセロナ、1970)だが、サンセバスチャン映画祭2008に長編第3作「Tiro en la cabeza」が正式出品されている。バスク原理主義者によって殺害されたスペインの2人の警察官の物語ということで、カンヌでは拒まれ、サンセバスチャンに持ってきたのだが、こちらでも散々な評価だった。唯一評価したのがフォトグラマス・デ・プラタの作品賞のみでした。自然の音以外音声のない無声映画のような、ドキュメンタリー手法で望遠レンズで撮影された。今作以外はすべてカンヌでワールドプレミアされ、新作「Petra」が5回目のノミネーションだった。
★デビュー作「Las horas del día」(03)が「監督週間」に出品され、いきなり国際映画批評家連盟賞を受賞した。ここで主役を演じたのが今回ジャウマの息子ルカスになったアレックス・ブレンデミュールで、15年ぶりに監督と邂逅した。欲に眩んだ造形芸術家ジャウマに扮したジョアン・ボテイは、偶然監督と知り合いリクルートされた自身もアーティスト、カメラの前に立つのは初めてだそうです。女性陣の二人バルバラ・レニーとマリサ・パレデスは割愛、ペトラの母親フリアを演じたペトラ・マルティネスは、ロサーレス監督の第2作目『ソリチュード:孤独のかけら』で3人姉妹の母親役をしたベテラン、アルモドバルの『バッド・エデュケーション』でもガエル・ガルシア・ベルナルの母親になった。地味な役柄が多いが存在感のある実力派女優です。
★国際色豊かなのがスタッフ陣、名前からも分かるように、撮影監督エレーヌ・ルバールはフランスのポンタルリエ生れ(1964)、アニエス・ヴァルダの『アニエスの浜辺』(08)、ヴィム・ヴェンダースの『Pina/ピナ・バウシュ踊り続けるいのち』(11)、アリーチェ・ロルヴァケルの『夏をゆく人々』(14)などの美しい映像は今でも心に残っている。音楽のクリスティアン・エイドネス・アナスンはデンマーク出身、高い評価を受けたパウェウ・パヴリコフスキの『イーダ』(13)やアマンダ・シェーネルの『サーミの血』(16)などを手掛け、国境を超えて活躍している。監督キャリア紹介は以下にまとめてあります。
* 第2作目「La soledad」(『ソリチュード:孤独のかけら』)紹介は、
* 第5作目「Hermosa juventud」と監督紹介記事は、

(マリサ役マリサ・パレデスとジャウマ役ジョアン・ボテイ)

(監督を挟んで撮影中のマリサ・パレデスとバルバラ・レニー)
*追加:邦題『ペトラは静かに対峙する』で、2019年6月29日より劇場公開
カルメン・マウラ、ヨーロッパ映画賞「生涯貢献賞」受賞のニュース ― 2018年08月11日 07:26
カルロス・サウラに続いて二人目の受賞者
★ヨーロッパ映画賞の特別賞にはいくつかあって、なかで一番大きいのが「生涯貢献賞」、次がワールドシネマに貢献したシネアストに贈られる「世界的貢献賞」でしょうか。どちらもいわゆる名誉賞で、前者は1988年から始まり、第1回受賞者はイングマール・ベルイマン、スペイン人では2004年にカルロス・サウラが受賞しています。後者は1997年から始まり、第1回受賞者はミロシュ・フォアマン監督、スペイン人ではアントニオ・バンデラス、ビクトリア・アブリル、つい最近2013年にアルモドバルが受賞しています。カルメン・マウラ(マドリード、1945)は女優賞を1988年アルモドバルの『神経衰弱ぎりぎりの女たち』、1990年サウラの『歌姫カルメーラ!』で受賞しています。他の受賞者はペネロペ・クルスが『赤いアモーレ』と『ボルベール』の2回、ベレン・ルエダが『永遠のこどもたち』などです。

★既に150作に出演しているマウラだが、芸術家、政治家、学者などを輩出している一家で、いわゆる良家の子女、芸能界入りなどもってのほか、親戚一同から反対されたという。1960年代末期に舞台女優として出発、並行して短編映画やTVにも出演していた。タッグを組んだ監督は、フェルナンド・トゥルエバ(「Se intil y no mires con quien」85)、マリオ・カムス(「Sombras en una Batalla」93)、アグスティ・ビリャロンガ(「Carta a Eva」12)、サンセバスチャン映画祭女優賞とゴヤ主演女優賞をもたらしたアレックス・デ・ラ・イグレシア(『13 みんなのしあわせ』00)、以後『マカロニ・ウエスタン 800発の銃弾』、『スガラムルディの魔女』など、デ・ラ・イグレシア映画の常連となった。しかし国際舞台に彼女を押し上げたのは、1980年代最も輝いていた監督の一人、アルモドバルの『神経衰弱ぎりぎりの女たち』でした。

(初のゴヤ主演女優賞を受賞した『神経衰弱ぎりぎりの女たち』から、共演のバンデラスと)
★アルモドバルのデビュー作『ペピ、ルシ、ボン、その他大勢の娘たち』(80)以後、『バチ当たり修道院の最期』(83)、『グロリアの憂鬱/セックスとドラッグと殺人』(84)、『マタドール』(86)、『欲望の法則』(87)、そして『神経衰弱ぎりぎりの女たち』と立て続けに出演した。しかしこれを最後に喧嘩別れしてしまい、再びタッグを組んだのが『ボルベール<帰郷>』(06)、カンヌ映画祭で女性出演者6名全員が異例の女優賞を受賞し、ゴヤ賞では助演女優賞を受賞した。その後これといった諍いがあったわけではないが、「もう決してアルモドバル映画には出ない」と発言し、仲直りしたように見えたのは表面だけで、結局溝が埋まらなかったことが分かった。まあ、映画を見れば理由は想像できます。一時は「アルモドバルのミューズ」とまで言われた仲でしたが、現在では「喧嘩別れした元仲良しカップル」が特集されると、ナンバーワンに登場します。

(アラスカとカルメン・マウラ、『ペピ、ルシ、ボン、その他大勢の娘たち』から)

(辛口批評家からも合格点を貰った『グロリアの憂鬱~』から、共演のベロニカ・フォルケと)
★邦題が原題とあまりにかけ離れていて辿りつけない映画の一つが、パートに追いまくられている主婦が、気障なぐうたら亭主を殺害してしまうが誰からも疑われないというブラック・コメディ『グロリアの憂鬱~』(「¿ Qué he hecho yo para merecer esto?」)、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『13 みんなのしあわせ』(「La comunidad」)が挙げられる。後者でゴヤ賞主演女優賞を受賞した。サウラの『歌姫カルメーラ!』を含めてゴヤ賞は合計4個になります。そのほか、貢献賞というか名誉賞は、スペイン映画国民賞(98)、サンセバスチャン映画祭ドノスティア賞(13)、マラガ映画祭とロカルノ映画祭(07)バジャドリード映画祭(08)、スペイン映画アカデミーの「金のメダル」(09)と、貰えるものはすべて貰っている。

(サンセバスチャン映画祭ドノスティア賞のトロフィーを手に、2013年)

(3個目のゴヤ賞主演女優賞を受賞した『13 みんなのしあわせ』から)
★現在フランス在住のマウラ、フランス語、ポルトガル語にも堪能で、自国以外の監督からもオファーを受けている。エティエンヌ・シャティリエの『しあわせはどこに』(95)、リスボンを舞台にした5人の女性たちの生き方を描いた、ルイス・ガルヴァン・テレシュの『エル』(97)、アンドレ・テシネの『溺れゆく女』(98)、セザール賞助演女優賞を受賞したフィリップ・ル・ゲイのコメディ『屋根裏部屋のマリアたち』(10)、フランシス・フォード・コッポラの『テトロ 過去を殺した男』(09)ほか、公開作品を中心に列挙したが、何しろ出演本数は150作、これから来年にかけて公開される映画も数本あるから、今後の活躍も楽しみである。

(フランス映画『屋根裏部屋のマリアたち』に出演したスペインの女優たち)
★ヨーロッパ映画賞のガラ開催は参加国持ち回りで毎年変わり、今年はセビーリャで開催されることになっています。ベルリン開催が最多でスペインではバルセロナで開催されたことがあります。第31回ヨーロッパ映画賞2018授賞式は12月15日です。
*『スガラムルディの魔女』の紹介記事は、コチラ⇒2014年10月12日/同年10月18日
*『屋根裏部屋のマリアたち』の紹介記事は、コチラ⇒2013年12月08日/同年12月13日
開幕作品はアルゼンチンのコメディ*サンセバスチャン映画祭2018 ⑩ ― 2018年08月14日 16:16
リカルド・ダリンとメルセデス・モランが夫婦になります

★サンセバスチャン映画祭は9月21日開幕、まだひと月以上ありますが、オープニング作品にアルゼンチンの新人監督フアン・ベラのロマンティックコメディ「El amor menos pensado」が選ばれました。結婚25年目、子供も巣立ちして鳥の巣が空っぽになった熟年夫婦の危機が語られる。夫マルコスにリカルド・ダリン、妻アナにメルセデス・モラン、脇をベテラン勢が固めています。フアン・ベラの監督デビュー作だが、既に製作者としては、ルクレシア・マルテルの『サマ』、パブロ・トラペロの『檻の中』(08)でアシスタント・プロデューサーとして初参加、続いて『ハゲ鷹と女医』(「カランチョ」10)、『ホワイト・エレファント』(12)などを手掛け、ディエゴ・カプランの『愛と情事の間』(「2+2」12)では、ダニエル・クパロと脚本も共同執筆している。クパロは本作の脚本の共同執筆者です。アルゼンチンでは既に劇場公開され(8月2日)、前夜祭にはスタッフ、出演者以外の大勢のセレブたちが毛皮や革のコートに身を包んで馳せつけました。

(フアン・ベラ監督、リカルド・ダリン、メルセデス・モラン、真冬の8月1日)
「El amor menos pensado」(「An Unexpected Love」)2018
製作:Patagonik Film Group / Kenya Films / Boneco Films / INCAA(協賛)
監督:フアン・ベラ
脚本(共):ダニエル・クパロ、フアン・ベラ
撮影:ロドリゴ・プルペイロ
編集:パブロ・バルビエリ
製作者:クリスティアン・ファイジャセ、フアン・パブロ・ガジィ、フェデリコ・パステルナク、チノ・ダリン、リカルド・ダリン、フアン・ベラ
(エグゼクティブ・プロデューサー)フアン・ロベセ
データ:製作国アルゼンチン、スペイン語、2018年、ロマンティック・コメディ、136分、撮影地ブエノスアイレス、配給元 Walt Disney Studios Motion Pictures(アルゼンチン)、公開アルゼンチン8月2日
映画祭:サンセバスチャン映画祭2018オープニング作品(9月21日上映)。カンヌ映画祭2018フィルム・マーケットに出品、Film Sharksにより欧米アジア各国(スペイン、フランス、ギリシャ、台湾、ブラジル他)での配給が契約された。
キャスト:リカルド・ダリン(マルコス)、メルセデス・モラン(アナ)、クラウディア・フォンタン、ルイス・ルビオ、アンドレア・ピエトラ、ジャン・ピエール・ノエル、クラウディア・ラパコ、チノ・ノバロ、アンドレア・ポリティ、ガブリエル・コラード、アンドレス・ジル(ルチアーノ)、マリウ・フェルナンデス、ノルマン・ブリスキ、フアン・ミヌヒン他
物語:結婚25年目、アナとマルコス夫婦の一人息子が外国で大学課程を始めるため出立した。空っぽになった鳥の巣に危機が訪れる。互いが邪魔になったわけではないが、深く考えることもなく別の人生を歩むことに決心する。独身生活は興味深く魅惑的にうつる。最初は刺激的で興奮したが、順調に思えた別居生活もたちまち彼女にはモノトーンに、彼には受難の連続となる。二人は愛について、本当の望みについて、貞節について、互いに疑問を投げかけあうことに。それぞれの人生は永遠に変わることになるだろう。熟年夫婦の危機がコミカルに語られる。

(一人息子を見送るアナとマルコス夫婦)
★熟年夫婦の危機をテーマにしたアルゼンチン・コメディで、直ぐに思いつくのがダニエル・ブルマンの「El nido vacío」(08)、『笑う故郷』のオスカル・マルティネスと『オール・アバウト・マイ・マザー』のセシリア・ロスが夫婦役を演じ好評だった。本作の評価は、136分というコメディとしては破格の長さにもかかわらず、各紙誌とも概ねポジティブなのは、主演のリカルド・ダリンとメルセデス・モランの好感度もさりながら、コメディで一番重要だと言われる脇役に演技派を揃えたことによるのではないか。公開第1週目にトップテンの第1位、22万人が映画館に足を運んだ。トム・クルーズの『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』を抜いたということです。ストーリーは特別際立っているわけではないから、「もう全然面白くない」とオカンムリの観客もいるでしょうが、何事によらず好みは十人十色です。

(アナとマルコス、映画から)
★フアン・ベラ監督は上述したようにプロデューサー歴が長く、TVシリーズを手掛けた後、フアン・ホセ・カンパネラの成功作「El hijo de la novia」(01)のエグゼクティブプロデューサー、本作にはリカルド・ダリンも出演している。ルクレシア・マルテルの『サマ』、パブロ・トラペロの『ハゲ鷹と女医』や『ホワイト・エレファント』などを手掛けている。他にサンダンス映画祭2018でワールドプレミアされ、マラガ映画祭に正式出品されたヴァレリア・ベルトゥッチェリ&ファビアナ・ティスコルニアの「La reina del miedo」がある。製作と同時に初めて脚本を手掛けたのが、ディエゴ・カプランの「Igualita a mi」(10)、同「2+2」(『愛と情事の間』未公開、DVD)、アリエル・Winogradの「Mamá se fue de viaje」(17)と本作の4本、すべてコメディで共同執筆です。
*『サマ』の紹介記事は、コチラ⇒2017年10月13日
*「La reina del miedo」の紹介記事は、コチラ⇒2018年04月10日
★サンセバスチャン映画祭のオープニング作品に選ばれて、にわかに身辺が慌ただしくなった監督、以前から「たとえオーストラリアの熊の物語でも、すべての映画は自伝的な要素を含んでいます」と語っていましたが、当たり前の話です。

(「すべての映画は自伝的な要素を含んでいます」と語るフアン・ベラ監督)
★リカルド・ダリン(ブエノスアイレス、1957)は、2015年、セスク・ゲイの『しあわせな人生の選択』で共演のハビエル・カマラと男優賞、昨年はラテンアメリカ初のドノスティア賞受賞、今年もオープニング作品の主役ですから現地入りとなるでしょう。キャリアは割愛するとして、もう一人のメルセデス・モラン(サン・ルイス、1955)は、アルゼンチンのルクレシア・マルテル、フアン・ホセ・カンパネラ、アナ・カッツにとどまらず、ブラジルのウォルター・サレス、チリのパブロ・ララインなどに起用されているベテランです。

(ドノスティア賞のトロフィーを手にしたリカルド・ダリン、SSIFF2017授賞式)
★メルセデス・モランは、マルテルの出身地サルタを舞台にした「サルタ三部作」の第1部『沼地という名の町』(01)と第2部『ラ・サンタ・ニーニャ』(04)に出演、前者でクラリン女優賞を受賞しています。カンパネラの「Luna de Avellaneda」(04)ではダリンと共演、サレスの『モーターサイクル・ダイヤリーズ』(04)ではチェ・ゲバラの母親役、アナ・カッツの「Los Marziano」は、本映画祭SSIFF2011に正式出品されています。ララインの『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』(16)では、詩人の妻に扮しました。
*『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』の紹介記事は、コチラ⇒2016年05月16日/2017年11月22日

(本作撮影中のメルセデス・モラン)
★更にアナ・カッツの最新コメディ「Sueño Florianópolis」が、7月開催のカルロヴィ・ヴァリ映画祭2018に正式出品され、モランがベスト女優賞、監督がFIPRESCIと審査員特別賞と3賞を受賞した。SSIFFのパールズ部門で「El Angel」がエントリーされたことは既に紹介しておりますが、今作ではリカルドの息子チノ・ダリン扮する暗殺仲間ラモンの母親役で登場しています。チノ・ダリンは本作「El amor menos pensado」には出演しませんが、父親とともに製作者デビューを果たしました。
オスカー賞スペイン代表作品候補に 「Campeones」 など3作が決定 ― 2018年08月17日 11:04
米アカデミー外国語映画賞スペイン代表作の結果発表は9月6日
★第91回アカデミー賞外国語映画賞選考のニュース、既に代表作品が決定している国もあるなか、スペインでも候補作が発表になりました。対象作品は2017年10月1日~2018年9月30日の1年間に公開された映画です。ハビエル・フェセルの最新作「Campeones」(18)、アスガー・ファルハディの「Todos lo saben」(18)、アイトル・アレギ&ジョン・ガラーニョの「Handia」(17)の3作です。3作とも当ブログで内容を紹介しております。候補作選考はスペイン映画アカデミーの執行部ですが、決定はアカデミー会員の選挙方式、間もなく投票が始まり締め切りは9月6日、同日に結果発表となります。
トップを走っているのはハビエル・フェセルの「Campeones」か?
★4月6日の公開以来、2018年のスペイン映画興行成績No.1をキープしている「Campeones」が先頭を走っている印象です。観客動員数が既に300万人、興行成績は1840万ユーロのレコード記録です。民間テレビ局の応援もなく、知られた俳優はといえば冴えないコーチ役のハビエル・グティエレス唯一人、他の出演者は知的障害者のフットボール・チームの面々という映画が、興行成績トップの大成功を収めるのは珍しい。フェセル監督も「私は根っからのオプティミストだが、最初は登場人物たちの可能性には無知だった」と公開初日に語っていたそうです。

(今年の興行成績No.1の「Campeones」のポスター)

★最終的に代表作に選ばれたら「ロスアンジェルスに行き、一丸となってプロモーションする」とフェセル監督、「映画はローカルであればあるほど道のりは遠いと思う。そうではあるがテーマが普遍的であれば外国での上映も販売もできる」とも語っている。「何よりも出演してくれた多くの登場人物たちが喜んでくれることだ」と心の内を明かしている。メキシコ、フランスで公開され、シアトル映画祭、イタリアのBiografilm映画祭に正式出品されたほか、ドイツでも公開が予定されている。更にサンセバスチャン映画祭でも大型スクリーンで上映されるベロドロモ部門が決定しています。

(笑が絶えなかった撮影現場、左端ハビエル・グティエレス、右から2人目フェセル監督)
*内容紹介&監督フィルモグラフィーは、コチラ⇒2018年06月12日
投票締め切り後に一般公開はフェアーじゃない?
★カンヌ映画祭オープニング作品に選ばれた「Todos lo saben」は、スペイン公開が9月14日と投票締め切りの後というのは公平ではないように思います。ペネロペ・クルス、ハビエル・バルデム、リカルド・ダリン、バルバラ・レニー、エドゥアルド・フェルナンデスとキャスト陣は豪華版ですが、監督がスペイン人ではないことがネックになっているのではないでしょうか。アスガー・ファルハディ監督は、既に『別離』(11)と『セールスマン』(16)でオスカー像を2個手にしている。本邦の大手メディアは「エブリバディ・ノウズ」と英語題で紹介しています。選ばれなくても公開はありでしょうが、来年あたりでしょうか(詳細はまだ入手できていません)。

(監督はイラン人の「Todos lo saben」ポスター)
*内容紹介&監督フィルモグラフィーは、コチラ⇒2018年05月08日
★言語がバスク語のノミネーションは、『フラワーズ』に続いて2作目です。昨年のサンセバスチャン映画祭でワールドプレミアされた「Handia」は、審査員特別賞とバスク映画賞を受賞、ゴヤ賞2018でも大賞は逃しましたがオリジナル脚本賞以下10個のゴヤ胸像をゲットしました。一般公開が2017年10月20日だったことで今年になりましたが、アカデミー・メンバーの記憶は大分薄れているのではないでしょうか。どちらかというと地味な作品ですが『フラワーズ』同様「Handia」も『HANDIAアルツォの巨人』の邦題でNetflixが配信しています。公開はされないことを考えるとありがたいことですが「映画は映画館で見る」をモットーにしているので心境は複雑です。

*内容&キャスト紹介は、コチラ⇒2017年09月06日
★アカデミー賞授賞式は2019年2月24日と半年先ですが、最終ノミネーション5作に残るのさえ至難の業です。因みに昨年はカルラ・シモンの『悲しみに、こんにちは』が代表作品に選ばれたが最終選考まで残れず、受賞したのはチリ代表作のセバスティアン・レリオの『ナチュラルウーマン』でした。
ベロドロモにパコ・レオンのTVシリーズ*サンセバスチャン映画祭2018 ⑪ ― 2018年08月19日 15:37
大型スクリーンで楽しむベロドロモに今年はアニメを含む5作品
★既に「ホライズンズ・ラティノ」部門の12作品が発表になっておりますが、一足先にアナウンスされていた「ベロドロモ」部門5作品からご紹介します。サンセバスチャン郊外にあるベロドロモ・アントニオ・エロルサというスポーツ複合施設(5500人収容)で上映される。自転車レースやモトクロスのようなスポーツ以外のコンサートや映画祭でも使用され、SSIFFでは大型スクリーン(400平方メートル)を設置することから約3000人くらいになる。例年、家族で楽しめるエンターテインメント作品が選ばれ、今年はアニメーションが2作エントリーされている。

(ベロドロモ・アントニオ・エロルサの内部)
◎「Arde Madrid」(スペイン)パコ・レオン&アンナ・R・アコスタ
★モビスターMovistar+製作のTV新シリーズ「Arde Madrid」(全8話)の先行上映。パコ・レオンが監督・脚本・主演を兼ね、アンナ・R・アコスタと共同監督する。背景は1961年のフランコ独裁政権時代のマドリード、アメリカ女優エバ・ガードナーや失脚後アルゼンチンから亡命してきたフアン・ドミンゴ・ペロン元大統領が登場するスリラー・コメディ。フラメンコ、治安警備隊、諜報機関、セックス、ウィスキー、ロックン・ロールが入り乱れる、ローマを舞台にしたフェリーニの『甘い生活』のマドリード版。時代を反映したモノクロ撮影が話題になっている。

(製作記者会見をする左から、インマ・クエスタ、パコ・レオン、アンナ・R・アコスタ監督、
Movistar+ディレクターのドミンゴ・コラル、2017年11月28日)
キャスト:パコ・レオン(マノロ)、インマ・クエスタ(アナ・マリ)、デビ・マサル(エバ・ガードナー)、アンナ・カスティージョ(ピラール)、フリアン・ビジャグラン(フロレン)、オスマル・ヌニェス(フアン・ドミンゴ・ペロン)、ファビアナ・ガルシア・ラゴ、モレノ・ボルハ、ミレン・イバルグレン、ケン・アプレドルン(ビル・ギャラガー)、エドゥアルド・カサノバ、他
物語:1961年マドリード、アナ・マリは独身、脚が不自由なフランコ主義者、女性部門のインストラクターである。フランコ総統の命令でアメリカの女優エバ・ガードナーが諜報活動をしていないか探るため彼女の家にお手伝いとして住みこむことになる。それには既婚者のほうが都合がよく、エバの運転手で詮索好きのマノロと偽装結婚をする羽目になる。

(エバ・ガードナーに扮したデビ・マサル)

(左から、インマ・クエスタ、アンナ・カスティージョ、レオン、左端エドゥアルド・カサノバ)
◎「Dilili a Paris / Dilili in Paris」(仏・独・ベルギー、アニメーション)
ミッシェル・オスロ
★日本でも2003年公開されたミッシェル・オスロの『キリクと魔女』(98)から20年、その映像は溜息が出るほど美しい。日本のアニメーターも多数参加する「アヌーシー・アニメーション映画祭」ほか国際映画祭での受賞を記録し、本邦でも公開された。新作はニューカレドニアの少女ディリリが活躍するミステリー・アニメ。フランス公開2018年10月10日。

(ポスター、左端がディリリ、中央が配達人の友達)
物語:ニューカレドニア生れの少女ディリリは、ベルエポック時代のパリで若い娘たちを狙った連続誘拐事件の謎を調査するため、配達人の友達と協力する。調査の過程で手掛かりを与えてくれるたくさんの人々に出会うことになる。

(大人も子供も魅了する美しい映像、本作から)
◎「Ni distintos ni diferentes: Campeones」(スペイン、ドキュメンタリー)
アルバロ・ロンゴリア
★「Campeones」とダブル・セッションですが、同作に出演した登場人物たちの現実を描いたエモーショナルなドキュメンタリー。彼らが生きている世界を殆ど知らない観客は、学ぶべき多くのことを発見するだろう。アルバロ・ロンゴリア監督が製作も手掛けている。ロンゴリア監督の「The Propaganda Game」はSSIFF2015に出品されている。北朝鮮に入って政治プロパガンダ戦略の真相に迫るドキュメンタリー。現地で暮らす人々へのインタビューを交えている。ゴヤ賞2016ドキュメンタリー映画賞にノミネーションされ、『プロパガンダ・ゲーム』の邦題でNetflixで配信されている。


◎「Smallfoot」(米国、アニメーション)カレイ・カークパトリック
★カレイ・カークパトリックは、ニック・パークのストップモーション・アニメーション『チキンラン』(00)の脚本を手掛けており、初監督した『森のリトル・ギャング』(06)も公開されている。「Smallfoot」はセルヒオ・パブロスの原作「Yeti Tracks」をベースにしてアニメ化した。若くて利口な雪男が存在しないと思っていた<あるもの>に出くわしてしまう。<あるもの>とは人間ですね。それで雪男のコミュニティが大騒動になる。いずれ日本でも公開されるでしょう。

ホライズンズ・ラティノ部門ノミネーション*サンセバスチャン映画祭2018 ⑫ ― 2018年08月21日 21:22
ノミネーション12作品、うち8作品がデビュー作か第2作目の若手監督

★老舗の映画祭ロカルノが終幕するとベネチア(8月29日~9月8日)、トロント(9月6日~16日)と秋の映画祭シーズンが始まります。ロカルノではチリのドミンガ・ソトマヨル・カスティリョの「Tarde para morir joven」(「Too Late to Die Young」)が監督賞を受賞(副賞2万スイスフラン)、着実に実力をつけているようです。デビュー作『木曜から日曜まで』が東京国際映画祭2012「ワールド・シネマ」部門で上映されるにつき来日して、Q&Aに出席しています。第2作「Mar」(14)はベルリン映画祭2015のフォーラム部門にエントリーされている。残念ながら新作はSSIFF2018にはノミネートされておりません。ロカルノは副賞として与えられる賞金が大きく、因みに作品賞は9万スイスフラン(約110~113円)、若いシネアストたちには魅力的な映画祭です。
*ドミンガ・ソトマヨルのフィルモグラフィー紹介記事は、コチラ⇒2015年03月04日
★個別の作品&監督フィルモグラフィー紹介は別にアップするとして、ノミネーション12作品のタイトル名、製作国名、監督名を以下に列挙しておきます。先発の映画祭に出品され既にご紹介済みの作品もあり、うちオープニング作品に選ばれたマルセロ・マルティネシの「Las herederas」も、ベルリン映画祭2018でアップいたしました。監督が「アルフレッド・バウアー賞」、主役のアナ・ブルンが女優賞、共に銀熊賞を受賞した作品です。
★昨年7作もあったサンセバスチャン映画祭2016~2017の「Cine en Construcción」に参加した作品が4作、「Foro de Coproducción Europa-América Latina」参加作品が3作、合計7作あります。
◎「Las herederas」(パラグアイ、独、ブラジル、ウルグアイ、ノルウェー、仏)
オープニング作品 監督マルセロ・マルティネシ
ベルリン映画祭2018コンペティション正式出品
*作品紹介・監督フィルモグラフィーは、コチラ⇒2018年02月16日/02月27日

◎「Cómprame un revólver」(メキシコ) 監督フリオ・エルナンデス・コルドン
カンヌ映画祭2018と併催の「監督週間」に正式出品

◎「El motoarrebatador」(アルゼンチン、ウルグアイ、仏) 監督アグスティン・トスカノ
カンヌ映画祭2018と併催の「監督週間」に正式出品
「IV Foro de Coproducción Europa-América Latina」

◎「Enigma」(チリ) 監督イグナシオ・フリシク・メリジャン
「Cine en Construcción 33」

◎「Familia sumergida」(アルゼンチン、ブラジル、独、ノルウェー) 監督マリア・アルチェ
「Cine en Construcción 32」

◎「Ferrugem / Rust」(ブラジル)ポルトガル語 監督Aly Muritiba
「Cine en Construcción 32」

◎「Figuras」(スペイン、アルゼンチン) 監督エウヘニオ・カネバリ

◎「La noche de 12 años」(スペイン、アルゼンチン、フランス、ウルグアイ)
ベネチア映画祭2018オリゾンティ部門正式出品
監督アルバロ・Brechner
「IV Foro de Coproducción Europa-América Latina」

◎「Los silencios」(ブラジル、フランス、コロンビア) 監督ベアトリス・セニエ
カンヌ映画祭2018と併催の「監督週間」に正式出品、ポルトガル語・スペイン語
「Cine en Construcción 33」

◎「Marilyn」(アルゼンチン、チリ、2017) 監督マルティン・ロドリゲス・レドンド
ベルリン映画祭2018「パノラマ」部門正式出品、監督デビュー作
「III Foro de Coproducción Europa-América Latina」
*作品紹介・監督フィルモグラフィーは、コチラ⇒2018年02月25日

◎「Nuestro tiempo」(メキシコ、仏、独、デンマーク、スウェーデン)
監督カルロス・レイガダス
ベネチア映画祭2018コンペティション部門正式出品、ベネチアが先に上映されます。

◎「Sueño Florianópolis」(アルゼンチン、ブラジル、フランス) 監督アナ・カッツ
カルロヴィ・ヴァリ映画祭2018コンペティション正式出品、国際映画批評家連盟賞他受賞作品
ウルグアイ映画「La noche de 12 años」*サンセバスチャン映画祭2018 ⑬ ― 2018年08月27日 15:48
「ホライズンズ・ラティノ」第1弾-「La noche de 12 años」

★サンセバスチャン映画祭より一足先にベネチア映画祭2018「オリゾンティ」部門で上映される、アルバロ・ブレッヒナーの「La noche de 12 años」は、簡単に言うと前ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカ(任期2010~15)のビオピックを軸にしているが、1970年代ウルグアイに吹き荒れた軍事独裁時代の政争史の色合いが濃い。物語は1973年から民主化される1985年までの12年間、刑務所に収監されていた都市ゲリラ組織トゥパマロスのリーダーたち、ホセ・ムヒカ、エレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロ、マウリシオ・ロセンコフの3人を軸に展開される。ウルグアイ前大統領ムヒカ、元防衛大臣で作家のウイドブロ、ジャーナリストで作家のロセンコフのビオピックでもある。
★獄中で「もし生きのびて自由の身になれたら、この苦難の事実を必ず書き残そう」と誓い合ったロセンコフとウイドブロの共著「Memorias del calabozo」*(「Memories from the Cell」)をベースに映画化された。
*「Memorias del calabozo」(3巻)1987~88年刊、1989年「バルトロメ・イダルゴ賞」を受賞。2013年に優れたジャーナリストで作家のエドゥアルド・ガレアノの序文を付して再刊された。

(本作のベースになった「Memorias del calabozo」の表紙)
★ホセ・ムヒカは大統領退任後の2016年4月5日に来日(~12日)、収入のあらかたを寄付、月1000ドルで質素に暮らしていることから「世界で最も貧しい大統領」と日本では報道された。愛称エル・ペペ、今年のベネチア映画祭にはコンペティション外ではあるが、ムヒカを主人公にした、鬼才エミール・クストリッツアが5年がかりで撮ったドキュメンタリー「El Pepe, una vida suprema」(ウルグアイ、アルゼンチン、セルビア、74分)もエントリーされ、思いがけず話題を集めている。このセクションには他に『笑う故郷』のガストン・ドゥプラット、『エル・クラン』のパブロ・トラペロの新作も上映され、ラテンアメリカが気を吐いている。
「La noche de 12 años」(ワーキングタイトル「Memorias del calabozo」)2018年
製作:Tornasol Films / Alcaravan AIE / Hernández y Fernández Producciones Cinematográficas(以上西)、Haddock Films(アルゼンチン)/ Salado Media(ウルグアイ)/ Manny Films(仏)、Movistar+参画
監督・脚本:アルバロ・ブレッヒナー
撮影:カルロス・カタラン
編集:イレネ・ブレクア
音楽:フェデリコ・フシド
美術:ダニエル・カルカグノ、ラウラ・ムッソ
プロダクション・デザイン:ラウラ・ムッソ
製作者:フェルナンド・Sokolowicz、マリエラ・ベスイエブスキー、フィリップ・ゴンペル、Birgit Kemner、(エグゼクティブプロデューサー)セシリア・マト、バネッサ・ラゴネ、他多数
データ:製作国スペイン、アルゼンチン、フランス、ウルグアイ、スペイン語、2018年、実話に基づくビオピック、撮影地モンテビデオ、マドリード、パンプローナ、2017年6月クランクイン、公開ウルグアイ9月20日、アルゼンチン9月27日、スペイン11月23日
映画祭:ベネチア映画祭2018「オリゾンティ部門」正式出品(9月1日上映)作品・監督・脚本ノミネート、サンセバスチャン映画祭2018「ホライズンズ・ラティノ部門」正式出品
キャスト:アントニオ・デ・ラ・トーレ(ホセ・ムヒカ)、チノ・ダリン(マウリシオ・ロセンコフ)、アルフォンソ・トルト(エレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロ)、セサル・トロンコソ(軍人)、ソレダー・ビジャミル(精神科医)、シルビア・ペレス・クルス(イヴェット)、ミレージャ・パスクアル(ムヒカの母親ルーシー)、ニディア・テレス(ロサ)、ルイス・モットーラ(軍人)、他多数
物語:1973年9月、ウルグアイは軍事クーデタにより独裁政権が実権を握った。都市ゲリラ「トゥパマロス」運動は勢いを失い壊滅寸前になって既に1年が経過していた。多くのメンバーが逮捕収監され拷問を受けていた。ある秋の夜、軍部の秘密作戦で捕えられたトゥパマロスの3人の囚人がそれぞれ独房から引き出されてきた。全国の異なった営倉を連れまわされ、死に関わるような新式の実験的な拷問、それは精神的な抵抗の限界を超えるものであった。軍部の目的は「彼らを殺さずに狂気に至らせる」ことなのは明らかだった。一日の大半を頭にフードを被せられ繋がれたまま狭い独房に閉じ込められた12年間だった。この3人の囚人とは、ウルグアイ前大統領ホセ・ムヒカ、元防衛大臣で作家のエレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロ、ジャーナリストで作家のマウリシオ・ロセンコフのことである。

(独房から引き出された3人の囚人、映画から)
1970年代ラテンアメリカ諸国を覆った軍事独裁の本当の黒幕
★ホセ・ムヒカ(モンテビデオ、1935)の最後になる逮捕は1972年、民政移管になった1985年4月釈放だから、大雑把に約12年間になるが(正確には11年6ヵ月7日間だそうです)、それ以前の収監を含めると約15年間に及ぶという。映画では3人に絞られているが、他にトゥパマロス(ツパマロス)のリーダー6人も収監されており、上述の「Memorias del calabozo」は全9人の証言で構成されているようです。
★冷戦時代の1970年代のラテンアメリカ諸国は、ウルグアイに限らずアルゼンチン、チリ、ブラジル、ペルーなどが米国の後押しで軍事独裁政権が維持されていた。アメリカは人権より我が家の裏庭の赤化を食い止めるのに必死だったというわけです。米国にとっては赤化より軍事独裁制のほうが国益に叶っていたからです。新式の拷問とは CIA がベトナム戦争で培ったノウハウを、領事館員やビジネスマンに偽装させて潜入させ伝授したことは、その後の資料、証言、調査で明らかになっている。

★エレウテリオ・フェルナンデス・ウイドブロ(モンテビデオ、1942~2016、享年74歳)は、1969年10月逮捕されたが、1971年9月110人の仲間と脱走に成功した。しかし1972年4月14日再逮捕、これが最後の逮捕となって以後1985年まで収監されている。ですから彼もトータルで刑期は15年くらいになるようです。釈放後は政治家としてムヒカ大統領のもとで防衛大臣、作家としては上記以外にプンタ・カレタス刑務所から110名の仲間とトンネルを掘って脱獄した体験を書いた「La fuga de Punta Carretas」(2巻、1990)、本作は1992年モンテビデオ市賞を受賞した。その他多数の著作がある。

★マウリシオ・ロセンコフ(本名Moishe Rosenkopf、ウルグアイのフロリダ、1933)は、ジャーナリスト、作家、脚本家、詩人、戯曲家。両親は1931年、ナチの迫害を逃れてポーランドから移民してきたユダヤ教徒。2005年からモンテビデオ市の文化部長を務め、週刊誌「Caras y Caretas」のコラムニストとして活躍している。2014年ウルグアイの教育文化に貢献した人に贈られる「銀のMorosli」賞を受賞。「Memorias del calabozo」の他、著作多数。

*キャスト紹介*
★アントニオ・デ・ラ・トーレは、1968年マラガ生れ、俳優、ジャーナリスト。本作でホセ・ムヒカを演じる。当ブログでは何回も登場させていますが、いずれも切れ切れのご紹介でした。大学ではジャーナリズムを専攻、卒業後は「カナル・スール・ラディオ」に入社、テレビのスポーツ番組を担当、かたわら定期的にマドリードに出かけ、俳優養成所「クリスティナ・ロタ俳優学校」**で演技の勉強を並行させていた。TVシリーズ出演の後、エミリオ・マルティネス・ラサロのコメディ『わが生涯最悪の年』(94)のチョイ役で映画デビュー、俳優としての出発は遅いほうかもしれない。
**クリスティナ・ロタ俳優学校は、アルゼンチンの軍事独裁政権を逃れてスペインに亡命してきた女優、プロデューサー、教師クリスティナ・ロタが1979年設立した俳優養成所。現在スペインやアルゼンチンで活躍中のマリア・ボトー、フアン・ディエゴ・ボトー、ヌル・アル・レビ姉弟妹の母親でもある。

(ホセ・ムヒカに扮したデ・ラ・トーレ、独房のシーンから)
★1990年代から2000年初めまでは、イシアル・ボリャインの『花嫁のきた村』『テイク・マイ・アイズ』、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『ビースト 獣の日』、『どつかれてアンダルシア』、『13 みんなのしあわせ』、サンティアゴ・セグラの「トレンテ」シリーズなど同じ年に掛け持ちで出演しているが、どんな役だったか記憶にないほどの脇役に甘んじていた。転機が訪れたのは、ダニエル・サンチェス・アレバロの短編デビュー作「Profilaxis」(03、仮題「予防法」)で主役を演じたことだった。バダホス短編映画祭2004で監督が作品賞、デ・ラ・トーレも男優賞を受賞した。

(33キロ体重を増やして臨んだ『デブたち』、義兄弟のサンチェス・アレバロ監督と)
★サンチェス・アレバロの家族が一丸となって資金集めに奔走して完成させた長編デビュー作『漆黒のような深い青』がブレーク、ゴヤ賞2007で新人監督賞、主役のキム・グティエレスが新人男優賞、彼も助演男優賞を受賞した他、俳優組合賞も受賞した。続いて体重を33キロ増量して臨んだ『デブたち』(09)、『マルティナの住む街』(11)と二人はタッグを組んでいる。監督と彼は義兄弟の契りを結んでおり、監督は彼を「兄さん」と呼ぶ仲、以上3作に共演したラウル・アレバロも親友、2016年アレバロが念願の監督デビューした『静かなる復讐』(Netflix『物静かな男の復讐』)では主役の一人を演じた。

(ラウル・アレバロの『静かなる復讐』から)
★その他、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『気狂いピエロの決闘』の悪役ピエロ(サン・ジョルディ賞・トゥリア賞)や『刺さった男』、アルモドバルの『ボルベール<帰郷>』『アイム・ソー・エキサイテッド!』、アルベルト・ロドリゲスの『ユニット7』と『マーシュランド』、今までで一番難役だったと洩らしたマヌエル・マルティン・クエンカの『カニバル』ではゴヤ賞こそ逃したが、フェロス賞2014の男優賞、シネマ・ライターズ・サイクル賞、俳優組合賞の男優賞を制したほか、「El autor」にも出演している。グラシア・ケレヘタのコメディ「Felices 140」、パブロ・ベルヘルのコメディ「Abracadabra」、ロドリゴ・ソロゴジェンの『ゴッド・セイブ・アス マドリード連続老女強盗殺人事件』、そして新作「El Reino」が今年のSSIFFコンペティション部門に正式出品され主役に起用されています。

(人肉を食するデ・ラ・トーレ、『カニバル』から)
★何しろトータルでは既に出演本数が100本を超えており紹介しきれないが、『カニバル』以下『マーシュランド』、「Felices 140」、「Abracadabra」、「El autor」などは、個別に紹介記事をアップしております。ゴヤ賞には嫌われてノミネーションのオンパレードで受賞に至らないが、マラガ出身ということもあってかマラガ映画祭2015で一番の大賞といわれる「マラガ賞」(現マラガ-スール賞)を受賞して、地中海を臨む遊歩道に等身大の記念碑を建ててもらっている。「La noche de 12 años」はウルグアイ映画なのでゴヤ賞の対象外になると思いますが、「El Reino」で7度目の正直で主演男優賞を受賞するかもしれません。
★マウリシオ・ロセンコフを演じるチノ・ダリンは、1989年ブエノスアイレスのサン・ニコラス生れ、俳優、最近父親リカルド・ダリンが主役を演じたフアン・ベラの「El amor menos pensado」で製作者デビューした。本作はSSIFF2018のオープニング作品である。映画デビューはダビ・マルケスの「En fuera de juego」(11)、本邦登場はナタリア・メタの『ブエノスアイレスの殺人』(「Muerte en Buenos Aires」14)の若い警官役、ラテンビートで上映された。翌年韓国のブチョン富川ファンタスティック映画祭で男優賞を受賞した。続いてディエゴ・コルシニの「Pasaje de vida」(15)で主役に抜擢されるなど、親の七光りもあって幸運な出発をしている。
*『ブエノスアイレスの殺人』の紹介記事は、コチラ⇒2014年09月29日


(フードを被せられていたロセンコフ)
★アルゼンチンのお茶の間で人気を博したのがパブロ・トラペロの『エル・クラン』のTVシリーズ版「Historia de un clan」での長男役でした。今年はルイス・オルテガのデビュー作「El Ángel」で早くもカンヌ入りを果たした。父親もアスガー・ファルハディの「Todos lo saben」でカンヌ入り、家族でカンヌを満喫した。今年のSSIFFにも多分ダリン一家は揃ってサンセバスチャン入りするでしょう。

(『ブエノスアイレスの殺人』のポスター)
★ウイドブロ役のアルフォンソ・Tort(トルト?)はウルグアイ出身、昨年のSSIFF「ホライズンズ・ラティノ」部門にノミネートされたアドリアン・ビニエスの「Las olas」で主役を演じた折に紹介したばかりです。アルバロ・ブレッヒナーのデビュー作「Mal dia para pescar」に出演している。2001年『ウィスキー』の監督コンビのデビュー作「25 Watts」で初出演、モンテビデオの3人のストリート・ヤンガーの1日を描いたもの、若者の1人を演じた。『ウィスキー』にもベルボーイ役で出演、イスラエル・アドリアン・カエタノの「Crónica de una fuga」(06)、主役を演じた「Capital (Todo el mundo va a Buenos Aiires)」(07)、他ビニエス監督の「El 5 de Talleres」 にも出演している。「ウイドブロ役はとても複雑で難しい役だった」と語っている。
*「Las olas」の紹介記事は、コチラ⇒2017年09月13日

(アルフォンソ・トルト、後ろはチノ・ダリン)
★女優陣のうち、精神科医役のソレダー・ビジャミルは、フアン・ホセ・カンパネラの『瞳の奥の秘密』で、リカルド・ダリンが思いを寄せる上司役を演じて一躍有名になった。ほかアナ・ピーターバーグのスリラー『偽りの人生』などが公開され、一卵性双生児を演じたヴィゴ・モーテンセンと夫婦役を演じた。本作では軍事政権の終焉をムヒカに耳打ちして「もう少しの辛抱」と励ます医師役。イヴェット役のシルビア・ペレス・クルス(ジローナ、1983)は、サウンドトラックを多く手掛けているミュージシャンで、エドゥアルド・コルテスのミュージカル「Cerca de tu casa」(16)でゴヤ賞オリジナル歌曲賞を受賞している。ルーシー役のミレージャ・パスクアル(モンテビデオ、1954)は、かの有名な『ウィスキー』でデビュー、淡々とマルタ役を演じて忘れられない印象を残した女優。本作では「信念をもって生きて帰ってくるよう」ムヒカを励ます気丈な母親役を好演している。男優女優ともスペイン、アルゼンチン、ウルグアイと満遍なく起用していることが分かる。

(精神科医役のソレダー・ビジャミル)
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★アルバロ・ブレッヒナー(ブレックナー?)Alvaro Brechner、1976年モンテビデオ生れ、現在マドリード定住のウルグアイの監督、脚本家、プロデューサー。ウルグアイのカトリック大学でメディア学の学位を取り、その後スペインに渡り、1999年バルセロナ自治大学マスターコースのドキュメンタリー制作の学位を取得した。ドキュメンタリー映画で出発、約10本ほど撮り、TVで放映された。のち2003年に短編「The Nine Mile Walk」、2005年「Sofia」、2007年「Segundo aniversario」などで評価を得る。

★長編映画デビュー作「Mal dia para pescar」(09、スペインとの合作)は、ウルグアイの作家フアン・カルロス・オネッティの短編「Jacob y el Otro」にインスパイアーされて製作された(オネッティも軍事独裁を嫌って1976年にスペインに亡命した)。カンヌ映画祭併催の「批評家週間」に正式出品、カメラドール対象作品に選ばれた。その後、モントリオール、マル・デ・プラタ、ワルシャワ、モスクワ、上海、ロスアンジェルス・ラテン、オースティン、釜山、ヒホン、リマ、サンパウロ他、世界各地の映画祭に出品され、受賞歴多数。本国のウルグアイでは、ウルグアイ映画賞を総なめにして、オスカー賞外国語映画賞ウルグアイ代表作品に選ばれた。
★第2作「Mr. Kaplan」(14、西・独との合作)はスリラー・コメディ。退職して年金暮らしのハコボ・カプランと運転手のコントレラスは、近所のドイツ人が逃亡ナチではないかと疑って身辺捜査を開始する。ミスター・カプランにチリのベテラン、エクトル・ノゲラ、ドイツ人にロルフ・ベッカーを起用し、本作もオスカー賞外国語映画賞ウルグアイ代表作品、ゴヤ賞2015のイベロアメリカ映画賞ノミネート、第2回イベロアメリカ・プラチナ賞2015では、作品賞、監督賞、脚本賞以下9部門にノミネートされたが、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』に敗れた。

★第3作が前作とはがらりと趣向を変えてきた「La noche de 12 años」、監督によると、2011年にプロジェクトを立ち上げたが、まだ前作の「Mr. Kaplan」の撮影中だった由。「どんな賞でも拒否はしないが、賞を取るために作っているわけではない。私にとって映画は旅であって観光旅行ではない」とインタビューに応えていた。2015年12月、米国のエンタメ雑誌「バラエティ」が選ぶ「ラテンアメリカ映画の新しい才能10人」の一人に選ばれた。

(撮影中のデ・ラ・トーレと監督)
*追記:『12年の長い夜』の邦題で2018年12月28日から Netflix 配信が開始されました。ゴヤ賞2019イベロアメリカ映画賞にノミネーション、他ムヒカ役のアントニオ・デ・ラ・トーレが助演男優賞にノミネートされました。
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