続 『スガラムルディの魔女』 *ラテンビート2014 ⑨2014年10月18日 12:18

★『スガラムルディの魔女』の第2弾を予告しておきながら、ラテンビートが終わったら気が抜けてしまいました。アレックス・デ・ラ・イグレシアが「バスク映画祭」に初来日したのが2001年ですから一昔前になります。今回は夏に再婚したばかりのカロリーナ・バングを伴っての再来日でした。Q&Aでは「この映画が二人に幸せをもたらしてくれた」と語っていましたが、出会いは御存じのように『気狂いピエロの決闘』(2010)で、先妻アマヤ・ディエスと離婚したのも同じ年でした(19972010)。ゴヤ賞2014の話題作で最初に公開されるのは本作と予想しましたが見事外れて、前作『刺さった男』と同日の1122日に公開されます。因みに1番目はマヌエル・マルティン・クエンカのロマンティック・ホラー『カニバル』でした。ムシャムシャ人肉を食べるカニバルを期待した観客には概ね不評でした。バックボーンに流れるカトリックの知識がないと良さが分からない難しい映画でした。 

                                                (スガラムルディの洞窟)

 

     少しトンマな男が作った悪賢い女性讃歌の映画です

 

: Q&Aというより監督の独演会でしたね。もっともトークショーになることは想定内でしたが、制限時間を超えて制止されても・・・

: まだ喋り足りないよ、という顔して残念そうに退場しました()

: 上映前のベスト作品賞のコケシ授与などで時間を取られ、映画も114分とコメディにしてはかなり長めでした。アルモドバルが言うように、コメディは90分、少なくても100分以内ね。

: そう、長すぎました。デ・ラ・イグレシア作品が初めての観客には展開が予測できなくてワクワクしますが、これは少し中だるみが気になりました。

: トークと同じで少し遊びすぎ。彼特有のドンチャン騒ぎも騒々しさもこうテンコ盛りだと、前に観たことあるよね、聞いたことあるよね、ということになる。

 

: 日本でも「お金と女は魔物」と言いますが、実体が分からないものは恐ろしくもあり妖しい魅力に富んでもいるということですね。悪賢い女たちに振り回されるトンマな男たちの映画ですと監督は解説していましたが。

: 特別オンナが悪賢くオトコが間抜けというわけではなく、男から見ると女の考えていることは不可解だということで、歴史上の極悪人は大体男に相場が決まっています。タイトル・ロールに流れる実在した魔女連の顔ぶれも、政治家のエリザベス一世鉄の女は別として、20世紀の魔女連の大方は愛すべき女性だったと思いますけど。

: 列挙できませんね、公開前ですから。

 

     スガラムルディは実在の魔女村です

 

: スガラムルディは、フランスと国境を接するナバラ自治州、サン・フェルミンの牛追いで有名なパンプローナから北西83キロの位置にあり、その先はフランスという、現在では人口220人の過疎の村です。監督は100キロと言ってましたが、それだとフランスに着いてしまう。「スガラムルディの魔女」は、バスクといわず多分スペインの魔術史のなかで最も有名なケースです。

: ロケはこのスガラムルディの洞窟で撮影されたとか、かなりの高さがありました。

: アケラーレAkelarre / Aquelarres)の洞窟、または魔女の洞窟とも言うらしく、トンネルの長さ約100m、幅20m、高さは30mということですからビルの10階ぐらいに相当する。アケラーレの意味はバスク語で「雄ヤギの牧草地」で行われる魔女の集会を指す。そしてスガラムルディは、読みかじりですが、「大木にならない楡の木が沢山生えている」場所という意味らしい。

: 魔女の集会というと黒い雄ヤギが描かれます。ゴヤの絵でも分かるように黒い雄ヤギは悪魔の代名詞です。 

         (「エル・アケラーレ」ゴヤ作、マドリードのラサロ・ガルディアノ美術館蔵)

 
: そのことからスガラムルディ村は、「悪魔の大聖堂」の渾名を頂戴しています。161011月にログローニョ(ラ・リオハの県都)で行われた異端審問の記録によると、スガラムルディの魔女であると告発された40名のうち12名が火あぶりの刑に処された。しかし既に死亡していた5名は画像が燃やされたのだという。これも信頼できる証言から得られた数字ではないと断っていますが。

: 監督が挙げた数字と違いますね。記憶が曖昧ですが、魔女4000人のうち39名が告発され、実際に火刑になったのはたったの4名だけだから大した人数ではないと。

 

: 17世紀初頭には何回か異端審問があったから年号が違うのかもしれない。いずれにしろ伝説ですから。814日から18日にかけてフィエスタ「聖母アスンシオン」が祝われ、多くの観光客が訪れるほか、洞窟自体も観光の目玉です。2007年、観光と文化プロモーションを兼ねた「魔女の博物館」が開館されて魔女の歴史が学べるそうです。名物料理はヒツジの焼肉、人肉は食べられません。村から56キロ離れたところにホテルやオスタルがあります。国際映画祭で有名なサンセバスチャンには、アケラーレ料理を出す有名レストランやホテルもありますから、ご興味のある方はどうぞ。

 

: 監督が面白かった日本映画は「ゴジラ映画」(第1作は1954年)と言ってましたが。どの時期のゴジラ・シリーズを見たのでしょうか。

: 双子の姉妹が出てくると言ってましたから、第4作『モスラ対ゴジラ』(1964)ではないかな。ザ・ピーナッツ(伊藤エミ&ユミ姉妹)が小美人に扮して歌った「モスラの歌」は大ヒットしたんでした。なんと半世紀前の映画ですね。あのサッカー王国でサッカーボールを一度も蹴ったことがないというコミック・オタクがアレックス少年でした。

 

     楽しそうだったカルメン・マウラの貫禄

 

: 魔女軍団のリーダーを演じたカルメン・マウラは本当に楽しそうでした。『みんなのしあわせ』や『マカロニ・ウエスタン800発の銃弾』のマウラが戻ってきたと思いました。

: 本作が上映された2013年のサンセバスチャン映画祭の「栄誉賞」受賞者です。アルモドバルの『ボルベール 帰郷』では不本意だったのか、もう彼の映画には出ないと公言しましたが、あの映画はマウラが久方ぶりにアルモドバル映画に戻ってくるはずでしたが、表面的にはペネロペ映画になってしまいました。映画の根っこにはマウラの夫殺しが隠れており、無責任な女たらしの男への復讐劇でしたから、主役でもあったのでした。

: でもデ・ラ・イグレシア映画には出たいと言ってました。彼女は『気狂いピエロの決闘』の製作段階では出演がアナウンスされていたのではありませんか。

: 結局出演しなかったが、いまさら詮索しても意味がありませんね。しかし、こんな憎たらしい人食い魔女をやっても育ちの良さが隠せない。認知が始まっているらしい母親テレレ・パベスとも息があって見ごたえがありました。パベスは本作でゴヤ賞助演女優賞受賞を手にしました

 

               (魔女軍団の統率者グラシアナ)

 

: やっとゴヤの胸像を抱きしめることができました。ゴヤ賞受賞者のなかでもパベスの登壇は一番のハイライトでした。

: ベテラン勢は俳優としてのピーク時にゴヤ賞が存在しなかったから、デビュー作で受賞する後輩たちを複雑な心境で眺めている。なかにはアカデミーとの不仲でゴヤ賞を無視する向きもありますけど。来日したカロリーナ・バングは1985年カナリア諸島サンタ・クルス・デ・テネリフェ生れの女優、製作者。ゴヤ賞は『気狂いピエロの決闘』で新人女優賞ノミネートだけ、TV出演も多く、ロベルト・ベリソラ監督のコメディ“Dos a la carta”(2014)が間もなくスペインで公開される。

 

: 『トガリネズミの巣穴』には出演もし共同製作者でもあったのに、上映後のQ&Aでは紹介されたが登壇しなかった。

: 主催者のミスじゃないですか。「この企画はカロリーナがもってきた」と新妻に花を持たせていたのにね。彼女に質問したい観客もいたのではと思います。<マドリードの魔女>になったマカレナ・ゴメスについては、『トガリネズミの巣穴』のQ&Aで触れます。

: カルロス・アレセスは直ぐ分かりましたが、サンチャゴ・セグラは・・・

: これからご覧になる方、お楽しみに。

 

: 本作の受賞者はパベス以外は制作サイドに集中、あまり紹介されることのないスタッフの一人が編集賞のパブロ・ブランコ**衣装デザイン賞のパコ・デルガード***の二人は折り紙つきの実力者。

: 昨年『ブランカニエベス』で受賞したから今年はないと予想した撮影賞のキコ・デ・ラ・リカ****もゴヤ賞常連さんになりつつある。前回も書きましたが「面白くなかったから御代を返して」ということにはならないでしょう。

 

助演女優賞受賞のテレレ・パベスTerele Pávezは、1939年ビルバオ生れ、監督と同郷だが育ったのはマドリード。デ・ラ・イグレシアがゴヤ監督賞を受賞した『ビースト、獣の日』にも出演。映画デビューが、ガルシア・ベルランガ19212010の“Novio a la vista(1953「一見、恋人」仮題)だから60年のキャリアの持ち主、出演映画は80数本に上る。デ・ラ・イグレシア映画の常連さんの他、彼女の最高傑作と言われているのが、マリオ・カムスの『無垢なる聖者』(“Los santos inocentes1984)のレグラ役です。残念ながらゴヤ賞はまだ始まっておりませんでした。他にヘラルド・ベラの『セレスティーナ』(1995)など、ゴヤ賞ノミネートはすべて助演女優賞、今回三度目ではなく「五目の正直」で宿願を果たしました。

 

     (ゴヤ胸像を手に涙、涙のテレレ・パベスとプレゼンターのハビエル・バルデム)

 

**編集賞受賞のパブロ・ブランコPablo Blancoは、デ・ラ・イグレシアのデビュー作『ハイル・ミュタンテ!電撃XX作戦』という邦題になった“Acción mutante”でゴヤ賞1993にノミネート、ビルバオ時代からの友人エンリケ・ウルビスの『悪人に平穏なし』(2011)で受賞した。それ以前にハイメ・チャバリの『カマロン』(2005、ラテンビート2006)、バジョ・ウジョアの“Airbag”(1997)でも受賞している。1981年デビューだから既に30年以上のキャリアがあり、多くが未公開作品なのが残念なくらい優れた作品が多い。短編を除外しても40作は超えるからベテランと言ってもいい。

 

***衣装デザイン賞受賞のパコ・デルガードFrancisco Delgado Lópezは、昨年のパブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』に続いて今年も受賞した。ゴヤ賞だけでなく「ヨーロッパ映画賞2013」にも受賞したニュースは(2013112)でご紹介しております。トム・フーパーのミュージカル映画『レ・ミゼラブル』(12)でオスカーにノミネートされたことで、海外でも認知度が高くなりました。デ・ラ・イグレシア作品参加は『みんなのしあわせ』(2000)から、引き続いて『マカロニ・ウエスタン800発の銃弾』(02)、『オックスフォード殺人事件』(08)、『気狂いピエロの決闘』(10)など。他にアルモドバルの『バッド・エデュケーション』(04)と『私が、生きる肌』(11)、アレハンドロ・G・イニャリトゥの『ビューティフル』(10)など、手掛けた多くが劇場公開されている。 

             (アン・ハサウェイとデルガード、アカデミー賞2013年授賞式にて)

 

****連続受賞を逃した撮影監督キコ・デ・ラ・リカKiko de la Ricaは、1965年ビルバオ生れ、デ・ラ・イグレシア監督と同年生れの同郷です。最初にタッグを組んだのが『みんなのしあわせ』、この頃からメキメキ実力をつけ大作を手掛けるようになりました。『オックスフォード殺人事件』、『気狂いピエロの決闘』、『刺さった男』(11)、他にフリオ・メデムの『ルシアとセックス』(01)、未公開だがフェリックス・サブロソ&ドゥーニャ・アジャソの『チル・アウト!』(03DVD発売08)など。2013年にパブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』で受賞した。パブロ・ベルヘルの第1作“Torremolinos 73”(03)以来の信頼関係にあるようです。バスク出身監督の作品を多く手掛けている。