マリオン・コティヤールにドノスティ栄誉賞*サンセバスチャン映画祭2021 ⑱ ― 2021年09月02日 16:04
65人目のドノスティア栄誉賞にマリオン・コティヤール

★8月24日、65人目のドノスティア栄誉賞にマリオン・コティヤールがアナウンスされ、2017年のアニエス・ヴァルダ以来4年ぶりにフランスのシネアストが選ばれました。女優としては受賞順にカトリーヌ・ドヌーヴ、ジャンヌ・モロー、イザベル・ユペールと4人目になります。ジュリエット・ビノシュが先と予想していましたが、コティヤール受賞はカンヌ映画祭2021でレオス・カラックスが監督賞を受賞したミュージカル『アネット』主演でグッド・タイミングです。9月17日のオープニングに授賞式が予定されており、メイン会場のクルサールです。本祭での上映作品はジョニー・デップ同様ありません。ということで過去の話題作ジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ兄弟の『サンドラの休日』(14)が9月4日、ジョニー・デップはジム・ジャームッシュの『デッドマン』(95)が9月9日上映されることになりました。

(二人のドノスティア栄誉賞受賞者の特別上映)
★キャリア&フィルモグラフィーは日本語版ウイキペディアに詳細があり、公開作品も多くオンラインで配信されておりますので大枠だけアップします。マリオン・コティヤール(パリ1975)はフランスの女優。両親はともに舞台俳優、オルレアンの演劇学校を首席で卒業している。少女の頃から父親ジャン=クロード・コティヤールの舞台に出演、ほかTVシリーズにも出演している。1994年に映画デビュー、1996年アルノー・デプレシャンの『そして僕は恋をする』で大学生に扮した。ブレイクしたのはリュック・ベンソン製作・脚本のカーアクション・コメディ3部作『TAXi』、第1作(98、監督ジェラール・ピレス)と第2作『TAXi 2』(00、監督ジェラール・クラヴジック)でセザール有望賞にノミネートされ、第3作『TAXi 3』(02、同監督)にリリー・ベルティノー役でファンを獲得した。
★本国で大ヒットしたヤン・サミュエルの『世界でいちばん不運で幸せな私』(03)で後にパートナーとなるギヨーム・カネと共演、ハリウッド・デビューのティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』(03)、ジャン=ピエール・ジュネの『ロング・エンゲージメント』(04)でカンヌ映画祭新人女優賞、セザール助演女優賞に初受賞した(主役はオドレイ・トトゥ)。リドリー・スコットの『プロヴァンスの贈りもの』(06)、そしてマリオンといえばまず引用されるのが、オリヴィエ・ダアンの『エディット・ピアフ~愛の讃歌』(07)のピアフ役、米アカデミー賞、セザール賞、ゴールデン・グローブ賞(ミュージックコメディ部門)、英バフタ賞以下書ききれないほどの主演女優賞を受賞した。同じ年、マイケル・マンのアメリカの犯罪映画『パブリック・エネミーズ』でジョニー・デップやクリスチャン・ベールと共演した。

(大ヒット作『エディット・ピアフ』でのマリオン・コティヤール)
★ロブ・マーシャルがフェデリコ・フェリーニの自伝的映画『8 1/2』をミュージカル化した『NINE』(09)に、ダニエル・デイ=ルイスが演じたグイドの妻役ルイザに起用され、ソフィア・ローレン、ジュディ・デンチ、ニコール・キッドマン、ペネロペ・クルスなど、有名女優と競演し、ゴールデン・グローブ賞主演女優賞にノミネートされた。これ以降、2014年の『サンドラの休日』までの活躍は特筆に値する。クリストファー・ノーランの『インセプション』(09)、ギヨーム・カネの『君のいないサマーでイズ』(10)、ウディ・アレンの『ミッドナイト・イン・パリ』(11)、ジャック・オディアールの『君と歩く世界』(12)では受賞こそなかったが、ゴールデン・グローブ賞(ドラマ部門)、セザール賞、バフタ賞ほか多数のノミネーションを受けた。2012年には再びノーランの『ダークナイト・ライジング』、ハリウッド映画で初めて主役を演じた、ジェームズ・グレイの『エヴァの告白』(13、全米、ニューヨーク、ボストン、トロントなどの各映画批評家協会賞を受賞)、そして2度目となるオスカー賞ノミネートの『サンドラの休日』と続く。セザール賞はノミネートに終わったが、ヨーロッパ映画賞女優賞を筆頭に受賞歴を誇るマリオンの代表作になった。

(『サンドラの休日』のマリオン・コティヤール)
★ニコール・ガルシアの『愛を綴る女』(15)、グザヴィエ・ドランの『たかが世界の終わり』(16)、ブラッド・ピットとの不倫噂がつきまとったロバート・ゼメキスの『マリアンヌ』(16)では、終戦末期のロンドンで他人の人生を歩かざるを得なかった悲劇の二重スパイを演じた。最新作が上述したレオス・カラックスのミュージカル『アネット』でアダム・ドライバーと夫婦役を演じている。今年のカンヌにはインドネシアの環境を破壊しているプラスチックゴミをテーマにしたフロール・ヴァスールのドキュメンタリー「Bigger Than Us」が特別上映され、彼女は共同製作者の一人として、こちらのフォトコールにも出席していた。SSIFF でも9月18日にビクトリア・エウヘニア劇場で特別上映される。

(『アネット』のカラックス監督とアダム・ドライバーと、カンヌFF2021)

(ヴァスール監督とコティヤール、フォトコール)
★フランスのアニメーションのヴォイス出演もあり、マーク・オズボーンの『リトルプリンス星の王子さまと私』(14)、クリスチャン・デスマール他の『アヴリルと奇妙な世界』(15)の主役アヴリル役、ロフティングの児童文学『ドリトル先生』シリーズをアニメ化した『ドクター・ドリトル』(20、米)では、アカメギツネのチュチュを担当した。最近では製作も手掛けており、トータルではTVシリーズを含めるとIMDbによると90作に及ぶが、まだ45歳である。私生活では2007年からのパートナーである俳優で監督のギヨーム・カネとのあいだに1男1女がある。

(パートナーのギヨーム・カネとマリオン、2020年)
アルモドバル新作がオープニング作品*第78回ベネチア映画祭2021 ― 2021年09月04日 15:32
オープニング作品はアルモドバルの「Madres paralelas」

(ベネチア映画祭2021の公式ポスター)
★9月1日、第78回ベネチア映画祭2021(9月1日~11日)が開幕しました。新型コロナウイルス以前の開催日より若干遅いですが、ペドロ・アルモドバルの「Madres paralelas」をオープニング作品に選んで開幕しました。アルモドバルは第76回の栄誉金獅子賞の受賞者です。2019年は『ペイン・アンド・グローリー』で盛り上がった年でした。今年のコンペティション部門は21作、そのうちイベロアメリカ関係では英語映画を含めてミシェル・フランコの「Sundown」ほか5作品、昨年は彼の「Nuevo orden」1作だけでしたから大変な違いです。サンセバスチャン映画祭と被っている作品はそちらで作品紹介をいたしますが、取りあえずタイトルと監督などのデータをアップしておきます。

(ミレナ・スミット、監督、ペネロペ・クルス)

(赤絨毯に勢揃いした監督以下、主演のペネロペ・クルス、ミレナ・スミット、
イスラエル・エレハルデ、アイタナ・サンチェス=ヒホン、アグスティン・アルモドバル)
*ベネチア映画祭コンペティション部門*
①「Madres paralelas / Paralled Mothers」スペイン、スペイン語、2021、120分
監督:ペドロ・アルモドバル(スペイン)76回栄誉金獅子賞受賞
キャスト:ペネロペ・クルス、ミレナ・スミット、イスラエル・エレハルデ、ロッシ・デ・パルマ、アイタナ・サンチェス=ヒホン、フリエタ・セラノ、アデルファ・カルボ、ダニエラ・サンティアゴ、他
*ゴヤ賞2021新人女優賞ノミネートのM・スミットの記事は、コチラ⇒2021年02月23日


(ペネロペ・クルス、ミレナ・スミット、フレームから)
②「Sundown」メキシコ=フランス=スウェーデン、英語・スペイン語、83分
監督:ミシェル・フランコ(メキシコ)「Nuevo orden」で77回審査員大賞受賞
キャスト:ティム・ロス、シャルロット・ゲンズブール、ヘンリー・グッドマン、モニカ・デル・カルメン、イアスア・ラリオス、ほか

(主演のティム・ロス)
③「Spencer」ドイツ=イギリス、英語、2021、111分
監督:パブロ・ラライン(チリ)
キャスト:クリステン・スチュワート、ティモシー・スポール、ショーン・ハリス、エイミー・マンソン、他
*「Spencer」のトレビア紹介記事は、コチラ⇒2020年07月12日


(ダイアナ妃に扮したクリステン・スチュワート)
④「Competencia oficial / Official Comlpetition」スペイン=アルゼンチン、
スペイン語
監督:ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン(アルゼンチン)、『笑う故郷』の監督
キャスト:アントニオ・バンデラス、ペネロペ・クルス、オスカル・マルティネス(73回男優賞受賞)、ホセ・ルイス・ゴメス
*サンセバスチャンFF「ペルラス」部門の開幕作品、SSIFFで別途作品紹介予定
*作品紹介記事は、コチラ⇒2021年09月10日

(左から、アントニオ・バンデラス、ペネロペ・クルス、オスカル・マルティネス)
⑤「La cajas / The Box」メキシコ=米国、スペイン語、2021,92分
監督:ロレンソ・ビガス(ベネズエラ、2015年の『彼方から』で金獅子賞)
キャスト:エルナン・メンドサ、Hatzin Navarrete(デビュー作)、クリスティナ・スルエタ
*サンセバスチャンFF「ホライズンズ・ラティノ」部門ノミネーション作品、父親の遺品を求めてメキシコ北部の悪名高いフアレス市を訪れる若者の物語。SSIFFで別途作品紹介予定
*作品紹介記事は、コチラ⇒2021年09月07日


(本作デビューの Hatzin Navarrete、フレームから)
★オープニングに合わせて、ロベルト・ベニーニの栄誉金獅子賞の授賞式が行われました。イタリアの俳優、監督、コメディアン、『ライフ・イズ・ビューティフル』(98、監督・脚本・出演)でアカデミー主演男優賞、カンヌFF審査員特別賞、英国アカデミー賞バフタ主演男優賞などを受賞した。

(ロベルト・ベニーニ、ベネチア映画祭2021、9月1日)
★審査員メンバーは、委員長ポン・ジュノ(監督、韓国)、クロエ・ジャオ(監督、アメリカ)、サラ・ガドン(女優、カナダ)、ビルジニー・エフィラ(女優、ベルギー)、サヴェリオ・コスタンツォ(監督、イタリア)、アレクサンダー・ナナウ(監督、ドイツ)、シンシア・エリボ(女優、英国)の7名です。結果発表は閉会式の9月11日(日本時間12日)。

(左から、ナナウ、ジャオ、エリボ、ポン・ジュノ、エフィラ、コスタンツォ、ガドン)
ロレンソ・ビガスの新作「La caja」*サンセバスチャン映画祭2021 ⑲ ― 2021年09月07日 17:33
第5弾――『彼方から』6年ぶりの新作「La caja」

★ホライズンズ・ラティノ部門ノミネートのロレンソ・ビガス(ベネズエラのメリダ1967)の「La caja」は、ベネチア映画祭2021のコンペティションでワールドプレミアされます(結果発表は9月11日)。監督は2015年の「Desde allá」で金獅子賞を受賞、ラテンアメリカにトロフィーを運んできた最初の監督になりました。ラテンビート2016では『彼方から』の邦題で上映されています。ラテン諸国のなかでもベネズエラは、当時も現在も変わりませんが政情不安と貧困が常態化しており、映画産業は全くといっていいほど恵まれていません。受賞作はメキシコとの合作、新作はメキシコと米国の合作、監督は20年前にメキシコにやって来て映画製作をしており、ベネズエラは監督が生まれた国というだけです。メキシコのミシェル・フランコとは製作者として互いに協力関係にあります。新作の舞台はメキシコ北部のチワワ州の大都市シウダー・フアレス、アメリカと国境を接しているマキラドーラ地帯を背景にしています。キャリア&フィルモグラフィーは、『彼方から』でアップしています。
*『彼方から』関連記事は、2015年08月08日/同年10月09日/2016年09月30日

(左から、エルナン・メンドサ、監督、ハッツィン・ナバレテ、ベネチアFF2021)
「La caja / The Box」
製作:Teorema(メキシコ)/ SK Global Entertainment / Labodigital(メキシコ)
監督:ロレンソ・ビガス
脚本:パウラ・マルコビッチ、ロレンソ・ビガス
撮影:セルヒオ・アームストロング
編集:パブロ・バルビエリ・カレーラ、イザベラ・モンテイロ・デ・カストロ
プロダクション・デザイン:ダニエラ・シュナイダー
プロダクション・マネージメント:サンティアゴ・デ・ラ・パス、マリアナ・ラロンド
衣装デザイン:ウルスラ・シュナイダー
視覚効果:エドガルド・メヒア、ディエゴ・バスケス・ロサ
キャスティング:ビリディアナ・オルベラ
音楽:マウリシオ・アローヨ
製作者:ミシェル・フランコ、ホルヘ・エルナンデス・アルダナ、ロレンソ・ビガス(以上はTeorema)、(エグゼクティブ)マイケル・ホーガン(SK Global Entertainment)、チャールズ・バルテBarthe(Labodigital)、ジョン・ペノッティ、ブライアン・コルンライヒ、キリアン・カーウィン、他多数
データ:製作国メキシコ=米国、スペイン語、2021年、スリラー・ドラマ、92分、撮影地チワワ州(シウダーフアレス、クレエル、サンフアニート、他)、パナビジョンカメラ(35ミリ)使用
映画祭・受賞歴:第78回ベネチア映画祭コンペティション部門ノミネーション(9月6日)、トロント映画祭2021上映、第69回サンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門ノミネーション
キャスト:ハッツィン・ナバレテ(ハッツィン・レイバ)、エルナン・メンドサ(父親に似た男性マリオ)、クリスティナ・スルエタ(ノリタ)、エリアン・ゴンサレス、ダルス・アレクサ・アル・ファロ、グラシエラ・ベルトラン
ストーリー:死んだと信じている父親を探す13歳の少年ハッツィンの物語。メキシコシティ生れのハッツィンは、父親の遺骨を引き取るための旅に出ます。メキシコ最北部の広大な空だけに囲まれた共同墓地で発見されたからです。遺骨の入った箱を渡されるが、街中で父親と体形が似ている男を偶然目撃したことで、彼の父親の本当の居場所についての疑問と希望が少年を満たしていきます。ラテンアメリカ諸国に共通している父の不在、父性の問題、行方不明者の問題に踏み込んだスリラー。箱の中身は何でしょうか。<父性についての三部作> 最終章。

(メキシコ最北部の砂漠で少年と父に似た男性、フレームから)
「La caja / The Box」は<父性についての三部作>の最終章
★デビュー作の早い成功は、多くの監督に次回作に大きなプレッシャーをもたらします。ロレンソ・ビガスも例外ではなかったでしょう。何しろ三大映画祭の一つ金獅子賞でしたから、「受賞にとらわれないようにすることに苦労した」と明かしている。『彼方から』のフィルモグラフィーでも述べたように、本作は2004年にカンヌ映画祭併催の「批評家週間」でプレミアされた短編映画「Los elefantes nunca olvidan」(13分、製作ギジェルモ・アリアガ)を第1部、『彼方から』を第2部、新作が最終章とする三部作、監督にとっては必要不可欠な構想だったから、完結できたことを喜びたい。前2作と角度が違うのは、本作では父親の欠如がもたらす結果に踏み込んでいること、家族を維持するための父親をもつために、少年に何ができるかを掘り下げている。また90歳で死ぬまで描き続けたという父親で画家だったオスワルド・ビガスを描いたドキュメンタリー「El vendedor de orquídeas」(16、75分)も、同じテーマなのでリストに入れてもいいということです。

(父親を配した「El vendedor de orquídeas」のポスター)
★キャストは、舞台演出家でベテラン俳優のエルナン・メンドサを起用、ミシェル・フランコの『父の秘密』(12)の凄みのある演技でアリエル賞にノミネート、アミル・ガルバン・セルベラほかの「La 4a Compañia」(16)でマイナー男優賞を受賞している。「ハッツィン・ナバレテと出会えたことが幸運だった」と語る監督は、主人公の少年探しは簡単ではなかったという。時間をかけて全国の学校を回り、犯罪率の高さで汚名を着せられているメヒコ州シウダー・ネツァワルコヨトルで彼を見つけるまで時間が掛った。ベネチアまで来られたのは彼の隠れた才能のお蔭だと言い切っている。またメキシコで出会った友人たちに感謝を忘れず「今回はメキシコを代表してやってきました」と述べた。以前から「自分はメキシコで生まれていなくてもメキシコ人です」と語っており、故国ベネズエラは遠くなりにけりです。

(少年とエルナン・メンドサ扮する偶然出会った男性、フレームから)
★撮影地にはメキシコ北部としか決めていなかったが、チワワ州に到着して「ここでなければならない」と思った。それは風景の圧倒的な美しさと、そこにある現実の美しさと恐ろしさのコントラストが決め手だったようです。ビデオではなく35ミリ撮影に拘ったのは「35ミリは光がフィルムと目を通過するため、依然として人間の目に近い。ビデオは電子的に生成されるから、映画館で見るとき、技術的な進歩にもかかわらず画像を知覚する感情的な方法は依然として35ミリです」とエル・パイス(メキシコ版)のインタビューに応えている。テキサス州エル・パソと国境を接するシウダー・フアレスからクレエルまでチワワ州の10ヵ所で撮影した。クレエルではメキシコでは滅多に見られない降雪があり「とても印象的でした」と。私たちは映画の中で美しい降雪に出会うでしょう。

(撮影中のロレンソ・ビガス監督)
★1990年代からシウダー・フアレスで出現し、現在も続いている女性連続失踪事件に踏み込んだのは、メキシコに来て最初に直面した衝撃の一つだったからで、脚本に自然に登場したと述べている。<フアレスの女性の死者たち>と呼ばれる殺人事件で、犠牲者は2万人にのぼる。ロベルト・ボラーニョの遺作となった小説『2666』にも登場する。小説ではサンタテレサという架空の名前になっているがシウダー・フアレスがモデルである。犠牲者の多くがマキラドーラ*の多国籍企業の下請けで低賃金で働く女性労働者であり、映画では少年をマキラドーラ産業の或る製品組立工場に導いていく。国家公安機構事務局の統計によると、2020年で最も多かった自治体はシウダー・フアレス市だったという。

(マキラドーラ産業の或る製品組立工場、フレームから)

(林立する犠牲者の十字架、シウダー・フアレス)
★脚本を監督と共同執筆したパウラ・マルコビッチ(ブエノスアイレス1968)は、ビガス同様メキシコで映画製作をしていますが、アルゼンチン出身の監督、脚本家、作家、自身の小説が映画化されている。メキシコの監督フェルナンド・エインビッケの『ダック・シーズン』や『レイク・タホ』の脚本を監督と共同執筆して、もっぱらメキシコで仕事をしているのでメキシコ人と思われていますがアルゼンチン人です。監督デビュー作「El premio」は故郷に戻って、自身が生れ育ったサン・クレメンテ・デル・トゥジュという湯治場を舞台に、軍事独裁時代を女の子の目線で撮った自伝的要素の強い作品です。ベルリン映画祭2011でプレミアされ、アリエル賞2013初監督作品賞オペラ・プリマ賞以下、国際映画祭での受賞歴が多数あります。

(「El premio」のポスター)
*マキラドーラは、製品を輸出する場合、原材料、部品、機械などを無関税で輸入できる保税加工制度、1965年に制定された。この制度を利用しているのがマキラドーラ産業で、低賃金で若い労働力を得られることで、メキシコに進出して日本企業も利用している。
*追加情報:第34回東京国際映画祭2021「ワールド・フォーカス」部門で『箱』の邦題で上映決定になりました。第18回ラテンビート2021共催上映
『笑う故郷』のデュオ監督のコメディ*サンセバスチャン映画祭2021 ⑳ ― 2021年09月10日 14:18
ペルラス部門の開幕作品「Competencia oficial」はベネチアでプレミア

(ペルラス部門のポスター)
★アルゼンチンのガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの「Competencia oficial」は、ベネチア映画祭コンペティション部門でワールドプレミアされ、サンセバスチャン映画祭では「ペルラス」部門のオープニング作品に選ばれたブラック・コメディ。キャストにスペインを代表するアントニオ・バンデラスとペネロペ・クルス、両人ともドノスティア栄誉賞受賞者、アルゼンチンからはベネチアFF2016の男優賞ヴォルピ杯の受賞者オスカル・マルティネスと豪華版、大ヒットした『笑う故郷』を超えられたでしょうか。ベネチアでは既に上映され、緊張と皮肉がミックスされた不愉快なコメディは、概ねポジティブな評価のようでした。かつて見たことのないバンデラスやクルスを目にすることができるか楽しみです。
*『笑う故郷』(「名誉市民」)関連記事は、コチラ⇒2016年10月13日/同10月23日

(カンヌ映画祭を揶揄した?「Competencia oficial」のポスター)

(赤絨毯に現れたクルスをエスコートするバンデラス、ベネチアFF2021)

(勢揃いした左から、マリアノ・コーン監督、アントニオ・バンデラス、
ペネロペ・クルス、オスカル・マルティネス、ガストン・ドゥプラット監督)
★ペルラス部門はスペイン未公開に限定されますが、既に他の国際映画祭での受賞作品、評価の高かい作品が対象です。従って本作に見られるようにベネチア、カンヌ、ベルリン、トロント各映画祭の作品が散見されます。日本からはカンヌ映画祭で脚本賞を受賞した濱口竜介の『ドライブ・マイ・カー』がアウト・オブ・コンペティションで特別上映、ベルリン映画祭で審査員大賞を受賞した『偶然と想像』がコンペティションに選ばれています。ドノスティア(サンセバスチャン)市観客賞に5万ユーロ、ヨーロッパ映画賞に2万ユーロの副賞が出る。
「Competencia oficial / Oficial Competition」
製作:The MediaPro Studio
監督:ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン
脚本:アンドレス・ドゥプラット、ガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン
撮影:アルナウ・バルス・コロメル
編集:アルベルト・デル・カンポ
プロダクション・デザイン:アライン・バイネ
美術:サラ・ナティビダ
セットデコレーション:クラウディア・ゴンサレス・カルボネル、ソル・サバン、パウラ・サントス・サントルム
衣装デザイン:ワンだ・モラレス
メイクアップ&ヘアー:マリロ・オスナ、エリ・アダネス、アルバ・コボス、パブロ・イグレシアス、(ヘアー)セルヒオ・ぺレス・ベルベル、他
プロダクション・マネージメント:ジョセップ・アモロス、アレックス・ミヤタ、他
録音:アイトル・ベレンゲル
製作者:ジャウマ・ロウレス、(エグゼクティブ)ハビエル・メンデス、エバ・ガリド、他
データ:製作国スペイン=アルゼンチン、スペイン語、2021年、ブラックコメディ、114分、撮影地スペイン、配給ブエナビスタ・インターナショナル・スペイン、公開スペイン2022年1月14日、アルゼンチン1月20日、ロシア3月10日
映画祭・受賞歴:ベネチア映画祭2021コンペティション9月4日、トロント映画祭9月14日、サンセバスチャン映画祭ペルラス部門オープニング作品9月17日
キャスト:ペネロペ・クルス(映画監督ロラ・クエバス)、アントニオ・バンデラス(ハリウッド俳優フェリックス・リベロ)、オスカル・マルティネス(舞台俳優イバン・トレス)、ホセ・ルイス・ゴメス(製薬業界の大物)、イレネ・エスコラル(大物の娘)、ナゴレ・アランブル、マノロ・ソロ、ピラール・カストロ、コルド・オラバリ、カルロス・イポリト、フアン・グランディネッティ、ケン・アプルドーン、他
ストーリー:超越と社会的名声を求めて、大富豪の実業家は自分の足跡を残すため映画製作に乗り出します。それを実行するため最高のものを雇います。監督には有名なロラ・クエバス、俳優にはこれまた超有名で才能あふれる2人を選びます。しかしハリウッドスターのフェリックス・リベロと過激な舞台俳優イバン・トレスはエゴの塊り、二人ともレジェンドになっていますが、正直のところ友人同士とは言い難いのです。クエバス監督によって設定され、どんどんエキセントリックになっていく一連の試練を通して、フェリックスとイバンはお互いだけでなく、自分自身の過去とも直面することになる。誇大妄想狂の億万長者から傑作を依頼されるロラの冒険物語であり、映画産業の危険性についての妄想的な解説でもある。

(数トンもあるダモクレスの剣ならぬ岩の下で危険に命をかけている3人)
映画産業についての少し悪意のこもったコメディ
★今年のベネチアのペネロペ・クルスは、アルモドバルのオープニング作品に選ばれた「Madres paralelas」と本作の主役で大忙し、よく働くと感心する。彼女が扮するロラは、非凡な才能をもっているがノイローゼ気味の独裁者、アーティストでプリマドンナだが壊れやすい。そしてこれ以上のキャスティングはないと思われる2人の俳優を選ぶが、二人は共演したことがない。アントニオ・バンデラス扮するフェリックス・リベロはハリウッド映画界きっての大スター、軽薄なファンに囲まれたセレブ、インターナショナルな商業映画では水を得た魚のように泳げるが・・・。片やオスカル・マルティネス扮するイバン・トレスは、スタニスラフスキー演技法を学んだ演劇界の大御所、インテレクチュアルなマエストロである。ただし揃いもそろってエゴの塊だ。

(打ち合せ中のバンデラス、クルス、マルティネスとデュオ監督)
★脚本家のアンドレス・ドゥプラットは、ガストン・ドゥプラットの実兄、『笑う故郷』の執筆者、彼は建築家でアート・キュレーター、その経験を活かして執筆したのが『ル・コルビュジエの家』(09)、2012年に公開されたとき来日している。アンドレスは「最良の意味で、詐欺がアートにとって優れており不可欠なもの。無駄で利己的であることは、普通の人が行かないところへアーティストを行かせる」とラ・ナシオン紙のインタビューに語っている。マルティネスは「自我がなければ映画や本、政治的なものさえ存在しない。勿論、それをマスターしなければならない」と主張する。エゴはロバと同じで飼いならさなければならない。クルスは「虚栄心は飼いならさなければただの野生動物です」と。バンデラスは慎重に「エゴは金庫に入れておかねばならない」と。ロラ・クエバスのモデルはアルゼンチンの「サルタ三部作」や『サマ』の監督ルクレシア・マルテルの分身と言うのだが・・・

(フェリックスとライオン・ヘアーの鬘がトレードマークのロラ)
★大富豪だが映画産業には精通しているとは思えないプロデューサーの野望のまえで危険に晒される。80歳になる依頼主は、イレネ・エスコラル扮する娘を主役にする条件で歴史に残る傑作を要求する。ホセ・ルイス・ゴメスは、アルモドバルの『抱擁のかけら』で若い愛人P.P.を繋ぎとめるために映画出演させる実業家に扮した俳優、誇大妄想狂な実業家ということで目配せがありそうです。この映画のプロットはいただけませんでしたが、過去の映画やシネアストたちへのオマージュ満載で大いに楽しめた。デュオ監督の新作にも期待していいでしょうか。

(カンヌらしき映画祭の赤絨毯に現れたロラ、フェリックス、大富豪の娘、大富豪、
ロラの衣装はSSIFF2020開幕司会者カエタナ・ギジェン・クエルボの衣装と同じか?)
★ガストン・ドゥプラット監督によると、クランクインはスペインで2020年の2月、しかしパンデミックで7ヵ月間中断してしまった。しかしその期間に創造性を推敲する時間がもてたと述べている。アルゼンチンとイタリアを行き来するには10日間の隔離期間をクリアーしなければならないから、合間に仕事をするのは難しいとも語っている。アドリア海に浮かぶリド島には、『笑う故郷』(当ブログでは原題の『名誉市民』)で訪れている。主役のオスカル・マルティネスが男優賞ヴォルピ杯を受賞している。デュオ監督はヤング・ベネチア賞スペシャル・メンション他を受賞している。

(男優賞受賞のオスカル・マルティネス、ベネチアFF2016)
★ジャウマ・ロウレス(バルセロナ1950)は、制作会社メディアプロのCEO、バルセロナ派を代表する製作者、昨年のSSIFF開幕作品、ウディ・アレンの「Rifkin’s Festival」ほか、『それでも恋するバルセロナ』、『ミッドナイト・イン・パリ』などを手掛けている。フェルナンド・レオン・デ・アラノアの『月曜日にひなたぼっこ』でスタート、ハビエル・バルデムを主役にセクション・オフィシアルにノミートされている「El buena patrón」、最後のガローテ刑の犠牲者サルバドール・プッチ・アンティックを主人公にしたマヌエル・ウエルガの『サルバドールの明日』、ハビエル・フェセルの『カミーノ』でゴヤ賞2009作品賞を受賞している。アレックス・デ・ラ・イグレシアのドキュメンタリー『メッシ』、ドゥプラット作品では「Mi obra maestra」(18)をプロデュースしている。バルセロナに彼の名前を冠した通りがあるとかで、本作の大富豪と何やら共通点がありそうなのでアップしました。

(ドゥプラットの「Mi obra maestra」のポスター)
★劇中ではいがみ合った3人も、撮影中は笑いが絶えなかったという主演者、「こんなに笑ったことはないし、笑いは体制をも転覆させる。演技中も楽しかった」とバンデラス、「ロラは解放者で滑稽、魅力的な精神病質者、素晴らしいアイディアのインテリ、ただしおバカで自己中心的」とクルス。サンセバスチャン映画祭出席のリストにクルスと、「El buena patrón」主演のハビエル・バルデムの出席はアナウンスされています。ペルラス部門はメインでないからアルゼンチン組の現地入りの可能性は少ない。いずれにしても本作は字幕入りで鑑賞できますね。
メイド・イン・スペイン部門8作*サンセバスチャン映画祭2021 ㉑ ― 2021年09月14日 10:57
メイド・イン・スペイン部門はドラマ、ドキュメンタリー合わせて8作品

★第69回サンセバスチャン映画祭2021の「メイド・イン・スペイン」には、カンヌ、ロッテルダム、マラガ、ヒホン、各映画祭で話題を呼んだスペイン公開作品8作がアナウンスされました。既に作品紹介をしたものはデータだけに割愛します。このセクションは著作権管理団体であるSGAE財団(Sociedad General de Autores y Editores 著者出版社協会)とタイアップしています。2年前からドゥニア・アヤソ賞の授与式を行っております。この賞は7年前に鬼籍入りしたカナリア諸島出身の監督&脚本家へのオマージュとして設けられた賞。主人公が歴史上の女性、あるいは女性がおかれている社会状況を語った作品に授与されます。同じく財団は2019年から、バスク脚本家専門協会が推進するバスク制作脚本賞を新設して資金提供を行っています。

(監督:アグスティ・ビリャロンガ、アイノア・ロドリゲス、フリア・デ・パス、
エゼキエル・モンテス)

(監督:アドリアン・シルベストレ、ハビエル・エスパダ、ハビエル・トレンティノ、
ルイス・ロペス・カラスコ)
*メイド・イン・スペイン部門*
①「Ama」2021年
監督:フリア・デ・パス(スペイン)長編映画第2作目
★データ:製作スペイン、スペイン語、ドラマ、90分、第24回マラガ映画祭2021銀のビスナガ女優賞(タマラ・カセリャス)受賞作品
*作品&監督キャリア・キャスト紹介は、コチラ⇒2021年07月07日


②「Buñuel, un cineasta surrealista / Buñuel, A Surrealist Filmmaker」
監督・脚本:ハビエル・エスパダ(スペイン)
★データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、ドキュメンタリー、83分、配給コントラコリエンテ・フィルム。
製作Tolocha Productions(ペドロ・ピニェイロ)/ Hemisphere Films(エミリオ・ルイス・バラチナ)、撮影(イグナシオ・フェランド)、編集(カルロス・ベリョンガ、ホルヘ・イエタノ)、音楽(ベニト・シエラ、アルバロ・マザラサ)、カンヌ映画祭2021カンヌ・クラシック部門上映
解説:デビュー作『アンダルシアの犬』(28)以来、最も純粋なシュルレアリスム映画のパイオニア的存在であるルイス・ブニュエルは、第2作目『黄金時代』の後にそれを捨てたかった。しかしメキシコ、フランス、スペインでのキャリアを積みながらシュルレアリスムの基本理念への言及に執着しつづけた。子供のときからあった原則、最も基本的な彼の創造の柱の一部となっている、または彼の映画の特異性の大きな部分を形成している夢のような要素を決して手放しませんでした。ブニュエル映画は、ゴヤ、ティツィアーノ、ダヴィンチなどの古典的な画家に触発され、シネアストに止まらず、作家、画家、劇作家の創造的な指針となっています。このドキュメンタリーは、新世代の若い観客がこの普遍的な映画人を発見する可能性を含んでいる。ブニュエルのビジョンは挑発しつづけ、更にアートや文学と繋がることで際立つでしょう。


③「Destello Bravío」2021年
監督:アイノア・ロドリゲス(スペイン、マドリード1982)長編デビュー作
★データ:製作国スペイン、スペイン語、ミステリアス・ドラマ、98分、第24回マラガ映画祭2021銀のビスナガ審査員特別賞・編集賞受賞作品、ロッテルダム映画祭2021セクション・オフィシアル「タイガー部門」正式出品。家父長制の時代に育ったイサ、シタ、マリアの中年女性3人の人生が語られる。キャストにアマチュアを起用してドキュメンタリー手法で撮ったフィクション。
*作品ストーリー紹介は、コチラ⇒2021年05月13日


④「El año del descubrimiento / The Year of the Discovery」ドキュメンタリー
監督:ルイス・ロペス・カラスコ(スペイン)
★データ:製作国スペイン=スイス、スペイン語、2020年、200分、第35回ゴヤ賞2021長編ドキュメンタリー賞、第26回フォルケ賞2021長編ドキュメンタリー賞、2021年に新設された第8回フェロス賞ドキュメンタリー賞の受賞作品。1992年のムルシア州カルタヘナ市、紫煙立ちこめる或る1軒のバルに集う隣人、若者、失業者の会話を記録する長尺のドキュメンタリー。


⑤「El ventre mar / The Belly of the Sea」(El vientre del mar) 2021年
監督:アグスティ・ビリャロンガ(スペイン、バルセロナ)
★データ:製作国スペイン、カタルーニャ語、歴史ドラマ、75分、イタリアの作家アレッサンドロ・バリッコの小説の映画化。第24回マラガ映画祭2021金のビスナガ作品賞(ハビエル・ぺレス・サンタナ他)、銀のビスナガ監督・脚本賞(A・ビリャロンガ)、同男優賞(ロジェール・カザマジョール)、同音楽賞、同撮影賞の受賞作品。ヨーロッパ映画アカデミー賞のプレセレクションされている。
キャスト:ロジェール・カザマジョール、オスカル・カポジャ、他
*作品&監督キャリア紹介は、コチラ⇒2021年05月09日
*ロジェール・カザマジョールのフィルモグラフィーは、コチラ⇒2021年06月24日


⑥「Hombre muerto no sabe vivir / A Dead Man Cannot Live」2021年
監督:エゼキエル・モンテス(スペイン、マラガ)デビュー作
★データ:第24回マラガ映画祭2021セクション・オフィシアル正式出品、アントニオ・デチェント主演の犯罪スリラー。別途作品紹介予定
キャスト:アントニオ・デチェント、ルベン・オチャンディアノ、エレナ・マルティネス、ヘスス・カストロ、パコ・トウス、他
*作品紹介記事は、コチラ⇒2021年09月18日


⑦「Sedimentos / Sediments」ドキュメンタリー
監督・脚本:アドリアン・シルベストレ(スペイン、バレンシア1981)第2作目
★データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、89分。第24回マラガ映画祭2021ドキュメンタリー部門正式出品、テッサロニキ映画祭審査員特別賞受賞作品。
解説:地球がそうであるように、私たちの内なる自分は異なった地層や階層で構成されており、私たちのアイデンティティをつくり、私たちの人生の物語を語っている。本作は年齢も職業も異なる6人の女性グループと一緒に、レオン地方への旅に寄り添っていく。
キャスト:マグダレナ・ブラサス、ティナ・レシオ、サヤ・ソラナ、クリスティアナ・ミリャン、ヨランダ・テロル、アリシア・デ・ベニト


⑧「Un blues per a Teheran / Tehran Blues」(Un blues para Teherán)
監督:ハビエル・トレンティノ(スペイン)デビュー作、ジャーナリスト、作家、映画評論家。
★データ:製作国スペイン、スペイン語・ペルシャ語・クルド語、2020年、ドキュメンタリー・ミュージカル、79分、製作Quatre Films Audiovisuales(アレハンドラ・モラ)/ Eddie Saeta(ルイス・ミニャロ)、
脚本(ハビエル・トレンティノ、ドリアン・アロンソ)、撮影(フアン・ロペス)、編集(セルジ・ティエス)、配給Surtsey Films
映画祭・受賞歴:ヒホン映画祭2020(11月)クロージング作品、ラス・パルマス・デ・グラン・カナリア映画祭2021(4月)正式出品、モスクワ映画祭2021正式出品(4月)、サンセバスチャン映画祭2021メイド・イン・スペイン部門、ほかビスカヤ、ナバラ、マドリード、バレンシアなどのフィルモテカでのイベント上映多数。
キャスト:エルファン・シャフェイ、ゴルメール・アラミ、シーナ・デラクシャン、モハマド・ジャハン、他
ストーリー:イランは伝統と現代性が共存し、私たちに異なった顔を見せる国として認識されています。映画監督になりたい若いクルドの詩人エルファンは、音楽とその人々の目を通して、未知であるが洗練された国を発見するよう私たちを導いていく。両親とオウムと暮らしているエルファンは、歌い、詩を書き、しかし未だ愛については何も知らない・・・


★以上ドラマとドキュメンタリー各4作品です。
ペネロペ・クルスが女優賞*第78回ベネチア映画祭2021 ― 2021年09月15日 16:17
女性監督とネットフリックスに光が当たったベネチア映画祭授賞式

★去る9月11日(現地時間)、第78回ベネチア映画祭の授賞式がありました。もう古いニュースになってしまいましたが、金獅子賞にフランスのオドレイ・ディワン(ディバン)の「L’Evénement / Happening」が満場一致の即決だった由、銀獅子賞監督賞にオーストラリアのベテラン監督ジェーン・カンピオンの『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(ニュージーランドとの合作)に、マギー・ギレンホール(ジレンホール)の初監督作品「ザ・ロスト・ドーター」(ギリシャ・米国・英・イスラエル)に脚本賞、ノミネーション21作のうち女性監督は5作、うち1作は男性との共同にもかかわらず、メインの大賞を女性監督が独占した形になった。銀獅子賞審査員グランプリにはイタリアのパオロ・ソレンティーノの『The Hand of Got 神の手が触れた日』が受賞、主演のフィリッポ・スコッティが新人賞のマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞した。オドレイ・ディワン以外は年内Netflixで配信が決定しており、Netflixの存在は無視できなくなったようです。

(金獅子賞のオドレイ・ディワン)

(銀獅子賞審査員グランプリのパオロ・ソレンティーノ)

(銀獅子賞監督賞のジェーン・カンピオン)

(脚本賞のマギー・ギレンホール)
★ペドロ・アルモドバルの「Madres paralelas」に主演したペネロペ・クルスが、女優賞ヴォルピ杯を受賞しました。彼女はアルゼンチンのデュオ監督ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの「Competencia oficial」にも主演していたので、豪華な衣装代もさることながらフォトコールに駆けまわっていました。

(バッグなど小物も含めてシャネルで決めたペネロペ・クルス)
★栄誉金獅子賞は、既に紹介済みのロベルト・ベニーニと、アメリカの女優ジェイミー・リー・カーティスでした。当日には、ジョン・カーペンター総指揮の新作ホラー『ハロウィンKILLS』が上映された。『ハロウィン』(78)の40年後を描いた続編、彼女は主人公ローリーを演じている。

(ロベルト・ベニーニ)

(ジェイミー・リー・カーティス)
★Netflixの宣伝をするわけではありませんが、各映画の配信予定は以下の通り:
*『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は2021年11月公開・配信は、2021年12月1日~
*『The Hand of Got 神の手が触れた日』の配信は、2021年12月15日~
*「ザ・ロスト・ドーター」の配信は、2021年12月31日~
「Hombre muerto no sabe vivir」*サンセバスチャン映画祭2021 ㉒ ― 2021年09月18日 17:16
メイド・イン・スペイン部門にエゼキエル・モンテスのデビュー作

★メイド・イン・スペイン部門はスペインで既に公開されたヒット作が選ばれ、今年はフィクション4作、ドキュメンタリー4作が上映されます。エゼキエル・モンテスのデビュー作「Hombre muerto no sabe vivir」は、第24回マラガ映画祭2021でプレミアされた麻薬密売を絡ませたスリラー、カリスマ性に富んだ悪役が似合うアントニオ・デチェント、ルベン・オチャンディアノが主演、マフィア陰謀ドラマに飢えている観客に応えている。初監督作とはいえ、モンテスはプロデューサー、脚本家、撮影監督のキャリアが豊富、マラガ出身ということもあるのか、マラガFFには毎年のように参加している。2008年の「Granit」(中編、監督・脚本・撮影・製作)、2016年の「Akemarropa」はF. J. アランスと共同で監督している。2008年の短編ホラー・スリラー「The Pazzle」(5分)は、ローマ国際映画賞2020でスリラー賞・撮影賞を受賞、ほか受賞歴多数。

(エゼキエル・モンテス監督、第24回マラガ映画祭2021、フォトコールにて)
「Hombre muerto no sabe vivir / A Dead Man Cannot Live」
製作:73140323 Producciones Cinematográficas
監督・脚本・撮影:エゼキエル・モンテス
音楽:ルイス・エルナイス
編集:ホセ・M・G・モヤノ
キャスティング:モニカ・サンチェス
メイクアップ:ビクトル・アルカラ
プロダクション・マネージメント:アラセリ・カレロ
データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、105分、撮影地アンダルシアのマラガ、カディス、マルベーリャ、公開マドリード限定2021年6月29日、スペイン同年7月2日
映画祭・受賞歴:第24回マラガ映画祭2021セクション・オフィシアル、第69回サンセバスチャン映画祭2021メイド・イン・スペイン部門上映
キャスト:アントニオ・デチェント(タノ)、ルベン・オチャンディアノ(アンヘル)、エレナ・サンチェス(アイタナ)、ヘスス・カストロ(トルヒーリョ)、パコ・トウス(エドゥアルド)、ナチョ・ノボ(パウル)、マノロ・カロ(マイタ)、マヌエル・デ・ブラス(マヌエル)、フアンマ・ララ(マッコイ)、ロベルト・ガルシア(ロベルト)、フアン・フェルナンデス(フアン)、ホセ・ラウレ(ノラスコ)、パウル・ラピドゥス(ラピドゥス)、ヘスス・ロドリゲス(チュレ)、フスト・ロドリゲス(サビオ)、フェルナンド・フォンセカ(アントニオ)、チェロ・ソト(スシ)、他多数
ストーリー:スペイン南部地中海に面したコスタ・デル・ソル、タノは良き時代に町全体を支配していたマヌエルのために人生の全てを捧げてきた。マヌエルは90年代にナイトクラブの女衒、麻薬密売、そして不動産投機によって建設会社を起業、町では最も裕福な大物に成りあがった。しかし今では老人性痴呆による判断ミスに苦しんでおり、若い息子アンヘルの軽蔑をかったことから息子を無能で役立たずと考えて、組織の支配を成熟したタノに委ねることにした。タノは友人のパウル、ロベルト、マッコイ、エドゥアルドの助けを借りて、事業に自由に参加できるよう政治家や警察に賄賂を渡した。しかし事態は悪化して、資金不足や減益が生じるようになってくる。折も折、新しい命取りとなるドラッグがモロッコから到着するのだが・・・。世代交代、新しい人々とのビジネス方法を模索しなければならないが、誰も彼も安全でも健全でもない世界で、生き残るための唯一の答えは暴力しかないのだろうか。

(監督、ルベン・オチャンディアノ、エレナ・サンチェス、アントニオ・デチェント)
観光客の目から隠された観光地の現に存在する腐敗を描く
★クエンティン・タランティーノのファンというモンテス監督は、「この映画は、忠誠心、社会が失っている価値観、もはや存在しない時代について語っています」とインタビューに応えている。アントニオ・デチェント扮するはタノは、自分たちの時代の終焉を見守っている。世代交代がおき若い人たちの考えは自分たちと同じでないことを知っている成熟した大人として登場している。エンリケ・ウルビスがホセ・コロナドとタッグを組んだ『貸し金庫507』(02)や『悪人に平穏なし』(14)で切り開いてきた犯罪スリラーは、TVシリーズの「Gigantes」(12話、2018~19)や舞台をガリシアに設定した「Vivir sin permiso」(14話、2017~18、『麻薬王の後継者』Netflix配信)に繋がっている。両作ともかつての主人公はアルツハイマーに苦しむ過去の人になっている。
*『貸し金庫507』の作品紹介は、コチラ⇒2014年03月25日
*「Gigantes」の作品紹介は、コチラ⇒2018年07月29日
★アントニオ・デチェントは、1960年セビーリャ生れ、映画、TV、舞台俳優、アンダルシアを舞台にした映画に脇役として出演、TVシリーズを含めると既に180作を数える。最初心理学を専攻したが、23歳のときセビーリャ演劇研究所で本格的に演技を学んだ。1987年、イシアル・ボリャインの叔父フアン・セバスティアン・ボリャインの「Las dos orillas」で映画デビュー、ビセンテ・アランダの「Libertarias」(96)、マリオ・カムスの「El color de las nubes」(97)など話題作に起用され、1999年ベニト・サンブラノの『ローサのぬくもり』の医者役で、シネマ・ライターズ・サークル賞助演男優賞を受賞した。フアン・カルロス・フレスナディリョの『10億分の1の男』で初めてゴヤ賞2002助演男優賞にノミネートされ、ASECAN2003ではアントニオ・コロメ賞を受賞した。

★マラガ映画祭2002にノミネートされたロジャー・グアルの群集劇「Smoking Room」では、共演したエドゥアルド・フェルナンデスやフアン・ディエゴなどとグループで銀のビスナガ男優賞を受賞、同じ映画祭では、2012年のハビ・プエブラの「A puerta fria」に主演して同賞を手にしている。他にサンジョルディ男優賞、トゥルーズ・スペイン映画祭2013、ASECAN2014アントニオ・コロメ賞などを受賞している。脇役が多いので映画祭上映、公開作品も多く、トニー・ガトリフの『ベンゴ』、ビセンテ・アランダの『カルメン』、アルベルト・ロドリゲスの『7人のバージン』、マヌエル・ウエルガの『サルバドールの明日』、アグスティン・ディアス・ヤネスの『アラトリステ』、ベニト・サンブラノの『スリーピング・ボイス~沈黙の叫び』、マル・タルガロナの『ボーイ・ミッシング』、最近ではアルフォンソ・コルテス=カバニリャスの『サイレント・ソルジャー』などがある。TVムービー『クリスマスのあの日私たちは』(4話)がNetflixでも配信されている。強面だがコメディもやれるカメレオン俳優です。

(デチェントを配した「A puerta fria」のポスター)
★他のキャストでは、マヌエルの息子役ルベン・オチャンディアノはアルモドバルの『抱擁のかけら』でも大富豪の父親と対立する役どころ、ヘスス・カストロはダニエル・モンソンの『エル・ニーニョ』で遊ぶお金欲しさに麻薬の運び屋になる青年を演じていたが、すっかり大人の男になっている。エレナ・サンチェスは、モンテス監督が監督した「Granit」や「Akemarropa」に出演しており、彼のミューズかもしれない。口封じの殺人、ドバドバとアドレナリンが出るようだから、胃腸の弱い方にはお薦めできませんが、Netflixが一枚噛んでいるので、いずれ配信されることを期待したい。



(ルベン・オチャンディアノ、ヘスス・カストロ)
マリオン・コティヤール栄誉賞授賞式*サンセバスチャン映画祭2021 ㉓ ― 2021年09月20日 15:14
ペネロペ・クルスによって手渡されたドノスティア栄誉賞

(69の数字が浮き上がったクルサール会場)
★9月17日、第69回サンセバスチャン映画祭がメイン会場クルサールで開幕しました。本日プレミア上映のあるシネアストが朝から続々と宿泊するマリア・クリスティナ・ホテルに吸い込まれて行きました。カルロス・サウラ父娘をはじめ、本日ドノスティア栄誉賞を受賞するマリオン・コティヤール、セクション・オフィシアルの審査員テッド・ホープ以下女性陣4名、「Maixabel」チームのイシアル・ボリャイン、ブランカ・ポルティリョ、ルイス・トサール、ペルラス部門オープニング作品「Competencia oficial」出演のアントニオ・バンデラス、ペネロペ・クルス、オスカル・マルティネス、イレネ・エスコラルなど見慣れた顔がマスク姿で現れ、報道陣の要望でカメラにおさまるときだけ外していました。観客は50%に制限されており、悪賢いコロナウイルスの波状攻撃をうけ、今後もしばらく続くのではないでしょうか。
★昨年は新型コロナのパンデミックで許されなかったハグが解禁されたのか、あちこちでハグする姿が見られた。新作がオープニング作品に選ばれたチャン・イーモウは現地入りしてないのか見つかりませんでした。上映は早々と午前9時から開始されましたが、セレモニーは午後9時から、マリオン・コティヤールのドノスティア栄誉賞授与式、オープニング作品に追加ノミネートのチャン・イーモウの「Yi Miao Zhong / One Second」(104分、広東語・北京語)、カルロス・サウラの短編「Rosa Rosae. La Guerra Civil」(5分)の上映がありました。

(壇上でハグするマリオン・コティヤールとペネロペ・クルス)

(登壇したカルロス・サウラ)
★ドノスティア栄誉賞のプレゼンターは、恒例になっている映画祭総指揮のホセ・ルイス・レボルディノスではなく、第67回(2019)に史上最年少45歳で受賞したペネロペ・クルスの手からコティヤールに渡されました。クルスの場合もプレゼンターはU2のボノという意表をつく人選でした。「まあ、驚いたこと、この女性は私を魅了する、とっても愛しています」とコティヤール。主催者には「受賞は私の映画人生の新しい1ページを開いてくれました。ありがとうございます」とスピーチした。


(マリオン・コティヤールとペネロペ・クルス、9月17日)
★マリオンコティヤールは1975年9月パリ生れの45歳、期せずして同い年の受賞者になり、さらにクルスがフランスのセザール栄誉賞を受賞したときのプレゼンターは、恩師アルモドバルとマリオン・コティヤールでした。両人とも2児の母親とは思えない若々しさで、近年、栄誉賞の年齢もすっかり若返るようになりました。翌18日にはカンヌ映画祭で特別上映されたフロール・ヴァスール監督のドキュメンタリー「Bigger Than Us」が上映され、共同製作者として二人揃って赤絨毯を踏みました。

(コティヤールとフロール・ヴァスール、9月18日フォトコール)
*マリオン・コティヤールキャリア&フィルモグラフィーは、コチラ⇒2021年09月02日
*ペネロペ・クルスのドノスティア栄誉賞の記事は、コチラ⇒2019年10月04日
★もう一人の受賞者ジョニー・デップの授与式は、9月22日が予定されています。
イシアル・ボリャイン新作の反響*サンセバスチャン映画祭2021 ㉔ ― 2021年09月21日 11:41
「次世代の共存の基礎をつくるために議論を起すこと」とボリャイン

★セクション・オフィシアルのイシアル・ボリャインの「Maixabel」(マイシャベル)は、初日17日から19日にかけて6回上映され既に終了している(このセクションの上映回数は6回から5回)。映画祭が開催されているバスク州が舞台の実話、モデルとなった二人の登場人物は健在という微妙な映画のせいか、人々の関心は高く大きな反響を呼んでいる。主人公のマイシャベル・ラサは、2000年7月29日、ETAのテロリストの犠牲となった政治家フアン・マリア・ハウレギの未亡人、もう一人は暗殺者の一人イボン・エチェサレタ、それぞれブランカ・ポルティリョとルイス・トサールが演じている。マイシャベルの娘マリアに新人マリア・セレスエラが起用された。
*作品の解説及び内容紹介は、コチラ⇒2021年08月05日

(マリア・セレスエラ、ポルティリョ、ボリャイン監督、トサール、フォトコール)

(映画祭期間中毎日発行される新聞の一面を飾った「Maixabel」特集版)
★映画は暗殺された11年後に、マイシャベルはETAテロリストの組織との関係を絶ち服役中のイボンから会いたいという奇妙な要求を受け取る。犠牲者の家族と暗殺者のあいだに和解と共存が果たして可能なのか、というのがテーマ。現在でも対立が続く半面、話題にすることがタブーであるため、ETA が何であるか分からない、何が起こったかを知らない若い世代が増えている。バスクでは事件の犠牲者と暗殺者が半世紀の長きにわたって一緒に暮らしている。ETAメンバーに敬意を表している人もいるなかで、犠牲者の家族は耐えていなければならない。まずETA の英雄視を止めること、監督は「何が起こったかを忘れると、犠牲者を忘れることに繋がる。重要なのは議論を起すことだ」とエル・ムンド紙のインタビューに応えている。

(二人のマイシャベル、ブランカ・ポルティリョとマイシャベル・ラサ)
★本映画祭がワールドプレミアであるが、マドリードにあるスペイン映画アカデミー本部とバスク州の政治家や関係者を呼んで先行上映され、涙と拍手の大反響を引き起こしたという。エル・パイス紙による鑑賞者の出口インタビューでは、「マイシャベルとは個人的な付き合いはないが、これは必要な映画です」と60歳代の女性、または「自分の夫を殺した人の前に座りたくなどありません」と老婦人、「話し合わないと私たちはどうなるのでしょう、未来をどのように共有したらよいのですか」と若い女性、男性の声は聞こえてこない。見たい人も見たくない人もいるということです。「許しを求めることや、暴力と対決することが問題なのではなく、次世代の共存の基礎をつくる議論を起すことが問題なのです」とボリャイン監督。このテーマに取り組めたのは、マイシャベルという女性に魅了されたこと、自分がバスク出身者でなかったこともあるとコメントしている。

(イシアル・ボリャイン、9月18日)

(ゴヤ賞2022ノミネート確実のブランカ・ポルティリョとルイス・トサール)
ジョニー・デップ栄誉賞授賞式*サンセバスチャン映画祭2021 ㉕ ― 2021年09月24日 17:57
史上最も物議を醸したドノスティア栄誉賞受賞者ジョニー・デップ

★9月22日、予定通りジョニー・デップのドノスティア栄誉賞の授賞式が行われました。というのも栄誉賞受賞が発表されると、スペイン女性映画製作者協会CIMA(Asociación de Mujeres Cineastas de España)が元妻アンバー・ハード(2016年離婚)への家庭内暴力DV疑惑を理由に抗議の声を挙げたからでした。日本でも報道されているように、ジョニデを「DV夫」と報じたイギリスの大衆紙ザ・サンをめぐって起された訴訟で敗訴したからです。対して映画祭事務局が「我々が入手できたデータによると、彼は女性に対する暴力で逮捕、起訴、または有罪判決を受けておりません」と反論、無罪の推定の権利を擁護した。なんとももやもやした経緯でもたれた授賞式でした。
*キャリア&フィルモグラフィーは、コチラ⇒2021年08月31日
★授賞式の当日午前中に行われたフォトコールには、関係者にガードされ、最近では定番になった帽子と衣装で時間通り姿を見せ、報道陣の要求に気軽に応じていました。50分に及ぶプレス会見は、モデレーターがCIMAの件についての質問を許可しなかったからか概ね好意的な雰囲気で、ジョニー・デップは「私を追い出すつもりだと思っていた」などと冗談を言い、最後には「ありがとうございました」とスペイン語で締めくくったということです。

(カメラにおさまったジョニー・デップ、9月22日のフォトコール)
★デップは敗訴後ワーナー・ブラザーズから映画シリーズ「ファンタスティック・ビースト」の大規模プロジェクトを解雇され、窮地に立たされ行き詰っています。ハリウッドから離れた仕事しかできないことから、今回の栄誉賞をとても感謝しているようでした。2010年代半ばから顕著になった<キャンセル・カルチャー>*は、「Me Too」運動とも連動していますが、一歩間違うと社会における検閲機関となりかねません。沈黙は金とジャーナリストや作家が公に発言することを恐れるようになる可能性がある。日本では9月23日から公開が始まった、アンドリュー・レヴィタスの新作『MINAMATA~ミナマタ』も米国での公開は決まっていない。

(プレス会見でのジョニー・デップ、9月22日)
★プレス会見では「私が子供の頃、テレビで見た映画は無声が基本でした。チャールズ・チャップリン、バスター・キートンなどです。大きくなってモノクロのクラシック・ホラーを見ました。私はホラーの大ファンで、それがティム・バートンに繋がりました。このジャンルは仮面とかメイクの後ろに隠れて重力の負荷から逃れることができました。ロン・チャイニー**が姿を消してキャラクターになる能力について考えます。衣装や義肢は、私を自身から遠ざけ、キャラクターに集中させます」と。
「あなたを沈めるには、たった一つのフレーズを言うだけで充分です」
★夜のステージでのキャンセル・カルチャーについての発言は、既に日本のメディアでも伝えられていると思いますが、ゆっくりとしたリズムで考え考えながらスピーチした。「今夜、まず第一に、ホセ・ルイス、映画祭関係者、市民の方に感謝します。私が選ばれたのは感動的です」と。このフェスティバルには3、4回来ていますが、これが本当の映画祭だと思って気に入っています。私はあえて自分をアーティストとは言いませんが、映画のクリエイティブな側面の一部であるよう感じています。「とても謙虚に感謝しています」、「この賞は皆さまのものです、観客がいなければ映画には意味がありません。観客は私の主人です」などとスピーチした。そしてハリウッドは大衆を過小評価し、物語の力が観客を魅了するのを忘れていますとも。「あなたを沈めるには、たった一つのフレーズを言うだけで充分です。防御できません」と、アンフェアな立場にいることを訴え、「愛する人や信じている人が被害者である場合には立ち上がってください」と述べた。スピーチは女性の聴衆によって何度も中断された。やれやれ・・・

*キャンセル・カルチャー:主に著名人や権力をもつ人物団体の法的、社会的、倫理的違反を糾弾し、公の非難を通じて責任を問うやり方。デップのケースは映画テレビ出演を一方的に中止させることで、社会的排除の動きを加速させている。どちらに正義があるか今後の推移を待ちたい。彼がアンバー側を名誉棄損で訴えた裁判はパンデミックで遅れ、来年になる由。
**ロン・チャイニー(1883~1930)は、メイクと演技力で<千の顔を持つ男>と言われたサイレント時代の米国の名優、『ノートルダムのせむし男』(23)の鐘つき男カジモト、『オペラ座の怪人』(25)の怪人が有名。1957年ジェームズ・ギャグニー主演の『千の顔を持つ男』で、その生涯が映画化された。
最近のコメント