チリ映画「Hangar Rojo」フアン・ペドロ・サジャト*マラガ映画祭2026 ⑨2026年04月28日 16:09

     フアン・パブロ・サジャトのデビュー作「Hangar Rojo――観客賞など4

 

      

 

★今年のマラガ映画祭はイベロアメリカの映画が気を吐いた。チリのフアン・パブロ・サジャトのデビュー作「Hangar Rojo / The Red Hangar」は、1973911日チリの首都サンティアゴで勃発した軍事クーデタの実話に着想を得てモノクロで撮影された政治映画です。ベルリン映画祭2026「視点」部門でワールドプレミアされ、マラガ映画祭で男優賞編集賞エル・パイス観客賞特別批評家審査員賞の「銀のビスナガ」4冠を制しました。スペイン語圏で「もう一つの9.11」と称されるチリの軍事クーデタは、陸軍総司令官ピノチェトがアジェンデ社会主義政権を転覆した事件、その後ピノチェトはチリ大統領として19903月に失脚するまで独裁者として君臨した。パトリシオ・グスマンのドキュメンタリー『光のノスタルジア』を含む「チリ三部作」、パブロ・ララインの『Noノー』を含む「ピノチェト政権三部作」や『伯爵』、ニコラス・アクーニャのTVシリーズ「Los mil dias de Allande」など数々の名作が世に送り出された。では、サジャトの「赤い格納庫」がどんな切り口で語られるのか探ってみたい。

 

    

   (来マラガしたクルー、中央がサジャト監督、マラガFF37日フォトコール)

 

 

 「Hangar Rojo / The Red Hangar

製作:Villano Producciones / Brava Cine / Rain Dogs / Caravan / Berta Film /

      協賛:INCAA / Corfo / Mendoza Film Commission / Programa Ibermedia / 

      Florenz(イタリア) 他

監督:フアン・パブロ・サジャト(サラト)

脚本:ルイス・エミリオ・グスマン

   フェルナンド・ビジャグランの著作 Disparen a la bandada

音楽:アルベルト・ミケッリ、マッテオ・マレッラ

撮影:ディエゴ・ペケーニョ

編集:バレリア・エルナンデス、セバスティアン・ブラム

美術:ニコラス・グラム

衣装デザイン:フリオ・レボッタロ

製作者:フアン・イグナシオ・サバティーニ(Villano)、フアン・パブロ・サジャト(同)、(共同プロデューサー)ライカ・ホスラヴィ、ステファノ・ムトロ、カロリナ・ペッツィーニ、バレンティナ・クアランティーニ、他

 

データ:製作国チリ=アルゼンチン=イタリア、2026年、スペイン語、政治スリラー・ドラマ、モノクロ、81分、撮影は202410月、チリと国境を接するアルゼンチンのメンドーサ市、約3週間。公開チリ202610月予定

映画祭・受賞歴:ベルリン映画祭2026視点部門、マラガ映画祭セクション・オフィシアル、銀のビスナガ主演男優賞(ニコラス・サラテ)、編集賞(バレリア・エルナンデス、セバスティアン・ブラム)、エル・パイス紙観客賞(フアン・パブロ・サジャト)、批評家審査員特別賞(同)を受賞、フリブール映画祭(スイス、3月)、第44回ウルグアイ映画祭俳優賞(ニコラス・サラテ)特別メンション受賞、以下4月から開催されるグアダラハラ、マイアミ、シアトル、ロンドンなどの映画祭上映が予定されている。

 

キャスト:ニコラス・サラテ(ホルヘ・シルバ空軍大尉)、マルシアル・タグレ(ヤーン大佐)、ボリス・ケルシア、カタリナ・ストゥアルド(ロサ)、アロン・エルナンデス(エルナンデス軍曹)、フランシスコ・カラスコ(カラスコ中尉)、フアン・カノ(ムヒカ軍曹)、レンゾ・フィオレッティ(フェルナンド・ビジャグラン)、タイウ・ブラベル・イオソビッチ(フェリペ・アグエロ)、他

  

ストーリー:チリの首都サンティアゴ、1973911日に勃発した軍事クーデタが全国で展開するなか、元空軍諜報機関の長官だったホルヘ・シルバ空軍大尉は、彼の人生を永遠に変える命令を受け取る。それは、現在若い士官候補生を訓練している空軍士官学校を、逮捕者の尋問、並びに拘留と拷問の拠点に変えることでした。シルバは傍観者でいようとするが、かつてのライバルであったヤーン大佐が絶大な権力をもって到着すると、過去だけでなく信念とも深く向きあわざるを得なくなる。格納庫がトラックで運ばれてくる逮捕者でいっぱいになり、軍の権力が日増しに容赦なくなるにつれ、シルバは服従と良心の板挟みになる。不服従は命の危険をともなうかもしれないが、従順もまた命を落とす可能性があるからでした。ピノチェト独裁政権初期の軍の内情を描いた実話に着想を得ている。抑制された語り口とモノクロで撮影された政治的スリラー。

 

     

       (格納庫に集められた逮捕者を見つめるシルバ、フレームから)

 

 

       「シルバという人物の心の葛藤」に寄り添うモノクロ撮影

 

★監督紹介:フアン・パブロ・サジャト Juan Pablo Sallato1978年サンティアゴ生れ、監督、製作者、脚本家、制作会社「Villano Producciones」をフアン・イグナシオ・サバティーニと共同で設立した。2004年、ニコラス・グラムと短編「El duelo」(13分)で監督デビューする。2010年、チリで最も視聴されたというチリ代表サッカー・チームの8年間の敗北と勝利を掘り下げたドキュメンタリー「Ojos Rojos / Red Eye」をフアン・イグナシオ・サバティーニと共同監督、TVミニシリーズには、「Adictos al Claxon」(138話)、「La Cultura del sexo」(156話)、「Libre」(218話)などがある。また製作で自作以外に手掛けた映画にはフアン・イグナシオ・サバティーニの「Matar a Pinochet」(20)、TVシリーズでは、ダニエル・サムディオ事件に触発された「Zamudio」(154話)、謎の失踪事件に基づいた犯罪スリラー「La Caceria: En el fin del mundo」(2425)などが挙げられる。

 

     

         (インタビューを受けるサジャト監督、マラガ映画祭)

 

    

               (メンドーサで本作撮影中のフアン・パブロ・サジャト)

 

  

(ドキュメンタリー「Ojos Rojos」のポスター)

 

★モノクロで撮影した理由を訊かれたサジャト監督は、理由の一つにクーデタに反対したチリ空軍の登場人物たちが持っていた〈灰色〉を私たちは際立たせたかったからで、とくに「明暗とグレーで描く世界は、苦境にあるシルバという人物の心の葛藤をビジュアル化するには完璧でした」と説明している。

 

      

  (製作者サバティーニ、監督、シルバ役のニコラス・サラテ、マラガFFフォトコール)

 

    

ニコラス・サラテが演じた主人公のホルヘ・シルバは実在した人物で当時37歳、独裁政権下で自身も投獄されている。釈放後家族、特に大学教師の妻ロサの身の安全のためイギリスに亡命、ピノチェト亡き後もチリに戻らず、20248月ロンドンで没した。監督によると録画を始める2ヵ月前だったと「エル・パイス」のインタビューに語っている。シルバの役目は、転覆したアジェンデ政権を支持したことで逮捕された人たちの尋問から始まって、処刑場になったチリ・スタジアムに移送するまで監禁することだった。因みにフォルクローレのシンガーソングライターのビクトル・ハラがギターを奏でる両手を打ち砕かれ、顔を切り裂かれて銃殺された場所がこのスタジアムでした。

 

    

  (当時37歳だったホルヘ・シルバ空軍大尉に扮したニコラス・サラテ、フレームから)

 

 

        フェルナンド・ビジャグランの Disparen a la bandada

 

★監督が触発されたというDisparen a la bandada: Cronica secreta de los crímenes en la FACH contra Bachelet y otros(プラネタ社、2002年刊) の著者フェルナンド・ビジャグラン(サンティアゴ1949)は、チリの作家、ジャーナリスト、経済学者、ドキュメンタリー製作者、コラムニスト。チリ大学で経済学、サンティアゴ大学でジャーナリズムを専攻、1983年から1995年まで政治誌「Apsi」の副編集長としてチリの民主化移行期の独立系ジャーナリズムに貢献した。1996年からはテレビの文化番組の司会者として活躍している。チリの政治史をジャーナリズムの厳密な手法で検証し、特に軍事独裁政権の弾圧メカニズム、関連する歴史的人物にフォーカスした書籍を多数出版している。本作の土台となった Disparen a la bandada は、翌年文学部門のアルタソル賞を受賞した。1973年のクーデタに反対したチリ空軍(FACH)の将軍や士官に加えられた弾圧や拷問は数十年にわたって隠蔽されてきた。本書はその記録にビジャグラン自身の個人的な体験も活用して事実を明らかにしている。

 

       

 (フェルナンド・ビジャグラン)

   

        

(アルタソル文学賞受賞の Disparen a la bandada 表紙)

 

★個人的な体験とは、当時20代前半であったビジャグランは、彼の友人フェリペ・アグエロと共に「赤い格納庫」と命名された場所に運ばれてきた逮捕者の一人だった。二人は即決死刑の運命にあったが、FACH 職員が阻止してくれたことを回想している(本作のキャスト欄に二人もクレジットされている)。副題にある Bachelet とは、アルベルト・バチェレ空軍准将(192374、獄死)で、ピノチェトのクーデタに反対したためクーデタ当日に逮捕された。その後釈放と自宅監禁、逮捕が繰り返され、1218日に「反逆罪」で裁かれ、翌1974312日、サンティアゴの刑務所での拷問中に心臓発作で亡くなった。シルバ大尉はバチェレの最期を看取った人物としても知られています。第33代(200610)と第35代(201418)の2期、チリ初の女性大統領を務めたミシェル・バチェレの実父である。

 

★サジャト監督は、本作の準備中にビジャグランとアグエロと昼食を摂りながら、ホルヘ・シルバの行為は「小さなことに思えるけれど、本当に勇気ある行為だ。彼のお蔭で命を繋げることができ、希望を与えてくれた」と、二人を見やりながら語っている。

 

★その他、ビジャグランの代表作として、La muerte de Pinochet: Cronica de un delirio2003、マルセロ・メンドーサとの共著)、Represión en dictadura: El papel de los civiles2005)、他にイグナシオ・アグエロがアルタソル監督賞を受賞した「El diario de Agustín」(08)の脚本と製作を手掛けている。ニクソン、キッシンジャー時代に米CIAから資金提供を受け、ピノチェト政権下で行われた人権侵害を隠蔽しようとしたチリ最大の日刊紙「エル・メルクリオ」の内情を暴露している。 Agustínとは「エル・メルクリオ」の所有者アグスティン・エドワーズである。アーカイブ映像でアグスティン自身の他、アジェンダやピノチェト、リカルド・ラゴス、各大統領も登場するドキュメンタリー。

 

         

              (ドキュメンタリー「El diario de Agustín」のポスター)

 

キャスト紹介ニコラス・サラテ Nicolás Zárate 映画テレビ俳優、ミュージシャン、1997TVシリーズ出演でスタートを切る。2015年のアレハンドロ・トーレスのスリラー「El TilaFragmentos de un Psicópata」で実在したレイプ犯エル・ティラを演じている(カルーチェ賞ノミネート)。シモン・バルガスの「Sobre los muertos」(18)主演、セバスティアン・ムニョスがベネチア映画祭「国際批評家週間」でクィア獅子賞を受賞した話題作「Principe」(19)、ホルヘ・リケルメ・セラーノのサスペンスAlgunas Bestias」(19)では、アルフレッド・カストロやパウリナ・ガルシアと共演している。老いと健康問題と格闘する夫婦を演じたイグナシオ・パベスの「Vieja Viejo」(22)、パオロ・ペスセがモノクロで撮ったデビュー作「La Soledad De Las Plagas」(23)に主演している。

Caleuche カルーチェはマプチェ語(先住民マプチェ族の言語)に由来している。諸説あるが、チリ南部のチロエ神話に出てくる幽霊船・魔法船から採られた演技賞。チリ映画ではよく目にする賞の一つ。

   


      (実在したサイコパス「エル・ティラ」を演じたニコラス・サラテ)

 

  

   (ホルヘ・シルバ空軍大尉を演じて銀のビスナガ主演男優賞を受賞したサラテ)

 

★本作に関連する作品として、フェリペ・カルモナのサスペンス「Penal Cordillera / Prison in the Andes」(23)出演がある。ピノチェト政権下での拷問者5人が、アンデス山脈の麓にある〈高級〉刑務所で服役している。彼らはテレビのインタビュー後に通常の刑務所に移送されることを怖れ、留まるためにあらゆる手段を尽くす。カルモナ監督がケララ映画祭でFIPRESCI賞を受賞した作品。当ブログで紹介したマイテ・アルベルディの『イン・ハー・プレイス』にも出演しているが未紹介、ヤーン大佐役のマルシアル・タグレは判事を演じていた。

     

       

       (44回ウルグアイ映画祭俳優賞特別メンションを受賞したサラテ

   

マルシアル・タグレは、パブロ・ララインの「ピノチェト三部作」から出演しているラライン常連の一人、やはりピノチェトをテーマにした『伯爵』(23)にも出演している他、セバスティアン・レリオの『グロリアの青春』、『ナチュラルウーマン』、東京国際映画祭で上映されたマヌエラ・マルテッリのデビュー作『1976年』、最近ではベレン・フネスの「Los Tortuga」などスペイン映画にも活躍の場を広げている。当ブログで作品紹介をしています。

             

     

    (ニコラス・サラテ、上司ヤーン大佐役のマルシアル・タグレ、フレームから)


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