『ペドロ・パラモ』ロドリゴ・プリエトが初監督*ネットフリックスで鑑賞 ― 2024年11月17日 18:04
ペドロ・パラモの内面と外面の映像化に成功したか?
★11月6日ネットフリックス配信直前の11月3日、ラテンビート映画祭の特別企画としてヒューマントラストシネマ渋谷で1回切りのスクリーンでの上映会がもたれた。2021年夏、ネットフリックスがフアン・ルルフォの中編小説『ペドロ・パラモ』(“Pedro Páramo ” 1955年刊)の映画化を発表した。「ウソでしょ、いったい誰が監督するの?」。1年後、ロドリゴ・プリエトが本作で監督デビューすることが発表された。プロダクションデザインにエウヘニオ・カバジェロ、衣装デザインにアンナ・テラサスが担当することもアナウンスされた。どうやら本当だったらしく、ペドロ・パラモ役にマヌエル・ガルシア=ルルフォ、フアン・プレシアド役にテノッチ・ウエルタで、翌2023年5月クランクイン、8月に撮影が終了した。本当に驚きました。
(撮影中のロドリゴ・プリエト監督とペドロ役のマヌエル・ガルシア=ルルフォ)
★なお原作に言及するので、以下に翻訳書を明記しました。『ペドロ・パラモ』岩波文庫、1992年10月刊、杉山晃/増田義郎訳、管理人は第1刷を使用した。製作スタッフ、キャスト、ストーリーとデータのみアップしておきます。監督キャリア&フィルモグラフィー、原作者紹介は別途に予定しています。
『ペドロ・パラモ』(原題「Pedro Páramo」)
製作:Redrum Production / Woo Films
監督:ロドリゴ・プリエト
脚本:マテオ・ヒル、ロドリゴ・プリエト
原作:フアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』(“Pedro Páramo ”)
音楽:グスタボ・サンタオラジャ
撮影:ニコ・アギラル、ロドリゴ・プリエト
編集:ソレダド・サルファテ
キャスティング:ベルナルド・ベラスコ
プロダクションデザイン:エウヘニオ・カバジェロ、カルロス・Y・ジャック
美術:エズラ・ブエンロストロ
衣装デザイン:アンナ・テラサス
製作者:sutacy Perskieペルスキー(Redrum Production)、 ラファエル・レイ(Woo Films)、フランシスコ・ラモス、Gildardo Martinez マルティネス
データ:製作国メキシコ、2024年、スペイン語、ドラマ、131分、撮影地メキシコ、期間2023年5月~8月、配給Netflix、配信開始2024年11月6日
映画祭・受賞歴:第49回トロント映画祭2024プラットフォーム部門プレミア上映
キャスト:
マヌエル・ガルシア=ルルフォ(ペドロ・パラモ)
テノッチ・ウエルタ(フアン・プレシアド、ペドロの息子)
ドロレス・エレンディア(エドゥビヘス・ディアダ)
イルセ・サラス(スサナ・サン・フアン、ペドロの最後の妻)
エクトル・コツィファキス(フルゴル・セダノ、パラモ家の管理人)
マイラ・バタジャ(ダミアナ・シスネロス、メディア・ルナの女中頭)
ロベルト・ソサ(レンテリア神父)
ジョヴァンナ・サカリアス(ドロテア〈ラ・クアラカ〉、フアンと同じ墓に埋葬)
イシュベル・バウティスタ(ドロレス・プレシアド〈ドロリータス〉、ペドロの妻、フアンの母)
ノエ・エルナンデス(ロバ追いのアブンディオ・マルティネス、ペドロの息子)
サンティアゴ・コロレス(ミゲル・パラモ、パブロが認知した息子)
ジルベルト・バラサ(ダマソ〈エル・ティルクアテ〉)
オラシオ・ガルシア・ロハス(ドニス)
ヨシラ・エスカルレガ(ドニスの妹)
アリ・ブリックマン(バルトロメ・サン・フアン、スサナの父親)
ガブリエラ・ヌニェス(マリア・ディアダ、エドゥビヘスの姉)
サラ・ロビラ(子供時代のスサナ・サン・フアン)
セバスティアン・ガルシア(子供時代のペドロ・パラモ)
マイラ・エルモシージョ(ペドロの母)
フリエタ・エグロラ(ペドロの祖母)
フェルナンダ・リベラ(マルガリータ、パラモ家の女中)
アナ・セレステ・モンタルボ(アナ、レンテリア神父の姪)
イリネオ・アルバレス(トリビオ・アルドレテ、冤罪で縛り首になる)
エドゥアルド・ウマラン(使い走り)
ほか多数
ストーリー:ペドロ・パラモという名の顔も知らない父親を探しておれはコマラにやって来た。しかしそこは、ひそかなささめきに包まれた死者ばかりの町であった。複数の生者と死者の声が錯綜しながら、切り離すことのできない死と生、存在しない死と生の境界、終わりのない死、人間の欲望、権力の乱用と腐敗、殺人、罪と贖罪、想像と記憶、メキシコ革命、繁栄と没落、ペドロ・パラモの不毛の愛、スサナ・サン・フアンを絶望から救う狂気の世界、ささめきに殺られたフアン・プレシアドの人生が円環的に語られる。 (文責:管理人)
本当の主人公「コマラ」の町のコントラストが語られる
A: 原作を読んだ人には物足りなく、小説はおろか原作者の名前も初めてという人には時系列がバラバラなので、なかには睡魔に襲われた人もいたのではないか。特に冒頭部分の語り手が頻繁に入れ替わることで時代が行ったり来たりするので、原作を読んでいても記憶が曖昧ですと戸惑います。
B: 原作は70の断片で構成されており、短いのはたったの3行、長いのは数ページに及ぶ。誰が語り手か分かるのと、誰の声なのか分かりづらいのもあるが、冒頭部分を見落とさないようにすれば、全部過去の話だと分かる仕掛けがしてある。
A: 映画を機会にこれから小説を読もうとするなら、作家は読者が迷子にならないよう工夫を施していますから、コツを掴むとついていけないほどではありません。点ではなく線と面で登場人物を可視化することをお奨めします。いわゆるペドロ・パラモ「人物相関図」というやつで、ハマります(笑)。
B:最初の語り手は、顔も知らない父親ペドロ・パラモを探しにコマラにやって来たフアン・プレシアド、「おれ」という一人称の語りで始まる。コマラに来る途中で、異母兄弟だというアブンディオというロバ追いに出遭い案内してもらえる。彼が町に着いたらエドゥビヘスの奥さんを訪ねるといいと教えてくれる。
(ペドロ・パラモの息子フアン・プレシアド役のテノッチ・ウエルタ)
A: フアンが最初に出合った人物が異母兄弟と知らされた私たちは呆気にとられる。どうやら異界に足を踏み入れてしまった。コマラは『百年の孤独』(1967刊)のマコンドと同じ架空の町です。コマラ以外に実際にある町の名の変形版もあったが、最終的には地域を限定したくなかったので Comalaにした。Comal はメキシコ料理の代表格トルティージャを焼く素焼きの薄い皿のことで、熱い火に焼かれる。ロバ追いがコマラは「地獄で火にあぶられる」ように暑い(熱い)とフアンに語っている。伊達にコマラにしたわけではない。
B: コマラに入ると、通りがかったショールを被った女にエドゥビヘスの家を教えてもらえ辿り着ける。このショールの女がドロテア、別称〈ラ・クアラカ〉です。ドロテアは産んでもいない息子を探すため寂れてしまってもコマラを去ることができない。一方フアンは母親の遺言を果たすため顔も知らない父親を探しにコマラにやってくる。二人ともこの世に存在しないものを探している。
(産んでもいない息子を抱えてコマラを彷徨うドロテア)
A: ドロテアはとても重要な登場人物です。半ばに大きな段落が用意されていて、教会の広場で野垂れ死にしていたフアンを埋葬した後、自身もこの世を去る。そういうわけで二人は一緒の墓に眠っている。私たちはフアンの語りの相手が自分たちではなくドロテアだったことに気づかされ、ショックで腰を抜かします。
B: フアンの母親ドロレス・プレシアド、愛称ドロリータスは、メディア・ルナの若い女あるじ、ペドロの財産目当ての求婚を愛と勘違いしてしまう甘やかされた女性です。そしてドロリータスの親友だったというドロレス・エレンディア(1966生れ)扮するエドゥビヘスは、ドロレスより年も若く肌の色も少し白かった女性ですが、映画ではかなり年上で反対に見えた。
(エドゥビヘス役のドロレス・エレンディア、ドロリータス役のイシュベル・バウティスタ、
赤ん坊のフアンを抱く女中のダミアナ・シスネロス役のマイラ・バタジャ)
A: 人によって自分が描いていたイメージと違うわけですが、青春時代と後年犯した罪の重さから逃れるために自死してしまうエドゥビヘスを同じ女優に演じさせたことが一因かもしれません。どんなベテラン女優でも年齢には限界があります。後半キャスト紹介を予定しておりますが、フアンより先に死んでいるアブンディオも彼より10歳くらい年上に見えます。小説と映画は別の作品という考えもありますが、本作にはキャスティングミスが幾つかある印象です。
(コマラの町を見下ろすフアンとアブンディオ役のノエ・エルナンデス)
B: 本作では二人ともペドロが父親という立ち位置は変えられません。エドゥビヘスのケースとは話が違います。ペドロとスサナは、子供時代と中年時代という違いがあるから違和感ありませんが、小説では伏線が張ってあるペドロの生来の悪の部分が見えにくかった。
A: エドゥビヘスにペドロのもう一人の息子、17歳で旅立ったミゲル・パラモの死を語らせます。それぞれ息子たちはペドロの分身ですが、ミゲルが一番悪の性格を受け継いでいます。一方ペドロに憧れの女性で最後の妻となるスサナ・サン・フアンを詩的なモノローグで語らせます。あまり幸せそうでないペドロの母親、祖母、そして祖父が既に旅立ったことなども語られて、つまり冒頭のいくつかの断片でこの作品の重要人物の大方が出揃うことになります。
B: 欠けているのはレンテリア神父とパラモ家の悪辣な管理人フルゴル・セダノ、貞操を守ったことでパラモ家の女中頭になったダミアナ・シスネロスあたりでしょうか。
A: ペドロやドロリータスのモノローグから、コマラという「露の滴る緑豊かな実りのある町」が紹介され、フアンやアブンディオが「泥と粘土に蔽われた死者の町」を紹介します。このコマラという町の二面性がペドロ・パラモを象徴しており、「コマラが本当の意味での主人公」と称される所以です。特にペドロのモノローグは詩的な抒情性に富んでいて、父親ルカス・パラモの殺害者が特定できないので、居合わせた人間を片っ端から殺してしまう残忍さと対照的です。
B: 小説と違って、映画ではあっという間に字幕が消えるので、コントラストの違いが分かりづらいかもしれません。セリフはリアリズムで押していくので、その落差が際立ちます。
A: 謎めいたセリフもあるにはありますが、概ねリアリズムです。
ペドロの偶像スサナ・サン・フアンの狂気
B: レンテリア神父は、父親をペドロに殺された姪アナと暮らしている。つまり兄弟を殺されているわけです。さらにアナはペドロの負の部分を受け継いだ息子ミゲルにレイプされている。
A: 告解室では「ペドロ・パラモの子供を産みました」、または「ペドロ・パラモと寝ました」という女性たちの告解をうんざりするほど聞かされます。しかしペドロは一度として許しを請いに来たことがありません。赤子に罪はないのに神父は、死んだ母親から託されたミゲルをペドロに引き取らせたのでした。
B: お産で死んだ母親の代わりにミゲルを育てたのが、パラモ家の女中頭のダミアナ・シスネロスでした。この登場人物もドロテア級の重要さを秘めています。
A: 夫の嫌がらせに心が壊れてしまっていたドロリータスが、フアンを連れて家を出るまでの短期間でしたが、母親の代わりにフアンを育てたのがダミアナでした。後で触れますが、彼女はアブンディオ・マルティネスが父親であるペドロを刺し殺す現場にいて巻き添えになって命を落とします。何が重要かと言うと、フアンとペドロ・パラモを死の世界に呼び入れ付き添っていく女性だからです。エドゥビヘスの家へメディア・ルナからフアンを迎えに駆けつけ、彼を死の世界へ導いていく女性です。登場は遅いですが女性の重要人物 5人のなかの一人です。
(上段左から、ドロテア、ドロリータス、中段スサナ、下段ダミアナ、エドゥビヘスの5人)
B: ダミアナはコマラではなくメディア・ルナで眠っているから、フアンを迎えに来るのに「時間がかかってしまった」と語っている。映画はエドゥビヘスが手にする明りを蝋燭、ダミアナにはランプを持たせることで、二人が死んだ時代の違い、刻の流れを語らせている。ルルフォは明りとするだけで区別はしておりませんが。
A: 時代考証をしたのでしょう。小説でも二人の突然の入れ替わりの理由が分かるまで時間が必要な断片です。映画では猶更ですね。5人目となるスサナ・サン・フアンは、母親の死を機に鉱山で働いていた父バルトロメ・サン・フアンと大嫌いなコマラを去る。しかし革命の噂に不安を感じたバルトロメは、嫌な予感を振り払って、不穏になった町から未だ影響の少なかった地方の町コマラに娘と30年ぶりに戻る決心をする。
B: 実はペドロが手をまわして帰郷させたわけですね。コマラを出たのが12歳かそこいらとすると42歳くらいになっている。日本でも認知度の高いイルセ・サラスをがちがちに減量させている。
(悔い改めるべき罪は犯していないスサナ・サン・フアン)
A: 既に心が折れてしまっていたスサナに昔の面影はない。年代が特定できる手掛かりはメキシコ革命(1910~17)と、その後のクリステロスの反乱(1926~29)だけですから、逆算すると二人は1869年か1970年くらいに生まれていたことになる。母親の死が7日前とか、ペドロとドロレスの結婚式は4月3日、またはスサナ死亡は12月8日のように、月日は明確にしているが何年かは示さないので類推するしかない。おそらくスサナが戻るのは1910年以降に設定されている。
(旅立つスサナとレンテリア神父、なすすべのないペドロとダミアナ)
B: 「バルトロメと女房のスサナが戻った」とペドロに知らせるのがフルゴル・セダノ、ペドロから女房でなく娘だと訂正される。するとフルゴルもペドロのスサナへの愛を知らないことになりますね。
A: 人を介してずっと探し回っていたのに、自分の弱みを腹心の部下フルゴルにも悟られないようにしていたわけです。この用心深さ、用意周到さがなければ地方地主とはいえ権力者にはのし上がれない。父娘は近親相姦の関係にあり、ペドロにとってバルトロメは邪魔者、バルトロメにとっても憎しみそのものでしかない。ペドロは「邪魔者は消せ」とフルゴルに指示、トリビオ・アルドルテをエドゥビヘスのバルの奥の部屋で縛り首にしたように、さっそく事故に見せかけて亡き者にしてしまう。スペイン語の Fulgor の意味は皮肉にも文章語で使用する「光輝、見事」という意味なのです。
B: スサナは自分の意図に反してだが罪を犯しているので天国には行けないと思っている。トラウマを克服するための避難所として狂気の世界に逃げ込んでいる。
A: 結果、フロレンシオという想像の夫をつくり出す。小説に現れるのも名前だけで謎の人物です。スサナは父親とだけ暮らしていて、誰とも結婚していない。スサナのモノローグから、彼女が「あの人」と呼ぶ男性と海で裸で泳ぐシーンが挿入されています。スサナは実際の海を知らないはずですが、ここはトラウマがつくり出す想像が記憶の一部となっている部分で、記憶を改竄しているのではない。
(盛装してスサナを迎え入れるペドロ・パラモと女中頭ドロレス)
B: スサナのモノローグを聞いたのはフアンである。彼とドロテアはスサナの墓の近くに埋葬されているから、フアンはスサナのモノローグを聞くことができた。
A: この断片は、スサナの声をフアンとドロテアが聞くという複雑な構造をしていて、小説でも面白い部分です。ほかにもスサナが死んだ母親のことを語る部分をフアンとドロテアに語らせる断片もあります。
B: プリエト監督は、撮影監督としてスタートしただけに映像は抜群に素晴らしかったが、スサナの箇所は引っ張りすぎかな。
謎の登場人物ドニスとその妹――フアンが生み出した幻覚
A: スサナが生み出したフロレンシオのほかに、フアンが死ぬ間際に出合うドニスとその妹も謎の人物です。フアンが出合ったとき、二人が生きているのか死んでいるのか彼には分からない。
B: 私たちにも同じく分からない。フアンは二人を夫婦と思っていたが、女は「妹だ」と応えている。
A: 女は罪を犯したので「体の内側は土と粘土でどろどろしている」とフアンに語る。ルルフォによると、二人はそもそも「存在していない」とインタビューで語っている。フアンの「死の恐怖がもたらした幻覚だ」としている。フアンを捉えている死を先導する幻覚だというわけです。だから女がどろどろに溶け出すのも不思議ではないわけです。
(ヨシラ・エスカルレガが演じたドニスの妹)
B: しかし小説では、ドロテアが教会の広場で死んでいるフアンを見つけたとき、彼女はドニスが通りがかるのを見ている。ドニスも幻覚だと変に思えるが。
A: 謎の多い断片ですね。最初何が起きたのか分からない断片でも、作家は予期しないところで突然種明かしをする。しかしここはしていないのでよく質問されるそうです。複雑だが独立しているように思えます。とにかくルルフォは人が悪い作家、読者を翻弄するのが好きなのです。
B: 死者の世界では人物は時間を無視して交錯するが、死者と生者は交わらないようです。
A: もっとも死と生は切り離すことができないし、その境界もあいまいです。ペドロは息子と称するロバ追いのアブンディオに刺されて死ぬのですが、スサナを失ったときから少しずつ体の一部が死んでいく。それより前のミゲルの死から既に始まっているとも言えます。
B: メディア・ルナの玄関先に置かれた籐椅子に案山子のように座ったままのペドロは、刺される前に既に死んでいるとも解釈できる。
A: まだこちら側にいますが、ペドロより少し前に息を引き取ったダミアナ・シスネロスが、彼の肩に手を置いて「お昼ご飯もってきましょうか」と尋ねる。ペドロは「あっちへ行くよ。今行くよ」と答えるシーンでやっと此の世を去ることができた。
B: 最後のシーンには呆気にとられましたが。
A: 最後のシーンからフアン・プレシアドがコマラに到着した冒頭に戻り、円環的にぐるぐる回って終りがない小説だと思っていました。解釈は複数あって当然ですが、これでは冒頭に戻れないのではないか。積み残しのテーマが幾つかありますが、長くなったので一旦休憩して、原作者、監督、脚本家、キャスト紹介をしながら、最後のシーンにも触れたいと思います。
ディエゴ・レルマンの『UFOを愛した男』*ネットフリックスで鑑賞 ― 2024年10月31日 11:01
『UFOを愛した男』――現実と伝説化されたエピソードが衝突する
(メインキャストをちりばめたポスター)
★ディエゴ・レルマンの『UFOを愛した男』が、10月18日からネットフリックスで配信が始まりました。サンセバスチャン映画祭SSIFF 2024のセクション・オフィシアルにノミネートされた折、期待を込めて作品紹介をいたしました。フェイクニュースを演出する主人公ホセ・デ・ゼルの行動を批判することがテーマでないことは分かっていましたが、それでももう少し工夫が欲しかったと思いました。勿論、レオナルド・スバラリアの罪ではありません。混乱はアルゼンチンのアイデンティティーの基本、一貫性のないジグザクしたところを楽しむことをおすすめします。既に内容紹介をしておりますが、鑑賞したことではっきりしたところもありますので、データを加筆して再録します。謎の多いホセ・デ・ゼルの人物紹介記事は、以下にアップしております。
*『UFOを愛した男』内容紹介記事は、コチラ⇒2024年08月17日
(左から、レオナルド・スバラリア、ディエゴ・レルマン監督、レナータ・レルマン、
モニカ・アジョス、SSIFF2024、9月24日フォトコールにて)
『UFOを愛した男』(オリジナル題「El hombre que amaba los platos voladores」)
製作:El Campo Cine / Bicho Films 協賛Netflix
監督:ディエゴ・レルマン
脚本:ディエゴ・レルマン、アドリアン・ビニエス
音楽:ホセ・ビラロボス
編集:フェデリコ・ロットスタイン
撮影:ボイチェフ・スタロン
音響:レアンドロ・デ・ロレド、ナウエル・デ・カミジス、他
メイクアップ:ベアトゥシュカ・ボイトビチ
衣装デザイン:フェオニア・ベロス・バレンティナ・バリ
製作者:ニコラス・アブル、ディエゴ・レルマン
キャスト紹介:
レオナルド・スバラリア(TVレポーター&ジャーナリストのホセ・デ・ゼル)
セルヒオ・プリナ(カメラマン、カルロス・〈チャンゴ〉・トーレス)
オスマル・ヌニェス(チャンネル6ニュース部長サポリッチ/サポ)
レナータ・レルマン(ホセの娘マルティナ)
マリア・メルリノ(ホセの元妻ロキシ)
アグスティン・リッタノ(超常現象研究家シクスト・スキアフィノ)
パウラ・グリュンシュパン(TV局職員アリシア)
エバ・ビアンコ(宇宙人報道の依頼人イサドラ・ロペス・コルテセ)
エレナ・ゲレロ・ブリ(ラ・カンデラリア・ホテルの受付エレナ)
フリオ・セサル・オルメド(チーフ製作者グティエレス/グティ)
ノルマン・ブリスキ(チャンネル6のCEOチェチョ)
モニカ・アジョス(踊り子モニカ/モニ)
エドゥアルド・リベット(セロ採鉱組合理事長ペドロ・エチェバリアサ)
ダニエル・アラオス(消防署長レカバレン)
ギジェルモ・アレンゴ(精神科医ドメネク)
ほか多数
ストーリー:1986年、ジャーナリストのホセ・デ・ゼルとカメラマンのチャンゴは、うさん臭い2人の人物から奇妙な提案を受け取り、コルドバ県のラ・カンデラリアに向かうことにした。村に到着したが、丘の中腹に円形の焼け焦げた牧草地があるだけだった。しかし、その後に起きたことはアルゼンチンのテレビ史上最高の視聴率を誇ることになる。類まれな才能の持ち主にして虚言癖の天才デ・ゼルがやったことは、未確認飛行物体UFOの存在を演出することだった。実際に起きた1980年代の宇宙人訪問詐欺を題材にしたコメディ仕立てのドラマ。現実と伝説化されたエピソードの衝突。
「視聴率50パーセントでも家では一人でした」と娘
A: 監督は冒頭で主人公ホセ・デ・ゼルの人物像を明らかにする。ヘビースモーカー、一人暮らし、女性にはサービス精神旺盛のお豆ちゃん、根っからの迷信家で常に不安定、1967年に起きた第三次中東戦争、いわゆる「六日間戦争」に予備役少尉として従軍、シナイ砂漠を彷徨ったこと、どうやら宇宙人の存在を信じていることなどが、当時の予備知識ゼロの観客に知らされる。
B: シナイ砂漠の件は想像の産物だった可能性があり眉唾ものらしいです。要するにニュースを報道するジャーナリストというより、広く浅くエンターテイメントの報道をする芸能記者のアイコンだった。
(モニカ役のモニカ・アジョスとホセ・デ・ゼル)
A: 1982年4月、イギリスを向こうに回して戦ったマルビナス戦争、いわゆるフォークランド戦争の敗北は、1976年からの軍事独裁政権の崩壊、民政移管の引き金になりました。1985年には独裁政権歴代の指導者の裁判があり、国民は明るいニュースを欲していた。
B: 99パーセント捏造でも、宇宙人訪問は格好の話題だったに違いありません。あの白髪頭だがハンサムなホセ・デ・ゼルがホントだと言っているんだから。
(チャンネル6のマイクを手にフェイクニュースを届けるホセ・デ・ゼル)
A: 映画からは「UFO を愛した男」というより「視聴率を愛した男」という印象でしたが、実際のホセ・デ・ゼルは、家族のインタビュー記事などから「マイクをこよなく愛した男」のようでした。
B: 監督の娘レナータ・レルマンが演じたマルティナの本名は、パウラ・デ・ゼル(1971)、父親と同じチャンネル9のプロデューサーだったそうですが。
(父と一緒の写真をかざす娘パウラさん)
A: パウラさんによると、実は2歳のとき父親の女性問題が原因で両親は離婚していたので、劇中でのマルティナ登場はフィクション部分、パウラはコルドバには行ったことがない。マリア・メルリノ扮する元妻ロキシも同じだそうです。父親は時々パウラに会いにやって来たそうですが、母親はホセとの関係を断っていた。「パパは人生の90パーセントを仕事に費やし、視聴率50パーセントでも、家に帰れば一人、淋しい人生だった」、自分は一人娘というわけではなく、異母妹がいるとも語っている。撮影前にスバラリアが訪ねてきたので情報をいろいろ提供したようです。
(クリニックの受診を渋るホセ・デ・ゼル、娘マルティナ、元妻ロキシ)
見世物は真実より優位にある――チャンネル6はフィクション
B: まず映画では「チャンネル6」でしたが、本当は〈Nuevediario〉「チャンネル9」ですね。
A: やはりまだ実在している人が多いから差し障りを避けるためにも変更は必要です。監督は「9を180度回転させると6になる」と。
B: 最初、ホセが持ち込んだUFO ネタをガセネタとして即座に却下したオスマル・ヌニェス扮するニュース部長サポリッチ、「視聴者は政治問題の報道に飽きあきしている。視聴者が思い描くシナリオを物語るべき」と、ホセを援護する部下のアリシアも、モデルはいるとしてもフィクション部分。
(オスマル・ヌニェス演じるサポリッチ部長)
(サポ部長をけしかけるパウラ・グリュンシュパン扮するアリシア)
A: 視聴率低迷に悩んでいるサポ部長もアリシアの「他局に取られたら」に怖気づいて前言を翻す。真実より優位にあるのがショー、お茶の間も半信半疑で楽しんだのです。パウラさんの話では、父親も経済的に苦境にあり、どうしてもネタを手放したくなかったと語っています。
B: ノルマン・ブリスキが軽妙に演じていた「チェチョ」の愛称で呼ばれていたTV局オーナーもフィクションですか。
A: チェチョのモデルは、メディア界の大物アレハンドロ・ロマイで「チャンネル9の皇帝」と呼ばれていた人物。彼との出遭いが大きい、パウラさんによると父親の「長所と短所を認めて、ずっと目をかけてくれた」ということでした。
(チャンネル6のオーナー「チェチョ」役のノルマン・ブリスキ)
B: あるときは「バカ」、あるときは「天才」と言っていた。出番はここだけでしたが存在感があった。
A: 横道になりますが、つい最近マルティン・フィエロ賞2024のガラがあり、ブリスキは栄誉賞を受賞したばかり、文化軽視の現政権を皮肉たっぷりに批判したスピーチが話題になっている。芸術は政治とは無関係などくそくらえです。ついでですがレオナルド・スバラリアも2022年に製作された「Puan」で助演男優賞を受賞した。
フィクションと現実の境界をぼかした現代のエル・キホーテ
B: 実名が一致するのは、ホセ・デ・ゼルと、セルヒオ・プリナが演じたカメラマンのカルロス・〈チャンゴ〉・トーレスの二人だけのようですが。パウラさんは「叔父さんとして家族同然だった」と語っています。
A: ホセが現代のエル・キホーテなら、チャンゴはさしずめサンチョ・パンサです。二人は正反対のようにみえますが、実は深いところで似ているのです。チャンゴはホセを上から目線の男、しつこくてうざったく思っているのに離れない、彼もUFO の存在を信じているようだ。
(カメラマン〈チャンゴ〉役のセルヒオ・プリナ)
B: ホセの「ついて来い、チャンゴ、ついて来い!」の名セリフは、その年の流行語になった。
A: チャンゴを演じたプリナの淡々とした演技を褒めたいですね。どこかで見たことのある顔だなぁと思いながら観ていましたが思い出せないでいた。検索してみたら、アグスティン・トスカノの「El motoarrebatador」でバイク引ったくり犯を生業にしている男を演じていた俳優でした。当ブログでも紹介しているのでした。
*「El motoarrebatador」の作品紹介記事は、コチラ⇒2018年09月07日
★サンセバスチャン映画祭2018オリソンテス・ラティノス部門にノミネートされ、オリソンテス賞スペシャルメンションを受賞、主役のミゲルを演じたセルヒオ・プリナがリマ・ラテンアメリカ映画祭、ハバナ映画祭で男優賞を受賞している。なら国際映画祭2018で『ザ・スナッチ・シィーフ』の邦題で上映された。ほかにマラガ映画祭2021フアン・パブロ・フェリックスの「Karnawal」(20)にも出演している。
B: UFOが着陸したと思われる牧草地、円形の黒こげのある丘も、同じコルドバ県ですが実際とは違うということですが。
A: 劇中のホセが登っていくコメルナ山ではなく、実際は海抜1979mの Cerro Uritorco ウリトルコ山ということです。当時とは景観が変わってしまっていて撮影地には適さなかった。それに消防署長以下、一般住民も大勢インチキに関わっていましたから。
「メシア主義」の存在とフェイクニュースの関係
B: セロ採鉱組合の目的が、かつては金の採掘で活気があった土地を買い占めた不動産会社の観光事業のやらせだったことが分かってからも、ホセはUFOの存在を裏付ける証拠改竄にムキになる。
A: 監督は「メシア主義」」の存在とフェイクニュースが関係していると指摘しています。救世主の到来を信ずることは、ユダヤ教の信仰のなかでも重要です。シナリオには幾つも穴があるけれども、宇宙から到来する存在の根拠に乏しい信念が、ホセの合理主義的思考を蝕んでいると語っています。
(UFO報道の仕掛け人、セロ採鉱組合役人を名乗るイサドラ役のエバ・ビアンコ)
B: 最後のシーンには唖然としました。本作は言うまでもなく、ホセ・デ・ゼルの人生を掘り下げるのがテーマではありません。
A: 深入りしたくありませんが、ホセは母親フローラがマイトレ劇場を経営していたので、後にアメリカに渡った女優の叔母さんに育てられたということです。その劇場のチケット売りをしていたが仕事が適当だったので辞めさせられた。その後、イスラエルのキブツにいた父親サミュエルに呼び寄せられてイスラエルに渡っている。謎が多くてどこまでが本当か分かりませんが、20代半ばで第三次中東戦争(1967)に従軍したのもそういう関係でしょうか。
B: その時まで父親がキブツにいたなんて知らなかったと言っている。ウイキペディア情報では、職業は「ジャーナリスト、軍人」です。帰国後、時期は不明ですが友人の紹介で「Gente」誌に就職している。ジャーナリスト誕生です。
A: 劇中でも息切れするほどの1日3箱のヘビースモーカー、そのうえコーヒー中毒者でもあり、1日12杯ぐらい飲んでいた。緊張からくるストレスで心も病んでいた。一番華やかだった時代は、チャンネル9に報道記者として在籍していた、1984年から1994年の10年間、1997年、罹患していたパーキンソン病と肺癌ではなく食道癌で56年の人生を駆け抜けた。旅立つときは「ママ、パパ、もう直ぐそっちに行くよ・・・行くから待ってて」と言ったとか。イスラエル人墓地に眠っている。
(妻殺害でサンタフェ刑務所に収監されていたミドル級チャンピオンのボクサー
カルロス・モンソンにインタビューするホセ・デ・ゼル、手にチャンネル9のマイク)
A: ホセになりきったレオナルド・スバラリア(ブエノスアイレス1970)は度々紹介しておりますが、マラガ映画祭2017の大賞マラガ-スール賞を受賞した折にキャリアをアップしております。『10億分の1の男』で鮮烈デビューして以来、リカルド・ダリンに継ぐ知名度を保っています。
B: 監督は以前からタッグを組みたかったらしく、レオもオファーを待っていた。
A: ホセ役に「体型は拘らないが白髪頭は譲れないと考えていた」と監督。脚本は未完成だったが、即座にOK の返事がきた。
B: 前述したように「Puan」でマルティン・フィエロ助演男優賞を受賞したばかり、2025年の主演を期待したい。
A: ほかに超常現象や心霊現象を調べているシクスト・スキアフィノに扮したアグスティン・リッタノはサンティアゴ・ミトレの『アルゼンチン1985』、レルマンの『代行教師』、フェリペ・ガルベスの『開拓者たち』、管理人は未見ですが、デミアン・ラグナのホラー『テリファイド』に出演している。消防署長のダニエル・アラオスはマリアーノ・コーン&ガストン・ドゥプラットの『ル・コルビュジエの家』の怪演でアルゼンチン・アカデミー賞2010の主演&新人男優賞のダブル受賞を果たし、レルマンの『家族のように』にも出演している。
B: いつの時代でも「信じたいものを信じ、見たいものを見る」のが人間のようです。
(本作撮影中のディエゴ・レルマン監督)
*主な監督キャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2017年09月03日/10月23日
*主なレオナルド・スバラリアの紹介記事は、コチラ⇒2017年03月13日
マイテ・アルベルディの『イン・ハー・プレイス』*ネットフリックスで鑑賞 ― 2024年10月19日 14:45
アルベルディの初ドラマ『イン・ハー・プレイス』のテーマは居場所探し
★マイテ・アルベルディの『イン・ハー・プレイス』(仮題「他人の家」)を期待して鑑賞しました。第97回アカデミー賞とゴヤ賞2025のチリ代表作品に選ばれたということ、1950年代に実際に起きた作家マリア・カロリナ・ヘールの動機が明らかでない犯罪にインスパイアされたということなどからでした。しかしドキュメンタリー『83歳のやさしいスパイ』(20)ほど楽しめなかった。というのも肝心の恋人殺害の動機の分析は語られず、その理由は次第に分かってくるのだが、実在しない架空の登場人物たちが右往左往する。要するに殺人犯である作家の複雑な心理解明がテーマでなく、社会的弱者である裁判所の女性書記メルセデスの居場所探しの話なのでした。メルセデスは当時のチリの男性社会から無視されている多くの女性の代弁者の一人、監督は70年後の現在でも「状況はそれほど変わっていないじゃないか」と主張している。従って映画はメルセデスの視点で進行する。サンセバスチャン映画祭のコンペティションでプレミアされた折に作品紹介をしておりますが、便宜上キャスト紹介とストーリーをアップします。
(マイテ・アルベルディ、サンセバスチャン映画祭2024のフォトコール)
キャスト紹介:エリサ・スルエタ(メルセデス)、フランシスカ・ルーウィン(ペンネーム、マリア・カロリナ・ヘール/実名ヘオルヒナ・シルバ・ヒメネス)、マルシアル・タグレ(アリロ判事)、パブロ・マカヤ(夫エフライン)、ガブリエル・ウルスア(書記ドミンゴ)、ニコラス・サアベドラ(被害者ロベルト・プマリノ・バレンスエラ)、クリスティアン・カルバハル(弁護士コンチャ)、パブロ・シュヴァルツ(被害者弁護士モンテロ)、ネストル・カンテリャノ(作家の友人ルネ)、ロサリオ・バハモンデス(ロサ・ヘネケオ・サーベドラ)、ほか証言者多数
ストーリー:1955年4月14日の午後、サンティアゴ市の豪華ホテル・クリヨンのカフェで、作家マリア・カロリナ・ヘールがベルギー製リボルバーで恋人ロベルト・プマリノ・バレンスエラに5発の銃弾を浴びせて殺害した。この事件を担当することになった裁判所の内気な書記官メルセデスは、判事から容疑者のサポートを命じられる。作家のアパートを訪れたメルセデスは、そこに自由のオアシスを見つけると、自分の理不尽な人生、アイデンティティ、社会における女性の地位の低さに疑問を抱くようになる。実際に起きた殺人事件にインスパイアされてドラマ化された。
(被害者と容疑者になる前のシーンから)
マリア・カロリナ・ヘール事件はドラマの背景
A: 作品紹介で述べたように本作は、アリア・トラブッコ・セランの著作 “Las homicidas” 、英語題 “When Women Kill” にインスパイアされて映画化されたフィクションです。20世紀にチリ女性によって犯された象徴的な4つの殺人事件が分析考察されており、その一つが本作に登場する作家マリア・カロリナ・ヘールの殺人事件です。
B: フランシスカ・ルーウィンが演じたマリア・カロリナ・ヘールはペンネームで、実名はヘオルヒナ・シルバ・ヒメネス、劇中でもシーンによって使い分けされている。
(マリア・カロリナ・ヘールことヘオルヒナ・シルバ・ヒメネス)
(劇中小道具として使用される銀のブレスレットをした作家)
A: 事件前に数冊の小説*を上梓している他、1949年に女性が手掛けるのは初めていう “Siete escritoras chilenas”(仮題「7人のチリの女性作家」)という文芸評論を出版しており、彼女が徹底して作品を読みこんだことが実証された。7人のなかにはノーベル文学賞を受賞したガブリエラ・ミストラル、映画にも恋人射殺事件をおこした作家として登場するマリア・ルイサ・ボンバル、ほかに親交のあったアマンダ・ラバルカ、マリア・モンベルなどが含まれている。有名な作家の作品でも批判的に読むことの重要性を指摘しているそうです。
(射殺後に救けを呼ぶという矛盾した行動に出る作家)
B: 小説の特徴は、登場人物を通じて女性の内面性に焦点を当て、女性の知的、社会的自由を求めて闘う姿勢を示している。
A: 家父長主義、男性優位が当たり前の社会、女性解放、ウーマンリブという言葉さえなかった時代ですから、どの作品も評価は分かれたでしょう。映画は当時の社会階級の相違、容疑者も被害者も共に経済的に何不自由なく暮らしている中流階級に属しており、陽ざしの届かない狭苦しいアパートにひしめき合って暮らすエリサ・スルエタ演じるメルセデスのような庶民からすれば、どちらも同情に値しない。
B: メルセデスは、家族、なかでも鈍感な夫に対してフラストレーションを抱え、精神的な逃げ道というか息抜きを必要としていた。偶然にしろ手にした自身の自由を少しでも長く享受したいから、上司である判事が厳罰で臨むことを願っている。
A: 容疑者の弁護士は、精神錯乱を理由に無罪に持ち込もうと画策するが、作家は翌1956年、自分が体験している女子刑務所を舞台にした “Cárcel de mujeres” **(「女性刑務所」)というタイトルの小説を発表して、弁護士の計画を断ち切った。自ら精神錯乱を否定したわけだが、女性蔑視の報道に終始したメディアが「動機は文学的キャリアを高めるためだ」という方向に向かう危険をはらんでいた。
(代表作となった小説 “Cárcel de mujeres” の表紙)
(小説を手にしているメルセデス)
B: この本の出現は軽い制裁で済まそうとしていた判事のメンツをつぶした。判事の事情聴取には黙秘権を行使しておきながら、収監中に小説を執筆して堂々と刊行するなど到底許しがたい。しかし思いがけず手にした自由を手放したくないメルセデスは密かにほくそ笑む。
A: 実際がどうだったか分かりませんが、映画では1956年7月11日、懲役541日の判決を下す。実際は約2倍の3年ですが、変えた理由は何でしょうか。取り立てて落ち度のなさそうな誠実な人間を射殺しておきながら、この刑の軽さは現在の常識では理解しがたい。
B: 現在の司法制度では、判決を下す際に犯罪の動機、被害者への謝罪は重要ですが、作家は謝罪どころか後悔の素振りもなかった。
A: 映画でも彼女の真意は謎のままで、殺害の動機については一貫して沈黙しつづけ、結局墓場までもって行った。作家は1913年生れ、数年前に発症していたアルツハイマー病で自分の名前すら分からなくなって旅立つのが1996年1月1日、享年82歳でした。
B: 真昼間、衆人環視のもとで公然と行われた衝撃的な殺害事件はドラマの背景にすぎなかったというわけでしょうか。
A: 一方、ニコラス・サアベドラが演じた被害者のロベルト・プマリノ・バレンスエラは、1925年サンティアゴ生れ、12歳年下でした。同じ職場である公務員ジャーナリスト基金で知り合ったときは既婚者でしたが、彼女の虜になってからは二人の関係を不倫にしたくないということで離婚しています。
B: カフェのウェイターが「彼は指輪をしていなかった」と証言している。兄弟や同僚の証言からもロベルトが律儀で誠実な男性だったことが窺えるが、作家がロベルトに望んでいたことではなかった。
A: 所詮、ヘオルヒナ・シルバという女性は、彼の手に負える女性ではなく、お金を貢いでくれる取り巻きの一人でしかなかった。独立していて、性的に自由で、文学界である程度の評価を得ていても、ほかの女流作家ほど高くなかったということですから、より名声を求めていたのは確かでしょう。
B: 彼がプレゼントした当時の主婦の憧れの床掃除機を、彼女が「マポチョ川に投げ入れた」という証言が事実なら、やはり激情しやすい、どこかが壊れていた女性です。
A: 才能ある自分が普通の女と一緒くたにされて、プライドを傷つけられたわけです。メルセデスが愛用した赤いガウンをプレゼントした自称詩人ルネが「床掃除機を贈っていたら今頃は僕の追悼式だった」と自嘲するシーンがありましたね。
50年代のチリに精神錯乱でもなく動機もない犯罪は存在しなかった
B: さらに彼女に朗報が届く。ニューヨークに在住していたミストラルなどが、時の大統領カルロス・イバニェス・デル・カンポに恩赦の嘆願書を送った。
A: 映画のエンディングに挿入された嘆願書の日付は、判決の約1カ月後の8月13日でした。ミストラルは「友人である作家」の赦免を求めている。反体制派には厳罰で臨んだ軍事独裁者も、政治的な発言は生涯剥奪したものの自由を認めた。
B: 結果、服役は1年足らずです。残念なことにメルセデスの自由は束の間に終わってしまった。ミストラルは半年後に膵臓癌でニューヨークで客死するから間一髪でした。遺族にしてみれば不条理だったに違いない。
(オスカーとゴヤ賞のチリ代表作品に選ばれた)
A: チリの50年代には、動機のない犯罪、挑発もなく女性が犯す殺人の可能性は考えられなかったことも作家には幸いしたが、これが正義だったとは思えない。ロベルト・プマリノは浮かばれないし、遺族や弁護士はさぞ歯噛みしたことでしょう。被害者サイドの弁護士モンテロが、容疑者が刑務所でなくホテル住まいだと息まくシーンもありました。判事からブエン・パストールの女子修道院だと宥められるが、司祭以外の「男性お断り」の女子修道院では男性のモンテロにはお手上げです。修道院が刑務所の一端を担っていた。
B: 作家の出所は、メルセデスを突き放す。もうセンスある衣装を身にまとうことも、イヤリングなどの装身具も、マニキュア、化粧品とも別れなければならない。
A: 作家と同じ髪型に変え、トレードマークのロングコート、ブレスレッドを付けて変身していく大胆さに、観客はこれはヤバいとドキドキする。しかし、メルセデスが想像のなかで作家と一体化して現実を侵食していくシーンは少し冗漫に感じました。実際のところ弁護士が預かれない容疑者の鍵を担当書記官が自由に使用できる設定は「あり」でしょうかね。
B: 作家の鍵を持っていて、アパートでメルセデスと鉢合わせする自称詩人のルネも自分の居場所がないと嘆いていましたが、居場所探しは女性に限らない。
A: 出所した作家をタクシーで迎えに行った取り巻きの一人がこのルネでした。詩を書いて生計を立てるのは、いつの時代でも厳しい。2回登場させていますが、パラルにいるという姉も含めて多くの証言者が冒頭で消えてしまうのと対照的です。
B: それぞれ視点を変えれば、どんどん実像から離れていくという駒として登場させている。
前例のあった殺人事件――「エウロヒオ射殺事件」
A: 前述の詩人で小説家のマリア・ルイサ・ボンバル(1910~80)の恋人射殺事件を取り入れることで、ストーリーにふくらみをもたせている。1941年、ボンバルはかつて熱烈な恋愛関係にあったエウロヒオ・サンチェスの腕に3発の銃弾を浴びせるという事件を起こしている。場所も同じホテル・クリヨンでした。裁判になったがサンチェスが彼女の罪をいっさい問わなかったので裁判官もボンバルを無罪にした。
B: 前例があるわけですね。シルバがこの射殺事件を念頭において模倣した可能性がある。
A: ウイキペディア情報ですが、二人の作家は作風が似ているようです。ボンバルはボルヘスやネルーダとも親交のあった作家だそうで、エロティック、シュールレアリスト、フェミニズムのテーマを取り入れ、いわゆる男性らしさを否定している。サンティアゴ市文学賞を受賞するなどシルバより評価は高そうです。
B: 実在したモデルのある人物と架空の登場人物がうまく噛み合っていない印象でした。
A: 公式サイトで、エリサ・スルエタが演じたメルセデスを「内気」と紹介していますが、内気どころか少々大胆で、保身に汲々している上司を翻弄している。当ブログ初登場です。
B: 2人のハイティーンの息子がいるから、事件当時42歳だった作家と同年齢か少し年下に設定されていますが、若く見えました。複雑な作家を演じたフランシスカ・ルーウィンも初登場。
A: ルーウィンは1980年サンティアゴ生れ、彼女も映画よりTVシリーズ出演が多い。
★エリサ・スルエタは、1981年サンティアゴ生れ、映画、TV、舞台女優、脚本家、演出家でもある。マルティン・ドゥプァケットの「El Fantasma」(23)に主演、共同で脚本を執筆、ルネ役のネストル・カンテリャノと共演している。TVシリーズ出演が多い。ノミネートはあるが受賞歴はない。
★フランシスカ・ルーウィンは、1980年サンティアゴ生れ、TVシリーズ出演が多く、「Los Capo」(全124話)でアート・エンターテインメント批評家2005助演女優賞を受賞している。
(ともにサンセバスチャン映画祭は初めてという、スルエタとルーウィン、9月23日)
*”El mundo dormido de Yenia”(1946、イェニアの眠りの世界)、”Extraño estío”(1947、奇妙な夏)、”Soñaba y amaba al adolescente Perces”(1949、ペルセスの思春期の夢と愛)、仮題を付記しました。
**フィクション、証言、自伝を織りまぜており、通行不能な世界である刑務所に収監された女性たちと彼女たちを取り巻く状況を描いた画期的な小説、ほかに女性同士の欲望、今でいうレズビアンを描いた部分が当時としては独特な位置を占めている。「省略と脱線の繰り返しは、裁判官や弁護士の協力を防ぐために巧妙に配されている」とトラブッコ・セランは評している。
*原作者、作品紹介は、コチラ⇒2024年08月14日
*監督の主な紹介は、コチラ⇒2020年10月22日/2024年01月18日
スペイン勢のフォト集*サンセバスチャン映画祭2024 ㉞ ― 2024年10月09日 18:41
映画祭を盛り上げた地元スペインのスターたち
★映画以外のTVシリーズ、HBOなど日本では視聴が難しい作品も含めて、映画祭を盛り上げた面々を特集しました。クラシック映画(Klasikoak)部門でモンチョ・アルメンダリスの「Tasio」(84)が、バスク・フィルム・ライブラリーで修復され40年ぶりに上映されました。監督も姿を現し歓迎を受けました。TVシリーズはアウト・オブ・コンペティション作品なので作品紹介はしておりませんが、当ブログに登場願った知名度の高いスターのフォトを中心に落穂ひろいをしました。手短に内容紹介をしました。
★モンチョ・アルメンダリスの名作「Tasio」(Klasikoak部門)には、「Silencio roto」(01)や「Obaba」(05)など監督の代表作を手掛けている製作者プイ・オリアが同伴しておりました。
(上映会で挨拶するモンチョ・アルメンダリス監督、9月21日)
(監督とプロデューサーのプイ・オリア)
★エンリケ・ウルビスのスペイン=米国合作スリラー「Cuando nadie nos ve」(8話、HBO)には、監督以下主演者3人、マリベル・ベルドゥ、マリエラ・ガリガ、アメリカの俳優オースティン・アメリオが参加しました。来年の放映ですからプロモーションのようです。日本でも2021年6月からHBO Maxは、U-NEXTで配信されるようになっているので英語版なら見られるかもしれません。
(エンリケ・ウルビス監督、9月23日)
(マリベル・ベルドゥ)
(左から、監督、マリベル・ベルドゥ、マリエラ・ガリガ、オースティン・アメリオ)
★監督賞を受賞したペドロ・マルティン・カレロの「El llanto」(コンペティション)のグループは、脚本を監督と共同で執筆したイサベラ・ペーニャも含めて大挙して参加していました。本作は東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門で『叫び』の邦題でやってきます。ラテンビート映画祭共催作品です。Q&Aに参加してくれることを願っています。
(ペドロ・マルティン・カレロ監督、9月25日)
(監督と脚本家イサベラ・ペーニャ)
(左から、エステル・エクスポシト、マレナ・ビリャ、マティルダ・オリヴィエ)
(3女優に挟まれた監督)
★ハビエル・ギネルとエレナ・トラぺの共同監督のコメディ「Yo, adicto」(6話、TVシリーズ)には総勢14人、監督以下、主役ハビエルを演じるオリオル・プラ、アルモドバルの『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』にも出演したビクトリア・ルエンゴなどが参加しました。ハビエル・ギネル(ビスカヤ県バラカルド1977)は監督、脚本家、製作者だが、10年以上前はセックス、アルコール、ドラッグの中毒者だった。その依存症との関係、その脱出についての同名著書 ”Yo, adicto” の映画化です。自分の体験を語っており、クローゼットから出てきたことも明らかにしています。当時自分が中毒者である自覚はなかったそうで「それに気づいていない人の数に驚くだろう」とも語っている。コメディ仕立てですが奥は深そうです。
(ハビエル・ギネル、エレナ・トラぺ、9月25日)
(主人公ハビエル役のオリオル・プラ)
(共演者ビクトリア・ルエンゴとオマール・アユソ)
★アレクシス・モランテのコメディ「¿ Es el enemigo? La película de Gila」(RTVE製作)の舞台はスペイン内戦時代の1936年マドリード、祖父母と平和に暮らしていたミゲル・ヒラと呼ばれた若い男性の物語。実在したコメディアンの物語。初めて主役ミゲルに抜擢されたオスカル・ラサルテの演技が絶賛されています。その他の共演者ナタリア・デ・モリーナ、カルロス・クエバス、ミゲル・ヒラの娘の一人マレナ・ヒラ、他が参加しています。「内戦という悲劇的シチュエーションを超えるためのユーモアがふんだんに描かれている」とオスカル・ラサルテがインタビューに応えている。
(アレクシス・モランテ監督とマレナ・ヒラ、9月26日)
(主人公ミゲルを演じたオスカル・ラサルテ)
(共演者のナタリア・デ・モリーナ)
(同上カルロス・クエバス)
(左から、クエバス、ヒラ、ラサルテ、監督、デ・モリーナ、レッドカーペット)
★ロドリゴ・コルテスの「Escape」(RTVE)には、監督以下マリオ・カサス、アンナ・カステーリョ、製作者のアドリアン・ゲーラが参加していました。マーティン・スコセッシがエグゼクティブプロデューサーを務めたことが話題になっています。共演者にホセ・サクリスタン、ブランカ・ポルテーリョなどがクレジットされていますが不参加でした。刑務所生活を望む青年Nの物語。世界から消え去りたい、そのため刑務所に入ろうと深刻な犯罪を犯そうとする。家族も精神科医も裁判官もNの願いを止めることができるかどうかの疑問が提起される。相変わらずコルテスらしい捻りのスリラー。刑務所から逃げるのではなく、世界から逃げたい青年の話、テーマは自由は何かということでしょうか。
(ロドリゴ・コルテス監督、9月27日)
(N役のマリオ・カサス、妹役のアンナ・カステーリョ)
(左から、アドリアン・ゲーラ、カサス、監督、ホセ・パストール、
アンナ・カステーリョ、エレナ・サンチェス、プレス会見)
★アラウダ・ルイス・デ・アスアの「Querer」(TVミニシリーズ、4話、アウト・オブ・コンペティション作品)は、監督以下主役のナゴレ・アランブル、ロレト・マウレオン、二人の息子役にミゲル・ベルナルドーとイバン・ペリセルなどが参加しました。完璧な結婚生活の30年間にレイプを受け続け、家を出てからもレイプされ続けていると妻が夫を告発したとき、家族は引き裂かれる。二人の息子は母親を信じるか、無実を主張する父親を支持するかの選択を迫られる。映画は真実を見つけようとする同じ目的をもつ法的手続きと並行して進行する家族の旅が語られる。夫役のペドロ・カサブランクは不参加でした。
(アラウダ・ルイス・デ・アスア監督、9月27日プレス会見)
(妻ミレン役のナゴレ・アランブル、フォトコール)
(ロレト・マウレオン)
(左から、ミゲル・ベルナルドー、ロレト・マウレオン、ナゴレ・アランブル、
イバン・ペリセル、アラウダ・ルイス・デ・アスア監督)
★最後はペルラス部門のクロージング作品、アイトル・アレギ&ジョン・ガラーニョの「Marco」のグループ、マルコ役のエドゥアルド・フェルナンデス、妻役のナタリエ・ポサがフォトコールに出席しました。本作は作品紹介をアップしています。
(アイトル・アレギ、最終日の9月28日)
(ジョン・ガラーニョ)
(エドゥアルド・フェルナンデス)
(ナタリエ・ポサ)
★第72回サンセバスチャン映画祭も積み残しが多くてすっきりしませんが、これでおしまいにします。10月11日にマイテ・アルベルディの『イン・ハー・プレイス』のNetflixストリーミングの配信が始まります。
欧米からの参加シネアストたち*サンセバスチャン映画祭2024 ㉝ ― 2024年10月07日 12:11
ティム・バートン、ジャック・オーディーアール、コスタ・ガブラス・・・
★コンペティション作品でなかったことから作品紹介はしませんでしたが、レッドカーペットを彩った監督やキャストのスナップをご覧ください。コスタ・ガブラスの「Le dernier souffle」はコンペティション作品でしたが、主役2人の参加はなく、共演者のアンヘラ・モリーナ、シャーロット・ランプリングのようなベテラン女優が監督と連れ立ってフォトコールに応じていました。サンセバスティアン市の9月下旬は寒暖の差が激しく、用意してきた衣装にもよるのでしょうが夏服秋服混在での登場でした。
★ティム・バートンの「Maria Callas: Letters and Memoirs」(ペルラス部門)のグループ。
(ティム・バートンとマリア・カラスを演じたモニカ・ベルッチ、9月26日)
(左から2人目、モニカ・ベルッチ)
★ジャック・オーディーアールの「Emilia Pérez」(ペルラス部門)、カンヌ映画祭でカルラ・ソフィア・ガスコンが女優賞を受賞している。
(ジャック・オーディーアール)
(カルラ・ソフィア・ガスコンとオーディーアール監督、9月20日)
★コスタ・ガブラスの「Le dernier souffle / Last Breath」(コンペティション)、監督と女優3人が参加しました。
(コスタ・ガブラス監督、9月25日)
(アンヘラ・モリーナ)
(シャーロット・ランプリング)
(左から、マリリン・カント、監督、ランプリング、モリーナ)
★パヤル・カパディアの「All We Imagie As Light / La luz que imaginamos」(インド、ペルラス部門)、インドからの参加ですが、RTVE「ある視点」賞を受賞しましたのでアップしました。大勢で参加しましたが、最後のガラまで待たずに帰国してしまった。
(パヤル・カパディア監督)
(参加したキャストたち)
★マイク・リーの「Hard Truths / Mi única familia」(コンペティション、イギリス)、監督以下主演のマリアンヌ・ジャン=バティスト、エグゼクティブプロデューサーのハビエル・メンデス、プロデューサーのジョージナ・ロウなどが参加した。
(81歳になったマイク・リー監督、マリアンヌ・ジャン=バティスト、9月26日)
(ハビエル・メンデス)
(右から2人目がジョージナ・ロウ)
★ラウラ・カレイアの「On Falling」(コンペティション、英=ポルトガル)、監督賞受賞作品。
(ラウラ・カレイラ監督、9月24日)
(主演ジョアナ・サントス)
(ジェイク・マクガリー)
★ジョシュア・オッペンハイマーの「The End」(コンペティション)、主演のティルダ・スウィントンはフォトコールには参加しなかったようです。デンマークの製作者シーネ・ビュレ・ソーレンセンが参加しました。
(ジョシュア・オッペンハイマー、9月23日)
(俳優ジョージ・マッケイ)
(監督とシーネ・ビュレ・ソーレンセン)
★ジョニー・デップの「Modi, Three Days on the Wing of Madness」(イギリス=ハンガリー=イタリア)はアウト・オブ・コンペティションでしたので作品紹介はしませんでした。1916年パリの街路が舞台、友人たちからモディの愛称で呼ばれていたイタリアの画家アメデオ・モディリアーニ(1884~1920)の3日間の旋風を描いている。フランスの画家ユトリロをブルーノ・グーリーが演じる。
(ホセ・ルイス・レボルディノスの歓迎をうけるジョニー・デップ、9月24日)
(モディの恋人ベアトリス役のアントニア・デスプラ、監督、リッカルド・スカマルシオ)
(モディを演じたリッカルド・スカマルシオ)
(モーリス・ユトリロを演じたブルーノ・グーリー)
(ルイザ・ラニエリ)
ラテンアメリカから現地入りしたスター*サンセバスチャン映画祭2024 ㉜ ― 2024年10月05日 16:36
マイテ・アルベルディ、マリアナ・ロンドン、ディエゴ・レルマン・・・
★オリソンテス・ラティノス部門にノミネートされたグループには、チリのマイテ・アルベルディ、ベネズエラのマリアナ・ロンドン&マリテ・ウガス、アルゼンチンのディエゴ・レルマンなど受賞歴のあるシネアストが現地入りしました。既にオリソンテス賞を受賞したルイス・オルテガの「El jockey」のグループはアップしております。以下は入手できたセクション・オフィシアルとオリソンテス・ラティノス部門ノミネートのグループです。作品紹介は長短ありますが、すべてアップしております。
*「El jockey」のフォトは、コチラ⇒2024年09月26日
★ドキュメンタリー作家としてアカデミー賞にノミネートされた、マイテ・アルベルディの初となる長編ドラマ「El lugar de la otra」のグループ。監督は開幕前から現地入りしておりましたが、今回は無冠に終わりましたが、『イン・ハー・プレイス』の邦題で間もなくNetflix配信が始まります。
(マイテ・アルベルディ監督、9月23日)
(フランシスカ・ルーウィン)
(エリサ・スルエタ)
(プレス会見、9月23日)
★チリのホセ・ルイス・トーレス・レイバの「Cuando las nubes esconden las sombras」のグループ、マリア・アルチェが主演した。
(監督、マリア・アルチェ、9月19日)
(参加者レッドカーペットに、9月21日)
★パナマのアナ・エンダラ・ミスロフ監督の「Querido trópico」は孤独がテーマ、チリのベテラン女優パウリナ・ガルシアが認知症を患う女性を演じています。
(アナ・エンダラ・ミスロフ、9月20日)
(中央が監督とパウリナ・ガルシア、レッドカーペット、9月20日)
(右がエンダラ監督)
(パウエル・ガルシア、プレス会見、9月21日)
★ベネズエラのマリアナ・ロンドン&マリテ・ウガス共同監督の「Zafari」のグループ。ロンドンはSSIFF2013で「Pelo malo」が金貝賞を受賞しています。
(左から、マリテ・ウガス、マリアナ・ロンドン、9月20日)
(両監督以下参加者レッドカーペットに、9月21日)
(マリアナ・ロンドン、プレス会見、9月23日)
(主役を演じたダニエラ・ラミネス)
★アルゼンチンのフェデリコ・ルイス監督の「Simón de la montaña」のグループ。
(フェデリコ・ルイス、9月21日)
(左から2番目がルイス監督)4人水色ズボン
★ディエゴ・レルマンの「El hombre que amaba los platos voladores」は、セクション・オフィシアルです。20世紀に実在したテレビ・レポーターが主人公でレオナルド・スバラリア(スバラグリア)が演じます。ディエゴ・レルマン、レナータ・レルマンの父娘など大勢で参加していましたが、前作『代行教師』のように今回は賞に絡むことはできませんでした。10月18日からNetflix配信が始まります。
(ディエゴ・レルマン監督、9月24日)
(主役のレオナルド・スバラリア)
(ニコラス・アブル)
(前回助演俳優賞を受賞したレナータ・レルマン)
(モニカ・アジョス)
★LGTBIAQをテーマにした作品に贈られるセバスティアン賞を受賞したロラ・アリアスのドキュメンタリー「Reas」のグループ、監督以下出演者ノエリア・ラディオサなどが現地入りしました。
(右から3人目が監督、2人目がラディオサ)
(左から、ラディオサ、ロラ・アリアス監督)
(第25回ガラには市長やドラッグクイーン、審査員アンナ・カステーリョ、
同エネコ・サガルドイなどが賑やかに出席した)
★アルゼンチンのセリナ・ムルガ監督の「El aroma del paso recién cortado」、主演のホアキン・フリエルが現地入りしました。
(セリナ・ムルガ)
(ホアキン・フリエル、9月18日)
(ムルガ監督とホアキン・フリエル)
オリソンテス賞にルイス・オルテガの「El jockey」*サンセバスチャン映画祭2024 ㉛ ― 2024年10月03日 14:24
オリソンテス賞はアルゼンチンのルイス・オルテガの「El jockey」
★クロージング・ガラに受賞者が登壇する賞は、ニューディレクター部門のクチャバンク賞、オリソンテス・ラティノス部門のオリソンテス賞、バスク映画部門のイリサル賞、短編部門ネスト部門のメディアプロ・スタジオ・ネスト賞、サンセバスティアン市観客賞などが代表格です。今回はオリソンテス・ラティノス部門以外は作品紹介ができませんでしたが、一応受賞者をアップしておきます。オリソンテス賞を受賞したアルゼンチンのルイス・オルテガの「El jockey」は、東京国際映画祭2024ワールド・フォーカス部門に『キル・ザ・ジョッキー』の邦題で上映が決定しています。ラテンビート映画祭と共催です。
★セクション・オフィシアルの金貝賞発表後、クロージング作品「We Live in Time / Vivir el momento」のジョン・クローリー監督、主演のアンドリュー・ガーフィールドとフィオナ・ウイアーが登壇して会場を沸かせました。アウト・オブ・コンペティション作品なので賞には絡みませんが、作27日にプレス会見をしており、なかでもガーフィールドの人気は高く、レッドカーペットでのサービスを機嫌よくこなしておりました。
(ジョン・クローリー監督)
(監督、フィオナ・ウイアー、右アンドリュー・ガーフィールド、他)
◎クチャバンク賞(ニューディレクター部門、新人監督賞)
「Bagger Drama」製作国スイス
監督パイエット・バウムガルトナー(スイス)
*スペシャルメンション
「La guitarra flamenca de Yerai Cortés」ドキュメンタリー
製作国スペイン(オープニング作品)
監督アントン・アルバレス(スペインのミュージシャン、愛称 C.タンガナ、デビュー作)
(フラメンコギター奏者イェライ・コルテスとアントン・アルバレス監督)
◎オリソンテス賞(オリソンテス・ラティノス部門)
「El jockey / Kill The Jockey」
製作国アルゼンチン=メキシコ=スペイン=デンマーク=米国
監督ルイス・オルテガ(アルゼンチン)
(監督欠席で主役ナウエル・ぺレス・ビスカヤートが受け取り、パレスチナに連帯を送った)
◎サバルテギ-タバカレア賞
「Aprili / April」製作国フランス=イタリア=ジョージア
監督デア・クルムベガシヴィリ(ジョージア、長編2作目)
(製作者のアレクサンドラ・ロッシとフランチェスコ・メルツィ)
*スペシャルメンション
「Monólogo colectivo / Collective Monologue」製作国アルゼンチン
監督ジェシカ・サラ・リンランド(アルゼンチン、ロカルノ映画祭でプレミア)
◎ネスト賞 (ザ・メディアプロ・スタジオ、30分以内の短編部門)
「El reinado de Antoine / The Reign of Antoine」製作国キューバ=ドミニカ共和国
監督ホセ・ルイス・ヒメネス・ゴメス(ドミニカ共和国)
◎クリナリー映画賞(映画とガストロノミー部門)
「Mugaritz, Sin pan ni postre」製作国スペイン
監督パコ・プラサ(スペイン)
(パコ・プラサ監督)
(パコ・プラサ、アンドニ・ルイス・アドゥリス、パブロ・イスラ)
◎ Eusko Label 賞
第1席「Las guardianas」製作国スペイン
監督ボルハ・デ・アグエロ(スペイン、短編)
(ありがとう、と最短スピーチでした)
第2席「Km 0」製作国スペイン
監督ジョン・マルティハ・レウンダ(スペイン)
◎イリサル賞(バスク映画部門)
「Chaplin, espiritu gitano / Chaplin, Spirit of the Tramp」
製作国スペイン=英国=オランダ=フランス
監督カルメン・チャップリン(イギリス、監督デビュー作、女優、製作者、ドキュメンタリー)
(受賞者欠席でカルロス・フアレスが受け取った)
*スペシャルメンション
「Erreplika / Replica」製作国スペイン
監督ペリョ・グティエレス・ペニャルバ(スペイン)
◎ドノスティア(サンセバスティアン)市観客賞
「En fanfare / The Marching Band (Por todo lo alto)」製作国フランス
監督エマニュエル・クールコル(フランス、カンヌ映画祭でプレミア、ピエール・ロタン主演)
(エマニュエル・クールコル監督、イレネ・ムスカリ)
◎ヨーロッパ映画ドノスティア(サンセバスティアン)市観客賞
「Daney anjir maabed / The Seed of the Sacred Fig」製作国ドイツ=フランス=イラン
監督モハマド・ラスロフ(イラン、カンヌ映画祭審査員特別賞とFIPRESCI賞を受賞)
(アレックス・ラフエンテ、女優マフサ・ロスタミ)
◎スペイン・ラテンアメリカ協同賞
「Sujo」製作国メキシコ=米国=フランス(オリソンテス・ラティノス部門ノミネート)
監督アストリッド・ロンデロ(メキシコ)、フェルナンダ・バラデス(メキシコ)
(フェルナンダ・バラデス監督、ロンデロ監督欠席)
◎ロテリアス賞
第1席「Antón」製作国スペイン
監督ミケル・ゴンサレス・ベオルレギ(スペイン)
第2席「Cafuné」製作国スペイン
監督カルロス・フェルナンデス・デ・ビゴ(スペイン)、ロレナ・アレス(スペイン)
◎ユース賞
「Turn Me On」製作国米国
監督マイケル・ティバースキー(米国、ニューディレクター部門出品)
◎ RTVE「ある視点」賞
「All We Imagine As Light / La luz que imaginamos」
製作国仏=インド=オランダ=ルクセンブルク
監督パヤル・カパディア(インド)
(監督欠席でラミロ・レドが受け取った)
*スペシャルメンション
「On Falling」製作国イギリス=ポルトガル
監督ラウラ・カレイラ(ポルトガル、セクション・オフィシアル部門)
★女性監督に与えられるドゥニア・アヤソ賞に、セリア・リコ・クラベリノの「Los pequeños amores / Little Loves」(スペイン)、Agenda 2030 Euskadi Basque Country賞にイシアル・ボリャインの「Soy Nevenka / I ’m Nevenka」が受賞した。
(ドゥニア・アヤソ賞「Los pequeños amores / Little Loves」)
(イシアル・ボリャインの「Soy Nevenka / I ’m Nevenka」)
★パラレル賞としてフェロス・シネマルディア賞にアルベルト・セラ『孤独の午後』、FIPRESCI賞にシン・フオの「Bound In Heaven」、セバスティアン賞にアルゼンチンのロラ・アリアスの「Reas」、Cignis賞にピラール・パロメロの「Los destellos」が受賞している。
(ロラ・アリアスの「Reas」)
金貝賞はアルベルト・セラのドキュメンタリー*サンセバスチャン映画祭2024 ㉚ ― 2024年10月01日 17:55
アルベルト・セラの「Tardes de soledad」が金貝賞
(製作者全員が登壇、それぞれ受賞スピーチをした)
★9月28日、第72回サンセバスチャン映画祭2024の金貝賞が、アルベルト・セラの「Tardes de soledad」(スペイン)に、恐らくドキュメンタリーが受賞するのは初めてではないでしょうか。二人の新人が受賞した監督賞(銀貝賞)には、ラウラ・カレイラの「On Falling」(イギリス=ポルトガル)、ペドロ・マルティン=カレロ「El llanto / The Wailing」(スペイン=アルゼンチン=フランス)が受賞しました。因みに10月28日から始まる第37回東京国際映画祭TIFFのワールド・フォーカス部門に、セラの新作は『孤独の午後』、マルティン=カレロのデビュー作は『叫び』の邦題で上映が決定しています。両作とも第21回ラテンビート映画祭LBFFとの共催作品です。
★監督賞以外の銀貝賞には、2020年からベルリン映画祭と同様男女の区別をしない、主演俳優賞にパトリシア・ロペス・アルナイス(ピラール・パロメロの「Los destellos」スペイン)、助演俳優賞にピエール・ロタン(フランソワ・オゾンの「Quand vient l'automne / When Fall Is Caming」フランス)がトロフィーを手にしました。
★審査員特別賞にジア・コッポラの「The Last Showgirl」(米国)、脚本審査員賞には共同で執筆したフランソワ・オゾンとフィリップ・ピアッツォ(「Quand vient l'automne」)が受賞しました。撮影審査員賞にピャオ・ソンリ(「Bound In Heaven」中国)が受賞しました。以上がセクション・オフィシアルの受賞者です。
★コンペティション部門以外のオリソンテス・ラティノス部門(オリソンテス賞)、ニューディレクター部門(クチャバンク賞)、バスク映画部門(イリサル賞)、観客賞(サンセバスティアン市)などは、次回アップします。
セクション・オフィシアル
◎作品賞(金貝賞)
「Tardes de soledad」(『孤独の午後』) 監督:アルベルト・セラ
製作者:モンセ・トリオラ、ルイス・フェロン、アルベルト・セラ、その他が出席した。
製作国スペイン、言語スペイン語
*プレゼンターは審査委員長ハイオネ・カンボルダ
(セラの全作を手掛けているモンセ・トリオラが最初にスピーチした)
(最後に喜びの挨拶をしたアルベルト・セラ)
◎審査員特別賞
「The Last Showgirl」 監督:ジア・コッポラ、製作国米国、言語英語
*プレゼンターは審査員レイラ・ゲリエロ
(左から、主演のパメラ・アンダーソン、コッポラ監督)
(9月27日のフォトコール)
◎監督賞(銀貝賞)今回は2人
ラウラ・カレイラ(ポルトガル)
作品「On Falling」製作国イギリス=ポルトガル、言語ポルトガル語、英語
*プレゼンターは審査員キャロル・スコッタ
(左キャロル・スコッタと受賞者)
ペドロ・マルティン=カレロ
作品「El llanto / The Wailing」(『叫び』)
製作国スペイン=アルゼンチン=フランス、言語スペイン語
*プレゼンターはキャロル・スコッタ
◎主演俳優賞(銀貝賞)
パトリシア・ロペス・アルナイス 出演映画「Los destellos」
(監督ピラール・パロメロ)
*プレゼンターはレイラ・ゲリエロ
◎助演俳優賞(銀貝賞)
ピエール・ロタン 出演映画「Quand vient l'automne / When Fall Is Caming」
(監督フランソワ・オゾン)
*プレゼンターは審査員ウルリヒ・ザイドル
(左ウルリヒ・ザイドルとピエール・ロタン)
◎撮影審査員賞(銀貝賞)
ピャオ・ソンリ(朴松里) 作品「Bound in Heaven」(監督シン・フオ、製作国中国)
*プレゼンターはキャロル・スコッタ
(受賞者欠席でシン・フオ監督が代理で受け取りました)
◎脚本審査員賞
フランソワ・オゾン、フィリップ・ピアッツォ
作品「Quand vient l'automne / When Fall Is Caming」
(受賞者二人とも欠席で俳優ピエール・ロタンが代理で受け取り、フランス語訛りのスペイン語でスピーチを代読、会場の拍手喝采を受けていました)
*プレゼンターは審査員クリストス・ニク
★審査員の一人アメリカの俳優で監督のフラン・クランツは欠席でした。次回はセクション・オフィシアル以外の受賞者をアップします。
アルモドバルのドノスティア栄誉賞ガラ*サンセバスチャン映画祭2024 ㉙ ― 2024年09月29日 17:21
アルモドバルにドノスティア栄誉賞――プレゼンターはティルダ・スウィントン
★9月26日(木)クルサール・ホール、ペドロ・アルモドバルのドノスティア栄誉賞ガラが、スペイン首相ペドロ・サンチェス夫妻も出席して賑々しく行われました。受賞者は前日25日が75歳の誕生日だった由、サンセバスチャン映画祭に初めて参加したのは44年前、デビュー作『ペピ、ルシ、ボンと他大勢の娘たち』がニュー・ディレクターズ部門にノミネートされたときでした。そして今年、第81回ベネチアFFの金獅子賞を受賞したばかりの「The Room Next Door / La habitación de al lado」がセレモニーの後上映されました。本作は東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門にラテンビート共催作品として『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』の邦題で上映されます。
(左から、首相夫人ベゴーニャ・ゴメス、ペドロ・サンチェス首相、
ペドロ・アルモドバル、ティルダ・スウィントン、SSIFF2024ガラ、9月26日)
★プレゼンターはラ・マンチャの監督が英語で長編を撮った『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』の主役の一人を演じたティルダ・スウィントン、彼女はジャン・コクトーの戯曲に基づいた短編『ヒューマン・ボイス』にも主演している。最後にスペインサイドの共演者、フアン・ディエゴ・ボット、ラウル・アレバロ、メリナ・マシューズ、ビクトリア・ルエンゴも登壇して、受賞者を祝福しました。もう一人の主演者ジュリアン・ムーアは残念ながら不参加でした。プレゼンターはアルモドバルの映画について「人間的な親しみのこもった慰めをあたえ、私たちが必要としているときに私たちを明るくし」、「私たちを虜にし、楽しませ、感動させ、ほぼ半世紀を分かち合ってきた。そして終りの兆しが感じられない」と称揚した。
(トロフィーにキスするラ・マンチャの監督)
(お祝いのスピーチをするティルダ・スウィントン)
★受賞者は開口一番、会場に夫人を同伴して出席していたサンチェス首相に「文化を支援するためにここに来ていただき本当にありがとう」とまず感謝を送った。こう挨拶されては支援しないわけにいかないです。「私の映画を際立たせるものがあるとすれば、それは登場人物たちが享受している自由であり、自由がなければ人生は生きる価値がない」と語った。便箋4~5枚手にしていたから長い受賞スピーチだった。「私のような年齢でドノスティア賞を貰うのは終着を意味するかもしれない。これまでの行程のご褒美かもしれないが、私はそう思っていない。私にとって映画は、祝福か呪詛か、休むことなく脚本を書き監督すること以外の人生は考えられないし、仮にそれが酷い作品だったとしても作り続けるつもりだ、何故ならその反対は空っぽだからだ」とスピーチし、これからも映画を作り続けることが自分の命であり、映画なしの人生はあり得ないことを強調した。
(左から、ラウル・アレバロ、メリナ・マシューズ、受賞者、ビクトリア・ルエンゴ、
フアン・ディエゴ・ボット、ティルダ・スウィントン)
★ティルダ・スウィントンとジュリアン・ムーアが主演する新作について「憎しみのメッセージが支配する現実において、私の映画はその反対です。共感、寄り添い、助け合うことを提案しています」と、かつてのキャバレー・アーティスト、危険を怖れずメロドラマを撮りつづけるアルモドバルは、これから上映される新作のほのめかしをした。
★1970年代に徒手空拳でマドリードにやってきた映画界の異端児の本祭登場は、先述したように1980年の『ペピ、ルシ、ボンと他大勢の娘たち』、その後セクション・オフィシアルに『セクシュリア』(82)、アウト・オブ・コンペティションに『私の秘密の花』(95)、1993年には「アルモドバルの夕べ」という特集が組まれている。またドノスティア栄誉賞のプレゼンター役で、1996年アル・パチーノ、2004年ウディ・アレン、2008年愛弟子アントニオ・バンデラスにトロフィーを手渡すためにやってきている。
★さらにメイド・イン・スペイン部門で『オール・アバウト・マイ・マザー』(99)、『トーク・トゥ・ハー』(02)、『バッド・エデュケーション』(04)、『ボルベール〈帰郷〉』(06)、『抱擁のかけら』(09)、『アイム・ソー・エキサイテッド!』(13)、『ジュリエッタ』(16)、『ペイン・アンド・グローリー』(19)が上映されている。因みに本賞は1986年から始まっており、スペインの受賞者としては8人目、受賞順に1999年フェルナンド・フェルナン=ゴメス、2001年パコ・ラバル、2008年アントニオ・バンデラス、2013年カルメン・マウラ、2019年ペネロペ・クルス、2023年ビクトル・エリセ、同ハビエル・バルデムです。
★ガラの司会者はバスク自治州ビスカヤ出身のエネコ・サガルドイ(1994)、バスク語とスペイン語で進行役を務めた。サガルドイは『アルツォの巨人』でゴヤ賞2018新人男優賞を受賞している、俳優、製作者、最近バスク語で短編「Betiko gaua / The Eternal Night」を監督、マラガ映画祭2023短編部門にノミネートされた。
(司会者エネコ・サガルドイ)
★ドノスティア栄誉賞ガラのフォト集(クルサール・ホールにて)
(右から2人目、ペドロ・サンチェス首相夫妻、会場にて)
(受賞者とティルダ・スウィントン)
(メリナ・マシューズ)
(ビクトリア・ルエンゴ)
(フアン・ディエゴ・ボット)
(ラウル・アレバロ)
(『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』のスタッフ&キャスト、
制作会社エル・デセオのアグスティン・アルモドバル、エステル・ガルシアを交えて)
*『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』の記事は、コチラ⇒2024年06月18日
*『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』のきじは、コチラ⇒2023年05月04日
*『ヒューマン・ヴォイス』の記事は、コチラ⇒2020年08月16日
*『ペイン・アンド・グローリー』の記事は、コチラ⇒2019年04月22日
*『ジュリエッタ』の記事は、コチラ⇒2016年02月19日
*『アイム・ソー・エキサイテッド』の記事は、コチラ⇒2013年09月21日
現地入りしたシネアストたちのフォト集*サンセバスチャン映画祭2024 ㉘ ― 2024年09月27日 16:31
★9月22日、サンセバスティアンは今日も晴れ、セクション・オフィシアル出品のピラール・パロメロの「Los destellos」、アウト・オブ・コンペティションのパウラ・オルティスの「La virgen roja」、フランソワ・オゾンの「Cuand vient l’automne」、日本から製作者の小寺剛雄が現地入りした黒沢清のセルフリメイク作品『蛇の道』チームのフォトコールです。
★セクション・オフィシアル出品作品、ピラール・パロメロの「Los destellos」のチーム、製作者フェルナンド・ボバイラ、バレリー・デルピエールも参加しました。
(ピラール・パロメロ監督、プレス会見)
(主役パトリシア・ロペス・アルナイス、フォトコール)
(アントニオ・デ・ラ・トーレ)
(マリナ・ゲロラ)
(フリアン・ロペス)
(左側ボバイラ、4人目パロメロ、右側バレリー・デルピエール)
★アウト・オブ・コンペティションのパウラ・オルティスの「La virgen roja」のチーム、賞には絡みませんがナイワ・ニムリ、アイシャ・ビリャグラン、アルバ・プラナス、パトリック・クリアドなどが参加しました。
(パウラ・オルティス監督)
(ナイワ・ニムリ)
(今年の映画国民賞を受賞した製作者マリア・サモラ、プレス会見)
(パトリック・クリアド、アイシャ・ビリャグラン、監督、アルバ・プラナス、ナイワ・ニムリ)
★セクション・オフィシアル出品作品、フランソワ・オゾンの「Cuand vient l’automne」のチーム、貫禄充分の主演女優、ジョジアーヌ・バラスコ、エレーヌ・ヴァンサン、キッコーマン醤油のシャツを着たピエール・ロティンが現地入りしました。
(フランソワ・オゾン監督、プレス会見)
(映画同様仲良く手をつないだジョジアーヌ・バラスコとエレーヌ・ヴァンサン)
(左ピエール・ロティン、中央がオゾン監督)
★セクション・オフィシアル出品作品、黒沢清の『蛇の道』のメンバー、監督以下日本人キャストは不参加なのかフォトは入手できず、フランスサイドから主役を演じたダミアン・ボナールと製作者レナン・アルトゥクマッチ、日本サイドの小寺剛雄プロデューサーが参加しました。
(恒例のサインをする小寺剛雄プロデューサー)
(レナン・アルトゥクマッチ、ダミアン・ボナール、小寺剛雄、フォトコール)
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