ベネズエラの新星ディエゴ・ヴィチェンティーニ*ゴヤ賞2024 ⑥2024年01月23日 17:45

      ディエゴ・ヴィチェンティーニの「Simón――イベロアメリカ映画部門

   

   

 

ディエゴ・ヴィチェンティーニはカラカス生れのベネズエラの監督ですが、15歳で母国を離れてアメリカで映画製作をしているということなのか、長編デビュー作「Simón」がマラガ映画祭やサンセバスチャン映画祭(オリソンテス・ラティノス部門)にノミネートされることはありませんでした。管理人はゴヤ賞ノミネートで初めて知った次第です。本作には2018年に発表した同じタイトルの短編「Simón」(26分)という下敷きがあり、IMDbを検索したら他にかなりの数の短編を撮っているのでした。長短編とも舞台は2017年のニコラス・マドゥロ専制時代の母国ベネズエラ、自由を求める反体制派の青年シモンのトラウマと苦悩、深い罪悪感が語られます。

 

★フロリダ映画祭2023でプレミアされた後、ダラス映画祭観客賞、ハートランド映画祭グランプリ、7月開催のベネズエラ映画祭で作品・監督・撮影・脚本・編集・助演男優賞の6部門を制覇するなど母国でも快進撃を続けています。2013年チャベス没後、彼の腹心であったマドゥロが政権を継承しているベネズエラは、国連の発表によると、2023年推定の総人口3051万人に対して約700万人以上が難民として近隣諸国へ国外逃亡しているそうで、にわかには信じがたい数字です。本作を理解するには若干ベネズエラ現代史をひもとく必要があるのかもしれません。

   

     

 「Simón

製作:Black Hole Enterprises

監督・脚本・編集:ディエゴ・ヴィチェンティーニ

撮影:オラシオ・マルティネス

音楽:フレディ・シエインフェルド

キャスティング:Lauren Herrel

美術:オスカル・コルテス

衣装デザイン:マルコス・ドゥラン

メイクアップ:カルラ・バリオス

製作者:マルセル・ラスキン、ホルヘ・ゴンサレス、ディエゴ・ヴィチェンティーニ

 

データ:製作国米国・ベネズエラ、2023年、英語・スペイン語、ドラマ、99分、撮影期間は2021年のコロナ感染のパンデミックと重なったため、マイアミ他23ヵ所、28日間で撮影された。製作資金クラウドファンディング(35,756ドル)、公開ベネズエラ202397日、ウルグアイ、サンディエゴ、ペルー、メキシコ、スペインなど

  

映画祭・受賞歴:フロリダ映画祭2023作品賞、ダラス映画祭観客賞、ハートランド映画祭グランプリ、シャーロット映画祭観客賞、ボゴタ映画祭作品賞、カラカス批評家映画祭作品・監督賞、ベネズエラ映画祭作品・監督・撮影(オラシオ・マルティネス)・脚本・編集・助演男優賞(フランクリン・ビルグエス)、他ニューヨーク、マドリード、サンティアゴ、各映画祭上映、ゴヤ賞2024イベロアメリカ映画部門ノミネート(210日ガラ)

 

キャスト:クリスティアン・マクガフニー(シモン)、ヤナ・ナワルツキ(メリッサ)、ルイス・シルバ(ホアキン)、ロベルト・ハラミージョ(チューチョ)、フランクリン・ビルグエス(ルゴ大佐)、プラクリティ・マドゥロ(エレナ)、ペドロ・パブロ・ポラス(メインガード)、サリー・グラナー(ムーア博士)、コンラン・キシレヴィチKisilewicz(ジョーダン)、カルロス・ゲレロ(パポ)、ソフィア・リバ(クロエ)、ガブリエル・ボニージャ(薬剤師ヘルソン)、ホセ・ラモン・バレト(アントニオ)、マイク・ボランド(マテオ)、アリアンヌ・ジロン(アドリアナ)、スザンヌ・コヴィ(裁判官)、イサイリス・ロドリゲス(ラケル)、ほか多数

 

ストーリー2017年カラカス、反政府運動の指導者シモンと仲間は抗議行動のさなか逮捕され拷問を受ける。ベネズエラからの逃亡を余儀なくされた彼は亡命者となりマイアミに向かう。米国入国管理局は、亡命が認められると帰国できないと告げる。シモンはトラウマと罪悪感の両方に直面し、マイアミに残って新しい生活を始めるか、母国に戻って自由の闘いのため独裁政権に立ち向かうかの決断をしなければならない。そんななかシモンは法学部の学生メリッサと出会う。マドゥロ独裁政権のベネズエラの危機のため多くの人々が経験する困難が語られる。

     

     

 

       観てもらいたい、覚えていてもらいたい、と懇願する映画

 

監督紹介:ベネズエラの現状を述べる前に、ディエゴ・ヴィチェンティーニ監督の紹介をしたい。1994年カラカス生れ、15歳で家族と米国に亡命、現在ロサンゼルス在住。ボストン・カレッジで金融学と哲学を専攻、在学中の2013年、ニューヨークで開催された4週間の映画制作ワークショップに参加、その後映画のクラスも受講した。卒業後ロサンゼルス・フィルム・スクールに入学、卒業制作に2017年のベネズエラ圧政抗議行動をテーマにした短編「Simón」を撮る。短編は予想外の反響を受け、2018年には8ヵ国で公開され、長編化を決意する。短編と長編のテーマやストーリーは重なっておりますが、キャストは主役のクリスティアン・マクガフニー以外別の俳優が演じています。

   


   (ディエゴ・ヴィチェンティーニ) 

        

       

  (長編同様クリスティアン・マクガフニーが主演した短編「Simón」のポスター)

 

マルセル・ラスキン監督が製作に参画してくれることになり、クラウドファンディングで資金調達を呼びかける。2019年脚本執筆開始、2021年クランクイン。撮影はコロナのパンデミックと重なったため、キャストとクルーは3日おきに検査が義務付けられ、厳しいマスク着用、セットは消毒され、シモン役のクリスティアン・マクガフニーが罹患するリスクを避けるため、混雑したマイアミのナイトクラブのシーンが変更されたり、エキストラは250人から30人に減らさるなど困難を極めた。撮影期間は28日間、異なる23ヵ所での撮影、費用が追加された。タイトルの「シモン」は、ベネズエラの解放者シモン・ボリバルに因んでいる。この抗議運動で多くの死者、負傷者、誘拐または逮捕されたのち拷問を受けた全員が「小さなシモン・ボリバルです」と監督はコメントしている。

   


            (ヴィチェンティーニ監督とマクガフニー、ゴヤ賞ノミネート)

      

        

       (撮影中の監督と撮影監督オラシオ・マルティネス、2021年)

 

★本作はフィクションですが語られる内容は実話がベース、最も辛く困難だったのは「マドゥロ政権が若者たちに身体だけでなく心理的にどんなことをしたか、本人たちの口から聞くことでした」。監督は母国を離れ、2017年当時はロスで映画の勉強をして自由で快適な暮らしをしていた。その後ろめたさ、罪悪感が本作製作の動機だったと語っている。「ベネズエラの現在の危機は西半球の歴史上最大の国外脱出です。私を含め710万人が母国を離れ、自由の闘いのために多くの犠牲をはらっている。しかし未だに変化を成し遂げられない。本作が少しでも貢献できることを願っています」。観てもらいたい、覚えていてもらいたい、と懇願する映画です。

 

キャスト紹介

シモン役のクリスティアン・マクガフニーは、1989年ベネズエラ生れ、米国のTVシリーズでスタートをきる。ベネズエラやコロンビアのTVシリーズ「Yo soy Franky」(15~、78話)にも出演、2023年ジャスティン・マチューズ&ルーク・スペンサー・ロバートのコメディ「The Duel」に出演、2020年ドラマで共演したマリア・ガブリエラ・デ・ファリアと結婚している。

  

   


ベネズエラ映画祭2023助演男優賞を受賞したフランクリン・ビルグエスは、1953年ベネズエラ生れ、監督は照明とルゴ大佐の冷酷な演技で映画を支配させ、彼を真の怪物のように描いている。メキシコ映画出演が多いが、ベネズエラやコロンビアのTVシリーズにも出演している。

    

     

  

自己嫌悪と後悔の旅を揺れ動くホアキン役のルイス・シルバは子役出身、クラウディア・ピントの作品や、2015年ロレンソ・ビガスが金獅子のトロフィーを初めてラテンアメリカにもたらした『彼方から』(「Desde allá」)で、チリの名優アルフレッド・カストロと共演している。

法学部の学生メリッサ役のヤナ・ナワルツキは、1990年ドイツのノルトライン・ベストファーレン生れの女優、ライター。米国のTVムービー、短編、TVシリーズ『ナチ・ハンター』(2023プライムビデオ)に出演している。シモンは彼女と出会うことで一歩を踏み出す。

   

       

            (メリッサとシモン、フレームから)

 

★亡命を求める反体制派の苦悩を描いた作品だが、シモンの人格造形には監督自身が感じている道徳的な罪悪感が投影されているようです。母国の危機に知らんぷりしていていいのか、帰国して共に闘うべきではないかという疑問に苦悩する。チャベス没後、彼の腹心であったニコラス・マドゥロが政権を継承、以来野党リーダーであるフアン・グアイとの闘いは既に10年間も続いている。フアン・グアイが暫定大統領を宣言、米国、EU諸国、近隣の中南米諸国は認めているが、多くの反米、反西側諸国、反民主主義国がマドゥロを守っている。これからも政治的迫害を理由に難民申請をする頭脳流出に歯止めはかからないでしょう。内戦で40年間も自由を束縛されたスペイン映画アカデミーのメンバーたちが、いずれの作品に1票を投じるのか、210日を待ちたい。


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