心理的スペイン・ホラー『荒れ野』*ネットフリックス ― 2022年01月20日 16:01
評価が分かれるダビ・カサデムントのデビュー作『荒れ野』
★1月6日、ダビ・カサデムントのデビュー作『荒れ野』(原題「El páramo」)のNetflix 配信が始まった。本作は昨年10月開催されたシッチェス映画祭2021でデビューを飾ったのだが、評価は大きく分かれていた。映画祭にはカサデムント監督、3人の主演者、インマ・クエスタ、ロベルト・アラモ、子役アシエル・フローレスも現地入りした。最初のタイトルは内容に近い「La bestia」(獣)であったが、8月にシッチェスFFにノミネートが決まったさいに現在のタイトルに変更したそうです。製作者によると〈荒れ野〉は「歴史を掘り下げるための重要な要素であり、撮影地としてアラゴン州のテルエルを選んだ」ということです。
(アシエル・フローレスとダビ・カサデムント、シッチェス映画祭、フォトコール)
(左から、ロベルト・アラモ、アシエル少年、インマ・クエスタ、監督、同上)
『荒れ野』(El páramo / The Wasteland)
製作:Rodar y Rodar Cune y Televisión / Fitzcarraldo Films
監督:ダビ・カサデムント
脚本:ダビ・カサデムント、マルティ・ルカス、フラン・メンチョン
音楽:ディエゴ・ナバロ
撮影:アイザック・ビラ
編集:アルベルト・デ・トロ
キャスティング:ペップ・アルメンゴル
プロダクション・デザイン:バルテル・ガリャル
美術:マルク・ポウ
セット:タイス・カウフマン
衣装デザイン:メルセ・パロマ
メイクアップ:(特殊メイク)ナチョ・ディアス、ヘスス・ガルシア、(アシスタント)ミリアム・ティオ・モリナ
特殊効果:The Action Unit
プロダクション・マネージメント:エドゥアルド・バリェス
製作者:ジョアキン・パドロ、マル・タルガロナ、マリナ・パドロ・タルガロナ
データ:製作国スペイン、スペイン語、2021年、ホラー・ミステリー、92分、撮影地アラゴン州テルエル、期間6週間、配給Netflix、配信2022年1月6日
映画祭・受賞歴:シッチェス映画祭2021正式出品
キャスト:アシエル・フローレス(ディエゴ)、インマ・クエスタ(母ルシア)、ロベルト・アラモ(父サルバドール)、アレハンドロ・ハワード(父の妹フアナ)、マリア・リョプ(獣ビースト)、ビクトル・ベンフメア(ボートで流れ着いた男)
ストーリー:19世紀のスペイン、ディエゴの家族3人は打ち続く戦禍を逃れて、社会から遠く離れた荒れ野に住んでいる。この小さな家族は訪問者を受け入れず、ただ平和に暮らすことが願いだった。ある日のこと、瀕死の重症を負った一人の男がボートで流れ着く。突如として家族の平穏は破られる。一命を取りとめたにもかかわらず男が自ら命を絶つと、父サルバドールは母ルシアの反対を押しきり遺体を家族のもとに届けると荒れ野を出て行く。残された二人はひたすら帰りを待つのだが、この小さな家に暴力的な謎の生き物が出没しはじめる。成長していくディエゴの視点を通して、社会からの逃避と孤立、深い孤独と恐怖、監禁、喪失、父親の不在、心の脆さ、母の狂気と別れが描かれる。私たちは果たして現実と決別して生きられるのか。
(母ルシア、ディエゴ、父サルバドール)
★監督紹介:ダビ・カサデムントは、1984年4月バルセロナ生れ、監督、脚本家、編集者、作曲家、製作者。2006年カタルーニャ映画視聴覚上級学校 ESCAC を卒業、2007年から助監督や短編、ビデオショート、ドキュメンタリーを撮り、5年の準備期間を費やし「El páramo」で長編デビューする。2014年の「La muerte dormida」(15分)がファンタスティック・シネマ・フェスティバル2015で監督部門の審査員賞、短編映画賞2015ドラマ部門SOFIEを受賞した他、ノミネーション多数。本作は現在でもYouTubeで英語字幕入りで鑑賞できる。主な短編映画は以下の通り:
2007年「Jingle Bells」
2009年「Paliza a Pingu」
2012年「Te he echado de menos」(ビデオショート、共同監督)
2014年「La muerte dormida」
2014年「Una vida M.」
2016年「Rumba Tres: De ida y vuerta」(ドキュメンタリー、共同監督)
2016年「Compta amb mi」
2021年「El páramo」(長編デビュー作)
コロナウィルスのパンデミックが脚本に変化をもたらした
A: ジャンル的にはホラー映画ですが、これは心理的なスリラー、ディエゴ少年のイニシエーション、多分に監督の自伝的な痕跡を感じさせます。19世紀のスペインの家族という設定が、そもそも信頼性にかけているようにも思えます。
B: 19世紀の戦争といえば、ナポレオンの侵略に反対するスペイン独立戦争(1808~14)、いわゆるナポレオン戦争をイメージしますが、遡りすぎます。19世紀半ばの3回にわたって繰り返されたカルリスタ戦争(1833~76)でしょうね。
A: どちらもスペイン全土に広がりましたが、特に後者は撮影地となったスペイン北部やカタルーニャ地方が戦場になった。厳密には内戦です。それより永遠に続くと思われるコロナウイリスのパンデミックをイメージした視聴者が多かったのではないか。監督も2年間のパンデミック体験を新たに脚本に取り入れたとコメントしています。
B: ホラーとしてはあまり怖くないのでがっかりしたホラーファンも多そうです。視聴者の「時間の無駄だった」というコメントには笑いを禁じえません。恐怖より孤立、孤独、喪失感、監禁状態の不安が強かった。
A: ディエゴ少年の視点で描かれているから、素直に少年の成長物語とも読めます。そのためには先ず庇護者であるが若干抑圧的な父親を追い出す必要があります。自立のためには父親の不在と母親との別れが求められるから、これらの要素は前半で充分予測可能なことでした。
(ルシアに別れを告げるサルバドール)
B: 愛する家族を残し、見ず知らずの男の家族のためという強引な追い出し方でした。父サルバドールは息子に越えてはいけないと諭した自らつくった境界線を越えて、かつての危険な場所に戻っていく。荒れ野には二度と戻ってこないだろう。
A: 監督は15歳のとき父親を病で失っており、立ち直りに時間がかかり今でもトラウマになっていると、シッチェス映画祭のインタビューで語っています。本作は「私の一種のセラピーであって、映画が狂気から私を救ってくれた。父親はシネマニアでハリウッドのクラシック映画ファンでした。90年代には『ジュラシックパーク』『フォレストガンプ』『ブレイブハート』『タイタニック』などを父親と一緒に観のです」と語っている。
(案山子のようなオブジェで仕切られた境界線を越えていくサルバドール)
B: 「映画が私を育て、人生を理解させ、幸せになることを教えてくれた」とも語っている。
A: 監督は映画を映画館で愉しむ最後の世代かもしれない。劇中のルシアと実際の母親が重なるかどうか分かりませんが、彼女の場合、夫を失うことへの不安が鬱を招き、謎のビーストの出現はルシアの絶望による幻覚かもしれない。
B: 獣は彼女自身の精神が投影されているようで、ビーストの力は本質的に心理的なものであり、本物でないことを示唆してもいる。
(影に怯えるディエゴ)
A: 監督は「父親が亡くなるまでのゆっくりした衰えは永遠にあるように感じた。一緒に『エクソシスト』や『ポルターガイスト』のような古典的ホラー映画も観ました。ゴーストたちがスクリーンを駆け抜けるのが魅力だった」と。
B: 『シックス・センス』のM・ナイト・シャマランや『永遠のこどもたち』のフアン・アントニオ・バヨナのファンだそうです。しかし本作は母と息子の物語で、父親は姿を消していきます。
現実との決別、狂気との闘い、純粋な暗闇
A: 本作はスクリーンで見るほうが奥行きが実感できそうです。いくら大型テレビに転送しても、明るい茶の間では純粋な暗闇や茫漠とした荒れ野を実感するには限界があります。監督は「スクリーンで愉しむために設計された映画がテレビで成功すること」が理想と語っていますが、本作はどうでしょうか。
B: 暗闇の中で物語は進行し、蝋燭の灯り、暖炉で燃えさかる炎、野外の撮影でも自然光で照明は極力抑えられている。光の遊びという点でロバート・エガースのホラー『ウィッチ』(15)を連想した人が多かったようですが。
(蝋燭の灯りのもと、自殺した妹フアナの話をするサルバドール)
A: サンダンス映画祭で監督賞を受賞している。17世紀を舞台にした魔女裁判に絡めたホラー映画、予告編しか見てないのですが、テーマは異なっています。影に隠されているものが何か、闇は恐怖であり、孤独感や喪失感かもしれない。ロベルト・アラモとインマ・クエスタが、永遠の恐怖に悩まされている夫婦に命を吹き込んでいる。
B: 真っ暗闇の恐怖と、開けられた窓から射しこむ光、風と樹々の音のあいだで、私たちの緊張は和らげられる。本作は時代や出身地と関係なく、私たち全員に等しく関係する普遍的な物語です。
A: 主役ディエゴを演じたアシエル・フローレス(2011年3月)は、ペドロ・アルモドバルの『ペイン・アンド・グローリー』(19)で映画デビュー、何本かTVシリーズに出演している。アルモドバル映画では、アントニオ・バンデラスが扮したサルバドールの少年時代を演じた。そこではペネロペ・クルスとラウル・アレバロが両親になるという幸運に恵まれた。
(アシエル、ペネロペ・クルス、ラウル・アレバロ、『ペイン・アンド・グローリー』)
B: 本作撮影当時は10歳くらいだったが、6週間に及ぶテルエルの監禁生活によく耐えた、と監督以下スタッフから褒められている。
A: 子役が大人の俳優として成功するのは難しい。現在小学校の高学年、本格的な教育はこれからです。髪も目の色もブラウン、彼の大きく開いた目に映る人影は何のメタファーか。
(ディエゴの目に映る人影)
B: もう一人の子役、父サルバドールの妹フアナ役のアレハンドラ・ハワード(2010年2月)は、バルセロナ生れ。
A: 父親はカリフォルニア生れの俳優スティーブ・ハワードでアサイヤスの『WASPネットワーク』や、TVシリーズに出演している。母親はカタルーニャ出身ということで、アレハンドラは英語、スペイン語、カタルーニャ語ができる。従って英語映画やアニメのボイスなどで活躍できる基礎ができている。
(フアナ役のアレハンドラ・ハワード)
B: 今回は小さい役でしたが、第一次世界大戦のポルトガルのファティマを舞台にしたマルコ・ポンテコルボの「Fatima」(20『ファティマ』)では生き生きしている。プライム・ビデオ他で配信されている。
A: 1917年のファティマの聖母の史実を元にしたアメリカ映画です。他にマリベル・ベルドゥが主演のTVシリーズ「Ana Tramel. El juego」(21)に出演、将来的には大人の女優を予感させます。
B: ベテラン演技派のインマ・クエスタとロベルト・アラモは、何回も登場させているので今回は割愛します。クエスタはダニエル・サンチェス・アレバロの『マルティナの住む街』(11)がラテンビートで上映されたとき、一番光っていた俳優でした。期待を裏切らない女優です。
(夫から贈られた赤いドレスを着て闘うルシアとディエゴ)
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