アルトゥーロ・リプスタインの「El diablo entre las piernas」*マラガ映画祭2020 ⑧2020年04月11日 17:20

      アルトゥーロ・リプスタインの「El diablo entre las piernas」はモノクロ映画

 

      

 

アルトゥーロ・リプスタインは、マラガ映画祭2020の特別賞の一つ「レトロスペクティブ賞―マラガ・オイ」の受賞者で来マラガの予定でした。直前に延期が発表になり急遽キャンセルしたのでした。開催なら320日上映になるはずだったのが、最新作El diablo entre las piernasでした。昨年のトロント映画祭2019「マスターズ部門」でワールドプレミアされました。長年連れ添い老境に入った夫婦の憎みあいながら離れない衝撃的な内容の物語、ベテランのアレハンドロ・スアレスシルビア・パスケルが夫婦を演じます。他にメキシコを代表するダニエル・ヒメネス=カチョや若手のグレタ・セルバンテスがクレジットされています。

 

 「El diablo entre las piernasDevil Between the Legs2019

製作:Alebrije Cine y Video S.A. / Oberon Cinematográfica S.A. / Carnaval Films S.A. /

      Fina Films S. de R.L. / Fidecine / Estudios Churubusco

監督:アルトゥーロ・リプスタイン

脚本:パス・アリシア・ガルシアディエゴ

音楽:デビッド・マンスフィールド

撮影:アレハンドロ・カントゥ

編集:マリアナ・ロドリゲス

プロダクション・デザイン:アレハンドロ・ガルシア

メイク&ヘアー:マリ・パス・ロブレス

プロダクション・マネージメント:ロドリゴ・ルイス・デ・チャベス

製作者:モニカ・ロサノ、ミゲル・ネコエチェア、アントニオ・チャバリアス、マルコ・ポロ・コンスタンデセ、(ライン)クラウディア・バルデス

 

データ:製作国メキシコ、スペイン語、2019年、ドラマ、142分(映画祭データ、147分もあり)、撮影地メキシコシティ、配給Wanda Vision S. A.

映画祭・受賞歴:トロント映画祭2019マスターズ部門上映912日、モレリア映画祭2019上映1021日、マラガ映画祭2020セクション・オフィシアル正式出品、他サン・ディエゴ・ラテン映画祭など。

 

キャスト:シルビア・パスケル(ベアトリス)、アレハンドロ・スアレス(夫エル・ビエホ/オールド・マン)、グレタ・セルバンテス(メイドのディノラ)、ダニエル・ヒメネス=カチョ(タンゴ教室のパートナー兼教師)、エランド・ゴンサレス、マル・カレラ、パトリシア・レイェス・スピンドラ(イサベル)、他

 

ストーリー:メキシコシティで老齢期を迎えたベアトリスとエル・ビエホの物語。ホメオパシーの薬剤師を引退したエル・ビエホは、部屋着のままベアトリスを侮辱しながら、家の中をぶらぶらして退屈しのぎをしている。二人は衝突に疲れはて平安な日常とはほど遠いが、彼女はもう他の生き方を諦めてしまっている。互いに依存しあっているからだ。しかし猜疑心の強い夫の非難の矛先に耐えられなくなると、こっそりタンゴ・レッスンに抜け出す。自分より若いタンゴの教師でパートナーに会いに行く。二人の子供たちは既に家を出ており、メイドのディノラがいるだけだった。ある晩のこと、行き先も定めずに或るたった一つの目的をもって外出する。帰宅すると大惨事が起きていた。

   

   4年ぶりスクリーンに戻ってきたアルトゥーロ・リプスタイン――老人の性を語る

 

アルトゥーロ・リプスタイン(メキシコシティ1943)については、本映画祭の特別賞の一つ「レトロスペクティブ賞―マラガ・オイ」の欄のほか、ガルシア・マルケス小説の映画化の記事を紹介したおり、『大佐に手紙は来ない』で少し触れただけでした。話題作としては公開された『ディープ・クリムゾン 深紅の愛』(「Profundo carmesí)と『大佐に手紙は来ない』(「El coronel no tiene quien le escriba」)、ミニ映画祭で上映された『夜の女王』(「La reina de la noche」)など、1990年代の作品が多い。『ディープ・クリムゾン~』はアリエル賞1997では多数のカテゴリーにノミネートされたが自身は受賞を逃した。他にイギリスとの合作映画『フォックストロット』75、西語・英語)が、ピーター・オトゥールやシャーロット・ランプリングを起用したことで公開された。

 

    

      (『ディープ・クリムゾン深紅の愛』のオリジナル・ポスター)

 

1966年のTiempo de morir(モノクロ)がデビュー作、これはガルシア・マルケスの小説『死の時』の映画化でした。他にもコロンビア映画だがマルケスの『大佐に手紙は来ない』を映画化、カンヌ映画祭1999のコンペティション部門にノミネートされている前世紀のメキシコでは珍しいカンヌ映画祭の常連者の一人として、受賞こそありませんが6回もノミネートされている。また脚本家のパス・アリシア・ガルシアディエゴは監督夫人、1986年以来の作品を手掛けている。バジャドリード映画祭2017エスピガ栄誉賞を受賞している。

 

主な監督フィルモグラフィTVシリーズ・短編は割愛)

1966Tiempo de morir デビュー作

1974El Santo oficio カンヌ映画祭コンペティション部門初出品

1986EL imperio de la fortuna ゴールデン・アリエル賞・シルバー・アリエル監督賞受賞

1991La mujer del puerto カンヌ映画祭「ある視点」初出品、グアダラハラ映画祭FIPRESCI受賞

1993Principio y fin サンセバスチャン映画祭金貝賞、グアダラハラ映画祭FIPRESCI受賞

   ゴールデン・アリエル賞受賞

1994La reina de la noche(『夜の女王』メキシコ)カンヌ映画祭コンペティション部門出品

1996Profundo carmesí(『ディープ・クリムゾン 深紅の愛』メキシコ)

   ハバナ映画祭グラン・サンゴ賞・監督賞、トゥリア賞観客賞ほか多数

1998El evangelio de las maravillas カンヌ映画祭「ある視点」出品

1999El coronel no tiene quien le escriba(『大佐に手紙は来ない』コロンビア)

   カンヌ映画祭コンペティション部門出品、東京国際映画祭出品、

   サンダンス映画祭ラテンアメリカ・シネマ賞

2000La perdición de los hombres サンセバスチャン映画祭金貝賞受賞

       Así es la vida... カンヌ映画祭「ある視点」出品

2002La virgen de la lujuria ベネチア映画祭サンマルコ賞スペシャル・メンション他

2005Los héroes y el tiempo (ドキュメンタリー)

2012Las razones del corazón サンセバスチャン、モレリア、アブダビ、ワルシャワ各映画祭出品

2015La calle de la amargura ヒホン映画祭監督賞受賞

2019El diablo entre las piernas

 

レトロスペクティブ賞の記事紹介は、コチラ20200318

ガルシア・マルケス作品映画化の記事は、コチラ20140427

   

      

  (主演者フェルナンド・ルハン、マリサ・パレデス、サルマ・ハエックを配した、

   『大佐に手紙は来ない』のオリジナル・ポスター)

 

★かつてのキャストやスタッフの多くが監督から呼ばれて参加している。上述したように脚本を執筆したのは、監督夫人のパス・アリシア・ガルシアディエゴ1986年のEL imperio de la fortuna以来タッグを組んでいる。本作はフアン・ルルフォが1960年代に映画のプロットとして執筆したEl gallo de oro(「金鶏」)をもとに映画化された。メキシコ映画祭1997で『黄金の鶏』の邦題で上映された。ルルフォは生涯に『燃える平原』と『ペドロ・パラモ』の2作しか書かなかった、というか書く必要がなかったというメキシコを代表する作家。1986年は奇しくもルルフォが鬼籍入りした年であった。

 

      

 (パス・アリシア・ガルシアディエゴ、監督、出演者のダニエル・ヒメネス=カチョ)

 

★音楽を担当したのがアメリカの作曲家デビッド・マンスフィールド、過去には『ディープ・クリムゾン 深紅の愛』や「El evangelio de las maravillas」、『大佐に手紙は来ない』、Así es la vida...などを手掛けている。撮影監督のアレハンドロ・カントゥは、La calle de la amargura15)を本作同様モノクロで撮っている。リプスタイン監督はカラー全盛時代にもモノクロを手放さない監督の一人、そのエレガントな映像の評価は高い。本作にはイサベル役のパトリシア・レイェス・スピンドラが主演している。彼女は『夜の女王』のヒロインでもあるが、La virgen de la lujuriaにも出演している。

 

     

        (本作と関係が深い「La calle de la amargura」のポスター)

  

 

        「大きな挑戦だった」とベアトリス役のシルビア・パスケル

 

★ベアトリスを演じたシルビア・パスケル(ソノラ1949)は、最近ではTVシリーズ出演がもっぱらだが、リプスタイン映画には、パトリシア・レイェス・スピンドラ同様La calle de la amarguraに出演している。モレリア映画祭のプレス会見では「完成した映画を観て、どうやってこんな力強い演技ができたのだろうと思った。詩的で明るくリラックスしている。女優としてこんな体験は二度とないだろう多くのことを学んだ、素晴らしい経験だった。これまでの私の女優人生で一番の映画」と、猜疑心の強い夫による愚弄と侮辱を耐えているタンゴ愛好家の女性を演じたパトリシア・パスケルは語った。

 

   

          (インタビューに応じるシルビア・パスケル)

 

★今回オファーを受けて脚本を読んだが、ヌードになるということで逡巡したという。「撮影中はとてもナーバスになった。女優としてのキャリアは長いが今までヌードになったことはなかった。それでもう若くないし美しくも魅力的でもないとアルトゥーロに言ったのよ。というわけで自分のキャリアを高めるために演じた。とても大きな挑戦だった」と70歳になるシルビア。この映画を観た孫たちがどんな感想を述べるか不安だった。しかし彼女たちは心を動かされ「これは仕事だから」と好意的だった由。シルビア自身もロマンティックで心優しい無垢なベアトリスが好きになったと語っている。

 

      

            (ベアトリスとエル・ビエッホ、映画から)

 

★一方、夫になるアレハンドロ・スアレス(メキシコシティ1941)は、シルビア・パスケルやパトリシア・レイェス・スピンドラと同じくLa calle de la amargura」に出演の他、リプスタイン映画ではLas razones del corazónに出演している。他に最近では70代の老人3人がかつて青春時代を過ごした思い出のアカプルコに出かける、アルフォンソ・セラノ・マトゥリノの少し辛めのコメディAcapulco La vida va17)に出演、善良な老人の一人を演じている。『アカプルコ 人生は続く』の邦題で Netflix で配信されている。

 

   

       (エル・ビエッホ役のアレハンドロ・スアレス、映画から)

 

★ベアトリスのタンゴのパートナーになるダニエル・ヒメネス=カチョは、マドリード生れ(1961)ということもあるのか『バッド・エデュケーション』『ブランカニエベス』のようなスペイン映画出演も多い。リプスタイン映画では、『ディープ・クリムゾン 深紅の愛』の禿げているが鬘をすればハンサムになるジゴロ役でアリエル男優賞を受賞した。『大佐に手紙は来ない』、「La virgen de la lujuria」、に出ている。メキシコの男優としてはガエル・ガルシア・ベルナル以上に認知度が高い。他にアルゼンチン映画ではルクレシア・マルテル『サマ』の主役、サンティアゴ・ミトレ『サミット』では、抜け目のないメキシコ大統領を演じている。

 

    

 (ヒメネス=カチョとコラル看護師役のレジナ・オロスコ、『ディープ・クリムゾン~』から)


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