『ワコルダ』”Wakolda”ルシア・プエンソ*第10回LBFF⑦2013年10月23日 10:39

★これ1本が見たかったという方もおられたようですが、東京会場で唯一上映されなかった作品。カンヌ映画祭2013「ある視点」部門、サンセバスチャン国際映画祭「ホライズンズ・ラティーノ」部門、その他リマ、モントリオールなどに出品され話題を呼んでいるルシア・プエンソ長編第3作め『ワコルダ』。第2作『フィッシュチャイルド―ある湖の伝説』でも若干紹介いたしましたが、改めてキャリア・作品紹介などを。ストーリーはLBFFのサイトをご参照ください。

 

   監督紹介

ルシア・プエンソは、監督・脚本家・作家・プロデューサー、1976年ブエノスアイレス生れの36歳。父親ルイス・プエンソは、1985年に撮った『オフィシャル・ストーリー』が翌年のアカデミー外国語映画賞アルゼンチン代表となり、初のオスカー像をアルゼンチンにもたらした監督。ということで日本でも1987年に公開になりました。2004年の『娼婦と鯨』以後撮っておりませんが、娘のデビュー作『XXY』や『フィッシュチャイルド』の製作に携わっています。『ワコルダ』には参加していないようですが、息子ニコラス・プエンソが撮影監督として独立、私たちはパタゴニアの「南米のスイス」と言われるバリローチェの素晴らしい映像に接することができます。以前から姉ルシアの全作にカメラ・オペレーターや撮影監督補助のような形で参加していました。プエンソ一家は家族ぐるみのシネアスト一家です。

 

★作家歴:処女作El niño pez(2004) を刊行、5年後に映画化した(『フィッシュチャイルド』)。Nueve minutos2005)、La maldición de Jacinta Pichimahuida2007)、La furia de la langosta2009)、最新作Wakolda2011)を今回映画化した。全作が2013年にスペインでも刊行された。

★脚本歴:(H) Historias cotidianas2000)で脚本家デビュー、父親の『娼婦と鯨』(2003、共同執筆)、ロドリーゴ・フュルトのA través de tus ojos2006、共同執筆)、自作長編3作の他、TVドラマ・シリーズ、短編など。

 

   長編フィルモグラフィー&受賞歴

2007XXYXXY』監督・脚本 ☆ゴヤ外国映画賞、2008アリエル・イベロアメリカ賞、2008銀のコンドル賞(作品賞・脚色賞)、アテネ、カルタヘナ、エディンバラ各国際映画祭金賞、モントリオール新映画祭ケベック映画批評家賞などを受賞。

2009El niño pez”『フィッシュチャイルド―ある湖の伝説』監督・脚本

2013Wakolda『ワコルダ』監督・脚本・製作 ☆サンフアン市で開催された第2回ウナスール国際映画祭で作品賞・新人監督賞・女優賞(ナタリア・オレイロ)・新人女優賞(フロレンシア・バド)受賞。

 

   スタッフ他

製作国:アルゼンチン・西・仏・ノルウェーの4ヵ国。

プロダクション:アルゼンチン側からニコラス・バトレ、スタン・ヤクボヴィッツ、ルシア・プエンソ他、ノルウェー側からGudny Hummelvoll、フランス側から最近鬼籍入りしたファビエンヌ・ヴォニエが参加している。

撮影監督:ニコラス・プエンソ 

音楽:アンドレス・ゴルドスタイン他 音響:フェルナンド・ソルデビラ

言語:スペイン語、ドイツ語、ヘブライ語

ロケ地:バリローチェ、リオネグロ、ブエノスアイレス

 

    

                         (ファビエンヌ・ヴォニエ)

    

ファビエンヌ・ヴォニエ Fabienne Vonierプロデューサー、ディストリビューター。1947年フランス領西アフリカのセネガル生れ、2013730日ローヌ=アルプ地域圏Pizayで死去。享年66歳の若さはいかにも惜しまれる。『ワコルダ』の他『XXY』、スペイン語映画としては、ベニト・サンブラノの『ハバナ・ブルース』(2005)、ディエゴ・レルマンのMientras tanto2006)など。話題作としてはドゥニ・アルカンの『みなさん、さようなら』(2003)、ファティ・アキンのコメディ『ソウル・キッチン』(2009)、アキ・カウリスマキの『ル・アーヴルの靴みがき』(2012)など。

 

   キャスト

アレックス・ブレンデミュールÁlex Brendemuhl(ヨーゼフ・メンゲレ)

ナタリア・オレイロNatalia Oreiro (エヴァ、リリスの母)

ディエゴ・ペレッティDiego Peretti(エンゾ、リリスの父)

フロレンシア・バドFlorencia Bado(リリス)

ギジェルモ・プェニングGuillermo Pfening(クラウス)

アナ・パウルスAna Pauls(ヌルセ)

 

      
       (パウルス、ブレンデミュール、監督、プェニング カンヌにて)

アレックス・ブレンデミュール
Álex Brendemuhl:俳優・監督・脚本家、1972年バルセロナ生れ。苗
字から分かるように父親はドイツ人、母親がカタルーニャ人。バルセロナのドイツ学校で学び、バルセロナ演劇学院の劇作法の学士号を取得した。さらに5年間ファゴットと階名唱法を、3年間サックスを受講したという俳優としては変わり種。カタルーニャ語、スペイン語、ドイツ語は勿論のこと、英語、フランス語も堪能。1996年に舞台俳優として出発、その後TVドラマのシリーズ物に出演する。

 映画デビューはアグスティ・ビラのUn banco en el arque1999)である。ハイメ・ロサーレスのLas horas del dia2003)で翌年のバルセロナ映画祭最優秀男優賞、ベントゥラ・ドゥラルのLas dos vidas de Andrés Rabadán2008)でガウディ最優秀男優賞を受賞。監督第1作としてRumbo a peor2009)がカンヌ映画祭短編部門出品、翌年バレンシア映画祭最優秀ショート・フィルム賞を受賞している。さらに、ラファ・コルテスYo2007)に主演、脚本も共同執筆している。本作その他で2008年サンジョルディ賞を受賞した。日本公開作品はないようだが、東京国際映画祭2009に出品されたセバスチャン・コルデロの『激情』に出演、監督が審査員特別賞を受けた。彼自身もマラガ映画祭で助演男優賞を受賞している。

   

ナタリア・オレイロ Natalia Oreiro:女優・歌手・モデルほか、1977年モンテビデオ(ウルグアイ)生れ。8歳から演劇の勉強を始め、舞台と映画とテレビで活躍。音楽分野では映画のサウンドミュージックを手掛けている。1993年よりアルゼンチンに移住している。今年のLBFFで上映が期待されたベンハミン・アビラのInfancia clandestina2012)で2013年銀のコンドル最優秀女優賞を受賞した。日本では歌手のほうが有名かな。

ギジェルモ・プェニングは、1978年コルドバ(アルゼンチン)生れの二枚目として注目されている。2012年のCaitoで中編ながら監督・脚本家デビュー、インディペンデント・シネマ・ブエノスアイレス国際映画祭にて上映された。

アナ・パウルス1987年ブエノスアイレス生れ。作家・脚本家アラン・パウルスの異母妹。彼はメルセデス・ガルシア・ゲバラのデビュー作『リオ・エスコンディード』(1999TIFF2000ラテンアメリカ映画小特集上映)の共同執筆者です。

★映画祭終了後に作品をアップする予定なので、その折りに若干ご紹介。

 

トレビア

★アウシュヴィッツと言えばアドルフ・アイヒマンですが、モサド(イスラエル諜報特務庁)が血眼で追っていたもう一人の人物が映画の主人公ヘルムート・グレゴールことヨーゼフ・メンゲレ191179)でした。人類学の博士号をもつドイツ人医師は、1943年以来アウシュヴィッツ人体実験を繰り返し、「死の天使」と怖れられたナチス親衛隊SSの将校である。モサドのナチハンターが舌を巻くほどの高い知能を有するまさに知的モンスターである。アイヒマンが捕えてみれば国家の命令にひたすら忠実で有能な≪小役人≫だったことに世界は衝撃を受けたのでしたが、片やメンゲレはモサドの追手を巧みにかわしアルゼンチン、パラグアイ、ブラジルと名前を変え潜伏地を替え、追跡の手を逃れ戦後35年間を生き延びた。終焉の地はサンパウロ州ベルティオガ、海水浴中の心臓発作で溺死した。モサドにとってもブラジル政府にとっても不名誉な死でした。

  

★本作はアイヒマンが逮捕される1960年少し前から始まる。風光明媚なバリローチェのナウエル・ウピア湖が舞台。プエンソ監督はこの完璧を求めたドイツの生物学者の内面に深く分け入り、その閉ざされた重い扉を開けることができたのでしょうか。矛盾とパッションに満ち、嘘と真が渦巻く怪物医師の真相に迫るサスペンス。少女リリスの一家は、彼のインテリジェンス、物静かで優雅な物腰、カリスマ性、お金に魅せられていく。

  

★スペインではEl médico alemán(英題The German Doctor)のタイトルで1011日公開された。映画祭上映は枚挙に暇がないが、劇場公開も年内にブラジル、フランス、来年1月から台湾、チリ、イタリア、ボリビア、カナダ、勿論アメリカも。製作費200万$も軽くクリアーできますね。既に次回作の撮影が始まっている。

  

★本作は2014年アカデミー外国語映画賞アルゼンチン代表作品に選ばれました。最終候補に残れば日本での公開もありでしょうか。ドイツ人コミュニティ、人形、双子研究、アイヒマン逮捕・・・それで、題名の≪ワコルダ≫って、何のこと? 

 

『フィッシュチャイルド/ある伝説の湖』ルシア・プエンソ*LBFF番外編2013年10月11日 16:06

★ルシア・プエンソの『ワコルダ』は、1017日から始まる京都会場からになります。カンヌ映画祭からチェックしていた作品なので横浜に間にあうようアップいたします。取りあえずLBFF2009で上映された第2『フィッシュチャイルド』El niño pezのダイエット版を掲載いたします。これも『よそ者』 同様 Cabina さんブログにコメントとして投稿したものです。Cabina ブログに詳しい「ラテンビートQ&A」部分を割愛して再構成したものです。

 


ストーリーブエノスアイレスの高級住宅地に住むララと、その邸宅で働くパラグアイ人メイドのアイリン。生まれも育ちも異なる少女達は秘かに愛し合い、アイリンの故郷にあるイポア湖畔に住むことを夢見て出発の日を指折り数えていた。しかし、現実はある日残酷に舵を切った。一人パラグアイへと向かったララは、イポア湖畔に秘められたアイリンの謎めいた過去を知ることになり・・・。同性愛、近親相姦、格差社会、尊属殺人、児童買春。重いテーマが複雑に絡み合う本作は、前作『XXY』で国際的に高い評価を得た監督が23歳で書き下ろした小説の待望の映画化だ。

LBFF2009「カタログ」から引用)


★アルゼンチン=フランス=スペイン合作、2009年、96分、スペイン語・グアラニー語、200949日アルゼンチン公開
 

 スタッフ&キャスト

監督・脚本:ルシア・プエンソ 

プロデューサー:ミゲル・モラレス/ルイス・プエンソ他

撮影監督:ロドリゴ・プルペイロ

音楽:アンドレス・ゴールドスタイン/ダニエル・タラゴ/ラウラ・ジスマン

   

キャスト:イネス・エフロン(ララ)、マリエラ・ビタレ*エンメ(アイリン)、ディエゴ・ベラスケス(エル・バスコ)、ペプ・ムネー(判事ブロンテ、ララの父)カルロス・バルデム(警察署長)、アルナルド・アンドレ(ソクラテス・エスピナ、アイリンの父)、フリアン・ドレッガー(ナチョ、ララの兄弟)

     映画祭・受賞歴

2009 ベルリン国際映画祭正式出品、

2009 マラガ映画祭:審査員特別賞銀のジャスミン賞(ルシア・プエンソ)/

   最優秀撮影賞(ロドリゴ・プルペイロ)受賞

2009 アルゼンチン映画芸術アカデミー賞:最優秀新人女優賞(マリエラ・ビタレ)/

   他ノミネート多数

2010  アルゼンチン映画批評家連盟賞:最優秀音楽・新人女優・脚本賞ノミネート

2010  トリノ国際ゲイ&レズビアン映画祭:最優秀ヒューチャー映画賞(プエンソ)受賞

 

この映画に出てくるパラグアイの伝説は、プレスペイン時代からあるイポアYpoa湖に伝わる先住民グアラニーの神話を指しています。この湖はパラグアイ国立公園のなかにある三つの潟湖のなかでも、その美しさで有名です。開発が遅れていたお蔭で自然が残り、皮肉にもエコ・ブームの波にも乗って今や観光資源となっています。映画の撮影は、資金不足から現地撮影ができませんでしたので、同地をご存じの方には違和感があるようです。この映画ではイポア湖は、現実と非現実の境界を指すメタファーであり、シンボルともなっています。

 

             盛り沢山な舞台装置に振り回される

 

A: 芝居の大道具、つまり同性愛、近親相姦、尊属殺人、政と官の癒着などが前面に出て、テーマが拡散してしまった印象を受けました。監督自身の処女小説の映画化ということで、ちょっと力みすぎじゃないか。脚本を一人で手掛けたことも、ブレーキが利かず裏目に出た感じでした。

B: 冒頭の立てつづけのフラッシュバックはインパクトこそありましたが、時の経過が少ない分、現時点がどこなのか分かりにくい。後半は髪型とか、演じた役者が違うことで解消されていましたが。

 

A: 第1XXY(2007)は、Sergio Bizzio の短編Cinismoの映画化で、脚本は共同執筆でした。筋はシンプルでしたが深いテーマをもつ静かな感動が残る秀作でした。

B: 表面的には両性具有がテーマのように見えましたが、不寛容と差別、真のテーマは「人生の選択権は誰にあるか」でした。

  

A: 誰でもが遭遇する普遍的な事柄がテーマ、ジェンダーとしてではなく、性器兼備としての両性具有は充分ショッキングではありましたが、それは舞台装置でした。だから主人公は、生れてくる子供が両性具有と知りながら、敢えて出産に踏み切った両親、特に過去の選択が正しかったかに苦悩する父親です。2作に共通しているのは、人と変わっている人間を受け入れることの困難さ、古風な要素と鋭い現代性が共存していることです。

 

                キャスト選びの難しさ

 

B: それでは本作に戻って、まず二人のヒロインの年齢は何歳ぐらいですか。

A: アイリンは、各紹介記事では17歳から20歳の幅がありましたが、監督が「パラグアイで13歳のとき出産、その後ブエノスアイレスに来て、目下19歳に設定した」とあるインタビューで語っています。

   

B: 二十歳未満だから未決囚を収容する拘置所も未成年者用にしたのですね。

A: ララはアイリンより二、三歳下ですかね。二人とも実年齢より六、七歳下を演じたわけです。十代と二十代は体の変化の著しい時ですから、少し無理があったかも。特にエンメは成熟していて十代には見えない。またララの兄弟、薬物治療中のナチョの年齢も兄か弟か微妙です。

 

B: アイリンは十代でも≪大人≫の女性が経験することを卒業しているという設定です。一方のララ役、監督談話によると、ララ役探しに7カ月費やしたが徒労に終わり、結局、前作のイネス・エフロンに決まったそうです。

A: 前作のイメージ壊しを観客も含め全員でやらなければならない。やはり連続起用は挑戦です。2作品の間に、脇役でしたがルクレシア・マルテルの『頭のない女』(2008LBFF2008)やダニエル・ブルマンのEl nido vacio(2008)を見ていました。ブルマンのは別として、第1作が強烈だったせいか、やはり苦労しました。

 

B: パラグアイ在住20年という方が、「パラグアイにテレドラはないに等しく、俳優として食べていくのは夢のまた夢、アイリンの父親がテレドラの人気俳優だったはずがない」とコメントしていましたが。

A: パラグアイは国土も狭く人口も少ない農業国、これからの国ですから俳優も海外と掛け持ちと聞いてます。

 

B: 小説は10年ほど前に書かれていますが、この映画の時代は1990年代後半ぐらいかな。

A: アルゼンチンが国家破産する前の印象ですが、時代は小説が書かれた時期や場所にリンクするとは限りませんし、小説と映画もリンクしないケースが多々ありますから想像でしかありません。ララ、アイリン、エル・バスコの3人が出かけたディスコや母親のパーティでかかっていた曲から割り出せるかもしれませんが、わざと混乱させる監督もいるから油断できない()

 

B: 仮に90年代として、アイリンの父親ソクラテス・エスピノが人気俳優だった時代は、壁に貼り付けてある若い頃の写真から類推すると、かなり前になりテレドラ俳優というのはありえないか。

A: パラグアイの日刊紙abc電子版を覗くと、サッカーやハリウッドのゴシップ記事、ハリウッド映画封切りの案内と、若者群像は他の中南米諸国とさして変わらない。駐日パラグアイ大使は日系人、パラグアイへの投資・援助額は、日本が世界No 1という経済的に縁の深い国です。

 

         小説の語り手は犬のセラフィン

 

B: 軌道修正、エンメのグアラニー語、パラグアイ訛りの習得は、専門のコーチについて特訓を受けた。歌手でミュージシャンの家庭で育ったことが幸いしたと語っています。

A: 「耳」が抜群なんでしょう。このコーチがアルゼンチン在住のパラグアイ人俳優コラルPerla Coral Gabaglio とエンメのお母さんだそうです。監督も「エンメはあっという間にマスターした」と褒め、エンメ起用は正解だったとも。監督の母方の祖母もパラグアイ育ち、ただ少女の頃にブエノスアイレスに来たのでアクセントは忘れてしまっていた。パラグアイには親戚も住んでいて、シンパシーがある由。

  

B: アイリンの父親役アルナルド・アンドレもアルゼンチン在住のパラグアイ人、才能流出が起こっている。

A: 彼がコラルを含めて他のパラグアイ人俳優を紹介し、クレジットにはパラグアイのグループ<Los Potrankos>の名前もありました。

  

B: 小説は犬のセラフィンの視点で書かれている。

A: 例年四月に開催されるマラガ映画祭のインタビューで監督自身が語っています。セラフィンは<ルンファルド>というポルテーニョ(ブエノスアイレスっ子)にしか通じないスラングで物語を進行させている。

  

B: 初期の歌タンゴはこのルンファルドで歌われていた。イタリアはジェノバからの移民のスラングです。

A: そう、泥棒仲間が符牒として使っていたとも。映画の語り手を犬にするには無理があって、その一つにルンファルドの翻訳を挙げています。

B: ナレーターの問題もありますね。

 

A: セラフィンはセラフィム、またはセラピムとも、9 階級中最高位の熾天使 (してんし)のこと。神の使者として派遣され人間を守護するエンジェル。つまりラストシーンで、致命傷を受けたセラフィンが一命を取りとめ、一緒にイポア湖に向かう意味は、二人にとって≪光≫なのです。

B: 限りなく≪闇≫に向かって突っ走っているように見えましたが。

A: セラフィンに重傷を負わせたのには意味があるんですが、幸福感が何時まで続くか、映画は語っていません。

 

                  ルシア・プエンソの愛読書はギリシャ神話

 

B: 愛と狂気とパッションをテーマにした小説を書いたのが23歳のときということですから、かれこれ10年になります。

A: 依頼があって書いたわけではなく、当時は出版の当てもなかったから刊行の話が舞い込むまで草稿のままだった。小説のテーマは自由と無処罰、ドラマティックな構成もなく、ただ人物を泳がせていた。刊行は2004年、大分経ってますが、『XXY』よりは前です。

  

B: 二人の愛は複雑で世間は受け入れませんが純粋なもの、二人は自由を求めて脱出する。ララの犯罪もアイリンの父ソクラテスも法的には裁かれず、まさに無処罰です。

A: 小説も映画もテーマは変わっていない。無処罰はアルモドバルの『ボルベール』のテーマでもありました。夫と愛人を火事に見せかけて焼き殺したライムンダの母、義父を刺殺した娘パウラ、娘の殺人を隠蔽したライムンダ、三人とも裁かれませんでした。

 

B: プエンソは、まだ2作しか監督しておりません(『ワコルダ』が3作目)。

A: 脚本家としては、主にテレビですが10年以上のキャリアがあり、『娼婦と鯨』(2004 DVD)は、父のルイス・プエンソ、スペイン文化大臣に転身して話題になったゴンサレス・シンデの3人で共同執筆しています。

 

B: <水子伝説>を背景に、てんこ盛りのテーマを調整するのは大変です。

A: 水子伝説は古今東西ありますが、これはグアラニーの伝説そのままでなく、それに着想を得て創作された。イポア湖に彼女の物語と似た神話があり、それは子供でなく大人だったそうです。少女の頃からギリシャ神話に親しみ、グアラニーの神話を読んだのは15歳頃と語っています。

 

B: 伝説の起原は何か、神話の背後には何が潜んでいるのか、延々と今日まで伝えられてきたのは何故か。

A: 神話の普遍性、プエンソは自分とは別世界のグアラニー語に魅せられ、現在から過去に遡っていった。

B: フィッシュチャイルドは、ギリシャ神話に出てくる上半身女性で下半身鳥の尾をしたセイレンのミニチュアみたいだ。

A: セイレンは複数の性格を有しておりますが、そのなかに風を鎮める力、死者を冥府に送る役目があるとされています。そう言えば、あの湖の水面はいやに静かだった。

 

                    社会性のあるテーマに魅力がある

 

B: 昨今では同性愛など、テーマとして目新しいものではありません。しかし尊属殺人、近親相姦と並ぶと穏やかではない。

A: 尊属殺人といっても偶発的なのでは。ララはアイリンと父親の決定的な密会を目撃して、完全にアイリンを失ってしまう。ララが多量の睡眠薬入りミルクで自殺しようとしたのか、それを父親に飲まそうとしたのかが曖昧だった。作っている最中に父親が入ってきてミルクを所望する。二つ並んだコップのうち、父親がどちらを選ぶか運命でしかない。ララは制止することもできたがしなかったから、結果的には尊属殺人になった。

B: 多数のカプセルがテーブルに散乱していたから父は気付いていたはずです。カメラは故意にコップを映さず、父親がどちらを手にしたか観客には知らせない。

 


A: 父親は当時の病めるアルゼンチンの上流階級を象徴していると解釈できます。この仮面夫婦は完全に崩壊していて修復不可能、その意思もない。彼は判事としての人生にピリオドを打ちたがっていた。夕食時に4人で記念撮影をしますね、これが父親の最後の写真になる伏線、娘が愛おしくレスビアンでアイリンを愛していることを知りながら、お金でアイリンを弄ぶ。

B: 屈折度が複雑、自らを破滅に追い込んでいる。お金を渡すことで辛うじてパトロンとしての優位性を示そうとするが、アイリンの若い肉体の虜にもなっている。自分の才覚と肉体でひとり闘ってきた人間がもつ自信とふてぶてしさ、女の怖さをビタレが見事に演じた。

 

: ここでは権力の逆転がおこっている。ララも二人の関係に気付いており、それが脱出に拍車をかけていた。二人が逃走資金に絵画を売り飛ばすシーン、持ち出すのを父親は窓から目撃しており、アイリンも見られたことに気づいて窓に向かって笑いかける。この家で主導権を握っているのはメイドかと感じさせる瞬間でした。父親役のペプ・ムネーはバルセロナ生れ、スペインのテレビを始め、イタリアやドイツ映画にも。コメディもこなし、『アナとオットー』(1998) や『娼婦と鯨』に出演している。

 

B: ピラミッド型の権力構造の揺らぎは、警察幹部と刑務官の癒着による児童買春、それを取り持つ裏社会の暗躍にも見てとれます。警察署長が小娘に射殺されるなんてスキャンダラスこのうえない。

A: このあたりの描写は現実味に欠けます。ララが厳重な警備を潜り抜けられるのも、初めて銃を手にした人間が、ピストルを取ろうと動いた署長に弾を命中させるのも。

 

B: 政治家の邸宅のようでしたが、悪事を働く場所の警備としては抜け穴だらけでした。こういう政治家と官憲の癒着は、軍事独裁時代の闇を引きずっている感じを受けました。

A: 逮捕されないのは本当の犯罪者だけと皮肉られた時代でした。この警察署長をハビエル・バルデムの兄カルロス・バルデムが演じてました。バルデム家は有名な映画一家、プエンソ家も同じ。ルシアの兄妹4人とも映画界で仕事をしています。

 

B: カルロスは強面で悪役にはぴったりです。『チェ39/別れの手紙』(2008) に出演している。

A: 他に公開作品では『ペルディータ』(1997)、『アラトリステ』(2006)、『宮廷画家ゴヤは見た』(2006)などに。未公開作品には主役脇役ふくめて列挙するのに時間がかかるほど。

 

B: ララをおんぼろ車で屋敷に案内する、違法賭博の<闘犬>を調教しているエル・バスコ役、ディエゴ・ベラスケスは初めて見る顔、17世紀のスペインの大画家と同姓同名です。

A: 短編やテレビに出ていますが、これが長編映画としては初めての大役です。前年にマルティン・カランサの第1Amorosa soledadに出たのが繋がりかも知れません。主役のソレダ役がイネス・エフロン、その父親がリカルド・ダリンです。二人はXXYでも父娘を演じました。カランサは助監督としての経験が豊富、アレハンドロ・アグレスティの『バレンティン』(2002)を見た人も多いのでは。

 

B: 人生を達観したような冷めた役どころに女性ファンがつきそうです。

A: いわば都会の闇の部分を担っている役。クールな彼が二人の遁走劇に熱くなって手を貸すのが後半の山場です。彼はアイリンを愛していたのですが、アイリンは違ったようです。アイリンの人格は強さと弱さを行ったり来たりしてミステリアスです。

B: アイリンと父親の関係も分かりにくい。一親等の近親相姦はそうザラにある話じゃありません。

A: 小説ではアイリンをレイプするのは父ではなく兄です。多分大物俳優アルナルド・アンドレの起用が先にあったからではないでしょうか。

 

B: 自分の過去と向き合い死者を悼みながら代償を払っているが、13歳の娘が払った代償には遠く及ばない。今や娘は異国で罪を着せられ囚人となっている。この家庭も母親不在、テーマとして母性の崩壊があるのでしょうか。

A: もともと母性の存在など錯覚なのです。唐突ですがナボコフの『ロリータ』に似ています。中年男の早熟な美少女への愛を描いたと言われますが、権力を持つ者(男)が持たない者(少女)を力で征服する物語です。ここにあるのは愛に見せかけた男の≪権力≫です。

B: 「どうして?」とソクラテスに詰め寄るララに、彼はアイリンへの愛を口にします。ララのアイリンへの愛と同等に置こうとします。

A: 似て非なるもの、ララの憤激は当然です。また外国人差別も描かれた。

 

B: グアラニー差別だけじゃない。

A: 隣国同士の移民問題は複雑、経済的移民は自国で生きていけないから移民する。隣家のメイドもパラグアイ人、アルゼンチンが豊かとは思えませんが、パラグアイよりはマシ。バラエティ番組でパラグアイ訛りが茶化されるとか。

B: アイリンはパラグアイ人だから、まともな調べも受けられずに拘留され買春を強要される。

 

A: 大胆不敵なテーマです。フィクションとはいえそれなりの裏付けがないとできない。ララの父親がアイリンにグアラニー語で歌うことを強いるシーン、ララとナチョは気色ばみ非難の目を父親に向けます。

B: 強要に悪意がなかったとは言えません。

A: ララが上流階級のシンボルであるカールした金髪をバッサリ切るのは、白人優位主義との決別、権力をもつ男性への変貌を意味している。自由は与えられるものではなく勝ち取るものです。

 

『よそ者』”Los bastardos”アマ・エスカランテ2013年10月10日 10:28

★今回ラテンビートでアマ・エスカランテの『エリ』が上映されること、メキシコ映画の現状にも触れていることから、以前Cabinaさんブログにコメントした『よそ者』ダイエット版を登場させます。デビュー作『サングレ』(2005)に続く第2弾、LBFF2009上映作品。

 


ストーリー:ロスの片隅に暮らす二人の若者ファウストとヘススは、メキシコからの不法移民。強いられる孤独な忍耐、日銭稼ぎの報われない労働の日々。ことの起こりは突然やってきた。ヘススがデイバックに小銃を忍ばせたとき、二人はある一線を越えてしまう。

 

*スタッフ&キャスト*

監督:アマ・エスカランテAmat Escalante

キャスト:ヘスス・モイセス・ロドリゲス(ヘスス)、ルベン・ソーサ(ファウスト)、ケリー・ジョンストン、ニーナ・サリヴァン(カレン)

製作:メキシコ・仏・米国、2008年、90分、

言語:スペイン語・英語

*受賞歴*

カンヌ映画祭フォト・コール出品

スロバキア/ブラチスラバ映画祭・最優秀監督賞、学生審査員最優秀映画賞

カタルーニャ・シッチェス映画祭「新しい視点」最優秀映画賞

メキシコ/モレリア映画祭・最優秀映画賞

アルゼンチン/マル・デル・プラタ映画祭・最優秀ラテンアメリカ映画賞

ペルー/リマ映画祭・国際審査員賞

 

     二つの文化は空中を浮遊している

 

A: メキシコの不幸は、アメリカと隣り合っていること。川を渡ろうが、フェンスを乗り越えようが、二つの文化は辺りを浮遊しているだけで、互いに解け合うことを拒否している。絶対に交わろうとしない。こういうテーマの映画を見た後の感慨はいつも同じです。

B: 人間は生れた土地を自分の意思で離れたように錯覚するが、やがて自分の意思でなかったことに気づく。「北」を目指すのは、生き延びるための「お金」であって、もう「夢」の実現など冗談でさえないことを熟知している。それほど二国間の経済格差は大きく、これはまさに「暴力」と言っていい。

 

A: ラテンビート映画祭開催前には予告編しか見られなかった映画の一つです。その時の印象は、ミヒャエル・ハネケの『ファニー・ゲーム』(1997)に似ているかなぁ、と。

B: 昨年の東京国際映画祭TIFFで上映されたエンリケ・リベロの『パルケ・ヴィア』を連想したというブログもありました。

A: テーマがですか、でも殺人の動機が違いますよ。突発的にこちらの意表を突くかたちの殺害とかは、むしろ『トニー・マネロ』(2008LBFF)に近いと思います。間をおかずに見たせいか、『パルケ・ヴィア』の主人公が尊敬もし感謝もしていた女主人を謀殺するシーンでは、殺害方法が似ていたせいか「トニー・マネロ!」と声を出しそうになった。

 

B: 確かに『よそ者』では、二人の若者が銃を構えて侵入したとき、標的の女性は幸いなことにソファでうたた寝していたから、簡単に殺害できたのにしなかった。この映画の特徴として筋運びに飛躍があって、作り手が隠してしまったピースを観客各々が探してこないといけない()。お金で妻殺しを請け負ったんですよね。

A: 妻とは断定できませんが請負殺人です。だからさっさとぶっ放して逃走すべき状況なのに、恐怖で撃てないというより、まるでいたぶるように女性や部屋を物色している。後で触れますが、この密閉され、物が溢れた部屋はキイポイントの一つ。分かりにくさや感傷のなさは、この映画の魅力でもありますが、メジャー向けにはならない。

 

B: 殺しに侵入したのに三人してプールで泳ぐ。美しい映像なのが却って不気味です。

A: この金持ちのシンボルたるプールもキイポイントです。勿論、女性は生き残りをかけて恐怖で泳ぐんですがね。ハネケのは二人の若者が自分たちを排除する社会に復讐するため、ゲーム感覚で殺人を楽しむ。だから動機は異なるのですが、<よそ者>というより、社会の厄介者、侵入者、使い捨ての二人の若者が、得体のしれない怒りでじわじわと殺人を行うというところが似ています。

 

B: 過去に何の接点もない人間同士が、つまり恨みも憎しみもないのに出会ってしまって殺人が行われる。いわゆるホラー映画より、こういうかたちの殺人は自分にも起こり得るだけに怖い。監督は、『ファニー・ゲーム』を見てたでしょうか。

A: 見てると思います。影響を受けてる監督にハネケを挙げていますから。2007年にアメリカでリメイクされたとき話題になったし、2005年のカンヌで、両監督とも国際批評家連盟賞(FIPRESCI)を受賞しています。ハネケは『隠された記憶』で監督賞とダブル受賞でした。エスカランテは受賞のご褒美として5ヶ月間のフランス留学の奨学金を貰うことができました。

 

B: エスカランテ監督か、製作者のハイメ・ロマンディアかが来日してくれたらと思いました。

A: 実感です。ルベン・ソーサのドタキャンはさほど残念と思いませんでしたが。第1作『サングレ』がTIFFで上映されたときには来日したんです。成田から会場に直行したとかで、時差ボケのまま駆けつけてくれた。この時のQ&Aは確か英語でした。観客は不思議というか見慣れない映画にちょっと戸惑い気味でした。

B: 監督はロサンゼルス市立大学映画学科出身、生活拠点をメキシコとアメリカにおいていますから英語は問題ないですね。こちらもカンヌ映画祭に出品されています。

A: TIFFもカンヌ出品だと安心するらしく、コンペかワールド部門で取り上げてくれる()。まあ主催者にすれば、年に何千と量産される中から選ぶわけですから、何か拠りどころがないとね。

 

B: 導入部とエンディングのクレジットの部分の「緑地と赤地に白抜き文字」は、メキシコの国旗の色だそうですが。メキシコの国旗はイタリア国旗と似てますね。緑白赤の縦三色旗で、他の中南米諸国と似ていない。

A: 国旗とは気づきませんでした。前作とは違う派手な入り方に虚を衝かれて、これは趣向を変えてきたな、と身構えました。しかしパタッと大音響が消えると、はるか彼方から二つの豆粒がゆっくり近づいて二人の男になるあたりから安心して()、若いほうが空き缶を思い切り空中に蹴り上げると、身体の緊張がとけました。キューブリックの『2001年宇宙の旅』(1968)を思い出した。キューブリックのカメラはよく動きますが、この映画ではカメラを固定させたまま、人物を近づけたり遠ざけたり、停止したりを長回しで撮るから、眠くなる観客も出てくる。

B: サウンド漬けの大学生に見せたら半分は寝ますね。この常に苛々している若いほうがファウストで、空中に舞い上がる空き缶は、最後の衝撃シーンを暗示しているんですかね。

A: ジャケ写では、年長のヘススが銃を構えていますが、発砲するのはファウスト、なかなか計算高い凝り性の監督です。


 

     奇跡が起こった!

 

B: 『サングレ』の出演者は隣人だったそうですが、今回もヘスス役のヘスス・モイセス・ロドリゲス、ファウスト役のルベン・ソーサを街中でスカウトしています。

A: 主役二人を探すのに1年半かかったそうです。ヘスス役は監督の生れ故郷グアナフアトの建設現場で、キャスティング担当のマルティン・エスカランテの目に止まった。台本に関心を示してくれ、顔も人格もヘスス役にぴったりということで決まった。

 

B: マルティン・エスカランテは、脚本も監督との共同執筆、二人は兄弟ですか。

A: 監督は1979年生れですが、マルティンの生年月日が分からないので、兄か弟か、多分弟でしょうか。フランス留学中にシナリオの草稿を書いてはメキシコのマルティンに電送し、それをマルティンが完成させた。二人の共同執筆というわけです。さて、決まるには決まったが、合法的にアメリカに連れていく許可が下りない、諦めかけたときにオーケーが出た。

 

B: 最初に契約したファウスト役は、別の人だった。いざ撮影開始2日前という土壇場で下りてしまったそうですね。

A: 監督インタビューだとそうなります。最初からアメリカに着いたらドロンしようと思っていたわけではないでしょうけど、楽しい役柄じゃないから不安というか怖気づいても不思議じゃない。スタッフ現場の驚愕ぶりが目に浮かびますね。

B: 美術・衣装担当者が偶然か運命か路上でルベン・ソーサに出会いスカウトした。

A: もうこれは運命かなぁ、「奇跡が起こった」と監督が言うのも頷けます。ブッツケ本番で予定通り撮影開始、演技指導もクソもないとは、このことです。ファウスト=ルベンだったから可能だったのかも。とにかく彼の取扱いには神経をすり減らしたそうです。

 

B: 極端にセリフが少ないのは、ファウストの人物造形がもともとそうなのか、あるいはルベンにセリフを言わせるのが難しかったのか。

A: 両方でしょうね。二人とも用意したセリフを手直しして、つまり彼らの話し言葉に変更したようです。カンヌに持って行きたかったので、5週間で撮ったということです。

 

B: まあ、準備に2年以上掛けたから可能だったんでしょう。カレン役のニーナ・サヴァリンは、ネットで探し当てたんですね。

A: ハリウッドで約300人ぐらい面接したが決まらず、偶然インターネット上でニーナの写真を見つけ、近くのサンフランシスコに住んでるということで決まったらしい。

B: 物事が決まるのは得てしてこんなもんですね。ではサヴァリンはプロの俳優ということですね。

A: 脇役ですが、すでに何本か出演してます。また建設会社のボス役ケニー・ジョンストンは、エスカランテの短編Amarrados(2002)に出ています。本作では助監督・撮影も兼ねていて、映画製作は独立系では家内工業が主流。本作では「映画製作基金」からの援助を受けています。

 

     広大な大地と密閉空間のコントラスト

 

B: 先ほど密室とプールがキイポイントとありましたが。

A: それに画面を上下真っ二つにした建設現場や苺畑の大地と重たい空。まるでこれから起こる密室殺人で観客が窒息しないようにと言わんばかりに、繰り返し現れる。男たちは空に押し潰されるかのように黙々と働いている。

B: プールと聞いて、実は今年公開されたジョー・ライトの『路上のソリスト』を思い出しました。これも舞台がロサンゼルス。美しい渦を巻く高速道路が鳥瞰撮影で、あるメッセージをもって挿入される。カメラが高速道路の先を捉えると、横一列に並んだ邸宅と真っ青な水を湛えたプール群が目に入る。

A: 1994年のロサンゼルス大地震で壊滅した高速道路を映し出すことで、アメリカの繁栄を象徴させているんですね。

B: その対極にあるのが9万人に及ぶ路上生活者です。そのコントラストが見事。

 

A: 『よそ者』でも舞台装置は計算しつくされている。太陽が出ているのに薄暗い空、広大な大地と殺人現場となる狭い部屋、豊かさの象徴であるプールの澄んだ青、樹木の緑も暗示的です。

B: メキシコの国旗の緑は「独立・希望」、白は「宗教的純粋」、赤は「統一」だそうです。

A: 逃げ延びたファウストが苺摘みをする最後のシーン、葉っぱの下から太い指で真っ赤な苺を掴み取るでしょ、あの緑と赤にも意味があるのかしら。


                   

    モハード映画は危険がいっぱい

 

B: メキシコからの不法移民のことをモハード(mojado湿った)というのは、川を渡って越境すると衣服が濡れることから呼ばれるようになった。いわゆる≪モハードもの≫は、一歩間違うと大火傷をしますね。

A: 真っ向う勝負をかけたら返り討ちにあいます。私が最初に見た≪モハードもの≫は、グレゴリー・ナヴァの『エル・ノルテ/約束の地』(1983、米英)です。アカデミー賞脚本賞にノミネートされたからか公開されました。グアテマラからの不法移民、兄妹二人でメキシコを縦断してアメリカに侵入する。1960年代から始まった複数の左翼ゲリラと政府軍との軋轢が背景にありました。スペイン語・キチェ語(マヤ系言語)・英語にメキシコのスラングと目まぐるしい140分という長編です。ノミネートされただけあってストーリー運びもよく、青を基調にした美しい映像も印象的でした。

 

B: ジェニファー・ロペスとアントニオ・バンデラスが主演した『ボーダータウン/報道されない殺人者』の監督ですね。撮影中に命の危険を感じたり、危険な場所では代役を立てたとか。現実はあんな生易しいものじゃないと言いますが、仮に現実を描いたら信じてもらえない。

A: シウダー・フアレスというのはメキシコで一番危険なところ、現地に入って撮影が可能かどうか考えなくても分かります。死人の山ができたことでしょう(2008年の麻薬がらみの死者は約3000)。ナヴァ監督は、1949年サンディエゴ生れ、製作・脚本のアンナ・トーマスは夫人で、二人三脚でずっと問題作を世に問うています。とにかくメジャー向けに発信してくれたことを評価したい。

 

B: 映画祭直前にキャリー・フクナガ(Cary Fukunaga)のSin nombre(2009、メキシコ=米)という映画を見ました。こちらはホンジュラスからの不法移民です。貨物列車の屋根に載って延々と運ばれてくる。文字通りのモハード、川を渡れたのはヒロイン唯一人、現代の≪ノラ≫がアメリカに辿り着いたところで終わる。

A: 製作はカナナ・フィルム、今年のサンセバスチャン映画祭で上映されました。監督自身も現地入りして記者会見に臨みました。監督はアメリカ国籍です。

B: こっちはスピード感もあり、麻薬密売組織も絡んでスリラーの要素を取り入れている。フラッシュバックが多いのにリアリズムでぐいぐい押してくるので分かりやすい。日本でも公開できそうに思いました(『闇の列車、光の旅』の邦題で20105月公開された)。

 

A: メキシコでは5月に封切られました。『よそ者』が世界の数々の映画祭で評価され、ヨーロッパでは公開されながら、肝心のメキシコが今年7月と1年以上もかかったのと対照的です。

B: 純文学と大衆文学があるように、映画も映画祭用映画と大衆映画に二極化している?

A: 映画祭を逃すと永遠にスクリーンでは見られない現実もありますね。

 

     たかがカンヌ、されどカンヌ

 

B: さて『よそ者』に戻りましょう。これはカンヌ映画祭「ある視点」部門に出品され、上映後には5分間のオベーションを受けたそうです。

A: カンヌの常連は、長いシークエンス、極端なミニマリズムが好きなんです。ごちゃごちゃ書きこまないでシンプルに纏めて最大の効果を出しているから。映画祭の喝采には≪お世辞≫もあります。しかし本当に気に入らないとブーイングも辞さない厳しい観客です。

B: 不法移民の問題はヨーロッパ自身も苦しんでいます。しかしアメリカの家庭がもつ豊かさへの反発、人間性の喪失、人間不信の傷あと、平凡な日常への苛立ち、アイデンティティー喪失に惹かれたんじゃないか。

 

A: 『サングレ』には見られなかった強烈な色彩、エレキギター()が発する大音響とか、新しい感覚もあった。

B: 映画祭にはルベン・ソーサも招待されたが、ニース国際空港で不審者扱いされたとか。

A: パスポートが新しくメキシコから初めて出国している。映画はロスで撮影されたわけだから、それはあり得ないでしょ、後は想像してください。マンタラヤ・プロ(Mantarraya)のハイメ・ロマンディアも現地入りしていたのに別行動だったのかな。

B: カルロス・レイガダスの『静かな光』(2007LBFF2008)のプロデューサーです。

 

A: レイガダスは「ノー・ドリーム・シネマ」プロの責任者として参加してます。この三人は団子三兄弟というほどではありませんが繋がりは深い。今年のTIFFで日本メキシコ友好400年記念として、全3作が一挙上映されます。『ハポン』(2002)、『バトル・イン・ヘブン』(05)に『静かな光』です。後ろ2作がカンヌのコンペに選ばれています。

B: レイガダス特集ですから来日しますよね。来日が待たれているからQ&Aは紛糾するかも。

**来日してチケットも完売、Q&Aで英語通訳をした方が素晴らしかった。)

 

A: エスカランテは、『バトル・イン・ヘブン』に助監督として参加していて、ロマンディアは二人の全作品を製作しています。繰り返しになりますが、2005年には『サングレ』も選ばれたので三人でカンヌ入りしたわけです。

B: レイガダスは『サングレ』の製作に協力しています。

A: ついでに補足すると、フィルム編集にトルコのアイハン・エルギュルセルが参加しています。カンヌと縁の深いヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の『スリー・モンキーズ』(2008・監督賞)や『冬の街』(20022003年度審査員グランプリ)を手掛けている人です。前作はTIFF2008の上映作品、すぐにチケット完売、涙を飲んだファンが多かった。エスカランテはトルコ語ができない、エルギュルセルはスペイン語も英語もダメ、それで映画言語()で意思の疎通を図ったとか。メキシコやトルコの監督作品が、映画祭とはいえ紹介されたことに時代の流れを感じます。

『エリ』”Heli”アマ・エスカランテ*第10回LBFF⑥2013年10月08日 16:08

    

           アマ・エスカランテの『エリ』“Heli”

★東京国際映画祭TIFFと共催上映になった『エリ』の紹介は難しい。「2013カンヌ映画祭最優秀監督賞受賞」や「カルロス・レイガーダスが製作参加」でホッとする。今回のLBFF作品紹介ではストーリーを割愛しておりますが、因みにご紹介すると:

LBFF作品紹介

「舞台はメキシコ・グアナフアト州にある小さな田舎町。住民の多くは貧しく、自動車組み立て工場の仕事か、麻薬密売組織の手先になるしか、生きる道がないような厳しい状況にある。そんな中、17歳の青年エリとその家族は、ある組織的な麻薬トラブルに巻き込まれていく…。麻薬密売組織と警察の癒着、貧困、暴力、経済格差といったメキシコ社会の暗部に鋭くメスを入れた衝撃の社会派サスペンス」

TIFF作品紹介
「メキシコの荒廃した地域で、17歳の青年エリは妻子と父、そして妹と淡々とした暮らしを送っていた。平凡な日々であったが、軍人生活に嫌気がさした妹の恋人が、押収品であるコカインを盗んだことで事態は急変する」

 

★カンヌ監督賞受賞の折の海外メディアの報道を総合すると、「単に社会暴力を弾劾しているだけの映画ではなく、心の琴線に触れる愛、性、青春そして希望について語られた家族の物語」、「ゆっくり流れる美しい映像と観客を不安にさせるロングショット」、「誰にもお薦めできる映画ではないが、もしソダーバーグの『トラフィック』やハネケの『愛、アムール』のような作品がお好きならお薦めです」などでした。目をそむけたい拷問シーン。警察汚職、に心を奪われていると、エスカランテの真のテーマを見落とすかもしれない。

 

 


           監督紹介

★監督、脚本家、製作者。1979年バルセロナ生れ、父はメキシコ人、母はアメリカ人、バルセロナで生れたのは偶然とか。メキシコのグアナフアトで過ごし、2001年カタルーニャ映画スタジオ・センターで学ぶため渡西、後ハバナのサン・アントニオ・デ・ロス・バーニョス映画学校でも学んだあと帰国。短編“Amarrados”2002)が翌年のベルリン国際映画祭に出品された。カルロス・レイガーダスの『バトル・イン・ヘブン』(2005)の助監督をしながら、ロッテルダム国際映画祭、サンセバスチャン国際映画祭の資金援助合計$60,000を受け、2005年長編『サングレ』でデビューする。以下作品紹介で。

 

   長編映画紹介

2005『サングレ』“Sangre” 監督・脚本・製作、メキシコ=仏、TIFFコンペティション出品。

受賞歴:ブラチスラバ国際映画祭・監督賞。カンヌ映画祭・FIPRESCI国際映画批評家連盟賞。メキシコ市国際現代映画祭・作品賞。テサロニケ映画祭・シルバー・アレキサンダー賞など。

2008『よそ者』“Los bastardos” 同上、メキシコ=仏=米、カンヌ映画祭正式出品作品、

    LBFF2009上映。

受賞歴ブラチスラバ映画祭・最優秀監督賞、学生審査員最優秀映画賞。シッチェス映画祭「新しい視点」最優秀映画賞。モレリア映画祭・最優秀映画賞。マル・デル・プラタ映画祭・最優秀ラテンアメリカ映画賞。リマ映画祭・国際審査員賞など。

2013『エリ』“Hali” 同上、メキシコ=独=仏=オランダ、2013LBFFTIFF共催にて上映。

 受賞歴:カンヌ映画祭・監督賞受賞。


   

  (写真:ベルガラ、監督、エスピティア カンヌにて)

  
  キャスト紹介

アルマンド・エスピティア(エリ)/アンドレア・ベルガラ(エステラ、エリの妹)/リンダ・ゴンサレス(サブリナ、エリの妻)/フアン・エドゥアルド・パラシオス(アルベルト、エステラのボーイフレンド)/ケニー・ジョンストン(アメリカ人指揮官)

ケニー・ジョンストン以外は初出演です。彼はエスカランテの短編Amarrados他、長編3作に出演しており、助監督や撮影も兼ねている。

 

   トレビア

★カンヌ映画祭での成功後、ミュンヘン国際映画祭、カルロヴィ・ヴァリー映画祭、リオデジャネイロ国際映画祭、シカゴ映画祭などに出品されている。

★メキシコでは89日に公開された。公開に先立つ記者会見で「メキシコのイメージダウンになると思いませんか」という質問には、「いい質問だが、この国の現実だからね。イメージダウンにならないよう検閲してもらうべきでしたか」と答えています。「メキシコの若者には心が痛む。勝ち目のない戦いなのに希望を託して挑む姿を表現したかった」とも。巨人ゴリアテに小石で挑むダビデです。

★メキシコ時代にブニュエルが撮った『忘れられた人々』(1950)やハネケの影響を受けているとも。『よそ者』は確実に『ファニーゲーム』(1997)の影響があります。

2014年米国アカデミー賞外国映画部門のメキシコ代表作品に選ばれました。

『ある殺人者の記録』”Satanas”アンドレス・バイス*第10回LBFF⑤2013年10月07日 12:49

★『ある殺人者の記録』(2007)は、レトロスペクティブとして上映されるアンドレス・バイスの長編デビュー作です。第3作『暗殺者と呼ばれた男』は、ミゲル・トーレスの小説El crimen del sigloを映画化したものですが、内容は大分変っているようです。勿論小説と映画は別のものですから問題ありません。こちらはマリオ・メンドサの同名小説の映画化ですが、小説も実話をもとにして書かれた。実際に起きた事件→小説→映画、それぞれ登場人物の名前が変更されたり、映画では削除されたりしておりますが、勿論これも問題ありません。

Mario MENDOZASatanásノルマ社、コロンビア、2002年刊

 

  


★両方とも実際に起きた事件を題材にしていますが、本作と『暗殺者と呼ばれた男』の決定的な違いは時代背景です。1986125日、首都ボゴタの高級レストラン≪ポッゼット≫で起きた事件が語られる。事件そのものより犯罪が起きる前の≪サタン≫の個人史と二極化したコロンビア社会が語られると言ったほうがいい。3本の柱をもつ群像劇。コロンビアで2007年に封切られた6年前の映画ですが、日本では初上映になりますからネタバレは避けねばなりません。もっとも邦題に≪殺人者≫とあるからプロットは若干ネタバレしています()

 

  受賞・ノミネート歴

2007年、ボゴタ映画祭最優秀作品賞受賞

2007年、ウエルバ・ラテンアメリカ映画祭「金のコロン賞」ノミネート

2007年、サンセバスティアン国際映画祭ホライズンズ・ラティーノ部門、マルセラ・マルがスペシャル・メンション賞受賞

2008年、カルタヘナ映画祭コロンビア映画作品賞受賞

2008年、アリエル賞銀賞ノミネート  

 

  キャスト

ダミアン・アルカーサルDamian Alcázar(エリセオ)

ブラス・ハラミージョBlas Jaramillo(エルネスト神父)

マルセラ・マルMarcela Mar(パオラ、市場の売り子)

マルセラ・バレンシアMarcela Valencia(アリシア、暗殺者)

マルティナ・ガルシアMartina Garcia(ナタリア、エリセオの生徒)

イサベル・ガオナIsabel Gaona(イレーネ、神父の愛人)

テレサ・グティエレスTeresa Gutiérrez(ドーニャ・ブランカ、エリセオの母)

アンドレス・パラAndrés Parra(パブロ、パオラの友達)

ディエゴ・バスケスDiego Vásquez(アルベルト、同上)

以下脇役:エルナン・メンデス(マリオ、チェスの相手)/エクトル・ガルシア(タクシー・ドライバー)/ヴィッキー・エルナンデス(エリセオの隣人)/クララ・サンペル(ルシア、司書)ほか。

 

ダミアン・アルカーサル Damian Alcázar1953年メキシコのミチョアカン生れ。出演本数98本、もうすぐ3桁になる。日本では「アルカザール」と表記されている。メキシコのアカデミー賞といわれるアリエル銀賞を8回も受賞している超ベテラン。日本公開作品としては、カルロス・カレラの『アマロ神父の罪』(20022003公開)、これはメキシコで公開早々上映禁止になった作品。エクアドルのセバスチャン・コルデロの『タブロイド』(20042006公開、エクアドル=メキシコ合作Crónicas)は、サンダンス映画祭で評価されカンヌ「ある視点」部門に出品された。、劇場未公開だがDVDTV放映のワルテル・ドエネルの『青い部屋の女』(2002)では脇役の刑事役、ルイス・エストラダの犯罪コメディLa ley de Herodes1999)とEl infierno2010)では監督が金賞、アルカーサルが銀賞ほか、アリエル賞の殆どを攫ったが、ゴヤ賞はノミネートに終わった。『ある殺人者の記録』では二つの顔をもつ複雑な演技が求められた。

 
ブラス・ハラミージョ Blas Jaramillo1968年ボゴタ生れ、2007830日、腹膜炎の悪化により膵臓炎を併発急逝(享年39歳)。父親は画家ルシアーノ・ハラミージョ。TVシリーズ出演の後、本作で映画デビュー、代表作カルロス・モレノのPerro come perro2008Dog Eat Dog)の公開を待てなかった。カルロス・フェルナンデス・デ・ソトのCuarenta2009)が遺作となった。

    

                              (ブラス・ハラミージョ)

マルセラ・マル Marcela Mar1979年ボゴタ生れ。両親の意向でボゴタの国立劇場に登録した8歳の時から俳優の道へ。1998Sin limitesでテレビ界デビュー、テレノベラPura sangre2007)の主役に起用される。カルタヘナ映画祭(TVシリーズ部門)に出品されたTodos quieren con Marilyn2004)でコロンビアTV賞を受賞。映画デビューはTres hombres tres mujeres2003、仏コロンビア合作、言語スペイン語)、本作でヒロインのパオラに抜擢される。『コレラの時代の愛』(2007)、再びバイスの第2作『ヒドゥン・フェイス』(2011)、サンセバスティアン映画祭ホライズンズ・ラティーノ部門に出品された本作でスペシャル・メンションを受賞している。美人国コロンビアを代表する180センチという長身の女優。

   

マルティナ・ガルシア Martina Garcia1981年ボゴタ生れ、ボゴタのFundacion Estudio XXIに学ぶ。エクアドルのセバスチャン・コルデロのRabia2009Rage))出演後スペインに移り、マドリードのフアン・カルロス・コラソの俳優学校に学ぶ。TIFF2009コンペティション部門に『激情』の邦題で上映された折り、監督と製作者と共に来日Q&Aに参加している。映画デビューはPerder es cuestión de método2004)、アンドレス・バイスの本作に続いて第2作になる『ヒドゥン・フェイス』、最新作はフランスのミゲル・コルトワのOperación E2011、仏西合作)。農夫(ルイス・トサール)の妻役(5人の子持ち)を演じて成長ぶりを披露したが、コロンビアではいまだに未公開**

 

**ミゲル・コルトワのOperaciaón Eは、『ある殺人者の記録』と同じように実話を題材にした力作。テレビでは報道されないFARC(コロンビア革命軍)の実態を浮き彫りにしている。E20022月、FARCによってイングリット・べタンクールと一緒に誘拐されたクララ・ロハスの赤ん坊 Emmanuelの頭文字から取られた(二人は20087月に解放された)。母親がバスク生れというコルトワ監督は、過去にETA問題をテーマにした“El Lobo”(2004)“GAL”(2006)を撮っています。「ETAFARCの問題は自分にとって身近なテーマ」と語っている。

 

  トレビア

★エリセオの実名はカンポ・エリアス・デルガドCampo Elias Delgado、小説は実名で登場します。マルセラ・マルが演じたパオラは小説ではマリア、マルティナ・ガルシアが扮したエリセオの生徒ナタリアの実名はクラウディア、小説はマリベルでした。変更のなかったエルネスト神父は例外ということです。

  

★レストラン≪ポッゼット≫のシーンは、ボゴタの歴史保存地区カンデラリア(観光客の人気スポットがある地区)にある別のイタリアン・レストランで撮影された。

  

★キイワードは、デモクラシーとは名ばかりのコロンビアの階級社会と圧倒的な経済格差、ベトナム戦争の影、終わりの見えない内戦、親子の断絶、方向性の欠如、カトリック教会、スティーヴンソンの『ジキル博士とハイド氏』、愛と性、復讐、お決まりの孤独・・など。

『暗殺者と呼ばれた男』”Roa”アンドレス・バイス*第10回LBFF④2013年10月03日 18:35

ボラーニョのドキュメンタリーで中座しておりましたがLBFFを再開いたします。

194849日、自由党党首ホルヘ・エリエセル・ガイタンが首都ボゴタで4発の弾丸を受けて殺害された。本作はいわゆる≪ボゴタッソ≫の謎に包まれた真相に迫るサスペンス仕立てのドラマ。現実に起こった事件だがフィクション。プロットはラテンビートに紹介あり。今回彼のデビュー作Satanásも『ある殺人者の記録』の邦題で初上映される。2作目La cara ocultaは昨年『ヒドゥン・フェイス』として劇場公開されから、長編は全て字幕入りで見ることができる。

 


  監督紹介

アンドレス・バイス・オチョアAndrés Baiz Ochoa:監督/脚本家/製作者、1975年コロンビアのカリ市生れ。コロンビアでは、アンディ(Andy/Andi)で親しまれている。ニューヨーク大学で映画監督および制作を学ぶ。Tisch School of the Artsで映画理論の学位を取る。卒業後フランスの映画監督ラファエル・ナジャリRaphael Nadjariの後援を受け、ホラーの短編4作を二人で製作する。ニューヨークを拠点にプロダクションCentro-Filmsで監督、製作、編集をする(200104)、同時期雑誌LOFTに映画評論を掲載。2007年カンヌ映画祭「監督週間」に短編Hogueraが出品され、国際舞台にたつ。セルヒオ・カブレラ、カルロス・ガビリアの後を継ぐ監督として期待されている。

お気に入りの映画監督:ハリウッド伝説に生きた監督ハワード・ホークス、ルイス・ブニュエル、ヌーヴェル・ヴァーグに多大な影響を与えたジャン・ルノアール、非ハリウッド系ニューヨーク派の旗手シドニー・ルメット、マーティン・スコセッシなど。老いてますます元気なスコセッシ以外は鬼籍入りしている。やはり自国の先輩監督の名前は出てこない、そんなもんです。

 

  長編フィルモグラフィー

2007Satanás『ある殺人者の記録』監督/脚本、コロンビア=メキシコ合作

2011La cara oculta『ヒドゥン・フェイス』同上、コロンビア=スペイン合作、サスペンス・ドラマ、2012ベルリン・ファンタジック映画祭出品、配給コムストック・グループ、20129月公開

2013Roa『暗殺者と呼ばれた男』同上、コロンビア=アルゼンチン合作

他に、『そして、ひと粒のひかり』の製作、短編5作、ミュージカル・ビデオ3作、ドキュメンタリー1作など。

  


  『暗殺者と呼ばれた男』キャスト

*マウリシオ・プエンテス Mauricio Puentes(フアン・ロア・シエラ)

*カタリーナ・サンディノ・モレノ Catalina Sandino Moreno(マリア・デ・ロア、妻)

*マリア・エルビラ・ラミレス Maria Elvira Ramírez(マグダレナ、娘)

*レベッカ・ロペス Rebeca López(ドーニャ・エンカルナシオン、母)

*サンティアゴ・ロドリゲス Santiago Rodríguez(ホルヘ・エリエセル・ガイタン)

*エクトル・ウジョア Héctor Ulloa(カメラマン)

*ニコラス・カンシノ Nicolas Cancino(エル・フラコ)/カルロス・マヌエル・ベスガ Carlos Manuel Vesga(ビセンテ)他

*アルゼンチンからベテランのアルトゥーロ・ゴッツ Arturo Goetz(『ラ・ニーニャ・サンタ』LBFF2004、『幸せのパズル』2011公開)やセサル・ボルドンCesar Bordón(『頭のない女』LBFF2008)が出演。

 
マウリシオ・プエンテス Mauricio Puentes:俳優/舞台監督/製作者。1973513日(聖母の日)ボゴタ生れ、マウロ(Mauro)の愛称で親しまれている。子供のときから俳優になるのが夢で、現在ロア役で実現した喜びに浸っている。デビューは演劇畑から。演劇のワークショップに役者兼監督として多数参加、なかでもファビオ・ルビアノのOrnitorrincos”“Moscaが代表作。ルビアノが自分のマエストロであると語っている。映画デビューは、『暗殺者の聖母』の邦題で公開寸前に中止となったフランスのバーベット・シュローダーのLa Virgen de los sicarios2000)にチョイ役で出演。エドウィン・コルテスのSoy una invencion、エドガー・シエラ/アンドレス・セラーノの4 Gradosの他、アンドレス・バイスの3作品すべてに起用されている。テレビは麻薬王エスコバルをテーマにしたEscobal, el patrón del malほか。

好きな監督はマーティン・スコセッシ、好きな俳優はトーマス・アルフレッドソンの『裏切りのサーカス』(2011)の主役、イギリスのゲイリー・オールドマンだそうです。占星術のファンでトランプ星占いも信じている由。

カタリーナ・サンディノ・モレノ Catalina Sandino Moreno1981年ボゴタ生れ。ジョシュア・マーストンの第1作『そして、ひと粒のひかり』(2004、第1LBFF2004題「マリア・フル・オブ・グレイス」)で衝撃のデビュー、アカデミー主演女優賞ノミネート(受賞者はジェンキンスの『モンスター』主役シャーリーズ・セロン、演技のレベルが違いましたね)、ほかベルリン銀熊女優賞受賞を筆頭に34受賞、ノミネート24という多くの映画賞に輝いた。アントニオ・クアドリのEL corazón de la tierra2007The Heart of the Earth)の主役ブランカ役、マイク・ニューウェルの『コレラの時代の愛』(2007)やスティーブン・ソダーバーグの『チェ』2部作(200809公開)、今回上映される『マジック・マジック』出演は先述した通りです。

女優として難しい年齢と言われる30代に入りました。本作では8歳の娘をもつ母親役、でも台本を読んで一発で出演を決めた。ハリウッドのキャリアが長いのでコロンビア関係者は神経質になっていたが、「上手くフアンとマリアになれた」と夫役のプエンテスはインタビューに答えている。

サンティアゴ・ロドリゲス Santiago Rodríguez:ジャーナリスト/TV司会者/コメディアン/俳優。1991年にコロンビア・エクステルナド大学(Universidad Externado de Colombia)のジャーナリズムと社会情報学科を卒業。コロンビアの日刊紙EL PAISの編集、EL TIEMPのコラムニストのかたわら、コメディMarried with ChildrenCasado con hijosなどに出演、人気TVシリーズColombia tiene talento の司会者として番組を成功させている。本作が映画デビューという変わり種だが、すでに知名度抜群の「新人」ですけど新人じゃないか。

 

  トレビア

★この映画は悲劇の英雄ガイタンの物語ではなく、歴史に埋もれてしまった悲劇の暗殺者ロア・シエラの物語です。バイス監督がどうしてコロンビアのヒーローでなく、暗殺者≪ロア≫を主人公に選んで映画にしたか。「切手にもなっているガイタンの視線からボゴタッソを描いたものは数えきれないぐらいある。反対に暗殺者ロアは謎だらけのうえデータは驚くほど少ない。その欠落部分を補ってロアの視線で描いたらどうなるか、それに興味があった」と。

★コロンビアではガイタンが暗殺された49日に劇場公開された。

El vuelco del cangrejo2009)に匹敵する力作(アルゼンチンの日刊紙La Nación評)。オスカル・ルイス・ナビアOscar Ruiz Naviaのコロンビア=フランス合作映画。2010年ベルリン映画祭フォーラム部門に出品、国際映画批評家連盟賞FIPRESCI受賞の他、ハバナ映画祭特別審査員賞、ブエノスアイレス映画祭スペシャル・メンション賞他を受賞した映画。

 

ラファエル・ナジャリと一緒に映画作りをしていたなんて驚きです。ナジャリは今年第14回目を迎える東京フィルメックス映画祭で『テヒリーム』(イスラエル、2007)がグランプリに輝いたユダヤ系フランス人の監督。テヒリームというのはヘブライ語で「詩篇」という意味です(作曲家スティーヴ・ライヒの声楽曲「テヒリーム」のほうが有名でしょうか)。『テヒリーム』はカンヌ映画祭コンペ作品で話題になっていましたし、彼の前作『アヴァニム』(2003)もフィルメックスで上映されていましたから最優秀作品賞受賞は織り込み済みだったかもしれない。受賞理由はテーマとなっている「方向性の欠如」、バイスのデビュー作に繋がっているかな。

 

『家政婦ラケルの反乱』セバスティアン・シルバ2013年09月27日 15:37

             『家政婦ラケルの反乱』“La nana セバスティアン・シルバ

★チリ「クール世代」の一人セバスティアン・シルバといえば『家政婦ラケルの反乱』(2009.LBFF 2010)です。3年前になりますがCabinaさんのブログにいささか長いコメントを致しました。大成功にもかかわらずゴヤ賞チリ代表作品に選ばれなかった舞台裏、シルバ以外のクール世代の新監督たちの動向にも触れております。第10LBFFにシルバの2作が出品されたのを機に、番外編として加筆とダイエットをして当ブログに再録致します。

 

プロット:ラケルはバルデス家で20年以上も働いているベテランの家政婦、無愛想だが黙々とよく働くラケルに一家は厚い信頼を寄せている。そんなラケルの身体を思いやった主は、若い家政婦を助手として雇うことにする。だが、自分の居場所を奪われることを恐れたラケルは、若い家政婦たちを苛め、次々に追い出してしまう(後略、LBFFパンフより抜粋)。

キャスト:カタリーナ・サアベドラ(ラケル)/クラウディア・セレドン(女主人ピラール)/マリアナ・ロヨラ(家政婦ルシア)

 

             どうしてアカデミー賞チリ代表になれなかったの?

 

 ゴールデン・グローブ外国語映画賞ノミネートの中にLa nanaMaid)を目にしたときは、思わず「やったね」と声に出してしまいました。

 ハネケの『ホワイト・リボン』(独)、アルモドバルの『抱擁のかけら』(西)、トルナトーレの「バーリア」(伊)、オディアールの『アンプロフェット』(仏)と、ベテラン揃いの凄いラインナップでした。

 セバスティアン・シルバなんて初めて目にする名前、スペイン語圏でこそ少しは知られるようになってましたが。サンダンス映画祭のように≪新人≫に与えられる賞のノミネートじゃありませんから。

 

 下馬評通りハネケが受賞しましたが、シルバにとって授賞式出席の体験は貴重でした。

 ラケル役のカタリーナ・サアベドラと一緒のプレス会見からも、その興奮ぶりが伝わってきました。

 当然アカデミー賞チリ代表作品に選出されると思っていたのに違った。

 アカデミー賞なんて、ただの映画ショーにすぎないのに国家の力学が働くんですね。

 

 ベテランのミゲル・リティンのDawson Isla 102009年・直訳「ドーソン島10」)が選ばれました。ドキュメンタリー『戒厳令下チリ潜入記』(1986)は日本でも公開された。

 リティンの新作が「ゴヤ賞2010」チリ代表作品に選出された折に、本ブログ「ゴヤ賞発表」欄に作品紹介に名を借りて、不満の一端をコメントしました。

 シルバ本人もチリ映画界の現状に疑問を呈していますね。

 疑問というより怒りです。「ドーソン島10」選出は誤りだったと言ってますからね。30歳そこそこの若造の発言としてはかなり過激、干されちゃうよ、と心配したくらいです。

 

 スペインでは映画アカデミーの委員会が45作候補を挙げて、アメリカでの反応を見極めつつ絞り込んで決定する。チリではどうなんでしょう。

 シルバ監督がBBCEL PAISのインタビューで語ったところを要約すると、「チリでは選考委員会はとても小規模で、その構成員は自分たちより上の世代、ウッド氏が中心で決まる。政治的色彩の濃い映画のほうが、身近なものをテーマにした映画よりオスカーには有利という風潮がある」と。

 アメリカで成功してもチリ代表にはなれないというわけですか。投票権のあるアカデミー会員の高齢化が進んでいることも問題ですね。

 

 アンドレス・ウッドの映画はラテンビートで『マチュカ』(2007)と『サンティアゴの光』(2009)が上映され好評でした。前者は公開こそ実現しませんでしたがDVDになり、個人的には好きな監督です。やはり世代間の意識のズレを感じます。ミゲル・リティンは1942年、ウッドは1965年、そしてシルバは1979年生れです。19739月、ピノチェト将軍の軍事クーデタ時に何歳だったか(あるいは生れていたか)、自分を含めて家族がどちら側にいたかで自ずと世界観が違ってもおかしくない。

 チリの独裁体制は長期に亘りましたから、どの世代も大なり小なり影響を受けています。世代というのは以前は親・子・孫と301世代でしたが、最近では20年ぐらいで交代する感じです。

 

 シルバ監督もピノチェトが大統領権限を強化し、独裁体制を固めた時代の教育を受けています。本作もチリの階級社会が大きなテーマですし、ヒロインのラケルは社会的な疎外感のなかで苦しんでいるのですが、それを考慮してない批評が目につきます。日本でも、良くできた映画だがゴールデン・グローブ賞に残るほどの作品かどうか、ノミネート自体を疑問視する声もありました。

 それはさておき、シルバ監督と同世代には、『プレイ』(2005)のアリシア・シェルソン(1974)や『見まちがう人たち』(2009)のクリスティアン・ヒメネス(1975)など≪高品質≫の新人が台頭してきています。ご覧になった方は実感されたはずです。

 

 2010ラテンビートでは『家政婦ラケルの反乱』と、大分長いタイトルになりました。出品されなかった映画祭がないくらい各国で上映されました。だいたい≪メイド≫か≪乳母≫とそのものズバリ、観客に判断の自由を残しています。それぞれ文化や国情が大きく違いますから、映画タイトルは自由に付けていいのです。しかしこの映画が問題にしているのはラケルという個人ではなく≪家政婦≫という職業や階級なんです。ですからラケルをタイトルに付した国はないのです。

 

                       太陽と北風、三匹の子豚

 

 政治的メッセージは感じられないし、血も流れないし、爆弾も破裂しない。告訴するほどの人権侵害があるわけでもない。じゃ人気の秘密はどこにある。

 そのよく練られた脚本でしょう。雇い主側といささかエモーショナルな雇い人との瑣末な対立というのは表層的でしかなく、いわんやメイド同士の対立なんかテーマじゃありません。

 

 東京国際映画祭に出品されたエンリケ・リベロの『パルケ・ヴィア』(2008メキシコ)の主人公を思い出したんですが。

 主人公は無人の豪華な邸宅を長年一人で警備している。外部から遮断された生活が長いため現実に適応できなくなっている。外部の危険からは守られていますが、社会的な疎外感に深く傷ついている。

 共にラテンアメリカに特有な階級社会が背景にあるのではありませんか。

 ≪家政婦≫ラケルという人格について語るというより、特殊な社会形態が引き起こすアイデンティティの喪失や欠如からくる孤独や恐怖について語っているわけです。

 

 アメリカの観客に受けたのは、主人と召使の階級逆転、家事の征服者であるベテラン家政婦の不機嫌にふりまわされる御主人側の心理的プロットにあった。

 ハリウッドだけでなく古今東西<階級逆転>の映画は、ジャンルを問わずたくさんあります。多分、監督は研究済みでしょうね。映画祭前なので深入りできません。意外に感じるかもしれませんが、イソップ寓話「太陽と北風」や「三匹の子豚」などのおとぎ話が巧みに仕掛けられているとだけ申し上げておきます。また、フェデリコ・ベイロフのコメディAcné2008ウルグアイ他・直訳「ニキビ」)に出てくるメイドも参考になります。

 

                   カタリーナ・サアベドラの快演

 

 最初から監督は、「メイド役にはサアベドラ」と決めて脚本を書きすすめたと語ってます。

 リベロの『パルケ・ヴィア』と大きく違うのは、あちらがアマチュアを起用したのに対して、こちらはプロを、それもシナリオ段階から女優を特定して作られた点ですね。

 成功の秘訣はサアベドラの演技に負っていることが大きい。

 これ1作で11受賞3ノミネート、うちベスト女優賞が5個ですから大漁旗を立ててもいい。ウエルバ、ビアリッツ、マイアミ各映画祭での受賞が物を言うでしょう。

 

 日本登場は初めてですか。

 完成は後になりますが、フェルナンド・トゥルエバ『泥棒と踊り子』(2009・スペイン映画祭)が最初です。しかし脇役だったせいか気づきませんでした。1968年バルパライソ生れ、90年代初めからテレビで活躍、シルバの長編第1La vida me mata2007)、第2作になる本作、3作目となるOld CatsGatos viejos2010共同監督ペドロ・ペイラーノ)に出ています。

 ペイラーノは、シルバの第1作から脚本を共同で執筆している同郷の脚本家、監督。

 

 女主人ピラール役のクラウディア・セレドンもデビュー作から3作目まで出演、1966年サンチャゴ生れ、テレビ出演多数。

 シルバの3作目が早くも完成したというのは、受賞で資金的に潤ったからでしょうか。

 ウエルバ映画祭の「金のコロン賞」だけでも6万ユーロですから、新人にとっては大金です。4月にはクランクアップしており、これにはウッドの『サンチャゴの光』で理髪師の母親になったベルヒカ・カストロが出ています。シルバの第1作にも出ているようです。

 渋い演技が印象に残っています。

 

                  4作は子供のホモセクシュアル

 

 監督紹介が未だでした。1979年サンチャゴ生れ。最初はイラストレーターを目指していて、カナダのモントリオールでアニメの勉強をした。そのうち物語を書くことに魅せられ脚本家に鞍替え、最初のシナリオが第1作となるLa vida me mataだそうです。結局、自身で監督することにしたわけです。

 脚本の基礎を学んでいる。第2作の撮影場所は両親の家、15日間で撮った。自分の家にもメイドがいたと言ってましたね。

 家政婦をテーマに映画を作ろうとしたのは、自分にも18歳になるまでいたからだと語っています。チリの人口約1697万人(2008)に対してメイドの数が50万人以上というのは、確かに社会のシステムとして特殊です。 

 

 新作Old Catsは、1960年代のハリウッドの問題作が背景にあるとか。

 マイク・ニコルズの『バージニア・ウルフなんか、こわくない』(1966)の雰囲気があるそうです。エリザベス・テイラーが中年女性を演じるため、スナック菓子を食べて70キロまで体重を増やしたことでも話題になりました。

 当時、離婚の危機にあったリチャード・バートンが相手役、映画と実人生が重なって凄みがあった。

 

 それとサイコ・サスペンスの大傑作、ロバート・アルドリッチの『何がジェーンに起こったか?』(1962)、ベティ・デイビスとジョーン・クロフォードが姉妹役で火花を散らした映画。

 ハリウッドのクラシック映画を研究している。

 老いの不安を感じはじめた母親にベルヒカ・カストロ、娘にクラウディア・セレドン、彼女の‘恋人’にサアベドラ。4作目も走り出している。タイトルもSecond child**に決まりニューヨークで子役選びをした。シナリオはかなり複雑で、ホモセクシュアルな8歳の少年が主役らしい。製作者はリー・ダニエルズ。

 今年のアカデミー賞でも話題になった『プレシャス』の監督ですね。

 もともとリー・ダニエルは製作者として出発した。初めて製作した映画が『チョコレート』(2001)、主演女優ハル・ベリーに黒人初のオスカーをもたらしたことで大騒ぎになった。

 シルバ監督の来日がないのはホントに残念。

 

2010年のLBFF開催前のものに加筆訂正したものです。

Acnéは、『アクネACNE』の邦題で20125月に公開されました。

**LBFF2013の監督紹介にある通り製作順序が変更になり、お蔵入りということではなさそう。しかし完成しないことには何とも言えません。

 

『マジック・マジック』セバスティアン・シルバ*第10回LBFF③2013年09月27日 15:20

★シルバ第2弾『マジック・マジック』は、『クリスタル・フェアリー』を進行させながら資金調達に奔走して出来た作品とか。まったく前作とはテイストの異なるサイコスリラー。デビュー作La vida me mata(スリラー/ホラー)から『家政婦』(コメディ)へ、『家政婦』からGatos viejos(ドラマ)へ、Gatos viejosから『クリスタル・フェアリー』へと違うジャンルへ移行している。去る6月にクランクインした新作Nasty Babyも、『クリスタル・フェアリー』第10LBFF②でご紹介したように、ブルックリンに住んでいるゲイ・カップルが人工授精で子供を持とうとする話。コメディタッチで描いた養子縁組のてんやわんやは過去にもあるが、‘nasty’なベービーとなると穏やかでない。「同じテーマで映画を作りたくない。自分が出演することに決めた理由もこれに関係している」と語っている。

 


 キャスト&トレビア

ジュノー・テンプル(アリシア、アメリカ人、従姉妹サラを訪ねてチリにやってくる)

エミリー・ブラウニング(サラ、アリシアの従姉妹)

カタリーナ・サンディノ・モレノ(バルバラ、アグスティンの姉妹)

マイケル・セラ(ブリンク、アメリカ人、バルバラの友達)

アグスティン・シルバ(アグスティン、サラのボーイフレンド)

 

ジュノー・テンプルJuno Temple1989年ロンドン生れ、国籍英国。映画監督・ミュージックビデオ監督のジュリアン・テンプルとプロデューサーのアマンダ・テンプルの長女。子役時代を含めると出演本数は30を超える。ジョーダン・スコットの『汚れなき情事』(2009)、ジャコ・ヴァン・ドルマルのSF『ミスター・ノーバディ』(200911公開)で注目された。ポール・アンダーソンの『三銃士/王妃の首飾り』(2011、同年公開)の王妃アンヌ役、ウィリアム・フリードキンのサスペンス『キラー・スナイパー』(2011)、クリストファー・ノーランの『ダーク・ナイト・ライジング』(2012、同月公開)など。

エミリー・ブラウニングEmily Browning1988年メルボルン生れ、国籍オーストラリア。スティーヴ・べックのホラー『ゴーストシップ』(200203公開)で注目を浴び、ブラッド・シルバーリングの『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』(200405公開)ではPRに監督と来日している。最近では川端康成の『眠れる美女』をベースにしたジュリア・リーのデビュー作『スリーピングビューティー/禁断の悦び』(2011、同年公開)で主役を演じた。

カタリーナ・サンディノ・モレノCatalina Sandino Moreno1981年ボゴタ生れ、コロンビア国籍。ジョシュア・マーストンの第1作『そして、ひと粒のひかり』(2004、第1LBFF2004題「マリア・フル・オブ・グレイス」)で衝撃のデビュー、アカデミー主演女優賞ノミネートほか、多くの映画賞に輝いた。スティーブン・ソダーバーグの『チェ』2部作(200809公開)、今回上映される『暗殺者と呼ばれた男Roa』に出演、詳細はそちらで。

★マイケル・セラとアグスティン・シルバについては、前回を参照して下さい。セラは本作で一皮むけたのではないでしょうか。

 

★サンダンス映画祭2013「パークシティ・アット・ミッドナイト」部門に出品され、続いてカンヌ「監督週間」(インターナショナル・プレミア)でも上映、8月に劇場公開された。アメリカではサンダンス上映後にパニックをおこす観客が多かったという理由で一般公開が見送られた。しかし7月に制限付きで公開、8月にDVD/VODが発売されたサイコ・スリラー。評価は二分されるのではないか、つまり2013年ベスト10入りもしくはワースト10入りということです。テンプルのシャワー・シーンやセラへの無意識状態での性的攻撃、またはセラの今までの作品で見せたことのない悪意に気をとられていると本質を見逃してしまいそう。

 

★表層的にはこれといった事件は起こらないが、ブラジルのタイトルはVlagem Sem VoltaJourney with no Return)である。キーワードは、湖、森、雨、風、小旅行(移動)、不眠症、潜在的な統合失調症、催眠術、アメリカ人とチリ人または異言語からくるチグハグなど。シルバはロマン・ポランスキーの『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)または『テナント/恐怖を借りた男』(1996)などにインスパイヤーされたと語っている。ホラー映画にしたかったようです。一番恐怖を覚えた映画は、やはりウィリアム・フリードキンの『エクソシスト』(197374公開)だそうです。

 

★舞台はサンチャゴ南方に位置するランコ州にある湖Lake Rancoに設定されている。チリ第三位の湖で13の小島があり、ランコというのは先住民マプチェ族の言語で「嵐のような湖」という意味。家族が所有していた別荘も湖の近くにあり、バケーションはそこで過ごした。ここを選んだ理由にそういう少年時代の記憶が潜在的にはたらいていたのかもしれない。

 (写真:ジュノー・テンプルとエミリー・ブラウニング)


『クリスタル・フェアリー』セバスティアン・シルバ*第10回LBFF②2013年09月25日 09:54

★今回、『マジック・マジック』と2作も上映され、シルバ・ファンとしては嬉しいことですが、これは異例のことですね。両方とも2013年の製作ですが、まずシルバ第1弾として先に完成した『クリスタル・フェアリー』からご紹介し、続いて『マジック・マジック』の順番にします。どうやって2作を並行して撮れたのかしら。

 

監督紹介

セバスティアン・シルバSebastián Silva:監督、脚本家、アーティスト、歌手他。1979年サンティアゴ生れ。7人兄弟の2番目。サンティアゴのカソリック系のベルボ・ディビノVerbo Divino高校で学んだ後、チリ映画学校に入学(19982000)、その後モントリオールのマギルMcgill大学(英語学校)で上級英語、フランス文化学院でフランス語を学ぶ。更にトーマス・ウェルズが主宰するアニメーションのワークショップに参加。2003年にカソリック大学で映画史、映画脚本のクラスをペドロ・ペイラーノPedro Peiranoと取る(ペイラーノはシルバと同郷の脚本家。デビュー作以来第3作まで共同脚本を手掛けている。ララインの『No』も担当)。オーディオビジュアルのアーティストとしては、画家、デザイナー、ビデオ作家でもあり、バンドCHCYaiaLos Monosなどの作曲家、歌手、ギタリストでもあった。2010年に本拠地をニューヨークのブルックリンに移し、チリとアメリカを往復している。「私はチリではアウトサイダー、18歳の時にチリを後にした。これからは英語映画にシフトしていくだろう」と語っているので、スペイン語映画ファンには寂しいかも。チリを舞台にするのは製作費が安いからでしょう。

 

 フィルモグラフィー

2007La vida me mata監督・脚本、スペイン語

2009La nana『家政婦ラケルの反乱』同上、スペイン語、Altazar監督賞受賞、2010年ゴールデン・グローブ賞ノミネート。

2010Old CatsGatos viejos)同上、ペドロ・ペイラーノ共同、スペイン語

2013Crystal Fairy『クリスタル・フェアリー』同上、英語/スペイン語、サンダンス2013ワールド・プレミア、監督賞受賞。アドベンチャー・コメディ、USA/チリ

2013Magic Magic『マジック・マジック』同上、サンダンス出品、英語/スペイン語、カンヌ監督週間出品、サイコ・スリラー、チリ/USA

2012年にはThe Borring Life of JacquelineというTVシリーズ(10話)を監督している。

*英語映画になるが、Nasty BabySecond Child”が進行中である。前者はブルックリンに住んでいるホモセクシュアルなカップルが、二人のベストフレンドに人工授精してもらって子供を持とうとする話、彼自身も出演する。


彼は既にカミングアウトしているので自身の体験が盛り込まれているようです。後者は第4作として出演者のオーデションまでしていた作品。第4作が『クリスタル・フェアリー』と聞いて頓挫したのかと思っていました。子供たちが主役のアドベンチャーもの。ラライン兄弟が設立したFábulaプロの製作。ラライン兄弟はデビュー作当時からの友人。

 


『クリスタル・フェアリー』キャスト&トレビア

★マイケル・セラ(ジェイミー)/ガブリエル(ガビィ)・ホフマン(クリスタル・フェアリー)/フアン・アンドレス・シルバ(チャンパ)/ホセ・ミゲル・シルバ(レル)/アグスティン・シルバ(ピロ)/セバスティアン・シルバ(ロボ)他

★キイワード:砂漠/幻覚剤/サボテン/シャーマニズム/ロード・トリップ

★ジャンル:アドベンチャー・コメディ

 

★『JUNO/ジュノ』がブレークしてメジャー入りしたマイケル・セラが、どうしてシルバの映画に出ることになったのか。監督が語るところによれば「ニューヨークのイースト・ビレッジで雨に降りこめられたマイケルが、雨宿りに映画館に入ったら『家政婦』をやっていた。えらく気に入ってロスにいた私を訪ねてきたんだ。それがそもそもの出会い」。たちまち意気投合して出来たのが『クリスタル』だというから運命の出会いだった。当時マイケルは自分に貼られたステレオタイプ的なレッテル剥がしをしたがっていた。撮影前に先にサンチャゴ入りしたマイケルは、シルバの両親の家から語学学校に3カ月通ってスペイン語を勉強した。映画の中で彼のチリ弁が聞けるのかな。

LBFFサイトの解説で「悪友」と書かれた三人組チャンパ、レル、ピロは監督の兄弟たち、家族ぐるみの協力で出来た映画、監督自身もNasty Baby同様出演しています。監督の20歳ごろの体験がベースになっているということですから、彼自身がジェイミーに投影されている。実際の道連れは友人一人であったが、映画では三人の兄弟が連れ添った。

★ストーリーは、A地点からB地点に移動するハリウッドによくあるロード・トリップ、ハリウッドと違うのはこっそり盗んだ車で出掛けない、やたら走り回らない、馬上でジャンプしない、出掛ける先は宇宙ではなくチリ北方の砂漠である。実にシンプルですよね。どうしてアメリカの若者が面白がったのでしょう。なにか秘密が隠されている?

★映画の拠点はアメリカに移したけれども、「資金提供をしてくれた製作者フアン・デ・ディオス・ララインとパブロ・ラライン監督には感謝の言葉もない」と語っている。チリでの公開(103日)にも尽力してくれたようです。撮影はたったの12日間(!)、フィルム時代にはとても考えられない電光石火の早や業です。『家政婦』も確か2週間ぐらいだった。

 (写真;左からセラ、ホフマン、監督)

 

 

第10回ラテンビート2013①2013年09月21日 10:19

   第10回ラテンビート2013

★第10回という節目の年になる今年のラテンビートは、アンコール作品を含め充実のラインナップとなりました。勿論これじゃ物足りないという方もいらっしゃるでしょうけど。既に劇場公開が決定している4作品、ドキュメンタリー3本も今年の特徴かもしれません。

 

★今秋から来年にかけて公開されるペドロ・アルモドバル、パブロ・ベルヘル、フェルナンド・トゥルエバ、セバスティアン・レリオの4作品、ほか2012年東京国際映画祭TIFFコンペ部門上映のパブロ・ララインの情報は入手が比較的簡単なこと、ネタバレになりかねないこと、既にご紹介済みのものも含まれておりますので、ちょっとしたトレビアだけに致します。

 


ペドロ・アルモドバルI’m So Excited !:やっとコメディに戻ってきてくれたと喜んでいます。『オール・アバウト・マイ・マザー』のアカデミー賞受賞(外国語映画賞部門)以来、そろそろ荒唐無稽な母物路線を終りにして軌道修正をと願っていたからです。彼の映画はジャンル―コメディ、スリラー、ホラー、ドラマ―が巧みにミックスされておりますが、基本的にはメロドラマ(褒め言葉)です。もともとプロットで観客を引っ張るタイプの監督ではないのです。スペイン・コメディの大御所、あちらで最も愛された映画監督と言えば、サウラ、エリセ・・・いいえ、文句なしにルイス・ガルシア・ベルランガです。残念ながら映画祭上映以外劇場公開は1本もありません(!)。このベルランガ学校の一番の優等生こそアルモドバル、ベルランガの訃報を知っていち早く馳せつけたのもアルモドバルでした。ということで、いずれ二人の監督についてはじっくりご紹介したいと思っています。

   

音楽監督アルベルト・イグレシア、撮影監督ホセ・ルイス・アルカイネと申し分ありません。今回も製作者の弟アグスティンが出演していますから探してみて下さい。

   

916日に今年の「ヨーロッパ映画賞」の名誉賞受賞がアナウンスされました。いわば映画功労賞ですね。1988年、ヴィム・ヴェンダースやベルイマンが中心となってベルリンで設立された映画賞、開催地はヨーロッパ各国の持ち回りです。しかしベルリンが中心開催地、今年もベルリンで127日に授賞式があります。アカデミー会員約2000人の投票によって決まり、作品賞、監督賞、俳優賞・・・など、他のアカデミー賞とだいたい同じです。アルモドバルは1989年『神経衰弱ぎりぎりの女たち』で新人監督賞を受賞したほか、2006年『ボルベール』で5賞も獲得しました。スペインがらみでは、2004年バルセロナ開催のとき、カルロス・サウラが名誉賞、アメナバルが『海を飛ぶ夢』で監督賞を受賞しています。

  

20日開幕のサンセバスティアン国際映画祭SIFFの「メイド・イン・スペイン」部門で上映されます。このセクションは既に劇場公開された作品から選ばれ金貝賞・銀貝賞には絡みません。

 

   

パブロ・ベルヘル『ブランカニエベス』:最初「ブランカ・ニーヴス」という不思議なタイトルでしたが、クレームがついたせいか修正されました(公式サイトはママです)。どういう邦題にするかの権限は配給元にありますが、スペイン語映画もうるさ型が増えましたのでご注意ですね。DVDなど特に原題になかなか到達できなくて困ることもありますが、個人的には公開してくれるだけでありがたく、○が×でなければ許すほうです。何しろサウラの名作『カラスの飼育』の伝統も守らねばなりません()。アナが飼育していたのはウサギでカラスじゃないと怒った人もいたとか。言いだしたらきりがない。

  

ゴヤ賞2013予想と結果①」でアウトラインはご紹介いたしましたので、雑音はいずれ公開後にでもデビュー作Torremolinos 73(2003)とも合わせてアップいたします。

 

    

フェルナンド・トゥルエバ『ふたりのアトリエ~ある彫刻家とモデル』SIFF2012の銀貝賞(監督部門)を受賞した作品。残念ながらゴヤ賞は13部門ノミネートながら無冠に終わりました(オスカー賞などでも結構こういう例ありますね)。原題はピカソのEl artista y la modelo(芸術家とモデル、または画家とモデル)シリーズ作品から取られたようです。ピカソとマリー=テレーズのことです。

   

『ベル・エポック』(1992)の成功で世界のひのき舞台に立ったトゥルエバについては紹介不要でしょうか。オスカー受賞の喜びを語るなかで「受賞できたのは神様のお蔭、信じていてよかった。しかし本当はビリー・ワイルダーのお蔭です」と。すると翌日「やあ、フェルナンド、私だ、神様だよ」とワイルダー本人から電話がかかってきた()。お茶目なワイルダー先生、素敵な映画を沢山ありがとう。

      

本作は最初、彫刻家の弟マキシモとのコラボで企画されたのですが、1990年代に彼が亡くなってしまい頓挫してしまった。その後も何とか完成させたいと脚本家のラファエル・アスコナ(2008年没)と取り組んだが上手くいかなかった。アスコナは気難しい人でしたが名脚本家として3本の指に入るのではないでしょうか。「ベルランガ映画」は彼なくしては生れなかったと思っているくらいです。今回フランスの老大家ジャン=クロード・カリエールとの共同執筆でやっと日の目を見ることができたのでした。

   

モデル役のアイダ・フォルチはこの映画のためにパリに留学、数カ月間フランス語を学んだ由。お手伝い役のチュス・ランプレアベ以外もご老体揃いなので、一日に撮影できる時間が限られてしまったそうです。

 

  

   セバスティアン・レリオ『グロリア』(仮題):こちらは、「トロント国際映画祭②」をご参照ください。

 

    

パブロ・ララインNoSIFF2012ZABALTEGIのパールズ部門にエントリーされ、観客総立ちのオベーションを受けた作品。続いてTIFF 2012のコンペティション部門でも上映されたので詳細はそちらで入手できます。ピノチェト政権三部作の最終作。第一部が今回アンコール上映されるアルフレッド・カストロ主演の『トニー・マネロ』(2008)で1970年代後半のチリ、第二部が同カストロ主演のPost mortem2010)、時代背景が1973年のアジェンデ政権末期、第一部同様ちょっと不気味な別世界に迷い込んでしまいます。時代は二部→一部→三部の順になります。本作が一番分かりやすい作品、しかし「No」派はほんとうに勝利したのでしょうか。

   

パブロ・ラライン監督の来日はなかったのですが、東京国際映画祭 TIFF 上映時のQ&Aをコンパクトに纏めますと、出席:製作者ダニエル・マルク・ドレフュス/司会:ディレクター矢田部吉彦/通訳者英語。ダニエルはロス在住のアメリカ人、ラライン兄弟の映画には初参加です。

   

Q:本作の製作をすることになった経緯は?

A:ラライン監督の兄フアン・デ・ディオス(実際は弟です)とロスで会ったとき、二人が進めていたプロジェクトに参加を依頼された。いつもは即答しないのだが、プロットを聞いて直ぐに決めた。理由はアメリカ人ではあるが生れはスコットランド、独裁政権時代だったブラジルで6歳まで育った。父親は政治学者だったので政治色のつよい家庭環境、アメリカに移住してからもピノチェト軍事独裁のテーマに興味をもっていて、チリの話とはいえ普遍的なテーマであると思った。

    

Q:事実に題材を取っているということだが。

A:そうには違いないが、当時「イエス」側にいた人には当然ながら参加してもらえなかったので、「ノー」側にいた人に「イエス」側に出演してもらった。「ノー」は勝利者だから喜んで出演してくれた。ガエル(・ガルシア・ベルナル)が演じた主人公の人物造形には、二人の人物がミックスされています。

   

Q:実写の部分の粒子が粗いのは当然だが、フィクションの部分も同じだったのはどういうカメラを使用したのでしょうか。

A:同じフッテージにするため、いろいろ試した結果、1983年のソニー製のカメラにしました。フアン(・デ・ディオス)から電話で、監督が当時のカメラで撮りたがっていると聞いた時は、正直困ったと思いました()

   

この質問者は多分映画関係者で、確認のための質問でしょう。80年代当時のフッテージ映像が映画になじむようアナログのソニー製ビンテージカメラで撮影された。また監督や出演者が来日できなくて残念という感想には、ラライン兄弟は共に次回作の撮影に入っており、極寒の場所にいて果たせなかった。二人から日本の皆さまによろしくと言付かってきました。