『家政婦ラケルの反乱』セバスティアン・シルバ ― 2013年09月27日 15:37
『家政婦ラケルの反乱』“La nana” セバスティアン・シルバ
★チリ「クール世代」の一人セバスティアン・シルバといえば『家政婦ラケルの反乱』(2009.LBFF 2010)です。3年前になりますがCabinaさんのブログにいささか長いコメントを致しました。大成功にもかかわらずゴヤ賞チリ代表作品に選ばれなかった舞台裏、シルバ以外のクール世代の新監督たちの動向にも触れております。第10回LBFFにシルバの2作が出品されたのを機に、番外編として加筆とダイエットをして当ブログに再録致します。

★プロット:ラケルはバルデス家で20年以上も働いているベテランの家政婦、無愛想だが黙々とよく働くラケルに一家は厚い信頼を寄せている。そんなラケルの身体を思いやった主は、若い家政婦を助手として雇うことにする。だが、自分の居場所を奪われることを恐れたラケルは、若い家政婦たちを苛め、次々に追い出してしまう(後略、LBFFパンフより抜粋)。
★キャスト:カタリーナ・サアベドラ(ラケル)/クラウディア・セレドン(女主人ピラール)/マリアナ・ロヨラ(家政婦ルシア)
どうしてアカデミー賞チリ代表になれなかったの?
A ゴールデン・グローブ外国語映画賞ノミネートの中に“La nana”(“Maid”)を目にしたときは、思わず「やったね」と声に出してしまいました。
B ハネケの『ホワイト・リボン』(独)、アルモドバルの『抱擁のかけら』(西)、トルナトーレの「バーリア」(伊)、オディアールの『アンプロフェット』(仏)と、ベテラン揃いの凄いラインナップでした。
A セバスティアン・シルバなんて初めて目にする名前、スペイン語圏でこそ少しは知られるようになってましたが。サンダンス映画祭のように≪新人≫に与えられる賞のノミネートじゃありませんから。
B 下馬評通りハネケが受賞しましたが、シルバにとって授賞式出席の体験は貴重でした。
A ラケル役のカタリーナ・サアベドラと一緒のプレス会見からも、その興奮ぶりが伝わってきました。
B 当然アカデミー賞チリ代表作品に選出されると思っていたのに違った。
A アカデミー賞なんて、ただの映画ショーにすぎないのに国家の力学が働くんですね。
B ベテランのミゲル・リティンの“Dawson Isla 10”(2009年・直訳「ドーソン島10」)が選ばれました。ドキュメンタリー『戒厳令下チリ潜入記』(1986)は日本でも公開された。
A リティンの新作が「ゴヤ賞2010」チリ代表作品に選出された折に、本ブログ「ゴヤ賞発表」欄に作品紹介に名を借りて、不満の一端をコメントしました。
B シルバ本人もチリ映画界の現状に疑問を呈していますね。
A 疑問というより怒りです。「ドーソン島10」選出は誤りだったと言ってますからね。30歳そこそこの若造の発言としてはかなり過激、干されちゃうよ、と心配したくらいです。
B スペインでは映画アカデミーの委員会が4~5作候補を挙げて、アメリカでの反応を見極めつつ絞り込んで決定する。チリではどうなんでしょう。
A シルバ監督がBBCやEL PAISのインタビューで語ったところを要約すると、「チリでは選考委員会はとても小規模で、その構成員は自分たちより上の世代、ウッド氏が中心で決まる。政治的色彩の濃い映画のほうが、身近なものをテーマにした映画よりオスカーには有利という風潮がある」と。
B アメリカで成功してもチリ代表にはなれないというわけですか。投票権のあるアカデミー会員の高齢化が進んでいることも問題ですね。
A アンドレス・ウッドの映画はラテンビートで『マチュカ』(2007)と『サンティアゴの光』(2009)が上映され好評でした。前者は公開こそ実現しませんでしたがDVDになり、個人的には好きな監督です。やはり世代間の意識のズレを感じます。ミゲル・リティンは1942年、ウッドは1965年、そしてシルバは1979年生れです。1973年9月、ピノチェト将軍の軍事クーデタ時に何歳だったか(あるいは生れていたか)、自分を含めて家族がどちら側にいたかで自ずと世界観が違ってもおかしくない。
B チリの独裁体制は長期に亘りましたから、どの世代も大なり小なり影響を受けています。世代というのは以前は親・子・孫と30年1世代でしたが、最近では20年ぐらいで交代する感じです。
A シルバ監督もピノチェトが大統領権限を強化し、独裁体制を固めた時代の教育を受けています。本作もチリの階級社会が大きなテーマですし、ヒロインのラケルは社会的な疎外感のなかで苦しんでいるのですが、それを考慮してない批評が目につきます。日本でも、良くできた映画だがゴールデン・グローブ賞に残るほどの作品かどうか、ノミネート自体を疑問視する声もありました。
B それはさておき、シルバ監督と同世代には、『プレイ』(2005)のアリシア・シェルソン(1974)や『見まちがう人たち』(2009)のクリスティアン・ヒメネス(1975)など≪高品質≫の新人が台頭してきています。ご覧になった方は実感されたはずです。
A 2010ラテンビートでは『家政婦ラケルの反乱』と、大分長いタイトルになりました。出品されなかった映画祭がないくらい各国で上映されました。だいたい≪メイド≫か≪乳母≫とそのものズバリ、観客に判断の自由を残しています。それぞれ文化や国情が大きく違いますから、映画タイトルは自由に付けていいのです。しかしこの映画が問題にしているのはラケルという個人ではなく≪家政婦≫という職業や階級なんです。ですからラケルをタイトルに付した国はないのです。
太陽と北風、三匹の子豚
B 政治的メッセージは感じられないし、血も流れないし、爆弾も破裂しない。告訴するほどの人権侵害があるわけでもない。じゃ人気の秘密はどこにある。
A そのよく練られた脚本でしょう。雇い主側といささかエモーショナルな雇い人との瑣末な対立というのは表層的でしかなく、いわんやメイド同士の対立なんかテーマじゃありません。
B 東京国際映画祭に出品されたエンリケ・リベロの『パルケ・ヴィア』(2008メキシコ)の主人公を思い出したんですが。
A 主人公は無人の豪華な邸宅を長年一人で警備している。外部から遮断された生活が長いため現実に適応できなくなっている。外部の危険からは守られていますが、社会的な疎外感に深く傷ついている。
B 共にラテンアメリカに特有な階級社会が背景にあるのではありませんか。
A ≪家政婦≫ラケルという人格について語るというより、特殊な社会形態が引き起こすアイデンティティの喪失や欠如からくる孤独や恐怖について語っているわけです。
B アメリカの観客に受けたのは、主人と召使の階級逆転、家事の征服者であるベテラン家政婦の不機嫌にふりまわされる御主人側の心理的プロットにあった。
A ハリウッドだけでなく古今東西<階級逆転>の映画は、ジャンルを問わずたくさんあります。多分、監督は研究済みでしょうね。映画祭前なので深入りできません。意外に感じるかもしれませんが、イソップ寓話「太陽と北風」や「三匹の子豚」などのおとぎ話が巧みに仕掛けられているとだけ申し上げておきます。また、フェデリコ・ベイロフのコメディ“Acné”(2008ウルグアイ他・直訳「ニキビ」*)に出てくるメイドも参考になります。
カタリーナ・サアベドラの快演
B 最初から監督は、「メイド役にはサアベドラ」と決めて脚本を書きすすめたと語ってます。
A リベロの『パルケ・ヴィア』と大きく違うのは、あちらがアマチュアを起用したのに対して、こちらはプロを、それもシナリオ段階から女優を特定して作られた点ですね。
B 成功の秘訣はサアベドラの演技に負っていることが大きい。
A これ1作で11受賞3ノミネート、うちベスト女優賞が5個ですから大漁旗を立ててもいい。ウエルバ、ビアリッツ、マイアミ各映画祭での受賞が物を言うでしょう。
B 日本登場は初めてですか。
A 完成は後になりますが、フェルナンド・トゥルエバ『泥棒と踊り子』(2009・スペイン映画祭)が最初です。しかし脇役だったせいか気づきませんでした。1968年バルパライソ生れ、90年代初めからテレビで活躍、シルバの長編第1作“La vida me mata”(2007)、第2作になる本作、3作目となる“Old Cats”(“Gatos viejos”2010共同監督ペドロ・ペイラーノ)に出ています。
B ペイラーノは、シルバの第1作から脚本を共同で執筆している同郷の脚本家、監督。
A 女主人ピラール役のクラウディア・セレドンもデビュー作から3作目まで出演、1966年サンチャゴ生れ、テレビ出演多数。
B シルバの3作目が早くも完成したというのは、受賞で資金的に潤ったからでしょうか。
A ウエルバ映画祭の「金のコロン賞」だけでも6万ユーロですから、新人にとっては大金です。4月にはクランクアップしており、これにはウッドの『サンチャゴの光』で理髪師の母親になったベルヒカ・カストロが出ています。シルバの第1作にも出ているようです。
B 渋い演技が印象に残っています。
第4作は子供のホモセクシュアル
A 監督紹介が未だでした。1979年サンチャゴ生れ。最初はイラストレーターを目指していて、カナダのモントリオールでアニメの勉強をした。そのうち物語を書くことに魅せられ脚本家に鞍替え、最初のシナリオが第1作となる“La vida me mata”だそうです。結局、自身で監督することにしたわけです。
B 脚本の基礎を学んでいる。第2作の撮影場所は両親の家、15日間で撮った。自分の家にもメイドがいたと言ってましたね。
A 家政婦をテーマに映画を作ろうとしたのは、自分にも18歳になるまでいたからだと語っています。チリの人口約1697万人(2008)に対してメイドの数が50万人以上というのは、確かに社会のシステムとして特殊です。
B 新作“Old Cats”は、1960年代のハリウッドの問題作が背景にあるとか。
A マイク・ニコルズの『バージニア・ウルフなんか、こわくない』(1966)の雰囲気があるそうです。エリザベス・テイラーが中年女性を演じるため、スナック菓子を食べて70キロまで体重を増やしたことでも話題になりました。
B 当時、離婚の危機にあったリチャード・バートンが相手役、映画と実人生が重なって凄みがあった。
A それとサイコ・サスペンスの大傑作、ロバート・アルドリッチの『何がジェーンに起こったか?』(1962)、ベティ・デイビスとジョーン・クロフォードが姉妹役で火花を散らした映画。
B ハリウッドのクラシック映画を研究している。
A 老いの不安を感じはじめた母親にベルヒカ・カストロ、娘にクラウディア・セレドン、彼女の‘恋人’にサアベドラ。4作目も走り出している。タイトルも“Second child”**に決まりニューヨークで子役選びをした。シナリオはかなり複雑で、ホモセクシュアルな8歳の少年が主役らしい。製作者はリー・ダニエルズ。
B 今年のアカデミー賞でも話題になった『プレシャス』の監督ですね。
A もともとリー・ダニエルは製作者として出発した。初めて製作した映画が『チョコレート』(2001)、主演女優ハル・ベリーに黒人初のオスカーをもたらしたことで大騒ぎになった。
B シルバ監督の来日がないのはホントに残念。
★2010年のLBFF開催前のものに加筆訂正したものです。
*“Acné”は、『アクネACNE』の邦題で2012年5月に公開されました。
**LBFF2013②の監督紹介にある通り製作順序が変更になり、お蔵入りということではなさそう。しかし完成しないことには何とも言えません。
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