「ロベルト・ボラーニョに捧ぐ」ドキュメンタリー上映&トーク2013年10月01日 12:33


★さる926日にセルバンテス文化センターにおいて、ロベルト・ボラーニョの実像に迫るドキュメンタリー(55分)が上映されました。原題Roberto Bolaño : El último maldito2010/10/22Rtve.es(スペイン国営放送制作、邦題『最後の呪われた作家』)

 

★ボラーニョ以外のインタビュー

マリオ・バルガス=リョサ:ペルー出身の作家、2010年ノーベル賞受賞。初長編作『都会と犬ども』がビブリオテカ・ブレベ賞を受賞(バルセロナのセイクス・バラル社が主宰)。

フアン・ビジョロ:メキシコの作家、2001年よりバルセロナ在住。

ホルヘ・エラルデ:アナグラマ社の編集主幹(創業者の子孫)。『野生の探偵たち』『2666』などを刊行し、1998年『野生の探偵たち』をエラルデ賞に選んでボラーニョを世界に送り出した。

ペル・ジムフェレール:詩人、作家。ここではボラーニョの『アメリカ大陸のナチス文学』(近刊)などを出版したセイクス・バラル社の編集者として登場している。

ルイス・ヌニョ:熱心ボラーニョ・ファン、その他、最後の17年間を過ごしたブラネス市の友人隣人、行きつけのカフェやバルの経営者、ビデオ・クラブ・セラ、書店、文房具店の各オーナーなど多数。

 

★写真での登場

*詩人ニカノール・パラとのツーショット(199825年振りにチリを訪れたときのものか)。

*今は亡きウリセス・リマこと親友マリオ・サンティアゴ・パパスキアロとのツーショット(『野生の英雄たち』刊行前の19981月に交通事故で死去)。

*家族写真(両親、母親と妹と本人、妻カロリーナと息子ラウタロと本人)など。「自分は母親似で、彼女の影響を受けている」と語っていた母親も200810月に死去している。

*カロリーナ・ロペスへのインタビューはなく写真のみの登場でした。ほかにもインタビューが期待されたボラーニョが親友として挙げていたバルセロナ在住のアルゼンチン作家ロドリーゴ・フレサン、『2666』の「初版への注記」を書いたイグナシオ・エチェバリア、友人エンリケ・ビラ=マタスの登場もなかった。取材しやすい友人隣人のインタビューが長すぎた印象だが、ボラーニョがユーモアに富んだ上から目線の人でないことが浮き彫りになっている。

 

★映画ドキュメンタリー作家が腰を据えて制作したものではありませんから、どうしてもお手軽感は拭えませんね(経済的理由かも)。バルセロナに偏っており(チリとメキシコは遠いから仕方ない?)、もう少しボラーニョの内面に踏み込んだ編集ができたのではないかという印象でした。個人的にはボラーニョが「書くことよりも読むことのほうが大切」と語っていたのが印象に残りました。書棚にズラリ並んだ詩集や小説のなかには黙って失敬してきた本も混じっているかと想像して思わず笑いが。ニカノール・パラの詩集が目につきました。尊敬する作家としてカフカ、ボルヘス、コルタサルには借りがあると。ビオイ・カサレス、シルビナ・オカンポ、マヌエル・プイグ、フアン・ルルフォ、ホセ・ドノソ・・・エトセトラ、まるで図書館。

 

「記憶は嘘をつく」というのは誰にも言えることですが、記憶は取捨選択される。更に選別された記憶は訂正されるから用心しないといけない。特にカメラを向けられると「人間は演技する動物」だから時には無意識に事実を増幅させてしまう。ボラーニョのように惜しまれながら理不尽な死に方をすると尚更です。すでに神格化が始まっており、これはボラーニョが望んでいたことではないはずです。

 

★さて、事実と嘘を織りこんで自ら伝説を作り上げてきた風変わりな作家の実像に迫ることができたでしょうか。バルガス=リョサが言うように、読者はボラーニョに育てられているのかもしれないし、神話化に参加しているのかもしれません。ボラーニョの才能を「発見」して私たちに作品を届けてくれた出版人の存在がなければ、まだボラーニョは私たちの目の前にいなかったという思いに駆られました。最後に言いにくいことですが、白画面に白文字が載ってしまう部分がかなりあり、これでは徹夜をして字幕翻訳をして下さった方は勿論のこと、字幕ありを頼りに集まった観客にも残念なことでした。更に邦題の≪呪われた≫はどうですか、“maldito”には「社会や権力から無視された人、のけ者、はみ出し者」などの意味もあるかと思いますが。例えば「ボラーニョ、究極のアウトサイダー」なんてどうでしょうか。

 

★オマケ1:≪ロベルト・ボラーニョの部屋≫開設

ブラネス市のコマルカル図書館内に常設のギャラリーが2008104日にオープンしました。ドキュメンタリーにも出てきた克明な制作ノートや海外で出版された翻訳本、ボラーニョゆかりの品々が展示されている。この地を選んだ理由として、長子ラウタロが「南米の作家と言われているが、ブラネスが好きで、ずっとここで暮らしたい」と父親が話していたからだと語っている。この開設セレモニーには、親しく交際していたロドリーゴ・フレサン、エンリケ・ビラ=マタス、A.G.・ポルタが参列した。母親は残念ながら式典前日に息子の元に旅立った。

 

★オマケ2:ピノチェトの軍事クーデタとボラーニョ

1973年、Unidad Popularを介してアジェンデ政権応援に一時帰国する。ビート世代による極端な自由主義を求めるセンセーショナルな時代であった。バス、ヒッチハイク、船を乗り継いでチリには8月に到着した。子供のとき住んでいたビオビオ州(首都の南方)のロスアンジェルスの親戚、ムルチェン、ビオビオ州の州都コンセプシオンなどを訪ねていた。クーデタ勃発の911日には、母の友人だった詩人ハイメ・ケサダ(メキシコのボラーニョの家に一時寄宿していたことがあった)に会いに行っていた。反ピノチェト・グループに参加しようとしたが、ハイメから「家から出るな、君にもしものことがあったら、お母さんに何と説明する」と押しとどめられた。実際のところ武器もなく、首都サンティアゴの地理にも疎く参加は難しかった。しかし挙動不審のせいかコンセプシオンにいる友人を訪ねた帰途のバスで逮捕された。なんとかカウケネス時代の友人の力添えで8日後に釈放された。

ピノチェトの軍事クーデタに反対してチリ入りしたのではないが、偶然に遭遇した国家権力の凄まじい暴力を体験することになった。この体験が後の短編DetectivesLlamadas telefonicas1997『通話』収録)のなかに生かされることになる。またこれは彼の分身ともいうべきアルトゥーロ・ベラーノの人格造形にもなった。ハイメ・ケサダの説得を受けいれチリを離れることにした。その後1998年に雑誌“Paula”が主宰した短編コンクールの審査員として招待され25年振りに帰国するまで故郷の地を踏むことはなかった。この折りニカノール・パラを訪問している。

 

『暗殺者と呼ばれた男』”Roa”アンドレス・バイス*第10回LBFF④2013年10月03日 18:35

ボラーニョのドキュメンタリーで中座しておりましたがLBFFを再開いたします。

194849日、自由党党首ホルヘ・エリエセル・ガイタンが首都ボゴタで4発の弾丸を受けて殺害された。本作はいわゆる≪ボゴタッソ≫の謎に包まれた真相に迫るサスペンス仕立てのドラマ。現実に起こった事件だがフィクション。プロットはラテンビートに紹介あり。今回彼のデビュー作Satanásも『ある殺人者の記録』の邦題で初上映される。2作目La cara ocultaは昨年『ヒドゥン・フェイス』として劇場公開されから、長編は全て字幕入りで見ることができる。

 


  監督紹介

アンドレス・バイス・オチョアAndrés Baiz Ochoa:監督/脚本家/製作者、1975年コロンビアのカリ市生れ。コロンビアでは、アンディ(Andy/Andi)で親しまれている。ニューヨーク大学で映画監督および制作を学ぶ。Tisch School of the Artsで映画理論の学位を取る。卒業後フランスの映画監督ラファエル・ナジャリRaphael Nadjariの後援を受け、ホラーの短編4作を二人で製作する。ニューヨークを拠点にプロダクションCentro-Filmsで監督、製作、編集をする(200104)、同時期雑誌LOFTに映画評論を掲載。2007年カンヌ映画祭「監督週間」に短編Hogueraが出品され、国際舞台にたつ。セルヒオ・カブレラ、カルロス・ガビリアの後を継ぐ監督として期待されている。

お気に入りの映画監督:ハリウッド伝説に生きた監督ハワード・ホークス、ルイス・ブニュエル、ヌーヴェル・ヴァーグに多大な影響を与えたジャン・ルノアール、非ハリウッド系ニューヨーク派の旗手シドニー・ルメット、マーティン・スコセッシなど。老いてますます元気なスコセッシ以外は鬼籍入りしている。やはり自国の先輩監督の名前は出てこない、そんなもんです。

 

  長編フィルモグラフィー

2007Satanás『ある殺人者の記録』監督/脚本、コロンビア=メキシコ合作

2011La cara oculta『ヒドゥン・フェイス』同上、コロンビア=スペイン合作、サスペンス・ドラマ、2012ベルリン・ファンタジック映画祭出品、配給コムストック・グループ、20129月公開

2013Roa『暗殺者と呼ばれた男』同上、コロンビア=アルゼンチン合作

他に、『そして、ひと粒のひかり』の製作、短編5作、ミュージカル・ビデオ3作、ドキュメンタリー1作など。

  


  『暗殺者と呼ばれた男』キャスト

*マウリシオ・プエンテス Mauricio Puentes(フアン・ロア・シエラ)

*カタリーナ・サンディノ・モレノ Catalina Sandino Moreno(マリア・デ・ロア、妻)

*マリア・エルビラ・ラミレス Maria Elvira Ramírez(マグダレナ、娘)

*レベッカ・ロペス Rebeca López(ドーニャ・エンカルナシオン、母)

*サンティアゴ・ロドリゲス Santiago Rodríguez(ホルヘ・エリエセル・ガイタン)

*エクトル・ウジョア Héctor Ulloa(カメラマン)

*ニコラス・カンシノ Nicolas Cancino(エル・フラコ)/カルロス・マヌエル・ベスガ Carlos Manuel Vesga(ビセンテ)他

*アルゼンチンからベテランのアルトゥーロ・ゴッツ Arturo Goetz(『ラ・ニーニャ・サンタ』LBFF2004、『幸せのパズル』2011公開)やセサル・ボルドンCesar Bordón(『頭のない女』LBFF2008)が出演。

 
マウリシオ・プエンテス Mauricio Puentes:俳優/舞台監督/製作者。1973513日(聖母の日)ボゴタ生れ、マウロ(Mauro)の愛称で親しまれている。子供のときから俳優になるのが夢で、現在ロア役で実現した喜びに浸っている。デビューは演劇畑から。演劇のワークショップに役者兼監督として多数参加、なかでもファビオ・ルビアノのOrnitorrincos”“Moscaが代表作。ルビアノが自分のマエストロであると語っている。映画デビューは、『暗殺者の聖母』の邦題で公開寸前に中止となったフランスのバーベット・シュローダーのLa Virgen de los sicarios2000)にチョイ役で出演。エドウィン・コルテスのSoy una invencion、エドガー・シエラ/アンドレス・セラーノの4 Gradosの他、アンドレス・バイスの3作品すべてに起用されている。テレビは麻薬王エスコバルをテーマにしたEscobal, el patrón del malほか。

好きな監督はマーティン・スコセッシ、好きな俳優はトーマス・アルフレッドソンの『裏切りのサーカス』(2011)の主役、イギリスのゲイリー・オールドマンだそうです。占星術のファンでトランプ星占いも信じている由。

カタリーナ・サンディノ・モレノ Catalina Sandino Moreno1981年ボゴタ生れ。ジョシュア・マーストンの第1作『そして、ひと粒のひかり』(2004、第1LBFF2004題「マリア・フル・オブ・グレイス」)で衝撃のデビュー、アカデミー主演女優賞ノミネート(受賞者はジェンキンスの『モンスター』主役シャーリーズ・セロン、演技のレベルが違いましたね)、ほかベルリン銀熊女優賞受賞を筆頭に34受賞、ノミネート24という多くの映画賞に輝いた。アントニオ・クアドリのEL corazón de la tierra2007The Heart of the Earth)の主役ブランカ役、マイク・ニューウェルの『コレラの時代の愛』(2007)やスティーブン・ソダーバーグの『チェ』2部作(200809公開)、今回上映される『マジック・マジック』出演は先述した通りです。

女優として難しい年齢と言われる30代に入りました。本作では8歳の娘をもつ母親役、でも台本を読んで一発で出演を決めた。ハリウッドのキャリアが長いのでコロンビア関係者は神経質になっていたが、「上手くフアンとマリアになれた」と夫役のプエンテスはインタビューに答えている。

サンティアゴ・ロドリゲス Santiago Rodríguez:ジャーナリスト/TV司会者/コメディアン/俳優。1991年にコロンビア・エクステルナド大学(Universidad Externado de Colombia)のジャーナリズムと社会情報学科を卒業。コロンビアの日刊紙EL PAISの編集、EL TIEMPのコラムニストのかたわら、コメディMarried with ChildrenCasado con hijosなどに出演、人気TVシリーズColombia tiene talento の司会者として番組を成功させている。本作が映画デビューという変わり種だが、すでに知名度抜群の「新人」ですけど新人じゃないか。

 

  トレビア

★この映画は悲劇の英雄ガイタンの物語ではなく、歴史に埋もれてしまった悲劇の暗殺者ロア・シエラの物語です。バイス監督がどうしてコロンビアのヒーローでなく、暗殺者≪ロア≫を主人公に選んで映画にしたか。「切手にもなっているガイタンの視線からボゴタッソを描いたものは数えきれないぐらいある。反対に暗殺者ロアは謎だらけのうえデータは驚くほど少ない。その欠落部分を補ってロアの視線で描いたらどうなるか、それに興味があった」と。

★コロンビアではガイタンが暗殺された49日に劇場公開された。

El vuelco del cangrejo2009)に匹敵する力作(アルゼンチンの日刊紙La Nación評)。オスカル・ルイス・ナビアOscar Ruiz Naviaのコロンビア=フランス合作映画。2010年ベルリン映画祭フォーラム部門に出品、国際映画批評家連盟賞FIPRESCI受賞の他、ハバナ映画祭特別審査員賞、ブエノスアイレス映画祭スペシャル・メンション賞他を受賞した映画。

 

ラファエル・ナジャリと一緒に映画作りをしていたなんて驚きです。ナジャリは今年第14回目を迎える東京フィルメックス映画祭で『テヒリーム』(イスラエル、2007)がグランプリに輝いたユダヤ系フランス人の監督。テヒリームというのはヘブライ語で「詩篇」という意味です(作曲家スティーヴ・ライヒの声楽曲「テヒリーム」のほうが有名でしょうか)。『テヒリーム』はカンヌ映画祭コンペ作品で話題になっていましたし、彼の前作『アヴァニム』(2003)もフィルメックスで上映されていましたから最優秀作品賞受賞は織り込み済みだったかもしれない。受賞理由はテーマとなっている「方向性の欠如」、バイスのデビュー作に繋がっているかな。

 

『ある殺人者の記録』”Satanas”アンドレス・バイス*第10回LBFF⑤2013年10月07日 12:49

★『ある殺人者の記録』(2007)は、レトロスペクティブとして上映されるアンドレス・バイスの長編デビュー作です。第3作『暗殺者と呼ばれた男』は、ミゲル・トーレスの小説El crimen del sigloを映画化したものですが、内容は大分変っているようです。勿論小説と映画は別のものですから問題ありません。こちらはマリオ・メンドサの同名小説の映画化ですが、小説も実話をもとにして書かれた。実際に起きた事件→小説→映画、それぞれ登場人物の名前が変更されたり、映画では削除されたりしておりますが、勿論これも問題ありません。

Mario MENDOZASatanásノルマ社、コロンビア、2002年刊

 

  


★両方とも実際に起きた事件を題材にしていますが、本作と『暗殺者と呼ばれた男』の決定的な違いは時代背景です。1986125日、首都ボゴタの高級レストラン≪ポッゼット≫で起きた事件が語られる。事件そのものより犯罪が起きる前の≪サタン≫の個人史と二極化したコロンビア社会が語られると言ったほうがいい。3本の柱をもつ群像劇。コロンビアで2007年に封切られた6年前の映画ですが、日本では初上映になりますからネタバレは避けねばなりません。もっとも邦題に≪殺人者≫とあるからプロットは若干ネタバレしています()

 

  受賞・ノミネート歴

2007年、ボゴタ映画祭最優秀作品賞受賞

2007年、ウエルバ・ラテンアメリカ映画祭「金のコロン賞」ノミネート

2007年、サンセバスティアン国際映画祭ホライズンズ・ラティーノ部門、マルセラ・マルがスペシャル・メンション賞受賞

2008年、カルタヘナ映画祭コロンビア映画作品賞受賞

2008年、アリエル賞銀賞ノミネート  

 

  キャスト

ダミアン・アルカーサルDamian Alcázar(エリセオ)

ブラス・ハラミージョBlas Jaramillo(エルネスト神父)

マルセラ・マルMarcela Mar(パオラ、市場の売り子)

マルセラ・バレンシアMarcela Valencia(アリシア、暗殺者)

マルティナ・ガルシアMartina Garcia(ナタリア、エリセオの生徒)

イサベル・ガオナIsabel Gaona(イレーネ、神父の愛人)

テレサ・グティエレスTeresa Gutiérrez(ドーニャ・ブランカ、エリセオの母)

アンドレス・パラAndrés Parra(パブロ、パオラの友達)

ディエゴ・バスケスDiego Vásquez(アルベルト、同上)

以下脇役:エルナン・メンデス(マリオ、チェスの相手)/エクトル・ガルシア(タクシー・ドライバー)/ヴィッキー・エルナンデス(エリセオの隣人)/クララ・サンペル(ルシア、司書)ほか。

 

ダミアン・アルカーサル Damian Alcázar1953年メキシコのミチョアカン生れ。出演本数98本、もうすぐ3桁になる。日本では「アルカザール」と表記されている。メキシコのアカデミー賞といわれるアリエル銀賞を8回も受賞している超ベテラン。日本公開作品としては、カルロス・カレラの『アマロ神父の罪』(20022003公開)、これはメキシコで公開早々上映禁止になった作品。エクアドルのセバスチャン・コルデロの『タブロイド』(20042006公開、エクアドル=メキシコ合作Crónicas)は、サンダンス映画祭で評価されカンヌ「ある視点」部門に出品された。、劇場未公開だがDVDTV放映のワルテル・ドエネルの『青い部屋の女』(2002)では脇役の刑事役、ルイス・エストラダの犯罪コメディLa ley de Herodes1999)とEl infierno2010)では監督が金賞、アルカーサルが銀賞ほか、アリエル賞の殆どを攫ったが、ゴヤ賞はノミネートに終わった。『ある殺人者の記録』では二つの顔をもつ複雑な演技が求められた。

 
ブラス・ハラミージョ Blas Jaramillo1968年ボゴタ生れ、2007830日、腹膜炎の悪化により膵臓炎を併発急逝(享年39歳)。父親は画家ルシアーノ・ハラミージョ。TVシリーズ出演の後、本作で映画デビュー、代表作カルロス・モレノのPerro come perro2008Dog Eat Dog)の公開を待てなかった。カルロス・フェルナンデス・デ・ソトのCuarenta2009)が遺作となった。

    

                              (ブラス・ハラミージョ)

マルセラ・マル Marcela Mar1979年ボゴタ生れ。両親の意向でボゴタの国立劇場に登録した8歳の時から俳優の道へ。1998Sin limitesでテレビ界デビュー、テレノベラPura sangre2007)の主役に起用される。カルタヘナ映画祭(TVシリーズ部門)に出品されたTodos quieren con Marilyn2004)でコロンビアTV賞を受賞。映画デビューはTres hombres tres mujeres2003、仏コロンビア合作、言語スペイン語)、本作でヒロインのパオラに抜擢される。『コレラの時代の愛』(2007)、再びバイスの第2作『ヒドゥン・フェイス』(2011)、サンセバスティアン映画祭ホライズンズ・ラティーノ部門に出品された本作でスペシャル・メンションを受賞している。美人国コロンビアを代表する180センチという長身の女優。

   

マルティナ・ガルシア Martina Garcia1981年ボゴタ生れ、ボゴタのFundacion Estudio XXIに学ぶ。エクアドルのセバスチャン・コルデロのRabia2009Rage))出演後スペインに移り、マドリードのフアン・カルロス・コラソの俳優学校に学ぶ。TIFF2009コンペティション部門に『激情』の邦題で上映された折り、監督と製作者と共に来日Q&Aに参加している。映画デビューはPerder es cuestión de método2004)、アンドレス・バイスの本作に続いて第2作になる『ヒドゥン・フェイス』、最新作はフランスのミゲル・コルトワのOperación E2011、仏西合作)。農夫(ルイス・トサール)の妻役(5人の子持ち)を演じて成長ぶりを披露したが、コロンビアではいまだに未公開**

 

**ミゲル・コルトワのOperaciaón Eは、『ある殺人者の記録』と同じように実話を題材にした力作。テレビでは報道されないFARC(コロンビア革命軍)の実態を浮き彫りにしている。E20022月、FARCによってイングリット・べタンクールと一緒に誘拐されたクララ・ロハスの赤ん坊 Emmanuelの頭文字から取られた(二人は20087月に解放された)。母親がバスク生れというコルトワ監督は、過去にETA問題をテーマにした“El Lobo”(2004)“GAL”(2006)を撮っています。「ETAFARCの問題は自分にとって身近なテーマ」と語っている。

 

  トレビア

★エリセオの実名はカンポ・エリアス・デルガドCampo Elias Delgado、小説は実名で登場します。マルセラ・マルが演じたパオラは小説ではマリア、マルティナ・ガルシアが扮したエリセオの生徒ナタリアの実名はクラウディア、小説はマリベルでした。変更のなかったエルネスト神父は例外ということです。

  

★レストラン≪ポッゼット≫のシーンは、ボゴタの歴史保存地区カンデラリア(観光客の人気スポットがある地区)にある別のイタリアン・レストランで撮影された。

  

★キイワードは、デモクラシーとは名ばかりのコロンビアの階級社会と圧倒的な経済格差、ベトナム戦争の影、終わりの見えない内戦、親子の断絶、方向性の欠如、カトリック教会、スティーヴンソンの『ジキル博士とハイド氏』、愛と性、復讐、お決まりの孤独・・など。

『エリ』”Heli”アマ・エスカランテ*第10回LBFF⑥2013年10月08日 16:08

    

           アマ・エスカランテの『エリ』“Heli”

★東京国際映画祭TIFFと共催上映になった『エリ』の紹介は難しい。「2013カンヌ映画祭最優秀監督賞受賞」や「カルロス・レイガーダスが製作参加」でホッとする。今回のLBFF作品紹介ではストーリーを割愛しておりますが、因みにご紹介すると:

LBFF作品紹介

「舞台はメキシコ・グアナフアト州にある小さな田舎町。住民の多くは貧しく、自動車組み立て工場の仕事か、麻薬密売組織の手先になるしか、生きる道がないような厳しい状況にある。そんな中、17歳の青年エリとその家族は、ある組織的な麻薬トラブルに巻き込まれていく…。麻薬密売組織と警察の癒着、貧困、暴力、経済格差といったメキシコ社会の暗部に鋭くメスを入れた衝撃の社会派サスペンス」

TIFF作品紹介
「メキシコの荒廃した地域で、17歳の青年エリは妻子と父、そして妹と淡々とした暮らしを送っていた。平凡な日々であったが、軍人生活に嫌気がさした妹の恋人が、押収品であるコカインを盗んだことで事態は急変する」

 

★カンヌ監督賞受賞の折の海外メディアの報道を総合すると、「単に社会暴力を弾劾しているだけの映画ではなく、心の琴線に触れる愛、性、青春そして希望について語られた家族の物語」、「ゆっくり流れる美しい映像と観客を不安にさせるロングショット」、「誰にもお薦めできる映画ではないが、もしソダーバーグの『トラフィック』やハネケの『愛、アムール』のような作品がお好きならお薦めです」などでした。目をそむけたい拷問シーン。警察汚職、に心を奪われていると、エスカランテの真のテーマを見落とすかもしれない。

 

 


           監督紹介

★監督、脚本家、製作者。1979年バルセロナ生れ、父はメキシコ人、母はアメリカ人、バルセロナで生れたのは偶然とか。メキシコのグアナフアトで過ごし、2001年カタルーニャ映画スタジオ・センターで学ぶため渡西、後ハバナのサン・アントニオ・デ・ロス・バーニョス映画学校でも学んだあと帰国。短編“Amarrados”2002)が翌年のベルリン国際映画祭に出品された。カルロス・レイガーダスの『バトル・イン・ヘブン』(2005)の助監督をしながら、ロッテルダム国際映画祭、サンセバスチャン国際映画祭の資金援助合計$60,000を受け、2005年長編『サングレ』でデビューする。以下作品紹介で。

 

   長編映画紹介

2005『サングレ』“Sangre” 監督・脚本・製作、メキシコ=仏、TIFFコンペティション出品。

受賞歴:ブラチスラバ国際映画祭・監督賞。カンヌ映画祭・FIPRESCI国際映画批評家連盟賞。メキシコ市国際現代映画祭・作品賞。テサロニケ映画祭・シルバー・アレキサンダー賞など。

2008『よそ者』“Los bastardos” 同上、メキシコ=仏=米、カンヌ映画祭正式出品作品、

    LBFF2009上映。

受賞歴ブラチスラバ映画祭・最優秀監督賞、学生審査員最優秀映画賞。シッチェス映画祭「新しい視点」最優秀映画賞。モレリア映画祭・最優秀映画賞。マル・デル・プラタ映画祭・最優秀ラテンアメリカ映画賞。リマ映画祭・国際審査員賞など。

2013『エリ』“Hali” 同上、メキシコ=独=仏=オランダ、2013LBFFTIFF共催にて上映。

 受賞歴:カンヌ映画祭・監督賞受賞。


   

  (写真:ベルガラ、監督、エスピティア カンヌにて)

  
  キャスト紹介

アルマンド・エスピティア(エリ)/アンドレア・ベルガラ(エステラ、エリの妹)/リンダ・ゴンサレス(サブリナ、エリの妻)/フアン・エドゥアルド・パラシオス(アルベルト、エステラのボーイフレンド)/ケニー・ジョンストン(アメリカ人指揮官)

ケニー・ジョンストン以外は初出演です。彼はエスカランテの短編Amarrados他、長編3作に出演しており、助監督や撮影も兼ねている。

 

   トレビア

★カンヌ映画祭での成功後、ミュンヘン国際映画祭、カルロヴィ・ヴァリー映画祭、リオデジャネイロ国際映画祭、シカゴ映画祭などに出品されている。

★メキシコでは89日に公開された。公開に先立つ記者会見で「メキシコのイメージダウンになると思いませんか」という質問には、「いい質問だが、この国の現実だからね。イメージダウンにならないよう検閲してもらうべきでしたか」と答えています。「メキシコの若者には心が痛む。勝ち目のない戦いなのに希望を託して挑む姿を表現したかった」とも。巨人ゴリアテに小石で挑むダビデです。

★メキシコ時代にブニュエルが撮った『忘れられた人々』(1950)やハネケの影響を受けているとも。『よそ者』は確実に『ファニーゲーム』(1997)の影響があります。

2014年米国アカデミー賞外国映画部門のメキシコ代表作品に選ばれました。

『よそ者』”Los bastardos”アマ・エスカランテ2013年10月10日 10:28

★今回ラテンビートでアマ・エスカランテの『エリ』が上映されること、メキシコ映画の現状にも触れていることから、以前Cabinaさんブログにコメントした『よそ者』ダイエット版を登場させます。デビュー作『サングレ』(2005)に続く第2弾、LBFF2009上映作品。

 


ストーリー:ロスの片隅に暮らす二人の若者ファウストとヘススは、メキシコからの不法移民。強いられる孤独な忍耐、日銭稼ぎの報われない労働の日々。ことの起こりは突然やってきた。ヘススがデイバックに小銃を忍ばせたとき、二人はある一線を越えてしまう。

 

*スタッフ&キャスト*

監督:アマ・エスカランテAmat Escalante

キャスト:ヘスス・モイセス・ロドリゲス(ヘスス)、ルベン・ソーサ(ファウスト)、ケリー・ジョンストン、ニーナ・サリヴァン(カレン)

製作:メキシコ・仏・米国、2008年、90分、

言語:スペイン語・英語

*受賞歴*

カンヌ映画祭フォト・コール出品

スロバキア/ブラチスラバ映画祭・最優秀監督賞、学生審査員最優秀映画賞

カタルーニャ・シッチェス映画祭「新しい視点」最優秀映画賞

メキシコ/モレリア映画祭・最優秀映画賞

アルゼンチン/マル・デル・プラタ映画祭・最優秀ラテンアメリカ映画賞

ペルー/リマ映画祭・国際審査員賞

 

     二つの文化は空中を浮遊している

 

A: メキシコの不幸は、アメリカと隣り合っていること。川を渡ろうが、フェンスを乗り越えようが、二つの文化は辺りを浮遊しているだけで、互いに解け合うことを拒否している。絶対に交わろうとしない。こういうテーマの映画を見た後の感慨はいつも同じです。

B: 人間は生れた土地を自分の意思で離れたように錯覚するが、やがて自分の意思でなかったことに気づく。「北」を目指すのは、生き延びるための「お金」であって、もう「夢」の実現など冗談でさえないことを熟知している。それほど二国間の経済格差は大きく、これはまさに「暴力」と言っていい。

 

A: ラテンビート映画祭開催前には予告編しか見られなかった映画の一つです。その時の印象は、ミヒャエル・ハネケの『ファニー・ゲーム』(1997)に似ているかなぁ、と。

B: 昨年の東京国際映画祭TIFFで上映されたエンリケ・リベロの『パルケ・ヴィア』を連想したというブログもありました。

A: テーマがですか、でも殺人の動機が違いますよ。突発的にこちらの意表を突くかたちの殺害とかは、むしろ『トニー・マネロ』(2008LBFF)に近いと思います。間をおかずに見たせいか、『パルケ・ヴィア』の主人公が尊敬もし感謝もしていた女主人を謀殺するシーンでは、殺害方法が似ていたせいか「トニー・マネロ!」と声を出しそうになった。

 

B: 確かに『よそ者』では、二人の若者が銃を構えて侵入したとき、標的の女性は幸いなことにソファでうたた寝していたから、簡単に殺害できたのにしなかった。この映画の特徴として筋運びに飛躍があって、作り手が隠してしまったピースを観客各々が探してこないといけない()。お金で妻殺しを請け負ったんですよね。

A: 妻とは断定できませんが請負殺人です。だからさっさとぶっ放して逃走すべき状況なのに、恐怖で撃てないというより、まるでいたぶるように女性や部屋を物色している。後で触れますが、この密閉され、物が溢れた部屋はキイポイントの一つ。分かりにくさや感傷のなさは、この映画の魅力でもありますが、メジャー向けにはならない。

 

B: 殺しに侵入したのに三人してプールで泳ぐ。美しい映像なのが却って不気味です。

A: この金持ちのシンボルたるプールもキイポイントです。勿論、女性は生き残りをかけて恐怖で泳ぐんですがね。ハネケのは二人の若者が自分たちを排除する社会に復讐するため、ゲーム感覚で殺人を楽しむ。だから動機は異なるのですが、<よそ者>というより、社会の厄介者、侵入者、使い捨ての二人の若者が、得体のしれない怒りでじわじわと殺人を行うというところが似ています。

 

B: 過去に何の接点もない人間同士が、つまり恨みも憎しみもないのに出会ってしまって殺人が行われる。いわゆるホラー映画より、こういうかたちの殺人は自分にも起こり得るだけに怖い。監督は、『ファニー・ゲーム』を見てたでしょうか。

A: 見てると思います。影響を受けてる監督にハネケを挙げていますから。2007年にアメリカでリメイクされたとき話題になったし、2005年のカンヌで、両監督とも国際批評家連盟賞(FIPRESCI)を受賞しています。ハネケは『隠された記憶』で監督賞とダブル受賞でした。エスカランテは受賞のご褒美として5ヶ月間のフランス留学の奨学金を貰うことができました。

 

B: エスカランテ監督か、製作者のハイメ・ロマンディアかが来日してくれたらと思いました。

A: 実感です。ルベン・ソーサのドタキャンはさほど残念と思いませんでしたが。第1作『サングレ』がTIFFで上映されたときには来日したんです。成田から会場に直行したとかで、時差ボケのまま駆けつけてくれた。この時のQ&Aは確か英語でした。観客は不思議というか見慣れない映画にちょっと戸惑い気味でした。

B: 監督はロサンゼルス市立大学映画学科出身、生活拠点をメキシコとアメリカにおいていますから英語は問題ないですね。こちらもカンヌ映画祭に出品されています。

A: TIFFもカンヌ出品だと安心するらしく、コンペかワールド部門で取り上げてくれる()。まあ主催者にすれば、年に何千と量産される中から選ぶわけですから、何か拠りどころがないとね。

 

B: 導入部とエンディングのクレジットの部分の「緑地と赤地に白抜き文字」は、メキシコの国旗の色だそうですが。メキシコの国旗はイタリア国旗と似てますね。緑白赤の縦三色旗で、他の中南米諸国と似ていない。

A: 国旗とは気づきませんでした。前作とは違う派手な入り方に虚を衝かれて、これは趣向を変えてきたな、と身構えました。しかしパタッと大音響が消えると、はるか彼方から二つの豆粒がゆっくり近づいて二人の男になるあたりから安心して()、若いほうが空き缶を思い切り空中に蹴り上げると、身体の緊張がとけました。キューブリックの『2001年宇宙の旅』(1968)を思い出した。キューブリックのカメラはよく動きますが、この映画ではカメラを固定させたまま、人物を近づけたり遠ざけたり、停止したりを長回しで撮るから、眠くなる観客も出てくる。

B: サウンド漬けの大学生に見せたら半分は寝ますね。この常に苛々している若いほうがファウストで、空中に舞い上がる空き缶は、最後の衝撃シーンを暗示しているんですかね。

A: ジャケ写では、年長のヘススが銃を構えていますが、発砲するのはファウスト、なかなか計算高い凝り性の監督です。


 

     奇跡が起こった!

 

B: 『サングレ』の出演者は隣人だったそうですが、今回もヘスス役のヘスス・モイセス・ロドリゲス、ファウスト役のルベン・ソーサを街中でスカウトしています。

A: 主役二人を探すのに1年半かかったそうです。ヘスス役は監督の生れ故郷グアナフアトの建設現場で、キャスティング担当のマルティン・エスカランテの目に止まった。台本に関心を示してくれ、顔も人格もヘスス役にぴったりということで決まった。

 

B: マルティン・エスカランテは、脚本も監督との共同執筆、二人は兄弟ですか。

A: 監督は1979年生れですが、マルティンの生年月日が分からないので、兄か弟か、多分弟でしょうか。フランス留学中にシナリオの草稿を書いてはメキシコのマルティンに電送し、それをマルティンが完成させた。二人の共同執筆というわけです。さて、決まるには決まったが、合法的にアメリカに連れていく許可が下りない、諦めかけたときにオーケーが出た。

 

B: 最初に契約したファウスト役は、別の人だった。いざ撮影開始2日前という土壇場で下りてしまったそうですね。

A: 監督インタビューだとそうなります。最初からアメリカに着いたらドロンしようと思っていたわけではないでしょうけど、楽しい役柄じゃないから不安というか怖気づいても不思議じゃない。スタッフ現場の驚愕ぶりが目に浮かびますね。

B: 美術・衣装担当者が偶然か運命か路上でルベン・ソーサに出会いスカウトした。

A: もうこれは運命かなぁ、「奇跡が起こった」と監督が言うのも頷けます。ブッツケ本番で予定通り撮影開始、演技指導もクソもないとは、このことです。ファウスト=ルベンだったから可能だったのかも。とにかく彼の取扱いには神経をすり減らしたそうです。

 

B: 極端にセリフが少ないのは、ファウストの人物造形がもともとそうなのか、あるいはルベンにセリフを言わせるのが難しかったのか。

A: 両方でしょうね。二人とも用意したセリフを手直しして、つまり彼らの話し言葉に変更したようです。カンヌに持って行きたかったので、5週間で撮ったということです。

 

B: まあ、準備に2年以上掛けたから可能だったんでしょう。カレン役のニーナ・サヴァリンは、ネットで探し当てたんですね。

A: ハリウッドで約300人ぐらい面接したが決まらず、偶然インターネット上でニーナの写真を見つけ、近くのサンフランシスコに住んでるということで決まったらしい。

B: 物事が決まるのは得てしてこんなもんですね。ではサヴァリンはプロの俳優ということですね。

A: 脇役ですが、すでに何本か出演してます。また建設会社のボス役ケニー・ジョンストンは、エスカランテの短編Amarrados(2002)に出ています。本作では助監督・撮影も兼ねていて、映画製作は独立系では家内工業が主流。本作では「映画製作基金」からの援助を受けています。

 

     広大な大地と密閉空間のコントラスト

 

B: 先ほど密室とプールがキイポイントとありましたが。

A: それに画面を上下真っ二つにした建設現場や苺畑の大地と重たい空。まるでこれから起こる密室殺人で観客が窒息しないようにと言わんばかりに、繰り返し現れる。男たちは空に押し潰されるかのように黙々と働いている。

B: プールと聞いて、実は今年公開されたジョー・ライトの『路上のソリスト』を思い出しました。これも舞台がロサンゼルス。美しい渦を巻く高速道路が鳥瞰撮影で、あるメッセージをもって挿入される。カメラが高速道路の先を捉えると、横一列に並んだ邸宅と真っ青な水を湛えたプール群が目に入る。

A: 1994年のロサンゼルス大地震で壊滅した高速道路を映し出すことで、アメリカの繁栄を象徴させているんですね。

B: その対極にあるのが9万人に及ぶ路上生活者です。そのコントラストが見事。

 

A: 『よそ者』でも舞台装置は計算しつくされている。太陽が出ているのに薄暗い空、広大な大地と殺人現場となる狭い部屋、豊かさの象徴であるプールの澄んだ青、樹木の緑も暗示的です。

B: メキシコの国旗の緑は「独立・希望」、白は「宗教的純粋」、赤は「統一」だそうです。

A: 逃げ延びたファウストが苺摘みをする最後のシーン、葉っぱの下から太い指で真っ赤な苺を掴み取るでしょ、あの緑と赤にも意味があるのかしら。


                   

    モハード映画は危険がいっぱい

 

B: メキシコからの不法移民のことをモハード(mojado湿った)というのは、川を渡って越境すると衣服が濡れることから呼ばれるようになった。いわゆる≪モハードもの≫は、一歩間違うと大火傷をしますね。

A: 真っ向う勝負をかけたら返り討ちにあいます。私が最初に見た≪モハードもの≫は、グレゴリー・ナヴァの『エル・ノルテ/約束の地』(1983、米英)です。アカデミー賞脚本賞にノミネートされたからか公開されました。グアテマラからの不法移民、兄妹二人でメキシコを縦断してアメリカに侵入する。1960年代から始まった複数の左翼ゲリラと政府軍との軋轢が背景にありました。スペイン語・キチェ語(マヤ系言語)・英語にメキシコのスラングと目まぐるしい140分という長編です。ノミネートされただけあってストーリー運びもよく、青を基調にした美しい映像も印象的でした。

 

B: ジェニファー・ロペスとアントニオ・バンデラスが主演した『ボーダータウン/報道されない殺人者』の監督ですね。撮影中に命の危険を感じたり、危険な場所では代役を立てたとか。現実はあんな生易しいものじゃないと言いますが、仮に現実を描いたら信じてもらえない。

A: シウダー・フアレスというのはメキシコで一番危険なところ、現地に入って撮影が可能かどうか考えなくても分かります。死人の山ができたことでしょう(2008年の麻薬がらみの死者は約3000)。ナヴァ監督は、1949年サンディエゴ生れ、製作・脚本のアンナ・トーマスは夫人で、二人三脚でずっと問題作を世に問うています。とにかくメジャー向けに発信してくれたことを評価したい。

 

B: 映画祭直前にキャリー・フクナガ(Cary Fukunaga)のSin nombre(2009、メキシコ=米)という映画を見ました。こちらはホンジュラスからの不法移民です。貨物列車の屋根に載って延々と運ばれてくる。文字通りのモハード、川を渡れたのはヒロイン唯一人、現代の≪ノラ≫がアメリカに辿り着いたところで終わる。

A: 製作はカナナ・フィルム、今年のサンセバスチャン映画祭で上映されました。監督自身も現地入りして記者会見に臨みました。監督はアメリカ国籍です。

B: こっちはスピード感もあり、麻薬密売組織も絡んでスリラーの要素を取り入れている。フラッシュバックが多いのにリアリズムでぐいぐい押してくるので分かりやすい。日本でも公開できそうに思いました(『闇の列車、光の旅』の邦題で20105月公開された)。

 

A: メキシコでは5月に封切られました。『よそ者』が世界の数々の映画祭で評価され、ヨーロッパでは公開されながら、肝心のメキシコが今年7月と1年以上もかかったのと対照的です。

B: 純文学と大衆文学があるように、映画も映画祭用映画と大衆映画に二極化している?

A: 映画祭を逃すと永遠にスクリーンでは見られない現実もありますね。

 

     たかがカンヌ、されどカンヌ

 

B: さて『よそ者』に戻りましょう。これはカンヌ映画祭「ある視点」部門に出品され、上映後には5分間のオベーションを受けたそうです。

A: カンヌの常連は、長いシークエンス、極端なミニマリズムが好きなんです。ごちゃごちゃ書きこまないでシンプルに纏めて最大の効果を出しているから。映画祭の喝采には≪お世辞≫もあります。しかし本当に気に入らないとブーイングも辞さない厳しい観客です。

B: 不法移民の問題はヨーロッパ自身も苦しんでいます。しかしアメリカの家庭がもつ豊かさへの反発、人間性の喪失、人間不信の傷あと、平凡な日常への苛立ち、アイデンティティー喪失に惹かれたんじゃないか。

 

A: 『サングレ』には見られなかった強烈な色彩、エレキギター()が発する大音響とか、新しい感覚もあった。

B: 映画祭にはルベン・ソーサも招待されたが、ニース国際空港で不審者扱いされたとか。

A: パスポートが新しくメキシコから初めて出国している。映画はロスで撮影されたわけだから、それはあり得ないでしょ、後は想像してください。マンタラヤ・プロ(Mantarraya)のハイメ・ロマンディアも現地入りしていたのに別行動だったのかな。

B: カルロス・レイガダスの『静かな光』(2007LBFF2008)のプロデューサーです。

 

A: レイガダスは「ノー・ドリーム・シネマ」プロの責任者として参加してます。この三人は団子三兄弟というほどではありませんが繋がりは深い。今年のTIFFで日本メキシコ友好400年記念として、全3作が一挙上映されます。『ハポン』(2002)、『バトル・イン・ヘブン』(05)に『静かな光』です。後ろ2作がカンヌのコンペに選ばれています。

B: レイガダス特集ですから来日しますよね。来日が待たれているからQ&Aは紛糾するかも。

**来日してチケットも完売、Q&Aで英語通訳をした方が素晴らしかった。)

 

A: エスカランテは、『バトル・イン・ヘブン』に助監督として参加していて、ロマンディアは二人の全作品を製作しています。繰り返しになりますが、2005年には『サングレ』も選ばれたので三人でカンヌ入りしたわけです。

B: レイガダスは『サングレ』の製作に協力しています。

A: ついでに補足すると、フィルム編集にトルコのアイハン・エルギュルセルが参加しています。カンヌと縁の深いヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の『スリー・モンキーズ』(2008・監督賞)や『冬の街』(20022003年度審査員グランプリ)を手掛けている人です。前作はTIFF2008の上映作品、すぐにチケット完売、涙を飲んだファンが多かった。エスカランテはトルコ語ができない、エルギュルセルはスペイン語も英語もダメ、それで映画言語()で意思の疎通を図ったとか。メキシコやトルコの監督作品が、映画祭とはいえ紹介されたことに時代の流れを感じます。

『フィッシュチャイルド/ある伝説の湖』ルシア・プエンソ*LBFF番外編2013年10月11日 16:06

★ルシア・プエンソの『ワコルダ』は、1017日から始まる京都会場からになります。カンヌ映画祭からチェックしていた作品なので横浜に間にあうようアップいたします。取りあえずLBFF2009で上映された第2『フィッシュチャイルド』El niño pezのダイエット版を掲載いたします。これも『よそ者』 同様 Cabina さんブログにコメントとして投稿したものです。Cabina ブログに詳しい「ラテンビートQ&A」部分を割愛して再構成したものです。

 


ストーリーブエノスアイレスの高級住宅地に住むララと、その邸宅で働くパラグアイ人メイドのアイリン。生まれも育ちも異なる少女達は秘かに愛し合い、アイリンの故郷にあるイポア湖畔に住むことを夢見て出発の日を指折り数えていた。しかし、現実はある日残酷に舵を切った。一人パラグアイへと向かったララは、イポア湖畔に秘められたアイリンの謎めいた過去を知ることになり・・・。同性愛、近親相姦、格差社会、尊属殺人、児童買春。重いテーマが複雑に絡み合う本作は、前作『XXY』で国際的に高い評価を得た監督が23歳で書き下ろした小説の待望の映画化だ。

LBFF2009「カタログ」から引用)


★アルゼンチン=フランス=スペイン合作、2009年、96分、スペイン語・グアラニー語、200949日アルゼンチン公開
 

 スタッフ&キャスト

監督・脚本:ルシア・プエンソ 

プロデューサー:ミゲル・モラレス/ルイス・プエンソ他

撮影監督:ロドリゴ・プルペイロ

音楽:アンドレス・ゴールドスタイン/ダニエル・タラゴ/ラウラ・ジスマン

   

キャスト:イネス・エフロン(ララ)、マリエラ・ビタレ*エンメ(アイリン)、ディエゴ・ベラスケス(エル・バスコ)、ペプ・ムネー(判事ブロンテ、ララの父)カルロス・バルデム(警察署長)、アルナルド・アンドレ(ソクラテス・エスピナ、アイリンの父)、フリアン・ドレッガー(ナチョ、ララの兄弟)

     映画祭・受賞歴

2009 ベルリン国際映画祭正式出品、

2009 マラガ映画祭:審査員特別賞銀のジャスミン賞(ルシア・プエンソ)/

   最優秀撮影賞(ロドリゴ・プルペイロ)受賞

2009 アルゼンチン映画芸術アカデミー賞:最優秀新人女優賞(マリエラ・ビタレ)/

   他ノミネート多数

2010  アルゼンチン映画批評家連盟賞:最優秀音楽・新人女優・脚本賞ノミネート

2010  トリノ国際ゲイ&レズビアン映画祭:最優秀ヒューチャー映画賞(プエンソ)受賞

 

この映画に出てくるパラグアイの伝説は、プレスペイン時代からあるイポアYpoa湖に伝わる先住民グアラニーの神話を指しています。この湖はパラグアイ国立公園のなかにある三つの潟湖のなかでも、その美しさで有名です。開発が遅れていたお蔭で自然が残り、皮肉にもエコ・ブームの波にも乗って今や観光資源となっています。映画の撮影は、資金不足から現地撮影ができませんでしたので、同地をご存じの方には違和感があるようです。この映画ではイポア湖は、現実と非現実の境界を指すメタファーであり、シンボルともなっています。

 

             盛り沢山な舞台装置に振り回される

 

A: 芝居の大道具、つまり同性愛、近親相姦、尊属殺人、政と官の癒着などが前面に出て、テーマが拡散してしまった印象を受けました。監督自身の処女小説の映画化ということで、ちょっと力みすぎじゃないか。脚本を一人で手掛けたことも、ブレーキが利かず裏目に出た感じでした。

B: 冒頭の立てつづけのフラッシュバックはインパクトこそありましたが、時の経過が少ない分、現時点がどこなのか分かりにくい。後半は髪型とか、演じた役者が違うことで解消されていましたが。

 

A: 第1XXY(2007)は、Sergio Bizzio の短編Cinismoの映画化で、脚本は共同執筆でした。筋はシンプルでしたが深いテーマをもつ静かな感動が残る秀作でした。

B: 表面的には両性具有がテーマのように見えましたが、不寛容と差別、真のテーマは「人生の選択権は誰にあるか」でした。

  

A: 誰でもが遭遇する普遍的な事柄がテーマ、ジェンダーとしてではなく、性器兼備としての両性具有は充分ショッキングではありましたが、それは舞台装置でした。だから主人公は、生れてくる子供が両性具有と知りながら、敢えて出産に踏み切った両親、特に過去の選択が正しかったかに苦悩する父親です。2作に共通しているのは、人と変わっている人間を受け入れることの困難さ、古風な要素と鋭い現代性が共存していることです。

 

                キャスト選びの難しさ

 

B: それでは本作に戻って、まず二人のヒロインの年齢は何歳ぐらいですか。

A: アイリンは、各紹介記事では17歳から20歳の幅がありましたが、監督が「パラグアイで13歳のとき出産、その後ブエノスアイレスに来て、目下19歳に設定した」とあるインタビューで語っています。

   

B: 二十歳未満だから未決囚を収容する拘置所も未成年者用にしたのですね。

A: ララはアイリンより二、三歳下ですかね。二人とも実年齢より六、七歳下を演じたわけです。十代と二十代は体の変化の著しい時ですから、少し無理があったかも。特にエンメは成熟していて十代には見えない。またララの兄弟、薬物治療中のナチョの年齢も兄か弟か微妙です。

 

B: アイリンは十代でも≪大人≫の女性が経験することを卒業しているという設定です。一方のララ役、監督談話によると、ララ役探しに7カ月費やしたが徒労に終わり、結局、前作のイネス・エフロンに決まったそうです。

A: 前作のイメージ壊しを観客も含め全員でやらなければならない。やはり連続起用は挑戦です。2作品の間に、脇役でしたがルクレシア・マルテルの『頭のない女』(2008LBFF2008)やダニエル・ブルマンのEl nido vacio(2008)を見ていました。ブルマンのは別として、第1作が強烈だったせいか、やはり苦労しました。

 

B: パラグアイ在住20年という方が、「パラグアイにテレドラはないに等しく、俳優として食べていくのは夢のまた夢、アイリンの父親がテレドラの人気俳優だったはずがない」とコメントしていましたが。

A: パラグアイは国土も狭く人口も少ない農業国、これからの国ですから俳優も海外と掛け持ちと聞いてます。

 

B: 小説は10年ほど前に書かれていますが、この映画の時代は1990年代後半ぐらいかな。

A: アルゼンチンが国家破産する前の印象ですが、時代は小説が書かれた時期や場所にリンクするとは限りませんし、小説と映画もリンクしないケースが多々ありますから想像でしかありません。ララ、アイリン、エル・バスコの3人が出かけたディスコや母親のパーティでかかっていた曲から割り出せるかもしれませんが、わざと混乱させる監督もいるから油断できない()

 

B: 仮に90年代として、アイリンの父親ソクラテス・エスピノが人気俳優だった時代は、壁に貼り付けてある若い頃の写真から類推すると、かなり前になりテレドラ俳優というのはありえないか。

A: パラグアイの日刊紙abc電子版を覗くと、サッカーやハリウッドのゴシップ記事、ハリウッド映画封切りの案内と、若者群像は他の中南米諸国とさして変わらない。駐日パラグアイ大使は日系人、パラグアイへの投資・援助額は、日本が世界No 1という経済的に縁の深い国です。

 

         小説の語り手は犬のセラフィン

 

B: 軌道修正、エンメのグアラニー語、パラグアイ訛りの習得は、専門のコーチについて特訓を受けた。歌手でミュージシャンの家庭で育ったことが幸いしたと語っています。

A: 「耳」が抜群なんでしょう。このコーチがアルゼンチン在住のパラグアイ人俳優コラルPerla Coral Gabaglio とエンメのお母さんだそうです。監督も「エンメはあっという間にマスターした」と褒め、エンメ起用は正解だったとも。監督の母方の祖母もパラグアイ育ち、ただ少女の頃にブエノスアイレスに来たのでアクセントは忘れてしまっていた。パラグアイには親戚も住んでいて、シンパシーがある由。

  

B: アイリンの父親役アルナルド・アンドレもアルゼンチン在住のパラグアイ人、才能流出が起こっている。

A: 彼がコラルを含めて他のパラグアイ人俳優を紹介し、クレジットにはパラグアイのグループ<Los Potrankos>の名前もありました。

  

B: 小説は犬のセラフィンの視点で書かれている。

A: 例年四月に開催されるマラガ映画祭のインタビューで監督自身が語っています。セラフィンは<ルンファルド>というポルテーニョ(ブエノスアイレスっ子)にしか通じないスラングで物語を進行させている。

  

B: 初期の歌タンゴはこのルンファルドで歌われていた。イタリアはジェノバからの移民のスラングです。

A: そう、泥棒仲間が符牒として使っていたとも。映画の語り手を犬にするには無理があって、その一つにルンファルドの翻訳を挙げています。

B: ナレーターの問題もありますね。

 

A: セラフィンはセラフィム、またはセラピムとも、9 階級中最高位の熾天使 (してんし)のこと。神の使者として派遣され人間を守護するエンジェル。つまりラストシーンで、致命傷を受けたセラフィンが一命を取りとめ、一緒にイポア湖に向かう意味は、二人にとって≪光≫なのです。

B: 限りなく≪闇≫に向かって突っ走っているように見えましたが。

A: セラフィンに重傷を負わせたのには意味があるんですが、幸福感が何時まで続くか、映画は語っていません。

 

                  ルシア・プエンソの愛読書はギリシャ神話

 

B: 愛と狂気とパッションをテーマにした小説を書いたのが23歳のときということですから、かれこれ10年になります。

A: 依頼があって書いたわけではなく、当時は出版の当てもなかったから刊行の話が舞い込むまで草稿のままだった。小説のテーマは自由と無処罰、ドラマティックな構成もなく、ただ人物を泳がせていた。刊行は2004年、大分経ってますが、『XXY』よりは前です。

  

B: 二人の愛は複雑で世間は受け入れませんが純粋なもの、二人は自由を求めて脱出する。ララの犯罪もアイリンの父ソクラテスも法的には裁かれず、まさに無処罰です。

A: 小説も映画もテーマは変わっていない。無処罰はアルモドバルの『ボルベール』のテーマでもありました。夫と愛人を火事に見せかけて焼き殺したライムンダの母、義父を刺殺した娘パウラ、娘の殺人を隠蔽したライムンダ、三人とも裁かれませんでした。

 

B: プエンソは、まだ2作しか監督しておりません(『ワコルダ』が3作目)。

A: 脚本家としては、主にテレビですが10年以上のキャリアがあり、『娼婦と鯨』(2004 DVD)は、父のルイス・プエンソ、スペイン文化大臣に転身して話題になったゴンサレス・シンデの3人で共同執筆しています。

 

B: <水子伝説>を背景に、てんこ盛りのテーマを調整するのは大変です。

A: 水子伝説は古今東西ありますが、これはグアラニーの伝説そのままでなく、それに着想を得て創作された。イポア湖に彼女の物語と似た神話があり、それは子供でなく大人だったそうです。少女の頃からギリシャ神話に親しみ、グアラニーの神話を読んだのは15歳頃と語っています。

 

B: 伝説の起原は何か、神話の背後には何が潜んでいるのか、延々と今日まで伝えられてきたのは何故か。

A: 神話の普遍性、プエンソは自分とは別世界のグアラニー語に魅せられ、現在から過去に遡っていった。

B: フィッシュチャイルドは、ギリシャ神話に出てくる上半身女性で下半身鳥の尾をしたセイレンのミニチュアみたいだ。

A: セイレンは複数の性格を有しておりますが、そのなかに風を鎮める力、死者を冥府に送る役目があるとされています。そう言えば、あの湖の水面はいやに静かだった。

 

                    社会性のあるテーマに魅力がある

 

B: 昨今では同性愛など、テーマとして目新しいものではありません。しかし尊属殺人、近親相姦と並ぶと穏やかではない。

A: 尊属殺人といっても偶発的なのでは。ララはアイリンと父親の決定的な密会を目撃して、完全にアイリンを失ってしまう。ララが多量の睡眠薬入りミルクで自殺しようとしたのか、それを父親に飲まそうとしたのかが曖昧だった。作っている最中に父親が入ってきてミルクを所望する。二つ並んだコップのうち、父親がどちらを選ぶか運命でしかない。ララは制止することもできたがしなかったから、結果的には尊属殺人になった。

B: 多数のカプセルがテーブルに散乱していたから父は気付いていたはずです。カメラは故意にコップを映さず、父親がどちらを手にしたか観客には知らせない。

 


A: 父親は当時の病めるアルゼンチンの上流階級を象徴していると解釈できます。この仮面夫婦は完全に崩壊していて修復不可能、その意思もない。彼は判事としての人生にピリオドを打ちたがっていた。夕食時に4人で記念撮影をしますね、これが父親の最後の写真になる伏線、娘が愛おしくレスビアンでアイリンを愛していることを知りながら、お金でアイリンを弄ぶ。

B: 屈折度が複雑、自らを破滅に追い込んでいる。お金を渡すことで辛うじてパトロンとしての優位性を示そうとするが、アイリンの若い肉体の虜にもなっている。自分の才覚と肉体でひとり闘ってきた人間がもつ自信とふてぶてしさ、女の怖さをビタレが見事に演じた。

 

: ここでは権力の逆転がおこっている。ララも二人の関係に気付いており、それが脱出に拍車をかけていた。二人が逃走資金に絵画を売り飛ばすシーン、持ち出すのを父親は窓から目撃しており、アイリンも見られたことに気づいて窓に向かって笑いかける。この家で主導権を握っているのはメイドかと感じさせる瞬間でした。父親役のペプ・ムネーはバルセロナ生れ、スペインのテレビを始め、イタリアやドイツ映画にも。コメディもこなし、『アナとオットー』(1998) や『娼婦と鯨』に出演している。

 

B: ピラミッド型の権力構造の揺らぎは、警察幹部と刑務官の癒着による児童買春、それを取り持つ裏社会の暗躍にも見てとれます。警察署長が小娘に射殺されるなんてスキャンダラスこのうえない。

A: このあたりの描写は現実味に欠けます。ララが厳重な警備を潜り抜けられるのも、初めて銃を手にした人間が、ピストルを取ろうと動いた署長に弾を命中させるのも。

 

B: 政治家の邸宅のようでしたが、悪事を働く場所の警備としては抜け穴だらけでした。こういう政治家と官憲の癒着は、軍事独裁時代の闇を引きずっている感じを受けました。

A: 逮捕されないのは本当の犯罪者だけと皮肉られた時代でした。この警察署長をハビエル・バルデムの兄カルロス・バルデムが演じてました。バルデム家は有名な映画一家、プエンソ家も同じ。ルシアの兄妹4人とも映画界で仕事をしています。

 

B: カルロスは強面で悪役にはぴったりです。『チェ39/別れの手紙』(2008) に出演している。

A: 他に公開作品では『ペルディータ』(1997)、『アラトリステ』(2006)、『宮廷画家ゴヤは見た』(2006)などに。未公開作品には主役脇役ふくめて列挙するのに時間がかかるほど。

 

B: ララをおんぼろ車で屋敷に案内する、違法賭博の<闘犬>を調教しているエル・バスコ役、ディエゴ・ベラスケスは初めて見る顔、17世紀のスペインの大画家と同姓同名です。

A: 短編やテレビに出ていますが、これが長編映画としては初めての大役です。前年にマルティン・カランサの第1Amorosa soledadに出たのが繋がりかも知れません。主役のソレダ役がイネス・エフロン、その父親がリカルド・ダリンです。二人はXXYでも父娘を演じました。カランサは助監督としての経験が豊富、アレハンドロ・アグレスティの『バレンティン』(2002)を見た人も多いのでは。

 

B: 人生を達観したような冷めた役どころに女性ファンがつきそうです。

A: いわば都会の闇の部分を担っている役。クールな彼が二人の遁走劇に熱くなって手を貸すのが後半の山場です。彼はアイリンを愛していたのですが、アイリンは違ったようです。アイリンの人格は強さと弱さを行ったり来たりしてミステリアスです。

B: アイリンと父親の関係も分かりにくい。一親等の近親相姦はそうザラにある話じゃありません。

A: 小説ではアイリンをレイプするのは父ではなく兄です。多分大物俳優アルナルド・アンドレの起用が先にあったからではないでしょうか。

 

B: 自分の過去と向き合い死者を悼みながら代償を払っているが、13歳の娘が払った代償には遠く及ばない。今や娘は異国で罪を着せられ囚人となっている。この家庭も母親不在、テーマとして母性の崩壊があるのでしょうか。

A: もともと母性の存在など錯覚なのです。唐突ですがナボコフの『ロリータ』に似ています。中年男の早熟な美少女への愛を描いたと言われますが、権力を持つ者(男)が持たない者(少女)を力で征服する物語です。ここにあるのは愛に見せかけた男の≪権力≫です。

B: 「どうして?」とソクラテスに詰め寄るララに、彼はアイリンへの愛を口にします。ララのアイリンへの愛と同等に置こうとします。

A: 似て非なるもの、ララの憤激は当然です。また外国人差別も描かれた。

 

B: グアラニー差別だけじゃない。

A: 隣国同士の移民問題は複雑、経済的移民は自国で生きていけないから移民する。隣家のメイドもパラグアイ人、アルゼンチンが豊かとは思えませんが、パラグアイよりはマシ。バラエティ番組でパラグアイ訛りが茶化されるとか。

B: アイリンはパラグアイ人だから、まともな調べも受けられずに拘留され買春を強要される。

 

A: 大胆不敵なテーマです。フィクションとはいえそれなりの裏付けがないとできない。ララの父親がアイリンにグアラニー語で歌うことを強いるシーン、ララとナチョは気色ばみ非難の目を父親に向けます。

B: 強要に悪意がなかったとは言えません。

A: ララが上流階級のシンボルであるカールした金髪をバッサリ切るのは、白人優位主義との決別、権力をもつ男性への変貌を意味している。自由は与えられるものではなく勝ち取るものです。

 

『ワコルダ』”Wakolda”ルシア・プエンソ*第10回LBFF⑦2013年10月23日 10:39

★これ1本が見たかったという方もおられたようですが、東京会場で唯一上映されなかった作品。カンヌ映画祭2013「ある視点」部門、サンセバスチャン国際映画祭「ホライズンズ・ラティーノ」部門、その他リマ、モントリオールなどに出品され話題を呼んでいるルシア・プエンソ長編第3作め『ワコルダ』。第2作『フィッシュチャイルド―ある湖の伝説』でも若干紹介いたしましたが、改めてキャリア・作品紹介などを。ストーリーはLBFFのサイトをご参照ください。

 

   監督紹介

ルシア・プエンソは、監督・脚本家・作家・プロデューサー、1976年ブエノスアイレス生れの36歳。父親ルイス・プエンソは、1985年に撮った『オフィシャル・ストーリー』が翌年のアカデミー外国語映画賞アルゼンチン代表となり、初のオスカー像をアルゼンチンにもたらした監督。ということで日本でも1987年に公開になりました。2004年の『娼婦と鯨』以後撮っておりませんが、娘のデビュー作『XXY』や『フィッシュチャイルド』の製作に携わっています。『ワコルダ』には参加していないようですが、息子ニコラス・プエンソが撮影監督として独立、私たちはパタゴニアの「南米のスイス」と言われるバリローチェの素晴らしい映像に接することができます。以前から姉ルシアの全作にカメラ・オペレーターや撮影監督補助のような形で参加していました。プエンソ一家は家族ぐるみのシネアスト一家です。

 

★作家歴:処女作El niño pez(2004) を刊行、5年後に映画化した(『フィッシュチャイルド』)。Nueve minutos2005)、La maldición de Jacinta Pichimahuida2007)、La furia de la langosta2009)、最新作Wakolda2011)を今回映画化した。全作が2013年にスペインでも刊行された。

★脚本歴:(H) Historias cotidianas2000)で脚本家デビュー、父親の『娼婦と鯨』(2003、共同執筆)、ロドリーゴ・フュルトのA través de tus ojos2006、共同執筆)、自作長編3作の他、TVドラマ・シリーズ、短編など。

 

   長編フィルモグラフィー&受賞歴

2007XXYXXY』監督・脚本 ☆ゴヤ外国映画賞、2008アリエル・イベロアメリカ賞、2008銀のコンドル賞(作品賞・脚色賞)、アテネ、カルタヘナ、エディンバラ各国際映画祭金賞、モントリオール新映画祭ケベック映画批評家賞などを受賞。

2009El niño pez”『フィッシュチャイルド―ある湖の伝説』監督・脚本

2013Wakolda『ワコルダ』監督・脚本・製作 ☆サンフアン市で開催された第2回ウナスール国際映画祭で作品賞・新人監督賞・女優賞(ナタリア・オレイロ)・新人女優賞(フロレンシア・バド)受賞。

 

   スタッフ他

製作国:アルゼンチン・西・仏・ノルウェーの4ヵ国。

プロダクション:アルゼンチン側からニコラス・バトレ、スタン・ヤクボヴィッツ、ルシア・プエンソ他、ノルウェー側からGudny Hummelvoll、フランス側から最近鬼籍入りしたファビエンヌ・ヴォニエが参加している。

撮影監督:ニコラス・プエンソ 

音楽:アンドレス・ゴルドスタイン他 音響:フェルナンド・ソルデビラ

言語:スペイン語、ドイツ語、ヘブライ語

ロケ地:バリローチェ、リオネグロ、ブエノスアイレス

 

    

                         (ファビエンヌ・ヴォニエ)

    

ファビエンヌ・ヴォニエ Fabienne Vonierプロデューサー、ディストリビューター。1947年フランス領西アフリカのセネガル生れ、2013730日ローヌ=アルプ地域圏Pizayで死去。享年66歳の若さはいかにも惜しまれる。『ワコルダ』の他『XXY』、スペイン語映画としては、ベニト・サンブラノの『ハバナ・ブルース』(2005)、ディエゴ・レルマンのMientras tanto2006)など。話題作としてはドゥニ・アルカンの『みなさん、さようなら』(2003)、ファティ・アキンのコメディ『ソウル・キッチン』(2009)、アキ・カウリスマキの『ル・アーヴルの靴みがき』(2012)など。

 

   キャスト

アレックス・ブレンデミュールÁlex Brendemuhl(ヨーゼフ・メンゲレ)

ナタリア・オレイロNatalia Oreiro (エヴァ、リリスの母)

ディエゴ・ペレッティDiego Peretti(エンゾ、リリスの父)

フロレンシア・バドFlorencia Bado(リリス)

ギジェルモ・プェニングGuillermo Pfening(クラウス)

アナ・パウルスAna Pauls(ヌルセ)

 

      
       (パウルス、ブレンデミュール、監督、プェニング カンヌにて)

アレックス・ブレンデミュール
Álex Brendemuhl:俳優・監督・脚本家、1972年バルセロナ生れ。苗
字から分かるように父親はドイツ人、母親がカタルーニャ人。バルセロナのドイツ学校で学び、バルセロナ演劇学院の劇作法の学士号を取得した。さらに5年間ファゴットと階名唱法を、3年間サックスを受講したという俳優としては変わり種。カタルーニャ語、スペイン語、ドイツ語は勿論のこと、英語、フランス語も堪能。1996年に舞台俳優として出発、その後TVドラマのシリーズ物に出演する。

 映画デビューはアグスティ・ビラのUn banco en el arque1999)である。ハイメ・ロサーレスのLas horas del dia2003)で翌年のバルセロナ映画祭最優秀男優賞、ベントゥラ・ドゥラルのLas dos vidas de Andrés Rabadán2008)でガウディ最優秀男優賞を受賞。監督第1作としてRumbo a peor2009)がカンヌ映画祭短編部門出品、翌年バレンシア映画祭最優秀ショート・フィルム賞を受賞している。さらに、ラファ・コルテスYo2007)に主演、脚本も共同執筆している。本作その他で2008年サンジョルディ賞を受賞した。日本公開作品はないようだが、東京国際映画祭2009に出品されたセバスチャン・コルデロの『激情』に出演、監督が審査員特別賞を受けた。彼自身もマラガ映画祭で助演男優賞を受賞している。

   

ナタリア・オレイロ Natalia Oreiro:女優・歌手・モデルほか、1977年モンテビデオ(ウルグアイ)生れ。8歳から演劇の勉強を始め、舞台と映画とテレビで活躍。音楽分野では映画のサウンドミュージックを手掛けている。1993年よりアルゼンチンに移住している。今年のLBFFで上映が期待されたベンハミン・アビラのInfancia clandestina2012)で2013年銀のコンドル最優秀女優賞を受賞した。日本では歌手のほうが有名かな。

ギジェルモ・プェニングは、1978年コルドバ(アルゼンチン)生れの二枚目として注目されている。2012年のCaitoで中編ながら監督・脚本家デビュー、インディペンデント・シネマ・ブエノスアイレス国際映画祭にて上映された。

アナ・パウルス1987年ブエノスアイレス生れ。作家・脚本家アラン・パウルスの異母妹。彼はメルセデス・ガルシア・ゲバラのデビュー作『リオ・エスコンディード』(1999TIFF2000ラテンアメリカ映画小特集上映)の共同執筆者です。

★映画祭終了後に作品をアップする予定なので、その折りに若干ご紹介。

 

トレビア

★アウシュヴィッツと言えばアドルフ・アイヒマンですが、モサド(イスラエル諜報特務庁)が血眼で追っていたもう一人の人物が映画の主人公ヘルムート・グレゴールことヨーゼフ・メンゲレ191179)でした。人類学の博士号をもつドイツ人医師は、1943年以来アウシュヴィッツ人体実験を繰り返し、「死の天使」と怖れられたナチス親衛隊SSの将校である。モサドのナチハンターが舌を巻くほどの高い知能を有するまさに知的モンスターである。アイヒマンが捕えてみれば国家の命令にひたすら忠実で有能な≪小役人≫だったことに世界は衝撃を受けたのでしたが、片やメンゲレはモサドの追手を巧みにかわしアルゼンチン、パラグアイ、ブラジルと名前を変え潜伏地を替え、追跡の手を逃れ戦後35年間を生き延びた。終焉の地はサンパウロ州ベルティオガ、海水浴中の心臓発作で溺死した。モサドにとってもブラジル政府にとっても不名誉な死でした。

  

★本作はアイヒマンが逮捕される1960年少し前から始まる。風光明媚なバリローチェのナウエル・ウピア湖が舞台。プエンソ監督はこの完璧を求めたドイツの生物学者の内面に深く分け入り、その閉ざされた重い扉を開けることができたのでしょうか。矛盾とパッションに満ち、嘘と真が渦巻く怪物医師の真相に迫るサスペンス。少女リリスの一家は、彼のインテリジェンス、物静かで優雅な物腰、カリスマ性、お金に魅せられていく。

  

★スペインではEl médico alemán(英題The German Doctor)のタイトルで1011日公開された。映画祭上映は枚挙に暇がないが、劇場公開も年内にブラジル、フランス、来年1月から台湾、チリ、イタリア、ボリビア、カナダ、勿論アメリカも。製作費200万$も軽くクリアーできますね。既に次回作の撮影が始まっている。

  

★本作は2014年アカデミー外国語映画賞アルゼンチン代表作品に選ばれました。最終候補に残れば日本での公開もありでしょうか。ドイツ人コミュニティ、人形、双子研究、アイヒマン逮捕・・・それで、題名の≪ワコルダ≫って、何のこと? 

 

『マジック・マジック』Q&A*第10回LBFF20132013年10月26日 09:07

1012日上映後のQ&A

出席:セバスティアン・シルバ監督、カタリーナ・サンディノさん
(司会:アルベルト・カレロ氏)

司会者よりごく簡単な監督のキャリア紹介があり、次いでカタリーナ起用の経緯から始まった。

シルバ:カタリーナとは前から知り合いだったし、読書好きのバルバラのイメージにぴったりだったのでオファーをかけた。

カタリーナ:監督から「8キロほど太ってくれ」と言われたのでちょっと躊躇したが、バルバラの孤独は理解できた。初めてのチリだったこともあり本当に孤独だった。というのも撮影が他の4人とは別行動のことが多かったからです。撮影が終わったときには実際に8キロ太ってしまって()

(管理人:現在は元のようにほっそりしていて、さすがプロと感心しました。シルバ監督のキャリアについては、『クリスタル・フェアリー』で詳述した以外のニュースはありませんでした。)

 

司会者明日上映される『クリスタル・フェアリー』もチリが舞台、どちらを先に撮り始めたのでしょうか。

シルバ:先に『マジック・マジック』を撮り始めたが、資金繰りが上手くいかなくなって中断せざるをえなかった。マイケル(・セラ)のチリ滞在中に「クリスタル」も撮りたかったので、そちらの撮影に切り替えた。

(管理人:本ブログの作品紹介では「クリスタル」が先に完成していたので、「クリスタル」→「マジック」の順に紹介しましたが反対でした。しかし作品完成は「クリスタル」→「マジック」でした。)

 

シルバ監督より「日本の皆さんはどういうところが面白かったか」と逆質問。

観客1:音楽が効果的に挿入されていたのが面白かった。特に車中でキャブ・キャロウェイの「ミニー・ザ・ムーチャ」の曲を使用したのは意図的でしょうか。

シルバ:勿論そうです。「ミニー・ザ・ムーチャ」はブードー的な雰囲気もあったので。チリでは観客がユーモアを求める、特に罪の意識をもつ観客はユーモアを求めるんです。例えばロマン・ポランスキーの映画にもそれがあるでしょ。『マジック』では、マイケルにコメディ要素を入れ、ユーモアを残してみました。

(管理人:「ミニー・ザ・ムーチャ」(1931)はキャブの代表作、「ハイデホー」の繰り返しからついた渾名がハイデホー・マン。マイケルのユーモアはキモイだけという評も散見しますが、映画のどこを見てたんでしょう。ジュノー・テンプルのオッパイやお尻に気を取られていると表層的な見方しか出来ません。ポランスキーの映画とは『ローズマリーの赤ちゃん』のこと。)

 

司会者チリ映画を5本もやるのは異例です。チリ映画界に変化が起きているということですか。

シルバ:技術の進歩で誰でも撮れるような時代になった。ここ56年のあいだにカンヌのような大きな映画祭で評価されるようになって、若い監督のモチベーションが高くなってきています。

(管理人:チリではピノチェト失脚後、言論の自由が保障されるようになり、「クール世代」と称される新しい波が生れています。今回上映される『No』のパブロ・ララインが仕掛け人の一人、『トニー・マネロ』が中止になったのはホントに残念。他にLBFF2009で『サンティアゴの光』が紹介されたアンドレス・ウッド、より若手のアリシア・シェルソン、クリスチャン・ヒメネスなども東京国際映画祭に登場、とにかく元気です。ただしシルバ作品の言語は主に英語、スペイン語、マプチェ語でチリ映画というよりアメリカ映画でしょうか)

 

司会者二人とも現在はアメリカで活躍しているが。

カタリナ:コロンビア映画の『暗殺者と呼ばれた男』にも出演しましたが、気に入ったプロジェクトがあれば国籍は問わない方針です。

シルバ:新作もアメリカで撮り始めている。チリでは競争が少ない。勿論チリでもそれなりの評価を貰っているので撮りたいと思っているが、もう一つのプロジェクトもアメリカで撮ります。

(管理人:アメリカで撮り始めている新作は、監督も出演するNasty Baby(「ナスティー・ベイビー」)のことでしょう。ギョッとするタイトルですが。もう一つのプロジェクトとは、第3Old Catsのあと、「次回作はSecond Child」とアナウンスしていた作品のことでしょうか。ブルックリンに本拠地を置いて仕事しているのは、チリよりアメリカのほうが呼吸しやすいということもあるのではないか。)

 


司会者キャスト選びはどうでしたか。

シルバ:セラとは前に知り合っていたが、ジュノー・テンプルはオーデションで。英国人なのにアメリカ英語だったので選びました、偶然です。

 

  鑑賞して感じたこと

★『マジック・マジック』のテーマの一つに、A地点(アメリカ)からB地点(チリ)へ移動するということが挙げられる。さらに本作ではC地点(嵐のような湖といわれるランコ湖の小島)に移動する。ここはチリの先住民マプチェ族の文化が支配する異境の地、欧米の物差しは通用しない。「あちら」と「こちら」を繋ぐのがモーターボート、「あちら」に渡った人間は二度と戻ってこられないかもしれない。シルバはホラーにしたかったとインタビューに答えています。

 

★ラテンアメリカの文学や映画に特徴的なテーマに「未開と文明」がある。ここではアリシアの病いや怪我を治癒できるのは、現代医学か呪術を含めた先住民に伝わる薬草かが問われる。未開とは何か、文明とは何かと言い換えてもよい。

 

方向性の欠如もテーマ、もはや大人も含めて現代病の一つですが、出口がないことなど考えてもいなかった若者が、アリシアの混乱に遭遇することで八方ふさがりになり出口を見つけなければならなくなる。アリシアの従姉妹サラが突然サンチャゴに戻るのは追試が理由ではなかった。性の解放で心と体が傷つくのは女性、心に蠢く怒りを断崖からのジャンプで清算する。サラはもう昔のサラではない。無意識状態のアリシアから性的帰り討ちをうけたブリンクも昔のブリンクに戻れない。興味本位でアリシアに催眠術をかけたサラの恋人アグスティンは、アリシアの異常とサラの変化に驚き戸惑う。漂流している若者たちが辿りつく行き先はどこか。最後まで観客を飽きさせずに引っ張っていく力量、予想を覆す結末は衝撃的で、監督の並々ならぬ才能を感じました。

 

★『No』や『トニー・マネロ』の主役を怪演したアルフレッド・カストロも「クール世代」の一人です。監督のパブロ・ラライン・マッテは、1976年首都サンチャゴ生れ。両親は共に政治家、父エルナンは独立民主連合の党首経験者、母マグダレナも閣僚経験者という政治家一家。この経歴は彼の映画に大いに影響しています。製作者の弟フアン・デ・ディオス・ララインと「Fabura」を設立、シルバ映画にも出資しています。

  

『クリスタル・フェアリー』Q&A*第10回LBFF20132013年10月29日 10:38

 

1013日上映後のQ&A

出席者:セバスチャン・シルバ監督  司会者:アルベルト・カレロ氏

 

司会者:シルバ監督のキャリアの紹介『クリスタル・フェアリー』参照。この映画は『マジック・マジック』と対をなす作品です。

シルバ:これは12年前に自分が体験したことを映画にしたものです。私も☆●☆を吸ったし、幻覚サボテン「サン・ペドロ」は悪くなかった。今回の映画では私が拵えたんです。実際のクリスタルも飲んだ後、映画と同じようにいなくなってしまって、それきり会っていません。この映画は彼女に見てもらいたくて作ったんです。最初にサンフランシスコで上映したのも彼女がシスコ出身だと話していたので、もしかしたら来てくれるかもしれないと期待したから。結局なんの手がかりも得られなかった。彼女のアソコと脇毛は本物です。今日は皆さんとクリスタルと同じようにハダカの話をしたい。

(管理人:ジェイミーにはシルバ監督が深く投影されているということです。)

 

質問男1:クリスタルに見せたいと思いますか。
(管理人:見せたいと言ってるのに聞いていない質問)

シルバ:勿論イエスだ。彼女を記念して作ったんだから。

 

(写真:ホフマン、幻覚サボテン「サン・ペドロ」、セラ)

質問男2:本物と映画の中のクリスタルに違いはありますか。

シルバ:本物は裸にならなかった。ウサギに蘇生術を施したのもフィクションだし、長い髪ではなくスキンヘッドだった。テーマは他人と共感したいということで、マイケル扮するジェイミーがクリスタルの過去の秘密を聞いて泣くシーンがそれです。

(管理人:テーマは他者の受容と思いやりに尽きます。サン・ペドロはアドベンチャー・コメディにするためのオマケです。結局誰よりも重い秘密を抱えていたのがクリスタルでした。貰い泣きした観客も多かったでしょう。エモーショナルなホフマンの演技には本物のクリスタルが乗りうつったようでした。)

 

質問男3(スペイン語):映像が素晴らしく、クリスタルの演技も良かった。

シルバ:ジェイミーと砂漠に出掛ける連れの3人は私の弟たちです。あらかじめきちんとしたシナリオを作らず、ぶっつけ本番で12日間で撮りました。

(管理人:質問というより感想でした。撮影監督は本作がデビューのCristian Petit-Laurentです。クリスタル役のホフマンの演技を褒めている批評が目立ちますね。撮影中を含めて現在10本近い映画がアナウンスされています。弟3人のうちピト役のアグスティンは、『家政婦ラケル』でデビュー、『マジック・マジック』ではアリシアに催眠術をかけたサラの恋人役、兄の映画3本の他、最新作はイサベル・デ・アイグアビベスのデビュー作El árbol magnético2013、英題The Magnetic Tree)に出ています。前にもご紹介したようにシルバと一緒に砂漠に出掛けた友人は一人でした。誰だったか質問すべきでした。)

 

質問男4:クリスタルはどうやって選んだか。

シルバ:『マジック・マジック』のオーデションをニューヨークでしたときホフマンが応募してきた。そのときから「クリスタル」に起用しようと決めていた**。でも、これはコメディなんだよ、みんな笑ってくれなかったけど。前の席に座って見てたんだ。私がここで踊れば笑ってくれるかな。

(管理人:当たり前のことだが、日本の観客がどんな反応を示すか知りたかったようだ。結構クスクス笑い声がしてましたが聞こえなかったようです。)

 

★管理人:この後、トイレで流れなかったウンチの話になり、スタッフの誰かのものと言っていたが、結局自分のものだと白状した。撮ろうとしていたのをスタッフの一人が間違って流してしまい、もう夜遅くなっていたから出る人がいなかった。「ウンチとクリスタルの毛は本物です」。監督自身も最初のほうにロボ役でちらっと出演していた。つまりロボだけでなくウンチも出演していた。二人のドラァグクイーンが木陰に隠れておしっこするシーンとか排泄に関するシーンがあり、これは不要なものは溜めこまないで吐き出した方が生きやすい、素直に自分を裸にした方が生きやすいということか。かなりシャイな監督で静かに鑑賞する日本の観客に戸惑ったようでした。

 

アイグアビベスの第1作はスペインとチリの合作、サンセバスチャン映画祭2013「新人監督」部門で上映されました。あるチリの家族の個人史的なポートレートのようです。これには家政婦ラケルを怪演したカタリーナ・サアベドラが母親役として出演、来年見たい映画の1本です。

**1982年ニューヨーク生れ。母親は女優のViva、姉Alexandra Auderも女優。4歳の時からコマーシャルに出演、映画デビューは、ジョン・ヒューズのコメディUncle Buck1988『おじさんに気をつけろ!』)、すでに自分の年より多い40本以上の映画に出ている。

 

★追記:『マジック・マジック』のジュノー・テンプルが、1021日閉幕した「シッチェス・カタロニア国際ファンタスティック映画祭」(通称シッチェス映画祭)で女優賞を受賞しました。

『暗殺者と呼ばれた男』Q&A*第10回LBFF20132013年10月29日 15:36

1012日上映後のQ&A

出席者:カタリーナ・サンディノ・モレノさん  司会者:アルベルト・カレロ氏

 

司会者:(アンドレス・)バイスとの出会いはどのようなものだったのですか。

カタリーナ:第1作のときにも、第2作のときにもオファーがあったが、調整がつかなくてお断りした。3回目のオファーを頂いてやることにしたのです。実はコロンビアでの撮影は初めてだったのです。「マジック」と違って家族のいるボゴタだったのでリラックスできたし、3カ月の撮影期間には家族もスタジオに見学に来てくれた。「マジック」で味わった孤独はなかったのです。自国の歴史的事件でもあり、そういう映画に出会えてよかったと思っています。祖母から当時の「ボゴタッソ」の話も聞いていましたから。

 

     
 (『暗殺者と呼ばれた男』 から)

(管理人:第1作とは『ある殺人者の記憶』、第2作とは『ヒドゥン・フェイス』を指しています。デビュー作『マリア、そしてひと粒のひかり』も『コレラの時代の愛』も撮影はアメリカでしたから、コロンビアでの撮影は初めてになります。ボゴタッソとはガイタン暗殺のあった194849日のボゴタ暴動、ボゴタだけでなくコロンビア全土に波及したので、現在では「49日事件」と言われているようです。)

 

司会者:コロンビア映画の現状はどうですか。

カタリーナ:コロンビアでも映画推進協会ができて後押ししてくれるようになった。やはり機材や音響技術の進歩、俳優の演技も良くなってきている。麻薬物、ゲリラ物以外の新しいジャンルとしてホラーも作られている。まだ映画よりテレビが主流です。

 

シルバ:今後の予定としては何を撮るの?

カタリーナ:自分は目下テレビの仕事をしているが、1時間使って撮ったものが20分に編集されたりしてムダが多い感じがします。個人的には映画のほうが好きです。

(管理人:シルバ監督は前の席で鑑賞していた。やはり映画のテイストは違っていても他監督作品を見るチャンスは逃さない。)

 

質問1:政治的なテーマの作品が多いが、そういうテーマが好きなのでしょうか。

カタリーナ:コロンビアだけでなくラテンアメリカ映画は政治的な映画が多い。私が選んでいるのではなく、監督が私を選んでくれているのです。

 

質問2:古い時代なのにボゴタの街並みの雰囲気が残っていてよかった。

(管理人:質問者は俳優にする質問ではないがと断っていたが、通訳に混乱もあってカタリーナさんは、質問の主旨が分からず答えに窮していた。)

質問3:ボゴタは現在もスペイン時代のコロニアル建築物が残っていて街並みはあまり変わっていません。

(管理人:日本語も分かるコロンビア人らしい女性から助け舟の説明がありました。ここも若干通訳に混乱があり、最終回上映後のQ&Aは参加者全員にとってハードということもあって課題の残る結果になりました。)

 

★個人的にはある殺人者の記憶』(Satanásのほうが気に入りました(邦題に問題ありとしても)。コロンビア国民には教科書で習う歴史的事件でも、当時ボゴタ大学の法学部学生だったガルシア・マルケスの自伝風エッセイ『生きて、語り伝える』(2002、訳書2009)の読者とか、ラテンアメリカ政治史に興味のある人以外の外国人には馴染みがない。

 

★ちょうど第9回汎米会議開催中で各国代表がボゴタに滞在、それに合わせてアメリカ帝国主義打倒を目指すラテンアメリカ学生会議も開催されていた。ハバナ大学の学生代表だったフィデル・カストロも仲間と滞在しており、当日午後二時にガイタンと二度目の会談をする予定だった。フィデルはまだコミュニストではなかったし、マルケスとも面識がなかったが、お話し作りの上手な二人は、後に尾鰭を付けてアレコレ語ることになる。

 

★暗殺者は今もって謎のままですが、仮に映画のようにフアンが陰謀に巻き込まれて暗殺者に仕立てられたとするなら、映画の時代背景をもう少し描く必要があります。ガイタンを崇拝していた失業中の夢見がちな男に何故白羽の矢が立てられたのか。また力演でしたが当時26歳だったというフアンを、40歳のマウリシオ・プエンテスが演じるには無理があったように感じました。

 

★監督・キャスト紹介は、『暗殺者と呼ばれた男』*第10LBFFに詳述してあります。