ゴヤ栄誉賞はペパ・フローレス<マリソル>に*ゴヤ賞2020 ②2019年12月13日 14:46

           ゴヤ栄誉賞2020はマラゲーニャの女優&歌手、ペパ・フローレスに

 

        

       (ペパ・フローレス、マリオ・カムスのLos días del pasado」から)   

   

★ゴヤ栄誉賞は10月下旬に発表になっておりましたが、ノミネーション発表に合わせてアップしようと思いながら忘れてしまいました。次回はベニト・サンブラノIntemperieと予告しましたが栄誉賞に変更します。本名のペパ・フローレスより天才少女マリソルのほうで親しまれている、1948年マラガ生れのマラゲーニャの女優&歌手が受賞します。ブロンドの髪、青い目の美少女、歌えて踊れる天才子役として60年代のミュージカル・コメディを牽引しました。70年代には大人の女優として、フアン・アントニオ・バルデム、マリオ・カムス、カルロス・サウラなどスペイン映画史に名を残す監督に起用されました。

 

★「忘れられない彼女の演技、一般大衆から最も愛され記憶に残る女優の一人」が授賞理由でした。彼女のように35年前の1985年に銀幕引退した俳優が受賞するのは珍しくことです。2020年のガラ開催地がマラガということも関係しているのかもしれません。日本ではCDが入手しやすいことから女優というより歌手のほうが有名でしょうか。受賞のニュースを聞いて「認められたことは非常に光栄です、映画アカデミーに感謝の言葉と共に、これからの我が国の映画発展を願っております」とコメントしました。

 

(子役時代のマリソル、196210月)

      

 ★小さい頃から歌とフラメンコの才能を発揮、姉弟で「合唱と踊り」のグループを結成してTVE出演、1959年マドリードで製作者のマヌエル・ホセ・ゴヤネス・マルティネスの目に留まり、ルイス・ルシア監督のミュージカル・コメディUn rayo de luzの主役に抜擢された。ベネチア映画祭1960で、いきなり最優秀児童女優賞12歳で受賞、これがマリソル神話の始りでした。日本では1967年『太陽は泣かない』の邦題で公開さている。アメリカの人気TV番組「エド・サリバン・ショー」にも出演、ルシア監督のHa llegado un ángel61)、Tómbola62)、Las cuatro bodas de Marisol67)、Solos los dos68)などに出演している。10代半ばは出ずっぱり、強度のストレスと疲労から15歳で胃潰瘍に罹り、映画界を去るつもりだったと語っている。 

      

            (デビュー作Un rayo de luz」のポスター

 

★ルイス・ルシア監督作品以外では、フェルナンド・パラシオスMarisol rumbo a Rio63)、オードリー・ヘップバーンと結婚していた時期(195468)もある、アメリカの俳優、プロデューサー、監督メル・ファーラーがスペイン語で撮ったミュージカル・コメディCabriola65)、ハイメ・デ・アルミリャンのデビュー作Carola de dia, Carola de noche69)などで主役を演じている。

 

       

       (ハイメ・デ・アルミリャンのCarola de dia, Carola de noche

 

70年代に入ってからは、フアン・アントニオ・バルデムのホラー・ミステリーLa corrupción de Chris Miller72)にジーン・セバーグと姉妹を演じた。1973年には最後のミュージカル映画となる、エウヘニオ・マルティンLa chica del Molino Rojoで、今度は俳優出演のメル・ファーラーと共演した。彼の父親がキューバ出身ということもありスペイン語ができた。

 

       

   (ペパ・フローレスとジーン・セバーグ、La corrupción de Chris Miller」から

 

マリオ・カムスLos días del pasado78)がカルロヴィ・ヴァリ映画祭に出品、彼女に初となる女優賞をもたらした。まだ正式に結婚していなかったが、1973年以来パートナーだったフラメンコ界の大御所アントニオ・ガデスと共演したドラマ。フローレスはアンダルシア生れの教師役で、ガデス扮する反フランコのマキのメンバーと出会うことで、孤独と恐怖の日々を生きることになる物語、終焉期を迎えていたとはいえ未だフランコ存命時代の映画だった。

 

 

 

     

        (フローレスとガデス、Los días del pasado」から

 

★その後ガデスとは、カルロス・サウラのフラメンコ三部作と言われるドキュメンタリー仕立ての『血の婚礼』81)、『カルメン』83)の2作で共演している。1983年にマリソルを引退、1985年にはフアン・カーニョCaso serradoを最後に銀幕から引退した。本作には当時実力を発揮し始めた、同郷のアントニオ・バンデラスが脇役で共演している(彼はマラガの名誉市民です)。しばらくTVミニ・シリーズ、舞台に出演したり、アルバム制作はつづけるも、現在は三番目の夫であるイタリア出身のマッシモ・ステッキーニと悠々自適の生活を満喫している。

 

   

      (最後の出演となったCaso serrado」のペパ・フローレス

 

★私生活について触れると、最初の結婚は19695月、カルロス・ゴヤネス(製作者マヌエル・ホセ・ゴヤネスの息子)と教会で挙式、上手くいかず1972年に別居に至ったが、正式に離婚が成立したのは1975年だった。別居中の1973年から、何回も来日しているフラメンコ界の大御所アントニオ・ガデスがパートナーとなり、3人の娘が生まれ(マリア74、タマラ76、セリア81)ている。それぞれ女優、心理学者、歌手として活躍している。正式に再婚したのは198210月、キューバに赴いてフィデル・カストロとアリシア・アロンソの立会で市民婚でした。二人は政治的にはスペイン共産党の支持者、マルキシズムを理想としており、キューバ革命に賛同していた。彼女はフランコ総統から授与された金の記念プレートもキューバに寄付している。しかしこの結婚も1986年に破局して、ガデスとの離婚を機に政党との関係も断った。

 

     

             (3人の娘を連れたフローレスとガデス)

 

★現在は3人目の11歳年下というイタリア人、マッシモ・ステッキーニとマラガで静かに暮らしている。年の差など無関係の由、30年前にピザ専門店で知り合い、それ以来一緒に暮らしている。栄誉賞受賞でもカムバックはないそうですが、当然でしょ。

   

      

           (最近のマッシモ・ステッキーニとフローレス)