バスクのトリオ監督が描く 「La trinchera infinita」 *ゴヤ賞2020 ⑤ ― 2019年12月20日 12:25
沈黙と恐怖、孤独との闘い――トポの33年間に及ぶ闇への旅
★バスク出身のアイトル・アレギ、ジョン・ガラーニョ、ホセ・マリ・ゴエナガのトリオ監督の「La trinchera infinita」は、サンセバスチャン映画祭SSIEEのセクション・オフィシアル部門でプレミアされた。SSIFFで監督賞(銀貝賞)・脚本賞(審査員賞)・FIPRESCIの3冠と他にシネマルディア・フェロス賞、バスク・フィルム賞、バスク脚本賞などを取りましたので、ゴヤ作品賞ノミネートは想定内のことでした。予想通りゴヤ賞2020は、作品賞含めて3番目に多い15カテゴリーにノミネートされました。SSIFFで簡単に紹介しましたが、まだ予告編も見られない段階の情報でしたので、加筆訂正して紹介いたします。
(監督賞のトロフィーを手にしたアレギと、ゴエナガ、ガラーニョの3監督)
(左から、ホセ・マリ・ゴエナガ、ベレン・クエスタ、アイトル・アレギ、
アントニオ・デ・ラ・トーレ、ビセンテ・ベルガラ、ジョン・ガラーニョ、
SSIFFフォトコール、9月22日)
★トリオ監督が脚光を浴びたのは、バスク語映画『フラワーズ』(14)が、SSIFFのセクション・オフィシアルに初めて登場したときでした。SSIFFはバスク自治州で開催されるのに、それまでバスク語映画がノミネートされることはなかった。続いて『アルツォの巨人』(17)、そしてスペイン語で撮った3作目が「La trinchera infinita」です。というわけでバスク語を解さないアントニオ・デ・ラ・トーレがトポのイヒニオ、その妻ロサにベレン・クエスタが扮しました。主演の2人は、それぞれ主演男優賞、主演女優賞にノミネートされています。因みにトポtopo の第一義はモグラのことですが、比喩として弱視者やスパイを指します。しかしスペイン現代史では40年近くに及ぶフランコ政権時代、自宅に隠れ住んでいた共和派支持者のことを指します。フィクションですが歴史に基づいた歴史ドラマです。
*『フラワーズ』の作品紹介は、コチラ⇒2014年11月09日
*『アルツォの巨人』の作品紹介は、コチラ⇒2017年09月06日
「La trinchera infinita」
製作:Irusoin / La Claqueta / Trinchera Films / Moriarti Produkzioak /
Manny Films
監督:アイトル・アレギ、ジョン・ガラーニョ、ホセ・マリ・ゴエナガ
脚本:ホセ・マリ・ゴエナガ、ルイソ・ベルデホ
撮影:ハビエル・アギーレ
音楽:パスカル・ゲーニュ
編集:ラウル・ロペス、Laurent Dufreche
プロダクション・デザイン美術:ペペ・ドミンゲス・デル・オルモ
プロダクション・マネージャー:アンデル・システィアガ
衣装デザイン:ロウルデス・フエンテス、サイオア・ララ
メイク&ヘアー:ヨランダ・ピーニャ、フェリックス・テレロ、ナチョ・ディアス
録音:イニャーキ・ディエス、アラスネ・アメストイ、シャンティ・サルバドール、ナチョ・ロヨ=ビリャノバ
特殊効果:ジョン・セラノ、ダビ・エラス
製作者:ハビエル・ペルソサ、オルモ・フィゲレド・ゴンサレス=ケベド、イニャキ・ゴメス、ミゲル・メネンデス・デ・スビジャガ、イニェゴ・オベソ、Birgit Kemner
(以上12カテゴリーすべてでノミネートされています)
データ:製作国スペイン=フランス、スペイン語、2019年、歴史ドラマ、147分、撮影地アンダルシアのウエルバ県イゲラ・デ・ラ・シエラ、2018年5月7日~9月2日。スペイン公開2019年10月31日
映画祭・受賞歴:サンセバスチャン映画祭2019セクション・オフィシアル部門、監督賞(銀貝賞)・脚本賞(審査員賞)・FIPRESCI 受賞、その他シネマルディア・フェロス賞、バスク・フィルム賞、バスク脚本賞などを受賞。フォルケ賞2020作品・女優・男優賞3ノミネーション、フェロス賞2020作品・監督賞含めて6ノミネーション、ゴヤ賞2020作品・監督賞含めて15ノミネーション。
キャスト:アントニオ・デ・ラ・トーレ(イヒニオ・ブランコ)、ベレン・クエスタ(妻ロサ)、ビセンテ・ベルガラ(隣人ゴンサロ)、ホセ・マヌエル・ポガ(ロドリゴ)、エミリオ・パラシオス(ハイメ)、アドリアン・フェルナンデス(ハイメ少年)、ナチョ・フォルテス(エンリケ)、マルコ・カセレス(フアン)、ホアキン・ゴメス(イヒニオの父)、エスペランサ・グアルダド(マリ・カルメン)、アントニオ・ロメロ(フェデ)、スカル・コラレス(ダミアン)、エンリケ・アセンホ(エミリオ)、アルトゥーロ・バルガス(郵便配達人)、エステファニア・ルエダ(イサベル)、カルロス・ベルナルディノ(ファランヘ党員)、他治安警備隊など多数。(ゴチックがノミネートされた人)
ストーリー:1936年アンダルシアの小さな村、イヒニオとロサが結婚して間もなくスペイン内戦が勃発した。イヒニオは兄弟の死が彼のせいだと思っている隣人ゴンサロの密告により捕らえられる。他の囚人たちと刑務所にトラックで移動中、脱出のチャンスが訪れる。彼は家に逃げ帰ることができたが、身に危険が差し迫ってくる。妻ロサの協力を得て、彼は一時的な隠れ場所として自宅の中に穴を掘って身を潜めようと決心する。起りうる報復への恐怖、互いに相手を思いやりながら、陽の光が届かない、沈黙と恐怖の監禁生活は33年間の長きに及ぶことになる。
(和気藹々のデ・ラ・トーレ、クエスタ、ベルガラ、SSIFFフォトコール)
★3人の監督が、故郷のバスクを離れてスペイン語で撮った初めての映画となる。撮影はアンダルシアのウエルバ県イゲラ・デ・ラ・シエラを選んだ。2018年の人口が1293人しかいない、赤茶色の瓦屋根、白い壁というアンダルシアの典型的な村です。スペインの田舎では時間が止まったような村は珍しくないが、映画はここで1936年から始まる残忍で不幸な物語、現実に存在したトポたちのでっち上げでない物語を撮ったわけです。
★今回、脚本も手掛けたホセ・マリ・ゴエナガが、SSIFFで語ったところによると「きっかけはドキュメンタリー「30 años de oscuridad」(11、マヌエル・H・マルティン)を観たことだ」という。実写とアニメを組み合わせた作品でASECANのドキュメンタリー賞を受賞している。それまでトポたちの存在を知らなかった。それでトポに関する著作を読みあさった。しかし同じテーマを扱ったフェルナンド・フェルナン・ゴメスの「Mambrú se fue a la guerra」(86)やホセ・ルイス・クエルダの「Los girasoles ciegos」(08)は思い出さなかったという。この発言にはちょっとびっくりです。前者は主役も演じたフェルナン・ゴメスが第1回ゴヤ賞1987の主演男優賞を受賞した作品だし、後者はトポにコメディ出演が多いハビエル・カマラ、妻にマリベル・ベルドゥが扮し、ゴヤ賞2009では名脚本家としてその死を惜しまれたラファエル・アスコナと監督が脚色賞を受賞した話題作だったからです。
(「30 años de oscuridad」のポスター)
(ハビエル・カマラとマリベル・ベルドゥ、「Los girasoles ciegos」)
★国と国が戦う戦争とは違って、親子、兄弟姉妹、親戚、友人が敵味方に分かれる内戦ほど厳しいものはない。これは作品賞にノミネートされている、アメナバルの『戦争のさなかで』でも触れたことでした。
穴の奥から、板壁の隙間から、トポの目を通して人生を見る
★内戦の勝利者の報復、政治的イデオロギーを共有した仲間の大半は、彼のように生きのびることは叶わなかった。人間を最悪にする隣人の密告により調べもなく、即殺害された。イヒニオが生きのびられたのは、妻ロサの献身的、自己犠牲的な、無条件の愛があったからです。エル・パイスの辛口批評家カルロス・ボジェロは「年月の経過に伴う絶望、未亡人であるはずの女性に対するハゲタカどものセクハラ、夫が妻を服従させるモラル的な圧迫」について語っている。ベレン・クエスタは28歳から60歳までを演じたわけで、今回の主演女優賞ノミネートは納得がいく。ロス・ハビのミュージカル『ホーリー・キャンプ!』やパコ・レオンのラブ・コメディ『KIKI~愛のトライ&エラー』などでキャリア紹介はしておりますが、主演女優賞は彼女かグレタ・フェルナンデスと予想しておりますので、そちらで別途アップします。
(ベレン・クエスタとアントニオ・デ・ラ・トーレ、映画から)
★主人公イヒニオは、最初は穴の奥から、それから板壁の隙間からトポの目を通して人生を見る、結局のところ観客も彼の視点で見ることになる。アントニオ・デ・ラ・トーレは体重を15キロ増やして撮影に臨んだという。監禁状態のトポは、行動を制限されるので一般に太ったという。彼はダニエル・サンチェス・アレバロの『デブたち』で30キロ増量を果たしている。主演男優賞にノミネートされているが、昨年ロドリゴ・ソロゴジェンの「El reino」で宿願を果たしているから受賞はなさそう。それに今年はアントニオ・バンデラスだ。
(板壁の隙間から覗くデ・ラ・トーレ、映画から)
★隣人ゴンサロ役のビセンテ・ベルガラは、助演男優賞の枠でアップする予定。本作はフィクションであるが、トポは現実に存在したから、でっち上げのフィクションではない。147分という長尺の映画が、どこまで観客を引き込めるか。
最近のコメント