『使途』 El apóstol フェルナンド・コルティソ2013年12月27日 11:02

          使徒El apóstol フェルナンド・コルティソ

        

★セルバンテス文化センターで10月から始まった「土曜映画上映会ガリシア特集」の最終回が1220日にありました。原題はガリシア語でO Apóstolo2012The Apostle)というアニメーション。映画上映後のシネフォーラムも含めて、スペイン初となるストップ・モーションで撮られた「大人のためのアニメーション」ということで、この極めてユニークなラテックス人形劇を楽しんでまいりました。

 


監督・脚本:フェルナンド・コルティソ(Fernando Cortizo Rodríguez

製作国:スペイン

製作:アルテファクト・プロダクション他  

エグゼクティブ・プロデューサー:イサベラ・レイ他

撮影:マシュー・センレイチ

音楽:フィリップ・グラス他

 

キャスト(ボイス):カルロス・ブランコ(ラモン)、ホセ・マヌエル・オリベイラ≪ピコ≫(ドン・セサレオ司祭)、ポール・ナッシー(首席司祭)、ホルヘ・サンス(パブロ)、セルソ・ブガーリョ(セルソ)、ジュラルディン・チャップリン(ドリンダ)、ルイス・トサール(シャビエル)、マヌエル・マンキーニャ(アティラノ)、イサベラ・ブランコ(巡礼者イサベル)、ハコボ・レイ(医師)他

データ:言語スペイン語・ガリシア語 2012年 80分 201210月スペイン公開

 

受賞・ノミネート歴:ファンタスポルト国際映画祭2013最優秀作品賞、アヌシー国際アニメ映画祭2013観客賞、アルゼンチンExpotoors 映画祭グランプリ受賞

マラガ映画祭2012、シッチェス・カタロニア国際映画祭2012、モスクワ国際映画祭2012、ザグレブ国際アニメ映画祭2013ワールド・パノラマ部門出品、他

ゴヤ賞2013長編アニメ部門、スペイン映画脚本家サークルのベスト・アニメ賞ノミネート他

ファンタスポルトFFはポルトガルのポルト市で開催され、シッチェスFFと共に世界三大ファンタジー映画祭の一つと言われています)

 

プロット:脱獄に成功したラモンは、かつてサンチャゴ巡礼路沿いの村に隠しておいた盗品を取り戻すべく脱獄仲間のシャビエルに別れを告げる。たちこめた霧に迷うなか出会った老人に不気味な村に導かれていく。そこでラモンが出会った世界は牢獄よりも恐怖に満ちたものだった。果たしてラモンは無事帰還できるのでしょうか。サンタ・コンパーニャ、深い霧、サンチャゴ巡礼路、今では知る人の少なくなったガリシア伝説を掘り起こしたガリシア発のダーク・ファンタジー。(文責:管理人)

 


★まず『使徒』のユニークさは、ストップ・モーション(コマ撮り)で撮られたステレオスコープとしてはスペイン初の長編アニメーション映画という点です。フェルナンド・コルティソ監督は1973年サンチャゴ・デ・コンポステラ生れ、2007年にガリシア語でLeoという短編アニメ(12分)をストップ・モーションで撮っている。

   

★第2作がO coidador de gatos200914分)、第3作目が本作になる。撮影は20089月から20105月まで、トータルでは約5年近くかかっている。ラテックスを素材にした人形アニメである。ラテックスというのはゴムの木のような木材から抽出した乳白色の樹液のことで、粘土のように時間が経つと乾燥して崩れてしまうことがない。チューインガムを想像して欲しい。映画会トークでも粘土の「クレイメーション」と思っていた方が多かったようだ。スペインの春四月に開催されるマラガ映画祭に、俳優たちが演技する映画に混じって本作のような立体映像のアニメが選ばれるのも珍しいことで、「大人も楽しめるアニメーション」というキャッチコピーは誇大広告ではなかった。

 

★まず2週間ほどかけて各俳優たちに自由に自分の役を演じてもらうことから始めた。演劇の舞台稽古のようにやってもらい、アニメーターに俳優の動きの特徴を掴んでもらった。冒頭に登場する二人の脱獄者のように俳優を知っていると、あまりによく似ているのでビックリする。こんなに似ていては海外で吹替え版にしたとき困るのではないかと思ってしまう。

 

★『ジュラシックパーク』以降、映画界はCGに移行しつつあり、本作のような手作り人形は衰退の傾向にある。そういう逆風が吹く中で敢えてテマヒマかかるフィギュアに挑戦したのは、映画に対する大いなる愛がなければできないことでしょう。「極めて小さな独立系のプロダクションのメリットを活かしたとも言えますが、危険な賭けをするようなものでした」と監督も語っています。約30センチぐらいの人形を動かしながら、1秒間に24枚写真を撮ったそうです。1日で撮れるのが平均して30秒から50秒分という全く気の遠くなるような話です。撮影監督マシュー・センレイチMatthew Hazelrig)は勿論のこと、スタッフの執念を感じます。彼は、セス・グリーンのストップ・モーション・アニメ『ロボットチキン/スター・ウォーズ』(2007『スター・ウォーズ』のパロディ化)や、ヘンリー・セレックのファンタジー・アニメ『コララインとボタンの魔法』(2010)などに照明技術者として参加しています。

 

★チェコのヤン・シュヴァンクマイエル=エヴァ・シュヴァンクマイエロヴァー夫妻のようにCGを拒否している監督も勿論健在です。チェコの民話に出てくる恐ろしいオテサーネクOtesanekを題材にした『オテサーネク、妄想の子ども』2000)に出てくる人形は木の枝。これは枝探しから始めるわけで、こちらも気の遠くなるような話です。エドガー・アラン・ポーやマルキ・ド・サドの人物像、作品世界をモチーフにして恐怖に満ちています。2005年に死去したエヴァとの共同作品Lunacy(ルナシー)が合作としては最後になった。

 

★モスクワ国際映画祭2012で『使徒』を見たティム・バートンが「まさにゴシック」と評したように、大聖堂に代表されるようなガリシアの風土が醸しだす神秘さに溢れています。モスクワのような国際的な映画祭にエントリーされたことだけでも快挙なのに、大先輩バートンに見てもらえたことを監督は素直に喜んでいます。しかし自身は「ゴシック美術的の批評はとても嬉しいが、これは私の様式です。地方に暮らす人々がもっている閉所恐怖症的な、凝りすぎた雰囲気が好きなんです」と語っています。バートン流burtoniana の夢のような雰囲気のなかで進行していきますが、それとは少し異質な印象を受けました。

 


★キイワードの一つに≪サンタ・コンパーニャ≫が挙げられます。この伝説は1031日の12時から翌日にかけて行われるハローウィンに繋がるもので、いわゆる「死者の行列」です。地域によって呼び名が異なり、ガリシアではサンタ・コンパーニャ、アストゥリアス地方、サモラ、レオン、サラマンカではHuéspedaと呼ばれています。写真でも分かるように、十字架をもった骸骨の主導者の後に白い頭巾を被った白装束の煉獄からやってきた魂が蝋燭を手にして2列になって従っている。地域によって違うようですが、普通は裸足でスダリオという死者に被せる布にくるまっている。ロザリオの祈りを唱えながらやってくると、犬も猫も怖れおののいて逃げ出してしまうというもの。ガリシア名物の深い霧が白装束のイメージに繋がっているのかもしれません。

 

★監督は、ある特別な意味を込めて取り入れたようで、それは監督が「魔法使が住むお城を舞台にするより既に忘れられてしまったようなガリシアの伝説を語りたいと思った。サンタ・コンパーニャにはモンスターは現れず、善人と悪人が絡み合っています。完全な善や完全な悪というのは存在しない、人間とはそういうものですから」と語っていることからも頷けます。

 

  

   (左から、ルイス・トサール、監督、カルロス・ブランコ、ホルヘ・サンス)

★前述したように本作では、以前に実際に扮する役者の動きをコピーして取り入れています。写真でも分かるようにシャビエルはルイス・トサールの、同じく主人公ラモンはカルロス・ブランコのそっくりさんです。ホルヘ・サンスが手にしているのはドリンダ(ジュラルディン・チャップリン)とドン・セサレオ司祭(ホセ・マヌエル・オリベイラ≪ピコ≫)です。監督のは耳が大きすぎるようだが多分セルソ(セルソ・ブガーリョ)と思う。アメナーバルの『海を飛ぶ夢』でバルデム扮するラモン・サンペドロの兄さんに扮した役者。日本でも比較的劇場公開になった映画に出演しているホルヘ・サンス(マドリード生れ)やジュラルディン以外はガリシア出身が多い。

 

カルロス・ブランコCarlos Blanco Vila)は、1959年ガリシアのポンテベドラ生れ、俳優・監督・脚本家、舞台出演、ガリシア・テレビTVGのウイットに富んだ人気司会者。ヘラルド・エレーロのHeroína2005)やUna mujer invisible2007)が代表作、公開作品ではアルモドバルの『ボルベール』(2006)に出ている。コルティソの短編デビュー作Leoにも声優として出演。本作でも独特の太い眉が上下に動いて可笑しいやら感心するやらでした。

 

ホセ・マヌエル・オリベイラ≪ピコ≫Xosé Manuel Olveira ‘Pico’)は、1955年ラ・コルーニャのムロス生れ、ガリシアを舞台にしたホセ・ルイス・クエルダの『蝶の舌』や『海を飛ぶ夢』、今年公開されたホルヘ・コイラの『朝食、昼食、そして夕食』では、移動音楽団を主宰し歌手のオーデションをしている最中に心臓発作を起こして亡くなってしまう役を演じていた。大きな鼻が特徴的で、本作でも鼻をピクピクさせて主人公ラモンを恐ろしがらせていた。カルロス・ブランコ同様Leoに出演。


 

     

              (ポール・ナッシー)

   

ポール・ナッシーPaul Naschy)の本名はハシント・モリーナ・アルバレス。俳優・脚本家・監督・製作者、1934年マドリード生れ、20091130日に前立腺ガンのため本作完成を見ることなく死去してしまった。俳優以外は本名を名乗り、狼男シリーズ、ドラキュラ伯爵などスパニッシュ・ホラー映画のキングとして活躍、シッチェス映画祭の常連だった。「ポール・ナッシーのいないシッチェスなんて」と、ホラー・ファンはその死を悼んだ。日本でもDVDがボックスになっているほどファンが多い。首席司祭の造形はナッシーだが、時間的に不可能だからボイスは他の声優と思われます(未確認)。これは余談ですが、彼の泌尿器科医に前立腺ガンの生体検査を行わなかったとして、43.682ユーロの罰金が科された。主治医からは「本人が検査を拒絶した」と家族に説明があった由、もう藪の中ですね。サンタ・コンパーニャ行列の先頭にたって旅立ってしまいました。

 

★ルイス・トサール、ホルヘ・サンス、ジュラルディンの御紹介は割愛、主役を演じた別作品にいたします。最もその必要もないほどメジャー入りしてますが。

 

★ゴヤ賞はノミネートだけに終わりました。パイオニアとして貰う価値があったと思いますが、2013年はライバルがエンリケ・ガトの『タデオ・ジョーンズの冒険』と運も悪かった。シャビエル役のルイス・トサルに言わせると、「スペインより海外のほうが評価が高い」そうです。2014年アカデミー賞のアニメ部門19作品にエントリーされていますが、5作品に残るのは難しそう。選ばれるには年内に最低でも1週間以上の公開が条件、まだそれすら満たしておりません。アメリカでは9月のオースティン・ファンタジック映画祭上映だけですからもう無理でしょう。物語の背景には、サンタ・コンパーニャ、霧、サンチャゴ巡礼など極めてガリシア的なローカルな物語ですが、同時にユニバーサルでもありますね。

 

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://aribaba39.asablo.jp/blog/2013/12/27/7158206/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。