コルド・セラの第2作「ゲルニカ」*マラガ映画祭2016 ③ ― 2016年04月20日 19:56
「ゲルニカ」といってもピカソは出てきません
★「ゲルニカ」と聞けば「ピカソ」に繋がる。ピカソが「ゲルニカGuernica」を描かなかったら、ゲルニカは観光地にはならなかったでしょう。現地に行ったことがない人でも、マドリードを訪れた観光客は「ゲルニカ」が展示されている美術館に案内される。日本で言えば国宝級なのか特別室に展示され監視人がいて近づけない。以前東京でも横長の実物大(7.82m×3.5m)のレプリカが展示されたことがあったほどの大作。フランコ没後民主主義移行期の1981年、亡命先の「ニューヨーク近代美術館」より返還されることになった。それで「最後の亡命者の帰国」と言われた。しかし既にピカソ亡き後のことで遺産問題も絡まって、どこの美術館で展示するかで喧々諤々、白熱の議論のすえにピカソが名誉館長を務めたこともあるプラド美術館へ、しかし本館ではなく別館だったことで当時の館長が辞任するなどのテンヤワンヤ、なんとかピカソ生誕100周年記念日の10月25日に一般公開された。更に1992年に開館した王立ソフィア王妃芸術センターの目玉としてお引っ越し、現在はここの特別室で展示されています。

(ピカソが50日間で一気に描いた「ゲルニカ」、王立ソフィア王妃芸術センターに展示)
マリア・バルベルデが共和派報道機関の編集者を力演
★さて本題、ビスカヤ県の町ゲルニカは、スペイン内戦中の1937年4月26日、ナチス・ドイツ空軍機によって史上初めてという無差別爆撃を受けた。当時共和派の軍隊は駐屯しておらず全く無防備の町であったという。どうしてナチスが第二次世界大戦勃発前に無防備のバスクの町を爆撃のターゲットにしたのか。いったいスペイン内戦とは誰と誰が戦ったのか。これがコルド・セラの長編第2作“Gernika”のメインテーマでしょうか。しかし本当のテーマは、やはり「愛と自由」かもしれません。マラガ映画祭2016正式作品、無差別爆撃を受けた4月26日に上映。スペイン公開は今年の秋が予定されている。

(ポスター)
“Gernika”(英題“Guernica”)2016
製作:Pecado Films / Travis Producciones / Pterodactyl Productions / Sayaka Producciones /
ゲルニカ The Movie 協賛カナル・スール、ICAA 他
監督:コルド・セラ
脚本:ホセ・アルバ、カルロス・クラビホ・コボス、バーニー・コーエン
撮影:ウナックス・メンディア
編集:ホセ・マヌエル・ヒメネス
衣装デザイン:アリアドナ・パピオ
製作者:バーニー・コーエン & ジェイソン・ギャレット(エグゼクティブ)、ホセ・アルバ、カルロス・クラビホ、ダニエル・Dreifuss 他
データ:製作国スペイン、スペイン語、撮影地ゲルニカ、マラガ映画祭2016年4月26日上映、スペイン公開は今秋、製作費約580万ユーロ(ゲルニカ市、ビルバオ市、バスク政府、アラゴン政府などから資金援助を受けた)
キャスト:マリア・バルベルデ(テレサ)、ジェームズ・ダーシー(ヘンリー)、ジャック・ダヴェンポート(ワシル)、バーン・ゴーマン、イレネ・エスコラル、イングリッド・ガルシア=ヨンソン、アレックス・ガルシア、フリアン・ビジャグラン、バルバラ・ゴエナガ、ビクトル・クラビホ、ナタリア・アルバレス=ビルバオ、ラモン・バレア、イレナ・イルレタ、他
解説:時は内戦勃発翌年の1937年、スペイン女性テレサとアメリカ人ヘンリーの戦時下での屈折した愛の物語。テレサは共和派の報道機関に勤めている編集者、ヘンリーは北部戦線を取材しているジャーナリスト、二人は意見の相違で対立している。テレサの上司ワシルは共和派政府の助言者として派遣されたロシア人、若く美しいテレサに気がある。いずれテレサはヘンリーの非現実的な理想主義に魅せられていくだろう。そして彼女のたった一つの目的、真実を語るための使命に目覚めることだろう。

(テレサ役マリア・バルベルデとヘンリー役ジェームズ・ダーシー)
★複雑で謎だらけのスペイン内戦の総括はまだ完全には終わっていないと思いますが、ファッシズムと民主主義の闘いではなかったことだけは明らかでしょう。どの戦争でも同じことと思いますが、共和派善VSフランコ派悪のように、真実はそれほど単純ではない。はっきりしているのは、共和派側についたのがソビエト、フランコ派を応援したのがドイツ、イタリア、ポルトガルということです。イギリスやフランスは心情的には共和派側だが、教科書的には中立だった。長いフランコ独裁制や米ソ冷戦構造が貴重な研究成果を覆い隠してしまっている。これがスペインで繰り返し映画化される原因の一つです。
★コルド・セラKoldo Serra de la Torre:1975年ビルバオ生れ、監督、脚本家。バスク大学美術科オーディオビジュアル専攻、ビルバオ・ファンタスティック映画祭のポスターを描きながら(2000~04)、コミックやデザインを学ぶ。“La Bestia del día”というタイトルで、短編のコミック選集を出版する。1999年、ゴルカ・バスケスとの共同監督で短編“Amor de madre”を撮り、ムルシア・スペイン・シネマ週間で観客賞を受賞した。これにはライダー役で自身出演している。2003年、短編“El tren de la bruja”がアムステルダム・ファンタジック映画祭でヨーロッパ・ファンタジック短編に贈られる「金のメリエス」を受賞、国際的にも評価される(ナチョ・ビガロンドとの共同脚本)。他シッチェス映画祭短編銀賞、サンセバスチャン・ホラー・ファンタジー映画祭最優秀スペイン短編賞、Tabloid Witch賞他、受賞歴多数。

(タブロイド・ウィッチ賞のトロフィーを手にしたコルド・セラ)
★2006年長編映画デビュー“Bosque de sombras”(“The Backwoods”仏=西=英、英語・スペイン語)は、サンセバスチャン映画祭の「サバルテギ新人監督」部門で上映、プチョン富川国際ファンタスティック映画祭2007に出品された。1970年代後半のバスクが舞台のバイオレンス・ドラマ、スペイン側からはアイタナ・サンチェス=ヒホン、リュイス・オマール、アレックス・アングロなどが出演している。10年のブランクをおいて本作が第2作目、主に脚本執筆、TVドラを手がけていた。ビルバオ出身の監督としては、1960年代生れのアレックス・デ・ラ・イグレシア、エンリケ・ウルビス(『悪人に平穏なし』)の次の世代にあたる。

(“Bosque de sombras”から)
★製作国はスペインですが、男優陣は英国出身の俳優が起用されている。なかでジェームズ・ダーシー、ジャック・ダヴェンポート、バーン・ゴーマンの3人は公開作品が結構ありますので簡単に情報が入手できます。ヘンリー役のジェームズ・ダーシーは1975年ロンドン生れ、1997年ブライアン・ギルバートの『オスカー・ワイルド』の小さな役で長編デビュー、セバスチャン・グティエレスのホラー『ブラッド』にカルト集団のメンバーとしれ出演、マドンナの第2作『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』(11)でエドワード8世に扮した。続いて1960年の『サイコ』の舞台裏を描いたサーシャ・ガヴァンの『ヒッチコック』(12)では、主人公ノーマン・ベイツを演じたアンソニー・パーキンスに扮した。ヒッチコックをアンソニー・ホプキンスが演じるなど、テレビ放映もされた。最新作はジェームズ・マクティーグの『サバイバー』(15)でアンダーソン警部役になった。
★ジャック・ダヴェンポートは、1973年イギリスのサフォーク生れ、両親とも俳優、幼児期はスペインのイビサ島で育った。1997年、『危険な動物たち』で映画デビュー、ゴア・ヴァービンスキーのシリーズ『パイレーツ・オブ・カリビアン』(03,06,07)のノリントン提督役で知られている。マシュー・ヴォーンのスパイ物『キングスマン』(14)に出演している。最新作の“Gernika”ではスターリン信奉者のロシア人になる。
★バーン・ゴーマンは、1974年ハリウッド生れ、しかし家族と一緒にロンドンに移住している。父親がUCLAの言語学教授という家庭で育った。1998年テレドラで俳優デビュー、日本での公開作品は、マシュー・ヴォーンの『レイヤー・ケーキ』(04)、クリストファー・ノーランの『ダークナイト・ライジング』(12)、ロドリゴ・コルテスの『レッド・ライト』(12)、ギレルモ・デル・トロの『パシフィック・リム』(13)、同監督の最新作『クリムゾーン・ピーク』(15)は今年1月に公開されたばかり。英語映画、それもスリラーやホラーは公開されやすい。
★マリア・バルベルデは、1987年マドリード生れ、マヌエル・マルティン・クエンカの“La flaqueza del bolchevique”(2003)でデビュー、翌年のゴヤ賞とシネマ・ライターズ・サークル賞の新人女優賞を受賞した。日本登場はアルベルト・アルベロの『解放者ボリバル』(ラテンビート2014)で薄命のボリバル夫人を演じた女優。当ブログでは、マリア・リポルのロマンチック・コメディ“Ahora o nunca”(2015)でダニ・ロビラと共演して成長ぶりを示した。汚れ役が難しいほど品よく美しいから、逆に女優としての幅が狭まれているが、そろそろお姫さま役は卒業したいでしょう。監督との出会いはTVドラ出演がきっかけのようです。

(一時より痩せた監督とマリア・バルベルデ)
★イレネ・エスコラルは、“Un otoño sin Berlín”で今年のゴヤ賞新人女優賞を受賞している。イングリッド・ガルシア=ヨンソンは、オープニング上映となったキケ・マイジョの“Toro”にも出演しており、目下躍進ちゅうの「三美人」を起用するなど話題提供も手抜かりない印象です。

(イレネ・エスコラル、映画から)
*コメディ“Ahora o nunca”とマリア・バルベルデの記事は、コチラ⇒2015年7月14日
*スリラー“Toro”とイングリッド・ガルシア=ヨンソンの記事は、コチラ⇒2016年4月14日

(撮影終了を祝って記念撮影、中央の小柄な男性が監督)
引退していなかったモンチョ・アルメンダリス*新作を準備中 ― 2016年04月02日 16:09
『心の秘密』からかれこれ20年になる!
★引退の噂もちらほら届いていましたが、新作のニュースが飛び込んできました。“No tengas miedo”を最後に沈黙していた監督、まだ全体像は見えてきませんが、とにかく引退説はデマでした。デビュー作『タシオ』から数えて長編映画は30年間に8作と寡作ですが、『心の秘密』などの映画祭上映により結構知名度はあるほうじゃないかと思います。当時8歳だったハビ役のアンドニ・エルブルも立派な大人になっているはずです。彼の印象深い眼差しが成功の一つだったことは疑いなく、子供ながらゴヤ賞1998では新人男優賞を受賞しました。しかしその後アルメンダリスの“Silencio roto”、短編やTVにちょっと出演しただけで俳優の道は選ばなかったようです。

(左から、アンドニ・エルブル、親友のイニゴ・ガルセス 『心の秘密』から)
★モンチョ・アルメンダリスは、1949年1月、ナバラ県のペラルタ生れ、監督、脚本家、製作者。6歳のときパンプローナに転居、パンプローナとバルセロナで電子工学を学び、パンプローナ理工科研究所で教鞭をとるかたわら短編映画製作に熱中する。バスク独立活動家の殺害に抗議して逮捕、収監されたがフランコの死去に伴う恩赦で出所する。1974年短編デビュー作“Danza de lo gracioso”が、1979年ビルバオのドキュメンタリーと短編映画コンクールで受賞、文化省の「特別賞」も受賞した。1981年ドキュメンタリー“Ikuska 11”などを撮る。検閲から解放され戸惑っていたスペイン映画界も民主主義移行期を経てやっと新しい時代に入っていった。
★1998年、『心の秘密』の成功により、1980年から始まった映画国民賞を受賞、2011年ヒホン映画祭の栄誉賞に当たるナチョ・マルティネス賞、2015年にはナバラに貢献した人に与えられるフランシスコ・デ・ハビエル賞を受賞したばかりである。2009年に始まった賞でナバラの守護聖人サン・フランシスコ・デ・ハビエルからとられ、受賞者の職業は問わない。
★1984年、長編映画デビュー作『タシオ』は、ナバラの最後の炭焼き職人と言われるアナスタシオ・オチョアの物語、年齢の異なる3人の俳優が演じた。プロデューサーにエリアス・ケレヘタ、撮影監督にホセ・ルイス・アルカイネを迎える幸運に恵まれた。この大物プロデューサーの目に止まったことが幸いした。引き続き1986年にケレヘタと脚本を共同執筆した『27時間』がサンセバスチャン映画祭1986銀貝監督賞に輝き、製作者ケレヘタはゴヤ賞1987で作品賞にノミネートされた*。アントニオ・バンデラスやマリベル・ベルドゥが出演している。撮影監督に“Ikuska 11”でタッグを組んだ、北スペインの光と影を撮らせたら彼の右に出る者がないと言われたハビエル・アギレサロベが参加した。自然光を尊重する彼の撮影技法は大成功を収めた『心の秘密』や「オババ」に繋がっていく。

(炭焼きをするタシオ・オチョア、『タシオ』のシーンから)
*ケレヘタは同じテーマでカルロス・サウラの『急げ、急げ』(1980)を製作するなどドラッグに溺れる若者の生態に興味をもっていた。翌年のベルリン映画祭「金熊賞」受賞作ですが、その後主人公に起用した若者たちが撮影中もドラッグに溺れていた事実が発覚、サウラもケレヘタも社会のバッシングに晒され、それが二人の訣別の理由の一つとされた。1980年を前後して社会のアウトサイダーをメインにした犯罪映画「シネ・キンキ」(cine quinqui)というジャンルが形成されるなど、数多くの監督が同じテーマに挑戦した時代でした。

(最近のモンチョ・アルメンダリス、マドリードにて)
★40代から白髪のほうが多かった監督、髪型も変えない主義らしく、その飾らない風貌は小さな相手を威圧しない。ゆっくり観察しながら育てていくのアルメンダリス流、そうして完成させたのが『心の秘密』(1997)でした。脇陣はカルメロ・ゴメス、チャロ・ロペス、シルビア・ムントなど〈北〉を知るベテランが固めた。なかでチャロ・ロペスは本作でゴヤ助演女優賞を受賞したが、カルメロ・ゴメスもイマノル・ウリベの『時間切れの愛』(1994)で主演男優賞、シルビア・ムントはフアンマ・バホ・ウジョアの長編デビュー作“Alas de mariposa”(「蝶の羽」)で主演女優賞を既に受賞していた。現在はそれぞれ舞台や監督業などにシフトしている。以下は、短編及びドキュメンタリーを除いた長編映画リスト。
*長編フィルモグラフィー*
1)1984“Tasio”(邦題『タシオ』)監督・脚本
*1985年フォトグラマス・デ・プラタ賞受賞、シカゴ映画祭1984上映作品
*1985年9月に「スタジオ200」で開催された「映像講座 スペイン新作映画」上映作品
2)1986“27 horas”(邦題『27時間』)監督・共同脚本(エリアス・ケレヘタ)
*サンセバスチャン映画祭1986監督銀貝賞受賞作品
*1989年に東京で開催された「第2回スペイン映画祭」上映作品
*美しい港町サンセバスチャン、ホン(マルチェロ・ルビオ)とマイテ(マリベル・ベルドゥ)は恋人同士、同じ学校に通っているが二人ともヘロイン中毒で殆ど出席していない。漁師の父親の手伝いをしているパチ(ホン・サン・セバスティアン)には二人が理解できないが友達だ。ある日三人はイカ釣りに出かけるが船酔いでマイテが意識を失くしてしまう。マイテが死ぬまでの若者たちの27時間が描かれる。他にヤクの売人にアントニオ・バンデラスが扮している。

(イカ釣りに出掛けたマイテ、ホン、パチ、『27時間』から)
3)1990“Las cartas de Alou”(「アロウの手紙」)監督・脚本
*サンセバスチャン映画祭1990作品賞(金貝賞)・OCIC賞受賞。ゴヤ賞1991オリジナル脚本賞受賞、監督賞ノミネーション。シネマ・ライターズ・サークル賞1992作品賞受賞
*スペインに違法に移民してきた若いセネガル人アロウが、異なった文化や差別について故郷の両親に書き送った手紙。80年代から90年代にかけて顔を持たない無名のアフリカ人が豊かさを求めてスペインに押し寄せた。この不法移民問題は社会的な大きなテーマだった。
4)1994“Historias del Kronen”(「クロネン物語」)監督・脚色
*カンヌ映画祭1995コンペティション正式出品。ゴヤ賞1996脚色賞受賞(共同)、シネマ・ライターズ・サークル賞1996脚色賞受賞(共同)
*ホセ・アンヘル・マニャスの同名小説の映画化。何不自由なく気ままに暮らす大学生のセックスやドラッグに溺れる生態を赤裸々に描いた。クロネンは溜まり場のバルの名前。主役のカルロスにフアン・ディエゴ・ボット(ゴヤ賞新人男優賞ノミネーション)、その姉にカジェタナ・ギジェン・クエルボ、バル「クロネン」で知り合った友人にジョルディ・モリャ、チョイ役だったがエドゥアルド・ノリエガが本作で長編映画デビューを果たした。

(“Historias del Kronen”から)
5)1997“Secretos del corazón”(邦題『心の秘密』)
*1997年ベルリン映画祭ヨーロッパ最優秀映画賞「嘆きの天使」賞受賞ほか、アカデミー賞外国語映画賞スペイン代表作品に選ばれたが、翌年のゴヤ賞では監督賞・脚本賞はノミネーションに終わった。
*1998年3月シネ・ヴィヴァン・六本木で開催された「スペイン映画祭‘98」上映作品
6)2001“Silencio roto”(「破られた沈黙」)監督・脚本
*トゥールーズ映画祭2001学生審査員賞、スペシャル・メンション受賞。ナント・スペイン映画祭2002ジュール・ヴェルヌ賞受賞。他
*1944年冬、21歳のルシア(ルシア・ヒメネス)は故郷の山間の村に戻ってくる。若い鍛冶職人マヌエル(フアン・ディエゴ・ボット)と再会するが、彼はフランコ体制に反対するレジスタンスのゲリラ兵「マキmaquis」を助けていたため追われて山中に身を隠す。監督の父親が農業のかたわら蹄鉄工でもあったことが背景にあるようです。“Historias del Kronen”で主役を演じたフアン・ディエゴ・ボットを再び起用、他に彼の姉マリア・ボットや、アルメンダリスお気に入りのベテラン女優メルセデス・サンピエトロが共演している。本作でシネマ・ライターズ・サークル賞2002の助演女優賞を受賞した。

(再会したルシアとフアン、“Silencio roto”から)
7)2005“Obaba”(「オババ」)監督・脚色(原作者との共同執筆)
*サンセバスチャン映画祭2005コンペティション正式出品、ゴヤ賞2006では作品賞を含む10部門にノミネーションされたが録音賞1個にとどまった。
*ベルナルド・アチャガが1988年にバスク語で発表した短編集『オババコアック』(翻訳書タイトル)の幾つかを再構成して映画化。映画は作家自らが翻訳したスペイン語版が使用された。女教師役のピラール・ロペス・デ・アジャラがACE賞2006の最優秀女優賞を受賞、彼女はゴヤ賞助演女優賞にもノミネートされている。現在公開中のカルロス・ベルムトの『マジカル・ガール』のヒロイン、バルバラ・レニーも新人女優賞にノミネートされた。

(ピラール・ロペス・デ・アジャラ、“Obaba”から)
8)2011“No tengas miedo”(「怖がらないで」)監督・脚本(ストリーはマリア・L・ガルガレリャと共作)
*カルロヴィ・ヴァリ映画祭2011コンペティション正式出品、シネマ・ライターズ・サークル賞2012作品賞・監督賞ノミネーション
*父親の娘に対する児童性的虐待がテーマ。父親にリュイス・オマール、娘シルビアには年齢(7歳、14歳、成人)ごとに3人に演じさせた。離婚して別の家庭をもった母親(ベレン・ルエダ)にも信じてもらえず、トラウマを抱えたまま成人したシルビアにミシェル・ジェンナーが扮した。この難しい役柄でシネマ・ライターズ・サークル賞2012とサン・ジョルディ賞2012の女優賞を受賞した。ゴヤ賞2012でも新人女優賞にノミネートされるなど彼女の代表作となっている。間もなくスペイン公開となるアルモドバルの新作“Julieta”にも出演している。

(左から、ベレン・ルエダ、ヌリア・ガゴ、監督、ミシェル・ジェンナー、リュイス・オマール)
○以上が長編映画8本のアウトラインです。受賞歴はアルメンダリス監督のみに限りました。
準備中の新作のテーマは霧のなか?
★監督の家族は〈赤い屋根瓦の家〉として知られていた精神科病院の前に住んでいた。モンチョが両親に「映画の道に進みたい」と打ち明けると、「息子をこの〈赤い屋根瓦の家〉に監禁しなくちゃ」と母親は考えたそうです(納得)。何しろパンプローナ理工科研究所の教師の職にあり安定した生活をしていたから、映画監督などとんでも発奮でした。37歳の長編デビューは当時としては遅咲きでした。『27時間』や“Historias del Kronen”のような若者群像をテーマにしたのは、かつて自分が教えていた若い世代にのしかかる危機が気にかかっていたからのようです。
★DAMA(Derechos de Autor Medios Audiovisuales 視聴覚著作権)、SGAE(Sociedad General de Autores y Editores 著作者と出版社の全体を総括する協会)の仕事に携わりながら教鞭をとっている。教えることが好きなのでしょう。引退したわけではなく常に映画のことを模索している。フアン・ディエゴ・ボットによると、二つほど企画中のプロジェクトがおじゃんになってしまったが、現在取り憑かれているテーマがあるそうです。
★「今どうしていると訊かれれば、映画のことを考えている」と答えている。「それは居心地よくワクワクするから。山ほど難問があるけれど、オプティミストになろうと努めている。人間的な善良さについての立派な映画や小説はあるけれども、私は自分たちが抱えている悩みや困難について語りたいと考えています」と監督。結局、長編第9作となる新作のテーマは明かされず、あれこれ類推するしかないようですが、フアン・ディエゴ・ボットを起用するのかもしれない。
オスカー賞2016のスペイン代表はバスク語映画『フラワーズ』 ― 2015年10月03日 13:39
決定しても米国では未公開、プレセレクションへの道は遠い
★グラシア・ケレヘタ(“Felices 140”)とカルロス・ベルムト(“Magical girl”)は残念でした。“Magical girl”はアカデミー会員の年々上がる平均年齢から判断して、まず選ばれないと考えていました。こういうオタクっぽいミステリーは好まれない傾向にあるからです。“Felices 140”はかなりスペイン的なシリアス・コメディだから無理かなと。消去法と言ってはなんですが、結局ジョン・ガラーニョ&ホセ・マリ・ゴエナガの『フラワーズ』が残ったのではないでしょうか。しかし、選ばれてもアメリカでは映画祭上映だけで、目下一般公開のメドが立っていません。最終候補に残るには、少なくともロスで1週間以上の一般公開が必要条件です。アメリカでの映画祭上映、映画祭で受賞してもダメです。本作はパーム・スプリングス映画祭のラテン部門で受賞していますが、これは条件を満たしたことになりません。

★12月中頃に9作品のプレセレクション発表、ノミネーションは年明け1月14日です。短期間の勝負だから多くの国はプロモーションの人手は足りても資金が続かない。二人の監督はスペイン映画アカデミーに感謝の言葉を述べていますが、ちょっと神経質になっているようです。何しろゴヤ賞でさえビビっていたのですから。反対にプロデューサーのハビエル・ベルソサは意気軒高、初のバスク語映画、この稀少言語を逆手にとって、他との差別化を図りたい。以前モンチョ・アルメンダリスの『心の秘密』(1997)がノミネートされ、舞台がバスクだったので若干バスク語が入っていたが、本作は全編バスク語だ。「この特異性は強いカードだ」と言う。「目下新作を製作中だが一時中断してプロモーションに出掛ける」そうです。

★バスク自治州政府も後押ししている。スペインで一人当りの平均収入が最も高い豊かな州だが、過去に起きたETAの暴力テロで国際的にはイメージがよいとは言えない。またバスク語は放置すれば消滅してしまう言語ですから、バスク語映画が代表作品に選ばれたのをチャンスととらえ、バスク語普及に力を入れているバスク政府の言語政策のキャンペーンにも利用したい、あわよくば観光客も呼び込みたいと一石二鳥どころか三鳥、四鳥も狙っているようです。ま、頑張って下さい。
★昨年、ラテンビートと東京国際映画祭で共催上映されたから、ご覧になった方は、鋭い人間洞察、ちょっとしたユーモア、雨に濡れた森の緑の映像美、バックに流れる音楽、見事な伏線の張り方、何はおいてもテーマになった、老いや孤独、突然の死が織りなすドラマに魅了されたことでしょう。
★スペイン以外で決定しているラテンアメリカ諸国のうち、アルゼンチン、チリ、グアテマラなど、当ブログに度々登場させた映画も選ばれています。以下はその一例:
◎アルゼンチン“El clan” 「ザ・クラン」パブロ・トラペロ、ベネチア映画祭監督賞受賞
◎チリ“El Club”『ザ・クラブ』パブロ・ラライン、ベルリン映画祭グランプリ審査員賞受賞
◎コロンビア“El abrazo de la serpiente”チロ・ゲーラ、カンヌ映画祭「監督週間」作品賞受賞
◎グアテマラ“IXCANUL”『火の山のマリア』ハイロ・ブスタマンテ
ベルリン映画祭アルフレッド・バウアー賞受賞
◎メキシコ“600 Millas”ガブリエル・リプスタイン
ベルリン映画祭2015「パノラマ」部門で初監督作品賞受賞
◎ベネズエラ“Dauna. Lo que lleva el río”(“Gone With The River”)マリオ・クレスポ
◎パラグアイ“El tiempo nublado”(“Cloudy Times”)ドキュメンタリー、アラミ・ウジョン
◎ドミニカ共和国“Dólares de arena”(“Sand Dollars”2014)
ラウラ・アメリア・グスマン&イスラエル・カルデナ
★ベネズエラはベネチア映画祭で金獅子賞を受賞したばかりのロレンソ・ビガスの“Desde allá”(「フロム・アファー」)を当然予想していましたが外れました。多分受賞前に決定していたのではないかと思います。まったくノーマークだったマリオ・クレスポの作品が選ばれましたが、ベネズエラのTVドラを数多く手掛けている監督です。
★パラグアイの“El
tiempo nublado”は、近年増加しているというパーキンソン病に罹ったウジョン監督自身の母親を追ったドキュメンタリー、車椅子生活となった母と娘が向き合う映画、これは是非見たい映画です。下の写真は監督と母親、映画から。


★ドミニカ共和国の“Dólares de arena”は、2014年の作品で、主演のジュラルディン・チャップリンが第2回プラチナ賞の候補になったときご紹介した作品です。二人の監督はメキシコで知り合い結婚しています。本作は二人で撮った長編3作目になります。いずれドミニカ共和国を代表する監督になるでしょう。アグスティ・ビリャロンガの『ザ・キング・オブ・ハバナ』でも書いたことですが、若いシネアストたちのレベルは高い。


★奇妙なことに外交的な雪解けにも拘わらず、キューバ映画芸術産業庁は今回代表作品を送らないことに決定したそうです。送らないのか送れないのか、どちらでしょうか。2016年のゴヤ賞やアリエル賞も参加しないようです。面白いことにアイルランド代表作品の“Viva”は、キューバの俳優を起用してハバナで撮影、言語はスペイン語、ハバナで暮らすドラッグ・クイーンの若者が主人公のアイルランド映画。当ブログはスペイン語映画のあれこれをご紹介していますが、こういう映画は想定外でした。18歳の若者に長編デビューのエクトル・メディナ、刑務所を出所したばかりの父親に名優ホルヘ・ペルゴリア、他ルイス・アルベルト・ガルシアなどベテランが脇を固めています。「父帰る」で対立の深まる父と子の物語。

(エクトル・メディナ、映画から)
★監督は1964年ダブリン生れのパディ・ブレスナック、すべて未公開作品ですが、DVD化されたホラー映画2作とファミリー映画1作があるようです。トロント映画祭やコロラド州のテルライド映画祭(9月開催)でも上映された。テルライド映画祭は歴史も古く審査員が毎年変わる。今年はグアテマラ代表作品“IXCANUL”も上映された。アイルランド映画委員会が資金を出して映画振興に力を注いでいるようで、本作のような海外撮影を可能にしたようです。
★アイルランドの公用語は勿論アイルランド語ですが、400年にも及ぶイギリス支配で、国民の多数は英語を使用しています。国家がアイルランド人としてのアイデンティティ教育の一環として学校で学ぶこと義務づけられています。しかし学ぶには学ぶが、日常的には英語だそうです。最近EUの公用語に指定された。支配下にあった時代のスウィフトの『ガリヴァー旅行記』、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』も英語で書かれた。
オスカー賞2016*スペイン代表映画の候補3作品 ― 2015年09月09日 17:36
バスク映画『Flowers
/ フラワーズ』が驚きの候補に

★アカデミー賞のガラは来年2月28日、まだラテンビートも始まらないのにオスカー賞の話は早すぎますが、昨年のラテンビートと東京国際映画祭で共催上映されたホセ・マリ・ゴエナガ & ジョン・ガラーニョの『Flowers / フラワーズ』が一つに選ばれました。2014年作と少し古いですがスペイン公開が遅かったので選ばれたのでしょう。他はガルシア・ケレヘタの“Felices 140”(2015“Happy 140”)とカルロス・ベルムトの“Magical girl”(2014)の2作です。3作とも既にご紹介しています。
★“Magical
girl”は、年初には夏公開とアナウンスされましたが、今もって未定です。配給元(ビターズ・エンド)との打ち合せかと思いますが、7月にベルムト監督は来日したようです。話題にもなりませんでしたが、「どうかお蔵入りになりませんように」と祈るばかりです(笑)。今回選ばれなくても公開時には改めて記事にいたします。監督はもともとの出発がコミックのデッサンを描いていた。大変なマンガ好き、子供の頃は映画などに興味なかったそうです。映画のストーリーは、日本のテレビアニメ「マジカル・ガール Yukiko」が好きな病弱な美少女をめぐる奇妙なミステリーです。サンセバスチャン映画祭2014の金貝賞と監督賞(銀貝賞)ダブル受賞の映画です。監督、キャストは以下で紹介しています。バルバラ・レニーがゴヤ賞主演女優賞を受賞など、他にも盛りだくさんな受賞歴です。


(左から金貝賞受賞の製作者ペドロ・エルナンデス、銀貝監督賞受賞のカルロス・ベルムト)
★“Felices
140”のガルシア・ケレヘタは、現在スペイン映画アカデミーの副会長の一人。エンリケ・ゴンサレス・マチョ前会長がゴヤ賞授賞式後に任期半ばで突如辞任を表明、改選されてアントニオ・レシネスが会長、彼女とバルセロナ派のプロデューサーエドモン・ロチが副会長に就任した。本作はマリベル・ベルドゥを主役にしたシリアス・コメディ、興行成績もよく選ばれる可能性が高いか。今年は決定打がなく3作のうちどれが選ばれてもプレセレクションには残れない気がします。
*“Felices 140”の記事は、コチラ⇒2015年01月07日/同04月03日

(本作撮影中のマリベル・ベルドゥとケレヘタ監督)
★『Flowers
/ フラワーズ』は、サンセバスチャン2014で「初のバスク語映画がコンペティションに」と話題になった作品。ゴヤ賞2015の作品賞にもノミネートされ、無冠でしたが画期的な出来事でした。作品も良かったから、スペイン映画界にとっても大きな収穫でした。以下のように何回か記事にいたしましたが、セルバンテス文化センターのニューズレターによると、共同監督のデビュー作“80 egunean”(2010、英題“Por 80 Days”)が上映されるようです。残念ながら「バスク語スペイン語字幕」ということですが、映像の力で楽しめるのではないかと思います。『フラワーズ』で名演技を見せたイジアル・アイツプルが主演の一人アスンに扮し、もう一人マイテには本作でデビューしたマリアスン・パゴアゴが扮しました。当ブログで紹介した簡単なストーリーを再録すると、大体こんなオハナシです。

*“80 egunean”:少女だった遠い昔、親友だったアスンとマイテの二人はひょんなことから50年ぶりに邂逅する。アスンは農場をやっているフアン・マリと結婚するため引っ越して以来田舎暮らしをしていた。両親と距離を置きたい娘は離婚を機にカリフォルニアに移り住んでいる。レズビアンのマイテはピアニストとして世界を飛び回ってキャリアを積んでいたが既に引退して故郷サンセバスチャンに戻ってきた。別々の人生を歩んだ二人も既に70歳、不思議な運命の糸に手繰り寄せられて再び遭遇する。この偶然の再会はアスンに微妙な変化をもたらすことになる、自分の結婚生活は果たして幸せだったのだろうか。マイテにサンタ・クララ島への旅を誘われると、アスンは自分探しの旅に出る決心をする。

(アスン役のアイツプルとマイテ役のパゴアゴ、映画から)
★受賞歴:「トゥールーズ・シネ・エスパニャ2011」で二人揃って女優賞を受賞した。年輪を重ねた知性豊かな二人の女性のナチュラルな演技が観客賞にも繋がった。

(左から、ジョン・ガラーニョ監督とホセ・マリ・ゴエナガ監督)
上映作品『80日間』 (“80 egunean”) とシネフォーラム
日時:2015年10月18日(金曜日) 19:00~
場所:セルバンテス文化センター地下1階「オーディトリアム」
*入場無料、予約不要、先着順、バスク語スペイン語字幕入り
*講師アインゲル・アロス/ホセ・マリ・ゴエナガ監督のビデオでの挨拶
*『Flowers / フラワーズ』の記事は、コチラ⇒2014年09月22日/11月09日/2015年01月16日
バスク版コメディ”8 apellidos vascos”5個*ゴヤ賞2015ノミネーション ⑦ ― 2015年01月28日 11:50
興行成績ナンバー・ワン5600万ユーロ!
★リピーターの存在が大きかったのではないかと思いますが、観客1000万人という驚異的な数字が本当かどうか、俄かには信じられません。スペインに垂れ込めていた暗雲を吹き飛ばしてくれたかどうかはさておき、庶民は笑いを求めていたということです。本作については既に詳細をアップしておりますが、作品賞、監督賞が済みましたので、これからは受賞に絡むと予想される作品をおさらいしていきます。5600万ユーロに敬意を表してバスク版コメディから。
*スタッフ、キャスト、プロットのご紹介は、コチラ⇒2014年3月27日/同年6月13日
*“Ocho
apellidos vascos”*
オリジナル歌曲賞:“No te marches jamas” 作曲:フェルナンド・ベラスケス
撮影賞:カロ・ベリーディ
助演男優賞:カラ・エレハルデ
助演女優賞:カルメン・マチ
新人男優賞・ダニ・ロビラ
*以上5カテゴリーにノミネーションされています。
★撮影賞は『エル・ニーニョ』か“La isla mínima”を予想しています。オリジナル歌曲賞は皆目分かりません。新人男優賞は『エル・ニーニョ』のヘスス・カストロが一番近い。ダニ・ロビラは、今年の授賞式の総合司会者に抜擢され、本人も周囲もびっくりしています。そちらの準備で消耗しているのではないかな(笑)。というわけで、残れそうなのがカラ・エレハルデとカルメン・マチです。

(カラ・エレハルデとカルメン・マチ)
★助演男優賞:カラ・エレハルデ Karra Elejarde、1960年バスク州ビトリア生れ、俳優、脚本家、監督。職業訓練Formación Profesionalの時期に演劇学科のコースを選んで学ぶ。バスクのインディペンデントの演劇グループに参加、独り芝居で芸を磨く。映画デビューは1987年、ホセ・アントニオ・ソリージャの“A los cuatro vientos”。脇役が多く、公開、映画祭上映、テレビ放映、ビデオ・DVD発売を含めるとかなりの数になって驚く。モレがあるかもしれない。
1992年『バカス』フリオ・メデム(東京国際映画祭上映)
1992年『ハイル・ミュタンテ!電撃XX作戦』アレックス・デ・ラ・イグレシア(ビデオ)
1993年『赤いリス』フリオ・メデム(シネフィル・イマジカ、テレビ放映)
1993年『キカ』ペドロ・アルモドバル(劇場公開)
1994年『時間切れの愛』イマノル・ウリベ(劇場公開)
1996年『ティエラ―地―』フリオ・メデム(スペイン映画祭‘98上映)
1999年『ネイムレス―無名恐怖』ジャウマ・バラゲロ(劇場公開)
2007年『タイム・クライムス』ナチョ・ビガロンド(LBラテンビート2008上映)
2010年『ビューティフル』アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(劇場公開)
2010年『雨さえも―ボリビアの熱い一日』イシアル・ボリャイン(LB2011上映)

★しかし、実はエレハルデが評価された作品は未紹介のものに多い。フアンマ・バホ・ウジョアの“Alas de mariposa”(1991)や“La madre muerta”(1993)、“Airbag”(1997)など、“La madre muerta”はポルトガルのファンタスポート映画祭で最優秀男優賞を受賞、自らが監督もした“Año mariano”(1999)では、2001年バスク俳優組合賞を受賞している。勿論、『雨さえも―ボリビアの熱い一日』の劇中劇でコロンブスを演じたアルコール中毒のアントン役で、ゴヤ賞2011助演男優賞を受賞しました。今回は2匹目を狙っています。本作では、既にトゥリア賞2014で特別賞を受賞しています。若いころからどんどん額が広くなり実年より老けてみえますが、まだ54歳、活躍はこれからです。話題作“Airbag”では、監督と脚本を共同執筆しています。フェロス賞で“Magical Girl”のホセ・サクリスタンが受賞していますから油断できない。
★助演女優賞:カルメン・マチ María del Carmen
Machi Arroyó、1963年マドリード生れ、女優。ファミリーはイタリア系で父親はジェノバ出身、イタリア風に発音すると「マキ」になる。芸名よりTVドラマ・シリーズ“7 Vidas”から独立した長寿ドラマ“Aida”のヒロイン名アイーダ・ガルシアのほうが有名。マドリード自治州ヘタフェで育ち、地元のサン・ホセ学校に通う。舞台女優としてシェイクスピア『ベニスの商人』、バリェ≂インクラン『貪欲、欲望と死の祭壇画』などの舞台に立つ。テレシンコの「アイーダ」がお茶の間で大ブレーク、数々の受賞を手にした。1998年“Lisa”で映画デビュー、アルモドバル映画にも出演、エミリオ・アラゴンの『ペーパーバード 幸せは翼にのって』がラテンビート2010で上映された折り、監督と一緒に来日、最優秀女優賞を受賞した。以下主なる出演映画は以下の通り:
2002年『トーク・トゥ・ハー』ペドロ・アルモドバル
2003年『チル・アウト!』フェリックス・サブロソ&ドーニャ・アジャソ(未公開DVD)
2003年『トレモリーノス73』パブロ・ベルヘル(ゆうばり国際ファンタ映画祭上映)
2005年『色彩の中の人生』サンティアゴ・タベルネロ
2009年『抱擁のかけら』ペドロ・アルモドバル
2009年“La mujer sin piano” ハビエル・レボージョ
2010年『ペーパーバード 幸せは翼にのって』エミリオ・アラゴン
2013年『アイム・ソーエキサイテッド』ペドロ・アルモドバル
2014年本作(省略)
*“La mujer sin piano”は未公開だが、本作はサンセバスチャン映画祭2009正式出品、評価が高く、彼女が主役ロサを演じた。カセレスの「スペイン映画祭」で2009年活躍した女優に贈られる最優秀女優賞を受賞、アルバニアの「ティラナ映画祭」で審査員賞を受賞した。
*2015年は現在4作品が公開予定と目白押しである。

(新人男優賞ノミネートのダニ・ロビラとカルメン、映画から)
★どのカテゴリーにも言えることだが、特に助演賞は予想が難しい。『エル・ニーニョ』のバルバラ・レニーは主演が確実だから落ちるとして、“La isla minima”のメルセデス・レオンもないと思う。残るライバルは“Marsella”のゴヤ・トレドだろうか。ゴヤ賞ノミネーションは初登場。

(時計回りに、メルセデス・レオン、カルメン・マチ、ゴヤ・トレド、バルバラ・レニー)
『フラワーズ』驚きの作品賞*ゴヤ賞2015ノミネーション ③ ― 2015年01月16日 22:41
作品賞ノミネーションには驚きました!
★バスク語映画がゴヤ賞にノミネーションされるのは初めてのことらしいが、それも「作品賞」だからセンセーショナルなことです。作品賞に選ばれると監督賞、または新人監督賞に選ばれるのが恒例だが、今回はパスカル・ゲーニュの「オリジナル作曲賞」の二つだけ。「うん?」が正直な感想です。「作品賞」受賞は、まず考えられませんね。でも意味深いノミネーションです。

★車道のガードレールに飾られた花束には、美しさと同時に「死」の匂いが漂っている。かつてそこで悲劇が起こったことを知らせているからです。回想と喪失についての明快でエモーショナルな、そして非常に奥深い寓話として観客を熟慮させる。きわどいベッドシーンはないが、中年にさしかかった男と女の危ういラブストーリー 助演女優賞に事故死したベニャトの母親役イジアル・アイツプルがノミネートされてもおかしくなかった。ラテンビート2014でバスク語と日本語字幕で見られたことを幸運と思います。何故ならスペインでの一般公開はスペイン語の吹替え上映でしたから。(写真下:イジアル・アイツプル)

『フラワーズ Loreak』
製作:Irusoin / Moriarti Produkzioak
監督:ジョン・ガラーニョ& ホセ・マリ・ゴエナガ
脚本:アイトル・アレギAitor Arregi /ジョン・ガラーニョ/ホセ・マリ・ゴエナガ
プロデューサー:(エグゼクティブ)アイトル・アレギ/(同)フェルナンド・ラロンド
/ハビエル・ベルソサ
撮影:ハビエル・アギーレ
音楽:パスカル・ゲーニュ
★製作会社のIrusoin Moriarti とProdukzioakは、前作“80 egunean”(英題“For 80 Days”)を手掛けています。フェルナンド・ラロンドとハビエル・ベルソサは前作を共にプロデュース、アイトル・アレギは監督でもあり、本作には脚本家として共同執筆している。今回初めてエグゼクティブ・プロデューサーとして参加。

(“80 egunean”のポスター)
★後者の「オリジナル作曲賞」は可能性ありでしょうか。管理人も『フラワーズ』紹介記事でノミネーションを予想、その通りになって嬉しい(コチラ⇒2014年11月9日)。彼は以前、エドゥアルト・チャペロ≂ジャクソンの“Vervo”で、ゴヤ賞2012「オリジナル歌曲賞」にノミネートされています。ただし、このカテゴリーは例年になく激戦区になっています。『エル・ニーニョ』のロケ・バーニョス、“Relatos salvajes”のグスタボ・サンタオラジャ(アメリカからブエノスアイレスに帰郷して参加)、“La isla mínima”のフリオ・デ・ラ・ロサ、彼はロドリゲス監督のデビュー作『7人のバージン』以来全作の音楽監督を担当、“Grupo 7”で、ゴヤ賞2013「オリジナル作曲賞」にノミネーション、今回が2度目になります。ロドリゲスはスタッフを殆ど変えないタイプの監督です。誰が貰っても文句が出ないカテゴリーの一つ。

★パスカル・ゲーニュPascal Gaigne:1958年フランスのカーン生れ、1990年よりサンセバスチャン移住。作曲家、映画音楽監督、演奏家。ポー大学で音楽を学ぶ。トゥールーズ国立音楽院でベルトラン・デュプドゥに師事、1987年、作曲とエレクトロ・アコースティックの部門でそれぞれ第1等賞を得る。映画音楽の分野では短編・ドキュメンタリーを含めると80本を数える(初期のアマヤ・スビリアとの共作含む)。演奏家としてもピアノ、シンセサイザー、ギター、バンドネオン他多彩。『マルメロの陽光』ではバンドネオンの響きが効果的だった。以下は話題作、代表作です(年代順)。
1992『マルメロの陽光』 監督:ビクトル・エリセ(劇場公開)
1998“Mensaka” 監督:サルバドール・ガルシア・ルイス
1999『花嫁の来た村』 監督イシアル・ボリャイン(シネフィルイマジカ放映)
2001 “Silencio roto” 監督:モンチョ・アルメンダリス
2002『靴に恋して』 監督:ラモン・サラサール(劇場公開)
2003“Las voces de la noche” 監督:サルバドール・ガルシア・ルイス
2004“Supertramps” 監督:ホセ・マリ・ゴエナガ(デビュー作)
2006『漆黒のような深い青』 監督:ダニエル・サンチェス・アレバロ(ラテンビート2007)
2007“Siete mesas de billar
francés” 監督:グラシア・ケレヘタ
2009『デブたち』 監督:ダニエル・サンチェス・アレバロ(スペイン映画祭2009上映)
2010“Perurena” 監督:ジョン・ガラーニョ(バスク語、デビュー作)
2010“80 egunean” 監督:ジョン・ガラーニョ&ホセ・マリ・ゴエナガ(長編第1作)
2011“Vervo” 監督:エドゥアルト・チャペロ≂ジャクソン(ゴヤ賞2012歌曲賞ノミネート)
2014“En tierra extraña” 監督イシアル・ボリャイン
2014『フラワーズ』 省略
2014“Lasa y Zabala” 監督:パブロ・マロ
*管理人覚え
サンセバスチャンFF⇒2014年9月22日
東京国際FF⇒2014年11月9日
ボルハ・コベアガの新作”Negociador”*2015年公開予告 ④ ― 2015年01月11日 22:41
第4弾*ETAのコメディ
★1月7日にゴヤ賞2015のノミネーション発表があり中断しました。“La isla mínima”17個(カテゴリーは16ですが、主演男優に2人ノミネーション)、『エル・ニーニョ』16個に、「ご冗談でしょ」と腰が引けてしまいましたが、なかには「何で?」「まさかぁ!」もあったり、短編では見るチャンスがなかったりもして、例年受賞よりもノミネーションそのものに不満が聞こえてきます。取りあえず“Negociador”が済んだら気分を変えて「ラテンビート2015」なども視野に入れてニュースを更新していきます。

★さて、ボルハ・コベアガってどんな監督なの。当ブログではエミリオ・マルティネス≂ラサロのコメディ“Ocho apellidos vascos”の脚本をディエゴ・サン・ホセと共同執筆した人として紹介しております。今年ゴヤ賞では5個ノミネーションされましたが、残念ながら脚本は選ばれませんでした。
“Negociador”
製作:Sayaka
Producciones Audiovisuales
監督・脚本・プロデューサー:ボルハ・コベアガ
撮影:ジョン・D・ドミンゲス
編集:カロリーナ・マルティネス・ウルビナ
美術:リエルニ・イザギレ
衣装:レイレ・オレリア
プロデューサー(エグゼクティブ):ナヒカリ・イピニャNahikari Ipiña
データ:スペイン、スペイン語、2014、79分、ETAの悲喜劇、撮影地:サンセバスチャン/
ビアリッツ/サンフアン・デ・ルス、スペイン公開2015年3月13日
受賞歴:サンセバスチャン映画祭2014 サバルテギ部門上映、バスク映画賞イリサル Irizar賞受賞
キャスト:ラモン・バレア(マヌ・アラングレン)、ジョセアン・ベンゴエチェア(ジョキン)、カルロス・アセレス(パチ)、メリナ・マシューズ(ソフィー)、ラウル・アレバロ(ソフィーの恋人)、セクン・デ・ラ・ロサ(ボーイ)、サンティ・ウガルデ(ボディガード)、オスカル・ラドレイ、ゴルカ・アギナガルデ、ジュリー・ダクキン、他

(左から、カルロス・アセレス、ラモン・バレア、ジョセアン・ベンゴエチェア)
プロット:バスクの政治家マヌ・アラングレンの物語。2005年、アラングレンはスペイン政府とETAとの「平和プロセス」の難しい交渉に立ち合っていた。もう黒ネクタイをしめて友人知人の告別式に出席するのは終りにしたいと思っていたからだ。しかし会談はプロフェッショナルな形式に基づいたプロセスとはほど遠く、意見の相違、誤解、偶然に強く左右されがちでなかなか進展しなかった。ただ交渉人たちの個人的な関係だけは明るい結末を得るために損なわないようにしていたのだが・・・
★事実に着想を得て作られたフィクションだが、実在のモデルが存在するということです。ですからコメディといってもテーマがテーマだけに辛口の悲喜劇のようです。ラモン・バレア扮する主役のマヌ・アラングレンのモデルは、ヘスス・マリア・エギグレン(1954年ギプスコア生れ)、法学者で政治家、現在はバスク大学の法学部教授。舞台背景となる2005~06年は、バスク社会党(Partido Socialista de Euskadi-Euskadiko Ezkerra PSE-EE)の党員だった。コベアガ監督は「平和を取り戻そうとする主人公の夢に惹かれる。エギグレンの熱意がエタを終わらせた。ラモン・バレアが映画に息を吹き込んでくれたんだ。エギグレンのオピニオンを知ることができて満足している。ドキュメンタリーで撮ることは考えていなかったし、フィクションで少しも支障は感じなかった。だって彼を批判したりからかったりする意図は全くなかったからね、その反対だよ」と。

(ETAとの交渉についての著書を手にしたエギグレン)
★ジョセアン・ベンゴエチェアのモデルは、ホセ・アントニオ・ウルティコエチェア・ベンゴエチェア(1950年ビスカヤ生れ)だが、ホス・テルネラのほうが知られている。テロ組織ETAの歴史に残る代表的な指導者の一人だった。1990年10月、武器の不法所持や偽造身分証明書利用の廉で10年の刑を受けている。2011年アメリカはテロリスト名簿に載せているが、詳しい現況は分かっていない。カルロス・アセレスのモデルは、バスク分離独立ITAの元リーダー、ハビエル・ロペス・ペニャ、別名「ティエリー」(1958年ビスカヤ生れ)。休戦協定を台無しにした張本人。2008年5月、ボルドー潜伏中に逮捕されフランスで服役中だったが、2013年3月30日、心臓障害で治療を受けていたパリの病院で脳溢血のため死去している。

(ボルドーで逮捕されたときの「ティエリー」)
★この交渉は結果的には失敗するわけですが、だからといって無駄だったわけではなく、2013年4月、エギグレンは平和と和解に寄与したとして「ゲルニカ賞」を受賞している。コベアガ監督は書籍、新聞記事、ドキュメンタリーを徹底的に精査して脚本を作り上げたと語っています。実際の会談では「何が話し合われ、どう推移したのか、何を食べ、飲み物は何を飲んだのか」。彼はこの平和プロセスの厳粛さを取り除いて自由に夢想しているようです。つまり「交渉のプロセスを描くストーリーではなく、その副次的な側面や家庭を取りまく細部について語った物語です。政治的な会談に集中したくなかった」とサンセバスチャン映画祭で語っています。

(ボルハ・コベアガ監督)
★ボルハ・コベアガ Borja Cobeaga Eguillor :1977年サンセバスチャン生れ、監督、脚本家、製作者。脚本家としてキャリアをスタートさせる。監督デビューは“Pagafantas”(2009、ゴヤ賞新人監督賞ノミネート)、2作目“No
controles”(2010)、本作が3作目です。TVシリーズ、短編多数、うち2002年“La primera vez”がゴヤ賞ノミネート、2007年“Eramos pocos”がオスカー賞スペイン代表作品にノミネート、2014年“Democracia”がナント映画祭で短編映画賞を受賞している。エミリオ・マルティネス≂ラサロの“Ocho apellidos vascos”の続編をディエゴ・サン・ホセと共同執筆中、今春クランクインが予告されている。
ルイス・マリアスのスリラー”Fuego”*ヒホン映画祭2014 ― 2014年12月11日 19:14
ETAテロリストの犠牲者の復讐劇
★2015年公開予定が早くも今月公開に早まりました。いわゆるETAものという範疇に入りますが、テロは終息しつつあるとはいっても、当事者にとって「傷口は開いたまま」ということでしょうか。本作については製作発表のとき既に記事にしており、プロット、監督、主演のホセ・コロナドなどの紹介を簡単にしております(コチラ⇒2014・3・20)。製作発表段階の意図と完成作品に大きな違いがない印象ですので、参照頂けると嬉しい。
*"Fuego"*
製作:Deparmento de Cultura del Gobierno
Vasco / Fausto Producciones Cinematograficas 他
監督・脚本:ルイス・マリアス
撮影:パウ・モンラス
音楽:アリツ・ビリョダス Aritz Villodas
美術:ギジェルモ・リャグノ Llaguno
製作者:エドゥアルド・カルネロス
データ:製作国スペイン、スペイン語、2014年、スリラー、ETA、撮影地ビルバオ、第52回ヒホン国際映画祭2014コンペティション正式出品、2014年11月28日スペイン公開
キャスト:ホセ・コロナド(カルロス)、アイダ・フォルチ(カルロスの娘アルバ)、レイレ・ベロカル(テロリストの妻オイアナ)、ゴルカ・スフィアウレ(同息子アリツ)、ハイメ・アダリド(マリウス)他

プロット:元警察官カルロスの復讐劇。エタの自動車爆弾テロで妻を殺され、当時10歳だった娘は両脚を失う。11年後、カルロスは服役中のテロ実行犯に復讐を誓いながらバルセロナで暮らしている。自分の家族が受けた苦しみを同じだけ犯人の妻と息子に与える、「私こそが正義である」。憎しみと復讐で始まるがやがて内面の炎は悲しみとパッションに移ろっていく。登場人物たちは、それぞれ社会的イデオロギー的に異なった立場にいるため、その苦しみも複雑に交錯しながら物語は進行する。
第52回ヒホン国際映画祭2014(11月22日~29日)
★第52回ヒホン映画祭で唯一コンペに残ったスペイン映画、会場にはスタッフ、キャスト陣が揃って登場した。主役の三人のうち、コロナド、フォルチは既に登場、テロ実行犯の妻役ベロカルはまだ日本では未紹介です。スペインでもあまり知られていない女優、監督自身も脚本を手掛けたラファエル・モンレオンの“Questión de suerte”(96)で知り合った由。

(左から、ベロカル、中央監督、隣りフォルチ、最右翼コロナド、ヒホン映画祭にて)
「傷口は開いたまま」
★本作について、「このスリラーは、バスクの歴史に基づいているが、どこでも起こりうる事件であり、特別エタものとして撮ったわけではない。何故なら激しい苦痛を感じている人の憎しみや暴力、痛みがもたらす結果を描いているからです」と、ヒホンのプレス会見で語っています。ETAの暴力について撮ることには「はっきりしたタブー」があったが、やっと解禁された。未来志向の観客が、この映画を見ることで共生を深く考えるきっかけになればと願っている。「テロの犠牲者の傷口は開いたまま癒えていない」とも語っていました。難しいですね。
テロの犠牲者も幸せになる価値がある
★撮影は厳しかったそうだが、結果には満足している。しかし心にしこりをもったままで希望を抱くのは厳しい。それぞれ抱えている過去、傷痕、将来への考え方が異なるから当然です。ホセ・コロナドによると「寛容で乗り越えるのは容易なことではないが、でも乗り越えようという動きが出はじめている。この映画が皆の心を動かし、よい影響を与えあうようになることを期待している」と、既にこの30年間で40作の映画に出演しているベテランもコメントを寄せている。カルロスは元警察官だから正義を行う人だが、現在は復讐者である。実際まるで「ジギルとハイド」のモデルのような役だから、最後までどちら側に自分を置いたらいいのか難しかった。役柄を落ち着かせるため、<尊敬している>エンリケ・ウルビスがやるようにバスクをあちこち歩き回りながら観察してまわったそうです。結果的には、どちら側でもない第三の生き方を見つけることになるんでしょうね。監督からは凄い集中力を求められたが関係は素晴らしかったそうで、撮影は納得いくものになったということでしょう。ゴヤ賞に絡むと予想しますが、『悪人に平穏なし』に近すぎるかな。
★ルイス・マリアス Luis Marias Amando:脚本家・監督・俳優・プロデューサー。1988年、脚本家として出発、映画&テレビの脚本多数。なかでホセ・アンヘル・マニャスの同名小説を映画化したサルバドール・ガルシア・ルイスの“Mensaka”(1998)の脚色が評価された。監督デビュー作は“X”(2002)とかなり前の作品、“Fuego”が第2作になります。TVミニシリーズ“Gernika bajo las bombas”(2エピソード2012)は、その年のサンセバスチャン映画祭で上映されました。1937年4月26日のゲルニカ爆弾投下をテーマにしたドラマ。

*第1作“X”にはエンリケ・ウルビスの『貸し金庫507』(2002」でホセ・コロナドと共演したアントニオ・レシネスが主役を演じている。そんな繋がりで出演したのかもしれない。ウルビスは昨年『悪人に平穏なし』で登場、日本でも認知度の高い監督になりました。
★ホセ・コロナド José Coronadoは、1957年マドリード生れ。つまりフランコ時代の教育を受けて育ったマドリッ子ということです。父親がエンジニアで比較的裕福な家庭環境で育った。大学では最初法学を4年間学んだが卒業できず、次に医学を志すもこれまた2年で挫折した。本人によれば大学を諦めて旅行会社、レストラン、モデル、トランプのギャンブラーなどを転々、要するにプータローをしていた。フランコ没後(1975)から約5年間の民主主義「移行期」というのは混乱期でもあった。
★映画の世界に入ったきっかけは、「ウィスキーのテレビ・コマーシャルのモデルに誘われ、マジョルカで撮影すると言うし、出演料が破格だったので引き受けた」そうです。その後30歳になる直前に演技の勉強を思いたち、キム・デンサラットの第1作“Waka-Waka”(87)で映画デビュー、1989年『スパニッシュ・コネクション』の邦題でビデオが発売されている。初期の話題作では、イマノル・ウリベの“La luna negra”(89)、ビセンテ・アランダの“La
mirada del otra”(98)、カルロス・サウラの『(ボルドーの)ゴヤ』(99)では青年時代のゴヤになった。

(撮影中のコロナド)
*やはり今世紀に入ってからの活躍が目立ちます。主役を演じたエドゥアルド・コルテスの“La vida de nadie”(02)、エンリケ・ウルビスの『貸し金庫507』(02)、つづいて“La vida mancha”(03)とゴヤ賞主演男優賞受賞の『悪人に平穏なし』(11)、ミゲル・コルトワのETAの実話を基にした“El Lobo”(04)と“GAL”(06)、アレックス&ダビ・パストール兄弟の『ラスト・デイズ』(13)、オリオル・パウロの『ロスト・ボディ』(13)など、公開作品も多いほうです。
★アイダ・フォルチ Aida Folch:1986年、カタルーニャのタラゴナ生れ、女優。子役でフェルナンド・トゥルエバの“El embrujo de Shanghai”(02)でデビュー、フェルナンド・レオン・デ・アラノアの『月曜日にひなたぼっこ』(02)、マヌエル・ウエルガの『サルバドールの朝』(06)、公開されたフェルナンド・トゥルエバの『ふたりのアトリエ~ある彫刻家とモデル』(12)、本作でゴヤ賞2013主演女優賞ノミネート、トゥリア賞2013女優賞を受賞した。他にアントニオ・チャバリアスの“Las vidas de Celia”(06)、パチ・アメスクア Patxi Amescuaの“25 kilates”(08)で翌年のマラガ映画祭の女優賞を受賞している。来年になるが、ホセ・コルバチョ&フアン・クルスのコメディ“Incidencias”(15)に出演している。他、短編、TVドラ多数。

★レイレ・ベロカル Leyre Berrocal:1973年ビルバオ生れ、女優、脚本家。フアン・ビセンテ・コルドバの“Entre con sol”(95)、前出のラファエル・モンレオンの“Questión de suerte”、ペドロ・ペレス・ロサドの“Agua con sal”(05)など。

(レイレ・ベロカル、“Fuego”から)
セシリア・ロス*Zinebi 映画祭で栄誉賞受賞 ― 2014年12月07日 14:19
★Zinebiとは、バスク自治州最大の都市ビルバオ(ビスカヤ県)で開催される「ビルバオ・ドキュメンタリー&短編国際映画祭」のこと、今回56回目を迎えた老舗の映画祭(11月14日~21日)、主な上映会場はビルバオ最大のアリアガ劇場。州都は正式に存在しないのだが、バスク自治州議会が置かれているのがビトリア(アラバ県)なので、名目上の州都になっている。サンセバスチャン映画祭が開催されるのがギプスコア県、この3県で構成されている。一人あたりの所得はスペインで最も高く、GDPはマドリード州についで第2位、失業率も14.56%(全体の24.6%)と低く、比較的豊かな州である。
★ビルバオは、かつての製鉄業や造船業からの転進を図り、現在は金融業、エネルギー業、鉄道車両などが経済を牽引している。ビルバオ・グッゲンハイム美術館が開館(1997)して、観光都市としても発展、観光客の数では、現在ではリゾート地サンセバスチャンより多い。こういう豊かさが映画祭を支えているのだろう。セシリア・ロス栄誉賞受賞は先月アナウンスされていた。
★セシリア・ロス Cecilia Roth は、1958年、ブエノスアイレス生れのユダヤ系アルゼンチン人。父はユダヤ系ウクライナ人、1930年代にブエノスアイレスに移住した、作家、ジャーナリスト、編集者。母はアルゼンチンのメンドーサ生れ、セファルディの歌手。ミュージシャンのアリアス・ロットは実弟。1976年、軍事独裁政権の弾圧を逃れてスペインに一家で亡命した。私生活では3回結構しているが、現在は独身か。ミュージシャンでシネアストのフィト・パエスと再婚したとき養子をとったが、パエスが引き取ったようだ。スペイン、アルゼンチンで活躍しており、テレビ出演も多く、舞台でも活躍している。

受賞歴:“Martin (Hache)”ゴヤ賞1998主演女優賞・銀のコンドル賞女優賞・ハバナ映画祭女優賞他を受賞、さらにニューヨークのACE (Asociación de Cronistas de Espectaculo)も受賞した。『オール・アバウト・マイ・マザー』ゴヤ賞2000主演女優賞・銀のフォトグラマ賞受賞。“Un lugar en el mundo”銀のコンドル賞女優賞など。
*主なフィルモグラフィー*
1979 Las verdes praderas (緑の大草原)ホセ・ルイス・ガルシ
1980 Arrebato (激情)イバン・スルエタ
1981 Pepi, Luci,
Bom y otras chicas del montón 『ペピ、ルシ、ボン、その他の娘たち』
ペドロ・アルモドバル
1982 Laberinto de pasiones 『セクシリア』P・アルモドバル
1983 Entre tinieblas 『バチ当り修道院の最期』同上
1984 ¿ Qué he hecho yo para merecer esto ? 『グロリアの憂鬱』同上
1988 Las amores de Kafka 『カフカの恋』アルゼンチン=チェコスロバキア
ベダ・ドカンポ・フェイホー
1992 Un lugar en el mundo (世界のある所)アルゼンチン アドルフォ・アリスタライン
1997 Martín (Hache) (マルティン/アチェ)アルゼンチン=西 同上
1999 Todo sobre mi madre 『オール・アバウト・マイ・マザー』P・アルモドバル
2000 Segunda piel 『第二の皮膚』ヘラルド・ベラ(東京国際レズ&ゲイ映画祭上映邦題)
2001 Vidas privadas 『ブエノスアイレスの夜』アルゼンチン=西 フィト・パエス
2002 Hable con ella 『トーク・トゥ・ハー』P・アルモドバル
2002 Kamchatka (カムチャツカ)アルゼンチン=西=伊 マルセロ・ピニェイロ
2003 La hija del caníbal 『カマキリな女』メキシコ=西 アントニオ・セラノ
2005 Padre Nuestro (我らが父)チリ ロドリーゴ・セプルベダ
2008 El nido vacío (空っぽの巣)アルゼンチン=西=仏=伊 ダニエル・ブルマン
2013 Los amantes pasajeros 『アイム・ソー・エキサイテッド』P・アルモドバル
*公開作品と、未公開だが話題作を選んでいます。アルモドバル作品に出演しているので比較的知名度のあるほうかもしれない。『』は公開邦題、()は仮題。
*2008~13に映画出演がないのは、主にアルゼンチンのTVシリーズに出演していたからです。
★スペイン亡命後、早い時期にチャンスを掴んで成功した女優と言える。イバン・スエルタの“Arrebato” の主役に抜擢されたことが幸運を呼び込んだのではないか。スエルタ監督はサンセバスチャン生れ(1943~2009)、父親アントニオ・デ・スルエタは、サンセバスチャン映画祭のディレクターをつとめたシネアスト(1957~60)。長編はたったの2本しか撮っていない。ミュージカル“Un, dos, tres, al escondite inglés”(1969)*と10年後の“Arrebato”(写真下セシリア・ロス)の2作だけです。
*乾英一郎『スペイン映画史』(1992刊)では、『一・二・三・・・隠れんぼ』の邦題がついている。もっと評価されていい監督なのだが、本作については記述がないのが残念である。

★第1作はカンヌ映画祭で上映され話題になったが、本作はカンヌには拒まれた。しかし翌年夏マドリードで公開されるや、カルト映画として熱心なシネマニアやアバンギャルドの研究者たちが大いに興味を示し、民主主義「移行期」のスペイン映画のカリスマ的なイコンとなっており、現在でも海外の映画祭で上映されている。彼はスーパー8ミリの愛好家で、当時、8ミリで短編を撮りまくっていたアルモドバルの短編“El sueño, o la estrella”(1975)の撮影監督をしている。また、グラフィックデザイナーの才能も素晴らしく、アルモドバルの『セクシリア』、『バチ当り~』、『グロリアの憂鬱』、ブニュエルの『ビリディアナ』、『砂漠のシモン』などの映画ポスターを手掛けている。セシリアとアルモドバルの接点は、スエルタ監督かもしれない。
★今回バスクの映画祭で栄誉賞を受けるのは、セシリアにとっても感慨深いものがあるのではなかろうか。「自由がなければ、役者の仕事はできない、それを教えてくれたのがイバン・スルエタでした」と、Zinebi映画祭でも語っていました。

(自由がなければ役者の仕事は成り立たない、と語るセシリア)
イマノル・ウリベ*新作のテーマはETA ― 2014年11月30日 20:33
★9月初めにイマノル・ウリベの新作“Lejos del mar”の発表があり、10月末か11月半ばには舞台となるアルメリアでクランクインするとアナウンスされていました。予定通り11月10日に監督、主演者エドゥアルド・フェルナンデス(サンティ役)が現地入りして撮影が始まりました。12月中旬までかかる由、カンヌ映画祭2015に間に合わせたい、とプロダクション・マネージャーのエルネスト・チャオ氏。スペインでの公開は秋になります。

(ウリベ監督、エレナ・アナヤ、エドゥアルド・フェルナンデス)
★物語は、「パロット・ドクトリン」*が適応されてソト・デル・レアル刑務所を出所したETAの元テロリストのサンティが、かつて同房だった友人と再会するためアルメリアへの旅を決意する。彼らのテロで犠牲になった男の娘マリナ(エレナ・アナヤ)をサンティは愛するようになるだろう。他にもこういうラブ・ストーリーあったのではないかと突っ込みたくなりますが、まだ全体像が明らかになっておりません。キャスト陣も二人の主役とホセ・ルイス・ガルシア・ぺレス、ナチョ・マテオしかアップされておりません(IMDb)。ウリベのETA物は、『ミケルの死』(84)にしろ『時間切れの愛』(94)にしろ「愛」がテーマでしたが。
*パロット・ドクトリン Doctrina Parot:2006年2月28日にスペイン最高裁判所が判決に基づいて制定された一般名称。ETAのテロリスト組織のメンバー、アンリ・パロットの上告によって制定されたことから彼の名がついた。いわゆる複数の罪を足し算して禁固1000年とか科するのは国家にとっても不利益とする考え方。1973年制定された刑法でも、既に刑期は最長30年とされていた。2008年7月3日、禁固2700年のイネス・デル・リオ・プラダ(ETAメンバー)が18年間の刑期で自由の身になった(スペインは死刑廃止国)。
★イマノル・ウリベImanol Uribe:1950年、エルサルバドルの首都サンサルバドル生れ、両親はバスクのギプスコア出身でスペインに戻った。マドリードの公立ジャーナリズム学校卒、マドリード国立映画研究所の監督科の学位を取る。1975年プロダクションZeppo Films設立、1979年Cobra Films、他を設立した。1979年のドキュメンタリー“El proceso de Burgos”でデビュー、これは1970年ブルゴスで行われたETAメンバー6人の軍事裁判を再現したもの。第2作がセゴビアの刑務所を脱獄する“La fuga de Segovia”(81)、バスクの急進的政党abertzaleのメンバーであるミケルの不可解な死を描いた“La muerte de Mikel”(84、『ミケルの死』の邦題で第1回スペイン映画祭1984で上映)が、バスク三部作と言わる初期の代表作品。この映画祭には故ピラール・ミロー団長以下、故アントニオ・バルデム、カルロス・サウラ、ハイメ・デ・アルミニャン、他若いウリベ監督も来日した。

(ミケルを演じたイマノル・アリアスもギプスコア出身、『ミケルの死』)
★第1回ラテンビート上映の“El viaje de Carol”(02、『キャロルの恋』)は、キャロルに扮したクララ・ラゴが来日したり、その愛くるしさも幸いしたのか公開された。ただ『ミケルの死』や『時間切れの愛』を見ていた観客には物足らなかったかもしれない。以上の4作が字幕入りで見られた作品。他にコメディ“El rey pasmado”(91)も、ゴヤ賞1992のオリジナル脚色賞、音楽・美術・音響・衣装デザイン・メイクアップ賞の他、フアン・ディエゴが助演男優賞を受賞した。ウリベは寡作のほうですが、下準備も入念にするタイプ、比較的賞に恵まれている。(写真下は、揃ってゴヤ賞にノミネートされた『時間切れの愛』の出演者たち、ゴチック体は受賞者)

(左から、カンデラ・ペーニャ、ペポン・ニエト、主演ルス・ガブリエル、
主演カルメロ・ゴメス、助演ハビエル・バルデム)
★ウリベ監督にとってアルメリアは思い出深い土地、18年前に『ブワナ』をここ国立公園のガータ岬(Cabo de Gata)で撮影した。その折り歩き回ったので公園内は隅々まで知り尽くしているとか。今回は難しい立場に立つ主人公のテロリズムについての考えを語ることになる。『時間切れの愛』を完成した後の1996年ごろから構想していたテーマだったが、撮るには時代が早すぎることもあって、今日まで持ち越してきてしまったという。監督としては『ミケルの死』、続く『時間切れの愛』の集大成として“Lejos del mar”を撮りたいと考えているようです。この3作が後には「バスク三部作」と言われるようになるのではないか。
★プロデューサーのアントニオ・ペレスによると、自分は仕事柄「多くの脚本を読んでいるが、一読してこれはイケルと直感した」、完成度の高い脚本で、間違いなく来年の話題作になるだろうと、獲らぬ狸の皮算用、製作費は約200万ユーロ、製作は『エル・ニーニョ』も手掛けたセビーリャのMaestranza Films社。プロダクション・マネージャーのエルネスト・チャオも「全面的にウリベを信頼している」と断言、主役二人の演技は折り紙つき、予想通りになることを期待したい。
最近のコメント