ロドリゴ・ガルシアのメキシコ映画『逸す』*Netflix 鑑賞記2025年12月13日 11:54

         ロドリゴ・ガルシアのスペイン語映画「Las locuras / The Follies

  

          

 

★コロンビア生れのメキシコシティ育ちの監督、脚本家、製作者、撮影監督と多才なロドリゴ・ガルシア・バルチャに生涯ついて回るだろう「ノーベル賞作家『百年の孤独』のガボの息子」、有名な父親を誇りにも重荷にも思っているに違いない。長編デビュー作「Things You Can Tell Just by Looking at Her」が、サンダンス映画祭1999NHK賞を受賞、翌年カンヌ映画祭「ある視点」でグランプリを受け、お蔭で『彼女を見ればわかること』の邦題で公開され話題となった。

  

     

         (スペイン語版『彼女を見ればわかること』のポスター)

 

監督紹介:映画に絞って駆け足でキャリアを紹介すると、1959年コロンビアのボゴタ生れのメキシコ育ち、コロンビアの映画・TV監督、脚本家、製作者。現在米国在住のようだが国籍はコロンビア、父親はガブリエル・ガルシア・マルケス、母親はメルセデス・バルチャ・パルド、ハーバード大学で中世史を専攻、後アメリカン・フィルム・インスティチュートで映画を学ぶ。


1989年、撮影監督としてキャリアをスタートさせる。『彼女を見ればわかること』の後、2005年「Nine Lives」(『美しい人』)でロカルノ映画祭の金豹・ユース審査員賞ほか、2008年には、「Passengers」(『パッセンジャーズ』)、「Mother and Child」(09、『愛する人』)、2010年メキシコ革命100周年を記念して製作された若手監督10人による『レボリューション』に参画、「Albert Nobbs」(11、『アルバート氏の人生』)でサンセバスチャンFFセバスティアン賞、「Last Days in the Desert」(12、『ユアン・マクレガー 荒野の誘惑』)、「Four Good Days」(20、『フォー・グッド・デイズ』)、「Raymond & Ray」(22、『レイモンド&レイ』)など。TVシリーズ化された『百年の孤独』(24、全16話)の製作者の一人として参画、昨年半分の8話がNetflixで配信されている。メキシコ現大統領クラウディア・シェインバウムは義姉に当たる。

 

         

           (父親に似てきたロドリゴ・ガルシア監督)

       

★第1作から英語で撮りつづけてきたが、メキシコの名優ダニエル・ヒメネス=カチョを主役に、オリーブ農園の或る個性的な家族を描いた「Familia」(23)というスペイン語映画をNetflixで撮った。同年12月からFamilia 我が家』の邦題でストリーミング配信されている。キャストに、イルセ・サラス、カサンドラ・チャンゲロッティ、ナタリア・ソリアン、アンヘレス・クルス、ナタリア・プラセンシア、ヴィッキー・アライコなどが、スペイン語映画2作目となる『逸す』Las locuras / The Folliesに重なって出演している。以下にキャスト紹介をしていますが、メキシコを代表する演技派をこれほど大勢起用できたことに驚きました。

     

        

          (ネットフリックスFamilia 我が家』のポスター

 

 

 『逸す』Las locuras / The Follies 

製作:Panorama

監督・脚本:ロドリゴ・ガルシア

撮影:イゴル・ハドゥエ(ジャドゥエ)・リロ

音楽:ハビエル・ヌーニョ、トマス・バレイロ

キャスティング:ルイス・ロサレス

美術・プロダクションデザイン:サンドラ・カブリアダ

衣装デザイン:マリア・エステラ・フェルナンデス

メイクアップ:イツェル・ペニャ・ガルシア

音響:ラウル・ロカテリ

製作者:ヘラルド・ガティカ・ゴンサレス、パブロ・シンブロン・アルバ、(エグゼクティブ)ヒメナ・カルボ、フアネロ・エルナンデス

 

データ:製作国メキシコ、2025年、スペイン語、ドラマ、121分、配給Pimienta Films、公開メキシコ1113日限定、20251120Netflix配信開始

映画祭・受賞歴:第23回モレリア映画祭FICM 20251011日)、第40回マル・デル・プラタ映画祭(1115日)

 

キャスト:カサンドラ・チャンゲロッティ(レナタ136話)

アルフレッド・カストロ(レナタ父イスマエル、16話)

ヴィッキー・アライコ(イスマエルのパートナー、カード占い師アルバ、136話)

ナイアン・ゴンサレス・ノルビンド(ペネロペ/ペニー、動物病院の獣医、12話)

ラウル・ブリオネス(アウレリオ・ガメス、同上、12話)

モニカ・デル・カルメン(犬の飼主リタ、2話)

ダニエル・トバル(リタの夫ガストン、2話)

イルセ・サラス(レナタの恋人ミランダ13話)

アドリアナ・バラサ(ミランダの母イレネ、3話)

フアンキ・ドゥラン(タクシー運転手、3話)

アンヘレス・クルス(イルランダ精神科医セラピスト、14話)

ルイサ・ウエルタス(イルランダの母パス、4話)

ロベルト・ソサ(イルランダの元夫ファクンド、4話)

メルセデス・エルナンデス(イルランダの妹イタリア、4話)

テレサ・サンチェス(イルランダの妹ガリシア、4話)

ガビノ・ロドリゲス(ガリシアの夫オメロ、4話)

アナ・ソフィア・フェリックス(パウリナ、4話)

ナタリア・ソリアン(レナタの妹ソレダード舞台女優、15話)

フェルナンド・カットリ(バレンティン舞台俳優、5話)

ナタリア・プラセンシア(マルティナ演技指導者、5話)

フェルナンダ・カスティーョ(金融仲介業者セレナ・ロペス・レナ6話)

他多数

 

ストーリー:メキシコシティに突然降り出した雨の一日、個人が自分に課した制約、社会的圧力、家族の期待に彩られた自己発見の旅を歩む6人の女性が語られる合唱劇。人間の感情が限界まで追い込まれたときの強烈さと本物らしさを受け入れるとき、本当の自由とは、勇気とは何かという問いが生まれます。個人のアイデンティティ、不安、自由が、予期せぬ困難に直面するなかで試される。

 

 

           1話『罪と罰』レナタの罪と罰

 

A: 全体が6話に分かれ、それぞれ著名な書籍のタイトルが付けられている。第1話はドストエフスキーの『罪と罰』、その他シェイクスピア、フローベール、カルペンティエルなどの代表作のタイトルがついている。それぞれ独立しているようだがレナタを通じて繋がっている。ロバート・アルトマンが生みの親と言われる群像劇またはアンサンブル劇、スペイン語映画では合唱劇と称している。

B: 無関係だった複数の登場人物が出たり入ったりして複雑に絡み合って展開していく。前作と同じようにセリフの多い映画です。

 

A: 合唱劇とはいえ核になる人物がいて、本作ではカサンドラ・チャンゲロッティが演じた躁鬱混合状態のレナタと、アルフレッド・カストロ扮する父親イスマエルの父娘である。サン・ミゲル・チャプルテペック地区にあるイスマエルの家のメインルームで始り最後には戻ってくる円環的な物語でもある。深い喪失を生きているレナタの右足にはGPS端末が装着されている。アクセルを踏み続けるレナタの罪が分かるのは最後の6話まで待たねばならない。

   

    

          (カサンドラ・チャンゲロッティ扮するレナタ)

 

B: サン・ミゲル・チャプルテペックは、メキシコシティのチャプルテペック公園の南に位置する旧市街、歴史的な建造物が残っており、主に中産階級が住んでいる。第1話には「忙しくしてないと、おかしくなる」という金融仲介業のやり手セレナ以外の5人が手際よく登場する。

   

       

        (躁状態で一睡もしないレナタの逃亡を心配するイスマエル)

 

A: 監督がモレリア映画祭で「この物語は、自分の友人たちが双極性障害の躁状態を経験していることに触発された」と語っているように、レナタの家族が核になっている。3歳年下の妹ソレダード(5話)、獣医のペネロペ(2話)、精神科医のイルランダ(4話)、レナタの恋人ミランダ(3話)と手際よく出揃う。

B: 双極性障害発症の原因は現在でもはっきりしないが、ラテンアメリカ映画に特徴的な「父親不在」でなく、「母親不在」が一因らしきことが暗示されている。精神的な病を抱えているレナタが他の女性を巻き込んでいくが、それは〈狂う〉でなく〈乱れる〉である。

 

A: チャンゲロッティは「レナタに対して抱く共感は、彼女が小さいときに母親が出て行ったという事実です」と語っているように、少なくとも彼女はそう解釈して演技したということです。一度壊れてしまった人間関係の修復は容易でない。

B: チャンゲロッティは、『Familia 我が家』でも、三姉妹のうち精神が不安定な次女を演じていたが、イルセ・サラス主演の『グッド・ワイフ』でも共演している。

 

A: 監督の一部が投影されているような父親を演じたアルフレッド・カストロについては、既にキャリア&フィルモグラフィーを紹介しております。本作の撮影終了後、文化に敬意をはらわないチリに愛想をつかして軸足をスペインに移した。チリの映画のみならず舞台芸術を牽引していただけに残念です。スペイン国籍も取得済みです。

B: 才能流出は止められないが、パブロ・ララインとのコラボは続けてほしい。イスマエルのパートナー役アルバに扮したヴィッキー・アライコの自然体の演技も魅力の一つ、前作では出番が少しで残念でしたが、本作では総じて脇役に重量級を起用している。

アルフレッド・カストロのキャリア紹介は、コチラ20240523

 

        2話『眠れる森の美女』、危機がエネルギーのペネロペ

 

A: 監督もカストロも70歳という年齢の壁を前にして、自身を解放する必要に迫られている。さて第2話、獣医のペネロペとアウレリオは恋人同士、開業資金を溜めるため死期の迫った動物の安楽死に走り回っている。アウレリオを演じたラウル・ブリオネスも重量級の脇役なら、飼い犬ペニーの安楽死を依頼したリタ役モニカ・デル・カルメンと夫役のダニエル・トバルも重量級です。

B: この日本贔屓らしい飼い主夫婦もかなり変わっていて、リタに手こずる夫ガストンも同類のようだ。我が子のように可愛がるのは分かるとして、自分たちが飼い犬の〈パパとママ〉とは尋常じゃない。しかしスター犬ペニーの名演技に感心した。

   

       

          (愛犬ペニーを手離せないリタを宥めるペネロペ)  

 

A: どんな名優も子供と動物には勝てません。今泣いたガラスよろしく、ライオンキングの仮装で浮き浮き出かける夫婦にぎょっとします。本作は女性の視点で描かれていますが、それは「最初からの意図ではなく、脚本執筆の過程で自然とそうなった」と監督。しかし「女性中心のアプローチになったが、登場する人物たち全員がたどる旅路についての映画だ」とも語っている。

B: モニカ・デル・カルメンの「アリガト、マタネ」は、なんの皮肉か。おかしな日本贔屓に笑ったけど複雑な気分です。男性優位が国是のメキシコもマッチョな男性は流行おくれなのか、見た目は〈婦唱夫随〉の家族に乾杯しよう。

 

A: 劇中、仮装した夫ガストンにはライオンの仮面を被らせて表情を視聴者に想像させている。写真のような笑顔でしょうか。ダニエル・トバルは、ロドリゴ・プラのデビュー作「La zona」(07)に少年役で出演した。スリリングな階級憎悪を描いた本作は、今のメキシコでは現実味を帯びてきている。

B: ガストンは中年男性だが、トバル本人は1989年生れです。

   

     

       (リタ手作りのライオンキングの仮装の二人に挟まれた監督)

 

A: レナタに「生き物を楽にすることで死の不安を抑えている」と図星を指されたペネロペ、これから処置しようとする犬の名前が偶然自分と同じと分かってバランスを崩す。あまりに刺激的すぎる。レナタに「犬は最後に何を思う?」と尋ねられたことを思い出す。「私なら何を思うのだろうか」と。危機をエネルギーにしているペニーを演じたナイアン・ゴンサレス・ノルビンドもミシェル・フランコの『ニューオーダー』の主役を射止めて以来引っ張り凧。1992年メキシコシティ生れだが、ノルウェー系メキシコ人で教育はソルボンヌ大学、ロンドン音楽演劇アカデミーで学んでいる。メキシコでは異色の経歴、飛躍が期待できそう。因みに『或る終焉』に出演しているナイレア・ノルビンドは実母です。

   

      

              (放心状態で座り込むペネロペ)

 

B: 『ニューオーダー』は、毀誉褒貶あるなかでベネチアFF2020銀獅子賞の審査員グランプリを受賞した作品、モニカ・デル・カルメンも出演している。最悪の偶然にアウレリオも動揺を隠せない。先ほどのレナタの分析が頭から離れないペネロペは、アウレリオに八つ当たり、我慢強い恋人も「またぞろ始まった」堂々巡りにうんざりする。でも二人は離れられない運命共同体。

A: ブリオネスは、デル・カルメンと共演したアロンソ・ルイスパレシオの『コップ・ムービー』(21)で紹介しているが、同監督の「La cocina」(24)が『ラ・コシーナ/厨房』の邦題で公開された。この2作でアリエル主演男優賞を受賞している。

   

      

    

            (運命共同体のペネロペとアウレリオ)

 

モニカ・デル・カルメンとラウル・ブリオネスのキャリア紹介は、コチラ20210828

『ニューオーダー』の紹介記事は、コチラ20220613

 

         3話『感情教育』メンタルヘルスは恥ではない

 

B: 第3話のタイトルは、フローベールの『感情教育』、イルセ・サラス演じる仲介業者の妻ミランダ、母親とも家族とも上手くいってない。

A: 適応障害とは言えないが、夫の仕事関係のパーティで数日知り合ったばかりのレナタに執着している。レナタがペネロペの携帯から助けを求めていたお相手です。午前中に白内障のオペをしたばかりの病院帰りの母親とのあけすけなバトルが見もの。もう片方のオペがすんだら離婚して自由になるつもり、キューバかドミニカに出掛けてやり直したい。髪を金髪にしてまだ人生を諦めていない母親役のアドリアナ・バラサの人格設定も切実だから笑えない。バラサはアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの『バベル』(06)出演で、オスカー賞とゴールデングローブ賞助演女優賞にノミネートされた。

         

                

              (イルセ・サラス扮するミランダ)

  

      

   (ミランダの母親役のアドリアナ・バラサ)

 

B: 夫の悪口に娘であるミランダもやりきれないが、レナタに早く会いたいミランダにはどっちでもいい。イルセ・サラスは、前作では麻酔医師をしている三姉妹の長女を演じていた。

A: アレハンドラ・マルケス・アベジャの公開作品『グッド・ワイフ』や、撮影監督ロドリゴ・プリエトの監督デビュー作『ペドロ・パラモ』など、カストロに次いで知名度が高い。当ブログでも紹介している作品が多く、他に夫アロンソ・ルイスパレシオスのデビュー作『グエロス』にも出演している。彼との間に子供が2人いる。

   

  

                (レナタとミランダ)

 

B: 馬鹿げた金持ち母娘に悪乗りして、ちゃっかり稼いでいるタクシー運転手役フアンキ・ドゥランも笑えます。レナタ、ミランダ、イスマエルのほか、イルランダとアルバも登場、イルランダはアルバを見て火花を散らす伏線が張ってある。

A: 作品によっては回収されない伏線もありますが、ここは次の第4話で回収される。アルバは気づかないが、イルランダの元夫ファクンドとアルバは、かつて性的関係にあったことが暗示される。性的アイデンティティの抑圧が語られるわけですが、タブー視されてきたメンタルヘルスは誰にでも起こりうる。

    

『グッド・ワイフ』の作品紹介は、コチラ20190414

『グエロス』の作品紹介は、コチラ20141003

『ペドロ・パラモ』作品紹介は、コチラ20241204

 

     4話『種への旅』人生は死から誕生へと反対に語ったほうがいい

 

B: 第4話のタイトルは、アレホ・カルペンティエルの短編集『時との戦い』の1編「種への旅」、人生は死から誕生へと反対に語ったほうがいい。時は逆行して老人は若くなり、壮年時代、少年時代を経て幼児になり胎児となる。

A: 本エピソードの主人公はイルランダ、精神科医、今は症状が軽い患者のセラピーをしている。今日は生きてれば99歳になる父親の誕生日、母親が娘や知人を自宅に招いて食事会が行われる。しかし招待客のなかにイルランダのロベルト・ソサ扮する元夫ファクンドがいたことで不穏な空気になる。彼は『ペドロ・パラモ』で神父役を演じていた。

   

      

         (かつての姑の信頼を受けているファクンド役、監督とのツーショット)

 

B: ファクンドが犯した罪の数々が暴露され、さらにイルランダと二人の妹との軋轢やら母親の一方的な非難など、彼女の家族の禁忌の過去に遡って行く過程で食事会は台無しになる。

A: 知的で成功した人々が冷静さを失う可能性が語られるわけですが、一番強烈なのは、愛されていたと思っていた父親が、実は「必死で愛しているフリをしていた」だけ、今日イルランダを招いたのも「慈悲の心から」という母親の言葉でしょう。

   

   

             (頭がよい努力家、誰からも愛されないイルランダ)

 

B: 上から目線に苛立つのは分かるとして、「生意気で横柄、傲慢で自分勝手、親切心などかけらもない」などと責め立て、「結婚前からアルコール依存症だった」と追い打ちをかける。まるでファクンドの裏切りの責任が、あたかもイルランダだけにあると断罪する。母親が娘に対してこれほど残酷になれるものかと驚く。

    

      

          (妹ガリシア、イルランダ、妹イタリア、母親)

 

A: 母や妹ガリシアの怒りの対象はイルランダ個人でないように感じますね。メキシコに根を下ろした人種差別、女性蔑視、同じ姉妹でも「勉強のできた」イルランダだけが大学教育を受けられたことへの不満、家族のお蔭で医者になれたのに偉そうに自分たちを見下している高慢さ、白人でない彼女たちの屈辱感や恨みは、対象が大きすぎるために社会ではなく身近な個人に向かっていく。

B: 自分たちが心のなかに溜めこんだ不満の捌け口を誤っている。いずれメキシコにはびこるマチスモやレイシズムは最終エピソードで語られることになる。                                                                           

 

A: 家族の過剰な期待は、時として敵となりえます。重要なセリフが凝縮されている章でもあり、衝撃的な結末にやりきれないが、こんな復讐の仕方でよかったのでしょうか。私たちは「光のない暗闇で生きている」から、普通の人でも「悲しみや怒りを強く持つ人」にはセラピーは救いになる。それに「セラピーは自己発見に役立つ」と、イルランダは先ほど語っていたではないか。

B: 彼女は社会的弱者とはいえないが、6人のなかで唯一のメスティーソの女性です。前作ではオリーブ農園の家事を一手に引き受けて、農園主だけでなく家族全員の信頼を受けている役柄を好演していた。

 

          5話『響きと怒り』支配されることへの恐怖

 

A: タイトルはウィリアム・フォークナーの人生の虚無を描いた『響きと怒り』、シェイクスピアの戯曲『マクベス』にある彼の独白「愚か者の話は〈騒々しさと激しさ〉はなはだしく、他愛のないことです」から採られている。

B: ナタリア・ソリアン扮するレナタの妹ソレダードは女優で、今日はポスト・スタニスラフスキーのワークショップに参加している。演技指導者マルティナを演じたのは、ナタリア・プラセンシアです。

        

       

         (舞台女優に扮したナタリア・ソリアン、フレームから)

 

A: 二人とも前作に続いての出演、ソリアンは妊婦の三女、プラセンシアはその恋人役でした。もう一人重要な登場人物が、飛び入り参加という設定のフェルナンド・カットリ演ずるバレンティン、彼はモニ・ヤキムに師事していたという聾啞者の俳優役を演じた。

B: ワークショップは「異質な人はいない」の唱和で始まる。マルティナは「舞台芸術の重要な要素は、予測していなかった事態への素直な反応」だと語る。

 

A: マルティナはソレダードとバレンティンに即興の仮面劇を演じさせる。二人は反対の性別で演技するが、ソレダードはバレンティンに組み伏せられレイプされる演技に怒って途中で演技を投げ出してしまう。なぜ投げ出したか、ソレダードはそれは「恐怖だ」と応じる。どういう恐怖か、それは「制御を失うこと」だ、制御を失うと、「支配されるのを好きになる」からである。

B: マルティナは彼女が「騒ぎすぎ」で「何かに縛られている」と分析していたが、マルティナの言う予測していなかった事態にソレダードは反応できなかった。それは彼女がバレンティンに惹かれているからでしょう。

    

  

                    (仮面劇で男性に扮したソレダード)

    

          

              (バレンティンとソレダード)

 

A: 植民地時代の扇子言葉が生きてるなら、女性役のバレンティンは「わたくし、恋人募集中です、あなたが気に入りました」というサインを送っている。最近ソレダードのようなタイプの女性が増えたと思います。ナタリア・ソリアンは、先述したように前作の他、『グッド・ワイフ』、主役を演じたミシェル・ガルサ・セルベラのホラー「Huesera」では、アリエル賞2023女優賞にノミネートされた。ベネチア映画祭2022でプレミアされたカルロス・アイチェルマン・カイザーの「Zapatos rojas」は、マラガ映画祭でも正式出品されました。フェルナンド・フリアス・デ・ラ・パーラのコメディ「No voy a perdirle a nadie que me crea」は、日本語の字幕なしですがNetflixで配信されています。

       

B: メキシコ人俳優とはタイプの違うフェルナンド・カットリは、人気急上昇中とか。 

A: 彼はメキシコシティを拠点にアメリカやヨーロッパでコラボレーションをしている監督、俳優、脚本家。ミュージックビデオ「Rubio: Nacimos llorando」(23、監督)、映画出演はウンベルト・イノホサの犯罪ドラマ「Principes salvajes」(24)でデビュー、米国のTVシリーズにも出演するなど多才なアーティストのようです。

   

Zapatos rojas」の紹介記事は、コチラ20230314

モニ・ヤキム Moni Yakim は、イスラエル出身のフランス人演技指導者、1968年ジュリアード音楽院の演技部門創設メンバーの一人、50年以上〈ムーブメント〉の指導を続けている。1987年、映画『ロボコップ』シリーズでは、ピーター・ウェラー扮するサイボーグの動きを指導して、映画の成功に貢献した。ドキュメンタリー「Creating a Character: The Mori Yakim Legacy」(20)で彼の指導方法が紹介されている。有名なハリウッドスターが指導を受けている。

 

          第6話『テンペスト』内なる家父長制が語られる

 

B: 第6話のタイトル『テンペスト/あらし』は、シェイクスピア単独の執筆としては最後の戯曲と言われる作品。

A: 主役はフェルナンダ・カスティージョ扮するセレナ、父親の援助なしで事業を成功させている実力者。イスマエルのパートナーであるカード占い師アルバの顧客の一人、舞台は巡り巡って第1話のレナタが閉じ込められている居間に戻ってくる。

        

         

        (男に頼らず成功を手にした実業家セレナ・ロペス・レナ)

     

B: レナタの右足首に装着されているGPS端末の経緯がやっと語られます。レナタの長い独白を「痛い」と感じた視聴者もいたはず。

A: レナタがスーパーマーケットの放火犯として逮捕された具体的な経緯が語られる。先住民差別というレイシズムが語られるわけですが、まだ「インディアン」という侮蔑語で先住民を差別する現実に視聴者は誘導される。

B: レナタは放火したことを「後悔していない」し、「差別主義者は地獄に落ちろ」と叫んでいる。本作で一番印象に残ったのは、興奮する娘を諫めるどころか「もっと激しく、燃やすべきだった」というイスマエルのセリフでした。彼には監督が投影されていると思う。

           

A: レナタとセレナは同じ「嘘と偽りに満ちた」クソのような金融業界で働いている。シカゴの大学で博士号を取ったセレナは、バックアップなしでリスク管理の仲介会社を起ち上げた。「忙しくしていないと落ち着かない」という強迫観念に駆られており、イスマエルが祖父母から受け継いだヴィンテージ感のある家を法外の値段で購入したい。そうやって「忙しくしているのが好きだから」である。

B: 思い通りの結果が出るまでアルバに3回もカードをきらせる。お金も知性もあるが、それだけでは人生の意味は分からない。

 

A: レナタの指摘通りセレナは自分が「内なる家父長制」に無意識に縛られていることを認めている。老境の入口に立って文無しになっているイスマエルも、アルバの経済的な支えは拒否している。本作は男に頼らず生きようとして傷つく女たちの物語ですが、自分に残された時間の少なさに立ちすくむ男の物語でもあります。

     

      

       (自分たちの「内なる家父長制は許せない」セレナとレナタ)

 

B: 寝室が6部屋、5ヵ所のシャワールームは今や無用の長物、イスマエルはやり残したことの多さに愕然としている。70歳はもう目の前、監督も前作のダニエル・ヒメネス=カチョ扮するオリーブ農園主も同世代です。 

   

A: 何世紀も続いた家父長制は手強い、私たちも内なる家父長制に無意識に縛られていることを認めざるをえません。さてセレナを演じたフェルナンダ・カスティージョ紹介、1982年メキシコシティ生れ、TVシリーズ出演で知名度高く、ファビアン・コレスの「Encontrando el Fin del Mundo」やラファエル・モンテロの「Rumbos paralelos」、Netflix配信中のサルバドル・エスピノサのコメディ、出番は少ないが『僕と、パパと、ホントのパパを見つけるまで』(原題「Lo mejor del mundo」)などに出演している。