ブラジル映画『見えざる人生』*ラテンビート2019 ⑦2019年11月03日 14:15

        カリン・アイヌーズの『見えざる人生』――オスカーを狙う

    

      

 

カリン・アイヌーズ『見えざる人生』A vida invisívelは、第2部ブラジル映画部門で上映されます。カンヌ映画祭2019「ある視点」作品賞受賞作品、第92回米アカデミー国際長編映画賞のブラジル代表作品にも選ばれています。マルタ・バターリャの同名小説の映画化、正確には「ユリディス・グスマンの見えざる人生」(A vida invisível de Eurídice Gusmao 2016年刊)です。1950年代のリオデジャネイロを舞台に、男性支配に抗して自由を得ようとする姉妹の物語。ヒロインのユリディスにカロル・ドゥアルテ、姉ギーダにジュリア・ストックラー、ユリディスの晩年を『セントラル・ステーション』のフェルナンダ・モンテネグロが演じる。

   

       

           (原作者マルタ・バターリャと同名小説の表紙)

    

       

 (ジュリア・ストックラー、監督、カロル・ドゥアルテ、カンヌFF2019のフォトコール)

 

 

 『見えざる人生』A vida invisível英題「The Invisible Life」)

                     ブラジル=ドイツ合作

製作:Canal Brasil / Pola Pandora Filmproduktions / RT Features / Sony Picture

監督:カリン・アイヌーズ

脚本:ムリロ・ハウザー、イネス・ボルタガライ、カリン・アイヌーズ

原作:マルタ・バターリャ

撮影:エレーヌ・ルヴァール(仏)

音楽:ベネディクト・シーファー (独)

プロダクション・デザイン&美術:ホドリゴ・マルティレナ

衣装デザイン:マリナ・フランコ

製作者:ミヒャエル・ベバー(独)、ホドリゴ・テイシェイラ、他多数

 

データ:製作国ブラジル=ドイツ、ポルトガル語、2019年、ドラマ、139分、第92回米アカデミー国際長編映画賞ブラジル代表作品。公開ブラジル1121日、イタリア(912日)、他ポーランド、スペイン、オランダ、フランス、ロシア、トルコなどの公開がアナウンスされている。

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2019「ある視点」作品賞受賞、リマ・ラテンアメリカ映画祭APRECI賞、Honorableオナラブル・メンション、ミュンヘン映画祭CineCopro賞、バジャドリード映画祭銀のスパイク賞FIPRESCI、女優賞(カロル・ドゥアルテとジュリア・ストックラー)ほか受賞、他ノミネーションは多数につき割愛、ラテンビート映画祭上映作品

 

キャスト:カロル・ドゥアルテ(ユリディス・グスマン)、ジュリア・ストックラー(ギーダ、グスマン)、フェルナンダ・モンテネグロ(晩年のユリディス)、グレゴリオ・デュヴィヴィエ(夫アンテノル)、フラヴィオ・バウラキ(刑事)、アントニオ・フォンセカ(マヌエル)、マルシオ・ヴィト(オズワルド)、クリスティナ・ペレイラ(セシリア)、フラヴィア・グスマン(母アナ・グスマン)、マリア・マノエラ(ゼリア)、ニコラス・アントゥネス(Yorgus)、他

 

ストーリー:長く離れていた姉からの古い手紙は、80歳になるユリディスを驚かせる。1950年代のリオデジャネイロ、ユリディス・グスマンは18歳、クラシックのピアニストになる夢を抱いてウィーン音楽学校を目指していた。しかし、2歳年上の姉ギーダがギリシャ人の船乗りとヨーロッパへ駆け落ちして、間もなく身重の体で秘かにリオに戻ってくる。残酷な家族の嘘によって切り離された姉妹は、都会の雑踏に揉まれ、それぞれの道を前進することになる。ユリディスは愛のない結婚を強いられる。男性優位の社会の仕来りに支配され分断された女性たちの人生が語られる。マルタ・バターリャの同名小説の映画化、マルタを独りで育ててくれた母親と、108歳まで生きた祖母を讃えるために、作家は女性に声を与えることにした。 (文責:管理人)

 

        

     (手紙を読むユリディス、フェルナンダ・モンテネグロ、映画から)

 

         監督のリオへの愛――国際的なスタッフ陣に注目

 

★リオデジャネイロが舞台だが、『ファヴェーラの娘』はリオ・オリンピック後の現代、こちらは1940年代後半から50年代と半世紀以上も時代を遡る。ヨーロッパは第二次世界大戦で焦土と化していた頃です。ラテンアメリカ諸国は戦場にならなかった。どんなリオが見られるのだろうか。先ず監督紹介から、カリン・アイヌーズ(セアラ州フォルタレザ1966)は、監督、脚本家、製作者(カリム・アイノーズとも表記される)。2006年のスエリーの青空』(ブラジル=ポルトガル=独=仏合作、O Céu de Suely)が公開されている。シネポート-ポルトガル映画祭で作品・監督賞、ハバナ映画祭初監督部門サンゴ賞、リオデジャネイロ映画祭作品・監督賞、他を受賞したことで公開された。

    

      

          (スエリーの青空』のポスター

 

2002年の長編デビュー作Madame Satãはカンヌ映画祭「ある視点」に正式出品された。カポエイラのパフォーマーだったジョアン・フランシスコ・ドス・サントス(190076)の伝記映画、芸名のマダム・サタで知られている。シカゴ映画祭作品賞、ハバナFF特別審査員賞、サンパウロ映画祭APCAトロフィーなどを受賞した。ゲイをテーマにしたPraia do Futuroは、サンセバスチャン映画祭2014でセバスチャン賞を受賞した他、サンパウロFFAPCAトロフィーを受賞するなど、かなりの受賞歴がある。

カポエイラはアフリカ系黒人の護身術がもとになっている。アクロバティックな技に音楽とダンスの要素が組み合わさっている。2014年にユネスコの無形文化遺産に登録された。

 

   

         (長編デビュー作Madame Satã」のポスター

   

★最新作『見えざる人生』は、審査委員長がナディーヌ・ラバキだったこともあり、女性審査員の票が集まったとも言われた。1026日閉幕したバジャドリード映画祭では、金賞こそ逃したが銀のスパイク賞、主演の二人の姉妹役が女優賞を受賞するなどした。カンヌには監督以下大勢で参加したが、バジャドリードにはアカデミー賞のプロモーションで忙しく授賞式を欠席したのか、写真は入手できなかった。短期間で終わる映画祭では、139分という長尺はどうしても敬遠されるが、長く感じるかどうかです。1940年代から50年代のリオの風景や雑踏も興味深そうだが、カリン・アイヌーズ監督のリオデジャネイロに寄せる愛も語られるのではないか。

   

   

    (カリン・アイヌーズ、カンヌFF2019「ある視点」授賞式にて)

 

★撮影監督がフランスのエレーヌ・ルヴァールに驚いた。アニエス・ヴァルダの『アニエスの浜辺』(08)、ヴィム・ヴェンダースの『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(11)のドキュメンタリーを撮っている他、イタリアのアリーチェ・ロルバケルの『幸福なラザロ』(18)、最近ではハイメ・ロサーレスの『ペトラは静かに対峙する』など話題作を撮っている。これは大いに楽しみでです。音楽を手掛けたのはドイツの作曲家ベネディクト・シーファー、彼は目下開催中の東京国際映画祭コンペティションで話題になっているドミニク・モルの『動物だけが知っている』も担当している。

 

★メインの製作者ミヒャエル・ベバーは国際派、クリスティアン・ペッツォルトの『東ベルリンから来た女』(12)、『あの日のように抱きしめて』(14)や『未来を乗り換えた男』(18)のドイツ映画だけでなく、イスラエルのサミュエル・マオスの『運命は踊る』(17、ベネチアFF審査員賞)、タイのアピチャッポン・ウィーラセタクンの『光りの墓』(16)、ダニス・タノビッチの『汚れたミルク あるセールスマンの告発』(16)、『幸福なラザロ』、メキシコのアマ・エスカランテの『触手』(17)など公開作品が多い。スペインのイシアル・ボリャインの「Yuli」も手掛けている。

 

★もう一人、リオデジャネイロ出身の若手プロデューサーホドリゴ・テイシェイラは、イタリアのルカ・グァダニーノの『君の名前で僕を呼んで』(17)、ブラッド・ピット主演で話題になっているジェームズ・グレイの『アド・アストラ』(19)、クリスタル・モーゼルの『スケート・キッチン』(16)に共同プロデューサーとして参画している。

 

   『セントラル・ステーション』のフェルナンダ・モンテネグロが出演

 

フェルナンダ・モンテネグロ(リオデジャネイロ1929)は90歳、映画では80代という実際より若いユリディス・グスマンを演じる。出番は少なそうだが扇子の要でしょう。TVシリーズを含めるとIMDbによれば81作とある。1954TVシリーズでデビューしている。彼女を一躍スターにしたのはウォルター・サレスの『セントラル・ステーション』(98)、中年女性に扮したが既に70歳に近かった。ベルリン映画祭金熊賞、モンテネグロも主演女優賞を受賞、米アカデミーにノミネートされた唯一人のブラジル女優。リアルタイムで見た人は感無量でしょうか。

 

      

       (フェルナンダ・モンテネグロ、『セントラル・ステーション』から)

 

★その他、ブルーノ・バレット『クアトロ・ディアス』(97)に出演、196994日、実際にリオで起きたアメリカ大使誘拐事件を事件の犯人の一人だったフェルナンド・ガベイラが書いた自伝をベースに映画化された。モンテネグロは犯人を目撃した主婦役だった。ガルシア・マルケスの小説をマイク・ニューウェルが映画化した『コレラの時代の愛』(07)では、トランシト・アリーサを演じた。未見だが『リオ、アイラブユー』(13)にも出演している。本作はブラジル映画祭2015で上映された。ワールド・デビューが遅かったことで、若い頃の作品は1作も見ていない。

 

   

         (フェルナンダ・モンテネグロと監督)

 

★ヒロインのユリディス・グスマンを演じたカロル・ドゥアルテ1992年サンパウロ生れ、姉のギーダを演じたジュリア・ストックラー1988年生れ、共に短編、TVシリーズの出演はあるが、長編映画は初出演。ユリディスが愛のない結婚をするアンテノル役のグレゴリオ・デュヴィヴィエ(リオ1986)は、Ian Sbtのコメディ「Porta dos FundosContrato Vitalicio」(16)で主役を演じている。

 

(カロル・ドゥアルテ)

 

(ジュリア・ストックラー)

   

      

 (グレゴリオ・デュヴィヴィエ、「Porta dos FundosContrato Vitalicio」から)

 

★ラテンビートは間もなく開催されます。続きは鑑賞後に譲ります。