『あなたに触らせて』あるいは『スキン』*ラテンビート2017 ② ― 2017年08月20日 15:39
末恐ろしいエドゥアルド・カサノバのデビュー作

(ピンクのシャツで全員集合)
★エドゥアルド・カサノバのデビュー作 “Pieles”(“Skins”)は、ラテンビートでは英題の『スキン』ですが、ネットフリックスで『あなたに触らせて』として既に放映されています。ネットフリックスの邦題は本作に限らずオリジナル・タイトルに辿りつけないものがが多く、これも御多分に漏れずです。セリフの一部から採用しているのですが・・・。ネットフリックスの資金援助とアレックス・デ・ラ・イグレシアとカロリナ・バングの制作会社Pokeepsie Films、キコ・マルティネスのNadie es Perfectoの後押しで、1年半という新人には考えられない短期間で完成できた作品。新プラットフォームの出現でスクリーン鑑賞が後になるというのも、時代の流れでしょうか。なおカロリナ・バングはプロデュースだけでなく精神科医役として特別出演しています。
★ベルリン映画祭2017パノラマ部門、マラガ映画祭正式出品の話題作。デフォルメされた身体のせいで理不尽に加えられる暴力が最後に痛々しいメロドラマに変化するという、社会批判を込めた辛口コメディ、ダーク・ファンタジー。好きな人は涙、受けつけない人は苦虫、どちらにしろウトウトできない。
“Pieles”(“Skins”)『スキン』(または『あなたに触らせて』)2017
製作:Nadie es Perfecto / Pokeepsie Films / Pieles Producciones A.I.E.
協賛The Other Side Films
監督・脚本:エドゥアルド・カサノバ
撮影:ホセ・アントニオ・ムニョス・モリナ(モノ・ムニョス)
編集:フアンフェル・アンドレス
音楽:アンヘル・ラモス
録音:アレックス・マライス
録音デザイン:ダビ・ロドリゲス
美術・プロダクションデザイン:イドイア・エステバン
メイク&ヘアー:ローラ・ゴメス(メイク主任)、オスカル・デル・モンテ(特殊メイク)
ヘスス・ジル(ヘアー)
衣装デザイン:カロリナ・ガリアナ
キャスティング:ピラール・モヤ、ホセ・セルケダ
プロダクション・マネジャー:ホセ・ルイス・ヒメネス、他
助監督:パブロ・アティエンサ
製作者:キコ・マルティネス、カロリナ・バング、アレックス・デ・ラ・イグレシア、他
視覚効果:Free your mindo
データ:スペイン、スペイン語、2017年、コメディ、ダーク・ファンタジー、77分、ベルリン映画祭2017パノラマ部門出品、マラガ映画祭2017セクション・オフィシアル出品(ヤング審査員特別賞受賞)、ビルバオ・ファンタジー映画祭上映。配給ネットフリックス190ヵ国放映、スペイン公開6月9日、ラテンビート2017予定。
プロット:普通とは異なった身体のため迫害を受ける、サマンサ、ラウラ、アナ、バネッサ、イツィアルを中心に、周りには理解してもらえない願望をもつ、クリスティアン、エルネスト、シモン、後天的に顔面に酷い火傷を負い再生手術を願っているギリェなどを絡ませて、「普通とは何か」を問いかけた異色のダーク・ファンタジー。人は「普通」を選択して生まれることはできない。しかし人生をどう生きるかの選択権は他人ではなく、彼ら自身がもっている。ピンクとパープルに彩られたスクリーンから放たれる暴力と痛み、愛と悲しみ、美と金銭、父と娘あるいは母と息子の断絶、苦悩をもって生れてくる人々にも未来はあるのか。
キャスト:
アナ・ポルボロサ:消化器官が反対になったサマンサ(“Eat My Shit”『アイーダ』)
マカレナ・ゴメス:両眼欠損の娼婦ラウラ(『トガリネズミの巣穴』『スガラムルディの魔女』)
カンデラ・ペーニャ:顔面変形片目のアナ(『時間切れの愛』『オール・アバウト・マイ・マザー』)
エロイ・コスタ:身体完全同一性障害、人魚になりたいクリスティアン(TV”Centro mrdico”)
ジョン・コルタジャレナ:顔面火傷を負ったギリェ(米『シングル・マン』TV”Quantico”)
セクン・デ・ラ・ロサ:異形愛好家エルネスト(『クローズド・バル』 “Ansiedad”)
アナ・マリア・アヤラ:軟骨無形成症のバネッサ
ホアキン・クリメント:バネッサの父アレクシス(『クローズド・バル』)
カルメン・マチ:クリスティアンの母クラウディア(『クローズド・バル』『ペーパーバード』『アイーダ』)
アントニオ・デュラン’モリス’:クリスティアンの父シモン(『プリズン211』『月曜日にひなたぼっこ』)
イツィアル・カストロ:肥満症のイツィアル(『ブランカニエベス』『Rec3』“Eat My Shit”)
アドルフォ・フェルナンデス:(『トーク・トゥ・ハー』)
マリア・ヘスス・オジョス:エルネストの母?(『スガラムルディの魔女』『ペーパーバード』)
アルベルト・ラング:(『トガリネズミの巣穴』『グラン・ノーチェ』)
ハビエル・ボダロ:街のチンピラ(『デビルズ・バックボーン』)
ミケル・ゴドイ:2017年の娼館のアシスタント
特別出演
カロリナ・バング:精神科医(『気狂いピエロの決闘』)
ルシア・デ・ラ・フエンテ
マラ・バジェステロ:2000年の娼館経営者(『アイーダ』)
*監督キャリア&フィルモグラフィ*
★エドゥアルド・カサノバEduardo Casanova:1991年3月マドリード生れの26歳、俳優、監督、脚本家。人気TVシリーズ ”Aída”「アイーダ」(05~14)に子役としてデビュー、たちまちブレークして232話に出演した。他、アレックス・デ・ラ・イグレシアの『刺さった男』や『グラン・ノーチェ!最高の大晦日』、アントニア・サン・フアンの “Del lado del verano” などに脇役として出演している。

(「アイーダ」に出演していた頃のカサノバ、ダビ・カスティリョ、アナ・ポルボロサ)
★監督・脚本家としては、2011年ゾンビ映画 “Ansiedad”(Anxiety)で監督デューを果たす。この短編にはアナ・ポルボロサとセクン・デ・ラ・ロサを起用している。短編8編のうち、2014年の凄まじいメロドラマ “La hora del baño”(17分)にはマカレナ・ゴメス、2015年の“Eat My Shit” には再びアナ・ポルボロサが出演、長編 “Pieles”『スキン』のベースになっている。他に2016年にホセ・ルイス・デ・マダリアガをフィデル・カストロ役に起用して “Fidel”(5分)を撮る。短期間だがハバナのサン・アントニオ・デ・ロス・バニョスの映画学校でビデオクリップの制作を学んでいる。カサノバによるとキューバや独裁者たちや紛争対立に興味があるようです。「アイーダ」での役名は偶然にもフィデル・マルティネスだった。

("Eat My Shit"のイツィアル・カストロ、監督、アナ・ポルボロサ)

(エドゥアルド・カサノバ、ベルリン映画祭2017にて)
冒頭から度肝をぬくマラ・バジェステロの怪演
A: 物語はドール・ハウスのようにピンクに彩られた「愛の館」から始まる。マラ・バジェステロ扮する娼館の女主人は、「本能は変えられない」と客のシモンを諭す。先ず彼女の風体に度肝をぬかれる。シモンは妻クラウディアが無事男の子を出産したことを確認すると妻子の前から姿を消す。この男の子がクリスティアンです。この親子がグループ1。
B: クリスティアンは身体完全同一性障害BIIDという実際にある病気にかかっている。四肢のどれかが不必要と感じる病気です。彼の場合は両足がいらない、人魚のようになりたいと思っている。彼のメインカラーはパープルである。このピンクとパープルが一種のメタファーになっている。

(「本能は変えられない」とシモンを諭す娼館のマダム)

A: このプロローグには作品全体のテーマが網羅されている。娼館マダムのマラ・バジェステロの風体にも混乱させられるが、その病的な理念「美とノーマルが支配する無慈悲な社会秩序を支えているマヤカシ」を静かに告発している。
B: 深い政治的な映画であることがすぐ分かるプロローグ。ただ苦しむために生まれてくるかのような人々の存在が現実にある。

(人魚になりたいクリスティアンのエロイ・コスタ)

(息子の葬儀に17年ぶりに邂逅する、クラウディアのカルメン・マチとシモン)
A: シモンは身体的に普通でない女性が好きなことを恥じている。女主人が紹介するのが目が欠損している当時11歳というラウラにたじろぐが、ラウラに魅せられてしまう。シモンはラウラに2個のダイヤの目をプレゼントする。シモンにはアントニオ・デュラン’モリス’、ラウラには『トガリネズミの巣穴』のマカレナ・ゴメスが扮した。
B: ラウラのメインカラーはピンク、時代は17年後の2017年にワープして本当のドラマが始まる。
A: ラウラに肥満症のイツィアルが絡んでグループ2となる。イツィアル・カストロは、カサノバ監督のお気に入りで短編 “Eat My Shit”(15)にも出演している。

(シモンからダイヤの目をもらったラウラ)

(ラウラのダイヤを盗んだイツィアル)
B: この短編を取り込んで、サマンサを中心にしたグループ3に発展させた。サマンサのメインカラーはパープルです。
A: サマンサ役のアナ・ポルボロサが長短編どちらにも同じ役で出演している。消化器官が反対、つまり顔に肛門、お尻に口とかなりグロテスクだが、ポルボロサの美しさが勝っています。カサノバ監督とポルボロサは人気TVシリーズ「アイーダ」の子役時代からの親友、彼女のほうが2歳年上です。サマンサは外では人々の哄笑とチンピラの理不尽な暴力に屈している。なおかつ家では父親の見当はずれの過保護に疲れはて、悲しみのなかで生きている。
B: サマンサに倒産寸前の食堂経営者イツィアル、BIID患者のクリスティアンが絡んで、最終的にはエルネストに出会うことになる。

外見は手術によって変えられる―悪は自分の中にある
A: エルネストは外見が奇形でないと愛を感じられないシモンと同系列の人間。片目がふさがり頬が垂れ下がっているアナを愛している。母親はそんな息子を受け入れられない。エルネストはアナと一緒に暮らそうと家を出るが、賢いアナはエルネストが愛しているのは ”Solo me quieres por mi físico” 外見であって内面ではないと拒絶する。
B: 外見は手術によって変えられる。アナが愛しているのは、顔面頭部全体が大火傷でケロイドになってしまっているギリェだ。これがグループ4で、アナのメインカラーはピンクです。

(アナのカンデラ・ペーニャ)
(監督とエルネスト役のセクン・デ・ラ・ロサ)
A: しかしギリェは偶然手に入れたお金をネコババして再生手術を受け、終局的にはアナを裏切る。アナもやっと自立を決意する。エルネストはアナのときはピンク、サマンサに遭遇してからは、パープルに変わる。相手に流される人物という意味か。

(ギリェを演じたジョン・コルタジャレナ)
B: ギリェが愛していたのは美青年だった頃の自分自身だった。聡明なアナも見抜けなかった。アナ役のオファーをよく受けたと思いませんか。監督もカンデラ・ペーニャのような有名女優が引き受けてくれたことに感激していました。
A: 彼女はインタビューで、「エドゥアルドにはショックを受けた。こんな脚本今までに読んだことなかったし、比較にならない才能です。私の女優人生でも後にも先にもこんな役は来ないと思う」とベタ褒めでした。ラウラとアナの特殊メイクを担当したのがオスカル・デル・モンテ、2時間ぐらいかかるので、ヘアーも同時にしたようです。タイトルが「スキン」だから、常にスキン、スキン、スキンとみんなで唱えていたと、責任者のローラ・ゴメスは語っていた。冒頭に出てくる娼館マダムのヌードの意味もこれで解けます。
本当の家族を求めるバネッサ、娘の幸せより金銭を求める父親
B: 低身長のバネッサは軟骨無形成症という病気をもって生まれてきた。今はピンクーという着ぐるみキャラクターとしてテレビに出演、子供たちの人気者になっている。しかし欲に目のくらんだプロダクション・オーナーと父親に酷使され続けている。
A: 体外受精で目下妊娠しているから胎児のためにも番組を下りたい。しかし娘の幸せより金銭を愛する父親は断固反対する。こんな父親は本当の家族とは言えない。このバネッサと父親、札束で頬を叩くようなオーナーが最後のグループ5です。ここにギリェが絡んだことでアナは目が覚める。
B: このグループの社会批判がもっとも分かりやすい。バネッサのメインカラーはピンクです。

(ピンクーの着ぐるみを着せられるバネッサ)
A: この映画のメタファーは差別と不公正だと思いますが、こういう形で見せられると悪は自分の中にあると考えさせられます。
B: 固定観念にとらわれていますが、普通とは一体何かです。
A: 「常に母親という存在や先天的奇形に取りつかれている」という監督は、登場人物たちは自分の目的を手に入れるために乗り越えねばならない壁として先天的奇形を利用していると言う。肌に触れたい登場人物には目を取りのぞく(ラウラ)、あるいはキスをしたい登場人物には口を取り去ってしまう(サマンサ)ように造形した。
B: スクリーンがパステルカラーに支配されているとのはどうしてかという質問には、「なぜ、ピンク色かだって? いけないかい? 僕の家はピンク色なんだよ」と答えている。
A: 建築物がピンク色ではおかしいという固定観念に囚われている。
B: 影響を受けた監督としてスウェーデンのロイ・アンダーソンとブランドン・クローネンバーグを挙げていますが。
A: アンダーソン監督の『散歩する惑星』はカンヌ映画祭2000の審査員賞、『さよなら、人類』はベネチア映画祭2014の金獅子賞、本作は東京国際映画祭ではオリジナルの直訳「実存を省みる枝の上の鳩」といタイトルで上映された。シュールなブラック・ユーモアに富み、不思議な登場人物が次々に現れる恐ろしい作品。クローネンバーグはデヴィッド・クローネンバーグの息子、近未来サスペンス『アンチヴァイラル』(12)が公開されている。これまたSFとはいえ恐ろしい作品、今作を見た人は『スキン』のあるシーンに「あれッ」と思うかもしれない。カサノバ監督の第2作が待たれます。
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