アンヘラ・モリーナ*映画国民賞2016受賞のニュース ― 2016年07月28日 17:38
ブニュエルの気まぐれから『欲望のあいまいな対象』のヒロインに
★2016年映画国民賞*の受賞者がアンヘラ・モリーナとアナウンスされました。1955年10月5日マドリード生れの60歳、女優。映画、TV、舞台と活躍、2013年にスペイン映画アカデミーの「金のメダル」を受賞したばかりです。1987年に第1回が開催されたゴヤ賞は5回のノミネーションがあるだけで無冠、フランコ没後の民主主義移行期(1976~80)に活躍の中心があるせいかもしれない。

★初期作品では、ハイメ・カミーノの『1936年の長い休暇』(“Las largas vacaciones del 36”1976)、ほかマヌエル・グティエレス・アラゴンの『黒の軍団』(“Camada negra”)、ハイメ・デ・アルミニャンの“Nunca es tarde”、ルイス・ブニュエル の『欲望のあいまいな対象』(“Ese oscuro objeto del deseo”)、ハイメ・チャバリの“A un dios desconocido”、以上4作すべて1977年、スペイン映画史に残る作品です。なかでもM・グティエレス・アラゴンのお気に入りで、彼の代表作『森の中心』(79 “El corazón del bosque”フォトグラマス・デ・プラタ受賞)、『庭の惡魔』(82“Demonios en el jardín” フォトグラマス・デ・プラタ、ニューヨーク批評家賞、ACE賞など受賞)に出演している。映画祭上映なので若い方には見るチャンスがなかったと思います。公開された『天国の半分』(86“La mitad del cielo”)では、サンセバスチャン映画際の女優賞、フォトグラマス・デ・プラタを受賞しておりますが、ゴヤ賞はノミネートされただけでした。

(左モノクロ『庭の惡魔』、上『森の中心』、下『天国の半分』)
★M・グティエレス・アラゴンの『黒の軍団』の脚本と製作を担ったセ・ルイス・ボラウの“La Sabina”(79、フォトグラマス・デ・プラタ受賞)を懐かしむファンはシニアにかぎらない。音楽を担当したのがパコ・デ・ルシアでした(息子クーロ・サンチェスが撮ったドキュメンタリー『パコ・デ・ルシア 灼熱のギタリスト』が現在公開中)。スウェーデンとの合作、アンダルシア地方の山中に住むというドラゴンの女性モンスター伝説をめぐるドラマ。スペイン俳優だけでなく、スウェーデンのハリエット・アンダーソン、イギリスのジョン・フィンチ、アメリカのキャロル・ケインと、吹替えながら国際色豊かなキャスト布陣も話題になった。

(二十代前半のアンヘラ・モリーナとジョン・フィンチ、“La Sabina”)
★「ブニュエル映画」に出演したスペイン女優は、彼の最後の作品となった『欲望のあいまいな対象』(仏西合作、1977)に出演したアンヘラ・モリーナだけかもしれない。そもそもブニュエルはスペイン単独の劇映画を1本も撮っていない。亡命する前に撮ったドキュメンタリー『糧なき土地』(32、27分)が唯一です。カンヌ映画祭グランプリ受賞の『ビリディアナ』(61)はメキシコとの合作、ペレス・ガルドスの短編の映画化『哀しみのトリスターナ』(70)は仏伊との合作、『欲望のあいまいな対象』出演も監督の気まぐれからだったという。ヒロインのコンチータ役をキャロル・ブーケとアンヘラが演じた。

(左から、L・ブニュエル、フェルナンド・レイ、A・モリーナ『欲望のあいまいな対象』)
★1980年代以降の作品では、映画祭上映後公開されたアルモドバル『抱擁のかけら』(09)、『ライブ・フレッシュ』(97)、パブロ・ベルヘル『ブランカニエベス』(12)、他にアルフレッド・アリアス『フエゴス』(86)、ハイメ・カミーノ『ベラスケスの女官たち』(88)、ハイメ・チャバリ『歌と踊りと恋のいざこざ』(89)、コロンビアのアリ・トリアナ『コロンビアのオイディプス』(96)、アルゼンチンのシーロ・カペラッリ『フラミンゴの季節』(97)、ラモン・サラサール『靴に恋して』(02)、エミリオ・エステベス『星の旅人たち』(10)、イタリア語が堪能なことからジュゼッペ・トルナトーレ『題名のない子守唄』(06)、『シチリアシチリア』(09)、またはリドリー・スコットの『1492 コロンブス』(92)など、スペイン語圏以外の監督からもオファーを受けている。いずれも原タイトルとはかけ離れた邦題が殆どで原題を辿るのに骨が折れる。
★私生活、歌手、俳優アントニオ・モリーナを父に8人兄弟姉妹の3番目、他の兄弟も俳優や音楽家として活躍している芸能一家。最初のフランス人写真家エルヴェHerve Timarche(1977~91)との間に3子、長女オリビアも女優、というわけでフランス語もできる。1995年再婚したカナダ系の企業家レオLeo Blakstadとの間に2子、合計5人の子持ち女優はスペインでも珍しい。5子目は47歳という高齢出産で周囲を驚かせた。長女オリビア・モリーナがヒロインになったホアキン・オリストレルの『地中海式 人生のレシピ』が公開されている。2012年、『ブランカニエベス』で祖母役を演じていた母親を、実人生でもおばあちゃんにしてしまった罪深い娘である。

(第5子を抱くアンヘラ・モリーナ、2003年4月)
★脇役を含めると3桁になる出演本数だが、その他演劇畑でも活躍、昨年、マグィ・ミロ演出の「シーザーとクレオパトラ」の熟年クレオパトラ役は、シーザー役のエミリオ・グティエレス・カバとの息もあって特に好評だった(若い頃はルシア・ヒメネスとマルシアル・アルバレス)。例年7月にメリダの野外ローマ劇場で開催される由緒ある演劇フェスティバルで上演された。他にカンヌやサンセバスチャン映画祭の審査員、ベルリン映画祭1999,マラガ映画祭2010ではコンペティション部門の審査委員長を務めた。白髪も皺も目立つようになったアンヘラだが、今回の映画国民賞受賞を機に一段の活躍を期待したい。

(クレオパトラを演じるアンヘラ・モリーナ、2015年7月)
★昨年の映画国民賞はフェルナンド・トゥルエバが「今さら頂いても・・・嬉しくない」と、受賞に難色を示した賞、今年のアンヘラ・モリーナはすんなりいきそうです。今回もトゥルエバほどではありませんが、「まだもらっていなかったのか」という感は拭えません。トゥルエバのケースでは、関係者も周囲もファンも受賞していると思っていました。オスカー賞監督(『ベルエポック』92)だし、スペイン映画界の貢献者でしたから。また“La niña de tus ojos”(1998、『美しき虜』DVD)は未公開でしたが、ゴヤ賞1999の作品賞、ペネロペ・クルスが主演女優賞、ミロスラブ・タボルスキーが新人男優賞、他に美術、衣装デザイン、メイクアップ&ヘアー、プロダクションの7賞を受賞した作品、前年に受賞してもおかしくなかった。
★新作となる『美しき虜』の続編“La reina de España”は、今年11月25日公開がアナウンスされました。9月下旬開催のサンセバスチャン映画祭には間に合わなかったのでしょうか。
*“La reina de España”の紹介記事は、コチラ⇒2016年2月28日
*映画国民賞 Premio Nacional de Cinematografia というのは1980年に始まった賞、まだ「ゴヤ賞」(1987年から)が始まっていない時期で、シネアストに与えられる賞としては唯一のものでした。国民賞は他に文学賞、美術賞、科学賞などと各分野に分かれています。選考するのは日本の文部科学省にあたる文化教育スポーツ省と映画部門ではICAA(Instituto de la Cinematografia y de las ArtesAudiovisuales)です。副賞の3万ユーロは多額というわけではありませんが、栄誉賞としてはゴヤ賞より上かもしれません。
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