ダニエル・カルパルソロのアクション・スリラー*”Cien años de perdón” ― 2016年07月03日 08:40
『インベーダー・ミッション』の監督最新作

★今年期待できるスペイン映画としてチラッとご紹介したダニエル・カルパルソロの新作“Cien años de perdón”、3月4日スペイン公開以来、上質のサスペンスとして興行成績もよろしいようです。銀行を襲う強盗団の物語は幾つか過去にもありますが、導入部は似ていてもテーマは異なる。いずれ劇場公開されるでしょうね。原タイトルは、「Quien roba a un ladrón, tiene cien años de perdón」というスペインの格言から採られています。簡単にいうと「泥棒から物を盗むのは罪になりません」ということで、悪事をはたらく人間が自分の行為を正当化するときに言う捨てゼリフですが、悪事は悪事でしかありません。一部の金融システムのエリートだけが潤っている現状に庶民は不信を抱いている。この格言には幾通りかバージョンがあります。エジンバラ映画祭上映の英題は“To Steal from a Thief”でした。
★アクション映画の監督では、アルベルト・ロドリゲス(『UNIT 7 ユニット7/麻薬取締第七班』『マーシュランド』)、エンリケ・ウルビス(『貸し金庫507』『悪人に平穏なし』)、ダニエル・モンソン(『プリズン211』『エル・ニーニョ』)などが挙げられるが、本作のダニエル・カルパルソロもアクション映画の旗手として加えていいでしょう。低予算ながらハリウッド並みの策略、緊張、エモーションと大衆が求めるものを取り込んでいる。
“Cien años de perdón”(“To Steal from a Thief”)2016
製作:Vaca Films / Morena Films / Telecinco Cimema / K&S Films / Telefónica Studios
監督:ダニエル・カルパルソロ
脚本:ホルヘ・ゲリカエチェバリア
撮影:トス・インチャウステギ
音楽:フリオ・デ・ラ・ロサ
編集:アントニオ・フルトス
データ:製作国スペイン=アルゼンチン=フランス、言語スペイン語、2016、96分、サスペンス、製作資金670万米ドル、興行成績1211万米ドル。公開アルゼンチン2016年3月3日、スペイン3月4日、ウルグアイ3月12日、チリ4月14日、イギリス(エジンバラ映画祭)6月16日。ポルトガル7月7日、ギリシャ7月28日の予定
キャスト:ロドリゴ・デ・ラ・セルナ(エル・ウルグアジョ)、ルイス・トサール(エル・ガジェーゴ)、ラウル・アレバロ(フェラン)、ホセ・コロナド(メジーソ)、ホアキン・フリエル(ロコ)、パトリシア・ビコ(サンドラ)、マリアン・アルバレス(クリスティナ)、ルシアノ・カセレス(バレラ)、ルイス・カジェホ(ドミンゴ)、ホアキン・クリメント(エル・プニェタス)、他

(性格の異なる両首領エル・ウルグアジョとエル・ガジェーゴはこんなマスクで登場)
解説:〈エル・ウルグアジョ〉と〈エル・ガジェーゴ〉を首領とする盗賊団がバレンシアのある銀行を襲う計画を実行しようとしていた。任務は可能なかぎりのセーフティ・ボックスを入手することであった。メトロの廃駅から銀行まで予め掘っておいたトンネルを通じて逃走する手筈にしていた。一方、首相の報道官は盗賊団の真の狙いが貸し金庫「314」であることに気づいた。大事故で現在は昏睡状態にある政府の元メンバー、ゴンサロ・ソリアーノ所有のそのボックスには表沙汰にできないマル秘文書が入っていた。エル・ウルグアジョとその一味は、昨夜から降り続いた大雨のせいでトンネルが浸水、想定外の苦境に立たされていた。盗品が政府内のある派閥のマル秘であるにもかかわらず、銀行職員には逃亡阻止の指示も届いていなかった。平凡な出だしながら時間とともに複雑になっていくストーリー展開、対照的な両首領の性格的戦略的対立、アクションとユーモアのバランスもよく、上質なエンターテイメントとなっている。

(バレンシア銀行の金庫室床に開けたトンネルの穴、映画から)
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★ダニエル・カルパルソロ、1968年バルセロナ生れ、監督、脚本家、製作者。誕生間もなくバスク自治州サンセバスチャンに転居したため、バスク出身の監督と紹介されることもある。マドリードで映画、政治科学を並行して専攻、後ニューヨークに渡って映画技法を学んでいる。監督・製作者のフェルナンド・コロモの目に止まって、1995年“Salto al vacío”(“Jump Into the Void”)でデビュー、批評家からも観客からも受け入れられた。本作は武器の密売で一家を養っている二十歳の娘をヒロインにした殺るか殺られるかの物語、主役を当時妻だったナイワ・ニムリが演じ、彼女を立て続けに起用して4作ほど撮っている。なかではこの第1作が特に評価が高かった。ナイワ・ニムリの衝撃的な髪型(後頭部に〈VOID〉の剃りが入っている)も話題になった。それがそのままポスターに使用され、後にダニエル・モンソンが『プリズン211』(09、“Celda 211”)で模倣した。

(ナイワ・ニムリの髪型を使った“Salto al vacío”のポスター)
★今世紀に入ってからは、TVミニシリーズを主に手掛けていたが、第7作となる“Invasor”(『インベーダー・ミッション』12、公開14)で映画復帰、8作目“Combustion”(『ワイルド・レーザー』13、公開14)、9作目“Cien años de perdón”と続いて映画を撮っている。監督談によると、「社会派ドラマではないが、ヒリヒリした痛みをもった映画」ということです。

(プレス会見に勢揃いしたキャストとスタッフ)
*主な登場人物たち*
★強盗団の首領にアルゼンチンのロドリゴ・デ・ラ・セルナが扮し、スペインのジェームズ・ギャグニーことルイス・トサール(1971年ガリシアのルーゴ生れ)とタッグを組みました。1930年代のギャング映画の大スターとはいえ、ジェームズ・ギャグニーをどれくらいの年齢層までが知っているか疑問ですが。ダニエル・モンソンの『プリズン211』『エル・ニーニョ』、ダニ・デ・ラ・トーレの『暴走車 ランナウェイ・カー』と日本でも存在感が増してきたトサール、本作ではちょっとオンナに弱い人格造形のようです。主役としてはイシアル・ボリャインの『花嫁のきた村』(99)が映画チャンネルで放映されたのが初登場でしょうか。つづく『テイク・マイ・アイズ』(03、ゴヤ賞主演男優賞)、『ザ・ウォーター・ウォー』(10)などボリャイン作品に出演しています。高校時代からの仲間でもあるホルヘ・コイラの『朝食、昼食、そして夕食』(10)では製作者も兼ねた。マイケル・マンの『マイアミ・バイス』(06)でアメリカ映画にデビューするなど。今やアクションもドラマもこなせるスペイン映画を代表するカメレオン俳優となっている。

(CELDA 211の剃りを入れたトサール&2個めとなるゴヤ賞主演男優賞授賞式の写真)
★ロドリゴ・デ・ラ・セルナは、1976年ブエノスアイレス生れ、ウォルター・サレスの『モーターサイクル・ダイアリーズ』で若きチェ・ゲバラと南米縦断旅行をしたアルベルト・グラナード役で、2004クラリン賞、2005銀のコンドル賞、他受賞多数。TVドラ出演が多く、マルティン・フィエロ賞も受賞している。フランシス・フォード・コッポラがブエノスアイレスを舞台にしてモノクロで撮った『テトロ』(09)に出演している。本作には当時の妻だったエリカ・リバス(『人生スイッチ』)も出ていた。二人の間には1女がある。新作では刑務所に戻るのも恐れないという粗野な人格を演じる。「スクリーン上のルイスにはいつも感嘆していた。今度実際に仕事をしてみて、その人柄にも惚れました、彼と仕事ができて素晴らしかった」と、相棒ルイス・トサールを褒めちぎる。もしかして初顔合わせでしょうか。
★他に『貸し金庫507』『悪人に平穏なし』のホセ・コロナド、『マーシュランド』のラウル・アレバロ、フェルナンド・フランコの“La herida”でゴヤ賞2014主演女優賞受賞のマリアン・アルバレス、現在の監督夫人パトリシア・ビコ(2006年に1男誕生)など演技派が脇を固めている。

(ダニエル・カルパルソロ監督と夫人パトリシア・ビコ)
盗作論争――盗作の範囲はどこからどこまで?
★盗作の狼煙を上げたのが、アルゼンチン出身のアレハンドロ・サデルマンのベネズエラ映画“100 años de perdón”(98)です。「タイトルから筋まで類似している」と指摘。確かにタイトルは指摘通りです。チリやウルグアイでは「100」も使用するなど、言いがかりとは一概に言えない。しかし、脚本を書いたホルヘ・ゲリカエチェバリアはベネズエラ作品を見ていないと語る(スペインでは未公開のようです)。「タイトルは同じでもストーリー展開はまるで違う」と反論している。チラリ見ですが確かに異なっている。マル秘文書が採用された映画としては、当ブログに登場させたエンリケ・ウルビスの『貸し金庫507』(02)がある。銀行を襲った強盗一味に貸し金庫室に閉じ込められた支店長が、貸し金庫「507」に入っていた書類から、我が娘の焼死が事故ではなく、ウラで糸を引く大物マフィアの仕業だったことを知るというもの。土地買収に関する政治汚職を浮かび上がらせている。
*『貸し金庫507』の記事は、コチラ⇒2014年3月25日

(アレハンドロ・サデルマンの“100 años de perdón”)
★アメリカ映画だが、スパイク・リーのコメディ仕立ての『インサイド・マン』(06)、マンハッタン信託銀行の貸し金庫「392」の中身が銀行はもとより警察、交渉人、謎の女性交渉人までが出張ってきて右往左往するエンタメ。貸し金庫にはナチがユダヤ人からせしめた宝石以外に表沙汰にしたくないマル秘文書が入っており、強盗団の狙いは宝石じゃない。どうしてそんな古い危険文書を今まで処分しなかったのか(笑)、ストーリーにいくつも綻びがあるのだがエンタメの要素をぎょうさん盛り込んでいる。何しろキャストが豪華版、意表をつく結末に唖然とする。面白いのは『狼たちの午後』(75)のパロディを含んでいることです。今でも映画チャンネルで放映されているシドニー・ルメットの映画、実際に起きた銀行強盗事件に材をとっている。若くてほっそりしていた頃のアル・パチーノが主役を演じていた。実際の犯人の後日談もなかなかこれが興味深い。
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