アレックス・デ・ラ・イグレシア新作*トロント映画祭⑤ ― 2013年09月16日 13:00
アレックス・デ・ラ・イグレシア、観客賞次点に入賞

★ご紹介がすむ前に結果が発表されてしまいました。アレックス・デ・ラ・イグレシアの“Las brujas de Zugarramurdi”が、Midnight Madness部門のピープルズ・チョイスの次点に入りました。これから始まるサンセバスティアン国際映画祭SIFF(9月20日~28日)のコンペティション外に出品が決まっていたのでそちらでと思っていました。
★キャストはデ・ラ・イグレシア作品にお馴染みの面々、シリーズ“Rec”のニーニャ・メデイロス役の大当たりから『気狂いピエロの決闘』『いのちの花火』(DVD題ですが、原題に辿りつくのが・・・)に起用されたハビエル・ボテ、大物サンティアゴ・セグラ、アルモドバル作品にはもう出ないがアレックスのには出ると発言していたカルメン・マウラ、ピエロ役だったカルロス・アレセス、あのテレレ・パベスも凄いメーキャップで登場、マカレナ・ゴメス、お茶の間を卒業したマリオ・カサス、ウーゴ・シルバ、加えてマリア・ブランコ、ペポン・ニエト・・・など、曲者役者をどう泳がしたか楽しみです。もう劇場公開、少なくともDVDは間違いなしでしょう。
★SIFFの9月22日上映の後、早くも27日からスペイン公開、フランス10月、ロシア11月が決定しています。アメリカのオースティン・ファンタジック・フェスティバルで“Witching and Bitching”の英題で9月26日上映。
第10回ラテンビート2013① ― 2013年09月21日 10:19
第10回ラテンビート2013①
★第10回という節目の年になる今年のラテンビートは、アンコール作品を含め充実のラインナップとなりました。勿論これじゃ物足りないという方もいらっしゃるでしょうけど。既に劇場公開が決定している4作品、ドキュメンタリー3本も今年の特徴かもしれません。
★今秋から来年にかけて公開されるペドロ・アルモドバル、パブロ・ベルヘル、フェルナンド・トゥルエバ、セバスティアン・レリオの4作品、ほか2012年東京国際映画祭TIFFコンペ部門上映のパブロ・ララインの情報は入手が比較的簡単なこと、ネタバレになりかねないこと、既にご紹介済みのものも含まれておりますので、ちょっとしたトレビアだけに致します。

★ペドロ・アルモドバル“I’m So Excited !”:やっとコメディに戻ってきてくれたと喜んでいます。『オール・アバウト・マイ・マザー』のアカデミー賞受賞(外国語映画賞部門)以来、そろそろ荒唐無稽な母物路線を終りにして軌道修正をと願っていたからです。彼の映画はジャンル―コメディ、スリラー、ホラー、ドラマ―が巧みにミックスされておりますが、基本的にはメロドラマ(褒め言葉)です。もともとプロットで観客を引っ張るタイプの監督ではないのです。スペイン・コメディの大御所、あちらで最も愛された映画監督と言えば、サウラ、エリセ・・・いいえ、文句なしにルイス・ガルシア・ベルランガです。残念ながら映画祭上映以外劇場公開は1本もありません(!)。このベルランガ学校の一番の優等生こそアルモドバル、ベルランガの訃報を知っていち早く馳せつけたのもアルモドバルでした。ということで、いずれ二人の監督についてはじっくりご紹介したいと思っています。
*音楽監督アルベルト・イグレシア、撮影監督ホセ・ルイス・アルカイネと申し分ありません。今回も製作者の弟アグスティンが出演していますから探してみて下さい。
*9月16日に今年の「ヨーロッパ映画賞」の名誉賞受賞がアナウンスされました。いわば映画功労賞ですね。1988年、ヴィム・ヴェンダースやベルイマンが中心となってベルリンで設立された映画賞、開催地はヨーロッパ各国の持ち回りです。しかしベルリンが中心開催地、今年もベルリンで12月7日に授賞式があります。アカデミー会員約2000人の投票によって決まり、作品賞、監督賞、俳優賞・・・など、他のアカデミー賞とだいたい同じです。アルモドバルは1989年『神経衰弱ぎりぎりの女たち』で新人監督賞を受賞したほか、2006年『ボルベール』で5賞も獲得しました。スペインがらみでは、2004年バルセロナ開催のとき、カルロス・サウラが名誉賞、アメナバルが『海を飛ぶ夢』で監督賞を受賞しています。
*20日開幕のサンセバスティアン国際映画祭SIFFの「メイド・イン・スペイン」部門で上映されます。このセクションは既に劇場公開された作品から選ばれ金貝賞・銀貝賞には絡みません。
★パブロ・ベルヘル『ブランカニエベス』:最初「ブランカ・ニーヴス」という不思議なタイトルでしたが、クレームがついたせいか修正されました(公式サイトはママです)。どういう邦題にするかの権限は配給元にありますが、スペイン語映画もうるさ型が増えましたのでご注意ですね。DVDなど特に原題になかなか到達できなくて困ることもありますが、個人的には公開してくれるだけでありがたく、○が×でなければ許すほうです。何しろサウラの名作『カラスの飼育』の伝統も守らねばなりません(笑)。アナが飼育していたのはウサギでカラスじゃないと怒った人もいたとか。言いだしたらきりがない。
*「ゴヤ賞2013予想と結果①」でアウトラインはご紹介いたしましたので、雑音はいずれ公開後にでもデビュー作“Torremolinos 73”(2003)とも合わせてアップいたします。
★フェルナンド・トゥルエバ『ふたりのアトリエ~ある彫刻家とモデル』:SIFF2012の銀貝賞(監督部門)を受賞した作品。残念ながらゴヤ賞は13部門ノミネートながら無冠に終わりました(オスカー賞などでも結構こういう例ありますね)。原題はピカソのEl artista y la modelo(芸術家とモデル、または画家とモデル)シリーズ作品から取られたようです。ピカソとマリー=テレーズのことです。
*『ベル・エポック』(1992)の成功で世界のひのき舞台に立ったトゥルエバについては紹介不要でしょうか。オスカー受賞の喜びを語るなかで「受賞できたのは神様のお蔭、信じていてよかった。しかし本当はビリー・ワイルダーのお蔭です」と。すると翌日「やあ、フェルナンド、私だ、神様だよ」とワイルダー本人から電話がかかってきた(笑)。お茶目なワイルダー先生、素敵な映画を沢山ありがとう。
*本作は最初、彫刻家の弟マキシモとのコラボで企画されたのですが、1990年代に彼が亡くなってしまい頓挫してしまった。その後も何とか完成させたいと脚本家のラファエル・アスコナ(2008年没)と取り組んだが上手くいかなかった。アスコナは気難しい人でしたが名脚本家として3本の指に入るのではないでしょうか。「ベルランガ映画」は彼なくしては生れなかったと思っているくらいです。今回フランスの老大家ジャン=クロード・カリエールとの共同執筆でやっと日の目を見ることができたのでした。
*モデル役のアイダ・フォルチはこの映画のためにパリに留学、数カ月間フランス語を学んだ由。お手伝い役のチュス・ランプレアベ以外もご老体揃いなので、一日に撮影できる時間が限られてしまったそうです。
★
セバスティアン・レリオ『グロリア』(仮題):こちらは、「トロント国際映画祭②」をご参照ください。
★パブロ・ラライン『No』:SIFF2012のZABALTEGIのパールズ部門にエントリーされ、観客総立ちのオベーションを受けた作品。続いてTIFF 2012のコンペティション部門でも上映されたので詳細はそちらで入手できます。ピノチェト政権三部作の最終作。第一部が今回アンコール上映されるアルフレッド・カストロ主演の『トニー・マネロ』(2008)で1970年代後半のチリ、第二部が同カストロ主演の“Post mortem”(2010)、時代背景が1973年のアジェンデ政権末期、第一部同様ちょっと不気味な別世界に迷い込んでしまいます。時代は二部→一部→三部の順になります。本作が一番分かりやすい作品、しかし「No」派はほんとうに勝利したのでしょうか。
* パブロ・ラライン監督の来日はなかったのですが、東京国際映画祭 TIFF 上映時のQ&Aをコンパクトに纏めますと、出席:製作者ダニエル・マルク・ドレフュス/司会:ディレクター矢田部吉彦/通訳者英語。ダニエルはロス在住のアメリカ人、ラライン兄弟の映画には初参加です。
Q:本作の製作をすることになった経緯は?
A:ラライン監督の兄フアン・デ・ディオス(実際は弟です)とロスで会ったとき、二人が進めていたプロジェクトに参加を依頼された。いつもは即答しないのだが、プロットを聞いて直ぐに決めた。理由はアメリカ人ではあるが生れはスコットランド、独裁政権時代だったブラジルで6歳まで育った。父親は政治学者だったので政治色のつよい家庭環境、アメリカに移住してからもピノチェト軍事独裁のテーマに興味をもっていて、チリの話とはいえ普遍的なテーマであると思った。
Q:事実に題材を取っているということだが。
A:そうには違いないが、当時「イエス」側にいた人には当然ながら参加してもらえなかったので、「ノー」側にいた人に「イエス」側に出演してもらった。「ノー」は勝利者だから喜んで出演してくれた。ガエル(・ガルシア・ベルナル)が演じた主人公の人物造形には、二人の人物がミックスされています。
Q:実写の部分の粒子が粗いのは当然だが、フィクションの部分も同じだったのはどういうカメラを使用したのでしょうか。
A:同じフッテージにするため、いろいろ試した結果、1983年のソニー製のカメラにしました。フアン(・デ・ディオス)から電話で、監督が当時のカメラで撮りたがっていると聞いた時は、正直困ったと思いました(笑)。
*この質問者は多分映画関係者で、確認のための質問でしょう。80年代当時のフッテージ映像が映画になじむようアナログのソニー製ビンテージカメラで撮影された。また監督や出演者が来日できなくて残念という感想には、ラライン兄弟は共に次回作の撮影に入っており、極寒の場所にいて果たせなかった。二人から日本の皆さまによろしくと言付かってきました。
『クリスタル・フェアリー』セバスティアン・シルバ*第10回LBFF② ― 2013年09月25日 09:54
★今回、『マジック・マジック』と2作も上映され、シルバ・ファンとしては嬉しいことですが、これは異例のことですね。両方とも2013年の製作ですが、まずシルバ第1弾として先に完成した『クリスタル・フェアリー』からご紹介し、続いて『マジック・マジック』の順番にします。どうやって2作を並行して撮れたのかしら。
*監督紹介*
★セバスティアン・シルバSebastián
Silva:監督、脚本家、アーティスト、歌手他。1979年サンティアゴ生れ。7人兄弟の2番目。サンティアゴのカソリック系のベルボ・ディビノVerbo Divino高校で学んだ後、チリ映画学校に入学(1998~2000)、その後モントリオールのマギルMcgill大学(英語学校)で上級英語、フランス文化学院でフランス語を学ぶ。更にトーマス・ウェルズが主宰するアニメーションのワークショップに参加。2003年にカソリック大学で映画史、映画脚本のクラスをペドロ・ペイラーノPedro Peiranoと取る(ペイラーノはシルバと同郷の脚本家。デビュー作以来第3作まで共同脚本を手掛けている。ララインの『No』も担当)。オーディオビジュアルのアーティストとしては、画家、デザイナー、ビデオ作家でもあり、バンドCHC、Yaia、Los Monosなどの作曲家、歌手、ギタリストでもあった。2010年に本拠地をニューヨークのブルックリンに移し、チリとアメリカを往復している。「私はチリではアウトサイダー、18歳の時にチリを後にした。これからは英語映画にシフトしていくだろう」と語っているので、スペイン語映画ファンには寂しいかも。チリを舞台にするのは製作費が安いからでしょう。
*フィルモグラフィー*
2007“La
vida me mata”監督・脚本、スペイン語
2009“La nana”『家政婦ラケルの反乱』同上、スペイン語、Altazar監督賞受賞、2010年ゴールデン・グローブ賞ノミネート。
2010“Old
Cats”(“Gatos viejos”)同上、ペドロ・ペイラーノ共同、スペイン語
2013“Crystal Fairy”『クリスタル・フェアリー』同上、英語/スペイン語、サンダンス2013ワールド・プレミア、監督賞受賞。アドベンチャー・コメディ、USA/チリ
2013“Magic Magic”『マジック・マジック』同上、サンダンス出品、英語/スペイン語、カンヌ監督週間出品、サイコ・スリラー、チリ/USA
*2012年には“The Borring Life of Jacqueline”というTVシリーズ(10話)を監督している。
*英語映画になるが、“Nasty Baby”と“Second Child”が進行中である。前者はブルックリンに住んでいるホモセクシュアルなカップルが、二人のベストフレンドに人工授精してもらって子供を持とうとする話、彼自身も出演する。
彼は既にカミングアウトしているので自身の体験が盛り込まれているようです。後者は第4作として出演者のオーデションまでしていた作品。第4作が『クリスタル・フェアリー』と聞いて頓挫したのかと思っていました。子供たちが主役のアドベンチャーもの。ラライン兄弟が設立したFábulaプロの製作。ラライン兄弟はデビュー作当時からの友人。

*『クリスタル・フェアリー』キャスト&トレビア*
★マイケル・セラ(ジェイミー)/ガブリエル(ガビィ)・ホフマン(クリスタル・フェアリー)/フアン・アンドレス・シルバ(チャンパ)/ホセ・ミゲル・シルバ(レル)/アグスティン・シルバ(ピロ)/セバスティアン・シルバ(ロボ)他
★キイワード:砂漠/幻覚剤/サボテン/シャーマニズム/ロード・トリップ
★ジャンル:アドベンチャー・コメディ
★『JUNO/ジュノ』がブレークしてメジャー入りしたマイケル・セラが、どうしてシルバの映画に出ることになったのか。監督が語るところによれば「ニューヨークのイースト・ビレッジで雨に降りこめられたマイケルが、雨宿りに映画館に入ったら『家政婦』をやっていた。えらく気に入ってロスにいた私を訪ねてきたんだ。それがそもそもの出会い」。たちまち意気投合して出来たのが『クリスタル』だというから運命の出会いだった。当時マイケルは自分に貼られたステレオタイプ的なレッテル剥がしをしたがっていた。撮影前に先にサンチャゴ入りしたマイケルは、シルバの両親の家から語学学校に3カ月通ってスペイン語を勉強した。映画の中で彼のチリ弁が聞けるのかな。
★LBFFサイトの解説で「悪友」と書かれた三人組チャンパ、レル、ピロは監督の兄弟たち、家族ぐるみの協力で出来た映画、監督自身も“Nasty Baby”同様出演しています。監督の20歳ごろの体験がベースになっているということですから、彼自身がジェイミーに投影されている。実際の道連れは友人一人であったが、映画では三人の兄弟が連れ添った。
★ストーリーは、A地点からB地点に移動するハリウッドによくあるロード・トリップ、ハリウッドと違うのはこっそり盗んだ車で出掛けない、やたら走り回らない、馬上でジャンプしない、出掛ける先は宇宙ではなくチリ北方の砂漠である。実にシンプルですよね。どうしてアメリカの若者が面白がったのでしょう。なにか秘密が隠されている?
★映画の拠点はアメリカに移したけれども、「資金提供をしてくれた製作者フアン・デ・ディオス・ララインとパブロ・ラライン監督には感謝の言葉もない」と語っている。チリでの公開(10月3日)にも尽力してくれたようです。撮影はたったの12日間(!)、フィルム時代にはとても考えられない電光石火の早や業です。『家政婦』も確か2週間ぐらいだった。
(写真;左からセラ、ホフマン、監督)
『マジック・マジック』セバスティアン・シルバ*第10回LBFF③ ― 2013年09月27日 15:20
★シルバ第2弾『マジック・マジック』は、『クリスタル・フェアリー』を進行させながら資金調達に奔走して出来た作品とか。まったく前作とはテイストの異なるサイコスリラー。デビュー作“La vida me mata”(スリラー/ホラー)から『家政婦』(コメディ)へ、『家政婦』から“Gatos viejos”(ドラマ)へ、“Gatos viejos”から『クリスタル・フェアリー』へと違うジャンルへ移行している。去る6月にクランクインした新作“Nasty Baby”も、『クリスタル・フェアリー』第10回LBFF②でご紹介したように、ブルックリンに住んでいるゲイ・カップルが人工授精で子供を持とうとする話。コメディタッチで描いた養子縁組のてんやわんやは過去にもあるが、‘nasty’なベービーとなると穏やかでない。「同じテーマで映画を作りたくない。自分が出演することに決めた理由もこれに関係している」と語っている。

*キャスト&トレビア*
ジュノー・テンプル(アリシア、アメリカ人、従姉妹サラを訪ねてチリにやってくる)
エミリー・ブラウニング(サラ、アリシアの従姉妹)
カタリーナ・サンディノ・モレノ(バルバラ、アグスティンの姉妹)
マイケル・セラ(ブリンク、アメリカ人、バルバラの友達)
アグスティン・シルバ(アグスティン、サラのボーイフレンド)
★ジュノー・テンプルJuno
Temple:1989年ロンドン生れ、国籍英国。映画監督・ミュージックビデオ監督のジュリアン・テンプルとプロデューサーのアマンダ・テンプルの長女。子役時代を含めると出演本数は30を超える。ジョーダン・スコットの『汚れなき情事』(2009)、ジャコ・ヴァン・ドルマルのSF『ミスター・ノーバディ』(2009、11公開)で注目された。ポール・アンダーソンの『三銃士/王妃の首飾り』(2011、同年公開)の王妃アンヌ役、ウィリアム・フリードキンのサスペンス『キラー・スナイパー』(2011)、クリストファー・ノーランの『ダーク・ナイト・ライジング』(2012、同月公開)など。
★エミリー・ブラウニングEmily
Browning:1988年メルボルン生れ、国籍オーストラリア。スティーヴ・べックのホラー『ゴーストシップ』(2002、03公開)で注目を浴び、ブラッド・シルバーリングの『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』(2004、05公開)ではPRに監督と来日している。最近では川端康成の『眠れる美女』をベースにしたジュリア・リーのデビュー作『スリーピングビューティー/禁断の悦び』(2011、同年公開)で主役を演じた。
★カタリーナ・サンディノ・モレノCatalina
Sandino Moreno:1981年ボゴタ生れ、コロンビア国籍。ジョシュア・マーストンの第1作『そして、ひと粒のひかり』(2004、第1回LBFF2004題「マリア・フル・オブ・グレイス」)で衝撃のデビュー、アカデミー主演女優賞ノミネートほか、多くの映画賞に輝いた。スティーブン・ソダーバーグの『チェ』2部作(2008、09公開)、今回上映される『暗殺者と呼ばれた男Roa』に出演、詳細はそちらで。
★マイケル・セラとアグスティン・シルバについては、前回を参照して下さい。セラは本作で一皮むけたのではないでしょうか。
★サンダンス映画祭2013「パークシティ・アット・ミッドナイト」部門に出品され、続いてカンヌ「監督週間」(インターナショナル・プレミア)でも上映、8月に劇場公開された。アメリカではサンダンス上映後にパニックをおこす観客が多かったという理由で一般公開が見送られた。しかし7月に制限付きで公開、8月にDVD/VODが発売されたサイコ・スリラー。評価は二分されるのではないか、つまり2013年ベスト10入りもしくはワースト10入りということです。テンプルのシャワー・シーンやセラへの無意識状態での性的攻撃、またはセラの今までの作品で見せたことのない悪意に気をとられていると本質を見逃してしまいそう。
★表層的にはこれといった事件は起こらないが、ブラジルのタイトルは“Vlagem Sem Volta”(“Journey with no Return”)である。キーワードは、湖、森、雨、風、小旅行(移動)、不眠症、潜在的な統合失調症、催眠術、アメリカ人とチリ人または異言語からくるチグハグなど。シルバはロマン・ポランスキーの『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)または『テナント/恐怖を借りた男』(1996)などにインスパイヤーされたと語っている。ホラー映画にしたかったようです。一番恐怖を覚えた映画は、やはりウィリアム・フリードキンの『エクソシスト』(1973、74公開)だそうです。
★舞台はサンチャゴ南方に位置するランコ州にある湖Lake Rancoに設定されている。チリ第三位の湖で13の小島があり、ランコというのは先住民マプチェ族の言語で「嵐のような湖」という意味。家族が所有していた別荘も湖の近くにあり、バケーションはそこで過ごした。ここを選んだ理由にそういう少年時代の記憶が潜在的にはたらいていたのかもしれない。
(写真:ジュノー・テンプルとエミリー・ブラウニング)
『家政婦ラケルの反乱』セバスティアン・シルバ ― 2013年09月27日 15:37
『家政婦ラケルの反乱』“La nana” セバスティアン・シルバ
★チリ「クール世代」の一人セバスティアン・シルバといえば『家政婦ラケルの反乱』(2009.LBFF 2010)です。3年前になりますがCabinaさんのブログにいささか長いコメントを致しました。大成功にもかかわらずゴヤ賞チリ代表作品に選ばれなかった舞台裏、シルバ以外のクール世代の新監督たちの動向にも触れております。第10回LBFFにシルバの2作が出品されたのを機に、番外編として加筆とダイエットをして当ブログに再録致します。

★プロット:ラケルはバルデス家で20年以上も働いているベテランの家政婦、無愛想だが黙々とよく働くラケルに一家は厚い信頼を寄せている。そんなラケルの身体を思いやった主は、若い家政婦を助手として雇うことにする。だが、自分の居場所を奪われることを恐れたラケルは、若い家政婦たちを苛め、次々に追い出してしまう(後略、LBFFパンフより抜粋)。
★キャスト:カタリーナ・サアベドラ(ラケル)/クラウディア・セレドン(女主人ピラール)/マリアナ・ロヨラ(家政婦ルシア)
どうしてアカデミー賞チリ代表になれなかったの?
A ゴールデン・グローブ外国語映画賞ノミネートの中に“La nana”(“Maid”)を目にしたときは、思わず「やったね」と声に出してしまいました。
B ハネケの『ホワイト・リボン』(独)、アルモドバルの『抱擁のかけら』(西)、トルナトーレの「バーリア」(伊)、オディアールの『アンプロフェット』(仏)と、ベテラン揃いの凄いラインナップでした。
A セバスティアン・シルバなんて初めて目にする名前、スペイン語圏でこそ少しは知られるようになってましたが。サンダンス映画祭のように≪新人≫に与えられる賞のノミネートじゃありませんから。
B 下馬評通りハネケが受賞しましたが、シルバにとって授賞式出席の体験は貴重でした。
A ラケル役のカタリーナ・サアベドラと一緒のプレス会見からも、その興奮ぶりが伝わってきました。
B 当然アカデミー賞チリ代表作品に選出されると思っていたのに違った。
A アカデミー賞なんて、ただの映画ショーにすぎないのに国家の力学が働くんですね。
B ベテランのミゲル・リティンの“Dawson Isla 10”(2009年・直訳「ドーソン島10」)が選ばれました。ドキュメンタリー『戒厳令下チリ潜入記』(1986)は日本でも公開された。
A リティンの新作が「ゴヤ賞2010」チリ代表作品に選出された折に、本ブログ「ゴヤ賞発表」欄に作品紹介に名を借りて、不満の一端をコメントしました。
B シルバ本人もチリ映画界の現状に疑問を呈していますね。
A 疑問というより怒りです。「ドーソン島10」選出は誤りだったと言ってますからね。30歳そこそこの若造の発言としてはかなり過激、干されちゃうよ、と心配したくらいです。
B スペインでは映画アカデミーの委員会が4~5作候補を挙げて、アメリカでの反応を見極めつつ絞り込んで決定する。チリではどうなんでしょう。
A シルバ監督がBBCやEL PAISのインタビューで語ったところを要約すると、「チリでは選考委員会はとても小規模で、その構成員は自分たちより上の世代、ウッド氏が中心で決まる。政治的色彩の濃い映画のほうが、身近なものをテーマにした映画よりオスカーには有利という風潮がある」と。
B アメリカで成功してもチリ代表にはなれないというわけですか。投票権のあるアカデミー会員の高齢化が進んでいることも問題ですね。
A アンドレス・ウッドの映画はラテンビートで『マチュカ』(2007)と『サンティアゴの光』(2009)が上映され好評でした。前者は公開こそ実現しませんでしたがDVDになり、個人的には好きな監督です。やはり世代間の意識のズレを感じます。ミゲル・リティンは1942年、ウッドは1965年、そしてシルバは1979年生れです。1973年9月、ピノチェト将軍の軍事クーデタ時に何歳だったか(あるいは生れていたか)、自分を含めて家族がどちら側にいたかで自ずと世界観が違ってもおかしくない。
B チリの独裁体制は長期に亘りましたから、どの世代も大なり小なり影響を受けています。世代というのは以前は親・子・孫と30年1世代でしたが、最近では20年ぐらいで交代する感じです。
A シルバ監督もピノチェトが大統領権限を強化し、独裁体制を固めた時代の教育を受けています。本作もチリの階級社会が大きなテーマですし、ヒロインのラケルは社会的な疎外感のなかで苦しんでいるのですが、それを考慮してない批評が目につきます。日本でも、良くできた映画だがゴールデン・グローブ賞に残るほどの作品かどうか、ノミネート自体を疑問視する声もありました。
B それはさておき、シルバ監督と同世代には、『プレイ』(2005)のアリシア・シェルソン(1974)や『見まちがう人たち』(2009)のクリスティアン・ヒメネス(1975)など≪高品質≫の新人が台頭してきています。ご覧になった方は実感されたはずです。
A 2010ラテンビートでは『家政婦ラケルの反乱』と、大分長いタイトルになりました。出品されなかった映画祭がないくらい各国で上映されました。だいたい≪メイド≫か≪乳母≫とそのものズバリ、観客に判断の自由を残しています。それぞれ文化や国情が大きく違いますから、映画タイトルは自由に付けていいのです。しかしこの映画が問題にしているのはラケルという個人ではなく≪家政婦≫という職業や階級なんです。ですからラケルをタイトルに付した国はないのです。
太陽と北風、三匹の子豚
B 政治的メッセージは感じられないし、血も流れないし、爆弾も破裂しない。告訴するほどの人権侵害があるわけでもない。じゃ人気の秘密はどこにある。
A そのよく練られた脚本でしょう。雇い主側といささかエモーショナルな雇い人との瑣末な対立というのは表層的でしかなく、いわんやメイド同士の対立なんかテーマじゃありません。
B 東京国際映画祭に出品されたエンリケ・リベロの『パルケ・ヴィア』(2008メキシコ)の主人公を思い出したんですが。
A 主人公は無人の豪華な邸宅を長年一人で警備している。外部から遮断された生活が長いため現実に適応できなくなっている。外部の危険からは守られていますが、社会的な疎外感に深く傷ついている。
B 共にラテンアメリカに特有な階級社会が背景にあるのではありませんか。
A ≪家政婦≫ラケルという人格について語るというより、特殊な社会形態が引き起こすアイデンティティの喪失や欠如からくる孤独や恐怖について語っているわけです。
B アメリカの観客に受けたのは、主人と召使の階級逆転、家事の征服者であるベテラン家政婦の不機嫌にふりまわされる御主人側の心理的プロットにあった。
A ハリウッドだけでなく古今東西<階級逆転>の映画は、ジャンルを問わずたくさんあります。多分、監督は研究済みでしょうね。映画祭前なので深入りできません。意外に感じるかもしれませんが、イソップ寓話「太陽と北風」や「三匹の子豚」などのおとぎ話が巧みに仕掛けられているとだけ申し上げておきます。また、フェデリコ・ベイロフのコメディ“Acné”(2008ウルグアイ他・直訳「ニキビ」*)に出てくるメイドも参考になります。
カタリーナ・サアベドラの快演
B 最初から監督は、「メイド役にはサアベドラ」と決めて脚本を書きすすめたと語ってます。
A リベロの『パルケ・ヴィア』と大きく違うのは、あちらがアマチュアを起用したのに対して、こちらはプロを、それもシナリオ段階から女優を特定して作られた点ですね。
B 成功の秘訣はサアベドラの演技に負っていることが大きい。
A これ1作で11受賞3ノミネート、うちベスト女優賞が5個ですから大漁旗を立ててもいい。ウエルバ、ビアリッツ、マイアミ各映画祭での受賞が物を言うでしょう。
B 日本登場は初めてですか。
A 完成は後になりますが、フェルナンド・トゥルエバ『泥棒と踊り子』(2009・スペイン映画祭)が最初です。しかし脇役だったせいか気づきませんでした。1968年バルパライソ生れ、90年代初めからテレビで活躍、シルバの長編第1作“La vida me mata”(2007)、第2作になる本作、3作目となる“Old Cats”(“Gatos viejos”2010共同監督ペドロ・ペイラーノ)に出ています。
B ペイラーノは、シルバの第1作から脚本を共同で執筆している同郷の脚本家、監督。
A 女主人ピラール役のクラウディア・セレドンもデビュー作から3作目まで出演、1966年サンチャゴ生れ、テレビ出演多数。
B シルバの3作目が早くも完成したというのは、受賞で資金的に潤ったからでしょうか。
A ウエルバ映画祭の「金のコロン賞」だけでも6万ユーロですから、新人にとっては大金です。4月にはクランクアップしており、これにはウッドの『サンチャゴの光』で理髪師の母親になったベルヒカ・カストロが出ています。シルバの第1作にも出ているようです。
B 渋い演技が印象に残っています。
第4作は子供のホモセクシュアル
A 監督紹介が未だでした。1979年サンチャゴ生れ。最初はイラストレーターを目指していて、カナダのモントリオールでアニメの勉強をした。そのうち物語を書くことに魅せられ脚本家に鞍替え、最初のシナリオが第1作となる“La vida me mata”だそうです。結局、自身で監督することにしたわけです。
B 脚本の基礎を学んでいる。第2作の撮影場所は両親の家、15日間で撮った。自分の家にもメイドがいたと言ってましたね。
A 家政婦をテーマに映画を作ろうとしたのは、自分にも18歳になるまでいたからだと語っています。チリの人口約1697万人(2008)に対してメイドの数が50万人以上というのは、確かに社会のシステムとして特殊です。
B 新作“Old Cats”は、1960年代のハリウッドの問題作が背景にあるとか。
A マイク・ニコルズの『バージニア・ウルフなんか、こわくない』(1966)の雰囲気があるそうです。エリザベス・テイラーが中年女性を演じるため、スナック菓子を食べて70キロまで体重を増やしたことでも話題になりました。
B 当時、離婚の危機にあったリチャード・バートンが相手役、映画と実人生が重なって凄みがあった。
A それとサイコ・サスペンスの大傑作、ロバート・アルドリッチの『何がジェーンに起こったか?』(1962)、ベティ・デイビスとジョーン・クロフォードが姉妹役で火花を散らした映画。
B ハリウッドのクラシック映画を研究している。
A 老いの不安を感じはじめた母親にベルヒカ・カストロ、娘にクラウディア・セレドン、彼女の‘恋人’にサアベドラ。4作目も走り出している。タイトルも“Second child”**に決まりニューヨークで子役選びをした。シナリオはかなり複雑で、ホモセクシュアルな8歳の少年が主役らしい。製作者はリー・ダニエルズ。
B 今年のアカデミー賞でも話題になった『プレシャス』の監督ですね。
A もともとリー・ダニエルは製作者として出発した。初めて製作した映画が『チョコレート』(2001)、主演女優ハル・ベリーに黒人初のオスカーをもたらしたことで大騒ぎになった。
B シルバ監督の来日がないのはホントに残念。
★2010年のLBFF開催前のものに加筆訂正したものです。
*“Acné”は、『アクネACNE』の邦題で2012年5月に公開されました。
**LBFF2013②の監督紹介にある通り製作順序が変更になり、お蔵入りということではなさそう。しかし完成しないことには何とも言えません。
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