ディエゴ・レルマンの第5作*サンセバスチャン映画祭2017 ⑤ ― 2017年09月03日 14:52
オフィシャル・セレクション第2弾、アルゼンチンからディエゴ・レルマン
★今年のオフィシャル・セレクションにノミネートされた4作は、スペイン語2作、バスク語、英語が各1作ずつと、例年とは少し様相が異なります。うちスペイン語はマヌエル・マルティン・クエンカの “El autor” とディエゴ・レルマンの ”Una especie de familia” の2作だけです。ディエゴ・レルマンは20代の半ばにモノクロで撮った第1作『ある日、突然。』(2002、”Tan de reoente”)で「鮮烈デビュー」したアルゼンチンの監督。レイトショーとはいえ劇場公開され、その奇抜なプロットに驚かされました。エントリーされた新作は第5作目になります。
★ラテンビート2017でも『家族のように』の邦題で上映が決定された。
”Una especie de familia”(“A Sort of Family”)2017
製作:El Campo Cine(アルゼンチン)/ Bossa Nova(ブラジル)/ 27 Films Production(独)/
Bellota Films(仏)/ Staron Films(ポーランド) 協賛INCAA
監督:ディエゴ・レルマン
脚本(共同):ディエゴ・レルマン、マリア・メイラ
撮影:ヴォイテク・スタロン
編集:アレハンドロ・Brodersohn
音楽:ホセ・ビリャロボス
キャスティング:マリア・ラウラ・ベルチ
美術:マルコス・ぺドロン
衣装デザイン:バレンティナ・バリ
メイクアップ:ナンシー・Marignac
プロダクション・マネジメント:エセキエル・ラボルダ、イネス・ベラ
製作者:ニコラス・Avruj(エグゼクティブ)、ディエゴ・レルマン、他多数
データ:アルゼンチン=ブラジル=ポーランド=フランス、スペイン語、2017年、90分、社会派スリラー、ロード・ムービー。撮影地カタマルカ州、ブエノスアイレス、ミシオネス州、2016年11月初旬クランクイン、12月末アップ。トロント映画祭2017コンテンポラリー・ワールド・シネマ部門上映9月8日、サンセバスチャン映画祭正式出品、アルゼンチン公開9月14日
キャスト:バルバラ・レニー(マレナ)、ダニエル・アラオス(ドクター・コスタス)、クラウディオ・トルカチル(マリアノ)、ヤニナ・アビラ(マルセラ)、パウラ・コーエン(ペルニア医師)、他
プロット:ブエノスアイレスの中流家庭で育った38歳になる女医マレナのロード・ムービー。ある日の午後、ドクター・コスタスから直ちにアルゼンチンの北部に出立するよう電話が掛かってくる。待ち望んでいた赤ん坊の誕生が差し迫っているというのだ。マレナは逡巡しながらも、この不確かな旅に出立しようと決心する。行く手にはたくさんの罠が仕掛けられており、赤ん坊によってもたらされる予想外の高い代価や、自分が望んだものを手に入れるための限界はどこまでかを常に自問自答しながら、法にかなった道徳的な障害に直面する。私たちも新しい人生に立ち向かうマレナと一緒に旅をすることになるだろう。
★エグゼクティブ・プロデューサーのニコラス・Avrujによると、マレナは最近娘を亡くし夫とも別れている。母親になりたいが養子縁組のシステムが複雑で望みを叶えられない、という設定にした。養子縁組制度の欠陥という社会的問題にサスペンスの要素をミックスさせたドラマのようです。ミシオネス・ビジュアルアート研究所とアルバ・ポセ病院の協力を受けて撮影された。ミシオネスは北西をパラグアイ、北と東をブラジルと接している、アルゼンチンでも2番目に小さい州、パラナ、ウルグアイ、イグアスという大河が流れていて、河や密林の風景も映画の主人公のようです。
(赤ん坊を求めてミシオネスにやってきたマレナ役のバルバラ・レニー、映画から)
★デビュー作『ある日、突然。』も前作 ”Refugiado” も一種のロード・ムービーでしたが、本作でもヒロインはブエノスアイレスから北部を目指して旅をする。このラテンアメリカ映画に特徴的な「移動」は、たいていひょんなきっかけで突然やってくる。エル・パイス紙の記事によると、同じく金貝賞を狙う、ギリシャのアレクサンドロス・アブラナスの “Love me Not” にテーマが類似しているという。あるカップルが若い移民女性を代理母として契約する。女性を彼らの瀟洒な別荘に招き、生活スタイルを教え楽しんでもらう。妻はある秘密を抱えているが表に出さない。夫が仕事に出かけた後、妻と女性は軽く飲んでドライブに出かける。翌朝、夫は妻が事故車のなかで焼死体となっていることを知らされる。大体こんな筋書です。両作に共通しているのは、これから生まれてくるはずの赤ん坊を待っていること、赤ん坊のメタファーに類似性があるようです。
★アレクサンドロス・アブラナス(1977、ラリッサ)は、第2作 “Miss Violence” が、ベネチア映画祭2013で監督賞(銀獅子賞)、フェデオラ賞(ヨーロッパ地中海映画)などを受賞している。ここでは深入りしませんが、“Miss Violence” もある秘密を抱えた少女の自殺をめぐる物語で、審査員や観客を魅了した。ディエゴ・レルマンと同世代の若手監督、ギリシャの次世代を担うだろう楽しみな監督です。“Love me Not” も賞に絡みそうな気がしますが、どうでしょうか。
◎キャスト
★マレナ役のバルバラ・レニーは、アルゼンチン育ちのスペイン女優、アルゼンチン弁を克服して、『私が、生きる肌』『マジカル・ガール』『エル・ニーニョ』などに出演、日本での知名度も高いほうかもしれません。抜群のスタイルを生かしてモデル、映画にとどまらず舞台にも意欲的に出演、二足の草鞋派です。
*バルバラ・レニーの主な紹介記事は、コチラ⇒2016年2月15日
(初めて赤ん坊を胸に抱くマレナ、映画から)
★ダニエル・アラオスは、1962年コルドバ生れ。ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーンの監督コンビの第2作『ル・コルビュジエの家』(09)に初出演、不気味な隣りの男ビクトルに扮した俳優です。第3作 “Querida, voy acomprar cidarrillo y vuelvo”(11)にも起用された。新作『笑う故郷』には出演しておりませんが、間もなく公開されます。クラウディオ・トルカチルは、1975年ブエノスアイレス生れ、公開作品では、パブロ・ヘンドリックの ”El Ardor”(14)に出演しています。ガエル・ガルシア・ベルナルがシャーマンに扮してジャングルでの撮影に臨んだ映画、新大陸にはタイガーは棲息していないのですが、『ザ・タイガー 救世主伝説』とまったく意味不明の邦題で公開されました。
*『ザ・タイガー 救世主伝説』の記事は、コチラ⇒2015年12月18日
(打ち合わせをする製作者ニコラス・Avrujとダニエル・アラオス)
◎スタッフ
★ディエゴ・レルマン Diego Lermanは、1976年ブエノスアイレス生れ、監督、脚本家、製作者、舞台監督。産声を上げた3月24日が奇しくも軍事クーデタ勃発の日、これ以後7年間という長きに及ぶ軍事独裁時代の幕が揚がった日でした。彼の幼年時代はまさに軍事独裁時代とぴったり重なります。体制側に与し恩恵を満喫した家族も少なからずいたでしょうが、レルマンの家族はそうではなかった。ブエノスアイレス大学の映像音響デザイン科に入学、市立演劇芸術学校でドラマツルギーを学ぶ。またキューバのサン・アントニオ・デ・ロス・バーニョスの映画TV学校で編集技術を学んでいる。当ブログでは、カンヌ映画祭2014「監督週間」に第4作目 ”Refugiado” が選ばれたときに、キャリアとフィルモグラフィーの詳細を記事にしておりますが3年前になりますので、今回再構成して下記に付録としてアップしています。
(ディエゴ・レルマン監督)
★第4作から撮影を手掛けているヴォイテク・スタロンWojtek (Wojciech) Staron(ヴォイテクは男子名ボイチェフの愛称)は、1973年生れのポーランド人、主にドキュメンタリーで国際的に活躍している撮影監督です。なかでメキシコで脚本家として活躍しているアルゼンチンのパウラ・マルコヴィッチの長編デビュー作 “El premio” がベルリン映画祭2011にエントリーされ、スタロンは銀熊賞(芸術貢献賞の撮影賞)を受賞しています。自分の少女時代を送ったサン・クレメンテ・デル・トゥジュという湯治場を舞台に、軍事独裁時代を少女の目線で撮ったマルコビッチの自伝的要素の強い映画、アリエル賞も受賞している。
(銀熊賞のトロフィーを手にしたヴォイテク・スタロン、ベルリン映画祭2011)
◎付録:ディエゴ・レルマンの長編フィルモグラフィー
2002 Tan de repente (アルゼンチン)『ある日、突然。』監督・脚本・プロデューサー モノクロ
2006 Mientras tanto(アルゼンチン)英題 Meanwhile 監督・脚本
2010 La mirada invisible(アルゼンチン=仏=西)『隠れた瞳』監督・脚本・プロデューサー
2014 Refugiado (アルゼンチン=ポーランド=コロンビア=仏)監督・脚本・プロデューサー
2017 Una especie de familia 省略
*他に短編、TVドキュメンタリーを撮っている。
★第1作Tan de repente :ロカルノ映画祭銀豹賞、ハバナ映画祭金の珊瑚賞、ウエルバ・ラテンアメリカ映画祭銀のコロン賞、2003年にはニューヨーク・レズ&ゲイ映画祭でも受賞するなど多くの国際舞台で評価されました。まだ20代半ばという若さでしたが、計算されたプロットにはアメナバルのデビュー当時を思い出させました。ユーロに換算すると4万ユーロという低予算で製作された。
★第2作Mientras tanto :アルゼンチン映画批評家協会賞にValeria Bertuccelli が主演女優賞(銀のコンドル賞)、クラリン・エンターテインメント賞(映画部門)にもBertuccelli が女優賞、ルイス・シエンブロスキーが助演男優賞を受賞しましたが、レルマン自身はベネチア映画祭のベネチア作家賞にノミネートされただけでした。「アルゼンチンの『アモーレス・ペロス』版」と言われた作品。『僕と未来とブエノスアイレス』(04、公開06)のダニエル・ブルマンがプロデューサーの一人。
★第3作La mirada invisible :東京国際映画祭2010で『隠れた瞳』の邦題で上映された。映画祭では監督と主演女優フリエタ・シルベルベルクが来日しました。マルティン・コーハンのベストセラー小説“Ciencias Morales”(2007エライデ賞受賞作)にインスパイアーされての映画化。従ってタイトルも登場人物も小説とは異なり、特に結末が大きく違っていました。軍事独裁制末期1982年のブエノスアイレス、エリート養成の高等学校が舞台でしたが、国家主義的な熱狂、行方不明者、勿論フォークランド戦争は出てきませんが、この学校がアルゼンチン社会のアナロジーと考えると、その「見えない視線」に監視されていた社会の恐怖が伝わってくるという仕掛けがしてあった。彼の作品の中で軍事独裁が顕著に現れているのが本作です。かつてブエノスアイレスが「南米のパリ」と言われた頃に建築された建物が高等学校として採用され、それ自体が絵になっています。
★第4作 Refugiado:カンヌ映画祭2014「監督週間」にノミネーション。7歳のマティアスと母ラウラに起こったことが、マティアスの無垢な驚きの目を通して語られる。父ファビアンのドメスティック・バイオレンスDVを逃れて、身重の母とティトを連れた息子は安全な避難場所を求めて都会を彷徨い歩く。都会をぐるぐる廻るスリラー仕立てのロード・ムービー。
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