レオン・デ・アラノア”Un dia perfecto”*ゴヤ賞2016ノミネーション ⑥2016年01月14日 16:08

       かったるいけれど愛にあふれた胸をうつストーリー

 

★カンヌ映画祭と並行して開催される「監督週間」に出品されたときのオリジナル・タイトルはA perfect Day、主言語が英語だったのでスペイン映画とはいえ簡単な紹介で済ませた。スペインでは吹替え版で当初の予定より少し遅れて828日に公開された。やはり吹替え版にはどうしても違和感が付きまとう。しかしその後、世界各地で公開されたのは、ひとえにオリジナル言語が英語だったことによる。1995年のバルカン半島の紛争地が舞台だから重たいと思うのですが、予告編を見るとちょっと可笑しいシーンも。ジャンルはドラマティック・コメディとあり、未だに残り火が燻ぶっている紛争地を舞台に、当事国でもないスペイン人監督が撮れる可能性があるのかどうか。積み荷が重すぎて暗礁に乗り上げていないことを祈りたい。成功作『月曜日にひなたぼっこ』も深刻なテーマのわりに解毒剤のようなユーモアが散りばめられていたが、これは自国の話、新作は世界に激震を引き起こした国際紛争という大きな違いがあるからです。ノミネーション8個はエコヒイキかな?

 

      

              (主役5人を巧みに配したポスター)

 

  Un dia perfecto(オリジナル版A perfect Day2015

製作:Mediapro / Reposado Producciones / TVE

監督・脚色:フェルナンド・レオン・デ・アラノア

原作:パウラ・ファリアスの小説“Dejarse llover

脚色():ディエゴ・ファリアス

音楽:Arnau Bataller

撮影:アレックス・カタラン

編集:ナチョ・ルイス・カピリャス

美術・プロダクションデザイン:セサル・マカロン

衣装デザイン:フェルナンド・ガルシア

メイクアップ&ヘアー:Caitlin Accheson

製作者:ルイス・フェルナンド・ラゴパトリシア・デ・ムンス、ハビエル・メンデス

 

データ:製作国スペイン、英語・スペイン語・セルビア語・フランス語、2015年、106分、コメディ・ドラマ、ロード・ムービー、ユーゴスラビアの戦争、撮影地グラナダのアルキフェ、グラナダ、クエンカ、マラガ、配給元ユニバーサル・ピクチャーズ、公開スペイン828日、他セルビア、ドイツ、オランダ、クエート、イタリア、イスラエル(以上2015年)、ブルガリア、フィンランド、米国、ハンガリー、フランス(以上2016年)など多数

映画祭・受賞歴:カンヌ映画祭2015「監督週間」、メルボルン、サラエボ、チューリッヒ、ハンブルク、バンクーバー、ロンドン、マイアミ、シカゴ、ライデン、各映画祭に正式出品。フェロス賞2016コメディ部門の作品賞、監督、脚本、ポスターの4カテゴリー(119日発表)、ゴヤ賞2016作品賞を含む8カテゴリーにノミネーション(26日発表)、目下結果待ちです。

 

キャストベニチオ・デル・トロ(マンブルー)、ティム・ロビンスB)、オルガ・キュリレンコ(カティア)メラニー・ティエリー(ソフィー)、Fedja Stukan(ダミール)、エルダー・レジドヴィック(ニコラ)、モーテン・スールバジェ(国連職員)、セルジ・ロペス(ゴジョ)、フランク・フェイズ(国連職員)、ほか

ゴチック体はゴヤ賞にノミネーションされたカテゴリー

 

解説:紛争地域で国連職員が事態の好転を図るべく頭を悩ましている。協力隊員たちはそれぞれ自分自身の問題を抱え込んだまま任務についている。マンブルーはもう家に帰りたい、ソフィーは紛争地の人々を助けたい、カティはマンブルーの元カノだった、ダミールは早く戦争を終わらせたい、Bは自分が何をしたいのか分からない、ニコラはサッカーボールが欲しい・・・。彼らのミッションは紛争地帯にある大井戸から遺体を引き出すことだ。誰かが水を飲めなくするために放り込んだのだ。近隣の住民には食料調達もままならない。しかしここではどんな仕事も不可能に近い、多分、真の敵は不条理なのだ。彼らは迷路に迷い込んだモルモットよろしく、紛争地帯を右往左往する。

 

 

     (デル・トロ、監督、ティム・ロビンス、スペイン公開のプレス会見で)

 

★オリジナル・タイトルのA perfect Day”は、1995年のボスニア紛争中に作られたブルックリン出身のルー・リード(19422013)の歌詞から採られた。鬼籍入りしたばかりのデビッド・ボウイにも影響を与えたミュージシャンですね。舞台が紛争地なら登場人物たちも混乱気味、批評も毀誉褒貶、ポジとネガが混在しているようだ。「コメディではないしドラマでもない、アクションでもないし何かメッセージを発信しているわけでもない」(エル・ムンド)、「よく練られているが、何か物足りない。善悪の二元論からは逃れられているが、結果は精彩を欠いている。感動させようとする要素やシチュエーションが多すぎて、見たり聞いたりしたものと大きくかけ離れている」(エル・パイス)、誠実さは伝わってくるがきらきらしたものがないということらしい。社会批判的映画の誠実さは生き残っているが、掘り下げが不足しているのだろう。

 

★同じエル・パイスでも批評家が違えば評価も異なる。「辛辣なセリフは、ユーモアに富み、心地よく感動的でもあるが、それらは決して破綻しない。戦争の残虐さをスクリーンに持ち込まず、死の影はない。戦争やその結果として起きる破壊は常にフィルターがかけられている」とかなり好意的。遺恨によってむき出しになった心より隠された憎しみのほうがより危険なのではないかと考えるが。原作者のパウラ・ファリアスは、「国境なき医師団」の一人としてコソボで医療活動をしているから、そのときの体験が小説に織り込まれているのだろう。

   

      

            (左から、ソフィー、カティア、ニコラ、マンブルー、映画から)

 

★監督はボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を頭に描いて撮ったと思うが、住民、5人のよそ者ボランティア、自分たちの立場を利用して善意を目立たせようとする国連職員、三つの関係が上手く噛み合っていないのかもしれない。カウンターカルチャー映画は常に極端な敵対者の手になることが多いが、アルバニア善、セルビア悪という二元論で片付けられるほど簡単な紛争ではない。とは言ってもどちらにも与していないと上から目線で評論家的になる。掘り下げがイマイチでも、モラルと馬鹿げたことのバランスが悪くても、痛みと喜びが縄のように撚りあった不条理劇として楽しむことはできそうだ。

 

★アメリカでは、朝鮮戦争を舞台にしたロバート・アルトマンの反戦コメディ『MASH』(1970)と比較する批評家が目立つ。「ハリウッドの異端児」と言われたアルトマンがハリウッドで成功した映画だ。他にはコメディではないが群像劇のマイケル・チミノの『ディア・ハンター』(1978)、こちらは1960年代末期のベトナム戦争に従軍した帰還兵の生と死、戦場での狂気を描いたもの。ロバート・デ・ニーロやメリル・ストリープが出演していて今でもテレビ放映されている。ちなみに1990年初頭に始まったユーゴスラビア戦争、特にボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を題材にした作品は五指どころか十指に余る。『ウェルカム・トゥ・サラエボ』(1997)、『サラエボの花』(2005)、『あなたになら言える秘密のこと』(同)、新しいところでは『ある愛へと続く旅』(2012)などすべて公開されている。

 

パウラ・ファリアスの“Dejarse llover”(2005刊)の映画化。1968年マドリード生れの医師、1999年よりNGOの「国境なき医師団」のメンバー。コソボやアフガニスタンの紛争地、インドのグジャラート、アフリカ中部の共和国ギニアビサウのコレラ(2002)、ベネズエラの黄熱病(2004)などの医療に携わった。その経験を元に2004年“Dejate contar un cuennto”を上梓、翌年長編小説、“Dejarse llover”を刊行した。

 

  

     (原作者パウラ・ファリアスとフェルナンド・レオン・デ・アラノア監督)

 

フェルナンド・レオン・デ・アラノアのフィルモグラフィー1968年マドリード生れ、監督、脚本家。マドリード・コンプルテンセ大学で映像科学を専攻。脚本家として出発した。デビュー作Familia1996)が「スペイン映画祭‘98」で『ファミリア』として上映された(ゴヤ賞1997新人監督賞受賞)。第2Barrio1998)はサンセバスチャン映画祭1998監督(銀貝)賞、ゴヤ賞監督・脚本賞受賞、第3Los lunes al sol2002)は、サンセバスチャン金貝賞、ゴヤ賞監督賞、アカデミー賞スペイン代表作品に選ばれ、メキシコのアリエル賞2004にイベロアメリカ映画賞を受賞した。日本では「バスク・フィルム・フェスティバル2003」で『月曜日にひなたぼっこ』の邦題で上映された。

 

     

  (ルイス・トサールとハビエル・バルデム、『月曜日にひなたぼっこ』のポスターから)

 

★第4作はカンデラ・ペーニャとミカエラ・ネバレスを起用して売春婦の愛と友情を描いたPrincesas2005)、ゴヤ賞では二人の主役が主演と助演の女優賞を独占した話題作。第5作はペルー出身のマガリ・ソリエルとセルソ・ブガジョが主演したAmador2010)、ゴヤ賞と唯一縁のなかった作品。第6作が本作になる。他にドキュメンタリーの“Invisibles”(2007)が、ゴヤ賞長編ドキュメンタリー賞を受賞している。見ての通りゴヤ賞に縁の深い監督だが、今回の受賞ははっきり言って難しいと予想します。

 

★助演男優賞ノミネーションのティム・ロビンスの受賞はないと予想しますが(受賞はハビエル・カマラ)、スペイン映画出演は初めてではない。イサベル・コイシェの『あなたになら言える秘密のこと』の主役でした。また群像劇で思い出しましたが、アルトマンのハリウッドの内幕を暴露した『ザ・プレイヤー』(1992)では、予想外だが殺人を犯しながらもコミカルにハリウッドを泳ぎまわる主人公を演じていた。コメディアンなのかもしれない。ほかに撮影賞ノミネーションのアレックス・カタランの仕事を評価する人が多い。しかし彼は、昨年アルベルト・ロゴリゲスの“La isla mínima”で受賞しているから外れるのはないか。

 

  

     (スペイン公開に合わせて来西したティム・ロビンス、2015825日)

 

★監督の次回作は、メデジン・カルテルのドンパブロ・エスコバルの伝記映画を撮る予定とのこと。ハビエル・バルデムペネロペ・クルス夫婦が出演、予定だと2015年末にクランクインしているはずです。二人の共演はビガス・ルナの『ハモンハモン』以来、ウディ・アレンの『それでも恋するバルセロナ』(08)、結婚後もリドリー・スコットのスリラー『悪の法則』に出演している。