アメナバルにマラガ―スール賞のガラ*マラガ映画祭2021 ⑭2021年06月06日 17:19

            アントニオ・バンデラス海岸遊歩道に手形入りのモニュメント

 

   

 

★開幕3日め65日、映画祭最高のマラガ―スール賞アレハンドロ・アメナバルに授与されました。授賞式に先だって、アントニオ・バンデラス海岸遊歩道に建てられた受賞者の手形入りモニュメントの除幕式がありました(マラガ―スール賞受賞者だけの栄誉)。例年通りマラガ市長フランシスコ・デ・ラ・トーレ、市議会代表のエリア・ロサダ、スール紙の副編集長ハビエル・ロシオ、映画祭ディレクターのフアン・アントニオ・ビガルが出席しました。本賞は日刊紙「スール」がコラボしています。スペインでは通りや公共施設に所縁のある人物の名前を付けるのは珍しくありませんが、バンデラスの名前がついた通りがあるとは知りませんでした。彼はマラガ市の名誉市民、シネアスト以外に投資家としても成功しており、多額の寄付金をして市に貢献しています。

        

  
   (モニュメントに刻まれた自身の手形に合わせるアメナバル、202165日)

       

   

        (モニュメントの除幕式に出席した受賞者と関係者)

 

2200からのガラに先だって午後、恒例のミーティングが映画祭ディレクターのフアン・アントニオ・ビガルの司会で行われました。監督、脚本家、ミュージシャンとそのキャリアは説明するまでもありませんが、ビガルは「もしシネアストでなかったら、あなたはミュージシャンになっていたでしょうね」と切り出しました。アメナバルは映画界入りのきっかけは「私の短編を見たホセ・ルイス・クエルダが長編映画の脚本を書くよう勧めたことが始りだった」と応えている。つまりデビュー作『テシス 次は私が殺される』(96)が観客、批評家の両方から受け入れられた。「ゴヤ賞レベルで評価されたことが励みになった」と監督、国内だけでなく国際的にもサプライズだったデビュー作でした。

 

          

           (ビガルの司会によるミーティング、同日午後)

 

 

           「私は常に歴史に導かれてきた」とアメナバル

 

★国際的な最初の成功は『アザーズ』(01)で「海外勢とタッグを組んだプロジェクトで多くを学び、鍛えられた。ミックスされることで成長できる」と。『海を飛ぶ夢』(04)では米アカデミー外国語映画賞でオスカー賞監督となった。しかし『アレクサンドリア』(09)のような歴史物では多額の資金が必要で、国際的なプロジェクトを組まざるを得なかった」と。また歴史は常に彼を導いてきた。そしてスペイン語映画に回帰した最新作スペイン内戦をテーマにした『戦争のさなかで』に辿りつく。

 

★今年秋にはTVミニシリーズLa fortuna6話)が放映される。将来に目を向けると、プラットフォームは深みと密度の高い物語を伝えることができると考えている。「どの形式が理想的かは分からないが、プラットフォームの登場とスペインのフィクションの増加により、より複雑な映画が製作できるようになることを期待している」と語っている。「私は長編映画のほうが好きです。映画館で愉しむのか、あるいはお茶の間でかは分かりませんけど」と監督。

 

★同日午後10時、セルバンテス劇場で授賞式が始まった。その多才なキャリアを讃えての授賞、プレゼンターはTVミニシリーズ「La fortuna」の主演者、アナ・ポルボロサアルバロ・メルでした。「物語を語り続けるための推進力としてこの賞を受け取りたい」、「この賞が初めてのマラガ賞受賞です」とスピーチした。本祭はスペイン語・ポルトガル語に特化した映画祭のため、英語映画がつづいていたアメナバルには縁が薄く、ノミネートされたことはなかったわけです。

キャリア&フィルモグラフィー紹介は、コチラ20210515

 

     

              (トロフィーを手にしたアメナバル)

 
 

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