第20回マラガ映画祭2017*ノミネーション発表 ― 2017年03月09日 16:27
オフィシャル・セクションに大きな変更がありました
★昨年秋から五月雨式に発表になっていたオフィシャル・セクションの全容が、3月に入ってやっと見えてきました。大きな変更というのは、前回までスペインとイベロアメリカ諸国にざっくり分かれていたのを一つにまとめたことです。昨今のように1国だけで製作することが資金的に難しくなっていることが背景にあるのかもしれません。どうしても合作になるから、どちらに振り分けるか迷う作品が多くなってきていた。ということでオフィシャル・セクションは23作が最終的に残り、うちコンペティションは17作、コンペ外が6作です。正式出品作品のうち、一応スペインが製作国なのは9作、イベロアメリカが8作とほぼ半分ずつになりました。以下、作品名・監督名・主なる製作国、今年は珍しいことに公開作品も含まれているので邦題も入れました。
*コンペティション17作*(順不同、ゴチック体は紹介済み作品)
◎ Selfie ビクトル・ガルシア・レオン(85分、2017年、スペイン)
◎ Nieves Negra マルティン・オダラ Hodara(87分、2017年、アルゼンチン=西)
◎ Amar エステバン・クレスポ (100分、2016年、スペイン)
◎ La niebra y la doncella アンドレス・M・コペル (104分、2017年、スペイン)
◎ No sé decir adiós リノ・エスカレラ (96分、2016年、スペイン)
◎ Brava ロセル・アギラル (91分、2016年、スペイン)
*追加で紹介記事をアップ、コチラ⇒2017年3月11日
◎ La mujer del animal ビクトル・ガビリア(120分、2016年、コロンビア)
◎ Verano 1993 カルラ・シモン(97分、2015年、スペイン、カタルーニャ語、吹替)
*紹介記事は、コチラ⇒2017年2月22日
◎ El otro hermano イスラエル・アドリアン・カエタノ
(113分、アルゼンチン・ウルグアイ・スペイン・フランス)
*『キリング・ファミリー 殺し合う一家』の紹介記事は、コチラ⇒2017年2月20日
◎ Ültimos días en La Habana フェルナンド・ぺレス(92分、2016年、キューバ)
*紹介記事は、コチラ⇒2017年3月8日
◎ Plan de fuga イニャキ・ドロンソロ (105分、2017年、スペイン)
*『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』の紹介記事は、コチラ⇒2017年3月4日
◎ Pieles エドゥアルド・カサノバ (74分、2016年、スペイン)
◎ El jugador de ajedrez ルイス・オリベロス (98分、2016年、スペイン)
◎ El candidato ダニエル・エンドレル(84分、2016年、ウルグアイ=アルゼンチン)
◎ Me estas matanto Susana ロベルト・スネイデル(101分、2016年、メキシコ)
*紹介記事は、コチラ⇒2016年3月22日
◎ La memoria de mi padre ロドリゴ・バシガルーペ Bacigalupe (87分、2016年、チリ)
◎ Redemoinho ホセ・ルイス・Villamarim(100分、ブラジル、ポルトガル語、吹替)
*コンペティション外6作*
◎ El Intercambio イグナシオ・ナチョ (84分、2016年、スペイン)
◎ Señor, dame paciencia アレバロ・ディアス・ロレンソ(2016年、スペイン)
◎ El bar アレックス・デ・ラ・イグレシア(102分、2017年、スペイン) オープニング作品
*『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』の記事は、コチラ⇒2017年2月26日
◎ Maniac Tales キケ・メサ、ロドリゴ・サンチョ、他 (107分、2017年、スペイン)
◎ Gilda, no me arrepiento de este amor ロレーナ・ムニョス(118分、2016年、アルゼンチン)
◎ Me casé con un boludo フアン・タラトゥトTaratuto (2016年、アルゼンチン)
★今回はとりあえずラインナップだけアップ、時間が許す限り、賞に絡みそうな、または初監督の話題作などをご紹介していきます。23作中女性監督が3人とは寂しい限り、手始めにバルセロナ派のロセル・アギラルの「Brava」を紹介したい。2007年のオペラ・プリマ「La mejor de mi」をロッテルダム映画祭に正式出品、ヒロインのマリアン・アルバレスが最優秀女優賞を受賞したほか、アギラル監督もサンジョルディ賞、トゥリア賞などを受賞したが、スペインでの評価は分かれた。
★美男俳優として活躍しているエドゥアルド・カサノバのデビュー作「Pieles」も不思議な印象を残す作品、今年のゴヤ賞ガラに初めて出席して、その妖しげな雰囲気で話題を集めた。
★マラガ賞(俳優レオナルド・スバラグリア)、レトロスペクティブ賞(監督フェルナンド・レオン・デ・アラノア)、エロイ・デ・ラ・イグレシア賞(監督クラウディア・リョサ)、リカルド・フランコ賞(メイクアップ・アーティスト、シルヴィ・インベール)他、各賞は既にアナウンスされています。
『苺とチョコレート』の続編?*フェルナンド・ぺレスの新作 ― 2017年03月08日 17:21
トマス・グティエレス・アレアに捧げる―ディエゴのその後
★ディエゴとは、トマス・グティエレス・アレアが『苺とチョコレート』の中で造形した主人公、ホルヘ・ぺルゴリアが演じた。こちらのディエゴは亡命許可証を入手して間もなく愛するキューバを後にするだろうアーティスト。片やフェルナンド・ぺレスの新作「Últimos días en La Habana」の中のディエゴは、ハバナの古びたアパートのベッドに横たわっている。エイズに体をむしばまれ、もはや亡命の夢は潰えている。やつれたディエゴの傍らには同世代のミゲルが付き添っている。レストランの皿洗いをしながらアメリカへのビザが届くのを待っている。もはやイデオロギー論争にはうんざりした、ただ生き残りを賭けて暮らす庶民で溢れた「ハバナ」での「最後の日々」を性格の異なった二人の男は送っている。アレア監督の下で映画を学んだペレス監督が恩師に捧げる最新作。
「Últimos días en La Habana」(「Last Days in Havana」)2016
製作:ICAIC (キューバ) / WANDA VISIÓN S.A. (スペイン) / Besa Films
監督・脚本:フェルナンド・ぺレス
脚本(共):アベル・ロドリゲス
撮影:ラウル・ペレス・ウレタ
編集:セルヒオ・サヌス
録音:エベリオ・マンフレッド・ガイ・サリナス
美術:セリア・レドン
製作者:ダニロ・レオン、ホセ・マリア・モラレス
データ:製作国キューバ=スペイン、スペイン語、2016年、ドラマ、93分、撮影地ハバナ
映画祭・受賞歴:第38回ハバナ映画祭2016審査員特別賞受賞(12月)、ベルリン映画祭2017ベルリナーレ・スペシャル部門出品(2月)、マラガ映画祭2017コンペティション正式出品(3月)、他
キャスト:ホルヘ・マルティネス(ディエゴ)、パトリシオ・ウード(ミゲル)、ガブリエラ・ラモン(ディエゴの姪)、クリスティアン・ヘスス、ジャイレネ・シエラ、コラリタ・ベロス、アナ・グロリア・ブドゥエン、カルメン・ソラル、他
プロット:現代のハバナを舞台に繰り広げられる友情と犠牲の物語。ディエゴはゲイの45歳、エイズに冒され、もはや夢を描くことができない。同世代のミゲルは「北」に脱出することを夢見て、来る日も来る日もアメリカの地図を眺めている。決して届くことのないビザを待ち続けて、レストランの皿洗いの仕事をこなしながら英語の独学に励んでいる。二人を取り巻く魅力溢れた人々がディエゴの部屋を訪れる。ある日、届くはずのないビザが届けられてくる。このただ事でない運命を前にして二人は突然岐路に立たされる。二人はどんな決断をするのだろうか。大きな変化が予感される小さな「島」を舞台に、友情、それに伴う犠牲、憂鬱、痛み、パッション、貧困、ユーモアに富んだダイヤローグが見る人を魅了する。
(審査員特別賞のトロフィーを手に、監督とホルヘ・マルティネス、ハバナ映画祭2016)
★フェルナンド・ぺレス(1944年ハバナ生れ)はキューバの監督、脚本家。既に何本か字幕入りで見ることができるが、2003年の異色の無声ドキュメンタリー『永遠のハバナ』(「Suite Habana」)しか公開されていない。1987年の長編デビュー作「Clandestino」が『危険に生きて』の邦題でキューバ映画祭2004で上映されているほか、『ハロー ヘミングウェイ』(1990、東京国際映画祭上映)、『口笛高らかに』(98、NHK、BS放映)も、20世紀のキューバ映画を特集したミニ映画祭などで何回か上映されている。そもそもキューバ映画は今世紀に入ってからは本数も少なく、かつての輝きを失っている。従ってキューバ映画祭を開催しようとすれば、いきおい20世紀の映画を選ぶことになる。キューバを舞台にしているが、例えばアグスティ・ビリャロンガの『ザ・キング・オブ・ハバナ』(15、スペイン)やパディ・ブレスナックの『ビバ』(15、アイルランド)などは、製作国も監督もキューバではない。当ブログで紹介したマリリン・ソラヤの「Vestido de novia」(14)、カルロス・レチュガの「Santa & Andres」(16)などは公開はおろか映画祭上映さえ難しい。
(ハバナの中心街を歩くミゲル役のパトリシオ・ウード)
(ディエゴ役のホルヘ・マルティネスと姪役のガブリエラ・ラモス)
(扇風機がないので常にうちわを動かしているディエゴとジャイレネ・シエラ)
★本作は長編映画8作目となる。製作者にホセ・マリア・モラレス、撮影監督にラウル・ペレス・ウレタなど長年映画作りを共にしてきた仲間とタッグを組んでいる。キャスト選考はかなり難航したとベルリンで語っていた。上記したようにベルリン映画祭のベルリナーレ・スペシャル部門での上映、因みにこのセクションではフェルナンド・トゥルエバの「La reina de España」(16、西)やアムネスティ国際映画賞を受賞したメキシコのエベラルド・ゴンサレスのドキュメンタリー「La libertad del diablo」もエントリーされていた)、これから始まるマラガ映画祭コンペ上映などで何らかの賞に絡めば、日本での知名度の高さ、または山形国際ドキュメンタリー映画祭2011の審査員としての来日などを勘案すれば、映画祭上映は期待できるのではないか。
(フェルナンド・ぺレス監督)
★『永遠のハバナ』以降のフィルモグラフィー、2010年「José Martí: el ojo del canario」、2014年「La pared de las palabras」の2作、前者はキューバのどちら側からも尊敬されているホセ・マルティの物語、後者は進行性筋萎縮症になって書くことはおろか話すこともできなくなっていく息子とその家族、母親、兄弟、祖母との闘いの物語、原題の「言葉の壁」はそこからきている。息子に初めての起用となるホルヘ・ぺルゴリア、母親に『危険に生きて』や『口笛高らかに』出演のイサベル・サントスが扮した。監督によると実話にインスパイアーされて制作したということです。
(ホルヘ・ぺルゴリアとイサベル・サントス「La pared de las palabras」から)
『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』*「シネ・エスパニョーラ2017」 ― 2017年03月04日 17:52
スペイン本国より一足先に日本で公開される!
★イニャキ・ドロンソロの長編第2作『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』のスペイン公開は4月28日と日本より1か月先になります。劇場公開は早くて半年後か1年後が常識のスペイン映画が、期間限定とはいえ本国より先とは前代未聞ではないか。2015年10月にバスク自治州ビスカヤ県の県都ビルバオでクランクインした。イバニェス通りに面したビスカヤ地方評議会都市開発省本部をスイス・クレジット銀行に早変わりさせて、マドリード警察犯罪捜査部の突入シーンで撮影を開始した。交通制限をしての撮影はマドリードでは不可能、ましてや小規模ながら交通量の多い街中で火災を起こすなどもっての外、ビルバオでも撮影時間の制限を受け大勢のヤジウマに取り巻かれての撮影だったようです。
『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』(原題「Plan de fuga」、英題「Escape Plan」)
製作:Atresmedia Cine / Euskal Irrati Telebista(EiTB) / Lazonafilms / Scape Plan
監督・脚本:イニャキ・ドロンソロ
撮影:セルジ・ビラノバ・クラウディン
音楽:パスカル・ゲイニュ
美術:セラフィン・ゴンサレス
プロダクション・デザイン:アントン・ラグナ
衣装デザイン:クララ・ビルバオ
メイクアップ:ナチョ・ディアス、ラケル・アルバレス(特殊メイクアップ)、
セルヒオ・ぺレス、カルメレ・ソレル(メイクアップ)
製作者:ゴンサロ・サラサル=シンプソン(エグゼクティブ)、ダビ・ナランホ
データ:スペイン、スペイン語、2017年、アクション・スリラー、105分、撮影地バスク州ビルバオとマドリードの数か所、撮影期間2015年10月12日より約8週間、配給元ワーナー・ブラザース・ピクチャー・スペイン、スペイン公開2017年4月28日、日本公開3月25日
キャスト:アライン・エルナンデス(ビクトル)、ルイス・トサール(警察犯罪捜査官リーダー)、ハビエル・グティエレス(ラピド)、アルバ・ガローチャ、フロリン・オプリテスク(ダミール)、イスラエル・エレハルデ(弁護士)、イツィアル・アティエンサ(マルタ)、エバ・マルティン(経済犯罪係官)、マリオ・デ・ラ・ロサ(消防士)、トマス・デル・エステ、ペレ・ブラソ(尋問官)、ほか
プロット:金庫破りのプロフェショナル、ビクトルの物語。ヨーロッパ旧共産圏の元軍人たちで概ね組織された犯罪グループは、仲間の一人を失って活動休止に陥っていた。銀行に押し入り金庫室を掘削機で穴を開けるには、どうしてもプロをリクルートする必要があった。こうして一匹狼のビクトルに白羽の矢が立ち、彼も合流する決心をする。しかし何者かの通報で強盗一味は一網打尽に逮捕されてしまった。事件はあっけなく終わったかに見えたが、ビクトルが請け負ったミッション、金庫室の穴開け作業は開始されることになるだろう。ビクトルの本当の狙い、警察犯罪捜査部の本当の狙いとは果たして何だったのか。ここから本当のドラマが始まる。「罠に落ちるのは誰か?」「結末はどうなるか?」何人も100パーセント安全なものはいない。
(ビルバオでの撮影初日、2015年10月12日)
★最近日本で公開される映画でルイス・トサールほど出演本数が多い俳優はいないのではないか。公開が始まったダニエル・カルパルソロの『バンクラッシュ』、キケ・マイジョの『ザ・レイジ 果てしなき怒り』(「シネ・エスパニョーラ2017」上映)、ダニ・デ・ラ・トーレの『暴走車 ランナウェイ・カー』、ダニエル・モンソンの『エル・ニーニョ』、少し古いがイシアル・ボリャインの『ザ・ウォーター・ウォー』(10)などです。1999年、同監督の『花嫁のきた村』の主役で登場以来、『テイク・マイ・アイズ』など、誠実だが不器用にしか生きられない屈折した男を好演してきた。転機が訪れたのは声帯をつぶし肉体改造をしてまで取り組んだ、ダニエル・モンソンの『プリズン211』(09)のマラ・マドレ役だったと思う。「こういうトサールを見たかった」と興奮したのを思い起こします。役者になることを反対し続けてきた父親から「やっと認めてもらえた」と彼も当時インタヴューで語っていた。しかしこの成功が役柄のマンネリ化をきたしているのではないかと個人的には危惧しています。
(指揮を執るルイス・トサール、映画から)
★主役ビクトル役のアライン・エルナンデスは、1975年バルセロナ生れ、ということでカタルーニャ語とのバイリンガル、2007年、舞台俳優として出発、同時にTVシリーズドラマ「La Riera」(15、21話)、「Mar de plástico」(15~16、14話)などで演技の実績を積んでいる。代表作はフェルナンド・ゴンサレス・モリナの「Palmeras en la nieve」(15)、これは2015年暮れに公開され翌年ブレイクして2016年興行成績がフアン・アントニオ・バヨナの新作『ア・モンスター・コールズ』(6月公開予定)についで第2位となったヒット作。主役はマリオ・カサスとアドリアナ・ウガルテ、彼は準主役を演じた。ゴヤ賞2017新人監督賞ノミネートのマルク・クレウエトの「El rey tuerto」(16)では、機動隊所属の警察官に扮した。エミリオ・マルティネス=ラサロの「Ocho apellidos catalanes」(15)にも少しだけ顔を出していた。『ホテル・ルワンダ』の英監督テリー・ジョージの「The Promise」(16)にも出演しているが目下は未公開、つまり日本初登場ということになるのでしょうか。
(金庫室の穴開けのヘルメット姿のアライン・エルナンデス、映画から)
★ラピド役のハビエル・グティエレスについてはアルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』やイシアル・ボリャインの『The Olive Tree』でご紹介済み、彼も『暴走車 ランナウェイ・カー』で出番は少なかったが存在感を示した。アルバ・ガローチャは、1990年サンチャゴ・デ・コンポステラ生れ、アルベルト・ロドリゲスの『スモーク・アンド・ミラー』やマリア・リポルの新作「No culpes al karma de lo que te pasa por gilipollas」(16)に出演、これはゴヤ賞2017で衣装デザイン賞にノミネートされていた作品。弁護士役のイスラエル・エレハルデは『マジカル・ガール』で既に登場、バルバラ・レニーの現恋人、演技には定評があります。かなり期待していいキャスト陣です。尚キャスト、スタッフの人名表記は公式サイトと若干異なります。当ブログではスペイン語に近い発音を採用しています。
(アラン・エルナンデスとハビエル・グティエレス、映画から)
*監督キャリア&フィルモグラフィ紹介*
★イニャキ・ドロンソロIñaki Dorronsoro は、1969年バスク自治州ビトリア生れ、監督、脚本家。スリラー「El ojos del fotógrafo」(93、50分)でデビュー、本作を長編とするか中編とするかで数え方が変わる。当ブログでは次回作「La distancia」(06)を第1回作品としています。ジャンルはスリラー、サンセバスチャン、グアダラハラ、トゥールーズ・シネエスパーニャ、カルロヴィ・ヴァリー、コペンハーゲン、各映画祭に出品、ミゲル・アンヘル・シルベストレ(トゥールーズ・シネエスパーニャ映画祭新人男優賞受賞)、ホセ・コロナド、フェデリコ・ルッピ、リュイス・オマールなどが共演している。グアダラハラ映画祭ではダニエル・アランジョが撮影賞を受賞した。10年ぶりに『クリミナル・プラン 完全なる強奪計画』を撮った。TVドラも手掛けている。
デ・ラ・イグレシア、新作ホラー・コメディを語る*「シネ・エスパニョーラ2017」 ― 2017年02月26日 18:06
「信用できる唯一の武器は笑いである」とアレックス
★ベルリン映画祭も閉幕しました。アレックス・デ・ラ・イグレシアの新作『クローズド・バル 街角の狙撃手と8人の標的』はコンペティション外でしたから賞には絡みませんでしたが、監督はベルリン入りしてプロモーション活動に努めました。スリラーなのかホラーなのか、またはその両方なのか分かりませんが、「死の恐怖」についてのかなりシリアスなコメディ群集劇であるようです。彼はデビュー作以来オーディオビジュアルの致命的な退屈に反旗を翻して終わりなき闘いを続けています。ベルリン映画祭の後、第20回マラガ映画祭(3月17日~26日)のオープニング上映が内定しています(ベルリンと同じコンペティション外)。スペイン公開は3月24日、これは「シネ・エスパニョーラ2017」と時差を考えると同日になります。マラガ映画祭については後日大枠をアップいたします。ベルリンの第1回作品賞受賞のカルラ・シモンの「Verano 1993」はセクション・オフィシャルでジャスミン賞を狙います。
(エレガントな黒の背広姿のアレックス・デ・ラ・イグレシア、ベルリンFF 2月11日)
★1965年ビルバオ生れの監督は、子供時代に一度もサッカーボールを蹴ったことがなかったという変り種、社会学教授の父親、肖像画家で活動的な母親のもと自由で国家主義的でない家庭環境のなかで育った。政治的な不安は感じなかったが、街路での小競り合いや警官の銃声のなかで、つまりテロリストたちと隣り合って暮らしていた。当時のバスクの流行語は「何かあったのだろう」という一言、何が起ころうとも誰かがそう話すことで終わりだった。フランコ体制が名目上終わるのは10年後の1975年末のこと、しかし同じような思考停止は今でも続いていると監督。
★監督によれば、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』やスティーヴン・キングの『ミスト』、または『皆殺しの天使』からヒントを得ている。「ブニュエルの『皆殺しの天使』は、形而上学的な結末になる。知識などはどこかへ行ってしまって、閉じ込められて抜け出せないという苦痛だけを話し合っている。自分を取り巻く現実を前にして思考停止に陥ってしまっている。現実というのは時には殻のようなもので中身がよく分からない。私たちが度々経験するショーウィンドー越しの商品と同じです」と。登場人物が監禁される場所は、アガサ・クリスティーのは離れ小島、スティーヴン・キングはスーパーマーケット、ブニュエルのは或るブルジョワジーの大邸宅の居間、いわゆる「クローズド・サークル」の代表作品と言われる。邦題が「クローズド・バル」となった延線上には、これがあったかもしれない。
★本作ではマドリードのバルが舞台になった。どうしてバルにしたのか、バルは監督にとってどんな意味をもつのか。彼と脚本家のホルヘ・ゲリカエチェバリアは、毎朝9時にマドリードの「エル・パレンティノ」というバルで朝食を摂りながら執筆している。「バルは他人と一緒に居心地のいい時間を過ごせる空間でもあるが、反対に突然人を怯えさせるようなことが起こる場所でもある。隣に座っている客が暗殺者である可能性もあるし、反対に自分が抱えている問題を解決してくれる人かもしれない。あるとき、浮浪者入ってきて、店の女主人が平手打ちを食わせるまで皆を罵りはじめた。一人の客が『何か食べるものを与えるべきだった』と言うと、彼女は『そうしたくなった人に与える』と応酬した。そして彼にコーヒーをついだ。それでみんな黙り込んで固まってしまった」のがアイディアの発端だったそうです。映画にも浮浪者が登場する。
(バルに監禁状態になったマリオ・カサス、ブランカ・スアレス、カルメン・マチ、他)
★「現実逃避は映画人として死を意味します。それぞれみんな頭の中に手本があるが、一歩家を出たら身体的強さをもたねばならない」とも。「私たちが暮らしている社会は恐怖が支配しているが、これは現実でなく悪い夢を見ているんだ、と思いたい。しかし実際は悪夢でなく現実、あるとき人生は突然ひっくり返る」と。諺にあるように「男(女も)は敷居を跨げば七人の敵あり」というわけです。「社会的問題を描くのが第一の目的ではないが、背景にそれなくして私の映画は成立しない。私を不安にさせる密室に登場人物を閉じ込める話は魅力的、現実には起こらないことを通して真実を浮き上がらせたい」と。人間は憎しみで出来上がっている。グロテスクを排除せず、死の恐怖、本能的な衝動、アイデンティティについて語ったホラー・コメディ。
★既に次回作「Perfectos desconocidos」の撮影も終了して今年公開が決定しているようです。イタリア映画『おとなの事情』(2016、パオロ・ジェノベーゼ)のリメイク。イタリアのアカデミー賞ドナテッロ賞を受賞した話題作、間もなく3月公開されます。イネス・パリスの悲喜劇「La noche que tu madre mató a mi padre」(16、マラガ映画祭正式出品)でコメディ女優としての力量を発揮したベレン・ルエダ、『スモーク・アンド・ミラー』のエドゥアルド・フェルナンデス、他にエドゥアルド・ノリエガ、ペポン・ニエト、エルネスト・アルテリオ、ダフネ・フェルナンデス、フアナ・アコスタなど7人の芸達者が顔を揃えている。ちなみに「La noche que tu madre mató a mi padre」では、ルエダとフェルナンデスは息の合った夫婦役を演じていた。ペポン・ニエト以外はデ・ラ・イグレシア作品は初めての出演かもしれない。こちらはラテンビートに間に合うだろうか。
(監督を挟んで7人の出演者たち)
『キリング・ファミリー』アドリアン・カエタノ*「シネ・エスパニョーラ2017」 ― 2017年02月20日 15:10
『キリング・ファミリー 殺し合う一家』は犯罪小説の映画化
★3月25日から2週間限定で開催される「シネ・エスパニョーラ2017」5作品の一つ、アドリアン・カエタノの『キリング・ファミリー 殺し合う一家』のご紹介。前回アドリアン・カエタノ映画はオール未公開と書きましたが、未公開には違いないのですが、2013年の前作「Mala」が『イーヴィル・キラー』の邦題でDVD発売(2013年9月)されておりました。本作の原題「El otro hermano」が『キリング・ファミリー 殺し合う一家』と、いささかセンセーショナルな邦題になった遠因かもしれません。新作はアルゼンチンの作家カルロス・ブスケドの小説『Bajo este sol tremendo』に着想を得て映画化されたもの。
『キリング・ファミリー 殺し合う一家』(「El otro hermano」英題「The Lost Brother」)2017
製作:Rizoma Films(アルゼンチン) / Oriental Films(ウルグアイ) / MOD Producciones(西) / Gloria Films(仏) 協賛:Programa Ibermedia/ INCAA / ICAU / ICAA
監督・脚本:イスラエル・アドリアン・カエタノ
脚本(共):ノラ・Mazzitelli(マッツィテッリ?) 原作:カルロス・ブスケド
撮影:フリアン・アペステギア
音楽:イバン・Wyszogrod
編集:パブロ・バルビエリ・カレラ
製作者:ナターシャ・セルビ、エルナン・ムサルッピ
データ:アルゼンチン、ウルグアイ、スペイン、フランス合作、スペイン語、2017年、犯罪スリラー、113分、撮影地:サン・アントニオ・デ・アレコ(ブエノスアイレス)、ラパチト(アルゼンチン北部のチャコ州)など、撮影は2016年1月25日から3月11日の約7週間、これから開催される第34回マイアミ映画祭2017がワールド・プレミア、第20回マラガ映画祭2017の正式出品が決定しています。
キャスト:ダニエル・エンドレル(ハビエル・セタルティ)、レオナルド・スバラグリア(ドゥアルテ)、アンヘラ・モリーナ(マルタ・モリナ)、パブロ・セドロン(古物商)、アリアン・デベタック(ダニエル・モリナ)、アレハンドラ・フレッチェネル(エバ)、マックス・ベルリネル、ビオレタ・ビダル(銀行出納係)、エラスモ・オリベラ(死体安置所職員)他
プロット・解説:ラパチトで暮らしていた母親と弟エミリオの死を機に闇の犯罪組織に否応なく巻き込まれていくセタルティの物語。セタルティは打ちのめされた日々を送っていた。仕事もなく、何の目的も持てず、テレビを見ながらマリファナを吸って引きこもっていた。そんなある日、見知らぬ人から母親と弟が猟銃で殺害されたという情報がもたらされる。ブエノスアイレスからアルゼンチン北部の寂れた町ラパチトに、家族の遺体の埋葬と僅かだが掛けられていた生命保険金を受け取る旅に出発する。そこではドゥアルテと名乗る町の顔役が彼を待ち受けていた。元軍人で家族の殺害者モリナの友人で遺言執行人もあるという。しかしドゥアルテの裏の顔はこの複雑に入り組んだ町の闇組織を牛耳るボス、誘拐ビジネスを手掛けるモンスターであった。セタルティは次第に思いもしなかったドゥアルテのワナにはまっていく。
(ドゥアルテ役のスバラグリアとセタルティ役のエンドレル)
★まだワールド・プレミアしていないせいか、現段階ではプロットが日本語公式サイトとスペイン語版にかなりの齟齬が生じています。映画化の段階で変更したとも考えられます。監督が小説にインスピレーションを受けて映画化したと語っているので、映画化の段階で変更したとも考えられます。プロットも映画のほうが複雑になっています。原作と映画は別作品ですから人名やプロットの変更は問題なしと思います。
(ダニエル・エンドレル、映画から)
★本作クランクイン時のインタビューで「登場人物の行動を裁く意図はなく、むしろアウトサイダー的な生き方しかできない彼らに寄り添いながら旅をして支えていく、そういう彼らの紆余曲折を語りたい。そうすることが政治的な不正や反逆の方向転換になると考えるから」と語っている。存在の空虚さ、責任感のなさ、拷問についての政治的な倫理観の欠如、これらは過去の監督作品「Un oso rojo」や『イーヴィル・キラー』の通底に流れるテーマと言えます。
(フリオ・チャベスが好演した「Un oso rojo」のポスター)
★イスラエル・アドリアン・カエタノIsrael Adorián Caetanoは、1969年モンテビデオ生れのウルグアイの監督、脚本家。ウルグアイは小国でマーケットが狭く主にアルゼンチンで映画を撮っている。デビュー作「Bolivia」(01)がカンヌやロッテルダム映画祭で高評価を受け、その後「Un oso rojo」(02「A Red Bear」)、「Crónica de una fuga」(06「Chronical of an Escapa」)、「Francia」(09)、「Mala」(13、英題「Evil Woman」『イーヴィル・キラー』DVD)などの問題作を撮っている。その他、短編、長編ドキュメンタリー、シリーズTVドラなどで活躍している実力者。
(イスラエル・アドリアン・カエタノ監督)
(本作撮影中の監督とダニエル・エンドレル)
★原作者カルロス・ブスケドは、1970年チャコ州のロケ・サエンス・ペニャ生れ、現在はブエノスアイレス在住。小説執筆の他、ラジオ番組、雑誌「El Ojo con Dientes」に寄稿している。
(原作者カルロス・ブスケド)
★キャスト陣、ドゥアルテ役のレオナルド・スバラグリアは、1970年ブエノスアイレス生れ、エクトル・オリヴェラの『ナイト・オブ・ペンシルズ』(86)でデビュー、TVドラで活躍後、1998年スペインに渡り活躍の場をスペインに移す。マルセロ・ピニェイロの『炎のレクイエム』(00)、フアン・カルロス・フレスナディジョの『10億分の1の男』(01)、ビセンテ・アランダの『カルメン』(03)のホセ役、マリア・リポルの『ユートピア』(03)など、スペイン映画出演も多い。最近ヒットしたダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(14)の第3話「エンスト」でクレージーなセールスマンを演じてファンを喜ばせた。
*『人生スイッチ』やキャリア紹介は、コチラ⇒2015年7月29日
(レオナルド・スバラグリア、映画から)
★母親役アンヘラ・モリーナはパブロ・ベルヘルの『ブランカニエベス』の祖母役、アルモドバルの『抱擁のかけら』の母親役、細い体にもかかわらず5人の子だくさんは女優として珍しい。海外作品の出演も多く、昨2016年の国民賞(映画部門)を受賞した。仕事と家庭を両立させていることが、ペネロペ・クルスのような若手女優からも「将来なりたい女優」として尊敬されている。
*アンヘラ・モリーナの紹介記事は、コチラ⇒2016年7月28日
(最近のアンヘラ・モリーナ)
★当ブログ初登場のダニエル・エンドレルは、1976年モンテビデオ生れのウルグアイの俳優、監督、脚本家、製作者。本作のカエタノ監督同様アルゼンチンで活躍している。2000年、ダニエル・ブルマンのいわゆる「アリエル三部作」の主人公アリエル役でデビュー。第一部『救世主を待ちながら』は東京国際映画祭で特別上映され、2004年、第二部『僕と未来とブエノスアイレス』は、ベルリン映画祭の審査員賞グランプリ(銀熊)、クラリン賞(脚本)、カタルーニャのリェイダ・ラテンアメリカ映画祭では作品・監督・脚本の3賞を独占した。第三部「Derecho de familia」(06)は未公開、今作ではかつてのアリエル青年も結婚した父親役を演じた。公開作品ではパブロ・ストール&フアン・パブロ・レベージャのウルグアイ映画『ウイスキー』(04)にも脇役で出演、両監督の「25 Watts」でも主役を演じた。
(邦題『僕と未来とブエノスアイレス』と訳された「El abrazo partido」のポスター)
(父親役を演じたアリエル、「Derecho de familia」の一場面)
グアダラハラ映画祭2016*ロベルト・スネイデルの新作 ― 2016年03月22日 13:37
『命を燃やして』の監督作品“Me estás matando, Susana”
★グアダラハラ映画祭2016に出品されたコメディ“Me estás matando, Susana”、次のゴールデン・グローブ賞の候補になったので前回ほんの少しだけ記事にいたしました。ロベルト・スネイデル監督は当ブログ初登場ですが、アンヘレス・マストレッタのベストセラー小説の映画化“Arráncame la vida”がラテンビート2009で『命を燃やして』(2008)の邦題で上映された折り来日しています。新作は約30年前に刊行されたホセ・アグスティンの小説“Ciudades desiertas”(1982)に触発され、タイトルを変更して製作された。ランダムハウス社が映画公開に合わせて再刊しようとしていることについて、「タイトルを変えたのに、どうしてなのか分からない。出版社がどういう形態で出すか決まっていない」とスネイデル監督。製作発表時の2013年には原題のままでしたので、混乱することなく相乗作用を発揮できるのではないか。原作者にしてみれば大いに歓迎したいことでもある。刊行当時から映画化したかったが、他の製作会社が権利を持っていてできなかった。「そこが手放したので今回可能になった」とグアダラハラFFで語っている。
(“Me estás matando, Susana”のポスター)
“Me estás matando, Susana”2016(“Deserted Cities”)
製作:Cuévano Films / La Banda Films 他
監督・脚本・製作:ロベルト・スネイデル
脚本(共同):ルイス・カマラ、原作:ホセ・アグスティン“Ciudades desiertas”
音楽:ビクトル・エルナンデス
撮影:アントニオ・カルバチェ
編集:アレスカ・フェレーロ
製作者:エリザベス・ハルビス、ダビ・フィリップ・メディナ
データ:メキシコ=スペイン=ブラジル=カナダ合作、スペイン語、2016年、102分、ブラック・コメディ、ジェンダー、マチスモ、フェミニズム。グアダラハラ映画祭2016コンペティション正式出品、公開メキシコ2016年5月5日
キャスト:ガエル・ガルシア・ベルナル(エリヒオ)、ベロニカ・エチェギ(スサナ)、Jadyn・ウォン(アルタグラシア)、ダニエル・ヒメネス・カチョ(編集者)、イルセ・サラス(アンドレア)、アシュリー・ヒンショウ(イレーネ)、アンドレス・アルメイダ(アドリアン)、アダム・Hurtig 他
解説:カリスマ的な俳優エリヒオと前途有望な作家スサナは夫婦の危機を迎えていた。ある朝のこと、エリヒオが目覚めると妻のスサナが忽然と消えていた。スサナは自由に執筆できる時間が欲しかったし、夫との関係をこれ以上続けることにも疑問を感じ始めていた。一方、自分が捨てられたことを知ったマッチョなエリヒオは、妻が奨学金を貰って米国アイオワ州の町で若い作家向けのプログラムに参加していることを突き止めた。やがてエリヒオも人生の愛を回復させようとグリンゴの国を目指して北に出発する。
*ロベルト・スネイデルのキャリアとフィルモグラフィー*
★ロベルト・スネイデルRobberto Sneider:1962年メキシコ・シティ生れ、監督、製作者、脚本家。フロリダの大学進学予備校で学んだ後のち帰国、イベロアメリカ大学でコミュニケーション科学を専攻、後アメリカン・フィルム・インスティテュートで学ぶ。1980年代は主にドキュメンタリーを撮っていた。21年前の1995年、“Dos crimenes”で長編映画デビュー、メキシコのアカデミー賞アリエル賞新人監督賞を受賞した。ホルヘ・イバルグェンゴイティアの同名小説の映画化、ダミアン・アルカサル主演、ホセ・カルロス・ルイス、ペドロ・アルメンダリス、ドロレス・エレンディアなどが共演した話題作。第2作目“Arrancame la vida”(08『命を燃やして』)、第3作目が本作である。
(ロベルト・スネイデル監督)
★20年間に3本という寡作な監督だが、1999年に製作会社「La Banda Films」を設立、プロデューサーの仕事は多数。日本でも公開されたジュリー・テイモアの『フリーダ』(02、英語)の製作を手がけている。製作者を兼ねたサルマ・ハエックの執念が実ったフリーダだった。画家リベラにアルフレッド・モリーナ、メキシコに亡命していたトロツキーにジェフリー・ラッシュ、画家シケイロスにアントニオ・バンデラスが扮するなどの豪華版だった。
(サルマ・ハエックの『フリーダ』から)
マッチョな男の「感情教育」メキシコ編
★ホセ・アグスティンの原作を「メキシコで女性の社会的自由を称揚したアンチマチスモの最初の小説」と評したのは、スペイン語圏でもっとも権威のある文学賞の一つセルバンテス賞受賞者のエレナ・ポニアトウスカだった。原作の主人公はスサナだったが、映画では焦点をエリヒオに変えている。スネイデルはエリヒオの人格も小説より少し軽めにしたと語っている。何しろ30年以上前の小説だからメキシコも米国も状況の変化が著しい。合法的にしろ不法にしろメキシコ人の米国移住は増え続けているし、男と女の関係も変化している。原作者もそのことをよく理解していて、「映画化を許可したら、どのように料理されてもクレームは付けない。小説と映画は別の芸術だから」、「既に監督と一緒に鑑賞したが、とても満足している。メキシコ・シティで公開されたら映画館で観たい」とも語っている。
(原作のポスター)
★ボヘミアンのマッチョなメキシコ男性に扮したガエル・ガルシア・ベルナル、メキシコでの長編劇映画の撮影は、なんと2008年のカルロス・キュアロンの『ルドandクルシ』(監督)以来とか。確かに英語映画が多いし、当ブログ紹介の『NO』(パブロ・ラライン)はチリ映画、『ザ・タイガー救世主伝説』(“Ardor”パブロ・ヘンドリック)はアルゼンチン映画、ミシオネス州の熱帯雨林が撮影地だった。堪能な英語のほかフランス語、ポルトガル語もまあまあできるから海外からのオファーが多くなるのも当然です。米国のTVコメディ・シリーズ“Mozart in the Jungle”出演でゴールデン・グローブ賞主演男優賞を受賞したばかりです。スネイデル監督は、「私だけでなく他の監督も語っていることだが、ガエルの上手さには驚いている。単に求められたことを満たすだけでは満足せず、役柄を可能な限り深く掘り下げている」と感心している。物語の中心をエリヒオに変えた一因かもしれない。どうやらマッチョなメキシコ男の「感情教育」が語られるようです。
★スサナ役のベロニカ・エチェギ:日本ではガエルほどメジャーでないのでご紹介すると、1983年マドリード生れ。日本公開作品はスペインを舞台に繰り広げられるアメリカ映画『シャドー・チェイサー』(2012)だけでしょうか。スペイン語映画ではビガス・ルナの『女が男を捨てるとき』(06“Yo soy la Juani”)、アントニオ・エルナンデス『誰かが見ている』(07“El menor de los males”)、エドゥアルド・チャペロ=ジャクソン『アナザーワールド VERVO』(11“Verbo”)などがDVD発売になっています。“Yo soy la Juani”でゴヤ賞新人女優賞の候補になって一躍注目を集めた。今は亡きビガス・ルナに可愛がられた女優の一人です。邦題を『女が男を捨てるとき』と刺激的にしたのは、如何にも売らんかな主義です。イシアル・ボリャインの“Katmandú, un espejo en el cielo”(12)でゴヤ賞主演女優賞にノミネートされた。実話を映画化したもので、カトマンズで行われた撮影は過酷なもので、実際怪我もしたと語っている。きちんと自己主張できるスサナのような役柄にはぴったりかもしれない。
(ベロニカ・エチェギとガエル・ガルシア・ベルナル、映画から)
★このようなロマンチック・コメディで重要なのは脇役陣、メキシコを代表する大物役者ダニエル・ヒメネス・カチョを筆頭に、イルセ・サラス(アロンソ・ルイスパラシオスの『グエロス』)、アシュリー・ヒンショウ(SF映画『クロニクル』)、カナダのホラー映画『デバッグ』出演のJadyn・ウォンなど国際色も豊かである。かなり先の話になりますが、例年10月開催のラテンビートを期待したいところです。
最近のコメント