チリから届いた心温まるスパイ映画 『老人スパイ』*ラテンビート2020 ⑤ ― 2020年10月22日 11:55
ジェームズ・ボンドのようにタフではありませんが・・・
★マイテ・アルベルディの長編第4作目『老人スパイ』(「El agente topo」)のご紹介。ある老人ホームに送り込まれた俄か探偵セルヒオの御年は83歳、仕事は入居者たちが適切に介護されているかどうかスパイするのが目的、ドキュメンタリーといってもドラマ性が強い。ジャンル的にはドキュメンタリーとドラマがミックスされたいわゆるドクドラのようです。まだ新型コロナが対岸の火事だった頃のサンダンス映画祭2020ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門でプレミアされたが、もともとは2017年サンセバスチャン映画祭SSIFFヨーロッパ・ラテンアメリカ共同製作フォーラム作品。というわけで今年のSSIFFペルラス(パール)部門にノミネートされ観客賞を受賞しました。監督紹介は「La Once」でアップしています。
*「La Once」の作品紹介は、コチラ⇒2016年01月25日
(観客賞の証書を手にしたマイテ・アルベルディ、SSIFF2020授賞式、9月26日)
『老人スパイ』(「El agente topo」、「The Mole Agent」)東京国際映画祭共催作品
製作:Micromundo Producciones(チリ)/ Motto Pictures(米)/ Sutor Kolonko / Volya Films
/ Malvalanda
監督・脚本:マイテ・アルベルディ
撮影:パブロ・バルデス(チリ)
音楽:ヴィンセント・フォン・ヴァーメルダム(オランダ)
編集:カロリナ・シラキアン?(Siraqyan、Syraquian、チリ)
製作者:マルセラ・サンティバネス、(エグゼクティブ)ジュリー・ゴールドマン、クリストファー・クレメンツ、キャロリン・ヘップバーン、クリス・ホワイト、他共同製作者多数
データ:製作国チリ=米国=ドイツ=オランダ=スペイン、スペイン語、2020年、ドキュメンタリー、90分、公開オランダ12月10日、カナダはインターネット上映。
映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭2020(1月25日)、ヨーロッパ・フィルム・マーケット(独)、カルロヴィ・ヴァリ、マイアミ、サンセバスティアン(ペルラス部門観客賞)、チューリッヒ、ワルシャワ、など各映画祭で上映された。SSIFF 2017ヨーロッパ・ラテンアメリカ共同製作フォーラムのEFADs-CAACI賞受賞。
出演者:セルヒオ・チャミー(スパイ)、ロムロ(A&Aエイトケン探偵事務所所長)、(以下入居者)マルタ・オリバーレス、ベルタ・ウレタ、ソイラ・ゴンサレス、ペトロニタ・アバルカ(ペティータ)、ルビラ・オリバーレス、他
ストーリー:A&Aエイトケン探偵事務所に、サンティアゴの或る老人ホームに入居している母親が適切な介護を受けているかどうか調査して欲しいという娘からの依頼が舞い込んだ。元犯罪捜査官だった所長ロムロは、ホームに潜入してスパイする80歳から90歳までの求人広告を新聞にうつ。スパイとは知らずに応募して臨時雇用されたのが、最近妻に先立たれて元気のなかった御年83歳という好奇心旺盛なセルヒオ・チャミーだった。ロムロはスパイ経験ゼロのセルヒオに探偵のイロハを特訓する。隠しカメラを装備したペンや眼鏡の扱い方、しかし二人を悩ませたのが現代のオモチャ、スマートフォン。その要点の理解に時間がかかるが、ミッションを成功させるには使いこなすことが欠かせない。老人はジェームズ・ボンドのようにはいかないが、誠実さや責任感の強さでは引けを取らない。3ヵ月の契約でホームに送り込まれた俄かスパイは、どんな報告書を書くのだろうか。一方、撮影スタッフは表面上はホームの伝統的なドキュメンタリーを撮るという名目でセルヒオの後を追うことになる。
(ロムロ所長からスパイの特訓を受けるセルヒオ・チャミー)
フィクションとノンフィクションの垣根はありません、あるのは映画だけ
★ジャンルは一応ドキュメンタリーに区分けされていますが、マイテ・アルベルディによれば「あるのは映画だけ」ということです。上記のように第2作「La Once」(14)でキャリア紹介をしておりますが、以後の活躍も追加して紹介すると、1983年サンティアゴ生れ、監督、脚本家、作家。チリのカトリック大学で社会情報学を専攻、オーディオビジュアルと美学を学ぶ。現在複数の大学で教鞭をとっている。共著だが ”Teorias del cine documental en Chile 1957-1973” という著書がある。長編ドキュメンタリー第1作「El salvavidas」は、チリのバルディビアFF観客賞賞、グアダラハラFF審査員特別賞、バルセロナ・ドキュメンタリーFF新人賞他を受賞している。主な作品は以下の通りです。
2007年「Las peluqueras」(短編ドラマ)監督、脚本
2011年「El salvavidas」(長編ドキュメンタリー、デビュー作)監督、脚本
2014年「La Once」(長編ドキュメンタリー、第2作)監督、脚本
2014年「Propaganda」(長編ドキュメンタリー)脚本
2016年「Yo no soy de aquí」(短編ドキュメンタリー)
2016年「The Grown-Ups」(チリ「Los niños」長編ドキュメンタリー、第3作)監督、脚本
2020年「El agente topo」(長編ドキュメンタリー)本作
★長編第3作「The Grown-Ups」は、アムステルダム映画祭を皮切りに国際映画祭巡りをした。子供時代を一緒に過ごし仲間、今は中年になったダウン症のグループの愛と友情が語られる。興味本位でない彼らの可能性を探るドキュメンタリー。グラマド映画祭特別審査員賞、マイアミ映画祭Zeno Mountain賞、オスロ・フィルム・サウスフェスティバルDOC:サウス賞など受賞歴多数。
(「The Grown-Ups」のスペイン語版ポスター)
★セルヒオが選ばれたのは好奇心は強いがおよそスパイには見えないその無邪気さだったか。先ずはクライアントの母親ソニア・ぺレスを探しあて親しくならねばならない。このカトリック系のホームは入居者の9割40名ほどが女性だから結構大変です。セルヒオのように誠実で魅力的な男性は歓迎され、彼に恋する女性も現れる。一方ロムロはセルヒオの娘の心配も和らげなくてはならない、なにしろ父親はスパイなんだから。そしてセルヒオを追いかけてカメラを回したのが、パブロ・バルデス撮影監督、「La Once」と「The Grown-Ups」を手掛けている。完成して公けになれば潜入がバレてしまうわけだから、介護施設とはどういう取り決めをしていたのだろうか。
(学習に専念するセルヒオ)
(情報入手に入居者と親しくなるのもスパイの仕事です)
★セルヒオは目指す女性を突き止めるが、果たしてミッションは成功したのでしょうか。老人の孤独、やがて訪れるだろう死、セルヒオから送られてくる報告書はアルベルディ監督を内省的な方向に導いていく。現実に即しているとはいえドキュメンタリーというジャンルでは括れない。
★スタッフに女性シネアストが目立つが、エグゼクティブ・プロデューサーの一人ジュリー・ゴールドマンは、ニューヨーク出身のドキュメンタリーやTVシリーズを手掛けているプロデューサー兼エグゼクティブ・プロデューサー。2009年Motto Pictures を設立、オスカー賞ノミネート2回ほかエミー賞を受賞するなど受賞歴多数のベテラン、手掛けたドキュメンタリーもサンダンスFFで複数回受賞している。もう一人のエグゼクティブ・プロデューサーのキャロリン・ヘップバーンとの共同作品が多い。
(エグゼクティブ・プロデューサーのジュリー・ゴールドマン)
★成功の秘密の一つが製作者マルセラ・サンティバネスとの息の合った進行が挙げられる。監督とは初めてタッグを組んだのだが、マルセラは「マイテとはまるでパートナーになったようだった」とインタビューに応えている。またスマートフォンの特訓が大変だったとも。チリのカトリック大学視聴覚ディレクターのコミュニケーションを専攻(2003~10)。2012年9月から2年間UCLAの修士課程で映画製作を学んだ。ということで母国語の他英語が堪能。サンダンスFFにも監督と参加した。ラテンビート関連ではアンドレ・ウッドの『ヴィオレータ、天国へ』(11)のアシスタント・プロデューサーを務めている。制作会社 Micromundo Producciones 所属。
(監督と製作者マルセラ・サンティバネス、サンダンス映画祭2020)
ベネズエラのアナベル・ロドリゲスのドキュメンタリー*ラテンビート2020 ④ ― 2020年10月17日 18:32
宿命論的諦観には反対するベネズエラのドキュメンタリー
(スペイン語タイトルのポスター)
★今年のオンライン上映作品6作のうち、一番興味をそそられたのがベネズエラの政治的二極化で沈降しそうなマラカイボ湖の水の村<コンゴ・ミラドール>の現状を切りとったドキュメンタリーでした。アナベル・ロドリゲス・リオス(カラカス1976)の初長編ドキュメンタリー『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』は、サンダンス映画祭2020ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門に正式出品された。コロナ禍をかいくぐって国際映画祭で次々に上映されている。なかで政治的二極化が国民を分断している米国からのオファーが群を抜いている。前回のリストアップ段階では触れられなかった作品誕生の経緯、監督が寄せるベネズエラへの思いを追加したい。
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』
(西題「Érase una vez en Venezuela, Congo Mirador」)
製作:Sancocho Público / Spiraleye Productions / Golden Giirs Filmproduktion / TRES Cinematogrefía
協賛 Sundance Film Festival
監督:アナベル・ロドリゲス・リオス
脚本:アナベル・ロドリゲス・リオス、マリアネラ・マルドナド、リカルド・アコスタ、
セップ・ブルダーマン、他
撮影:ジョン・マルケス
編集:セップ・R・ブルダーマンSepp R. Brudermann
音楽:ナスクイ・リナレス
製作者:セップ・R・ブルダーマン、カルメン・リバス・アルバレス、マルコ・ムンダライン、
(エグゼクティブ)クラウディア・レパへ、他
データ:製作国ベネズエラ=イギリス=ブラジル=オーストリア、スペイン語・英語、ドキュメンタリー、99分、撮影地コンゴ・ミラドール、撮影期間2013~18年
映画祭・受賞歴:サンダンス映画祭2020ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門、マイアミ、カルタヘナ、HotDocsホットドックス、ヒューストン・ラテン、サンディエゴ・ラテン、アトランタ、セーレム(マサチューセッツ州)、CPH:DOXコペンハーゲン、マラガ、リマ、各映画祭のドキュメンタリー部門で上映された。
出演:タマラ・ビジャスミル(チャビスタ政府の代表者タマラ)、ナタリエ・サンチェス(野党支持者の小学校教師ナタリ)、ジョアニイ・ナバロ(少女ジョアニイ)他
ストーリー:カタトゥンボの<無音>の稲妻が出る南米最大の塩湖マラカイボの南にコンゴ・ミラドールと呼ばれる水の村がある。ベネズエラを変貌させた大油田が眠っている。基礎杭の上に建てられた家で暮らす極貧の村落であり、当面、村民は近づく議会選挙の準備に追われている。村のチャビスタ支持者の代表タマラは、できるだけ多くの投票用紙を集めるために奔走する。野党を支持する小学校教師のナタリにとって、タマラと政治的に対立することは職を失う恐れがあった。一方、少女ジョアニイは堆積する汚泥のためにコミュニティが泥まみれになるのを見ている。村民は気候変動による自然現象や湖に堆積する汚泥がもたらす沈降に脅かされており、地元の漁師たちの生活も破壊されている。汚職や環境汚染、政治的荒廃をどうやって生き延び、<自分自身の存在>を救済すればいいのだろうか。
(マラカイボ湖の浅瀬に基礎杭を打って建ち並ぶ家々とボートで移動する村民)
ベネズエラを荒廃させている政治的二極化、腐敗は価値を生み出す
★アナベル・ロドリゲス・リオスのキャリア&フィルモグラフィー。カラカス出身のドキュメンタリー監督、脚本家、製作者。ロンドン・フィルム・スクールの映画製作の修士号取得、シリーズ「Why Poverty」に含まれた短編ドキュメンタリー「The Barrel(12)」や「El galón」(13)は、50以上の国際映画祭で上映された。例えばHotDocsや、アムステルダム・ドキュメンタリー映画祭IDFAなどが挙げられ、トライベッカ映画祭の奨学金を得ている。貧困層と富裕層を対置しながら、子供の目をとしてベネズエラの石油工業を描いた短編。他に「Letter to Lobo」(13)やシリーズ「Somos terra fertil」(14)がある。
★『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』が初の長編ドキュメンタリー。2012年10月、治安悪化、経済的困難のため、息子を連れてウィーンに移住している。本作は両国を行ったり来たりして進行、ベネズエラの非営利人権団体PROVEAの協力を得て5年掛かりで完成させた。
(撮影中のアナベル・ロドリゲス・リオス監督)
★本作は8月下旬に開催された第23回マラガ映画祭2020長編ドキュメンタリー部門でも上映されました。監督がAFP通信のインタビューで語ったところによると、本作のアイディアは2008年に「カタトゥンボの<無音>の稲妻」のTVドキュメンタリーを撮ったころに遡るという。南アメリカ大陸最大のマラカイボ湖に注ぐカタトゥンボ川河口上空に現れる気象現象です*。取材中にコンゴ・ミラドールの人々と知り合ったときから構想していた由。20世紀初頭に発見されたマラカイボ湖の大油田は、ベネズエラに大きな富と腐敗をもたらした。石油産出にともなう周辺の地盤沈下も引き起こしている。
(マラカイボ湖はベネズエラ湾からカリブ海に繋がっているから海ともいえる)
(原因が解明されていないマラカイボ湖の超常現象、カタトゥンボの<無音>の稲妻)
★国を分断している最近の政治の二極化は、監督の目には1998年の大統領選挙で、如何にしてウーゴ・チャベスに投票させたかを思い出させるという。腐敗は<価値>を生み出すとも。この映画は、腐敗、汚職について、または食物や金銭と引き換えに票をかき集めるタマラに象徴されるような登場人物について語っている。それはロムロ・ガジェゴスの小説『ドニャ・バルバラ』**の人格と重なり、「一部は盲目的信仰から、一部は日和見主義から、自分たちの責任と全権限を軍人と地方政治ボスのガウディリョに手渡してしまう」と付け加えた。タマラは抜け目のない地方の実業家とチャビスタ党の代表者、彼女はあらゆる手段を講じて票集めに精を出す。
(チャビスタの代表者タマラ・ビジャスミル、映画から)
★対する野党を支持するナタリエ・サンチェスにとって、政治に深入りし対立することは教師という職業を失う危険がある。タマラとナタリという二人の女性を軸に、堆積する汚泥はコンゴ・ミラドールのコミュニティを沈める。「この映画を撮ることで学んだのは苦痛です。しかし政治的腐敗が価値を生み出すことに気づかせてくれた。国の再建において私たちに大きな影響を与えています。理由はさまざまですが、何百万もの国民が国を出てしまいましたが、尊厳を取り戻す方法があるという盲信に支えられています」と微笑する監督。ベネズエラに止まって活動する制作会社のお蔭で完成させることができたし、彼らがベネズエラにいるという事実が力を与えてくれている。問題解決に立ち上がる組織だった政党は見当たらないが、独裁政権でも人生は続くわけだから、活動のスペースを作りだしたいとも。
(ナタリエ・サンチェス、映画から)
★スペインでは10月中の公開が予定されており、ベネズエラでも映画館での上映がアナウンスされたが「これは大きな賭け」になる。7月1日、全国選挙評議会(日本の選挙管理委員会)が野党が過半数を占める国会の議員選挙を12月6日に実施すると発表した。勿論野党は反対しているが、「政治的議論のきっかけ」として、議会選挙前の上映を期待しているようです。
(アナベル・ロドリゲス・リオス、後方に見えるのはマラガ大聖堂でしょうか)
*ウイキペディア情報の英語版とスペイン語版の記述は異なっており、スペイン語版では年間およそ260夜、一晩に10時間ほど続き、1分当たり60回も発生する無音の稲妻、つまり他の雷と違ってピカッだけでゴロゴロがない。原因は地形とか気候のほかにメタンの発生が考えられているが、どうも決定打は未だのようです。危険だがこの超常現象はオーロラ・ツアーのような観光資源になっている。本作とは直接関係ないが2014年、この<無音>の稲妻はギネスブックにも登録された。日本語版は英語版によっている。
**ベネズエラを代表する小説家にして政治家のロムロ・ガジェゴス(1884~1969)の代表作。1947年大統領選挙に出馬、当選するもクーデタで失脚、1958年に帰国するまでキューバ、メキシコに亡命していた。『ドニャ・バルバラ』は翻訳書が出版されている。
第2弾ドキュメンタリー3作*ラテンビート2020 ③ ― 2020年10月14日 18:25
ラテンアメリカの姿を映す3本のドキュメンタリー
★メキシコからは2014年9月26日、ゲレロ州イグアラ市で起きたアヨツィナパ教員養成学校の学生43名の集団失踪事件をめぐる、中国出身の監督アイ・ウェイウェイの『ビボス~奪われた未来』(ドイツ)、キューバからはオーストリア出身の監督フーベルト・ザウパー監督の『エピセントロ~ヴォイス・フロム・ハバナ』(オーストリア、仏)、ベネズエラからはアナベル・ロドリゲス・リオスの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』(ベネズエラ、英、ブラジル、オーストリア)、3作とも2020年製作です。「ビボス」はパコ・イグナシオ・タイボ二世が2019年に撮った『アヨツィナパの43人』(2部構成、Netflix配信)と同じ事件をテーマにしています。『ダーウィンの悪夢』のフーベルト・ザウパーがアフリカを離れてキューバで撮った「エピセントロ」のテーマは何でしょうか。
④『ビボス~奪われた未来』(「Vivos」)ドキュメンタリー
(ドイツ。スペイン語・英語、112分)
監督アイ・ウェイウェイ
★サンダンス映画祭2020ドキュメンタリー・プレミア部門上映、ベルゲン(ノルウェー)映画祭、CPH:DOXコペンハーゲン・ドキュメンタリー映画祭、ミュンヘン・ドキュメンタリー映画祭、各ノミネーション。2014年9月26日の夜、メキシコのゲレロ州イグアラ市アヨツィナパ教員養成学校の学生43人の集団失踪事件が起きた。上記したパコ・イグナシオ・タイボ二世の『アヨツィナパの43人』(19、Netflix配信)は、事件の真相を追うドキュメンタリーだったが、本作は犠牲者の遺族や生存者へのインタビューで、メキシコの麻薬まみれの政治汚職の闇を掘り下げているようです。前者を見た限りでは、あまりの不条理な事件に言葉が見つからないのですが、中国政府から北京の自宅監禁を余儀なくされた経験をもつ、人権活動家でもあるアイ・ウェイウェイ監督の視点に興味がわく。
(アイ・ウェイウェイ監督とサンダンスFFのプログラマーAnia Trzebiatowska)
⑤『エピセントロ~ヴォイス・フロム・ハバナ』(「Epicentro」)ドキュメンタリー
(オーストリア=フランス=米。スペイン語、108分)
監督フーベルト・ザウパー
★サンダンス映画祭2020ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門審査員大賞受賞、CPH:DOXコペンハーゲン・ドキュメンタリー映画祭ノミネート、フランス、米国で公開されている。フーベルト・ザウパー監督といえば、78回米アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた『ダーウィンの悪夢』(04)があまりにも有名だが、タンザニアの事実を伝えていないとして毀誉褒貶相半ばした作品でした。10年後のサンダンスFFに現れた南スーダン独立をテーマにした「We Come as Friends」は特別審査員賞を受賞しています。そしてアフリカを離れてキューバ、1898年はアメリカ大陸におけるスペイン植民地支配の終焉とアメリカ帝国主義時代の始まりの年ですが、プロパガンダとしての映画が誕生した時代でもありました。さて、ザウパーは新作で何を語るのでしょうか。
*トレビア:予告編を覗くと、どういうわけかウーナ・カスティーリャ・チャップリン(チャーリー・チャップリンの孫)が出演しており、オリジナル・ソングを披露しています。
(キューバ国旗を手にしたフーベルト・ザウパー、サンダンスFF2020年1月24日)
(ウーナ・カスティーリャ・チャップリン、映画から)
⑥『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ』(「Once Apon a Time in Venezuera」)
(ベネズエラ=イギリス=ブラジル=オーストリア。スペイン語・英語、99分)
監督アナベル・ロドリゲス・リオス
★サンダンス映画祭2020ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門、ヒューストン・ラテン映画祭、サンディエゴ・ラテン映画祭、アトランタ映画祭、セーレム映画祭など、米国の映画祭のオフィシャル・セレクションで上映されている。23回マラガ映画祭2020長編ドキュメンタリー部門では、「Érase una vez en Venezuela, Congo Mirador」のタイトルで上映された。
*マラカイボ湖の南、コンゴ・ミラドールと呼ばれる水の村がある。ベネズエラの大油田があり、住民たちは近づく議会選挙の準備に追われている。チャビスタ政府のコーディネーターであるタマラ、タマラと対立する学校教師ナタリ、少女ジョアイニは増え続ける汚泥でコミュニティが泥まみれになるのを見ている。漁業で生計を立てている村民は、汚職や環境汚染、政治的荒廃をどうやって生きぬけばいいのか。それぞれの視点でベネズエラの現状を切りとっている。アナベル・ロドリゲス・リオスの長編デビュー作、日本では短編「El galón」(14)が上映されている。本作については監督紹介を含めて作品紹介を予定しています。
(アナベル・ロドリゲス・リオス監督、サンダンスFFにて)
★以上3作は、サンダンス映画祭2020で上映された作品です。
ヌリア・ヒメネスの「My Mexican Bretzel」*サンセバスチャン映画祭2020 ⑩ ― 2020年09月14日 10:33
メイド・イン・スペイン部門――ヌリア・ヒメネスの「My Mexican Bretzel」
★9月12日に閉幕したベネチア映画祭で黒沢清の『スパイの妻』が監督賞(銀獅子賞)を受賞しました。本作はサンセバスチャン映画祭SSIFFでもペルラス部門のオープニング作品に選ばれています。その昔、ホラー映画『回路』がカンヌ映画祭2001「ある視点」で国際批評家連盟賞を受賞したときには、黒澤明監督の縁戚関係者と間違われたが、もうそんな誤解は昔話になりました。クラスターが起きたのか起きなかったのか、とにかくベネチアは閉幕しました。
★メイド・イン・スペイン部門の中から、気になる映画を時間が許す限りアップする予定ですが、先ずヌリア・ヒメネスの「My Mexican Bretzel」が邦題『メキシカン・プレッツェル』で、なら国際映画祭2020(9月18日~22日)のコンペティション部門にノミネートされておりますので、本作からスタートします。また本映画祭では「カタラン・フォーカス」として、IRLインスティテュート・ラモン・リュイスとの共催でカタルーニャの女性監督作品6作が上映されます。その中には当ブログSSIFF 2019でご紹介した、ルシア・アレマニーのデビュー作「La inocencia」(19『イノセンス』)とベレン・フネスの「La hija de un ladrón」(19『泥棒の娘~サラの選択~』)が含まれており、嬉しいサプライズです。後者は主演のグレタ・フェルナンデスが女優賞(銀貝賞)を受賞、翌年のゴヤ賞2020ではベレン・フネスが新人監督賞を受賞している力作です。奈良県はコロナウイリス感染者も落ち着いているようなので無事終了することを願っています。
「My Mexican Bretzel」(『メキシカン・プレッツェル』)スペイン、2019
製作:BRETZEL & TEQUILA FILM PRODUCTIONS(ヌリア・ヒメネス)/
AVALON PRODUCTORA CINEMATOGRAFICA(マリア・サモラ、ステファン・シュミッツ)
監督・脚本:ヌリア・ヒメネス・ロラング
撮影:フランク・A・ロラング、イルセ・G・ロラング
編集:クリストバル・フェルナンデス、ヌリア・ヒメネス
音楽:NO HAY NO HAY
データ:製作国スペイン、スペイン語、2019、ドキュメンタリー・ドラマ、74分
映画祭・受賞歴:ヒホン映画祭2019スペイン映画部門の作品・監督・脚本賞受賞、ロッテルダム映画祭2020ワールドプレミア、Found Footage賞、D'Aバルセロナ映画祭2020観客賞を受賞、サンセバスチャン映画祭メイド・イン・スペイン部門上映、なら国際映画祭2020コンペティション部門ノミネート、ほか
解説:映画はインテリ階級の裕福な女性ビビアン・バレットの日記と、夫のレオン・バレットが前世紀の40年代から60年代にかけて、スーパー8ミリと16ミリで妻を撮影したアーカイブ資料を結び付けている。YouTubeで流れるフィルムは撮影されたばかりのように鮮明で美しく、どのように保存されていたのか完成度の高い映像に驚かされる。無声の部分と後から追加した飛行機、車、列車、風の音で構成され、ナレーションの代わりにビビアンのエッセイ風の日記で構成されている。
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
ヌリア・ヒメネス・ロラング(バルセロナ1976)は、監督、脚本家、製作者。ジャーナリズム、国際関係、ドキュメンタリー映画の制作を学んだ後、セミナー参加、イサキ・ラクエスタ、ビルヒニア・ガルシア・デル・ピノ、パトリシオ・グスマン、フレデリック・ワイズマンのようなシネアストが指導するクラスで知識を蓄積している。2017年短編ドキュメンタリー「Kafeneio」でデビュー、ドキュメンタリー・マドリードやMIDBOで上映された。本作『メキシカン・プレッツェル』が長編第1作。
(ヌリア・ヒメネス)
★1分程度の予告編で驚くのは、ビビアンの夫レオンが撮影したというそのヴィンテージ映像です。多くの批評家が「ダグラス・サークの映画に典型的なテクニカラーで撮られている」と口を揃える。ドイツ出身の監督だが、妻がユダヤ人だったことでアメリカに亡命、1950年代に撮ったハリウッド映画は、本邦でも何作も公開されている。当時を知るオールドファンにはロック・ハドソン、ローレン・バコールなど出演俳優の名前からして懐かしい。世界の都市、ニューヨーク、ロスアンゼルス、サンフランシスコ、バルセロナ、ベネチア、リヨンなどを訪れ、いみじくも古いヨーロッパやアメリカへのロマンティックな旅に観客を誘っている。観客賞受賞の所以です。
(ビビアンとレオン・バレット)
★映画は「嘘は真実を語るためのもう一つの方法に過ぎない」というParavadin Kanvar Kharjappali(パラバディン・カンバール・カージャッパリ?)という作家の言葉で始まるようです。ビビアンの伯父の家にあった赤表紙の本から引用したというが、グーグルで検索しても見つかりません、架空の作家のようですから。勿論ビビアンの声も聞くことができません。こういう作品は見るに限るのですが、ドキュメンタリー映画と簡単に括れない、現実とフィクションが交じり合った偽りのドキュメンタリーとでも言うしかない。海の中央にいる女性とお菓子のプレッツェルというタイトルを組み合わせたポスターも謎めいている。
メンデス・エスパルサの初ドキュメンタリー*サンセバスチャン映画祭2020⑤ ― 2020年08月05日 16:05
長編3作目「Courtroom 3H」 はノンフィクション
(法廷に入って撮影中のメンデス・エスパルサ監督)
★ アントニオ・メンデス・エスパルサ(マドリード1976)の「Courtroom 3H」(「Sala del Juzgado 3H」)は、長編第3作目です。デビュー作「Aquí y allá」(邦題『ヒア・アンド・ゼア』12)、第2作目の「Life and Nothing More」(『ライフ・アンド・ナッシング・モア』英語)が2017年と5年間もかかった。東京国際映画祭2017に来日した折り、「今度は5年間も開けないで撮りたい」と語っていたが、どうやらその通りになった。デビュー作はカンヌ映画祭と併催される「批評家週間」でグランプリを取り、続くサンセバスチャン映画祭ホライズンズ・ラティノ部門にノミネート、2作目はサンセバスチャン映画祭で金貝賞を競い、国際批評家連盟賞FIPRESCIとスピリット賞の一つジョン・カサヴェテス賞を受賞した。今回の新作は2度目のセクション・オフィシアルのノミネート、本映画祭とは相性がいい。
*『ライフ・アンド・ナッシング・モア』と『ヒア・アンド・ゼア』の作品紹介は、
◎セクション・オフィシアル部門◎
②「Courtroom 3H」(「Sala del Juzgado 3H」)スペイン=米国 ドキュメンター、115分
監督・脚本:アントニオ・メンデス・エスパルサ
撮影:バルブ・バラショユ、サンティアゴ・オビエド
編集:サンティアゴ・オビエド、アントニオ・メンデス・エスパルサ
音楽:N/A N/A
録音:ルイス・アルグェリェス、ナチョ・ロジョ=ビリャノバ
特殊効果:カルメン・ライザック
視覚効果:カジェタノ・マルティン
製作:9AM MEDIA LAB / AQUI Y ALLI FILMS
言語:英語、スペイン語
製作者:ペドロ・エルナンデス・サントス、アルバロ・ポルタネット・エルナンデス、アマデオ・エルナンデス・ブエノ(以上 AQUI Y ALLI FILMS)、(エグゼクティブ)レベッカ・ビリャール・ロドリゲス、アナ・カスタニョーサ(以上 9AM MEDIA LAB)、アンドレア・モヤ・アカソ、(ラインプロデューサー)マリア・ベルトラン、Yalan Hu、他アシスタントプロデューサー
ストーリー:フロリダの州レオン県タラハシーにある統合家庭裁判所、未成年者に関する事件を解決するために設けられた裁判所を舞台にしたドキュメンタリー。主に親子関係の事件を扱う米国唯一の裁判所である。この裁判所の目的は、できるだけ迅速に信頼できるやり方で、こじれた家族をもとに戻すことである。この映画は、米国の作家で公民権運動家でもあったジェイムズ・ボールドウィンの「もしこの国でどのように不正を裁くか、あなたが本当に知りたいと望むなら、保護されていない人々に寄り添って、証言者の声に耳を傾けなさい」という言葉に触発されて作られた。
★前作と同じようにフィクションとドキュメンタリーをミックスさせているようです。監督はマドリード出身だが、現在フロリダのタラハシー市に在住、フロリダ国立大学で教鞭をとっている。
追加情報:『家庭裁判所 第3H 法廷』の邦題で、ラテンビート2020の上映が決定。
特別上映作品にパトリシオ・グスマンの新作*カンヌ映画祭2019 ⑩ ― 2019年05月15日 15:43
もう1作はパトリシオ・グスマンの「La Cordillera de los sueños」
★特別上映作品のもう1作は、チリのパトリシオ・グスマンの「La Cordillera de los sueños」というドキュメンタリーです。チリ最北部を撮った『光のノスタルジア』(10)と最南端を撮った『真珠のボタン』(15)は2部作となっています。後者がベルリン映画祭2015の銀熊脚本賞を受賞したことで本邦でも公開されたのでした。ドキュメンタリー映画の巨匠フレデリック・ワイズマン(1930)との対談(2015年1月)で、「もし第三部を撮るとしたらアンデス山脈になるが、目下具体的な案はないし、その可能性もない」とかつて語っていた監督、幸いなことに可能性があったようです。
「La Cordillera de los sueños」(「The Cordillera of Dreams」)2019
製作:ARTE / Atacama Productions
監督・脚本:パトリシオ・グスマン
撮影:サムエル・ラフ Lahu
データ・映画祭:製作国フランス=チリ、スペイン語、2019年、ドキュメンタリー、85分、撮影地アンデス山脈。配給Pyramid Distribution(仏)。カンヌ映画祭2019コンペティション部門特別上映作品、ドキュメンタリー賞(ルイユ・ドール賞)を受賞。
解説:カンヌ映画祭総ディレクターであるティエリー・フレモーのコメントによると「パトリシオ・グスマンは、軍事独裁政権が民主的に選ばれた政府を転覆させた40年前にチリを離れた。しかし片時も忘れたことがない地図上の母国、その文化について考え続けている。『光のノスタルジア』で北部を『真珠のボタン』で南部を描いたのち、彼が<チリの過去と現在の歴史をつらぬく広大で明白な脊柱>と称するところに近づいて行く。「La Cordillera de los sueños」は、映像詩であり、歴史的質疑であり、映像エッセイであるとともに個人的な心の探求である」
★チリのピノチェト軍事独裁政権を倦むことなく糾弾し続けるグスマン監督は、第1部、第2部に続いて本作で三部作を完成させたことになる。広大なチリの脊柱アンデス山脈を舞台に、精神的探求者が語るビジュアルなエッセイのようです。数カ月前に完成させたばかりの新作がカンヌ映画祭のセレクションで特別上映されることについて「カンヌは私の仕事のために常に連携してくれている。チリの隠された歴史シリーズの第3部が、このような重要な映画祭で上映されるのは光栄なことです」と語っている。
★「わたしの国ではあらゆる場所に山脈がありますが、チリの国民にとっては殆ど見知らぬ領域同然なのです。『光のノスタルジア』で北を、『真珠のボタン』で南端を描き、今度は山脈の美しさを探求し、その神秘を明らかにするために、この広大な脊柱をフィルムにおさめる用意ができたと思いました」とグスマン。
★チリの製作者で配給を手掛けるアレクサンドラ・ガルビスは「この映画は大きな挑戦でした。しかし監督は、撮影がアクセスの難しかった高山にもかかわらず、肉体的な限界というものを感じさせなかった」と語っている。今年のクラシック部門にルイス・ブニュエルが特集され、フランス映画『黄金時代』(30)とメキシコ時代の『忘れられた人々』(50)が4K修整、『ナサリン』(58)が3K修整で上映されるようです。今年もセレブが顔を揃えて華々しく開幕したニュースが入ってきました。高がカンヌ、されどカンヌですか。
(撮影中のグスマン監督と撮影監督のサムエル・ラフ)
*『光のノスタルジア』の作品紹介、監督フィルモグラフィーは、コチラ⇒2015年11月11日
*『真珠のボタン』の作品紹介記事は、コチラ⇒2015年11月16日
短編銀熊賞にアルゼンチンの「Blue Boy」*ベルリン映画祭2019 ― 2019年02月21日 17:20
マヌエル・アブラモヴィチの短編「Blue Boy」が銀熊賞
★短編部門の銀熊賞と審査員賞を受賞した「Blue Boy」(19m)の監督マヌエル・アブラモヴィチ(ブエノスアイレス、1987)は、ドキュメンタリーの監督、脚本家、撮影監督、製作者。ブエノスアイレスの国立映画制作学校卒、撮影監督としてそのキャリアをスタートさせている。サンセバスチャン映画祭2018(SSIFF)「サバルテギ-タバカレラ」部門でご紹介したロラ・アリアスの「Teatro de guerra」で撮影を手掛けました。本作によりイベロアメリカ・フェニックス賞2018の撮影賞にノミネートされています。先にベルリン映画祭「フォーラム」部門でワールドプレミアされ、エキュメニカル審査員賞とC.I.C. A.E.アート・シネマ賞の受賞作でもありました。
*「Teatro de guerra」の作品紹介は、コチラ⇒2018月08月05日
★マヌエル・アブラモヴィチが国際舞台に登場したのは、2013年の短編ドキュメンタリー、カーニバルのクイーンになりたい少女を追った「La Reina」(19m「The Queen」)で、監督、撮影、脚本、製作のオールランドを担当、多くの国際映画祭で短編賞を受賞しました。うち代表的なものは、アブダビ、フライブルク、グアダラハラ、ハンプトン、カルロヴィ・ヴァリ、ロスアンゼルス、シアトルほか、各映画祭で短編ドキュメンタリー賞を受賞しました。
★長編ドキュメンタリーの代表作は、第67回ベルリン映画祭2017「ジェネレーション14plus」に出品された「Soldado」(72m「Soldier」)、上記の「Teatro de guerra」同様SSIFFの「サバルテギ-タバカレラ」部門に出品されました。コロンビアのカリ映画祭で審査員特別賞、マル・デル・プラタ映画祭でFIPRESCIを受賞。軍事独裁から民主化されて30数年、戦争のないアルゼンチンで志願兵士になるとはどういうことか、という青年を追ったドキュメンタリー。
★『サマ』(17)撮影中のルクレシア・マルテル監督の姿を追ったドキュメンタリー「Años luz」(72m「Light Years」)は、ベネチア映画祭2017ドキュメンタリー部門に出品され、Venezia Classici Awardにノミネートされた。『サマ』もコンペティション外ではありましたが出品された。アブラモヴィチによると「『サマ』撮影中のマルテル監督を主人公にしたドキュメンタリーを撮るアイデアをメールしたら」、マルテルから「私が主人公になるの?」と返ってきた。最初は俳優にあれこれ指示している監督を誰が見たいと思うかと乗り気でなかった。マルテルは凝り性で『サマ』も大幅に遅れ、春の一大映画イベントのカンヌには間に合わなかった。彼女がどの部分に拘り、どんな方法で撮るかは、アブラモヴィチだけでなく後進の映画作家には参考になったのではないか。『サマ』出演のダニエル・ヒメネス=カチョ、ロラ・ドゥエニャスなども登場する。
(中央がマルテル、左側にサマ役のダニエル・ヒメネス=カチョ)
★今回受賞した「Blue Boy」の舞台はドイツの首都ベルリン、まだIMDbにはアップされていないので詳細はアップできないが、ベルリンにあるバー「ブルー・ボーイ」でセックス・サービスを稼業にしている、ルーマニア出身の7人の青年たちを追ったドキュメンタリー。彼らはビジネスや旅行で訪れるお客様を満足させるために役者に変身する。彼らの目は鏡のように私たちの社会を照射する。セックス労働者の自立、都会の孤独が語られるようです。(字幕英語)
監督・撮影・製作:マヌエル・アブラモヴィチ、
メイン・プロデューサー:Bogdan Georgescu
録音:フランシスコ・ペデモンテ
キャスト:フローリン、ラズヴァン、ステファン、マリウス、ミハイル、ラファエル、ロベルト
(左から、短編銀熊賞のマヌエル・アブラモヴィチと製作者Bogdan Georgescu)
(誰か同定できないが出演者の青年、映画から)
テディー賞ドキュメンタリー賞の「Lemebel」*ベルリン映画祭2019 ― 2019年02月18日 14:27
チリの詩人ペドロ・レメベルの最後の8年間を追うドキュメンタリー
(ビエンナーレ2019でのポスター)
★ジョアンナ・レポシ「Lemebel」は、コンペティション部門の次にランク付けされている「パノラマ」部門に出品された作品。ベルリナーレはコンペティション以外の部門が数多くあり、短編を含めると300とか400作ぐらい上映されるのはないでしょうか。というわけで賞の数も半端ではありません。コンペに新人が食い込めるのは大変なことで、却ってこのパノラマとかフォーラムをいずれ光輝く原石が眠る採石場として重要視している向きが多い。ただしコンペに比べると圧倒的に作品情報が限られるからチェックはしんどい。従って受賞作の落穂ひろいにならざるを得ません。
★ラテンビート2015で上映後に劇場公開された、グアテマラの新人ハイロ・ブスタマンテの「Temblores」をアップしようと思っておりましたが、コンペティション部門の発表に先立って結果が発表になったパノラマ部門の「Lemebel」(96分、チリ=コロンビア)が、テディー賞ドキュメンタリー賞を受賞しましたので先にご紹介します。チリの作家、詩人、コラムニスト、パフォーマンス・アーティスト、自らも同性愛者でジェンダーの平等を訴え続けた活動家でもあったペドロ・レメベルの最後の8年間を追ったドキュメンタリーです。パノラマ部門はLGBTをテーマにしたものが目立つようで、テディー賞を受賞したアルゼンチンのサンティアゴ・ロサの「Breve historia del Planeta Verde」もパノラマ部門でした。昨年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞したセバスティアン・レリオの『ナチュラルウーマン』もテディー賞を受賞しましたが、こちらはコンペティション部門でした。
(トレード・マークのスカーフを被ったペドロ・レメベル)
★ペドロ・レメベル Pedro Segundo Mardones Lemebel は、1952年11月21日チリのサンティアゴ生れ、父親の姓 Mardones は使用しないことを明言している。2015年1月23日、2011年に発症した喉頭癌のため死去、晩年は手術のために声を失った(享年62歳)。1970年代にチリ大学に入学、造形芸術の学位を得る。1979年サンティアゴの二つの高校の教師となるが、1983年に両校から解雇される。おそらく彼の性的志向が理由だと推測された。以後教職に戻ることはなく、自ら起ち上げたワークショップで指導に当たった。チリの作家といえば、ノーベル賞受賞者のガブリエラ・ミストラルと映画の主人公にもなったパブロ・ネルーダの二人の詩人、若くしてチリを離れたロベルト・ボラーニョ、またはボラーニョが尊敬していたというニカノール・パラなどが挙げられます。日本でのペドロ・レメベルの認知度がどのくらいあるのか分かりませんが、小説「Tengo miedo torero」(2001)の他、グラフィック小説、コラム集、短編・詩・コラムを纏めたアンソロジーが刊行されている。
★代表作品は、上記の「Tengo miedo torero」でフランス語、イタリア語、英語に翻訳されている。代表的なコラム集は、1995年「La esquina es mi corazón: crónica urbana」、1996年「Loco afán: crónicas de sidario」、2004年「Adiós mariquita linda」など。没後出版されたインタビュー集「No tengo amigos, tengo amores」その他中道左派の「ラ・ナシオン」紙、左翼系雑誌「プント・フィナル」や「ザ・クリニック」のコラムニスト、さらにラジオ番組の制作者だった。ハーバード大学やスタンフォード大学など多くの大学に招聘され講義を行っている。2013年ホセ・ドノソ賞を受賞している。1月開催のチリ恒例の文化祭に姿を見せファンを驚かせたレメベル、これが最後の姿になった。
(ファンに最後の別れを告げるレメベル、2015年1月7日)
★彼の青春時代、活動期がピノチェト軍事政権時代(1973~90)と重なるので、反共主義者、ホモ嫌いだった政権下では生きにくかったと想像できます。チリは南米諸国でも際立ってホモセクシュアルの偏見が強く、日本同様同性婚は認められていない。下の写真は1986年ピノチェト政権反対の政治集会に共産主義や共産党のシンボル「鎌と槌」の化粧をしてハイヒールを履いて参加したときのレメベル。集会で「私は釈明を乞うパゾリーニではない/・・・私は詩人に見せかけた同性愛者ではない/変装など必要ない/これが私の顔/・・・私は少しも変ではない」(拙訳)というマニフェスト《Hablo por mi diferencia》を読み上げた。
(独裁政権を挑発した「鎌と槌」の化粧をしたレメベル)
★チリ出身だが1970年代末にスペインに移住した作家ロベルト・ボラーニョ(1953~2003)と同世代ということもあって、チリとスペインと離れていたが親交があった。50歳という若さで鬼籍入りしたボラーニョはレメベルの影響を大きく受けたと書いている。二人の会話は平行線を辿りながらも「レメベルは私の世代ではずば抜けた詩人、私は魅せられていた」と。「レメベルは最高の詩人になるために詩を書く必要はない。誰もレメベルのような奥深さに到達しない」。彼の詩をひたすら読めばいい、彼は私のヒーローだと「Entre parentesis」に書いている。1998年に25年ぶりにチリに帰国している。このときニカノール・パラにも会っている。
(ロベルト・ボラーニョとペドロ・レメベル、1998年に帰国したときのものか)
★監督のジョアンナ・レポシ Joanna Reposi Garibaldi は、1971年サンティアゴ生れ。2013年ごろ生前のレメベルからドキュメンタリー製作の許可を得ていたようで、完成にはかなりの年月をかけている。脚本もマヌエル・マイラと共同執筆した。デビュー作は2002年のドキュメンタリー「Locos del alma」で、本作は第2作めになる。受賞後のインタビューで「レメベルはアヴァンギャルドな芸術家で、いつも言ってるけど、彼はヨーコ・オノ、デヴィッド・ボウイであり、ビクトル・ハラやビオレッタ・ハラのように、この国ではその真価が認められていない芸術家」と語っている。
(ドキュメンタリー「Lemebel」から)
(ジョアンナ・レポシとマヌエル・マイラ)
★本作はベルリンのあと、3月開催のテッサロニキ・ドキュメンタリー映画祭の国際コンペティション部門にも正式出品、「金のアレクサンダー」賞を競うことになる。またサンティアゴ映画祭2019でも8月18日上映がアナウンスされた。
『I Hate New York』&『サビ』他:ラテンビートあれやこれや⑥ ― 2018年11月09日 15:18
★11月4日に見たグスタボ・サンチェスのドキュメンタリー『I Hate New York』、アランチャ・エチェバリアのデビュー作『カルメン&ロラ』、アリ・ムリチバの『サビ』、3作ともに考えさせられる作品でした。『I Hate New York』と『カルメン&ロラ』には監督のQ&Aがありました。真摯な人柄が分かるサンチェス監督、見るたびにふくよかになっていく元気印のエチェバリア監督、アレックス・デ・ラ・イグレシアのようにならないことを切に願います。バジャドリード映画祭2018で新設なった「ドゥニア・アヤソ賞」受賞の記事をアップしたばかりです。先輩女性監督の名を冠した賞の名誉ある受賞者になりました。前回に続いて見た順に感想をメモランダムに。
10年前1台のカメラで撮りはじめた『I Hate New York』
(Q&A終了後のフォトコール、サンチェス監督とアルベルト・カレロ氏、LBサイトから拝借)
A: 昨日に続いて第2回目の上映となったグスタボ・サンチェスの『I Hate New York』は、9.11後に訪れたNYを見たことが原点にあるようでした。その後2007年に再訪、はっきりした構想もプロデューサーも決まっていなかったが、9.11後のNY市民の日常を1台のカメラで自由に回し続けていた。
B: パブリックの資金援助は貰っていない、エグゼクティブ・プロデューサーとしてエンディング・クレジットにあったJ.A.バヨナとカルロス・バヨナ兄弟の参画は、最初からあったわけではないと語っていた。
(サンチェス監督とJ.A.バヨナ、マラガ映画祭2018のプレス会見)
A: 制作会社「Colosé Producciones」のサンドラ・エルミダとJ.A.バヨナは、以前から共同で製作しているから、そういう繋がりで参画したのではないか。サウンドトラックなどを手掛けているカルロス・バヨナは、本作で製作者デビューを果たしたようです。
*『I Hate New York』の紹介記事は、コチラ⇒2018年09月05日
* J.A.バヨナのキャリア&フィルモグラフィー記事は、コチラ⇒2018年03月24日
B: 80人ほどの証言者のうちアンダーグラウンドのLGBTQのアーティスト4人に絞り込み完成させた。その4人とは、ドラッグクイーンのアマンダ・ルポール、キューバから夢を抱いて亡命してきたソフィア・ラマル、元パンクバンドの歌手クロエ・ズビロ、クロエのパートナーで前衛アーティストのT・デ・ロング、彼の出生時の性は女性です。
(アマンダとソフィア)
A: 見る前はアマンダを中心にしたドキュメンタリーだと思っていましたが、HIV偏見と闘い、常に死と隣り合わせで生きているクロエ、彼女を心から愛しているT・デ・ロングの印象が強かった。コネチカット出身のクロエは、1982年にNYに移住、その死まで暮らしていた。この二人に絞ったほうがよかったと思ったくらいです。
(元パンクバンドの歌手のクロエ・ズビロ)
B: 監督は同じスペイン語話者であるソフィアに惹かれていたようですが、掘り下げが足りない印象を受けた。1回目のQ&Aで会場から10年で区切りをつけた理由を質問されて、「クロエの死だ」と答えていたようです。
A: 見ていてそう感じました。強い愛が介在していた死は重たい、たまたまそれが10年目だった。フィルム編集は監督ではなかったが、惜しい。続けてT・デ・ロングのその後を追ってほしい。NYという都会は、ウディ・アレンに限らず多くのシネアストを刺激し続けている。誰もが夢を見るNYだけれど、その背後に潜む理不尽な現実を10年間も追い続けたドキュメンタリーはそんなに多くない。
B: タイトルについての質問が当然出ました。「I Love New York」に対抗してアイロニーを込めている。「大都会NYから得られるものを人々は本当に望んでいるのか」という疑問も込めて「Hate」にした。表舞台でなく裏舞台で暮らしている人たちへの共感をこめている印象でした。
A: 「Love」だったら、もっと皮肉だ。
B: コメンテーターのカトリナ・デル・マルのLGBTQ分析が面白かった。
A: NY在住の写真家、ビデオアーティスト、ライター、短編映画を数作撮っているドキュメンタリー監督、海外の大学にも招聘されて講義をしている。短編ドキュメンタリー「Hell on Wheels Gang Girls Forever」(12)が代表作。音楽好きの方はご存知でしょう。彼女をコメンテーターとして登場させたことが成功の一つでした。
B: マラガ映画祭、サンセバスチャン映画祭上映のお蔭か、J.A.バヨナのネームバリューのお蔭か、スペイン本国でも公開になり(11月9日)、映画祭用映画で終わらなかったことを証明した。これから「梅田ブルク7」でも上映されます、と宣伝しておきます。
(サンセバスチャン映画祭宣伝用のポスター)
閉ざされたロマ社会の禁じられた愛を描く『カルメン&ロラ』
(Q&A終了後のフォトコール、エチェバリア監督、スペイン大使、カレロ氏、同上)
A: Q&Aは2日前に着任したばかりという駐日スペイン大使の飛入りもあって盛り上がりました。日西国交150周年だそうで、これまたびっくりしました。カンヌ映画祭と併催の「監督週間」正式出品以来、快進撃を続けている『カルメン&ロラ』をスクリーンで見ることができたことは考え深い。
B: 本作の字幕翻訳者の方も会場におられて、司会者からコメントを要請されていましたが。
A: ロマ社会の実情は翻訳者もご存じなかったそうで、個人的にはこれまた考え深いことでした。本作の製作意図、ストーリーやアランチャ・エチェバリア監督の紹介はダブらせたくないので省きますが、伏線が巧みに張られておりラストシーンはその通りになりました。上述したように10月27日に閉幕したバジャドリード映画祭でドゥニア・アヤソ賞を受賞しました。
*『カルメン&ロラ』の紹介記事は、コチラ⇒2018年05月13日
* ドゥニア・アヤソ賞受賞の記事は、コチラ⇒2018年11月02日
B: 東京4日目という監督は疲れもみせず元気いっぱいの登壇でした。司会者の監督紹介の後、本作のアイデアを訊かれて「初恋」がもとになっており、2009年にロマ女性の同性婚の記事を新聞で読み、タブー視されているテーマを絡ませようと考えた、と応えていました。
A: カンヌの紹介記事に書いた通りです。映画に描かれた内容に誇張はないときっぱり、マドリードのような大都会でも周辺は別で、特にロマ社会は家父長的な考えが強い。カルメンの父親も、ロラの父親も、さらには息子世代もマッチョがまかり通っている。
(素顔の主役二人とアランチャ・エチェバリア監督)
B: スペインでは、同性婚が法的に認められていますが、マドリードやバルセロナのような都会はいざ知らず、地方の現実はまだまだ、理解は得られていないのではないか。
A: ロマ社会のタブーを炙り出すことですが、二人の若い女性、カルメンとロラが困難に直面することで強くなり、視野が広がること、人は変わることができるのだ、というのが真のテーマでしょう。
B: マックス・オフュルスの『歴史は女で作られる』(55)ではありませんが、女は自由を求めている、変革は女性の手で、というわけです。応募に1000人もの人が押し寄せたというのも変化の表れだと思いませんか。
A: 微妙に変化していくロラの母親役ラファエラ・レオンも、変われない父親役のモレノ・ボルハも素人、唯一のプロがパキ役のカロリナ・ジュステでした。モレノ・ボルハは初出演とは思えない上手さでしたが、果たしてトゥールーズ・スペイン映画祭で男優賞を受賞、他に観客賞、ヴィオレト・ドール(ゴールデン・スミレ賞)を受賞した。
B: 監督からロラ役のサイラ・モラレスは、作中でカルメン役のロジー・ロドリゲスが選ぼうとした職業「美容師になろうと考えていたが、今は次回作も決まって女優を目指している」と監督。
A: 何がきっかけで人生が変わるか分かりませんが、ペルー映画『悲しみのミルク』(09)のヒロイン、マガリ・ソリエルも教会前で露店の売り子をしていたとき、クラウディア・リョサ監督に見いだされ、女優の道を歩くようになった。
(海を見たことがないカルメンとマラガの海を知っているロラが辿りついた海辺のラストシーン)
B: より厳しい現実が二人を待っているのだが、自分で決めた自由は素晴らしい。
ネットに潜む危険と不在がもたらす孤独についての『サビ』
A: 3本目はブラジル映画、アリ・ムリチバの『サビ』、ポルトガル語ということで簡単にしか内容紹介ができませんでしたが、若者の遊び半分が重大な悲劇をもたらすというサスペンスドラマ。
B: 第1部がSNSに熱中する16歳の女子高校生タチ、第2部がタチの同級生ヘネとその家族、二人が通う高校の教師でもある父親、弟と妹、3人を捨て新しい夫との間に身ごもっている元母親の話。
(ネットに流出した個人情報に愕然とするタチ役のティファニー・ドプケ)
A: 家族を捨てるのが夫ではなく妻という設定が時代の流れを感じさせる。ネタバレさせずに語るのは難しいが、衝撃的なシーンがあるとだけ言っておきます。タチの家族はスクリーンに現れず、当然存在すべきものが不在しているという不気味さがある。
B: 反対にヘネの家族は全員登場するのだが、関係はばらばらであたかも家族ではないような希薄さがある。特に中流家庭の子供が通う高校教師である父親の被害者面をしたずる賢さが、映画の進行につれて母親の出奔をもたらしたと分かってくる。
(タチとヘネ役のジョヴァンニ・デ・ロレンツィ)
A: 自分に無関心な夫を捨てるのはいいとして、まだ母親を必要とする3人の子供をおいて新しい恋人のもとに走るというのが一般的にあるのか分かりませんが、少なくとも二人の息子は母親を許さない。
B: ヘネの弟は母親を小母さんと呼んで無視していた。
A: 学校でのイジメがテーマではないのですが、それぞれ自己中心的で自分の殻に閉じこもっていることで、以前見たミシェル・フランコの『父の秘密』(12)を連想しながら鑑賞しました。
B: あのメキシコ映画もイジメではなく突然の不在がテーマでした。
A: タチを演じたティファニー・ドプケと『父の秘密』のアレハンドラ役のテッサ・イアが似ていたせいかもしれません。なかなか興味深い映画でしたが、邦題『サビ』は若干分かりにくいのではないでしょうか。原題は「Ferrugem」で直訳すると「鉄錆」という意味ですが、無教養、怠惰、活力の減退などマイナス・イメージの単語です。
(アリ・ムリチバ監督、ティファニー・ドプケと友人ラケル役のクラリッサ・キスチ)
B: 大阪梅田会場は上映されませんが、横浜ブルク13で上映されます。本日からアナ・カッツの『夢のフロリアノポリス』で後半が始まります。
*『サビ』の簡単紹介記事は、コチラ⇒2018年09月24日
ドキュメンタリー『激情の時』*ラテンビート2018 ④ ― 2018年10月12日 10:49
アーカイブ映像で綴った激動の1960年代―パリ、中国、プラハ、リオ
★邦題『激情の時』は、山形国際ドキュメンタリー映画祭2017で上映されたときに付けられたもの、審査員特別賞を受賞した。ジョアン・モレイラ・サレス監督はドキュメンタリー映像作家として国際的に認知されている(現在のところフィクションは撮っていない)。『激情の時』は2007年の「Santiago」以来、5年の歳月を掛けて10年ぶりに完成させたもの。1966年文化大革命初期の中国、1968年ソビエト連邦のプラハ侵攻、パリ1968年五月革命(フランスの五月危機)、軍事独裁時代(1964~85)のリオデジャネイロなどのアーカイブ映像で綴ったドキュメンタリー。
『激情の時』(原題「No Intenso Agora」、英題「In the Intense Now」)
製作:Videofilmes Producoes Artististicas Ltda.
監督・脚本:ジョアン・モレイラ・サレス
編集:エドゥアルド・エスコレル、Lais Lifschitz
音楽:ホドリゴ・レアンRodrigo Leao
データ:製作国ブラジル、言語ポルトガル語、2017年、127分、ドキュメンタリー、現代史、モノクロ&カラー、公開ブラジル2017年11月、他2018年に米国、ポーランド、コロンビアなどで公開
映画祭・受賞歴:シネマ・ドゥ・リール2017オリジナル音楽賞(ホドリゴ・レアン)、サンティアゴ映画祭SANFICスペシャル・メンション、山形国際ドキュメンタリー映画祭2017審査員特別賞、サンパウロ美術評論家協会2018APCA賞、以上受賞。ベルリン映画祭2017、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭BAFICI、パリ・ブラジル映画祭、エルサレム、サンセバスチャン(サバルテギ-タバカレラ部門)、サンティアゴ、リマ、シカゴ、ウィーン、アムステルダム・ドキュメンタリー、各映画祭に出品。シネマ・ブラジル大賞2018(ドキュメンタリー、編集)、イベロアメリカ・フェニックス賞2017(作品・音楽)にノミネートされた。
(来日した監督と司会の荒井幸博、山形国際ドキュメンタリー映画祭2017)
解説:ブラジル軍事独裁時代のリオデジャネイロ、文化大革命初期の中国、フランス五月危機のパリ、ソビエト連邦のチェコスロバキアのプラハ侵攻、激動の1966年から1968年を切りとったアーカイブ映像と、中国を訪れた監督の母親が撮ったアマチュアのフッテージで構成されている。1968年という年は世界的規模で一般大衆、特に若者が社会に不服従を申し立てをした年だった。旧態依然の父権性、白人男性優位、階級区分、兵役拒否など、特にフランスの五月危機は60年代後半の若者の怒りに点火して、その後の社会意識に変化をもたらした。監督独自の視点で纏められている。手持ちの16ミリ、スーパー 8mm フィルムなどで撮られている。まだ iPhone や SNS がなかった時代の記録。 (文責:管理人)
(文化大革命初期の中国、1966年)
(当時の中国を訪問した監督の母親のグループのフッテージ)
(ソビエト連邦のチェコスロバキアのプラハ侵攻、1968年)
(フランスの名門大学ソルボンヌの学生、パリ五月革命、1968年)
(石畳を粉砕した投石で警察の催涙弾や放水に対抗したフランスの学生たち)
(軍事独裁時代のリオデジャネイロ、1968年3月)
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★ジョアン・モレイラ・サレスJoan Moreira Salles、1962年リオデジャネイロ生れ、監督、製作者、脚本家、編集者。ブラジルのセレブの出身。リオデジャネイロ・カトリック大学で経済学を専攻、ニュージャージー州のプリンストン大学卒。『セントラル・ステ-ション』(98)、『ビハインド・ザ・サン』(01)、『モーターサイクル・ダイアリーズ』(04)のウォルター・サレス監督は実兄、ブランカ・ビアナ・サレスは夫人。
(モレイラ・サレス監督とブランカ・ビアナ・サレス夫人)
1987年「China, o Imperio do Centro」(104分、デビュー作)
1990年「Blues」(アフリカンアメリカ人の音楽)
1999年「Noíicias de una Guerra Particular」
(スペイン合作、57分、カティア・ルンドとの共同監督)
マラガ映画祭2001スペシャル・メンション
2003年「Nelson Freire」(102分、ピアニスト、ネルソン・フレイレのビオピック)
ACIE賞ブラジル04、シネマ・ブラジル大賞04、サンパウロ美術評論家協会賞04受賞
2004年「Entreatos」(117分)
2002年大統領選挙の候補者ルーラ・ダ・シルヴァに同行して撮った政治キャンペーン
ACIE賞ブラジル05、ハバナ映画祭05サンゴ賞2席、サンパウロ美術評論家協会賞05受賞
2007年「Santiago」(80分、モノクロ)
サレス家で30年間に亘って働いた執事サンティアゴについてのドキュメンタリー
シネマ・ドゥ・リール賞2007、リマ・ラテンアメリカ映画祭07第1席、
マイアミ映画祭08審査員大賞受賞
2017年「No Intenso Agora」省略
(マルタ・アルゲリッチと連弾するネルソン・フレイレ、
訪日回数も多く2017年、2018年連続で「すみだトリフォニーホール」でリサイタルを開催)
(ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァをあしらった「Entreatos」)
(執事サンティアゴをあしらった「Santiago」)
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