ビリャロンガの遺作「Loli tormenta」*母へのオマージュ2023年04月22日 18:45

       アグスティ・ビリャロンガを偲ぶ会に集まった仲間たち

 

★330日、バルセロナのカタルーニャ・フィルモテカでアグスティ・ビリャロンガを偲ぶ会がもたれました。遺作となった監督初のコメディ「Loli tormenta」の公開前日にチョモン・ホールで開催され、家族、友人、仲間が思い思いに故人の思い出を語りました。カタルーニャ自治州政府の文化大臣ナタリア・ガリガ、カタルーニャ映画アカデミー会長ジュディス・コレルも出席して開催された。コレル会長はフレンドリーでいつも周りを笑顔にしたアグスティについて「若いころはとてもハンサムだったのですよ」と、映画館に掲げられていた「Tras el cristal」の看板の写真に見とれて追突事故を起こした逸話を語った。

    

      

              (アグスティ・ビリャロンガ)

 

★女優ロザ・ノベルが癌に倒れる直前を記録した中編ドキュメンタリー「El testament de la Rosa」(1546分、仮題「ロザの遺言」)が上映されました。フィルモテカ館長エステベ・リアンバウが本作上映を選んだ理由について口火を切りました。本作は「病気との闘い」という側面と、長靴を履いたまま死ぬ、つまり「殉職する、または戦死する」という側面があり、「元気づけるものではありませんが、今宵にふさわしいと考えた。それは『El testament de la Rosa』がアグスティでもあるからです」と語った。デビュー作「Tras el cristal」(88)を選ぶこともできたが、目下デジタル化の過程にあり、新しいものは別の機会に上映されるようです。

 

           

                (El testament de la Rosa」のロザ・ノベル

 

★ビリャロンガの妹パウラ・ビリャロンガは、大の映画ファンで息子を映画界に手引きした兄妹の父親、デビュー作公開を目前にして亡くなった父親からの手紙を披露した。『ブラック・ブレッド』TV映画Després de la pluja」出演の女優マリナ・ガテル、映画監督のロザ・ベルジェス、撮影監督ジョセップ・マリア・シビトやジャウメ・ペラカウラ、「El ventre del mar」や遺作の音楽を手がけた作曲家マルクスJGRは、監督が「まだ去っておらず、次の映画に私を呼ぶだろう」と語った。1978年にバルセロナの公立舞台芸術学校である演劇研究所でアグスティと一緒に学んだ2人のクラスメート、エウラリア・ゴマとセスク・ムレトは、ビリャロンガは「たちまち頭角をあらわした」とスピーチした。

   

 

        ぶっつけ本番で撮影された、残された時間との闘い

 

★前置きが長くなりました。遺作「Loli tormenta」の作品紹介と主役ロリを演じたスシ・サンチェスのインタビュー記事を交えてアップします。既に癌に冒されていた監督に残された時間は僅かでしたが、皆にさよならを言う前にどうしても完成させたかった。監督は化学療法を一時中断して撮影に臨んでおり、健康状態は最悪だった。死後公開となった本作は、これまでの作品とは想像もできないほどの甘酸っぱい家族コメディで、去る331日封切られました。本作は娘が亡くなって、血縁関係のない2人の男の孫を育てることになったアルツハイマーの兆候が現れ始めたハッスルお祖母さんの物語です。

   

         

 

 Loli tormenta」(「3.000 obstáculos」)2023

製作:3000 obstáculos A.I.E. / Crea SGR / Irusoin / Vilaüt Films / Film Factory Entertainment 協賛カタルーニャ自治州文化省 / ICAA / RTVE / TV3 / Movistar+、他

監督:アグスティ・ビリャロンガ

脚本:アグスティ・ビリャロンガ、マリオ・トレシーリャス

音楽:マルクスJGR

撮影:ジョセップ・マリア・シビト

編集:ベルナト・アラゴネス

キャスティング:イレネ・ロケ、(アシスタント)カルメン・ロペス・フランコ

プロダクション・デザイン:スザンナ・フェルナンデス、ジョルディ・ベラ

衣装デザイン:パウ・アウリ

メイクアップ&ヘアー:(ヘアー)クリスティナ・カパロス、(メイク)アルマ・カザル

製作者:フェルナンド・ラロンド、アリアドナ・ドット、ハビエル・ベルソサ、トノ・フォルゲラ、アンデル・サガルドイ、アンデル・バリナガ≂レメンテリア、(エグゼクティブ)マルタ・バルド

 

データ:製作国スペイン、スペイン語、2023年、コメディドラマ、94分、撮影地バルセロナの各地、2022年夏。配給キャラメル・フィルムズ、ユープラネット・ピクチャーズ、国際販売フィルム・ファクトリー、 公開スペイン2023331

 

キャスト:スシ・サンチェス(ロラ、ロリ)、ジョエル・ガルベス(孫ロベルト)、モル・ゴム(孫エドガー)、シャビ・サエス、ペパ・チャロ(ロッシおばさん)、セルソ・ブガーリョ(銀行家の父親トマス)、フェルナンド・エステソ(ラモンおじさん)、メテオラ・フォンタナ(ピラール)、カルメン・ロペス・フランコ(受付係)、ブランカ・スタル・オリベラ(トラム乗客)、マリア・アングラダ・セリャレス(リネト)、ほか

 

ストーリー:現代的で少し混沌が始まっているロラは、数年前に亡くなった娘の子供エドガーとロベルトを引き取ります。3人はバルセロナの郊外にある質素な家に住んでおり、彼らの静かな生活が劇的に変化すると疑うものは何もありません。ロラにアルツハイマー病の進行が顕著になってきますが、再び引き離されて里親に預けられることを望まない孫たちは、周りに病気の進行を隠すための素晴らしい創意工夫と溢れるファンタジーを凝らして世話をします。孫が祖母を世話するという逆転が起きてしまいます。元アスリートとして名声を博したロラは、陸上競技会出場のロベルトのように3000障害物レースに出場することになるでしょう。エキサイティングで謙虚な甘酸っぱい家族コメディ。

    

      

                     (左から、ロベルト、ロラ、エドガー) 

 

★デビュー作Tras el cristal」の公開直前に死去したという監督の父親は、15歳でスペイン内戦に引きずり込まれたという。その後血縁関係のないパルマでお針子をしていたロラ叔母さんに引き取られている。彼女がロリの人格造形に何か投影されているのだろうか。また監督より1年前に亡くなったという母親もアルツハイマー病だったことから、母親へのオマージュの側面もあるようです。老齢、死、アルツハイマー病、移民問題、エネルギー貧困、不動産投機、社会から孤立した人々など盛りだくさんな社会批判が盛り込まれている。しかし遊び心があり、あかるさに満ちた、いたずらっぽい作品に仕上がっているようです。その多くは主役ロラを演じたスシ・サンチェス(バレンシア1955)に負っている。彼女はラモン・サラサール『日曜日の憂鬱』でゴヤ賞2019主演女優賞、アラウダ・ルイス・デ・アスアの「Cinco lobitos」で助演女優賞を受賞したばかりです。現在スペイン映画アカデミー副会長です。

    

       

       (ゴヤ賞助演女優賞のスシ・サンチェス、ゴヤ賞2023ガラ)

   

 

        「ロリは考えない」従って「あなたも考えない」と監督

 

★以下の記事は、バルセロナに本部をおく「ラ・バングアルディア」紙との電話インタビューの抜粋です(43日)。サンチェスはクラウディア・レイニッケの「Reinas」の撮影でペルーからマドリードに戻ってきたばかりでした。

Q: 本作出演の経緯についての質問(女優はビリャロンガ作品は初出演)。

A: 以前から彼と一緒に仕事をしたいと夢見ていました。その贈り物が幸運にも届きましたが、彼の健康状態はひどいものでした。不平を言いませんでしたが、彼のような苦しみを見るのは辛かった。撮っている作品はコメディですから、監督の苦しみから切り離すのが困難でした。気温が40度、狭い部屋での撮影、リハーサルをする時間がなく、アグスティはそのことを私に詫びました。私たちに「ノー」はなく、常に「イエス」、その場でキャラクターを作りました。しかし、私はこの経験から多くを学んだのです。

 

Q: 監督とはどのように出会ったのですか。

A: 監督は次の映画(本作のこと)の主役が病気で出演できなくなり、代わりを緊急に見つける必要があった。共通の友人が私に会いに行くよう勧めたので、バルセロナのD'A映画祭上映の「Cinco lobitos」を見に来ました。少し話し合った後、私は彼に都合のつく時間があるから待ってほしいと言いました。脚本を読んで一緒に彼と旅をしたかったのです。今まで自分が演じてきた役柄とかけ離れていましたが、コミックのような役柄をした経験もあり、(ロリは)私を大いに魅了しました。二人の間に発見もあり、私は任せることにしたのです。

 

Q: 祖母役が多くなっていますが、主人公に最も惹かれたところは何でしょうか。

A: 幾つになったら、私の番になる(笑)。シェイクスピアからジュリエット役をもらえるとは思いません。もっともシニア版ならあり得ますが! ロリの魅力は、人生を前進させる能力です。ロリは「考えない女性」です。それは純粋な衝動であり、前進する生存本能です。スポーツと人生の挑戦を乗り切ることには似ているところがあり、人生への愛や物事の純粋さに対する大きな能力に惹かれました。彼女がいかに正直で、子供たちを心から世話していたか、実際ロリは闘士なのです。そして重要なのはアグスティが生きていた瞬間だったということです。

   

             

           (撮影中の監督とサンチェス、2022年盛夏)

 

Q: あなたの人生でロリと同じくらい多くの困難に直面したでしょうか。

A: もちろん皆さんと同じです。人生は誰にとっても次々に問題が降りかかります。ロリは考えずに先に進みます。それはその瞬間を生きるよう私に教えてくれました。誰にとっても教訓だと思います。

 

            監督が私たちに伝えたかったこと

 

Q: 本作はアルツハイマー病がテーマの一つになっています。

A: アルツハイマー病はすべてにおいて異なります。私はアルモドバルの『ジュリエッタ』でアルツハイマー病の女性をやりましたが、本作とは別のタイプでした。私の母親は人生の最後の3年間をホームにいましたので以前からこの病気の知識がありました。ホームで出会うアルツハイマー病の症例はそれぞれ違っておりました。監督の母親も患っていたので、彼の見解が大いに役立ちました。私たちの身近にある病気であり、これについて話したかった。一方には役に立たない要素としての老人ドラマや子供ドラマがあり、それは社会が私たちをそのように見ているからです。なぜなら高齢者はもはや成果を生み出せない、子供はまだ生み出していないからです。これについては否定したい、ここでは何が起こるかはユーモアで語られます。コメディの要素を加えたドラマです。まだ完成版を観ておりませんが、光の扱いは明るく、アグスティが指示したトーンも明るいものでした。彼は人生がもつ価値について希望に満ちたかたちで語りました。それが彼の伝えたかったことなのです。 

 

Q: ベテランと新人をミックスしたキャスト陣についての質問。

A: アグスティは仲間のプロの俳優を呼びました。フェルナンド(・エステソ、ラモンおじさん)とは既に仕事をしていて、彼らは友達でした。一方子供たちはカメラの前に立つのは初体験で集中させるのが難しかった。しかし私とは最初から馬が合いました。私は二人に登場人物の名前で呼ぼうと提案しました。私のことをスシ以外のヤヤ(おばあちゃん)、ロリ、アブ(祖母abuela)など好きに呼んでいいと彼らに伝えました。まるでゲームのようでした。

    

        

      (ラモンおじさん役のフェルナンド・エステソ、フレームから)

 

Q: あなたはロリと同じようにアスリートでしたか。

A: まさか! 若いころは陸上競技が好きでしたが、最近はスポーツをしておりません。最後にやったのが卓球です(笑)。

    

       

              (ゴールのテープを切るロリ)

   

Q: 監督とお別れができたかどうかの質問。

A: 撮影終了後、中断していた化学療法を再開していたマドリードで会いました。フィルム編集はほぼ終わっていて、完成して直ぐ亡くなりました。それは信じられないほどの努力でした。私はマドリードで別れを告げました。彼に感謝し抱擁しました。私の演技がどうだったかより、彼の状態が心配でした。撮影中は楽しい時間を過ごせました。彼は生き生きとして、物事をじっくり説明し、模範を示し、皆を巻き込んでしまいました。

 

★ラ・バングアルディア紙以外のインタビュー記事も何紙か読みましたが、なかでこれが一番纏まっておりました。冒頭のシーンで祖母と孫が一緒に歌うバスクの子守歌「Cinco lobitos」が流れるようですが、上述したようにサンチェスは、同じ名前の映画「Cinco lobitos」に祖母役で出演していました。偶然の結果そうなったということです。脚本は映画より前に書かれたもので、サンチェスは「脚本を読んだとき偶然以上の前兆のようなものを感じた」と語っています。    

 

★共同執筆者のマリオ・トレシーリャス(バルセロナ1971)が、本作をベースにしたコミック版 Loli tormanta を上梓、330日に書店の棚に並びました。彼は作家兼脚本家、またテコンドーのフライ級元チャンピオン、バルセロナ県サン・クガのスペインチームのメンバーでした。その後、広告ディレクター、映画とコミックの脚本家など幾つもの職業を経て、4年間「エル・ペリオディコ」のコラムニストでした。2008年、世界中の子供たちと一緒にアニメーションを制作するプロジェクト「PDA-films」を設立、国際コンペティションでも受賞しています。2009年、グラフィックノベル Santo Cristo2010 El hijo2015 DreamTeam は現在フランスで映画化が検討されているということです。2019年には El original が出版された。

    

         

              (Loli tormantaの表紙

 

キャスト紹介フェルナンド・エステソは、ビリャロンガの「Incerta glòria」に出演、どちらかというと映画より脇役としてTV出演が多い。2017年アルフレッド・コントレラスの「Luces」で刑事役を演じ、ラティノ賞2018男優賞を受賞した。盟友ビリャロンガとカルロス・サウラを立て続けに失い、ゴヤ賞短編ドキュメンタリー賞のプレゼンターを務めた折には、あちらの二人に向けて「もう直ぐそちらに行くから、映画撮るなら私の役も忘れないでくれよ」と語りかけた。

 

★もう一人のベテランセルソ・ブガーリョ(ガリシアのポンテベドラ1947)の一番知名度のある映画はアメナバルの『海を飛ぶ夢』でしょうか。彼は主人公の父親役でゴヤ賞2005助演男優賞を受賞した。他にフェルナンド・レオン・デ・アラノアの『月曜日にひなたぼっこ』や「El buen patrón」、ホセ・ルイス・クエルダの『蝶の舌』、マヌエル・ウエルガの『サルバドールの朝』など、字幕入りで見られる映画に出演している。

    

           

       (父親トマス役のセルソ・ブガーリョとスシ・サンチェス)

 

★女優陣では、ロッシおばさん役のぺパ・チャロ(マドリード1977)は、ビリャロンガの『アロ・トルブキン』、TVムービー「Carta a Eva」に出演している。ピラール役のメテオラ・フォンタナ(ベローナ1958)は、『ハウス・オブ・フラワーズ:ザ・ムービー』(Netflix)、『バルド』など。今回女優とキャスティングを掛け持ちしているカルメン・ロペス・フランコはキャスティングに軸足をおいているようです。

      

          

     (スシ・サンチェス、ペパ・チャロ、後方フェルナンド・エステソ)

   

カタルーニャとバスクの仲間が参加した本作が、いずれ本邦でも鑑賞できることを願っています。アグスティ、あなたがいなくなっても、他の人があなたの映画を守ります。じゃ、またね。 


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