サルバドール・カルボの 「Adú」*ゴヤ賞2021 ⑥2021年01月24日 13:26

                3本の軸が交差するサルバドール・カルボのスリラー「Adú

    

             

            (少年アドゥを配したポスター)

 

★ゴヤ賞2021のノミネーション発表では、サルバドール・カルボ(マドリード1970)のAdúが最多の13カテゴリーとなりました。Netflix 配信という強みを活かしてアカデミー会員の心を掴むことができるでしょうか。本作はデビュー作1898:スペイン領フィリピン最後の日』16)に続く第2作目になります。Netflixで日本語字幕入りで配信され幸運な滑り出しでしたが、第2作目は残念ながら日本語字幕はありません。第1作より時代背景も舞台も今日的ですが、アフリカ大陸、特に舞台となるカメルーンやモーリタニア、モロッコの位置関係に暗いと、登場人物がそれぞれ移動する都市に振り回される。安全な日本で暮らしていると、やはりアフリカは遠い世界と実感しました。監督キャリア&フィルモグラフィーはデビュー作でアップ済みです。

1898:スペイン領フィリピン最後の日』の作品紹介は、コチラ20170105

   

    

(左から、アナ・カスティーリョ、アダム・ヌルー、監督、ルイス・トサール、118日)

 

★アンダルシア人権協会APDHAの調査によると、2018年、国境を越えてスペインへ到着した違法移民は、陸路海路を含めて64,120人に上る。翌2019年は33,261人と減少したが、子供の数は7,053から8,066人と反対に増加した。不法移民の約30%はモロッコの若者と子供であったという。これが監督の製作の意図の一つとしてあったようです。エンディングに2018年の難民7千万人のテロップが流れる。この数は移民できずに国内に止まっている難民を含めている。スペイン語、ほかに元の宗主国であるフランスやイギリスの言語が飛び交う複雑さが、現代のアフリカを象徴している。第2作目とはいえ、20年前からTVシリーズを手掛けているベテランです。主人公はルイス・トサールではなく、アドゥ少年を演じた当時6歳だったムスタファ・ウマル君と思いました。

      

Adú2020

製作:Ikiru Films / Telecinco Cinema / La Terraza Films / Un Mundo Prohibido / Mediaset España

     協賛 ICAA / Netlix

監督:サルバドール・カルボ

脚本:アレハンドロ・エルナンデス

音楽:ロケ・バニョスCherif Badua

撮影:セルジ・ビラノバ 

美術:セサル・マカロン

編集:ハイメ・コリス

録音:エドゥアルド・エスキデハマイカ・ルイス・ガルシ、他

プロダクション:アナ・パラルイス・フェルナンデス・ラゴ

メイクアップ:エレナ・クエバスマラ・コリャソセルヒオ・ロペス

衣装デザイン:パトリシア・モネ

キャスティング:エバ・レイラ、ヨランダ・セラノ

編集者:アルバロ・アウグスティン、ジスラン・バロウ(Ghislain Barrois)、エドモン・ロシュ、ハビエル・ウガルテ、他多数

 

データ:製作国スペイン、言語スペイン語・フランス語・英語、2020年、ドラマ、119分、撮影地ムルシア、ベナン共和国、モロッコ他、公開スペイン131日、インターネット配信630日(アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、フランス、イギリス、イタリア、他)、スペイン映画2020年の興行成績第2

映画祭・受賞歴:ホセ・マリア・フォルケ賞2021作品賞とCine en Educación y Valores賞、2ノミネーション、フェロス賞2021オリジナル音楽賞(ロケ・バニョス)ノミネーション、ゴヤ賞省略。

 

キャスト:ルイス・トサール(環境活動家ゴンサロ)、アルバロ・セルバンテス(治安警備隊員マテオ)、アンナ・カスティーリョ(ゴンサロの娘サンドラ)、ムスタファ・ウマル(アドゥ6歳)、ミケル・フェルナンデス(マテオの同僚ミゲル)、ヘスス・カロサ(マテオの同僚ハビ)、アダム・ヌルー(マサール)、Zayiddiya Dissou(アドゥの姉アリカ)、アナ・ワヘネル(パロマ)、ノラ・ナバス(カルメン)、イサカ・サワドゴ(ケビラ)、ヨセアン・ベンゴエチェア(治安警備隊指揮官)、エリアン・シャーガス(Leke)、ベレン・ロペス(国連職員)、マルタ・カルボ(マテオの弁護士)、Koffi Gahou(マフィアのネコ)バボー・チャム(カメルーンの青年)、カンデラ・クルス(NGO職員)、ほか多数

*ゴチック体はゴヤ賞にノミネートされたシネアスト。

 

ストーリー:アリカとアドゥの姉弟は自転車で散歩中に象の密猟の現場を偶然に目撃してしまう。現場に置き忘れた自転車がもとで二人は地元ボスから追われることになり、故郷を後にする。飛行機の貨物室に忍びこんでカメルーンからヨーロッパに脱出しようと、滑走路の傍にうずくまっている。ここからそう遠くないジャー自然保護区では環境保護活動家のゴンサロが、密猟者に牙を抜かれた痛ましい象の死骸と向き合っている。間もなくスペインからやって来る娘サンドラとの問題も抱えている。北へ数千マイル先のメリリャでは治安警備隊員マテオのグループが、国境線のフェンスを攀じ登ってくるサハラ以南の群衆を押しとどめる準備をしていた。彼らは交差する運命であることを未だ知らないが、元の自分に戻れないことを知ることになる。国境を越えてヨーロッパに押し寄せるサハラ以南の難民問題を軸に、3本の糸が絡みあう群像劇。 (文責:管理人)

 

          アフリカの現実を照らしだす3本の軸

 

A: 日本では評価がイマイチだったデビュー作1898:スペイン領フィリピン最後の日』よりテーマが今日的なこと、認知度のあるルイス・トサールやアナ・カスティーリョの出演もあって受け入れやすいと思っていましたが、目下Netflix配信はオリジナル作品ながら日本語字幕はありません。

B: スペイン人にとって1898という年は、キューバ独立に続くフィリピン、プエルトリコという最後の植民地を喪失する忘れられない屈辱の年でした。経済的よりスペインの没落を象徴する精神的な打撃のほうが大きかったから、海外の視聴者の受け止め方とは事情が異なっていました。

 

A: 第2作は貧困や民族対立を抱えるサハラ以南からヨーロッパに押し寄せる爆発的な難民や違法移民の流入、地元マフィアが支配する動物密猟などが背景にあります。スペインはアフリカに最も近い国ですから、難民の受入れ窓口になっているという事情があります。

B: 姉アリカとアドゥ少年が暮らしていたのは、カメルーン人民共和国のムブーマMboumaでカメルーン唯一の世界遺産に登録されているジャー自然動物保護区に隣接している。この少年を軸に物語は進行する。

 

A: この保護区で絶滅の危機にある象の保護活動をしているのがルイス・トサール扮するゴンサロです。彼には常に不在な父親を理解できないアンナ・カスティーリョ扮する娘サンドラがいて、間もなくカメルーンに到着することになっている。これが2本目の軸。

 

       

    (平生は疎遠な父娘に隙間風が吹く、ルイス・トサールとアンナ・カスティーリョ)

 

B: 3本目がアフリカ大陸にあるスペインの飛地の一つメリリャで治安警備隊員として国境を守る任務についているマテオ、ミゲル、ハビのグループ、この3本の軸が最後にメリリャとモロッコの国境に集結することになる。

A: 主任らしいマテオを演じるアルバロ・セルバンテスが助演男優賞にノミネートされている。身体を張って危険な任務についているのに、6メートルの金属フェンスを攀じ登ってくる越境者の事故死が原因でグループは訴訟を起こされてしまう。セルバンテスは裁判に勝訴するまでの複雑な心の動きを表現できたことが評価された。米国とメキシコの国境の壁には及びませんが、二重に張り巡らされた金属フェンスの高さがアフリカとヨーロッパの現実を語っています。

  

                

    (マテオ役のアルバロ・セルバンテス)

 

       

              (左から、訴訟を起こされた治安警備隊員マテオ、ハビ、ミゲル)

 

B: トサールもそうですが、彼もカルボ監督のデビュー作に兵士の一人として出演しているほか、フェルナンド・ゴンサレス・モリーナの「バスタン渓谷三部作」の2部と3部に医師役で出演している。他にTVシリーズ出演が多いのでお茶の間の認知度は高い。 

 

          

           アリカとアドゥの出演料は16歳までの教育資金援助

 

A: アドゥが移動する都市名の位置関係が先ず描けない。あっという間に字幕が変わるから1回目は字幕を無視してストーリーを掴み、2度目に気になった個所をおさえることにした。分からなくても楽しめるが、分かったほうがメッセージがより届きやすい。

B: カメルーンの首都はヤウンデYaunde、姉弟はムブーマに住んでいる。しかしカメルーンでは撮影していないから、多分二人の出身国ベナン人民共和国でしょうか。

 

A: 撮影当時6歳だったアドゥ役のムスタファ・ウマルはカメルーン人ではない。監督談によると、キャスティング監督がベナン北部、首都ポルトノボから遠く離れた町の街路で出会った少年だそうで、何か惹きつけられてスカウトした。勿論まだ読み書きはできないし、象など見たこともなかった。

B: 映画出演料は姉アリカ役のZayiddiya Dissouを含めて、16歳までの教育費援助を条件に契約した。これは素晴らしい。

        

           

  (7歳になったムスタファ・ウマル少年と監督)

 

A: 恐ろしい密猟を目撃してしまったことで自転車を置いたまま逃げ帰る。それが災いして地元のボスから脅される。母親を殺された二人は行き場を失い親戚を頼って故郷を出る。アドゥが密猟者の顔を見てしまっている。密猟者は外部からやってくるのではなく地元の人なのだ。二人は父親がいるというヨーロッパを目指すことになる。

B: しかしカメルーンから何千キロ先のヨーロッパに如何にして二人を脱出させるか。脚本家アレハンドロ・エルナンデスは、飛行機での密航というとんでもないことを思いついた(笑)。ちょっとあり得ないストーリー展開でした。

 

           

          (象の密猟を偶然に目撃してしまうアリカとアドゥ)

 

A: エルナンデスはカルボ監督のデビュー作を手掛けたほか、当ブログでは度々登場させています。キューバ出身、2000年にスペインに亡命以来、ベニト・サンブラノの『ハバナ・ブルース』(05)以外は故国とは関係ない作品を手掛けています。ゴヤ賞ノミネートは本作が5回目、2014年にはマリアノ・バロッソTodas las mujeresで共同執筆した監督と受賞、もっぱらマヌエル・マルティン・クエンカとタッグを組んでいる他、アメナバル『戦争のさなかで』19)に起用されノミネートされた。

B: 最近は映画よりTVシリーズに専念している。

 

A: 映画に戻ると、公式サイトのストーリー紹介文では、どうして子供二人が飛行機の貨物室に忍び込んでヨーロッパを目指すのか分からなかった。また実際は貨物室ではなく、驚いたことに車輪格納庫だった。神のご加護があっても99パーセント生き延びられない設定です。

B: 生存は上空の極寒と低酸素状態で不可能ではないかと思いますが、皆無ではないそうです。専門家によると生存者の多くは仮死状態だったという。姉アリカは到着時には凍死しており、着陸のため開いた車輪格納庫から転落してしまう。このシーンは前半の見せ場の一つでした。

 

       違法移民を企てるマサールとの出会い――セネガルの首都ダカール

 

A: 到着したのはパリでもマドリードでもなく、なんとセネガルの首都ダカール空港、一気にメリリャに近づいた。保護された警察でアダム・ヌルー扮するマサールと出会い、姉を失ったアドゥは彼と二人三脚でメリリャを目指すことになる。青年は時々軽い咳をしているので、観客は結核かエイズを疑いながら不安に駆られて見ることになる。

B: 途中から予測つきますが、エイズ問題も重いテーマです。未だコロナがアジアの他人事であった当時では一番厄介な病気でした。新人男優賞にノミネートされているが、いつもながら新人枠は予測不可能ですね。

  

              

           (いつも腹ペコのアドゥとマサール、映画から)

       

A: ダカールから陸路を北上、泥棒をしながらモーリタニアの首都ヌアクショットに、さらにトラックを乗り継いで、遂にモロッコの北岸モンテ・グルグーの難民キャンプに到着する。メリリャの灯りが見える小高い岬、マサールはここで医師の診察を受ける。

B: 国境なき医師団のマークとは違うようでしたが、欧米ではこういうボランティア活動が当たり前に行われている。マサールの病状は進行していて検査入院を勧められるが時間の余裕がない。目指すメリリャは目の前なのだ。

    

      

        (メリリャの灯りを見つめながら絶望の涙にくれるサマール)

       

A: この難民キャンプには金網フェンス越えに失敗した死者、怪我人が運び込まれてくる。子供連れのフェンス越えを断念したマサールは、古タイヤを体に巻きつけて海を泳いで渡る決心をする。脚本家エルナンデスは、再びとんでもないことを思いつきました。

B: その昔、キューバ人のなかには筏でマイアミに渡った人々がいたのを思い出しました。二人は離れ離れになりながらも対岸に辿りつく。治安警備隊員マテオのグループが乗った巡視艇が二人を発見して救助する。ここで初めてアドゥとマテオが交錯する。アドゥを抱きかかえたマテオは、もう以前のマテオではない。

 

      「パパはわたしの友達ではなく、父親」とサンドラ、和解のときが訪れる

 

A: サンドラは長いことスペインに帰国しない父親にわだかまりをもっている。ゴンサロは「私たちは今までも友達同士として上手くやってきたではないか」と言う。しかし娘が求めているのは友達ではなく父親の存在、「パパはわたしの友達ではなく、父親よ」とサンドラ

B: もう大人だと思っていた娘が親の愛に飢えていたとは気づかなかった。しかし娘には別の仕方で愛を注いでいたのだ。それを最後に娘は気づいて大粒の涙を流すことになる。愛とは難しい。

 

         

         (父娘を演じたカステーリョとトサール、公開イベントにて)

 

A: ゴンサロは愛情こまやかタイプではなく、絶滅の危機にある象の保護で頭がいっぱい。いま手を打たないと明日では手遅れになる。「カメルーンに来て2ヵ月しか経たないが、4頭の象が殺害された」と嘆く。

B: しかし地元の人々はそうは考えていない。欧米の価値観をストレートに持ち込んでも理解されない。お金になる密猟はやめられないし、象の保護など白人のお節介。かつての支配者への不信は何代にもわたって続く。

A: 互いの乖離は埋めがたい。活動家は常に身の危険と背中合わせですね。次の派遣地がアフリカ南部、インド洋に面したモザンビークというのも驚きです。

 

B: メリリャの検問所までサンドラを送ってきたゴンサロは、少年センターに送られる途中のアドゥとすれ違う。登場人物全てがここメリリャに集合したことになる。

A: サンドラが押している自転車は姉弟が密猟現場に残してきた自転車、常に2本の軸は知らずに繋がっていたのでした。ゴンサロは以前カメルーンでヒッチハイクをする姉弟とすれ違っていた。本作では父娘の和解以外、何も解決していない。しかし観客は何かを学んだはずです。ニュースと映画の違いかもしれません。

 

B: アナ・ワヘネルノラ・ナバスは特別出演、出番こそ少ないが二人の演技派女優が映画に重みをもたせている。両人とも監督たちの信頼は厚い。受賞に関係ないと思いますが、ナバスは映画アカデミーの副会長です。

 

A: 監督によると、1月公開作品はゴヤ賞では不利にはたらく。というのも1年前の映画など皆忘れてしまうからです。しかし昨年は3月からは映画館も閉鎖、公開できただけでも幸運だったと言う。収束の目途が立たない現状で一番恐れているのは、映画館が消滅してしまうことだという。それは映画製作者というより観客としてだそうです。

B: TVと映画は本質的に異なるというのが持論、TV界出身なのだから映画館が減っても困らないだろうというのは間違いだと。コロナは経済や医療を直撃していますが、文化も破壊している。2020年に撮影が始まった作品は少ないから、今年はともかく来年のゴヤ賞はどうなるのか。