続 ガルシア・ベルランガの「死刑執行人」*スペインクラシック映画上映会2020年06月10日 21:18

          伝統を重んじる紳士アマデオを演じたホセ・イスベルト

 

B: アマデオ役のホセ・イスベルト18891966)は主役ではありませんが、若い主役の二人を食ってしまっている。妙なめぐりあわせでアマデオの家でコーヒーを飲むことになったホセ・ルイス、テーブルに処刑道具の入ったカバンをどんと置かれて、「人間はベッドで死ぬのが自然だと思いますが」とたじろぐ。

A: それは「当然だが、悪事を働いた人は処罰しなければ」ともっともらしい正論を吐くアマデオ。続いてアメリカでは「電気椅子で黒焦げにしてしまう」からと青年の手を電球に触れさせる。どっちが残酷なんだと言わんばかりです。

 

      

   (カバンが載ったデーブルでコーヒーを飲むホセ・ルイス、カルメン、アマデオ)

 

B: スペインの庶民は心の中ではアメリカ嫌いです。半世紀以上も前にスペイン最後の植民地だったキューバやフィリピンを乗っ取られたことを根に持っている。しかし、道具の入ったカバンを当時は持ち歩いていたのでしょうか。

A: 中には友人はおろか家族にさえ本当の職業を秘密にしていた執行人がいたそうです。援助は受けているがアメリカ批判は問題なし。御法度なのがフランコ批判、教会批判、それに治安警備隊批判です。

B: 特徴ある帽子を被っているので直ぐ分かる。警官とは違うのですね。

  

       

             (つかの間の幸せにひたるアマデオ一家)

 

A: 治安警備隊(Guardia Civil)は、地方の安全警護に当たるほか、治安警察としてフランコの独裁政権を支えたから気をつけねばならない。一家がマジョルカ島に到着したとき、迎えにきた治安警備隊の姿を目にすると、ホセ・ルイスは慌てて船内に戻ろうとした。観光ではなく仕事で来たことを思い出したわけです。

B: 帰られては新居を失う上に負債が残るアマデオ、新しい水着が着られないカルメン、親子は土談場で執行がなくなることもあるからと説得する。

 

        

          (マジョルカに到着した家族を出迎える治安警備隊員)

 

A: ホセ・イスベルトは、サイレント時代から出演、クレジットされた本数は116作、ほとんどがコメディです。TV出演はなく映画一筋の俳優でした。ベルランガ映画には、『ようこそマーシャルさん』『カラブッチ』、「Los jueves, milagro」(57「木曜日には奇跡が」)に続いて本作、他に公開されたフェルナンド・パラシオスの『ばくだん家族』(62)、サンジョルディ主演男優賞を受賞した、マルコ・フェレーリの「El cochecito」(「車椅子」)などが代表作です。

B: フェレーリの「車椅子」は、今回のスペインクラシック映画上映会でオンラインされるはずでした。脚本をラファエル・アスコナが手掛けていたのでした。

 

A: 「車椅子」には、ホセ・ルイス・ロペス・バスケスアンヘル・アルバレスマリア・ルイサ・ポンテチュス・ランプレアベエレナ・サントンハなどが重なって出演しています。彼らはベルランガの代表作「プラシド」や、後期の作品でも度々お目にかかることになります。チュス・ランプレアベは、ベルランガの「ナショナル三部作」すべてに起用されている。アスコナが脚本を手掛けた後半のヒット作です。

B: 女性に厳しいと言われたアスコナのお気に入り、それもそのはずアスコナの小説を映画化したマルコ・フェレーリの「小さなアパート」でデビューしたのでした。本作も今回のクラシック映画上映会にエントリーされていたのですが。

 

A: 他にハイメ・デ・アルミリャンやフェルナンド・トゥルエバ作品、アルモドバルの『バチ当たり修道院の最期』から『抱擁のかけら』までの8作に出演した<アルモドバルの娘たち>の一人、カンヌ映画祭に出品された『ボルベール<帰郷>』ではグループ女優賞を受賞した。

B: 出演者が多すぎて誰を紹介したらよいか困りますが、多くが今世紀初めまで活躍していた実力者たちばかりでした。

 

     

 (建設中の公営住宅を訪れた、チュス・ランプレアベ、ロラ・ガオス、フリア・カバ・アルバ)

 

A: 刑務所職員及び警備員など多すぎて区別しにくいが、一応分かる範囲でキャスト紹介欄に役名を列挙しておきました。違っていたら悪しからず。

   

      

   (ニノ・マンフレディ、警備員ホセ・マリア・プラダ、部長グイド・アルベルティ)

    

     

    (ホセ・イスベルト、ニノ・マンフレディ、労働省職員ビセンテ・リョサ)

 

           喜劇と悲劇がモザイク状、教会批判もやんわりと

 

B: カルメン役のエンマ・ペネーリャ19302007)は、ベルランガはこれ1作のようです。

A: アンヘリーノ・フォンスがピオ・バロハの小説を映画化した『探求』(66La busca」)、同監督がベニト・ぺレス・ガルドスの長編大作『フォルトゥナータとハシンタ』を映画化した「Fortunata y Jacinta」(70)のフォルトゥナータ役、クラリンの小説『裁判官夫人』を映画化したゴンサロ・スアレスの「La regenta」(74)など、いわゆる文芸路線を代表する大作に主演しています。因みにガルドスとクラリンの小説は翻訳書が出ています。

B: 後年ますますふくよかになり、TVシリーズ出演を含めて鬼籍入りするまで現役続投でした。

 

         

          (ピクニックでダンスをするカルメンとホセ・ルイス)

 

A: ニノ・マンフレディ19212004)は公開作品も結構あるから、3人の中で一番知名度があるかもしれない。ディーノ・リージのコメディ『ベニスと月とあなた』(59)が好評だったので起用されたのかもしれない。続いて同監督の『ナポリと女と泥棒たち』(66)、エットーレ・スコラのドラマ『あんなに愛しあったのに』(74)、オランダ=ドイツ合作のヨス・ステリングの歴史時代劇『さまよえる人々』(95)など、芸域は広いです。

B: 上背があってハンサムだが若干意志が弱いのが玉に瑕のホセ・ルイス役にはぴったり、都合が悪くなると「機械工になる技術を学びにドイツに行く」が決め台詞だが、言うほうも聞くほうも本気でない。

 

     

     (刑務所警備員エンリケ・ペラヨ、恐怖で固まってしまうホセ・ルイス)

 

A: 戦後の復興が目覚ましかったドイツは、当時のスペイン人の憧れの国だった。ドイツ語ができないから女性は家政婦、男性は危険な建設現場や道路清掃など、ドイツ人がやりたくない仕事だった。なかには故郷に錦を飾れた人もいたが、実情は聞くと見るとは大違い、しかし見栄っ張りなスペイン人は実際とは異なる成功談を帰国して吹聴した。

B: ここも「ピレネーの向こうはアフリカ」と、スペインをコケにしていたドイツやフランスへの皮肉が込められている。本当はアメリカと並んで質実剛健がモットーのドイツは嫌いな国の筆頭でした。

 

A: 「ドイツ」連発にはスペイン人の屈折した感情が隠されているようです。ホセ・ルイスは優柔不断だがちゃっかり屋でもある。アマデオの留守をいいことに昼間からカルメンと婚前交渉、突然帰宅したアマデオにあたふたする。

B: ズボンまでは掃けたが動転して靴まで気が回らなかった。頭痛がすると濡れタオルで額を冷やすが、アマデオにはバレバレ。

A: アマデオは「頭痛がするのに、どうして裸足なんだい? 恥知らずな」とにべもない。

  

         

    (兄役のホセ・ルイス・ロペス・バスケスに仮縫いをしてもらうホセ・ルイス)

 

B: カルメンから妊娠を知らされると、またぞろ「ドイツに行って・・・」と。ドイツを体のいい逃げ口上に利用している。ドイツに行くなど本気でないから結婚するしかない。

A: お腹が目立ってしまうと教会で挙式できない。結婚ブームなのか順番待ちで挙式するのだが、彼らの前はお金持ちらしく、神父の服装も立派だし、火の灯された蝋燭が林立している。

 

B: カルメンたちの番になると、神父は着替え、蝋燭も次々に消されて真っ暗になる。

A: 観客は爆笑したでしょうね。教会批判は検閲条項だが、これは事実なのでしょう。まだまだ話し足りないですが、長くなりましたのでお開きにします。2008年ベルランガは、セルバンテス協会本部に設置された彼の文書箱ナンバー1034に、秘密の書類が入った紙袋を保管している。生誕100年の2021612日まで開封を禁じている。何が書かれているか興味のあるところです。

B: 「マーシャルさん」より脚本が推敲されていて、やはり日本語字幕で見たらもっと楽しめたのにと思いました。

 

 

   ラファエル・アスコナのキャリア紹介

ラファエル・アスコナ(ログローニョ1926~マドリード2008)は、作家、脚本家。日本版ウィキペディアも脚本家にしては充実していますが、IMDbによると107作もアップされています。短編やオムニバス、TV、マルコ・フェレーリと組んだイタリア映画、没後に映画化された小説などを省いてもかなりの数になります。どれを選ぶかはどこに視点をおくかで変わってきます。ゴヤ賞では脚本賞・脚色賞、1997年のゴヤ栄誉賞を含めて7個でした。

 

       

              (ありし日のラファエル・アスコナ)

 

ベルランガ映画では、上記の「プラシド」「死刑執行人」、異色の映画と言われたフランス合作「Grandeur nature」(74「実物大」)、ナショナル三部作と言われる「La escopeta nacional」(78「国民銃」)「Patrimonio nacional」(81「国有財産」)「Nacional III」(82「ナショナル第三部」)、「La vaquilla」(85「子牛」)、ベルランガとの最後は「Moros y cristianos」(87「イスラム教徒とキリスト教徒」)でゴヤ脚本賞にノミネートされた。その後のベルランガ作品「Todos a la cárcel」(93「みんなで刑務所に」)では、子息ホルヘ・ベルランガと父子共同で執筆しており、本作はベルランガがゴヤ賞1994監督賞を受賞した。

   

   

                 (ヒットした「国民銃」のポスター)

 

ベルランガ以上にタッグを組んだのが、イタリア出身だがスペインでも撮ったマルコ・フェレーリ、映画界入りのそもそもが彼との出会いで始まった。彼がアスコナの小説「El picito」(「小さなアパート」)を映画化することになり、「じゃ、自分が脚本を書きましょう」となった。続いて「車椅子」、「La grande bouffe」(73、仏伊合作『最後の晩餐』)、「No tocar a la mujer bulanca」(74『白い女に手を触れるな』)、ほかにイタリア映画を執筆している。

 

カルロス・サウラとは、「La prima Angelica」(74『従姉アンヘリカ』)、続く「¡Ay, Carmela!」(90『歌姫カルメーラ』)で2個目となるゴヤ賞脚色賞を受賞している。最初のゴヤ脚本賞は、ホセ・ルイス・クエルダの「El bosque animado」(87にぎやかな森』)、小説の映画化なので現在なら脚色賞になるのだが、まだ脚本と脚色は区別されていなかった。クエルダでは、「La lengua de las mariposas」(99『蝶の舌』)と没後に受賞した「Los girasoles ciegos」(08)で合計3個脚色賞を受賞している。残るはフェルナンド・トゥルエバがアカデミー外国語映画賞を受賞したことで話題になった『ベルエポック』(92)でオリジナル脚本賞、『美しき虜』(98)はノミネートされた。ホセ・ルイス・ガルシア・サンチェスの「Tirano Banderas」(93「暴君バンデラス」)で脚色賞、これに栄誉賞を含めて生涯に7個受賞している。

 

       

              (アカデミー外国語映画賞を受賞した『ベルエポック』のポスター)

 

その他、ゴヤ賞ノミネートでは、ホセ・ルイス・ガルシア・サンチェスの「El vuelo de la paloma」(89「パロマの飛翔」)のオリジナル脚本賞、ビガス・ルナの『マルティナは海』(01)の脚色賞などがある。国民映画賞とかシネマ・ライターズ・サークル賞などは割愛です。映画の脚色を多く手掛けたのは、「小説書くよりよほど易しかったから」とアスコナ流なのでした。2008324日、肺癌により自宅で永眠、81歳の生涯でした。

 

ホセ・ルイス・クエルダの訃報記事で「Los girasoles ciegos」にも触れています。

 コチラ20200211

チュス・ランプレアベの訃報記事で、ベルランガ、フェレーリ、アスコナにも触れています。

 コチラ20160408