ブニュエルを主人公にしたアニメーション*ゴヤ賞2020 ⑱2020年02月05日 18:39

    サルバドール・シモーの「Buñuel en el laberinto de las tortugas」が受賞

 

   

 

★ゴヤ賞2020アニメーション部門は、サルバドール・シモーBuñuel en el laberinto de las tortugas18が受賞した。他に新人監督賞、脚色賞、オリジナル作曲賞がノミネートされていたが叶わなかった。受賞はほぼ確実だったのに作品紹介が後回しになっていた。マラガ映画祭2019ASECAN賞、アヌーシー・アニメーション映画祭審査員賞受賞作品。本作はエストレマドゥーラ州カセレス出身のイラストレーター、フェルミン・ソリス(カセレス1972のモノクロ同名コミックの映画化です(カラー版として約10年後に再版された)。原作は2008年ビルバオのAstiberri社からエストレマドゥーラだけで発売され、翌年一般公刊された。コミック国民賞2008の最終候補に残った。いわゆる国民賞選考母体は文化省で、副賞の賞金は少ないが権威のある賞です。コミック部門が設けられたのは2007年、その2回めの最終候補に残りましたが、パコ・ロカArrugasに敗れた(2011年に映画化され、本邦でも『しわ』の邦題で劇場公開された)。 

パコ・ロカと『しわ』の紹介は、コチラ⇒2018年04月15日

    

            

            (本作をバックにしたサルバドール・シモー)

 

★映画化するに対してシモー監督は、もう一人の協力者にイラストレーターのホセ・ルイス・アグレダ(セビーリャ1971をアート・ディレクターとして迎えた。物語1930年代当時のスペインで最も貧しかったというエストレマドゥーラのラス・ウルデスのドキュメンタリー『ラス・ウルデス(糧なき土地)』1933Las Hurdes. Tierra sin pan27)をルイス・ブニュエル如何にして製作したか、そのプロセスが語られるアニメーションです。

 

(ホセ・ルイス・アグレダ)

  

   

   

  (ホセ・ルイス・アグレダによるブニュエルの下絵)

 

★登場人物はブニュエル自身、彼の親友で製作者のラモン・アシン、『ヴォーグ』誌の特派員でシュールレアリスト詩人のピエール・ユニク、カメラマンのルーマニア出身のエリー・ロタール4人が主演者、ところどころに挿入される『ラス・ウルデス(糧なき土地)』の実写で構成されています。タイトルの直訳「カメの迷宮の中のブニュエル」は、ラモン・アシンが「撮影隊が村を探索した際、道は迷路のように曲がりくねり、屋根がカメの甲羅に似た箱型の家屋がびっしりひしめきあっていた」と指摘したことから付けられたようです。

 

 

    

     (ラス・ウルデスの村を探索するクルー、カメの甲羅のような屋根)

 

    

       (迷路のように曲がりくねった道、ドキュメンタリーから)

 

 

 Buñuel en el laberinto de las tortugasBuñuel in the Labyrinth of the Turtles

製作:Sygnatia Films / Glow Animation(バダホス)/ Hampa Animation Studio(バレンシア)/

   Submarine(オランダ)

   協賛RTVE / Moviastar+ / Telemadrid / エストレマドゥーラTV / アラゴンTV / ICCA

監督:サルバドール・シモー

脚本:エリヒオ・R・モンテロ、サルバドール・シモー、(原作)フェルミン・ソリス

音楽:アルトゥーロ・カルデルス

編集:ホセ・マヌエル・ヒメネス

アート監督:ホセ・ルイス・アグレダ

プロダクションマネージメント:フリアン・サンチェス

製作者:マヌエル・クリストバル、ホセ・マリア・フェルナンデス・デ・ベガ、アレックス・セルバンテス、ブルノ・フェリックス、Femke Wolting

 

データ:製作国スペイン=オランダ=ドイツ、スペイン語・フランス語、2018年、77分、アニメーション(+実写)、伝記ドラマ、スペイン公開2019426日、オランダ同418日、フランス同619日、米国同816日、他

映画祭・受賞歴:アニメーションFF201810月プレミア(ロスアンジェルス)、マイアミ映画祭2019、グアダラハラFF、マラガFFASECAN賞、音楽賞アルトゥーロ・カルデルス)、アヌーシー・アニメーションFF(審査員賞・オリジナル作曲賞アルトゥーロ・カルデルス)、ヨーロッパ映画賞2019アニメーション賞受賞、ペリフェリアスFF2019観客賞、シネマ・ライターズ・サークル賞2020新人監督賞・脚色賞(エリヒオ・R・モンテロ&サルバドール・シモー)、ゴヤ賞アニメーション賞受賞、他多数

 

キャスト(ボイス):ホルヘ・ウソン(ルイス・ブニュエル)、フェルナンド・ラモス(ラモン・アシン)、ルイス・エンリケ・デ・トマス(ピエール・ユニク)、シリル・コラールCyril Corral(エリー・ロタール)、ハビエル・バラス(少年時代ルイス)、ガブリエル・ラトーレ(ルイスの父)、ペパ・グラシア(ルイスの母)、フェルミン・ヌニェス(マエストロ/馬方)、ラケル・ラスカル(ノアイユ子爵夫人)、サルバドール・シモー(サルバドール・ダリ)、マリア・ぺレス(コンチータ)、エステバン・G・バリェステロス(村長/鶏肉売り)、ピエダ・ガリャルド(宝くじ売り)、ほか多数

 

ストーリー:ブニュエルは長編デビュー作『黄金時代』の上映中に起きた事件のせいで、フランスでの新しい作品を撮れなくなっていた。モーリス・ルジャンドルというスペインのラス・ウルデス地方の民族史研究をしている人類学者から、この地域の社会的な現実についてのドキュメンタリーを撮る気はないかという打診を受ける。最初は資金的な問題から不可能に思われたが、結果的に撮れることになった。それはブニュエルの親友の一人ラモン・アシンが、もしクリスマス宝くじに当たったら、賞金の一部を提供すると約束していたからだ。19321222日、クリスマス宝くじが当選、ラッキーナンバーは「29757」だった。アシンは約束を守り、撮影隊はラ・アルベルカの町でクルーを起ち上げた。監督のブニュエル、製作者のラモン・アシン、撮影のエリー・ロタール、脚本を共同で手掛けるピエール・ユニクたちは、修道院を宿舎にして、この不毛の土地の探索に着手する。                                 (文責:管理人)

 

 

      純粋なドキュメンタリーではなかった『ラス・ウルデス(糧なき土地)』

 

★ドキュメンタリーを可能にしてくれたラモン・アシンは、1888年アラゴン州のウエスカ生れ、アナーキストで画家だった。監督と同じアラゴン人だったが、イデオロギーの異なるアナーキストとコミュニストのブニュエルが親友同士というのもおかしなことだが、自分は共産主義の「シンパ」だったに過ぎないと語っている。ある日サラゴサのカフェで「ルイス、もし宝くじが当たったら、映画のお金を出してあげるよ」と言ってくれた。10万ペセタ当たり、2万ペセタくれた。約束を守ってくれたわけです。利益が出たらお礼をするわけだったが上映禁止で収益はゼロ、それでもアシンは文句を言わなかった。クリスマス宝くじは、日本でいうと年末ジャンボ宝くじにあたる。

 

1936年スペイン内戦が勃発すると、アシンはフランコ軍に抵抗したことで身に危険が迫り、自宅に隠れていた。しかしフランコ軍が家探しにきて、応対に出た妻を暴行した。その悲鳴を聞いて出てきたところを即逮捕、86日にウエスカで銃殺された。妻コンチータ・モンラスもアナーキストで、犯罪者を匿った廉で17日後に殺害された。多分、クレジットにあるコンチータではないかと思う。ドキュメンタリーは1936年まで上映禁止だったが、1960年までアシンの名前はクレジットから削除されていた。

 

(アニメとよく似ているラモン・アシン)

     

    

(ラモンとルイス、アニメーションから)

 

★ブニュエルのドキュメンタリーが正確な意味ではフィクション部分を含んでいることは、生前のインタビューや自伝で周知のことだが、彼が「この作品は現実をもとに撮られている」と述べているのも確かなことでしょう。ブニュエルがスタッフの反対を押し切って、劇的な効果のために多くのシーンをやってもらった。例えば、山羊が足を滑らせて崖から転落するという話から、そういうシーンを撮りたいと思ったが、短い撮影期間を考えると事故を待つわけにいかなかった。それでピストルで発砲して山羊を転落させたという。発砲の煙が画面に残ってしまったが、村人の憤激を怖れて撮り直しはできなかったと語っている。しかし山羊が崖から転落するのは事実である。

 

    

    (谷底に落下する山羊、ドキュメンタリー「Las Hurdes. Tierra sin pan」から)

 

★雄鶏の首をひきさくという地元の伝統を再現させるためにラモンに農民を雇わせたり、また村人の苦しみの象徴として、大切な家畜ロバがハチに刺されて死ぬようなシーンも手配させたという。しかし村人の貧しさは撮影隊をゾッとさせ、孤児たちは彼らの潤沢な食べ物を求めて群がってきたという。ブニュエルは路上で死んでいる少女を目にしたときには無力感に襲われたという。

 

    

                           (雄鶏の頭を切り裂く農民)

      


(ドキュメンタリーから)

  

モーリス・ルジャンドルというのは、1878年パリ生れのフランス人だがスペイン文化研究家で、1955年マドリード没。当時マドリードのフランス研究所の所長だった。ラス・ウルデス地方の動植物学、気候学、社会学などの総合研究をしており、20年間、夏になるとこの地方を訪れていた。ブニュエルはその論文を読んでおり、19329月には現地に赴いていた。このドキュメンタリーの原作としてクレジットされている。ブニュエルの協力者として、もう一人サンチェス・ベントゥーラが同行したが、アニメーションには登場しない。原作者のフェルミン・ソリスが入れなかったからで、後に原作者はそのことを後悔することになる。

 

     

            (フェルミン・ソリスとコミックの表紙)

 

★ブニュエルの『ラス・ウルデス』が正確な意味ではドキュメンタリーでなかったことは前述したが、シモー監督によれば、私たちのアニメも現実には正確ではありません。ブニュエルはアニメ版のようではなかったかもしれない。これは「フィクションとして撮った」と語っている。アニメーションもソリスの原作に敬意を払っているが、多くの変更が加えられた。コミックと映画が別物であることは、どの作品にも言えることです。ソリスは脚色家のエリヒオ・R・モンテロに、2つのシーンだけは削らないで欲しいと頼んだ。一つはブニュエルは子供時代に悪夢に苦しめられていた。母親の顔をした聖母マリアで登場させること、もう一つはブニュエルが修道女に変装するシーンを削除しないことだった。シモーは「ブニュエルはラス・ウルデスに変化をもたらそうとしたが、反対にラス・ウルデスが彼を変えてしまった」と説明している。親の遺産を食いつぶしていた監督にとって、この地方の貧困は想像に絶するものだったに相違ない。

     

     

               (修道女に変装したブニュエル)

 

  

         (脚色を監督と手掛けたセリヒオ・R・モンテロ)

 

★アヌーシーFFやマラガ映画祭でオリジナル作曲賞を受賞したアルトゥーロ・カルデルスは、1981年マドリード生れのピアニスト、作曲家。サラマンカの高等音楽院、ロンドンの王立音楽院、ブタペストのフランツ・リスト・アカデミー、ボストンのバークリー音楽大学などで学んでいる。ゴヤ賞2020でもオリジナル作曲賞にノミネートされていたが、『ペイン・アンド・グローリー』のアルベルト・イグレシアスが受賞した。

 

   

             (アルトゥーロ・カルデルス)

 

★最後のご紹介となったサルバドール・シモー(シモ・ブソン)は、1975年バルセロナ生れ、監督、アニメーター、視覚効果やライターなどカバー範囲は広い。監督デビューは2000年の短編「Aquarium」、TVシリーズ、長編アニメーションの監督は本作が初めて、受賞歴は上記の通り。米国でも活躍、『ウルフマン』(10)や『パイレーツ・オブ・カリビアン最後の海賊』(17)などでビジュアル効果を担当している。

  

   

        (ヨーロッパ映画アニメーション賞2019を受賞したシモー監督、127日ガラ)


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