ブニュエルを主人公にしたアニメーション*ゴヤ賞2020 ⑱ ― 2020年02月05日 18:39
サルバドール・シモーの「Buñuel en el laberinto de las tortugas」が受賞
★ゴヤ賞2020アニメーション部門は、サルバドール・シモーの「Buñuel en el laberinto de las tortugas」(18)が受賞した。他に新人監督賞、脚色賞、オリジナル作曲賞がノミネートされていたが叶わなかった。受賞はほぼ確実だったのに作品紹介が後回しになっていた。マラガ映画祭2019のASECAN賞、アヌーシー・アニメーション映画祭審査員賞受賞作品。本作はエストレマドゥーラ州カセレス出身のイラストレーター、フェルミン・ソリス(カセレス1972)のモノクロ同名コミックの映画化です(カラー版として約10年後に再版された)。原作は2008年ビルバオのAstiberri社からエストレマドゥーラだけで発売され、翌年一般公刊された。コミック国民賞2008の最終候補に残った。いわゆる国民賞の選考母体は文化省で、副賞の賞金は少ないが権威のある賞です。コミック部門が設けられたのは2007年、その2回めの最終候補に残りましたが、パコ・ロカの「Arrugas」に敗れた(2011年に映画化され、本邦でも『しわ』の邦題で劇場公開された)。
*パコ・ロカと『しわ』の紹介は、コチラ⇒2018年04月15日
(本作をバックにしたサルバドール・シモー)
★映画化するに対してシモー監督は、もう一人の協力者にイラストレーターのホセ・ルイス・アグレダ(セビーリャ1971)をアート・ディレクターとして迎えた。物語は1930年代当時のスペインで最も貧しかったというエストレマドゥーラのラス・ウルデスのドキュメンタリー『ラス・ウルデス(糧なき土地)』(1933「Las Hurdes. Tierra sin pan」27分)をルイス・ブニュエルが如何にして製作したか、そのプロセスが語られるアニメーションです。
(ホセ・ルイス・アグレダによるブニュエルの下絵)
★登場人物はブニュエル自身、彼の親友で製作者のラモン・アシン、『ヴォーグ』誌の特派員でシュールレアリスト詩人のピエール・ユニク、カメラマンのルーマニア出身のエリー・ロタールの4人が主演者、ところどころに挿入される『ラス・ウルデス(糧なき土地)』の実写で構成されています。タイトルの直訳「カメの迷宮の中のブニュエル」は、ラモン・アシンが「撮影隊が村を探索した際、道は迷路のように曲がりくねり、屋根がカメの甲羅に似た箱型の家屋がびっしりひしめきあっていた」と指摘したことから付けられたようです。
(ラス・ウルデスの村を探索するクルー、カメの甲羅のような屋根)
(迷路のように曲がりくねった道、ドキュメンタリーから)
「Buñuel en el laberinto de las tortugas」「Buñuel in the Labyrinth of the Turtles」
製作:Sygnatia Films / Glow Animation(バダホス)/ Hampa Animation Studio(バレンシア)/
Submarine(オランダ)
協賛RTVE / Moviastar+ / Telemadrid / エストレマドゥーラTV / アラゴンTV / ICCA
監督:サルバドール・シモー
脚本:エリヒオ・R・モンテロ、サルバドール・シモー、(原作)フェルミン・ソリス
音楽:アルトゥーロ・カルデルス
編集:ホセ・マヌエル・ヒメネス
アート監督:ホセ・ルイス・アグレダ
プロダクションマネージメント:フリアン・サンチェス
製作者:マヌエル・クリストバル、ホセ・マリア・フェルナンデス・デ・ベガ、アレックス・セルバンテス、ブルノ・フェリックス、Femke Wolting
データ:製作国スペイン=オランダ=ドイツ、スペイン語・フランス語、2018年、77分、アニメーション(+実写)、伝記ドラマ、スペイン公開2019年4月26日、オランダ同4月18日、フランス同6月19日、米国同8月16日、他
映画祭・受賞歴:アニメーションFF2018年10月プレミア(ロスアンジェルス)、マイアミ映画祭2019、グアダラハラFF、マラガFF(ASECAN賞、音楽賞アルトゥーロ・カルデルス)、アヌーシー・アニメーションFF(審査員賞・オリジナル作曲賞アルトゥーロ・カルデルス)、ヨーロッパ映画賞2019アニメーション賞受賞、ペリフェリアスFF2019観客賞、シネマ・ライターズ・サークル賞2020新人監督賞・脚色賞(エリヒオ・R・モンテロ&サルバドール・シモー)、ゴヤ賞アニメーション賞受賞、他多数
キャスト(ボイス):ホルヘ・ウソン(ルイス・ブニュエル)、フェルナンド・ラモス(ラモン・アシン)、ルイス・エンリケ・デ・トマス(ピエール・ユニク)、シリル・コラールCyril Corral(エリー・ロタール)、ハビエル・バラス(少年時代ルイス)、ガブリエル・ラトーレ(ルイスの父)、ペパ・グラシア(ルイスの母)、フェルミン・ヌニェス(マエストロ/馬方)、ラケル・ラスカル(ノアイユ子爵夫人)、サルバドール・シモー(サルバドール・ダリ)、マリア・ぺレス(コンチータ)、エステバン・G・バリェステロス(村長/鶏肉売り)、ピエダ・ガリャルド(宝くじ売り)、ほか多数
ストーリー:ブニュエルは長編デビュー作『黄金時代』の上映中に起きた事件のせいで、フランスでの新しい作品を撮れなくなっていた。モーリス・ルジャンドルというスペインのラス・ウルデス地方の民族史研究をしている人類学者から、この地域の社会的な現実についてのドキュメンタリーを撮る気はないかという打診を受ける。最初は資金的な問題から不可能に思われたが、結果的に撮れることになった。それはブニュエルの親友の一人ラモン・アシンが、もしクリスマス宝くじに当たったら、賞金の一部を提供すると約束していたからだ。1932年12月22日、クリスマス宝くじが当選、ラッキーナンバーは「29757」だった。アシンは約束を守り、撮影隊はラ・アルベルカの町でクルーを起ち上げた。監督のブニュエル、製作者のラモン・アシン、撮影のエリー・ロタール、脚本を共同で手掛けるピエール・ユニクたちは、修道院を宿舎にして、この不毛の土地の探索に着手する。 (文責:管理人)
純粋なドキュメンタリーではなかった『ラス・ウルデス(糧なき土地)』
★ドキュメンタリーを可能にしてくれたラモン・アシンは、1888年アラゴン州のウエスカ生れ、アナーキストで画家だった。監督と同じアラゴン人だったが、イデオロギーの異なるアナーキストとコミュニストのブニュエルが親友同士というのもおかしなことだが、自分は共産主義の「シンパ」だったに過ぎないと語っている。ある日サラゴサのカフェで「ルイス、もし宝くじが当たったら、映画のお金を出してあげるよ」と言ってくれた。10万ペセタ当たり、2万ペセタくれた。約束を守ってくれたわけです。利益が出たらお礼をするわけだったが上映禁止で収益はゼロ、それでもアシンは文句を言わなかった。クリスマス宝くじは、日本でいうと年末ジャンボ宝くじにあたる。
★1936年スペイン内戦が勃発すると、アシンはフランコ軍に抵抗したことで身に危険が迫り、自宅に隠れていた。しかしフランコ軍が家探しにきて、応対に出た妻を暴行した。その悲鳴を聞いて出てきたところを即逮捕、8月6日にウエスカで銃殺された。妻コンチータ・モンラスもアナーキストで、犯罪者を匿った廉で17日後に殺害された。多分、クレジットにあるコンチータではないかと思う。ドキュメンタリーは1936年まで上映禁止だったが、1960年までアシンの名前はクレジットから削除されていた。
(ラモンとルイス、アニメーションから)
★ブニュエルのドキュメンタリーが正確な意味ではフィクション部分を含んでいることは、生前のインタビューや自伝で周知のことだが、彼が「この作品は現実をもとに撮られている」と述べているのも確かなことでしょう。ブニュエルがスタッフの反対を押し切って、劇的な効果のために多くのシーンをやってもらった。例えば、山羊が足を滑らせて崖から転落するという話から、そういうシーンを撮りたいと思ったが、短い撮影期間を考えると事故を待つわけにいかなかった。それでピストルで発砲して山羊を転落させたという。発砲の煙が画面に残ってしまったが、村人の憤激を怖れて撮り直しはできなかったと語っている。しかし山羊が崖から転落するのは事実である。
(谷底に落下する山羊、ドキュメンタリー「Las Hurdes. Tierra sin pan」から)
★雄鶏の首をひきさくという地元の伝統を再現させるためにラモンに農民を雇わせたり、また村人の苦しみの象徴として、大切な家畜ロバがハチに刺されて死ぬようなシーンも手配させたという。しかし村人の貧しさは撮影隊をゾッとさせ、孤児たちは彼らの潤沢な食べ物を求めて群がってきたという。ブニュエルは路上で死んでいる少女を目にしたときには無力感に襲われたという。
(雄鶏の頭を切り裂く農民)
★モーリス・ルジャンドルというのは、1878年パリ生れのフランス人だがスペイン文化研究家で、1955年マドリード没。当時マドリードのフランス研究所の所長だった。ラス・ウルデス地方の動植物学、気候学、社会学などの総合研究をしており、20年間、夏になるとこの地方を訪れていた。ブニュエルはその論文を読んでおり、1932年9月には現地に赴いていた。このドキュメンタリーの原作としてクレジットされている。ブニュエルの協力者として、もう一人サンチェス・ベントゥーラが同行したが、アニメーションには登場しない。原作者のフェルミン・ソリスが入れなかったからで、後に原作者はそのことを後悔することになる。
(フェルミン・ソリスとコミックの表紙)
★ブニュエルの『ラス・ウルデス』が正確な意味ではドキュメンタリーでなかったことは前述したが、シモー監督によれば、私たちのアニメも現実には正確ではありません。ブニュエルはアニメ版のようではなかったかもしれない。これは「フィクションとして撮った」と語っている。アニメーションもソリスの原作に敬意を払っているが、多くの変更が加えられた。コミックと映画が別物であることは、どの作品にも言えることです。ソリスは脚色家のエリヒオ・R・モンテロに、2つのシーンだけは削らないで欲しいと頼んだ。一つはブニュエルは子供時代に悪夢に苦しめられていた。母親の顔をした聖母マリアで登場させること、もう一つはブニュエルが修道女に変装するシーンを削除しないことだった。シモーは「ブニュエルはラス・ウルデスに変化をもたらそうとしたが、反対にラス・ウルデスが彼を変えてしまった」と説明している。親の遺産を食いつぶしていた監督にとって、この地方の貧困は想像に絶するものだったに相違ない。
(修道女に変装したブニュエル)
(脚色を監督と手掛けたセリヒオ・R・モンテロ)
★アヌーシーFFやマラガ映画祭でオリジナル作曲賞を受賞したアルトゥーロ・カルデルスは、1981年マドリード生れのピアニスト、作曲家。サラマンカの高等音楽院、ロンドンの王立音楽院、ブタペストのフランツ・リスト・アカデミー、ボストンのバークリー音楽大学などで学んでいる。ゴヤ賞2020でもオリジナル作曲賞にノミネートされていたが、『ペイン・アンド・グローリー』のアルベルト・イグレシアスが受賞した。
(アルトゥーロ・カルデルス)
★最後のご紹介となったサルバドール・シモー(シモ・ブソン)は、1975年バルセロナ生れ、監督、アニメーター、視覚効果やライターなどカバー範囲は広い。監督デビューは2000年の短編「Aquarium」、TVシリーズ、長編アニメーションの監督は本作が初めて、受賞歴は上記の通り。米国でも活躍、『ウルフマン』(10)や『パイレーツ・オブ・カリビアン最後の海賊』(17)などでビジュアル効果を担当している。
(ヨーロッパ映画アニメーション賞2019を受賞したシモー監督、12月7日ガラ)
ホセ・ルイス・クエルダ監督逝く*『にぎやかな森』&『蝶の舌』 ― 2020年02月11日 15:11
シュールなコメディの旗手、ホセ・ルイス・クエルダ
★シュールレアリスムを突き抜けたシュールレアリスムの映画の旗手、不条理コメディのプロモーター、ホセ・ルイス・クエルダが旅立ちました。寡作な映画作家でしたが、ファンを大いに楽しませてくれた監督でした。シネアストは塞栓症治療のため入院していたマドリードのプリンセサ病院で2月4日に亡くなったことが、二人の娘イレネとエレナによって公にされました、享年72歳、こんなに急いでいくことはなかったにと残念でたまりません。
★1947年2月18日アルバセテ生れ、監督、脚本家、製作者。本邦では『にぎやかな森』(第2回ゴヤ賞1988作品・脚本賞、ただし彼は監督のみ)と『蝶の舌』(同2000脚色賞)が公開されています。フェロス賞2019栄誉賞、マラガ映画祭2019「金の映画賞」(1989「Amanece, que no es poco」)を受賞した折りに、キャリア&フィルモグラフィー紹介をしたばかりですが、ゴヤではとうとう監督賞はノミネーションだけで受賞しないまま逝ってしまいました。
*フェロス賞2019栄誉賞の記事は、コチラ⇒2019年01月23日
★「Amanece, que no es poco」は、彼の不条理コメディの代表作、公開当時はパッとしなかった。何しろ出演者が自分のセリフの意味が何だか分からず戸惑っていたから、ましてや観客が簡単に理解できるはずなどなかったわけです。しかし後にビデオ、DVDを繰り返し見た若者が気に入り、フェイスブックを通じて拡散、ファンクラブができるほどでした。まあ、スペイン人の一押しは内戦物の『蝶の舌』ではなく本作、意味など分からなくても可笑しければ笑えばいいのだ、というわけです。本作については「金の映画賞」でご紹介しています。主人公はいると言えばいるが、いないと言えばいないアンサンブル劇ですが、その一人、アントニオ・レシネスは訃報に接して「当時本作を批判した者がいたとしても、今日では悪口言う人は誰もおりません。クエルダはチャンピオンリーグの映画人、脚本家としての巨人、どうか忘れないで」と語りました。
*マラガ映画祭2019「金の映画賞」の記事は、コチラ⇒2019年04月03日
(親子を演じたアントニオ・レシネスとルイス・シヘス、「Amanece, que no es poco」)
(金の映画賞のトロフィーを手にした、今は亡きホセ・ルイス・クエルダ)
★『にぎやかな森』は、ウェンセスラオ・フェルナンデス・フロレスの小説の映画化なので、現在なら脚色賞に当たるのですが、当時はまだ始まったばかりで区別されておりませんでした。カテゴリーも15部門、現在の28部門になったのは2003年からでした。『蝶の舌』の原作はマヌエル・リバスの小説、このときは既にオリジナル脚本と脚色に分かれており、共同執筆者のラファエル・アスコナと原作者と3人で脚色賞を受賞しました。このゴヤ賞2000は粒ぞろい、アルモドバルの『オール・アバウト・マイ・マザー』(作品・監督賞)やベニト・サンブラノの『ローサのぬくもり』(脚本賞)など、マイナーだったスペイン映画が公開されるようになった年でもありました。
★クエルダはほとんど無名だったアメナバルの才能に着目したプロデューサーとしても知られています。『テシス 次に私が殺される』(96)と『アザーズ』(01)で作品賞を受賞している。自作を自ら設立した制作会社で撮る監督は昨今では珍しくありませんが、クエルダはそういうタイプではなかったようです。
★クエルダの作品はざっくり分けると、不条理コメディと内戦物になります。後者の一つ、2008年の「Los girasoles ciegos」では、共同執筆者ラファエル・アスコナとゴヤ賞2009脚色賞を受賞しました。トポという内戦の敗者がフランコ軍の追跡を逃れて自宅に隠れる話、トポ役にハビエル・カマラ、その妻にマリベル・ベルドゥ、妻を秘かに愛する青年司祭にラウル・アレバロなどを配している。作品・監督賞はノミネートに終わったが、米アカデミー賞外国語映画賞のスペイン代表作品に選ばれている。
★不条理コメディの一つ、1983年のTVムービー「Total」、スペイン人の少し好ましくない特徴に根差した作品、2598年という26世紀末の小さな村ロンドンが舞台だが、どう見てもロンドンには見えない。ガリシア風なのですが、クエルダは上記したようにアルバセテ生れですが、ガリシアに手ごろな家を見つけて、そこにブドウ園をもっている。語り部は羊飼いで、世界の終末が語られる。後の「Amanece, que no es poco」の源流なのかもしれません。1982年、フェリックス・トゥセル・ゴメスがプロデュースしたデビュー作「Pares y nones」に始り、その息子フェリックス・トゥセル・サンチェスが35年後に手掛けた、9177年のスペインを描いたSFコメディ「Tiempo después」(18)を完成させて逝ってしまいました。盟友アスコナと「最近のスペインは悪くなるばかりだな、心配だよ」と雑談してることでしょう。観る人によってベストだったりワーストだったり、映画の評価も十人十色ですけど。
(アントニオ・レシネスとシルビア・ムント)
(中央がクエルダ監督、「Tiempo después」撮影中のクルー)
アルモドバルの新作は英語映画*『掃除婦のための手引き書』 ― 2020年02月17日 09:04
アルモドバル新作は初の英語映画に挑戦!
★米アカデミー授賞式は「パラサイト」旋風で無事終了、「字幕入り映画が快挙」と報じられて早や1週間が経ちました。裏舞台での韓国企業のしたたかな戦略が大いに功を奏したということですが、ネットでの動画配信で字幕映画に抵抗を感じなくなった層が増えたことも幸いした。しかしTV視聴率は過去最低と若者のテレビ離れも鮮明になり、大金を投じた広告主も方向転換の時期に来ているように感じました。スマホで結果はわかるからテレビにかじりつく必要はないということです。あるいはもうアカデミー賞の授賞式など興味がないのかもしれません。
★ペドロ・アルモドバルの『ペイン・アンド・グローリー』もアントニオ・バンデラスの主演男優賞も、下馬評通りになりました。しかし、ノミネートされることが大変なこと、カンヌの比ではないのです。受賞すると次回作は英語映画を撮りたくなるのがオスカーなのです。ハリウッドでインタビューを受けたアルモドバル監督によると、現在2つのプロジェクトが進行中、一つは短編、もう一つ長編、どちらも言語は英語になると語っていました。まず短編はジャン・コクトーが1930年に発表した戯曲「La Voix humaine」(西題「La voz humana」)をベースにした独り舞台、イギリスの個性派女優ティルダ・スウィントンの主演で4月にはクランクイン、15分の予定。2014年にエドアルド・ポンティ監督が母ソフィア・ローレンを主演にして短編を撮っています。原作は『神経衰弱ぎりぎりの女たち』の脚本を書く際にインスピレーションを受けた戯曲ということですから、長年温めていた短編のようです。
(ティルダ・スウィントンとアルモドバル、リンカン・センター・フィルム・ソサエティで)
★ティルダ・スウィントンについては、「ティルダは私が思い描いたような、寛大で聡明なひと」と理想通りのキャスティングに満足のようでした。『オール・アバウト・マイ・マザー』がオスカーを受賞した折りに「今後とも映画はスペイン語で撮りたい」と20年前に語っていた監督でしたが、いよいよ英語映画を撮ることにしたようです。もっとも最初の英語映画の構想は、アリス・マンローの短編集「Runaway」(邦訳『ジュリエット』)から3編を選んで、メリル・ストリープ主演で撮るつもりだった。しかし紆余曲折の果てに断念、結局スペイン語映画『ジュリエッタ』として完成させた経緯があるから、短編はともかく、長編はどうなるか。しかし一応監督自身がアナウンスしたので以下にアップしておきます。
長編はルシア・ベルリンの作品集『掃除婦のための手引書』を映画化
★文学愛好家にとって、今やルシア・ベルリン(アラスカ1936~ロス2004)は話題の短編作家、ハリウッド・スター並みの美人だ。昨年夏に刊行された作品集『掃除婦のための手引書』は、本邦も含めて30数ヵ国で多くのファンの心を掴んでいる。20代から書きはじめ、生涯に77編の短編を書いたが、長編作家でないと重要視されない米国では殆ど一部の人にしか知られていなかった。日本でも認知度のある短編作家レイモンド・カーヴァーも、村上春樹が翻訳したから有名になったわけで、日本で作品集が刊行されると聞いた米国人は大いに驚いたという。カーヴァーもベルリンの影響を受けた作家の一人ということです。
(『掃除婦のための手引書』の表紙)
★ところが死後11年経った2015年、編者スティーブン・エマソンが選んだ43編とルシア・ベルリンの才能を羨んだというリディア・デイヴィスの序文「物語こそがすべて」が添えられて刊行されるや事情は一変した。スペインでも同年のうちにアルファグアラ社から翻訳書が出て、現在16版と増刷が続いている。タイトルは43編の一つから取られており、うち日本語訳はそのなかから24編が訳されている。ルシアは鉱山技師だった父親の仕事の関係で、アイダホ、ケンタッキー、モンタナ、アリゾナ、父親が第2次世界大戦で出征したため、母親はルシアと妹を連れて実家のあるテキサスに戻って終戦までを過ごしている。父親が戻ってからは家族でチリのサンティアゴに移住、ニューメキシコ大学入学までチリで過ごしている。従ってスペイン語も堪能である。大学では小説家のラモン・J・センデル(1902~82)の教え子でした。
★大学在学中にメキシコ人と恋に落ち結婚、2人の息子が生まれるも離婚、1958年ピアニストのレース・ニュートンと再婚するも離婚(この期間はルシア・ニュートンで執筆)、1962年懲りずに三回目の結婚、夫バディ・ベルリンもミュージシャン、彼との間にも2人の息子が生まれたがヘロイン中毒だったことで1968年離婚、ベルリン姓はこの3番目の夫のものである。はたから見ると馬鹿なのか利口なのか分からないが、恋とは実に恐ろしいものです。その後1971年からは、実母と同じアルコール依存症に苦しみながらもシングルマザーとして、掃除婦、教師、看護士などをしながら4人の子供を育てたという。
(夫ベルリンが撮影した妻と三男デヴィッド、ニューメキシコ州のアルバカーキ、1963年)
(ルシアの息子たちと)
★アップダウンの激しい人生は彼女の作品を読んでいただくのが一番手っ取り早い。自分が体験したことを軸に執筆しているからです。孤独とユーモアがぎっしり詰まっているが、息子の一人は「わたしの母は実際にあったことを書いていましたが、それはわずかで必ずしも伝記とは言えない」と書いている。言い伝えは語ったり書いたりする度に変容し続けるもので、ルシアは「物語は語ることがすべて」なのだと子供たちに話していたという。つまり「物語(ストーリー)こそがすべて」ということです。
(カリフォルニア州のオークランド、1975年)
★まだIMDbには製作エル・デセオ、仏西合作、言語は英語と西語、公開2021年しかアップされておりません。キャスティングもこれから、紹介はそれからで間に合います。一方、短編は秋の映画祭の季節には完成させるようなので、楽しみです。
3人の失業仲間が奮闘する笑えないコメディ 「El plan」」 ― 2020年02月22日 09:32
同名戯曲の映画化、お先真っ暗なパコ、ラモン、アンドラデの人生設計
★ポロ・メナルゲスの「El plan」は、アントニオ・デ・ラ・トーレ、チェマ・デル・バルコ、ラウル・アレバロのベテラン3人が登場する。働いていた警備会社が閉鎖、お決まりの失業者の仲間入り、日がな一日、今後を議論しているが光は射してこない。イグナシ・ビダルの戯曲をベースにして映画化された。昨年のバジャドリード映画祭2019 SEMINCIに正式出品(10月22日)、続くセビーリャ・ヨーロッパ映画祭でも上映された(11月12日)。主演3人は人気の高い中堅演技派を揃えていますが、監督のポロ・メナルゲスは当ブログ初登場です。
(ポロ・メナルゲス監督、第64回バジャドリード映画祭SEMINCIにて)
(左から、ラウル・アレバロ、監督、アントニオ・デ・ラ・トーレ、チェマ・デル・バルコ)
★ポロ・メナルゲス Carlos Polo Menárguezは、監督、脚本家、製作者、編集者ほか撮影も手掛けるマルチ人間、マドリードのカルロス3世大学で情報メディア、視聴覚コミュニケーションを専攻(2006~10)、スペイン国営テレビRTVEオフィシャル研究所で養成を受けた(2010~11)。2009年短編「La culona」(16分)を撮る。母親を殺された事件を機に故郷を離れていた若い娼婦ルシアが、数年後リベンジのため帰郷する。独り暮らしの伯母カルメンを手助けする必要もあったのだが、伯母の助言は役に立つだろう。カルメン役にベテランのマリア・アルフォンソ・ロッソが扮した。長編映画としては「Dos amigos」(13、96分)があり、これはフィクションとドキュメンタリーをミックスしたような作品。トゥールーズ映画祭2013初監督部門とセビーリャ・ヨーロッパ映画祭に正式出品された。音楽を担当したルイス・エルナイスがテネリフェ映画音楽フェスでオリジナル・スコア賞を受賞した。本作「El plan」を長編デビュー作と紹介する記事もあるが第2作目になります。
(長編デビュー作「Dos amigos」のポスター)
★セルビアを舞台にしたドキュメンタリー「Invierno en Europa」(70分)は、バジャドリード映画祭2017に正式出品され、翌年のゴヤ賞の作品・監督・脚本・編集など8部門に候補として選ばれていたが、最終ノミネーションには残れなかった。新作「El plan」もSEMINCIの愛称でより親しまれているバジャドリード映画祭でプレミアされている。
(ドキュメンタリー「Invierno en Europa」のポスター)
「El plan」2019
製作:Capitán Araña / Elamedia Estudios
監督:ポロ・メナルゲス
脚本:ポロ・メナルゲス、原作イグナシ・ビダル
音楽:パブロ・マルティン・カミネロ
撮影:アレハンドロ・エスオアデロ
編集:バネッサ・Marimbert
プロダクション・マネージメント:ビルヘニア・エルナンド
衣装デザイン:イラチェ・サンス
メイク&ヘアー:クルス・プエンテ
製作者:ナチョ・ラ・カサ、ララ・テヘラ(エグゼクティブ)
データ:製作国スペイン、スペイン語、2019年、コメディ・ドラマ、79分、スペイン公開2020年2月21日
映画祭・受賞歴:バジャドリード映画祭2019 SEMINCI、セビーリャ・ヨーロッパ映画祭2019に正式出品される。
キャスト:アントニオ・デ・ラ・トーレ(パコ)、チェマ・デル・バルコ(ラモン)、ラウル・アレバロ(アンドラーデ)
ストーリー:パコ、ラモン、アンドラーデの3人は、働いていた警備会社が閉鎖して失業、負け犬の不運を日がな一日かこつことになる。しかしある日のこと、朝の9時に3人は、新しい<プラン>を実行することに決心する。プランはすべてを一新するはずだったが、何やかや不慮の出来事が起きて、家から出発できず、またもや堂々巡りの議論が始まって・・・それぞれの個人的な生活やマドリード郊外の下町の隣人たちによるフラストレーションから、3人の友情と憎しみが炸裂するだろう。
★監督によると「トーンはコメディと辛口ドラマの中間、ホームドラマというのは諍いは日常的で、どんな時でも一触即発の危機にある」ということです。進行につれて悪くなる予感がしてくるが「それは見方によるだけ」で、作品はいかなる解釈も正当化もきっぱりと拒絶している。
★舞台劇の映画化では登場人物の選考は難しい。アントニオ・デ・ラ・トーレとラウル・アレバロは、ラテンビート2009で上映された、ダニエル・サンチェス・アレバロの『漆黒のような深い青』、『デブたち』、『マルティナの住む街』、短期間だが公開されたアルベルト・ロドリゲスの『マーシュランド』、そしてアレバロ初監督の『物静かな男の復讐』の主役はデ・ラ・トーレでした。二人ともゴヤ賞ノミネートの常連、紹介俳優ベストテンにはいる。ラモン役のチェマ・デル・バルコは、ダニエル・モンソンの『エル・ニーニョ』(14)の工場長役や Netfix 配信のTVシリーズ『ペーパーハウス』などに出演している。
*アントニオ・デ・ラ・トーレのフィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2018年08月27日
*ラウル・アレバロのフィルモグラフィー紹介は、コチラ⇒2017年01月09日
(日がな一日、議論ばかりしている敗残兵、アンドラーデ、パコ、ラモン)
ナタリア・メタの第2作「The Intruder」*ベルリン映画祭2020 ― 2020年02月27日 08:48
ベルリン映画祭2020開幕、アルゼンチンからサイコ・スリラー
★2月9日から始まっていたベネチアのカーニバルが途中で中止になりましたが、2月20日、ベルリン映画祭2020は開幕しました(~3月1日)。ドイツも新型コロナウイルスが無縁というわけではありませんが予定通り開幕しました。ドイツは19日、フランクフルト近郊のハーナウで起きた連続銃乱射事件で8名の犠牲者がでたりと、何やら雲行きがあやしい幕開けでした。天候もあいにくの雨続きのようですが既に折り返し点にきました。
(左から、セシリア・ロス、ナタリア・メタ、エリカ・リバス)
(出演者とメタ監督、ベルリン映画祭2020、フォトコールにて)
★コンペティション部門18作のうち、スペイン語映画はアルゼンチン=メキシコ合作の「El prófugo」(映画祭タイトルは英題「The Intruder」)1作のみです。監督は『ブエノスアイレスの殺人』(ラテンビート2014)のナタリア・メタの第2作目です。ある外傷性の出来事によって現実に起きたことと想像上で起きたことの境界が混乱している女性の物語、悪夢や現実の概念の喪失がテーマのようですが、審査委員長ジェレミー・アイアンズ以下審査員の心を掴むことができるでしょうか、ちょっと難しそうですね。
*『ブエノスアイレスの殺人』の作品&監督紹介は、コチラ⇒2014年09月29日/11月01日
(ナタリア・メタ、プレス会見にて)
「El prófugo」(英題「The Intruder」)2020
製作:Rei Cine / Barraca Producciones / Infinity Hill / Picnic Produccionas / Piano / Telefe
監督・脚本:ナタリア・メタ
原作:C. E.フィーリング「El mal menor」(1996年刊)
撮影:バルバラ・アルバレス
音楽:Luciano Azzigotti
編集:エリアネ・カッツKatz
視覚効果:ハビエル・ブラボ
製作者:ベンハミン・ドメネチ、サンティアゴ・ガジェリGallelli、マティアス・ロベダ、他
データ:製作国アルゼンチン=メキシコ、スペイン語、2020年、サイコ・スリラー、90分、撮影地ブエノスアイレス、メキシコのプラヤ・デル・カルメン、他。ベルリン映画祭2020コンペティション部門でワールド・プレミア。
キャスト:エリカ・リバス(イネス)、セシリア・ロス(母マルタ)、ナウエル・ぺレーズ・ビスカヤート(アルベルト)、ダニエル・エンドレル(レオポルド)、アグスティン・リッタノ(ネルソン)、ギジェルモ・アレンゴ(マエストロ)、他
ストーリー:女優のイネスは歌手として合唱団で歌っている。パートナーのレオポルドと一緒に出掛けたメキシコ旅行で受けたひどい外傷性の出来事により、現実に起きたことと想像上のことの境界が混乱するようになり、悪夢と日常的に襲ってくる反復的な音に苦しんでいる。イネスはコンサートのリハーサルで若いアルベルトと知り合うまで母親マルタと暮らしていた。彼とは問題なく過ごしているようにみえたが、ある危険な予感から逃れられなかった。夢からやってくるある存在が、彼女の中に永遠に止まりたがっていた。 (文責:管理人)
豪華なキャスト陣を上手く泳がすことができたでしょうか
★主役イネスにエリカ・リバス(ブエノスアイレス1974)は、ダミアン・ジフロンの『人生スイッチ』(14)で、結婚式当日に花婿の浮気を知って逆上する花嫁を演じた。若い女性役が多いが実際は既に40代の半ば、銀のコンドル賞(助演『人生スイッチ』、女優賞「La luz inncidente」)、スール賞、クラリン賞、マルティン・フィエロ賞、イベロアメリカ・プラチナ賞などを受賞、映画以外にもTVシリーズ出演は勿論のこと、舞台でも活躍しているベテランです。フォード・コッポラのモノクロ映画『テトロ』(09)、サンティアゴ・ミトレの『サミット』(17)では、リカルド・ダリン扮するアルゼンチン大統領の私設秘書を演じた。2作ともラテンビート映画祭で上映されている。
(母親役のセシリア・ロスとエリカ・リバス、映画から)
★イネスの恋人レオポルドには監督デビューも果たしたダニエル・エンドレル(モンテビデオ1976)が扮した。ウルグアイとアルゼンチンで活躍、『夢のフロリアノポリス』のアナ・カッツ監督と結婚している。アドリアン・カエタノの『キリング・ファミリー 殺し合う一家』(17)他で何回かキャリア紹介をしている。彼も銀のコンドル賞、スール賞以下、アルゼンチンのもらえる賞は全て手にしている。
*キャリア&フィルモグラフィーの紹介は、コチラ⇒2017年02月20日/04月09日
(レオポルド役のダニエル・エンドレル、映画から)
★イネスの新しい恋人アルベルト役のナウエル・ぺレーズ・ビスカヤート(ブエノスアイレス州1986)は、アルゼンチンとフランスで活躍している(スペイン語表記ナウエル・ペレス・ビスカヤルト)。ロバン・カンピヨの『BPMビート・パー・ミニット』(17)がブレイクしたので、フランスの俳優と思っている人が多いかもしれない。彼自身もセザール賞やルミエール賞の男優賞を受賞したことだし、公開されたアルベール・デュポンテルの『天国でまた会おう』(17)もフランス映画だった。最初は俳優になるつもりではなかったそうですが、2003年アドリアン・カエタノのTVミニシリーズ「Disputas」に17歳でデビュー、2005年にはエドゥアルド・ラスポの「Tatuado」で銀のコンドル新人賞を受賞している。アルゼンチンではTVシリーズ出演がもっぱらだが、トロント映画祭2014年で上映されたルイス・オルテガの「Lulú / Lu-Lu」に主役ルカスを演じた。2016年に公開されるとヒット作となり、彼も銀のコンドル賞にノミネートされた。家庭の愛をうけることなく成長した車椅子のルドミラLudmiraとルカスLucasの物語、タイトルは二人の名前から取られた。
(アルベルト役のナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)
(アルベルトとイネス、映画から)
★ラテンアメリカ映画、特にラプラタ地域では悪夢や分身をテーマにすることは珍しくない。さらに特徴的なのが <移動> した先で事件が起きること。本作でも主人公はアルゼンチンからメキシコに旅行している。資金調達のために合作が当たり前になっているラテンアメリカでは都合がいい。原作はブエノスアイレス市内で起きた事件なのに、舞台をスペイン北部に移してしまう作品だって過去にはあった。賞に絡むことはないかもしれないが、『ブエノスアイレスの殺人』の監督、ナタリア・メタの第2作ということでご紹介しました。
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