ネリー・レゲラの『マリアとその家族』 *スペイン映画祭2019 ④ ― 2019年07月10日 15:56
バルバラ・レニーがシリアス・コメディに挑戦
★監督名より出演者のほうが認知度のある作品紹介が最近多くなってきました。今回のネリー・レゲラの『マリアとその家族』も、主役のバルバラ・レニーのほうが日本では有名、何しろ『マジカル・ガール』、『インビジブル・ゲスト 悪魔の証明』、『家族のように』、『日曜日の憂鬱』、『誰もがそれを知っている』、劇場公開が始まった『ペトラは静かに対峙する』など、今やペネロペ・クルス級の人気があります。傾向的にはシリアス・ドラマ出演が主ですが、未公開ながら最初の恋人ホナス・トゥルエバやイサキ・ラクエスタのコメディにも出演しているから、今回がコメディ初挑戦というわけではありません。
* バルバラ・レニーの紹介記事は、コチラ⇒2015年03月27日/2018年06月21日
★『マリアとその家族』(「María (y los demás)」)は、サンセバスチャン映画祭2016「ニューディレクターズ」部門に出品された作品。翌年のゴヤ賞新人監督賞にネリー・レゲラ、主演女優賞にバルバラ・レニーがノミネート、レニーはフェロス賞主演女優賞を受賞した。既に簡単な作品紹介をしておりますが、今回字幕入り鑑賞ができましたので改めてアップいたします。
*「María (y los demás)」の作品・監督紹介記事は、コチラ⇒2016年08月14日
(監督とバルバラ・レニー、サンセバスチャン映画祭2016にて)
『マリアとその家族』「María (y los demás)」スペイン語、2016年、コメディ、96分
製作:Frida Films / Avalon P.C. 協賛ガリシア・テレビTVG
監督:ネリー・レゲラ
脚本:ネリー・レゲラ、バレンティナ・ビソ、エドゥアルド・ソラ、ロゲル・ソゲス、ディエゴ・アメイシェイラス Ameixeiras
音楽:ニコ・カサル
撮影:アイトル・エチェベリア
製作者:セルヒオ・フラデ・フラガ、ルイサ・ロメオ(以上エグゼクティブ)、ステファン・シュミッツ、マリア・サモラ(以上共同プロデューサー)
キャスト:バルバラ・レニー(マリア)、ホセ・アンヘル・エヒド(父アントニオ)、パブロ・デルキ(兄ホルヘ)、ビト・サンス(弟トニ)、マリナ・スケル(父の婚約者)、フリアン・ビジャグラン(マリアの恋人ダニ)、アレクサンドラ・ピニェイロ(アン)、ロシオ・レオン(フリア)、アイシャ・ビジャグラン(ベア)、マリア・バスケス(ソフィア)、ミゲル・デ・リラ(セルヒオ)、ルイサ・メレラス(ロサリオ)、他多数
ストーリー:マリアは30代半ば、小さな出版社で働きながら小説家を目指している。訳あり恋人とは結婚したいと思っているがままならない。15歳のとき母親が亡くなって以来というもの父親と二人の兄弟を支えてきた。マリアは一家の大黒柱だったのだ。ここ2年ほど深刻な病に伏していた父親の介護もしてきた。ところが病の癒えた父親が65歳の誕生日に介護士のカチータと再婚するとバクダン宣言、突然のことにただただ唖然とするマリア。彼女の人生設計は崩れ去ろうとしている。我が物顔に乗り込んできたカチータと火花を散らすが・・・人生の岐路に立たされたマリアがした決心とは。
ガリシア版家族ドラマとシリアス・コメディのミックス
A: 本作の舞台はガリシアですが、ネリー・レゲラはバルセロナ生れ(1978)の40歳、優れた女性監督を輩出している「カタルーニャ映画視聴覚上級学校ESCAC」で学んでいる。しかし彼女の家族がガリシアに住んでいることやこの土地が気に入っていることもあって決めた。主にア・コルーニャのクジュレードやカルバージョで撮影された。
B:: 物語はガリシアで展開されますが、ここでなくても起こりうることです。でもどこにセットを組むかは、出演者の心理状態にも影響する。バルバラは料理が美味しくて感激していたということです。サンセバスチャン同様魚介類の美味しいところです。
A: 監督は「ガリシアには何かエモーショナルなものがあるが、前もってそれを計算に入れていたわけではない。テーマに即して自分のガリシアの家族と自分の体験を関連づけている」と、公開前のインタビューで語っていた。自分がどのくらいマリアに投影されているかははっきり言えないが、周りに振り回されているマリアが、自分のことをやりたいようにやれるようにする必要があった。
B:: つまり、結末を何回も書き直している小説を完成させることですね。監督も脚本を完成させることが必要だった。本質的なことではないが、脚本が執筆していた場所の風土や環境に左右されるのは不思議ではありません。
(小説の結末に呻吟するマリア)
A: 北スペインは雨が多いせいか緑と光には独特なものがあり、アンダルシアでは見られない。結局完成した作品を見て、ここで撮ってよかったと思ったそうです。撮影監督のアイトル・エチェベリアは、バルセロナ生れ(1977)の脚本家、自身も短編も撮っている。レゲラ監督と同じESCACで学んでおり、彼女の短編「Pablo」の撮影も手掛け、新人監督の登竜門アルカラ・デ・エナレス短編映画祭では撮影賞を受賞している。
(撮影中の監督とアイトル・エチェベリア)
B:: ESCACの学生時代から温めてきたスクリプトだそうですが、誰にも読んでもらえなかった。
A: 大体デビュー作はそういうものじゃないですか。プレミアされたサンセバスチャン映画祭SSIFFでは、家族ドラマとコメディの間のバランスのとれたトーンが観客に受け入れられた。
B:: ガリシア語も公用語の一つですが、言語はスペイン語でした。
並外れた女優、バルバラ・レニーとのタッグ
A: まずマリアと二人の兄弟ホルヘとトニの上下関係ですが、一応上記のようにしておきました。日本のように兄弟姉妹の上下関係は気にしません。時にはきちんと区別する例もありますが、たいていは全体の雰囲気から推測するしかありません。
B:: ホルヘとトニはそれぞれ結婚しているが子供はいない。マリアは長年の家族の世話で出遅れているという設定だと解釈しました。
A: 家族の犠牲者というほどではないが、自分を二の次にして家族に尽くし、結果貧乏くじを引くという子供がいるものです。なまじっか能力があるため頑張りすぎ、責任感が強いことが却って裏目になる。
B:: 家族は感謝しながらもそれがフツウに感じてしまうが、本当はフツウじゃない。現在では結婚適齢期という言葉は死語になってますが、ホセ・アンヘル・エヒド(ポンテべドラ1951)演ずる父親の無神経ぶりには、いまだに独身でいる娘への配慮や尊敬が欠けている。
(父アントニオ、婚約者カチータ)
A: 深刻な病を得たことで残り時間を意識したせいでもあるが、病の克服にはマリアの献身的な支えがあったからです。兄ホルヘパブロ・デルキ(バルセロナ1977)、弟トニビト・サンス(ウエスカ1982)の二人はマリアには優しいが、本質的には自分本位。エヒドとデルキは監督の短編第2作目「Pablo」に出演しています。「Pablo」に出演したデルキはアルカラ・デ・エナレス短編FFで男優賞を受賞した。他に『サルバドールの朝』や『ネルーダ』に出ている。
(マリアとトニ役のビト・サンス)
B:: ベテランのエヒドも「Pablo」でバダホス短編FFで男優賞をとっている。1997年の『オープン・ユア・アイズ』にチョイ役で出ていましたが、フェルナンド・レオン・デ・アラノアの『月曜日にひなたぼっこ』(02)が本格的な登場でした。
A: ガリシアのある倒産造船所が舞台でした。他に『命の相続人』や『ペーパー・バード幸せの翼にのって』、最近では『誰もがそれを知っている』にも退職した元警官役で出ていた。年齢より若く見えるビト・サンスは当ブログではマテオ・ヒルの『熱力学の法則』他で紹介しています。
B:: それぞれTVシリーズにコンスタントに出演しているから、お茶の間では知られた顔です。
*『熱力学の法則』の作品紹介は、コチラ⇒2018年04月02日
A: いちばん損な役を振られたのが、マリアの訳あり恋人ダニのフリアン・ビジャグラン(カディス1973)です。妻と二人の娘と別居しているせいか、セックス・パートナーに事欠いているという設定でした。彼は『7人のバージン』『漆黒のような深い青』『アブラカダブラ』とラテンビートの常連だが脇役が多いので記憶に残りにくいかもしれない。
B:: こちらも脇役だがカルロス・ベルムトの『シークレット・ヴォイス』にバーの客として出ていた。
A: フェリックス・ビスカレットの「Bajo las estrella」でゴヤ賞2007、アルベルト・ロドリゲスの『グループ7』でゴヤ賞2013、共に助演男優賞を受賞している。ラテンビート2014ではチュス・グティエレスの『デリリオ 歓喜のサルサ』で登場した。その際キャリアをフリアン・ビリャグランで紹介している。
*『デリリオ 歓喜のサルサ』の紹介記事は、コチラ⇒2014年09月25日
B:: 自分勝手な役柄だったが、ダニのような男は結構多いか。頭の切れるマリアがこんなクズ男の底意を見抜けないのに引っかかったが、マリアの人物造形は明確でした。
A: ダニの思いもよらない一言でマリアはいっぺんで目が覚め、自分自身のために生きる決心をするわけです。監督によると、脚本はバルバラを念頭に執筆していたそうです。その後、彼女と話し合って変更したた部分もあったが、変更できない部分もあった。「しかし並外れた女優のことだから、絶えず提案してくれ、一緒にキャラクター作りをしたが、最終的には彼女の解釈に従って演じてもらった」と。
(ダニの本心に触れて絶句するマリア、背を向けているのがダニ)
B:: 周りに囚われて生きるのは、結果的には周りの人をダメにもしてしまうことがある。父親の婚約者マリナ・スケル扮するカチータの楽天的な人物造形は、マリアの対極にある。
A: マリアが警戒するのも当然です。恣意的か天然ネアカなのか分からないが、こういう人も結構見かける。泳げないのに荒れた海に入って高波に攫われそうになる。
B:: それに気づいたマリアが、一瞬見せる躊躇の表情、助けるべきかほっとくか。
A: コメディとしてはシリアスですね。自分はこうなって欲しい、こうなるべきだという姿を滑り込ませたりして笑わせたが、もう少し笑えると良かったかな。
B:: カチータの花嫁衣裳選びに付き添ったが、なかなか決まらないので暇つぶしに自分もウエディング・ドレスを着て見たり、バルバラの魅力を披露するシーンも挟んでいた。
(貸衣装のウエディング・ドレスを着たマリア)
A: 次回作は、あと4~5年は掛からないで欲しいと思うが、現実は厳しいと語っていました。いま二つ脚本を抱えていますが、スペインで新人監督が映画を撮るのはますます複雑だと悲観的です。配給会社が決まっているとか、大規模のテレビチャンネルの資金援助がないと、台本を読んでもらえない。施しを頼んでいるわけではなく、若い人の文化や才能をもっと大切にするような政治を求めているようです。
*監督キャリア&フィルモグラフィー*
★ネリー・レゲラ Nely Reguera については、2年前に検索できたデータで既に紹介しておりますが、主演のマリアには監督自身が投影されているようなので、加筆訂正して再構成しました。1978年バルセロナ生れ、監督、脚本家、女優。短編「Ausencias」(02)でデビュー、同「Pablo」(09)が国際短編映画祭で高い評価を受けた。うちヒホン映画祭短編部門のスペシャル・メンション、イベロアメリカ短編コンペティションのベスト短編賞を受賞した他、出演者のパブロ・デルキが男優賞、バダホス短編映画祭ではホセ・アンヘル・エヒドが男優賞を受賞している。
(高評価だった「Pablo」のポスター、主演のパブロ・デルキ)
*助監督としては、マル・コルがゴヤ賞新人監督賞を受賞した『家族との3日間』(09「Tres dias con la familia」)の第1助監督を務めた。本作は東京国際女性映画祭2010のオープニング作品だった。助監督としての長い期間には、ギリェム・モラレスやアルバロ・デ・ラ・エラン、ドイツ出身のトム・ティクヴァのヒット作『パフューム ある人殺しの物語』(06独仏西)のスペイン側の監督アシスタントとして参加した。続く2007年、ギリシャのヤニス・スマラグディスの「El Greco」(ギリシャとスペイン合作)にもアシスタントとして参加、本作はテッサロニキやトロント映画祭で受賞するなどの話題作だった。このエル・グレコの伝記映画にはフアン・ディエゴ・ボトーやライア・マルルも出演した。
*2016年『マリアとその家族』で長編映画デビュー、ゴヤ賞2017新人監督賞にノミネートされた。公開前のインタビューでは「自分はICAAの援助を受けていません。イニシアティブをサポートするテレビ局がなかったので、配給会社をもたずに映画を発表した。・・・資金調達計画の段階を通過しないと、誰も台本に目を通してもらえないのです」と新人の苦境を吐露している。2018年にはカタルーニャTVシリーズ「Benvinguts a la família」の4エピソードを監督した。
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