『ROMA/ローマ』*アルフォンソ・キュアロンの記憶の旅2019年01月27日 20:35

     「リボにはたくさんの借りがあるのです」とアルフォンソ・キュアロン

       

         

★ゴールデン・グローブ賞2冠、アカデミー賞2019ノミネーション10部門と、アルフォンソ・キュアロンROMA/ローマ』を取りまく環境が慌ただしくなってきました。当ブログでは度々記事にしておりいささか食傷気味ですが、作品賞と外国語映画賞のダブル・ノミネーションと聞いては話題にしたくなります。過去のダブルのケースでは後者の受賞は確実らしい。今までスペイン語映画の作品賞ノミネートは縁がなかったので無関係と思っていた。しかし『ROMA/ローマ』の外国語映画賞受賞が確実なら、昨年のセバスティアン・レリオ『ナチュラルウーマン』に続いてスペイン語映画が連続で受賞することになります。しかしゴールデン・グローブ賞受賞作品はオスカーは取れないというジンクス通りなら作品賞は受賞なしということになる。今年は8作品ノミネーションと多いから票は割れるでしょう。

   

     

    (ゴールデン・グローブ賞2冠、作品賞・監督賞のトロフィーを両手にした監督)

 

★アカデミー賞の作品賞に外国語映画がノミネートされるのは珍しく、スペイン語映画では初めてとなります。外国語映画賞にもダブってノミネートされた作品は、直近ではミヒャエル・ハネケ『愛、アムール』があり外国語映画賞を受賞しています。外国語映画部門がなかった時代ならいざ知らず、常々ダブルのノミネーションに違和感を覚えていますが、本作は監督・脚本・撮影、前評判では候補にも上がっていなかった主演女優(ヤリッツァ・アパリシオ)と助演女優(マリナ・デ・タビラ)まで浮上して、全部で10部門には驚きを通りこして腰が引けてしまいました。製作のガブリエラ・ロドリゲスは、ラテン系では初めての女性プロデューサーということで、老害が懸念される米国アカデミー会員の「初物食い」を期待しておきます。

 

★主人公クレオのモデルで、監督にインスピレーションを与えたniñeraベビーシッター兼nana乳母リボリボリア・ロドリゲスもニューヨーク映画祭2018に登場して『ROMA/ローマ』のプロモーションに一役買いました。現在74歳になるリボリアが、メキシコでも貧しいと言われるオアハカ州北部ミシュテカ地方の村を出てキュアロン家にやって来たのは1962年、監督が生後9ヵ月、彼女が18歳のときだった。「家族の一員、みんなのお気に入り、私の人格形成をした人、リボには大きな借りがあるのです」と監督。「私たちが小さい頃にはみんな<ママ>と呼んで、彼女と結婚するんだと言い合っていたのです」と、常に物静かに接してくれたリボの人柄をCNNのインタビュアに語ったそうです。

    

     

 (ヤリッツァ・アパリシオ、リボリア・ロドリゲス、監督、ニューヨーク映画祭、201810月)

 

★幼年期のキュアロンは、彼女の故郷オアハカ州テペルメメ・ビリャ・デ・モレロス村の話を聞くのが好きだった。彼女はスペイン人がやってくる前の伝統的な遊戯がどんなものか、シャーマンたちが如何にして人々を癒してくれたかについて語った。今なおメキシコに存続している不平等、ミシュテカ族の少女が舐める辛酸、寒さ、飢え、貧しさについて知りえたのもリボのお蔭だと。12歳の誕生日に父親からプレゼントされたペンタックス・カメラが子供たちに革命を起こした。ミノルタ・スーパー8を買うために節約し、1年後に手にしたキュアロンは、母親、3人の弟妹、甥、勿論リボを主人公にして短編を撮りはじめた。小さな映画監督の誕生、ペンタックス・カメラの到来はまさに革命だった。

 

      

          (クレオ・ママに抱かれて眠る末っ子ぺぺとソフィ)

 

1991年、すぐ下の弟カルロス・キュアロンと共同監督したデビュー作『最も危険な愛し方』Solo con tu pareja)にリボリアも出演してるそうです。10年後に撮った『天国の口、終りの楽園。』Y tu mamá tambiénにもちょとだけ顔を出しているそうですがどこでしょうか。因みにディエゴ・ルナが扮した政治家の息子、乳母をママと呼んでいたテノッチは、キュアロン監督の分身でしょう。『ノー・エスケープ自由への国境』が公開された長男ホナス・キュアロンのデビュー作Año uña07)にもボイス出演している。何十年も一緒に暮らしたリボなのに、実は何も知らなかったと感じた一瞬があった由、それは祖母が電気代に口うるさかったので、夜は電気を消してロウソクで過ごしたことを聞いた時だった。それは劇中でクレオともう一人の家政婦アデラの会話に活かされていました。

 

       「それでどういう映画なの?」―「勇気ある女性たちの物語よ」

 

★リボ=クレオを演じたヤリッツァ・アパリシオは、1993年オアハカ州トラヒアコ生れ、映画に出る前は保育園(幼稚園)の先生だった。演技経験は何もなかったがオーディションに駆けつけ、その穏やかな物腰が監督の目に留まった。それ以来、彼女の人生は180度変わってしまい、今やメキシコの重要な顔となった。「今まで不可能だと決めつけていた事が、決してそうではなかった。素晴らしいチャンスをもつことができた」とアパリシオ。彼女がモード雑誌「ヴォーグ」(勿論メキシコ版)の表紙を飾ったニュースを記事にしましたが、彼女だけでなく、雇い主のソフィア夫人役マリナ・デ・タビラ1974メキシコシティ)、同僚家政婦アデラ役のナンシー・ガルシアも映画祭出席、インタビューと引っ張り凧です。

 

      

(インタビューを受ける、マリナ・デ・タビラ、ヤリッツァ・アパリシオ、ナンシー・ガルシア)

 

★マリナ・デ・タビラは自身の役柄について「ソフィアの長所は、夫との不和に苦しんでいるが、4人の子供たちの前では明るく振舞って、子供たちを前向きに育てようとしている。クレオとアデラの雇い主として家庭を守っている」女性だと分析、「クレオの美点は、子供たちに常に愛情深く接して、信じられない存在だ」と断言した。監督がソフィア夫人の造形は母親クリスティナ・オロスコにほぼ一致すると語っていたが、彼女は昨年3月鬼籍入りした。ここ40年間ほどでメキシコ社会での女性の役割は変化してきているが、まだ道半ばだという点で、3人の女性の意見は一致している。

 

           

      (子供たちに父親がいなくてもみんなで頑張ろうと話すソフィア夫人)

 

★ナンシー・ガルシアは「映画のなかでは、女性たちが思い切って何かをすることはできないテーマが際立っていた。女性たちが尊敬しあい高め合う何かを、私はできるんだと自分に言い聞かせる事が必要です。父親の庇護なしでも子供たちを育てられると女性たちが認識するようになってきた」と指摘した。2017年の統計では、3430人のメキシコ人女性が殺害の犠牲になった。人種差別と女性蔑視は見え隠れするが、現在では上流階級でもクレオのような仕事をする女性を雇う家庭は減少しているということです。10代から住み込みで働くこの制度に多くの問題が潜んでいるのは確かです。遅い歩みではあるが静かな地殻変動は起きている。

 

★それで「この映画は一言でいうとどんなお話?」、「勇気ある女性たちについての映画です」とナンシー・ガルシア、「人生そのものについての物語」と穏やかにヤリッツァ・アパリシオ、「幼年時代の心の傷についてのお話」とマリナ・デ・タビラ、ええ、そういう映画なんです。今日はロスアンゼルス、明日はニューヨークと走り回り、いよいよ224日が近づいてきました。ハリウッドの人々は、この地味なモノクロ映画をどう評価するのでしょうか。ゴヤ賞イベロアメリカ映画賞もほとんど受賞が確定していますからサプライズはないでしょう。