ピノチェト時代の闇を描くTVシリーズ放映始まる*ベルリン映画祭番外編2018年03月04日 21:01

            エリート諜報員「メアリとマイク」――ベルリン映画祭番外編

 

★ベルリン映画祭2018は閉幕いたしましたが、「ドラマ・シリーズ・デイ」で上映された6話構成のミニドラマMary y Mike(チリ、アルゼンチン合作)を番外編としてご紹介したい。このセクションは賞に絡みませんが、ベルリンで紹介される初めてのチリTVドラマになりました。チリ放映開始(313日、アルゼンチン同)より一足早くベルリンでプレミアされました。このドラマは1970年代ピノチェト軍事独裁時代に組織されたDINA(チリ国家情報局)のエリート諜報員マリアナ・カジェハス=マイケル・タウンリー夫婦が暗躍する物語です。アメリカCIAの協力のもとに二人が関わった重要な殺害事件、ブエノスアイレスでのカルロス・プラッツと妻ソフィア殺害、ローマでのベルナルド・レイトン殺害、ワシントンでの駐米チリ大使オルランド・レテリエル殺害が語られるようです。

DINADirección de Inteligencia Nacional

  

 

 

Mary y MikeTVシリーズ、ミニドラマ6エピソード構成 

製作:Invercine & Wood / ChileVisión / Tuner / SPACE

監督:フリオ・コルテス、エステバン・ラライン

撮影:エンリケ・Stindt

編集:カミロ・カンピ、アルバロ・ソラル

音楽:Miranda and Tobar

製作者:パトリシオ・ペレイラ、マカレナ・カルドネ、(エグゼクティブ)マティアス・カルドネ、アンドレス・ウッド、マリア・エレナ・ウッド、他

 

データ:製作国チリ=アルゼンチン、言語スペイン語・英語・イタリア語、実話、スリラードラマ、ベルリン映画祭2018ドラマ・シリーズ・デイ」部門上映、2018313日放映開始

 

キャスト:マリアナ・ロヨラ(メアリ、マリアナ・カジェハス)、アンドレス・リジョン(マイク、マイケル・タウンリー)、コンスエロ・カレーニョ(長女コニー)、エリアス・コジャド(長男シモン)、パブロ・セルダ(ウルティア大佐)、オティリオ・カストロ(サルミエント将軍)、アグスティン・シルバ(ハビエル)、フアン・ファルコン(オメロ)、アレクサンデル・ソロルサノ(ラミロ)、他多数

 

プロット:メアリとマイクは、チリの秘密警察DINA(国家情報局)のエリート諜報員、彼らの仕事はピノチェト政権に反対するリーダーたちの抹殺であった。夫婦の表の顔は、メアリは作家、マイクは有能な電子工学の<グリンゴ>としてチリのセレブ階級に溶け込んでいた。首都サンティアゴの高級住宅街ロ・クーロにある彼らの屋敷で二人の子供を育て、メアリは執筆をしたりパーティを開いたりしていた。一方で拷問や殺害、大規模な破壊兵器サリンガスなどの実験場でもある「恐怖の館」であった。次第に多くの人々が滞在する奥まった部屋は、DINAの強制収容所としての役割も果たすようになっていった。アメリカCIAの協力のもと、1974年ブエノスアイレスでのカルロス・プラッツ将軍と妻ソフィア殺害、1975年ローマでのベルナルド・レイトン殺害、1976年ワシントンでの駐米チリ大使オルランド・レテリエル、その秘書ロニー・モフィット殺害を軸にドラマは展開されるだろう。                             (文責:管理人)

 

      

 (ロ・クーロの「恐怖の館」をバックに幸せを満喫しているカジェハス=タウンリーの一家)

 

★実話とはいえフィクションの部分もあるようです。メアリことマリアナ・カジェハス1932モンテ・パトリア~2016サンティアゴ、享年84歳)は、CIAのヒットマンであったマイケル・タウンリーと再婚したとき前夫との間に3人の子供がいた。タウンリーとの間にも2人の男児が生まれている。従ってドラマでのコニーとシモン姉弟はフィクションである。200612月のピノチェト死去を受けて、2008630日、1974年のカルロス・プラッツ将軍夫妻殺害により禁固20年の刑が言い渡された。しかし翌年1月に上告、2010年に最高裁判所はたったの5年に減刑、それも収監無しという恩恵を与えた。これが民主化されたチリの現状である。カジェハスを演じたマリアナ・ロヨラ1975、サンティアゴ)は、フェルナンド・トゥルエバの「El baile de la Victoria」(08、『泥棒と踊り子』スペイン映画祭2009上映)、セバスチャン・シルバの「Nana」(2009、『家政婦ラケルの反乱』ラテンビート上映)、ほか最近では受賞歴の多いTVシリーズでの活躍が目立っている。

 

(マリアナ・カジェハス)

         

 

  

(マリアナ・ロヨラとアンドレス・リジョン、映画から)

 

★マリアナ・カジェハスは非常に複雑な人格で、これまでにもウルグアイ出身の監督エステバン・シュレーダーが彼女を主人公にした「Matar a todos」(2007、アルゼンチン・チリ・独・ウルグアイ)を撮っている(小説の映画化)。チリ女優マリア・エスキエルドが演じた。彼女はアンドレス・ウッド映画の常連だったが、今回のドラマには出演していない。カジェハスを分析した書籍も多数出版されております。チリ出身の作家ロベルト・ボラーニョの中編小説「Nocturno de Chile」(1999)のなかでは、マリア・カナレスの名前で登場しますが、ピノチェトとかネルーダなどは実名で現れます。邦題『チリ夜想曲』として翻訳書も出ています(ボラーニョ・コレクション全8巻、白水社)。

   

   

                   (ロベルト・ボラーニョ「Nocturno de Chile」から)

 

★妻より10歳年下のマイクことマイケル・タウンリー1942、アイオア州ワーテルロー)は、米国のプロのシカリオ、元CIA諜報員、その後チリに派遣されDINAの諜報員となる。75歳になる現在は米国連邦証人保護プログラムの監視下に置かれている。この人物も既にドラマ化されており、今回マイケルを演じることになったアンドレス・リジョン(チリの有名な俳優でコメディアンだった母方の祖父と同姓同名)は現在31歳と当時のタウンリーと同じ年齢である。カトリック大学で演技を学んだアンドレス・リジョンによれば「マイケルは冷酷で打算的、じっくり観察し、ミッションを忠実に守る服従タイプの人間、自分の考えを口に出さない複雑な人格で、演じるのはとても難しかった」と語っている。

 

(マイケル・タウンリー)

   

 

   

     (マイケル・タウンリーとマリアナ・カジェハスのツーショット)

 

★製作の軸を担ったInvercine & Woodのプロデューサーアンドレス・ウッド1965、サンティアゴ)、「Machuca」(04、『マチュカ―僕らと革命―』)、「La buena vida」(08、『サンティアゴの光』ラテンビート、ゴヤ賞2009イスパノアメリカ映画賞)、「Violeta se fue a los cielos」(11、『ヴィオレータ、天国へ』ラテンビート)などの監督、脚本家としてのほうが有名でしょうか。『サンティアゴの光』がラテンビートで上映された折り来日しています。監督としては『ヴィオレータ、天国へ』を最後に、現在はもっぱらTVシリーズに力を注いでいるようです。本作をTVドラマにした理由について「チリの政治史を交差した個人的な物語ですが、映画ではなく何故あの時代に軍事クーデタが成功したのか、別の視点で軍事独裁時代を描きたかった」と語っています。

 

(アンドレス・ウッド)

   

 

  

(『マチュカ―僕らと革命―』オリジナルポスター)

  

★シリーズのプロデューサーの一人マティアス・カルドネは「プロジェクトを立ち上げてから完成まで4年の歳月を要した」。脚本執筆のための事実確認の作業は挑戦でもあったようです。まだ関係者が生存しているからでしょうか。ウッドがベルリナーレ参加の準備や手配、また国際的なプロモーションなどを担い、マリア・エレナ・ウッドが文化芸術国家評議会の援助を受けてヨーロッパ・フィルム・マーケットに馳せ参じるなど、それぞれ役割分担をして宣伝に努めているようです。Netflix あたりが配信してくれると嬉しいのですが、どうでしょうか。

  

1970年代のピノチェト軍事独裁時代を切り取った映画は、既に何作も製作され、なかには公開作品もありますが、大体が犠牲者側の視点に立っています。当ブログでもパトリシオ・グスマンのドキュメンタリー『光のノスタルジア』や『真珠のボタン』、パブロ・ララインの「ピノチェト政権三部作」(『トニー・マネロ』「Post morten」『No』)など紹介しています。続く『ザ・クラブ』も広義ではその延長線上にあるでしょう。本作のようにピノチェト政権側からの目線のものは紹介されておりません。アルゼンチン映画ではパブロ・トラペロが実話をもとに撮った『エル・クラン』(15)が公開されましたが、こちらの軍事独裁も全容はまだ明らかでなく、チリは軍事独裁が17年間と長期間続いたことで闇はより深く、解明は始まったばかりです。

  

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