"No sé decir adiós" リノ・エスカレラのデビュー作*気になる俳優たち ― 2017年06月25日 12:16
「さよなら」のタイミング―どうしようもない別れについての物語
★マラガ映画祭2017以来ずっとアップしたいと思いながら後回しになっていたリノ・エスカレラのデビュー作 “No sé decir adiós” のご紹介。審査員特別賞、脚本賞、女優賞(ナタリエ・ポサ)、助演男優賞(フアン・ディエゴ)、審査員スペシャル・メンション他を受賞しながら紹介を怠っていました。監督紹介はさておき、キャストの顔ぶれは地味ですが、視点を変えればこれほど豪華な演技派揃いも珍しいといえます。末期ガンの父親にフアン・ディエゴ、意見の異なる二人の姉妹にナタリエ・ポサとロラ・ドゥエニャス、脇を固めるのがミキ・エスパルベ、パウ・ドゥラ、オリオル・プラ、エミリオ・パラシオスなど。
(左から、エミリオ・パラシオス、監督、ナタリエ・ポサ、フアン・ディエゴ、マラガ映画祭)
★今年のスペイン映画の珠玉の一編という高い評価を受けていますが、マラガ映画祭は春開催ということもあって、翌年2月のゴヤ賞まで大分時間があくので不利になります。しかし本作は残ると踏んでいますが予想通りになるでしょうか。単なる死についての物語でも、末期ガンについての物語でもないところが評価されているらしく、表面的には父と娘二人の話に見えながら、私たち自身の話でもあるようです。過去にあった家族の確執は直接スクリーンでは語られないが、それは必要なかったからだと監督、お互い傷を負っているということで十分であるということです。したがって観客はそれぞれ想像力を要求されるわけで、観客によって印象が変わるということかもしれません。
(ポスター左から、ナタリエ・ポサ、フアン・ディエゴ、ロラ・ドゥエニャス)
“No sé decir adiós”(“Can't Say Goodbye”)2017
製作:Lolita Films / White Leaf Producciones
監督・脚本・製作者:リノ・エスカレラ
脚本(共)・製作者:パブロ・レモン
音楽:パブロ・トルヒーリョ
撮影:サンティアゴ・ラカRacaj
編集:ミゲル・ドブラド
美術:ファニー・エスピネテEspinet
キャスティング:トヌチャ・ビダル
メイクアップ・ヘアー:アンナ・ロシリョ
プロダクション・マネージメント:ダミアン・パリス、マムエル・サンチェス・リャマス
製作者:ロサ・ガルシア・メレノ、セルジイ・モレノ、(エグゼクティブ)ダミアン・パリス
データ:スペイン、スペイン語・カタルーニャ語、2017年、ドラマ、96分、製作資金約600.000ユーロ、撮影地アルメリア、バルセロナ、ジローナ、期間4週間、公開スペイン5月18日
映画祭・映画賞:マラガ映画祭2017正式出品、審査員特別賞、脚本賞、女優賞、助演男優賞、審査員スペシャル・メンション他受賞
キャスト:ナタリエ・ポサ(カルラ)、フアン・ディエゴ(父ホセ・ルイス)、ロラ・ドゥエニャス(ブランカ)、ミキ・エスパルベ(セルジ)、パウ・ドゥラ(ナチョ)、オリオル・プラ(ココ)、マルク・マルティネス(マルセロ)、ノア・フォンタナルス(イレネ)、エミリオ・パラシオス(ダニ)、グレタ・フェルナンデス(グロリア)、ハビ・サエス(医師)、セサル・バンデラ(看護師)、ブルノ・セビーリャ(看護師)他
プロット:人生のエピローグは、早かれ遅かれ誰にも訪れる。しかし「どうして今なの?」「どうして私の父親なの?」、まだ娘には心の準備ができていない。バルセロナで暮らすカルラは、数年前故郷アルメリアを後にして以来帰っていない。姉妹のブランカから突然電話で父ホセ・ルイスの末期ガンを知らされる。カルラは子供時代を過ごした家に飛んで帰ってくる。医師団は父の余命が数か月であると家族の希望を打ち砕くが、カルラには到底受け入れられない。失われた時を取り戻すかのように、バルセロナで治療を受けさせようと決心して準備に着手する。父は自分を取りまく状況を知らないでいたい。父に寄り添ってきたブランカは、現実を直視できないカルラと対立する。より現実的なブランカの目には、コカインを手放せないカルラが現実逃避をしているとしかうつらない。どうしようもない別れに解決策は存在しない。ただいたずらに時間だけが走り去っていくだけである。
痛みを前にして身を守るメカニズム
★42歳というリノ・エスカレラ監督の長編デビュー作。脚本推敲に7年の歳月を掛けたという。コンビで脚本を執筆したパブロ・レモンとは2009年に出会った。ちょうど短編 ”Elena quiere”(07、19分)が完成した後で次作の構想を模索していた時期だったという。Max Lemckeの ”Casual Day” を見て脚本がとても良かったので接触した。同作はフアン・ディエゴやルイス・トサールが出演した話題作、2008年のシネマ・ライターズ・サークル賞の作品・監督・脚本・主演男優・助演男優の5冠を受賞している。「最初の構想は肉体的な病に冒されている父と精神的な病をもつ娘の話だった。それをこのように膨らませてくれたのはパブロのお蔭です。自分一人では到底できなかった」と語っている。「パブロはスペインの優れた脚本家の一人」と篤い信頼を寄せている。
(左から、パブロ・レモン、リノ・エスカレラ、プレス会見にて)
*シネヨーロッパのインタビューを要約すると、「アルメリアを舞台にしたのは、製作費が節約できること以外に、以前短編を撮って気に入っていたからだが、この小さな町は登場人物の家族にぴったりの美しい景色だったことです。カタルーニャのスタッフたちも受け入れてくれて、他にバルセロナやジローナでも撮影した。意思疎通が難しい家族は現在では珍しくないこと、そういうテーマを掘り下げることに関心があったことが根底にある」と語っていた。この家族が特殊なケースではなく、どこの家族も抱えている問題が観客に受け入れられたのではないか。2002年に短編デビュー、過去に5編ほど手掛けている。うち前出の ”Elena quiere” がアルメリア短編映画祭、イベロアメリカ短編映画祭に正式出品、後者でビクトル・クラビホが男優賞を受賞した。同作はYouTubeで鑑賞できる。
★カルラを演じたナタリエ・ポサ(1972、マドリード)は、「彼女は深い傷を抱えて自己否定のなかで生きている。窒息しそうな自分を仕事に追いやり、コカインやアルコールで麻酔をかけている」と分析している。問題は父親の病気にあるのではなく彼女自身の中にある、ということでしょうか。ナタリエ自身も8年前に父親をガンで見送っている。「脚本を読むなり眩暈がした。自分が体験したことが書かれていたからです」と語っている。突然の死で「さよなら」の準備ができていなかったが、本作に出演したことでもう一度「さよなら」の過程を体験したようです。現実にある病院で本物の医者や患者に囲まれて撮影された。「脚本は完璧でコンマ一つ変えなかった」とナタリエ。「私のような年齢になって、自分の経験やパッションが生かされるような類まれな美しい脚本にめぐり合えることは滅多にあることではありません」と、幸運なめぐりあわせをかみしめている。これがハリウッドなら女性の40代は90歳の老婆です。
(セルジ役のミキ・エスパルベ、カルラ役のナタリエ・ポサ、映画から)
*テレビ界で活躍の後“El otro lado de la cama”(02)で映画デビュー、マルティン・クエンカの“La flaquesa del bolchevique”に出演。ゴヤ賞ノミネートはダビ・セラーノの“Días de fútbol”(03)で助演女優賞、マヌエル・マルティン・クエンカの“Malas temporadas”(05『不遇』)で主演女優賞、マリアノ・バロソの“Todas las mujeres”(13)で助演女優賞があるが受賞はない。守りに入らない演技派女優です。すべて未公開なのが残念です。 最近アルモドバルの『ジュリエッタ』、来月公開のセスク・ゲイの『しあわせな人生の選択』などに脇役で出演している。前述したように “No sé decir adiós” で銀のビスナガ女優賞を受賞した。
★ブランカ役のロラ・ドゥエニャス(1971、バルセロナ)は、診断の結果を受け入れ、父亡き後の心の準備を始める。カルラとは正反対のリアクションを起こす。カルラのように都会に逃げ出さず、小さな町に止まって父を見守ってきたブランカには、カルラの知らない辛い人生があった。日本デビューは群集劇『靴に恋して』の他、代表作としてアメナバルの『海を飛ぶ夢』とアントニオ・ナアロ他の ”Yo, también” でゴヤ賞主演女優賞を2回受賞している。アルモドバル作品として『トーク・トゥ・ハー』『ボルベール』『抱擁のかけら』など他多数。アルモドバル作品の出演が多いことから、ナタリエ・ポサより認知度は高いようです。
(父ホセ・ルイス、カルラ、ブランカ、映画から)
★父親ホセ・ルイス役のフアン・ディエゴ(1942、セビーリャ)は、「私たち出演者は、生と死と愛の脚本を前にしていた。これは言わば現実を超越している映画です。私にとって一番重要なことはただ語ることではなく、どのように語るかです。だって死はいつかは誰にも訪れてくるからね」と語っています。当ブログでは、フアン・ディエゴについては贔屓俳優として度々登場させています。
*マラガ映画祭2014、及びキャリア紹介は、コチラ⇒2014年4月21日/4月11日
*スペイン映画アカデミー「金のメダル」受賞の記事は、コチラ⇒2015年8月1日
(父親役のフアン・ディエゴ)
★来年のゴヤ賞2018に絡みそうなこと、お気に入りの俳優が出演しているということでご紹介いたしました。なおIMDbのコメント欄に “Todo saldrá bien” のパクリという酷評が載っていますが、これはヴィム・ヴェンダースの3D映画『誰のせいでもない』(“Every Thing Will Be Fine” スペイン題 “Todo saldrá bien”)とは別の作品です。2016年に公開されたヘスス・ポンセ作品(ここでは父親でなく母親)です。予告編を一見した印象では似ていると感じました。
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